(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】結晶化ガラス物品の製造方法及び結晶化ガラス物品
(51)【国際特許分類】
C03B 32/02 20060101AFI20241112BHJP
C03C 10/12 20060101ALI20241112BHJP
C03C 3/083 20060101ALI20241112BHJP
C03C 3/085 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
C03B32/02
C03C10/12
C03C3/083
C03C3/085
(21)【出願番号】P 2022515229
(86)(22)【出願日】2021-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2021006603
(87)【国際公開番号】W WO2021210270
(87)【国際公開日】2021-10-21
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2020074115
(32)【優先日】2020-04-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000232243
【氏名又は名称】日本電気硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001232
【氏名又は名称】弁理士法人大阪フロント特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】片山 裕貴
【審査官】酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-056745(JP,A)
【文献】特開2002-104841(JP,A)
【文献】特開2004-075441(JP,A)
【文献】特開平05-213629(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 32/02
C03C 10/12
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性ガラスを結晶化させ、結晶化ガラスを得る、結晶化工程と、
前記結晶化ガラスを50℃以下の温度から、前記結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する、昇温工程と、
前記昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する、降温工程と、
を備え
、
前記結晶性ガラスが、ガラス組成として、質量%で、SiO
2
55.0%~70.0%、Al
2
O
3
15.0%~30.0%、Li
2
O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO
2
0%~4.0%、ZrO
2
0%~4.0%、P
2
O
5
0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na
2
O 0%~4.0%、及びK
2
O 0%~4.0%を含有するガラスからなる、結晶化ガラス物品の製造方法。
【請求項2】
ガラス組成として、質量%で、SiO
2
55.0%~70.0%、Al
2
O
3
15.0%~30.0%、Li
2
O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO
2
0%~4.0%、ZrO
2
0%~4.0%、P
2
O
5
0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na
2
O 0%~4.0%、及びK
2
O 0%~4.0%を含有するガラスからなり、
20℃の雰囲気温度で8000時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.1ppm以上、0.1ppm以下である、結晶化ガラス物品。
【請求項3】
ガラス組成として、質量%で、SiO
2
55.0%~70.0%、Al
2
O
3
15.0%~30.0%、Li
2
O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO
2
0%~4.0%、ZrO
2
0%~4.0%、P
2
O
5
0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na
2
O 0%~4.0%、及びK
