(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】コークス炉排水の処理方法
(51)【国際特許分類】
C02F 3/34 20230101AFI20241112BHJP
C02F 3/12 20230101ALI20241112BHJP
【FI】
C02F3/34 101A
C02F3/12 D
(21)【出願番号】P 2021208704
(22)【出願日】2021-12-22
【審査請求日】2023-07-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】山口 東洋司
(72)【発明者】
【氏名】田部 正大
(72)【発明者】
【氏名】井上 敦晴
(72)【発明者】
【氏名】中村 知道
(72)【発明者】
【氏名】小澤 純仁
(72)【発明者】
【氏名】木島 秀夫
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第111268799(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108793391(CN,A)
【文献】Yuki Takasaki et al.,Behavior of Nitrite Oxidizers in the Nitrification/Denitrification Process for the Treatment of Simulated Coke-Oven Wastewater,Journal of Water and Environment Technology,2007年,Vol.5,No.1,p.29-36
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 3/34
C02F 3/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア性窒素を含むコークス炉排水を無酸素雰囲気である脱窒槽に導入し、前記脱窒槽を経た処理液を好気性雰囲気である硝化槽に導入して前記処理液に含まれるアンモニア性窒素を硝酸性窒素に酸化処理した後、得られた硝化液の一部を抜き出して固液分離して処理水を得ながら沈殿した汚泥を前記脱窒槽に返送する一方、前記硝化液の残りを前記脱窒槽に戻して、前記硝化液に含まれる硝酸性窒素を脱窒して、前記コークス炉排水を前記脱窒槽と前記硝化槽との間を循環させ、前記コークス炉排水に含まれるアンモニア性窒素を処理するコークス炉排水を処理する方法において、
前記脱窒槽に導入されるコークス炉排水のチオ硫酸イオン濃度は100mg/L以下であり、
前記脱窒槽および/または前記硝化槽に、鉄源を投入することにより、前記硝化槽において硝酸発生型の硝化反応を行わせることを特徴とするコークス炉排水の処理方法。
【請求項2】
前記鉄源が、2価鉄であることを特徴とする、請求項1に記載のコークス炉排水の処理方法。
【請求項3】
前記鉄源の投入は、前記硝化槽において
1か月以上の馴養期間をとった後に行う、請求項1または2に記載のコークス炉排水の処理方法。
【請求項4】
前記硝化槽における処理水のpHが7以上8以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載のコークス炉排水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コークス炉での石炭乾留時に発生するコークス炉ガスの精製過程で回収されるコークス炉排水の処理方法に関し、特に、コークス炉排水に含まれるアンモニア性窒素の生物脱窒処理に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コークス炉ガスの精製過程で回収されるコークス炉排水は、フェノールを主成分とする多量の化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand、COD)成分およびアンモニアを含有しており、系外に放流する前に適切な処理が必要となる。
【0003】
コークス炉ガスの精製工程で回収された安水は、日本では主として、アンモニアストリッピング処理を行って安水中のアンモニアを回収し、コークス炉排水として生物処理を行ってCOD成分を分解している。この生物処理は、一般的に曝気等を行って酸素を排水に溶解させ、生物呼吸を利用してCOD成分を除去するものである。このため、生物によるアンモニアから亜硝酸、硝酸への硝化、および無酸素槽を設けることによる脱窒、すなわち窒素成分の除去についても、COD成分の除去とともに期待されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、アンモニアストリッピング処理を行ったのち、脱窒(無酸素)-硝化(好気)の硝化液循環型生物脱窒処理を組み合わせた処理が記載されている。また、特許文献2には、アンモニアストリッピング処理、脱窒(無酸素)処理、硝化(好気)処理において、ストリッピング処理後のアンモニア濃度および反応槽のpHを規定して、高濃度のアンモニア性窒素を含む排水から窒素を効率的に安定して除去する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献3では、同様の処理法で、ストリッピング後のCOD/N比を規定して、CODとアンモニア性窒素を含む廃水から窒素を効率的に安定して除去する方法が記載されている。また、特許文献4には、原水を海水で希釈することにより、窒素処理後の汚泥の沈降性が改善することが記載されている。
