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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/38 20060101AFI20241112BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20241112BHJP
   F16C 33/44 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/06
F16C33/44
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022547564
(86)(22)【出願日】2021-09-03
(86)【国際出願番号】 JP2021032553
(87)【国際公開番号】W WO2022054730
(87)【国際公開日】2022-03-17
【審査請求日】2024-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2020153066
(32)【優先日】2020-09-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】鳥井 敬介
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-227014(JP,A)
【文献】特開2007-198583(JP,A)
【文献】特開2015-187494(JP,A)
【文献】特開2010-048328(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/38
F16C 19/06
F16C 33/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状に形成された合成樹脂製の第1保持器素子と、環状に形成された合成樹脂製の第2保持器素子と、が軸方向に組み合わされてなる玉軸受用樹脂製保持器であって、
前記第1保持器素子は、玉を転動自在に保持する複数のポケット面をそれぞれ形成し、周方向に等間隔に設けられる複数のポケット部と、隣接する前記ポケット部同士をそれぞれ連結する複数の第1連結部と、を有し、
前記第2保持器素子は、前記複数のポケット面の開口部を覆うように、前記複数のポケット面とそれぞれ軸方向で対向する複数のポケット対向部と、前記隣接するポケット対向部同士をそれぞれ連結する複数の第2連結部と、を有し、
前記第1保持器素子の各ポケット部は、前記第1連結部に対して前記第2保持器素子側に突出して互いに周方向に対向し、前記ポケット面を形成する一対の突起部を備え、
前記第1保持器素子と前記第2保持器素子は、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか一方に形成された係合部と、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか他方に形成された被係合部と、が係合することで組み合わされ、
前記第2保持器素子の前記ポケット対向部は、前記玉と離れて対向する内面を備え、
前記玉は、前記第1保持器素子の前記ポケット面のみによって保持され
前記係合部は、前記いずれか一方の連結部から突出して形成された円筒軸部と、先端部に形成された弾性変形可能な爪部とを備えて軸状に形成され、
前記被係合部は、前記いずれか他方の連結部に形成され、前記円筒軸部とすきま0以下で嵌合する円筒孔部と、弾性変形した前記爪部が通過可能な係合孔とを備え、
弾性復帰した前記係合部の爪部は、前記係合孔の開口に形成される係止面に係止されることを特徴とする玉軸受用樹脂製保持器。
【請求項2】
前記第2保持器素子の各ポケット対向部は、前記第1保持器素子の前記一対の突起部の外周面を覆い、前記内面よりも凹んだ一対の凹み部を有し、
前記第1保持器素子の前記一対の突起部の外周面と、前記一対の凹み部の表面との間には、所定の隙間が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受用樹脂製保持器。
【請求項3】
