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特許7586071炭素繊維強化複合材料の成形品およびその製造方法
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  • 特許-炭素繊維強化複合材料の成形品およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】炭素繊維強化複合材料の成形品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B29B 11/16 20060101AFI20241112BHJP
   B29C 70/06 20060101ALI20241112BHJP
   B29C 70/68 20060101ALI20241112BHJP
   B29K 105/10 20060101ALN20241112BHJP
【FI】
B29B11/16
B29C70/06
B29C70/68
B29K105:10
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021509490
(86)(22)【出願日】2020-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2020013259
(87)【国際公開番号】W WO2020196600
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2019063617
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】光岡 秀人
(72)【発明者】
【氏名】尾関 雄治
【審査官】加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-013456(JP,A)
【文献】特開2006-257399(JP,A)
【文献】特開2019-005966(JP,A)
【文献】特開2006-305867(JP,A)
【文献】国際公開第2018/216524(WO,A1)
【文献】特開2003-221458(JP,A)
【文献】特開2018-202804(JP,A)
【文献】国際公開第2018/139559(WO,A1)
【文献】特開平08-319462(JP,A)
【文献】特開2014-001384(JP,A)
【文献】特開平09-316763(JP,A)
【文献】特開2003-334903(JP,A)
【文献】特開2002-176266(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B 11/16
B29C 70/06
B29C 70/68
B29K 105/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも炭素繊維と熱硬化性樹脂組成物とからなる繊維強化複合材料の成形品であって、前記成形品の表面粗さRaが0.01μm以上2μm以下であり、かつ、表面上に厚さ0.1mm以上3mm以下のエポキシ化合物を含有する接着剤層を介して金属と接合させたときの引張せん断接合強さ(F)が10MPa以上40MPa以下であり、前記成形品の表面自由エネルギー(γTOTAL)が30mJ/m以上80mJ/m以下であり、前記表面自由エネルギー(γTOTAL)を構成する表面自由エネルギー分散成分(γ)と表面自由エネルギー極性成分(γ)との比{γ/γ}が0以上1以下である接着剤層を介した金属との接合用の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項2】
X線光電子分光法により測定される炭素繊維複合材料の表面のフッ素(F)と炭素(C)との原子数の比{F/C}が0以上0.5以下である請求項1に記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項3】
X線光電子分光法により測定される前記成形品の表面の酸素(O)と炭素(C)との原子数の比{O/C}が0.2以上1.2以下である、請求項1または2に記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項4】
X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC-OおよびC-Nに帰属されるピーク(X)の強度比{X/M}が0.4以上0.8以下である請求項1~3のいずれかに記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項5】
X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC=Oに帰属されるピーク(Y)の強度比{Y/M}が0.1以上0.3以下である請求項1~4のいずれかに記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項6】
X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC(=O)-Oに帰属されるピーク(Z)の強度比{Z/M}が0.1以上0.3以下である請求項1~5のいずれかに記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項7】
前記成形品に含まれる炭素繊維の平均直径が1~20μm、平均長さが10mm以上であり、炭素繊維複合材料に含まれる炭素繊維の含有量が5~75体積%である請求項1~6のいずれかに記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項8】
前記炭素繊維複合材料の成形品に含まれる樹脂組成物がエポキシ樹脂を含有する熱硬化性樹脂組成物である請求項1~7のいずれかに記載の炭素繊維複合材料の成形品。
【請求項9】
引張せん断接合強さ(F)と、湿熱処理後に測定した引張せん断接合強さ(F11)の比{F11/F}が0.75以上1以下であることを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の炭素繊維複合材料。
【請求項10】
炭素繊維複合材料を成形して請求項1~9のいずれかに記載の炭素繊維複合材料成形品の製造方法であって、プレス成形にあたり、フッ素元素を含む離型剤またはフッ素元素を含む離型フィルムを用いることを特徴とする炭素繊維複合材料の成形品の製造方法。
【請求項11】
請求項10の炭素繊維複合材料の成形品の製造方法であって、プレス成形した後、さらに炭素繊維複合材料の表面をプラズマ処理することを特徴とする炭素繊維複合材料の成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料との接着接合において高い引張せん断接合強さを示す炭素繊維強化複合材料の成形品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
成形品を他の同種または異種の材料の成形品と接合するためには、ボルトやネジで機械的に締結する手法、接着剤を使用して接合する手法、材料の表面を一時的に軟化させた後、硬化する前に他の材料と接触させることで接合する手法などがあり、接着剤による接合については、例えば、以下に示すような例がある。
