(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-08
(45)【発行日】2024-11-18
(54)【発明の名称】構造物劣化診断システム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20241111BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
(21)【出願番号】P 2022016203
(22)【出願日】2022-02-04
【審査請求日】2024-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000233826
【氏名又は名称】能美防災株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100147566
【氏名又は名称】上田 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100161171
【氏名又は名称】吉田 潤一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100188514
【氏名又は名称】松岡 隆裕
(72)【発明者】
【氏名】井関 晃広
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 義英
(72)【発明者】
【氏名】辻本 圭亮
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-238334(JP,A)
【文献】特開平10-010145(JP,A)
【文献】特開2014-238716(JP,A)
【文献】特開2006-010520(JP,A)
【文献】特開2014-228525(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0321808(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第107110221(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104535306(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C 1/00- 1/14
5/00-15/14
G01H 1/00-17/00
G01M 5/00- 7/08
13/00-13/045
99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
劣化診断対象である構造物に設置され、前記構造物の加速度情報を出力するセンサと、
前記センサから出力された前記加速度情報に基づいて、前記構造物の劣化が発生したか否か、および前記センサの故障が発生したか否かを判断するセンサコントローラと
を備え、
前記センサコントローラは、
前記加速度情報に基づいて前記構造物に関する傾きを第1の特徴量として算出し、前記構造物の劣化を診断するための指標値となる特徴量として傾き以外の特徴量を第2の特徴量として算出し、
前記第1の特徴量および前記第2の特徴量からなる複数の特徴量のそれぞれについて、前記構造物の劣化判断指標となる異常度を、第1の異常度および第2の異常度として算出し、
前記第1の異常度が第1の閾値を超えている場合には傾き異常が発生したと判断し、
前記第2の異常度が第2の閾値を超えている場合には前記傾き異常とは異なる異常が発生したと判断し、
前記傾き異常が発生し、かつ前記傾き異常とは異なる異常が発生していないと判断した場合には、前記センサの故障が発生したと判断し、
前記傾き異常が発生したか否かにかかわらず前記傾き異常とは異なる異常が発生したと判断した場合には、前記構造物の劣化が発生したと判断する
構造物劣化診断システム。
【請求項2】
前記センサコントローラは、
あらかじめ設定された学習期間にわたる前記複数の特徴量のそれぞれに関する推移状態から、前記複数の特徴量が正常状態であることを特定するための信頼区間を算出し、
前記学習期間の後の判定期間において算出された前記複数の特徴量のそれぞれについて、前記信頼区間に基づいて前記第1の異常度および前記第2の異常度を算出する
請求項1に記載の構造物劣化診断システム。
【請求項3】
前記センサコントローラは、
前記信頼区間として傾きに関する信頼区間を算出する際には、前記学習期間において外部から取得した温度を入力とし、前記学習期間において前記特徴量として算出した前記傾きを出力として、ガウス過程回帰を利用することで前記傾きに関する信頼区間を算出し、
前記第2の特徴量が固有振動数である場合に、前記信頼区間として前記固有振動数に関する信頼区間を算出する際には、前記学習期間において外部から取得した前記温度を入力とし、前記学習期間において前記特徴量として算出した前記固有振動数を出力として、ガウス過程回帰を利用することで前記固有振動数に関する信頼区間を算出する
請求項2に記載の構造物劣化診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、センサにより検出された加速度情報を用いて橋梁等の構造物の劣化診断を行う際に、構造物の劣化が発生したか、あるいはセンサの異常が発生したかを識別することのできる構造物劣化診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、車両が通過する橋梁に相当する構造物は、車両の通過に伴う経年変化によって次第に劣化する。橋梁のような構造物は、壊れてしまう前に劣化状態を検知することが重要となる。