2
O 0%~4.0%を含有するガラスからなり、
20℃の雰囲気温度で4800時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.13ppm以上、0.1ppm以下である、結晶化ガラス物品。
【請求項4】
精密スケール用の部材に用いられる、請求項
2又は3に記載の結晶化ガラス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶化ガラス物品の製造方法、該結晶化ガラス物品の製造方法に用いられる結晶化ガラスの熱処理方法、及び結晶化ガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、精密スケール用の部材、精密機器の構造部材、あるいは精密ミラーの基材等に結晶化ガラスが用いられている。
【0003】
下記の特許文献1には、300℃~ガラス転移点の温度で24時間熱処理を行い、熱処理前後での熱膨張係数の差(Δα)が±0.20×10-7/℃以内であり、且つ、熱処理後の-40℃~80℃における熱膨張係数が0±0.3×10-7/℃以内である結晶化ガラスが開示されている。特許文献1では、このような結晶化ガラスは、温度が変化するような環境に曝されたとしても、温度変化による寸法変化を抑えることができる旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、精密スケール用の部材などに結晶化ガラスを用いる場合、経年収縮量を小さくすることが求められている。しかしながら、特許文献1の結晶化ガラスにおいても、熱処理をした後、長期間経過すると寸法変化が生じ、経年収縮量を十分に小さくすることができないという問題がある。
【0006】
本発明の目的は、経年収縮量の小さい結晶化ガラス物品を得ることを可能とする、結晶化ガラス物品の製造方法、該結晶化ガラス物品の製造方法に用いられる結晶化ガラスの熱処理方法、及び結晶化ガラス物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る結晶化ガラス物品の製造方法は、結晶性ガラスを結晶化させ、結晶化ガラスを得る、結晶化工程と、前記結晶化ガラスを50℃以下の温度から、前記結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する、昇温工程と、前記昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する、降温工程と、を備えることを特徴としている。
【0008】
本発明においては、前記結晶性ガラスが、ガラス組成として、質量%で、SiO2 55.0%~70.0%、Al2O3 15.0%~30.0%、Li2O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO2 0%~4.0%、ZrO2 0%~4.0%、P2O5 0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na2O 0%~4.0%、及びK2O 0%~4.0%を含有するガラスからなることが好ましい。
【0009】
本発明に係る結晶化ガラスの熱処理方法は、結晶化ガラスを50℃以下の温度から、前記結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する、昇温工程と、前記昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する、降温工程と、を備えることを特徴としている。
【0010】
本発明に係る結晶化ガラス物品の広い局面では、20℃の雰囲気温度で8000時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.1ppm以上、0.1ppm以下であることを特徴としている。
【0011】
本発明に係る結晶化ガラス物品の他の広い局面では、20℃の雰囲気温度で4800時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.13ppm以上、0.1ppm以下であることを特徴としている。
【0012】
本発明においては、前記結晶化ガラス物品が、ガラス組成として、質量%で、SiO2 55.0%~70.0%、Al2O3 15.0%~30.0%、Li2O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO2 0%~4.0%、ZrO2 0%~4.0%、P2O5 0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na2O 0%~4.0%、及びK2O 0%~4.0%を含有するガラスからなることが好ましい。
