(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】荷電粒子軌跡測定装置及び方法
(51)【国際特許分類】
G01T 5/02 20060101AFI20241111BHJP
【FI】
G01T5/02
(21)【出願番号】P 2021126394
(22)【出願日】2021-08-02
【審査請求日】2024-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久米 直人
(72)【発明者】
【氏名】宮寺 晴夫
(72)【発明者】
【氏名】藤牧 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】杉田 宰
(72)【発明者】
【氏名】中居 勇樹
(72)【発明者】
【氏名】須賀 昌隆
(72)【発明者】
【氏名】野部 晃平
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-075334(JP,A)
【文献】特開2007-071708(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/167-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子の軌跡を測定する荷電粒子軌跡測定装置において、
前記荷電粒子を検出して検出信号を発生する複数の検出器と、
前記検出器からの前記検出信号を処理する信号処理回路と、
前記信号処理回路から出力された信号に基づき前記検出器による前記検出信号の発生時刻を算出する時刻算出手段と、
前記検出信号の前記発生時刻と前記荷電粒子を検出した前記検出器の位置情報とに基づいて前記荷電粒子の軌跡を算出する軌跡算出手段と、を有し、
前記検出器は、筒体内に設けられた芯線がコネクタにより保持されて構成され、前記信号処理回路は、回路部品を備えた基板がケースに収容されて構成され、
前記基板に突設されたピンが前記コネクタに嵌合して結合され、且つ前記ケースが前記筒体のグランドに結合されることで、前記検出器と前記信号処理回路とが一体に結合されて構成されたことを特徴とする荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項2】
前記検出器は、複数本がX方向に配列された層が4層以上設けられて荷電粒子のX方向位置を検出するX方向算出部を構成すると共に、複数本が前記X方向に直交するY方向に配列された層が4層以上設けられて前記荷電粒子のY方向位置を検出するY方向算出部を構成することを特徴とする請求項
1に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項3】
前記信号処理回路は、検出器からの検出信号を増幅する信号増幅手段と、この信号増幅手段から出力された信号をデジタル信号に変換するAD変換手段と、を有して構成されたことを特徴とする請求項1
または2に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項4】
前記時刻算出手段は、信号処理回路のAD変換手段にて得られたデジタル信号に基づいて、検出器からの検出信号の発生時刻を測定する発生時刻測定手段と、前記検出信号の消失時刻を測定する消失時刻測定手段と、を有して構成されたことを特徴とする請求項
3に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項5】
前記時刻算出手段は、信号処理回路からのデジタル信号の出力に基づき検出器からの検出信号の発生を知らせるトリガ信号を発生するトリガ信号発生手段と、外部からの前記トリガ信号を受信するトリガ信号受信手段と、前記トリガ信号に応じた同一時間内に発生したとみなせる複数の前記検出信号に関する情報を軌跡算出手段へ出力する同時計数手段と、を有して構成されたことを特徴とする請求項
4に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項6】
前記検出器、前記信号処理
回路及び前記時刻算出手段を支持するフレームと、このフレームの周囲を覆うカバーと、を有することを特徴とする請求項1乃至
5のいずれか1項に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項7】
