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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】機械定数推定装置及びモータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 29/00 20160101AFI20241112BHJP
【FI】
H02P29/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021089125
(22)【出願日】2021-05-27
(65)【公開番号】P2022181905
(43)【公開日】2022-12-08
【審査請求日】2024-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】林 崇
(72)【発明者】
【氏名】野村 哲也
【審査官】若林 治男
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-194375(JP,A)
【文献】特開2000-346738(JP,A)
【文献】国際公開第2006/051651(WO,A1)
【文献】特開2006-217729(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ及び当該モータにより駆動される機械負荷の慣性、粘性係数、及びクーロン摩擦からなる機械定数を推定する機械定数推定装置において、
前記モータの始動後にその速度絶対値が所定の推定開始速度を超えた時点で前記モータのトルク、加速度、速度、及び速度符号のうち何れか二つの積を被積分関数とする数値積分を開始し、かつ、前記モータが減速してその速度絶対値が前記推定開始速度以下になった時点で数値積分を終了する積分手段と、
前記積分手段による積分値に基づいて、前記モータの加減速期間における慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を演算する推定値演算手段と、
前記慣性推定値J、前記粘性係数推定値D、及び前記クーロン摩擦推定値Tf1にそれぞれ対応する重みWJ1,WD1,WTf1を演算する手段と、
前記加減速期間における前記慣性推定値J及び前記重みWJ1を用いて当該加減速期間以前に演算した慣性推定平均値J及び積算重みWJ2を更新し、更新後の慣性推定平均値Jを慣性推定結果として出力する慣性推定値平均手段と、
前記加減速期間における前記粘性係数推定値D及び前記重みWD1を用いて当該加減速期間以前に演算した粘性係数推定平均値D及び積算重みWD2を更新し、更新後の粘性係数推定平均値Dを粘性係数推定結果として出力する粘性係数推定値平均手段と、
前記加減速期間における前記クーロン摩擦推定値Tf1及び前記重みWTf1を用いて当該加減速期間以前に演算したクーロン摩擦推定平均値Tf2及び積算重みWTf2を更新し、更新後のクーロン摩擦推定平均値Tf2をクーロン摩擦推定結果として出力するクーロン摩擦推定値平均手段と、
を備えたことを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載した機械定数推定装置において、
前記推定値演算手段は、
前記モータの加減速期間tにおける加速度a(t)、速度v(t)、速度符号sign(v(t))、及びトルクT(t)をそれぞれx(t),x(t),x(t),y(t)とした時に、前記x(t),x(t),x(t),y(t)のうち何れか二つの積を被積分関数とするmij=∫{x(t)x(t)}dt及びq=∫{x(t)y(t)}dt(ただし、i,j=1~3)を用いて、下記の数式1により慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を演算することを特徴とする機械定数推定装置。
【数1】
【請求項3】
請求項1または2に記載した機械定数推定装置において、
前記被積分関数を求めるためのトルク、加速度、及び速度が、同じ時定数のローパスフィルタを演算した後の値であることを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載した機械定数推定装置において、
前記重みWJ1が、前記モータの加速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、前記重みWD1が、前記モータの速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、かつ、前記重みWTf1が、前記モータの速度にも加速度にも依存しない値を数値積分した値であることを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項5】