【0003】
橋梁の劣化診断を行う従来技術として、複数のセンサに基づいて算出された傾きあるいは固有振動数の変化から、センサの異常(故障)診断を行うものがある(例えば、特許文献1参照)。具体的には、複数のセンサの検出結果に基づく確率密度分布の比が許容範囲を逸脱することで、センサ自身の故障診断を可能としている。この結果、センサの健全性を確認した上で、劣化診断の信頼性を確保することができる構造物劣化診断システムを実現できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来技術には、以下のような課題がある。
特許文献1では、複数のセンサによる検出結果を相互に比較することで、センサの異常(故障)診断を行っている。すなわち、構造物の劣化が発生したか、あるいはセンサの異常が発生したかを識別するためには、複数のセンサの検出結果を比較する必要があった。
【0006】
また、傾きの確率密度分布を複数センサ間で比較する場合には、センサ位置あるいはセンサの温度特性の影響によっては、構造物異常かセンサ故障かの判断がつけられない場合があった。
【0007】
本開示は、前記のような課題を解決するためになされたものであり、1つのセンサによる検出結果から、構造物異常かセンサ故障かを識別することができる構造物劣化診断システムを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示に係る構造物劣化診断システムは、劣化診断対象である構造物に設置され、構造物の加速度情報を出力するセンサと、センサから出力された加速度情報に基づいて、構造物の劣化が発生したか否か、およびセンサの故障が発生したか否かを判断するセンサコントローラとを備え、センサコントローラは、加速度情報に基づいて構造物に関する傾きを第1の特徴量として算出し、構造物の劣化を診断するための指標値となる特徴量として傾き以外の特徴量を第2の特徴量として算出し、第1の特徴量および第2の特徴量からなる複数の特徴量のそれぞれについて、構造物の劣化判断指標となる異常度を、第1の異常度および第2の異常度として算出し、第1の異常度が第1の閾値を超えている場合には傾き異常が発生したと判断し、第2の異常度が第2の閾値を超えている場合には傾き異常とは異なる異常が発生したと判断し、傾き異常が発生し、かつ傾き異常とは異なる異常が発生していないと判断した場合には、センサの故障が発生したと判断し、傾き異常が発生したか否かにかかわらず傾き異常とは異なる異常が発生したと判断した場合には、構造物の劣化が発生したと判断するものである。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、1つのセンサによる検出結果から、構造物異常かセンサ故障かを識別することができる構造物劣化診断システムを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムの構成図である。
【
図2】本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムの診断対象である構造物にセンサが設置された状態を示した説明図である。
【
図3】本開示の実施の形態1において、傾きを特徴量とした場合の、傾きの時間推移、傾きと温度の関係性、および傾き異常度を示した図である。
【
図4】本開示の実施の形態1において、固有振動数を特徴量とした場合の、固有振動数の時間推移、固有振動数と温度の関係性、および固有振動数異常度を示した図である。
【
図5】本開示の実施の形態1において、活荷重変位を特徴量とした場合の、活荷重変位の時間推移、活荷重変位と温度の関係性、および活荷重変位異常度を示した図である。
【
図6】本開示の実施の形態1におけるセンサから出力される3軸の加速度情報を用いて特徴量の1つである傾きを算出する場合の説明図である。
【
図7】本開示の実施の形態1において、傾き異常度のみが異常状態となり、固有振動数異常度および活荷重変位異常度は異常状態でない場合を示した説明図である。
【
図8】本開示の実施の形態1において、すべての特徴量に関する異常度が正常状態と判定された場合の各特徴量のヒストグラムと、傾き異常度のみが異常状態と判定された場合の各特徴量のヒストグラムとを比較した図である。
【
図9】本開示の実施の形態1において、傾きの異常度にヒストグラムと、固有振動数のヒストグラムとを統計手法を用いて比較する場合の説明図である。
【
図10】本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムにより実行される構造物異常かセンサ故障かを識別するための一連処理を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の構造物劣化診断システムの好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
本開示は、1つのセンサの検出結果から複数の特徴量を求め、さらに、複数の特徴量のそれぞれに対応する異常度を求め、複数の異常度の組合せによる劣化診断を行うことで、構造物異常かセンサ故障かを識別することができる機能を有することを技術的特徴とするものである。
【0012】
実施の形態1.
