(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】マイクロ波光子制御装置、マイクロ波光子送信器、マイクロ波光子受信器およびマイクロ波光子中継器
(51)【国際特許分類】
H04B 10/27 20130101AFI20241112BHJP
H04B 10/70 20130101ALI20241112BHJP
H10N 60/10 20230101ALI20241112BHJP
G06N 10/40 20220101ALI20241112BHJP
【FI】
H04B10/27 ZAA
H04B10/70
H10N60/10
G06N10/40
(21)【出願番号】P 2021570037
(86)(22)【出願日】2020-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2020049180
(87)【国際公開番号】W WO2021140995
(87)【国際公開日】2021-07-15
【審査請求日】2023-09-04
(31)【優先権主張番号】P 2020001696
(32)【優先日】2020-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】河野 信吾
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰信
【審査官】竹内 亨
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-214051(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0330266(US,A1)
【文献】GUIMOND P. O. ,A Unidirectional on-chip photonic interface for superconducting circuits,npj Quantum Information,2020年03月27日,Vol. 6, No. 32
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 10/00-10/90
H04J 14/00-14/08
H04B 10/70
H10N 60/10
G06N 10/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロ波光子制御装置であって、
マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備え、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であり(nは0以上の整数)、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成され、
前記直接結合は、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の前記導波路を介した結合を打ち消し、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの量子もつれ状態の位相
、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの基底および励起の状態の制御、および/または前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと
前記導波路との結合が制御されることにより、
前記導波路の一方向にマイクロ波光子を放出する第1の動作モードと、
前記導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収する第2の動作モードと、
前記導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を透過して伝播させる第3の動作モード
と、を切り替えて動作
し、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの制御と、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと前記導波路との結合と、前記量子もつれ状態の位相の制御とは、受信したマイクロ波によって行われることを特徴とするマイクロ波光子制御装置。
【請求項2】
第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備え、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットは、それぞれ前記第1の共振器および前記第2の共振器を介して前記導波路に接続され、
前記直接結合は、前記第1の共振器と前記第2の共振器との間に形成され、
前記直接結合は時間的に一定であり、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと
前記導波路との結合の制御は、
前記第1の量子ビットと前記第1の共振器との間の結合、および、前記第2の量子ビットと前記第2の共振器との間の結合の制御であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロ波光子制御装置。
【請求項3】
結合制御部と、量子もつれ状態生成部とをさらに備え、
前記結合制御部は、前記第1の量子ビットと前記導波路との結合および第2の量子ビットと
前記導波路との結合を制御し、
前記量子もつれ状態生成部は、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の量子もつれ状態を生成することを特徴とする請求項1または2に記載のマイクロ波光子制御装置。
【請求項4】
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットは、超伝導量子ビットであることを特徴とする請求項
1から3のいずれかに記載のマイクロ波光子制御装置。
【請求項5】
マイクロ波光子送信器であって、
マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備え、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であり(nは0以上の整数)、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成され、
前記直接結合は、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の前記導波路を介した結合を打ち消し、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの量子もつれ状態の位相および/または前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと
前記導波路との結合が制御されることにより、前記導波路の一方向にマイクロ波光子を放出
