(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】選択的モリブテン沈殿剤
(51)【国際特許分類】
C22B 34/34 20060101AFI20241112BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20241112BHJP
C02F 1/62 20230101ALI20241112BHJP
C22B 7/00 20060101ALN20241112BHJP
【FI】
C22B34/34
C22B3/44 101Z
C02F1/62 Z
C22B7/00 B
(21)【出願番号】P 2020141967
(22)【出願日】2020-08-25
【審査請求日】2023-07-10
(73)【特許権者】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100184767
【氏名又は名称】佐々 健太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100098556
【氏名又は名称】佐々 紘造
(74)【代理人】
【識別番号】100137501
【氏名又は名称】佐々 百合子
(72)【発明者】
【氏名】松本 和也
(72)【発明者】
【氏名】寺境 光俊
(72)【発明者】
【氏名】藤井 里緒
(72)【発明者】
【氏名】畠 勇気
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-158482(JP,A)
【文献】特開2000-034593(JP,A)
【文献】特開昭47-011552(JP,A)
【文献】国際公開第2017/170444(WO,A1)
【文献】特開2011-089176(JP,A)
【文献】特開2004-314058(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 34/34
C22B 3/44
C02F 1/62
C22B 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)の化合物若しくはその塩及び水中で硝酸イオンを生じる化合物を、塩酸に混合してなる、モリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿剤で、
【化1】
[式(1)中、R
1は水素、又は炭素数1~10のアルキル基である。アルキル基には置換基があってもよいし、分枝構造を有していてもよいし、シクロ環を構成していてもよい。]
(式(1)の化合物若しくはその塩のモル数。ただし、水中で硝酸イオンを生じる化合物が式(1)の化合物の硝酸塩であるときはそのモル数も加える。)/(塩酸溶液中のモリブテンのモル数)=10~300で、かつ、
硝酸イオンを生じる化合物から全ての硝酸イオンが解離すると仮定したときの硝酸イオンのモル濃度(ただし式(1)の化合物若しくはその塩が、式(1)の化合物の硝酸塩であるときはそのモル濃度も加える)、が0.06M~塩酸濃度の2/3の値で、かつ、
塩酸濃度が3~12Mである、モリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿剤。
【請求項2】
モリブテン沈殿剤が、選択的モリブテン沈殿剤である、請求項1のモリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿剤。
【請求項3】
式(1)の化合物若しくはその塩、水中で硝酸イオンを生じる化合物、のいずれもが、式(1)の化合物の硝酸塩である、請求項1又は2のモリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿剤。
【請求項4】
式(1)の化合物のR
1が水素又は炭素数1~10の直鎖アルキル基である、請求項1~3のいずれか1項の、モリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の金属を含む塩酸溶液から、モリブテンを選択的に沈殿させて回収するための、選択的モリブテン沈殿剤に関する。
【背景技術】
【0002】