請求項3に記載した機械定数推定装置において、
前記重みWJ1が、前記ローパスフィルタによる演算後の前記モータの加速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、前記重みWD1が、前記ローパスフィルタによる演算後の前記モータの速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、かつ、前記重みWTf1が、前記モータの速度にも加速度にも依存しない値を数値積分した値であることを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項6】
請求項4または5に記載した機械定数推定装置において、
前記慣性推定値平均手段は、
前記慣性推定値J及び前記重みWJ1が新たに得られるたびに、前記積算重みWJ2の前回値と前記重みWJ1の今回値との加算値を所定の上限値WJmaxにより制限した値を前記積算重みWJ2の今回値としたうえで、
慣性推定平均値Jの今回値=慣性推定平均値Jの前回値+(重みWJ1の今回値/積算重みWJ2の今回値)×(慣性推定値Jの今回値-慣性推定平均値Jの前回値)
を演算することを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項7】
請求項4~6の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、
前記粘性係数推定値平均手段は、
前記粘性係数推定値D及び前記重みWD1が新たに得られるたびに、前記積算重みWD2の前回値と前記重みWD1の今回値との加算値を所定の上限値WDmaxにより制限した値を前記積算重みWD2の今回値としたうえで、
粘性係数推定平均値Dの今回値=粘性係数推定平均値Dの前回値+(重みWD1の今回値/積算重みWD2の今回値)×(粘性係数推定値Dの今回値-粘性係数推定平均値Dの前回値)
を演算することを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項8】
請求項4~7の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、
前記クーロン摩擦推定値平均手段は、
前記クーロン摩擦推定値Tf1及び前記重みWTf1が新たに得られるたびに、前記積算重みWTf2の前回値と前記重みWTf1の今回値との加算値を所定の上限値WTfmaxにより制限した値を前記積算重みWTf2の今回値としたうえで、
クーロン摩擦推定平均値Tf2の今回値=クーロン摩擦推定平均値Tf2の前回値+(重みWTf1の今回値/積算重みWTf2の今回値)×(クーロン摩擦推定値Tf1の今回値-クーロン摩擦推定平均値Tf2の前回値)
を演算することを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項9】
請求項1~8の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、
前記慣性推定平均値J、前記粘性係数推定平均値D及び前記クーロン摩擦推定平均値Tf2、並びに、前記積算重みWJ2,WD2,WTf2を、不揮発性メモリに記憶すると共に外部から初期化可能としたことを特徴とする機械定数推定装置。
【請求項10】
請求項1~9の何れか1項に記載の機械定数推定装置により推定した前記機械定数を用いて、前記モータを制御することを特徴とするモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ及びその機械負荷の機械定数を推定する機械定数推定装置、並びに、この機械定数推定装置を備えたモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
機械負荷を駆動するモータを良好に速度制御するためには、モータ及びその機械負荷の慣性や、粘性係数(粘性摩擦係数),クーロン摩擦等の負荷トルクを取得して速度制御条件に反映することが必要になる。
また、モータが同じ機械負荷を駆動し続ける場合でも負荷トルクが変化する時があり、このような場合には、運転条件によらず慣性等の機械定数を推定できると都合が良い。
【0003】
ここで、非特許文献1には、負荷トルクが、速度に依存しない符号関数型のクーロン摩擦と速度に比例する粘性係数との和によって表されることを前提として、クーロン摩擦、粘性係数と共に慣性を推定する方法が開示されている。
この文献では、正負対称な周期信号を速度指令として与え、図8(非特許文献1の図4)に示すように、トルク指令u及び角速度ωに基づく信号τ,q,q ,qを互いに掛け合わせて得た値を同文献記載の数式(Eqs.(37)~(44))により周期間隔で積分して行列Φの要素φ11,φ13,φ22,φ23,φ33 、及びベクトルVの要素v,v,vを求め、その後に演算Φ-1Vを行うことで慣性を含む機械定数を同定している。
