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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】缶用鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241112BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241112BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20241112BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C21D9/46 G
C22C38/12
C22C38/32
C21D9/46 K
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021040182
(22)【出願日】2021-03-12
(65)【公開番号】P2021155849
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2020055326
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 勇人
(72)【発明者】
【氏名】假屋 房亮
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 善継
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-084687(JP,A)
【文献】特開2013-028842(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0002748(US,A1)
【文献】特開2021-091966(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020%以上、0.130%以下、
Si:0.04%以下、
Mn:0.10%以上、0.60%以下、
P:0.020%以下、
S:0.005%以上、0.020%以下、
Al:0.01%以上、0.10%以下、
N:0.0050%以上、0.0180%以下、
Nb:0.007%以上、0.030%以下、
Mo:0.010%以上、0.050%以下、
残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
210℃で20分の時効熱処理を加えた後の引張強さが500MPa以上であり、
前記時効熱処理を加えた後の伸びが10%以上である、
缶用鋼板。
【請求項2】
成分組成として、さらに質量%で、
B:0.0005%以上、0.0040%以下、
Cr:0.04%以上、0.20%以下
のうち一種以上を含有する、
請求項1に記載の缶用鋼板。
【請求項3】
金属組織はフェライトを有し、かつ、パーライトまたは粒状セメンタイトのいずれか1種以上からなる、
請求項1または2に記載の缶用鋼板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の缶用鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼スラブを加熱温度1100℃以上にて加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の鋼スラブを熱延仕上げ温度830℃以上950℃以下の条件で熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程で得られた熱延板を巻取り温度450℃以上650℃以下にて巻き取る巻取り工程と、
前記巻取り工程後の熱延板を圧延率85%以上の条件で冷間圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程で得られた冷延板を焼鈍温度700℃以上780℃以下の条件で焼鈍する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程で得られた焼鈍板を伸長率0.5%以上5.0%以下の条件で圧延する調質圧延工程と、
を有する缶用鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、缶用鋼板およびその製造方法に関する。本発明は、特に、食品缶、飲料缶等に用いられる缶容器用材料に適用して好適な缶用鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境負荷低減やコスト削減の観点から食缶や飲料缶に用いられる鋼板の使用量の削減が求められており、2ピース缶、3ピース缶に関わらず鋼板の薄肉化が進行している。
