(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/17 20060101AFI20241112BHJP
B60T 8/40 20060101ALI20241112BHJP
B60T 13/128 20060101ALI20241112BHJP
B60T 13/66 20060101ALI20241112BHJP
B60T 17/22 20060101ALI20241112BHJP
B60T 13/138 20060101ALI20241112BHJP
B60T 17/18 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
B60T8/17 B
B60T8/40 C
B60T13/128
B60T13/66 Z
B60T17/22 Z
B60T13/138 A
B60T17/18
(21)【出願番号】P 2021122164
(22)【出願日】2021-07-27
【審査請求日】2024-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 亮祐
【審査官】大谷 謙仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-291925(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/17
B60T 8/40
B60T 13/128
B60T 13/66
B60T 17/22
B60T 13/138
B60T 17/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マスタピストンによって区画されるマスタ室を有するマスタシリンダと、
前記マスタピストンに対して、前記マスタ室とは反対側に位置するサーボ室を有し、前記サーボ室にサーボ圧を供給して、前記マスタ室にマスタ圧を発生させる第1調圧ユニットと、を備える車両の制動制御装置において、
前記マスタシリンダとホイールシリンダとの間に、前記マスタ圧を増加して前記ホイールシリンダに供給することができる第2調圧ユニットを備え、
前記第1調圧ユニットは、
前記マスタ圧、及び、前記サーボ圧を取得し、
前記マスタ圧と前記サーボ圧との比較に基づいて、前記マスタピストンのボトミングを判定
し、
前記第2調圧ユニットは、
前記ボトミングの発生が判定される場合には、前記ボトミングの発生が判定されない場合に比べて、前記マスタ圧を増加する度合いを大きくする、車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制動制御装置において、
前記第1調圧ユニットは、
前記サーボ室の受圧面積、及び、前記マスタ室の受圧面積に基づいて、前記比較を実行する、車両の制動制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の車両の制動制御装置において、
前記第1調圧ユニットは、
前記サーボ圧と前記マスタ圧との差が所定圧以上の場合に前記ボトミングの発生を判定する、車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、加圧ピストンの前方の前方室と、後方の後方室とを備えたシリンダ装置を含む液圧ブレーキシステムにおいて、ブレーキ系統の液漏れの有無を、後方室の液圧に基づいて検出することが記載されている。具体的には、目標後方液圧から実後方液圧を引いた値ΔPが第1異常判定しきい値ΔPthより大きい状態が第1異常判定時間T1以上継続し、その後、実後方液圧Psが設定勾配以上で増加して、引いた値ΔPが復帰判定しきい値δpより小さくなった場合には、前方室の作動液の漏れに起因して加圧ピストンがボトミングしたとされる。
【0003】
特許文献2には、反力液圧検出部25bにより検出された反力液圧、及び、マスタ液圧検出部Yにより検出されたマスタ液圧に基づいて、マスタピストン12c、12dの状態がボトミング状態であるか否かを判定することが記載されている。詳細には、特許文献2では、ストロークが所定値(例えば、ストロークシミュレータ13aのピストン13a2がボトミングするストロークに相当する値)未満である場合には、ストロークの単位時間当たりの増大量、及び、マスタ液圧の単位時間当たりの増大量に基づいて、ボトミング判定が行われる。一方、ストロークが所定値以上である場合には、反力液圧の単位時間当たりの増大量、及び、マスタ液圧の単位時間当たりの増大量に基づいて、ボトミング判定が行われる。
【0004】
特許文献1では、制御目標(即ち、目標後方液圧)と制御結果(即ち、実後方液圧)との差に基づいて、ブレーキ系統の液漏れの有無が検出される。特許文献2では、ストローク、及び、反力液圧は、ブレーキペダルでの入力に相当するため、これらの状態量は、液圧制御において、制御目標を決定するために用いられる。これに対して、マスタ液圧は調圧制御の結果である。従って、特許文献2でも、特許文献1と同様に、制御目標と制御結果との関係に基づいてボトミングの発生(即ち、ボトミング状態)が判定される。
【0005】
ところで、制御目標と制御結果との相互関係に基づいて確実な判定が行われるには、或る程度の時間を要する。具体的には、制御には、誤差、時間遅れ等が存在するため、制御目標と制御結果との差の原因がボトミングであることを確実に識別するためには、ボトミングの非発生時には生じ得ない判定しきい値に達するまで待つか、或いは、付加的な演算処理が必要となる。例えば、特許文献1では、推定後方力から前記実後方力を引いた値が、第1異常判定しきい値以上である状態が第1異常判定時間以上継続し、その後、第1異常判定しきい値より小さい第1復帰判定しきい値以下になった場合に、ボトミング状態が判定される。また、特許文献2では、反力液圧の単位時間当たりの増大量に対するマスタ液圧の単位時間当たりの増大量である勾配比が演算され、これが所定比以下である場合に、ボトミング状態が判定される。従って、簡単な処理に基づいて、迅速且つ確実にボトミング状態が判定され得るものが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2012/172702号
【文献】特開2018-058465号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、車両の制動制御装置において、マスタピストンのボトミングが迅速且つ確実に判定され得るものを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る制動制御装置SCは、「マスタピストン(NP、NS)によって区画されるマスタ室(Rm)を有するマスタシリンダ(CM)」と、「前記マスタピストン(NP、NS)に対して、前記マスタ室(Rm)とは反対側に位置するサーボ室(Ru)を有し、前記サーボ室(Ru)にサーボ圧(Pu)を供給して、前記マスタ室(Rm)にマスタ圧(Pm)を発生させる第1調圧ユニット(YA)」と、を備える。前記第1調圧ユニット(YA)は、前記マスタ圧(Pm)、及び、前記サーボ圧(Pu)を取得し、前記マスタ圧(Pm)と前記サーボ圧(Pu)との比較に基づいて、前記マスタピストン(NP、NS)のボトミングを判定する。例えば、前記第1調圧ユニット(YA)は、前記サーボ室(Ru)の受圧面積(ru)、及び、前記マスタ室(Rm)の受圧面積(rm)に基づいて、前記比較を実行する。前記サーボ室(Ru)の受圧面積(ru)と前記マスタ室(Rm)の受圧面積(rm)とが等しい構成では、前記第1調圧ユニット(YA)は、前記サーボ圧(Pu)と前記マスタ圧(Pm)との差(hP=Pu-Pm)が所定圧(px)以上の場合に前記ボトミングの発生を判定する。
【0009】
制動制御装置SCでは、マスタボトミングの非発生時には、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとが所定関係にある(例えば、「ru=rm」に設定されていると、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとが一致する)。しかし、マスタボトミング発生時には、この所定関係が成立しない。このことに基づいて、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの比較によって、マスタピストンのボトミング状態が判定される。上記構成によれば、ボトミング判定が、制御目標と制御結果との比較によって判定されないので、調圧制御の誤差、遅れ等を回避するために要する時間が不要となる。従って、簡単な演算処理で、迅速で、確実なボトミング判定が行われ得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】制動制御装置SCを搭載した車両JVの全体を説明するための概略図である。
【
図2】第1調圧ユニットYAの第1の構成例を説明するための概略図である。
【
図3】第2調圧ユニットYBの構成例を説明するための概略図である。
【
図5】ボトミング処理を説明するためのフロー図である。
【
図6】ボトミング判定の動作を説明するための時系列線図である。
【
図7】ボトミング判定結果に基づく補償制御の動作を説明するための時系列線図である。
【
図8】第1調圧ユニットYAの第2の構成例を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る車両の制動制御装置SCの実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0012】
<構成要素の記号等>
以下の説明において、「CW」等の如く、同一記号を付された部材、信号、値等の構成要素は同一機能のものである。車輪に係る各種記号の末尾に付された添字「f」、「r」は、それが前輪、後輪の何れに関する要素であるかを示す包括記号である。具体的には、「f」は「前輪に係る要素」を、「r」は「後輪に係る要素」を、夫々示す。例えば、ホイールシリンダCWにおいて、「前輪ホイールシリンダCWf、後輪ホイールシリンダCWr」というように表記される。更に、添字「f」、「r」は省略されることがある。これらが省略される場合には、各記号は、その総称を表す。
【0013】
更に、連絡路HSにおいて、ホイールシリンダCWを基準として、そこから離れた側を「上部」と、近い側を「下部」と称呼する。例えば、流体ポンプQBによる制動液BFの移動において、「制動液BFは、調圧弁UBの上部から吸い込まれ、調圧弁UBの下部に吐出される」というように記載される。また、第1、第2調圧ユニットYA、YBは「上部、下部調圧ユニットYA、YB」とも称呼される。第1、第2調圧ユニットYA、YBは、アクチュエータ(流体ユニット)とコントローラとの組で構成される。即ち、第1調圧ユニットYAは、第1流体ユニットHAと第1コントローラECAとの組み合わせで、第2調圧ユニットYBは、第2流体ユニットHBと第2コントローラECBとの組み合わせで、夫々構成される。ここで、第1、第2流体ユニットHA、HBは、「上部、下部流体ユニットHA、HB」とも称呼される。同様に、第1、第2コントローラECA、ECBは、「上部、下部コントローラECA、ECB」とも称呼される。更に、第1調圧ユニットYAによるホイール圧Pwの調整(増加等)が「上部調圧」と、第2調圧ユニットYBによるホイール圧Pwの調整(増加等)が「下部調圧」と、夫々称呼される。
【0014】
<制動制御装置SCを搭載した車両JV>
図1の概略図を参照して、本発明に係る制動制御装置SCを搭載した車両JVの全体構成について説明する。