【0003】
炭素繊維強化された熱硬化性樹脂と、熱可塑性樹脂との接合では、熱可塑性樹脂組成物のトータル表面自由エネルギーと熱硬化性樹脂組成物のトータル表面自由エネルギーとの差の絶対値を10mJ/mにすることで、両者が良好に接着することが知られている(特許文献1)。
【0004】
結晶性熱可塑性樹脂同士を、接着層を介して接合する場合においては、乾式処理により、処理前後の材料の表面自由エネルギーの変化率を制御することで、良好に接着することが知られている(特許文献2)。
【0005】
アルミニウムと熱可塑性樹脂とを熱硬化樹脂による接着層を介して接合する場合においては、アルミニウム表面に形成された下地処理被膜の表面自由エネルギーと、熱硬化樹脂層の表面自由エネルギーの関係性と、アルミニウム表面の下地処理被膜の表面粗さとを制御することにより、良好に接着することが知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-269878号公報
【文献】特開2017-128683号公報
【文献】特開2008-132650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
炭素繊維複合材料の成形品と金属とを、接着剤を介して接合する場合においては、その炭素繊維複合材料の成形品、接着剤、金属について、その特性の相対的な関係性に基づいて材料の設計や組み合わせを選択していたため、優れた特性を有する炭素繊維複合材料を開発した場合でも、組み合わせて使用する他の接着剤や、接合する金属材料の特性の都合で、当該炭素繊維複合材料の成形品を使用することが、困難である場合があった。
【0008】
また、炭素繊維複合材料を成形し、成形品とする際には、成形金型から成形品を取り出し易いようにするため、成形作業前に成形金型に離型剤を塗布する場合や、成形する材料を離型フィルムで挟んで成形する場合がある。このような場合は、成形金型から取り出した成形品の表面に離型剤や離型フィルムの成分の一部が付着する。この付着物が、後工程や成形品を使用する時の加工において、接着剤による接合を阻害し、接合力を低下させるという場合があった。
【0009】
さらに、後工程において、成形品を他の樹脂や繊維強化樹脂の成形品または金属と接着剤を介して接合する場合には、ブラスト処理やピールプライなどの処方で成形品の表面を摩耗することで離型剤や離型フィルム成分を除去したり、表面に凹凸を形成させるなどの事前処理を実施していた。そのため、加工による製造工程のタクトタイムの増加や、加工コストの増加などの課題があった。
【0010】
本発明の目的は、上記問題を解消すべくなされたものである。すなわち、組み合わせて使用する接着剤や金属の種類を選ばず良好に接着させることができ、さらに接着後に長時間経過した後でも、その接合力を維持させることができる炭素繊維強化複合材料の成形品を提供することにある。
また、成形後に加工時間のかかるブラスト処理などを実施しなくとも、接着剤で良好に接合できる成形品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、以下の発明により上記課題を解決できることを見出した。
【0012】
炭素繊維強化複合材料の成形品として以下の発明がある。
(1)少なくとも炭素繊維と樹脂組成物とからなる繊維強化複合材料の成形品であって、前記成形品の表面粗さRaが0.01μm以上2μm以下であり、かつ、表面上に厚さ0.1mm以上3mm以下のエポキシ化合物を含有する接着剤層を介して金属と接合させたときの引張せん断接合強さ(F)が10MPa以上40MPa以下であることを特徴とする炭素繊維強化複合材料の成形品。
【0013】
そして炭素繊維強化複合材料の成形品の好ましい態様として以下の発明がある。
(2)前記成形品の表面自由エネルギー(γTOTAL)が30mJ/m以上80mJ/m以下であり、前記表面自由エネルギー(γTOTAL)を構成する表面自由エネルギー分散成分(γ)と表面自由エネルギー極性成分(γ)との比{γ/γ}が0以上1以下である前記炭素繊維複合材料の成形品。
(3)X線光電子分光法により測定される前記成形品の表面のフッ素(F)と炭素(C)との原子数の比{F/C}が0以上0.5以下である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(4)X線光電子分光法により測定される前記成形品の表面の酸素(O)と炭素(C)との原子数の比{O/C}が0.2以上1.2以下である、前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(5)X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC-OおよびC-Nに帰属されるピーク(X)の強度比{X/M}が0.4以上0.8以下である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
【0014】

(6)X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC=Oに帰属されるピーク(Y)の強度比{Y/M}が0.1以上0.3以下である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(7)X線光電子分光法により成形品の表面で測定されるナロースキャンC1sピーク分割において、メインピーク(M)に対してC(=O)-Oに帰属されるピーク(Z)の強度比{Z/M}が0.1以上0.3以下である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(8)前記成形品に含まれる炭素繊維の平均直径が1~20μm、平均長さが10mm以上であり、炭素繊維複合材料に含まれる炭素繊維の含有量が5~75体積%である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(9)前記炭素繊維複合材料の成形品に含まれる樹脂組成物がエポキシ樹脂を含有する熱硬化性樹脂組成物である前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
(10)引張せん断接合強さ(F)と、湿熱処理後に測定した引張せん断接合強さ(F11)の比{F11/F}が0.75以上1以下であることを特徴とする前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品。
【0015】
そして上記炭素繊維複合材料の成形品を製造するために好ましい方法として、以下の発明がある。
(11)炭素繊維複合材料を成形して前記いずれかの炭素繊維複合材料の成形品の製造方法であって、成形にあたり、フッ素元素を含む離型剤またはフッ素元素を含む離型フィルムを用いることを特徴とする炭素繊維複合材料の成形品の製造方法。
