IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

7586220リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池
<>
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図1
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図2
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図3
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図4
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図5
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図6
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図7
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図8
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図9
  • -リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20241112BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20241112BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023066401
(22)【出願日】2023-04-14
(62)【分割の表示】P 2018138427の分割
【原出願日】2018-07-24
(65)【公開番号】P2023080310
(43)【公開日】2023-06-08
【審査請求日】2023-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100134441
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 由利
(72)【発明者】
【氏名】金田 理史
(72)【発明者】
【氏名】林 徹太郎
【審査官】窪田 陸人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-063003(JP,A)
【文献】国際公開第2012/105048(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム金属複合酸化物の粒子と、タングステンを含む化合物の粒子とを混合して得られる正極活物質であって、
リチウム金属複合酸化物の粒子と、前記リチウム金属複合酸化物の粒子の表面の少なくとも一部を被覆するタングステンを含む層とを有し、
X線光電子分光法(XPS)を用いた測定による、前記リチウム金属複合酸化物の粒子の表面におけるタングステンの含有量が、前記粒子の表面におけるリチウム以外の全ての金属元素の含有量に対して、50モル%を超え、
前記正極活物質全体に対するタングステンの含有量は、1質量%を超え4質量%以下である、
リチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項2】
前記タングステンを含む層の少なくも一部は、10nm以下の厚さを有する、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項3】
リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mを含み、これら元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M=s:(1-x-y):x:y(ただし、0.95≦s≦1.30、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、Mは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taから選択される1種以上の元素)である、請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項4】
前記(1-x-y)は0.6以上である、請求項3に記載のリチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項5】
前記タングステンを含む層の少なくとも一部は、1nm以下の厚さを有する、請求項1~請求項4のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項6】
前記タングステンを含む層の平均厚さが10nm以下である、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用の正極活物質。
【請求項7】
正極、負極、及び、電解質を有し、前記正極は、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の正極活物質を含む、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用の正極活物質、及び、リチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォン、タブレットPCなどの携帯電子機器の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な非水系電解質二次電池の開発が強く望まれている。また、ハイブリット電気自動車、プラグインハイブリッド電気自動車、電池式電気自動車などの電気自動車用の電源として高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、非水系電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池がある。このリチウムイオン二次電池は、負極、正極、電解質などで構成され、その負極および正極に用いられる活物質としては、リチウムを脱離および挿入することが可能な材料が使用される。また、非水系電解質としては、支持塩であるリチウム塩を有機溶媒に溶解してなる非水系電解液や、不燃性でイオン電導性を有する固体電解質などが用いられている。
【0004】
例えば、正極活物質として、層状またはスピネル型のリチウム金属複合酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の電圧が得られるため、高エネルギー密度を有する二次電池として、現在、研究開発が盛んに行われており、一部では実用化も進んでいる。
【0005】
リチウムイオン二次電池用の正極活物質としては、例えば、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn)、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi0.5Mn0.5)などのリチウム金属複合酸化物が提案されている。
【0006】
リチウムイオン二次電池において高い出力特性を得るためには、内部抵抗の低減が重要であり、例えば、正極における正極抵抗(反応抵抗)の低減が求められている。特に、固体電解質を用いる全固体二次電池では、正極における正極活物質と固体電解質との界面抵抗のさらなる低減が要求されている。
【0007】
正極活物質において、正極抵抗(反応抵抗)を低減する技術として、例えば、正極活物質に、上記リチウム金属複合酸化物に含まれる金属元素以外の異種元素(例えば、タングステンなど)を含む層で被覆することがいくつか提案されている。
【0008】
例えば、特許文献1には、電池に用いられる被覆活物質であって、活物質と、活物質を被覆する被覆層とを有し、被覆層が、タングステン元素を含有する物質から構成されることを特徴とする被覆活物質が提案されている。特許文献1によれば、活物質と固体電解質材料との界面抵抗の増加は、両者が反応し界面に高抵抗層が発生することによって生じるところ、界面抵抗の増加を抑制可能な被覆活物質が得ることができるとされている。
【0009】
また、特許文献2には、第一のリチウム金属複合酸化物と、リチウムとタングステンとを含む第二の化合物を含有する正極活物質であって、一次粒子の表面を、第二の化合物が被覆しており、タングステン含有量が、正極活物質全体に対して、0.01質量%以上1.0質量%以下であり、かつ、中和滴定法によって測定される、正極活物質を水に分散させたときに溶出するリチウム量が、正極活物質全体に対して、0.01質量%以上0.4質量%未満である、非水系電解質二次電池用の正極活物質が提案されている。特許文献2によれば、この正極活物質を用いた二次電池は、高い出力特性及び充放電容量を有するとされている。