【0006】
元来、生物学的窒素処理は、下水処理などでは一般的な方法であり、多くの実施設建設、稼働が行われている。しかしながら、安水の処理においては、安水の強い毒性や、難分解性のCOD成分のため、広く普及するに至っていない。
【0007】
例えば、非特許文献1には、アンモニア酸化細菌Nitrosomonasと亜硝酸酸化細菌Nitrobacterの硝化速度と処理槽pHとの関係について記載されている。そして、槽内アンモニア濃度が高い状態でpHが高くなる(8.3~)と、遊離アンモニアが増加し、硝化菌に対してかなり強い阻害が認められている。また、非特許文献2には、原水中シアン濃度と硝化率との関係を整理し、シアン濃度の上昇とともに硝化率が低下することが報告されている。
【0008】
また、特許文献5には、処理が良好に行われる条件として、アンモニア性窒素と共に、シアン濃度、硝化槽への全窒素負荷が規定されている。非特許文献3には、フェノール、チオ硫酸の分解は速い一方、チオシアンの分解は遅く、負荷や処理条件の変動に敏感で主要な管理項目である旨記載されている。
【0009】
チオ硫酸、チオシアン等の硫黄化合物は、脱窒の際の水素供与体として利用することができる。硫黄化合物の処理と同時に、メタノールなど外部からの水素供与体の添加も削減することができるため、硫黄化合物の水素供与体としての利用に関する研究も実施されている。例えば、特許文献6、7には、チオシアンを脱窒の際の水素供与体として用いる方法が記載されている。また、特許文献8、9には、固定床型バイオリアクターに硫黄酸化細菌を付着させ、亜硝酸、硝酸を脱窒する際の水素供与体として硫黄酸化物を利用することが記載されている。
【0010】
安水の生物学的窒素処理の最大の問題点は、硝化が亜硝酸で停止することにある。亜硝酸が従属栄養細菌に対して毒性が強く、処理に阻害的に働くことは広く知られている(例えば、特許文献7参照)。実際の処理では、酸素供給が過剰になると硝化が生じ、アンモニアが亜硝酸に酸化されるが、安水の毒性で硝酸までは酸化されないため、亜硝酸が蓄積してチオシアンの処理が悪化することが経験的に報告されている。このため、特許文献10に記載されているように、曝気槽における曝気(酸素供給)を調整し、COD分解は生じるがアンモニアの酸化は生じないような酸化還元電位に制御することによって、水質を維持しているのが多くの現状となっている。
【0011】
また、亜硝酸は、CODとしても検出されるため、直接的に水質悪化の原因となっている。非特許文献4によれば、亜硝酸の理論CODは1.14g/gであり、また実際にCODを測定すると、その96.5%がCODとして検出されると報告している。一方、アンモニアはほとんど酸化されないため、CODとして検出されない。安定な形態である硝酸も、当然のことながらCODとして検出されない。
【0012】
安水の硝化反応にてアンモニアの酸化が亜硝酸で停止する理由として、いくつかの理由が挙げられているが、1つにはチオ硫酸による阻害がある。非特許文献5には、人工安水を使用した実験によって、300mg/Lのチオ硫酸が阻害的に働き、チオ硫酸添加時に亜硝酸が蓄積することを確認している。
【0013】
特許文献11では、硫黄化合物を添加することにより積極的に亜硝酸で硝化を停止させようとしており、また非特許文献6においても、亜硝酸で反応を停止させることについて、汚泥負荷を高くできること、アンモニア酸化細菌Nitrosomonasの方が亜硝酸酸化細菌Nitrobacterよりも耐性が高いこと、亜硝酸で停止した場合に酸素消費が少なくエネルギー的に有利であること、脱窒に必要な水素供与体が少ないこと等の利点が述べられている。しかしながら、亜硝酸自体の毒性が高いことから、原水の性状や運転条件に制約が多く、実用化に至っていない。
【0014】
非特許文献7、8には、前段で毒性物質含むCOD成分を粗除去し、後段で硝化、脱窒を行わせるプロセスも提案されている。しかしながら、この方式では槽の多段化が避けられず、建設コストや、設置面積の点から適用が制限される。また前段でCOD成分をほとんど除去してしまうため、後段の脱窒のための水素供与体はほぼ全量を外部からの添加に頼らざるを得ず、運転コストも上昇する。また高窒素除去率を狙って後段を硝化-脱窒の順番とすると、最後の脱窒行程にて残留した水素供与体のCOD成分を除去するため、特許文献12にあるような更なるCOD除去工程の追加が必要となり、これもコストを圧迫する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開平8-141552号公報
【文献】特開2001-212592号公報
【文献】特開2003-53383号公報
【文献】特開平9-290292号公報
【文献】特開平9-290296号公報
【文献】特開平9-290290号公報
【文献】特開2001-79593号公報
【文献】特開平11-299481号公報
【文献】特開2015-136677号公報
【文献】特開昭54-152351号公報
【文献】特開2005-211832号公報
【非特許文献】
【0016】
【文献】生物学的脱窒素法の歴史的考察 遠矢泰典 用水と廃水 Vol.13 No.11 10-22 1971.