【0015】
車両JVには、制動操作部材BP、操舵操作部材SH、及び、各種センサ(BA等)が備えられる。制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両JVを減速するために操作する部材である。操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SHは、運転者が車両JVを旋回させるために操作する部材である。
【0016】
車両JVには、以下に列挙される各種センサが備えられる。
- 制動操作部材BPの操作量(制動操作量)Baを検出する制動操作量センサBA、及び、操舵操作部材SHの操作量(操舵操作量であって、例えば、操舵角)Saを検出する操舵操作量センサSA。
- 車輪WHの回転速度(車輪速度)Vwを検出する車輪速度センサVW。
- 車両JV(特に、車体)について、ヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYR、前後加速度Gxを検出する前後加速度センサGX、及び、横加速度Gyを検出する横加速度センサGY。
【0017】
車両JVには、制動装置SX、及び、制動制御装置SCが備えられる。制動制御装置SCでは、2系統の制動系統として、所謂、前後型(「II型」ともいう)のものが採用されている。
【0018】
制動装置SX(=SXf、SXr)は、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KT、及び、ブレーキキャリパCPを含んで構成される。回転部材KTは、車両の車輪WHに固定され、回転部材KTを挟み込むようにブレーキキャリパCPが設けられる。ブレーキキャリパCPには、ホイールシリンダCWが設けられている。ホイールシリンダCWには、制動制御装置SCから、加圧された制動液BFが供給される。ここで、ホイールシリンダCWの液圧が、「ホイール圧Pw」と称呼される。制動装置SXでは、ホイール圧Pwによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSが、回転部材KTに押し付けられる。回転部材KTと車輪WHとは、一体的に回転するよう固定されているため、このときに生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルクTb(結果、制動力Fb)が発生される。
【0019】
制動制御装置SCは、制動操作部材BPの操作量Baに応じて、実際のホイール圧Pwを調節する。具体的には、制動制御装置SCによって加圧された制動液BFが、前輪、後輪連絡路HSf、HSrを介して、制動装置SX(特に、ホイールシリンダCW)に供給される。制動制御装置SCは、マスタシリンダCM、及び、第1、第2調圧ユニットYA、YBにて構成される。第1調圧ユニットYAには、第1流体ユニットHA、及び、第1コントローラECAが含まれる。また、第2調圧ユニットYBには、第2流体ユニットHB、及び、第2コントローラECBが含まれる。そして、第1コントローラECAと第2コントローラECBとは、信号(検出値、演算値等)が共有され得るよう、通信バスBSを介して接続されている。
【0020】
マスタシリンダCM、第1、第2調圧ユニットYA、YB(特に、第1、第2流体ユニットHA、HB)、ホイールシリンダCW等は、連絡路HS、入力路HN、減圧路HG、還流路HK、HL、サーボ路HU等にて接続される。これらは、制動液BFが移動される流体路である。流体路(HS等)としては、流体配管、流体ユニットHA、HB内の流路、ホース等が該当する。
【0021】
制動制御装置SCによって、制動操作量Baに応じてホイール圧Pwが発生されて、車両JVが減速される。即ち、制動制御装置SCは、サービスブレーキ(「常用ブレーキ」ともいう)として用いられる。更に、制動制御装置SCでは、各ホイールシリンダCWの液圧Pwが、独立、且つ、個別に調節されて、車両JVの安定性を向上する車両安定性制御(所謂、ESC)が実行される。また、制動制御装置SCでは、後輪ホイールシリンダCWrの液圧Pwr(後輪ホイール圧)が制限されて、制動時の車両JVの安定性を確保する制動力配分制御(所謂、EBD制御)が実行される。
【0022】
制動制御装置SCのサービスブレーキの機能は、第1調圧ユニットYA、及び、第2調圧ユニットYBによって達成される。サービスブレーキでは、第1コントローラECAに制動操作量Baが入力されて、要求圧Psが演算される。第1コントローラECAにて、要求圧Psに基づいて、第1調圧ユニットYAに係る目標圧Pt、及び、第2調圧ユニットYB(特に、調圧弁UB)に係る目標差圧Qtが演算される。そして、第1コントローラECAによって、目標圧Ptに基づいて第1流体ユニットHAが制御される。また、目標差圧Qtは、通信バスBSを介して、第2コントローラECBに送信され、第2コントローラECBによって、目標差圧Qtに基づいて第2流体ユニットHBが制御される。
【0023】
一方、制動制御装置SCの制御ブレーキの機能(車両安定性制御、制動力配分制御等)は、第2調圧ユニットYBによって達成される。第2コントローラECBには、車輪速度Vw、操舵操作量(操舵角)Sa、マスタシリンダCMの液圧Pm、ヨーレイトYr、前後加速度Gx、及び、横加速度Gyが入力される。そして、第2コントローラECBによって、車両JVの方向安定性を向上するよう、第2流体ユニットHBが制御される。
【0024】
第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態が判定されるよう、通信バスBSを介して、マスタシリンダCMの液圧Pmが第1コントローラECAに送信される。第1コントローラECAにて、マスタシリンダCMに挿入されているマスタピストンのボトミング状態が識別される。そして、ボトミング状態の判定結果として、判定フラグFLが、通信バスBSを介して、第2コントローラECBに送信される。上記の処理の詳細については後述する。
【0025】
<第1調圧ユニットYAの第1構成例>
図2の概略図を参照して、第1調圧ユニット(上部調圧ユニット)YAの第1の構成例について説明する。第1調圧ユニットYAは、4つのホイールシリンダCWの液圧(ホイール圧)Pwを増加するための加圧源である。例では、第1調圧ユニットYAは、マスタシリンダCMと一体化されている。また、2つの制動系統として、前後型のものが採用されている。第1調圧ユニットYAは、第1流体ユニットHA、及び、第1流体ユニットHAを制御する第1コントローラECAにて構成される。
【0026】
第1流体ユニットHAは、マスタリザーバRV、マスタシリンダCM、第1、第2マスタピストンNP、NS、第1、第2マスタばねDP、DSと一体化されている。第1流体ユニットHAには、入力シリンダCN、入力ピストンNN、入力ばねDN、入力弁VN、開放弁VR、ストロークシミュレータSS、及び、シミュレータ圧センサPBが含まれている。
【0027】
マスタリザーバ(「大気圧リザーバ」ともいう)RVは、作動液体用のタンクであり、その内部に制動液BFが貯蔵されている。マスタリザーバRVは、マスタシリンダCM(特に、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr)に接続されている。
【0028】
マスタシリンダCMは、底部を有するシリンダ部材である。マスタシリンダCMの内部には、第1、第2マスタピストンNP、NSが挿入され、その内部が、シール部材SLによって封止されて、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrに分けられている。詳細には、前輪マスタ室Rmfは、マスタシリンダCMの内周面、第1マスタピストンNPの端面、及び、第2マスタピストンNSの一方側端面にて区画されている。後輪マスタ室Rmrは、マスタシリンダCMの内周面、マスタシリンダCMの底面、及び、第2マスタピストンNSの他方側端面にて区画されている。マスタシリンダCMは、所謂、タンデム型である。ここで、前輪マスタ室Rmfの液圧Pmfが「前輪マスタ圧」と称呼され、後輪マスタ室Rmrの液圧Pmrが「後輪マスタ圧」と称呼される。従って、総称として、マスタ室Rmの液圧Pmは、「マスタ圧」と称呼される。
【0029】
前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr内には、第1、第2マスタばねDP、DSが設けられる。第1、第2マスタばねDP、DSによって、第1、第2マスタピストンNP、NSは、後退方向Hb(マスタ室Rmの体積が増加する方向であり、前進方向Haとは逆方向)に押圧されている。前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr(=Rm)は、前輪、後輪連絡路HSf、HSr(=HS)、及び、第2調圧ユニットYB(特に、第2流体ユニットHB)を介して、最終的には前輪、後輪ホイールシリンダCWf、CWr(=CW)に、夫々接続されている。
【0030】
第1マスタピストンNPには、つば部(フランジ)が設けられている。このつば部によって、マスタシリンダCMの内部は、更に、第1調圧ユニットYA用に、サーボ室Ruと後方室Roとに仕切られている。第1調圧ユニットYAのサーボ室Ruは、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrに液圧Pmf、Pmrを発生できるよう、第1マスタピストンNPを挟んで、前輪マスタ室Rmfに相対するように配置される。また、第1調圧ユニットYAの後方室Roは、入力室Rnから排出される制動液BFが吸収されるよう、前輪マスタ室Rmfとサーボ室Ruとに挟まれ、それらの間に配置されている。サーボ室Ru、及び、後方室Roも、上記同様に、シール部材SLによって封止されている。
【0031】
入力シリンダCNは、マスタシリンダCMに固定されている。入力シリンダCNの内部には、入力ピストンNNが挿入され、シール部材SLによって封止されて、入力室Rnが形成されている。入力ピストンNNは、クレビス(U字リンク)を介して、制動操作部材BPに機械的に接続されている。入力ピストンNNには、つば部(フランジ)が設けられる。このつば部とマスタシリンダCMに対する入力シリンダCNの取付面との間に、入力ばねDNが設けられる。入力ばねDNによって、入力ピストンNNは、後退方向Hbに押圧されている。
【0032】
入力室Rn、サーボ室Ru、後方室Ro、及び、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrは、液圧室(液圧チャンバ)である。「液圧室」には、制動液BFが満たされ、シール部材SLによって封止されている。夫々の液圧室の体積は、入力ピストンNN、第1、第2マスタピストンNP、NSの移動によって変化される。液圧室の配置においては、マスタシリンダCMの中心軸線Jmに沿って、制動操作部材BPに近い方から、入力室Rn、サーボ室Ru、後方室Ro、前輪マスタ室Rmf、後輪マスタ室Rmrの順で並んでいる。
【0033】
入力室Rnと後方室Roとは、入力路HNを介して接続されている。そして、入力路HNには、入力弁VNが設けられる。入力路HNは、後方室Roと入力弁VNとの間で、開放弁VRを介して、マスタリザーバRVに接続される。入力弁VN、及び、開放弁VRは、開位置(連通状態)と閉位置(遮断状態)とを有する2位置の電磁弁(「オン・オフ弁」ともいう)である。入力弁VNとして常閉型の電磁弁が採用される。開放弁VRとして常開型の電磁弁が採用される。なお、入力弁VN、開放弁VRは、第1コントローラECAからの駆動信号Vn、Vrによって駆動(制御)される。
