(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】焼入れ装置および焼入れ方法
(51)【国際特許分類】
C21D 1/09 20060101AFI20241112BHJP
C21D 1/62 20060101ALI20241112BHJP
C21D 9/28 20060101ALN20241112BHJP
【FI】
C21D1/09 A
C21D1/62
C21D9/28 A
C21D9/28 B
(21)【出願番号】P 2021121458
(22)【出願日】2021-07-26
【審査請求日】2023-10-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池上 裕明
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-316722(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110129523(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/09
C21D 1/62
C21D 9/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となる位置に配置されたレーザ発光部と、
前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動する照射位置移動部と、
少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なう通電部と、
を備え
、
前記レーザ発光部は、複数の面発光レーザを備える、焼入れ装置。
【請求項2】
前記複数の面発光レーザは、前記焼入れ対象物の前記表面に所定長さのギャップを隔てて対向する位置に配置された、
請求項1に記載の焼入れ装置。
【請求項3】
前記照射位置移動部は、前記焼入れ対象物および前記レーザ発光部の少なくとも一方を、前記方向に移動する、
請求項2に記載の焼入れ装置。
【請求項4】
前記複数の面発光レーザは、前記外周に沿って均等な間隔で配置されている、
請求項2または請求項3に記載の焼入れ装置。
【請求項5】
前記焼入れ対象物は、前記外周が円形の軸部材であり、前記複数の面発光レーザは、前記軸部材と同心円状に配置された、
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の焼入れ装置。
【請求項6】
前記複数の面発光レーザの各々から前記焼入れ対象物の表面に照射されるレーザ光の照射範囲は、前記経路に沿った方向において、重なり合う重複領域を有する、
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の焼入れ装置。
【請求項7】
前記照射位置移動部は、焼入れ範囲より広い範囲に亘って前記照射位置の移動を行ない、
前記通電部は、前記レーザ発光部への通電を、前記レーザ発光部による照射位置が、前記移動に伴って、前記焼入れ範囲に入ってから離脱するまでの間に行なう、
請求項1から
請求項6のいずれか一項に記載の焼入れ装置。
【請求項8】
レーザ光を用いた焼入れ方法であって、
複数の面発光レーザを備えるレーザ発光部からのレーザ光の、焼入れ対象物の表面における照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となるように
前記レーザ発光部を配置し、
前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動し、
少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なって、前記レーザ発光部からレーザ光を射出させ、
前記焼入れ対象物の前記照射位置を焼入れ温度以上に加熱して、焼入れを行なう
焼入れ方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レーザを用いた焼入れ技術に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザは、微少な領域にエネルギを集中できるので、近年、レーザを用いた溶接や焼入れなどが実現されている。後者に関しては、例えば引用文献1に示すように、レーザを用いて軸体の表面に焼入れを行なうことが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に示す手法では、焼入れしようとする照射対象物の外周に沿ってレーザを順次照射することになり、焼入れに時間がかかってしまう、という問題があった。