(12)炭素繊維複合材料の成形品の前記製造方法であって、プレス成形した後、さらに炭素繊維複合材料の表面をプラズマ処理することを特徴とする炭素繊維複合材料の成形品の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、組み合わせて使用する接着剤や金属の種類を選ばず良好に接着させることができ、さらに接着後に長時間経過した後でも、その接合力を維持させることができる炭素繊維強化複合材料の成形品を提供することができる。
【0017】
このように、組み合わせて使用する接着剤や金属の種類を選ばず良好に接着させることができることにより、本発明の炭素繊維複合材料の成形品を用いることで、例えば、全く異なる力学的特性を有する材料と接合できるなど、最終製品を設計する際に、従来では不可能であった形や特性を有する構造体を創出することが実現できる。
【0018】
また、従来のように炭素繊維複合材料を成形する際に、離型剤や離型フィルムなどを使用した場合でも、接合前にブラスト処理など、長い処理時間が必要な前処理を必要としないため、低コスト化に貢献することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明の炭素繊維複合材料の成形品をX線光電子分光法で測定したナロースキャンC1sピーク分割を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、炭素繊維複合材料について説明する。炭素繊維複合材料を成形したものも炭素繊維複合材料であり、炭素繊維複合材料を所望の形態に成形するまえのものも炭素繊維複合材料である。ただ成形前後のものを区別するために、前者を炭素繊維複合材料の成形品と言い、後者を単に、炭素繊維複合材料と言う。
【0021】
本発明の炭素繊維複合材料には、その優れた機械特性や、その特性の設計のし易さを発現するために、炭素繊維を用いることが重要である。
【0022】
炭素繊維複合材料は少なくとも炭素繊維と樹脂組成物とを含む。樹脂組成物にある樹脂に対して炭素繊維が1質量%以上存在すれば、その炭素繊維が炭素繊維のまわりでマトリックスを形成する樹脂と良好に密着し、炭素繊維複合材料は優れた力学特性を発現する。
【0023】
本発明の炭素繊維複合材料で用いられる炭素繊維として、好ましくはポリアクリルニトリル系炭素繊維が用いられる。炭素繊維がポリアクリルニトリル系であることにより、比強度、比剛性、軽量性や導電性を良好なバランスを有しながら安価なコストを実現できる観点において優れることとなる。
【0024】
本発明の炭素繊維複合材料、およびそれからの成形品における炭素繊維は、その平均繊維径が1~20μmであることが好ましく、3~15μmであることがさらに好ましく、4~10μmであることが最も好ましい。
【0025】
上記範囲内であることにより、本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、優れた力学特性と、加工特性を発現することができる。
【0026】
本発明の炭素繊維複合材料、およびそれからの成形品における炭素繊維は、連続繊維であっても不連続であっても良いが、その平均長さが10mm以上2000mm以下であることが好ましい。上記範囲であることにより、優れた比強度、非剛性を付与することができる。
【0027】
本発明の炭素繊維複合材料、およびそれからの成形品では炭素繊維を5~75体積%含むことが好ましい。上記範囲であることにより、本発明の炭素繊維複合材料に優れた成形性、また成形品に力学特性を付与することができる。この含有量は、10~65体積%がさらに好ましい。
【0028】

本発明における炭素繊維複合材料、およびそれからの成形品のマトリックス部分は、樹脂組成物であることが重要である。樹脂組成物が樹脂を含むことにより、炭素繊維との複合化を容易にできると共に、成形品の比強度および比剛性と製造価格とを良好なバランスに維持することができる。
樹脂組成物としては特に限定されず、例えば熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂などを用いることができる。
【0029】
本発明の炭素繊維複合材料に用いる樹脂組成物は、その力学特性および成型時の加工特性の観点から、熱硬化性樹脂を含むことが好ましい。
【0030】
熱硬化性樹脂としては例えば、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂(レゾール型)、ユリア・メラミン樹脂、ポリイミド樹脂等や、これらの共重合体、変性体、あるいは2種類以上ブレンドした樹脂などを使用することができる。
【0031】
このうち、力学特性の優れた炭素繊維複合材料の成形品を得るためには、樹脂と炭素繊維との配合が容易であることから、エポキシ樹脂が好ましい。エポキシ樹脂を使用すると成形が容易であるという特長もある。なかでも、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を主成分としたエポキシ樹脂が経済性、力学特性のバランスの観点から好ましい。
【0032】
また、耐衝撃性向上のために、熱硬化性樹脂組成物中にエラストマーあるいはゴム成分を添加してもよい。
かかる炭素繊維複合材料の例としては、織物や一方向の連続する炭素繊維を用いた熱硬化性プリプレグや熱可塑性プリプレグ、炭素繊維を不連続にしてランダムに分散させた炭素繊維強化SMCや炭素繊維強化スタンパブル基材や、射出成形で用いる長繊維ペレット、短繊維ペレットなどが挙げられる。
【0033】

本発明の炭素繊維複合材料の成形方法としては、レジントランスファーモールディング(RTM)成形法、オートクレーブ成形法、プレス成形法、フィラメントワインディング成形法などから適宜選択可能であるが、特に限定されない。
【0034】
以下、上記した本発明における炭素繊維複合材料から得られる成形品が、高い引張せん断接合強さと耐久性とを達成するための好ましい態様を説明する。
【0035】
本発明における炭素繊維複合材料の成形品の表面粗さRaは0.01μm以上2μm以下であることが重要である。その成形品のRaの値は小さいほど、成形品の表面が平滑であることに対応する。Raの値が0.01μm未満の場合は該成形品のハンドリング性が著しく低下する場合がある。一方、成形品のRaが2μmより大きい場合は、材料表面に、炭素繊維が露出したり、材料表面が劣化し、強度が低下するなど、表面が破壊しやすくなる場合がある。
【0036】
Raが0.01~2μmの炭素繊維複合材料の成形品を得るためには、炭素繊維が樹脂組成物中に均一に分散していることや、成形時に樹脂組成物と接触する金型やフィルムに平滑性が高い材料や素材を使用することや、型との密着性や離形性を適切に調整することが重要である。
【0037】
例えば、炭素繊維複合材料を、炭素繊維に熱硬化性樹脂を含浸させたプリプレグをプレス成形して成形品とする場合、そのプリプレグとプレス装置の金型の間に表面粗さが小さなフィルムを使用することや、加工時温度を低くすることにより、その結果フィルム表面の凹凸が転写しにくくなるようにすることにより、所望の表面粗さRaが得られる。
【0038】
さらには、炭素繊維複合材料の成形品に対して、下記条件にて大気圧プラズマ処理を施すことにより、成形時に離型剤や離型フィルムなどを使用した場合であっても、Raの値を上記範囲内に保ちながら、他の部材との良好な接着接合性を短時間で付与することが可能となる。
【0039】
大気圧プラズマ処理条件の一例:
プラズマノズル回転数1000~3000rpm