モリブテンは遷移金属であり、レアメタルに分類される。融点が高く、合金鋼の添加元素として用いられるほか、水素化脱硫触媒などに用いられる、産業上重要な元素である。
一方、モリブテンが分類されるレアメタルは特定の国や会社が独占的に生産していることが多く、レアメタルの安定供給のために、使用済みのレアメタルを国産資源として、リサイクルして活用することが重要となっている。
【0003】
金属リサイクルにおける精錬工程は大きく分けて、高温での溶融や揮発を利用する乾式法と水溶液系に目的金属を溶解させる湿式法の2つがあるが、レアメタルや貴金属は、リサイクル対象に含まれる量が少ないため、湿式法で処理されることが多い。さらに湿式法の中でも、操作の容易さなどから、それぞれの金属に高い選択性を有する抽出剤を用いた溶媒抽出法が、多く用いられている。
モリブテンの場合も、高濃度の塩酸等の浸出物質で、リサイクル対象となる、例えば使用済みの水素化脱硫触媒から、モリブテンを他の金属と共に浸出させたのち、特殊な抽出剤を用いてモリブテンを溶媒層へ抽出することで、モリブテンを回収することができる(非特許文献1、2、3)。しかしながら、これらの方法は、大量の有機溶媒を使用するため環境への負荷が大きい、モリブテンを選択的に回収するためには厳密にpHを調整する必要がある、抽出剤が、白金族金属の抽出剤としても用いることのできる構造であるため白金族金属と分離できないと想定される、などの問題点があった(非特許文献1、2、3参照)。
【0004】
また、金属を沈殿させて回収する方法としては、パラジウムから白金を分離する方法として、塩化アンモニウムを大量に添加して白金を沈殿回収する方法が知られているほか、白金族金属であるロジウムを沈殿回収する方法が、本発明者によって開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hydrometallurgy, 2010, 101, 141-147.(LIX63を用いた溶媒抽出)
【文献】Hydrometallurgy, 2018, 180, 172-179.(Aliquat 336を用いた溶媒抽出)
【文献】J. Ind. Eng. Chem., 2018, 65, 213-223.(Cyphos IL 104を用いた溶媒抽出)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、環境への負荷が少なく、操作も容易で、モリブテン選択性も高い、新たなモリブテン回収剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成するために、種々検討の結果、芳香族第一級アミン化合物と、水中で硝酸イオンを生じる化合物を、共に用いることで、モリブテンを含む塩酸溶液からモリブテンを選択的に沈殿させられることを見出し、本発明に到達した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.式(1)の化合物若しくはその塩及び水中で硝酸イオンを生じる化合物を、塩酸に混合してなる、モリブテン含有塩酸溶液からの選択的モリブテン沈殿剤。
【化1】
[式(1)中、R
1は水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基のいずれか1である。アルキル基、アルケニル基、アルキニル基には置換基があってもよいし、分枝構造を有していてもよいし、シクロ環を構成していてもよい。]
2.式(1)の化合物若しくはその塩、水中で硝酸イオンを生じる化合物、のいずれもが、式(1)の化合物の硝酸塩である、前記1のモリブテン含有塩酸溶液からの選択的モリブテン沈殿剤。
3.式(1)の化合物のR
1が水素又は炭素数1~10のアルキル基である、前記1又は2の、モリブテン含有塩酸溶液からの選択的モリブテン沈殿剤。
4.(式(1)の化合物若しくはその塩のモル数。ただし、水中で硝酸イオンを生じる化合物が式(1)の化合物の硝酸塩であるときはそのモル数も加える。)/(塩酸溶液中のモリブテンのモル数)=10~300で、かつ、
硝酸イオンを生じる化合物から全ての硝酸イオンが解離すると仮定したときの硝酸イオンのモル濃度(ただし式(1)の化合物若しくはその塩が、式(1)の化合物の硝酸塩であるときはそのモル濃度も加える)、が0.015M~塩酸濃度の2/3の値で、かつ、