し、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと前記導波路との結合と、前記量子もつれ状態の位相の制御は、受信したマイクロ波によって行われることを特徴とするマイクロ波光子送信器。
【請求項6】
第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備え、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットは、それぞれ前記第1の共振器および前記第2の共振器を介して前記導波路に接続され、
前記直接結合は、前記第1の共振器と前記第2の共振器との間に形成され、
前記直接結合は時間的に一定であり、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットと
前記導波路との結合の制御は、
前記第1の量子ビットと前記第1の共振器との間の結合、および、前記第2の量子ビットと前記第2の共振器との間の結合の制御であることを特徴とする請求項
5に記載のマイクロ波光子送信器。
【請求項7】
マイクロ波光子受信器であって、
マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備え、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であり(nは0以上の整数)、
前記直接結合は、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の前記導波路を介した結合を打ち消し、
初期状態として、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットをいずれも基底状態とすることにより、前記導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収
し、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの制御は、受信したマイクロ波によって行われることを特徴とするマイクロ波光子受信器。
【請求項8】
第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備え、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットは、それぞれ前記第1の共振器および前記第2の共振器を介して前記導波路に接続され、
前記直接結合は、前記第1の共振器と前記第2の共振器との間に形成され、
前記直接結合は時間的に一定であることを特徴とする請求項
7に記載のマイクロ波光子受信器。
【請求項9】
マイクロ波光子中継器であって、
マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備え、
前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であり(nは0以上の整数)、
前記直接結合は、前記第1の量子ビットと前記第2の量子ビットとの間の前記導波路を介した結合を打ち消し、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットから
前記導波路への緩和をオフにすることにより、前記導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を透過して伝播させ
、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットの緩和レートの制御は、受信したマイクロ波によって行われることを特徴とするマイクロ波光子中継器。
【請求項10】
第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備え、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットは、それぞれ前記第1の共振器および前記第2の共振器を介して前記導波路に接続され、
前記直接結合は、前記第1の共振器と前記第2の共振器との間に形成され、
前記直接結合は時間的に一定であることを特徴とする請求項
9に記載のマイクロ波光子中継器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ波光子制御装置、マイクロ波光子送信器、マイクロ波光子受信器、マイクロ波光子中継器および量子コンピュータに関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ波光子(波長が数cmのマイクロ波領域のエネルギーを持つ光子)の伝播を利用して、量子ビットが実装されたチップ同士を接続することにより、量子ネットワークを形成する手法が提案されている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】M. Pechal, L. Huthmacher, C. Eichler, S. Zeytinoglu, A. A. Abdumalikov, Jr., S. Berger, A. Wallraff, and S. Filipp "Microwave-controlled generation of shaped single photons in circuit quantum electrodynamics", Physical Review X 4, 041010(2014)
【文献】P. Kurpiers, P. Magnard, T. Walter, B. Royer, M. Pechal, J. Heinsoo, Y. Salathe, A. Akin, S. Storz, J.-C. Besse, S. Gasparinetti, A. Blais, A. Wallraff, "Deterministic Quantum State Transfer and Generation of Remote Entanglement using Microwave Photons", Nature 558, 264-267 (2018)
【文献】J. M. Chow, A. D. Corcoles, J. M. Gambetta, C. Rigetti, B. R. Johnson, J. A. Smolin, J. R. Rozen, G. A. Keefe, M. B. Rothwell, M. B. Ketchen, M. Steffen, "A simple all-microwave entangling gate for fixed-frequency superconducting qubits", Phys. Rev. Lett. 107,080502 (2011)
【文献】Y. Yin, Y. Chen, D. Sank, P. J. J. O'Malley, T. C. White, R. Barends, J. Kelly, E. Lucero, M. Mariantoni, A. Megrant, C. Neill, A. Vainsencher, J. Wenner, A. N. Korotkov, A. N. Cleland, and J. M. Martinis, "Catch and Release of Microwave Photon States", Phys. Rev. Lett. 110, 107001 (2013)