プラズマノズルの背圧40~60mbar
プラズマノズルから気体の流量Q35~55L/min
プラズマの電力Pp:400~490W
使用気体:空気、酸素または窒素処理速度(処理時のプラズマノズルの移動速度):1m/min~10m/min
処理距離(プラズマノズル最先端と処理される材料との距離):1mm~30mm。
【0040】
本発明において、大気圧プラズマ処理を行う場合は、プラズマを発生させる電圧値と電流値により決まる電力Pp(プラズマ パワー)と、単位時間あたりに流れ込む気体の流量Qから、下記の式で定義されるプラズマ密度Pdが、7.2~14であることが好ましい。
Pd = Pp / Q。
【0041】
本発明における炭素繊維複合材料の成形品の表面粗さRSmは0.01μm以上250μm以下であることが好ましい。この範囲にあることにより、材料表面の炭素繊維が露出することを極力少なくしながら、材料表面の微細な凹凸が接着剤と組み合わさり、アンカー効果を発現することで、接着接合性を高めることができるためである。
【0042】
また、本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、その表面上に厚さ0.1mm以上3mm以下のエポキシ化合物を含有する接着剤を介して金属を接合させたときの引張せん断接合強さが10MPa以上40MPa以下であることが重要である。
【0043】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面に形成する接着剤の厚みが0.1mm未満である場合、炭素繊維複合材料の成形品と金属が熱による歪みを受けた場合に、その膨張度の差を緩和することができずに、剥離してしまうことがある。一方、当該接着剤層の厚みが3mmより大きい場合は、せん断応力が低下し、接合体として外部から加えられた力に対して不安定になる場合がある。
【0044】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面に形成する接着剤の厚みは、接着強度および生産性の観点から好ましくは、0.2mm~2.5mm、さらに好ましくは0.3mm~2mmである。
【0045】
例えば、接着剤の層厚みを上記範囲内にするためには、例えば、本発明の炭素繊維複合材料の成形品と金属のいずれか、または両方の面に接着剤を塗布し、張り合わせる際、所望の厚みに相当する粒径を有するガラス製ビーズを添加したり、所望の厚みに相当する直径を有する金属製ワイヤーを設置した後に、接合箇所の成形品と金属をクリップで挟んだり、どちらか一方を固定し、接着剤を挟んだもう一方の材料の表面から他方側へ圧力をかけて固定する方法がある。
【0046】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、その表面にエポキシ化合物を含有する接着剤を介して金属を接合させたときの引張せん断接合強さが10MPa以上40MPa以下であることが重要である。本発明で使用する接着剤は、エポキシ化合物を含有することが重要である。エポキシ化合物とは、エポキシ基を有する化合物である。エポキシ化合物を含有することにより、そのエポキシ基が成形品の表面に存在する官能基と化学的に反応し、反応による化学的相互作用で良好な接着性と優れた引張せん断接合強さを付与することができる。
【0047】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、その表面にエポキシ化合物を含有する接着剤を介して金属を接合させたときの引張せん断接合強さが10MPa未満の場合は、接着接合力が弱いため、自動車や航空機、建築などの構造部材の接合に用いる実用性が低くなる。
【0048】
一方、引張せん断接合強さが40MPaより大きい場合は、本発明の炭素繊維複合材料の成形品と金属が熱により歪んだときに、その変形に接着層が追随できず、接合体が破壊される場合がある。
【0049】
引張せん断接合強さは、接合体の実質的な強度と、熱による変形時の耐久性の観点から、好ましくは15MPa~35MPa、より好ましくは20~30MPaである。
【0050】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品と金属を接着接合した試験体の引張せん断接合強さを10~40MPaとするためには、接着剤中により多くのエポキシ基を有する接着剤を使用し、接着面全面に接着剤を均一に塗布すること、塗布した接着剤中に空隙や気泡が生じないように、塗布前に接着剤を十分に脱泡しておくことが重要である。接着剤中のエポキシ基が多くなるほど、本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面に存在する官能基との化学的相互作用が強くなり、接着剤中の空隙や気泡が少ないほど、接着剤層自体のせん断強度が高くなるためである。
【0051】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面自由エネルギー(γTOTAL)は30mJJ/m以上80mJ/m以下であることが好ましい。より好ましくは35~75mJ/mである。表面自由エネルギーが30~80mJ/mであることにより、本発明の成形品の表面に良好な接着活性を付与できるので好ましい。
【0052】
本発明の成形品の表面自由エネルギーは、高いほど上記特性に優れる傾向にあり好ましい。しかしながら、表面自由エネルギーが高すぎると、材料の表面が脆くなる場合や、その活性が長期間持続せずに、接着剤塗布時に良好な接着性を発現しない可能性がある。
【0053】
炭素繊維複合材料の成形品の表面自由エネルギーは、成形時に使用する離型剤や、離型フィルム、成形後の表面処理により制御することができる。離型剤や離型フィルムに含まれるフッ素元素の含有量が少ないほど、表面自由エネルギーは大きくなる。また、成形後の炭素繊維複合材料の表面に大気圧プラズマ処理を施すことで、表面自由エネルギーを高くすることができる。
【0054】
表面自由エネルギー(γTOTAL)は、炭素繊維複合材料を形成するマトリックス樹脂をエポキシ樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリプロピレン樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シアネートエステル樹脂など、使用する樹脂により変化させることができる。
【0055】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面自由エネルギー分散成分(γ)と表面自由エネルギー極性成分(γ)の比{γ/γ}は0以上1以下であることが好ましく、より好ましくは0.1~1、さらに好ましくは0.2~1、最も好ましくは0.3~1である。表面自由エネルギー分散成分と表面自由エネルギー極性成分の比が上記範囲内であることにより、本発明の成形品の表面に良好な接着剤との反応性を付与できる。そして同時に本発明の成形品表面の強度を良好に保つことができる。その結果、金属との接合体に外部から衝撃が加わった際に、接着剤と成形品との間の界面での剥離破壊や、炭素繊維複合材料の成形品自体の表面付近が破壊されにくくすることができる。
【0056】