本実施の形態1では、1つのセンサによる測定結果に基づいて構造物の劣化診断を行う際に、構造物異常かセンサ故障かを識別するための具体的な構成について説明する。
【0013】
図1は、本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムの構成図である。本実施の形態1における構造物劣化診断システムは、1つのセンサ10と、センサコントローラ20とを備えて構成されている。
【0014】
また、
図2は、本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムの劣化診断対象である構造物にセンサ10が設置された状態を示した説明図である。
図2では、構造物の具体例として橋梁30が示されており、
図2(A)が橋梁30の側面図、
図2(B)が橋梁30の裏面図である。
【0015】
橋梁30は、車両1の通過に伴う経年変化によって次第に劣化する。そこで、本実施の形態1に係る構造物劣化診断システムは、劣化診断に適した位置に設置されたセンサ10により出力された加速度情報をセンサコントローラ20で解析することで、時々刻々と変化する橋梁30の劣化状態を診断する。
【0016】
さらに、本実施の形態1に係るセンサコントローラ20は、1個のセンサ10により出力された加速度情報に基づいて、センサ10が故障しているか否かを判定する機能を備えている。
【0017】
センサ10は、橋梁30の構成部品である主桁31に設置される。ここで、主桁31は、診断対象である構造物の構造体に相当する。
図2(B)に示したように、主桁31は、一例として、3本の主桁31a、31b、31cとして構成されている。そして、
図2(B)の例では、センサ10が、主桁31bの中央部分(すなわち、左右の支承2の距離に相当する支間の中央部分)に設置されている場合を例示している。この設置位置が、劣化診断に適した位置の一例に相当する。
【0018】
なお、以下の説明では、1つのセンサ10による検出結果に基づいて劣化診断を行うとともに、構造物異常かセンサ故障かを識別する具体的な手法について説明する。ただし、センサ10自体は、1つのセンサ10が本実施の形態1とは異なる位置に設置されてもよいし、複数のセンサ10が橋梁30の複数箇所に設置されていてもよい。
【0019】
複数のセンサ10が設置されている場合には、センサコントローラ20は、個別のセンサ10の設置位置における個別の検出結果に基づいて、それぞれのセンサ10について、構造物異常を検出したか、あるいはセンサ故障であるかを識別することができる。
【0020】
センサ10は、橋梁30に発生する加速度情報を検出し、センサコントローラ20に対して加速度情報を出力する。センサ10の一例としては、薄膜の水晶振動子を用い、応答性に優れ、測定範囲がDC~数十Hz程度の加速度を測定可能な3軸加速度センサが挙げられる。
【0021】
このように、センサ10として3軸の加速度センサを用いることにより、水平出しが不要となり、傾きや振動の方向に関わらず、センサ出力を行うことができる。したがって、水平出しを行うなど、傾きの方向などが特定できる場合には、2軸あるいは1軸の加速度センサであってもよい。
【0022】
また、センサ10は、設置箇所における構造物の3軸の加速度に関するアナログ信号を、所定のサンプリングレート(例えば、50Hzのサンプリングレート)でデジタル信号に変換し、加速度情報としてセンサコントローラ20へ送信することができる。
【0023】
センサ10から出力される加速度情報を受信するセンサコントローラ20は、先の
図1に示したように、特徴量変換部21、異常度算出部22、および異常/故障判定部23を備えて構成されている。
【0024】
特徴量変換部21は、センサ10から受信した加速度情報を、センサ10の設置位置における構造物に関する傾き、固有振動数、変位に変換する。ここで、傾き、固有振動数、変位のそれぞれは、構造物の劣化を診断するための指標値となる特徴量に相当する。
【0025】
なお、本実施の形態1における「変位」は、活荷重変位を意味している。ここで、活荷重とは、荷重の大きさが一定ではなく、その作用位置が変化するものを意味している。このような活荷重が変位する要因としては、橋梁30を通過する車両1の重量のほか、橋梁30そのものの自重、地震によって橋梁30に働く慣性力などが挙げられる。以下の説明では、「変位」と「活荷重変位」を同義として扱う。
【0026】