【0004】
また、特許文献1には、トルク指令微分値、モータ加速度、モータ躍度等を同一特性のローパスフィルタを介し適応同定演算して慣性及び粘性係数を同定するモータ制御装置が記載されている。更に、特許文献2には、駆動機械の始動後の時間に応じて更新される重み信号を用いて重み付けした速度、加速度、トルクを最小二乗演算部に入力して、慣性及び粘性係数を推定する駆動機械の機械定数同定装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-217729号公報([0036]~[0059]、図1等)
【文献】特許第3683121号公報([0092]~[0103]、図7図8等)
【非特許文献】
【0006】
【文献】粟屋伊智郎他,「クーロン摩擦が作用する機械運動系のパラメータ同定法」,日本機械学会論文集(C編)59巻567号 (1993年),p. 108-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1に記載された機械定数の同定方法によると、例えば、慣性の所望の推定精度が得られにくい小さな加速度でモータを駆動した場合でも、推定精度に関係なく慣性推定値が更新される。或いは、粘性係数の所望の推定精度が得られにくい小さな最大速度でモータを駆動した場合でも、推定精度に関係なく慣性推定値が更新される。
つまり、より信頼性の高い推定結果が過去に得られていたとしても、推定値は信頼性の低い最新の推定結果に更新されてしまうことがある。更に、機械定数はできるだけ精度良く推定できることが望ましい一方で、短時間のうちに機械定数を推定したい場合もあるが、非特許文献1に記載された方法では、推定精度の向上と推定時間の短縮とを両立させるのが難しかった。
【0008】
また、特許文献1に係る従来技術では、モータの回転速度が低い場合でも高速かつ高精度に慣性及び粘性係数を同定し、特許文献2に係る従来技術では、駆動機械を始動してから所定時間が経過するまでの期間は重みを小さくすることでクーロン摩擦に起因する推定誤差を小さくしている。
しかしながら、これらの特許文献1,2には、クーロン摩擦を推定する手段については特に開示されていない。
【0009】
そこで、本発明の解決課題は、機械定数の推定に当たってモータ速度や加速度が適切でない場合でも、推定値の悪化を招きにくい形で慣性、粘性係数、及びクーロン摩擦を高精度かつ短時間で推定可能とした機械定数推定装置と、この推定装置により推定した機械定数を用いてモータの速度制御等を行うモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、請求項1に係る機械定数推定装置は、モータ及び当該モータにより駆動される機械負荷の慣性、粘性係数、及びクーロン摩擦からなる機械定数を推定する機械定数推定装置において、
前記モータの始動後にその速度絶対値が所定の推定開始速度を超えた時点で前記モータのトルク、加速度、速度、及び速度符号のうち何れか二つの積を被積分関数とする数値積分を開始し、かつ、前記モータが減速してその速度絶対値が前記推定開始速度以下になった時点で数値積分を終了する積分手段と、
前記積分手段による積分値に基づいて、前記モータの加減速期間における慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を演算する推定値演算手段と、
前記慣性推定値J、前記粘性係数推定値D、及び前記クーロン摩擦推定値Tf1にそれぞれ対応する重みWJ1,WD1,WTf1を演算する手段と、
前記加減速期間における前記慣性推定値J及び前記重みWJ1を用いて当該加減速期間以前に演算した慣性推定平均値J及び積算重みWJ2を更新し、更新後の慣性推定平均値Jを慣性推定結果として出力する慣性推定値平均手段と、
前記加減速期間における前記粘性係数推定値D及び前記重みWD1を用いて当該加減速期間以前に演算した粘性係数推定平均値D及び積算重みWD2を更新し、更新後の粘性係数推定平均値Dを粘性係数推定結果として出力する粘性係数推定値平均手段と、
前記加減速期間における前記クーロン摩擦推定値Tf1及び前記重みWTf1を用いて当該加減速期間以前に演算したクーロン摩擦推定平均値Tf2及び積算重みWTf2を更新し、更新後のクーロン摩擦推定平均値Tf2をクーロン摩擦推定結果として出力するクーロン摩擦推定値平均手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0011】
請求項2に係る機械定数推定装置は、請求項1に記載した機械定数推定装置において、
前記推定値演算手段が、