表面自由エネルギー極性成分(γ)については、成形時に使用する離型剤や、離型フィルム、成形後の表面処理により制御することができる。例えば、成形後の炭素繊維複合材料の成形品の表面に大気圧プラズマ処理を行う際に、使用する気体の種類や、処理時のプラズマノズルと成形品間の距離や、処理速度により、成形品表面に導入する官能基の種類や量を調整することで、制御することができる。
【0057】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面は、X線光電子分光法により測定される炭素繊維複合材料の成形品の表面のフッ素(F)と炭素(C)との原子数の比{F/C}が0以上0.5以下であることが好ましい。より好ましくは0~0.4、さらに好ましくは0~0.3、最も好ましくは0~0.2である。
【0058】
本発明の成形品の表面のフッ素濃度は低いほど、高い接着性を付与することができる。これは、フッ素元素が接着剤のエポキシ基と本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面の化学的相互作用を阻害するためである。
【0059】
フッ素濃度は、成形時に使用する離型剤や離型フィルムや、成形後に本発明の成形品の表面処理により制御することができる。フッ素元素の含有量が少ない離経剤や離型フィルムによる成形や、成形後に、炭素繊維複合材料の表面に大気圧プラズマ処理を施すことで、フッ素元素の濃度を低減させることができる。
【0060】
成形において、フッ素が含まれる離型剤や離型フィルムを使用するのであれば、実際上0.1以上3.0以下であってもいい。
【0061】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面は、X線光電子分光法により測定される炭素繊維複合材料の成形品の表面の酸素(O)と炭素(C)との原子数の比{O/C}が0.2以上1.2以下であることが好ましい。より好ましくは0.2~1.0であり、最も好ましくは0.2~0.8である。
【0062】
本発明の成形品の表面の酸素濃度が高いほど、高い接着性を付与することができる。これは、酸素元素を含む官能基が炭素繊維複合材料の成形品の表面に多く存在し、接着剤のエポキシ基と化学的相互作用を形成しやすくなるためである。
【0063】
{O/C}の値が1.2より大きい場合、成形品の表面は、空気中の水蒸気などと反応してしまうため、{O/C}を大きいままに保管することは実質的に難しい。
【0064】
表面の酸素(O)と炭素(C)との原子数の比は、成形後にその表面を処理により制御することができる。例えば、得られた成形品の表面を大気圧プラズマ処理することにより、本発明の炭素繊維複合材料の成形品の表面により多くの酸素元素を導入することができる。導入する酸素元素の量を制御するためには、大気圧プラズマを照射するノズルと成形品との距離を短くして処理することや、処理速度を遅くする方法があげられる。さらには、プラズマ照射時にプラズマ発生ノズルに導入する気体を、乾燥空気の代わりに、酸素ガスや窒素ガスを使用すること、さらにはそれらの気体濃度、混合比や流量(L/min)を調整することにより成形品の表面の酸素濃度を高めることができる。
【0065】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、その表面をX線光電子分光法により測定し、そのナロースキャンC1sのデータをピーク分割した場合に、284.6eV付近に観測される最もピーク面積の大きなメインピーク(M)(CHx、C-Cの結合に帰属される)に対して、C-OおよびC-Nに帰属されるピーク(X)の面積比{X/M}が0.4以上0.8以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.6~0.8である。
【0066】
本発明の成形品は、その表面をX線光電子分光法により測定し、そのナロースキャンC1sのデータをピーク分割した場合に、最もピーク面積の大きなメインピーク(M)に対してC=Oに帰属されるピーク(Y)の強度比{Y/M}が0.1以上0.3以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.15~0.3である。
【0067】
本発明の成形品は、その表面をX線光電子分光法により測定し、そのナロースキャンC1sのデータをピーク分割した場合に、最もピーク面積の大きなメインピーク(M)に対してC(=O)-Oに帰属されるピーク(Z)の強度比{Z/M}が0.1以上0.3以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.15~0.3である。
【0068】
本発明の成形品の表面に存在する官能基について、C-O、C-N、C=O、C(=O)-Oという官能基が多い場合、接着剤中のエポキシ基との化学的相互作用できる点が増えることになり、炭素繊維複合材料と接着剤間に良好な接着強度を付与することができる。これらの中でも、エポキシ基との反応性が高いC=Oのピーク強度が高いことが最も好ましい。
【0069】
本発明の成形品の表面の官能基の種類については、炭素繊維複合材料に含まれる樹脂組成物の種類や、成形後の表面処理により制御することができる。例えば、樹脂組成物については、樹脂の化学構造中に、C-O,C-N,C=O、C(=O)-Oという成分を多く含む樹脂を使用することや、成形後の表面を大気圧プラズマ処理する際に、プラズマを発生する雰囲気の酸素の濃度を高めることで、上記の官能基の濃度を調整することができる。
【0070】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、その表面にエポキシ化合物を含有する接着剤層を介して金属を接合させた接合体の引張せん断接合強さ(F)と、同様に準備した接合体を室熱処理後に測定した引張せん断接合強さ(F11)の比{F11/F}が0.75以上1以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.80~1、最も好ましくは0.85~1である。
【0071】
引張せん断接合強さの比{F11/F}が上記範囲であることにより、本発明の成形品と金属とを接着剤層を介して接合した接合体を自動車部材、航空機部材、建築部材として用いた場合に、所望の接合強度を長期間保持することができる。そのため、それら最終製品に高い耐久性や信頼性を付与することができるため、好ましい。
【0072】
この引張せん断接合強さの比{F11/F}は、使用する接着剤として、エポキシ基の含有量や、吸湿性、耐熱性を調整することで、制御することができる。
【0073】
以下に、プレス成形法を用い、炭素繊維プリプレグを成形前の炭素繊維複合材料とした場合の成形品の製造方法の一例を示す。
【0074】
例えば、一方向プリプレグ P3842S-20(東レ株式会社製)を、炭素繊維の方向が並行になるよう(0/0)の構成で積層し、この積層体の両表面にポリプロピレンフィルム(東レ(株)製 “トレファン”(登録商標)BO2500 厚み50μm、艶ありタイプ)を設置した後、加熱プレスを用いて120℃、圧力2MPaで40分間加熱加圧圧縮して厚さ約3mmの積層板を得る。
【0075】