前記第2保持器素子の前記ポケット対向部において、前記玉と離れて対向する表面は、前記玉の半径と前記第1保持器素子及び前記第2保持器素子の軸方向移動量との和より大きい曲率半径を有する部分円筒面である、請求項1又は2に記載の玉軸受用樹脂製保持器。
【請求項4】
外周面に内輪軌道を有する内輪と、内周面に外輪軌道を有する外輪と、前記内輪軌道と前記外輪軌道との間に保持器により転動自在に保持された複数個の玉とを備え、グリース潤滑される玉軸受に於いて、
前記保持器は、請求項1~のいずれか1項に記載の玉軸受用樹脂製保持器であることを特徴とする玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受に関し、特に、グリース潤滑において、高い静音性が要求される、モータや家電製品等に適用可能な玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の玉軸受用樹脂製保持器としては、リム部と素柱部とをそれぞれ有する一対の素子を互いに組み合わせ、各素柱部の被係合部と係合部とを、両リム部同士が互いに離れる方向に変位するのを阻止する状態で係合させ、保持器の強度を向上させたものが知られている(特許文献1参照)。また、高速回転用途として、保持器本体に蓋体を取り付け、保持器本体が遠心力により変形するのを防止するものが知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本国特開2007-285506号公報
【文献】日本国実開平6-1848号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1に記載のような保持器では、軸方向においては、玉・保持器間の隙間の範囲で保持器は自由に移動し、径方向においては、保持器が玉案内方式の場合は玉・保持器間の隙間の範囲で保持器は自由に移動し、内輪案内方式では内輪・保持器間の隙間の範囲で保持器は自由に移動し、外輪案内方式では外輪・保持器間の隙間の範囲で保持器は自由に移動し得ることができる。例えば、軸のミスアライメントにより内輪がミスアライメントし、それに伴い保持器がミスアライメント方向に移動した場合、衝撃で少なくとも1個以上の玉が第一素子と接触し、その他の玉が第二素子と接触して係合部の分離に作用する応力が係合部に発生する。例えば、図8に示すように、保持器100が0°と180°位置のポケット(ポケット数が奇数の場合、0°位置のポケットと180°位置の柱)を軸として矢印Mで示すようにミスアライメント移動した場合、90°位置のポケット(ポケット数が奇数の場合、90°付近に位置するポケット)にて玉が第一素子101と接触し、270°位置のポケット(ポケット数が奇数の場合、270°付近に位置するポケット)にて玉が第二素子102と接触する。このとき、第一素子101が玉から受ける力の向きと、第二素子102が玉から受ける力の向きが正反対であるため、係合部の分離に作用する応力が係合部に発生する可能性があった。
【0005】
また軸受にラジアル荷重がかかる時、ラジアル荷重を受けている負荷発生範囲(負荷圏)において、その負荷圏の入口・出口付近の玉は自転数が遅く、負荷圏内の玉は自転が速くなるため、同じ軸受内の玉において公転の速度に差が生じる。この状況では、公転の速い玉と遅い玉により保持器が周方向に突っ張る事態が発生する。例えば、上述のように保持器100にミスアライメントが生じた状態でこの事態が発生した場合、公転の早い玉が第一素子101を主に押し、公転の遅い玉が第二素子102を主に押すことにより、係合部の分離に作用する応力が係合部に発生する可能性があった。
【0006】
このため、係合部は分離しない強度を持たせるためのサイズ確保が必要となり、玉数の減少を強いられたり、玉数を維持する場合には、玉径の減少を強いられ、軸受の負荷容量の減少につながり、保持器設計が制限されるという課題があった。
また、特許文献2においても、玉が蓋体と接触する可能性があり、その場合、同様の課題が存在する。
