(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】心筋細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20241112BHJP
C12N 9/99 20060101ALN20241112BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N9/99
(21)【出願番号】P 2019569055
(86)(22)【出願日】2019-01-24
(86)【国際出願番号】 JP2019002193
(87)【国際公開番号】W WO2019151097
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-08-20
【審判番号】
【審判請求日】2023-02-20
(31)【優先権主張番号】P 2018013301
(32)【優先日】2018-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598072179
【氏名又は名称】株式会社片岡製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110004233
【氏名又は名称】弁理士法人NSI国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100104802
【氏名又は名称】清水 尚人
(72)【発明者】
【氏名】戴 平
(72)【発明者】
【氏名】武田 行正
(72)【発明者】
【氏名】原田 義規
(72)【発明者】
【氏名】松本 潤一
(72)【発明者】
【氏名】草鹿 あゆみ
【合議体】
【審判長】加々美 一恵
【審判官】深草 亜子
【審判官】荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0186141(US,A1)
【文献】特開2017-104091(JP,A)
【文献】Science,2016,Vol.352,Issue6290,pp.1216-1220
【文献】Cell Res.,2015,Vol.25,No.9,pp.1013-1024
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
CAPlus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維芽細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、MEK阻害剤としてのPD0325901又はTrametinib及びcAMP誘導剤としてのフォルスコリンの2種、
並びにPDE4阻害剤としてのロリプラム及びGRアゴニストとしてのデキサメタゾンの少なくとも1種の存在下で出発材料としての線維芽細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、心筋細胞の製造方法。
【請求項2】
前記工程が、さらにTGF-β阻害剤としてのレプソックスの存在下で線維芽細胞を培養する工程である、請求項1に記載の心筋細胞の製造方法。
【請求項3】
前記工程が、さらにERK阻害剤としてのGDC-0994の存在下で線維芽細胞を培養する工程である、請求項1又は2に記載の心筋細胞の製造方法。
【請求項4】
前記工程が、さらにRARアゴニスト又はRXRアゴニストとしてのTTNPB若しくはレチノイン酸、及びPDK1活性化剤としてのPS48からなる群から選択される少なくとも1種の存在下で線維芽細胞を培養する工程である、請求項1~3のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
【請求項5】
線維芽細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、cAMP誘導剤としてのフォルスコリン、TGF-β阻害剤としてのレプソックス、PDE4阻害剤としてのロリプラム、GRアゴニストとしてのデキサメタゾン、及びERK阻害剤としてのGDC-0994の存在下で出発材料としての線維芽細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、心筋細胞の製造方法。
【請求項6】
線維芽細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、MEK阻害剤としてのPD0325901又はTrametinib及びcAMP誘導剤としてのフォルスコリンの2種、
並びにPDE4阻害剤としてのロリプラム及びGRアゴニストとしてのデキサメタゾンの少なくとも1種を含むことを特徴とする、線維芽細胞から心筋細胞を製造するための組成物。
【請求項7】
さらにTGF-β阻害剤としてのレプソックスを含む、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
さらにERK阻害剤としてのGDC-0994を含む、請求項6又は7に記載の組成物。
【請求項9】
さらにRARアゴニスト又はRXRアゴニストとしてのTTNPB若しくはレチノイン酸、及びPDK1活性化剤としてのPS48からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項6~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
線維芽細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、cAMP誘導剤としてのフォルスコリン、TGF-β阻害剤としてのレプソックス、PDE4阻害剤としてのロリプラム、GRアゴニストとしてのデキサメタゾン、及びERK阻害剤としてのGDC-0994を含むことを特徴とする、線維芽細胞から心筋細胞を製造するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
この出願は、2018年1月30日に出願された日本国出願番号第2018-13301号を基礎とする優先権を主張し、その開示内容は全て本明細書の一部に組み込まれる。
【0002】
本発明は、再生医療、ないし体細胞からのダイレクトリプログラミング(Direct Reprogramming)の技術分野に属する。本発明は、その技術分野において、低分子化合物により体細胞から心筋細胞を直接製造する方法、及びかかる製造方法によって製造される低分子化合物誘導性心筋細胞(ciCMs:chemical compound induced-Cardiomyocytes)に関するものである。本発明はさらに、当該心筋細胞、及び当該心筋細胞を製造する方法のために使用することができる組成物に関するものである。
【背景技術】
【0003】
近年の細胞関連研究の発展、特に多能性細胞に関する研究の発展により、治療用細胞を個体への移植に利用可能な品質及び量において入手することが可能になりつつある。幾つかの疾患については、治療に有効な細胞を患者に移植する試みが開始されている。
【0004】
間葉系の細胞は、筋肉、骨、軟骨、骨髄、脂肪及び結合組織等の生体の各種器官を形成しており、再生医療の材料として有望である。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)は、骨髄、脂肪組織、血液、胎盤及び臍帯等の組織に存在する未分化細胞である。間葉系に属す細胞への分化能を有しているため、間葉系幹細胞は、それらの細胞を製造する際の出発材料として注目されている。また、間葉系幹細胞自体を骨、軟骨、心筋等の再構築に利用する再生医療も検討されている。
【0005】
一方、線維芽細胞のような体細胞を直接他の細胞に転換する方法も報告されている。例えば、線維芽細胞を化学物質と共に培養することにより神経細胞を得ることが知られている(非特許文献1)。
心筋細胞についても、マウス胎児線維芽細胞からGSK3阻害剤(CHIR99021)などを含む一定の化学物質と共に培養することにより直接誘導されることが知られている(非特許文献2)。同様にして、ヒト包皮線維芽細胞(HFF)又は胎児肺線維芽細胞(HLF)から直接誘導されることが知られている(非特許文献3)。
【0006】
