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7586385エレベーター用の巻上機、転がり軸受、および転がり軸受の診断装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】エレベーター用の巻上機、転がり軸受、および転がり軸受の診断装置
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/045 20190101AFI20241112BHJP
【FI】
G01M13/045
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2024545176
(86)(22)【出願日】2023-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2023041145
【審査請求日】2024-07-30
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2023/014140
(32)【優先日】2023-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000236056
【氏名又は名称】三菱電機ビルソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼良 直克
(72)【発明者】
【氏名】長濱 秀紀
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 優
(72)【発明者】
【氏名】木村 康樹
(72)【発明者】
【氏名】新倉 脩平
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】実公平06-045215(JP,Y2)
【文献】国際公開第2020/040280(WO,A1)
【文献】特開2020-085603(JP,A)
【文献】特許第6962420(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00 - 13/045
G01M 99/00
G01H 1/00 - 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、
前記内輪と同心円状に配置される外輪と、
前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体と、
を含む転がり軸受を診断する、診断装置であり、
前記転がり軸受を含む回転機器に設けられた回転センサと、
前記内輪、前記外輪、または、前記内輪もしくは前記外輪を保持するハウジングに設けられ、前記転がり軸受の挙動を計測する挙動センサと、
所定の周期以上に長い時間内における、前記内輪または前記外輪と一体となって回転する回転軸から前記転がり軸受に作用する荷重の向きの最大速度成分である評価速度を、前記挙動センサが取得する情報に基づいて算出する算出部と、
前記評価速度および相対回転数に基づく評価指標を用いて前記転がり軸受の損傷を診断する診断部と、
を備え
前記相対回転数は、前記回転センサの計測値に基づいて求めた前記内輪と前記外輪との相対的な回転数であり、
前記所定の周期は、前記相対回転数および前記転がり軸受の仕様で定まる、固有振動の周期である、
診断装置。
【請求項2】
前記固有振動の周期は、前記転動体の直径と前記転動体が前記回転軸の中心軸を中心として周方向に回転移動する際の前記転動体の中心軌跡の直径とを含む前記転がり軸受の仕様と、前記相対回転数とで定まる、
請求項1に記載の診断装置。
【請求項3】
前記固有振動の周期は、前記転動体の直径、前記転動体の中心軌跡の直径、および前記転動体の接触角を含む前記転がり軸受の仕様と、前記相対回転数とで定まる、
請求項1に記載の診断装置。
【請求項4】
前記評価速度を前記相対回転数で除した相対評価速度を前記評価指標として用いて前記転がり軸受の損傷を診断する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項5】
前記評価指標と、前記転がり軸受が有する固有係数とに基づいて前記転がり軸受の損傷の大きさを診断する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項6】
前記固有係数は、前記転がり軸受の形状または寸法に基づいて定められる、
請求項5に記載の診断装置。
【請求項7】
前記固有係数は、前記転動体が前記回転軸の中心軸を中心として周方向に回転移動する際の前記転動体の中心軌跡の直径に基づいて定められる、
請求項6に記載の診断装置。
【請求項8】
前記固有係数は、前記回転軸から前記転がり軸受に作用する荷重に基づいて定められる、
請求項5に記載の診断装置。
【請求項9】
前記固有係数は、前記転がり軸受の仕様で定まる固有振動の周期以上に長い時間内における、前記回転軸からの荷重が作用する向きの前記内輪、前記外輪、または、前記ハウジングの最大変位と、前記回転軸から前記転がり軸受に作用する荷重とに基づいて定められる、
請求項8に記載の診断装置。
【請求項10】
前記固有係数は、前記転がり軸受の損傷の大きさを示す実測データと、前記転がり軸受の状態における前記評価指標のデータとに基づいて求められる、
請求項5に記載の診断装置。
【請求項11】
前記診断部は、前記転動体が前記回転軸の中心軸を中心として周方向に回転移動する際の前記転動体の公転周期より長い時間を、前記固有振動の周期以上に長い時間で複数回に区切り、区切られた複数の時間内それぞれで算出した複数の前記評価指標のデータ群を統計処理して求めた評価指標統計値を用いて前記転がり軸受の損傷を診断する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項12】
前記診断部は、継続して算出された前記評価指標の周期的な変化に基づいて前記転がり軸受の損傷の程度または損傷の位置またはその両方を診断する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項13】
前記診断部は、継続して算出された前記評価指標の時系列データの周波数分析データを用いて前記転がり軸受の損傷の程度もしくは損傷の位置またはその両方を診断する、
請求項12に記載の診断装置。
【請求項14】
前記回転センサは、前記相対回転数を計測する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項15】
前記評価指標または前記評価指標の変化量を蓄積して記憶する記憶部
を備え、
前記診断部は、前記記憶部に記憶された情報により算出できる前記評価指標の時間微分値に基づいて前記転がり軸受の損傷を診断する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置。
【請求項16】
前記診断部は、前記記憶部に記憶された前記評価指標、または、前記評価指標に記憶された情報により算出できる前記評価指標の時間変化率に基づいて、前記転がり軸受の機能損失または前記転がり軸受を有する回転機器全体の機能損失に繋がる損傷に至るまでの時間を算出し、前記機能損失に繋がる損傷を未然に防ぐための前記転がり軸受の適正な保守点検時期を算出する、
請求項15に記載の診断装置。
【請求項17】
内輪と、
前記内輪と同心円状に配置される外輪と、
前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体と、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置と、
を備える、転がり軸受。
【請求項18】
内輪、
前記内輪と同心円状に配置される外輪、
前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体、および
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の診断装置
を備える転がり軸受と、
綱車と、
前記綱車および前記転がり軸受の一部と一体となって回転する回転軸と、
前記回転軸を回転させる電動機と、
を備える、エレベーター用の巻上機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エレベーター用の巻上機、転がり軸受、および転がり軸受の診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、転がり軸受の診断装置の例を開示する。診断装置は、振動センサと、損傷劣化診断部と、を備える。振動センサは、転がり軸受の内輪、外輪、または、内輪もしくは外輪を保持するハウジングに接触状態で取り付けられる。損傷劣化診断部は、振動センサからの出力信号の振幅に基づいて転がり軸受の損傷劣化を診断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本特公昭61-61055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の診断装置は、振動センサで計測した衝撃値を所定の基準軸受直径と所定の基準回転数との場合に換算した換算衝撃値で診断する。一方、衝撃値は転がり軸受の損傷角部の形状の影響を強く受けるため、当該診断装置は、損傷自体の大きさを精度よく診断できない可能性がある。
【0005】
本開示は、このような課題の解決に係るものである。本開示は、損傷の診断の精度をより高められるエレベーター用の巻上機、転がり軸受、および転がり軸受の診断装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る診断装置は、内輪と、前記内輪と同心円状に配置される外輪と、前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体と、を含む転がり軸受を診断する、診断装置であり、前記転がり軸受を含む回転機器に設けられた回転センサと、前記内輪、前記外輪、または、前記内輪もしくは前記外輪を保持するハウジングに設けられ、前記転がり軸受の挙動を計測する挙動センサと、前記転がり軸受の仕様と、所定の周期以上に長い時間内における、前記内輪または前記外輪と一体となって回転する回転軸から前記転がり軸受に作用する荷重の向きの最大速度成分である評価速度を、前記挙動センサが取得する情報に基づいて算出する算出部と、前記評価速度および相対回転数に基づく評価指標を用いて前記転がり軸受の損傷を診断する診断部と、を備え、前記相対回転数は、前記回転センサの計測値に基づいて求めた前記内輪と前記外輪との相対的な回転数であり、前記所定の周期は、前記相対回転数および前記転がり軸受の仕様で定まる、固有振動の周期である
【0007】
本開示に係る転がり軸受は、内輪と、前記内輪と同心円状に配置される外輪と、前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体と、上記の診断装置と、を備える。
【0008】
本開示に係るエレベーター用の巻上機は、内輪、前記内輪と同心円状に配置される外輪、前記外輪の軌道面と前記内輪の軌道面との間に配置され、前記内輪の回転、または、前記外輪の回転に伴って各々が転動する複数の転動体、および上記の診断装置を備える転がり軸受と、綱車と、前記綱車および前記転がり軸受の一部と一体となって回転する回転軸と、前記回転軸を回転させる電動機と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本開示に係るエレベーター用の巻上機、転がり軸受、または転がり軸受の診断装置によれば、損傷の診断精度がより高められるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施の形態1に係る転がり軸受の構成図である。
図2】実施の形態1に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図3】実施の形態1に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の他の例を説明する図である。
図4】実施の形態2に係る転がり軸受の構成図である。
図5】実施の形態3に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図6】実施の形態7に係る転がり軸受の構成図である。
図7】実施の形態9に係る転がり軸受の構成図である。
図8】実施の形態9に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図9】実施の形態9に係る転がり軸受の転動体が損傷部を通過する際の挙動の例を説明する図である。
図10】実施の形態16に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図11】実施の形態19に係る転がり軸受の構成図である。
図12】実施の形態20に係る転がり軸受の構成図である。
図13】実施の形態1から21のいずれかに係る診断装置の制御部のハードウェア構成の例を示す図である。
図14】実施の形態22に係るエレベーター用の巻上機の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の対象を実施するための形態について添付の図面を参照しながら説明する。各図において、同一または相当する部分には同一の符号を付して、重複する説明は適宜に簡略化または省略する。
【0012】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係る転がり軸受の構成図である。
【0013】
転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、回転軸5と、を備える。図1において、回転軸5の軸心に垂直な平面による転がり軸受1の断面が示される。内輪2の形状は、円筒状である。外輪3の形状は、円筒状である。外輪3は、内輪2の外側に、内輪2と同心円状に配置される。複数の転動体4は、内輪2および外輪3の間に配置される。各々の転動体4の形状は、例えば球状または円柱状などの転動しうる形状である。転動体4は、外輪3の内周面である軌道面と、内輪2の外周面である軌道面との間に配置される。転動体4は、内輪2の回転、外輪3の回転、または内輪2および外輪3の両方の回転に伴って転動する。ここで、個々の転動体4を区別する場合に、複数の転動体4のいずれかを転動体4aまたは転動体4bなどと記載することがある。
【0014】
回転軸5は、内輪2または外輪3と一体となって回転する。この例の回転軸5は、図1において紙面上の反時計回りに回転する。ここで、回転軸5の軸心に沿った軸方向、すなわち回転軸5の延伸方向を単に軸方向ということがある。また、回転軸5の軸心を中心とする周方向、すなわち回転軸5の回転方向を単に周方向ということがある。また、回転軸5の軸心から回転軸5の外側に向かう方向を単に径方向ということがある。
【0015】
この例の転がり軸受1において、内輪2は回転軸5と一体になって回転し、外輪3は固定されている。なお、転がり軸受1において、外輪3が回転軸5と一体になって回転し、内輪2が固定されていてもよい。また、転がり軸受1は、内輪2および外輪3がともに回転するように構成されていてもよい。
【0016】
転がり軸受1は、ハウジング6に保持される。ハウジング6は、転がり軸受1の内輪2または外輪3を保持する。
【0017】
転がり軸受1において、診断装置7が適用される。診断装置7は、転がり軸受1の損傷などの状態を診断する機能を搭載する。診断装置7は、転がり軸受1が設けられる電動機などの回転機器の一部として含まれる装置であってもよいし、当該回転機器に外部から適用される外部装置であってもよい。診断装置7は、転がり軸受1または転がり軸受1が設けられた回転機器に常時備え付けられる装置であってもよいし、転がり軸受1または転がり軸受1が設けられた回転機器にポータブル装置として一時的に備え付けられる装置であってもよい。診断装置7は、挙動センサ8と、制御部9と、を備える。
【0018】
挙動センサ8は、ハウジング6に取り付けられる。挙動センサ8は、ハウジング6の挙動を計測するセンサである。挙動センサ8は、例えば、加速度センサ、変位センサ、または速度センサなどである。
【0019】
制御部9は、診断装置7における情報処理を行う機能を搭載する。制御部9は、独立した1つまたは複数のハードウェアからなるものであってもよいし、転がり軸受1が設けられた回転機器の制御機器などの他のハードウェアの一部であってもよい。制御部9は、第1算出部10と、診断部11と、を備える。
【0020】
第1算出部10は、転がり軸受1の診断に用いられる評価速度を算出する機能を搭載する部分である。評価速度は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上の時間に対して算出される。評価速度は、当該時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分、および回転軸5からの荷重が作用する向きと反対向きの最大速度成分の合算値である。回転軸5からの荷重が作用する向きは、例えば、径方向の外側の向きまたは鉛直下方などである。このとき、回転軸5からの荷重が作用する向きの反対の向きは、径方向の内側の向きまたは鉛直上方などである。ここで、回転軸5からの荷重が作用する向きを荷重方向と、回転軸5からの荷重が作用する向きの反対の向きを反荷重方向と、それぞれ表記することがある。
【0021】
第1算出部10は、挙動センサ8からの出力信号を処理することで、評価速度を算出する。例えば、挙動センサ8が速度センサである場合に、第1算出部10は、挙動センサ8からの出力信号である速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。また、挙動センサ8が加速度センサである場合に、第1算出部10は、挙動センサ8からの出力信号である加速度の時系列データを時間積分して速度の時系列データを算出する。このとき、第1算出部10は、算出した速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。また、挙動センサ8が変位センサである場合に、第1算出部10は、挙動センサ8からの出力信号である変位の時系列データを時間微分して速度の時系列データを算出する。このとき、第1算出部10は、算出した速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。
【0022】