塩酸濃度が3~12Mである、前記1~3のいずれか1項の、モリブテン含有塩酸溶液からの選択的モリブテン沈殿剤。
5.モリブデン含有塩酸溶液に、式(1)の化合物若しくはその塩及び水中で硝酸イオンを生じる化合物を、混合し、生じる沈殿を回収する、モリブテン含有塩酸溶液からのモリブテンの沈殿回収法。
6.式(1)の化合物若しくはその塩、水中で硝酸イオンを生じる化合物、のいずれもが、式(1)の化合物の硝酸塩である、前記5のモリブテン含有塩酸溶液からのモリブテン沈殿回収法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、環境への負荷が少なく、操作も容易で、モリブテン選択性も高い、新たなモリブテン回収剤を提供することできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】塩酸濃度を変化させたときの、硝酸カリウムを混合したとき(黒丸)としないとき(白丸)のモリブテン回収率の変化の様子を示した。
【
図2】硝酸イオン濃度を変化させたときの、モリブテンの回収率の変化の様子を示した。ただし、硝酸イオン濃度は、硝酸イオン生じる化合物の硝酸イオンが全て解離したと仮定して計算した。
【
図3】4-ヘキシルアニリンとモリブデンのモル比を変化させたときの、モリブテンの回収率の変化の様子を示した。
【
図4】振とう時間を変化させたときのモリブテンの回収率の変化の様子を示した。
【
図5】水素化脱硫触媒に用いられる各種金属を含む塩酸溶液から、本発明の沈殿剤を用いて金属を回収したときの、各金属の回収率を示した。
【
図6】白金族金属を含む塩酸溶液から、本発明の沈殿剤を用いて金属を回収したときの、各金属の回収率を示した。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.選択的モリブテン沈殿剤について
本発明の選択的モリブテン沈殿剤は、式(1)の化合物若しくはその塩、及び水中で硝酸イオンを生じる化合物、を塩酸に混合してなる。式(1)の化合物若しくはその塩、水中で硝酸イオンを生じる化合物、の両者が、式(1)の化合物の硝酸塩でもよい。この場合は、結局、式(1)の化合物の硝酸塩を混合すればよいことになる。さらに言えば、前者が式(1)の加工物の硝酸塩、後者が硝酸若しくは前者と異なる硝酸塩という組み合わせでもよい。
式(1)の化合物はアニリンのパラ位に、水素、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基のいずれか1を結合している。アルキル基、アルケニル基、アルキニル基の炭素数は、1~16がより好ましく、1~10がさらに好ましく、5~7が特に好ましい。アルキル基、アルケニル基、アルキニル基は置換基を有していてもよいし、分枝構造を有していてもよいし、シクロ環を構成していてもよい。アニリン、あるいはアニリンに疎水基をつけたものを用いると、モリブテンの回収率が向上する。これは、後ほど述べる活性本体におけるアミンの電子密度が、モリブテンと反応するのに適した状態になるからと考えられる。疎水基の結合位置は、立体的な関係から、パラ位がより好ましい。
式(1)の化合物若しくはその塩と、塩酸中のモリブテンのモル比は、(式(1)の化合物若しくはその塩のモル数。ただし、水中で硝酸イオンを生じる化合物が式(1)の化合物の硝酸塩であるときはそのモル数も加える。)/(塩酸溶液中のモリブテンのモル数)=10以上が好ましく、20以上がより好ましく、50以上がさらに好ましく、100以上が特に好ましい。
モル比の上限に制限はないが、式(1)の化合物若しくはその塩の節約の観点から現実的には300以下がより好ましく、200以下がさらに好ましい。上記、下限と上限は自由に組み合わせて、モル比の範囲とすることができる。回収率、回収するための振とう時間、化合物節約を総合的に考慮すると、モル比は100~110が特に好ましいと考えられる。
【0012】
水中で硝酸イオンを生じる化合物については、本質的にはモリブテン含有塩酸溶液中で硝酸イオンが生じればよいが、水中で硝酸イオンを生じれば塩酸溶液中でも解離の程度に差はあっても硝酸イオンが生じるので、このように規定する。
水中で硝酸イオンを生じる化合物は、例えば、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウムなどの硝酸塩の他に、水溶液の硝酸が挙げられる。