また、特許文献1には、WNTアゴニスト、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK1)、Ras GTPase活性タンパク質阻害剤(Ras-GAP)、Oct-4活性化剤、Rho関連コイルドコイル形成タンパク質セリン/スレオニンキナーゼ阻害剤、鉄キレーター、KDM5B阻害剤、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤、及びPDGFチロシンキナーゼ阻害剤の中から少なくとも5つを含む組成物により、ヒト線維芽細胞から心筋細胞を直接誘導する発明が記載されている。特許文献2には、ALK6阻害剤及びAMPK阻害剤からなる群から選択される少なくとも一つの阻害剤の存在下で、かつcAMP活性化剤、ALK5阻害剤(TGF-β阻害剤)及びERK阻害剤の存在下で体細胞を培養することにより、ヒト線維芽細胞から心筋細胞を直接誘導する発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許出願公開第2016/0186141号公報
【文献】国際公開第2018/062269号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition,2015年,56巻,3号,166-170頁
【文献】Cell Research,2015年,25巻,1013-1024頁
【文献】Science,2016年,352巻,1216-1220頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1に記載されている方法のように、遺伝子導入を行うことなく体細胞から所望の細胞への転換を直接行う方法は、治療用細胞を取得する手段として有効な選択肢となる場合がある。心筋細胞についても、上記の通り、実際に、一定の化学物質と共に培養することにより直接誘導されているが、非特許文献2に記載の発明では、マウス線維芽細胞からの直接誘導であって、ヒト線維芽細胞からの直接誘導ではない。また、非特許文献3に記載の発明では、ヒト線維芽細胞から心筋細胞が直接誘導されているが、これにはES細胞から分化させた心筋細胞の上清が必須である。特許文献1や2に記載の発明については、ヒト線維芽細胞から心筋細胞が直接誘導されている。
【0010】
本発明は、人為的な遺伝子導入を行うことなく、また特許文献1や2に記載の発明とは異なる低分子化合物の組み合わせにより体細胞から心筋細胞を直接誘導する方法、即ち、一定の低分子化合物の組成物により体細胞から心筋細胞を直接製造することができる新たな製造方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討した結果、一定の低分子阻害剤等の存在下で体細胞を培養することによって、体細胞を心筋細胞に直接転換できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0012】
本発明として、例えば、下記のものを挙げることができる。
[1]体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、MEK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、心筋細胞の製造方法。
[2]前記工程が、さらにcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]に記載の心筋細胞の製造方法。
[3]前記工程が、さらにTGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニストからなる群から選択される少なくとも1種の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]又は[2]に記載の心筋細胞の製造方法。
[4]前記工程が、さらにERK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[3]に記載の心筋細胞の製造方法。
[5]前記工程が、次の(1)~(6)のいずれかの組み合わせ存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
(1)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びTGF-β阻害剤、
(2)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びPDE4阻害剤、
(3)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びGRアゴニスト、
(4)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(5)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(6)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤。
[6]前記工程が、さらにRARアゴニスト、RXRアゴニスト、及びPDK1活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[7]MEK阻害剤がPD0325901である、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[8]cAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[2]~[7]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[9]TGF-β阻害剤がレプソックス、PDE4阻害剤がロリプラム、又はGRアゴニストがデキサメタゾンである、上記[3]~[8]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[10]ERK阻害剤がGDC-0994である、上記[4]~[9]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[11]体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、心筋細胞の製造方法。
[12]cAMP誘導剤がフォルスコリン、TGF-β阻害剤がレプソックス、PDE4阻害剤がロリプラム、GRアゴニストがデキサメタゾン、又はERK阻害剤がGDC-0994である、上記[11]に記載の心筋細胞の製造方法。
[13]前記体細胞が線維芽細胞である、上記[1]~[12]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法。
[14]上記[1]~[13]のいずれか一項に記載の心筋細胞の製造方法から製造される、心筋細胞。
【0013】
[15]体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、MEK阻害剤を含むことを特徴とする、体細胞から心筋細胞を製造するための組成物。
[16]さらにcAMP誘導剤を含む、上記[15]に記載の組成物。
[17]さらにTGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニストからなる群から選択される少なくとも1種を含む、上記[15]又は[16]に記載の組成物。
[18]さらにERK阻害剤を含む、上記[17]に記載の組成物。
[19]次の(1)~(6)のいずれかの組み合わせを含む、上記[15]~[18]のいずれか一項に記載の組成物。
(1)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びTGF-β阻害剤、
(2)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びPDE4阻害剤、
(3)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びGRアゴニスト、
(4)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(5)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(6)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤。
[20]さらにRARアゴニスト、RXRアゴニスト、及びPDK1活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種を含む、上記[15]~[19]のいずれか一項に記載の組成物。
[21]MEK阻害剤がPD0325901である、上記[15]~[20]のいずれか一項に記載の組成物。
[22]cAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[16]~[21]のいずれか一項に記載の組成物。
