(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20241111BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20241111BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2021025033
(22)【出願日】2021-02-19
【審査請求日】2023-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】池田 舞
(72)【発明者】
【氏名】千葉 竜太朗
(72)【発明者】
【氏名】笹木 聖人
(72)【発明者】
【氏名】宮田 幹人
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-255164(JP,A)
【文献】特開2017-074599(JP,A)
【文献】特開2019-058938(JP,A)
【文献】特開2016-124023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO
2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.04~0.10%、
Si:0.55~1.20%、
Mn:1.70~2.15%、
S:0.025~0.05%を含有し、
かつ、前記Mn、S及びSiが下記式で1.80~3.50であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Si酸化物:SiO
2換算値の合計で0.01~0.20%、
金属弗化物:F換算値の合計で0.005~0.10%、
Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na
2O換算値とK
2O換算値の合計で0.02~0.10%を含有し、
残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とするAr-CO
2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤ。
([Mn]+[S])/[Si]・・・・式
但し、[ ]は、各成分のワイヤ全質量に対する質量%を示す。]は、各成分のワイヤ全質量に対する質量%を示す。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ni:1.5%以下をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載のAr-CO
2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤに関し、高電流域で溶接(スプレー移行)をする際に、アークが安定してスパッタ発生量、そして特にスラグの生成量が極めて少なく、ビード外観・形状が良好で耐割れ性も優れ、かつ、適正な耐力、強度及び低温靭性を有する溶接金属を得る上で好適なAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、高能率で溶接作業性に優れており、建築、鉄骨及び海洋構造物等の分野に広く使用されている。特にメタル系フラックス入りワイヤは、ルチール系や塩基性系のようなスラグ生成量が多いフラックス入りワイヤと比較してスラグ生成量が少なく、かつ、連続多パス溶接におけるスラグ除去作業が簡便であるために、開先内を連続多パス溶接する条件では好まれて使用されている。
【0003】
中でもAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤは、ソリッドワイヤやCO2ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤと比較して溶滴が小粒であるため、大粒のスパッタが発生せず、ビード外観・形状が良好である。また、MnやSiなどの合金剤や脱酸剤の酸化によるスラグ化の度合いが小さいため、スラグ生成量を少なくすることができる。さらに、溶接金属の低酸素化により溶接金属の低温靭性の向上に有効であるために広く適用されている。
【0004】
Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤは、これまでに各種の開発が進められている。例えば、特許文献1には、水平すみ肉溶接においてスラグの生成量が少なく、ビード形状がフラットなビードを得ることができる混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、十分な溶接金属の0.2%耐力、強度及び低温靭性が得られない。
【0005】
また、特許文献2には、合金粉末を多く含み、低温靭性に優れた混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されており、特許文献3には、アーク安定性が良好で、スパッタ発生量が少ない等溶接作業性が良好であり、かつ、低温靭性に優れた混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、特許文献2や特許文献3に記載のフラックス入りワイヤはTiを含有しているために、Ti酸化物が多く生成され、スラグの生成量が多くなり、溶接作業性が劣化する問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2000-197991号公報
【文献】特開2007-144516号公報