【0034】
後方室Roには、ストロークシミュレータ(単に、「シミュレータ」ともいう)SSが接続されている。シミュレータSSによって、制動操作部材BPの操作力Fpが発生される。シミュレータSSの内部には、ピストン、及び、弾性体(例えば、圧縮ばね)が備えられる。制動液BFがシミュレータSSに流入する際に、制動液BFによってピストンが押される。ピストンには、弾性体によって制動液BFの流入を阻止する方向に力が加えられるため、制動操作部材BPの操作力Fpが発生される。つまり、制動操作部材BPの操作特性(操作変位Spと操作力Fpとの関係)は、シミュレータSSによって形成される。
【0035】
シミュレータSSの液圧Pb(「シミュレータ圧」という)を検出するよう、シミュレータ圧センサPBが設けられる。シミュレータ圧センサPBは、上記の制動操作量センサBAの1つである。シミュレータ圧Pbは、制動操作量Baとして、第1コントローラECAに入力される。なお、シミュレータ圧Pbは、入力室Rnの液圧Pn(入力圧)、及び、後方室Roの液圧Po(後方圧)と等しい。
【0036】
第1調圧ユニットYAには、制動操作量センサBAとして、シミュレータ圧センサPBの他に、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP、及び/又は、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFPが設けられる。つまり、制動操作量センサBAとしては、シミュレータ圧センサPB、操作変位センサSP(ストロークセンサ)、及び、操作力センサFP(踏力センサ)のうちの少なくとも1つが採用される。従って、制動操作量Baは、シミュレータ圧Pb、操作変位Sp、及び、操作力Fpのうちの少なくとも1つである。
【0037】
更に、第1流体ユニットHAには、サーボ室Ruにサーボ圧Puを供給して、マスタ圧Pmを発生するよう、蓄圧用流体ポンプQA、蓄圧用電気モータMA、アキュムレータAC、アキュムレータ圧センサPC、加圧シリンダCK、加圧ピストンNK、増圧弁UZ、減圧弁UG、及び、サーボ圧センサPUが含まれている。
【0038】
蓄圧用の流体ポンプQAによって、アキュムレータACが蓄圧される。蓄圧用流体ポンプQA(「第1流体ポンプ」ともいう)は、蓄圧用の電気モータMA(「第1電気モータ」ともいう)によって駆動され、マスタリザーバRVから制動液BFを汲み上げる。そして、流体ポンプQAから吐出された制動液BFは、アキュムレータACに蓄えられる。アキュムレータACには、アキュムレータ圧Pcにまで加圧された制動液BFが蓄えられる。アキュムレータ圧Pcを検出するよう、アキュムレータ圧センサPCが設けられる。アキュムレータ圧Pcが所定範囲内に維持されるよう、蓄圧用の電気モータMA(第1電気モータ)が制御される。
【0039】
加圧シリンダCKには、加圧ピストンNKが挿入されている。加圧シリンダCKの内部は、加圧ピストンNKによって、3つの液圧室Rp(パイロット室)、Rv(環状室)、Rk(加圧室)に区画されている。パイロット室Rpと加圧室Rkとは、加圧ピストンNKを挟むように配置される。つまり、パイロット室Rpは、加圧シリンダCKにおいて、加圧ピストンNKに対して加圧室Rkの反対側に位置する。パイロット室Rpには、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGによって調節された液圧Pp(「パイロット圧」という)が供給される。ここで、パイロット圧Ppは、アキュムレータ圧Pcが元圧とされて、調節される。
【0040】
加圧ピストンNKの外周部には環状の凹部(くびれ部)が設けられている。この環状凹部と加圧シリンダCKの内周部とによって環状室Rvが形成される。更に、加圧ピストンNKの外周部には、弁体Vv(例えば、スプール弁)が形成されている。そして、この弁体Vvには、アキュムレータACからアキュムレータ圧Pcに加圧された制動液BFが供給される。弁体Vvによって、アキュムレータ圧Pcが調圧されて、環状室Rvに導入される。環状室Rvは、加圧ピストンNKに設けられた貫通孔を介して、加圧室Rkと連通されている。従って、環状室Rvの液圧と加圧室Rkの液圧は同一である。該液圧が、「サーボ圧Pu」と称呼される。
【0041】
具体的には、パイロット室Rpの液圧Pp(パイロット圧)によって、加圧ピストンNKが移動されると、弁体Vvの開口量が変化する。そして、パイロット圧Ppとサーボ圧Pu(環状室Rv、加圧室Rkの液圧)とが一致するよう、加圧ピストンNKの弁体Vvを通して、アキュムレータACから制動液BFが供給される。つまり、高圧のアキュムレータ圧Pcが、弁体Vvによって絞られ、サーボ圧Puに調節される。実際のサーボ圧Puを検出するよう、サーボ圧センサPUが設けられる。加圧室Rkとサーボ室Ruとはサーボ路(流体路)HUによって接続されているので、サーボ圧Puに調整された制動液BFが、サーボ室Ruに供給される。
【0042】
マスタシリンダCMの中心軸線Jm(「第1、第2マスタピストンNP、NSの中心軸線」でもある)に沿って、サーボ室Ruは、第1、第2マスタピストンNP、NSに対して、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr(=Rm)とは反対側に配置されている。従って、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr内の液圧Pmf、Pmr(前輪、後輪マスタ圧)によって発生される推力Fm(「マスタ推力」という)と、サーボ圧Puによって発生される推力Fu(「サーボ推力」という)とは、中心軸線Jmに沿って対抗している。通常の状態(即ち、ボトミングが発生していない状態)では、マスタ推力Fmとサーボ推力Fuとは、静的に釣り合っている。換言すれば、サーボ圧Puが調整(増減)されることによって、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)が調整(増減)される。
【0043】
サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの関係は、サーボ室Ruの受圧面積ru(第1マスタピストンNPのつば部の面積であり、「サーボ面積」ともいう)と、マスタ室Rmの受圧面積rm(第2マスタピストンNSの端面の面積であり、「マスタ面積」ともいう)との関係で定まる。静的には、サーボ推力Fuとマスタ推力Fmとは等しいので、「Pu・ru=Pm・rm」の関係が成立する。従って、マスタ圧Pmは、サーボ圧Puに「マスタ面積rmに対するサーボ面積ruの比」を乗じた値として出力される。
【0044】
例えば、第1調圧ユニットYAでは、サーボ室Ruの受圧面積ru(サーボ面積)がマスタ室Rmの受圧面積rm(マスタ面積)に等しく設定される。この場合、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrとサーボ圧Puとは、通常等しくなる。即ち、「ru=rm」であるため、「Pm=Pu」である。
【0045】
≪第1調圧ユニットYAの作動≫
第1調圧ユニットYAにおいて、第1流体ユニットHAは、第1コントローラECAによって制御される。第1コントローラECAには、制動操作量Ba、アキュムレータ圧Pc、サーボ圧Pu、及び、マスタ圧Pmが入力される。ここで、マスタ圧Pmは、通信バスBSを介して、第2コントローラECBから送信され、第1コントローラECAに入力される。第1コントローラECAでは、これら信号に基づいて、入力弁VNの駆動信号Vn、開放弁VRの駆動信号Vr、増圧弁UZの駆動信号Uz、減圧弁UGの駆動信号Ug、蓄圧用電気モータMAの駆動信号Maが演算される。そして、駆動信号「Vn、Vr、Uz、Ug、Ma」に応じて、第1調圧ユニットYAを構成する電磁弁「VN、VR、UZ、UG」、及び、蓄圧用の電気モータMAが制御(駆動)される。また、後述するように、第1コントローラECAでは、要求圧Ps、目標圧Pt、及び、ボトミング状態の判定結果(判定フラグ)FLが演算され、これらが、通信バスBSを通して、第2コントローラECBに送信される。
【0046】
非制動時(即ち、制動操作部材BPの操作が行われていない場合)には、ピストン「NN、NP、NS」は、ばね「DN、DP、DS」によって、後退方向Hbに押し付けられ、それらの初期位置(最も後退方向Hbに移動されている位置)にまで戻されている。この状態では、前輪、後輪マスタ室Rmf、RmrとマスタリザーバRVとは連通状態であって、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrは「0(大気圧)」である。また、各ピストンの初期位置においては、入力ピストンNNと第1マスタピストンNPとは隙間Ksを有している。
【0047】
非制動時には、増圧弁UZは閉弁され、減圧弁UGは開弁されているので、パイロット室RpとマスタリザーバRVとは連通状態にされ、パイロット圧Ppは「0(大気圧)」である。そして、加圧ピストンNKは、圧縮ばねDKによって、加圧シリンダCKの底部に押圧されていて、弁体Vv(スプール弁)は閉弁されている。加圧室RkとマスタリザーバRVとは連通状態にされているので、サーボ圧Puも「0」である。更に、非制動時には、入力弁VN、及び、開放弁VRが開弁され、後方室Ro、及び、入力室RnはマスタリザーバRVに連通状態にされているので、これら液圧室の内圧Po、Pnも「0」である。即ち、非制動時には、「Pmf=Pmr=Pp=Pu=Po=Pn=0」の状態である。
【0048】
制動時(即ち、制動操作部材BPが操作される場合)には、入力弁VNが開弁され、開放弁VRが閉弁される。つまり、入力室Rnと後方室Roとが連通状態され、後方室RoとマスタリザーバRVとの連通状態が遮断され、非連通状態にされている。制動操作部材BPの操作量Baの増加に伴い、入力ピストンNNは前進方向Haに移動され、入力室Rnから制動液BFが排出される。この制動液BFは、ストロークシミュレータSSに吸収されるので、入力室Rnの液圧Pn(入力圧)、及び、後方室Roの液圧Po(後方圧)が増加され、制動操作部材BPにおいて、操作変位Spに応じた操作力Fpが発生される。
【0049】
制動時には、制動操作量Ba(シミュレータ圧Pb、操作変位Sp、操作力Fpのうちの少なくとも1つ)に基づいて、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGが制御され、パイロット室Rpの液圧Pp(パイロット圧)が増加される。パイロット圧Ppの増加に応じて弁体Vvが開弁され、環状室Rv、及び、加圧室Rkの液圧Pu(サーボ圧)が増加される。サーボ圧Puは、サーボ路HUを介して、サーボ室Ruに供給される。第1マスタピストンNPは、サーボ圧Puに応じたサーボ推力Fuによって前進方向Haに押圧され、移動される。第1マスタピストンNPの前進方向Haの移動に伴って、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmr(=Pm)が増加される。そして、第1調圧ユニットYAからマスタ圧Pmに調節された制動液BFが、第2調圧ユニットYBに対して供給され、最終的にはホイールシリンダCWの液圧Pwが増加される。
【0050】