鋼板を薄肉化すると缶体強度が低下するため、高強度の鋼板を使用する必要がある。高強度の缶用鋼板として、従来からDR(Double Reduced)材と呼ばれる鋼板が用いられる場合がある。DR材とは焼鈍の後に再度、冷間圧延(二次圧延)を行って製造された鋼板である。DR材は高強度であるものの、伸びが低く加工性に劣るため、高い加工性が要求される缶胴加工缶には必ずしも適用することが出来なかった。
【0003】
このような課題に対応するため、高強度かつ加工性に優れた缶用鋼板が必要とされている。例えば、高強度の缶用鋼板が特許文献1、2で提案されている。
【0004】
特許文献1には、質量%で、C:0.020%以上0.130%以下、Si:0.04%以下、Mn:0.10%以上1.2%以下、P:0.007%以上0.100%以下、S:0.03%以下、Al:0.0010%以上0.10%以下、N:0.0120%超え0.020%以下を含有し、さらにNb:0.010%以上0.050%以下、Ti:0.010%以上0.050%以下、B:0.0010%以上0.010%以下から選ばれる一種または二種以上を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有し、組織はフェライト相を有し、該フェライト相の面積率が50%以上であり、210℃、20分の熱処理後における、上降伏強度が480~700MPa、全伸びが12%以上であり、板厚方向に表面~1/8深さ位置までの領域における固溶N量と、表面から3/8深さ位置~4/8深さ位置までの領域における固溶N量の比が、下記の式1を満たす、缶用鋼板が提案されている。
【0005】
特許文献2には、成分組成は、質量%で、C:0.020%以上0.130%以下、Si:0.04%以下、Mn:0.10%以上1.20%以下、P:0.007%以上0.100%以下、S:0.030%以下、Al:0.001%以上0.100%以下、N:0.0120%超え0.0200%以下、Nb:0.0060%以上0.0300%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、上降伏強度が460~680MPa、全伸びが12%以上であり、表面から1/8深さ位置までの領域における固溶Nb量と、3/8深さ位置から4/8深さ位置までの領域における固溶Nb量の差の絶対値が、0.0010質量%以上であることを特徴とする缶用鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2016/157878号公報
【文献】WO2017/150066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1および2に開示された缶用鋼板では、高い上降伏強度と高い全伸びが得られるものの、必ずしも十分な引張強さが得られない、または引張強さが得られた場合でも缶体強度(軸座屈強度)が不足するという課題があった。
【0008】
本発明はかかる事情に鑑みなされたもので、高強度および優れた加工性を有する缶用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は、下記を要旨とする。
[1]質量%で、
C:0.020%以上、0.130%以下、
Si:0.04%以下、
Mn:0.10%以上、0.60%以下、
P:0.020%以下、
S:0.005%以上、0.020%以下、
Al:0.01%以上、0.10%以下、
N:0.0050%以上、0.0180%以下、
Nb:0.007%以上、0.030%以下、
Mo:0.010%以上、0.050%以下、
残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
引張強さが500MPa以上であり、
伸びが10%以上である、
缶用鋼板。
[2]成分組成として、さらに質量%で、
B:0.0005%以上、0.0040%以下、
Cr:0.04%以上、0.20%以下
のうち一種以上を含有する、
[1]に記載の缶用鋼板。
[3]金属組織はフェライトを有し、かつ、パーライトまたは粒状セメンタイトのいずれか1種以上からなる、
[1]または[2]に記載の缶用鋼板。
[4][1]~[3]のいずれかに記載の缶用鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼スラブを加熱温度1100℃以上にて加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の鋼スラブを熱延仕上げ温度830℃以上950℃以下の条件で熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程で得られた熱延板を巻取り温度450℃以上650℃以下にて巻き取る巻取り工程と、
前記巻取り工程後の熱延板を圧延率85%以上の条件で冷間圧延する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程で得られた冷延板を焼鈍温度700℃以上780℃以下の条件で焼鈍する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程で得られた焼鈍板を伸長率0.5%以上5.0%以下の条件で圧延する調質圧延工程と、