【0010】
また、特許文献3には、リチウムニッケル複合酸化物粒子と、リチウムを含有しないタングステン化合物粉末を混合してリチウムニッケル複合酸化物粒子とタングステン化合物粒子を含むタングステン混合物を得る混合工程と、タングステン混合物を熱処理して一次粒子表面にタングステンを分散させ、一次粒子表面にタングステンおよびリチウムを含む化合物を設けたリチウムニッケル複合酸化物粒子を形成する熱処理工程を有する非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法が提案されている。特許文献3によれば、電池の正極材に用いた場合に、高容量とともに高出力が実現可能な正極活物質が得られるとされている。
【0011】
また、特許文献4には、リチウム金属複合酸化物からなる焼成粉末と、リチウムを含まない酸化物、酸化物の水和物、及び、リチウムを含まない無機酸塩からなる群より選択された少なくも1種である第1の化合物と、水と、を混合することと、混合して得られた混合物を乾燥することと、を備え、第1の化合物は、水の存在下でリチウムイオンと反応して、リチウムを含む第2の化合物を形成可能な化合物である、非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法が提案されている。特許文献4によれば、二次電池を構成した場合の電池容量の維持、高い出力特性、及び、優れた充放電サイクル特性を高いレベルで両立させることができる正極活物質が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】WO2012/105048号公報
【文献】WO2018/043515号公報
【文献】特開2017-134996号公報
【文献】WO2017/073238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記特許文献1~4では、タングステンを含む異種元素を被覆することにより、正極抵抗(反応抵抗)が低減し、出力特性が向上された正極活物質が提案されているものの、リチウム金属複合酸化物を正極活物質として用いた二次電池においては、高い電池容量を維持しつつ、さらなる正極抵抗(反応抵抗)の低減が要求されている。
【0014】
本発明者らが鋭意検討したところ、従来のタングステンを含む層を被覆した正極活物質では、タングステンの被覆率が十分でないことを見出した。そして、リチウム金属複合酸化物の粒子表面におけるタングステンの被覆率をより向上させることにより、高い電池容量を維持しつつ、さらなる正極抵抗(反応抵抗)の低減が可能であることを見出した。
【0015】
上記問題に鑑みて、本発明は、高いタングステンの被覆率を有し、かつ、リチウムイオン二次電池用の正極に用いた場合に、高い電池容量を維持しつつ、正極抵抗(反応抵抗)が非常に低減され、高い出力特性を有することができる正極活物質を提供することを目的とする。また、このような正極活物質を工業的規模で、容易に、かつ、生産性高く製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様によれば、リチウム金属複合酸化物の粒子と、タングステンを含む化合物の粒子とを混合して得られる正極活物質であって、リチウム金属複合酸化物の粒子と、リチウム金属複合酸化物の粒子の表面の少なくとも一部を被覆するタングステンを含む層とを有し、X線光電子分光法(XPS)を用いた測定による、リチウム金属複合酸化物の粒子の表面におけるタングステンの含有量が、前記粒子の表面におけるリチウム以外の全ての金属元素の含有量に対して、50モル%を超える、リチウムイオン二次電池用の正極活物質が提供される。
【0017】
また、正極活物質全体に対するタングステンの含有量は、1質量%を超え4質量%以下であることが好ましい。また、タングステンを含む層の少なくとも一部は、10nm以下の厚さを有することが好ましい。また、リチウム金属複合酸化物の粒子は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mを含み、これら元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M=s:(1-x-y):x:y(ただし、0.95≦s≦1.30、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、Mは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taから選択される1種以上の元素)であることが好ましい。
【0018】
本発明の第2の態様によれば、脱炭酸雰囲気下で、リチウム金属複合酸化物の粒子に、水を噴霧して混合し、第1の混合物を得ることと、第1の混合物と、タングステンを含む化合物の粒子とを混合して第2の混合物を得ることと、第2の混合物を乾燥して、前記リチウム金属複合酸化物の粒子の表面の少なくとも一部を、タングステンを含む層で被覆すること、を備え、乾燥後に得られるリチウム金属複合酸化物の粒子は、X線光電子分光法(XPS)を用いた測定による、その粒子の表面におけるタングステンの含有量が、その粒子の表面におけるリチウム以外の全ての金属元素の含有量に対して、50モル%を超える、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法が提供される。
【0019】
また、水は、リチウム金属複合酸化物の粒子の全体に対して、2質量%以上で混合することが好ましい。また、タングステンを含む化合物を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対するタングステンの量が、1質量%を超え4質量%以下含まれるように混合することが好ましい。また、タングステンを含む化合物は、酸化タングステンを含むことが好ましい。リチウム金属複合酸化物の粒子は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mを含み、これら元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M=s:(1-x-y):x:y(ただし、0.95≦s≦1.30、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、Mは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taから選択される1種以上の元素)で表されることが好ましい。また、乾燥は、50℃以上300℃以下で行うことが好ましい。
【0020】
本発明の第3の態様によれば、正極、負極、及び、電解質を有し、正極は、上記の正極活物質を含む、リチウムイオン二次電池が提供される。
【発明の効果】
【0021】
本発明の正極活物質は、リチウム金属複合酸化物の粒子の表面にタングステンが非常に高い被覆率で被覆されており、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池では、高い電池容量を維持しつつ、正極抵抗(反応抵抗)を低減して、出力特性を向上させることができる。また、本発明の正極活物質の製造方法によれば、上記のような正極活物質を、工業的規模で、容易に、かつ、生産性高く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本実施形態に係る正極活物質の一例を模式的に示す図である。
図2図2は、本実施形態に係る正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
図3図3は、実施例で用いた母材、比較例8、及び、比較例9で得られた正極活物質のタングステンの被覆率(モル%)、及び、全炭素量(質量%)を示すグラフである。
図4図4は、比較例6、比較例7、実施例1、及び、実施例3で得られた正極活物質のタングステンの被覆率(モル%)を示すグラフである。
図5図5は、比較例9、及び、実施例1で得られた正極活物質のタングステンの被覆率(モル%)、及び、初期放電容量(相対値)を示すグラフである。
図6図6(A)及び図6(B)は、比較例9、及び、実施例1で得られた正極活物質のSEMによる反射電子像(COMPO像)を示す写真代用図面である。
図7図7は、電池評価に使用したコイン型電池の概略断面図である。
図8図8は、インピーダンス評価の測定例と解析に使用した等価回路の概略説明図である。
図9図9は、実施例及び比較例で得られた正極活物質のタングステンの含有量(質量%)と、タングステンの被覆率(モル%)との関係を示すグラフである。
図10図10(A)及び図10(B)は、実施例1で得られた正極活物質(表面及び断面)のSEMによる反射電子像(COMPO像)を示す写真代用図面である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して、実施形態に係るリチウムイオン二次電池用の正極活物質(以下、「二次電池」ともいう。)とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池について説明する。なお、本発明は以下説明する実施形態に限定されるものではない。また、図面においては、各構成をわかりやすくするために、一部を強調して、あるいは一部を簡略化して表しており、実際の構造または形状、縮尺等が異なっている場合がある。