硝酸イオンを生じる化合物は、硝酸イオンが生じやすいように、解離定数が大きいものがやや好ましいともいえるが、硝酸イオンの解離定数はもともと大きいこと、硝酸イオンが、モリブテンあるいはモリブテンを含む化合物と複合体を形成し沈殿すると平衡はイオンが生じる側に傾くことから、硝酸イオンを生じる化合物は、解離定数に影響されずに、どのようなものでも用いることができる。
硝酸イオンを生じる化合物の濃度は、硝酸イオンを生じる化合物から全ての硝酸イオンが解離したと仮定したときの硝酸イオンのモル濃度が、0.015M以上であればより好ましく、0.030M以上であればさらに好ましく、0.06M以上であれば特に好ましい。
硝酸イオンを生じる化合物の濃度に明確な上限はないが、硝酸イオンが過度に増加すると反応系が塩酸系から硝酸系になってしまい、錯体構造に変化が生じることでモリブテンの沈殿率が低下すると考えられるので、塩酸より低い濃度であることが好ましい。
図2をみると塩酸濃度が6Mのときは、硝酸濃度が0.1M以上になると徐々に沈殿率が低下している。低下率を直線に近似しこれを延長すると、およそ硝酸2Mで80%の沈殿率、4Mで40%の沈殿率となることが予想されるので、塩酸濃度の2/3以下がより好ましくで、1/3以下がさらに好ましく、塩酸6Mに対する硝酸イオン0.3M以下は100%に近いモリブテン回収率なので、1/20以下が特に好ましい。以上、硝酸イオンを生じる化合物の濃度範囲は、これら、下限と上限を自由に組み合わせ、下限~上限とすることができる。
また、式(1)の化合物若しくはその塩が、式(1)の化合物の硝酸塩であれば、そのモル数も加えて、上記計算をする。
【0013】
塩酸とは塩化水素の水溶液である。本発明のモリブテン沈殿剤は、塩酸系で機能を発揮する。塩酸濃度は3M以上がより好ましく、4M以上がさらに好ましく、6M以上が特に好ましい。また、塩酸濃度に明確な上限はないが、実際には金属を浸出させるときに使用する塩酸濃度は濃塩酸の濃度である12M以下であることが多いので、この濃度を上限としてもよい。塩酸濃度の範囲はこれら下限と上限を自由に組み合わせ、下限~上限とすることができる。
本発明では、比較的広い塩酸濃度範囲でモリブテンが回収可能である。モリブテン等の金属を浸出する際には、高濃度塩酸溶液を用いることが多いが、浸出液を希釈して、酸濃度を低くすることなく、モリブテンを回収することができる。当然、厳密なpHの調整は不要である。
【0014】
式(1)の化合物若しくはその塩と硝酸イオンを生じる化合物を塩酸に混合するときの、順番は限定されない。例えば、硝酸イオンを生じる化合物を先に塩酸に混合してから、式(1)の化合物若しくはその塩を塩酸に混合してもよいし、両者を同時に塩酸に混合してもよい。さらには、式(1)の化合物の硝酸塩を塩酸に混合してもよい。
もちろん、硝酸イオンを生じる化合物を水溶液の状態で、例えば水溶液の硝酸を塩酸に混合してもよい。この場合も、硝酸を塩酸に混合してから式(1)の化合物若しくはその塩を混合してもよいし、両者を同時に塩酸に混合してもよい。
本発明では、(A)式(1)の化合物若しくはその塩、(B)硝酸イオンを生じる化合物、(C)塩酸、(A)と(B)のいずれもが式(1)の化合物の硝酸塩である場合も当然含む、を混合することが必要であるが、これにモリブテンの沈殿を阻害しない他の化学物質が含まれても構わない。
【0015】
モリブテン含有塩酸溶液には、モリブテンの他、分離対象であるモリブテン以外の金属が含まれる。また、モリブテンの沈殿を阻害しない、塩酸や金属以外の化合物が混ざっていてもよい。例えば、硝酸は当然だが、使用済みの水素化脱硫触媒から、金属を浸出する際に、混合する可能性のある硫酸が混ざっていてもよい。
【0016】
本発明は選択的なモリブテン沈殿剤であり、少量あるいは微量のモリブテンと、モリブテン以外の金属も含む塩酸溶液から、モリブテンを選択的に沈殿させることができる。モリブテン以外の金属は、例えば、水素化脱硫触媒に使われているアルミニウム、コバルト、ニッケル、バナジウム、さらには、白金族金属である、パラジウムや白金が挙げられる。既存の抽出剤用いた方法では、モリブテンと白金族金属との分離は困難だが、本発明によれば、驚くべきことに、モリブテンと白金族金属を分離が可能となる。