[23]TGF-β阻害剤がレプソックス、PDE4阻害剤がロリプラム、又はGRアゴニストがデキサメタゾンである、上記[17]~[22]のいずれか一項に記載の組成物。
[24]ERK阻害剤がGDC-0994である、上記[18]~[23]のいずれか一項に記載の組成物。
[25]体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤を含むことを特徴とする、体細胞から心筋細胞を製造するための組成物。
[26]cAMP誘導剤がフォルスコリン、TGF-β阻害剤がレプソックス、PDE4阻害剤がロリプラム、GRアゴニストがデキサメタゾン、又はERK阻害剤がGDC-0994である、上記[25]に記載の組成物。
[27]前記体細胞が線維芽細胞である、上記[15]~[26]のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、遺伝子導入を行うことなく、体細胞から自発的に拍動する心筋細胞を製造することができる。本発明により得られた心筋細胞は、再生医療などにおいて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】細胞の培養写真である。各写真において、左側は培養7日目の結果を、右側は培養開始後10日目の結果を、それぞれ示す。
【
図2】細胞の培養写真である。各写真において、左側は培養7日目の結果を、右側は培養10日目の結果を、それぞれ示す。
【
図3】細胞の培養写真である。各写真において、左側は培養7日目の結果を、右側は培養10日目の結果を、それぞれ示す。
【
図4】細胞の培養写真である。各写真において、左側は培養7日目の結果を、右側は培養13日目の結果を、それぞれ示す。
【
図5】細胞の培養写真である。各写真において、左側は培養7日目の結果を、右側は培養13日目の結果を、それぞれ示す。
【
図6】細胞の培養写真である。上2つは実施例7についての別々の箇所における培養13日目の結果を、下2つは実施例Aについての別々の箇所における培養17日目の結果を、それぞれ示す。
【
図7】mRNAの相対的発現量を表す。左図は、各組み合わせ阻害剤等による心筋前駆細胞特異的遺伝子Tbx1の発現量を、右図は、各組み合わせ阻害剤等による心筋細胞特異的遺伝子Tnnt2の発現量を、それぞれ表す。各図において、縦軸は内部標準遺伝子量(Tbp)に対する当該mRNA量の相対値を示す。
【
図8】mRNAの相対的発現量を表す。左図は、各組み合わせ阻害剤等による心筋前駆細胞特異的遺伝子の発現量を、右図は、各組み合わせ阻害剤等による心筋特異的遺伝子の発現量を、それぞれ表す。各図において、縦軸は内部標準遺伝子量(Tbp)に対する当該mRNA量の相対値を示す。
【
図9】左は、Alpha Actinin/DAPIで細胞を染色した免疫染色写真である。右は、左写真に明視野の画像を重ね合わせた免疫染色写真である。
【
図10】細胞の培養写真である。上段3つの写真は培養13日目の結果を、下段3つの写真は培養19日目の結果を、それぞれ示す。
【
図11】細胞の培養写真である。上段4つの写真は培養7日目の結果を、下段4つの写真は培養12日目の結果を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
1 心筋細胞の製造方法
本発明に係る、心筋細胞の製造方法(以下、「本発明製法」という。)は、体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、MEK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする。
【0018】
好ましくは、上記工程が、さらにcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法を挙げることができる。より好ましくは、上記工程が、さらにTGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニストからなる群から選択される少なくとも1種の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法を挙げることができる。また、更に好ましくは、上記工程が、さらにERK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法を挙げることができる。特に好ましくは、上記工程が、次の(1)~(6)のいずれかの組み合わせ存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法である。
(1)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びTGF-β阻害剤、
(2)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びPDE4阻害剤、
(3)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びGRアゴニスト、
(4)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(5)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(6)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤。
また、本発明として、体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造する方法であって、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、心筋細胞の製造方法も挙げることができる。以下、かかる製造方法も含めて本発明製法という。
【0019】
本発明製法は、上記工程において、さらにRARアゴニスト、RXRアゴニスト、及びPDK1活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種の存在下で体細胞を培養することができる。
本発明製法においては、少なくとも上記いずれかの組み合わせの存在下で体細胞を培養すればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を存在させて体細胞を培養し心筋細胞を製造することができる。
上記阻害剤や誘導剤等は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等が存在しているとみなすことができる。
【0020】
1.1 体細胞について
生物の細胞は、体細胞と生殖細胞とに分類できる。本発明製法には、その出発材料として任意の体細胞を使用することができる。体細胞には特に限定はなく、生体から採取された初代細胞、又は株化された細胞の何れでもよい。本発明製法では、分化の種々の段階にある体細胞、例えば、最終分化した体細胞(例、線維芽細胞、臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、肝細胞(Hepatocytes)、胆管細胞(Biliary cells)、膵α細胞(Pancreatic α cells)、膵腺房細胞(Acinar cells)、膵管腺細胞(Ductal cells)、小腸腺窩細胞(Intestinal crypt cells)など)、最終分化への途上にある体細胞(例、間葉系幹細胞、神経幹細胞、内胚葉前駆細胞など)、又は初期化され多能性を獲得した体細胞を使用することができる。本発明製法に使用できる体細胞としては、任意の体細胞、例えば、造血系の細胞(各種のリンパ球、マクロファージ、樹状細胞、骨髄細胞等)、臓器由来の細胞(肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、肺細胞等)、筋組織系の細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、心筋細胞等)、線維芽細胞、神経細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、内皮細胞、間質細胞、脂肪細胞(褐色脂肪細胞、白色脂肪細胞等)等が挙げられる。また、これらの細胞の前駆細胞、癌細胞にも本発明製法を適用できる。好ましくは、線維芽細胞を使用することができる。
【0021】
上記の体細胞の供給源としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、これらに限定されるものではない。体細胞の供給源としては、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物が好ましく、ヒトが特に好ましい。ヒトへの投与を目的として本発明製法により心筋細胞を製造する場合、好ましくは、レシピエントと組織適合性抗原のタイプが一致又は類似したドナーより採取された体細胞を使用することができる。レシピエント自身より採取された体細胞を心筋細胞の製造に供してもよい。