前記カバーには、このカバーの内部で発生した熱を放熱する放熱手段が設けられたことを特徴とする請求項
6に記載の荷電粒子軌跡測定装置。
【請求項8】
検出器が荷電粒子を検出したときに発生する検出信号に関する情報としての前記検出器の位置及び前記検出信号の発生時刻に基づいて、前記荷電粒子の軌跡を測定する荷電粒子軌跡測定方法であって、
前記検出器は、筒体内に設けられた芯線がコネクタにより保持されて構成され、前記検出器からの前記検出信号を処理する信号処理回路は、回路部品を備えた基板がケースに収容されて構成され、
前記基板に突設されたピンが前記コネクタに嵌合して結合され、且つ前記ケースが前記筒体のグランドに結合されることで、前記検出器と前記信号処理回路とが一体に結合され、
積層状態に配置された複数の前記検出器のそれぞれから発生する前記検出信号のうち、同一時間内に発生したとみなせる複数の前記検出信号に関する前記情報に基づいて、前記荷電粒子の軌跡を算出して測定することを特徴とする荷電粒子軌跡測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、宇宙線ミュオン等の荷電粒子の軌跡を測定する荷電粒子軌跡測定装置及び荷電粒子軌跡測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
測定対象の内部をイメージングする技術として、ミュオンなどの荷電粒子を使用した透視技術が知られている。荷電粒子は、光や電磁波と同じ放射線とは異なり、物質中を散乱しながら透過する。そのため、荷電粒子により発生した電子の飛来方向やその散乱の度合いなどから、物質の密度及び平均原子番号などを推定できる特徴がある。
【0003】
例えば、宇宙線ミュオンと呼ばれる宇宙に起因して発生する荷電粒子は、非常に高いエネルギを持ち、透過力が高いため、火山や、ピラミッド等の大型の構造物の内部のイメージングなどに適用されている。このようなイメージングを行う場合、荷電粒子の軌跡情報を精度良く取得することが重要であり、プラスチックシンチレータ、ファイバーシンチレータを使用した装置や、ドリフトチューブ検出器を用いたものが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5479904号公報
【文献】特許第6465867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、ドリフトチューブ検出器を水平及び垂直方向に複数層配置し、ミュオンの軌跡を算出してイメージングを行う手法が提案されている。ここで提案されている技術は、複数本の検出器が必要であり、検出器自身や信号処理を行う回路なども大規模な装置になっている。特許文献2では、船などの大型の測定対象に対して検査ステーションを用いた大型システムであり、検出器を移動させる構造を備えた装置などが提案されている。
【0006】
特許文献1及び2は、いずれも測定対象の両側に検出器を配置した測定例が示されており、特に、特許文献2では長さ53フィート、幅8フィートと非常に大きな測定エリアが提案されている。この場合、装置に組み込まれる検出器は非常に大型なものを用意する必要があるため、据付現場で装置を組み立てる必要がある。しかし、軌跡を正しく測定するためには、検出器の1つ1つの位置を精度よく把握する必要があるが、据付工事における検出器の据え付け毎の位置把握が非常に困難であった。
【0007】
更に、荷電粒子を測定する検出器は、得られる信号が非常に小さいため、専用の増幅回路を使用して計測するのが一般的である。この増幅回路は電磁ノイズの影響を受けやすく、ケーブルの種類や配線ルートなども、現場に合わせて細かく管理する必要がある。
【0008】
上述のように特許文献1及び2の技術は、ミュオントモグラフィを精度よく行うための装置構成及び信号処理手法であり、これらの構成及び手法は、装置の設置時に発生する据付誤差の低減、更には電磁ノイズ対策など、高精度な測定のために非常に細かい調整が必要であった。
【0009】