モリブテンは、沈殿剤と複合体を形成する形で沈殿していると考えられる。また、沈殿剤と複合体を形成するのは、モリブテンそのものである必要はなく、例えば、沈殿剤と各種酸化モリブテンが沈殿を形成してもよい。
沈殿したモリブテンを含む化合物は、焼成や減圧加熱等により、モリブテンや酸化モリブテンとして回収できる。
本発明は選択的なモリブテン沈殿剤だが、選択的とは、他の望まない金属が同量(重量)含まれていたと仮定して、モリブテンあるいは酸化モリブテンの回収率が、他の望まない金属と比べて、5倍以上、より好ましくは10倍以上、さらに好ましくは30倍以上であることである。
本発明は「沈殿剤」であるので、抽出剤を利用して、有機溶媒層に目的の金属を抽出する溶媒抽出法とは異なるものである。溶媒抽出法のときのように有機溶媒を使用しないので、環境への負荷を小さくすることができる。
当然ながら、本発明の応用範囲は、金属リサイクル、例えば使用済み水素化脱硫触媒からのモリブテンの回収に限定されるものでなく、鉱物資源からモリブテンを取り出すときにも使用できる。
【0017】
2.式(1)の化合物の製造方法
式(1)の化合物の主なものは、試薬として購入可能である(例えば、東京化成工業株式会社で取り扱っているアニリン(Cat.No.A0463(CAS RN:62-53-3))や4-ヘキシルアニリン(Cat.H0890(CAS RN:33228-45-4))。さらに、必要に応じて芳香族化合物、例えば、ベンゼン、ヘキシルベンゼンに、ニトロ化およびニトロ基の還元によりアミノ基を導入して、合成することができる。
【0018】
3.本発明のモリブテン選択的沈殿剤を使用した、モリブテンの回収方法
モリブテン含有塩酸溶液から、モリブテンを選択的に回収するには、モリブデン含有塩酸溶液に、式(1)の化合物若しくはその塩及び水中で硝酸イオンを生じる化合物を混合する([0014]参照)。
混合後に、混合液を、振とうするが、1分間以上振とうするのがより好ましく、5分間以上振とうするのがさらに好ましい。式(1)の化合物若しくはその塩とモリブテンの割合、硝酸を生じる化合物の濃度、塩酸濃度によっては、それ以上、例えば、20分間以上、振とうするのがより好ましい場合もあると考えられる。
また、振とう時間の上限に特に制限はないが、処理時間を敢えて長くする必要はないので、実験のときと同様、200分間振とうすれば十分である。すなわち、より好ましいのは振とう時間を1~200分間、さらに好ましいのは5~200分間、共存化合物の濃度によっては、20~200分間とすることである。
振とう後は遠心分離して沈殿物を回収する。
【0019】
4.沈殿物からの式(1)の化合物の回収
回収した沈殿物は、これを、焼成してモリブテンを回収できる。
また、式(1)の化合物を再利用すべく、モリブテンを回収するのに、沈殿物を減圧下で加熱して、式(1)の化合物を蒸留または昇華させてもよい。回収した式(1)の化合物の構造は、変わっておらず、再度のモリブテンの回収に利用可能である。実験では、約96%の式(1)の化合物をこの方法で回収することができた。
なお、式(1)の化合物の減少は、沈殿せずに塩酸溶液へ溶解したままのものがあること、モリブテンと強く結合して昇華しなかったものがあることに起因する。
【0020】
5.本発明の選択的モリブテン沈殿剤の作用メカニズム
塩酸溶液中で、式(1)の化合物が硝酸イオンと反応すると、式(1)の化合物が構造変化を起こし、モリブテンと反応して沈殿を形成すると考えられる。すなわち、式(1)の化合物は前駆体化合物で、これが硝酸イオンと反応することで構造変化をおこして活性本体となり、沈殿を形成すると考えられる。ここで、構造変化を起こすことは、IRとNMRの構造解析によりわかっているが、活性本体がどのような構造をとるかは、活性本体が極めて不安定で、わかっていない。式(1)の化合物の構造式から考えると、式(2)のような反応が起き、ニトロソアニリンが活性本体と推定することもできるが、仮にそうだとしても、ニトロソロアニリンも極めて不安定なため、単離することは困難で、これを同定するのは不可能、非実際的である。
【0021】
【0022】