【0013】
本発明に係る結晶化ガラス物品は、精密スケール用の部材に用いられることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、経年収縮量の小さい結晶化ガラス物品を得ることを可能とする、結晶化ガラス物品の製造方法、該結晶化ガラス物品の製造方法に用いられる結晶化ガラスの熱処理方法、及び結晶化ガラス物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る結晶化ガラス物品を示す模式的斜視図である。
【
図2】
図2は、実施例1及び比較例1で作製したサンプルの初回測定日からの経過日数と寸法収縮率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、好ましい実施形態について説明する。但し、以下の実施形態は単なる例示であり、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0017】
[結晶化ガラス物品の製造方法及び結晶化ガラスの熱処理方法]
本発明の結晶化ガラス物品の製造方法は、結晶性ガラスを結晶化させ、結晶化ガラスを得る、結晶化工程と、結晶化ガラスを50℃以下の温度から、結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する、昇温工程と、昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する、降温工程とを備える。
【0018】
また、本発明の結晶化ガラスの熱処理方法は、結晶化ガラスを50℃以下の温度から、結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する、昇温工程と、昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する、降温工程とを備える。以下、昇温工程及び降温工程を総称して、熱処理工程と称する場合があるものとする。
【0019】
従って、本発明の結晶化ガラス物品の製造方法では、結晶性ガラスを結晶化させることにより用意した結晶化ガラスを、本発明の結晶化ガラスの熱処理方法を用いて熱処理することにより、本発明に係る結晶化ガラス物品を得ることができる。
【0020】
また、本発明の結晶化ガラス物品の製造方法では、結晶性ガラスを結晶化させることにより用意した結晶化ガラスを、本発明の結晶化ガラスの熱処理方法を用いて熱処理するので、長期間経過しても寸法変化が少なく、経年収縮量が小さい結晶化ガラス物品を得ることができる。なお、この点については、以下のように説明することができる。
【0021】
結晶化ガラスの残存ガラス相は、降温スピードを考慮せず単に熱処理により焼成するだけでは、完全に締まりきった構造とすることが難しい。この原因については、残存ガラス相の仮想温度が高いため、構造が未だ変化できる状態にあるためであると考えられる。
【0022】
これに対して、本発明のように、結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温した後、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで徐冷した場合、仮想温度を十分に低下させることができる。なお、上述の熱処理では、好ましくは核形成温度-70℃以上、より好ましくは核形成温度-60℃以上、さらに好ましくは核形成温度-50℃以上、且つ核形成温度未満の温度まで昇温することが好ましい。仮想温度を十分に低下させることができるため、本発明の熱処理方法で熱処理することによって、長期間の経過により構造変化を引き起こす残存ガラス相の割合を少なくすることができ、得られる結晶化ガラス物品の経年収縮量を小さくできるものと考えられる。
【0023】
なお、本発明の熱処理方法により熱処理すると、熱膨張係数が若干小さくなることが確認されている。従って、本発明の熱処理方法により熱処理した後に、熱膨張係数を0に近づけるためには、本発明による熱処理前の結晶化ガラスの熱膨張係数をその差分だけ大きくなるように調整しておくことが望ましい。なお、熱処理前の結晶化ガラスの熱膨張係数は、以下に示す結晶性ガラスの結晶化条件により調整することができる。
【0024】
以下、各工程の詳細について説明する。
【0025】
(結晶化工程)
結晶化工程では、まず、結晶性ガラスを用意する。
【0026】