【文献】生物学的硝化脱窒法のコークス炉排水への適用 十亀ら 鉄と鋼 Vol.82 No.5 103-108 1996.
【文献】ガス液処理活性汚泥法について 佐藤ら 水処理技術 Vol.19 No.7 65-71 1978.
【文献】し尿処理水等において無機性窒素がCODMn値に及ぼす影響 林伸幸 廃棄物学会誌 Vol.4 No.1 84-89 1993.
【文献】Behavior of nitrite oxidizers in the nitrification/denitrification process for the treatment of simulated coke-oven wastewater Takasaki, Y., et.al. J. Water Environ. Technol. Vol.5 No.1 29-36 2007.
【文献】ガス液の窒素除去に関する研究 佐藤ら 水処理技術 Vol.21 No.3 41-50 1980.
【文献】Biological nitrogen removal from coke plant wastewater with external carbon addition. Lee, M. W. et.al. Water Environ. Res. Vol.70 No.5 1090-1095 1998.
【文献】Control of External Carbon Addition in Biological Nitrogen Removal Process for the Treatment of Coke-Plant Wastewater. Lee, M. W. et.al. Water Environ. Res. Vol.73 No.4 415-425 2001.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述のように、安水の生物学的脱窒素法は、広く普及するに至っていない。その主要な理由は、安水の毒性により、アンモニアの硝化が亜硝酸で停止することにより、直接、間接に処理水質の悪化を招くことによる。
【0018】
本発明は、上記の事情に鑑みて開発されたものであり、コークス炉排水に対して簡便な設備構成で生物学的に脱窒素処理を施すことができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
さて発明者らは、工場から実際に排出される安水を用いて、効率的な生物学的窒素処理を実施できる新規な技術を探索すべく、種々検討を重ねた。具体的には、安水処理設備に隣接する形でベンチプラントを作製し、長期間に渡って安水を連続的に処理し、種々の条件にて安水の処理挙動、特に窒素挙動について調査を行った。その結果、安水中のアンモニアを硝酸まで硝化させることにより、安定して水質を得られる生物学的窒素処理方法に想到した。
【0020】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1]アンモニア性窒素を含むコークス炉排水を無酸素雰囲気である脱窒槽に導入し、前記脱窒槽を経た処理液を好気性雰囲気である硝化槽に導入して前記処理液に含まれるアンモニア性窒素を硝酸性窒素に酸化処理した後、得られた硝化液の一部を抜き出して固液分離して処理水を得ながら沈殿した汚泥を前記脱窒槽に返送する一方、前記硝化液の残りを前記脱窒槽に戻して、前記硝化液に含まれる硝酸性窒素を脱窒して、前記コークス炉排水を前記脱窒槽と前記硝化槽との間を循環させ、前記コークス炉排水に含まれるアンモニア性窒素を処理するコークス炉排水を処理する方法において、
前記脱窒槽および/または前記硝化槽に、鉄源を投入することにより、前記硝化槽において硝酸発生型の硝化反応を行わせることを特徴とするコークス炉排水の処理方法。
【0021】
[2]前記鉄源が、2価鉄であることを特徴とする、前記[1]に記載のコークス炉排水の処理方法。
【0022】
[3]前記鉄源の投入は、前記硝化槽において十分な馴養期間をとった後に行う、前記[1]または[2]に記載のコークス炉排水の処理方法。
【0023】