第1算出部10は、周期Tr以上の予め設定された時間についての速度の時系列データから、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分を算出する。第1算出部10は、当該時間についての速度の時系列データから、回転軸5からの荷重が作用する向きと反対向きの最大速度成分を算出する。第1算出部10は、これらの2つの最大速度成分のそれぞれの絶対値を加算することで、評価速度を算出する。
【0023】
診断部11は、第1算出部10が算出する評価速度に基づく評価指標を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する機能を搭載する部分である。この例において、診断部11は、第1算出部10が算出する評価速度自体を評価指標として、転がり軸受1の損傷を診断する。診断部11は、例えば、評価速度が予め設定された閾値を超えるときに、転がり軸受1に損傷が生じたと診断する。
【0024】
続いて、図2を用いて、診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。
図2は、実施の形態1に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図2において、転がり軸受1に発生しうる損傷の例として損傷部100が示される。損傷部100は、例えば次のように転がり軸受1に発生する。
【0025】
この例の転がり軸受1において、回転軸5は内輪2と一体となって紙面上の反時計回りに回転する。このとき、内輪2の軌道面に接触する各々の転動体4は、内輪2の回転に伴って転動体4自身の中心点を中心として紙面上の時計回りに転がりながら、内輪2と外輪3との間を回転軸5の中心軸を中心として紙面上の反時計回りに公転するように回転移動する。回転軸5の荷重などによる内輪2への負荷が紙面上の下方に作用する場合に、回転軸5からの負荷の大半は、内輪2の軌道面、および回転軸5の下方に位置する複数の転動体4などを介して、外輪3の軌道面へと伝わる。回転軸5が静止しているときには、内輪2、外輪3および転動体4のそれぞれに発生する負荷の位置および大きさは変化しない。一方、回転軸5が回転しているときには、内輪2および転動体4の回転移動に伴って、当該負荷の位置および大きさは周期的に変化する。これにより、内輪2および外輪3の軌道面に、繰り返しの応力負荷が作用する。このような繰り返しの応力負荷によって、例えば材料内部の不純物を起点として、内輪2または外輪3などの内部からき裂が進展して表面まで達することがある。このとき、うろこ状に表面層が剥離する内部起点型の剥離損傷が内輪2または外輪3の軌道面などに発生しうる。
【0026】
また、グリースなどの潤滑剤の給脂不足、劣化、漏れ、および粘度不足、ならびに過大荷重などを起因とした軌道面の潤滑不良などによって、転動体4と内輪2および外輪3との間に異常なすべりが発生することがある。このとき、軌道面の面荒れおよび摩耗などによって軌道面の表面に応力が集中しやすくなり、軌道面の損傷がより早まる場合がある。一例として、一部の軌道面の表層がうろこ状に剥離する表面起点型の剥離損傷、および摩耗損傷などが軌道面に発生することがある。
【0027】
内部起点型の剥離損傷についてはL10寿命と呼ばれる寿命設計式があり、通常は寿命設計式に基づいて転がり軸受1の仕様が決定されるため、内部起点型の剥離損傷が発生する事例は少ない。一方、表面起点型の剥離損傷は内部起点型の剥離損傷よりも非常に早期に発生しうるため、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の信頼性確保および長期運用のために、当該回転機器についての状態診断は重要である。
【0028】
軸受試験から得られた知見によれば、剥離損傷による損傷部100は、転がり軸受1の軌道面に形成されることが多い。また、当該損傷部100は、くぼみ形状部101および損傷角部102で構成されることが多い。くぼみ形状部101および損傷角部102の大きさおよび形状は、転がり軸受1の総回転数に応じて常に変化していると考えられる。また、転がり軸受1の総回転数が増えるにつれて、くぼみ形状部101は大きくなる一方で、損傷角部102に関しては、損傷発生初期は鋭利な形状になるが、その後摩耗などによって滑らかな形状に変化する場合もあることが確認されている。損傷部100が表面起点型の剥離損傷によるものである場合、損傷発生の初期段階でくぼみ形状部101の深さは浅いため、損傷進展時には、くぼみ形状部101は軸方向および周方向に大きくなるとともに、径方向にも深くなる。
【0029】
損傷角部102が鋭利な形状になることによって、瞬間的な振動増大に繋がることはあっても、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の寿命に与える影響は小さい。一方で、くぼみ形状部101は転がり軸受1の総回転数が増えるにつれて大きくなり、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器全体のガタつき、揺れ、または異音の継続的な増大などに繋がりうる。このため、くぼみ形状部101の大きさは、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の寿命に大きな影響を与えうる。
【0030】
例えば図1に示されるように、内輪2が回転軸5と回転する内輪回転の転がり軸受1において、外輪3の負荷側にくぼみ形状部101が形成されている場合を考える。くぼみ形状部101が大きくなると、転がり軸受1の回転時に転動体4がくぼみ形状部101に到達するタイミングで、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む。このとき、転動体4は、内輪2および回転軸5と共にくぼみ形状部101の深さ方向に落下する。さらに、転動体4がくぼみ形状部101を抜け出すタイミングで、転動体4は、内輪2および回転軸5と共にくぼみ形状部101の底部から上昇する。このため、くぼみ形状部101が深いほど、転がり軸受1および回転軸5のガタつき、揺れ、および異音が大きくなる。くぼみ形状部101が深くなり過ぎると、転がり軸受1および回転軸5のガタつき、揺れ、および異音が極端に大きくなる可能性がある。このとき、転がり軸受1が設けられた回転機器の設計上限を超えてしまう場合がある。また、転がり軸受1の割れまたは破壊などの故障、転がり軸受1の周辺機器の故障、および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障などに繋がる場合がある。
【0031】
このため、くぼみ形状部101の深さなどの転がり軸受1の損傷の大きさまたは程度を状態診断することは重要である。転がり軸受1の状態診断により、転がり軸受1などの異常検知および残寿命推定を行い、転がり軸受1またはグリースの交換などによる保守および延命処置を適切な時期に行うことができる。また、これにより、転がり軸受1、転がり軸受1の周辺機器、および転がり軸受1が設けられた回転機器全体のメンテナンス省力化および長期安定運用が可能になる。
【0032】
図2に示されるような損傷部100に対して、診断装置7は、例えば次のように診断を行う。なお、図2においては、損傷部100が外輪3に生じた場合を例として示しているが、損傷部100は内輪2または転動体4に生じるものであってもよい。
【0033】
第1算出部10は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上の時間に対して評価速度を算出する。ここでの固有振動には、図2に示されるような外輪3に発生した損傷部100を転動体4が通過する際に発生する振動だけではなく、内輪2に発生した損傷部100を転動体4が通過する際に発生する振動、ならびに転動体4に発生した損傷部100を内輪2および外輪3が通過する際に発生する振動も含まれる。ここで、周期Trのうち、内輪2の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]、外輪3の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]、および転動体4の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]とする。内輪2に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなり、外輪3に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなり、転動体4に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなる。例えば図2に示されるように外輪3に損傷部100があるときは、損傷部100を転動体4aが通過してから転動体4bが通過するまでの時間が周期Trとなる。例えば、転動体4の直径をd[mm]、転動体4の公転径をD[mm]、転動体4の個数をZ、転動体4の接触角をα[rad]、および内輪2の回転周波数をf[rps]とした場合に、内輪2の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(1)で、外輪3の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(2)で、転動体4の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(3)で、それぞれ表される。
【0034】
【数1】
【0035】
【数2】
【0036】
【数3】
【0037】
損傷部100が内輪2、外輪3、転動体4のいずれの位置に発生していたとしても、損傷部100のくぼみ形状部101にいずれかの部品が沈み込んで落下し、さらに抜け出して上昇する挙動が周期Trの時間内に少なくとも1回は発生する。第1算出部10は、挙動センサ8からの出力信号に基づく速度の時系列データを用いて、周期Tr以上の時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分と、その反対向きの最大速度成分とを算出する。第1算出部10は、これら2つの最大速度成分のそれぞれの絶対値を加算して評価速度を求める。このように第1算出部10が求めた評価速度に基づいて診断部11が転がり軸受1の損傷の診断を行うことで、損傷部100が内輪2、外輪3、転動体4のいずれの位置に発生していたとしても、診断装置7は、損傷部100の大きさまたは程度を高精度に診断することができる。
【0038】
また、診断部11は、例えば、評価速度が予め設定された閾値を超えるときに、転がり軸受1に損傷が生じたと診断するような異常診断を行うことが可能である。また、診断部11は、評価速度に基づく診断により、くぼみ形状部101の深さなどの損傷部100の大きさまたは程度も高精度に診断することができる。
【0039】
以上に説明したように、実施の形態1に係る転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、診断装置7と、を備える。外輪3は、内輪2と同心円状に配置される。複数の転動体4は、外輪3の軌道面と内輪2の軌道面との間に配置される。各々の転動体4は、内輪2の回転、外輪3の回転、または、内輪2および外輪3の両方の回転に伴って転動する。転がり軸受1において、回転軸5は、内輪2または外輪3と一体となって回転する。診断装置7は、挙動センサ8と、第1算出部10と、診断部11と、を備える。挙動センサ8は、内輪2または外輪3を保持するハウジング6に設けられる。挙動センサ8は、ハウジング6の挙動を計測する。第1算出部10は、挙動センサ8が取得する情報に基づいて、評価速度を算出する。評価速度は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上の時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分、および回転軸5からの荷重が作用する向きと反対向きの最大速度成分の合算値である。診断部11は、第1算出部10が算出した評価速度に基づく評価指標を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0040】
比較例として、診断装置7のように評価速度に基づく評価指標によらずに、振動センサからの出力信号の振動の振幅のみに基づいて転がり軸受の損傷を診断する場合を考える。転がり軸受の転動体が損傷部を通過する際には、複数回に分けて細かく小さな振動が発生することが多い。このため、損傷部が大きくなっても振動振幅は大きくならないため、振動の振幅のみによっては損傷を精度よく診断できないことがある。また、摩耗などによって損傷部の損傷角部が滑らかな形状になると転動体が損傷部を滑らかに通過するため、損傷部の影響が振動振幅に現れずに損傷が検知されない。また、損傷部のくぼみ形状部が小さくても損傷角部の形状が鋭利になっている場合などに、転動体が損傷角部を通過するタイミングで瞬間的な挙動変化が大きくなることがある。このとき、荷重方向および反荷重方向の加速度などが瞬間的に交互に大きくなる振動などが発生しうる。これにより、くぼみ形状部の大きさに関わらずに加速度振幅などが大きくなりうるため、損傷部のくぼみ形状部の大きさなどの損傷自体の大きさを精度よく診断することが難しい場合がある。また、転がり軸受の振動には、摩擦摺動などに起因した高周波帯域の振動も含まれうる。このため、転がり軸受の潤滑状態によって、振動の大きさは変化しうる。例えば、転がり軸受を潤滑するグリースの酸化劣化、離油、漏れ、または増稠剤破壊などの劣化が発生して潤滑状態が悪化すると、転がり軸受自体は損傷していなくても、振動が数倍大きくなる場合がある。このように、振動の振幅の大きさのみに基づいて行う診断は転がり軸受の潤滑状態の変化に影響されるため、転がり軸受の損傷の診断の精度が低下する場合がある。
【0041】
一方、診断装置7は、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んだタイミングでの荷重方向の最大速度成分と、転動体4がくぼみ形状部101を抜け出すタイミングでの反荷重方向の最大速度成分を合算した評価速度を用いて診断を行う。転動体4が損傷角部102を通過する際に発生する瞬間的な挙動は瞬間的な加速度振幅として現れる。このような瞬間的な加速度振幅を積分した速度はほとんど大きくならず、転動体4のくぼみ形状部101への沈み込みおよび抜け出しのタイミングにおける速度と比較して小さい。これらの速度を合算した評価速度を用いて診断を行うので、診断装置7は、診断の際に損傷角部102の形状による転動体4の瞬間的な挙動の影響を抑えることができる。また、くぼみ形状部101の深さが大きいほど、荷重方向の最大速度成分と反荷重方向の最大速度成分の両方が大きくなる。このようにくぼみ形状部101の深さと相関が強い評価速度を用いる診断装置7は、くぼみ形状部101の深さを精度よく診断できる。また、評価速度はくぼみ形状部101の幾何学的な形状に起因して大きくなるため、摩擦摺動に起因する高周波帯域も含めた振動による診断を行う装置とは異なり、診断装置7は、潤滑状態の影響を抑えてより精度よく転がり軸受1の損傷を診断することができる。
【0042】
また、一般に、転がり軸受は、回転機器において最も大きな負荷がかかり、最初に壊れやすい部分である。転がり軸受に損傷が発生すると、当該損傷周辺の応力が大きくなることで加速度的に損傷が大きくなる場合がある。損傷が大きくなると、転がり軸受の破壊、転がり軸受の周辺機器の損傷または破壊、および転がり軸受が設けられた回転機器全体の重度な故障などが生じる可能性がある。
【0043】
これに対し、診断装置7は、転がり軸受1の損傷を高精度に診断できるので、転がり軸受1の予防保全が可能になる。これにより、転がり軸受1自体のみならず、転がり軸受1の周辺機器および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障を未然に防ぐことが可能になる。
【0044】
図3は、実施の形態1に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の他の例を説明する図である。
図3において、転がり軸受1に発生しうる損傷の他の例として、くぼみ形状部101が周方向に非対称な損傷部100が示される。
【0045】
このような損傷部100において、荷重方向の最大速度成分と反荷重方向の最大速度成分とが回転軸5の回転方向によって異なる場合がある。この場合においても、診断装置7は、荷重方向の最大速度成分および反荷重方向の最大速度成分の合算値である評価速度を用いて診断することで、回転方向に依らずに転がり軸受1の損傷を精度よく診断できる。例えば、図3に示されるように、内輪2が回転軸5と共に紙面上の反時計回りに回転している転がり軸受1において、損傷部100のくぼみ形状部101は、回転方向の進行方向の反対側が回転方向の進行方向側より急に傾斜していることがある。この場合に、周方向に対称な損傷部100に対して、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込むタイミングでは荷重方向の最大速度成分が大きくなるが、転動体4がくぼみ形状部101から抜け出すタイミングでは反荷重方向の最大速度成分は小さくなることがある。また、回転軸5が逆回転するときに、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込むタイミングでは荷重方向の最大速度成分が小さくなるが、転動体4がくぼみ形状部101から抜け出すタイミングでは反荷重方向の最大速度成分は大きくなることがある。すなわち、同一のくぼみ形状部101に対して、回転軸5の回転方向によって、荷重方向の最大速度成分と反荷重方向の最大速度成分とはそれぞれ異なる大きさとなることがある。一方、荷重方向の最大速度成分と反荷重方向の最大速度成分とを合算した評価速度の大きさは、回転方向によって概ね変化しない。診断装置7は、評価速度を用いて診断を行うので、回転軸5の回転方向の影響を抑えて、より精度よく転がり軸受1の損傷を診断できるようになる。特に、例えばエレベーター、鉄道車両、および両回転発電機などの回転方向が変化しうる回転機器に適用される転がり軸受1において、診断装置7は、回転方向の影響を受けずに診断できる機能をより効果的に発揮する。
【0046】
以下で説明する実施の形態の各々において、他の実施の形態で開示される例と相違する点について特に詳しく説明する。以下の実施の形態の各々で説明しない特徴については、他の実施の形態で開示される例のいずれの特徴が採用されてもよい。
【0047】
実施の形態2.
