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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】細胞接着用粒子及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/26 20060101AFI20241112BHJP
   C12N 11/087 20200101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0787 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0789 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20241112BHJP
   C12N 5/0784 20100101ALI20241112BHJP
   C08F 20/28 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
C12M1/26
C12N11/087
C12N5/0735
C12N5/074
C12N5/0775
C12N5/0786
C12N5/0787
C12N5/0789
C12N5/077
C12N5/071
C12N5/0793
C12N5/09
C12N5/0784
C08F20/28
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021512112
(86)(22)【出願日】2020-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2020014538
(87)【国際公開番号】W WO2020203965
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2019069462
(32)【優先日】2019-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019079696
(32)【優先日】2019-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】荒津 史裕
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-063801(JP,A)
【文献】特開2012-105579(JP,A)
【文献】特表2005-525407(JP,A)
【文献】特開2018-042572(JP,A)
【文献】特開2003-189848(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中に存在する細胞を接着するための細胞接着用粒子であって、
少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有し、
前記細胞接着用粒子の平均粒子径が4.5~500μmである、細胞接着用粒子。
【請求項2】
前記細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞が含まれる、請求項1に記載の細胞接着用粒子。
【請求項3】
前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である、請求項1又は2に記載の細胞接着用粒子。
【請求項4】
少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有する粒子を細胞を含む溶液に接触させ前記細胞を接着する工程を含み、
前記粒子の平均粒子径が4.5~500μmである、細胞の捕捉方法。
【請求項5】
前記細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、又は膵ラ島細胞が含まれる、請求項4に記載の細胞の捕捉方法。
【請求項6】
前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である、請求項4又は5に記載の細胞の捕捉方法。
【請求項7】
少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有する粒子と、当該粒子の表面に接着した細胞を含み、
前記粒子の平均粒子径が4.5~500μmである、粒子と細胞の複合体。
【請求項8】
前記細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞が含まれる、請求項7に記載の粒子と細胞の複合体。
【請求項9】
前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である、請求項7又は8に記載の粒子と細胞の複合体。
【請求項10】
請求項7~9のいずれか一項に記載の粒子と細胞の複合体を細胞培養用の培地内に播種する、当該複合体からの細胞の脱離方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法によって細胞を得て、前記細胞を細胞培養用の培地内で培養する、細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内の血液中等に存在する所定の細胞を選択的に接着して分離するための細胞接着用粒子、および、当該細胞接着用粒子を用いて血液中等に存在する所定の細胞を選択的に接着して捕捉する方法に関する。本願は、2019年3月30日に、日本に出願された特願2019-69462号、及び、2019年4月18日に、日本に出願された特願2019-79696号に基づき優先権を主張し、それらの内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来から、病変部位の組織を採取して各種の検査を行う生検(バイオプシー)が臨床的に行われている。一方、一般的な生検では組織の切除等を伴うため、患者への侵襲性が高いという問題が存在する。これに対して、近年は「液体生検」(リキッドバイオプシー)と呼ばれる手法が普及している。液体生検においては、患者の血液や唾液等の体液を採取し、体液中に含まれる目的の物質について主に機器分析によって分析を行うため、液体生検は、患者への侵襲性を低減できると共に、多様な情報を低コストで取得できるメリットを有する。そして、従来の液体生検においては、主な検査対象は体液中に溶解して存在する脂質やタンパク等の分子が検査対象であったが、特にがん治療等の目的のために体液中に存在する腫瘍細胞を捕集することが求められている。また、再生医療の分野では体内に存在する幹細胞を捕集・培養して治療等に使用するため、生検と同様に侵襲性の低い方法で幹細胞を採取することが望まれる。
【0003】
腫瘍細胞や幹細胞等を捕集する対象としての体液として、典型的には血液やリンパ液が挙げられる。一方、血液やリンパ液に含まれる細胞の大半は赤血球や白血球、血小板のような血球細胞であり、腫瘍細胞や幹細胞等はごく低い頻度で存在するのみである。このため、血液等の体液中から標的とする細胞を採取する際には、当該体液中に高密度・高頻度で存在する血球細胞等の中から低い頻度で存在する標的細胞を選択的に採取する工程が不可欠であり、これを実現するための様々な手法が検討されている。
【0004】
標的細胞を分離する方法として、例えば、細胞のサイズの差を利用してフィルターや遠心分離で分離捕集する手法、誘電泳動特性の違いを利用してマイクロ流体デバイスで分離捕集する手法等が知られている。また、標的細胞の膜抗原に対する抗体等のリガンドを固定した表面に、当該抗体が示す選択的結合性を利用して標的細胞を接着して回収する方法等が知られている。
【0005】
また、特に血液等の中に低い密度で存在する特定の細胞種を分離する手法として、抗体等のリガンドを固定した微粒子を用いて、これを標的細胞に接着させて分離する手法が検討されている。微粒子をリガンドの担体として用いる手法では、細胞を接着する表面の比表面積を大きくできるため、血液等の中に希少に存在する細胞種を接着する用途に特に適している。