を有する缶用鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の缶用鋼板は高強度および優れた加工性を有する。本発明によれば、食缶や飲料缶等に使用される鋼板の更なる薄肉化が可能になり、省資源化および低コスト化を達成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の缶用鋼板の成分組成、鋼板特性、製造方法について順に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0012】
まず、本発明の缶用鋼板の成分組成について説明する。成分組成の説明において、各成分の含有量を示す%は質量%を意味する。なお、本発明の缶用鋼板を、単に、鋼板ともいう。
【0013】
C:0.020%以上、0.130%以下
Cは、引張強さの向上に重要な元素である。C含有量を0.020%以上とすることで引張強さを500MPa以上とすることが出来る。C含有量は、好ましくは0.030%以上である。さらに好ましくは0.085%以上である。一方、C含有量が0.130%超えとなると、伸びが低下する。このため、C含有量は0.130%以下とする必要がある。
【0014】
Si:0.04%以下
Siは、多量に添加すると、表面濃化により表面処理性が劣化し、耐食性が低下するため、含有量を0.04%以下とする必要がある。Si含有量は、好ましくは0.03%以下である。一方、Siは引張強さの向上に寄与するので0.01%以上添加することが好ましい。
【0015】
Mn:0.10%以上、0.60%以下
Mnは、固溶強化により引張強さの向上に寄与し、500MPa以上の引張強さを得ることができる。このような効果を得るためにはMn含有量を0.10%以上とする必要がある。Mn含有量は、好ましくは0.30%以上である。一方、Mnの含有量が0.60%を超えると伸びが低下する。このため、Mn含有量の上限は0.60%とする必要がある。Mn含有量は、好ましくは0.55%以下である。
【0016】
P:0.020%以下
Pを多量に含有すると、過剰な硬質化や中央偏析により加工性が低下し、また、耐食性が低下する。このため、P含有量の上限は0.020%とする。一方、Pは引張強さの向上に寄与するので、P含有量は0.005%以上とすることが好ましい。P含有量は、より好ましくは0.010%以上である。
【0017】
S:0.005%以上、0.020%以下
Sは、鋼中で硫化物を形成して鋳造性を低下させる。よって、S含有量は0.020%以下とする。S含有量が0.005%未満である場合、缶の内容物によっては孔食の可能性があるため、S含有量は0.005%以上とする必要がある。好ましくは0.010%超えである。さらに好ましくは0.011%以上である。
【0018】
Al:0.01%以上、0.10%以下
Alは、脱酸元素として有用であり、鋼の清浄性の向上に寄与する。このため、Alは0.01%以上含有する必要がある。一方、過剰にAlを含有すると、AlNが過剰に生成し、固溶Nが減少して引張強さが低下するため、Al含有量は0.10%以下とする必要がある。Al含有量は、好ましくは0.08%以下である。さらに好ましくは0.04%以下である。
【0019】
N:0.0050%以上、0.0180%以下
Nは、固溶Nとして存在することにより引張強さの向上に寄与する。さらに、Moが添加されている場合には、N含有量を増やすことで缶体強度を向上させることが出来る。このため、Nの含有量は0.0050%以上とする必要がある。一方、過剰に含有した場合、粗大な窒化物の生成などにより伸びが低下するため、N含有量は0.0180%以下とする必要がある。
【0020】
Nb:0.007%以上、0.030%以下
Nbは、フェライト結晶粒の微細化や炭化物の形成により、引張強さを向上させる重要な元素であり、このような効果を得るためにはNb含有量は0.007%以上とする必要がある。Nb含有量は、好ましくは0.010%以上である。一方、Nb含有量が0.030%を超える場合、再結晶温度が過剰に高くなり、引張強さと、伸びの両立が困難になる。したがって、Nb含有量は0.030%以下とする。
【0021】
Mo:0.010%以上、0.050%以下
Moは、本発明において重要な元素であり、フェライト結晶粒の微細化や炭窒化物の形成により引張強さの向上に寄与する。さらに、引張強さの向上だけではなく、缶体の軸座屈強度の向上に寄与する。そのため、Moは0.010%以上含有する必要がある。Mo含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、Moを0.050%超えで含有すると、このような効果が飽和するのに加え、粒界偏析が過剰になり、伸びが低下する。そのため、Mo含有量の上限は0.050%とする必要がある。好ましくは0.045%以下である。
【0022】