【0022】
1.2 本発明に係る阻害剤等について
1.2.1 MEK阻害剤
MEK(MAPK/ERKキナーゼ)は、EGF(上皮増殖因子)などの増殖因子によって活性化されるMAPKシグナル伝達経路に属するリン酸化酵素であり、哺乳類では2つの遺伝子によってコードされるMEK1とMEK2が存在する。MEKは、上流のRAFによってリン酸化され、これによって活性化されたMEKはERKをリン酸化することでさらに下流へシグナルを伝達させる。MEK阻害剤によってERKのリン酸化が阻害されることで、MEKを介したMAPKシグナル伝達経路が阻害される。
【0023】
「MEK阻害剤の存在下」とは、MEK、好ましくはMEK1ないしMEK2を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、MEKの活性を阻害する物質、例えば、抗MEK抗体やMEK阻害剤のようなMEKシグナル阻害手段を利用することができる。また、MEKの活性化に関わるタンパク質、例えば、MAPKシグナル伝達経路のMEKより上流に位置するEGFR等の細胞膜受容体、低分子GTP結合タンパク質RAS、リン酸化酵素RAF等を阻害する手段もMEK阻害に利用することができる。
【0024】
本発明では特に限定されないが、MEK阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、PD0325901、Trametinibを使用することができる。
【0025】
PD0325901(CAS No.:391210-10-9)
【0026】
【0027】
Trametinib(CAS No.:871700-17-3)
【化2】
【0028】
U0126-EtOH(CAS No.:1173097-76-1)
TAK-733(CAS No.:1035555-63-5)
BI-847325(CAS No.:1207293-36-4)
Honokiol(CAS No.:35354-74-6)
Myricetin(CAS No.:529-44-2)
AS703026(CAS No.:1236699-92-5)
AZD8330(CAS No.:869357-68-6)
CI-1040(CAS No.:212631-79-3)
Cobimetirlib(CAS No.:934660-93-2)
GDC-0623(CAS No.:1168091-68-6)
MEK162(CAS No.:606143-89-9)
PD318088(CAS No.:391210-00-7)
PD98059(CAS No.:167869-21-8)
Refametinib(CAS No.:923032-37-5)
Selumetinib(CAS No.:606143-52-6)
SL327(CAS No.:305350-87-2)
【0029】
MEK阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~5μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0030】
1.2.2 cAMP誘導剤
cAMP(環状アデノシン1リン酸)は、セカンドメッセンジャーとして種々の細胞内シグナル伝達に関わっている物質である。cAMPは、細胞内ではアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)によりアデノシン3リン酸(ATP)が環状化されることで生成する。
【0031】
「cAMP誘導剤の存在下」とは、cAMPを誘導することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、例えば、細胞内cAMP濃度を増加させることができる任意の手段を利用することができる。cAMPの生成に関わる酵素であるアデニル酸シクラーゼに直接作用して誘導することができる物質、アデニル酸シクラーゼの発現を促進しうる物質の他、cAMPを分解する酵素であるホスホジエステラーゼを阻害する物質等を、細胞内cAMP濃度を増加させる手段として使用することができる。細胞内でcAMPと同じ作用を持つcAMPの構造類似体であるジブチリルcAMP(dibutyryl cAMP)や8-bromo-cAMP等の膜透過性cAMPアナログを使用することもできる。
【0032】
本発明では特に限定されないが、cAMP誘導剤(アデニル酸シクラーゼ活性化剤)としては、例えば、フォルスコリン(forskolin:CAS No.:66575-29-9)、及びフォルスコリン誘導体(例えば特開2002-348243号公報)や以下の化合物などが挙げられる。好ましくは、フォルスコリンを使用することができる。
【0033】
フォルスコリン(CAS No.:66428-89-5)
【0034】
【0035】
イソプロテレノール(CAS No.:7683-59-2)
NKH477(CAS No.:138605-00-2)
PACAP1-27(CAS No.:127317-03-7)
PACAP1-38(CAS No.:137061-48-4)
【0036】
cAMP誘導剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.2μmol/L~50μmol/L、好ましくは1μmol/L~30μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0037】
1.2.3 TGF-β阻害剤
TGF-β(transforming growth factor-β、形質転換増殖因子β)には、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3の3種類が存在し、ほぼ全ての細胞から生産されている。TGF-βは、上皮細胞をはじめ、多くの細胞の増殖を抑制するなど細胞増殖、形質転換、分化、発生、アポトーシスの制御等の多種多様な細胞機能に関与している。
【0038】
「TGF-β阻害剤の存在下」とは、TGF-βを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、TGF-βを阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、TGF-βに直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗TGF-β抗体やその他の薬剤)、TGF-β自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、TGF-βが関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもTGF-βを阻害することができる。
【0039】
本発明では特に限定されないが、TGF-β阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、レプソックスを使用することができる。
【0040】
A83-01(CAS No.:909910-43-6)
【0041】
【0042】
レプソックス(CAS No.:446859-33-2)
【0043】
【0044】
SB431542(CAS No.:301836-41-9)
【0045】
【0046】
LY364947(CAS No.:396129-53-6)
SB525334(CAS No.:356559-20-1)
SD208(CAS No.:627536-09-8)
Galunisertib(LY2157299)(CAS No.:700874-72-2)
LY2109761(CAS No.:700874-71-1)
SB505124(CAS No.:694433-59-5)
GW788388(CAS No.:452342-67-5)
EW-7197(CAS No.:1352608-82-2)
【0047】
TGF-β阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~30μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0048】
1.2.4 PDE4阻害剤
PDE4(Phosphodiesterase-4)は、ホスホジエステラーゼスーパーファミリーの一つである。ホスホジエステラーゼは、リン酸ジエステル結合を加水分解する酵素であり、特にPDE4は、シグナル伝達経路のセカンドメッセンジャーであるcAMPの環状リン酸ジエステル結合を加水分解し、その細胞内濃度の調節に重要な役割を担っている。PDE4は、免疫細胞や脳・神経細胞などに存在する。