制動制御装置SCは、所謂、ブレーキバイワイヤ型である。このため、車両が電動車(例えば、電気自動車、ハイブリッド車)である場合には、回生協調制御が実行され得る。第1調圧ユニットYAの第1流体ユニットHAでは、入力ピストンNNと第1マスタピストンNPとは隙間Ksを有している。サーボ圧Puが制御されることによって、この隙間の範囲内で、入力ピストンNNと第1、第2マスタピストンNP、NSとの相対的な位置関係が任意に調節可能である。例えば、回生制動による制動力のみが必要な場合には、「Pu=0」にされ、マスタ圧Pmは「0」のままにされる。回転部材KTと摩擦部材MSとの摩擦による制動力は発生されず、制動力Fbとして、発電機として作動する駆動用電気モータの回生制動力のみが発生される。
【0051】
<第2調圧ユニットYB>
図3の概略図を参照して、第2調圧ユニット(下部調圧ユニット)YBの構成例について説明する。第2調圧ユニットYBは、連絡路HS(流体路)において、第1調圧ユニットYAとホイールシリンダCWとの間に設けられている。制動制御装置SCは、第2調圧ユニットYBによって、マスタ圧Pmを調整(増加、保持、減少)することができる。第2調圧ユニットYBは、第2流体ユニットHB、及び、第2流体ユニットHBを制御する第2コントローラECBにて構成される。
【0052】
第2流体ユニットHBには、調圧弁UB、マスタ圧センサPM、還流用の流体ポンプQB(「第2流体ポンプ」ともいう)、還流用の電気モータMB(「第2電気モータ」ともいう)、調圧リザーバRC、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが含まれている。
【0053】
前輪、後輪調圧弁UBf、UBr(=UB)が、前輪、後輪連絡路HSf、HSr(=HS)に設けられる。調圧弁UB(電磁弁)は、常開型のリニア弁(「差圧弁」、「比例弁」ともいう)である。調圧弁UBの上部(第1調圧ユニットYAに近い側の連絡路HSの部位)と、調圧弁UBの下部(ホイールシリンダCWに近い側の連絡路HSの部位)とが、前輪、後輪還流路HKf、HKr(=HK)にて接続される。還流路HKには、前輪、後輪還流用流体ポンプQBf、QBr(=QB)、及び、前輪、後輪調圧リザーバRCf、RCr(=RC)が設けられる。還流用流体ポンプQB(第2流体ポンプ)は、還流用の電気モータMB(第2電気モータ)によって駆動される。
【0054】
前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmr(=Pm)を検出するよう、前輪、後輪マスタ圧センサPMf、PMr(=PM)が設けられる。マスタ圧Pm(マスタ室Rmの液圧)は、第1調圧ユニットYA(特に、サーボ圧Pu)によって供給される。マスタ圧センサPMは、調圧弁UBの上部(マスタシリンダCMと調圧弁UBとの間の部位)に配置される。
【0055】
第2電気モータMBが回転駆動されると、第2流体ポンプQBによって、制動液BFが、調圧弁UBの上部から吸い込まれ、調圧弁UBの下部に吐出される。これにより、連絡路HS、及び、還流路HKには、調圧弁UB、流体ポンプQB、及び、調圧リザーバRCを含んだ、制動液BFの循環流KN(即ち、前輪、後輪還流KNf、KNrであり、循環する制動液BFの流れ)が発生する。調圧弁UBによって制動液BFの循還流KNが絞られると、オリフィス効果によって、調圧弁UBの下部の液圧Pq(「調整圧」という)が、調圧弁UBの上部のマスタ圧Pmから増加される。つまり、第2調圧ユニットYBによって、前輪、後輪ホイール圧Pwf、Pwr(=Pw)を、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrから増加調節することが可能である。
【0056】
第2調圧ユニットYBの内部にて、前輪、後輪連絡路HSf、HSrは、夫々、2つに分岐されて、前輪、後輪ホイールシリンダCWf、CWrに接続される。そして、ホイールシリンダCW毎に、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが設けられる。インレット弁UI(電磁弁)は、調圧弁UBと同様に、常開型のリニア弁である。ただし、調圧弁UBとインレット弁UIとは、開弁する方向が異なる。詳細には、調圧弁UBはホイールシリンダCWの側(下部側)からマスタシリンダCMの側(上部側)への制動液BFの流れに対応して開弁するので、調圧弁UBによる調圧では、調整圧Pqはマスタ圧Pm以上である(即ち、「Pq≧Pm」)。一方、インレット弁UIは調圧弁UBの側(上部側)からホイールシリンダCWの側(下部側)への流れに対応して開弁するので、インレット弁UIによる調圧では、ホイール圧Pwは調整圧Pq以下である(即ち、「Pq≧Pw」)。
【0057】
インレット弁UIは、分岐された連絡路HS(即ち、連絡路HSの分岐部に対してホイールシリンダCWに近い側)に設けられる。連絡路HSは、インレット弁UIの下部(ホイールシリンダCWに近い側の連絡路HSの部位)にて、減圧路HGを介して、調圧リザーバRCに接続される。そして、減圧路HGには、常閉型のオン・オフ弁であるアウトレット弁VOが配置される。
【0058】
ホイール圧Pwが、ホイールシリンダCW毎に別々に調整されるよう、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが個別に制御される。ホイール圧Pwを減少するためには、インレット弁UIが閉弁され、アウトレット弁VOが開弁される。ホイールシリンダCWへの制動液BFの流入が阻止されるとともに、ホイールシリンダCW内の制動液BFが調圧リザーバRCに流出するので、ホイール圧Pwは減少される。ホイール圧Pwを増加するためには、インレット弁UIが開弁され、アウトレット弁VOが閉弁される。制動液BFの調圧リザーバRCへの流出が阻止され、調圧弁UBからの調整圧PqがホイールシリンダCWに供給されるので、ホイール圧Pwが増加される。ホイール圧Pwを保持するためには、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが共に閉弁される。ホイールシリンダCWは流体的に封止されるので、ホイール圧Pwが一定に維持される。
【0059】
第2調圧ユニットYBでは、第2流体ユニットHBが、第2コントローラECBによって制御される。ここで、第2コントローラECBと第1コントローラECAとは、情報共有できるよう、通信バスBSを介して接続されている。第2コントローラECBには、車輪速度Vw、マスタ圧Pm、操舵量Sa、ヨーレイトYr、前後加速度Gx、横加速度Gy等が入力される。また、第2コントローラECBには、第1コントローラECAにて演算された要求圧Ps、目標圧Pt、判定フラグFL等が、通信バスBSを通して入力される。第2コントローラECBでは、これらの信号に基づいて、調圧弁UBの駆動信号Ub、インレット弁UIの駆動信号Ui、アウトレット弁VOの駆動信号Vo、第2電気モータMBの駆動信号Mbが演算される。そして、これらの駆動信号(Ub等)に応じて、第2流体ユニットHBを構成する電磁弁「UB、UI、VO」、及び、第2電気モータMBが制御(駆動)される。
【0060】
<調圧制御の処理>
図4のフロー図を参照して、制動制御装置SCにおける調圧制御の処理例について説明する。「調圧制御」は、第1調圧ユニットYA、及び、第2調圧ユニットYBを加圧源にして、電気的にホイール圧Pwを発生させ、それを調整するものである。調圧制御のアルゴリズムは、第1、第2コントローラECA、ECB内のマイクロプロセッサにプログラムされている。なお、以下の説明では、サーボ面積ruとマスタ面積rmとが等しい構成が想定されている。サーボ面積ruとマスタ面積rmとが異なる構成では、要求圧Ps(ホイール圧Pwの目標値)と目標圧Pt(サーボ圧Puの目標値)との関係が、サーボ面積ruとマスタ面積rmとの比率に基づいて変換される。
【0061】
ステップS110にて、制動操作量Ba、サーボ圧Pu等を含む各種信号が読み込まれる。ここで、制動操作量Ba(制動操作部材BPの操作の程度を表す状態量の総称)は、制動操作量センサBAによって検出される。また、サーボ圧Puは、サーボ圧センサPUによって検出される。
【0062】
ステップS120にて、制動操作部材BPの操作量Baに基づいて、要求圧Ps(変数)が演算される。要求圧Psは、運転者が要求する車両減速に対応した、全てのホイールシリンダCWの液圧Pw(実際値)についての目標値であり、前輪制動系統BKfと後輪制動系統BKrとで等しくなるように演算される。具体的には、ブロックX120に示すように、要求圧Psは、制動操作量Ba(変数)、及び、予め設定された演算マップZpsに基づいて決定される。具体的には、制動操作量Baが「0」から遊び量boの範囲内では、要求圧Psは「0」に演算される。そして、制動操作量Baが遊び量bo以上の範囲では、制動操作量Baの増加に伴って、要求圧Psが「0」から増加するように演算される。つまり、「Ba≧bo」では、演算マップZpsに従って、制動操作量Baが大きいほど、要求圧Psが大きくなるように決定される。ここで、遊び量boは、予め設定された所定値(定数)であり、制動操作部材BPに遊びに相当する。
【0063】
ステップS130にて、要求圧Psに基づいて、「要求圧Psが領域判定圧ps未満であるか、否か(「低液圧領域判定」と称呼され、単に、「領域判定」ともいう)」が判定される。要求圧Psが領域判定圧psよりも小さく、領域判定が肯定される場合には、処理はステップS140に進められる。一方、要求圧Psが領域判定圧ps以上であり、領域判定が否定される場合には、処理はステップS160に進められる。ここで、領域判定圧psは、低液圧領域を判定するためのしきい値であり、予め設定された所定値(定数)である。
【0064】
ステップS140では、要求圧Ps(結果、ホイール圧Pw)が相対的に小さい領域(「低液圧領域」という)に対応する、目標圧Pt、及び、目標差圧Qtが演算される。目標圧Pt(=Ptf、Ptr)は、第1調圧ユニットYAによって達成されるべき液圧の目標値である。前輪目標圧Ptfと後輪目標圧Ptrとは、等しくなるように決定される(即ち、「Ptf=Ptr」)。また、目標差圧Qt(=Qtf、Qtr)は、第2調圧ユニットYBによって達成されるべき差圧(マスタ圧Pmとホイール圧Pwとの液圧差)の目標値である。前輪目標差圧Qtfと後輪目標差圧Qtrとは、等しくなるように決定される(即ち、「Qtf=Qtr」)。換言すれば、ステップS140では、要求圧Psが、目標圧Ptと目標差圧Qtとの各々に分解される。従って、要求圧Psと、目標圧Ptと目標差圧Qtとの和「Pt+Qt」とは等しい。また、「Ptf=Ptr、Qtf=Qtr」として演算されるので、全てのホイールシリンダCWにおいて、ホイール圧Pwは等しくなるように制御される。
【0065】
ステップS140では、目標圧Ptが「0」に決定されるともに、目標差圧Qtが要求圧Psから目標圧Ptを減じた値として決定される(即ち、「Pt=0、Qt=Ps-Pt=Ps」)。つまり、ホイール圧Pwが小さい低液圧領域では、ホイール圧Pwの調整において、第1調圧ユニットYAは採用されず、第2調圧ユニットYBのみが利用される。これは、「第2調圧ユニットYBによる調圧精度は高い」という特徴が、低液圧領域にて活かされるようにするためである。
【0066】
ステップS150にて、目標圧Pt、及び、目標差圧Qtに基づいて、第1、第2調圧ユニットYA、YBが制御される。具体的には、「Pt=0」であるため、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGには通電が行われず、パイロット圧Ppは「0」のままにされる。これにより、弁体Vvは閉弁された状態が維持されるので、サーボ圧Puは「0」にされる。従って、第1調圧ユニットYA(特に、第1流体ユニットHA)からの出力であるマスタ圧Pmは、「0」にされる。