前記モータの加減速期間tにおける加速度a(t)、速度v(t)、速度符号sign(v(t))、及びトルクT(t)をそれぞれx(t),x(t),x(t),y(t)とした時に、前記x(t),x(t),x(t),y(t)のうち何れか二つの積を被積分関数とするmij=∫{x(t)x(t)}dt及びq=∫{x(t)y(t)}dt(ただし、i,j=1~3)を用いて、特許請求の範囲に記載の数式1により慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を演算することを特徴とする。
【0012】
請求項3に係る機械定数推定装置は、請求項1または2に記載した機械定数推定装置において、前記被積分関数を求めるためのトルク、加速度、及び速度が、同じ時定数のローパスフィルタを演算した後の値であることを特徴とする。
【0013】
請求項4に係る機械定数推定装置は、請求項1または2に記載した機械定数推定装置において、前記重みWJ1が、前記モータの加速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、前記重みWD1が、前記モータの速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、かつ、前記重みWTf1が、前記モータの速度にも加速度にも依存しない値を数値積分した値であることを特徴とする。
【0014】
請求項5に係る機械定数推定装置は、請求項3に記載した機械定数推定装置において、前記重みWJ1が、前記ローパスフィルタによる演算後の前記モータの加速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、前記重みWD1が、前記ローパスフィルタによる演算後の前記モータの速度の絶対値に対して単調増加する値を数値積分した値であり、かつ、前記重みWTf1が、前記モータの速度にも加速度にも依存しない値を数値積分した値であることを特徴とする。
【0015】
請求項6に係る機械定数推定装置は、請求項4または5に記載した機械定数推定装置において、前記慣性推定値平均手段は、前記慣性推定値J及び前記重みWJ1が新たに得られるたびに、前記積算重みWJ2の前回値と前記重みWJ1の今回値との加算値を所定の上限値WJmaxにより制限した値を前記積算重みWJ2の今回値としたうえで、
慣性推定平均値Jの今回値=慣性推定平均値Jの前回値+(重みWJ1の今回値/積算重みWJ2の今回値)×(慣性推定値Jの今回値-慣性推定平均値Jの前回値)
を演算することを特徴とする。
【0016】
請求項7に係る機械定数推定装置は、請求項4~6の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、前記粘性係数推定値平均手段は、前記粘性係数推定値D及び前記重みWD1が新たに得られるたびに、前記積算重みWD2の前回値と前記重みWD1の今回値との加算値を所定の上限値WDmaxにより制限した値を前記積算重みWD2の今回値としたうえで、
粘性係数推定平均値Dの今回値=粘性係数推定平均値Dの前回値+(重みWD1の今回値/積算重みWD2の今回値)×(粘性係数推定値Dの今回値-粘性係数推定平均値Dの前回値)
を演算することを特徴とする。
【0017】
請求項8に係る機械定数推定装置は、請求項4~7の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、前記クーロン摩擦推定値平均手段は、前記クーロン摩擦推定値Tf1及び前記重みWTf1が新たに得られるたびに、前記積算重みWTf2の前回値と前記重みWTf1の今回値との加算値を所定の上限値WTfmaxにより制限した値を前記積算重みWTf2の今回値としたうえで、
クーロン摩擦推定平均値Tf2の今回値=クーロン摩擦推定平均値Tf2の前回値+(重みWTf1の今回値/積算重みWTf2の今回値)×(クーロン摩擦推定値Tf1の今回値-クーロン摩擦推定平均値Tf2の前回値)
を演算することを特徴とする。
【0018】
請求項9に係る機械定数推定装置は、請求項1~8の何れか1項に記載した機械定数推定装置において、前記慣性推定平均値J、前記粘性係数推定平均値D及び前記クーロン摩擦推定平均値Tf2、並びに、前記積算重みWJ2,WD2,WTf2を、不揮発性メモリに記憶すると共に外部から初期化可能としたことを特徴とする。
【0019】
請求項10に係るモータ制御装置は、請求項1~9の何れか1項に記載の機械定数推定装置により推定した前記機械定数を用いて、前記モータを制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、例えばモータ速度や加速度が小さいため機械定数を適切に推定することが難しい場合でも、推定値の悪化を招きにくい形で機械定数を高精度かつ短時間で推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施形態に係る機械定数推定装置の概要を示すブロック図である。