異常度算出部22は、特徴量変換部21による変換処理で生成された複数の特徴量である傾き、固有振動数、活荷重変位のそれぞれについて、異常度を算出する。傾き、固有振動数、活荷重変位のそれぞれについて、以下に個別に異常度の算出方法を詳細に説明する。
【0027】
図3は、本開示の実施の形態1において、傾きを特徴量とした場合の、傾きの時間推移、傾きと温度の関係性、および傾き異常度を示した図である。
図3(A)は、縦軸を傾き、横軸を日付とした、傾きの時間推移を示している。傾きに関する特徴量は、温度に依存して変化していることがわかる。さらに、
図3(A)において、特徴量である傾きに対して、異常状態を判定するための閾値を設定することは困難であることがわかる。
【0028】
図3(B)は、縦軸を傾き、横軸を温度とした、傾きと温度の関係を示している。
図3(B)では、「予測分布」、「正常データ分布」、および「異常データ分布」が示されている。
【0029】
「予測分布」は、
図3(A)に示した「学習期間」において算出した傾きに関する推移状態を示す時系列データから、温度を入力とし、傾きを出力としたときの傾きと温度の関係性から作成できる分布である。
【0030】
具体的には、異常度算出部22は、ガウス過程回帰を利用して、学習期間において得られた時系列データから、入力である温度と出力である傾きとの関係を、応答曲面あるいは回帰直線という形でモデル化する。さらに、異常度算出部22は、モデル化された応答曲面あるいは回帰直線から、例えば3σの範囲を「予測分布」として作成することができる。
【0031】
換言すると、「予測分布」は、学習期間において得られた時系列データから推定したガウス分布の共分散行列を使った統計処理によって特定される信頼区間に相当する。
【0032】
一方、「正常データ分布」および「異常データ分布」は、
図3(A)に示した「学習期間」の後の「判定期間」において収集された時系列データをプロットした分布であり、予測分布の範囲内に含まれるデータの分布が正常データ分布に相当し、予測分布の範囲外となるデータの分布が異常データ分布に相当する。
【0033】
このようなガウス過程回帰を利用する重要な特徴の1つは、その非線形性であり、入出力関係が線形回帰ではうまくフィッティングできない場合にも、有効である。もう1つの重要な特徴は、ベイズ推定を用いている点であり、ノンパラメトリックな回帰モデルである点にある。
【0034】
そこで、
図3(B)に示したような「異常データ分布」の状態の有無を判断するための指標となる異常度を算出する具体的な手法について、数式および
図3(C)を用いてさらに説明する。
【0035】
温度を入力とし、傾きを出力としたときの、ガウス過程回帰を利用した異常度の算出手順は、以下のようになる。
<手順1>N組の学習データを考えたとき,入力の学習データを
【数1】
とし、出力の学習データを
【数2】
とし学習データを
【数3】
とする。
【0036】
<手順2>任意の座標xにおける応答曲面(1次元の場合は曲線)の出力をf(x)とする。観測時のノイズを表すモデルは、平均値0、分散値σ2の正規分布に従うものと仮定すると、下式(1)となる。
【数4】
【0037】
<手順3>入力xにおける応答曲面の値f(x)の分布が、あるデータDから
【数5】
として得られていれば、信頼区間に相当する予測分布は下式(2)として表現される。
【数6】
【0038】
<手順4>応答曲面の滑らかさに関するモデルについては、任意入力xとx’における応答曲面の値をそれぞれf(x)、f(x’)する。このとき、f(x)とf(x’)は、下式(3)のような確率分布に従う。
【数7】
【0039】
ここで、Kはカーネル関数であり、直感的には、「xとx’がどのくらい似ているか」を表す関数である。カーネル関数としては、RBF(radial basis function:動径基底関数)カーネル等がよく利用される。
【0040】
一般に下式(4)に示すN個の入力
【数8】
があった場合、fNは、下式(5)の事前分布(prior distribution)に従う。
【数9】
【0041】
これがガウス過程の基本的な想定である。ただし、K(x、x’)は、入力がN個ならN×N行列になり、入力が2個であれば、上式(3)のように2×2行列になる。
【0042】
<手順5>異常度α(x’)は、GPRの、予測分布の平均
【数10】
と分散
【数11】
を用いて、下式(6)により計算することができる。
【数12】
【0043】
すなわち、各特徴量に対応するそれぞれの異常度は、学習期間において算出された予測分布(信頼区間に相当)に基づいて算出することができる。