【0024】
1.正極活物質
図1(A)は、本実施形態の正極活物質の一例を示す模式図である。正極活物質100は、リチウム金属複合酸化物の粒子10と、タングステンを含む層WLとを有する。タングステンを含む層WLは、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面の少なくとも一部を被覆する。以下、図1(A)を参照して、本実施形態に係る正極活物質について説明する。
【0025】
(1)タングステンを含む層
正極活物質100は、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面にタングステンWを含む層WLが存在することにより、リチウムイオン電導性が向上し、二次電池の正極における正極抵抗を低減することができる。また、正極活物質100は、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面(粉体の表面全体)におけるタングステン(W)の被覆率が高いため、粒子(粉体)全体で、より均一にタングステンが被覆され、二次電池の正極に用いられた際、正極抵抗が低減されるとともに、異種元素の被覆による電池容量の低下を抑制することができる。
【0026】
[粒子表面におけるタングステンの含有量]
X線光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy、XPS)を用いた測定による、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量は、この粒子10の表面におけるリチウム以外の全ての金属元素の含有量に対して、50モル%を超え、好ましくは55モル%以上、より好ましくは60モル%以上、さらに好ましくは65%以上である。タングステンの含有量が上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面(粉体全体の表面)を、タングステン(W)でより均一に被覆することができる。
【0027】
なお、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量の上限は、特に限定されず、例えば、90モル%以下であってもよく、80モル%以下であってもよく、75モル%以下であってもよい。
【0028】
本発明者らが鋭意検討したところ、従来の製造方法で得られたタングステンを含む層を有する正極活物質では、タングステンの被覆率が十分でなく、例えば、後述する比較例で用いた製造方法では、タングステンの添加量を増加しても、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量(モル%)は30~35モル%程度であり、それ以上には増加しない傾向があることを見出した(図9の比較例4~6、8、10参照)。一方、本実施形態に係る正極活物質100では、例えば、後述する製造方法を用いることにより、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量(モル%)を上記範囲とすることができる。
【0029】
また、通常、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面を異種元素で被覆する場合、これを用いた二次電池では、電池容量(例、初期充放電容量)等の電池特性が低下することがあるが、正極活物質100では、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量(モル%)を上記範囲とすることにより、高い電池容量を維持しつつ、さらなる正極抵抗(反応抵抗)の低減を可能とする。よって、本実施形態に係る正極活物質100を、リチウムイオン二次電池(非水系電解液二次電池、全固体二次電池を含む)の正極に用いた場合、電池特性を良好にすることができる。
【0030】
なお、上記のタングステンの含有量(モル%)は、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面における、タングステンを含む層WLの被覆率を示す指標の一つとなる。よって、本明細書においては、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量(モル%)を、単に「タングステンの被覆率(モル%)」ともいう。
【0031】
なお、本明細書において、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの含有量(モル%)とは、X線光電子分光装置(VG-Scientific社製、ESCALAB220i-XL)により、ターゲットをAlとし、X線源をAl-Kα線とし、電圧を10kVとし、電流を15mAとして、リチウム金属複合酸化物の粒子10をX線光電子分光法(XPS)により測定したときに、得られるXPSスペクトルにおける各金属元素に由来するピークの強度(面積)比から求めた値である。
【0032】
[正極活物質全体におけるタングステンの含有量]
正極活物質100全体に対するタングステンの含有量は、特に限定されず、リチウム金属複合酸化物の粒子10の特性(粒径や粒子構造など)によって、適宜調整することができるが、例えば、1質量%を超え4質量%以下であり、好ましくは1質量%を超え2質量%以下であり、より好ましくは1.2質量%以上2質量%以下である。正極活物質100全体に対するタングステンの含有量が上記範囲である場合、高いタングステンの被覆率(モル%)と、正極活物質100を二次電池に用いた際の電池容量の低減とを両立することができる。
【0033】
タングステンの含有量が上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面(粉体全体の表面)をタングステンがより均一に被覆することができるとともに、電池容量(例、初期充放電容量など)の低下を抑制することができる。なお、正極活物質(全体)中のタングステン(W)の含有量は、ICP発光分光分析(ICP法)により、測定することができる。
【0034】
[タングステンを含む層の厚さ]
タングステンを含む層WLの少なくとも一部は、10nm以下の厚さを有してもよく、5nm以下の厚さを有してもよく、1nm以下の厚さを有してもよい。タングステンを含む層WLの厚さが上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面全体をタングステンがより均一に被覆することができるとともに、タングステンを含む層WLの被覆による電池容量などの電池特性の低下をより抑制することができる(例えば、図10(B)参照)。
【0035】
なお、タングステンを含む層WLの厚さは、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)による反射電子像(COMPO像)や、STEM、SEM-EDS等の結果により求めることができ、例えば、実施例に記載した方法により求めることができる。
【0036】
なお、タングステンを含む層WLは、タングステンの被覆率(モル%)が上述した範囲であれば、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面全体を被覆しなくてもよく、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面の一部を被覆してもよい。なお、無作為に選択した10個以上のリチウム金属複合酸化物の粒子10の断面をSEMによる反射電子像(COMPO像)で観察した場合、タングステンを含む層WLの平均厚さは10nm以下であってもよく、5nm以下であってもよい。
【0037】
また、タングステンを含む層WLにおける、タングステンの存在形態は、特に限定されず、例えば、リチウムとタングステンとを含む化合物であってもよく、タングステン酸リチウムであってもよい。例えば、後述する正極活物質100の製造方法を用いる場合、タングステンを含む化合物と、リチウム金属複合酸化物の粒子(母材)の表面に存在するリチウムとが反応して、タングステン酸リチウムを形成することにより、得られるリチウム金属複合酸化物の粒子10の表面における余剰リチウム量を低減することができる。なお、タングステンの存在形態は、例えば、X線回折(XRD)にて確認することができる。
【0038】
[リチウム金属複合酸化物の粒子]
図1(B)は、リチウム金属複合酸化物の粒子10の一例を示す模式図である。リチウム金属複合酸化物の粒子10は、複数の一次粒子1が凝集して形成された二次粒子2から構成される。二次粒子2の形状は、特に限定されず、例えば、中実構造、中空構造、多孔質構造などの構造を有してもよい。なお、リチウム金属複合酸化物の粒子10は、二次粒子2だけでなく、少数の単独の一次粒子1を含んでもよい。また、リチウム金属複合酸化物の粒子10は、リチウムとリチウム以外の金属を含む酸化物であってもよく、好ましくは六方晶系の層状の結晶構造を有する。なお、上述したタングステンを含む層WLは、二次粒子2の表面に形成されてもよく、二次粒子2内部の一次粒子1の表面に形成されてもよい。