【0006】
リガンドを固定した担体粒子を用いる例として、例えば、特許文献1には、多くのがん腫で発現するEpCAM(上皮細胞接着分子)に対する抗EpCAM抗体を固定した90~150nmの粒子サイズのコロイド状磁性粒子(抗体-磁性粒子複合体)を用いて、血中循環腫瘍細胞(CTC,Circulating Tumor Cells)を選択的に接着して分離することで、CTCを計数する技術が記載されており、当該技術はCell Search systemとして実用されている。
【0007】
特許文献1には、CTC等の目的細胞を選択的に接着する粒子に求められる特徴について、i)目的細胞と特異的に反応する生物学的なリガンドとしての抗体が粒子表面に結合されていること、ii)標本中に存在する目的細胞との結合の機会を確保するために、粒子が90~150nmのサイズを有して水溶液中にコロイド状に懸濁可能であること、iii)粒子と接着した目的細胞を磁場の印加によって分離するため、粒子が磁性粒子であること、iv)粒子に対して生体内に存在する生体高分子等が非特異的に結合することを防止するために、粒子が十分な量のベース被覆材料で被覆されていること等が記載されている(0012~0015段落)。また、実施例として、ウシ血清アルブミン(BSA)等でベース被覆し、抗EpCAM抗体を固定した90~150nmの磁性粒子が好ましく機能した旨が記載されている(0032~0038段落)。
【0008】
また、CTC等の計数を目的とする特許文献1では、細胞に比べて十分に小さな上記ナノメーターサイズの磁性粒子は計数の障害にならないため、分析前に細胞から除去される必要のないこと(0033段落)、及び28μmの粒子を使用する例については、細胞表面と結合した抗体を所定の試薬で置換することで磁性粒子を脱離させる方法や、所定の試薬で抗体と磁性粒子間の結合を切断して磁性粒子のみを脱離させる方法等によって、細胞に結合した磁性粒子を脱離させる必要のあることが記載されている(0041段落)。
以上のことから、特許文献1に記載の手段によって得られる細胞は、ナノメーターサイズの磁性粒子が接着した状態の細胞や、磁性粒子を脱離させるために表面構造が改変された細胞であるために、回収された細胞の用途は単なる計数等に限定され、回収後の培養等を経ることで各種の生物学的な評価の対象としては問題を有することが考えられる。
【0009】
また、特許文献2等にも、所定の抗体が固定化された磁気ビーズ等を担体粒子として所定の幹細胞を選択的に接着する技術が記載されるが、幹細胞表面に抗体を結合させることで担体粒子に接着させることから、上記特許文献1と同様の問題が生じることが予想される。
【0010】
一方、本発明者らは、一群のポリマー等の水和性組成物を含水させた際に、含水した水分子の一部が中間水と定義される状態になると共に、この中間水が存在する表面においては血液成分(血小板、白血球、補体、凝固系等)が付着困難である等、血液適合性に優れることを見出している(非特許文献1)。また、中間水を含有することで血液成分が付着困難な表面においても、血液等に含まれる転移性のがん細胞などの腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞等が接着可能であること等を見出している(特許文献3)。更に、所定の割合で中間水を含有する表面は、各種細胞の培養に適していることを明らかにしている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特表2002-503814号公報
【文献】特開2010-104350号公報
【文献】特開2012-105579号公報
【文献】特開2016-63801号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】バイオマテリアル28-1, 2010, p.34-46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のように、磁性粒子等の担体粒子を用いて血液中等に存在する標的細胞を選択的に接着して分離する際においては、選択的接着を担う手段として標的細胞の膜抗原に対する抗体を用いることが唯一の選択肢であった。
一方、当該標的細胞の膜抗原に対する抗体を使用する方法においては、標的とする細胞種に対応する抗体を使用しなければならないために、標的細胞が必ずしも明らかでない場合や、標的細胞が変容した場合等には、本来捕捉すべき細胞を捕捉できない問題が存在する。例えば、CTCを標的として使用される抗EpCAM抗体の抗体クローンが異なると、検出されるCTCの種類に違いを生じることが指摘されている。また、上記EpCAMは必ずしも全てのCTCに発現するわけでなく、分離処理の前処理等でEpCAMが喪失する等の問題が存在するため、標的細胞の膜抗原に対する抗体を使用する方法で得られる結果は必ずしも目的の現象を反映しないおそれがある。
更に、担体粒子に抗体を介して接着した標的細胞を脱離させる際に、所定の試薬によって当該抗体を置換し、或いは抗体を標的細胞に残したまま担体粒子だけを脱離させる等の手段が必要となるために標的細胞の変容を生じ、その後の培養や評価に支障の生じるおそれがある。
【0014】
本発明は、標的細胞を選択的に接着する手段として抗体等を使用せずに、血液等の中に存在する腫瘍細胞や幹細胞等の細胞を選択的に接着して、血液等から分離可能とするための新規な細胞接着用粒子を提供することを課題とする。また、当該細胞接着用粒子を使用することによって血液等の中に存在する腫瘍細胞や幹細胞等を選択的に接着して捕捉する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明は以下のような特徴を有する。
<1> 水溶液中に存在する高接着性の細胞を接着するための細胞接着用粒子であって、少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有する細胞接着用粒子。
<2> 前記細胞接着用粒子の平均粒子径が2~500μmである前記の細胞接着用粒子。
<3> 前記高接着性の細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞が含まれる前記の細胞接着用粒子。
<4> 前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である前記の細胞接着用粒子。
<5> 少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有する粒子を細胞を含む溶液に接触させ高接着性の細胞を接着する細胞の捕捉方法。
<6> 前記細胞接着用粒子の平均粒子径が2~500μmである前記の細胞の捕捉方法。
<7> 前記高接着性の細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞が含まれる前記の捕捉方法。
<8> 前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である前記の細胞の捕捉方法。
<9> 少なくとも表面の一部に飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物を有する粒子と、当該粒子の表面に接着した高接着性の細胞を含む粒子と細胞の複合体。
<10> 前記粒子の平均粒子径が2~500μmである前記の粒子と細胞の複合体。
<11> 前記高接着性の細胞には、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞が含まれる前記の粒子と細胞の複合体。
<12>前記水和性組成物がメトキシエチルアクリレートを含む重合物である前記の粒子と細胞の複合体。
<13>前記の粒子と細胞の複合体を細胞培養用の培地内に播種する当該複合体からの細胞の脱離方法。