【0007】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、互いに係合する第1保持器素子と第2保持器素子の係合を分離させるような応力の発生を抑えることができ、係合部をサイズダウンでき、保持器設計の自由度が高い玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 環状に形成された合成樹脂製の第1保持器素子と、環状に形成された合成樹脂製の第2保持器素子と、が軸方向に組み合わされてなる玉軸受用樹脂製保持器であって、
前記第1保持器素子は、玉を転動自在に保持する複数のポケット面をそれぞれ形成し、周方向に等間隔に設けられる複数のポケット部と、隣接する前記ポケット部同士をそれぞれ連結する複数の第1連結部と、を有し、
前記第2保持器素子は、前記複数のポケット面の開口部を覆うように、前記複数のポケット面とそれぞれ軸方向で対向する複数のポケット対向部と、前記隣接するポケット対向部同士をそれぞれ連結する複数の第2連結部と、を有し、
前記第1保持器素子の各ポケット部は、前記第1連結部に対して前記第2保持器素子側に突出して互いに周方向に対向し、前記ポケット面を形成する一対の突起部を備え、
前記第1保持器素子と前記第2保持器素子は、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか一方に形成された係合部と、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか他方に形成された被係合部と、が係合することで組み合わされ、
前記第2保持器素子の前記ポケット対向部は、前記玉と離れて対向する内面を備え、
前記玉は、前記第1保持器素子の前記ポケット面のみによって保持されることを特徴とする玉軸受用樹脂製保持器。
(2) 外周面に内輪軌道を有する内輪と、内周面に外輪軌道を有する外輪と、前記内輪軌道と前記外輪軌道との間に保持器により転動自在に保持された複数個の玉とを備え、グリース潤滑される玉軸受に於いて、
前記保持器は、(1)に記載の玉軸受用樹脂製保持器であることを特徴とする玉軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明の玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受によれば、玉は、第1保持器素子のポケット面のみによって保持されるので、第1保持器素子と第2保持器素子の係合部のズレによるポケット隙間の変化を抑えることができ、さらに、第1保持器素子と第2保持器素子の係合を分離させるような応力の発生を抑えることができることから、係合部をサイズダウンでき、保持器設計の自由度を増やすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、玉軸受の部分断面図である。
図2図2は、図1に示す玉軸受用樹脂製保持器の斜視図である。
図3図3は、図2に示す玉軸受用樹脂製保持器を分解して示す部分拡大側面図である。
図4図4は、一対の突起部の高さを説明するための説明図である。
図5図5は、玉が突起部先端に接触したとき、玉の中心と突起部先端の接触点を通る仮想線Aと、玉の中心を通る仮想垂直平面Bとの成す角度αを説明するための説明図である。
図6図6は、玉に対して保持器が軸方向にズレた状態を中立状態と比較して示す説明図である。
図7】保持器の一部を破断して示す拡大斜視図である。
図8】従来の保持器においてミスアライメント移動した場合を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る玉軸受用樹脂製保持器及び玉軸受の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本実施形態の玉軸受は、例えば、3000~30000min-1の回転数で使用され、特に、マシニングセンタ用や旋盤用として好適に使用されるものとしている。
【0012】
図1に示すように、本実施形態の玉軸受10は、内周面に外輪軌道11aを有する外輪11と、外周面に内輪軌道12aを有する内輪12とを同心に配置し、外輪軌道11aと内輪軌道12aとの間に複数個の玉13を転動自在に設けることで構成されている。また、玉13は、軸受空間内に封入されたグリースによって潤滑されている。なお、外輪11,内輪12,玉13は、それぞれ例えば、合金鋼等の鋼材で製作されている。
【0013】