【0039】
[正極活物質の組成]
正極活物質100は、例えば、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mを含み、これら元素の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M=s:(1-x-y):x:y(ただし、0.95≦s≦1.3、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、Mは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taから選択される1種以上の元素)で表されてもよい。正極活物質100が上記組成を有する場合、二次電池の正極に用いられた際に、高い電池容量と優れた出力特性とを得ることができる。なお、各元素の含有量は、ICP法により測定することができる。
【0040】
ニッケル(Ni)は、二次電池の高電位化および高容量化に寄与する元素である。上記モル比において、Niの含有量を示す(1-x-y)の値は、例えば、0.3以上であり、好ましくは0.6以上、より好ましくは0.65以上0.99以下、さらに好ましくは0.8以上0.95以下である。(1-x-y)の値が0.6を超える場合、高い電池容量を有することができる。
【0041】
コバルト(Co)は、充放電サイクル特性の向上に寄与する元素である。上記モル比において、Coの含有量を示すxの値は、0以上0.35以下、好ましくは0.05以上0.35以下、より好ましくは0.1以上0.3以下である。xの値が0.05以上である場合、充放電サイクル特性が向上する。
【0042】
添加元素を示すMは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taの中から選択される少なくとも1種の元素である。上記モル比において、Mの含有量を示すyの値は、0以上0.35以下であり、中でも、yが0より大きい場合、熱安定性や出力特性、サイクル特性等を改善することができる。また、Mは、Alを含むことが好ましい。MがAlを含み、上記モル比における、Alの含有量をy1、Al以外のMの含有量をy2(ただし、y1+y2=y)とする場合、y1の値は、好ましくは0.01以上0.1以下である。また、y2の値は、0以上0.1以下であってもよく、0であってもよい。
【0043】
上記モル比において、リチウムの含有量を示すsの値は、0.95以上1.3以下であることが好ましく、1.0以上1.10以下であることがより好ましく、1.0を超え1.10以下であってもよい。sの値が0.95未満である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10の結晶内でリチウムが占めるべき部位が他の元素で占められ、二次電池における充放電容量が低下することがある。一方、sの値が1.3を超える場合、リチウムニッケル複合酸化物の粒子10や、リチウムとタングステンとを含む化合物以外に、充放電に寄与しない余剰分のリチウム化合物が存在することになり、正極抵抗(反応抵抗)が増大したり、充放電容量が低下したりすることがある。
【0044】
また、正極活物質100は、タングステンを除く組成として、一般式(1):LiNi1-x-yCo2+α(前記一般式(1)中、0.95≦s≦1.30、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦α≦0.5、Mは、Mn、Mo、V、Mg、Ca、Al、Ti、Cr、Zr、La、Nb、Hf、及び、Taから選択される1種以上の元素)で表されてもよい。なお、上記一般式(1)中、各元素の好ましい範囲は、上述したモル比と同様の範囲とすることができる。
【0045】
[体積平均粒径]
正極活物質100の大きさは、特に限定されないが、その体積平均粒径(MV)が1μm以上30μm以下程度であることが好ましく、5μm以上20μm以下であることがより好ましい。体積平均粒径(MV)は、例えば、レーザー光回折散乱式粒度分布計で測定した体積積算値から求めることができる。
【0046】
[粒径のばらつき指数]
正極活物質100は、粒径のばらつき指数を示す〔(D90-D10)/MV〕が、例えば、0.65以上であってもよく、0.70以上であってもよい。正極活物質100のばらつき指数が上記範囲である場合、微粒子や粗大粒子が適度に混入して、得られる二次電池のサイクル特性や出力特性の低下を抑制しながら、正極における、正極活物質100の粒子の充填性を向上させることができる。なお、〔(D90-D10)/MV〕の上限は、特に限定されないが、正極活物質100への微粒子又は粗大粒子の過度な混入を抑制する観点から、複合水酸化物のばらつき指数は1.2以下とすることが好ましく、1.0以下とすることがより好ましい。
【0047】
上記〔(D90-D10)/MV〕において、D10は、各粒径における粒子数を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径を、D90は、同様に粒子数を累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径をそれぞれ意味している。MVや、D90及びD10は、レーザー光回折散乱式粒度分析計を用いて測定することができる。
【0048】
なお、正極活物質100の製造方法は、上記特性が得られる方法であれば、特に限定されないが、後述する正極活物質の製造方法を用いることが好ましい。
【0049】
2.正極活物質の製造方法
図2は、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法(以下、「正極活物質の製造方法」ともいう。)の一例を示す図である。図2に示すように、上記の正極活物質100は、本実施形態に係る正極活物質の製造方法により、工業的規模で、容易に生産性高く製造することができる。なお、図2は、正極活物質の製造方法の一例であって、この方法に限定するものではない。
【0050】
正極活物質100の製造方法は、脱炭酸雰囲気下で、リチウム金属複合酸化物の粒子(母材)に、水を噴霧しながら混合して第1の混合物を得ること(ステップS10)と、第1の混合物と、タングステンを含む化合物の粒子と、を混合して第2の混合物を得ること(ステップS20)と、第2の混合物を乾燥して、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面の少なくとも一部を、タングステンを含む層WLで被覆すること(ステップS30)、を備える。以下、図2を参照して、各ステップについて説明する。
【0051】
[ステップS10]
まず、脱炭酸雰囲気下で、リチウム金属複合酸化物の粒子(母材)に、水を噴霧して混合し、第1の混合物を得る(ステップS10)。なお、母材として用いられるリチウム金属複合酸化物の粒子を、以下「リチウム金属複合酸化物の粒子10a」ともいう。後述するように、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの表面に存在するリチウムと、タングステンを含む化合物とが反応して、タングステンを含む層WLを形成したリチウム金属複合酸化物の粒子10を得ることができると考えられる。
【0052】
(水噴霧の雰囲気)
本実施形態に係る製造方法では、水を噴霧して混合する際に脱炭酸雰囲気とすることにより、タングステンの被覆率を大きく向上することができる。以下、図3を参照して、水を噴霧する際の雰囲気による、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面におけるタングステンの被覆率(モル%)への影響について説明する。なお、図3の各例は、後述する、実施例で用いられた母材と、比較例8、及び、比較例9で得られた正極活物質とを示す。
【0053】
図3の棒グラフは、各例における、タングステンの被覆率(モル%)を示すグラフであり、図3の折れ線グラフは、各例における、正極活物質全体に含まれる全炭素量(T-C量)を示すグラフである。
【0054】
図3に示されるように、水を噴霧して混合する際の雰囲気以外は、同じ条件でタングステンを被覆して得られた正極活物質において、脱炭酸雰囲気で水を噴霧して得られた正極活物質(比較例9)の方が、大気雰囲気で水を噴霧して得られた正極活物質(比較例8)と比較して、タングステンの被覆率(モル%)が顕著に上昇する。
【0055】
また、大気雰囲気下で水を噴霧して得られた正極活物質(比較例8)では、正極活物質100に含まれるT-C量が、母材として用いたリチウム金属複合酸化物(図3のグラフの左側)、及び、脱炭酸雰囲気で水を噴霧して得られた正極活物質(比較例9)と比較して上昇する。
【0056】