更に、特許文献1では、照射されるレーザのエネルギ密度が、照射対象物である軸体の軸方向に沿って均一になるように、レーザの照射範囲を軸方向に沿ってオーバラップさせている。この結果、一度照射された焼入れ温度に達した部位が、外周一周分の照射時間の後に、再度加熱されることになり、いわゆる焼き戻しが生じてしまう、焼入れによって達成しようとした硬度が得られない場合が生じ得る。外周一周に要する時間を短くしようとして、高出力のレーザ光を用いて照射対象物の相対的な回転速度を高めると、照射対象物の表面に溶融が起きてスパッタが発生する場合も想定される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。本開示の一つの実施の態様は、焼入れ装置としての態様である。この焼入れ装置は、焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となる位置に配置されたレーザ発光部と、前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動する照射位置移動部と、少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なう通電部とを備える。
本開示の他の実施の態様は、レーザ光を用いた焼入れ方法として態様である。この焼入れ方法では、焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となるようにレーザ発光部を配置し、前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動し、少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なって、前記レーザ発光部からレーザ光を射出させ、前記焼入れ対象物の前記照射位置を焼入れ温度以上に加熱して、焼入れを行なう。
こうした焼入れ装置および焼入れ方法によれば、焼入れ対象物の焼入れ範囲においては、焼入れ対象物の外周の連続した経路となる位置にレーザ光が照射された状態となるので、焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路おいて焼入れを一度に行なうことができ、焼入れに要する時間を短縮できる。また、一度レーザ光が照射された位置の近傍を所定の時間をおいて再度照射するということが生じないので、一度焼入れされた位置が再度加熱される焼き戻しが生じることがなく、焼き戻しにより焼入れ対象物の硬度が低下するという現象が起きる懸念がない。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】面発光レーザを用いた焼入れ装置の全体構成を示す概略構成図。
【
図3】被加工物上の照射範囲と面発光レーザの配置の一例を示す説明図。
【
図4】レーザユニットを用いた焼入れの範囲を、
図2のVI-VI断面により示す説明図。
【
図5】焼入れ処理制御ルーチンを示すフローチャート。
【
図7】レーザの照射範囲にオーバラップを設けた状態を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
A.第1実施形態:
(A1)ハードウェア構成:
図1は、面発光レーザを用いた焼入れ装置10の全体構成示す概略構成図である。図示するように、焼入れ装置10は、軸体である被加工物WKにレーザ光を照射して焼入れを行なうレーザ発光部20と、このレーザ発光部20を被加工物WKの軸方向に移動させる移動部30と、被加工物WKをレーザ発光部20に搬送する搬送装置50と、全体の制御を司る制御部40とを備える。レーザ発光部20は、環状の形状をしており、内部に、被加工物WKが通る空間を有する。レーザ発光部20の詳しい構成については後述する。本実施形態では、被加工物WKとして、焼入れ特性に優れたクロム鋼SCr435Hやクロムモリブデン鋼SCM435Hの軸体を用いた。焼入れを行なう鋼材であれば、他の種類の炭素鋼であっても差し支えない。また円柱形の軸体に限らず、内部に中空部を有する円筒形の軸体や、角柱形状の軸体、断面が多角形や楕円あるいは長円形状の軸体、更には軸体以外のものであっても差し支えない。したがって、被加工物WKには、必ずしも回転などの軸が存在するとは限らないが、説明の便宜上、移動部30によりレーザ発光部20が移動する方向を「軸方向」、レーザ発光部20における円環に沿った方向を「周方向」と呼ぶことがある。
【0008】
レーザ発光部20には、移動部30から突出した支持部31により支持されている。移動部30は、図示しないモータなどのアクチュエータにより、この支持部31を、被加工物WKの軸方向(図示上下)に沿って移動する。