本発明の実施形態は、上述の事情を考慮してなされたものであり、ノイズ、据付誤差及び設置スペースを低減して、荷電粒子の軌道を高精度に測定することができる荷電粒子軌跡測定装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施形態における荷電粒子軌跡測定装置は、荷電粒子の軌跡を測定する荷電粒子軌跡測定装置において、前記荷電粒子を検出して検出信号を発生する複数の検出器と、前記検出器からの前記検出信号を処理する信号処理回路と、前記信号処理回路から出力された信号に基づき前記検出器による前記検出信号の発生時刻を算出する時刻算出手段と、前記検出信号の前記発生時刻と前記荷電粒子を検出した前記検出器の位置情報とに基づいて前記荷電粒子の軌跡を算出する軌跡算出手段と、を有し、前記検出器は、筒体内に設けられた芯線がコネクタにより保持されて構成され、前記信号処理回路は、回路部品を備えた基板がケースに収容されて構成され、前記基板に突設されたピンが前記コネクタに嵌合して結合され、且つ前記ケースが前記筒体のグランドに結合されることで、前記検出器と前記信号処理回路とが一体に結合されて構成されたことを特徴とするものである。
【0011】
本発明の実施形態における荷電粒子軌跡測定方法は、検出器が荷電粒子を検出したときに発生する検出信号に関する情報としての前記検出器の位置及び前記検出信号の発生時刻に基づいて、前記荷電粒子の軌跡を測定する荷電粒子軌跡測定方法であって、前記検出器は、筒体内に設けられた芯線がコネクタにより保持されて構成され、前記検出器からの前記検出信号を処理する信号処理回路は、回路部品を備えた基板がケースに収容されて構成され、前記基板に突設されたピンが前記コネクタに嵌合して結合され、且つ前記ケースが前記筒体のグランドに結合されることで、前記検出器と前記信号処理回路とが一体に結合され、積層状態に配置された複数の前記検出器のそれぞれから発生する前記検出信号のうち、同一時間内に発生したとみなせる複数の前記検出信号に関する前記情報に基づいて、前記荷電粒子の軌跡を算出して測定することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の実施形態によれば、ノイズ、据付誤差及び設置スペースを低減して、荷電粒子の軌道を高精度に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】第1実施形態に係る荷電粒子軌跡測定装置の構成を示すブロック図。
【
図2】
図1の荷電粒子軌跡測定装置の検出器、信号処理回路及び時刻算出手段がフレームに支持されたモジュール構造体を示す斜視図。
【
図4】
図1~
図3の検出器による宇宙線ミュオンの検出状況を説明する説明図。
【
図5】
図1~
図3の時刻算出手段の発生時刻測定手段と消失時刻測定手段の機能を説明するグラフ。
【
図6】
図1の荷電粒子軌跡測定装置の変形形態を示すブロック図。
【
図7】
図1の検出器と信号処理回路との結合状態を示す断面図。
【
図8】
図7の検出器と信号処理回路の結合前の状態を示す分解断面図。
【
図9】第2実施形態に係る荷電粒子軌跡測定装置の構成を示すブロック図。
【
図10】
図9の荷電粒子軌跡測定装置による宇宙線ミュオンの軌跡の算出手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態を、図面に基づき説明する。
[A]第1実施形態(
図1~
図8)
図1は、第1実施形態に係る荷電粒子軌跡測定装置の構成を示すブロック図である。この
図1に示す荷電粒子軌跡測定装置10は、山などの自然物や大型の建造物などの内部をイメージングするために、荷電粒子(例えばミュオン、特に宇宙線ミュオン)の軌跡を測定するものであり、検出器11、信号処理回路12.時刻算出手段13及び軌跡算出手段14を有して構成される。
【0015】
本荷電粒子軌跡測定装置10は、加速器で発生させたミュオンや、電子などによる荷電粒子にも適用可能であるが、宇宙線ミュオンと呼ばれる粒子を想定して説明する。宇宙から飛来する宇宙線ミュオンは、非常に高いエネルギを有しており、X線などの放射線に比べて非常に高い物質中の透過力を持つ。
【0016】
この特性を利用した透視技術として、透過法と呼ばれる宇宙線ミュオンの物質中の透過率で物質の密度を評価する手法や、散乱法と呼ばれる宇宙線ミュオンの物質中での散乱の度合いで物質の密度を評価する手法などが存在する。いずれの手法も、宇宙線ミュオンの高い透過力を利用して、非常に大きな構造物の内部の情報が取得可能になる。この内部情報を精度よく得るためには、宇宙線ミュオンの軌跡を精度よく測定する必要がある。しかし、宇宙線ミュオンの特性により測定対象が大きくなることや、宇宙線ミュオンが地表面に到達する数に制限があること等から、検出器は数m以上の大きなものが使用される場合が多い。