これらの理由の詳細は不明であるが、例えば、大気雰囲気下で水を噴霧した場合、大気中に含まれる炭酸ガス(CO)と、リチウム金属複合酸化物の粒子(母材)の表面に存在するリチウムとが反応して、炭酸塩を形成することにより、リチウム金属複合酸化物の粒子全体(粉体全体)における、タングステンを含む層WLの形成を阻害して、タングステンの被覆率(モル%)の減少、及び、T-C量の上昇を引き起こすことが考えられる。
【0057】
なお、脱炭酸雰囲気とは、炭酸ガス(CO)の含有量を大気雰囲気よりも低減した雰囲気をいい、例えば、炭酸ガス(CO)の含有量が100体積ppm未満であってもよく、50体積ppm以下であってもよく、20体積ppm以下であってもよく、10体積ppm以下であってもよい。なお、脱炭酸雰囲気中の炭酸ガス(CO)の含有量の下限値は特に限定されず、0体積ppm以上であればよく、0体積ppmであってもよい。
【0058】
なお、脱炭酸雰囲気は、二酸化炭素以外のその他の成分の含有量については特に限定されるものではなく、任意の雰囲気を用いることができ、例えば、二酸化炭素の含有量を低減した空気(脱炭酸空気)や、不活性ガス雰囲気、酸素雰囲気など、を用いてもよく、脱炭酸空気を用いることが好ましい。
【0059】
(噴霧する水の量)
リチウム金属複合酸化物の粒子10aに噴霧する水の量は、特に限定されないが、タングステンを含む層WLを十分に形成するという観点から、リチウム金属複合酸化物の粒子10aに対して、好ましくは2質量%以上であり、より好ましくは3質量%以上であり、さらに好ましくは4質量%以上である。
【0060】
図4は、噴霧する水の量を変更した各例における、タングステンの被覆率(モル%)を示すグラフである。なお、図4の各例は、後述する、比較例6、比較例7、及び、実施例1、実施例3で得られた正極活物質を示す。
【0061】
図4に示すように、水を噴霧する量を変更した以外は、同じ条件でタングステンを被覆して得られた正極活物質において、水の噴霧量を8質量%として、得られた正極活物質(比較例7、実施例3)の方が、水の噴霧量を4質量%として、得られた正極活物質(比較例6、実施例1)と比較して、タングステンの被覆率(モル%)が上昇する傾向がある。
【0062】
なお、噴霧する水の量の上限は、特に限定されず、母材として用いるリチウム金属複合酸化物の粒子10aの粒子形状等により適宜調整でき、例えば、20質量%以下であってもよく、10質量%以下であってもよい。
【0063】
(水の噴霧及び混合のその他の条件)
噴霧する水は、例えば、霧状態であってもよく、平均100μm以下の霧状態であってもよい。また、水を噴霧して混合する装置としては、均一な混合物が得られるものであればよく、添加する水の量に応じて、シェーカーミキサー、撹拌混合機、ロッキングミキサーなど、種々の混合機を用いてもよい。
【0064】
(リチウム金属複合酸化物の粒子)
母材として用いるリチウム金属複合酸化物の粒子10aの組成は、特に限定されず、例えば、上述した正極活物質100の組成と同様の範囲としてもよい。リチウム金属複合酸化物の粒子10aに含まれる各元素の好ましい範囲は、上述した正極活物質100の組成と同様であるため、ここでの記載は省略する。
【0065】
リチウム金属複合酸化物の粒子10aの製造方法は特に限定されないが、例えば、晶析により製造してもよい。晶析により製造した場合、比較的均一な組成を有するリチウム金属複合酸化物の粒子10aを得ることができる。なお、例えば、ニッケルの含有量が多いリチウム金属複合酸化物の粒子10aを正極活物質100として使用する場合、使用する前に水洗を行うことがあるが、本実施形態に係る正極活物質の製造方法においては、ニッケルの含有量が多いリチウム金属複合酸化物の粒子10aにおいても、水洗をせず、母材として用いることができる。
【0066】
なお、母材として用いられるリチウム金属複合酸化物の粒子10aの粒子性状は、正極活物質100においても引き継がれるため、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの粒径や、粒径のばらつき指数等は、所望する正極活物質100の粒径や、粒径のばらつき指数と同様とすることができる。
【0067】
[ステップS20]
次いで、第1の混合物と、タングステンを含む化合物の粒子と、を混合して第2の混合物を得る(ステップS20)。本実施形態に係る製造方法では、リチウム金属複合酸化物の粒子10aと、水とを混合した(ステップS10)後、タングステンを含む化合物を混合する(ステップS20)ことにより、タングステンの被覆率(モル%)を向上し、かつ、二次電池に用いた際に高い電池容量を有することができる。
【0068】
(混合の順番)
図5の棒グラフは、各例における、タングステンの被覆率(モル%)を示すグラフであり、図5の折れ線グラフは、各例における、初期放電容量(相対値)を示すグラフである。以下、図5を参照して、リチウム金属複合酸化物の粒子10aに、水、及び、タングステンを含む化合物を混合する順番を変更した場合における、タングステンの被覆率(モル%)への影響について説明する。なお、図5の各サンプルは、後述する比較例9、及び、実施例1で得られた正極活物質100を用いている。
【0069】
図5に示されるように、水とタングステンを含む化合物との混合の順番を変更した以外は、同一の条件でタングステン(1.5質量%)を被覆した場合、水を混合した後、タングステンを含む化合物を混合した場合(実施例1)の方が、タングステンを含む化合物を混合した後、水を混合した場合(比較例6)よりも、タングステンの被覆率(モル%)が高く、かつ、初期放電容量も高くなる。
【0070】
また、図6(A)、及び、図6(B)は、上記の各例(比較例9、及び、実施例1)で得られた正極活物質のSEMによる反射電子像を示す図である。図6(A)、及び、図6(B)において、白く見える部分(明るく見える部分)は、タングステン(重い元素)を示すと考えられる。図6(A)、及び、図6(B)に示されるように、水を混合した後、タングステンを含む化合物を混合した場合(実施例1)の方が、タングステンを含む化合物を混合した後、水を混合した場合(比較例9)よりも、正極活物質に含まれるタングステンの含有量は同程度であるあるものの、白く見える部分が少なく、より均一にタングステンが被覆されていることを示す。
【0071】
この理由の詳細は不明であるが、例えば、タングステンを含む化合物よりも、水を先に混合することにより、リチウム金属複合酸化物の粒子10aと、タングステンを含む化合物との反応性が向上し、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面全体(粉体全体)に、タングステンが均一に被覆されると考えられる。
【0072】
(タングステンを含む化合物の粒子)
タングステンを含む化合物の粒子は、リチウムと反応可能な固体状態の化合物であることが好ましい。また、タングステンを含む化合物の粒子は、リチウムを含まないことが好ましい。
【0073】
タングステンを含む化合物としては、例えば、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸アンモニウムなどが挙げられる。これらの中でも、酸化タングステン、及び、タングステン酸の少なくとも一方が好ましく、酸化タングステンがより好ましい。なお、タングステンを含む化合物は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0074】
タングステンを含む化合物の粒子の混合物量は、特に限定されず、上述の正極活物質100が得られるように適宜調整することができ、例えば、タングステンの量が、リチウム金属複合酸化物の粒子10a全体に対して、1質量%を超え4質量%以下であってもよく、好ましくは1質量%を超え2質量%以下であり、より好ましくは1.2質量%以上2質量%以下である。なお、タングステンを含む化合物の粒子の混合量は、例えば、予め、予備試験を行って、正極活物質100が得られるような混合量を確認することで、タングステンを含む化合物の混合量を設定してもよい。
【0075】
[ステップS30]
次いで、第2の混合物を乾燥して、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの表面の少なくとも一部を、タングステンを含む層WLで被覆する(ステップS30)。ステップS30にて、水分を除去しつつ、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの表面に存在するリチウムと、タングステンを含む化合物とが反応して、タングステンを含む層WLが形成される。
【0076】
乾燥温度は、水分の少なくとも一部が除去され、かつ、タングステンを含む層WLを形成できる温度であれば、特に限定されないが、例えば、50℃以上300℃以下であり、好ましくは80℃以上250℃以下であり、より好ましくは90℃以上200℃以下である。乾燥温度が上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの表面に存在するリチウムと、タングステンを含む化合物との反応を十分に進行させて、得られるリチウム金属複合酸化物の粒子10の表面に、タングステンを十分に分散させることができる。