【0049】
「PDE4阻害剤の存在下」とは、PDE4を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、PDE4を阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、PDE4に直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗PDE4抗体やその他の薬剤)、PDE4自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、PDE4が関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもPDE4を阻害することができる。
【0050】
本発明では特に限定されないが、PDE4阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、ロリプラムやその光学異性体(例えば、R(-)体、S(+)体)を使用することができる。
【0051】
ロリプラム(CAS No.:61413-54-5)
【0052】
【0053】
Roflumilast(CAS No.:162401-32-3)
Cilomilast(CAS No.:153259-65-5)
GSK256066(CAS No.:801312-28-7)
Apremilast(CC-10004)(CAS No.:608141-41-9)
【0054】
PDE4阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~20μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0055】
1.2.5 GRアゴニスト
GR(Glucocorticoid Receptor、グルココルチコイド受容体)は、核内受容体スーパーファミリーに属し、ステロイドホルモンであるグルココルチコイドと結合してその転写活性を調節する転写因子として働く。GRは広くヒトの全身に発現しており、その機能的な重要性から、デキサメタゾンなどの合成アゴニストが多数開発されている。
【0056】
「GRアゴニストの存在下」とは、GRを作動することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、GRを作動することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、GRに直接作用してその機能を作動する物質、GR自体の発現を促進する薬剤等を利用することができる。また、GRと相互作用する転写因子あるいは転写共役因子、またこれらの発現や翻訳後修飾などを調節することによってもGRの機能を制御することができる。
【0057】
本発明では特に限定されないが、GRアゴニストとしては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、デキサメタゾンを使用することができる。
【0058】
デキサメタゾン、ベタメタゾン、プレドニゾロン、プレドニゾン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、ベクロメタゾン、ブデソニド、ヒドロコルチゾン、酢酸コルチゾン、GSK9027、フルチカゾン、モメタゾン等のステロイド化合物。
選択的グルココルチコイド受容体修飾物質あるいは選択的グルココルチコイド受容体アゴニストに分類される非ステロイド化合物。
【0059】
GRアゴニストの濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.01μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.05μmol/L~2μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0060】
1.2.6 RARアゴニスト、RXRアゴニスト
RAR(Retinoic acid receptor、レチノイン酸受容体)は、核内受容体スーパーファミリーに属し、レチノイン酸をリガンドとしその転写活性が活性化される。RARは、生体内で様々な機能を有しており、特に細胞の分化に密接に関わっていることから、人工の合成アゴニストが多数開発されている。
RXR(retinoid X receptor、レチノイドX受容体)は、核内受容体スーパーファミリーに属し、RARと同様にレチノイン酸などをリガンドとしその転写活性が調節される。RXRは、RARをはじめとする様々な核内受容体とヘテロダイマーを形成し、特定の塩基配列への結合や転写共役因子のリクルートなどを介して、パートナーとなる核内受容体の転写活性を複雑に調節している。
【0061】
「RARアゴニストないしRXRアゴニストの存在下」とは、RARないしRXRを作動することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、RARないしRXRを作動することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、RARないしRXRに直接作用してその機能を作動する物質、RARないしRXR自体の発現を促進する薬剤等を利用することができる。また、RARないしRXRと相互作用する転写因子あるいは転写共役因子、またこれらの発現および翻訳後修飾などを調節することによってもRARないしRXRの機能を制御することができる。
【0062】
本発明では特に限定されないが、RARアゴニストないしRXRアゴニストとしては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、TTNPB、レチノイン酸、CH55、AM580を使用することができる。
【0063】
TTNPB(アロチノイド酸、CAS No.:71441-28-6)
【0064】
【0065】
レチノイン酸(CAS No.:302-79-4)
Tretinoin(CAS No.:302-79-4)
Adapalene(CAS No.:106685-40-9)
Bexarotene(CAS No.:153559-49-0)
Tazarotene(CAS No.:118292-40-3)
Tamibarotene(CAS No.:94497-51-5)
CH55(CAS No.:110368-33-7)
AM580(CAS No.:102121-60-8)
【0066】
RARアゴニストないしRXRアゴニストの濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.05μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~5μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0067】
1.2.7 PDK1活性化剤
PDK1(phosphoinositide-dependent protein kinase-1、ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ1)は、AKTをリン酸化し活性化するリン酸化酵素であり、イノシトールリン脂質を介したシグナル伝達経路の中心として機能している。このPDK1/AKTシグナル経路は、細胞の生存、増殖、糖および脂質代謝などに極めて重要な役割を果たしている。PDK1活性化剤であるPS48は、PDK1に直接結合しAKTをリン酸化させ、このシグナル経路を活性化する。
【0068】
「PDK1活性化剤の存在下」とは、PDK1を活性化することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、例えば、細胞内PDK1濃度を増加させることができる任意の手段を利用することができる。また、PDK1はチロシンキナーゼ受容体、サイトカイン受容体、Gタンパク質共役型受容体をはじめとする様々な受容体を介して、ホスホイノシチド3キナーゼ(PI3K)が活性化されることにより生産されるホスファチジルイノシトール3リン酸によって活性化されるため、これらの受容体を活性化させる物質、あるいは、ホスファチジルイノシトール3リン酸の生産を誘導する他の刺激もPDK1を活性化させる手段となりうる。
【0069】
本発明では特に限定されないが、PDK1活性化剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、PS48を使用することができる。