図2図1における機械定数推定部の第1実施例を示す構成図である。
図3】機械定数推定部の各実施例における積分開始・終了判定手段の構成図である。
図4図1における機械定数推定部の第2実施例を示す構成図である。
図5】機械定数推定部の各実施例における慣性推定値平均手段の構成図である。
図6】機械定数推定部の各実施例における粘性係数推定値平均手段の構成図である。
図7】機械定数推定部の各実施例におけるクーロン摩擦推定値平均手段の構成図である。
図8】非特許文献1に記載された従来技術の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
図1は、本実施形態に係る機械定数推定装置の概要を示すブロック図である。この機械定数推定装置は、機械負荷が接続されたモータ(両者をまとめてモータ・機械負荷200とする)の速度及びトルクに基づいて、モータ・機械負荷200の慣性、粘性係数及びクーロン摩擦を推定する。
【0023】
図1において、速度制御部100は、モータ・機械負荷200から得たモータ速度が速度指令に一致するようにトルクを出力する。ここで、トルクとは、トルク指令でも良いし、モータへの通電電流を検出して得たトルク推定値でも良い。
モータ速度及びトルクは、機械定数推定部300に入力されている。機械定数推定部300では、後述する動作により慣性、粘性係数及びクーロン摩擦を推定すると共に重み付け処理を行ってこれらの平均値J,D,Tf2を演算する。
なお、速度制御部100及び機械定数推定部300は、例えばマイクロコンピュータ等の演算処理装置及びそのプログラムによって実現されるものである。
【0024】
図2は、機械定数推定部300の第1実施例(機械定数推定部300A)を示す構成図である。
図2において、前記モータ・機械負荷200から得たモータ速度が、機械定数推定部300A内の積分開始・終了判定手段320、微分手段301、及び符号判定手段302に与えられ、モータのトルクが乗算手段303に与えられている。また、外部からのリセット指令が、後述の慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、及びクーロン摩擦推定値平均手段380に入力されている。
【0025】
いま、モータ加速度をa(t)、モータ速度をv(t)、モータ速度の符号をsign(v(t))、トルクをT(t)とし、これらをそれぞれx(t),x(t),x(t),y(t)とおくと、微分手段301の出力であるモータ加速度x(t)、モータ速度x(t)、符号判定手段302の出力である速度符号x(t)、及びトルクy(t)が、乗算手段303に入力される。
【0026】
乗算手段303では、x(t),x(t),x(t),y(t)のうち二つのパラメータを用いて、x(t)x(t)及びx(t)y(t)(i,j=1~3)を演算する。なお、乗算手段303における演算には、x(t),x(t),x(t)の演算(すなわち、i=j=1,i=j=2,i=j=3)も含む。
乗算手段303による乗算結果は、次段の積分手段304にそれぞれ入力される。
【0027】
積分手段304では、一定期間にわたってmij=∫{x(t)x(t)}dt、及び、q=∫{x(t)y(t)}dtという数値積分を行い、これらの演算結果を推定値演算手段311に送る。
なお、実際の数値積分では、例えば、
ij=Σ{x(n)x(n)},q=Σ{x(n)y(n)}
という演算を行ってmij,qを定義し、n点目のデータが得られた時点で、
ij←mij+x(n)x(n),
←q+x(n)y(n)
として、mij,qをそれぞれ更新する。
【0028】
図3は、図2における積分開始・終了判定手段320の構成図である。
図3において、絶対値演算手段321はモータ速度の絶対値を演算して比較手段322に送り、比較手段322は、予め設定された推定開始速度と速度絶対値とを比較する。
そして、速度絶対値が推定開始速度を上回った時点で、比較手段322から指示生成手段323を介して図2の積分手段304に積分開始指示を送り、速度絶対値が前記推定開始速度以下になった時点で、比較手段322から指示生成手段324を介して積分手段304に積分終了指示を送る。上記の積分開始指示から積分終了指示までの期間が積分期間となる。また、指示生成手段324からは、図2の推定値演算手段311に対する慣性推定値J、粘性係数推定値D、クーロン摩擦推定値Tf1の更新指示、及び、慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、クーロン摩擦推定値平均手段380に対する重みWJ1,WD1,WTf1の更新指示も出力されている。