【文献】Y. Chen, C. Neill, P. Roushan, N. Leung, M. Fang, R. Barends, J. Kelly, B. Campbell, Z. Chen, B. Chiaro, A. Dunsworth, E. Jeffrey, A. Megrant, J. Y. Mutus, P. J. J. O'Malley, C. M. Quintana, D. Sank, A. Vainsencher, J. Wenner, T. C. White, Michael R. Geller, A. N. Cleland, and J. M. Martinis "Qubit Architecture with High Coherence and Fast Tunable Coupling"Phys. Rev. Lett. 113, 220502 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
量子ビットをチップ上に集積化して実装することにより、巨視的な量子回路を形成することができる。しかしながら1つのチップに実装できる量子ビットの数には限界がある。そこで、マイクロ波光子の伝播を利用してチップ同士を量子的に接続することにより、量子ネットワークを形成し、量子ビットの総数を増やす手法が提案されている。以下、量子ビット間で量子情報を運ぶマイクロ波光子を「伝播マイクロ波光子」と呼ぶ。この場合、例えば伝搬マイクロ波単一光子状態と真空状態の重ね合わせ状態を用いて、量子情報が伝達される。このとき、複雑なトポロジーの量子ネットワークを実現するためには、伝播マイクロ波光子の伝播方向を制御する必要がある。こうした方向制御を実現するデバイスの例として、サーキュレータが知られている。このうち量子ネットワークに適用可能なものとしては、フェライトサーキュレータや超伝導型サーキュレータがある。しかしながら、こうしたサーキュレータには以下のような課題がある。
【0005】
先ずフェライトサーキュレータは磁場を利用するため、超伝導量子ビットに使われる超伝導回路に近接して設置することが困難である。またフェライトサーキュレータは伝播損失が大きく性能が悪い。さらにフェライトサーキュレータは物理的サイズが大きいため、拡張性に乏しい。またフェライトサーキュレータは、伝播方向は固定的であり、これを時間的に変化させる制御ができない。このため、ルータとして使いにくいという欠点がある。
【0006】
一方超伝導型サーキュレータは、超伝導回路を使用するため、超伝導量子ビットとの親和性はよい。しかしながら超伝導型サーキュレータは多くのマイクロ波源やマイクロ波配線を必要とするため、調整が困難で拡張性に乏しいといった問題がある。さらに超伝導型サーキュレータは、使用する共振器の線幅内でしかサーキュレート動作を実現できないため、周波数帯域が狭い。
【0007】
本発明は、こうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、サーキュレータを必要とすることなく、量子ネットワークにおける伝播マイクロ波光子の伝播方向を制御する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のマイクロ波光子制御装置は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である(nは0以上の整数)。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成される。直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消す。このマイクロ波光子制御装置は、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの量子もつれ状態の位相および/または第1の量子ビットおよび第2の量子ビットと導波路との結合が制御されることにより、導波路の一方向にマイクロ波光子を放出する第1の動作モードと、導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収する第2の動作モードと、導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を透過して伝播させる第3の動作モードと、を切り替えて動作する。
【0009】
本発明の別の態様は、マイクロ波光子送信器である。このマイクロ波光子送信器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である(nは0以上の整数)。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成される。直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消す。このマイクロ波光子送信器は、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの量子もつれ状態の位相および/または第1の量子ビットおよび第2の量子ビットと導波路との結合が制御されることにより、導波路の一方向にマイクロ波光子を放出する。
【0010】
本発明のさらに別の態様は、マイクロ波光子受信器である。このマイクロ波光子受信器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である(nは0以上の整数)。直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消す。このマイクロ波光子受信器は、初期状態として、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットをいずれも基底状態とすることにより、導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収する。
【0011】
本発明のさらに別の態様は、マイクロ波光子中継器である。このマイクロ波光子中継器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である(nは0以上の整数)。直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消す。このマイクロ波光子中継器は、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットから導波路への緩和をオフにすることにより、導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を透過して伝播させる。
【0012】
本発明のさらに別の態様は、量子コンピュータである。この量子コンピュータは、複数の超伝導量子ビットを搭載した量子回路モジュールの端部に請求項1に前述のマイクロ波光子制御装置が複数個配置され、量子回路モジュール間で量子状態を送受信する。