結晶性ガラスは、ガラス組成として、質量%で、SiO2 55.0%~70.0%、Al2O3 15.0%~30.0%、Li2O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO2 0%~4.0%、ZrO2 0%~4.0%、P2O5 0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na2O 0%~4.0%、及びK2O 0%~4.0%を含有するガラスであることが好ましい。結晶性ガラスがこのような組成を有する場合、上述した熱処理をした後においても、得られる結晶化ガラス物品の熱膨張係数をより一層0に近づけることができる。以下、上記のガラス組成が好ましい理由について説明する。
【0027】
SiO2はガラスの骨格を形成するとともに、結晶を構成する成分である。SiO2の含有量は、質量%で、好ましくは55.0%~70.0%、より好ましくは60.0%~70.0%である。SiO2の含有量が上記下限値以上である場合、得られる結晶化ガラスの熱膨張係数をより一層小さくすることができる。一方、SiO2の含有量が上記上限値以下である場合、ガラスの溶融性をより一層向上させることができ、より一層均一なガラスを得ることができる。
【0028】
Al2O3は、SiO2と同様にガラスの骨格を形成する成分であるとともに、結晶を構成する成分である。Al2O3の含有量は、質量%で、好ましくは15.0%~30.0%、より好ましくは17.0%~28.0%である。Al2O3の含有量が上記下限値以上である場合、得られる結晶化ガラスの熱膨張係数をより一層小さくすることができる。一方、Al2O3の含有量が上記上限値以下である場合、ガラスの溶融性をより一層向上させることができ、より一層均一なガラスを得ることができる。
【0029】
Li2Oは、結晶を構成する成分であるとともに、ガラスの修飾成分である。Li2Oの含有量は、質量%で、好ましくは2.0%~6.0%、より好ましくは2.0%~5.5%である。Li2Oの含有量が上記下限値以上である場合、より一層容易に所望の結晶を析出させることができる。一方、Li2Oの含有量が上記上限値以下である場合、得られる結晶化ガラスの熱膨張係数をより一層小さくすることができる。
【0030】
MgO及びZnOは、結晶に固溶する成分である。MgO及びZnOの含有量は、それぞれ、質量%で、好ましくは0%~2.0%、より好ましくは0%~1.5%である。MgO及びZnOの含有量が上記上限値以下である場合、β-石英固溶体又はβ-ユークリプタイト固溶体の他に、スピネルやガーナイト等の異種結晶が析出することをより一層抑制することができ、使用時の温度変化による破損をより一層抑制することができる。
【0031】
TiO2及びZrO2は、結晶を析出させるための核形成成分である。TiO2及びZrO2の含有量は、それぞれ、質量%で、好ましくは0%~4.0%、より好ましくは0%~3.5%である。TiO2及びZrO2の含有量が上記上限値以下である場合、ガラスを溶融、成形する際に、より一層失透し難くすることができ、より一層均質なガラスを得ることができる。
【0032】
また、TiO2及びZrO2の合計量は、質量%で、好ましくは1.5%~6.0%である。TiO2及びZrO2の合計量が上記下限値以上である場合、より一層容易に所望の結晶化度を得ることができ、核形成作用をより十分なものとすることができる。一方、TiO2及びZrO2の合計量が上記上限値以下である場合、ガラスを溶融、成形する際に、より一層失透し難くすることができ、より一層均質なガラスを得ることができる。
【0033】
P2O5は、ガラスの核形成を容易にする成分である。P2O5の含有量は、質量%で、好ましくは0%~4.0%、より好ましくは0%~3.0%である。P2O5の含有量が上記上限値以下である場合、ガラスを分相し難くすることができ、より一層均質なガラスを得ることができる。
【0034】
BaOは、ガラスの粘性を低下させて、ガラス溶融性及び成形性を向上させる成分である。BaOの含有量は、質量%で、好ましくは0%~2.0%、より好ましくは0%~1.8%である。BaOの含有量が上記上限値以下である場合、ガラスを溶融、成形する際に、より一層失透し難くすることができ、より一層均質なガラスを得ることができる。
【0035】
Na2O及びK2Oは、ガラスの粘性を低下させて、ガラス溶融性及び成形性を向上させる成分である。Na2O及びK2Oの含有量は、質量%で、好ましくは0%~4.0%、より好ましくは0%~2.0%である。Na2O及びK2Oの含有量が上記上限値以下である場合、得られる結晶化ガラスの熱膨張係数をより一層小さくすることができる。
【0036】