【文献】特開2020-203302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上述した問題点を鑑みて案出されたものであり、鋼構造物などに使用される耐力460MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接にあたり、高電流域でのアーク溶接においてアーク安定性が良好でスパッタ発生量、また特にスラグ生成量が極めて少なく、さらにはビード外観・形状が良好で耐割れ性にも優れ、さらに耐力、強度、低温靭性が良好な溶接金属が得られるAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上述した問題点を解決する目的から耐力460MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接において、Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤについて、アーク安定性がよく、特にスラグ生成量が極めて少なく、ビード外観・形状に優れているなど溶接作業性が良好で、耐力、強度及び低温靭性に優れた溶接金属を得るべく、種々の検討を行った。
【0009】
その結果、メタル系フラックス入りワイヤのSを適量にすることでスラグの凝集効果が得られ、ビード外観が良好になる効果が得られることを見出した。また、SiやMnを適量にすることでスラグの生成量を少なくし、かつビード外観・形状がさらに良好になるなど溶接作業性を良好にすると同時に溶接金属の耐力や強度、低温靭性を良好にすることを見出した。また、Si酸化物を微量含有させることでビード外観・形状を良好にし、金属弗化物のF換算値の合計、Na酸化物とK酸化物のNa2O換算値とK2O換算値の合計を適量にすることでアーク安定性を良好し、スパッタ発生量を少なくできることを見出した。
【0010】
さらに、Niを適量添加することにより溶接金属の低温靭性をさらに向上させることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
【0012】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.04~0.10%、Si:0.55~1.20%、Mn:1.70~2.15%、S:0.025~0.05%を含有し、かつ、前記Mn、S及びSiが下記式で1.80~3.50であり、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Si酸化物:SiO2換算値で0.01~0.20%、金属弗化物:F換算値の合計で0.005~0.10%、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na2O換算値とK2O換算値の合計で0.02~0.10%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする。
([Mn]+[S])/[Si]・・・・式
但し、[ ]は、各成分のワイヤ全質量に対する質量%を示す。
【0013】
また、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ni:1.5%以下をさらに含有することを特徴とするAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0014】
本発明のAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤによれば、耐力460MPa以上の高張力鋼の鋼構造物の溶接に際し、スラグ生成量が極めて少なく、良好なビード外観・形状が得られ、さらに適正な耐力及び強度と優れた低温靭性を有する溶接金属が得られるため、溶接能率の向上及び溶接部の品質の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1(a)は、アークが安定している状態を示す図であり、
図1(b)は、アークが不安定な状態を示す図である。
【
図2】電圧変動を連続的に測定することによりアークの安定性を評価する例を示す図である。
【
図3】
図3(a)は、T字すみ肉試験体におけるビード外観・形状が不良の例を示す図であり、
図3(b)は、上から見た場合におけるビード外観・形状の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用したAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤの成分組成及びその含有量と、各成分組成の限定理由について説明する。なお、成分組成の含有量はフラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載し表すこととする。
【0017】
[鋼製外皮とフラックスの合計でC:0.04~0.10%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Cが0.04%未満では、十分な溶接金属の強度が得られない。一方、Cが0.10%を超えると、溶接金属中にCが過剰に歩留り、溶接金属の強度が高くなり、低温靭性が低下する。また、Cが0.10%を超えると、アークが強くなるために、溶接中のスパッタ発生量が増加する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計で、Cは0.04~0.10%とする。なお、Cは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属粉及び合金粉末等から添加できる。
【0018】
[鋼製外皮とフラックスの合計でSi:0.55~1.20%]
Siは溶接金属の強度及び靭性を向上させる効果がある。またSiは、溶融金属の粘性を大きくしてビード外観・形状を良好にする効果がある。さらにSiは、スラグの生成量を調整する効果がある。Siが0.55%未満では、溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。また、Siが0.55%未満であると、溶融金属の粘性が低下するため、ビード形状が凸状となり、ビード外観も悪くなる。一方、Siが1.20%を超えると、Siが溶接金属中に過剰に歩留まり、溶接金属の強度が高くなり、低温靭性が低下する。また、Siが1.20%を超えると、スラグの生成量が多くなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でSiは0.55~1.20%とする。なお、Siは鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0019】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn:1.70~2.15%]