【0013】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、サーキュレータを使用することなく、量子ネットワークにおける伝播マイクロ波光子の伝播方向を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】比較例に係るサーキュレータの動作を示す模式図である。
【
図2】第1の実施の形態に係るマイクロ波光子制御装置の模式図である。
【
図3】第1の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。第1の量子ビットと第2の量子ビットの位相差は+π/2である。
【
図4】第1の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。第1の量子ビットと第2の量子ビットの位相差は-π/2である。
【
図5】第2の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。
【
図6】第2の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。
【
図7】第3の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。
【
図8】第3の動作モードにおける
図2のマイクロ波光子制御装置の動作を示す模式図である。
【
図9】第2の実施の形態に係るマイクロ波光子制御装置の模式図である。
【
図10】
図2のマイクロ波光子制御装置が第1動作モードで動作するときの、共振器間の直接結合の有無による光子放出の違いを示すシミュレーション結果である。
【
図11】第6の実施の形態に係る量子コンピュータの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項の中で「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合、特に言及がない限りこの用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するだけのためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0017】
[比較例:サーキュレータ]
具体的な実施の形態を説明する前に、比較例を説明する。
図1に、比較例に係るサーキュレータの動作を模式的に示す。この例では、それぞれ量子ビットが実装された4つのチップC1、C2、C3およびC4が、導波路G1、G2、G3およびG4を介してサーキュレータを用いて接続され、全体として量子ネットワークが形成されている。ただし
図1では、複数あるサーキュレータのうちの1つを代表してサーキュレータ10で示している。サーキュレータ10は、3つのポートP1、P2およびP3を備える。ポートP1およびP3には、遠隔にあるチップに実装された量子ビットが接続される。ポートP2には、ローカルにあるチップに実装された量子ビット13が接続される。量子ビット13は、共振器12よって閉じ込められている。
【0018】
導波路を右向きに伝播する伝播マイクロ波光子M1は、サーキュレータ10のポートP1に入射すると、反時計方向に向きを変える。その後この伝播マイクロ波光子は、伝播マイクロ波光子M2としてサーキュレータ10のポートP2から出射し、量子ビット13に入射する。このとき伝播マイクロ波光子M1は、サーキュレータ10のポートP3から導波路に右向きに出射することも、サーキュレータ10のポートP1から導波路に左向きに出射することもない。すなわちこの場合、右向きに伝播してサーキュレータ10に入射した伝播マイクロ波光子M1は、すべて量子ビット13によって吸収される。
【0019】
量子ビット13から上向きに出射した伝播マイクロ波光子M3は、サーキュレータ10のポートP2に入射すると、反時計方向に向きを変える。その後この伝播マイクロ波光子は、伝播マイクロ波光子M4としてサーキュレータ10のポートP3から導波路に右向きに出射する。このとき伝播マイクロ波光子M3は、サーキュレータ10のポートP1から左向きに出射することも、量子ビット13に再吸収されることもない。すなわちこの場合、量子ビット13から放出された伝播マイクロ波光子M3は、すべてサーキュレータ10のポートP3から右向きに出射する。
【0020】
(図が複雑になりすぎないようにするため、図示しないが)導波路を左向きに伝播する伝播マイクロ波光子は、サーキュレータ10のポートP3に入射すると、サーキュレータ10内をそのまま左向きに進む。その後この伝播マイクロ波光子は、サーキュレータ10のポートP1から導波路に左向きに出射する。このとき伝播マイクロ波光子は、量子ビット13に吸収されることも、サーキュレータ10のポートP3から右向きに出射することもない。すなわちこの場合、左向きに伝播してサーキュレータ10に入射した伝播マイクロ波光子は、すべてサーキュレータ10を透過する。
【0021】
以上説明したように、サーキュレータ10は、伝播マイクロ波光子の伝播方向を反時計回りにサーキュレートするように制御する。
【0022】
[第1の実施の形態]
図2に、第1の実施の形態に係るマイクロ波光子制御装置1を模式的に示す。マイクロ波光子制御装置1は、第1の量子ビット20と、第2の量子ビット22と、第1の共振器30と、第2の共振器32と、第1の共振器30と第2の共振器32との間の直接結合40と、を備える。第1の量子ビット20は、第1の共振器30を介して導波路90に接続される。第2の量子ビット22は、第2の共振器32を介して導波路90に接続される。すなわち、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22は、それぞれ第1の共振器30および第2の共振器32を介して、導波路90に並列に接続される。第1の量子ビット20と第1の共振器30との間の結合は可変である。第2の量子ビット22と第2の共振器32との間の結合は可変である。このように第1の実施の形態では、各量子ビットと共振器との間の結合を可変することによって、各量子ビットの導波路90への緩和レートを制御することができる。第1の共振器30と第2の共振器32との間隔Dは、マイクロ波光子の波長λの(1/4+n/2)倍である。
すなわち、
D=(1/4+n/2)・λ ・・・(1)
である。
ここでnは0以上の整数である(以下、特に断りのない限り同様)。nの値に特段の上限はない。しかしnが大きくなりすぎると遅延の影響が出るので、nはなるべく小さい値であることが好ましい。直接結合40は、第1の共振器30と第2の共振器32との間に形成されている。
【0023】
第1の量子ビット20および第2の量子ビット22は、基底状態|g>および励起状態|e>の2準位系の重ね合わせによって形成される超伝導量子ビットである。ここで、第1の量子ビットが励起状態にあり、第2の量子ビットが基底状態にあるときの状態を|e,g>で表す。また、第1の量子ビットが基底状態にあり、第2の量子ビットが励起状態にあるときの状態を|g,e>で表す。さらに第1の量子ビットおよび第2の量子ビットのいずれもが基底状態にあるときの状態を|g,g>で表し、いずれもが励起状態にあるときの状態を|e,e>で表す。第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間には量子もつれ状態が形成される。