<14>前記の方法によって得られる細胞を細胞培養用の培地内で培養する細胞培養方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る細胞接着用粒子を用いることにより、血液等の水溶液中に腫瘍細胞、幹細胞等を標的細胞として接着して複合体を形成させることが可能となり、当該細胞を水溶液から分離・回収を容易に行うことが可能となる。また、特に、粒子径が2μm以上の細胞接着用粒子を使用することにより、その後に培地等で細胞の自律的な脱離を生じるため、細胞に与えるダメージを抑制しながら目的の標的細胞を血液等から分離・回収することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】水和性組成物表面に形成される水層の構造を示す模式図である。
図2】水和性組成物表面に形成される水層を構成する各層の特徴を説明する図である。
図3A】PMEA被覆の前のポリスチレン粒子のXPS測定結果である。
図3B】PMEA被覆の後のポリスチレン粒子のXPS測定結果である。
図4A】PMEA被覆の前の磁性粒子のXPS測定結果である。
図4B】PMEA被覆の後の磁性粒子のXPS測定結果である。
図5】細胞接着用粒子に対するHT-1080細胞の接着率の変化である。
図6A】細胞接着用粒子に接着したHT-1080細胞の光学顕微鏡像である。
図6B】細胞接着用粒子に接着したHT-1080細胞の光学顕微鏡像である。
図7】HT-1080細胞の細胞接着用粒子からの脱離率である。
図8A】細胞接着用粒子に接着したHT-1080細胞の光学顕微鏡像である。
図8B】細胞接着用粒子から脱離したHT-1080細胞の光学顕微鏡像である。
図9A】血小板接着試験後の粒子のSEM像である。
図9B】血小板接着試験後の粒子のSEM像である。
図9C】血小板接着試験後の粒子のSEM像である。
図9D】血小板接着試験後の粒子のSEM像である。
図10】細胞接着用粒子から脱離したHT-1080細胞の光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(1)中間水について
本発明は、血球細胞等と混在する標的細胞を選択的に接着する手段として、含水した際に「中間水と呼ばれる状態の水分子を含有する水和性組成物を使用することを特徴とする。
中間水は、水和性組成物に含水された水分子の内で、水和性組成物等との弱い相互作用によりその自由度が制限された状態の水分子の集合であると考えられている。そして、当該中間水が存在する表面においては、血球細胞等の血液成分が付着困難である等の血液適合性が発現することが確認されている。中間水が存在する表面が血液適合性を発現する機構は以下のように考えられている。
血液に含まれる血球細胞等の各種細胞の表面には水和殻が形成されることで安定化されており、生体組織等に接触した際に不要な活性化等を生じることが抑制されていると考えられている。一方、この水和殻が異物表面などに直接的に接触して撹乱あるいは破壊されることで異物表面へ接着、活性化を生じると考えられている。その典型的な例として、血管内では安定して存在する血小板が、出血等によって異物表面に接触することで活性化して血液を凝固させる反応が挙げられる。
【0019】
これに対して、中間水を含有する水和性組成物の表面では、中間水が一種の水和殻を形成して生体物質が当該表面に直接的に接触することを妨げるクッション材の作用を果たすために(図1)、この表面に接触した細胞やタンパク質などの水和殻を撹乱させる程度が軽度となり、この結果として血液成分等の付着が困難である等の血液適合性を生じるものと考えられている。なお、各種の細胞表面やタンパク質などが形成する水和殻内にも中間水が存在することが確認されていることから、中間水を含有する水和性組成物の表面は、生体組織の表面の構造を模倣するものであるとも考えられる。
【0020】
上記のような中間水を含有する水和性組成物の表面において各種の細胞等の接着が抑制される現象は、特に多量の中間水を含有する水和性組成物の表面において顕著であり、血液中に存在するほぼ全ての細胞等の接着を抑制可能であることが確認されている。上記特許文献1において生体高分子の非特異的接着を防止するためのベース被覆材として挙げられているBSA等においても高い割合で中間水が含有されることが確認されている。
【0021】
一方、飽和含水した際の中間水量が1~30wt%程度である水和性組成物の表面では、血小板等の血球細胞の接着が抑制される一方で、特に血液等に含まれる腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞等の特定の細胞が接着することが観察されている。この現象は、中間水量の低い表面では中間水による水和殻が薄くなるため、何らかの理由によって特に血球細胞よりも高い接着能力を有する細胞のみが有意な接着を生じる結果であると考えられている。そして、細胞が有意な接着を生じるか否かを決定する中間水量の閾値は、その細胞が有する接着能力に応じて決まり、通常の血球細胞は接着性が低いために、1wt%程度以上の割合で中間水量を含有する水和性組成物の表面には接着が困難であると考えられている。本発明者らは、この現象を利用して血液等に含まれる高接着性を示す細胞である転移性のがん細胞など腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞等を、血球細胞等と区別して選択的に接着して分離する技術を特許文献3に開示している。
【0022】
なお、本明細書においては、1wt%程度以上の割合で中間水量を含有する水和性組成物の表面に対しても接着可能な腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞等の細胞を「高接着性の細胞」と記載することがある。また、血液中に高密度で存在する血球細胞等を実質的に接着しない一方で、当該高接着性の細胞を接着することを、単に「選択的に接着する」等と記載することがある。
【0023】
また、特許文献4に開示するように、所定の割合で中間水を含有する表面は各種細胞の培養の基材としても適していることから、特許文献1、2に記載されるような抗体を用いて特定の細胞を接着する手段と比較して、特許文献3に記載される方法によれば細胞へのダメージを避けながら腫瘍細胞等を接着して分離可能であることが期待される。
【0024】
以上のように、飽和含水した際の中間水量が1~30wt%程度の範囲にある水和性組成物を平膜状にして使用することで、腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞等の高接着性の細胞を選択的に接着して血球細胞等と分離することが可能である。そして、当該平膜状の水和性組成物で見出された知見を、更に担体粒子を用いた標的細胞との接着・分離に適用することで、比表面積の増大等により効率的に高接着性の細胞を標的として接着して分離可能になることが期待される。
【0025】
(2)本発明に係る細胞接着用粒子について
しかしながら、例えば特許文献1等において詳細に検討されているように、各種の細胞との接着手段を有する担体粒子によって血液等の中に稀少に存在する細胞を接着しようとする場合、担体粒子と細胞との衝突頻度を確保するために所定の撹拌等が必要となり、そのような撹拌等を伴う動的な環境下において、中間水を含有する水和性組成物に各種の標的細胞が接着し、且つ、その接着が維持されるかは不明である。つまり、特許文献3に開示された水和性組成物と各種細胞聞の接着は準静的な環境で生じたものであるのに対して、動的な環境下において十分な接着が生じるか等は必ずしも明らかとされていなかった。
【0026】
これに対して、本発明者が、表面部に所定量の中間水を含有する粒子を高い接着性を示す細胞の存在する水溶液中に投入して混合したところ、意外にも十分な頻度で細胞と粒子とが接着して複合体を形成し、遠心分離等によって水溶液中から当該複合体を分離可能であることが明らかになった。そして、平膜の際と同様に中間水を含有する粒子表面への血小板の接着が生じないことから、平膜状の水和性組成物を用いる際と同様に表面部に所定量の中間水を含有する粒子を使用することによって、血液等の水溶液中に血球細胞と混在して存在する高接着性の細胞を選択的に接着して分離可能であることが示され、本発明に至ったものである。