【0017】
このような状況の場合、非常に多くの検出器が必要になり、検出器を複数配置し、各検出器のうちで宇宙線ミュオンを検出した検出器の位置情報から、宇宙線ミュオンの軌跡を算出することになる。宇宙線ミュオンの検出器内での通過位置を特定し、且つ検出器の位置情報を取得する場合、検出器の大型の測定面積と、宇宙線ミュオンの高精度な通過位置測定とを両立させる必要があり、装置が非常に大規模になる。
【0018】
本実施形態の検出器11は、検出器11内を宇宙線ミュオンが通過することにより発生した電子が移動するドリフト時間に基づいて、宇宙線ミュオンの検出器11内での通過位置を検出するドリフトチューブ検出器が用いられる。この検出器11としてのドリフトチューブ検出器は、
図4に示すように、筒体としての円筒管15内の中心位置に、高電圧が印加される芯線16が張設されると共に、円筒管15内に希ガスを主成分とする電離ガスが封入されている。宇宙線ミュオン1がドリフトチューブ検出器内を通過すると、電離ガスが電離されてイオンと電子に分離される。
【0019】
分離した電子が移動して芯線16に到達したとき、ドリフトチューブ検出器(検出器11)から検出信号Sが出力されて、ドリフトチューブ検出器における宇宙線ミュオン1の通過が検出される。電離ガスの電離により電子が発生する時刻Tμと電子が芯線16に到達する時間(検出信号Sの発生時刻To)とから、電子が発生してから芯線16に移動するまでの移動時間(ドリフト時間)が判明する。このドリフト時間に基づいて芯線16までの電子の移動距離(ドリフト半径)を求めることで、ドリフトチューブ検出器内での宇宙線ミュオン1の通過位置が検出可能になる。
【0020】
上述のドリフトチューブ検出器は、検出器のサイズよりも遥かに小さな1mm以下の分解能を得ることが可能である。例えば、円筒管15の直径が50mmのドリフトチューブ検出器の場合、0.5mm未満の精度で宇宙線ミュオン1の通過位置を検出することが可能である。
【0021】
なお、検出器11は、荷電粒子を粒子単位で測定できるものであればよく、ドリフチューブ検出器のほか、比例計数管やマルチワイヤ方式、GEM検出器などが適用可能である。検出方式や検出器の外形は問わない。また、1つの検出器で直交する2方向位置を特定できる方式のものも適用可能である。
【0022】
宇宙線ミュオン1を検出して検出信号Sを出力する検出器11は、
図2及び
図3に示すように、複数本がX方向に配列された層が4層以上(例えば6層)設けられて、宇宙線ミュオン1のX方向位置を検出するX方向算出部20Xを構成すると共に、複数本がX方向に直交するY方向に配置された層が4層以上(例えば6層)設けられて、宇宙線ミュオン1のY方向位置を検出するY方向算出部20Yを構成する。ここで、X方向算出部20Xの検出器11の層とY方向算出部20Yの検出器11の層とは、例えば2層毎に交互に配置されている。
【0023】
X方向算出部20Xは、上述の例えば6層の複数本の検出器11のほか、各検出器11にそれぞれが接続された複数個の信号処理回路12と、複数個の信号処理回路12にそれぞれが接続された複数の時刻算出手段13と、を有して構成される。同様に、Y方向算出部20Yは、例えば6層の複数本の検出器11のほか、各検出器11にそれぞれが接続された複数個の信号処理回路12と、複数個の信号処理回路12にそれぞれが接続された複数の時刻算出手段13と、を有して構成される。
【0024】
上述のX方向算出部20X及びY方向算出部20Yをそれぞれ構成する検出器11、信号処理回路12及び時刻算出手段13は、フレーム17に支持されてモジュール構造体34を構成する。このモジュール構造体34において、フレーム17の周囲はカバー18に覆われる。このカバー18には、カバー18内で発生した熱を放熱する放熱手段としての放熱窓19が形成されている。なお、上述のモジュール構造体34の検出器11、信号処理回路12及び時刻算出手段13は、X方向及びY方向に直交するZ方向付近から入射する宇宙線ミュオン1を検出対象とする。
【0025】