また、所定の特性を損なわない範囲で、ガラスの粘性を低下させて、ガラス溶融性及び成形性を向上させる成分であるSrO、CaO、B2O3等や、清澄剤であるSnO2、Cl、Sb2O3、As2O3等を含んでいてもよい。これらの合計量は、質量%で10%以下であることが好ましい。合計量が上記上限値以下である場合、熱膨張係数をより一層小さくすることができ、しかも所望の結晶をより一層析出し易くすることができる。
【0037】
結晶性ガラスは、例えば、上記のガラス組成を有するようにガラス原料を調合し、1550℃~1750℃の温度で溶融した後、成形することにより得ることができる。成形方法としては、特に限定されないが、例えば、フロート法、プレス法、ロールアウト法等を用いることができる。
【0038】
次に、成形した結晶性ガラスを、例えば、600℃~800℃で0.1時間~10時間熱処理して結晶核を形成させた後、さらに800℃~1000℃で0.1時間~5時間熱処理を行って結晶化させ、結晶化ガラスを得ることができる。なお、結晶性ガラスが上記のガラス組成を有する場合、主結晶としてLi2O・Al2O3・nSiO2系の結晶を析出させることができる。
【0039】
なお、核形成温度が上記範囲内にある場合、あるいは核形成時間が上記下限値以上である場合、核形成作用をより十分なものとすることができ、より一層容易に所望の粒径の結晶を析出させることができる。他方、核形成時間が上記上限値以下である場合、製造コストを低減することができる。
【0040】
また、結晶化温度及び結晶化時間がそれぞれ上記下限値以上である場合、結晶化度をより一層高めることができ、得られる結晶化ガラスの熱膨張係数をより一層大きくすることができる。また、結晶化温度が上記上限値以下である場合、析出したβ-石英固溶体又はβ-ユークリプタイト固溶体を、β-スポジュメン固溶体により転移し難くすることができる。また、結晶化時間が上記上限値以下である場合、製造コストを低減することができる。
【0041】
(熱処理工程)
熱処理工程では、まず、結晶化ガラスを50℃以下の温度から、結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上、核形成温度未満の温度まで昇温する。
【0042】
結晶化ガラスの昇温開始温度が50℃以下である場合、あるいは昇温後の温度が結晶化ガラスの核形成温度-80℃以上である場合、得られる結晶化ガラス物品の経年収縮量をより一層小さくすることができる。また、昇温後の温度が結晶化ガラスの核形成温度未満である場合、結晶相の構造が変化することを抑制できる。
【0043】
このような観点から、結晶化ガラスの昇温開始温度は、好ましくは10℃以上、30℃以下である。また、昇温後の温度は、結晶化ガラスの核形成温度-70℃以上、結晶化ガラスの核形成温度-10℃以下であることが好ましく、結晶化ガラスの核形成温度-60℃以上、結晶化ガラスの核形成温度-30℃以下であることがより好ましく、結晶化ガラスの核形成温度-40℃以下であることがさらに好ましい。
【0044】
昇温工程における昇温速度は、特に限定されず、例えば、0.01℃/分以上、400℃/分以下とすることができる。
【0045】
また、上記昇温工程において昇温した後、温度が均一になるまで一定時間その温度で保持することが望ましい。昇温後の温度における保持時間は、結晶化ガラスの寸法によって異なるが、例えば、結晶化ガラスの体積が10cm3~100cm3の場合は、10分~120分とすることができる。
【0046】
次に、上記昇温工程において昇温させた後、結晶化ガラスを0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温する。
【0047】
平均降温速度が速すぎる場合、あるいは降温後の温度が高すぎる場合、結晶化ガラスを十分に徐冷することができず、結晶化ガラスの仮想温度を十分に低めることができないことある。また、平均降温速度が遅すぎる場合、あるいは降温後の温度が低すぎる場合、生産性が低下することがある。
【0048】
このような観点から、昇温工程後の結晶化ガラスの平均降温速度は、好ましくは0.001℃/分以上であり、好ましくは0.03℃/分以下であり、より好ましくは0.025℃/分以下であり、さらに好ましくは0.02℃/分以下であり、特に好ましくは0.015℃/分以下である。また、降温後の温度は、好ましくは10℃以上、好ましくは30℃以下である。
【0049】
このようにして結晶化ガラスに熱処理を施すことにより、本発明の結晶化ガラス物品を得ることができる。
【0050】
[結晶化ガラス物品]
図1は、本発明の一実施形態に係る結晶化ガラス物品を示す模式的斜視図である。
【0051】