【0027】
上記知見からは、少なくとも表面の一部が飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物で構成される粒子によって血液等の水溶液中に存在する特定の細胞を選択的に接着して複合体を形成して、その後の遠心分離等の手段によって水溶液中から分離することを可能とする発明が特定される。また、少なくとも表面の一部が飽和含水時の中間水量が1~30wt%である水和性組成物で構成される粒子を細胞接着用に用いる発明が特定される。
【0028】
更に、上記細胞接着用粒子と細胞からなる複合体を細胞培養用の培地中に入れたところ、当該粒子の粒子径を適切な範囲にすることで、細胞が自律的に粒子から脱離して培地上へ移動することが観察された。つまり、細胞と同程度以上である2~3μm以上の粒子径を有する細胞接着用粒子を使用することにより、当該粒子と細胞の複合体を細胞培養用の培地中に加えて所定時間の保持をすることにより所定割合で細胞が自律的に粒子から脱離して培地内に移動することから、特許文献1に記載されるような細胞表面に影響を与える処理を行うことなしに、その後に通常の細胞培養が可能となることが見出された。特に、細胞接着用粒子の粒子径を10μm以上にすることにより、培地中に入れた後、2時間程度でほぼ全ての細胞が粒子から自律的に脱離することが観察され、血液中等に存在する各種の高接着性の細胞を効率的に捕集して生物学的な検討に用いることが可能となる。
【0029】
なお、本発明に係る細胞接着用粒子においては、粒子に接着した細胞の脱離を阻害しない観点から、表面の凹凸が少なく比較的球状に近い粒子が好ましく用いられる。本発明における粒子径は、DLS (Dynamic Light Scattering) (又はSLS (Static Light Scattering) )によって測定される粒子径の平均値である。
【0030】
つまり、本発明に係る細胞接着用粒子においては、その平均粒子径を2~3μm以上とすることで、粒子に接着し分離された細胞が、その後に細胞培養用の培地内で自律的に脱離を生じる点で好ましい。特に、平均粒子径を5μm以上、或いは10μm以上とすることで、短時間の内に高い割合で細胞が粒子から自律的に脱離する点で好ましい。
【0031】
一方、本発明に係る細胞接着用粒子は血液等の水溶液中に分散(懸濁)して用いられるものであるため、使用する粒子の密度に応じて短時間での沈殿を生じない程度以下の粒子径を選択することが好ましい。例えば、細胞接着用粒子が主にポリスチレン等のポリマーで構成される場合には500μm程度以下の粒子径とすることで、緩やかな撹拌によって水溶液中に分散させることが可能である。一方、細胞接着用粒子の中心粒子が磁性粒子等の高密度の物質で構成される場合には50μm程度以下の粒子径とすることで、緩やかな撹拌によって水溶液中に分散させることが可能である。
【0032】
本発明に係る細胞接着用粒子に各種細胞が接着して得られる複合体を遠心分離やフィルタ一等により水溶液から分離する観点からは、一般的に細胞接着用粒子の粒子径が上記の範囲内で大きいことが望ましい。一方、細胞接着用粒子の中心粒子を高密度の物質で構成することにより、微細な粒子径とした場合にも遠心分離等により分離が可能である。また、特に磁性粒子を中心粒子とすることで、粒子径に関わらず磁場を用いて良好に分離が可能となる。
【0033】
また、使用する細胞接着用粒子の粒子径のバラツキが小さいことが好ましいが、特に2μm以下の粒子が混在する場合には、粒子に接着した細胞が自律的に脱離する効率が低下するため、平均粒径が2μm以上の単分散可能であり、かつ粒径分布が狭い粒子が好ましい。
【0034】
(3)本発明に係る細胞接着用粒子による水溶液中からの細胞の分離について
本発明に係る細胞接着用粒子に各種細胞が水溶液中で、接着して得られる複合体は、各種の手段によって水溶液中から分離することができる。例えば、遠心分離によって水溶液中から上記複合体を含む細胞接着用粒子を富化・分離することができる。また、細胞接着用粒子内に磁性粒子を含むことによって、磁場を用いて分離することが可能となる。また、特に所定以上の粒子径の細胞接着用粒子を使用することで、フィルターを用いた濾過によっても水溶液中から分離することが可能である。
【0035】
水溶液中から分離された細胞接着用粒子に接着した細胞は、その目的に応じて、細胞接着用粒子に接着させたまま、又は、細胞接着用粒子から脱離させて用いることができる。例えば、上記特開2016-63801号公報に記載されるように、所定の割合で中間水を含有する水和性組成物は細胞培養の際の基材としても優れた特性を有することから、本発明に係る細胞接着用粒子に接着した状態で細胞を培地内で培養することが可能である。一方、上記説明したとおり、本発明に係る細胞接着用粒子の内、平均粒子径が2μm以上の細胞接着用粒子を使用することで培地内において細胞が自律的に脱離するため、細胞接着用粒子と細胞の複合体を培地中に入れることで、通常の細胞培養を行うことが可能である。
【0036】
更に、例えば、特開2016-131561号公報に記載されるように、中間水を含有する水和性組成物として、所定の温度域に下限臨界溶解温度(LCST)を有する水和性組成物を使用することによって、標的細胞を水溶液から分離した後に所定の温度に冷却して水和性組成物を溶解させることで、分離した標的細胞を細胞接着用粒子から脱離させることも可能である。その他、洗浄、振とう、EDTA (Ethylenediaminetetraacetic acid)やEGTA (Ethylene glycol tetraacetic acid)などのキレート剤による処理、超音波処理等の手段によっても細胞を細胞接着用粒子から脱離させることが可能である。
【0037】
以上、説明したように、本発明に係る細胞接着用粒子を用いることにより、血液等の水溶液中に低密度で存在する腫瘍細胞、幹細胞等を標的細胞として接着して複合体を形成させることが可能となり、当該細胞を水溶液から分離・回収を容易に行うことが可能となる。本発明によれば、特に抗EpCAM抗体等を用いる方法と比べて、抗体を使用することによる変容を生じさせずに標的細胞を分離・回収することが可能となる。また、特に、粒子径が2μm以上の細胞接着用粒子を使用することにより、その後に培地等で細胞の自律的な脱離を生じるため、更に細胞に与えるダメージを抑制しながら目的の標的細胞を血液等から分離・回収することが可能となる。
以下、本発明に関係する各側面についてさらに詳しく説明する。
【0038】
(4)中間水量の測定方法等について
本発明は、血液やリンパ液、生理食塩水等の水溶液に接して飽和含水に至った際に、1~30wt%の中間水を含有する水和性組成物を使用することを特徴とする。水和性組成物を飽和含水させた際に、当該含水された水分子の状態は大きく3種類に分類されることが明らかになっている(図2)。
水和性組成物に最も強く影響を受ける水分子は、当該組成物分子に強く拘束された“結晶水”とも言うべき状態であって水分子としての自由な運動ができない状態にあり、極低温に冷却した際にも凍結して固相の水(氷)を形成できないことから「不凍水」と分類される。一般に、含水初期(含水量が少ない状態)においては含水された水分子の全てが不凍水を形成する。
【0039】
一方、飽和含水した水和性組成物には、当該組成物分子にほとんど拘束されておらず、純水中の水分子と同様の挙動をする水分子が存在し、このような水分子は「自由水」と分類される。自由水は、純水と同様に0℃付近において凝固・溶解を生じることで特徴付けられる。
他方、タンパク質などの生体関連物質や、特定の合成ポリマ一等の水和性組成物を含水させた際には、上記「不凍水」、「自由水」に分類されない挙動を示す水分子が存在することが示されており、このような水分子が「中間水」と分類されている。