図1において、レーザ発光部20を破線で示した位置が、レーザ発光部20を移動する際の原点位置である。移動部30は、制御部40からの信号Smがない状態では、レーザ発光部20を原点位置OPで待機させる。
【0009】
制御部40は、周知のCPUやメモリを有するコンピュータであり、メモリに記憶したプログラムにしたがって動作する。制御部40は、外部のセンサの信号を読み取り、またアクチュエータなどに対してこれを駆動する信号を出力することで、焼入れ装置10全体の動作を制御する。制御部40は、移動部30に対して移動を指示する信号Smの他、レーザ発光部20への通電を指示する信号Seや搬送装置50の搬送動作を指示する信号Sbを出力する。信号Seは、移動部30を介してレーザ発光部20に出力され、レーザ発光部20におけるレーザ光の出力をオン・オフする。信号Sbは、搬送装置50において被加工物WKを搬送するコンベア55を駆動する図示しないモータ等のアクチュエータに対して、その動作を指示する。搬送装置50には、コンベア55を一方向に送るローラ51,52等が設けられており、信号Sbによりアクチュエータが動作すると、ローラ51,52の回転により、図示矢印FW方向に、被加工物WKを搬送する。コンベア55には、図示しない固定用治具が設けられており、被加工物WKは、この治具を用いて位置決めされている。被加工物WKの搬送位置は、センサ57により検出される。こうした搬送装置50に代えて、ロボットアームなどにより、被加工物WKを所望の位置に搬送し、位置決めするものとしてもよい。
【0010】
レーザ発光部20の構成について、
図2ないし
図4を用いて説明する。レーザ発光部20は、平面視である
図2に示すように、複数個の面発光レーザ21と、この複数個の面発光レーザ21を円環状に保持するケース22とを備える。面発光レーザ21は、ベース部25を用いてケース22に固定される。ベース部25は、面発光レーザ21の固定の他、図示しない駆動回路を収納し、また、面発光レーザ21の放熱板としても機能する。第1実施形態では、全部で36個の面発光レーザ21を用いた。面発光レーザ21の数は任意であり、被加工物WKの直径や面発光レーザ21が発光する幅等により、被加工物WKの外周を、面発光レーザ21からの照射光が連続的に取り巻く経路を形成するのに必要な個数として定めれば良い。発光面の幅LL、高さHHの面発光レーザ21を用いる場合、概算としては、面発光レーザ21の個数Nは、被加工物WKの直径2Rと、発光面の幅LLを用いて、次式(1)により定めることができる。
N≧2R・π/LL …(1)
本実施形態で焼入れを行なう被加工物WKは直径2Rが148mmの軸体であり、面発光レーザ21の幅LLは約13mmであった。
【0011】
レーザ光は、直進性が高く、面発光レーザ21からのレーザ光もほとんど拡がらないので、上記式(1)は、面発光レーザ21の発光面から被加工物WKの表面まで間隔(以下、ギャップという)GPの大小によらず、成り立つ。本実施形態では、ギャップGPは、数ミリ程度とした。以下の説明において、個々の面発光レーザ21を区別する必要がある場合には、面発光レーザ21A,21Bのように、接辞A、B・・・を付けるものとする。
【0012】
面発光レーザ21は、連続発光タイブのものであり、レーザ光の波長は近赤外領域(例えば、900~1100nm)であり、一つの面発光レーザ当たりの出力が100W程度のものを用いた。本実施例では、36個の面発光レーザ21を用いているので、レーザ発光部20全体の出力は、3.6kWである。面発光レーザ21の動作に伴う熱は、ベース部25からケース22に伝導し、ケース22に設けられた図示しない放熱フィンなどから放熱される。もとより、ケース22に、空冷用のファンや、冷媒やヒートパイプを用いた放熱装置を組み込んでもよい。
【0013】
図3は、被加工物WKを取り囲むように配置された複数の面発光レーザ21のうち、面発光レーザ21A~21Dを例にして、面発光レーザ21と被加工物WK上の照射位置との関係を示す説明図である。面発光レーザ21は、実施形態では36個としたが、
図3では図示の都合上、このうちの4個の面発光レーザ21A~21Dを示した。図示するように、面発光レーザ21A~21Dから射出されたレーザ光は、広がることなく直進して被加工物WKである軸体の外表面に到達する。一つの面発光レーザ21による照射範囲は、面発光レーザ21の発光面の大きさとほぼ等しく、被加工物WKの周方向に幅LL、被加工物WKの軸方向に高さHHである。隣接する各面発光レーザ21A~21Dからの射出するレーザ光の被加工物WK上の照射領域iA~iDは、互いに隣接し、連続的な経路となる照射範囲IRRを形成する。
【0014】