【0044】
以上の手順で傾きに関する異常度を、学習期間および判定期間にわたって算出したものが、
図3(C)に示した傾き異常度となる。適切な閾値を設定し、閾値以上となる異常度があるか否かを判断することで、
図3(B)に示した異常データ分布の状態が発生していることを定量的に判断することができる。
【0045】
このような一連の処理を行うことで、異常度算出部22は、特徴量である傾きを、異常状態の有無を高精度に判定するための指標値である異常度に変換することができる。この結果、特徴量として傾きを使用する際に、傾きに対しては、センサごとに温度依存の度合いが異なることもあり、異常状態を判定するための閾値を設定することが困難であったが、傾きから算出した傾き異常度に対しては、異常状態を判定するための閾値を容易に設定することができる。
【0046】
すなわち、センサコントローラ20は、傾き異常度を用いた判定を行う機能を有することで、温度変動の影響を考慮して上で、傾きに基づく異常状態の識別を高精度に行うことが可能となる。
【0047】
次に、特徴量として固有振動数を用いる場合について説明する。
図4は、本開示の実施の形態1において、固有振動数を特徴量とした場合の、固有振動数の時間推移、固有振動数と温度の関係性、および固有振動数異常度を示した図である。
【0048】
図4(A)は、縦軸を固有振動数、横軸を日付とした、固有振動数の時間推移を示している。固有振動数に関する特徴量は、傾きと同様に、温度に依存して変化していることがわかる。従って、傾きと同様に、固有振動数の場合も、異常状態を判定するための閾値を設定することは困難であることがわかる。
【0049】
そこで、先の
図3で説明した傾きの場合と同様にして、特徴量として固有振動数を使用する場合にも、
図4(B)に示した固有振動数と温度の関係性、および
図4(C)に示した固有振動数異常度を求めることができる。
【0050】
詳細な説明は省略するが、傾きの場合と同様の一連の処理を行うことで、異常度算出部22は、特徴量である固有振動数を、異常状態の有無を高精度に判定するための指標値である異常度に変換することができる。この結果、特徴量として固有振動数を使用する際に、固有振動数に対しては、異常状態を判定するための閾値を設定することが困難であったが、固有振動数から算出した固有振動数異常度に対しては、異常状態を判定するための閾値を容易に設定することができる。
【0051】
すなわち、センサコントローラ20は、固有振動数異常度を用いた判定を行う機能を有することで、温度変動の影響を考慮して上で固有振動数に基づく異常状態の識別を高精度に行うことが可能となる。
【0052】
次に、特徴量として活荷重変位を用いる場合について説明する。
図5は、本開示の実施の形態1において、活荷重変位を特徴量とした場合の、活荷重変位の時間推移、活荷重変位と温度の関係性、および活荷重変位異常度を示した図である。
【0053】
図5(A)は、縦軸を活荷重変位、横軸を日付とした、活荷重変位の時間推移を示している。活荷重変位に関する特徴量は、傾きおよび固有振動数とは異なり、温度に依存して変化しない。活荷重変位が温度に依存して変化しない理由は、最大変位量における最頻値は、車の走行量、走行スピード、重量などの影響の方が大きく、温度の影響はそれに対して小さいことが挙げられる。
【0054】
図5(B)に示したように、温度に依存しない特徴量である活荷重変位を用いる場合にも、「予測分布」は、学習期間において得られた時系列データから推定したガウス分布の共分散行列を使って信頼区間に相当する分布として計算できる。
【0055】
一例として、温度に依存しない特徴量である活荷重変位を用いる場合には、異常度算出部22は、例えば、ホテリングのT2法を用いて、下式(7)により異常度α(x’)を求めることが考えられる。
【数13】
【0056】
なお、上式(7)において、x’はデータ、μに^が付されたものは平均値、σに^が付されたものは分散値を意味している。
【0057】
特徴量として活荷重変位を用いる場合には、
図5(A)に示したように、活荷重変位に対して異常状態を判定するための閾値を設定することもできる。
【0058】
また、
図5(C)に示すように、温度に依存して変化する傾きおよび固有振動数を特徴量とした場合と同様に、活荷重変位を特徴量とした場合にも、上式(7)などを用いて活荷重変位異常度を求めることで、閾値を用いて容易に異常状態を識別することができる。
【0059】