【0040】
中間水は、典型的には、過冷却後の昇温過程で見られる特異な潜熱の放出や吸収によって特徴付けられる。つまり、中間水を含有する物質においては、-100~-20℃の温度域で冷却や加熱をする過程で、-50~-20℃付近において潜熱の放出が観察されたり、-15℃~0℃の温度域において潜熱の吸収が観察される等、特異的な潜熱の放出や吸収が観察される。このような潜熱の放出や吸収はDSC(示差走査熱量計)等によって定量的に観測することが可能である。
上記-50~-20℃付近における潜熱の放出は、急冷の際に不規則な状態で凝固した中間水が、その後に徐々に加熱する過程において不規則→規則変態(CC:コールドクリスタリゼーション)を生じた際の潜熱に対応するものである。また、-15℃~0℃の温度域における潜熱の吸収は、規則化した中間水が相変態(融解)する際の潜熱と自由水の融解に対応するものである。
【0041】
水和性組成物に含まれる中間水の量は、上記中間水の相変態に起因する潜熱の移動量(エンタルピー変化量)から算出することができる。具体的には、含水した水和性組成物をDSC等を用いて-100~-20℃の温度域で冷却や加熱をする過程での潜熱の移動量を観測する過程で、特に-50~-20℃付近における潜熱の放出量(ΔHcc)を測定し、これを式(1)に従って水の融解潜熱(Cp:334J/g)で除することによって水和性組成物に含有される中間水量(Wfb)を算出することができる。
Wfb (g) =ΔHcc(J) / Cp (J/g) ・・・式(1)
【0042】
なお、水和性組成物に含まれる自由水の量(Wf)が、例えば冷却過程における0℃付近の潜熱の放出量等から算出できる場合には、上記加熱過程における-15℃~0℃の温度域における潜熱の吸収量(ΔHm)から自由水に起因すると予想される吸収量を差し引くことで規則化した中間水の融解に起因する吸収量とし、これを水の融解潜熱で除することによっても水和性組成物に含まれる中間水の量を算出することができる。
また、水和性組成物に含まれる不凍水は上記DSC等による測定の範囲においては相変態を生じないため、不凍水の量(Wnf)を潜熱の移動量から算出することは困難である。このため、水和性組成物に含まれる不凍水の量は、全含水量(Wc)から中間水と自由水に相当する量を差し引くことで算出される。
【0043】
本発明に係る細胞接着用粒子は、血液等の水溶液に接触して用いられるため、使用の際には細胞接着用粒子の表面の水和性組成物は飽和含水に達しており、その際の中間水量の含有量は飽和中間水量(SWfb)と定義される。
表1に、本発明者がこれまでに各種の水和性組成物について飽和中間水量を測定した結果の一例を示す。なお、飽和中間水量は、測定に使用するポリマーの分子量等によっても変動し、一定不変の物性値に相当するものではないため、本発明に係る細胞接着用粒子を製造しようとする際には、使用する水和性組成物毎の中間水量を確認することが望ましい。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に記載するとおり、中間水は各種の水和性組成物に含有され、分子の構造に依存して飽和中間水量が変化することが知られている。また、BSA等の生体由来の高分子においても大きな割合で中間水が存在することが知られている。
上記PMEA、PMC3A、PHEMA等はいずれも非水溶性であるため、細胞接着用粒子の表面に使用することにより高接着性の細胞の接着に使用することができる。また、PMPCは高い割合で、中間水を含む一方で、単体では水溶性を示すことが知られている。このため、合成の際に非水溶性を示すモノマーを混合して共重合体とすることにより非水溶性とし、また飽和中間水量を適宜低下させることが可能であるため、中間水量を調整して細胞接着用粒子を作製する用途に適している。
【0046】
(5)本発明に係る細胞接着用粒子の構造等について
本発明に係る細胞接着用粒子においては、粒子表面の少なくとも一部に飽和中間水量が1~30wt%の水和性組成物が存在すれば標的細胞を選択的に接着することが可能であり、その内部構造は特に限定されない。つまり、本発明に係る細胞接着用粒子は、飽和中間水量が1~30wt%の水和性組成物を適宜の手段で、所望の粒子サイズに造粒したものの他、適宜の材質の中心粒子に対して飽和中間水量が1~30wt%の水和性組成物をコーティングしたもの、飽和中間水量が1~30wt%の水和性組成物と適宜の材質の微粒子等を混合した混合物を適宜の手段で所望の粒子サイズに造粒したもの等、適宜の構造を採用することが可能である。
【0047】
特に、適宜の材質の中心粒子に対して飽和中間水量が1~30wt%の水和性組成物をコーティングした構造にすることにより、粒子の表面のほぼ全面が当該水和性組成物である細胞接着用粒子とできる一方で、中心粒子の材質に応じて各種の特性を付加することが可能である。例えば、磁性を有する粒子を中心粒子として、これに対して当該水和性組成物をコーティングすることにより、所望の標的細胞を接着した細胞接着用粒子を磁場を印可することによって富化して、水溶液等から分離することが可能となる。また、所望の標的細胞を接着した細胞接着用粒子を遠心分離によって水溶液等から分離する際には、適宜の単位質量を有する材質からなる中心粒子を当該水和性組成物でコーティングすることが有効である。
【0048】
水和性組成物による中心粒子のコーティングは適宜の手段により行うことが可能であり、特に限定されない。例えば、水和性組成物を溶媒に溶解した溶液中に中心粒子を投入して撹拌した後、粒子を分離して乾燥する等の手段が用いられる。また、水和性組成物としてポリマーを使用する際には、重合によって当該ポリマーを生成するモノマーを溶解した溶液中に中心粒子を投入した状態で、重合開始剤等によって重合を生じさせることにより、中心粒子に所望の水和性組成物をコーティングすることが可能である。また、予め中心粒子の表面に水和性組成物との親和性を向上する処理等を施しておくことも望ましい。
【0049】
本発明に係る細胞接着用粒子においては、目的に応じた飽和中間水量を有する水和性組成物であれば使用することが可能である。例えば、所定の中間水を有する有機高分子やハイドロキシアパタイトなどの無機物、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン等のタンパク質、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸等の多糖類等を用いることができる。また、生体適合性高分子として知られるポリエチレングリコール(PEG)やポリビニルピロリドン(PVP)、ポリメチルビニルエーテル(PMVE)、ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)、ポリテトラヒドロフルフリルアクリレート、ポリオキサゾリン等であれば、人体への影響を抑制した状態で使用可能である。更に、好ましい高分子の例としては、下記の化学式(1)で表される、ポリ(2-エトキシエチル アクリレート)、ポリ(2-メトキシエチル アクリレート)、ポリ[2-(2-メトキシエトキシ)エチル メタクリレート]、ポリ[2-(2-エトキシエトキシ)エチル アクリレート]、ポリ[2-(2-メトキシエトキシ)エトキシ]エチル メタクリレート]、ポリ[2-(2-(2-メトキシエトキシ)エトキシ)エチル アクリレート]、ポリ[2-(2-エトキシエトキシ)エチル メタクリレート]、ポリエチレングリコール(PEG)やポリビニルピロリドン(PVP)、ポリメチルビニルエーテル(PMVE)、メトキシエチル(メタ)アクリルアミド、メトキシエチルビニルエーテル、ポリテトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、ポリオキサゾリン等が含まれる。
【0050】
【化1】
[式中、Rは、水素原子又はメチル基であり、Rは、メチル基又はエチル基であり、mは1から6であり、nは繰り返し単位である。]
【0051】