Mnは、脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度と低温靭性を向上させる効果がある。Mnが1.70%未満では、溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。一方、Mnが2.15%を超えると、Mnが溶接金属中に過剰に歩留まり、溶接金属の強度が高くなって低温靭性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でMnは1.70~2.15%とする。なお、Mnは鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0020】
[鋼製外皮とフラックスの合計でS:0.025~0.05%]
Sは、マランゴニ効果により、溶融スラグを凝集させる効果がある。また、溶融スラグは凝集し溶接ビードの止端部に付着するため、スラグ剥離後では良好なビード外観が得られる。Sが0.025%未満では、溶融スラグの凝集が起こらず、ビードの中心にスラグが付着しビード外観が劣る。一方、Sが0.05%を超えると、溶接金属の低温靭性が低下する。また、Sが0.05%を超えると、凝集する溶融スラグのサイズが大きくなり、スラグの生成量も増加する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でSは0.025~0.05%とする。なお、Sは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属粉、合金粉及び硫化鉄等から添加できる。
【0021】
[鋼製外皮とフラックスの合計で([Mn]+[S])/[Si]:1.80~3.50]
前述のMn、S及びSiにおいて、([Mn]+[S])/[Si]、(但し、[ ]は、各成分のワイヤ全質量に対する質量%を示す。)で得られる値を適正とすることによって、スラグ生成量を少なくするとともにビード外観を良好にする。([Mn]+[S])/[Si]が1.80未満では、スラグの生成量が増加する。一方、([Mn]+[S])/[Si]が3.50を超えるとビード表面が滑らかにならず、ビード外観が悪くなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計で([Mn]+[S])/[Si]は1.80~3.50とする。
【0022】
[フラックス中のSi酸化物:SiO2換算値の合計で0.01~0.20%]
Si酸化物はビード止端部のなじみを良好にしてビード外観・形状を良好にする。しかし、一方でスラグの生成量が増加し、かつ、溶接金属中の酸素量が増加するために、Si酸化物の添加量を制限する必要がある。Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.01未満では、ビード止端部のなじみが悪くなり、また、ビード外観・形状が悪くなる。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.20%を超えると、溶接金属中の酸素量が増加し、低温靭性が低下する。従って、Si酸化物のSiO2換算値の合計は0.01~0.20%とする。なお、Si酸化物はフラックスからの珪砂、正長石、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分等から添加できる。
【0023】
[フラックス中の金属弗化物:F換算値の合計で0.005~0.10%]
金属弗化物は、アークを安定化させる効果がある。金属弗化物のF換算値の合計が0.005%未満では、アークが弱くなり不安定となる。一方、金属弗化物のF換算値の合計が0.10%を超えると、アークの強さが過剰となり、スパッタ発生量が増加する。従って金属弗化物のF換算値の合計は0.005~0.10%とする。なお、金属弗化物はCaF2、NaF、LiF、MgF2、K2SiF6、Na3AlF6、AlF6等から添加でき、F換算値はこれらに含有されるF含有量の合計である。
【0024】
[フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:Na2O換算値とK2O換算値の合計で0.02~0.10%]
Na酸化物及びK酸化物はアーク安定剤として作用し、アークの安定性を良好にする効果がある。Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が0.02%未満では、アークが不安定となって、スパッタ発生量が増加する。一方、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が0.10%を超えると、アーク長が長くなりアークが不安定となって、スパッタ発生量が増加する。従って、フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計は0.02~0.10%とする。なお、Na酸化物及びK酸化物は、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、カリ長石、Na2Ti3O7等の粉末から添加できる。
【0025】
[鋼製外皮とフラックスの合計でNi:1.5%以下]