図4は、実施の形態2に係る転がり軸受の構成図である。
【0048】
転がり軸受1の診断装置7の制御部9は、第1算出部10と、第2算出部12と、診断部11と、を備える。
【0049】
第2算出部12は、挙動センサ8が取得する情報に基づいて加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出する機能を搭載する部分である。
【0050】
第2算出部12は、挙動センサ8からの出力信号を処理することで、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出する。例えば、挙動センサ8が加速度センサである場合に、第2算出部12は、挙動センサ8からの出力信号である加速度の時系列データを用いて、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出する。また、挙動センサ8が速度センサである場合に、第2算出部12は、挙動センサ8からの出力信号である速度の時系列データを時間微分して加速度の時系列データを算出してもよい。このとき、第2算出部12は、算出した加速度の時系列データを用いて、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出する。また、挙動センサ8が変位センサである場合に、第2算出部12は、挙動センサ8からの出力信号である変位の時系列データを2回時間微分して加速度の時系列データを算出してもよい。このとき、第2算出部12は、算出した加速度の時系列データを用いて、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出する。第2算出部12は、例えば、第1算出部10が評価速度を算出する際に対象とした周期Tr以上の時間などについて、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出してもよいし、より長い時間またはより短い時間などについて加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方を算出してもよい。
【0051】
加速度周波数スペクトルは、挙動センサ8を用いて取得した加速度の時系列データをフーリエ変換などの計算処理を施して周波数帯域ごとに求まる加速度振幅スペクトルの大きさである。
【0052】
評価振動は評価速度および加速度周波数スペクトルの両方に基づいて算出された評価指標であるため、損傷部100の大きさをより高精度に診断することができるだけでなく、損傷部100の発生位置を判断することができる場合がある。特に、転がり軸受の固有振動の周期の逆数である、固有振動の周波数帯域における加速度振幅スペクトルを用いることで、内輪2、外輪3、または転動体4など、損傷部100の発生位置別に、損傷に由来する固有振動などを詳細に捉えることが可能となる。これにより、診断部11は損傷部100が転がり軸受1の内輪2、外輪3、または転動体4のいずれの位置に発生しているかを判断することができる。また、診断部11は固有振動の周波数帯域における加速度振幅スペクトルの大きさに関わる情報を用いて、損傷部100の大きさを高精度に診断することができる。
【0053】
加速度オーバーオール値は、挙動センサ8が取得する時系列データなどの情報について、周波数帯域に依らずに全体の加速度周波数スペクトルの大きさを積算した値である。
【0054】
転動体4が転動する軌道面などに摩耗または面荒れなどの軽微な損傷が発生した場合に、くぼみ形状部101への転動体4の沈み込みおよび抜け出しがほとんど発生しない。このとき、評価速度の上昇幅は小さくなる。一方、加速度オーバーオール値は周波数帯域に依らずに全体の加速度周波数スペクトルの大きさを積算した値であるため、軽微な摩耗および面荒れなどによっても大きく上昇する。評価振動は評価速度および加速度オーバーオール値の両方に基づいて算出された評価指標であるため、摩耗および面荒れなどの軽微な損傷についても、診断装置7は高精度に診断することができる。
【0055】
以上に説明したように、診断部11は、第1算出部10が算出した評価速度と、第2算出部12が算出した加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方とを用いて、評価指標として評価振動を算出する。また、診断部11は、例えば、評価速度と、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方とにそれぞれ重みづけ係数を乗じて合算することで評価振動を算出する。また、診断部11は、例えば評価速度と、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方の相加平均、相乗平均、またはその他の関数などによって、評価振動を算出してもよい。診断部11は、例えば、評価振動が予め設定された閾値を超えるときに、転がり軸受1に損傷が生じたと診断する。ここで、重みづけ係数および関数は、例えば、損傷の大きさが既知の複数の転がり軸受1について評価速度と、加速度周波数スペクトル、または、加速度オーバーオール値、または、その両方とを算出したデータを入力とした、回帰分析などのデータ分析手法または機械学習手法によって予め決定される。損傷の大きさが既知の転がり軸受1の情報を用いて重みづけ係数および関数を決定することにより、評価振動と損傷の大きさおよび発生位置との相関は強くなる。これにより、評価振動を評価指標として用いた転がり軸受1の損傷の診断の精度がより高められるようになる。
【0056】
実施の形態3.
図5は、実施の形態3に係る診断装置による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する図である。
図5において、横軸は時間の経過を表す。縦軸は挙動センサ8によって取得される速度を表す。縦軸の上側は、荷重方向の速度の大きさを表す。一方、縦軸の下側は、反荷重方向の速度の大きさを表す。
【0057】
例えば挙動センサ8として加速度センサを用いて加速度の時系列データを時間積分して速度の時系列データを算出した場合に、図5において破線で示されるように、周期Tr以上の時間にわたって速度が荷重方向に極端に大きくなることがある。これは、加速度センサである挙動センサ8の取付け状態が悪い場合、およびその他の外乱振動などのノイズが大きく反映されてしまっている場合などに、出力信号である加速度の時系列データが全体的に荷重方向にシフトすることなどによって発生する。同様の理由により、周期Tr以上の時間にわたって速度が反荷重方向に大きくなることがある。
【0058】
一方、転がり軸受1およびハウジング6において微小な振動が発生することはあっても、通常、転がり軸受1およびハウジング6の設置位置が大きく変化することはない。このため、図5において破線で示されるように長期にわたって速度が大きくなり続けることは実態と異なり、このような時系列データをそのまま用いると評価速度Vpが過大な値として算出されることになる。このため、診断装置7は、速度の時系列データに対して傾き補正を行う。
【0059】
診断装置7の第1算出部10は、挙動センサ8の取得した情報に基づく速度の時系列データに対して、傾き補正の処理を行う。傾き補正の処理は、例えば周期Tr以上の時間にわたって速度の時系列データの傾き成分を線形回帰またはその他の手法などによって求め、求めた傾き成分を速度の時系列データから差し引くことなどによって行われる。第1算出部10は、傾き補正の処理を行った後の速度の時系列データを用いて、周期Tr以上の時間に対して評価速度Vp´を算出する。
【0060】
診断装置7は、このように算出された評価速度Vp´を用いることで、挙動センサ8の取付け状態および外乱振動などのノイズによる影響を受けずに転がり軸受1の損傷を診断できるようになる。
【0061】
実施の形態4.
診断装置7の第1算出部10は、挙動センサ8の取得した情報に基づく時系列データに対して、周波数フィルタ処理を行う。第1算出部10は、例えば、挙動センサ8が取得した加速度、速度、または変位の時系列データに対して周波数フィルタ処理を行う。第1算出部10は、挙動センサ8が取得した加速度または変位の時系列データから導出される速度の時系列データに対して周波数フィルタ処理を行ってもよい。また、第1算出部10は、挙動センサ8が取得した時系列データおよび当該時系列データから導出された速度の時系列データの両方に対して周波数フィルタ処理を行ってもよい。周波数フィルタ処理は、例えばハイパスフィルタ、ローパスフィルタ、バンドパスフィルタ、またはその他のフィルタ処理などである。第1算出部10は、周波数フィルタの処理を行った後の速度の時系列データを用いて、周期Tr以上の時間に対して評価速度を算出する。
【0062】
診断装置7は、このように算出された評価速度を用いることで、うなりなどに起因する低周波の振動、摩擦などに起因する高周波の振動、ノイズ、および外乱振動などによる影響を受けずに転がり軸受1の損傷を診断できるようになる。
【0063】
実施の形態5.
診断装置7の診断部11は、複数回にわたって算出された評価速度または評価振動などの評価指標のデータ群を統計処理して求めた評価指標統計値を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する。評価指標統計値は、例えば、評価指標のデータ群についての平均値、中央値、もしくは実効値、または最大値などである。診断部11は、例えば、評価指標統計値が予め設定された閾値を超えるときに、転がり軸受1に損傷が生じたと診断する。
【0064】
第1算出部10などによって算出される各回の評価速度または評価振動などの評価指標の個々の値は、例えば転がり軸受1の損傷とは関連のない突発的な外乱振動などを挙動センサ8が捉えることで、極端に大きい値などを取ることがある。これに対し、診断部11は評価指標のデータ群を統計処理した平均値、中央値、または実効値などの評価指標統計値を用いて診断を行うので、診断装置7は、転がり軸受1の損傷とは関連のない突発的な事象の影響を受けずに診断を行えるようになる。
【0065】
また、例えば、転がり軸受1の損傷が小さい段階において、評価速度および評価振動などの評価指標が低頻度に大きくなる場合がある。これに対し、診断部11は評価指標のデータ群を統計処理した最大値などの評価指標統計値を用いて診断を行うので、診断装置7は、小さい段階の損傷についてもより早期に発生を診断できるようになる。
【0066】
また、例えば、転がり軸受1の損傷が急速に進行している状態において、評価速度および評価振動などの評価指標が急速に変化する場合がある。これに対し、診断部11は評価指標のデータ群を統計処理した標準偏差値または分散値などの評価指標統計値を用いて診断を行うので、診断装置7は、損傷の進行状態についてもより診断を行うことができるようになる。
【0067】
実施の形態6.
診断装置7の診断部11は、時間的に連続するように継続して算出された評価速度または評価振動などの評価指標の周期的な変化に基づいて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0068】
例えば診断部11などによって算出される評価指標の時系列データにおいて、評価指標は、転動体4が損傷部100を通過するタイミングで大きくなり、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Trと概ね一致する。一方、転動体4が損傷部100を通過する周期は、損傷部100の発生位置、転がり軸受1の寸法、および回転軸5の回転数などを用いた式(1)から式(3)で定まる。このため、評価指標が大きくなる周期または周波数などから、転がり軸受1の寸法および回転数に基づいて、診断部11は、損傷部100が転がり軸受1の内輪2、外輪3、または転動体4のいずれの位置に発生しているかを判断することができる。
【0069】
また、診断部11は、評価指標が大きくなる周期における当該評価指標に基づいて損傷部100の大きさを診断してもよい。これにより、診断部11は、外乱振動などのノイズの影響を受けずに損傷部100の大きさを精度よく診断できるようになる。診断部11は、例えば、評価指標の時系列データを周波数分析した周波数分析データについて、スペクトルが大きい周波数帯域から損傷部100の発生位置を診断してもよい。診断部11は、例えば特定の周波数帯域のスペクトルの大きさから損傷部100の大きさを診断することで、外乱振動などのノイズの影響を受けずに損傷部100の大きさを精度よく診断することができる。
【0070】
実施の形態7.
図6は、実施の形態7に係る転がり軸受の構成図である。
【0071】
転がり軸受1の診断装置7の制御部9は、第1算出部10と、記憶部13と、診断部11と、を備える。
【0072】
記憶部13は、情報を記憶する機能を搭載する部分である。記憶部13は、算出された評価指標を蓄積して記憶する。記憶部13は、評価指標を例えば時系列データとして記憶する。記憶部13は、例えば評価指標として評価速度の時系列データを記憶する。診断装置7が評価指標として評価振動を算出する場合に、記憶部13は、評価指標として評価速度および評価振動の一方または両方の時系列データを記憶してもよい。記憶部13は、評価指標を時系列データとして記憶することで、評価指標の経時的な変化を記憶する。また、記憶部13は、例えば診断部11などによって算出される評価指標の時間微分などの変化量を記憶してもよい。
【0073】
ここで、サイズおよび回転数などの仕様条件が異なる転がり軸受1が複数設けられた回転機器において、それぞれの転がり軸受1に生じる損傷が同じ大きさであったとしても、使用条件の違いによって評価速度および評価振動などの評価指標が異なる値となることがある。例えば、転がり軸受1のサイズおよび回転数が大きいほど、同じ程度の損傷に対する評価速度および評価振動は大きくなる傾向にある。
【0074】
診断部11は、記憶部13に記憶された情報に基づいて、転がり軸受1の損傷の診断を行う。診断部11は、例えば、評価指標の経時的な変化率である評価指標の1階微分値を算出し、評価指標の1階微分値から損傷状態を診断する。これにより、診断部11は、評価指標の変化率に基づいて損傷状態を診断するので、仕様条件の異なる転がり軸受1の損傷をより精度よく診断できる。
【0075】
また、診断部11は、記憶部13に記憶された評価指標の時系列データなどに基づいて、評価指標が転がり軸受1の寿命となる閾値に到達するまでの残寿命を推定してもよい。これにより、診断装置7は、転がり軸受1の適正な交換時期または保守点検時期を決定することができる。このように、診断装置7は、転がり軸受1、転がり軸受1の周辺機器、転がり軸受1が設けられた回転機器全体のメンテナンス省力化および長期安定運用に貢献できる。
【0076】
実施の形態8.
転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、回転軸5と、診断装置7と、を備える。
【0077】
一般に、転がり軸受は、回転機器において最も大きな負荷がかかり、最初に壊れやすい部分である。転がり軸受に損傷が発生すると、当該損傷周辺の応力が大きくなることで加速度的に損傷が大きくなる場合がある。損傷が大きくなると、回転軸を含めた回転機器全体の挙動が不安定となり、転がり軸受の周辺機器および回転軸、ギアおよびカップリング、固定子、ハウジング、ならびにフレームなどの損傷に繋がりうる。
【0078】
これに対し、転がり軸受1は、備え付けられた診断装置7によって転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の損傷を高精度に診断できる。これにより、転がり軸受1自体のみならず、転がり軸受1の周辺機器および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障を未然に防ぐことが可能になる。
【0079】
実施の形態1から8のいずれかに係る転がり軸受1において、転がり軸受1の構成は、例えば内輪2および外輪3が共に別々の回転軸5と一体となって回転するものであってもよい。
【0080】
実施の形態9.