フレーム17は、検出器11、信号処理回路12及び時刻算出手段13を固定して支持するためのものであり、材質及び形状などは問わない。但し、フレーム17は、荷重による撓みや温度変化による歪などによっても検出器11の据付時の設置精度を確保し得る程度の剛性などの特性を有する必要がある。
【0026】
図1に示す信号処理回路12は、1本の検出器11に1個が後述の如く一体に結合されて接続され、検出器11からの検出信号Sを処理するものであり、信号増幅手段21及びAD変換手段22を有して構成される。
【0027】
信号増幅手段21は、検出器11からの検出信号Sを測定可能なレベルまで増幅させるものであり、例えばオペアンプ等が適用される。この信号増幅手段21にて増幅された信号を、
図5の下段に出力信号Aとして示す。
【0028】
図1に示すAD変換手段22は、信号増幅手段21から出力された出力信号Aを、
図5に示すようにデジタル信号BにAD変換する。このAD変換手段22は、コンパレータと称されるICを用いた構造が適用される。コンパレータは、事前に設定した閾値以上の信号を検出した際に所定電圧のパルス状の信号を発生させるものであり、最もシンプルなAD変換である。つまり、信号増幅手段21からの出力信号Aの電圧が所定の閾値を超えたときに、AD変換手段22がパルス状のデジタル信号Bを発生する。また、信号増幅手段21からの出力信号Aの電圧が上記閾値以下に低下したときに、AD変換手段22がパルス状のデジタル信号Bを消失させる。
【0029】
上述のコンパレータの手法の場合、検出器11で実際に検出信号Sが発生した時間と検出信号Sが閾値電圧を超えるまでの時間との差が、パルス状の波形などによって異なる場合がある。この差はタイムウォークと呼ばれており、この対策として
図6に示すように、複数の閾値電圧を持つコンパレータ群(AD変換手段22-1、22-2、22-3、及び信号変換部23)で発生時刻を算出し、閾値電圧と発生時刻の相関から電圧ゼロの時刻を算出することも可能である。また、図示はしていないが、タイムウォークの補正として一般的であるコンスタントフラクション方式の回路や、ゼロクロス方式のコンパレータ、高速デジタイザなどで波形自体を取得する方法なども適用可能である。
【0030】
なお、信号処理回路12の信号増幅手段21及びAD変換手段22は、検出器11にて発生した検出信号Sをデジタル信号Bとして検出できるように増幅しAD変換できるものであればよく、例えばASICなどのように信号増幅とAD変換とが1つの電子回路に集積されていてもよい。
【0031】
図1に示す時刻算出手段13は、発生時刻測定手段24及び消失時刻測定手段25を有し、信号処理回路12から出力された信号、即ち信号処理回路12のAD変換手段22にて得られたデジタル信号Bに基づいて、
図5に示すように、発生時刻測定手段24が検出器11からの検出信号Sの発生時刻Toを測定し、消失時刻測定手段25が検出器11からの検出信号Sの消失時刻Tpを測定する。
【0032】
この時刻算出手段13は、ある基準のタイミングから開始した時間に対して検出器11が信号を発生または消失した時刻を検出できれば手法は問わない。例えば、測定開始からの経過時間をカウントできる機能を有するCPLD、FPGAなどが適用可能である。また、発生時刻測定手段24、消失時刻測定手段25は、信号の波高値や変化量などを用いた一定の基準で信号の発生、消失を測定するものであり、信号検知及び時刻測定ができれば手法は問わない。
【0033】
図1に示す軌跡算出手段14は、時刻算出手段13にて算出された検出信号Sの発生時刻Toと宇宙線ミュオン1を検出した検出器11の位置情報とに基づいて、宇宙線ミュオン1の軌跡を算出する。
【0034】
つまり、発生時刻測定手段24により測定した検出信号Sの発生時刻Toは、ドリフチューブ検出器(検出器11)の特性によって決まるドリフト時間に準じた時刻であり、このドリフト時間は、ドリフチューブ検出器(検出器11)の芯線16から宇宙線ミュオン1の通過位置までの距離に相関を持つ時間である。このため、軌跡算出手段14は、発生時刻測定手段24で測定した時間情報(検出信号Sの発生時刻To)と、ドリフト時間を移動距離に変換する関数と、ドリフチューブ検出器(検出器11)の芯線16の位置とがわかると、宇宙線ミュオン1がドリフチューブ検出器(検出器11)を通過した通過位置を算出することが可能になる。
【0035】