Niは溶接金属の低温靭性をさらに向上させる効果がある。しかし、Niが1.5%を超えると溶接金属の強度が過剰となり、高温割れが発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でNiは1.5%以下とする。なお、低温靭性向上の効果を得るために、Niは0.3%以上であることが好ましい。さらに低温での靭性を向上させるためには、Niを0.5%以上とすることが好ましい。Niは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Ni、Fe-Ni等の金属粉末から添加できる。
【0026】
本発明のAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤの残部は鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、Fe-Mn、Fe-Si-Mn、Fe-Ni合金等の鉄合金粉のFe分及び不可避不純物である。不可避不純物について特に規定しないが、高温割れの観点よりPは0.010%以下が好ましい。また、TiはTi酸化物を生成してスラグ生成量を増加させて溶接作業性を悪くするので、添加しないことが好ましい。
【0027】
また、フラックス充填率は特に規定しないが、生産性の観点からワイヤ全質量に対して8~20%とすることが好ましい。さらに、溶接時のシールドガスは溶接金属の酸素量を低減するために、Ar-5~25CO2の混合ガスとする。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により、本発明の効果をさらに詳細に説明する。
【0029】
まず、鋼製外皮にJIS G3141 SPCC帯鋼を使用し、鋼製外皮をU字型にして成形して乾燥させて水分を十分に除去したフラックスを充填した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目なしのワイヤと鋼製外皮同士をかしめた継ぎ目有りのワイヤとを造管及び伸線し、表1に示すワイヤ径1.2mmの各種主成分のフラックス入りワイヤを試作した。なお、フラックス充填率は10~18%とした
【0030】
【0031】
【0032】
これらの試作ワイヤを用い、下向の溶接作業性及び溶着金属の機械性能を評価した。溶接作業性は板厚16mmのJIS G3126 SLA365に規定される鋼板をT字に組んだ試験体に、表2に示す溶接条件で溶接を行い、アーク安定性、スパッタの発生量、スラグの生成状態及びビード外観・形状の良否を目視確認で調査し、また高温割れの有無も調査した。
【0033】
アーク安定性とは、アークの安定の程度を示すものである。つまりこのアーク安定性とは、
図1に示すようにフラックス入りワイヤ1から発生させるアーク2のアーク長やアークの指向性が一定している度合を示すものである。
図1(a)に示すように溶接時に電圧変動によるアーク2のアーク長やアーク拡がりの変動がなく、安定して溶接できる状態であれば、アーク2が安定している状態であると判断することができる。これに対して、
図1(b)に示すように、溶接時にアーク長が変動し、アーク2の拡がりが変動して安定しない状態であれば、アーク2が不安定である状態と判断することができる。一般的にアークが不安定である場合には、ビード形状や外観が悪化してしまう。
【0034】
このようなアークの安定性は、溶接時における電圧変動として現れる。このため、本実施例において、このアークの安定性は、電圧変動を連続的に測定し、その変動の大きさを介して評価する。アークの安定性を判別する一つの例として、
図2(a)における時系列的な電圧変動のチャートに示すように、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、電圧変動が閾値を超える時間が測定時間内で90%未満の場合、アークが安定とする。これに対して、
図2(b)における時系列的な電圧変動のチャートに示すように、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、電圧変動が閾値を超える時間が測定時間内で10%を超える場合、アークが不安定とする。
【0035】
スパッタの発生量は、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際に発生するスパッタの重量を測定することにより、単時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は、表3に示す条件No.T1の施工条件で5回測定した平均値とし、1.5g/min以下を良好とした。
【0036】
スラグの生成状態については、溶接後のビード上に占めるスラグの面積率が5%以下でかつ溶接ビード端部に生成するスラグを良好と判断した。
【0037】
ビード外観・形状の調査については、ビード外観・形状が美麗で均一に揃っている様子であれば良好と判別し、ビード外観・形状の一部又は全部が不揃いで安定していない様子であれば不良と判別している。ビード外観・形状が不良の例として、例えば
図3(a)に示すT字すみ肉試験体に示すように、母材3がアークで削れてしまうアンダーカットや、オーバーラップが生じてしまうものがあり、いずれも溶接後にグラインダー処理が必要になる。
図3(b)に示すビードを上から見た場合のように、ビードの波形が不揃いのケースや、ビードの止端が不揃いのケースも同様にビード外観・形状が不良と判別する。本実施例においてこのビード外観・形状の良好か不良かの判別は、目視による観察を通じて判別する。具体的なビード外観・形状の判断基準としては、アンダーカットやオーバーラップなどが1箇所でもあれば不良と判断し、それ以外は何れも良好と判断する。
【0038】