【0077】
乾燥時間は、特に限定されないが、例えば、5時間以上72時間以下であり、好ましくは10時間以上48時間以下であり、より好ましくは15時間以上25時間以下である。
【0078】
また、得られるリチウム金属複合酸化物の粒子10の表面に、タングステンをより十分に分散させるという観点から、乾燥は、少なくとも2段階に分けて行ってもよく、例えば、第1の乾燥工程として、50℃以上200℃以下の温度により5時間以上24時間以下の時間で乾燥を行った後、第2の乾燥工程として、50℃以上250℃以下の温度、かつ、前記第1の乾燥工程よりも高い温度により、5時間以上24時間以下の時間で乾燥を行ってもよい。
【0079】
また、乾燥時の雰囲気は、雰囲気中の水分や炭酸ガス(CO)と、リチウム金属複合酸化物の粒子10aの表面に残留した未反応のリチウム化合物との反応を抑制するという観点から、脱炭酸雰囲気(例、脱炭酸空気)、不活性ガス雰囲気、または、真空雰囲気とすることが好ましく、真空雰囲気がより好ましい。
【0080】
また、乾燥時の雰囲気の圧力は、特に限定されないが、大気圧よりも低いことが好ましく、1気圧以下とすることが好ましい。1気圧よりも気圧が高い場合には、正極活物質100の水の含有量が十分に下がらないことがある。
【0081】
[正極活物質の特性]
本実施形態に係る正極活物質の製造方法において、得られる正極活物質100は、好ましくは、以下の特性を有する。
【0082】
(全炭素量)
正極活物質100に含まれる全炭素量(T-C量)は、正極活物質100全体に対して、0.07質量%以下であってもよく、0.065質量%以下であってもよい。全炭素量(T-C量)が上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物の粒子10の表面における炭酸塩の形成が抑制されることを示す。また、正極活物質100に含まれるT-C量は、母材として用いたリチウム金属複合酸化物の粒子10aに含まれるT-C量に対して、0.9倍以上1.1倍以内であることが好ましい。
【0083】
(初期放電容量)
正極活物質100は、例えば、水を噴霧する前のリチウム金属複合酸化物の粒子10a(すなわち、母材)を2032型コイン型電池の正極活物質として用いた際の初期放電容量に対して、タングステンを含む層WLで被覆されたリチウム金属複合酸化物の粒子10(すなわち、正極活物質100)を2032型コイン型電池の正極活物質として用いた際の初期放電容量(正極活物質100の初期放電容量/母材の初期放電容量)が、好ましくは0.9倍以上であり、より好ましくは0.95倍以上である。なお、(正極活物質100の初期放電容量/母材の初期放電容量)の上限は特に限定されないが、例えば、1.1倍以下であってもよく、1.05倍以下であってもよい。
【0084】
なお、2032型コイン型電池は、後述の実施例に記載の方法で製造することができ、初期放電容量(mAh/g)は、後述の実施例に記載の方法で評価することができる。
【0085】
(反応抵抗)
正極活物質100は、例えば、水を噴霧する前のリチウム金属複合酸化物の粒子10a(すなわち、母材)を2032型コイン型電池の正極活物質として用いた際の正極抵抗(SOC20%)に対して、タングステンを含む層WLで被覆されたリチウム金属複合酸化物の粒子10(すなわち、正極活物質100)を2032型コイン型電池の正極活物質として用いた際の正極抵抗(SOC20%)(正極活物質100の正極抵抗/母材の正極抵抗)が、好ましくは0.7倍以下であり、より好ましくは0.65倍以下であり、さらに好ましくは0.6倍以下である。なお、(正極活物質100の正極抵抗/母材の正極抵抗)の下限は特に限定されないが、0.3倍以上であってもよく、0.4倍以上であってもよい。
【0086】
なお、2032型コイン型電池は、後述の実施例に記載の方法で製造することができ、正極抵抗(反応抵抗、Ω)は、後述の実施例に記載の方法で評価することができる。
【0087】
3.リチウムイオン二次電池
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池(以下、「二次電池」ともいう。)は、上述した正極活物質100を含む正極と、負極と、電解質とを備える。リチウムイオン二次電池は、従来公知のリチウムイオン二次電池と同様の構成要素により構成されることができ、例えば、正極、負極、及び、非水系電解液を備えた非水電解液二次電池であってもよい。また、二次電池は、例えば、正極、負極、及び、固体電解質を備えた全固体二次電池であってもよい。以下、各構成要素について、説明する。
【0088】
なお、以下で説明する実施形態は例示に過ぎず、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基に、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した形態で実施することができる。また、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、その用途を特に限定するものではない。
【0089】
(正極)
正極の製造方法は、特に限定されないが、例えば、以下のように製造してもよい。
【0090】
まず、上記の正極活物質100、導電材および結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの目的の溶剤を添加し、これを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、目的とする二次電池の性能に応じて、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比は、適宜、調整することができる。例えば、溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合、正極活物質100の含有量を60質量部以上95質量部以下、導電材の含有量を1質量部以上20質量部以下とし、結着剤の含有量を1質量部以上20質量部以下としてもよい。
【0091】
導電材としては、特に限定されず、例えば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛および膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。
【0092】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、特に限定されず、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂、ポリアクリル酸などを用いることができる。
【0093】
必要に応じ、正極活物質、導電材および活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加してもよい。溶剤としては、具体的には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加してもよい。
【0094】
得られた正極合材ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じ、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。なお、正極の作製方法は、上記の方法に限られることなく、他の方法によってもよい。
【0095】
(負極)
負極には、金属リチウムやリチウム合金などを用いてもよく、あるいは、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを用いてもよい。
【0096】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、およびコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、結着剤としては、上記のPVDFなどの有機系バインダー以外にも、スチレンブタンジエンゴムなどの水系バインダーを用いてもよい。また、水系バインダーは、粘度調整剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いてもよい。例えば、スチレンブタジエンラテックスを主添加剤とし、粘度調整剤としてCMCを併用する水系バインダーでは、少量での結着力を高めることができる。
【0097】
(セパレータ)
正極と負極との間には、必要に応じてセパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0098】
(非水系電解質)
非水系電解質としては、非水電解液を用いることができる。非水系電解液は、例えば、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものを用いてもよい。また、非水系電解液として、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオンおよびアニオンから構成され、常温でも液体状を示す塩をいう。