この量子もつれ状態|Ψ>を
|Ψ>=(1/√2)(|e,g>+exp(iφ)|g,e>) ・・・(2)
で表す。ここでφは、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22の量子もつれ状態の位相差である。この量子もつれ状態は、例えば外部のマイクロ波送信器80かから、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22にマイクロ波を照射してC-NOTゲート(例えば、非特許文献3参照)操作を行うことと、各量子ビットに共鳴するマイクロ波を照射して単一量子ビットゲート操作を行うことを組み合わせることにより、実現することができる。あるいは、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22のいずれか一方を励起状態とし、両量子ビットを共鳴させ、エネルギー交換を起こさせることによっても、量子もつれ状態を形成することができる。また、量子もつれ状態の位相差は、例えば、非共鳴なマイクロ波を照射し、いずれか一方の量子ビットの共鳴周波数を変調することにより、制御することができる。
【0024】
第1の共振器30と第2の共振器32との間に形成されている直接結合40により、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間の導波路90を介した結合を打ち消すことができる。以下、この点について説明する。
【0025】
一般に2つの量子ビットを導波路に並列に接続すると、両量子ビットの間には導波路を介した結合が発生する。特に本実施の形態のように、両量子ビット間の間隔Dが(1/4+n/2)・λである場合、この導波路を介した結合では両量子ビット間のエネルギー交換相互作用が支配的となる。このエネルギー交換により、両量子ビット間の量子もつれ状態は破壊される。量子もつれ状態が破壊されると、マイクロ波光子制御装置の性能は低下する。従って、導波路を介した両量子ビット間の結合を打ち消すことが求められる。
【0026】
本実施の形態では、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22は、それぞれ第1の共振器30および第2の共振器32を介して、導波路90に並列に接続されている。この場合、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間の導波路90を介した結合は、第1の共振器30と第2の共振器32との間の導波路90を介した結合となる。第1の共振器30および第2の共振器32の導波路90への緩和レートをγとおくと、第1の共振器30と第2の共振器32との間の導波路90を介した結合Jは、
J=γ/2 ・・・(3)
と表すことができる。
【0027】
ここで、第1の共振器30および第2の共振器32の導波路90への緩和レートは時間的に一定とすることができる。従って、第1の共振器30と第2の共振器32との間に、例えばキャパシティブ結合を用いて直接結合40を形成し、この直接結合40を-J(すなわち、第1の共振器30と第2の共振器32との間の導波路90を介した結合Jと同じ大きさで、符号が逆の結合)とすることにより、第1の共振器30と第2の共振器32との間の導波路90を介した結合Jを打ち消すことができる。このとき、第1の共振器30および第2の共振器32の導波路90への緩和レートγが時間的に一定であるため、直接結合40(-J)も時間的に一定とすることができることに注意する。
【0028】
マイクロ波光子制御装置1は、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22の緩和レートが制御されることにより、第1の動作モードと、第2の動作モードと、第3の動作モードと、を切り替えて動作する。量子ビットの緩和レートの制御方法の例として、外部のマイクロ波送信器80から照射されたマイクロ波の強度に応じて量子ビットと共振器との間の結合の強さを制御し、共振器を介した量子ビットの導波路への実効的な緩和レートを制御する方法が挙げられる(例えば、非特許文献1参照)。以下、この点について説明する。
【0029】
図3および
図4に、第1の動作モードにおけるマイクロ波光子制御装置1の動作を示す。マイクロ波光子制御装置1は、第1の動作モードでは、導波路の90の一方向にマイクロ波光子を放出する。
【0030】
図3は、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22の量子もつれ状態の位相差φが+π/2のときのマイクロ波光子制御装置1の動作を示す。量子もつれ状態の位相差φを+π/2または-π/2とすることにより、位相差φに応じて、光子をそれぞれ逆方向に放出させることができる。
図3の例では、マイクロ波光子制御装置1から放出された光子は、導波路90を右方向にのみ伝播する。すなわち、マイクロ波光子制御装置1から放出された光子は、導波路90を左方向に伝播することも、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22に再吸収されることもない。
【0031】
図4は、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22の位相差φが-π/2のときのマイクロ波光子制御装置1の動作を示す。
図4の例では、マイクロ波光子制御装置1から放出された光子は、
図3とは逆に導波路90を左方向にのみ伝播する。すなわち、マイクロ波光子制御装置1から放出された光子は、導波路90を右方向に伝播することも、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22に再吸収されることもない。
【0032】
マイクロ波光子制御装置1が第1の動作モードにおいて、導波路90の一方向にのみマイクロ波光子を放出するのは、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間隔がマイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であることによる。これにより、
図3に示される例では、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22から放出された光子のうち、導波路90を左方向に伝播するものは干渉によって消える。一方、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22から放出された光子のうち、量子ビットに再吸収されるもの(すなわち、導波路を介した両量子ビット間のエネルギー交換相互作用の影響を受けるもの)は、直接結合40によって消える。このようにして、導波路90を右方向に伝播するものだけが量子ビットから完全に放出されて伝播する。
【0033】
図5および