本発明の缶用鋼板は、上記成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成とすることができる。
【0023】
また、本発明の缶用鋼板は、上記成分組成に加えてさらに、B:0.0005%以上0.0040%以下、Cr:0.04%以上0.20%以下のうち一種以上を含有することが好ましい。
【0024】
B:0.0005%以上、0.0040%以下
Bはフェライト結晶粒を微細化して引張強さを上昇させる効果を持つ。このため、Bの含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。さらにパーライトや粒状セメンタイトを微細に分散させることで強度と伸びを向上させる観点からは0.0020%超とすることが更に好ましい。Bを過剰に添加するとBNの形成により固溶N量が低下し、引張強さが低下するため、含有量は0.0040%以下とすることが好ましい。
【0025】
Cr:0.04%以上、0.20%以下
Crは炭化物の形成やフェライト結晶粒の微細化により引張強さを上昇させる効果がある。このため、Crの含有量を0.04%以上とすることが好ましい。過剰に含有しても効果が飽和するため、0.20%以下とすることが好ましい。
【0026】
次に、本発明の缶用鋼板の鋼板特性について説明する。
【0027】
引張強さ:500MPa以上
薄肉化した缶体で十分な缶体強度を確保するためには、鋼板の引張強さを500MPa以上とする必要がある。好ましくは550MPa以上である。
【0028】
伸び:10%以上
缶胴部のネック加工、フランジ加工やビード加工などで割れが発生せずに良好な成形性を確保するためには伸びを10%以上とする必要がある。好ましくは12%以上である。なお、本発明において、引張強さ、伸びは、圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し210℃で20分の時効熱処理を加えた後、JIS Z 2241に従い評価する。
【0029】
本発明の缶用鋼板の板厚は特に限定されないが、0.50mm以下が好ましい。本発明の缶用鋼板は薄肉化が可能であるので、省資源化および低コスト化の観点から、板厚を0.30mm以下とすることがより好ましい。
【0030】
鋼板組織(好適条件):金属組織はフェライトを有し、かつ、パーライトまたは粒状セメンタイトのいずれか1種以上からなる
フェライト(α)組織に加えて、パーライト(P)または粒状セメンタイト(θ)のいずれか1種以上を分散させることにより高強度と高伸びを達成することができる。マルテンサイト(M)やベイナイト(B)を含むと、強度が過剰となり伸びが低下するおそれがあるため、これらの組織は含まないことが好ましい。このため、金属組織はフェライト(α)組織に加えて、パーライト(P)または粒状セメンタイト(θ)のいずれか1種以上からなることが好ましい。鋼板組織は、鋼板の圧延方向に平行な垂直断面を観察できるように、鋼板より切り出し、サンプルの観察面を研磨後、ナイタールにて腐食して組織を現出し、走査型電子顕微鏡にて倍率3000倍で板厚の1/2位置で鋼板組織を撮影し判別する。
【0031】
次に本発明の缶用鋼板の製造方法について説明する。本発明の缶用鋼板の製造方法は、上記成分組成を有する鋼スラブを加熱温度1100℃以上にて加熱する加熱工程と、加熱工程後の鋼スラブを熱延仕上げ温度830℃以上950℃以下の条件で熱間圧延する熱間圧延工程と、熱間圧延工程で得られた熱延板を巻取り温度450℃以上650℃以下にて巻き取る巻取り工程と、巻取り工程後の熱延板を圧延率85%以上の条件で冷間圧延する冷間圧延工程と、冷間圧延工程で得られた冷延板を焼鈍温度700℃以上780℃以下の条件で焼鈍する焼鈍工程と、焼鈍工程で得られた焼鈍板を伸長率0.5%以上5.0%以下の条件で圧延する調質圧延工程と、を有することを特徴とする。なお、以下の製造方法で製造した缶用鋼板には、Snめっき、Niめっき、Crめっき等を施すめっき工程、化成処理工程、ラミネート等の樹脂膜被覆工程等の工程を適宜行ってもよい。
【0032】
加熱温度:1100℃以上
上記の成分組成を有する鋼スラブを加熱温度1100℃以上にて加熱する(加熱工程)。熱間圧延前の鋼スラブ加熱温度が低すぎると、粗大な窒化物が生成し伸びが低下するおそれがあるため、鋼スラブの加熱温度を1100℃以上とする。鋼スラブの加熱温度は、好ましくは1150℃以上である。
【0033】
熱延仕上げ温度:830℃以上950℃以下
加熱工程後の鋼スラブに対し、熱延仕上げ温度830℃以上950℃以下の条件で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。熱延仕上げ温度(熱間圧延の仕上げ温度)が950℃超えでは、熱延板でのフェライト結晶粒が粗大化し、冷間圧延・焼鈍・調質圧延後のフェライト結晶粒が粗大化して、引張強さが低下する。このため、熱延仕上げ温度の上限を950℃とする。一方、熱間圧延の仕上げ温度が830℃未満となると熱間圧延中に粗大なNb炭化物が形成されてしまい、引張強さが低下する。このため、熱延仕上げ温度の下限を830℃とする。熱延仕上げ温度の好ましい下限は850℃である。