【0070】
PS48((2Z)-5-(4-Chlorophenyl)-3-phenyl-2-pentenoic acid、CAS No.:1180676-32-7)
OSU-03012(AR-12)(CAS No.:742112-33-0)
BX795(CAS No.:702675-74-9)
BX912(CAS No.:702674-56-4)
PHT-427(CAS No.:1191951-57-1)
【0071】
PDK1活性化剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.5μmol/L~30μmol/L、好ましくは1μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0072】
1.2.8 ERK阻害剤について
ERK(Extracellular Signal-regulated Kinase、細胞外シグナル調節キナーゼ)は、EGF(上皮増殖因子)、血清刺激又は酸化ストレスなどによって活性化されるMAPKのサブファミリーで、ERKはその関わるシグナル伝達経路の違いからERK1/2、ERK5、ERK7、ERK8に分けられる。上皮増殖因子受容体(EGFR)などのチロシンキナーゼ受容体にリガンドが結合することでシグナルが流れた結果、ERKの活性化ループに存在するTEYモチーフがリン酸化されて活性化する。
【0073】
「ERK阻害剤の存在下」とは、ERKを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、ERKの活性を阻害する物質、例えば、抗ERK抗体やERK阻害剤のようなERKシグナル阻害手段を利用することができる。また、ERKの活性化に関わる酵素、例えば、ERKキナーゼやERKキナーゼキナーゼ等を阻害する手段もERK阻害に利用することができる。
【0074】
本発明では特に限定されないが、ERK阻害剤としては、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、GDC-0994(Ravoxertinib)を使用することができる。
【0075】
GDC-0994(CAS No.:1453848-26-4)
【0076】
【0077】
SCH772984(CAS No.:942183-80-4)
MK-8353(SCH900353)(CAS No.:1184173-73-6)
Magnolin(CAS No.:31008-18-1)
LY3214996(CAS No.:1951483-29-6)
FR 180204(CAS No.:865362-74-9)
AZD0364(CAS No.:2097416-76-5)
【0078】
ERK阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.2μmol/L~5μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0079】
1.3 体細胞の培養
本発明製法における体細胞の培養は、使用する体細胞の種類に応じた培地、温度、その他の条件を選択し、上記の各種の阻害剤(及び、場合により誘導剤ないし活性化剤)の存在下において実施すればよい。培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、又はこれらを改変した培地に、適切な成分(血清、タンパク質、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等)を添加して使用することができる。
【0080】
培養条件としては、一般的な細胞培養の条件を選択すればよい。37℃、5%CO2の条件などが例示される。培養中は適切な間隔(好ましくは1日から7日に1回、より好ましくは3日から4日に1回)で培地を交換することが好ましい。線維芽細胞を材料として本発明製法を実施する場合、37℃、5%CO2の条件では5ないし8日間から3週間で心筋細胞が出現する。使用する体細胞として培養が容易なものを選択することにより、あらかじめ細胞数を増加させた体細胞を心筋細胞に転換することも可能である。従って、スケールアップした心筋細胞の製造も容易である。
【0081】
体細胞の培養には、プレート、ディッシュ、細胞培養用フラスコ、細胞培養用バッグ等の細胞培養容器を使用することができる。なお、細胞培養用バッグとしては、ガス透過性を有するものが好適である。大量の細胞を必要とする場合には、大型培養槽を使用してもよい。培養は開放系又は閉鎖系のどちらでも実施することができるが、得られた心筋細胞のヒトへの投与等を目的とする場合には、閉鎖系で培養を行うことが好ましい。
本発明製法においては、上記した各種の阻害剤等を含む培地において体細胞を培養することにより、一段階の培養によって体細胞から心筋細胞を製造することができる。
【0082】
本発明製法においては、体細胞から心筋細胞を製造する。5-アザシチジン、アンジオテンシンII、BMP-2(Bone Morphogenetic Protein 2)、ジメチルスルフォキシド(DMSO)等は、心筋細胞への分化の誘導に有効な物質として知られている。心筋細胞への分化の誘導に有効な物質としては、例えば、分化誘導剤として市販されているものを使用することもできる。本発明においては、上記した物質の存在下において体細胞を培養することができる。
【0083】
1.4 心筋細胞
上記した本発明製法により、心筋細胞を含有する細胞集団を得ることができる。本発明製法により製造される心筋細胞も本発明の範囲内である。本発明製法で製造される心筋細胞は、最終分化した細胞の他、心筋細胞に分化することが運命づけられた前駆細胞でもよい。
本発明製法により製造される心筋細胞は、低分子化合物により体細胞から直接誘導される、いわゆる低分子化合物誘導性心筋細胞(ciCMs)であって、ES細胞やiPS細胞から分化誘導される心筋細胞とは区別される。また、使用する低分子化合物の相違によって、特許文献1等に記載の低分子化合物誘導性心筋細胞とも区別される。
【0084】
本発明製法で製造される心筋細胞は、例えば、細胞の形態的変化、心筋細胞の特徴的性質や特異的マーカーを利用して、検出、確認及び分離を行うことができる。
心筋細胞は、自律的に拍動するという他の細胞にない特徴を有しており、顕微鏡下での観察により他の細胞と区別することができる。また、心筋細胞の特異的マーカーとしては、心筋トロポニンC(cTnT)、αミオシン重鎖、αアクチン等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0085】
特異的マーカーの検出には、検疫的方法(抗体による検出)を利用できるが、タンパク質分子に関してはそのmRNA量の定量により検出を実施してもよい。心筋細胞の特異的マーカーを認識する抗体は、本発明製法により得られた心筋細胞を単離及び精製する上でも有用である。
【0086】
本発明製法で製造される心筋細胞は、例えば、組織修復等のために使用することができる。本発明製法で製造される心筋細胞を使用して、組織修復等のための医薬用組成物を製造することができる。心不全又は心筋梗塞等の心疾患の治療手段として、心筋細胞の製造方法、及び心筋細胞の移植方法の開発が行なわれている。例えば、心筋細胞と内皮細胞等を積層化することにより形成された心筋シートは、優れた治療効果と生着性を示すことから、重度の心不全の治療への利用が期待されている。
【0087】
本発明製法で製造される心筋細胞を医薬用組成物とする場合には、常法により、心筋細胞を医薬的に許容される担体と混合するなどして、個体への投与に適した形態の製剤とすればよい。担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム等)を加えて等張とした注射用蒸留水を挙げることができる。さらに、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤等を配合してもよい。
本発明製法で製造される心筋細胞は、さらに、心筋細胞の機能発揮や生着性向上に有効な他の細胞や成分と組み合わせた組成物とすることもできる。
【0088】
さらに、本発明製法で製造される心筋細胞は、心筋細胞に作用する医薬候補化合物のスクリーニングや医薬候補化合物の安全性評価のために使用することもできる。心筋細胞は、医薬候補化合物の心毒性を評価するための重要なツールである。本発明製法によれば、一度の操作で多くの心筋細胞を取得することができることから、細胞のロット差の影響を受けずに、再現性のある研究結果を得ることが可能になる。
【0089】
2 組成物