得られた積層板に対して、日本プラズマトリート社のプラズマ発生装置(ジェネレーターFG5001、ローテーションノズルRD1004)を用いて、プラズマ処理ノズルと積層板との距離を5mm、処理ノズルが積層板上の移動する速度を5m/minとし、常温常湿下で空気中で発生させたプラズマを積層板に照射する形で処理を実施することで、本発明の特徴を有する炭素繊維複合材料の成形品が得られる。
【0076】
プラズマ処理の処理条件としては、プラズマノズル回転数1000~3000rpm、プラズマノズルの背圧40~60mbar、プラズマノズルから気体の流量35~55L/minであることが好ましい。さらに好ましくは、プラズマノズル回転数は1500~2800rpm、プラズマノズルの背圧45~55mbar、プラズマノズルから気体の流量40~50L/minである。この条件にて処理することにより、効果的かつ効率的に炭素繊維複合材料の成形品の表面に官能基を導入することが可能となる。
【0077】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、接着剤層を介して金属との強固な接合を形成することができる。特に、最終製品が完成後に解体・修正することが困難な、自動車、航空機、建築物の構造部材として用いる際は、金属材料との接合性に優れ、その接合強度を長期に維持することができるため、従来の炭素繊維複合材料の成形品に比べて高い信頼性を付与することができるので好ましい。
【実施例
【0078】
本発明を、実施例に基づいて説明する。以降、炭素繊維複合材料の成形品を単に成形品という。
【0079】
I.特性の測定方法
特性の測定方法は以下のとおりとした。
【0080】
1.引張せん断接合強さ
成形品の接着面上に接着剤を塗布し、そこに金属材料を接着させた重ね合わせ試験片を用いて引張せん断接合強さ測定を行う。万能試験機により引張試験を実施し、重ね合わせ試験片が破壊する時の荷重ならびに接合部の破壊状態の目視観察を行った。
【0081】
尚、引張試験は、23℃、50%RHの雰囲気下にて、試験機のチャック間の距離を115mmとして実施した。
【0082】
2.接合部の破壊状態
接合部の破壊状態を観察し、以下のとおり分類した。結果を示す表ではA,B,Cと記載した。
A.接着剤凝集破壊・・・引張せん断試験後に、破壊された試験体について、接着剤が金属側と成形品側の両方に付着している状態をいう。
B.成形品と接着剤の界面で剥離・・・引張せん断試験後に、破壊された試験体について、接着剤層が全て金属側に残った状態であり、炭素繊維複合材料側には接着剤が付着していない状態をいう。
C.金属と接着剤の界面で剥離・・・引張せん断試験後に、破壊された試験体について、接着剤層が全て成形品側に残った状態であり、金属側には接着剤が付着していない状態をいう。
【0083】
3.表面自由エネルギー
測定したい試験片を水平に設置したガラス板上に設置した。KRUSS GmbH製全自動ハンディ接触角計MSAとソフトウェアADVANCE(Ver.1.8)を用いて、この試験片上に超純水(“CAS RN”:7732-18-5)、ジヨードメタン(“CAS RN”:75-11-6)の各液体2μLを滴下した。滴下から3秒後に試験片上に形成される液滴を真横から観察し、試験片と液滴のなす接触角θを測定した。
【0084】
接触角θ(°)の算出においては、当該試験片上の任意の5箇所において、同様の測定を実施し、その最大値、最小値を除いた3点の測定結果の平均値を当該試験体の接触角θ(°)とした。
【0085】
得られた接触角θ(°)を用いて、Owens-Wendt -Rable-Kaelble法により、当該成形品の表面自由エネルギー(γTOTAL)、表面自由エネルギー分散成分(γ)、表面自由エネルギー極性成分(γ)を算出した。
【0086】
超純水の接触角の測定条件は以下のとおりとした。
接触角測定雰囲気温度:20℃
表面自由エネルギー算出の際に使用する超純水の表面張力データ:72.8mN/m(極性 51.0mN/m、分散 21.8mN/m)(引用文献:J. Colloid Interface Sci, 127, 1989, 189 - 204、著者名:Janczuk, B.)。
【0087】
ジヨードメタンの接触角測定条件は以下のとおりとした。
接触角測定雰囲気温度:25℃
表面自由エネルギー算出の際に使用するジヨードメタンの表面張力データ:50.8mN/m(極性 0mN/m、分散 50.8mN/m)(引用文献:J. Colloid Interface Sci, 119, 1987, 352 - 361、著者名:Strom, G.)。
【0088】
4.X線光電子分光法測定
PHI社製 光電子分光装置(型式 Quantera SHM)を用いて、本発明の成形品の小片を試料支持台に並べた。試料チャンバー内を1×10Torrに保ち、下記条件にて全エネルギー範囲を走査して高感度に元素の検出を行う定性分析(ワイドスキャン分析)および、高いエネルギー分解条件で狭い範囲のエネルギー範囲を走査する高分解能分析(ナロースキャン分析)を、炭素元素(C1s)を対象に実施した。そののち、データ処理・解析を実施した。それぞれの分析について、0~1100eV、278~298eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより、各ピークの面積強度を算出した。
【0089】
C1sのナロースキャン分析については、図1に示すように、284.61 eV付近のピークをCHx, C-C, C=C結合、286.34 eV付近のピークをC-OまたはC-N結合、287.66eV付近のピークをC=O結合、289.01eV付近のピークをO=C-O結合のピーク、290.80eV付近のピークをπ-π*サテライト、O-C(=O)-O結合のピークとなるように分割した後に、それぞれのピーク面積を算出した。
【0090】
ワイドスキャン分析から得られる元素の原子数比(atomic%)を、相当する元素の当該成形品の表面の原子数とした。また、ナロースキャン分析より得られたC-OおよびC-Nの結合のピークの強度をX、CH, C-C, C=C結合のピークの強度をM、C=O結合のピークの強度をY, O=C-O結合のピークの強度をZとした。
【0091】
測定条件は以下のとおりとした。
励起X線:monochromatic Al Kα1,2線(1486.6eV)
X線径:200μm
光電子検出角度:45°(試料表面に対する検出器の傾き)
X線出力:15kV、45W。
【0092】
データ処理は以下のとおりとした。
スムージング:9-point smoothing
横軸補正:C1sスキャンのメインピーク(M)(CHx、C-Cの結合)を284.6eVとした。
【0093】
5.表面粗さRa
触針式表面粗さ計を用いて下記条件にて成形品の中心線平均粗さRaを測定する。成形品の炭素繊維と直角方向に20回走査して測定を行い、得られた結果の平均値を本発明における平均粗さRaとした。
測定装置:小坂研究所製高精度薄膜段差測定器ET-10
触針先端半径:0.5μm
触針荷重:5mg
測定長:1mm
カットオフ値:0.08mm
測定環境:温度23℃湿度65%RH。
【0094】
6.10点平均粗さRzおよび粗さ曲線要素の平均長さRSm
小坂研究所の三次元微細形状測定器(型式ET-350K)および三次元表面粗さ解析