そして、軌跡算出手段14は、同一の宇宙線ミュオン1を検出した複数のドリフトチューブ検出器(検出器11)で得られた宇宙線ミュオン1の通過位置の共通接線を求めることで、宇宙線ミュオン1の軌跡を算出することが可能になる。本手法では、宇宙線ミュオン1が検出器11を通過した時刻を明確に特定できない場合でも宇宙線ミュオン1の軌跡を算出することが可能であるが、宇宙線ミュオン1が検出器11を通過した通過時間を別の検出器で測定し、その情報を用いて、宇宙線ミュオン1の検出器11内の通過位置を評価することも可能である。
【0036】
この軌跡算出手段14は、検出器11が設置されている位置情報と、検出器11が検出信号Sを発生した発生時刻Toとに基づいて宇宙線ミュオン1の軌跡を算出するものであり、数値演算が可能な装置であれば適用可能である。また、軌跡算出方法としては、最小2乗法などによる評価や機械学習などによる評価のいずれも可能である。
【0037】
ところで、ドリフトチューブ検出器と呼ばれる検出器11は、一般に数kVなどの高い電圧を印加することで電子を増幅させ、発生した電子を信号増幅手段21で更に増幅して荷電粒子を測定する。このとき、検出器11と信号処理回路12は、高電圧に耐性のある同軸ケーブルや同軸コネクタを用いて接続して使用するのが一般的である。例えば、市販されている比例計数管では、コネクタがMHVコネクタもしくはpinタイプのものであり、これらを適用する場合、同軸ケーブルを介して外付けのアンプに接続する。
【0038】
同軸コネクタと同軸ケーブルを採用する場合、検出器11の動作電圧と比較して十分な耐圧電圧がある同軸ケーブル及び同軸コネクタが採用される。これらの同軸ケーブル及び同軸コネクタは電磁シールドがあるため、外部からの電磁放射に対してノイズ対策が十分になる。しかしながら、同軸ケーブル自信が持つ静電容量が数10pF/mほどあり、この静電容量がアンプの負荷となってノイズが増大してしまう。
【0039】
一方、非同軸のケーブルを使用する場合には、非同軸ケーブルの静電容量は少なくて済むが、電磁気学的なシールドがないため、外部からの電磁波ノイズに対して影響を受け易くなる。
【0040】
いずれ場合も、検出器11と信号処理回路12の信号増幅手段21とを、ケーブルを用いて接続することになるが、ケーブル自体でも測定性能を悪化させる要因が生ずる。例えば、長尺なケーブルを使用する場合には、ケーブルが振動することで発生するわずかなノイズ信号が発生する可能性がある。逆に、ケーブルを短くする場合には、検出器11と信号処理回路12との双方に、高電圧に対応したコネクタを実装する必要があり、配線作業を考慮すると、必要なスペースが大きくなって、検出器11を密に配置することが困難になってしまう。
【0041】
そこで、本実施形態では、検出器11と信号処理回路12とが、ケーブルを介在させずに一体に結合されて構成されている。つまり、ドリフトチューブ検出器(検出器11)は、
図4、
図7及び
図8に示すように、円筒管15内に電離ガスが封入されると共に、中心位置に芯線16が張設される。この芯線16は、円筒管15のグランド(0V)26に絶縁体27を介して設置されたコネクタ28により保持される。
【0042】
また、信号処理回路12は、信号増幅手段21及びAD変換手段22を構成する回路部品29を備えた基板30が、スペーサー31を用いてケース32内に保持されて収容される。また、基板30には裏面側に、剛性が高く振動が生じにくいピン33が突設されている。そして、信号処理回路12側のピン33が検出器11側のコネクタ28に嵌合して結合され、且つ信号処理回路12側のケース32が検出器11側の円筒管15のグランド26に嵌め込まれて結合されることで、検出器11と信号処理回路12とが一体に結合されて接続される。
【0043】
以上のように構成されたことから、本第1実施形態によれば、次の効果(1)~(3)を奏する。
(1)
図7及び
図8に示すように、宇宙線ミュオン1を検出して検出信号Sを発生する検出器11と、この検出器11からの検出信号Sを処理する信号処理回路12との間にケーブルが介在せず、両者が一体に結合されて構成されたので、ケーブルの静電容量に起因するノズルや外部からの電磁波ノイズが低減でき、更に検出器11と信号処理回路12との据付誤差及び設置スペースを低減できる。これらの結果、宇宙線ミュオン1の軌跡を高精度に測定することができる。