【0099】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いることができる。
【0100】
支持塩としては、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiN(CFSO、およびそれらの複合塩などを用いることができる。さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0101】
また、リチウムイオン二次電池が全固体二次電池の場合、非水系電解質としては、固体電解質を用いてもよい。固体電解質は、高電圧に耐えうる性質を有する。固体電解質としては、無機固体電解質、有機固体電解質が挙げられる。
【0102】
無機固体電解質として、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質等が用いられる。
【0103】
酸化物系固体電解質としては、特に限定されず、酸素(O)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。酸化物系固体電解質としては、例えば、リン酸リチウム(LiPO)、LiPO、LiBO、LiNbO、LiTaO、LiSiO、LiSiO-LiPO、LiSiO-LiVO、LiO-B-P、LiO-SiO、LiO-B-ZnO、Li1+XAlTi2-X(PO(0≦X≦1)、Li1+XAlGe2-X(PO(0≦X≦1)、LiTi(PO、Li3XLa2/3-XTiO(0≦X≦2/3)、LiLaTa12、LiLaZr12、LiBaLaTa12、Li3.6Si0.60.4等が挙げられる。
【0104】
硫化物系固体電解質としては、特に限定されず、硫黄(S)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。硫化物系固体電解質としては、例えば、LiS-P、LiS-SiS、LiI-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiS-B、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiPO-P等が挙げられる。
【0105】
なお、無機固体電解質としては、上記以外のものを用いてよく、例えば、LiN、LiI、LiN-LiI-LiOH等を用いてもよい。
【0106】
有機固体電解質としては、イオン電導性を示す高分子化合物であれば、特に限定されず、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。また、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含んでいてもよい。なお、固体電解質を用いる場合は、電解質と正極活物質100の接触を確保するため、正極材中にも固体電解質を混合させてもよい。
【0107】
(電池の形状、構成)
以上のように説明してきた正極、負極、セパレータ、及び非水系電解液や、正極、負極、及び固体電解質で構成される本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。
【0108】
非水系電解質として非水系電解液を用いる場合、正極および負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、リチウムイオン二次電池を完成させる。
【実施例
【0109】
以下、本発明の実施例を用いて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。本実施形態により得られた正極活物質および二次電池について、その特性を以下の方法で評価した。なお、本実施例における、正極活物質および二次電池の作製には、和光純薬工業株式会社製試薬特級の各試料を使用した。
【0110】
[組成]
母材及び正極活物質の組成、及び、タングステン含有量は、母材及び正極活物質を酸溶解した後、ICP発光分光分析装置(株式会社島津製作所製、ICPS-8100)で組成を測定した。
【0111】
[全炭素量]
母材及び正極活物質の全炭素量(T-C量)は、炭素硫黄分析装置(LECO社製CS-600)で測定した。
【0112】
[タングステンの被覆率(モル%)]
X線光電子分光装置(VG-Scientific社、ESCALAB220i-XL)を用い、ターゲット:Al、X線源:Al-Kα線、電圧:10kV、電流:15mAとして、リチウム金属複合酸化物粒子の表面における、タングステン、ニッケル、コバルトのXPSスペクトルを測定し、それらのピーク強度の比率から、タングステンの被覆率(リチウム金属複合酸化物の粒子の表面におけるタングステンの含有量)を求めた。
【0113】
[タングステンを含む層WLの厚さ(nm)]
正極活物質の粒子表面および断面の観察には、ショットキー電界放出タイプの走査型電子顕微鏡SEM-EDSである、JSM-7001F(日本電子株式会社製)を用いた。また、タングステンを含む層WLの厚さは、クロスセクションポリッシャ(CP)〔日本電子(株)製、品番:SM-09010〕で加工済の断面用試料を観察し、各リチウム金属複合酸化物粒子の断面の略中心で直交する2本の直線を引き、この2本の直線と交差する4箇所におけるタングステンを含む層WLの厚さを測定し、粒子10個分の数値(n=40)から、タングステンを含む層WLの平均厚さを求めた。
【0114】
[二次電池の製造および評価]
以下、二次電池の製造方法、及び、電池特性の評価方法について説明する。
【0115】
(二次電池の製造)
正極活物質:52.5mg、アセチレンブラック:15mg、およびポリテトラフッ化エチレン樹脂(PTFE):7.5mgを混合し、100MPaの圧力で、直径11mm、厚さ100μmにプレス成形した後、真空乾燥機中120℃で12時間乾燥して、正極PE(評価用電極)を作製した。
【0116】
次に、この正極PEを用いて2032型コイン型電池CBA(図7参照)を、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス内で作製した。このコイン型電池CBAの負極NEには、直径17mm、厚さ1mmのリチウム金属を用い、電解液には、1MのLiClOを支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合液(富山薬品工業株式会社製)を用いた。また、セパレータSEには、膜厚25μmのポリエチレン多孔膜を用いた。なお、図7に示すように、コイン型電池CBAは、ガスケットGAを有し、正極缶PCと負極缶NCとでコイン状の電池に組み立てられたものである。
【0117】
(初期放電容量)
コイン型電池CBAを製作してから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cmとしてカットオフ電圧4.3Vまで充電したときの容量を初期充電容量とし、1時間の休止後、カットオフ電圧3.0Vまで放電したときの容量を初期放電容量とした。また、初期放電容量を初期充電容量で除した値を初期充放電効率(初期放電容量/初期充電容量)とした。
【0118】
(正極抵抗)
コイン型電池CBAを、作製してから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cmとして、カットオフ電圧が4.3Vとなるまで充電し、1時間の休止後、カットオフ電圧が3.0Vになるまで放電した。その後、コイン型電池CBAをSOC20%、及び、SOC80%に相当する電位まで充電して、周波数応答アナライザおよびポテンショガルバノスタット(ソーラトロン製、1255B)を使用して交流インピーダンス法により、正極抵抗(反応抵抗)の値を算出した。
【0119】
以下、正極抵抗(反応抵抗)の算出方法について説明する。まず、コイン型電池CBAを、周波数応答アナライザおよびポテンショガルバノスタットを使用して交流インピーダンス法により測定すると、図8に示すようなナイキストプロットが得られる。このナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、および、正極抵抗とその容量を示す特性曲線の和として表しているため、このナイキストプロットに基づき等価回路を用いてフィッティング計算を行い、正極抵抗(反応抵抗)の値を算出した。
【0120】
(実施例1)
晶析法を用いて作製されたリチウム金属複合酸化物(Li1.025Ni0.82Co0.15Al0.03、平均粒径(MV):12.3μm、〔(D90-D10)/MV〕:0.82、水洗なし)を母材として用いた。なお、母材の全炭素量(T-C量)は、0.064質量%であった。
【0121】
脱炭酸雰囲気(脱炭酸空気)下、上記のリチウム金属複合酸化物(母材)を撹拌混合しながら、リチウム金属複合酸化物(母材)の粒子全体に対して4質量%の水を噴霧した(ステップS10)。その後、酸化タングステン(WO)を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1.5質量%となる量で添加し、混合した(ステップS20)。