図7は、実施の形態9に係る転がり軸受1の構成図である。
【0081】
転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、回転軸5と、を備える。図1において、回転軸5の軸心に垂直な平面による転がり軸受1の断面が示される。内輪2の形状は、円筒状である。外輪3の形状は、円筒状である。外輪3は、内輪2の外側に、内輪2と同心円状に配置される。複数の転動体4は、内輪2および外輪3の間に配置される。各々の転動体4の形状は、例えば球状または円柱状などの転動しうる形状である。転動体4は、外輪3の内周面である軌道面と、内輪2の外周面である軌道面との間に配置される。転動体4は、内輪2の回転、または、外輪3の回転に伴って転動する。ここで、個々の転動体4を区別する場合に、複数の転動体4のいずれかを転動体4aまたは転動体4bなどと記載することがある。
【0082】
回転軸5は、内輪2または外輪3と一体となって回転する。この例の回転軸5は、図1において紙面上の反時計回りに回転する。ここで、回転軸5の軸心に沿った軸方向、すなわち回転軸5の延伸方向を単に軸方向ということがある。また、回転軸5の軸心を中心とする周方向、すなわち回転軸5の回転方向を単に周方向ということがある。また、回転軸5の軸心から回転軸5の外側に向かう方向を単に径方向ということがある。
【0083】
この例の転がり軸受1において、内輪2は回転軸5と一体になって回転し、外輪3はハウジング6に保持および固定されている。なお、転がり軸受1において、内輪2がハウジング6に保持および固定され、外輪3がその外側に設けられた回転軸5と一体になって回転していてもよい。
【0084】
転がり軸受1は、ハウジング6に保持される。ハウジング6は、転がり軸受1の内輪2または外輪3を保持する。
【0085】
転がり軸受1において、診断装置7が適用される。診断装置7は、転がり軸受1の損傷などの状態を診断する機能を搭載する。診断装置7は、転がり軸受1が設けられる電動機などの回転機器の一部として含まれる装置であってもよいし、当該回転機器に外部から適用される外部装置であってもよい。診断装置7は、転がり軸受1または転がり軸受1が設けられた回転機器に常時備え付けられる装置であってもよいし、転がり軸受1または転がり軸受1が設けられた回転機器にポータブル装置として一時的に備え付けられる装置であってもよい。診断装置7は、挙動センサ8と、制御部9と、を備える。
【0086】
挙動センサ8は、内輪2、外輪3、または、内輪2もしくは外輪3を保持するハウジング6に取り付けられる。挙動センサ8は、内輪2、外輪3、またはハウジング6などの転がり軸受1の挙動を計測するセンサである。挙動センサ8は、例えば、加速度センサ、変位センサ、または速度センサなどである。
【0087】
制御部9は、診断装置7における情報処理を行う機能を搭載する。制御部9は、独立した1つまたは複数のハードウェアからなるものであってもよいし、転がり軸受1が設けられた回転機器の制御機器などの他のハードウェアの一部であってもよい。制御部9は、算出部14と、診断部11と、を備える。
【0088】
算出部14は、転がり軸受1の診断に用いられる評価速度を算出する機能を搭載する部分である。評価速度は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上に長い時間に対して算出される。評価速度は、当該時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分である。回転軸5からの荷重が作用する向きは、例えば、径方向の外側の向きまたは鉛直下方などである。このとき、回転軸5からの荷重が作用する向きの反対の向きは、径方向の内側の向きまたは鉛直上方などである。ここで、回転軸5からの荷重が作用する向きを荷重方向と、回転軸5からの荷重が作用する向きの反対の向きを反荷重方向と、それぞれ表記することがある。算出部14は、他の実施の形態に係る診断装置7における第1算出部10および第2算出部12などの機能の一部または全部を搭載していてもよい。
【0089】
算出部14は、挙動センサ8からの出力信号を処理することで、評価速度を算出する。例えば、挙動センサ8が速度センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。また、挙動センサ8が加速度センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である加速度の時系列データを時間積分して速度の時系列データを算出する。このとき、算出部14は、算出した速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。また、挙動センサ8が変位センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である変位の時系列データを時間微分して速度の時系列データを算出する。このとき、算出部14は、算出した速度の時系列データを用いて、評価速度を算出する。
【0090】
算出部14は、予め設定された周期Tr以上に長い時間についての速度の時系列データから、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分を評価速度として算出する。
【0091】
診断部11は、算出部14が算出する評価速度に基づく評価指標を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する機能を搭載する部分である。この例において、診断部11は、算出部14が算出する評価速度と内輪2と外輪3の相対回転数に基づく評価指標を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0092】
続いて、図8を用いて、診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。図8は、実施の形態9に係る診断装置による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する図である。図8において、転がり軸受1に発生しうる損傷の例として損傷部100が示される。損傷部100は、例えば次のように転がり軸受1に発生する。
【0093】
この例の転がり軸受1において、回転軸5は内輪2と一体となって紙面上の反時計回りに回転する。このとき、内輪2の軌道面に接触する各々の転動体4は、内輪2の回転に伴って転動体4自身の中心点を中心として紙面上の時計回りに転がりながら、内輪2と外輪3との間で、回転軸5の中心軸を中心として紙面上の反時計回りに公転するように回転移動する。つまり、内輪2の回転に伴って、内輪2と外輪3の間にある複数の転動体4が転動しながら、内輪2と外輪3の間で公転するように周方向に回転移動する。ここで内輪2が回転する事例を示しているが、外輪3も回転している場合は、外輪3の回転、または、内輪2および外輪3の両方の回転に伴って、内輪2と外輪3の間にある複数の転動体4が転動しながら、内輪2と外輪3の間で公転するように周方向に回転移動する。転動体4自身の中心点を中心とした転動体4の転がり速度は、内輪2と外輪3の相対回転数に比例する。回転軸5の中心軸を中心とした転動体4の周方向の回転移動速度は、内輪2と外輪3の相対回転数と、転動体4が回転軸5の中心軸を中心として公転するように周方向に回転移動する際の転動体4の中心軌跡の直径とに比例する。
【0094】
回転軸5の荷重などによる内輪2への負荷が紙面上の下方に作用する場合に、回転軸5からの負荷の大半は、内輪2の軌道面、および回転軸5の下方に位置する複数の転動体4などを介して、外輪3の軌道面へと伝わる。回転軸5が静止しているときには、内輪2、外輪3および転動体4のそれぞれに発生する負荷の位置および大きさは変化しない。一方、回転軸5が回転しているときには、内輪2および転動体4の回転移動に伴って、当該負荷の位置および大きさは周期的に変化する。これにより、内輪2、外輪3および転動体4の軌道面に、繰り返しの応力負荷が作用する。このような繰り返しの応力負荷によって、例えば材料内部の不純物を起点として、内輪2、外輪3または転動体4などの内部からき裂が進展して表面まで達することがある。このとき、うろこ状に表面層が剥離する内部起点型の剥離損傷が内輪2、外輪3または転動体4の軌道面などに発生しうる。
【0095】
また、グリースなどの潤滑剤の給脂不足、劣化、漏れ、および粘度不足、ならびに過大荷重などを起因とした軌道面の潤滑不良などによって、転動体4と内輪2および外輪3との間に異常なすべりが発生することがある。このとき、軌道面の面荒れおよび摩耗などによって軌道面の表面に応力が集中しやすくなり、軌道面の損傷がより早まる場合がある。一例として、一部の軌道面の表層がうろこ状に剥離する表面起点型の剥離損傷、摩耗損傷または焼付き損傷などが軌道面に発生することがある。
【0096】
内部起点型の剥離損傷についてはL10寿命と呼ばれる寿命設計式があり、通常は寿命設計式に基づいて転がり軸受1の仕様が決定されるため、内部起点型の剥離損傷が発生する事例は少ない。一方、表面起点型の剥離損傷などの損傷は内部起点型の剥離損傷よりも非常に早期に発生しうるため、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の信頼性確保および長期運用のために、当該回転機器についての状態診断は重要である。
【0097】
軸受試験から得られた知見によれば、剥離損傷による損傷部100は、転がり軸受1の軌道面に形成されることが多い。また、当該損傷部100は、くぼみ形状部101および損傷角部102で構成されることが多い。くぼみ形状部101および損傷角部102の大きさおよび形状は、転がり軸受1の内輪2と外輪3の相対回転の積算数である総回転数に応じて常に変化していると考えられる。また、転がり軸受1の総回転数が増えるにつれて、くぼみ形状部101は大きくなる一方で、損傷角部102に関しては、損傷発生初期は鋭利な形状になるが、その後摩耗などによって滑らかな形状に変化する場合もあることが確認されている。損傷部100が表面起点型の剥離損傷などの損傷によるものである場合、損傷発生の初期段階でくぼみ形状部101の深さは浅いため、損傷進展時には、くぼみ形状部101は軸方向および周方向に大きくなるとともに、径方向にも深くなる。
【0098】
損傷角部102が鋭利な形状になることによって、瞬間的な振動増大または衝撃増大に繋がることはあっても、回転機器全体の大きなガタつきにはつながらないため、損傷角部102が転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の寿命に与える影響は小さい。また、損傷角部102は摩耗などによって形状が敏感に変化するため、診断に用いるのは不向きである。一方で、くぼみ形状部101は転がり軸受1の総回転数が増えるにつれて大きくなり、転がり軸受1および転がり軸受1の周辺機器、転がり軸受1が設けられた回転機器全体のガタつき、揺れ、または異音の継続的な増大などに繋がりうる。このため、くぼみ形状部101の大きさは、転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の寿命に大きな影響を与えるので、くぼみ形状部101の大きさを診断することは回転機器全体の寿命を診断することにも繋がる。
【0099】
例えば図1に示されるように、内輪2が回転軸5と回転する内輪回転の転がり軸受1において、外輪3の負荷側にくぼみ形状部101が形成されている場合を考える。くぼみ形状部101が大きくなると、転がり軸受1の回転時に転動体4がくぼみ形状部101に到達するタイミングで、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む。このとき、転動体4は、内輪2および回転軸5と共にくぼみ形状部101の深さ方向に落下する。さらに、転動体4がくぼみ形状部101を抜け出すタイミングで、転動体4は、内輪2および回転軸5と共にくぼみ形状部101の底部から上昇する。このため、くぼみ形状部101が深いほど、転がり軸受1および回転軸5のガタつき、揺れ、および異音が大きくなる。くぼみ形状部101が深くなり過ぎると、転がり軸受1および回転軸5のガタつき、揺れ、および異音が極端に大きくなる可能性がある。このとき、転がり軸受1が設けられた回転機器の設計上限を超えてしまう場合がある。また、転がり軸受1の割れまたは破壊などの故障、転がり軸受1の周辺機器の故障、および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障などに繋がる場合がある。
【0100】
このため、くぼみ形状部101の深さなどの転がり軸受1の損傷の大きさまたは程度を状態診断することは、回転機器の状態、損傷状態、および寿命などを診断する上で重要である。転がり軸受1の状態診断により、転がり軸受1などの異常検知および残寿命推定を行い、転がり軸受1またはグリースの交換などによる保守および延命処置を適切な時期に行うことができる。また、これにより、転がり軸受1、転がり軸受1の周辺機器、および転がり軸受1が設けられた回転機器全体のメンテナンス省力化および長期安定運用が可能になる。
【0101】
図8に示されるような損傷部100に対して、診断装置7は、例えば次のように診断を行う。なお、図8においては、損傷部100が外輪3に生じた場合を例として示しているが、損傷部100は内輪2または転動体4に生じるものであってもよい。
【0102】
算出部14は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上に長い時間に対して評価速度を算出する。ここでの固有振動には、図2に示されるような外輪3に発生した損傷部100を転動体4が通過する際に発生する振動だけではなく、内輪2に発生した損傷部100を転動体4が通過する際に発生する振動、ならびに転動体4に発生した損傷部100を内輪2および外輪3が通過する際に発生する振動も含まれる。ここで、周期Trのうち、内輪2の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]、外輪3の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]、および転動体4の損傷に由来する固有振動の周期をTr[sec]とする。内輪2に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなり、外輪3に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなり、転動体4に損傷があるときは周期Trの固有振動が特に大きくなる。例えば図8に示されるように外輪3に損傷部100があるときは、損傷部100を転動体4aが通過してから転動体4bが通過するまでの時間が周期Trとなる。例えば、転動体4の直径をd[mm]、転動体4の中心軌跡の直径をD[mm]、転動体4の個数をZ、転動体4の接触角をα[rad]、および内輪2と外輪3の相対回転数をf[rps]とした場合に、内輪2の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(4)で、外輪3の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(5)で、転動体4の損傷に由来する固有振動の周期Trは次の式(6)で、それぞれ表される。ここで、転動体4の接触角αは、回転軸5の軸方向に沿った断面上で、内輪2および転動体4の接触点と、転動体4および外輪3の接触点とを結んだ直線と、同一断面上で回転軸5の中心軸に対して垂直な直線とがなす角度である。
【0103】
【数4】
【0104】
【数5】
【0105】
【数6】
【0106】
このように、転がり軸受1の仕様と内輪2および外輪3の相対回転数で定まる固有振動の周期Trは、内輪2に損傷がある場合は式(4)のTr、外輪3に損傷がある場合は式(5)のTr、転動体4に損傷がある場合は式(6)のTrの周期として計算して求めることができる。いずれに損傷がある場合でも、固有振動の周期Trは、内輪2と外輪3の相対回転数fと、転動体4の直径dと、転動体4の中心軌跡の直径Dと、転動体4の接触角αを用いて定めることができる。
【0107】