図6に、第2の動作モードにおけるマイクロ波光子制御装置1の動作を示す。マイクロ波光子制御装置1は、第2の動作モードでは、導波路90の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収する。第2の動作モードでは、初期状態として、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22のいずれもが基底状態にあるときの状態|g,g>を用意しておく。これにより、マイクロ波光子制御装置1に入射した光子は、量子ビットにより吸収される。この結果量子ビットは励起状態となる。
【0034】
図5の例では、マイクロ波光子制御装置1は、導波路90を左方向に伝播した光子をすべて吸収する。すなわち、マイクロ波光子制御装置1に入射した光子は、マイクロ波光子制御装置1を透過して導波路90を左方向に伝播することも、マイクロ波光子制御装置1で反射して導波路90を右方向に伝播することもない。光子が吸収された結果、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22の量子もつれ状態の位相差φは+π/2となる。
【0035】
図6の例では、マイクロ波光子制御装置1は、導波路90を右方向に伝播した光子をすべて吸収する。すなわち、マイクロ波光子制御装置1に入射した光子は、マイクロ波光子制御装置1を透過して導波路90を右方向に伝播することも、マイクロ波光子制御装置1で反射して導波路90を左方向に伝播することもない。光子が吸収された結果、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22の量子もつれ状態の位相差φは-π/2となる。
【0036】
マイクロ波光子制御装置1が第2の動作モードにおいて、導波路90を一方向に伝播した光子をすべて吸収するのは、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間隔がマイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であることによる。これにより、光子の吸収に伴い第1の量子ビット20と第2の量子ビット22から放出された光子は干渉によって消え、導波路90から一方向に伝播した光子を完全に吸収する。
【0037】
図7および
図8に、第3の動作モードにおけるマイクロ波光子制御装置1の動作を示す。マイクロ波光子制御装置1は、第3の動作モードでは、導波路90の一方向から伝播したマイクロ波光子を透過して伝播させる。第3の動作モードでは、初期状態として、第1の量子ビット20と第2の共振器30との結合、および、第2の量子ビット22と第2の共振器32との結合をいずれもオフにしておく。これにより、マイクロ波光子制御装置1に光子は、反射されることも吸収されることもなく、マイクロ波光子制御装置1を完全に透過して伝播する。
【0038】
図7の例では、マイクロ波光子制御装置1は、導波路90を左方向に伝播した光子をすべて透過させる。すなわち、マイクロ波光子制御装置1に入射した光子は、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22に吸収されることも、マイクロ波光子制御装置1で反射して導波路90を右方向に伝播することもない。
【0039】
図8の例では、マイクロ波光子制御装置1は、導波路90を右方向に伝播した光子をすべて透過させる。すなわち、マイクロ波光子制御装置1に入射した光子は、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22に吸収されることも、マイクロ波光子制御装置1で反射して導波路90を左方向に伝播することもない。
【0040】
マイクロ波光子制御装置1が第3の動作モードにおいて、導波路90を一方向に伝播した光子をすべて透過して伝播するのは、第1の共振器30と第2の共振器32との間隔がマイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍であることによる。これにより、光子の伝播に伴い第1の共振器30と第2の共振器32により反射された光子は干渉によって消え、導波路90から一方向に伝播した光子は完全に透過される。
【0041】
本実施の形態によれば、サーキュレータを使用することなく、量子ネットワークにおける伝播マイクロ波光子の伝播方向を制御することができる。特に、直接結合40は時間的に一定とすることができるため、特段の時間的制御を必要とすることなく直接結合40を簡易に実現することができる。さらにマイクロ波光子制御装置1は、第1、第2および第3の動作モードを切り替えて利用できるため、ルータとしても好適である。
【0042】
[第2の実施の形態]
図9に、第2の実施の形態に係るマイクロ波光子制御装置2を模式的に示す。マイクロ波光子制御装置2は、第1の量子ビット20と、第2の量子ビット22と、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間の直接結合42と、を備える。第1の量子ビット20および第2の量子ビット22は、導波路90に並列に直接接続される。第1の実施の形態と同様に、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間隔Dは、マイクロ波光子の波長λの(1/4+n/2)倍である。図示されるように、直接結合42は、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間に直接形成されている。マイクロ波光子制御装置2のその他の構成と動作は、マイクロ波光子制御装置1と共通である。
【0043】
マイクロ波光子制御装置1と異なり、マイクロ波光子制御装置2では、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22は、共振器を介することなく、導波路90に直接接続される。この場合、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22の導波路90への緩和レートγは時間的に変化する。すなわち、
γ=γ(t) ・・・(4)
である。
【0044】
このときの緩和レートの制御は、例えばSQUID(超伝導量子干渉計)のインダクタンス変調を利用することにより実現することができる(例えば、非特許文献4参照)。
【0045】
本実施の形態においても、第1の量子ビット20と量子ビット22との間には導波路90を介した結合が発生する。両量子ビット間の間隔Dは(1/4+n/2)・λであるので、この導波路を介した結合では両量子ビット間のエネルギー交換が支配的となり、これにより、両量子ビット間の量子もつれ状態は破壊される。このため、導波路を介した両量子ビット間の結合を打ち消すことが求められる。
【0046】
ここで、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間の導波路90を介した結合Jは、時間的に変化するJ(t)であり、
J(t)=γ(t)/2 ・・・(5)
と表すことができる。