【0067】
一方、ステップS150では、第2調圧ユニットYB(特に、第2流体ユニットHB)は、目標差圧Qt(=Ps)に基づいて制御される。具体的には、先ず、電気モータMBが駆動される。これにより、流体ポンプQBによって、制動液の循環流KNが発生される。そして、目標差圧Qtに基づいて、調圧弁UBに通電が行われる。詳細には、調圧弁UBへの供給電流Ibと目標差圧Qtとの関係(所謂、IP特性)が予め演算マップZipとして設定されているので、目標差圧Qt、及び、該演算マップZipに基づいて、調圧弁UBに電流Ibが流される。供給電流Ibに応じて、調圧弁UBの開弁量は減少されるため、循環流KNが絞られて、実差圧mQ(マスタ圧Pmと調整圧Pqとの実際の差)が増加される。なお、演算マップZipでは、目標差圧Qtが大きいほど、供給電流Ibが大きくなるように設定されている。
【0068】
ステップS160では、要求圧Ps(結果、ホイール圧Pw)が低液圧領域を外れた状況における、目標圧Pt(=Ptf、Ptr)、及び、目標差圧Qt(=Qtf、Qtr)が演算される。ステップS160でも、ステップS140と同様に、要求圧Psが、目標圧Ptと目標差圧Qtとによって達成されるので、「Ps=Pt+Qt」の関係が成立している。ステップS160では、目標圧Ptが、「要求圧Psから領域判定圧psを減じた値」に決定されるとともに、目標差圧Qtが要求圧Psから目標圧Ptを減じた値として決定される(即ち、「Pt=Ps-ps、Qt=Ps-Pt=ps」)。ホイール圧Pwが相対的に大きい液圧領域(上記の低液圧領域を超える領域)では、ホイール圧Pwの調整において、第1、第2調圧ユニットYA、YBが共に利用される。
【0069】
ステップS170にて、目標圧Pt、及び、目標差圧Qtに基づいて、第1、第2調圧ユニットYA、YBが制御される。具体的には、第1調圧ユニットYA(特に、第1流体ユニットHA)では、目標圧Pt、及び、サーボ圧Puに基づいて、サーボ圧Puが目標圧Ptに近付き、一致するように、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGが制御されて、上部調圧が行われる。詳細には、「Pu<Pt」の場合には、増圧弁UZの開弁量の増加、及び、減圧弁UGの開弁量の減少のうちの少なくとも1つによって、サーボ圧Puが増加される。一方、「Pu>Pt」の場合には、増圧弁UZの開弁量の減少、及び、減圧弁UGの開弁量の増加のうちの少なくとも1つによって、サーボ圧Puが減少される。
【0070】
更に、ステップS170にて、第2調圧ユニットYB(特に、第2流体ユニットHB)では、目標差圧Qt(=ps)に基づいて、調圧弁UBが制御されて、下部調圧が行われる。ステップS150と同様に、第2電気モータMBが駆動され、第2流体ポンプQB、及び、調圧弁UBを含む、制動液BFの循環流KNが形成される。そして、目標差圧Qtに基づいて、調圧弁UBに通電が行われ、実際の差圧mQが調節される。
【0071】
第2調圧ユニットYBは、本来、車両安定性制御等に利用される汎用ユニットであるが、ホイール圧Pwの調圧精度が優れている。制動制御装置SCでは、この特徴がサービスブレーキに活かされている。具体的には、ホイール圧Pwが相対的に小さい領域(「Ps<ps」の場合)では、第1調圧ユニットYAによる上部調圧が採用されず、第2調圧ユニットYBによる下部調圧のみによって、ホイール圧Pwが調節される。一方、第2調圧ユニットYBで高圧を供給するには、第2電気モータMBの回転数を高める必要があり、作動音の観点では不利となる。そこで、ホイール圧Pwが相対的に大きい領域(「Ps≧ps」の場合)では、上部調圧と下部調圧との両方によって、ホイール圧Pwが調節される。上部調圧と下部調圧との使い分けによって、制動制御装置SCでは、静寂且つ高精度な調圧制御が達成される。
【0072】
<ボトミング処理>
図5のフロー図を参照して、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング処理について説明する。「ボトミング」とは、第1、第2マスタピストンNP、NSが前進方向Haにおける可動限界の位置に達する状態であり、「マスタボトミング」とも称呼される。第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミングは、制動制御装置SCの外部に制動液が漏れる状況で発生する。また、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミングは、ブレーキフェード現象(単に、「フェード」ともいう)に起因して発生する場合もある。フェードでは、摩擦部材MS(例えば、ブレーキパッド)の素材であるゴム、樹脂等が、それらの耐熱温度を越え、熱分解され、ガス化される。そして、ガスが、摩擦部材MSと回転部材KT(例えば、ブレーキディスク)との間に入り込み、ガス膜が形成される。このガス膜が、潤滑剤のように作用し、摩擦係数が低下する。更に、フェードが生じると、摩擦部材の素材(特に、母材であり、例えば、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂)が分解されて、脆くなる。このときに、摩擦係数の低下に加え、急激な摩耗(例えば、1回の制動作動において、数mm程度の摩耗であり、「フェード摩耗」という)が生じ得る。
【0073】
マスタボトミングが発生すると、マスタ圧Pmの増加が困難となる。詳細には、第1マスタピストンNPがボトミングする場合には、前輪マスタ圧Pmfが増加されなくなり、第2マスタピストンNSがボトミングすると後輪マスタ圧Pmrが増加されなくなる。以下、「ボトミング処理」として、マスタボトミング発生の識別、及び、該ボトミングが識別された場合の処置(「補償制御」という)について説明する。例えば、ボトミング処理は、第1コントローラECAのマイクロプロセッサにプログラムされている。なお、以下の説明でも、第1流体ユニットHAにおいて、「ru=rm」の構成が想定されている。
【0074】
ステップS210にて、サーボ圧Pu、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)等が読み込まれる。サーボ圧Puは、サーボ圧センサPUの検出値であり、第1コントローラECAに直接入力される。前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrは、前輪、後輪マスタ圧センサPMf、PMrの検出値であり、第2コントローラECBに直接入力される。そして、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrは、通信バスBSを通して、第2コントローラECBから第1コントローラECAに送信される。
【0075】
ステップS220にて、サーボ圧Pu、及び、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrに基づいて、「第1、第2マスタピストンNP、NSについて、ボトミング状態が発生しているか、否か(「ボトミング判定」という)」が、夫々判定される。具体的には、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmfとが比較され、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmfとの差hPf(前輪圧力差)が所定圧pxを超過する場合に、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される。同様に、サーボ圧Puと後輪マスタ圧Pmrとが比較され、サーボ圧Puと後輪マスタ圧Pmrとの差hPr(後輪圧力差)が所定圧pxを超える場合に、第2マスタピストンNSのボトミング状態が判定される。ここで、所定圧pxは、ボトミング判定用のしきい値であり、予め設定された所定値(定数)である。また、圧力差hPf、hPrは、「調圧弁UBのよる液圧差mQ」、及び、「インレット弁UIによる液圧差wO」と区別するため、「判定液圧差」、又は、「判定差圧」とも称呼される。
【0076】
前輪制動系統BKfにてボトミングが発生する場合には、第1マスタピストンNPの前進方向Haの移動が、第2マスタピストンNSによって制限され、限界位置に達する。第1マスタピストンNPと第2マスタピストンNSとが一体となって移動されるようになるため、「Pu=Pmf」の関係が成立しなくなる。従って、前輪圧力差hPf(=Pu-Pmf)が所定圧pxよりも大きくなる場合に、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される。なお、前輪制動系統BKfでボトミングが発生していても、後輪制動系統BKrにてボトミングが発生していない場合には、後輪マスタ圧Pmrは、サーボ圧Puによって調節可能である。
【0077】
後輪制動系統BKrにてボトミングが発生する場合には、マスタシリンダCMの底面によって、第2マスタピストンNSの前進方向Haの動きが制限されるので、「Pu=Pmr」が不成立となる。同様に、後輪圧力差hPr(=Pu-Pmr)が所定圧pxよりも大きくなる場合に、第2マスタピストンNSのボトミング状態が判定される。後輪制動系統BKrでボトミングが発生しているが、前輪制動系統BKfにてボトミングが発生していない場合には、前輪マスタ圧Pmfは、サーボ圧Puによって調節され得る。
【0078】
第1、第2マスタピストンNP、NSのうちの少なくとも1つがボトミング状態であり、ステップS220が肯定される場合には、処理はステップS230に進められる。一方、第1、第2マスタピストンNP、NSの何れにおいてもボトミングが発生していない場合には、ステップS220は否定され、処理はステップS210に戻される。
【0079】
ステップS230にて、補償制御が実行される。「補償制御」では、ボトミング状態が発生した場合に、その影響が低減(補償)されるよう、前輪、後輪目標差圧Qtf、Qtr(=Qt)の演算方法が変更される。調圧弁UBによって、マスタ圧Pmは増加され、調整圧Pq(最終的には、ホイール圧Pw)としてホイールシリンダCWに供給されるが、目標差圧Qtは、マスタ圧Pmを増加する度合い(即ち、マスタ圧Pmと調整圧Pqとの差)を表す目標値であって、「第1目標差圧」とも称呼される。
【0080】
先ず、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される場合について説明する。サービスブレーキでは、ステップS140、又は、ステップS160にて、前輪目標差圧Qtfは、要求圧Psから前輪目標圧Ptfを減じることで演算された(即ち、「Qtf=Ps-Ptf」)。前輪制動系統BKfにボトミングが発生している場合には、前輪目標圧Ptf(目標値)に代えて前輪マスタ圧Pmf(前輪マスタ圧センサPMfの検出値であり、実際値)が用いられる。即ち、前輪目標差圧Qtfは、要求圧Psから前輪マスタ圧Pmfが減算されて決定される(即ち、「Qtf=Ps-Pmf」)。前輪摩擦部材MSfの急速摩耗(フェード摩耗)等によって、前輪マスタ圧Pmfは次第に低下していくが、前輪マスタ圧Pmfの減少を補うように、前輪目標差圧Qtfが増加される。これにより、車両JVの減速度の低下が抑制される。なお、後輪制動系統BKrではボトミングが発生していないので、後輪目標差圧Qtrは、要求圧Psから後輪目標圧Ptrを減じることで演算される(即ち、「Qtr=Ps-Ptr」)。
【0081】