【0029】
積分開始・終了判定手段320による積分開始指示・積分終了指示、及び、更新指示の各時点を上記のようにした理由は、以下の通りである。
モータが機械負荷を駆動する場合、ゼロ速度近傍ではヒステリシスを伴った負荷トルクを生じることが少なくない。推定値演算手段311が機械定数を正しく推定するためには、積分手段304が積分を行う期間から上記のヒステリシス領域を除外する必要がある。そこで、モータの始動後に速度絶対値が所定の推定開始速度を上回ってから積分を開始し、その後にモータが減速して速度絶対値が上記推定開始速度以下になった時点で積分を停止するように積分期間を設定すると共に各パラメータの更新指示を行うことにより、当該積分期間における慣性推定値J、粘性係数推定値D、クーロン摩擦推定値Tf1、及び、重みWJ1,WD1,WTf1を確定することとした。
この場合、積分終了指示時点及び積分開始指示時点のモータ速度絶対値を等しくする(すなわち同一の推定開始速度を用いる)ことにより、負荷トルクに非線形性があった場合の各推定値の誤差を低減することができる。
【0030】
なお、モータ速度や通電電流の検出誤差等に起因して、速度信号、その微分値の加速度信号、トルク信号をそのまま用いて演算することが問題になる場合には、図4に示す第2実施例の機械定数推定部300Bのように、モータ速度及びトルクに対してローパスフィルタ312,313をそれぞれ演算した結果を用いると良い。この場合、ローパスフィルタ312,313の時定数は等しくすることが望ましい。
【0031】
図2に戻って、推定値演算手段311は、積分手段304が演算したmij,q(i,j=1~3)を用いて、モータの1回の加減速期間における慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を数式1により演算する。
【数1】
【0032】
この数式1は、運動方程式がT(t)=J(dv/dt)+Dv+Tsign(v)と表される系について、1回の加減速期間に関して最小二乗法によりパラメータJ,D,Tf1を求めることに相当する。
【0033】
上記について、具体的に説明する。最小二乗法では、
積分値I=∫{T(t)-J(dv/dt)-Dv-Tsign(v)}dt
が最小となるJ,D,Tを求める。そのために、積分値IをJ,D,Tでそれぞれ偏微分した値をゼロとおいて整理すると、数式2が得られる。
【数2】
【0034】
上記の数式2を、前述のx(t),x(t),x(t),y(t)を用いて置き換えると、数式3が得られる。
【数3】
数式3における積分演算∫dtを積算演算Σに置き換えると、数式4が得られる。
【数4】
【0035】
更に、前述したmij=Σ{x(n)x(n)},q=Σ{x(n)y(n)}のn点目のデータx(n),x(n),y(n)を時刻tにおけるデータx(t),x(t),y(t)にそれぞれ置き換えると、mij=Σ{x(t)x(t)},q=Σ{x(t)y(t)}となるから、数式4は数式5のように表すことができる。
【数5】
この数式5を変形すると数式6が得られ、数式6におけるJをJ、DをD、TをTf1とおけば、前述の数式1によって慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1を求めることができる。
【数6】
【0036】
一方、図2に示すように、モータ加速度x(t)は第1の被積分値生成手段305に入力されてx(t)の絶対値に対し単調増加する被積分値fが生成され、モータ速度x(t)は第2の被積分値生成手段307に入力されてx(t)の絶対値に対し単調増加する被積分値fが生成される。また、第3の被積分値生成手段309からは、モータの加速度にも速度にも依存しない被積分値fが生成される。ここで、例えば、fをx(t)の二乗、fをx(t)の二乗とし、fは単に1としても良い。
【0037】
上記の被積分値f,f,fは積分手段306,308,310によりそれぞれ積分され、その結果が重みWJ1,WD1,WTf1として慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、クーロン摩擦推定値平均手段380にそれぞれ入力されている。
慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、及びクーロン摩擦推定値平均手段380は、推定値演算手段311から送られた慣性推定値J、粘性係数推定値D、及びクーロン摩擦推定値Tf1に対し、下記のように重みWJ1,WD1,WTf1を用いた重み付け演算を行って各推定平均値J,D,Tf2を算出する。
【0038】
以下、慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、及びクーロン摩擦推定値平均手段380の構成及び動作について説明する。