これらの高分子の中でも、下記の化学式(2)で表されるポリ(2-メトキシエチルアクリレート(PMEA))等が生体適合性に優れる点で特に好ましい。
【0052】
【化2】
【0053】
また、これらの高分子を構成するモノマーを他のモノマーと混合して共重合体とすることにより、所望の中間水量を有する材料として用いても良い。
【0054】
また、例えば、poly [2-(2-ethoxyethoxy)ethyl acrylate] (PEEA)は、中間水を有すると共に、14℃の下限臨界共溶温度(LCST)を有して、これ以下の温度において水溶液中に溶解する特徴を有している。このように、所定量の飽和中間水量を含有すると共に、下限臨界共溶温度(LCST)を有することで温度に応じて疎水性から親水性に変化する水和性組成物を細胞接着用粒子の表面に設けることで、細胞を接着した細胞接着用粒子を水溶液中で冷却することで細胞を容易に脱離させることが可能である。
【0055】
本発明に係る細胞接着用粒子により血液等の体液中に存在する高接着性の細胞が接着される。高い接着性を有する細胞として、例えば、血液等に含まれる転移性のがん細胞、白血病細胞などの腫瘍細胞が挙げられる。また、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞などの細胞の検出にも使用することができる。
【0056】
上記のとおり、粒子表面を構成する水和性組成物が示す飽和中間水量に応じて各種細胞が当該水和性組成物に接着するか否かが決定され、飽和中間水量の大きい水和性組成物を用いることにより、より接着性の低い細胞の接着が防止される。このため、本発明に係る細胞接着用粒子においては、目的とする標的細胞が接着可能な範囲内でなるべく大きな飽和中間水量を示す水和性組成物を使用することが、選択性の向上の点で望ましい。一方、3wt%程度の比較的小さな飽和中間水量を示す水和性組成物を用いることで、血液中を浮遊する大多数の細胞の接着が抑制される一方で、血液中の稀少細胞を接着して富化することが可能となる。このため、本発明に係る細胞接着用粒子により細胞を分離する目的、又は分離の目的とする標的細胞の種類等に応じて細胞接着用粒子の表面の飽和中間水量が設定され、当該飽和中間水量を示す水和性組成物を選択して使用することが好ましい。
【0057】
(6)本発明に係る細胞接着用粒子を用いた細胞の接着について
本発明に係る細胞接着用粒子は、分離の目的とする標的細胞の存在が期待される血液、リンパ等の体液をサンプルとして、当該サンプル中に所定の割合で投入することで使用される。細胞接着用粒子を投入する血液等については、細胞接着用粒子と標的細胞との接着工程を円滑にする目的で、予め希釈や遠心分離による富化、凝固防止剤等の投入等、適宜の前処理を行うことも可能である。
サンプル中に所定の割合で細胞接着用粒子を投入後、細胞接着用粒子と標的細胞の衝突頻度を高めるために適宜の条件で撹拌を行うことが望ましい。撹拌の条件は、使用する細胞接着用粒子がサンプル中に分散して沈殿を生じない程度が望ましく、過度の速度での撹拌は標的細胞の細胞接着用粒子の相対速度を高めることで接着を阻害し、また細胞接着用粒子からの標的細胞の剥離を生じさせる点で好ましくない。
【0058】
サンプル中で所定時間の撹拌を行った後、標的細胞を接着した細胞接着用粒子は適宜の方法でサンプルから分離される。細胞接着用粒子を分離する方法は、細胞接着用粒子の大きさや密度、物性などに応じて適宜決定可能である。例えば、遠心分離によって細胞接着用粒子を沈下させてもよく、フィルターによる濾過で細胞接着用粒子を分取してもよい。また、磁性体を含む細胞接着用粒子を用いることで、磁場によって細胞接着用粒子を収集することも可能である。
収集された標的細胞の接着した細胞接着用粒子は、その後にPBS中に投入する等して細胞を保護することが好ましい。また、本発明に係る細胞接着用粒子の内、特に3μm以上の粒子径を用いた場合には、標的細胞の接着した粒子を細胞接着用の培地中に入れることで細胞が自律的に脱離し、ダメージを与えることなく標的細胞を得ることができる。その他、EDTAやEGTAなどのキレート剤による処理や、超音波処理、振とう、洗浄等、細胞を基材から脱離させるために使用される手段によって細胞接着用粒子から細胞を脱離させて各種評価等に供することができる。
【0059】
細胞接着用粒子から脱離させた細胞には、血液中等に存在する複数種の細胞が含まれるため、顕微鏡下で目的とする細胞を選択して分離して使用することが好ましい。分離した細胞の内、特に腫瘍細胞等については、その計数結果から腫瘍の進展の程度や特性、転移の可能性を知るための指標とすることができる。また、細胞接着用粒子から脱離させた腫瘍細胞を培養して増殖させることにより、腫瘍の原発巣の特定や、薬効が望める抗がん剤の候補物質のスクリーニングに使用することができる。また、幹細胞等については、所定の環境下で培養することにより再生医療に使用することができる。
【0060】
本発明に係る細胞接着用粒子は、カラムに充填して、標的細胞を分離するために用いることができる。具体的には、例えば、標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子に吸着させる工程、標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子から溶出させる工程を経て、体液等のサンプルから標的細胞を分離することができる。
カラムのサイズ、標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子に吸着させる条件、標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子から溶出させる条件等は、適宜設定することができる。
標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子に吸着させる工程においては、上述したように、例えば、標的細胞を含む体液等を、カラムに充填した細胞接着用粒子に接触させてもよい。体液等は、予め、希釈、遠心分離、適宜の前処理等が行われたものであってもよい。
標的細胞をカラム内の細胞接着用粒子から溶出させる工程においては、上述したように、例えば、培地を溶出液として用いてもよいし、キレート剤を含む溶出液を用いてもよいし、適宜の手段を採用することができる。
【実施例
【0061】
以下、実施例を参照して、本発明について具体的に説明する。なお、本発明は、下記の実施例により制限されるものではない。
【0062】
1,水和性組成物の合成と、中間水量の測定
以下の手段により、含水した際に中間水を含有することが知られているポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(PMEA)材を合成した。
2-メトキシエチルアクリレート 15gを1,4-ジオキサン 60g中でアゾビスイソブチロニトリル(0.1重量%)を開始剤として、窒素バブリングしながら75℃で10時間重合を行った。重合反応終了後、n-ヘキサンに滴下し沈殿させ、生成物を単離した。生成物をテトラヒドロフランに溶解し、さらに2回n-ヘキサンを用いて精製を行った。精製物を一昼夜減圧乾燥した。無色透明で水飴状のポリマーが得られた。収量(収率)は12.3g(82%)であった。得られたポリマー構造は、1H-NMRによって確認した。GPCの分子量分析の結果から、数平均分子量(Mn)が26,000であり分子量分布(Mw/Mn)は3.27であった。なお、PMEAはメタノールに可溶であり、水に不溶である。
【0063】
合成したPMEAを最高で7日間の水中への浸漬により十分に含水させ、以下の方法によってPMEAにおける飽和中間水量を測定した。測定は、含水させた水和性組成物試料の所定量を取り、あらかじめ重量を測定した酸化アルミパンの底に薄く広げて、示差走査熱量計(DSC)内で温度変化をさせる過程において水和性組成物試料に起因する吸発熱量を測定することにより行った。示差走査熱量計内での測定は、まず室温から-100℃まで冷却速度5℃/minで冷却して10分間ホールドした後、昇温速度5℃/minで-100℃から50℃まで加熱を行う過程での吸発熱量を温度の関数として測定した。水和性組成物試料に含まれる中間水の総量(g)は、上記式(1)によって、-50~-20℃付近における潜熱の放出量(ΔHcc)から求めた。