[4]前記硝化槽における処理水のpHが7以上8以下である、前記[1]~[3]のいずれか一項に記載のコークス炉排水の処理方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、コークス炉排水に対して簡便な設備構成で生物学的に脱窒素処理を施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明によるコークス炉排水の処理方法のフロー図である。
【
図2A】脱窒槽における窒素成分の濃度を示す図である。
【
図2B】硝化槽における窒素成分の濃度を示す図である。
【
図5】窒素負荷と硝化速度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明について具体的に説明する。本発明の具体的な手順を
図1に示す。以下、この手順に基づき説明する。まず、コークス炉ガスの精製工程で回収された安水1は、アンモニアストリッピング工程2にてアンモニアの1次除去が行われる。アンモニアは排ガス3として除去される。この時のストリッピング処理の条件は、処理後の水質を鑑みて適宜決定する。
【0027】
ストリッピング処理後の安水1であるコークス炉排水は、水質に応じて海水や工水4と混合して希釈することができ、希釈することなく後段の処理を行うこともできる。
【0028】
このようにして調製されたコークス炉排水は、後段の生物処理工程に導入される。後段の生物処理工程は、従来の標準的な硝化液循環式の生物処理工程とすることができる。以下、従来の生物処理工程について簡単に説明する。
【0029】
まず、コークス炉排水を脱窒槽5に送液し、後段の硝化槽6から脱窒槽5に循環される硝化液に添加される。脱窒槽5では、添加されたコークス炉排水中のCOD成分、主にフェノール等の有機物を利用して、硝化液中に含有されている硝酸、亜硝酸を窒素ガスに変換して脱窒する。
【0030】
脱窒槽5は、硝酸呼吸を行わせるために無酸素条件で運転する。そのため、コークス炉排水に含まれるアンモニア性窒素は脱窒槽5では反応せず、越流によって後段の硝化槽6に送られる。硝化槽6では、好気的な条件下でアンモニア性窒素が亜硝酸、硝酸にまで酸化される。これら硝酸性窒素を含む硝化反応完了後の硝化液を循環ライン7を経由して脱窒槽5に循環させ、硝化液を脱窒させることによって、安水からの窒素除去が行われる。また同時に、残留したCOD成分も、硝化槽6にて好気的に分解処理され、低減される。
【0031】
上記循環の傍ら、一部の硝化液を硝化槽6から沈殿槽8に導入し、固液分離して処理水9とする。その際に沈殿した汚泥を、返送汚泥10として脱窒槽5に返送しつつ、一部を余剰汚泥11として系外に引き抜くことにより、硝化槽6内の活性汚泥濃度(Mixed Liquor Suspended Solids、MLSS)を一定に維持する。
【0032】
ところが、従来のコークス炉排水の処理においては、前述のように種々の毒性物質が混入しているため、硝化槽6での処理において硝化が毒性のある亜硝酸までで停止する。その結果、亜硝酸を含有する硝化液が脱窒槽5と硝化槽6との間を循環することによって微生物がダメージを受け、処理水質が悪化する。
【0033】
国内の主たる安水生物処理のように、曝気を行って好気的に処理を行っている汚泥を種汚泥として硝化液循環処理を始めると、亜硝酸が生成して処理水質が悪化する。しかしながら、発明者らは、脱窒槽5および/または硝化槽6に鉄源を添加すると、亜硝酸から硝酸への酸化反応が誘導され、処理水質が改善されることを見出した。
【0034】
すなわち、発明者らは、鋭意検討の結果、鉄源の添加により、硫化物、シアンについて、以下のような反応が起こり、錯体および沈殿形成による毒性低減、無害化を行うことができるのではないかと考えた。具体的には、発明者らは、脱窒槽5および/または硝化槽6への鉄源の添加により、以下の反応が起こると考えた。
Fe2++HS-→FeS↓+H+ (1)
FeS+HS-→FeS2+H+ (2)
Fe2++6CN-→Fe(CN)6
4- (3)
Fe3++6CN-→Fe(CN)6
3- (4)
4Fe3++3Fe(CN)6
4-→Fe4[Fe(CN)6]3↓ (5)
【0035】