例えば、慣性が小さく加速度も小さい場合、前述した推定値演算手段311による推定演算を行っても、1回の加減速運転だけでは十分な精度で慣性を推定できないことが考えられる。また、最大速度が小さい加減速運転を行った場合も、1回の加減速運転だけでは十分な精度で粘性係数を推定できないことが考えられ、更に、加減速運転期間がごく短い場合には、その1回の加減速運転だけでは十分な精度でクーロン摩擦を推定できないことが考えられる。
【0039】
同じようなパターンの加減速運転を繰り返す場合には、加減速運転ごとに得られた各推定値に対して単純移動平均を施す等の方法により推定精度を上げることができる。しかし、繰り返し運転ではない状況で各機械定数の推定精度を向上させたい場合には、加減速運転ごとにそれぞれの推定の信頼性が異なってくる。
そこで、この実施形態では、慣性推定値平均手段340、粘性係数推定値平均手段360、及びクーロン摩擦推定値平均手段380による下記の動作により推定精度を向上させている。
【0040】
まず、慣性推定値平均手段340について、図5を参照しつつ説明する。
なお、リセット指令が入力されるまでは、切替手段344,348は図示する状態にあるものとする。この点は、後述する図6の切替手段364,368、図7の切替手段384,388についても同様である。
【0041】
図5において、慣性推定値平均手段340は、1回の加減速期間で慣性推定値J及び重みWJ1が新たに得られるたびに、慣性推定平均値J及び重みWJ2を更新するように動作する。なお、重みWJ2は、常に重みWJ1の今回値(最新値)と前回値とを加算した値として求められるので、以下では「積算重みWJ2」ということとする。
図5に示すように、前回値保持手段343により保持された積算重みWJ2の前回値と重みWJ1の今回値(最新値)とを加減算手段341により加算し、その結果を予め設定された上限値WJmaxにより制限して積算重みWJ2の今回値を得る。そして、除算手段342により重みWJ1の今回値を積算重みWJ2の今回値にて除算し、その結果を乗算手段346に入力する。
【0042】
また、前回値保持手段349により保持された慣性推定平均値Jの前回値と慣性推定値Jの今回値との偏差を加減算手段345により求め、その偏差を乗算手段346に入力して除算手段342の出力と乗算する。更に、乗算手段346の出力と慣性推定平均値Jの前回値とを加減算手段347により加算し、その結果を慣性推定平均値Jの今回値として出力する。
【0043】
以上の動作を数式で表現すると、以下の通りである。
今回値
=J前回値+(WJ1今回値/WJ2今回値)×(J今回値-J前回値)
なお、積算重みWJ2及び慣性推定平均値Jは、外部からのリセット指令により切替手段344,348を「0」側に切り替えることにより、実質的に前回値保持手段343,349等を含むループを除去することで初期化を可能にしている。具体的には、例えば機械負荷を付け替えた際に切替手段344,348を「0」側に切り替えてWJ2,Jを初期化し、その後は不揮発性メモリ等の記憶手段にWJ2,Jを記憶しながら更新する。また、システムを再起動した際には、再起動後の運転に先立って上記記憶手段からWJ2,Jの値を読み込むようにする。
【0044】
慣性推定平均値Jの更新方法について、更に詳しく説明する。
まず、加減算手段341によりWJ2前回値とWJ1今回値とを加算した値が上限値WJmax以下にとどまった場合は、
今回値
=J前回値+{WJ1今回値/(WJ2前回値+WJ1今回値)}×(J今回値-J前回値)
=(J前回値×WJ2前回値+J今回値×WJ1今回値)/(WJ2前回値+WJ1今回値)
となる。
これは、過去の加減速運転全てのデータを使って重み付け平均値を求めることに相当し、慣性推定精度が得られにくいパターンの加減速運転の場合(例えば、加速度が小さい運転の場合)ほど、図2におけるx(t)が小さくなって重みWJ1が小さく抑えられるため、信頼性の高い慣性推定平均値Jを得ることができる。
【0045】
しかし、WJ2前回値とWJ1今回値とを加算した値に何ら制限を設けずに運転を続けていくと、WJ2はやがて無限大になって除算手段342の出力がゼロに近付いていくため、新たな加減速運転が行われても慣性推定平均値Jが更新されなくなる。
そこで、図5に示すように、WJ2前回値とWJ1今回値との加算結果を上限値WJmax以下に制限することで、加減速運転を継続していくに連れて最新の運転結果が慣性推定平均値Jに反映されるようにした。
【0046】
ここで、重みを定義せずに、
今回値=J前回値+定数×(J今回値-J前回値) (0<定数<1)
によりJ今回値を求める場合について検討する。