【0122】
その後、真空雰囲気下において、100℃で12時間、次いで190℃で10時間乾燥して、正極活物質を得た。得られた正極活物質のタングステン(W)含有量、タングステンの被覆率(モル%)等を上記の方法で評価した。また、得られた正極活物質を用いてコイン型電池CBAを作製し、電池特性を評価した。これらの評価結果を表1に示す。また、実施例1で得られた正極活物質の全炭素量(T-C量)は、0.064質量%であった。
【0123】
(実施例2)
実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。得られた正極活物質に含まれるタングステン量は、正極活物質全体に対して、1.3質量%であった。評価結果を表1に示す。
【0124】
(実施例3)
水の噴霧量を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して8質量%とした以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0125】
(比較例1)
水の噴霧量を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して8質量%とし、酸化タングステンの混合量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1質量%とした以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0126】
(比較例2)
水の噴霧量を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して10質量%とし、酸化タングステンの混合量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して0.5質量%となる量とした以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0127】
(比較例3)
水の噴霧量を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して8質量%とし、酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1質量%となる量とした以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0128】
(比較例4)
リチウム金属複合酸化物(母材)と、酸化タングステンとを混合した後、得られた混合物に、水を噴霧し(ステップS10とステップS20とを実施例1とは逆順で行う)、水の噴霧を大気雰囲気下で行い、かつ、酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して0.2質量%となる量とした以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0129】
(比較例5)
酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して0.5質量%となる量とした以外は比較例4と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0130】
(比較例6)
酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1質量%となる量とした以外は比較例4と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0131】
(比較例7)
水の噴霧量を、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して8質量%とし、酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1質量%となる量とした以外は比較例4と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0132】
(比較例8)
酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して1.5質量%となる量とした以外は比較例4と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0133】
(比較例9)
リチウム金属複合酸化物(母材)と、酸化タングステンとを混合した後、得られた混合物に、水を噴霧した(ステップS10とステップS20とを実施例1とは逆順で行う)以外は実施例1と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0134】
(比較例10)
酸化タングステンの添加量を、酸化タングステン中のタングステンが、リチウム金属複合酸化物の粒子全体に対して2質量%となる量とした以外は比較例4と同様にして、正極活物質を得るとともに評価した。評価結果を表1に示す。
【0135】
【表1】
【0136】
(評価結果)
表1に示されるように、実施例で得られた正極活物質は、タングステンの被覆率(モル%)が50モル%を超えており、正極活物質全体で、タングステンがより均一に被覆されることが示された。また、実施例の正極活物質を用いた二次電池は、母材として用いたリチウム金属複合酸化物と比較して、同程度の初期充放電容量、初期充放電効率を有し、かつ、低い正極抵抗(反応抵抗)を有することが示された。
【0137】
図10(A)及び(B)に示すように、実施例1で得られた正極活物質を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)反射電子像で観察したところ、リチウム金属複合酸化物の粒子の表面に、10nm以下のタングステンを含む層WLが形成されていることが確認された。
【0138】
図9は、実施例及び比較例で得られた正極活物質のタングステンの含有量(質量%)とタングステンの被覆率(モル%)との関係を示すグラフである(なお、図9においては、正極活物質におけるタングステンの含有量(質量%)以外は、それぞれが同様の条件で製造された実施例、及び、比較例のみを示す)。図9に示されるように、比較例1~3で得られた正極活物質では、タングステンの含有量が0.5~1質量%であり、タングステンの被覆率が50モル%以下となった。また、正極抵抗も、実施例と比較して、高い傾向があった。
【0139】
また、比較例4~8、10では、リチウム金属複合酸化物(母材)と、酸化タングステン(0.2質量%~2質量%)とを混合した後、得られた混合物に、水を噴霧し(ステップS10とステップS20とを実施例1とは逆順で行う)、かつ、大気雰囲気下で水を噴霧しており、これらの比較例で得られた正極活物質では、タングステンの被覆率が32モル%以下と低かった。また、図9に示すように、酸化タングステンの添加量(2質量%)を増やした比較例10の正極活物質においても、タングステンの被覆率は31モル%と低く、初期充放電容量も非常に低下した。
【0140】
なお、図4に示すように、水の噴霧量がリチウム金属複合酸化物に対して4質量%である比較例6と、水の噴霧量がリチウム金属複合酸化物に対して8質量%である比較例7と、を比較すると、比較例7で得られた正極活物質の方がタングステンの被覆率(モル%)が大きかった。
【0141】
また、比較例9で得られた正極活物質は、上述のように、ステップS10とステップS20とを実施例1とは逆順で行った以外は、実施例1と同様に正極活物質を製造(脱炭酸雰囲気で水を噴霧)しており、図3に示すように、他の比較例と比較した場合、非常に高いタングステンの被覆率を示すものの、タングステンの被覆率は50モル%以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明に係る正極活物質は、タングステンの被覆率(モル%)が非常に高いため、リチウムイオン二次電池の正極材料に用いられた場合、高い電池容量を有し、かつ、正極抵抗(反応抵抗)を低減することによる出力特性を向上させることができる。よって、本発明に係る正極活物質は、特にハイブリッド自動車や電気自動車用電源として使用されるリチウムイオン二次電池(非水電解質二次電池、全固体二次電池など)の正極活物質として好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0143】
100…正極活物質
1…一次粒子
2…二次粒子
10…リチウム金属複合酸化物の粒子
10a…リチウム金属複合酸化物の粒子(母材)
WL…タングステンを含む層
CBA…コイン型電池
PE…正極
NE…負極
GA…ガスケット
PE…正極
NE…負極
SE…セパレータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10