図示から了解されるように、被加工物WK上での照射領域iA~iDを互いに隣接するようにしても、被加工物WKの表面からギャップGPだけ離れて配列された各面発光レーザ21A~21Dの発光面は、隣接する発光面から僅かに隔たった位置に配置できる。したがって、面発光レーザ21を支持するベース部25は、面発光レーザ21より、周方向に大きくすることができ、レーザ発光部20の製造が容易となる。また、面発光レーザ21の間隔を広くでき、冷却上も有利である。
【0015】
図4は、
図2におけるVI-VI断面視であって、焼入れ工程を説明するための模式図である。図では、被加工物WKは断面視を示すハッチングをしていない。シングルハッチングの領域TQAは、被加工物WKにおける焼入れの全領域を示す。また領域PQAは、レーザ発光部20の移動により、焼入れが行なわれた領域を示す。この例では、レーザ発光部20は、原点位置OPで待機しており、被加工物WKが焼入れ可能位置に配置されると、円環形状のレーザ発光部20は、移動部30により被加工物WKの方向に移動し、照射開始位置STに至ると、レーザ発光部20の面発光レーザ21に通電され、レーザ光の照射が開始される。
【0016】
レーザ光の照射により、被加工物WKの表面温度は短期間に焼入れに必要な1200から1400℃に達する。したがって、面発光レーザ21からのレーザ光の射出を継続したまま、移動部30によりレーザ発光部20を移動していくと、移動に伴って、被加工物WK上の焼入れ領域PQAは、移動方向に拡大していく。予め定めた焼入れ長さQLだけ焼入れが行なわれ、レーザ発光部20が焼入れ終了位置EPに至れば、面発光レーザ21の通電を終了し、焼入れを完了する。その後、移動部30によりレーザ発光部20は、原点位置OPに復帰するので、被加工物WKは、搬送装置50により次工程へと搬出される。なお、本実施形態では、移動部30によるレーザ発光部20の移動速度は数mm/秒程度であり、焼入れ長さは数十mmから100mmを超える程度である。もとより、移動速度は、被加工物WKの表面に単位時間当たりに照射されるレーザ光のエネルギが、被加工物WKの表面温度を焼入れ温度まで上昇できるように設定すればよい。つまり、面発光レーザ21として射出エネルギの高いものを用いれば、移動速度は速めることができる。また、移動部30の移動可能範囲を広くすれば、焼入れ長さQLを更に広くすることも容易である。
【0017】
(A2)焼入れ処理:
次に、制御部40による焼入れ処理について簡単に説明する。本実施形態では、被加工物WKの焼入れは、制御部40により制御される。制御部40が実行する焼入れ処理制御ルーチンを、
図5に示した。この制御ルーチンは、被加工物WKの焼入れ処理の実施に合わせて開始される。焼入れ処理が開始されると、まず搬送装置50に対して信号Sbを出力し、被加工物WKの搬送を行なう(ステップS100)。被加工物WKは、搬送装置50により搬送される。
【0018】
そこで、被加工物WKが焼入れ処理を行なう位置、つまりレーザ発光部20の直下の位置に至ったかを判断する(ステップS105)。この判断は、被加工物WKの位置を検出しているセンサ57からの信号Ssを読みとることにより行なう。被加工物WKが焼入れ位置に至っていなければ、搬送装置50による搬送を継続し(ステップS100)、焼入れ位置に至ったと判断すれば(ステップS105:「YES」)、搬送装置50よる搬送を一旦停止する(ステップS110)。
【0019】
続いて、移動部30に信号Smを送り、レーザ発光部20を原点位置OPから被加工物WKの軸方向に沿って、所定の速度で移動させる(ステップS120)。この結果、レーザ発光部20は、被加工物WKに近づき、やがて環状の内側に、被加工物WKが位置する状態で、更に軸方向に加工する。制御部40は、移動部30の移動量を制御することで、レーザ発光部20が焼入れ範囲に入ったかを判断する(ステップS125)。移動部30が移動用のアクチュエータとしてステッピングモータを用いていれば、制御部40は移動部30に対して出力したステップ数から、レーザ発光部20の移動距離を知ることができる。そこで、レーザ発光部20が予め定めた焼入れ開始位置STに至るまでは(ステップS125:「NO」)、レーザ発光部20の移動を継続し(ステップS120)、レーザ発光部20が焼入れ範囲に入れば(ステップS125:「YES」)、信号Seを出力し、レーザ発光部20に備えられた36個の面発光レーザ21への通電を行なう(ステップS130)。
【0020】