一方、沈殿対象の、モリブテンは、塩酸溶液中で、複数種類の酸化モリブテン錯体を形成している可能性がある。このような状態で存在しているモリブテンが、活性本体と反応することで沈殿を形成すると考えられる。活性本体がニトロソアニリンであれば、カチオンのニトロソアニリンとアニオンの酸化モリブテンが静電相互作用により反応して沈殿を形成すると推定されるが、モリブテンは高濃度の塩酸中ではMoO2Cl2として存在するとの報告もあり、実際にどのような反応がおこり、沈殿形成しているかは不明である。
いずれにしても、本発明のように、塩酸中のモリブテンが、芳香族第一級アミン化合物+硝酸イオンで、沈殿することは今までに全く知られていないことであるし、さらに、前駆体から活性本体が生じ活性が生じるメカニズムは、金属の回収剤としては例がないものであるので、本発明は、先行技術から容易に発明できるものでない。
また、溶媒抽出法ではアミン化合物を用いる例もあるが、溶媒抽出法にしても、沈殿を回収生じさせる方法にしても、本発明のように、両親媒性、不安定という条件をもつ、第一級アミンを金属の回収剤とした例はなく、この点からも本願発明は先行技術から容易に出来るものでないといえる。
【0023】
本発明は、式(1)の化合物若しくはその塩及び水中で硝酸イオンを生じる化合物をセットにして、あるいは、式(1)の化合物の硝酸塩を、複数の金属を含む塩酸溶液からの選択的モリブテン沈殿用キットとして実施することもできる。この際、塩酸溶液1Lに必要なそれぞれの化合物の分量を、[課題を解決するための手段]4.で示した各種パラメータの範囲内で、あらかじめ調整して、キットとしてもよい。
【実施例】
【0024】
実施例1 塩酸濃度の検討、及び硝酸カリウムの必要性についての検討
1.実験例1
モリブデンを300ppm(塩酸溶液に対する重量比)、硝酸カリウムを0.15 mol/L含む塩酸溶液(2~8 mol/L)1 mLを調整した。これに、4-ヘキシルアニリン(東京化成工業株式会社、Cat.No.H890(CAS RN:62-53-3))をモリブデンとのモル比(4-Hexylaniline/Mo)が100となるように添加し、1時間振とうさせた。
遠心分離後の上澄み液を回収し、当該上澄み液に含まれるモリブデンの濃度をICP発光分光分析計(セイコーインスツル社、型番SPS5510)に供して分析することで、沈殿として回収されたモリブデンの回収率を算出した。結果を
図1の黒丸で示した。
図1から明らかなように、3mol/Lで約30%、4 mol/L以上の塩酸濃度範囲において90%以上の高回収率でモリブデンが沈殿として回収された。
2.比較実験例1
硝酸カリウムを含まない以外は、実験例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。結果を
図1の白丸で示した。
図1から明らかなように、2 mol/L以上の塩酸濃度範囲において硝酸カリウムを含まない場合にはモリブデンは沈殿しないことが分かった。
【0025】
実施例2 硝酸イオン濃度の検討
硝酸カリウム濃度を0~0.75 mol/Lの範囲で変化させた6 mol/L塩酸溶液を使用した以外は、実験例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。なお、硝酸イオン濃度は硝酸カリウムから硝酸イオンが全て解離すると仮定した時の濃度である。結果を
図2に示した。
硝酸カリウム濃度が0.015 mol/L(
図2で回収率45%の黒点)以上の範囲で、モリブデンを沈殿として回収できることが分かった。
【0026】
実施例3 芳香族第一級アミン化合物とモリブテンのモル比の検討
添加する4-ヘキシルアニリンのモリブデンとのモル比(4-Hexylaniline/Mo)を5~200の範囲で変化させ、6 mol/L塩酸溶液を使用した以外は、実験例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。結果を
図3に示した。
4-Hexylaniline/Moが20以上でモリブデンの沈殿回収率が50%以上となることが分かった。
【0027】
実施例4 振とう時間の検討
6 mol/L塩酸溶液を使用し、振とう時間を5分~3時間の範囲で変化させた以外は、実験例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。結果を
図4に示した。
5分間の振とうでモリブデン回収率は97%となり、モリブデンの沈殿は短時間で生成することが分かった。