次に、第2マスタピストンNSのボトミング状態が判定される場合について説明する。上記同様に、後輪目標差圧Qtrは、要求圧Psから後輪目標圧Ptr(目標値)を減じることで演算されるが、後輪制動系統BKrにボトミングが発生している場合には、後輪目標差圧Qtrは、要求圧Psから後輪マスタ圧Pmr(検出された実際値)が減算されて決定される(即ち、「Qtr=Ps-Pmr」)。これにより、後輪マスタ圧Pmrの減少を補償するよう、後輪目標差圧Qtrが増加され、車両減速度の低下が抑制される。なお、前輪制動系統BKfではボトミングが発生していないため、前輪目標差圧Qtfは、要求圧Psから前輪目標圧Ptfを減じることで演算される(即ち、「Qtf=Ps-Ptf」)。
【0082】
以上で説明したように、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定されると、前輪目標差圧Qtfの演算方法が変更され、前輪目標差圧Qtfが大きくなるように変更される。これにより、第2調圧ユニットYBによって、前輪マスタ圧Pmfの低下が補われる。逆に、第2マスタピストンNSのボトミング状態が判定されると、後輪目標差圧Qtrの演算方法が変更され、後輪目標差圧Qtrが大きくなるように変更される。これにより、第2調圧ユニットYBによって、後輪マスタ圧Pmrの低下が補われる。
【0083】
つまり、第2調圧ユニットYBでは、第1、第2マスタピストンNP、NSの何れかに1つで、ボトミングの発生が判定される場合には、その発生が判定されない場合に比べて、前輪、後輪目標差圧Qtf、Qtr(=Qt)のうちでボトミングが発生している方に対応する目標差圧が大きくなるように調整される。これにより、前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrを増加する程度(即ち、前輪、後輪実差圧)mQf、mQr(マスタ圧Pmと調整圧Pqとの実際の差)が大きくされるので、ボトミングに起因した前輪、後輪マスタ圧Pmf、Pmrの減少分が補償される。更に、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態の判定は簡潔な演算であるため、短時間で行われる。従って、第2調圧ユニットYBによるマスタ圧Pmの低下補償は迅速に行われる。
【0084】
制動時の垂直力(車輪荷重)の変化を考慮して、車両JVでは、前輪WHfの制動負荷が、後輪WHrの制動負荷よりも高く設定される。このため、上記のフェード摩耗は、後輪WHrの摩擦部材MSrに比較して、前輪WHfの摩擦部材MSfにて発生する蓋然性が高い。前輪マスタ圧Pmfと後輪マスタ圧Pmrとは、通常時(即ち、ボトミングの非発生時)には実質的には等しいので、後輪マスタ圧センサPMrが省略されてもよい。該構成では、サーボ圧Puと後輪マスタ圧Pmrとの比較に基づく、第2マスタピストンNSのボトミング状態は判定できない。しかしながら、後輪マスタ圧センサPMrの省略は、上記理由により、第1マスタピストンNPのボトミング状態の判定の方が、重要度がより高いことに基づく。
【0085】
後輪マスタ圧センサPMrが省略される構成では、ステップS230にて、更に、第1マスタピストンNPのボトミング判定の結果に基づいて、補償制御として、制動力配分制御(所謂、EBD制御)における後輪インレット弁UIrの制御方法が変更される。
【0086】
先ず、制動力配分制御の実行について説明する。制動制御装置SCでは、車輪速度Vw(車輪速度センサVWの検出結果)に基づいて、公知の制動力配分制御が、以下の演算ステップで実行される。
(1)車輪速度Vwに基づいて、車体速度Vxが演算される。
(2)車体速度Vx、及び、前輪、後輪車輪速度Vwf、Vwrに基づいて、前輪、後輪スリップSlf、Slrが演算される。前輪、後輪スリップSlf、Slrは、前輪、後輪WHf、WHrの減速スリップの程度を表す状態量である。
(3)前輪スリップSlf、及び、後輪スリップSlrに基づいて、後輪目標ホイール圧Pvrが演算される。後輪目標ホイール圧Pvrは、制動力配分制御における、実際の後輪ホイール圧Pwrに対応する目標値である。後輪目標ホイール圧Pvrは、後輪スリップSlrが、前輪スリップSlfに対して所定の範囲内に収まるように決定される。
(4)後輪目標ホイール圧Pvrに基づいて、後輪目標差圧Otrが演算される。後輪インレット弁UIrによって、後輪調整圧Pqr(後輪調圧弁UBrと後輪インレット弁UIrとの間の液圧)は減少され、後輪ホイールシリンダCWrに供給される。後輪目標差圧Otrは、後輪調整圧Pqrを減少する度合い(即ち、後輪調整圧Pqrと後輪ホイール圧Pwrとの差)を表す目標値であって、上記「第1目標差圧(調圧弁UBによる差圧の目標値)」と区別するために、「第2目標差圧(インレット弁UIrによる差圧の目標値)」とも称呼される。
(5)後輪目標差圧Otrに応じて、後輪インレット弁UIrが制御される。つまり、後輪インレット弁UIrによって発生される実際の差圧wOr(後輪ホイール圧Pwrと後輪調整圧Pqrとの液圧差)が、後輪目標差圧Otrに近付き、一致するように、後輪インレット弁UIrへの供給電流が制御される。
【0087】
第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定されない場合には、上記の演算ステップ(4)において、第2目標差圧Otrは、前輪マスタ圧Pmf(前輪マスタ圧センサPMfの検出値)に基づいて演算される。具体的には、第2目標差圧Otrは、後輪目標ホイール圧Pvrから前輪マスタ圧Pmfを減じた値に演算される(即ち、「Otr=Pvr-Pmf」)。これは、第1マスタピストンNPがボトミングしていない状態では、「Pmf=Pmr」であることに基づく。
【0088】
第1マスタピストンNPがボトミングすると、「Pmf=Pmr」の関係が成立しなくなる。従って、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される場合には、第2目標差圧Otrの演算において、前輪マスタ圧Pmfが、前輪目標圧Ptfに切り替えられる(即ち、「Otr=Pvr-Ptf」)。第1マスタピストンNPのボトミング状態によって、前輪マスタ圧Pmfは次第に減少されるが、第2目標差圧Otrの演算において、前輪マスタ圧Pmfが前輪目標圧Ptfに代替されるので、後輪ホイール圧Pwrが不必要に増加されることはない。
【0089】
<ボトミング判定の動作>
図6の時系列線図(時間Tに対する状態量の遷移を表す線図)を参照して、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態を識別するためのボトミング判定について説明する。ボトミング状態は、第1、第2マスタピストンNP、NSの前進方向Haの移動が限界位置に到達する状態である。ボトミング状態では、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrの体積は最小であり、これ以上は、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrから、制動液BFを圧送することができない。
【0090】
例では、以下の事項が想定されている。
- 時点t0にて制動操作部材BPの操作が開始され、時点t6にて、制動操作部材BPが一定に保持される。
- 時点t3にて、ボトミング状態が発生する。ここで、ボトミング状態は、第2マスタピストンNSでは発生せず、第1マスタピストンNPのみで発生する。従って、以下の説明、及び、
図6では、特段の指定がない場合には、「PM」は「PMf」に、「Pt」は「Ptf」に、「Pm」は「Pmf」に、「hP」は「hPf」に、夫々対応している。なお、第1マスタピストンNPはボトミングせず、第2マスタピストンNSがボトミングする場合(上記とは逆の場合)には、以下の説明、及び、
図6において、「NP」を「NS」に、「PM」は「PMr」に、「Pt」を「Ptr」に、「Pm」を「Pmr」に、「hP」を「hPr」に、夫々読み替えることができる。
- マスタ圧センサPMからの信号(マスタ圧)Pmは、第2コントローラECBに入力され、通信バスBSを介して、第1コントローラECAに送信される。そして、第1コントローラECAによって、ボトミング判定が実行される。このため、マスタ圧Pmは、サーボ圧Puに対して通信に係る遅れ時間(時点t1~t2)を含んでいる。
- 第1流体ユニットHAの構成において、サーボ面積ruとマスタ面積rmとが等しく設定されている。
【0091】
時点t0にて、制動操作部材BPの操作が開始され、制動操作量Baが増加され始める。制動操作量Baの増加に応じて、要求圧Psが増加される。しかしながら、制動初期には、要求圧Psは領域判定圧ps未満であり、低液圧領域(ステップS130を参照)内にあるため、目標圧Ptは「0」のままにされる。結果、サーボ圧Pu、及び、マスタ圧Pmは「0」である。ここで、サーボ圧Puは、目標圧Ptに一致するように制御されるため、目標圧Ptの線図とサーボ圧Puの線図とは重なって、図示されている。
【0092】
時点t1にて、要求圧Psが領域判定圧ps以上となり、低液圧領域から脱する。これに伴い、目標圧Pt、サーボ圧Puが「0」から増加される。マスタ圧Pm(破線で図示)は、第2コントローラECBから受信されるため、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの間には、通信の時間遅れが存在する。従って、マスタ圧Pmは、サーボ圧Puの増加開始時点t1から僅かに遅れて、時点t2にて増加が開始される。第1、第2マスタピストンNP、NSは共にボトミングしていない。このため、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの差hP(即ち、サーボ圧Puからマスタ圧Pmを減じた値)は、通信遅れに起因するものであって、その大きさは小さい。つまり、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとは、略一致している。
【0093】
時点t3にて、第1マスタピストンNPに係るボトミングが発生する。第1マスタピストンNPの前進方向Haの移動が拘束されるので、「Pu≒Pm」の関係が成立しなくなる。ボトミングの発生時点t3以降、マスタ圧Pmは発生され難くなり、順次減少される。このため、圧力差hP(=Pu-Pm)が順次増加される。時点t4にて、圧力差hP(判定差圧)が、初めて所定圧px以上になる。しかしながら、時点t4にて、直ちには、第1マスタピストンNPのボトミング状態は判定されない。ノイズ等の影響が排除されるよう、「hP≧px」の状態が、所定時間txに亘って継続された時点t5にて、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される。詳細には、「hP≧px」が初めて満足される時点(対応する演算周期)から、その状態の継続時間Txが演算される。そして、「Tx≧tx」が満足される時点で、ボトミング状態が判定される。ここで、所定時間txは、継続時間Txに対応するしきい値であり、予め設定された所定値(定数)である。例えば、所定時間txは、演算周期の数回分として設定され得る。
【0094】
ボトミング判定時点t5にて、ボトミング状態を表示する判定フラグFLが、「0」から「1」に切り替えられる。ここで、判定フラグFLは、「0」でボトミング状態が生じていないことを、「1」でボトミング状態が発生したことを、夫々表す。判定フラグFLは、通信バスBSを介して、第1コントローラECAから第2コントローラECBに送信される。