複数個の玉13は、玉軸受用樹脂製保持器(以後、単に保持器とも言う)20により、所定のピッチで転動自在に保持されている。保持器20は、合成樹脂を射出成形することにより形成されている。なお、保持器20は、第1保持器素子30と第2保持器素子50とが軸方向に組み合わされた構成を有する。第1保持器素子30、及び第2保持器素子50の細部構造については、後に詳述する。
【0014】
外輪11と内輪12との間の空間の軸方向両側には、グリースを軸受内部に密封したり、あるいは外部に浮遊する塵芥や異物が軸受内部に進入するのを防止するための不図示のシール部材を設けることもできる。シール部材としては、例えば、外輪11に装着固定され、リップ部が内輪12に摺接する接触型や、内輪12との間にラビリンスを形成する非接触型、さらには内輪12に装着固定されるものなどが挙げられる。なお、シール部材は、軸方向片側のみに設けられていたり、あるいは設けられていなくてもよい。
【0015】
図2は、玉軸受用樹脂製保持器の斜視図であり、図3は、玉軸受用樹脂製保持器を分解して示す部分拡大側面図である。玉軸受用樹脂製保持器20は、第1保持器素子30と第2保持器素子50とが、軸方向に組み合わされてなる。
【0016】
保持器20の樹脂材料としては、ポリアミド樹脂(ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46)、ポリアセタール樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)、ポリ四弗化エチレン(PTFE)等のエンジニアリングプラスチックの単体、またはそれにガラス繊維やカーボン繊維等の短繊維(補強材)を10~40重量%程度含有させて強化した複合材等が用いられる。
【0017】
第1保持器素子30は、玉13を転動自在に保持する複数のポケット面35をそれぞれ形成し、周方向に等間隔に設けられる複数のポケット部31と、ポケット部31の軸方向中間部にて、隣接するポケット部31同士をそれぞれ連結する複数の第1連結部32と、を有する。
【0018】
各ポケット部31は、第1連結部32に対して第2保持器素子50側に突出して、互いに周方向に対向する一対の突起部33と、第1連結部32に対して第2保持器素子50側と反対側に突出して、一対の突起部33を円弧状に繋ぐ略円弧状部34と、を備える。そして、これら一対の突起部33と略円弧状部34は、ポケット面35を構成する。
【0019】
また、ポケット面35は、一対の突起部33と略円弧状部34に亘って滑らかに連続する円筒面35aと、ポケット面35の内径側に、一対の突起部33から略円弧状部34にかけてそれぞれ形成され、内径側に向かうにつれてポケット中心に向かって傾斜する一対のテーパ面35bと、を有する。なお、ポケット部31は、軸方向一方側(第2保持器素子50側)に開口する開口部36を有する。
【0020】
一対のテーパ面35bは、仮想円錐体の一部であり、第1保持器素子30、即ち、保持器20と玉13とが、相対的に径方向に変位したとき(図3において紙面に垂直方向)、玉13とテーパ面35bとが接触することで、玉13と第1保持器素子30の径方向位置が規制される。換言すると、第1保持器素子30が、径方向外側に移動したとき、即ち、玉13が相対的に径方向内側に移動したとき、第1保持器素子30のテーパ面35bが、玉13と接触して、両者の相対的な径方向位置が規制される。
【0021】
したがって、保持器20が径方向に変位した際に、玉13はテーパ面35bで接触するので、エッジ当たりせず、接触面圧を下げることができると共に、グリースの掻き取りを防止することができる。また、玉13との接触がテーパ面35bに限定されて、摩擦係数が安定するので、保持器20の自励振動による保持器音の発生が防止できる。
【0022】
一方、第1保持器素子30の外径側(図3において、紙面手前側)はテーパ面を有しないため、玉13と円筒面35aの間に隙間が確保されて、該隙間からグリースを供給することが可能となる。