なお、傾き異常度、固有振動数異常度、活荷重変位異常度に対する閾値は、あらかじめ設定することもできるが、学習期間における時系列データの取得結果に基づいて統計的に設定することも可能である。例えば、閾値としては、標準偏差をσとした場合に、3σ、あるいは下式(8)の値を用いることが考えられる。
【数14】
【0060】
このように、特徴量の時系列データに基づいて算出される異常度と、異常度に対する閾値との比較処置を行うことで、特徴量が温度に依存して変化するか否かにかかわらず、特徴量が異常状態を示していることを、定量的に容易に識別することができる。
【0061】
次に、本実施の形態1に係る構造物劣化診断システムの技術的特徴である、構造物異常かセンサ故障かを識別する手法について説明する。上述したように、異常度という指標を用いることで、特徴量が異常状態であるか否かを容易に識別することができる。ただし、このような異常状態は、構造物が異常になった場合およびセンサが故障した場合のいずれにおいても起こり得る。
【0062】
そこで、本実施の形態1に係る構造物劣化診断システムでは、傾き、固有振動数、活荷重変位の3つの特徴量に基づいて算出された傾き異常度、固有振動数異常度、活荷重変位異常度のそれぞれを劣化診断指標とした異常状態の判定結果を用いて、構造物異常かセンサ故障かを識別する。この識別処理について、次に具体的に説明する。
【0063】
本実施の形態1に係る構造物劣化診断システムでは、3つの異常度に関して以下のような[処理1]~[処理7]の一連処理を行うことで、構造物異常かセンサ故障かの識別を行っている。
[処理1]特徴量変換部21は、センサ10から出力された加速度情報に基づいて、3つの特徴量として、構造物に関する傾き、固有振動数、活荷重変位を算出する。
【0064】
[処理2]異常度算出部22は、3つの特徴量である傾き、固有振動数、活荷重変位のそれぞれについて、構造物の劣化判断指標となる異常度として、傾き異常度、固有振動数異常度、および活荷重変位異常度を算出する。
【0065】
[処理3]異常/故障判定部23は、傾き異常度が第1の閾値を超えている場合には傾き異常が発生したと判断する。
[処理4]異常/故障判定部23は、固有振動数異常度が第2の閾値を超えている場合には固有振動数異常が発生したと判断する。
[処理5]異常/故障判定部23は、活荷重変位が第3の閾値を超えている場合には活荷重変位異常が発生したと判断する。
【0066】
[処理6]異常/故障判定部23は、傾き異常が発生し、かつ固有振動数異常および活荷重変位異常がともに発生していないと判断した場合には、センサの故障が発生したと判断する。
[処理7]異常/故障判定部23は、傾き異常が発生したか否かにかかわらず、固有振動数異常および活荷重変位異常の少なくともいずれか一方が発生したと判断した場合には、構造物の劣化が発生したと判断する。
【0067】
処理6および処理7によって、構造物異常かセンサ故障かの識別が可能な理由について、
図6を用いて説明する。
図6は、本開示の実施の形態1におけるセンサ10から出力される3軸の加速度情報を用いて特徴量の1つである傾きを算出する場合の説明図である。
【0068】
ax,ay,azは、各軸の加速度値である。ただし、振動による影響を除いた、静的な傾きを算出するために、各軸毎にディジタルフィルタによるローパスフィルタ処理を行うこととする。
【0069】
従って、傾きは、振動成分を除いた各軸の直流(DC)成分から算出される。この直流成分は、センサ10内部の電源などの電子部品が劣化の影響を受けることで、変化してしまうことがある。一方、固有振動数や活荷重変位は、直流成分ではなく振動から算出されるため、センサ故障などによる直流成分の変化の影響を受けにくい。
【0070】
本来、傾きに異常がある場合には、桁あるいは支承の損傷など、剛性の低下が考えられ、かつ、剛性低下は、傾きと同様に活荷重変位、固有振動数にも影響すると考えられる。従って、傾きだけが異常状態を示す結果となった場合には、センサ内部の電子分品の劣化や損傷、つまり、センサ10の故障が推測される。
【0071】
その一方で、センサ故障によって、固有振動数にのみ異常が出ることは考えにくい。その理由は、故障状態を判断するための指標として固有振動数を用いた場合には、前述のように振動を扱うため、直流成分の影響を受けにくいためである。
【0072】
また、固有振動数は、橋梁全体の水分量、橋全体の温度、支承の状態の影響などが大きく、そもそもバラつきが大きい。従って、固有振動数に異常が出る場合には、剛性の低下が原因であると推測される。
【0073】