【0095】
制動制御装置SCでは、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmf(又は、後輪マスタ圧Pmr)との比較によって、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)のボトミング状態が判定される。つまり、ボトミング状態が、制御目標と制御結果との比較によって判定されるものではない。このため、ボトミング判定には、調圧制御の誤差、制御遅れの影響が及ばない。ボトミング判定は、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)がボトミングしていない状態では、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmf(又は、後輪マスタ圧Pmr)とは一致するが、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)がボトミングすると、これらが一致しなくなることに基づく。このため、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)のボトミング状態が、簡単な演算処理で、迅速且つ確実に判定され得る。
【0096】
判定差圧hPの演算には、マスタ圧Pmが必要になるが、マスタ圧Pmは、汎用の第2調圧ユニットYBから、通信バスBSを介して取得される。マスタ圧センサPMを含む第2調圧ユニットYBは、車両安定性制御等を実行するために、既に、制動制御装置SCに備えられている。このため、ボトミング判定を行うために、新たにマスタ圧センサPMが、制動制御装置SCに設けられる必要がない。この観点においても、簡単な構成で、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)のボトミング状態が判定される。
【0097】
上記説明では、「ru=rm」の構成が前提とされた。サーボ面積ruとマスタ面積rmとが異なる構成では、マスタ圧Pmが、サーボ室Ruの受圧面積ruとマスタ室Rmの受圧面積rmとの比率に基づいて、サーボ圧Puに対応するように変換された上で、サーボ圧Puと比較される。具体的には、マスタ圧Pmが「Pm・rm/ru」に変換され、サーボ圧Puと「Pm・rm/ru」との差hP(判定用の液圧差)が演算される。そして、判定液圧差hPが、所定圧px(予め設定された定数)以上の場合に、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)のボトミング状態が判定される。
【0098】
また、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)に作用する推力の次元で、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとが比較されてもよい。具体的には、サーボ圧Puに係る推力(サーボ推力)Fuが「Pu・ru」で演算され、マスタ圧Pmに係る推力(マスタ推力)Fmが「Pm・rm」で演算される。そして、サーボ推力Fuとマスタ推力Fmとの差hF(=Fu-Fm)が演算される。推力差hFが、所定力fx以上の場合に、ボトミング状態が判定される。ここで、所定力fxは、所定圧pxと同様に、ボトミング判定用のしきい値であって、予め設定された所定値(定数)である。何れにしても、第1マスタピストンNP(又は、第2マスタピストンNS)のボトミング状態は、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの比較に基づいて判定される。
【0099】
<補償制御の動作>
図7の時系列線図を参照して、ボトミング判定結果に基づく補償制御の動作について説明する。「補償制御」は、ボトミング状態が判定される場合に、ボトミングの影響(車両減速度の低下等)を補償するためのものである。例では、以下の事項が想定されている。
【0100】
- 時点u0にて制動操作部材BPの操作が開始される、時点u0~時点u1までは、低液圧領域(「Ps<ps」の領域)であり、ホイール圧Pwは、第2調圧ユニットYBのみによって加圧される。時点u1以降は、低液圧領域を外れるため、ホイール圧Pwは、第1、第2調圧ユニットYA、YBの両方で加圧される。
- 時点u2にて、後輪ホイール圧Pwrが制動力配分制御によって制限される。時点u3にて、第1マスタピストンNPのボトミング状態が発生し、その直後の時点u4にて、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される。時点u6にて、制動操作部材BPが一定に保持される。
- 第1流体ユニットHAにおいて、サーボ面積ruとマスタ面積rmとが等しく設定されている。
- 第2調圧ユニットYBには、後輪マスタ圧センサPMrが採用されず、前輪マスタ圧センサPMfのみが設けられている。従って、第2マスタピストンNSについてのボトミング判定は省略されている。
- 前輪マスタ圧センサPMfからの信号(前輪マスタ圧)Pmfは、第2コントローラECBに入力され、通信バスBSを介して、第1コントローラECAに送信される。そして、第1コントローラECAによって、第1マスタピストンNPのボトミング判定が実行される。なお、前輪マスタ圧Pmfは、サーボ圧Puに対して通信の遅れ時間を有するが、
図7の表示では省略されている。
【0101】
時点u0にて、制動操作部材BPの操作が開始され、制動操作量Baが増加され始める。制動操作量Baの増加に応じて、要求圧Psが増加される。制動初期は低液圧領域であるため、前輪目標圧Ptfは「0」のままであり、前輪目標差圧Qtfのみが増加される。前輪目標差圧Qtf(目標値)の増加に応じて、前輪実差圧mQf(実際値)が増加される。前輪実差圧mQfは、前輪目標差圧Qtfに近付き、一致するように制御されるので、前輪目標差圧Qtfの線図と前輪実差圧mQfの線図とは重なっている。
【0102】
時点u1にて、前輪目標差圧Qtf(結果、前輪実差圧mQf)が、領域判定圧ps(予め設定された所定の定数)に到達する。時点u1からは、前輪目標差圧Qtfに加えて、前輪目標圧Ptfも増加される。前輪目標圧Ptf(目標値)の増加に応じて、サーボ圧Pu(実際値)が増加される。サーボ圧Puは、前輪目標圧Ptfに近付き、一致するように制御されるので、前輪目標圧Ptfの線図とサーボ圧Puの線図とは重なっている。
【0103】
時点u2にて、後輪WHrのスリップSlr(例えば、車体速度Vxと車輪速度Vwrとの速度差)が増大し、制動力配分制御(EBD制御)の実行が開始される。時点u2以降は、要求圧Psは増加されるが、後輪スリップSlrの増加を抑制するよう、後輪インレット弁UIrによって、後輪実差圧wOr(後輪調整圧Pqrと後輪ホイール圧Pwrとの差)の増加が制限される。具体的には、後輪スリップSlrに基づいて演算される後輪目標ホイール圧Pvr、及び、前輪マスタ圧Pmfに基づいて第2目標差圧Otrが演算される。そして、第2目標差圧Otrに応じて、後輪インレット弁UIrへの通電量(電流値)が制御される。なお、制動力配分制御の実行が開始されると、その実行を表す制御フラグ(実行フラグ)FEが、「0(非実行)」から「1(実行中)」に切り替えられる。
【0104】
時点u3にて、第1マスタピストンNPのボトミングが発生し、前輪マスタ圧Pmfが減少し始める。その直後の時点u4にて、前輪液圧差hPf(=Pu-Pmf)(判定差圧)が所定圧px(予め設定された定数)に達し、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される。ボトミング判定(ステップS220の処理)の肯定時点u4にて、ボトミング状態を表す判定フラグ(制御フラグ)FLが、「0(非発生状態)」から「1(発生状態)」に切り替えられる。
【0105】
同時に、時点u4にて、補償制御(ボトミングの影響を低減する制御)の実行が開始される。具体的には、調圧弁UBfの駆動制御において、時点u4までは、第1前輪目標差圧Qtfが「Qtf=Ps-Ptf」に応じて演算されているが、時点u4以降は、前輪目標差圧Qtfが「Qtf=Ps-Pmf」に応じて演算される。ここで、第1前輪目標差圧Qtfは、前輪調圧弁UBfによって発生される実差圧mQf(実際値)に対応する目標値である。
【0106】
時点u3以降、第1マスタピストンNPのボトミングによって、前輪マスタ圧Pmfが発生され難くなり、前輪ホイール圧Pwfが不十分となる。しかしながら、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される時点u4以降は、前輪目標差圧Qtfの演算に、前輪マスタ圧Pmfが採用され、その減少が反映される。結果、第1調圧ユニットYAによる前輪マスタ圧Pmfは減少されるが、この減少が補償されるように、前輪目標差圧Qtfが増加される。これにより、第2調圧ユニットYBによる前輪実差圧mQfが増加されて、前輪ホイール圧Pwfの減少分が補われる。
【0107】
更に、時点u4にて、補償制御として、制動力配分制御における後輪インレット弁UIrの制御方法が変更される。後輪インレット弁UIrの駆動制御において、時点u4までは、第2目標差圧Otrが「Otr=Pvr-Pmf」に応じて演算されているが、時点u4以降は、第2目標差圧Otrが「Otr=Pvr-Ptf」に応じて演算される。ここで、第2目標差圧Otrは、後輪インレット弁UIrによって発生される実差圧mOr(実際値)に対応する目標値である。また、後輪目標ホイール圧Pvrは、制動力配分制御における後輪ホイール圧Pwr(実際値)に対応する目標値である。
【0108】
第1マスタピストンNPがボトミングしていない状態では、前輪マスタ圧センサPMfによって検出される前輪マスタ圧Pmfが、後輪マスタ圧Pmrに等しい。このことに基づいて、後輪マスタ圧センサPMrが省略され、前輪マスタ圧Pmfが制動力配分制御に係る後輪インレット弁UIrの駆動制御に利用される。一方、第1マスタピストンNPのボトミングが発生すると、前輪マスタ圧Pmfは、後輪マスタ圧Pmrに一致しなくなる。このため、前輪マスタ圧Pmfに代えて、前輪目標圧Ptfが、後輪インレット弁UIrの駆動制御に採用される。第1マスタピストンNPがボトミングした以降も、前輪マスタ圧Pmfが採用され続けると、後輪ホイール圧Pwrは不必要に増加されるが、ボトミング判定の結果に基づいて、後輪目標差圧Otrの演算方法が変更される。これにより、後輪ホイール圧Pwrの増大が抑制される。
【0109】
以下、ボトミング判定、及び、該判定に基づく補償制御についてまとめる。第1マスタピストンNPのボトミング状態が、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmfとの比較に基づいて、簡単な演算処理で判定されるので、その判定が、迅速且つ確実に行われる。加えて、ボトミング判定の結果に基づいて、前輪目標差圧Qtfの演算方法が変更され、第2調圧ユニットYBによって、第1調圧ユニットYAでの前輪マスタ圧Pmfの低下が補われる。具体的には、第2調圧ユニットYBでは、第1マスタピストンNPのボトミングの発生が判定される場合には、第1マスタピストンNPのボトミングの発生が判定されない場合に比べて、前輪目標差圧Qtfが大きくされる。これにより、前輪マスタ圧Pmfを増加する程度(実差圧)mQf(即ち、前輪マスタ圧Pmfと前輪調整圧Pqfとの実際の差)が大きく調整される。第1マスタピストンNPのボトミングは迅速に判定されるので、第2調圧ユニットYBによる前輪ホイール圧Pwfの増加が直ちに行われる。