この結果、面発光レーザ21は、レーザ光を被加工物WKに向かって射出し、レーザ光の照射を受けた被加工物WKの表面は加熱されて昇温し、焼入れが行なわれる。面発光レーザ21がレーザ光を照射している間も、レーザ発光部20の移動は継続しているから、制御部40は、レーザ発光部20が予め定めた焼入れの範囲外となったかを判断し(ステップS135)、焼入れ範囲外となるまでは面発光レーザ21への通電を継続し(ステップS130)、レーザ発光部20が焼入れ終了位置EPを超えて焼入れ範囲外となれば(ステップS135:「YES」)、信号Seの出力を停止して、面発光レーザ21への通電を終了する(ステップS140)。これにより、被加工物WKの焼入れ開始位置STから焼入れ終了位置EPまではレーザ光のエネルギにより加熱されて昇温し、焼入れが行なわれて、被加工物WKの表面には焼入れ領域TQAが形成される。
【0021】
その後、制御部40は、信号Smの出力を停止し、移動部30によりレーザ発光部20を原点位置OPに復帰させる(ステップS150)。制御部40は、引き続き、予定した全ての被加工物WKの焼入れ加工を完了したかを判断し(ステップS155)、予め設定した本数の被加工物WKの焼入れ加工が完了して否か蹴れば(ステップS155:「NO」)、ステップS100に戻って、新たな被加工物WKに対して、上述したステップS100からS155)の処理を繰り返す。予定した全ての被加工物WKに対する焼入れ加工が完了していれば(ステップS155:「YES」)、「END」に抜けて、本制御ルーチンを終了する。
【0022】
以上説明した第1実施形態の焼入れ装置10によれば、焼入れ対象物である被加工物WKの焼入れ範囲TQAにおいては、被加工物WKの外周の連続した経路となる位置を含む照射範囲IRRにレーザ光が照射された状態となるので、被加工物WKの外周に沿った連続的な経路おいて焼入れを一度に行なうことができ、焼入れに要する時間を短縮できる。また、一度レーザ光が照射された位置の近傍を所定の時間をおいて再度照射するということが生じないので、一度焼入れされた位置が再度加熱される焼き戻しが生じることがなく、被加工物WKの硬度が焼き戻しにより低下することがない。
【0023】
また、本実施形態では、レーザ発光部20に複数の面発光レーザ21を用いているので、連続した経路を形成することが容易である。しかも、被加工物WKの外周の経路上の一点に着目すると、2次元的な広がりを有するレーザ光の照射面が通り過ぎるまで所定の時間、照射を受け続けることになり、被加工物WKに与える単位面積当たりのエネルギを大きくでき、焼入れ温度に達するまでの時間を短縮できる。
【0024】
さらに、本実施形態では、面発光レーザ21を被加工物WKの表面に直接対向する位置に設けているので、照光位置の調整が容易であり、またレーザ光の散乱等によるロスも小さくできる。被加工物WKから面発光レーザ21までに所定長GPのギャップを設けていることから、面発光レーザ21の取り付けも容易なる。この点を、
図6を用いて説明する。図示するように、面発光レーザ21から射出されたレーザ光はほぼ直進するので、被加工物WKから所定長さGPのギャップを隔てた位置では、被加工物WKを取り囲む経路の全長は増加する。このため、隣接する面発光レーザ21Aと21Bとの間に、所定の間隔を空けることが可能となり、面発光レーザ21の配置が容易となる。面発光レーザ21がその発光面の幅LLより広い幅LFのベース部25A,25B上に設けられている場合でも、面発光レーザ21の配列が可能となる。
【0025】
図示するように、被加工物WKの半径がRであり、N個の面発光レーザ21により被加工物WKを取り囲んで、その外表面に照射範囲を連続的に設ける場合、一つの面発光レーザ21の幅LLは、中心角360゜/Nの円弧の弦の長さに等しいから、幅LLは、次式(2)により求められる。
LL=2R・sin(360/2N)=2R・sin(180/N) …(2)
他方、被加工物WKの表面から所定長GPのギャップを隔てた位置、つまり実際に面発光レーザ21が配置される位置での弦の長さLFは、次式(3)により求められる。
LF=2(R+GP)・sin(180/N) …(3)
【0026】
したがって、両者の差ΔLは、
ΔL=LF-LL=2GP・sin(180/N)
となる。このため、ベース部25の幅LFに関して、を面発光レーザ21の発光面の幅LLと完全に一致させる必要がなく、設計および製造の自由度が高くなっている。実際の製造において、ベース部25の幅LFが、面発光レーザ21の発光面の幅LLと同一に作られている場合、ベース部25を用いたアライメントの余裕が得られることになり、好適である。
【0027】
また、この差ΔLが存在することにより、例えば
図7に示すように、被加工物WKの表面において、面発光レーザ21からのレーザ光の照射範囲を僅かに重ねることも容易である。これ例では、ベース部25の幅Lfを、上述した式(3)により求まる幅LFより小さくし、隣接する面発光レーザ21a,21bを、