そして、後述する実施例に示すように、脱窒槽5および/または硝化槽6に鉄源を添加すると、亜硝酸から硝酸への酸化反応が誘導され、処理水質が改善されることが分かった。このようにして、コークス炉排水を処理するにあたり、硝酸発生型の硝化を発現させ、アンモニア性窒素の脱窒素処理とCODの処理とを高い次元で両立させることができる。
【0036】
上記鉄源は、2価鉄とすることができ、また2価鉄を含む物質とすることができる。2価鉄を含む物質としては、塩化第一鉄(FeCl2・4H2O)や、硫酸鉄(FeSO4・7H2O)などを挙げることができる。
【0037】
また、本発明において、上記鉄源の投入は、硝化槽6において十分な馴養期間をとった後に行うことが好ましい。発明者らは、上記脱窒槽5および/または硝化槽6への鉄源の添加の前に、コークス炉排水を長期間処理しながら馴養を続けると、亜硝酸から硝酸への酸化反応の誘導が促進され、処理水質が改善されることを見出した。すなわち、従来の好気的な処理においては、硝化阻害物質であるチオ硫酸は、以下のような式(6)に従って好気的に分解(酸化)されていると考えられている(例えば、特許文献11参照)。
S2O3
2-+2O2+H2O→2SO4
2-+2H+ (6)
【0038】
従って、チオ硫酸は、無酸素条件である脱窒槽5では分解できずに硝化槽6に流入し、硝化を阻害して亜硝酸で停止させ、蓄積した亜硝酸はCOD処理に悪影響を及ぼす。
【0039】
ところが、馴養によって硝酸利用が可能な硫黄酸化細菌が誘導されると、以下の式(7)および式(8)に従って、無酸素条件である脱窒槽5でもチオ硫酸の処理が可能になる(例えば、特許文献9参照)。
5S2O3
2-+8NO3
-+H2O→10SO4
2-+4N2↑+2H+ (7)
3S2O3
2-+8NO2
-+2H+→6SO4
2-+4N2↑ +H2O (8)
【0040】
このような硫黄酸化によってチオ硫酸が処理されるため、後段の硝化槽6へのチオ硫酸の流入を著しく低減することができ、硝化槽6での硝化反応を亜硝酸で停止させずに、硝酸まで反応を進行させることができる。しかしながら、処理速度には限界があり、多量のチオ硫酸の存在下では、脱窒槽5での硫黄酸化に多くの時間を要する。
【0041】
発明者らの検討では、一般的な脱窒槽5での滞留時間1-2日においては、好ましくは安水中のチオ硫酸イオン濃度100mg/L以下、より好ましくは80mg/L以下において、硝酸発生型硝化反応がより誘導されやすくなる。チオ硫酸イオンの濃度は、石炭の硫黄含有率、ストリッピングの条件などによって決定される。
【0042】
馴養を継続すると、チオ硫酸のみならず、チオシアンについても、硝酸利用可能な硫黄酸化細菌により、無酸素条件下で処理が行われる(例えば、特許文献9、11参照)。
【0043】
従来の好気的硫黄酸化は、以下の式(9)の通りである。
SCN-+2O2+2H2O→SO4
2-+CO2+NH4
+ (9)
【0044】
これに対して、無酸素的硫黄酸化反応は、以下の式(10)および式(11)の通りである。
5SCN-+8NO3
-+H2O→5SO4
2-+5CNO-+4N2↑+2H+ (10)
3SCN-+8NO2
-+2H+→3SO4
2-+3CNO-+4N2↑+H2O (11)
【0045】
さらに、これらの反応を生じさせる無酸素的硫黄酸化細菌は、亜硝酸等の毒性物質に対する耐性が好気的硫黄酸化を行う細菌よりも著しく高いことが知られている(例えば、特許文献7参照)。したがって、脱窒槽5に硝化槽6からの亜硝酸が循環されても、従来技術(非特許文献3参照)のようにチオシアン等の処理が急激に悪化するのを防ぐことができる。
【0046】
馴養期間は、好ましくは1か月以上、より好ましくは3か月以上である。
【0047】
硝化槽6における処理液のpHは、重要な調整パラメータとなる。生物活性を維持できるpHの範囲でも、高すぎる場合には、アンモニア濃度によっては遊離アンモニアが増加して毒性が強まる場合がある。また、アンモニア酸化細菌と亜硝酸酸化細菌の至適pHが少しずれており、至適pHは亜硝酸酸化細菌の方がアンモニア細菌のそれよりも少し低い場合がある。したがって、硝化槽6のpHは慎重に設定する必要があるが、pHは7以上8以下に設定するのが好ましく、その範囲で微調整することによって、最適な処理条件を決定することが好ましい。また、脱窒槽5における処理液のpHは、脱窒によるアルカリ度の上昇により硝化槽6より幾分高い数値になるが、特に調整の必要はなく、脱窒反応を阻害するようなことはない。上記pHの調整は、水酸化ナトリウムなどのアルカリを添加することによって、行うことができる。