【0110】
更に、第1マスタピストンNPのボトミング判定結果に基づいて、制動力配分制御における後輪インレット弁UIrの制御方法が変更される。これにより、後輪インレット弁UIrによる差圧Otr(目標値)、mOr(実際値)が適正に制御される。即ち、後輪ホイール圧Pwrの不要な増加が抑制されるので、車両安定性が確保される。同様に、第1マスタピストンNPのボトミングは、その発生から短時間で判定されるので、車両挙動が乱れは極力回避され得る。
【0111】
以上では、第1マスタピストンNPがボトミングする状況について説明した。後輪マスタ圧センサPMrが採用される構成では、サーボ圧Puと後輪マスタ圧Pmrとの比較(例えば、後輪判定差圧hPr)に基づいて、第2マスタピストンNSのボトミング状態が判定される。更に、第2マスタピストンNSのボトミング判定の結果に基づいて、後輪目標差圧Qtrの演算方法が変更され、第2調圧ユニットYBによって、第1調圧ユニットYAでの後輪マスタ圧Pmrの低下が補われる。具体的には、第2調圧ユニットYBでは、第2マスタピストンNSのボトミングの発生が判定される場合には、第2マスタピストンNSのボトミングの発生が判定されない場合に比較して、後輪目標差圧Qtrが大きくされる。これにより、後輪マスタ圧Pmrを増加する度合い(実差圧)mQr(即ち、後輪マスタ圧PmrとPqrとの実際の差)が大きく調整される。上記同様に、第2マスタピストンNSのボトミングは迅速に判定されるので、第2調圧ユニットYBによる後輪ホイール圧Pwrの増加が素早く行われる。
【0112】
<第1調圧ユニットYAの第2構成例>
図8の概略図を参照して、第1調圧ユニット(上部調圧ユニット)YAの第2の構成例について説明する。第1の構成例では、2つのマスタ室Rmf、Rmrを有する、タンデム型のマスタシリンダCMが採用された。また、第1調圧ユニットYAの第1流体ユニットHAでは、アキュムレータ型のものが採用された。具体的には、第1流体ユニットHAでは、アキュムレータACからのアキュムレータ圧Pcが元圧とされ、増圧弁UZ、及び、減圧弁UZによって、パイロット圧Ppが調整され、最終的には、サーボ圧Puが調節された。このアキュムレータ型の構成に代えて、第1調圧ユニットYA(特に、第1流体ユニットHA)の第2の構成例では、シングル型のマスタシリンダCMが採用されるとともに、サーボ圧Puが、第3流体ポンプQCが吐出する制動液がサーボ弁UCによって絞られることで調節される。以下、相違点を主に説明する。
【0113】
第1流体ユニットHAの第2の構成例では、後輪マスタ室Rmrが省略されるため、後輪マスタ圧センサPMrは採用されず、前輪マスタ室Rmfの前輪マスタ圧Pmfを検出する前輪マスタ圧センサPMfのみが採用される。サーボ圧Puは、第2流体ユニットHBと同様に、第3電気モータMCによって駆動される第3流体ポンプQCが吐出する制動液BFが、サーボ弁UCによって絞られることで調節される。具体的には、流体ポンプQCにおいて、吸引部と吐出部とが、還流路HKと同様の還流路HL(流体路)によって接続される。還流路HLには、常開型のリニア弁であるサーボ弁UC(調圧弁UBと同様の電磁弁)が設けられる。電気モータMCによって流体ポンプQCが駆動されると、還流路HLに制動液の循環流KNが発生される。サーボ弁UCによって、この循環流KNが絞られる際のオリフィス効果によって、サーボ圧Puが調整される。還流路HLは、流体ポンプQCの吐出部とサーボ弁UCとの間で、サーボ路HUを介して、サーボ室Ruに接続される。これにより、サーボ圧Puがサーボ室Ruに供給される。また、還流路HLは、流体ポンプQCの吐出部とサーボ弁UCとの間で、後輪接続路HSrを介して、後輪ホイールシリンダCWrに接続される。このため、サーボ圧Puが、直接、後輪ホイールシリンダCWrに供給される。
【0114】
第2の構成例でも、サーボ圧Puと前輪マスタ圧Pmfとの関係に基づいて、第1マスタピストンNPのボトミング状態が、迅速に、且つ、確実に判定される。更に、第1マスタピストンNPのボトミング状態が判定される場合には、第2調圧ユニットYBによる前輪マスタ圧Pmfの増加度合い(差圧Qtf、mQf)が増加されるので、ボトミングに起因する前輪マスタ圧Pmfの低下が補償され得る。つまり、上述した第1の構成例と同様の効果を奏する。
【0115】
<他の実施形態>
以下、制動制御装置SCの他の実施形態について説明する。他の実施形態でも、上記同様の効果(第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態の迅速且つ確実な判定、及び、該判定に基づく補償制御によるボトミング影響の抑制)を奏する。
【0116】
上記の実施形態では、サービスブレーキにおいて、「Ps<ps」の場合には、第2調圧ユニットYBのみで加圧が行われ、「Ps≧ps」の場合には、第1、第2調圧ユニットYA、YBの両方で加圧が行われた。これに代えて、サービスブレーキでの加圧は、常に、第1調圧ユニットYAのみによって行われ得る。この構成でも、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態は、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの比較によって判定される。そして、第1、第2マスタピストンNP、NSのボトミング状態が判定される場合には、それが判定されない場合に比較して、第2調圧ユニットYBによるマスタ圧Pmの増加度合い(即ち、差圧Qt、mQ)が増加される。つまり、ボトミング状態が判定されないと、目標差圧Qt(結果、実差圧mQ)は「0」であるが、ボトミング状態が判定されると、マスタ圧Pmの低下が補償されるよう、目標差圧Qt(結果、実差圧mQ)が「0」から増加される。
【0117】
上記の実施形態では、第1コントローラECAにて、マスタ圧Pmが、通信バスBSを介して取得された。これに代えて、マスタ圧センサPMが第1コントローラECAに接続され、マスタ圧Pmが、第1コントローラECAによって直接取得されてもよい。しかしながら、第2調圧ユニットYBは汎用ユニットとして、既に、マスタ圧センサPMを備えているので、通信バスBSを介して、第2コントローラからマスタ圧Pmを取得する方が、制動制御装置SCの全体構成としては簡素化される。
【0118】
上記の実施形態では、2系統の制動流体路として、前後型の構成が採用された。これに代えて、ダイアゴナル型(「X型」ともいう)の制動系統が採用され得る。該構成では、マスタシリンダCM内に形成された2つのマスタ室のうちで、一方側が右前輪ホイールシリンダ、左後輪ホイールシリンダに接続され、他方側が左前輪ホイールシリンダ、右後輪ホイールシリンダに接続される。前後型の構成においても、2つのマスタ室の液圧Pmとサーボ圧Puとの比較に基づいて、マスタピストンのボトミング状態が判定される。
【0119】
上記の実施形態では、ディスクブレーキ型の制動装置SXが採用された。これに代えて、ドラムブレーキ型の制動装置SXが採用される。ドラムブレーキ型の制動装置SXでは、回転部材KTはブレーキドラムであり、摩擦部材MSはブレーキシューに設けられたブレーキライニングである。
【0120】
<制動制御装置SCの実施形態のまとめ>
以下に、制動制御装置SCの実施形態についてまとめる。
制動制御装置SCには、「マスタピストンNP、NSによって区画されるマスタ室Rmを有するマスタシリンダCM」と、「マスタピストンNP、NSに対して、マスタ室Rmとは反対側に位置するサーボ室Ruを有し、サーボ室Ruにサーボ圧Puを供給して、マスタ室Rmにマスタ圧Pmを発生させる第1調圧ユニットYA」と、が備えられる。第1調圧ユニットYAでは、マスタ圧Pm、及び、サーボ圧Puが取得される。そして、マスタ圧Pmとサーボ圧Puとの比較に基づいて、マスタピストンNP、NSのボトミングが判定される。例えば、第1調圧ユニットYAでは、サーボ室Ruの受圧面積ru、及び、マスタ室Rmの受圧面積rmに基づいて、マスタ圧Pmとサーボ圧Puとの比較が実行される。また、「ru=rm」に設定される構成では、第1調圧ユニットYAによって、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの差hP(=Pu-Pm)が所定圧px以上の場合にボトミングの発生が判定される。
【0121】
制動制御装置SCでは、マスタボトミングの非発生時には、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとが所定の関係にある(例えば、「ru=rm」に設定されていると、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとが一致する)。しかし、マスタボトミング発生時には、この関係が成立しなくなる。このことに基づいて、サーボ圧Puとマスタ圧Pmとの比較に基づいて、マスタピストンのボトミング状態が判定される。つまり、ボトミング判定が、制御目標と制御結果との比較によって判定されない。即ち、制動制御装置SCでは、調圧制御の誤差、及び、調圧制御の時間遅れの影響を回避するために要する時間が必要とされない。このため、制動制御装置SCでは、簡単な演算処理で、確実なボトミング判定を短時間で行うことができる。
【0122】
制動制御装置SCには、マスタシリンダCMとホイールシリンダCWとの間に、マスタ圧Pmを増加してホイールシリンダCWに供給することが可能な第2調圧ユニットYBが備えられる。そして、第2調圧ユニットYBでは、ボトミングの発生が判定される場合には、ボトミングの発生が判定されない場合に比較して、マスタ圧Pmの増加度合い差圧Qt(目標値)、mQ(実際値)が大きくされる。
【0123】
詳細には、マスタボトミングの非発生時には、調圧弁UBは、「Qt=Ps-Pt」に基づいて制御される。しかし、マスタボトミングが発生すると、調圧弁UBは、「Qt=Ps-Pm」に基づいて演算される。マスタボトミング発生時には、マスタ圧Pmは次第に減少し、最悪の場合には「0」になる。しかしながら、ボトミング状態が判定されると演算方法が変更されるので、マスタ圧Pmの減少に応じて、目標差圧Qtが増加される。これにより、調圧弁UBによるマスタ圧Pmの増加の程度(即ち、実差圧mQの大きさ)が増大され、マスタボトミングの影響(車両減速度の低下等)が補償され得る。
【符号の説明】
【0124】
JV…車両、SC…制動制御装置、SX…制動装置、CW…ホイールシリンダ、KT…回転部材(ブレーキディスク)、MS…摩擦部材(ブレーキパッド)、YA…第1調圧ユニット、HA…第1流体ユニット、ECA…第1コントローラ、CM…マスタシリンダ、NP、NS…第1、第2マスタピストン、Rm…マスタ室、Pm…マスタ圧(マスタ室Rmの液圧)、PM…マスタ圧センサ、rm…マスタ面積(マスタ室Rmの受圧面積)、Ru…サーボ室、Pu…サーボ圧(サーボ室Ruの液圧)、PU…サーボ圧センサ、ru…サーボ面積(サーボ室Ruの受圧面積)、YB…第2調圧ユニット、HB…第2流体ユニット、ECB…第2コントローラ、BS…通信バス、UB…調圧弁、QB…流体ポンプ、MB…電気モータ、Pw…ホイール圧(ホイールシリンダCWの液圧)、Ps…要求圧(ホイール圧Pwの目標値)、Pt…目標圧(サーボ圧Puの目標値)、mQ…実差圧(マスタ圧Pmと調整圧Pqとの差の実際値)、Qt…目標差圧(実差圧mQの目標値であって、マスタ圧Pmと調整圧Pqとの差の目標値)、hP…圧力差(サーボ圧Puとマスタ圧Pmの差)、FL…ボトミング判定結果(判定フラグ)。