【0034】
巻取り温度:450℃以上650℃以下
熱間圧延工程で得られた熱延板を巻取り温度450℃以上650℃以下にて巻き取る(巻取り工程)。巻取り温度が650℃超えでは、Nb炭化物等の合金炭化物が粗大化して引張強さが低下する。このため、巻取り温度は650℃以下とする必要がある。巻取り温度は、好ましくは620℃以下である。一方、巻取り温度が450℃未満では、Nb等の合金炭化物の析出が抑制され引張強さが低下するため、巻取り温度の下限を450℃とする。巻取り温度は、好ましくは470℃以上である。
【0035】
その後、巻取り工程後の熱延板を酸洗することが好ましい(酸洗工程)。酸洗は表層スケールを除去することができればよく、酸洗条件は特に限定されない。また、酸洗以外の方法でスケールを除去してもよい。
【0036】
冷間圧延率:85%以上
巻取り工程後もしくは酸洗工程後の熱延板に圧延率85%以上の条件で冷間圧延を施す(冷間圧延工程)。冷間圧延により、焼鈍後のフェライト結晶粒が微細化し、引張強さが向上する。この効果を得るために、冷間圧延の圧延率を85%以上とする。圧延率は、好ましくは87%以上である。冷間圧延率が大きくなると鋼板の面内異方性が大きくなり、製缶性が低下することがあるので、冷間圧延率は91.2%以下とすることが好ましい。
【0037】
焼鈍温度:700℃以上780℃以下
冷間圧延工程で得られた冷延板に焼鈍温度700℃以上780℃以下の条件で焼鈍を施す(焼鈍工程)。再結晶焼鈍により高い伸びを得るためには焼鈍温度を700℃以上とすることが必要である。焼鈍温度は、好ましくは720℃以上である。一方、焼鈍温度が780℃を超えるとNb炭化物等の合金炭化物が粗大化するのに加え、フェライト結晶粒も粗大化して引張強さが低下し、缶体強度も低下してしまう。そのため、焼鈍温度の上限を780℃とする必要がある。焼鈍温度は、好ましくは760℃以下である。焼鈍方法は材質の均一性の観点から連続焼鈍が好ましい。焼鈍時間は特に限定されないが、10s以上とすることが好ましい。焼鈍時間は、フェライト結晶粒の細粒化の観点から、好ましくは60s以下である。フェライト組織に加えてパーライトまたは粒状セメンタイトのいずれか1種以上を分散させるためには、焼鈍後の冷却工程において700℃から500℃までの平均冷却速度を100℃/s未満とすることが好ましい。さらに好ましくは30℃/s未満である。
【0038】
伸長率:0.5%以上5.0%以下
焼鈍工程で得られた焼鈍板に、伸長率0.5%以上5.0%以下の条件で圧延を施す(調質圧延工程)。焼鈍後の調質圧延により、表面粗さの調整や板形状の矯正を行うとともに、鋼板に歪みを導入することで引張強さを向上させる。このような効果を得るため、調質圧延の圧延率(伸長率)の下限を0.5%とする。伸長率は、1.2%以上が好ましい。一方、伸長率が5.0%を超えると歪みが過剰に導入され、均一伸びが低下する。このため、伸長率の上限を5.0%とする。伸長率は、3.0%以下が好ましい。
【実施例
【0039】
表1に示す鋼No.1~11の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製し、鋼スラブを得た。得られた鋼スラブを表2に示す条件にて、加熱後、熱間圧延し、巻き取り、酸洗にてスケールを除去した後、冷間圧延し、連続焼鈍炉にて焼鈍し、調質圧延を行い、缶用鋼板(鋼板No.1~16)を得た。
【0040】
得られた缶用鋼板について、引張強さおよび伸びを評価した。また、鋼板組織の判別と缶体の軸座屈強度の評価を行った。評価方法は以下のとおりである。
(引張強さ、伸びの評価)
得られた缶用鋼板から、圧延方向に沿ってJIS5号引張試験片を採取し、210℃で20分の時効熱処理後にJIS Z 2241に従い、引張強さ、伸びを評価した。
(鋼板組織の評価)
鋼板の圧延方向に平行な垂直断面を観察できるように、得られた缶用鋼板より切り出し、サンプルの観察面を研磨後、ナイタールにて腐食して組織を現出し、走査型電子顕微鏡にて倍率3000倍で板厚の1/2位置で鋼板組織を撮影し判別した。
(缶体の軸座屈強度の評価)
得られた缶用鋼板から、板幅方向を缶周方向として、ブランクを採取し、缶高さが104mm、外径が52.3mmになるように溶接し、ネック・フランジ加工、および、缶体上下に蓋を巻き締めて、缶体を作製した。缶体の缶高さ方向に対して荷重を負荷し、座屈変形する荷重を測定し、3500N以上であれば、軸座屈強度が良好として〇、3500N未満であれば×とした。
【0041】
評価結果を表3に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
発明例はいずれも引張強さが500MPa以上で、伸びが10%以上で、缶体の軸座屈が良好である。よって高強度かつ高加工性の缶用鋼板である。一方、比較例では、引張強さ、伸び、または、軸座屈強度のいずれか一つ以上が劣っていた。