本発明に係る組成物(以下、「本発明組成物」という。)は、体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、MEK阻害剤を含むことを特徴とする。
【0090】
好ましくは、さらにcAMP誘導剤を含む本発明組成物を挙げることができる。より好ましくは、さらにTGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニストからなる群から選択される少なくとも1種を含む本発明組成物を挙げることができる。また、更に好ましくは、さらにERK阻害剤を含む本発明組成物を挙げることができる。
特に好ましくは、次の(1)~(6)のいずれかの組み合わせを含む本発明組成物である。
(1)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びTGF-β阻害剤、
(2)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びPDE4阻害剤、
(3)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、及びGRアゴニスト、
(4)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(5)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニスト、
(6)MEK阻害剤、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤。
また、本発明として、体細胞から直接分化誘導することにより心筋細胞を製造するための組成物であって、cAMP誘導剤、TGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、GRアゴニスト、及びERK阻害剤を含むことを特徴とする、体細胞から心筋細胞を製造するための組成物も挙げることができる。以下、かかる組成物も含めて本発明組成物という。
【0091】
本発明組成物は、さらにRARアゴニスト、RXRアゴニスト、及びPDK1活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種を含むことができる。
本発明組成物においては、少なくとも上記いずれかの組み合わせを含んでいればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を含むことができる。
上記阻害剤や誘導剤等は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等を含んでいるとみなすことができる。
上記した阻害剤や誘導剤等の具体例や好ましい例などは、前記と同義である。
【0092】
本発明組成物は、体細胞から心筋細胞を製造するための組成物として使用することができる。本発明組成物は、また、体細胞から心筋細胞を製造するための培地として使用することもできる。
【0093】
体細胞から心筋細胞の製造に使用される培地としては、細胞の培養に必要な成分を混合して製造した基礎培地に、有効成分として、MEK阻害剤及びcAMP誘導剤等を含有させた培地を例示することができる。上記の有効成分は、心筋細胞の製造に有効な濃度で含まれていればよく、濃度は当業者が適宜決定することができる。基礎培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、又はこれらを改変した培地を、基礎培地として使用することができる。
【0094】
培地にはさらに、本明細書中で上記した公知の培地成分、例えば、血清、タンパク質(アルブミン、トランスフェリン、成長因子等)、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等を添加してもよい。
【0095】
培地にはさらに、本明細書中で上記した、心筋細胞への分化の誘導に有効な物質を添加してもよい。
【0096】
さらに本発明においては、MEK阻害剤及びcAMP誘導剤等を生体に投与することによって、生体内において体細胞から心筋細胞を製造することもできる。即ち、本発明によれば、MEK阻害剤及びcAMP誘導剤等を生体に投与することを含む、生体内において体細胞から心筋細胞を製造する方法が提供される。生体に投与する阻害剤等の好ましい組み合わせは、本明細書中に記載した通りである。また、生体としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、ヒトが特に好ましい。MEK阻害剤及びcAMP誘導剤等を生体内の特定部位に投与することによって、上記特定部位において、体細胞から心筋細胞を製造することができる。
【実施例】
【0097】
以下、実施例や試験例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例等に記載の範囲に限定されるものではない。
【0098】
実施例 心筋細胞の製造
<ヒト線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導>
(1)ヒト線維芽細胞
材料としたヒト線維芽細胞はDSファーマバイオメディカル株式会社から購入した。38才のヒト皮膚に由来する線維芽細胞である。
【0099】
(2)ヒト線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導
ヒト線維芽細胞を、ゼラチン(Cat#:190-15805,和光純薬工業社製)でコーティングされた35mmディッシュに8×104個ずつ播種し、10%ウシ胎児血清(Fetal bovine serum;FBS)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを添加したDMEM high glucose培地(Gibco社製)で、37℃、5%CO2条件下で2日間培養した(80-90%以上がコンフルエント)。なおDMEMは、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)を示す。
【0100】
上記のヒト線維芽細胞のディッシュの培地を、20%ウシ胎児血清(FBS)、2%B27-supplement(Gibco社製)、1%N2(Gibco社製)、非必須アミノ酸(NEAA:Non-essential amino acids;Gibco社製)、βメルカプトエタノール(ナカライテスク社製;終濃度0.1mmol/L)、2-phospho ascorbic acid(Sigma-Aldrich社製;終濃度50μg/mL)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、及び下記の低分子化合物を添加したDMEM(High Glucose)with L-Glutamine Phenol Red,Sodium Pyruvate(Gibco社製)に培地を交換した。その後、3日毎に同組成の培地へ培地交換を行いながら、37℃、5%CO2条件下で培養した。
【0101】
<低分子化合物>
2μM PD0325901(Cat#:162-25293,Wako)
15μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
5μM レプソックス(Cat#:1894-25,BioVision)
3μM ロリプラム(Cat#:180-01411,Wako)
1μM デキサメタゾン(Cat#:047-18863,Wako)
1μM レチノイン酸(Cat#:186-01114,Wako)
2μM TTNPB(Cat#:16144,Cayman Chemical)
10μM PS48(Cat#:164-25011,Wako)
【0102】
(3)結果
上記(2)に従って培養した結果を表1・表2、及び
図1~6に示す。表中、「+」は培地中に当該化合物が存在することを示し、「-」は培地中に当該化合物が存在しないことを示す。
【0103】
【0104】
【0105】
(4)心筋細胞の評価
本実験において、低分子化合物を添加して培養後5日目程度から心筋様の細胞が出現した。これは、顕微鏡下において自発的かつ周期的に収縮する細胞塊を観察することによって評価した。細胞の写真(
図1~6)は、当該低分子化合物を添加して培養7日後と10日後(
図1~3)、7日後と13日後(
図4、5)、又は13日後と17日後(
図6)に、それぞれ撮影したものである。
【0106】
また、表2の低分子化合物の組み合わせの一部について、当該低分子化合物を添加して培養17日後の細胞からtotal RNAを抽出し、リアルタイムPCRによって心筋前駆細胞特異的遺伝子Tbx1および心筋細胞特異的遺伝子Tnnt2の発現量を定量した。その結果を