なお、本実施形態では、図7に示すように、テーパ面35bの一部は、第1連結部32の内周面から連続して、該内周面よりも内径側に突出する突出部分37によって構成され、突出部分37は、後述する第2保持器素子50の第2連結部52の内周面よりも内径側に突出している。また、図1に示すように、突出部分37は内輪軌道面12aと対向しているので、この突出部分37によって、保持器20と内輪軌道面12aとの接触を防止しつつ、玉13とテーパ面35bとの接触位置を内径側にずらすことができる。この結果、第1保持器素子30が径方向外側に移動して、玉13が保持器20に対して径方向内側に相対的移動した際に、一対のテーパ面35bにくさび作用により食い込むことを抑制でき、玉13とテーパ面35bとの接触点の不具合を防止できる。特に、高速回転や、軸受温度が高い条件下で、潤滑性が一時的に低下して摩擦係数が大きくなった場合に、より効果を発揮できる。
【0023】
図4を参照して、一対の突起部33は、第1保持器素子30の一方の側面40と突起部33の内周面33aの先端Pとの距離L1が、第1保持器素子30の側面40とポケット面35の周方向寸法最大位置との距離L2よりも長く、かつ距離L2の1.5倍よりも短いことが好ましい。
【0024】
第1保持器素子30の側面40と突起部33の内周面33aの先端Pとの距離L1が、第1保持器素子30の側面40とポケット面35の周方向寸法最大位置との距離L2よりも長いことにより、玉13は第1保持器素子30のポケット面35でのみ保持され、ポケット面35から抜け落ちることがない。これにより、適正な玉13の動き量が確保できるとともに、玉13と第2保持器素子50との接触が防止される。よって、第1保持器素子30が第2保持器素子50との係合を解除するような力が作用するのを防止できる。また、距離L1が、距離L2の1.5倍よりも短いことにより、保持器製作時に、金型からの無理抜き時の損傷原因となる材料限界以上の応力集中発生が防止できる。
【0025】
なお、JIS規格上の一般的な内径/外径/幅寸法の軸受においては、一対の突起部33は、第1保持器素子30の一方の側面40と突起部33の内周面33aの先端Pとの距離L1が、第1保持器素子30の側面40とポケット面35の周方向寸法最大位置との距離L2の1.2倍以上であることが好ましい。これは、JIS規格に準じた軸受幅を確保しつつ、保持器20の強度設計に配慮した適正な保持器肉厚を考慮した場合、距離L1が距離L2の1.2倍よりも短いと、玉13が第2保持器素子50に接触してしまうためである。
【0026】
一方、玉13が突起部33に挟まり抜けなくなってしまう“くさび作用”が発生する可能性がある。この“くさび作用”を防止するために、図5に示すように、玉13と第1保持器素子30の突起部33の内周面33a先端との接触点をPとし、この時の玉13の中心をOとし、2点P・Oを通る仮想線をA、玉13の中心Oを通り径方向に対して垂直である仮想垂直平面をBとしたとき、仮想線Aと仮想垂直平面Bとが成す角度αは、接触点Pにおける摩擦係数μから決定される摩擦角λ(tanλ=μ)よりも大きくなるように設定する必要がある。
【0027】
例えば、保持器材料をポリアミド樹脂とした場合、玉(鉄系材)と保持器20との摩擦係数μは0.2~0.25であるので、λ=11.3°~14°となり、α>14°を満たすように設定すればよい。このように角度αを摩擦角λより大きく設定することによって、くさび効果によって玉13が突起部33に挟まっても、玉13を接触点Pに押圧する力がなくなると、保持器20は元の回転中立位置に復帰することができる。
【0028】
図3に戻り、各第1連結部32には、第2保持器素子50の係合部53と係合する被係合部41が形成されている。被係合部41は、円筒孔部42と、該円筒孔部42に連続して形成された係合孔である矩形孔43と、矩形孔43の開口に形成された係止面44とを備える。なお、係合孔は、矩形孔43に限らず、係合部54の軸形状に応じた他の形状であってもよい。
【0029】
第2保持器素子50は、図2及び図3に示すように、複数のポケット面35の開口部36を覆うように、複数のポケット面35とそれぞれ軸方向で対向する、略円弧状の複数のポケット対向部51と、隣接するポケット対向部51同士をそれぞれ連結する複数の第2連結部52と、を有する。
【0030】
ポケット対向部51の内周面は、ポケット面35と軸方向で対向する部分円筒面51aと、部分円筒面51aの両側に設けられ、一対の突起部33と軸方向且つ周方向で対向し、部分円筒面よりも外径側に凹んだ一対の凹み部51bとを有する。一対の凹み部51bは、一対の突起部33を収容して一対の突起部33の外周面33bを覆う。