【0048】
本発明により、安水中のアンモニアの生物学的脱窒処理において、簡便な設備構成を用いて、毒性もなくCODに影響もしない硝酸まで硝化を行うことによって、長期間安定した処理水質を得ることが可能となる。本発明は、安水からのアンモニア性窒素の除去を実用的な方法で実現するものであることから、工業上の意味は極めて大きい。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0050】
図1に示したフロー図に従ってコークス炉排水を処理した。まず、コークス炉(図示せず)から排出されたコークス炉ガスの精製工程で回収された安水1をアンモニアストリッピング工程2に送り、安水1に含まれるアンモニアを排ガス3として回収し、安水1中のアンモニア濃度を低減させ、コークス炉排水(原水)とした。原水の組成を表1に示す。次いで、工水あるいは海水4による希釈は行わずに、製鉄所の安水処理設備に隣接して設置された実験プラントを用いて、原水に対して後段の生物処理を実施した。
【0051】
【0052】
脱窒槽5は、有効容積が340L、硝化槽6は同375L、沈殿槽8は同70Lであり、原水を7.5L/h(180L/d)の速度で連続的に脱窒槽5へ流入させ、原水中のCOD成分を用いて硝化槽6より循環されてきた硝化液に含まれる硝酸性窒素および亜硝酸性窒素を窒素ガスに変換し、脱窒をさせた。微量栄養塩の添加を目的とし、平日に約150gの米ぬかを毎日脱窒槽5に添加したが、メタノールなどの有機物は添加しなかった。
【0053】
原水は、脱窒槽5から硝化槽6に越流させ、硝化槽6において曝気によって供給された酸素を利用してアンモニアを硝酸性窒素に変換する硝化反応を行わせた。硝化槽6内の汚泥は、一部を循環ライン7により脱窒槽5に循環させながら、残りを沈殿槽8に導き、沈殿槽8にて固液分離を行った。その後、汚泥部分は一部を返送汚泥10として脱窒槽5に返送しながら、残りを余剰汚泥11として引き抜いた。沈殿槽8における清澄な上澄み水は、処理水9として系外へ除去した。
【0054】
設計滞留時間(HRT)は、脱窒槽5で45h、硝化槽6で50hとした。また、硝化槽6から脱窒槽5への循環比は200%とし、沈殿槽8から脱窒槽5への返送比は50%とした。水温は、硝化槽6、脱窒槽5ともにヒーターを用いて30℃に制御した。沈殿槽8としては、汚泥掻き寄せ機等のない簡素な構成を有したものを使用し、処理水9への浮遊物質(SS)の流出があったため、余剰汚泥の系外への引き抜きは行わずに運転した。種汚泥は安水を処理する実設備(低DO運転)から採取した。2019年6月6日から汚泥を投入した。硝化反応が確認できるまで、原水の投入は行わす、汚泥を循環させるだけとした。硝化の発現を確認した6月19日より原水の投入を開始、処理を行った。当初原水の投入量は設定の1/2(3.75L/h)とし、約半月後の7月3日より設定量(7.5L/h)の原水を投入し、馴養を行った。
【0055】
<鉄源の添加>
2020年5月8日より、脱窒槽5に鉄の投入を開始した。平日1回/日、FeCl2・4H2Oを、原水に対して10mg-Fe/Lになるように添加した。具体的には、6.41のFeCl2・4H2Oを100mLの蒸留水に溶解し、これを全量脱窒槽5へ添加した。2020年11月12日まで添加を続けた。2020年11月13日以降は鉄源の添加を行わず、そのまま2020年12月24日まで処理を行った。
【0056】
<硝化速度>
実験プラントの硝化槽6におけるアンモニア性窒素(NH4-N)の濃度の変化量から、単位容積あたりの硝化速度を、以下の式によって算出した。
Kn=(Nin-Nout)/td’ (12)
td’=VN/(Qin+QR+QR’) (13)
ここで、
Kn:硝化速度(mg-N/L/h)