このように演算する場合でも、加減速運転を重ねていけば慣性推定精度は上がっていく。しかし、この場合、加減速運転回数が(3/定数)程度に達するまでは、J今回値は真値より小さい値になってしまう。また、慣性推定に適さないような低加速度または短時間の加減速運転が行われるような場合にも、その結果をもって他の運転パターンと同様に慣性推定値が更新されてしまう。
【0047】
これに対して、本実施形態では、例えば機械負荷を付け替えた時点でリセット指令によりWJ2,Jの値を初期化することで、加減速運転回数が少なくても真値に近い慣性推定値が得られ、高精度な慣性推定平均値Jを短時間で得ることができる。
また、加速度x(t)の絶対値に対して単調増加するfを数値積分して重みWJ1を求め、この重みWJ1と積算重みWJ2とを用いて慣性推定値Jを更新しているため、慣性推定に適さない運転に対しても慣性推定平均値Jが乱れにくくなる。
【0048】
次に、図6は粘性係数推定値平均手段360の構成を示している。
この粘性係数推定値平均手段360は、1回の加減速期間で粘性係数推定値D及び重みWD1が新たに得られるたびに、粘性係数推定平均値D及び積算重みWD2を更新するように動作する。
【0049】
図6に示す粘性係数推定値平均手段360において、361,365,367は加減算手段、362は除算手段、363,369は前回値保持手段、364,368は切替手段、366は乗算手段、WDmaxはWD2前回値とWD1今回値との加算結果に設定された上限値である。この粘性係数推定値平均手段360の全体的な動作は、入出力信号を除けば慣性推定値平均手段340と同様である。
粘性係数の推定に当たっては、速度x(t)の絶対値に対して単調増加するfを数値積分して得た重みWD1と積算重みWD2とを用いて粘性係数推定値Dを更新することにより粘性係数推定平均値Dを求めているため、最大速度が小さい運転のように粘性係数の推定に適さないパターンの運転に対しても粘性係数推定平均値Dが乱れにくくなる。
【0050】
また、図7はクーロン摩擦推定値平均手段380の構成を示している。
このクーロン摩擦推定値平均手段380は、1回の加減速期間でクーロン摩擦推定値Tf1及び重みWTf1が新たに得られるたびに、クーロン摩擦推定平均値Tf2及び積算重みWTf2を更新するように動作する。
【0051】
図7に示すクーロン摩擦推定値平均手段380において、381,385,387は加減算手段、382は除算手段、383,389は前回値保持手段、384,388は切替手段、386は乗算手段、WTfmaxはWTf2前回値とWTf1今回値との加算結果に設定された上限値である。このクーロン摩擦推定値平均手段380の全体的な動作は、入出力信号を除けば前述の慣性推定値平均手段340や粘性係数推定値平均手段360と同様である。
クーロン摩擦の推定に当たっては、加速度x(t)にも速度x(t)にも依存しない値fを数値積分して得た重みWTf1と積算重みWTf2とを用いてクーロン摩擦推定値Tf1を更新し、これによってクーロン摩擦推定平均値Tf2を求めているため、クーロン摩擦の推定に適さないような運転が行われた場合でもクーロン摩擦推定平均値Tf2が乱れにくくなる。
【0052】
以上のように、本実施形態の機械定数推定装置によれば、モータ速度や加速度、加減速運転期間が機械定数の推定に不適切であるような運転パターンであったとしも、推定値の悪化を招きにくい形で機械定数を高精度かつ短時間で推定することができる。
更に、この機械定数推定装置をモータ制御装置に実装し、機械負荷に応じて加減速期間ごとに推定した機械定数をモータの速度制御やトルク制御に反映させることにより、機械駆動システムにおける追従誤差や振動を低減することが可能になる。
【符号の説明】
【0053】
100:速度制御部
200:モータ・機械負荷
300,300A,300B:機械定数推定部
301:微分手段
302:符号判定手段
303:乗算手段
304,306,308,310:積分手段
305,307,309:被積分値生成手段
311:推定値演算手段
312,313:ローパスフィルタ
320:積分開始・終了判定手段
321:絶対値演算手段
322:比較手段
323,324:指示生成手段
340:慣性推定値平均手段
341,345,347:加減算手段
342:除算手段
343,349:前回値保持手段
346:乗算手段
344,348:切替手段
360:粘性係数推定値平均手段
361,365,367:加減算手段
362:除算手段
363,369:前回値保持手段
366:乗算手段
364,368:切替手段
380:クーロン摩擦推定値平均手段
381,385,387:加減算手段
382:除算手段
383,389:前回値保持手段
386:乗算手段
384,388:切替手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8