【0031】
図6も参照して、部分円筒面51aの曲率半径r1は、玉13の半径Rと、ポケット面35の中心と玉13の中心Oとが一致した状態(中立状態)において保持器20が玉13から離間する方向(図6において、下方)への軸方向移動量Δaとの和(R+Δa)より大きく設定されている。これにより、玉13と保持器20を剛体とみなした設計上(即ち、玉13と保持器20の設計寸法、或いは、これらの製作品の寸法において)、保持器20が玉13から離間する方向へ移動しても、玉13が第2保持器素子50(部分円筒面51a)に接触することがない。また、好ましくは、軸受回転中においても、玉13が第2保持器素子50(部分円筒面51a)に接触することがない。これにより、第1保持器素子30が第2保持器素子50との係合を解除するような力が作用するのを防止できる。
なお、衝撃的荷重が発生した場合や軸受回転中に保持器に過大な遠心力が加わった場合など、保持器20に過度な変形力が加わり、玉13が第2保持器素子50(部分円筒面51a)に僅かに接触しても、このような接触状態は、保持器素子30,50同士の分離が発生する程度の接触ではない限り、本発明の権利範囲に含まれる。
【0032】
ポケット対向部51は、保持器20の玉13に対する相対移動に関わらず、玉13と離れて対向する内面であればよく、単一の円弧からなる部分円筒面51aに限定されない。例えば、ポケット対向部51の内面は、玉13の半径Rを超える可変曲率曲面、もしくは、玉13の半径Rを超える曲率半径の球面で形成されて、保持器20の軸方向移動量Δaよりも大きい隙間を玉13との間に確保されればよい。これにより、保持器20がミスアライメント方向に移動した場合でも、複数の玉13はいずれも第1保持器素子30のみと接触保持され、換言すれば、保持器20は、第1保持器素子30の各ポケット面35でのみ複数の玉13を保持して、係合部53と被係合部41の分離に作用する応力が発生することはない。
【0033】
なお、ポケット対向部51の内面は、部分円筒面51aの場合、曲率半径r1は、玉13の半径Rの1.08倍以上が好ましく、可変曲率曲面又は球面である場合、玉13との間に玉13の半径Rの2.5%以上の隙間を有することがより好ましい。これにより、第1保持器素子30と第2保持器素子50の係合にズレが生じても、第1保持器素子30のみで玉13を保持しているため、玉13とポケット面35の接触状態が変化することはない。また、このズレによってポケット面35内に段差が生じることがなく、グリースの掻き取りを防止することができる。
【0034】
一方、ポケット対向部51の内面と玉13との間にグリースを貯留できる程度の隙間であることが好ましい。そのため、ポケット対向部51の内面は、部分円筒面51aの場合、曲率半径r1は、玉13の半径Rの1.1倍以下が好ましく、可変曲率曲面又は球面である場合、玉13との間に玉13の半径Rの5.5%以下の隙間を有することがより好ましい。
【0035】
また、一対の凹み部51bの内径r2は、第1保持器素子30が第2保持器素子50に対して、係合部53と被係合部41との軸方向ガタ分、接近する方向に移動しても、一対の突起部33の外周面33bと、一対の凹み部51bの表面との間には、所定の隙間C(図6参照)が確保される大きさになっている。これにより、第1保持器素子30と第2保持器素子50が、相対的に軸方向にずれても、突起部33の外周面33bと凹み部51bの表面との接触が防止できる。なお、隙間Cの大きさは、第1保持器素子30と第2保持器素子50のズレ具合(係合部53と被係合部41との全方向におけるガタ)を考慮して0.2mm以上とするのが好ましい。
【0036】
図3に示すように、各第2連結部52には、第1保持器素子30の被係合部41と係合する係合部53が形成されている。係合部53は、第2連結部52から突出して形成された円筒軸部54と、軸方向に延びるスリット55aにより二又状に形成され、互いに接近又は離間する方向に弾性変形可能な矩形軸55とを備える。矩形軸55の先端部には、一対の爪部55bが設けられている。そして、矩形軸55は、スリット55aにより弾性変形した状態で矩形孔43に挿通され、一対の爪部55bが弾性力によって拡張して係止面44に係止する。