図1に示すように、本実施形態において、結晶化ガラス物品1は、矩形板状である。結晶化ガラス物品1の寸法は、特に限定されないが、例えば、長さ1500mm~2000mm、幅1000mm~1500mm、高さ1mm~10mmとすることができる。
【0052】
また、このような板状の結晶化ガラス物品1は、例えば、溶融ガラスを板状に成形して形成した結晶性ガラスに本発明の結晶化工程及び熱処理工程を施すことにより得ることができる。あるいは、溶融ガラスを塊状に成形して形成した結晶性ガラスに本発明の結晶化工程及び熱処理工程を施した後、板状に切断し研磨することにより得てもよい。もっとも、本発明において、結晶化ガラス物品の形状は、板状でなくともよく、特に限定されない。
【0053】
本発明に係る結晶化ガラス物品の広い局面では、20℃の雰囲気温度で8000時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.1ppm以上、0.1ppm以下である。20℃の雰囲気温度で8000時間経過した前後における経時での寸法収縮率を上記範囲内とすることにより、結晶化ガラス物品の経年収縮量を小さくすることができる。
【0054】
また、結晶化ガラス物品における20℃の雰囲気温度で8000時間経過した前後における経時での寸法収縮率は、好ましくは-0.05ppm以上、好ましくは0.05ppm以下である。
【0055】
本発明に係る結晶化ガラス物品の他の広い局面では、20℃の雰囲気温度で4800時間経過した前後における経時での寸法収縮率が、-0.13ppm以上、0.10ppm以下である。20℃の雰囲気温度で4800時間経過した前後における経時での寸法収縮率を上記範囲内とすることにより、結晶化ガラス物品の経年収縮量を小さくすることができる。
【0056】
なお、寸法収縮率は、例えば、結晶化ガラス物品において、任意の一辺の寸法を測定すればよい。結晶化ガラス物品1のように矩形板状の形状を有する場合は、例えば、長辺の寸法を測定すればよい。
【0057】
本発明において、結晶化ガラス物品は、主結晶としてβ-石英固溶体及びβ-ユークリプタイト固溶体のうち少なくとも一方を析出させたものであることが好ましい。
【0058】
より具体的には、結晶化ガラス物品は、ガラス組成として、質量%で、SiO2 55.0%~70.0%、Al2O3 15.0%~30.0%、Li2O 2.0%~6.0%、MgO 0%~2.0%、ZnO 0%~2.0%、TiO2 0%~4.0%、ZrO2 0%~4.0%、P2O5 0%~4.0%、BaO 0%~2.0%、Na2O 0%~4.0%、及びK2O 0%~4.0%を含有するガラスであることが好ましい。
【0059】
この場合、結晶化ガラス物品の熱膨張係数をより一層0に近づけることができる。なお、結晶化ガラス物品のガラス組成は、上述した結晶性ガラスと同様の好ましい範囲を採用することができる。
【0060】
本発明において、結晶化ガラス物品の-40℃以上、80℃以下における平均熱膨張係数は、好ましくは1.0×10-7/℃以下、より好ましくは0.5×10-7/℃以下、さらに好ましくは0.2×10-7/℃以下、特に好ましくは0.1×10-7/℃以下である。この場合、温度変化の大きい環境下で使用するスマートグラスやヘッドマウントディスプレイのレンズにより好適に用いることができる。
【0061】
本発明の結晶化ガラス物品は、経年収縮量が小さいので、精密スケール用の部材、精密機器の構造部材、精密ミラーの基材、カメラなど撮像装置のキャリブレーション用基板、半導体用のマスク、あるいは高温環境下で加工を行う装置のマスク等に好適に用いることができる。
【0062】
以下、本発明について、具体的な実施例に基づいて、さらに詳細に説明する。本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することが可能である。
【0063】
(実施例1)
組成が、質量%で、SiO2 65.6%、Al2O3 22.2%、Li2O 3.7%、MgO 0.7%、ZnO 0%、TiO2 2.0%、ZrO2 2.2%、P2O5 1.4%、BaO 1.2%、Na2O 0.4%、及びK2O 0.3% SnO2 0.3%となるように原料を調合し、混合することにより原料バッチを得た。その原料バッチを1650℃で16時間溶融した後に、ロール製板することにより、結晶性ガラスを得た。
【0064】
次に、得られた結晶性ガラスに対し、790℃、10時間の核形成処理を施した後、900℃の結晶化温度で6時間の結晶化処理をし、20℃まで冷却して、結晶化ガラス(核形成温度:750℃)を得た。なお、核形成温度は、結晶性ガラス中に結晶核が生成される温度として、結晶性ガラスの組成に応じて決定される。