すなわち、量子ビット20と第2の量子ビット22との間に、直接結合42を形成し、この直接結合42を-J(t)(すなわち、第1の共振器30と第2の共振器32との間の導波路90を介した結合Jと同じ大きさで、符号が逆の結合)となるように時間変化させることにより、第1の量子ビット20と第2の量子ビット22との間の導波路90を介した結合Jを打ち消すことができる。
【0047】
直接結合を時間的に制御する手法としては、SQUIDのインダクタンス変調を利用することができる(例えば、非特許文献5参照)。あるいは、直接結合42に共振器を設け、この共振器の周波数を時間的に変化させることにより、直接結合42を時間的に制御することもできる。さらにキャパシティブ結合を用いて直接結合42を形成し、これを直接時間的に制御してもよい。
【0048】
本実施の形態によれば、やはりサーキュレータを使用することなく、量子ネットワークにおける伝播マイクロ波光子の伝播方向を制御することができる。第1の実施の形態に対し、直接結合42を時間的に制御する必要がある一方、共振器を必要としないため、部品点数を削減することができる。
【0049】
第1および第2の実施の形態のマイクロ波光子制御装置は、結合制御部と、量子もつれ状態生成部とをさらに備えてもよい。この結合制御部は、第1の量子ビットと導波路との結合および第2の量子ビット22と導波路との結合を制御する。記量子もつれ状態生成部は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の量子もつれ状態を生成する。このように、マイクロ波光子制御装置が、内部に結合制御部と、量子もつれ状態生成部とを備えることにより、設計の自由度を高めることができる。
【0050】
[第3の実施の形態]
第3の実施の形態に係るマイクロ波光子送信器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成される。上記の直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消し、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの緩和レートと、量子もつれ状態の位相とが制御されることにより、導波路の一方向にマイクロ波光子を放出する。すなわち、本実施の形態は、第2の実施の形態のマイクロ波光子制御装置から第1の動作モードを抽出して、マイクロ波光子送信器を構成したものである。
【0051】
本実施の形態によれば、導波路の一方向のみにマイクロ波光子を放出するマイクロ波光子送信器を与えることができる。
【0052】
マイクロ波光子送信器は、第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備えてもよい。このとき、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットは、それぞれ第1の共振器および第2の共振器を介して導波路に接続される。直接結合は、前記第1の共振器と前記第2の共振器との間に形成される。直接結合は時間的に一定である。第1の量子ビットおよび第2の量子ビットと導波路との結合の制御は、第1の量子ビットと第1の共振器との間の結合、および、第2の量子ビットと第2の共振器との間の結合の制御である。
【0053】
[第4の実施の形態]
第4の実施の形態に係るマイクロ波光子受信器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成される。上記の直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消し、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの緩和レートと、量子もつれ状態の位相とが制御されることにより、導波路の一方向から伝播したマイクロ波光子を吸収する。すなわち、本実施の形態は、第2の実施の形態のマイクロ波光子制御装置から第2の動作モードを抽出して、マイクロ波光子受信器を構成したものである。
【0054】
本実施の形態によれば、導波路を一方向に伝播した光子をすべて吸収するマイクロ波光子受信器を与えることができる。
【0055】
マイクロ波光子受信器は、第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備えてもよい。このとき、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットは、それぞれ第1の共振器および第2の共振器を介して導波路に接続される。直接結合は、第1の共振器と第2の共振器との間に形成される。直接結合は時間的に一定である。
【0056】
[第5の実施の形態]
第5の実施の形態に係るマイクロ波光子中継器は、マイクロ波光子が伝播する導波路にそれぞれ並列に接続された、第1の量子ビットと、第2の量子ビットと、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の直接結合と、を備える。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間隔は、マイクロ波光子の波長の(1/4+n/2)倍である。第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間に量子もつれ状態が形成される。上記の直接結合は、第1の量子ビットと第2の量子ビットとの間の導波路を介した結合を打ち消し、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの緩和レートと、量子もつれ状態の位相とが制御されることにより導波路を一方向に伝播した光子をすべて透過して伝播させる。すなわち、本実施の形態は、第2の実施の形態のマイクロ波光子制御装置から第3の動作モードを抽出して、マイクロ波光子送信器を構成したものである。
【0057】
本実施の形態によれば、導波路を一方向に伝播した光子の量子もつれ状態を破壊することなく中継することができる。
【0058】
マイクロ波光子中継器は、第1の共振器と、第2の共振器とをさらに備えてもよい。このとき、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットは、それぞれ第1の共振器および第2の共振器を介して導波路に接続される。直接結合は、第1の共振器と第2の共振器との間に形成される。直接結合は時間的に一定である。
【0059】
第1の実施の形態では、第1の量子ビットおよび第2の量子ビットの緩和レートと、量子もつれ状態の位相の制御は、外部のマイクロ波送信器から送信されたマイクロ波によって行われた。また第2の実施の形態では、緩和レートの制御は、SQUIDのインダクタンス変調を利用して行われた。しかしこれらに限られず、これらの制御は、任意の好適な方法で行われてよい。
【0060】
前述の実施の形態では、量子ビットは超伝導量子ビットであった。しかしこれに限られず、量子ビットは、例えば冷却イオン量子ビットなど、任意の好適な量子ビットであってよい。
【0061】
前述の実施の形態では、伝播マイクロ波光子として、伝搬の単一マイクロ光子を用いる例を説明した。しかしこれに限られず、伝播マイクロ波光子は、真空状態と単一マイクロは光子状態の重ね合わせ状態や、単一マイクロ波光子の時間多モードの重ね合わせ状態などであってもよい。