同様に、センサ故障によって、活荷重変位のみに異常がでることも考えにくい。その理由は、故障状態を判断するための指標として活荷重変位を用いた場合には、活荷重変位も、前述のように加速度値の振動成分(例えば、1Hz付近、直流成分は含まれない)から算出するためである。
【0074】
よって、活荷重変位は、電源周りの劣化など、内部の電子部品などの劣化による、直流成分の変化の影響を受けにくい。従って、活荷重変位に異常が出た場合には、構造物の剛性の低下が原因であると推測される。
【0075】
図7は、本開示の実施の形態1において、傾き異常度のみが異常状態となり、固有振動数異常度および活荷重変位異常度は異常状態でない場合を示した説明図である。このケースは、上述した処理6に相当し、異常/故障判定部23は、傾き異常が発生し、かつ固有振動数異常および活荷重変位異常がともに発生していないことから、センサ10の故障が発生したと判断することができる。
【0076】
なお、異常/故障判定部23は、傾き異常が発生し、かつ固有振動数異常および活荷重変位異常がともに発生していない状態を判定するに当たっては、各異常度が閾値を超えたかどうかに基づく判定手法以外に、ヒストグラム等を用いた統計的な判定手法に基づくことも可能である。そこで、ヒストグラムを用いた統計的な判定手法について、
図8および
図9を用いて説明する。
【0077】
図8は、本開示の実施の形態1において、(A)すべての特徴量に関する異常度が正常状態と判定された場合の各特徴量のヒストグラムと、(B)傾き異常度のみが異常状態と判定された場合の各特徴量のヒストグラムとを比較した図である。
図8(A)と
図8(B)とを比較すると、傾きに関する異常度の頻度分布が明らかに異なっている。その一方で、固有振動数に関する異常度および活荷重変位に関する異常度の分布は、
図8(A)と
図8(B)とで大差が見られない。
【0078】
このように、傾きの異常度だけが増加した場合、傾きの異常度と他の物理量から算出される異常度とを統計手法を用いて比較することで、傾きから算出される異常度のみの増加を判断することができる。具体的な統計手法としては、ウェルチのt検定によるT値を用いる場合、あるいは密度比を用いる場合などが考えられる。
【0079】
図9は、本開示の実施の形態1において、傾きの異常度のヒストグラムと、固有振動数のヒストグラムとを統計手法を用いて比較する場合の説明図である。
図9中の(A)~(D)は、以下のような図を示したものである。
図9(A):傾きおよび固有振動数の2つの特徴量に関する異常度がともに正常状態と判定された場合の各特徴量のヒストグラム。
図9(B):傾きおよび固有振動数の2つの特徴量に関する異常度のうち、傾き異常度のみが異常状態と判定され、固有振動数異常度が正常であると判定された場合の各特徴量のヒストグラム。
図9(C):
図9(A)および
図9(B)のヒストグラムに基づいて算出したウェルチのt検定によるT値の時系列データ。
図9(D):
図9(A)および
図9(B)のヒストグラムに基づいて算出した密度比の時系列データ。
【0080】
ウェルチのt検定によるT値は、下式(9)によって、傾き異常度および固有振動数異常度のそれぞれに関する平均値、分散値、サンプル数を用いて求めることができる。
【数15】
【0081】
また、密度比は、下式(10)によって、傾き異常度の確率密度および固有振動数異常度の確率密度を用いて求めることができる。
【数16】
【0082】
図9(C)および
図9(D)から明らかなように、T値および密度比は、ともに、学習期間における遷移状態よりも判定期間における遷移状態の方が大きな値を示している。従って、異常/故障判定部23は、学習期間における遷移状態から求められる閾値、あるいはあらかじめ設定した閾値と、判定期間における遷移状態との比較結果から、傾き異常度のみが異常状態となったことを判定することができる。
【0083】
なお、上述した
図9の例では、特徴量として傾きと固有振動数とを用いて比較する場合を示したが、特徴量として傾きと活荷重変位とを用いて比較する場合も、同様の統計手法を適用でき、詳細な説明は省略する。
【0084】
次に、本実施の形態1における構造物劣化診断システムにより、1つのセンサによる検出結果から構造物異常かセンサ故障かを識別するための一連処理について、フローチャートを用いて説明する。
図10は、本開示の実施の形態1に係る構造物劣化診断システムにより実行される構造物異常かセンサ故障かを識別するための一連処理を示したフローチャートである。
【0085】