図6より接近させて配置している。こうすれば、隣り合う二つの面発光レーザ21A,21Bからのレーザ光が重なり合うオーバラップ領域OLを形成できる。このため、面発光レーザ21a,21bを搭載するベース部25a,25bの位置決めに僅かなズレが生じても、被加工物WKの表面にレーザ光が当たらない領域が生じることを抑制できる。
【0028】
B.第2実施形態:
図8は、第2実施形態の焼入れ装置100の構成を、被加工物WKを除いて断面視により示す概略構成図である。焼入れ装置100は、レーザ発光部200と、移動部300と、搬送装置500とを備える。また、図示は省略しているが、焼入れ装置100は、これらの装置に対する制御を司る制御部も備える。
【0029】
レーザ発光部200は、複数の面発光レーザ221を円環形状に配列して備える。レーザ発光部200とペアになる環状鏡230は、レーザ発光部200と略同一形状をしており、レーザ発光部200と同軸上に配置される。環状鏡230は、支持部331を介して移動部300に支持されている。移動部300は、第1実施形態同様、支持部331を移動することにより、環状鏡230を被加工物WKの軸方向に沿って移動する。
【0030】
環状に形成された複数の面発光レーザ221は、レーザ光の射出方向が、第1実施形態とは異なり、円環の内側でなく、軸方向に向いている。面発光レーザ221からのレーザ光は、レーザ発光部200の鉛直下方に位置する環状鏡230に向けて射出され、環状鏡230に設けられた表面反射鏡235により直角に反射し、被加工物WKの表面を照射する。表面反射鏡235は、環状鏡230の内側に、断面二等辺三角形となる形状に形成されている。表面反射鏡235は、環状鏡230の表面に金属皮膜を蒸着して形成してもよいし、表面反射鏡235の表面を研磨して、鏡面仕上げすることで形成してもよい。表面反射鏡235は、環状鏡230の形状に倣った環状形状をしているので、レーザ発光部200の面発光レーザ221からのレーザ光は、表面反射鏡235で反射し、被加工物WKの表面の照射範囲IRRを照射する。
【0031】
この結果、照射範囲IRRは、レーザ光のエネルギで加熱され、焼入れ温度に達して焼入れが行なわれることは、第1実施例と同様である。もとより、第1実施例の
図5で説明したとの同様に、被加工物WKは、搬送装置500により焼入れ位置まで搬送されて停止し、その後、原点位置OPから環状鏡230が被加工物WKの軸方向に移動し、焼入れ範囲に入ると、レーザ発光部200の面発光レーザ221への通電が行なわれることも、第1実施形態と同様である。
【0032】
以上説明した第2実施形態の焼入れ装置100は、第1実施形態と同様の作用効果を奏する上、更に複数の面発光レーザ221を備えたレーザ発光部200を移動する必要がなく、装置構成を簡略化できるという利点がある。第2実施形態の焼入れ装置100では、移動部300によって移動される環状鏡230は、レーザ光の反射体に過ぎず、面発光レーザ221への電気配線などを要しない。したがって、その重量も軽くでき、移動部300の構成も簡略化できる。第2実施形態では、レーザ光を射出する面発光レーザ221から焼入れが行なわれる被加工物WKの表面までの距離は第1実施形態と比較して長いが、レーザ光は、直進性が高いので、大きなエネルギロスは生じることなく、被加工物WKを加熱できる。
【0033】
環状鏡230は、面発光レーザ221からのレーザ光を被加工物WKの軸AX方向に反射する際には単なる平面鏡として機能するが、周方向には湾曲した凹面鏡となっているので、面発光レーザ221からのレーザ光は、周方向において若干収束する。このため、レーザ発光部200を構成する複数の面発光レーザ221からのレーザ光が、被加工物WKの外周において連続した照射範囲IRRを形成するよう、表面反射鏡235による収束を考慮して、面発光レーザ221の発光面の大きさや間隔を定めればよい。もとより、面発光レーザ221の数Nと同じ枚数の平面鏡をつなぎ合わせて表面反射鏡235を構成すれば、周方向のレーザ光の収束を考慮する必要はない。
【0034】
第2実施形態では、レーザ光の方向を変更するのに、表面反射鏡235を用いたが、プリズムなどを用いてもよい。あるいは低損失の光ファイバや導光路によりレーザ光の方向を変更するようにしてもよい。
【0035】
上述した第1,第2実施形態では、レーザ発光部20やレーザ発光部200および環状鏡230は、いずれも閉じた円環形状としたが、これらは、必ずしも閉じた円環形状である必要はない。被加工物WKの周方向において、焼入れする範囲が全周でなければ、焼入れ範囲に応じた円弧形状としてもよい。また被加工物WKが角柱等の円形形状以外であれば、被加工物WKの円形でない断面形状と相似の形状としてもよい。焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となるのであれば、レーザ発光部20等の形状は問わない。