Nin:硝化槽流入NH4-N濃度(mg-N /L)=脱窒槽NH4-N濃度
Nout:硝化槽流出NH4-N濃度(mg-N /L)=硝化槽NH4-N濃度
td’:硝化槽実滞留時間(h)
VN:硝化槽容積(L)
Qin:流入原水量(L/h)
QR:循環水量(L/h)
QR’:返送汚泥量(L/h)
である。
【0057】
なお、Knに対するNH4-N濃度の影響はかなり低濃度まで影響がなく、IWA(国際水協会)の活性汚泥モデル(Activated Sludge Model、ASM)では、KnのNH4-Nに関する濃飽和定数のデフォルト値は1mg/Lが採用されている(例えば、Henze, M., Gujer, W., Mino, T., and van Loosdrecht: Activated sludge model ASM1, ASM2, ASM2d and ASM3, IWA scientific and technical reports No.9, IWA Publishing, London (2000).参照)。そこで、NH4-N濃度による律速をほぼ無視できると考えられるNout>2mg-N/Lの場合につき、Knを算出した。
【0058】
<実験結果および考察>
<<硝化反応および鉄添加の影響>>
図2は、脱窒槽5、硝化槽6における各窒素成分の濃度を示しており、
図2Aは脱窒槽5、
図2Bは硝化槽6に関するものである。なお、脱窒槽5および硝化槽6のいずれについても、原水のアンモニア濃度を合わせて示した。また、2020年7月後半から8月には、装置設置場所で2度の停電があり、処理が多少乱れている。
【0059】
上記設備的な不具合を除くと、まず脱窒槽5においては、ほぼ全期間に渡って完全な脱窒を達成しており、アンモニアをほとんど含有しない循環液と返送汚泥に原水に含まれるアンモニアが希釈されている様子が分かる。循環液中の硝酸、亜硝酸は、原水中の有機物、および添加した米ぬかの有機物(Biochemical Oxygen Demand、BOD)成分にて全量脱窒することができ、メタノール等の有機物の添加は必要なかった。
【0060】
次に、硝化槽6について、停電等の不具合時を除けば、約8ヶ月程度に渡って安定な硝酸優勢型の硝化反応が確認できた。また、11月13日以降は鉄添加を停止したが、実験終了まで硝酸優勢型の硝化反応は変化がなかった。鉄添加停止以降も効果が持続した理由については、現時点では明らかではないが、理由の1つとして、硝化槽6のpHから考えて、添加した鉄源の多くは水酸化鉄の沈殿となって、ある程度汚泥中に取り込まれて蓄積し、鉄添加停止後も汚泥から緩やかに鉄が溶出していたことが考えられる。
【0061】
図3は、鉄添加終了後の硝化槽6の乾燥汚泥中の鉄濃度を示している。
図3から、鉄源の添加後、汚泥中の鉄分は緩やかな減少傾向に見えるものの、それほど大きく減少はしていないことが分かる。
【0062】
上述のように、鉄源の添加により、硫化物、シアンについて、上記式(1)~(5)により、錯体および沈殿形成による毒性低減、無害化を図ることができると考えられる。原水中の硫黄形態を分析した結果を表2に示す。硫黄成分の多くは硫酸態、チオシアン態、チオ硫酸態であるが、硫化水素(H2S)も含有されている。これは、コークス炉ガスに高濃度に含まれるH2Sが、酸化されずに残留したものと考えられる。S2-の濃度は定量下限未満だが、安水1のpH(8~9)領域ではSはHS-の形態が主であることから、今回分析できていないHS-の濃度はH2SやS2-よりも高いと考えられ、H2S(aq)、HS-、S2-間で解離平衡となっている硫黄がある程度含有されていると考えられる。遠矢らによれば、亜硝酸酸化細菌であるNitrobacterは硫化物濃度に非常に敏感で、5mg/L以上の添加で致命的な打撃を受けると報告している(遠矢泰典:下水道協会誌,7 (1970/7) 21参照)。一方、アンモニア酸化細菌であるNitrosomonasは80mg/Lの硫化物濃度でも阻害を受けないとの報告から、今回の実験の現象と一致する。
【0063】
【0064】