【0037】
円筒軸部54は、被係合部41の円筒孔部42とすきま0以下で嵌合する。円筒軸部54と円筒孔部42との嵌め合い部のしめ代は、望ましくは0.0mm以上0.4mm以下、より望ましくは0.05mm以上0.4mm以下が好ましい。これにより、保持器20の組付け時に、第1保持器素子30と第2保持器素子50とのズレが防止されて第1保持器素子30と第2保持器素子50との位置決めが容易になる。更に、係止面44と、該係止面44に係止する一対の爪部55bとの接触面のフレッチングを抑制することができ、爪部摩耗による第1保持器素子30と第2保持器素子50との軸方向のガタツキを防ぐことができる。
【0038】
玉軸受10の組付けは、各ポケット面35内にそれぞれ玉13を収容して第1保持器素子30を、外輪軌道11aと内輪軌道12aとの間に配置し、第2保持器素子50の係合部53を第1保持器素子30の被係合部41に係合させる。具体的には、係合部53の矩形軸55を弾性変形させた状態で、被係合部41の円筒孔部42及び矩形孔43に挿通し、円筒孔部42と円筒軸部54とを嵌合すきま0以下で嵌合すると共に、一対の爪部55bを矩形孔43の開口に形成された係止面44に係止する。
【0039】
以上説明したように、本実施形態の玉軸受10は、第2保持器素子50の部分円筒面51aの半径r1が、玉13の半径Rと、保持器20が玉13から離間する方向への軸方向移動量Δaとの和(R+Δa)より大きく設定され、玉13は、第1保持器素子30のポケット面35のみで保持されているので、玉13と保持器20を剛体とみなした設計上(即ち、玉13と保持器20の設計寸法、或いは、これらの製作品の寸法において)、第2保持器素子50と接触することがない。また、好ましくは、軸受回転中においても、玉13は、第1保持器素子30のポケット面35のみで保持され、第2保持器素子50と接触することがない。これにより、第1保持器素子30の被係合部41と第2保持器素子50の係合部53には、分離方向に作用する応力が発生することはなく、係合部をサイズダウンでき、保持器設計の自由度を増やすことができ、軸受の負荷容量も確保することができる。さらに、第1保持器素子30と第2保持器素子50の係合にズレが生じた場合でもポケット隙間の変化が抑えられ、ポケット面35内の段差も発生せず、段差によりグリースが掻き取られたりすることもない。
【0040】
また、一対の突起部33の外周面33bと、第2保持器素子50の凹み部51bの表面との間に、所定の隙間Cが確保されているので、第1保持器素子30と第2保持器素子50の係合にズレが生じた場合でも、一対の突起部33によって構成されるポケット面35の形状が維持され、玉13とポケット面35との接触状態が変化することがない。
【0041】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、本実施形態では、第1保持器素子30に被係合部41を設け、第2保持器素子50に係合部53を設けたが、これに限定されず、第1保持器素子30に係合部53を設け、第2保持器素子50に被係合部41を設けてもよい。
ただし、本実施形態のように、第1保持器素子30に被係合部41を設け、第2保持器素子50に係合部53を設ける構成のほうが、成形が容易である。
また、ポケット面35は、円筒面35aとテーパ面35bとの組み合わせとしたが、球面形状で構成することもできる。
【0042】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 環状に形成された合成樹脂製の第1保持器素子と、環状に形成された合成樹脂製の第2保持器素子と、が軸方向に組み合わされてなる玉軸受用樹脂製保持器であって、
前記第1保持器素子は、玉を転動自在に保持する複数のポケット面をそれぞれ形成し、
周方向に等間隔に設けられる複数のポケット部と、隣接する前記ポケット部同士をそれぞれ連結する複数の第1連結部と、を有し、
前記第2保持器素子は、前記複数のポケット面の開口部を覆うように、前記複数のポケット面とそれぞれ軸方向で対向する複数のポケット対向部と、前記隣接するポケット対向部同士をそれぞれ連結する複数の第2連結部と、を有し、