【0036】
第1,第2実施形態では、被加工物WK上で単一の照射範囲IRRを移動して焼入れを行なったが、例えば第1実施形態のレーザ発光部20を2組設け、被加工物WKの焼入れ範囲TQAの軸方向中央を開始位置STとしてレーザ光の照射を開始し、2組のレーザ発光部20を互いに遠ざかる方向に移動して、焼入れ範囲TQAの両端まで、それぞれの照射範囲IRRで焼入れを行なうようにしてもよい。この場合でも、一度焼入れされた部位が再度加熱されることはなく、しかも焼入れに要する時間を約半分にできる。
【0037】
C.他の実施形態:
(1)本開示の焼入れ装置は、上記以外の形態でも実施可能である。焼入れ装置としての他の実施形態の一つは、焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となる位置に配置されたレーザ発光部と、前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動する照射位置移動部と、少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なう通電部とを備えた焼入れ装置としての形態である。この焼入れ装置は、焼入れ対象物の焼入れ範囲においては、焼入れ対象物の外周の連続した経路となる位置にレーザ光が照射された状態となるので、焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路おいて焼入れを一度に行なうことができ、焼入れに要する時間を短縮できる。また、一度レーザ光が照射された位置の近傍を所定の時間をおいて再度照射するということが生じないので、一度焼入れされた位置が再度加熱される焼き戻しが生じることがなく、焼き戻しにより焼入れ対象物の硬度が低下するという現象が起きる懸念がない。
【0038】
レーザ光の照射位置は、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となる位置に配置されていればよく、必ずしも環状に閉じている必要はない。焼入れ対象物に焼入れの必要が無い箇所があれば、その箇所に対応する場所にレーザ光の照射がなされないように、経路を定めればよい。レーザ光の照射位置の移動方向は、この経路に交差する方向であればよく、必ずしも両者は直交していなくてもよい。例えば、焼入れ対象物が、円柱形状をしており、長さ方向の途中で屈曲された形状をしている場合、屈曲された部位の前後で、経路に対するレーザ光の照射位置の移動方向が変わっても差し支えない。また焼入れ対象物は、軸体のような円柱形状のものに限らず、角柱やフランジ形状など、その形状を問わない。なお、レーザ発光部は、焼入れ対象物を取り囲む位置に設けてもよいし、焼入れ対象物を取り囲む位置とは異なる位置に設けてもよい。
【0039】
(2)こうした構成において、前記レーザ発光部は、複数の面発光レーザを備えるものとしてよい。こうすれば、レーザ光の照射位置を、容易に、焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路にできる。また、面発光レーザは、発光するレーザ光が2次元的な面積を持つから、焼入れ対象物の表面における照射位置は、経路に交差する方向にも所定の幅を持つ。したがって、照射位置を移動する際、焼入れ対象物の外周の一点に着目すると、レーザ光の照射面が通り過ぎるまで所定の時間、照射を受け続けることになり、焼入れ対象物に与える単位面積当たりのエネルギを大きくでき、焼入れ温度に達するまでの時間を短縮できる。もとより、レーザ発光部は、焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置を、焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路にできれば、面発光レーザ以外のレーザ、例えば所定径のレーザビームを射出する半導体レーザやガスレーザなどを用い、これを複数連ねて構成することも可能である。
【0040】
(3)こうした構成において、前記複数の面発光レーザは、前記焼入れ対象物の前記表面に所定長さのギャップを隔てて対向する位置に配置されたものとしてよい。こうすれば、レーザ発光部と焼入れ対象物との距離を近接させることができ、照光位置を精度良く位置決めできる。また、面発光レーザと照光位置と関係を容易に把握でき、例えば実際に焼入れを行なった焼入れ対象物を検査して、焼入れに不具合が見い出されたとき、不具合の生じた場所に対応する面発光レーザを容易に特定できる。面発光レーザから射出されたレーザ光はほぼ直進するので、面発光レーザから焼入れ対象物の表面まで、所定長さのギャップを隔てても、焼入れ対象物に届くレーザ光の単位面積あたりのエネルギはほとんど減少しない。翻って、焼入れ対象物から所定長さのギャップを隔てた位置では、焼入れ対象物を取り囲む経路の全長は増加する。このため、所定の発光面積の面発光レーザの配置が容易となる。面発光レーザがその発光の幅より広い幅の基台(ベース)上に設けられている場合でも、面発光レーザの配列が可能となる。