各式の分子分母などの関係から、例えば、内輪2に損傷がある場合の固有振動の周期Trについて、次のことがわかる。周期Trは、相対回転数fが大きくなるに従ってこれに反比例して短くなる。周期Trは、転動体4の個数Zが多くなるに従ってこれに反比例して短くなる。周期Trは、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるに従って長くなる。周期Trは、転動体4の直径dが大きくなるに従って短くなる。周期Trは、接触角αが大きくなるに従って長くなる。また、例えば、外輪3に損傷がある場合の固有振動の周期Trについて、次のことがわかる。周期Trは、相対回転数fが大きくなるに従ってこれに反比例して短くなる。周期Trは、転動体4の個数Zが多くなるに従ってこれに反比例して短くなる。周期Trは、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるに従って短くなる。周期Trは、転動体の直径dが大きくなるに従って長くなる。周期Trは、接触角αが大きくなるに従って短くなる。また、例えば、転動体4に損傷がある場合の固有振動の周期Trについて、次のことがわかる。周期Trは、相対回転数fが大きくなるに従ってこれに反比例して短くなる。周期Trは、接触角αが大きくなるに従って短くなる。また、式(6)の分子分母の両方に転動体4の中心軌跡の直径Dと転動体の直径dとが表れるが、分子の交差項の影響より分母の二乗項の影響が大きいと考えると、周期Trは、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるに従って短くなり、転動体4の直径dが大きくなるに従って長くなる場合が多い。
【0108】
なお、相対回転数fは転がり軸受1の回転パターンによって様々な与え方が考えられ、例えば図7に示すように、外輪3を固定して内輪2が回転軸5と一体となって回転する場合は、相対回転数fは内輪2の回転数もしくは回転軸5の回転数として与えることができる。また、内輪2を固定して外輪3が回転軸と一体となって回転する場合は、相対回転数fは外輪3の回転数もしくは回転軸の回転数として与えることができる。また、内輪2と外輪3がそれぞれ異なる回転軸と一体となって同一方向に回転する場合は、相対回転数fは内輪2の回転数と外輪3の回転数の差分値の絶対値として与えることができる。また、内輪2と外輪3がそれぞれ異なる回転軸と一体となって反対方向に回転する場合は、相対回転数fは内輪2の回転数と外輪3の回転数の合算値として与えることができる。
【0109】
続いて、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を基にした診断の一例を示す。
【0110】
図9を用いて、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を解き、くぼみ形状部101の深さh[mm]を算出する。図9は、転がり軸受1の転動体4が損傷部100を通過する際の挙動の例を説明する図である。
【0111】
ここで、転動体4の直径をd、転動体4が内輪2と外輪3との間で回転軸5の中心軸を中心として紙面上の反時計回りに公転するように回転移動する際の、転動体4の中心軌跡の直径をD[mm]、転動体4の公転方向の回転数をf[rps]とする。また、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込み始めてから、くぼみ形状部101の表面に衝突するまでの時間をt[sec]、当該時間t内における転動体4の平均速度をV[mm/sec]、当該時間t内における転動体4の径方向の平均速度をV[mm/sec]、当該時間t内における転動体4の周方向の平均速度をVθ[mm/sec]、当該時間t内における転動体4の周方向の移動距離をs[mm]、当該時間t内における転動体4の中心軌跡線が回転軸5の中心と転動体4の中心を繋ぐ径方向の直線となす角度をβ[rad]とする。
【0112】
くぼみ形状部101の深さh[mm]は三角関数の公式から次の式(7)で、転動体4の周方向の速度Vθは次の式(8)で表される。
【0113】
【数7】
【0114】
【数8】
【0115】
転動体4に作用する径方向の荷重が十分に大きい場合には、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込み始めてからくぼみ形状部101の表面に衝突するまでの時間tは、転動体4が径方向速度Vでくぼみ形状部101の深さhを進むのに要する時間、および転動体4が周方向速度Vθで周方向距離sを進むのに要する時間と一致する。このため、式(7)と式(8)を用いると、転動体4の径方向速度Vは次の式(9)で表される。
【0116】
【数9】
【0117】
式(9)をさらに整理すると、次の式(10)が得られる。
【0118】
【数10】
【0119】
ここで、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んで衝突した際の反発係数をe、衝突前のくぼみ形状部101と連動して動く構造体の径方向速度をVo[mm/sec]、衝突直後のくぼみ形状部101と連動して動く構造体の径方向速度をVo´[mm/sec]、衝突後の転動体4の径方向速度をV´[mm/sec]とすると、反発時の各速度の関係式は次の式(11)で表される。
【0120】
【数11】
【0121】
また、ここで、転動体4を介してくぼみ形状部101に負荷をかける転動体4、内輪2、および回転軸5を含めた全ての構造体の質量をm[kg]、くぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量をm[kg]とすると、運動量保存の法則により、各速度の関係式は次の式(12)でも表される。
【0122】
【数12】
【0123】
ここで、衝突前のくぼみ形状部101の径方向速度Voは0として、式(11)と式(12)を用いて、VをVo´で表す関係式を求め、式(10)のVに代入すると、次の式(13)が得られる。
【0124】
【数13】
【0125】
ここで、式(7)に式(13)を代入すると、くぼみ形状部101の深さhは次の式(14)で表される。
【0126】
【数14】
【0127】
ここで、内輪2と外輪3の相対回転数をf[rps]、転動体4の接触角をα[rad]とすると、転動体4の公転方向の回転数f[rps]は次の式(15)で表される。
【0128】
【数15】
【0129】
すべりが少ない場合の転動体4の公転方向の回転数fも、概ね式(15)で得られる結果と同じである。ここで、式(14)に式(15)を代入して、各質量ならびに転がり軸受1の形状および寸法で定まる定数を係数Aとして置き換えると、くぼみ形状部101の深さhは次の式(16)で表される。
【0130】
【数16】
【0131】
ここで、転動体4が径方向に距離hだけ移動する間に転動体4は周方向に距離sだけ移動しているため、周方向の移動距離sは三平方の定理から次の式(17)で表される。
【0132】
【数17】
【0133】
さらに、式(16)で用いられているsinβは、周方向の移動距離sを用いた三角関数の公式から、次の式(18)で表される。
【0134】
【数18】
【0135】
式(16)に式(18)を代入して整理すると、くぼみ形状部101の深さhは次の式(19)で表される。
【0136】
【数19】
【0137】
くぼみ形状部101と連動して動く構造体の一つである外輪3または外輪3を保持するハウジング6の径方向速度Vo´は、転動体4とくぼみ形状部101との衝突直後に最大になる。このため、径方向速度Vo´は、内輪2または外輪3と一体となって回転する回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重の向きの最大速度成分である評価速度に相当する。式(19)により、転動体4の直径d、転動体4の中心軌跡の直径D、転動体4を介してくぼみ形状部101に負荷をかける構造体であり転動体4、内輪2および回転軸5を含めた全ての構造体の質量をm、これに相当する回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重、およびくぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量をmなどと、評価速度Vo´を相対回転数fで除した相対評価速度(Vo´/f)とを用いることで、くぼみ形状部101の深さhが計算できる。
【0138】
また、式(19)より、相対評価速度(Vo´/f)が大きいほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断することができる。また、式(19)の分子分母の関係などから、相対評価速度(Vo´/f)が同じ場合には、くぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量mを質量mで除した値が大きいほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断することができる。ここで、質量mは、転動体4を介してくぼみ形状部101に負荷をかける構造体であり転動体4、内輪2、および回転軸5を含めた全ての構造体の質量である。また、式(19)の分子分母の関係などから、相対評価速度(Vo´/f)が同じ場合には、転動体4の中心軌跡の直径Dが小さいほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断することができる。また、式(19)の分子分母の関係などから、相対評価速度(Vo´/f)が同じ場合には、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んで衝突した際の反発係数eが小さいほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断することができる。
【0139】
なお、反発係数eは、材料の硬度と関連があり、材料の硬度が高いもの同士を衝突させると、反発係数eが大きくなる場合が多い。このため、式(19)の分子分母の関係などから、相対評価速度(Vo´/f)が同じ場合には、転動体4およびくぼみ形状部101を有する外輪3の硬度が低いほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断することができる。また、材料硬度の対数値と反発係数は比例関係にある場合が多いため、材料硬度の対数値を基に反発係数を求め、式(19)によりくぼみ形状部101の深さhを診断することができる。また、転動体4およびくぼみ形状部101を有する外輪3の材料には軸受鋼が使用される場合が多く、軸受鋼同士の反発係数eまたは軸受鋼の硬度などを基にくぼみ形状部101の深さhを診断することができる。一方、転がり軸受1において転動体4などにセラミックなどの材料を使用する場合もある。このため、振動情報を用いた損傷診断において材料の違いが振動に与える影響を考慮する必要がある。実施の形態9の構成によれば、転がり軸受1の材料が変わっても、変更後の材料の反発係数eまたは硬度を基に、高精度に損傷を診断することができる。
【0140】
ここで、くぼみ形状部101と連動して動く構造体は、例えば外輪3および外輪3を保持するハウジング6などである。外輪3およびハウジング6の速度は、転動体4がくぼみ形状部101に衝突する前には小さく、衝突した直後に荷重方向の速度Vo´が最大値をとり、その後は徐々に減衰して小さくなる。実施の形態9の構成によると、外輪3または外輪3を保持するハウジング6に設けた挙動センサ8と算出部14が、転動体4がくぼみ形状部101に衝突した直後の荷重方向の速度Vo´を評価速度として算出する。このため、制御部9の例えば診断部11は、評価速度と相対回転数fに基づく評価指標を用いて転がり軸受1のくぼみ形状部101の深さhを精度よく診断することができる。
【0141】
また、損傷部100が内輪2、外輪3、および転動体4のいずれの位置に発生していたとしても、損傷部100のくぼみ形状部101に転動体4が沈み込む挙動は、それぞれの固有振動の周期Tr以上に長い時間内に少なくとも1回は発生する。式(4)から式(6)により、それぞれの固有振動の周期Trをあらかじめ算出することができる。このため、内輪2に損傷が発生している時の固有振動の周期Trと、外輪3に損傷が発生している時の固有振動の周期Trと、転動体4に損傷が発生している時の固有振動の周期Trのうち、最も長い周期を判定して採用することができる。制御部9は、採用された最も長い周期以上に長い時間内において、内輪2または外輪3と一体となって回転する回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重の向きの最大速度成分である評価速度を、内輪2、外輪3、または、ハウジング6に取り付けた挙動センサ8で取得する。制御部9の診断部11は、評価速度と内輪2および外輪3の相対回転数に基づく評価指標を用いて転がり軸受1の損傷を診断することで、いずれの位置に損傷が発生するか不明な場合であっても、精度よくその損傷を診断することができる。
【0142】
転動体4が回転軸5の中心軸を中心として周方向に公転するように回転移動する際の転動体4の公転周期Toは次の式(20)で表される。
【0143】
【数20】
【0144】
なお、転動体4の公転周期Toは、内輪2および外輪3の相対回転数fと、転動体4の直径dと、転動体4の中心軌跡の直径Dと、転動体4の接触角αを用いて定めることができる。公転周期Toは、外輪3に損傷がある場合の固有振動の周期Trに転動体4の個数Zを乗じた値と同じである。また、転動体4の公転周期Toについて、次のことがわかる。公転周期Toは、相対回転数fが大きくなるに従ってこれに反比例して短くなる。公転周期Toは、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるに従って短くなる。公転周期Toは、転動体4の直径dが大きくなるに従って長くなる。公転周期Toは、接触角αが大きくなるに従って短くなる。また、内輪2と外輪3との間で、回転軸5の中心軸を中心として公転するように回転移動する複数の転動体4同士の間隔を保ちながら、転動体4と共に回転移動する保持器の回転周期も、式(20)に示す転動体4の公転周期Toとほとんど同じである。
【0145】
内輪2と外輪3の間で公転するように周方向に回転移動する転動体4が、回転軸5からの荷重を受ける周方向の領域を負荷圏、それ以外の領域を非負荷圏とする。このとき、内輪2または転動体4に損傷部100が発生した場合には、損傷部100が負荷圏に位置するタイミングでのみ、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んで評価指標が大きくなる。つまり、内輪2に損傷部100が発生している場合は、内輪2と一体となって回転する回転軸5の回転数fの逆数である回転周期(1/f)で損傷部100が負荷圏にある時間内において、式(4)で計算できる固有振動の周期Trのタイミングで評価指標は大きくなる。一方、転動体4に損傷部100が発生している場合は、転動体4の公転周期Toで損傷部100が負荷圏にある時間内において、式(4)で計算できる固有振動の周期Trのタイミングで評価指標は大きくなる。接触角αは、0から90degの範囲の値をとり、転動体4の直径dが転動体4の中心軌跡の直径Dより大きくなることはない。このため、式(20)右辺の括弧内の因子は必ず1以上の値になる。したがって、式(20)から、転動体4の公転周期Toは回転軸5の回転周期(1/f)より必ず長くなることがわかる。つまり、転動体4の公転周期To以上に長い時間内に少なくとも1回は評価指標が大きくなる。制御部9は、転動体4の公転周期To以上に長い時間内において、挙動センサ8の計測結果によって評価速度を取得する。このため、当該評価速度と内輪2および外輪3の相対回転数とに基づく評価指標を用いて転がり軸受1の損傷を診断することで、診断部11を含む制御部9は、いずれの位置に損傷が発生するか不明な場合であっても、精度よく損傷を診断することができる。
【0146】
また、例えば、内輪2および外輪3の相対回転数が加減速している場合には、制御部9は、固有振動の周期Tr以上に長い時間内で、かつ、内輪2および外輪3の相対回転数の最大値が最小値の1.2倍の範囲内で収まる時間内において、ハウジング6に取り付けた挙動センサ8の計測結果によって評価速度を取得してもよい。このような時間内において、相対回転数fの時間変化が小さく抑えられ、一定の相対回転数fを想定した式(7)から式(19)が近似的に成り立つ。このため、当該評価速度と内輪2および外輪3の相対回転数とに基づく評価指標を用いて転がり軸受1の損傷を診断することで、診断部11を含む制御部9は、内輪2および外輪3の相対回転数が加減速している場合であっても、精度よく損傷を診断することができる。
【0147】
また、くぼみ形状部101は、その径方向の深さが大きくなるにつれて、軸方向および周方向にも拡大する場合が多い。このため、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さを診断することで、くぼみ形状部101の大きさおよび体積など、損傷の程度を診断することができる。
【0148】
一般に、転がり軸受は、回転機器において最も大きな負荷がかかり、最初に壊れやすい部分である。転がり軸受に損傷が発生すると、当該損傷周辺の応力が大きくなることで加速的に損傷が大きくなる場合がある。損傷が大きくなると、転がり軸受の破壊、転がり軸受の周辺機器の損傷または破壊、および転がり軸受が設けられた回転機器全体の重度な故障などが生じる可能性がある。
【0149】
これに対し、診断装置7は、転がり軸受1の損傷を高精度に診断できるので、転がり軸受1の予防保全が可能になる。これにより、転がり軸受1自体のみならず、転がり軸受1の周辺機器および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障を未然に防ぐことが可能になる。