【0064】
次に、DSC測定後に水和性組成物試料の含水重量(Wl:g)を測定した後、酸化アルミパンにピンホールをあけて真空中で十分に乾燥させた後の乾燥重量(Wo:g)を測定し、重量減少分を水和性組成物試料の含水量(Wc:g)とした。そして、上記中間水の総量(g)を水和性組成物試料の乾燥重量(Wo:g)で除することによって、水和性組成物試料に含まれる中間水量(wt%)を算出した。
各種の測定誤差を回避するため、上記測定を複数回行い、得られた中間水量の最大値をPMEAにおける飽和中間水量(SWfb)とした。以下の評価で使用したPMEAの飽和中間水量は4.0wt%であった。
【0065】
2,細胞接着用粒子の製造
各種の粒子径を有する磁性粒子、及びポリスチレン粒子を中心粒子として、以下の操作によって中心粒子の表面に上記で合成したポリマー(PMEA)を被覆することで細胞接着用粒子を製造した。なお、磁性粒子(粒子径:1.0,2.8,4.5μm)としてThermo Fisher Scientific社製の粒子(品番:DB6550, DB14203, DB14011)を用いた。また、ポリスチレン粒子(粒子径:20,90,200~300μm)として、いずれもPoly sciences社製の粒子(品番:18329-5, 07315-5, 19825-1)を使用した。また、使用したポリスチレン粒子及び磁性粒子は、いずれも中間水を含有しないことを予め確認した。
【0066】
水溶液中に分散した各粒子について、遠心分離で上清を除去してメタノールを添加する洗浄操作を3回繰り返して分散媒をメタノールに置換した。その後、遠心分離で上清を除去した各粒子をPMEAのメタノール溶液(PMEA濃度:0.2重量%)にそれぞれ投入し、ローテーターに取り付けて緩やかに1日間撹拌した。その後に、遠心分離で上清を除去して蒸留水を添加する操作を3回繰り返して分散媒を蒸留水に置換した。更に、遠心分離で上清を除去してリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を添加する操作を3回繰り返して分散媒をPBSに置換した後、4℃で保存した。得られた分散液中において、各粒子はいずれも単分散で分散した。
【0067】
図3図4には、それぞれ上記PMEAの被覆の前後におけるポリスチレン粒子(20μm)、磁性粒子(4.5μm)のXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)測定の結果を示す。XPSの測定は、上記でPMEAをコートした粒子をPBS中に分散させた分散液をそれぞれガラス板上に塗布後、恒温槽(37℃)で10時間程度、乾燥したものを試料として、AlKα線(1486.7eV)をX線源として行った。また、比較のため、PMEAコートを行っていない入手したままの各粒子をPBSに再分散させた水溶液をガラス板上に塗布・乾燥したものを用いて同様にXPSで測定を行った。
【0068】
図3図4に示すように、ポリスチレン粒子と磁性粒子のいずれにおいてもPMEAの被覆処理の前後でXPSによる測定結果に明らかな変化を生じると共に、PMEAの被覆処理を行ったポリスチレン粒子と磁性粒子において略同一の測定結果が得られた。また、PMEAの被覆処理後のポリスチレン粒子と磁性粒子に顕著に観察される535eV付近のピークは酸素原子(O1s)に由来するもの、287eV付近のピークは炭素原子(C1s)に由来するものと同定されることから、PMEAの被覆処理によっていずれの粒子においても表面がPMEAによって被覆されたものと推察された。
【0069】
3,がん細胞の各種粒子による接着と、接着による細胞への影響の評価
血液中に存在するCTCを接着して分離する可能性を評価するため、PBS中に存在するヒト線維肉腫細胞(HT-1080)を用いて、本発明に係る細胞接着用粒子が有する細胞の接着性と、粒子に接着して分離した細胞の状態を評価した。評価に用いたヒト線維肉腫細胞は、10%ウシ胎児血清(FBS)含有の培地中に播種してインキュベータ内にて37℃、5%二酸化炭素雰囲気で培養する方法で、3日毎に0.25% EDTA/Trypsinにより剥離して1/8となるように再播種することで継代培養して8割程度コンフルエントに達したものを用いた。
【0070】
(1)各種粒子による細胞の接着試験
上記で培養したHT-1080細胞から培地を除去し、適量のPBSで培地を洗浄した後に、適量の0.25% EDTA/Trypsinを加えて37℃、5%二酸化炭素雰囲気下で1~2分間静置した。その後、適量の10%FBS含有培地を加えて細胞を懸濁し、遠沈管に回収したものを室温で1000rpm、3分間の条件で遠心分離して上清を除去して、PBSを添加して再懸濁させた。再度、遠心分離して上清を除去した後にPBSを添加することで洗浄し、HT-1080細胞のPBS懸濁液(懸濁液中の細胞濃度:2×10個/ml)とした。なお、細胞の濃度の測定は、TC20全自動セルカウンター(BIORAD, 1450101J1)を用いて行った。
【0071】
上記HT-1080細胞のPBS懸濁液に、上記で準備したPMEAをコートした各種粒子のPBS懸濁液を混合してローテーターに装着して撹拌することで、各種粒子とHT-1080細胞の接着を行った。
上記細胞の接着試験においては、5×10個(懸濁液として0.25ml)のHT-1080細胞に対して、表2に記載する個数の各種粒子が分散した分散液を混合してチューブに入れ、ローテーターに固定して所定の時間だけ室温で3rpmにて回転させて各種粒子にHT-1080細胞を接着させた。なお、各粒子の個数は、総面積が略同一になるように調整した。所定時間が経過した後、遠心分離により細胞接着用粒子を沈殿・分離して、上清中に含まれるがん細胞の個数(濃度)を測定し、投入したがん細胞の個数との対比によってがん細胞の各種粒子への接着率を算出した。
【0072】
【表2】
【0073】
図5には、各種粒子とがん細胞の混合時間を変えた際の、各種粒子に対するHT-1080細胞の接着率の変化を示す。また、表3には、各種粒子とがん細胞の混合時間を15分間、120分間とした際のHT-1080細胞の接着率を示す。
【0074】
【表3】
【0075】
図5及び表3に示すとおり、混合時間を30分以上とすることにより、いずれの粒子径の粒子についても高い割合でHT-1080細胞が粒子に接着されて溶液から分離できることが示された。特に10μm程度以上の粒子径の粒子を用いることで、15分間程度の短時間の混合によっても十分な割合でHT-1080細胞を接着できることが示された。
【0076】
(2)細胞の接着形態の評価
上記操作によりHT-1080細胞を接着させた粒子を遠心分離によって沈殿させて分離し、PBSを添加して洗浄した後に、ウシ胎児血清(FBS)非含有の培地中に播種して光学顕微鏡にて粒子に接着したHT-1080細胞の形態を観察した。
図6には、上記により粒子径4.5μm、20μmの粒子に接着したHT-1080細胞の光学顕微鏡像を示す。4.5μmの粒子においては、各細胞の周囲に複数の粒子が付着する形態で粒子と細胞の接着を生じることが観察された。一方、20μm以上の粒子においては、細胞と混合した後にも各粒子が単分散した状態が維持され、HT-1080細胞はそれぞれ単分散した粒子に接着していることが観察された。また、培地内には粒子に接着していないHT-1080細胞も観察され、粒子を遠心分離によって分離した後にHT-1080細胞が粒子から自律的に脱離する可能性が示唆された。
【0077】
(3)接着粒子からの細胞の自律的な脱離の評価
上記の観察から、使用する細胞接着用粒子の粒子径に応じてHT-1080細胞の接着の形態が変化し、特に粒子径が大きい場合には、培地内でHT-1080細胞が粒子から自律的に脱離することが観察された。このため、以下のとおり、粒子に接着することでPBS中から分離されたHT-1080細胞が、その後に粒子から脱離する現象について評価を行った。