システム(型式TDA-22)を用いて表面粗さRz(10点平均粗さ)および、粗さ曲線要素の平均長さRSmを測定した。条件は下記のとおりであり、20回の測定の平均値をもってそれぞれの値とした。
触針径:2μm
触針の荷重:0.04mN
縦倍率:5万倍
カットオフ:0.5mm
送りピッチ:5μm
測定長:0.5mm
測定面積:0.2mm
測定速度:0.1mm/秒。
【0095】
7.接着剤塗布前の材料表面処理にかかる前処理時間。
【0096】
成形品の成形後、金型などから脱型した後、接着剤を塗布する前に実施する成形品の表面加工にかかる処理時間について、生産工程のタクトタイムの観点から下記基準にて評価した。
幅25mm、長さ100mmの試験体の表面を均一に処理するために必要な時間を以下のとおり分類した。
処理時間1分以下:A
処理時間1分超え:B。
【0097】
8.耐久性試験
接着剤で接合した重ね合わせ試験片を、高度加速寿命試験器(エスペック(株)製ライトスペック恒温恒湿器LHU-114型)を用いて85℃、95%RHの雰囲気の湿熱下で30日間放置した後、自然冷却し、標準状態(23±2℃、50±5%RH)で24時間放置した。この接合試験体について前記と同条件での引張試験を20回行い、その破壊時の荷重の平均値(F11)を求めた。得られた荷重の平均値(F11)、とFから強度保持率 F11/F0 を次式で求めた。
強度保持率(%)=(F11/F)×100。
【0098】
9.総合評価
以下の基準により評価した。なお「接合強度が規定内にある」とは「引張せん断接合強さ(F)が10MPa以上40MPa以下であること」を意味する。
接合強度が規定外の場合:不良
前処理時間が1分を超える場合:不良
接合強度が規定内の場合かつ、処理1分以内かつ、F11/Fが0.8より大きい場合:優秀
接合強度が規定内の場合かつ、処理1分以内かつ、F11/Fが0.75より大きく0.8以下の場合:良好
接合強度が規定内の場合かつ、処理1分以内かつ、F11/Fが0.6より大きく0.75以下の場合:普通。
II.実施例、比較例での成形品およびそこで使用した材料
<成形品1>
一方向性炭素繊維プリプレグ(東レ(株)製 P3832S-20)を、繊維方向を全て揃えたて16枚積層し、この積層体の両表面にポリプロピレンフィルム(東レ(株)製 “トレファン”(登録商標)BO2500 厚み50μm、艶ありタイプ)を設置した後、プレス成形法により平均厚み3mmの成形品1を得た。この成形品1を用いた後述の各実施例における表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定結果ならびに解析結果を表に示す。その後、各成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工を行った。
【0099】
<成形品2>
成形品1の作製において、ポリプロピレンフィルムの代わりに、フッ素樹脂フィルム(AGC(株)製 “アフレックス”(登録商標) 25MW 1080NT)を使用した以外は、同様に成形し成形品2を得た。この成形品2を用いた後述の各実施例における表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定結果ならびに解析結果を表に示す。
【0100】
その後、各成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工を行った。
【0101】
<接着剤1>
3M社製 2液硬化型エポキシ系接着剤『“オートミックスTM(登録商標) パネルボンド 8115』を使用して、専用のハンドガン(3M社製 オートミックスハンドガン8117)と専用のミキシングノズル(3M社製 オートミックスミキシングノズル8193)を用いて、試験片に塗布した。なお、接着面積を制御するために、マスキングペーパーを使用し、所望の面積以上に接着剤が付着しないようにした。なお、接着剤層厚さは、φ0.5±0.1mmのガラスビーズで調整した。
<接着剤2>
LORD社製 2液硬化型ウレタン系接着剤「“LORD”(登録商標)7545-A/D」(Aは主材、Dは硬化剤)を使用して、ハンドガンと、専用のミキシングノズルを用いて、試験片に塗布した。なお、接着面積を制御するために、マスキングペーパーを使用し、所望の面積以上に接着剤が付着しないようにした。なお、接着剤層厚さは、φ0.5±0.1mmのガラスビーズで調整した。
【0102】
<金属1>
鉄(グレード SPCC-SD)(厚み1.5mm)を45mm×10mmの短冊片にレーザーにて切削加工した後、短冊片の表面をアセトンにて脱脂した後で使用した。
【0103】
<成形品3>
成形品1の作製において、ポリプロピレンフィルムの代わりに、ポリ-4-メチルペンテン-1 フィルム(三井化学東セロ(株)製 “オピュラン”(登録商標) X88B)を使用した以外は、同様に成形し成形品3を得た。この成形品3を用いた後述の各実施例における表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定結果ならびに解析結果を表1に示す。
【0104】
その後、各成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工を行った。
【0105】
<成形品4>
成形品1の作製において、ポリプロピレンフィルムの代わりに、ポリ-4-メチルペンテン-1 フィルム(三井化学東セロ(株)製 “オピュラン”(登録商標) X44B)を使用した以外は、同様に成形し成形品4を得た。この成形品4を用いた後述の各実施例での表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定結果ならびに解析結果を表に示す。
【0106】
その後、各成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工を行った。
【0107】
<成形品5>
成形品1の作製において、ポリプロピレンフィルムの代わりに、シクロオレフィンポリマー フィルム(日本ゼオン(株)製 “ゼオノアフィルム”(登録商標) ZF16-050)を使用した以外は、同様に成形し成形品5を得た。この成形品5を用いた後述の各実施例での表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定結果ならびに解析結果を表1に示す。
【0108】
その後、各成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工を行った。
III.実施例、比較例
(実施例1)
成形品1の短冊片の表面に大気圧プラズマ処理を施した。大気圧プラズマ処理は、日本プラズマトリート社のプラズマ発生装置(ジェネレーターFG5001、ローテーションノズルRD1004)を用いて、プラズマ処理ノズルと成形品との距離を5mm、処理ノズルが成形品1上の移動する速度を5m/minとし、プラズマノズルの回転数1600RPM、処理ノズルに導入する空気流量45L/分、昇圧後のワット数433Wにて、常温常湿下、空気中で発生させたプラズマを炭素繊維複合材料1に照射する形で処理を実施した。
【0109】
このプラズマ処理した後の成形品1の表面自由エネルギー、表面自由エネルギー分散成分、表面自由エネルギー極性成分、X線光電子分光法による測定ならびに解析結果を表に示す。