まず始めに、ステップS1001において、特徴量変換部21は、センサ10から出力された加速度情報を取得するとともに、加速度情報が生成された際の気温に相当する温度情報を外部から順次取得する。
【0086】
次に、ステップS1002において、特徴量変換部21は、加速度情報に基づいて、3つの特徴量に相当する各物理量(傾き、固有振動数、活荷重変位)に変換する。
【0087】
次に、ステップS1003において、異常度算出部22は、変換された各物理量に基づいて、傾き異常度、固有振動数異常度、および活荷重変位異常度を算出する。なお、異常度算出部22は、傾き異常度および固有振動数異常度を算出する際には、温度情報を加味することで、傾き異常度および固有振動数異常度を用いた判定処理が温度に依存して変化してしまう影響を抑制し、安定した判定処理を実現することができる。
【0088】
次に、ステップS1004において、異常/故障判定部23は、傾き異常度が異常状態になったか否かを判定する。そして、異常/故障判定部23は、傾き異常度が異常状態になったと判定した場合にはステップS1007の処理に進み、傾き異常度が異常状態になっていないと判定した場合にはステップS1005の処理に進む。
【0089】
ステップS1005に進んだ場合には、異常/故障判定部23は、活荷重変位異常度または固有振動数異常度の少なくともいずれかが異常状態となったか否かを判定する。そして、異常/故障判定部23は、少なくともいずれかの異常度が異常状態になったと判定した場合にはステップS1006の処理に進み、構造物異常が発生したと判断する。
【0090】
また、異常/故障判定部23は、ステップS1005において、活荷重変位異常度および固有振動数異常度がともに正常状態であると判定した場合には、すべての異常度が正常状態であるため、ステップS1001の処理に戻り、ステップS1001以降の処理を繰り返すこととなる。
【0091】
また、ステップS1007に進んだ場合には、異常/故障判定部23は、活荷重変位異常度および固有振動数異常度のいずれもが正常状態であるか否かを判定する。そして、異常/故障判定部23は、少なくともいずれかの異常度が異常状態になったと判定した場合にはステップS1006の処理に進み、構造物異常が発生したと判断する。
【0092】
一方、異常/故障判定部23は、ステップS1007において、活荷重変位異常度および固有振動数異常度がともに正常状態であると判定した場合には、ステップS1008の処理に進み、傾き異常度のみが異常状態であることから、センサ故障が発生したと判断する。
【0093】
なお、異常/故障判定部23は、センサ10が複数個で構成され、かつ、2個以上のセンサ10によるそれぞれの加速度情報に基づいて、傾き異常度のみが異常状態であると判定した場合には、軽度の構造物異常が発生したと判断することも可能である。
【0094】
以上のように、実施の形態1によれば、1つのセンサで検出された加速度情報から複数の特徴量を算出し、それぞれの特徴量に対応して傾き異常度、固有振動数異常度、および活荷重変位異常度を求め、それらの異常度の状態の組合せから、構造物異常かセンサ故障かを識別する機能を備えている。このように、1つのセンサによる加速度情報に基づいて算出された複数の異常度を用いて識別処理を行うことで、高精度に、1つのセンサの検出結果から、構造物異常かセンサ故障かを識別することができる。
【0095】
なお、上述した実施の形態1では、特徴量として傾き、固有振動数、活荷重変位の3つを用いる場合を説明したが、これに限定されるものではない。傾きを第1の特徴量とし、傾き以外の特徴量を第2の特徴量として、2つの特徴量を用いることによっても、1つのセンサによる検出結果から、構造物異常かセンサ故障かを識別することができる構造物劣化診断システムを得ることができる。
【0096】
なお、第2の特徴量としては、実施の形態1で説明した固有振動数または活荷重変位を用いることができ、また、構造物の劣化を診断するための指標値となる特徴量であれば、それ以外の特徴量を第2の特徴量として用いることも可能である。
【0097】
この場合には、傾き異常のみが発生した場合にはセンサの故障が発生したと判断し、傾き異常が発生したか否かにかかわらず第2の特徴量に基づいて固有振動数異常または活荷重変位異常が発生したと判断した場合には、構造物の劣化が発生したと判断することが可能である。
【符号の説明】
【0098】
10 センサ、20 センサコントローラ、21 特徴量変換部、22 異常度算出部、23 異常/故障判定部。