前記第1保持器素子の各ポケット部は、前記第1連結部に対して前記第2保持器素子側に突出して互いに周方向に対向し、前記ポケット面を形成する一対の突起部を備え、
前記第1保持器素子と前記第2保持器素子は、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか一方に形成された係合部と、前記第1連結部と前記第2連結部のいずれか他方に形成された被係合部と、が係合することで組み合わされ、
前記第2保持器素子の前記ポケット対向部は、前記玉と離れて対向する内面を備え、
前記玉は、前記第1保持器素子の前記ポケット面のみによって保持されることを特徴とする玉軸受用樹脂製保持器。
この構成によれば、玉は、第1保持器素子のポケット面のみによって保持されるので、第1保持器素子と第2保持器素子のズレによるポケット隙間の変化を抑えることができ、さらに、第1保持器素子と第2保持器素子の係合を分離させるような応力の発生を抑えることができることから、係合部をサイズダウンでき、保持器設計の自由度を増やすことができる。
【0043】
(2) 前記係合部は、前記いずれか一方の連結部から突出して形成された円筒軸部と、先端部に形成された弾性変形可能な爪部とを備えて軸状に形成され、
前記被係合部は、前記いずれか他方の連結部に形成され、前記円筒軸部とすきま0以下で嵌合する円筒孔部と、弾性変形した前記爪部が通過可能な係合孔とを備え、
弾性復帰した前記係合部の爪部は、前記係合孔の開口に形成される係止面に係止されることを特徴とする(1)に記載の玉軸受用樹脂製保持器。
この構成によれば、第1保持器素子と第2保持器素子とのズレが防止されて第1保持器素子と第2保持器素子との組み付けが容易になる。更に、係止面と係止面に係止する一対の爪部との接触面のフレッチングを抑制することができ、爪部の摩耗が抑制される。
【0044】
(3) 前記第2保持器素子の各ポケット対向部は、前記第1保持器素子の前記一対の突起部の外周面を覆い、前記内面よりも凹んだ一対の凹み部を有し、
前記第1保持器素子の前記一対の突起部の外周面と、前記一対の凹み部の表面との間には、所定の隙間が形成されていることを特徴とする(1)又は(2)に記載の玉軸受用樹脂製保持器。
この構成によれば、一対の突起部の外周面と、一対の凹み部の表面との間には、所定の隙間が形成され、一対の突起部と一対の凹み部が接触することがなく、一対の突起部によって構成されるポケット面の形状が維持され、玉とポケット面との接触状態が変化することがない。
【0045】
(4) 前記第2保持器素子の前記ポケット対向部の内面は、前記玉の半径と前記第1保持器素子及び前記第2保持器素子の軸方向移動量との和より大きい曲率半径を有する部分円筒面である、(1)~(3)のいずれかに記載の玉軸受用樹脂製保持器。
この構成によれば、第2保持器素子の前記ポケット対向部の表面を容易に加工することができる。
【0046】
(5) 外周面に内輪軌道を有する内輪と、内周面に外輪軌道を有する外輪と、前記内輪軌道と前記外輪軌道との間に保持器により転動自在に保持された複数個の玉とを備えた玉軸受に於いて、
前記保持器は、(1)~(4)のいずれかに記載の玉軸受用樹脂製保持器であることを特徴とする玉軸受。
この構成によれば、グリース潤滑において、高速回転使用においても高い静音性を有することができる。
【0047】
なお、本出願は、2020年9月11日出願の日本特許出願(特願2020-153066)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0048】
10 玉軸受
11 外輪
11a 外輪軌道
12 内輪
12a 内輪軌道
13 玉
20 玉軸受用樹脂製保持器(保持器)
30 第1保持器素子
31 ポケット部
32 第1連結部
33 突起部
33b 外周面
35 ポケット面
36 開口部
41 被係合部
42 円筒孔部
43 矩形孔(係合孔)
44 係止面
50 第2保持器素子
51 ポケット対向部
51a 部分円筒面
51b 凹み部
52 第2連結部
53 係合部
54 円筒軸部
55b 爪部
C 隙間
R 玉の半径
Δa 第1保持器素子及び第2保持器素子の軸方向移動量
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8