上記でPMEAをコートした各種粒子の個数が表4に記載の個数になるようにPBS懸濁液として上記と同様にHT-1080細胞のPBS懸濁液に混合して、ローテーターに装着して120分間の撹拌をすることで、各粒子にHT-1080細胞を接着させた。その後、粒子に未接着の細胞が混入しないように遠心分離又は磁場により粒子を沈殿・分離して、PBSを添加して洗浄した後に、ウシ胎児血清(FBS)非含有の培地中に播種してインキュベータ内にて37℃、5%二酸化炭素雰囲気下にて2時間培養した後、粒子から脱離したHT-1080細胞の割合を光学顕微鏡にて計数した。計数は、光学顕微鏡(10倍)の視野に観察される範囲内で、粒子に接着したままの細胞と、粒子から脱離して培地中に移動したがん細胞の数をそれぞれ目視で計数することにより行った。
【0078】
【表4】
【0079】
図7には、各粒子径毎のHT-1080細胞の脱離率を示す。また、図8には、上記で観察された粒子と細胞の光学顕微鏡写真を示す。図7に示すように、使用した粒子の粒子径に依存して、粒子に接着した細胞が自律的に脱離する比率が変化し、1.0μmの粒子を用いた場合には、粒子が細胞の周囲に接着したまま凝集し、単独で培地中に存在するHT-1080細胞はほとんど存在しないことが観察された(図8A)。一方、4.5μmの粒子を使用した場合には、概ね70%程度のHT-1080細胞が自律的に培地中に移動することが観察され、20μmの粒子を使用した場合には、培地内で保持することにより、ほぼ全ての細胞が粒子から自律的に脱離することが観察された(図8B)。
【0080】
4,各種粒子に対するヒト血小板の接着試験
血液中に存在するCTC等を、血小板等の血球細胞と分離して選択的に接着して水溶液中から分離する可能性を評価するため、各種粒子に対する血小板の接着の程度を確認した。
評価に使用するヒト血小板は、以下のようにして準備した。ヒト全血を遠心分離(1500rpm,5分間)して上清を回収し、血小板を多く含む血漿成分PRP (platelet rich plasma)を得た。また、別のヒト全血を遠心分離(4000rpm,10分間)し、同様に上清を回収して血小板の少ない血漿成分PPP (platelet poor plasma)を得た。PRPをPPPで希釈することで、血球計算盤を用いてヒト血小板溶液(血小板密度:1.0×10個/ml)を調製した。
上記ヒト血小板溶液0.5ml(血小板数:0.5×10個)に対して、それぞれ表5に示す個数のPMEAコートの有/無の磁性粒子(DN)とポリスチレン粒子(PS)をチュープ内で混合し、ローテーターに固定して室温で3rpmにて60分間回転させた後、上清中に含まれるヒト血小板の濃度を測定し、ヒト血小板の各種粒子への接着率に換算した。
【0081】
【表5】
【0082】
表5に、上記で評価した各種粒子によるヒト血小板の接着率を示す。表5に示すとおり、PMEAコートの無い粒子を60分間混合することにより、粒子の粒径等によらず50%以上の血小板が粒子に接着されることが観察された。一方、PMEAをコートした粒子では、混合後にヒト血小板溶液中の血小板数の減少が実質的に観察されず、粒子への血小板の接着頻度が低いことが示された。
【0083】
また、粒子表面への血小板の接着を確認するために、上記の血小板接着実験後の各種粒子をリン酸緩衝液にて洗浄した後に、1%グルタルアルデヒド溶液を添加して懸濁し、ローテーターに固定して室温で3rpmにて60分間回転させることで粒子表面に接着した血小板を粒子に固定した。その後、粒子をリン酸緩衝液、純水、およびエタノールにて洗浄し、PET基板上に載せて風乾させた。PET基板をSEM(Scanning Electron Microscope)専用試料台に電導テープを用いて固定し、イオンコーターを用いて試料表面に白金-パラジウムを真空蒸着させてSEM観察用試料とし、SEM(KEYENCE, VE-7800)にて観察した。
【0084】
図9には、上記の血小板接着試験後の粒子をSEMで観察した結果を示す。図9に示すように、PMEAをコートした粒子と比較して、PMEAコートの無い粒子表面には有意の付着物の存在が観察されることからも、粒子の材質や粒子径によらずPMEAコートが粒子表面への血小板の接着を抑制することが示された。
上記の結果は、血液中にPMEAコートの無い磁性粒子やポリスチレン粒子を混合した場合には、血液中に高密度で存在する血小板等が粒子表面に優先的に接着する結果、稀少に存在するがん細胞や幹細胞等の接着が実質的に困難であることを示唆する。
【0085】
これに対して、水和した際に所定量の中間水を含有するPMEAを表面に有する粒子では実質的に血小板の接着が観察されない一方で、腫瘍細胞等が高い頻度で接着することから、選択的な細胞接着を生じることが示された。この結果は、本発明者らが特許文献3で報告した平膜状の試料における評価結果と同様であり、粒子表面に中間水が存在することによって、中間水量に応じて所定の細胞が選択的に接着することを示唆するものである。そして、水和した際に接着対象に応じた量の中間水が表面に含有される粒子を用いることで、血球細胞が高密度で存在する血液中においてがん細胞や幹細胞等を選択的に接着可能であることが示唆される。
【0086】
5,模擬血液中におけるがん細胞の接着試験
上記のとおり、水和により所定量の中間水を含有する水和性組成物を表面に有する粒子を用いることで、腫瘍細胞等を選択的に接着可能であり、また、その粒子径を3μm程度以上とすることで、接着した細胞が自律的に脱離して培養皿表面等に移動し、その後の培養が良好に行えることが示唆された。
このため、以下では腫瘍細胞と血小板が混在する環境に本発明に係る細胞接着用粒子を混合し、実際に腫瘍細胞を血小板と区別して選択的に接着して分離し、その後に培地に回収することを試行した。
【0087】
上記HT-1080細胞のPBS懸濁被(懸濁液中の細胞濃度:2.0×10個/ml)の分散媒を上記の血漿成分PPPで置換した後、血小板を多く含む血漿成分PRPを混合する方法で、ヒト血漿中にHT-1080細胞(細胞濃度:2.0×10個/ml)およびヒト血小板(血小板濃度:1.0×10個/ml)が懸濁する懸濁液を調整した。この懸濁液0.25mlに対して、PMEAコートした2.3×10個のポリスチレン粒子(粒径:20μm)を9.0×10個/mlの濃度のPBS懸濁液としてチューブ内で混合し、ローテーターに国定して室温で3rpmにて60分間回転させた後、上清中に含まれるHT-1080細胞およびヒト血小板の濃度を測定し、それぞれの粒子への接着率に換算した。
【0088】
また、細胞接着用粒子により接着して分離されるHT-1080細胞の状態を確認するため、上記と同様の混合液を120分間回転させた後、遠心分離により細胞接着用粒子を沈殿・分離して、上清を捨ててPBSで洗浄した後に、ウシ胎児血清(FBS)非含有の培地中に播種してインキュベータ内にて37℃、5%二酸化炭素雰囲気下にて24時間培養して光学顕微鏡にて細胞の様子を観察した。
表6には、上記で測定されたHT-1080細胞およびヒト血小板の接着率を示す。また、図10には、上記で観察したHT-1080細胞の光学顕微鏡写真を示す。表6に示すように、PMEAでコーティングした粒子径が20μmの粒子によって、血小板の接着を抑制しながらHT-1080細胞を高い比率で接着したことから、本発明に係る細胞接着用粒子によって腫瘍細胞の選択的な接着が可能であることが示された。
【0089】
【表6】
【0090】
また、図10に示すように、分離した粒子を培地中に播種して培養することにより、粒子に接着したHT-1080細胞は粒子から自律的に脱離して培養血に接着し、伸展する様子が観察されることから、本発明の細胞接着用粒子により捕集した細胞を培養することにより各種評価に用いることが可能である。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図9C
図9D
図10