原水中の鉄の濃度を測定すると、1~3mg/L(n=3)と、低い濃度であった。従って、原水中の鉄だけでは阻害物質を無害化しきれておらず、10mg/Lの追加の鉄源の添加は、有効であったと推察される。
【0065】
一方、硫化物、シアンの処理において、凝集剤として添加する鉄の価数は、2価の方が3価よりも効果が高かったという報告があったことから(例えば、K-M. Anna, S. Marcin, R. Katarzyna and F. Jan: Open Chem. (web), 17(2019) 1288.参照)、今回鉄は2価の形態で添加した。ただし、安水処理槽のpH、ORPから考えて、添加した鉄の大部分は速やかに3価に酸化したものと考えられる。
【0066】
図4は、原水中のアンモニア性窒素を基準とし、硝化槽6の出口でのアンモニア性窒素、亜硝酸性窒素、硝酸性窒素の和と比較して、窒素除去率として整理した結果を示している。全体として70%程度の、硝化液循環活性汚泥法としては限界に近い窒素除去率が得られており、亜硝酸態、硝酸態に関わらず、硝化が進めば、脱窒反応は滞りなく生じることが分かる。実験の終期に窒素除去率が若干低下しているのは、原水中のアンモニアが減少傾向であるためであり、処理の不具合ではないと考えられる。
【0067】
図5は、窒素負荷と、上記式(12)によって算出した硝化速度K
nとの関係を示す。なお、鉄添加前、添加中、添加後でマーカーを変更して示した。実験期間中の窒素負荷では、負荷の上昇に応じて硝化速度も増加する傾向を示した。また、鉄源の添加中および鉄源の添加後には、同一の窒素負荷における硝化速度が鉄源の添加前と比較して上昇する傾向が観察された。これは、上記の鉄源の添加により原水中の毒性が低下するという考察と一致する結果となった。また、鉄源の添加後も効果が持続していることから、上記の通り鉄源の添加後も、汚泥内に蓄積した鉄が少量ずつ溶出することによって、効果がある程度持続するものと考えられる。
【0068】
<<CODおよびMLSSの経時変化>>
図6は、実験期間中の硝化槽6出口の廃水ろ過サンプルのCOD
Mnの変化を示している。また、
図7は、硝化槽6内のMLSSの変化を示している。
図6から、CODは、実験開始当初は高かったが、その後、鉄源の添加後に低下し、150mg/L付近でほぼ一定の値となった。鉄源の添加前に数値が高かったのは、亜硝酸がCODとしてカウントされるため、亜硝酸の残留に伴ってCODが高い値を示したと考えられる。また、亜硝酸の蓄積によりチオシアン等の処理も悪影響を受けていた可能性もある。
【0069】
一方、鉄源の添加によって硝酸優勢となりCODは低下したが、実設備の値(沈殿池、100~120mg/L)と比較すると、幾分高い値のまま、下がり切らなかった。これは、DOを保つため、水深の浅い実験装置では曝気量が多くなり、水分蒸発量が多くならざるを得ないことや、曝気量を増やしたことで、気泡破裂時のせん断応力による汚泥の解体が進みやすくなり、汚泥に含まれる難分解性のCOD成分が流出した可能性などが考えられる。実設備にはこの後段に、凝集沈殿、砂ろ過、活性炭処理等があるのが一般的であり、それらの処理まで含めて、最終的な水質を評価する必要がある。
【0070】
一方、
図7から、硝化槽6内のMLSSは、実験開始当初から安定しており、最終的に8000mg/L程度の濃度で安定した。2020年11月以降に測定したMLVSS(Mixed liquor volatile suspended solid)/MLSSは、0.82付近で一定であった(n=6)。今回の実験では、汚泥は引き抜かずに実験を行ったが、MLSSは一定となった。これは、処理水への流出が実設備と比較して多いことと、上記に言及したように、曝気量が多く汚泥の解体、分解が多いため、余剰汚泥の引抜きが必要なかったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、コークス炉排水に対して簡便な設備構成で生物学的に脱窒素処理を施すことができるため、製鉄業において有用である。
【符号の説明】
【0072】
1 安水
2 アンモニアストリッピング工程
3 排ガス
4 工水または海水
5 脱窒槽
6 硝化槽
7 循環ライン
8 沈殿槽
9 処理水
10 返送汚泥
11 余剰汚泥