【0150】
また、診断部11は、例えば、評価速度が予め設定された閾値を超えるときに転がり軸受1に損傷が生じたと診断すること、およびさらに高い閾値を超えた時に重度の損傷が生じたと診断することができる。また、診断部11は、評価速度の値に応じて、損傷部100の深さ、大きさ、および体積などの損傷の程度を診断することも可能である。
【0151】
実施の形態9に係る転がり軸受1について、内輪2が回転軸5と一体になって回転し、外輪3がハウジング6に保持および固定されている構成を例示して説明した。一方、内輪2がハウジング6に保持および固定され、外輪3がその外側に設けた回転軸5と一体になって回転する構成であっても、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式である式(7)から式(19)は少なくとも相対的には成り立つ。このため、診断装置7は、内輪2または内輪2を保持するハウジング6に設けた挙動センサ8を用いて、外輪3と一体となって回転する回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重の向きの最大速度成分である評価速度を算出し、評価速度と内輪2および外輪3の相対回転数とに基づく評価指標を用いて転がり軸受1の損傷を診断することができる。
【0152】
以上に説明したように、実施の形態9に係る転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、診断装置7と、を備える。外輪3は、内輪2と同心円状に配置される。複数の転動体4は、外輪3の軌道面と内輪2の軌道面との間に配置される。各々の転動体4は、内輪2の回転、または外輪3の回転に伴って転動する。転がり軸受1において、回転軸5は、内輪2または外輪3と一体となって回転する。診断装置7は、挙動センサ8と、算出部14と、診断部11と、を備える。挙動センサ8は、外輪3または外輪3を保持するハウジング6に設けられ、外輪3またはハウジング6の挙動を計測する。算出部14は、挙動センサ8が取得する情報に基づいて、評価速度を算出する。評価速度は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Tr以上に長い時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大速度成分である。診断部11は、算出部14が算出した評価速度と相対回転数とに基づく評価指標を用いて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0153】
比較例として、診断装置7のように評価速度によらずに、振動センサからの衝撃値と、転がり軸受のサイズと、相対回転数とに基づいて診断する場合を考える。なお、衝撃値は加速度と同じ単位[mm/sec]である。
【0154】
比較例において、式(11)のように反発時の各速度の関係は得られても、各衝撃値の関係式は得ることができない。転動体とくぼみ形状部との衝突直後に最大となる外輪またはハウジングの径方向速度Vo´を用いてくぼみ形状部の深さhを算出することは可能だが、衝撃値とくぼみ形状部の深さhとの物理現象に基づいた関係式を得ることはできない。このため、振動センサからの衝撃値と、転がり軸受サイズと、相対回転数とに基づいて診断を行ったとしても、精度よく損傷を診断することは難しい。
【0155】
また、転がり軸受の損傷部の表面は荒れていることが多いため、転動体が損傷部を通過する際には、複数回に分けて細かく小さな衝撃が発生することが多い。このため、損傷部が大きくなっても衝撃値は大きくならないため、衝撃値のみを用いる比較例によっては損傷を精度よく診断できないことがある。
【0156】
また、衝撃値は、瞬間的な挙動変化によって大きくなるため、転動体が損傷部のくぼみ形状部へ沈み込む挙動によって衝撃値が大きくなるとは限らず、面荒れまたは損傷角部などの軽微な形状変化によって顕著に大きくなることが多い。このため、比較例は、転がり軸受、転がり軸受の周辺機器、または転がり軸受が設けられた回転機器全体のガタつき、揺れ、または異音の継続的な増大、および、転がり軸受および回転機器全体の残寿命に直接的には繋がらない軽微な形状変化などを診断することはできたとしても、当該残寿命に直接的に繋がるくぼみ形状部の大きさの診断には不向きである。
【0157】
例えば、摩耗などによって損傷部の損傷角部が滑らかな形状になると転動体が損傷部を滑らかに通過するため、損傷部の影響が衝撃値に現れずに損傷が検知されない。また、例えば、損傷部のくぼみ形状部が小さくても損傷角部の形状が鋭利になっている場合などに、転動体が損傷角部を通過するタイミングで衝撃値が大きくなることがある。このとき、荷重方向および反荷重方向の加速度などが瞬間的に交互に大きくなる振動などが発生しうる。これにより、くぼみ形状部の大きさに関わらずに加速度振幅および衝撃値などが大きくなりうるため、損傷部のくぼみ形状部の大きさなどの損傷自体の程度を精度よく診断することが比較例では難しい場合がある。
【0158】
また、転がり軸受の衝撃には、摩擦摺動などに起因した高周波帯域の振動も含まれうる。このため、転がり軸受の潤滑状態によって、衝撃の大きさは変化しうる。例えば、転がり軸受を潤滑するグリースの酸化劣化、離油、漏れ、または増稠剤破壊などの劣化が発生して潤滑状態が悪化すると、転がり軸受自体は損傷していなくても、衝撃が数倍大きくなる場合がある。このように、衝撃値のみに基づいて行う診断は転がり軸受の潤滑状態の変化に影響されるため、比較例では転がり軸受の損傷の診断の精度が低下する場合がある。
【0159】
一方、診断装置7は、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んだタイミングでの荷重方向の最大速度成分である評価速度と相対回転数とに基づく評価指標を用いて診断を行う。転動体4が損傷角部102を通過する際に発生する瞬間的な挙動は、瞬間的な加速度振幅として現れる。このような瞬間的な加速度変化を時間積分すると、瞬間的に正負に向きが逆転する加速度が積算によって相殺されるため、転動体4が損傷角部102を通過する際に生じる速度は大きくならない。一方で、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込むタイミングでは、加速度の向きは継続的に荷重方向を向くため、積算して求まる荷重方向の最大速度成分である評価速度は十分に大きくなる。つまり、評価速度を用いて診断を行う実施の形態9に係る診断装置7は、損傷角部102の形状による転動体4の瞬間的な挙動の影響を抑えて、くぼみ形状部101の大きさを高精度に診断することができる。また、くぼみ形状部101の深さが大きいほど、荷重方向の最大速度成分は大きくなる。このようにくぼみ形状部101の深さと相関が強い評価速度を用いる診断装置7は、くぼみ形状部101の深さの程度を診断できる。また、くぼみ形状部101は、径方向の深さが大きくなるにつれて、軸方向および周方向にも拡大する場合が多い。このため、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さを診断することで、くぼみ形状部101の大きさおよび体積などの、損傷の程度を診断することができる。
【0160】
また、評価速度はくぼみ形状部101の幾何学的な形状に起因して大きくなる。このため、摩擦摺動に起因する高周波帯域も含めた振動による診断を行う装置とは異なり、診断装置7は、潤滑状態および外乱振動などの外乱の影響を抑制して高精度に転がり軸受1の損傷を診断することができる。
【0161】
実施の形態10.
実施の形態10に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態10に係る診断装置7では、診断部11が、評価速度を相対回転数で除した相対評価速度を評価指標として用いて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0162】
発明者らは、複数の実製品のデータおよび試験データなどを用いて鋭意検討を重ね、同じ損傷状態においても、相対回転数に比例して評価速度が大きくなるとの推察に至っている。つまり、相対回転数が異なる条件で転がり軸受1の損傷の程度を評価および比較するためには、評価速度だけでなく相対回転数の影響も考慮して診断する必要がある。実施の形態10に係る診断装置7では、評価速度を相対回転数で除した相対評価速度を評価指標として用いることで、相対回転数に依らず転がり軸受1の損傷の程度を精度よく診断することが可能になる。
【0163】
転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を用いた診断の一例を示す。式(19)の右辺にある、評価速度Vo´を回転軸5の相対回転数fで除した相対評価速度(Vo´/f)を評価指標とすると、くぼみ形状部101の深さhは、各質量ならびに転がり軸受1の形状および寸法で定まる定数と、相対評価速度である(Vo´/f)である評価指標で計算できる。つまり、相対評価速度(Vo´/f)である評価指標を用いることで、診断装置7は、転がり軸受1についてくぼみ形状部101の深さhを求めることが可能になる。また、くぼみ形状部101は径方向の深さが大きくなるにつれて、軸方向および周方向にも拡大する場合が多い。このため、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さhを診断することで、くぼみ形状部101の損傷の程度を診断することもできる。つまり、相対評価速度(Vo´/f)である評価指標を用いて、転がり軸受の損傷の程度を診断することができる。
【0164】
診断に用いる評価速度を計測した時間区間における内輪2および外輪3の相対回転数を計測しなくても、これを設計事項として予め把握できている場合がある。この場合に、診断装置7は、当該時間区間における評価速度と、既知の相対回転数に基づいた評価指標とを用いて、転がり軸受1の損傷を診断できる。
【0165】
また、相対回転数の絶対値を予め把握できていない場合であっても、2つ以上の時間区間において、それぞれの相対回転数の倍率が把握できている場合には、診断装置7は、それぞれの時間区間における評価速度をそれぞれの倍率で除した評価指標に基づいて、転がり軸受1の損傷を診断できる。例えば、転がり軸受1の総回転数が小さい時間区間Aにおける評価速度をVa、転がり軸受1の総回転数が大きい時間区間Bにおける評価速度をVbとする。時間区間Aにおける相対回転数が時間区間Bにおける相対回転数の2倍の大きさであるとわかっている場合には、診断装置7は、時間区間Aにおける評価指標をVaとし、時間区間Bにおける評価指標をVb/2として転がり軸受1の損傷を診断できる。例えば、Vb/2とVaの差が予め設定された範囲より小さい場合には、診断装置7は、転がり軸受1の総回転数の増加に伴って損傷は大きくなっていないと診断することができる。一方、Vb/2がVaより大きい場合には、診断装置7は、転がり軸受1の総回転数の増加に伴って損傷が大きくなっていると診断することができる。また、例えば、時間区間Aにおける相対回転数が時間区間Bにおける相対回転数と差がほとんどないことがわかっている場合には、診断装置7は、時間区間Aにおける評価指標をVaとし、時間区間Bにおける評価指標をVbとして転がり軸受1の損傷を診断できる。例えば、VbとVaの差が予め設定された範囲より小さい場合には、診断装置7は、転がり軸受1の総回転数の増加に伴って損傷は大きくなっていないと診断することができる。一方、VbがVaより大きい場合には、診断装置7は、転がり軸受1の総回転数の増加に伴って損傷が大きくなっていると診断することができる。
【0166】
実施の形態11.
実施の形態11に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態11に係る診断装置において、診断部11は、評価指標と、転がり軸受1が有する固有係数とに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさを診断する。
【0167】
発明者らは、複数の実製品のデータおよび試験データなどを用いて鋭意検討を重ね、同じ損傷状態においても、転がり軸受1の種類または使用条件などに応じて転がり軸受1が有する固有係数が変化すると、評価指標は変化するとの推察に至っている。つまり、転がり軸受1の有する固有係数が異なる条件で転がり軸受1の損傷の程度を評価および比較するためには、転がり軸受1の固有係数の影響も考慮して診断する必要がある。実施の形態11に係る診断装置7は、評価指標と、転がり軸受1の固有係数とを用いることで、転がり軸受1の損傷の大きさを精度よく診断することができる。
【0168】
また、発明者らは、複数の実製品のデータおよび試験データなどを用いて鋭意検討を重ね、転がり軸受1の損傷の大きさが変わらなくても、転がり軸受1の形状または寸法の大きさに応じて、評価指標が大きくなるとの推察に至っている。つまり、転がり軸受1の形状または寸法の大きさが異なる条件で転がり軸受1の損傷の程度を評価および比較するためには、転がり軸受1の形状または寸法の大きさの影響も考慮して診断する必要がある。実施の形態11に係る診断装置では、評価指標と、転がり軸受1の形状または寸法に基づいて定められた固有係数を用いることで、転がり軸受1の損傷の大きさを精度よく診断することが可能になる。
【0169】
転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を用いた診断の一例を示す。算出部14は、転がり軸受1が有する固有係数と、評価速度を相対回転数で除した相対評価速度(Vo´/f)とを用いることで、くぼみ形状部101の深さhを式(19)などにより計算できる。ここで、転がり軸受1が有する固有係数は、例えば式(19)の右辺に表れる、転動体4の直径d、転動体4の中心軌跡の直径D、転動体4を介してくぼみ形状部101に負荷をかける構造体であり転動体4、内輪2、および回転軸5を含めた全ての構造体の質量m、これに相当する回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重、くぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量mなどの各種の量、ならびにこれらから算出される係数Aなどを含む。診断装置7の診断部11は、例えば、相対評価速度(Vo´/f)である評価指標が大きいほど、くぼみ形状部101の深さhは大きいと診断できる。また、診断装置7は、例えば、くぼみ形状部101の深さhが同じであったとしても、固有係数Aが小さいほど、当該評価指標は大きくなることが式(19)から計算できる。このように、診断装置7は、評価指標と、転がり軸受1の形状または寸法などに基づいた固有係数とを用いることで、くぼみ形状部101の深さhおよびくぼみ形状部101の損傷の大きさなどを精度よく診断することができる。
【0170】
実施の形態12.
実施の形態12に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態12に係る診断装置7において、診断部11は、評価指標と、転動体4の中心軌跡の直径Dとに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさを診断する。
【0171】
発明者らは、複数の実製品のデータおよび試験データなどを用いて鋭意検討を重ね、転がり軸受1の損傷の大きさが変わらなくても、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるにつれて、評価指標が大きくなるとの推察に至っている。つまり、転動体4の中心軌跡の直径Dが異なる条件で転がり軸受1の損傷の程度を評価および比較するためには、転動体4の中心軌跡の直径Dの大きさの影響も考慮して診断する必要がある。実施の形態12に係る診断装置7は、評価指標と、転動体4の中心軌跡の直径Dとに基づいて、転がり軸受1の損傷の大きさを精度よく診断することができる。
【0172】
転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を用いた診断の一例を示す。式(19)から、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるほど固有係数Aは小さくなることがわかる。つまり、くぼみ形状部101の深さhが同じであったとしても、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるほど、評価指標は大きくなりうることが式(19)からも計算できる。つまり、診断装置7は、評価指標と、転動体4の中心軌跡の直径Dとを用いることで、くぼみ形状部101の深さhおよびくぼみ形状部101の損傷の大きさなどを精度よく診断することができる。
【0173】
実施の形態13.