【0062】
次にマイクロ波光子制御装置が第1の動作モードで動作する場合に、共振器間に直接結合があるときとないときとで、光子放出がどのように異なるかを、シミュレーションにより検証する。
図10に、
図2のマイクロ波光子制御装置1が第1の動作モードで動作するときの、共振器間の直接結合40の有無による、光子放出の違いをシミュレーションした結果を示す。ただしマイクロ波光子制御装置1は、光子を導波路90の右側に放出するように位相が調整されているものとする。
【0063】
図10の上段は、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22における量子ビットの占有率の時間変化を示す。
図10の下段は、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22から放出された光子のフラックスの時間変化を示す。上段では、量子ビット20をQ1で、量子ビット22をQ2で表す。また、直接結合40がある場合を実線で、ない場合を点線で示す。すなわち上段において、
Q1(c.ON)は、直接結合40があるときの量子ビット20を、
Q2(c.ON)は、直接結合40があるときの量子ビット22を、
Q1(c.OFF)は、直接結合40がないときの量子ビット20を、
Q2(c.OFF)は、直接結合40がないときの量子ビット22を
それぞれ表す。下段では、下付き添字のLは左側に放出される光子を、Rは右側に放出される光子を示す。すなわち下段において、
P
R
ideal(t)は、理想的な条件下で右側に放出されるフラックスを、
P
L(t)(c.ON)は、直接結合40があるときに左側に放出されるフラックスを、
P
R(t)(c.ON)は、直接結合40があるときに右側に放出されるフラックスを、
P
L(t)(c.OFF)は、直接結合40がないときに左側に放出されるフラックスを、
P
R(t)(c.OFF)は、直接結合40がないときに右側に放出されるフラックスを
それぞれ表す。下段の図には示されていないが、理想的な条件下で左側に放出されるフラックス(P
L
ideal(t)に相当するもの)は、全時間帯にわたって0である。
【0064】
上段に図示されるように、直接結合40があるときは、第1の量子ビット20および第2の量子ビット22ともに、光子放出前には占有率50%だったものが、光子放出後は0%になっている。すなわち、直接結合40があるとき、光子は完全に導波路90に右側に放出されることが分かる。これに対し、直接結合40がないときは、光子放出後にも第1の量子ビット20で数%、第2の量子ビット22で20%程度の光子が残っている。すなわち、直接結合40がないとき、光子は完全には導波路90に右側に放出されず、左側に放出されるものが20%以上あることが分かる。
【0065】
下段に図示されるように、量子ビットから放出された光子のフラックスの時間変化の波形は、tkeff=0をピークとして、その前後に裾野を持つ形となる。理想的な条件下では、光子が放出される時間帯(概ねtkeff=-10~10)の全体にわたり、右側に放出されるフラックスPR
ideal(t)のみが存在する。このとき、PR
ideal(t)の最大値は、PR
ideal(0)≒0.25である。これに対し、直接結合40があるときのシミュレーション結果は、全時間帯にわたって理想的な条件下の場合とほぼ完全に一致する(すなわち、PR(t)(c.ON)≒PR
ideal(t)、PL(t)(c.ON)≒0)。これより、直接結合40がある場合は、一方向(右側)にのみ光子が放出されるという理想的な結果が得られることが分かる。これに対し、直接結合40がないときのシミュレーション結果の波形は、PR(t)(c.OFF)(すなわち、右側に放出される光子のフラックス)、PL(t)(c.OFF)(すなわち、左側に放出される光子のフラックス)ともに、tkeff=0をピークとして、その前後に裾野を持つ形となっている。このとき、PR(t)(c.OFF)、PL(t)(c.OFF)の最大値は、それぞれPR(0)(c.OFF)≒0.16、PL(0)(c.OFF)≒0.04である。すなわち、tkeff=0において、右側にほぼ80%、左側にほぼ20%の光子が放出されている。これより、直接結合40がない場合は、約20%の光子が本来とは逆の方向に放出されていることが分かる。
【0066】
以上のシミュレーション結果により、第1の共振器30と第2の共振器32との間の直接結合40があることにより、導波路90を介した結合が打ち消され、ほぼ理想的な一方向への光子放出が実現されていることが分かる。
【0067】
[第6の実施の形態]
図11に、第6の実施の形態に係る量子コンピュータ3を模式的に示す。量子コンピュータ3は、複数の超伝導量子ビット50を搭載した量子回路モジュール60の端部に前述のマイクロ波光子制御装置11が複数個配置され、量子回路モジュール60間で量子状態を送受信する。
【0068】
量子状態の超伝導量子ビットへの書き込みや超伝導量子ビットからの読み出しは、超伝導量子ビットにマイクロ波を照射することによって行われる。このため、1量子ビットあたり2本~4本程度のケーブルが必要となる。さらに極低温下で動作させるため、超伝導量子ビットを搭載した回路は冷凍機内に格納する必要がある。従って、大量の量子ビットを1枚の基板上に搭載することは物理的に困難である。すなわち、1枚の基板で大規模な量子コンピュータを実現することは容易ではない。これに対し、量子コンピュータの実現に必要な超伝導量子ビット群を数10ビット程度のモジュール単位に分割し、これを搭載した基板からなる量子回路モジュールを構成した上で、これらの量子回路モジュール間を量子的に接続してなるネットワークにより量子コンピュータを実現することが考えられる。このとき量子回路モジュール間の量子的接続にサーキュレータ等を用いると、装置が巨大化してしまうという問題がある。そこで本実施の形態では、量子回路モジュールの端部に前述のマイクロ波制御装置(超伝導量子ビットのペア)を複数搭載し、量子回路モジュール間を量子的に接続する。これにより、量子回路モジュール内で生成した量子状態をマイクロ波光子として他の量子回路モジュールに送信したり、逆に受信したりすることが容易に実現できる。このように、本実施の形態によれば、量子コンピュータを効率的に構成できる。
【0069】
以上、本発明を実施形態にもとづいて説明した。これらの実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、マイクロ波光子制御装置、マイクロ波光子送信器、マイクロ波光子受信器およびマイクロ波光子中継器に利用可能である。
【符号の説明】
【0071】
1・・・マイクロ波光子制御装置
2・・・マイクロ波光子制御装置
3・・・量子コンピュータ
11・・・マイクロ波光子制御装置
20・・・第1の量子ビット
22・・・第2の量子ビット
30・・・第1の共振器
32・・・第2の共振器
40・・・直接結合
50・・・超伝導量子ビット
60・・・量子回路モジュール
80・・・マイクロ波送信器
90・・・導波路