溶着金属試験は、板厚20mmのJIS G3126 SLA365に規定される鋼板を用いてJIS Z3111に準じて溶接を行い、「JIS Z 2343-1:2017 非破壊試験-浸透探傷試験-第1部」の方法に基づいて試験を実施し、ビード表面に割れが1つでも認められた場合は「有り」とした。初層溶接時に高温割れの有無を目視確認で調査した。また、溶着金属の板厚方向中心から引張試験(A0号)及び衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取し、機械試験を実施した。引張試験の評価は0.2%耐力が460MPa以上、引張強さが570~680MPaを良好とした。衝撃試験の評価は-40℃におけるシャルピー衝撃試験(vE-40)を行い、繰り返し3本の吸収エネルギーの平均が65J以上を良好とした。なお、参考までに-60℃におけるシャルピー衝撃試験(vE-60)も実施した。これらの結果を表3にまとめて示す。
【0039】
【0040】
表1及び表3のワイヤ記号W1~W15は本発明例、ワイヤ記号W16~W27は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1~W15はメタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮とフラックスの合計でC、Si、Mn、Sが適量で、(Mn+S)/Si(([Mn]+[S])/[Si])が適正であり、フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計、金属弗化物のF換算値の合計及びNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が適量であるのでアークが安定してスパッタ発生量が少なく、スラグの生成量が少なく、ビード外観・形状が良好であり、高温割れも発生しなかった。また、溶着金属の0.2%耐力、引張強さ及び吸収エネルギーも良好であった。
【0041】
なお、ワイヤ記号W2、W4、W8、W9、W11、W13、W14及びW15はNiが適量添加されているので、溶着金属の吸収エネルギーは-40℃で90J以上、-60℃で65J以上得られ極めて満足な結果であった。ワイヤ記号W12は、Niが添加されているが、添加量がやや少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが90J得られなかった。
【0042】
比較例中ワイヤ記号W16は、Cが少ないので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが低かった。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、アークが弱く不安定であった。
【0043】
ワイヤ記号W17は、Cが多いので、アークが強くなりスパッタ発生量が多かった。また、Cが多いので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが高くなり、吸収エネルギーが低かった。
【0044】
ワイヤ記号W18は、Siが少ないので、ビード形状が凸状であり、ビード外観が不良であった。また、Siが少ないので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが低く、吸収エネルギーが低かった。なお、Niが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーを向上する効果は得られなかった。
【0045】
ワイヤ記号W19は、Siが多いので、スラグの生成量が多かった。また、Siが多いので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。
【0046】
ワイヤ記号W20は、Sが少ないので、ビード止端部にスラグが凝集せずにビードの中心に線状にスラグが付着した。また、Na酸化物とK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が少ないので、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多かった。
【0047】
ワイヤ記号W21は、Sが多いので、スラグの凝集サイズが大きくなり、スラグ生成量が多かった。また、Sが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。さらに、金属弗化物のF換算値の合計が多いので、アークが強くなり、スパッタ発生量が多かった。
【0048】
ワイヤ記号W22は、Mnが少ないので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが低く、吸収エネルギーも低かった。また、Na酸化物とK酸化物の1種または2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が多いので、アーク長が長くなってアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。
【0049】
ワイヤ記号W23は、Mnが多いので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、(Mn+S)/Siが高いので、ビード表面が滑らかにならず、ビード外観が不良であった。
【0050】
ワイヤ記号W24は、Si酸化物のSiO2換算値の合計が少ないので、ビード止端部のなじみが悪くなり、ビード外観・形状が不良であった。
【0051】
ワイヤ記号W25は、Si酸化物のSiO2換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。なお、Niが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーを向上する効果は得られなかった。
【0052】
ワイヤ記号W26は、(Mn+S)/Siが低いので、スラグ生成量が多かった。また、Niが多いので、高温割れが発生した。さらに、Niが多いので、溶着金属の0.2%耐力と引張強さが高かった。
【0053】
ワイヤ記号W27は、(Mn+S)/Siが高いので、ビード表面が滑らかにならず、ビード外観が不良であった。
【符号の説明】
【0054】
1 フラックス入りワイヤ
2 アーク
3 母材