【0041】
(4)こうした構成において、前記照射位置移動部は、前記焼入れ対象物および前記レーザ発光部の少なくとも一方を、前記方向に移動するものとしてよい。こうすれば、焼入れ対象物の所定の範囲に亘って、焼入れを行なうことができる。移動は、焼入れ対象物またはレーザ発光部を単独で移動してもよいし、両者を対向する方向に移動するものとしてもよい。
【0042】
(5)こうした構成において、前記複数の面発光レーザは、前記外周に沿って均等な間隔で配置されているものとしてよい。こうすれば、レーザ発光部の製造が容易となり、焼入れ対象物とレーザ発光部とのギャップを焼入れ対象物の外周方向において一定にするだけで、レーザ光により付与されるエネルギを均等にできる。
【0043】
(6)こうした構成において、前記焼入れ対象物は、前記外周が円形の軸部材であり、前記複数の面発光レーザは、前記軸部材と同心円状に配置されたものとしてよい。こうすれば、レーザ発光部の製造や調整を容易にできる。
【0044】
(7)こうした構成において、前記複数の面発光レーザの各々から前記焼入れ対象物の表面に照射されるレーザ光の照射範囲は、前記経路に沿った方向において、重なり合う重複領域を有するものとしてよい。こうすれば、複数の面発光レーザのアライメントにズレが生じても、レーザ光が当たらない領域が生じることを抑制できる。
【0045】
(8)こうした構成において、前記照射位置移動部は、焼入れ範囲より広い範囲に亘って前記照射位置の移動を行ない、前記通電部は、前記レーザ発光部への通電を、前記レーザ発光部による照射位置が、前記移動に伴って、前記焼入れ範囲に入ってから離脱するまでの間に行なうものとしてよい。こうすれば、焼入れ範囲の端部においてレーザ光によって上昇する温度を連続的に高めることができ、焼入れ範囲の端部の温度のバラツキを防止できる。
【0046】
(9)この他、レーザ光を用いた焼入れ方法として実施することができる。この焼入れ方法では、焼入れ対象物の表面におけるレーザ光の照射位置が、前記焼入れ対象物の外周に沿った連続的な経路となるようにレーザ発光部を配置し、前記レーザ光の照射位置を、前記経路に交差する方向に、前記焼入れ対象物の焼入れ範囲に亘って移動し、少なくとも、前記焼入れ対象物における前記レーザ光の照射位置が前記焼入れ範囲にある場合に、前記レーザ発光部に通電を行なって、前記レーザ発光部からレーザ光を射出させ、前記焼入れ対象物の前記照射位置を焼入れ温度以上に加熱して、焼入れを行なう。この焼入れ方法によれば、上述した焼入れ装置と同様の作用効果を奏することができる。
【0047】
(10)上記各実施形態において、ハードウェアによって実現されていた構成の一部をソフトウェアに置き換えるようにしてもよい。ソフトウェアによって実現されていた構成の少なくとも一部は、ディスクリートな回路構成により実現することも可能である。また、本開示の機能の一部または全部がソフトウェアで実現される場合には、そのソフトウェア(コンピュータプログラム)は、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納された形で提供することができる。「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスクやCD-ROMのような携帯型の記録媒体に限らず、各種のRAMやROM等のコンピュータ内の内部記憶装置や、ハードディスク等のコンピュータに固定されている外部記憶装置も含んでいる。すなわち、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、データパケットを一時的ではなく固定可能な任意の記録媒体を含む広い意味を有している。
【0048】
本開示は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0049】
10…焼入装置、20…レーザ発光部、21,21A,21B,21a,21b…面発光レーザ、22…ケース、25,25A,25B,25a,25b…ベース部、30…移動部、31…支持部、40…制御部、50…搬送装置、51,52…ローラ、55…コンベア、57…センサ、100…焼入れ装置、200…レーザ発光部、221…面発光レーザ、230…環状鏡、235…表面反射鏡、300…移動部、331…支持部、500…搬送装置