【0044】
(2)
図2及び
図3に示すように、荷重による撓みや温度変化による歪が許容可能な値になるような剛性の高いフレーム17に、複数の検出器11、信号処理回路12及び時刻算出手段13が支持されて、荷電粒子軌跡測定装置10の要部がモジュール構造体34として構成されている。そして、荷電粒子軌跡測定装置10を大型にする場合には、上記モジュール構造体34を複数個並べることで、宇宙線ミュオン1の測定面積を増大させることができる。従って、モジュール構造体34において検出器11間の隙間を最小にし且つ検出器11の位置精度を確保できるので、宇宙線ミュオン1の測定面積を増大させる場合であっても、宇宙線ミュオン1の設置精度を良好に確保することができる。
【0045】
(3)上述のモジュール構造体34では、複数の検出器11、信号処理回路12及び時刻算出手段13を支持するフレーム17の周囲が、放熱窓19を備えたカバー18により覆われたことで、モジュール構造体34の輸送時や屋外での長時間の測定時においても、風雨及び猛暑の影響を抑制することができる。
【0046】
[B]第2実施形態(
図9、
図10)
図9は、第2実施形態に係る荷電粒子軌跡測定装置の構成を示すブロック図である。この第2実施形態において第1実施形態と同様な部分については、第1実施形態と同一の符号を付すことにより説明を簡略化し、または省略する。なお、複数の時刻算出手段41を識別するために、a~fの添字を付して説明する場合がある。
【0047】
第2実施形態の荷電粒子軌跡測定装置40では、時刻算出手段41は、発生時刻測定手段24及び消失時刻測定手段25のほかに、トリガ信号発生手段42、トリガ信号受信手段43及び同時計数手段44を有して構成される。このうちトリガ信号発生手段42は、信号処理回路12からのデジタル信号Bの出力に基づき検出器11からの検出信号Sの発生を知らせるトリガ信号Gを発生する。また、トリガ信号受信手段43は、外部からのトリガ信号Gを受信する。
【0048】
同時計数手段44は、トリガ信号発生手段42からのトリガ信号Gに応じた同一時間内(例えば、トリガ信号Gが出力されている時間と同一の時間内)に発生したとみなせる複数の検出信号Sに関する情報(即ち、宇宙線ミュオン1を検出した検出器11の位置情報及び検出信号Sの発生時刻To情報)を軌跡算出手段14へ出力し、上記同一時間外の情報を破棄する。軌跡算出手段14は、トリガ信号Gに応じた同一時間内に発生したとみなせる複数の検出信号Sに関する上述の情報に基づいて、宇宙線ミュオン1の軌跡を算出する。
【0049】
本第2実施形態について更に詳説する。宇宙線ミュオン1は透過力が高いことと、通過した物質内では何らかの相互作用があることが特徴になる。一方、γ線などは透過力が高いものの、透過した物質と相互作用を起こすことは確率で決まる。そのため、複数の検出器11で信号が発生した場合、宇宙線ミュオン1による検出信号であるのか、それ以外の天然放射線などのノイズであるのかを区別することが可能になる。
【0050】
そこで、本第2実施形態の時刻算出手段41は、複数の検出器11により検出された検出信号Sのうち、他の時刻算出手段41で同一時間(例えば1秒間)に発生したとみなせる検出信号Sのみに関する情報(検出器11の位置情報、検出信号Sの発生時刻To情報)を軌跡算出手段14へ出力する。
【0051】
例えば、
図9に示すように、X方向算出部20Xに属する時刻算出手段41aのトリガ信号発生手段42で検出信号Sに応じてトリガ信号Gを発生し、このトリガ信号Gを、Y方向算出部20Yの時刻算出手段41d、41e及び41fのトリガ信号受信手段43で受信する。この場合、X方向算出部20Xの時刻算出手段41aに属する複数の検出器11のいずれか1つで検出信号Sが出力されていれば、時刻算出手段41aのトリガ信号発生手段42がトリガ信号Gを発生させ、このトリガ信号Gを、Y方向算出部20Yの時刻算出手段41d、41e及び41fのトリガ信号受信手段43で受信させることで、X方向算出部20Xにおいて宇宙線ミュオン1を検出して検出信号Sが出力されたか否かを判定することが可能になる。
【0052】
同様に、X方向算出部20Xにおける他の複数の時刻算出手段41b、41cのトリガ信号発生手段42からのトリガ信号GをY方向算出部20Yの複数の時刻算出手段41d、41e及び41fのトリガ信号受信手段43に入力することで、装置全体で、複数の検出器11で宇宙線ミュオン1を検出して検出信号Sが出力されたか否かを判定することが可能になる。