図7に示す。図中のTbpとは内部標準となる遺伝子を示し、このmRNA量による相対値によりTbx1およびTnnt2のmRNA量が評価している。図中の各記号の組み合わせ化合物は下記の通りである。
【0107】
C:コントロール(当該低分子化合物なし)
M:実施例A
F:比較例2
MF:実施例7
MF+Rep:実施例8
MF+Roli:実施例9
MF+Dex:実施例10
MF+Rep+Roli+Dex:実施例12
【0108】
表1や
図1~3の写真から明らかな通り、特にPD0325901(MEK阻害剤)を化合物の組み合わせから除いた場合、自発的に収縮する細胞塊がほとんど現れないようになった。また表2や
図4~6の写真から明らかな通り、頻度は少ないながらPD0325901(MEK阻害剤)とフォルスコリン(cAMP誘導剤)あるいはPD0325901(MEK阻害剤)のみの添加によって、心筋様の細胞塊が出現した。また
図6の写真が示すように、一箇所だけでなく、複数箇所において自発的に動く細胞塊を生じたことが確認された。
【0109】
図7から、当該低分子化合物を加えていない時の細胞の発現量と比較して、それぞれの化合物の組み合わせによって、これら心筋細胞に特異的な遺伝子が活性化していることがわかった。特に、3種類の化合物(PD0325901(MEK阻害剤)、フォルスコリン(cAMP誘導剤)、レプソックス(TGF-β))および5種類の化合物(PD0325901(MEK阻害剤)、フォルスコリン(cAMP誘導剤)、レプソックス(TGF-β)、ロリプラム(PDE4阻害剤)、デキサメタゾン(GRアゴニスト))の組み合わせでは、これら両遺伝子の発現が大きく上昇していた。
【0110】
本実験結果から、MEK阻害剤は、心筋細胞の誘導に重要な化合物であり、少なくともMEK阻害剤(例、PD0325901)、又はそれとcAMP誘導剤(例、フォルスコリン)との存在下で培養することにより、誘導効率の良好な心筋細胞が得られることが分かった。また、MEK阻害剤及びcAMP誘導剤、並びにTGF-β阻害剤、PDE4阻害剤、及びGRアゴニストの存在下で培養すると、当該特定的遺伝子の発現は顕著であった。
【0111】
試験例1
(1)心筋細胞に係る遺伝子発現
PD0325901(MEK阻害剤)、フォルスコリン(cAMP誘導剤)、レプソックス(TGF-β)、及びロリプラム(PDE4阻害剤)の4種類(4C)、又はこれらにデキサメタゾン(GRアゴニスト)を加えた5種類の化合物の組み合わせについて、前記実施例と同様に添加して細胞培養を行い、培養18日後の細胞からtotal RNAを抽出し、リアルタイムPCRによって心筋前駆細胞特異的遺伝子Hand2及びTbx1、並びに心筋細胞特異的遺伝子Tnnt2、Nppa、及びNkx2.5の発現量を定量した。その結果を
図8に示す。図中のTbpとは内部標準となる遺伝子を示し、このmRNA量による相対値により各遺伝子のmRNA量が評価している。図中、「No compound」は当該化合物を一つも添加しなかった場合の結果であることを、「4C+Dex」は上記5種類の化合物を全て添加した場合の結果であることを示す。
【0112】
図8から明らかな通り、4C又はこれにデキサメタゾン(GRアゴニスト)を加えた化合物群を添加培養することにより、ヒト皮膚線維芽細胞から心筋細胞へ直接誘導が進んでいることが示された。
【0113】
(2)免疫染色
上記(1)において、4Cにデキサメタゾン(GRアゴニスト)を加えた化合物群を添加培養した細胞について、培養後18日目に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定した後、免疫染色を行った。染色には抗Sarcomeric Alpha Actinin抗体(ab9465、Abcam社製;200倍希釈で使用)を使用した。その結果を
図9に示す。図中、赤がAlpha Actininの染色結果、青がDAPI(4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール)による核染色を示す。なお、
図9はグレー表示であるため、赤色と青色等は表示されないが、実際のオリジナル写真では、赤色と青色等が表示されている。
【0114】
図9に示すように、当該化合物群を添加して培養後、心筋様細胞のある一定数でAlpha Actininの染色が見られ、相対的にDAPIで染色された細胞核ではなく、細胞質で染色が観察された。心筋細胞のマーカーであるAlpha Actininの発現が一部の細胞で見られたことから、免疫染色の結果からも、当該化合物群を添加培養することにより、ヒト皮膚線維芽細胞から心筋様細胞へ直接誘導が進んでいることが示された。
【0115】
試験例2
下記低分子化合物の組み合わせについて、前記実施例と同様に添加して細胞培養を行った。当該化合物群を添加して培養後13日目と19日目の細胞の状態を
図10に示す。
図10中、「5C」は、下記6種類の低分子化合物の中、Trametinib以外の5種類の化合物の組み合わせを表し、左側2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。「5C-M」は、5Cの化合物群からPD0325901(MEK阻害剤)を除いた化合物群を表し、中2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。「5C-M+Trametinib」は、5Cの化合物群からPD0325901(MEK阻害剤)を除き、別のMEK阻害剤であるTrametinibを加えた化合物群を表し、右側2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。
【0116】
<低分子化合物>
2μM PD0325901(Cat#:162-25293,Wako)
15μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
5μM レプソックス(Cat#:1894-25,BioVision)
3μM ロリプラム(Cat#:180-01411,Wako)
1μM デキサメタゾン(Cat#:047-18863,Wako)
3μM Trametinib(Cat#:HY-10999,MedChem Express)
【0117】
図10から明らかな通り、ヒト皮膚線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導にはMEK阻害剤が重要であることが示された。
【0118】
試験例3
下記低分子化合物の組み合わせについて、前記実施例と同様に添加して培養を行った。当該低分子化合物を添加して培養後7日目と12日目の細胞の状態を
図11に示す。
図11中、「5C」は、下記6種類の低分子化合物の中、GDC-0994以外の5種類の化合物の組み合わせを表し、左端2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。「5C-M」は、5Cの化合物群からPD0325901(MEK阻害剤)を除いた化合物群を表し、左側から2つ目の2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。「5C-M+GDC-0994」は、5Cの化合物群からPD0325901(MEK阻害剤)を除き、代わりにGDC-0994(ERK阻害剤)を加えた化合物群を表し、右側から2つ目の2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。「5C+GDC-0994」は、5Cの化合物群にGDC-0994(ERK阻害剤)を加えた化合物群を表し、右端2写真は、その化合物群の添加培養結果を示す。
【0119】
<低分子化合物>
2μM PD0325901(Cat#:162-25293,Wako)
15μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
5μM レプソックス(Cat#:1894-25,BioVision)
3μM ロリプラム(Cat#:180-01411,Wako)
1μM デキサメタゾン(Cat#:047-18863,Wako)
3μM GDC-0994(Cat#:21107,Cayman Chemical)
【0120】
図11に示されるように、MEK阻害剤が不存在でもERK阻害剤が存在すれば、ヒト皮膚線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導が可能であった。また、MEK阻害剤とERK阻害剤の両方が存在すれば、ヒト皮膚線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導が促進されることが分かった。