【0028】
実施例5 水素化脱硫触媒に使用される他の金属との分離の検討
モリブデン、アルミニウム、コバルト、ニッケル、バナジウムを各300 ppm(塩酸溶液に対する重量比)、硝酸カリウムを0.15 mol/L含む6 mol/L塩酸溶液1 mLに4-ヘキシルアニリンをモリブデンとのモル比(4-Hexylaniline /Mo)が100となるように添加し、1時間振とうさせた。遠心分離後の上澄み液を回収し、当該上澄み液に含まれる金属濃度をICPにて分析することで、沈殿として回収された金属の回収率を算出した。結果を
図5に示した。
図5から明らかなように、モリブデンのみが高選択的かつ高収率に回収できることが分かった。
なお、水素化脱硫触媒にはこれら金属の中でモリブテンが最も多く含まれており、実際のモリブテンの回収率は、さらに他の金属より高くなることが想定される。
【0029】
実施例6 白金族金属との分離の検討
モリブデン、パラジウム、白金を各100 ppm(塩酸溶液に対する重量比)、硝酸カリウムを0.15 mol/L含む6 mol/L塩酸溶液1 mLに4-ヘキシルアニリンをモリブデンとのモル比(4-Hexylaniline/Mo)が100となるように添加し、1時間振とうさせた。遠心分離後の上澄み液を回収し、当該上澄み液に含まれる金属濃度をICPにて分析することで、沈殿として回収された金属の回収率を算出した。結果を
図6に示した。
モリブデンは97%回収されたが、パラジウムと白金の回収率は10%以下であり、モリブデンが選択的に沈殿回収されることが分かった。
【0030】
実施例7 複数のアミン化合物の検討
アミン化合物として4-ヘキシルアニリンに替えて、アニリン塩酸塩、4-デシルアニリン、4-(ヘキシルオキシ)アニリン、4-フェノキシアニリン、p-フェニレンジアミン、4,4’-オキシジアニリンを用い、6 mol/L塩酸溶液を使用し、アニリン塩酸塩を用いた場合のみ4-Hexylaniline /Moを1000とした以外は、実施例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。結果を表1に示した。
アニリンおよびパラ位にアルキル基を有するアニリン化合物がモリブデン回収に適しており、アルコキシ基やフェノキシ基を有するアニリン化合物やジアミン化合物ではモリブデン回収はできないことが判明した。
【表1】
【0031】
実施例8 硝酸イオンの混合方法の検討
実験例1
硝酸カリウムに替えて硝酸を0.15 mol/L含む6 mol/L塩酸溶液を使用した以外は、実施例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。モリブデン回収率は97%であった。
実験例2
硝酸カリウムと4-ヘキシルアニリンを6 mol/L塩酸溶液に同時に添加した以外は、実施例1と実施例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。モリブデン回収率は98%であった。
実験例3
硝酸カリウムを含まない6 mol/L塩酸溶液を使用し、4-ヘキシルアニリンに替えて4-ヘキシルアニリン硝酸塩(式(3))を添加した以外は、実施例1と同様の操作で実験を行い、モリブデン回収率を算出した。モリブデン回収率は91%であった。
以上、いずれの順番で混合しても、硝酸塩でも、モリブテン回収率に大きな変化はなかった。
【0032】
【0033】
実施例7 芳香族第1級アミン化合物回収のための検討
モリブデンを300 ppm(塩酸溶液に対する重量比)、硝酸カリウムを0.15 mol/L含む6 mol/L塩酸溶液3.5 mLに4-ヘキシルアニリンをモリブデンとのモル比(NH2/Mo)が100となるように添加し、1時間振とうさせた。沈殿物をろ過により回収し、減圧下で200℃に加熱したところ昇華により固体が得られた。昇華してきた固体は、NMR解析したところ、4-ヘキシルアニリン塩酸塩であり、最初に使用した4-ヘキシルアニリンの96%が回収された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、モリブテンの金属リサイクルが促進され、モリブテンの安定供給が進むので、金属リサイクル業界のみならず、モリブテンを使用する幅広い業界に有用である。