実施の形態13に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態13に係る診断装置において、診断部11は、評価指標と、回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重とに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさを診断する。
【0174】
発明者らは、複数の実製品のデータおよび試験データなどを用いて鋭意検討を重ね、転がり軸受1の損傷の大きさが変わらなくても、転がり軸受1に作用する荷重が大きくなるにつれて、評価指標が大きくなるとの推察に至っている。つまり、転がり軸受1に作用する荷重が異なる条件で転がり軸受1の損傷の程度を評価および比較するためには、転がり軸受1に作用する荷重の影響も考慮して診断する必要がある。実施の形態13に係る診断装置7は、評価指標と、転がり軸受1に作用する荷重とに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさなどを精度よく診断することができる。
【0175】
転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を用いた診断の一例を示す。式(19)右辺の固有係数Aは、転動体4を介してくぼみ形状部101に負荷をかける構造体であり転動体4、内輪2、および回転軸5を含めた全ての構造体の質量mと、くぼみ形状部101に連動して動く構造体の質量mとの質量比(m/m)に基づいた係数である。
つまり、診断装置7は、評価指標と、この質量比に基づいた固有係数とを用いることで、くぼみ形状部101の深さhを高精度に診断することができる。また、診断装置7は、転がり軸受1の損傷の大きさを高精度に診断することができる。
【0176】
ここで、質量mは回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重と比例関係にあり、mは転がり軸受1を支える構造体の質量に相当する場合が多い。質量比(m/m)が小さすぎると、転がり軸受1を支える構造体の強度低下が懸念される。また、逆に質量比(m/m)が大きすぎると、この転がり軸受1を備えた回転機器の重量および大きさが大きくなり、その回転機器の移動効率および設置スペースの制約上、設計が困難になる。つまり、質量比(m/m)は、転がり軸受1に作用する荷重によって、強度、移動効率、および設置スペースなどの制約で概ね一意に定まる。このため、固有係数Aは、転がり軸受1に作用する荷重に基づいた係数と考えることができる。つまり、評価指標と、転がり軸受1に作用する荷重に基づいた固有係数Aとを用いることで、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さhを高精度に診断することができる。また、診断装置7は、転がり軸受1の損傷の大きさを高精度に診断することができる。
【0177】
実施の形態14.
実施の形態14に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態14に係る診断装置7において、診断部11は、評価指標と、外輪3または外輪3を保持するハウジング6の最大変位と、回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重とに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさを診断する。ここで、外輪3またはハウジング6の最大変位は、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期以上に長い時間内における、回転軸5からの荷重が作用する向きの最大変位である。
【0178】
くぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量をm[kg]、転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期以上に長い時間内における当該構造体の径方向最大速度をVo´[mm/sec]、当該構造体の径方向最大変位をXmax[mm]、当該構造体の変位に対するバネ剛性をk[N/mm]とする。転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んで衝突した直後に、くぼみ形状部101と連動して動く構造体の径方向速度は最大となり、当該構造体は運動エネルギー[N・mm]を持つ。その後、運動エネルギーは構造体の弾性エネルギー[N・mm]に変換され、当該構造体が最大変位Xmaxだけ変位したタイミングで当該構造体の速度はゼロとなる。このときのエネルギー保存の法則は、次の式(21)で表される。
【0179】
【数21】
【0180】
くぼみ形状部101と連動して動く構造体の変位に対するバネ剛性kは、あらかじめ試験的に負荷を与えた時の変位計測により、試験負荷を計測変位で除した値として求めることができる。あるいは、バネ剛性kは、当該構造体の材料、構造、および拘束条件などから、手計算またはCADなどの解析ツールを用いて想定負荷に対する想定変位を求め、想定負荷を想定変位で除した値として求めることもできる。つまり、当該構造体の径方向最大速度Vo´と最大変位Xmaxを計測すれば、式(21)により、当該の質量mを求めることができる。これを用いて、診断装置7は、式(19)により、くぼみ形状部101の深さhをより高精度に診断することができる。
【0181】
くぼみ形状部101と連動して動く構造体のうち、回転軸5からの荷重を最も近くで受ける転がり軸受1の外輪3および外輪3を保持するハウジング6において、速度および変位が最も大きくなりやすい。外輪3およびハウジング6はほとんど一体となって動くため、当該構造体の径方向最大速度Vo´および最大変位Xmaxは、外輪3またはハウジング6の径方向最大速度および最大変位として捉えることができる。ここで、挙動センサ8が加速度センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である加速度の時系列データを二階時間積分して、変位の時系列データを算出できる。算出部14は、この時系列データから外輪3またはハウジング6の最大変位Xmaxを得ることができる。また、挙動センサ8が速度センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である速度の時系列データを時間積分して、変位の時系列データを算出できる。算出部14は、この時系列データから外輪3およびハウジング6の最大変位Xmaxを得ることができる。また、挙動センサ8が変位センサである場合に、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号である変位の時系列データから最大変位Xmaxを得ることができる。つまり、追加でセンサを用意しなくても、算出部14は、挙動センサ8からの出力信号に基づいて、外輪3またはハウジング6の径方向最大速度Vo´と最大変位Xmaxを算出できる。また、診断装置7は、式(21)により、くぼみ形状部101と連動して動く構造体の質量mを求めることができる。診断装置7は、式(19)などにより、くぼみ形状部101の深さhをより高精度に診断することができる。また、診断装置7は、転がり軸受1の損傷の大きさを高精度に診断することができる。
【0182】
実施の形態15.
実施の形態15に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。実施の形態15に係る診断装置7において、診断部11は、評価指標と、転がり軸受1の損傷の大きさを示す実測データと、その状態における評価指標のデータとに基づいて転がり軸受1の損傷の大きさを診断する。
【0183】
転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式を用いた診断の一例を示す。式(19)を用いると、評価速度を相対回転数で除した相対評価速度(Vo´/f)である評価指標と、転がり軸受1が有する固有係数とによって、くぼみ形状部101の深さhを計算することができる。このため、例えば、くぼみ形状部101の深さhなどの損傷の大きさを示す実測データと、その状態における評価指標のデータとを少なくとも1つ用意することで、式(19)から固有係数を求めることができる。このように、実測データを基にして求めた固有係数と、評価指標とを用いることで、固有係数を求めるのに必要な設計データがない場合であっても、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さhを高精度に診断することができる。また、診断装置7は、転がり軸受1の損傷の大きさを高精度に診断することができる。
【0184】
実施の形態16.
図10は、実施の形態16に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する図である。図10において、横軸は時間の経過を表す。縦軸は挙動センサ8によって取得される速度を表す。縦軸の上側は、荷重方向の速度の大きさを表す。一方、縦軸の下側は、反荷重方向の速度の大きさを表す。
【0185】
例えば挙動センサ8として加速度センサを用いて加速度の時系列データを時間積分して速度の時系列データを算出した場合に、図10において破線で示されるように、周期Trより長い時間にわたって速度が荷重方向に極端に大きくなることがある。これは、加速度センサである挙動センサ8の取付け状態が悪い場合、およびその他の外乱振動などのノイズが大きく反映されてしまっている場合などに、出力信号である加速度の時系列データが全体的に荷重方向にシフトすることなどによって発生する。同様の理由により、周期Trより長い時間にわたって速度が反荷重方向に大きくなることがある。
【0186】
一方、転がり軸受1およびハウジング6において微小な振動が発生することはあっても、通常、転がり軸受1およびハウジング6の設置位置が大きく変化することはない。このため、図10において破線で示されるように長期にわたって速度が大きくなり続けることは実態と異なり、このような時系列データをそのまま用いると評価速度Vpが過大な値として算出されることになる。このため、診断装置7は、速度の時系列データに対して傾き補正を行う。
【0187】
診断装置7の算出部14は、挙動センサ8の取得した情報に基づく速度の時系列データに対して、傾き補正の処理を行う。傾き補正の処理は、例えば周期Trより長い時間にわたって速度の時系列データの傾き成分を線形回帰またはその他の手法などによって求め、求めた傾き成分を速度の時系列データから差し引くことなどによって行われる。算出部14は、傾き補正の処理を行った後の速度の時系列データを用いて、周期Trより長い時間に対して評価速度Vp´を算出する。
【0188】
診断装置7は、このように算出された評価速度Vp´を用いることで、挙動センサ8の取付け状態および外乱振動などのノイズによる影響を受けずに転がり軸受の損傷の程度や大きさを診断できるようになる。
【0189】
実施の形態17.
実施の形態17に係る診断装置7による転がり軸受の損傷の診断の例を説明する。診断装置7の診断部11は、評価指標統計値を用いて転がり軸受1の損傷を診断する。評価指標統計値は、転動体4が回転軸5の中心軸を中心として周方向に回転移動する際の転動体4の公転周期より長い時間を、固有振動の周期以上に長い時間で複数回に区切られた時間について算出される。評価指標統計値は、当該区切られた複数の時間それぞれの内で算出した複数の評価指標のデータ群を、統計処理することによって求められる。
【0190】
転動体4が回転軸5の中心軸を中心として周方向に公転するように回転移動する際の転動体4の公転周期Toは、式(20)で表される。なお、転動体の公転周期Toは、内輪2および外輪3の相対回転数fと、転動体4の直径dと、転動体4の中心軌跡の直径Dと、転動体4の接触角αを用いて定めることができる。公転周期Toは、外輪3に損傷がある場合の固有振動の周期Trに転動体4の個数Zを乗じた値と同じである。また、転動体4の公転周期Toについて、次のことがわかる。転動体4の公転周期Toは、相対回転数fが大きくなるに従ってこれに反比例して短くなる。転動体4の公転周期Toは、転動体4の中心軌跡の直径Dが大きくなるに従って短くなる。転動体4の公転周期Toは、転動体4の直径dが大きくなるに従って長くなる。転動体4の公転周期Toは、接触角αが大きくなるに従って短くなる。また、内輪2と外輪3との間で、回転軸5の中心軸を中心として公転するように回転移動する複数の転動体4同士の間隔を保ちながら、転動体4と共に回転移動する保持器の回転周期も、式(20)に示す転動体4の公転周期Toとほとんど同じである。
【0191】
保持器および転動体4は、拘束条件によっては転がり軸受1内部の隙間の範囲内で自由に移動する。複数の転動体4同士の間隔が均一でない場合、保持器の中心が回転軸5の中心軸からずれている場合、ならびに、保持器および転動体4の一部に摩耗または傷などの損傷が発生して形状の対称性が失われた場合などにおいて、各転動体4が損傷部100を通過する際に発生する振動は、転動体4の公転周期Toで周期性を有することがある。これは、上記の不均一性、ずれ、もしくは損傷などが発生している保持器の特定の周方向位置において転動体4が損傷部100を通過するとき、または上記の不均一性、ずれ、もしくは損傷などが発生している特定の転動体4が損傷部100を通過するときに、式(7)から式(19)などで用いられる転がり軸受1の形状寸法、質量・荷重、および速度などの値が変化するためである。
【0192】
そこで、転動体4の公転周期Toでの周期的な振動を少なくとも1回は計測するため、転動体4の公転周期Toより長い時間を、転がり軸受1の仕様および内輪2と外輪3の相対回転数で定まる固有振動の周期Tr以上に長い時間で複数回に区切る。この区切られた各時間内で評価指標を算出し、区切られた数だけ得られる複数の評価指標のデータ群を統計処理して求めた評価指標統計値を用いることで、診断装置7は、転がり軸受1の損傷の程度を精度よく診断することができる。
【0193】
評価指標統計値は、例えば、評価指標のデータ群についての平均値、中央値、もしくは実効値、または最大値などである。診断部11は、例えば、評価指標統計値が予め設定された閾値を超えるときに、転がり軸受1に損傷が生じたと診断する。
【0194】
また、例えば、算出部14などによって算出される各回の評価指標の個々の値は、例えば転がり軸受1の損傷とは関連のない突発的な外乱振動などを挙動センサ8が捉えることで、極端に大きい値などを取ることがある。実施の形態17の構成によれば、診断部11は評価指標のデータ群を統計処理した平均値、中央値、または実効値などの評価指標統計値を用いて診断を行うので、診断装置7は、転がり軸受1の損傷とは関連のない突発的な事象の影響を受けずに高精度に診断を行えるようになる。
【0195】
また、例えば、転がり軸受1の損傷が小さい段階において、評価指標が低頻度に大きくなる場合がある。これに対し、診断部11は評価指標のデータ群を統計処理した最大値などの評価指標統計値を用いて診断を行うので、診断装置7は、損傷が小さい段階においても、早期に損傷を診断できるようになる。
【0196】
また、例えば、転がり軸受1の損傷が急速に進行している状態において、評価指標の平均値などが急速に変化する場合があるが、このように急速に状態が変化する予兆として、評価指標の時系列のバラつきが前段階で大きくなることが多い。評価指標のデータ群を統計処理した標準偏差値または分散値など時系列のバラつきを表す評価指標統計値を用いることで、診断装置7は、損傷の進行状態も早期に精度よく診断することができる。
【0197】
実施の形態18.