【0110】
処理から30分以内に、成形品1のプラズマ処理した面の上に、接着剤1を塗布し、金属1と接合し ISO 19095-2(2015)に記載の重ね合わせ試験片タイプB(接着厚み:0.5mm)を作製した。
【0111】
重ね合わせ試験片作製時、塗布した接着剤は、熱風オーブン内にて、乾燥空気雰囲気下にて、60℃で5時間静置することにより、接着剤を完全硬化させ、成形品と金属の重ね合わせ試験片を作製した。当該試験片は、25℃、50%RH雰囲気下で保管した。
【0112】
この重ね合わせ試験片作製から1週間以内に、ISO 19095-3(2015)に記載の引張せん断接着強さ評価用装置の試験片保持具を使用し、室温25℃にて、試験速度5mm/minで引張試験を実施した。引張試験機はINSTRON社製 万能試験機 5969を使用し、n数3で評価し、その平均値を引張せん断接合強さ(F)とした。
【0113】
また、重ね合わせ試験片を作製した後、上記耐久性試験に記載の方法で試料を作製した後、ISO 19095-3(2015)に記載の試験片保持具を使用し、室温25℃にて、試験速度5mm/minで引張試験を実施した。引張試験機はINSTRON社製 万能試験機 5969を使用し、n数3で評価し、その平均値を引張せん断接合強さ(F11)とした。
【0114】
得られた重ね合わせ試験片の評価結果を表に示す。
【0115】
(実施例2)
実施例1において、成形品1の代わりに成形品2を使用する以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例2とした。
【0116】
(実施例3)
成形品1の表面のいずれか一方に、接着剤1を塗布し、金属1と接合し ISO 19095-2(2015)に記載の重ね合わせ試験片(接着厚み:0.5mm)を作製した。
【0117】
この重ね合わせ試験片作製から1週間以内に、ISO 19095-3(2015)に記載の試験片保持具を使用し、室温25℃にて、試験速度5mm/minで引張試験を実施した。引張試験機はINSTRON社製 万能試験機 5969を使用し、n数3で評価し、その平均値を引張せん断接合強さ(F)とした。
【0118】
また、重ね合わせ試験片を作製した後、湿熱処理した後、ISO 19095-3(2015)に記載の試験片保持具を使用し、室温25℃にて、試験速度5mm/minで引張試験を実施した。引張試験機はINSTRON社製 万能試験機 5969を使用し、n数3で評価し、その平均値を引張せん断接合強さ(F11)とした。
【0119】
得られた重ね合わせ試験片の評価結果を表1に示す。
【0120】
(実施例4)
実施例1において、成形品1の代わりに成形品3を使用する以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例4とした。
【0121】
(実施例5)
実施例1において、成形品1の代わりに成形品4を使用する以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例5とした。
【0122】
(実施例6)
実施例1において、成形品1の代わりに成形品5を使用する以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例6とした。
(実施例7)
実施例1において、処理ノズルに導入する気体を、空気ではなく酸素70体積%、空気30体積%の混合気体流量45L/分、とし、常温常湿下で発生させたプラズマ使用したことと、成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工後にアセトンによる脱脂を実施してからその後使用した点以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例7とした。
【0123】
(実施例8)
実施例1において、処理ノズルに導入する気体を、空気ではなく窒素70体積%、空気30体積%の混合気体流量45L/分、とし、常温常湿下で発生させたプラズマ使用したことと、成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工後にアセトンによる脱脂を実施してからその後使用した点以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を実施例8とした。
【0124】
(実施例9)
成形品2の成形時に、積層対の両表面に“アフレックス”(登録商標) 25MW 1080NT)を設置するのではなく、プレス装置の金型の表面に、ネオス株式会社製“フリリース”(登録商標)65を蒸留水にて5倍希釈して噴霧して成形したことと、成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工後にアセトンによる脱脂を実施してからその後使用した点以外は、実施例2と同様の条件で実施した場合を実施例9とした。
【0125】
(実施例10)
成形品2の成形時に、積層対の両表面に“アフレックス”(登録商標) 25MW 1080NT)を設置するのではなく、プレス装置の金型の表面に、ダイキン工業株式会社製“ダイフリー”(登録商標)GW-251を蒸留水にて5倍希釈して噴霧して成形したことと、成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工後にアセトンによる脱脂を実施してからその後使用した点以外は、実施例2と同様の条件で実施した場合を実施例10とした。
【0126】
(実施例11)
接着剤1を使用する代わりに、LORD社製二液ウレタン接着剤 LORD7545の接着剤2を使用したことと、成形品を45mm×10mmの短冊片に切削加工後にアセトンによる脱脂を実施してからその後使用した点以外は、実施例2と同様の条件で実施した場合を実施例11とした。
【0127】
(比較例1)
実施例1において、成形品1の代わりに成形品2を使用する以外は、実施例1と同様の条件で実施した場合を比較例1とした。
【0128】
(比較例2)
一方向性炭素繊維プリプレグ(東レ(株)製 P3832S-20)を、繊維方向を全て揃えたて16枚積層し、この積層体の両表面にポリビニルアルコールフィルム((株)クラレ製 “ポバール”(登録商標)フィルム ♯4000)を設置した後、プレス成形法により平均厚み3mmの成形品を得ようとしたが、プレス成形後にポリビニルアルコールフィルムが成形体からはがれなかったため、試験片の作製ができなかった。
【0129】
【表1】
【0130】
【表2】
【0131】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明の炭素繊維複合材料の成形品は、従来の炭素繊維複合材料に比較して、接着性と接着性の長期安定性に優れるため、接着剤により金属と接合する必要がある部位を有する自動車、航空機、建築分野において特に有用である。特に自動車ボディのフードやドアなどのパネル構造などにおいて、金属材料のアウター部材とインナー部材を接合する接合構造に好適である。さらに、例えば、炭素繊維と組み合わせる樹脂組成物を変えることで、接着性以外の特性を自由に調整することが可能になるため、広範な用途の展開が可能である。
図1