【0053】
一方、トリガ信号Gは、検出器11が実際に宇宙線ミュオン1を検出して検出信号Sを発生する発生時刻Toから一定時間経過した後に発生する。このため、Y方向算出部20Yでは、各検出信号Sの発生時刻Toを時刻算出手段41の発生時刻測定手段24が測定した後、トリガ信号Gが存在する場合に同時計数手段44が、時刻算出手段41d、41e及び41fで得た同一時間内に発生したとみなせる検出信号Sに関する情報を軌跡算出手段14へ出力し、それ以外の情報を破棄する。これにより、軌跡算出手段14には必要最小限の情報が出力されることになる。
【0054】
つまり、
図10に示すように、Y方向算出部20Yでは、X方向算出部20Xの検出器11からの検出信号Sの出力によって、例えば時刻算出手段41が、検出器11毎に検出信号Sに関する情報(検出信号Sの発生時刻To、検出信号Sを出力した検出器11の位置情報)を取得する(S1)。このとき、Y方向算出部20Yのトリガ信号受信手段43が、例えばX方向算出部20Xの時刻算出手段41のトリガ信号発生手段42からのトリガ信号Gを受信すると(S2)、このY方向算出部20Yの同時計数手段44は、ステップS1で取得した検出信号Sに関する情報の中で、トリガ信号Gに応じた同一時間内に発生したとみなせる検出信号Sに関する情報を軌跡算出手段14へ出力する(S3)。軌跡算出手段14は、Y方向算出部20Yの同時計数手段44から出力された必要最小限の検出信号Sに関する情報に基づいて、宇宙線ミュオン1の軌跡を算出する(S4)。
【0055】
上述の例では、X方向算出部20Xに属する信号処理回路12からの検出信号Sに対して時刻算出手段41のトリガ信号発生手段42がトリガ信号Gを発生し、このトリガ信号Gを、Y方向算出部20Yの時刻算出手段41のトリガ信号受信手段43が受信している。
【0056】
これに対し、例えばX方向算出部20Xに属する信号処理回路12からの検出信号Sに対して時刻算出手段41aのトリガ信号発生手段42がトリガ信号Gを発生し、このトリガ信号Gを、同じくX方向算出部20Xにおける他の時刻算出手段41b、41cのトリガ信号受信手段43が受信し、これらの時刻算出手段41b、41cの同時計数手段44が、検出信号Sに関する情報を軌跡算出手段14に出力してもよい。
【0057】
以上のように構成されたことから、本第2実施形態によれば、第1実施形態の効果(1)~(3)と同様な効果を奏するほか、次の効果(4)を奏する。
【0058】
(4)時刻算出手段41の同時計数手段44は、トリガ信号発生手段42からのトリガ信号Gに応じた同一時間内(例えば、トリガ信号Gが出力されている時間と同一の時間内)に発生したとみなせる複数の検出信号Sに関する情報(即ち、宇宙線ミュオン1を検出した検出器11の位置情報及び検出信号Sの発生時刻To情報)を軌跡算出手段14へ出力し、上記同一時間外の情報を破棄し、軌跡算出手段14が、同時計数手段44から出力された検出信号Sに関する上記情報のみに基づいて、宇宙線ミュオン1の軌跡を算出する。この結果、軌跡算出手段14は、不要なノイズを削除できるので、宇宙線ミュオン1の軌跡をより一層高精度に算出することができる。
【0059】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができ、また、それらの置き換えや変更は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0060】
1…宇宙線ミュオン、10…荷電粒子軌跡測定装置、11…検出器、12…信号処理回路、13…時刻算出手段、14…軌跡算出手段、15…円筒管(筒体)、16…芯線、17…フレーム、18…カバー、19…放熱窓(放熱手段)、20X…X方向算出部、20Y…Y方向算出部、21…信号増幅手段、22…AD変換手段、24…発生時刻測定手段、25…消失時刻測定手段、26…グランド、28…コネクタ、29…回路部品、30…基板、32…ケース、33…ピン、40…荷電粒子軌跡測定装置、41…時刻算出手段、42…トリガ信号発生手段、43…トリガ信号受信手段、44…同時計数手段、S…検出信号、To…発生時刻、Tp…消失時刻、B…デジタル信号、G…トリガ信号