実施の形態18に係る診断装置7による転がり軸受1の損傷の診断の例を説明する。診断装置7の診断部11は、時間的に連続するように継続して算出された評価指標の周期的な変化に基づいて、転がり軸受1の損傷を診断する。
【0198】
例えば診断部11などによって算出される評価指標の時系列データにおいて、評価指標は、転動体4が損傷部100を通過するタイミングで大きくなり、この周期は転がり軸受1の仕様で定まる固有振動の周期Trと概ね一致する。一方、転動体4が損傷部100を通過する周期は、損傷部100の発生位置、転がり軸受1の寸法、および相対回転数などを用いた式(4)から式(6)などで定まる。このため、評価指標が大きくなる周期または周波数などから、転がり軸受1の寸法および相対回転数に基づいて、診断部11は、損傷部100が転がり軸受1の内輪2、外輪3、または転動体4のいずれの位置に発生しているかを判断することができる。なお、図8では損傷部100が外輪3に発生している例を示しているが、損傷部100が内輪2や転動体4に発生していたとしても、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込む際の運動方程式である式(7)から式(19)は少なくとも相対的には成り立つ。このため、損傷部100が外輪3に発生したときと同様に、診断装置7は、くぼみ形状部101の深さhを計算することができる。
【0199】
内輪2および外輪3の間で公転するように周方向に回転移動する転動体4が、回転軸5からの荷重を受ける周方向の領域を負荷圏、それ以外の領域を非負荷圏とする。このとき、内輪2または転動体4に損傷部100が発生した場合には、損傷部100が負荷圏に位置するタイミングでのみ、転動体4がくぼみ形状部101に沈み込んで評価指標が大きくなる。つまり、内輪2に損傷部が発生している場合は、内輪2と一体となって回転する回転軸の回転数fの逆数である回転周期(1/f)で損傷部100が負荷圏にある時間内において、式(4)で計算できる固有振動の周期Trのタイミングで評価指標は大きくなる。一方、転動体4に損傷部100が発生している場合は、転動体4の公転周期Toで損傷部100が負荷圏にある時間内において、式(4)で計算できる固有振動の周期Trのタイミングで評価指標は大きくなる。このため、診断部11は、評価指標が大きくなる周期から、損傷部100が負荷圏にある時間周期を求め、損傷部100が内輪2、転動体4、または外輪3のいずれの位置に発生しているかを診断することもできる。また、損傷部100が複数の位置に発生している場合であっても、診断部11は、損傷部100が何箇所に発生しているのかを判断できる。さらに、診断部11は、複数の損傷部100がそれぞれ、転がり軸受1の内輪2、外輪3、または転動体4のいずれの位置に発生しているかを判断することができる。
【0200】
また、診断部11は、評価指標が大きくなる周期における当該評価指標に基づいて、損傷部100の大きさを診断してもよい。これにより、診断部11は、外乱振動などのノイズの影響を受けずにくぼみ形状部101の深さ、または損傷部100の大きさを精度よく診断できるようになる。診断部11は、例えば、評価指標の時系列データを周波数分析した周波数分析データについて、スペクトルの強度が大きい周波数帯域から損傷部100の発生位置を診断してもよい。例えば、診断部11は、式(4)から式(6)で定義される周期Trの逆数である特定の周波数帯域のスペクトルの強度を比較することで、次のように損傷部100の発生位置を診断してもよい。診断部11は、スペクトルの強度が大きくなっている周波数帯域が、式(4)から式(6)の周期Trの逆数のうち、式(4)の周期Trの逆数に最も近い場合に、内輪2に損傷部100が発生していると診断する。診断部11は、スペクトルの強度が大きくなっている周波数帯域が、式(4)から式(6)の周期Trの逆数のうち、式(5)の周期Trの逆数に最も近い場合に、外輪3に損傷部100が発生していると診断する。診断部11は、スペクトルの強度が大きくなっている周波数帯域が、式(4)から式(6)の周期Trの逆数のうち、式(6)の周期Trの逆数に最も近い場合に、内輪2に損傷部100が発生していると診断する。
【0201】
また、評価指標は、転動体4が損傷部100を周期的に通過する際に大きくなるタイミングで大きくなる一方で、それ以外のタイミングでは外乱振動などの影響で大きくなることもある。診断部11は、転動体4が損傷部100を通過する特定の周波数帯域のスペクトルの強度でくぼみ形状部101の深さまたは損傷部100の大きさを診断することで、外乱振動などのノイズの影響を抑えた高精度な診断ができる。
【0202】
実施の形態19.
図11は、実施の形態19に係る転がり軸受1の構成図である。
【0203】
実施の形態19において、転がり軸受1の診断装置7は、回転センサ15を備える。
【0204】
回転センサ15は、レーザー、光、マイクロ波、もしくは超音波、または磁気センサなどを利用して、内輪2、外輪3、内輪2もしくは外輪3と一体となった回転軸5、転動体4、または保持器などの回転速度または回転角速度などを直接計測するものであってもよい。回転センサ15は、モータなどの回転機器と一体となったセンサであってもよい。回転機器と一体となった回転センサ15は、例えば、モータの電流値などの出力値を計測し、当該出力値から回転軸5の回転数を算出する。
【0205】
実施の形態19の構成によると、診断装置7は、回転センサ15を用いて相対回転数を計測することで、転がり軸受1の損傷を高精度に診断できる。例えば、回転軸5の回転数が変化しているような場合でも、診断に用いる評価速度を計測した時間区間における内輪2および外輪3の相対回転数を計測すれば、診断装置7は、転がり軸受1の損傷を常に高精度に診断できる。
【0206】
実施の形態20.
図12は、実施の形態20に係る転がり軸受1の構成図である。
【0207】
実施の形態20において、転がり軸受1の診断装置7の制御部9は、算出部14と、記憶部13と、診断部11と、を備える。
【0208】
記憶部13は、情報を記憶する機能を搭載する部分である。記憶部13は、算出された評価指標を蓄積して記憶する。記憶部13は、例えば評価指標の時系列データを記憶する。記憶部13は、評価指標の算出に用いる評価速度の時系列データを記憶してもよい。記憶部13は、評価指標を時系列データとして記憶することで、評価指標の経時的な変化を記憶する。また、記憶部13は、前回算出した評価指標からの変化量を記憶していてもよい。
【0209】
ここで、固有係数、形状、寸法、相対回転数、および回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重などの仕様条件が異なる転がり軸受1が複数設けられた回転機器において、それぞれの転がり軸受1に生じる損傷が同じ大きさであったとしても、使用条件の違いによって評価指標が異なる値になることがある。例えば、転動体4の中心軌跡の直径、相対回転数、または回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重などが大きいほど、同程度の損傷に対しても、評価指標は大きくなる傾向にある。
【0210】
一方で、固有係数、形状、寸法、相対回転数、および回転軸5から転がり軸受1に作用する荷重などの仕様条件が異なる転がり軸受1に対しても、評価指標の経時的な変化率である評価指標の時間微分値は、転がり軸受1の損傷の程度に対して1対1の相関関係にある場合が多い。つまり、これらの仕様条件が異なる転がり軸受1であっても、評価指標の時間微分値が同程度であれば、診断装置7は、同程度の損傷であると診断することができる。あるいは、診断装置7は、評価指標の時間微分値が一定値を超えるときに、転がり軸受1の割れもしくは破壊などの故障、または転がり軸受1の周辺機器の故障など、転がり軸受1または転がり軸受1を有する回転機器全体の機能損失に繋がる予兆としてこれを診断することができる。つまり、診断部11は、記憶部13に記憶された評価指標、または、記憶部13に記憶された情報により算出できる評価指標の時間変化率に基づいて、転がり軸受1または転がり軸受1を有する回転機器全体の機能損失に繋がる損傷に至るまでの時間を算出できる。これにより、診断部11は、機能損失に繋がる損傷を未然に防ぐための転がり軸受1の適正な保守点検時期、および交換時期を算出することもできる。このように、診断装置7は、転がり軸受1、転がり軸受1の周辺機器、および転がり軸受1が設けられた回転機器全体のメンテナンスの省力化および長期安定運用に貢献できる。
【0211】
実施の形態21.
転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、複数の転動体4と、回転軸5と、診断装置7と、を備える。
【0212】
一般に、転がり軸受は、回転機器において最も大きな負荷がかかり、最初に壊れやすい部分である。転がり軸受に損傷が発生すると、当該損傷周辺の応力が大きくなることで加速度的に損傷が大きくなる場合がある。損傷が大きくなると、回転軸を含めた回転機器全体の挙動が不安定となり、転がり軸受の周辺機器および回転軸、ギアおよびカップリング、固定子、ハウジング、ならびにフレームなどの損傷に繋がりうる。
【0213】
これに対し、転がり軸受1は、備え付けられた診断装置7によって転がり軸受1および転がり軸受1が設けられた回転機器の損傷の程度や損傷の大きさを高精度に診断できる。これにより、転がり軸受1自体のみならず、転がり軸受1の周辺機器および転がり軸受1が設けられた回転機器全体の故障を未然に防ぐことが可能になる。
【0214】
図13は、実施の形態1から21のいずれかに係る診断装置の制御部のハードウェア構成の例を示す図である。
【0215】
制御部9の機能は、図13に示される制御回路200、すなわちプロセッサ201およびメモリ202により実現することができる。プロセッサ201の例は、CPU(中央処理装置、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、プロセッサ、DSP(Digital Signal Processor)ともいう)またはシステムLSI(Large Scale Integration)などである。メモリ202の例は、RAM(Random Access Memory)またはROM(Read Only Memory)などである。
【0216】
制御部9の機能は、制御部9に処理を実行させるプログラムである制御プログラムを、当該制御プログラムを記憶するメモリ202からプロセッサ201が読み出して実行することによって実現される。また、この制御プログラムは、制御部9における診断装置7の制御方法をコンピュータに実行させるものであるともいえる。制御部9で実行される制御プログラムは、例えば、挙動センサ8または回転センサ15から取得した信号などを基に評価速度、固有係数、評価指標、または評価指標統計値などを算出する処理、加速度オーバーオール値を算出する処理、損傷有無を判定する処理、ならびに損傷状態を診断する処理などの種々の処理をモジュール化したモジュール構成となっている。これらのモジュールは、主記憶装置上にロードされ、主記憶装置上に生成される。
【0217】
メモリ202は、プロセッサ201が各種処理を実行する際の一時メモリに使用される。また、実施の形態7および20などにおいて、メモリ202は、評価速度または評価振動などの評価指標を時系列データとして記憶する記憶部13として使用される。
【0218】
プロセッサ201が実行する制御プログラムは、インストール可能な形式または実行可能な形式のファイルで、コンピュータが読み取り可能な記憶媒体に記憶されてコンピュータプログラムプロダクトとして提供されてもよい。また、プロセッサ201が実行する制御プログラムは、インターネットなどのネットワーク経由で診断装置7の制御部9に提供されてもよい。
【0219】
また、制御部9は、専用のハードウェアで実現されてもよい。また、制御部9の機能について、一部を専用のハードウェアで実現し、他の一部をソフトウェアまたはファームウェアで実現するように構成してもよい。
【0220】
実施の形態22.
図14は、実施の形態22に係るエレベーター用の巻上機300の構成図である。
【0221】
本実施の形態において、エレベーター用の巻上機300は、転がり軸受1と、回転軸5と、綱車301と、電動機302を備える。
【0222】
綱車301は、エレベーターのかごを動かすロープをかけて動かすことができる。電動機302は、例えば2個の転がり軸受1で支えられる回転軸5を回転駆動させて綱車301を回転させることで、ロープを巻き上げながらエレベーターのかごを移動させることができる。
【0223】
一般に、エレベーターの駆動部品において、大きな負荷と摩擦が生じる巻上機300の転がり軸受1が故障しやすい。本実施の形態の構成によれば、エレベーター用の巻上機300の転がり軸受1の損傷が精度よく診断され、転がり軸受1の予防保全を行うことができる。加えて、転がり軸受1の損傷を起因として副次的に損傷する、電動機302および綱車301などの巻上機300の周辺機器ならびに巻上機300の予防保全を行うこともできる。
【0224】
上記の実施の形態1から22のいずれかに係る転がり軸受1について、内輪2が回転軸5と一体になって回転する構成を例示して説明したが、内輪2がハウジング6に保持および固定される構成であってもよい。また、外輪3がハウジング6に保持および固定された構成を例示して説明したが、外輪3はその外側に設けられた回転軸5と一体になって回転する構成であってもよい。
【0225】
上記の実施の形態1から22のいずれかに係る転がり軸受1について、転動体4の個数および配置は、図1または図7などに例示される個数および配置に限定されない。
【0226】
上記の実施の形態1から22のいずれかに係る転がり軸受1または診断装置7について、損傷部100の個数が1個である状態を例として説明したが、損傷部100の個数は2個以上であってもよい。また、損傷部100が外輪3に生じた場合を例として説明したが、損傷部100は内輪2または転動体4に生じるものであってもよい。また、損傷部100は、複数の位置に生じるものであってもよい。
【0227】
上記の実施の形態1から22のいずれかに係る転がり軸受1または診断装置7について、挙動センサ8の個数が1個である構成を例として説明したが、挙動センサ8の個数は2個以上であってもよい。また、挙動センサ8の位置および形状について、以上において説明した例に限定されない。
【0228】
上記の実施の形態1から22のいずれかに係る診断装置7は、グリースなどの潤滑剤が供給されている転がり軸受1、グリースなどの潤滑剤が供給されていない転がり軸受1、回転運転中の転がり軸受1、および回転停止中の転がり軸受1のいずれに対しても適用できる。
【0229】
なお、本明細書において、「軸方向」、「径方向」、「周方向」、「回転方向」、「荷重方向」、および「反荷重方向」などの方向を表す表現は、厳密にそのような方向を含むだけでなく、実質的に同じ機能が得られる方向も含むものである。また、本明細書において、「備える」、「設ける」、「含む」、および「有する」という表現は、他の構成要素の存在を除外する排他的な表現を意味するものではない。
【0230】
本開示には、様々な例示的な実施の形態および実施例が記載されているが、1つまたは複数の実施の形態に記載された様々な特徴、態様および機能は特定の実施の形態の適用に限られるのではなく、単独でまたは様々な組み合わせで実施の形態に適用可能である。従って、例示されていない無数の変形例が、本開示の技術の範囲内において想定される。一例では、少なくとも1つの構成要素を変形する場合、追加する場合または省略する場合、さらには、少なくとも1つの構成要素を抽出し、他の実施の形態の構成要素と組み合わせる場合が含まれるものとする。また、以上の実施の形態に示した構成は、別の公知の技術と組み合わせることも可能である。つまり、以上の実施の形態に示した構成は、要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0231】
本開示に係る診断装置は、転がり軸受に適用できる。本開示に係る転がり軸受は、回転機器に適用できる。
【符号の説明】
【0232】
1 転がり軸受、 2 内輪、 3 外輪、 4、4a、4b 転動体、 5 回転軸、 6 ハウジング、 7 診断装置、 8 挙動センサ、 9 制御部、 10 第1算出部、 11 診断部、 12 第2算出部、 13 記憶部、 14 算出部、 15 回転センサ、 100 損傷部、 101 くぼみ形状部、 102 損傷角部、 200 制御回路、 201 プロセッサ、 202 メモリ、 300 巻上機、 301 綱車、 302 電動機
【要約】
損傷の程度を高精度に診断できるエレベーター用の巻上機、転がり軸受、および転がり軸受の診断装置を提供する。診断装置(7)は、挙動センサ(8)と、算出部(14)と、診断部(11)と、を備える。挙動センサ(8)は、転がり軸受(1)の内輪(2)、外輪(3)、または、内輪(2)もしくは外輪(3)を保持するハウジング(6)に設けられる。挙動センサ(8)は、転がり軸受の挙動を計測する。算出部(14)は、挙動センサ(8)が取得する情報に基づいて、評価速度を算出する。評価速度は、転がり軸受(1)の仕様と、内輪(2)および外輪(3)の相対回転数とで定まる固有振動の周期より長い時間内における、回転軸(5)からの荷重が作用する向きの最大速度成分である。診断部(11)は、算出部(14)が算出した評価速度と内輪(2)および外輪(3)の相対回転数とに基づく評価指標を用いて、転がり軸受(1)の損傷を診断する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14