【0065】
得られた結晶化ガラスの-40℃以上、80℃以下における平均熱膨張係数は0.4×10-7/℃であった。また、得られた結晶化ガラスの寸法は、長さ100mm、幅500mm、高さ10mmであった。
【0066】
次に、20℃まで冷却して得られた結晶化ガラスを、10℃/分の昇温速度で、700℃まで昇温させ、700℃で30分保持した。次に、0.01℃/分の平均降温速度で、700℃から20℃まで降温させることにより、結晶化ガラス物品を得た。得られた結晶化ガラス物品の-40℃以上、80℃以下における平均熱膨張係数は0.1×10-7/℃であった。
【0067】
(比較例1)
実施例1と同様の方法で作製した結晶化ガラスに熱処理を施さずにそのまま用いた。
【0068】
(評価)
実施例1の結晶化ガラス物品及び比較例1の結晶化ガラスでブロックゲージを1本作製し、平面基板に密着させて、その寸法を、国立研究開発法人産業技術総合研究所が所有するブロックゲージ測定用光波干渉計を用いて測定した。なお、寸法の初回測定値が400mmとなるようにサンプルを作製して、所定期間20℃で保管した。保管したサンプルにつき、20℃における初回測定日からの経過日数に対する変化量を測定し、初回測定日からの経過日数に対する寸法収縮率を求めた。なお、寸法変化は膨張変化を正とし、収縮変化を負とした。結果を下記の表1及び
図2に示す。なお、実施例1における20℃の雰囲気温度で357日(8000時間)経過した前後の寸法収縮率は、-0.0995ppmであった。また、実施例1における20℃の雰囲気温度で206日(4800時間)経過した前後の寸法収縮率は、-0.1023ppmであった。
【0069】
【0070】
表1及び
図2より、本発明の熱処理方法による熱処理を施した実施例1の結晶化ガラス物品では、熱処理を施していない比較例1の結晶化ガラスと比較して、経年収縮量が小さくなっていることを確認することができる。
【0071】
(参考例1)
組成が、質量%で、SiO2 65.6%、Al2O3 22.2%、Li2O 3.7%、MgO 0.7%、ZnO 0%、TiO2 2.0%、ZrO2 2.2%、P2O5 1.4%、BaO 1.2%、Na2O 0.4%、及びK2O 0.3% SnO2 0.3%となるように原料を調合し、混合することにより原料バッチを得た。その原料バッチを1650℃で16時間溶融した後に、ロール製板することにより、結晶性ガラスを得た。
【0072】
次に、得られた結晶性ガラスに対し、790℃、10時間の核形成処理を施した後、900℃の結晶化温度で6時間の結晶化処理し、20℃まで冷却して、結晶化ガラス(核形成温度:750℃)を得た。得られた未熱処理の結晶化ガラスの-40℃以上、80℃以下における平均熱膨張係数は0.4×10-7/℃であった。
【0073】
このようにして作製した結晶化ガラスを用いたこと以外は、実施例1と同様にして熱処理を施し、結晶化ガラス物品を作製した。
【0074】
(参考例2~7)
参考例2~7では、熱処理時における平均降温速度を0.01℃/分から下記の表2のように変更したこと以外は、参考例1と同様にして結晶化ガラス物品を作製した。
【0075】
参考例1~7における-40℃以上、80℃以下における熱膨張係数を測定し、熱処理を施していない結晶化ガラスとの熱膨張係数の差を求めた。結果を下記の表2に示す。
【0076】
【0077】
表2より、平均降温速度が0.03℃/分以下の参考例1における結晶化ガラス物品では、熱処理を施していない結晶化ガラスに対して熱膨張係数が小さくなっていた(未熱処理品の熱膨張係数との差が大きい)のに対し、平均降温速度が0.03℃/分より大きい参考例2~4における結晶化ガラス物品では、熱処理を施していない結晶化ガラスと熱膨張係数がほぼ変わっていないことがわかる。これにより、平均降温速度が0.03℃/分より大きい場合、結晶化ガラス物品の仮想温度を十分に低めることができずに、長期間の経過により構造変化を引き起こす残存ガラス相の割合を十分に少なくできないものと考えられる。従って、平均降温速度が0.03℃/分より大きい場合、得られる結晶化ガラス物品の経年収縮量を十分に小さくできないものと考えられる。また、参考例5~7より、平均降温速度が0.03℃/分以下で300℃以下の温度まで降温させれば、参考例1と同様の熱膨張係数の差が得られていることがわかる。これにより、昇温工程の後に、0.03℃/分以下の平均降温速度で300℃以下の温度まで降温すれば、得られる結晶化ガラス物品の経年収縮量を十分に小さくできることを確認することができる。
【符号の説明】
【0078】
1…結晶化ガラス物品