(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】網膜色素上皮細胞シート及びその作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20241112BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20241112BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20241112BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20241112BHJP
A61P 27/10 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
C12N5/079
A61L27/38 100
A61K35/30
A61P27/02
A61P27/10
(21)【出願番号】P 2020572837
(86)(22)【出願日】2020-01-22
(86)【国際出願番号】 CN2020073770
(87)【国際公開番号】W WO2020173277
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2023-01-19
(31)【優先権主張番号】201910149326.3
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】510280589
【氏名又は名称】京東方科技集團股▲ふん▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】BOE TECHNOLOGY GROUP CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】No.10 Jiuxianqiao Rd.,Chaoyang District,Beijing 100015,CHINA
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】リィゥ,ヤン
(72)【発明者】
【氏名】チャン,デェファ
(72)【発明者】
【氏名】リィゥ,ドンファ
(72)【発明者】
【氏名】ヂャオ,ユーフェイ
(72)【発明者】
【氏名】リィゥ,シュァイ
(72)【発明者】
【氏名】ワン,シュリン
(72)【発明者】
【氏名】ワン,シァォフゥイ
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-096732(JP,A)
【文献】特開2010-226991(JP,A)
【文献】特開平02-000467(JP,A)
【文献】HORST A VON RECUM et al.,Maintenance of Retinoid Metabolism in Human Retinal Pigment Epithelium Cell Culture,Experimental Eye Research,ELSEVIER,1999年07月01日,Vol.69, Issue 1,pp.97-107
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12M 1/00- 3/10
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
網膜色素上皮細胞を得るための方法であり
、
a.
提供された後眼房のゴブレット組織から網膜組織を取り除き、色素上皮層組織を分離するステップ、
b.前記色素上皮層組織を切り刻み、機械的手段で分散させた後、ウシ胎児血清でプレコーティングされたマルチウェルプレートに広げるステップ、
c.前記マルチウェルプレートを十分な時間でインキュベートし、網膜色素上皮細胞が分散された組織ブロックから遊走するようにするステップ、を含み、
組織又は細胞を酵素で消化するステップを含まない、網膜色素上皮細胞を分離する方法。
【請求項2】
ステップ
bで使用されるマルチウェルプレートが、100%のウシ胎児血清でプレコーティングされたマルチウェルプレートである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
プレコーティング時間が、12-24時間である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記プレコーティングが、約37℃、5%CO
2の条件で行われる、請求項1-3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
網膜色素上皮細胞シートを得るための方法であり、
a.請求項1-4のいずれか一項に記載の方法によって網膜色素上皮細胞を分離するステップ、
b.前記網膜色素上皮細胞の培養及び継代を行うステップ、
c.前記網膜色素上皮細胞を、血清を含む培地でプレコーティングされた温度感受性培養皿に接種するステップ、
d.前記温度感受性培養皿を一定期間培養した後、温度を下げることにより網膜色素上皮細胞を培養皿から離脱させるステップ、を含む、網膜色素上皮細胞シートを作製する方法。
【請求項6】
ステップbにおいて、DMEM/F12培地と高糖DMEM培地との混合培地を使用して前記網膜色素上皮細胞を培養する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記混合培地において、DMEM/F12培地と高糖DMEM培地との比率が、1:5から5:1である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ステップcで使用される網膜色素上皮細胞の継代数が、P2-P15である、請求項5-7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
ステップcで使用される網膜色素上皮細胞の継代数が、P3-P10である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ステップcにおいて、前記網膜色素上皮細胞の接種密度が、1×10
6から1×10
7細胞/mlである、請求項5-9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
ステップcにおいて、前記網膜色素上皮細胞の接種密度が、約6×10
6細胞/mlである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記温度感受性培養皿が、10%血清を含む培地でプレコーティングされている、請求項5-11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
ステップdにおいて、前記温度感受性培養皿を12-36時間インキュベートする、請求項5-12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
ステップdにおいて、培地を除去し且つ温度感受性培養皿に予冷されたHBSS緩衝液を添加することにより温度を下げ、網膜色素上皮細胞を培養皿から離脱させる、請求項5-13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
請求項5-14のいずれか一項に記載の方法によって作製される、網膜色素上皮細胞シート。
【請求項16】
前記
網膜色素上皮細胞シートが、作製プロセス中に培養皿に接触しない表面及び培養皿に接触する基底面を有し、前記基底面が細胞コネキシンに富み且つ比較的粗い、請求項15に記載の網膜色素上皮細胞シート。
【請求項17】
前記
網膜色素上皮細胞シートが、フィブロネクチン及びインテグリンβ1に富む、請求項15又は16に記載の網膜色素上皮細胞シート。
【請求項18】
前記
網膜色素上皮細胞シート中の網膜色素上皮細胞が、様々な血管新生因子及び免疫調節因子を分泌することができる、請求項15-17のいずれか一項に記載の網膜色素上皮細胞シート。
【請求項19】
前記血管新生因子及び免疫調節因子が、肝細胞増殖因子(HGF)、インターロイキン-6(IL-6)、インターロイキン-8(IL-8)、及び血管内皮増殖因子(VEGF)のうちの1つ又は複数を含む、請求項18に記載の網膜色素上皮細胞シート。
【請求項20】
被験者における網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失に関連する眼疾患を治療する医薬組成物の作製における、請求項15-19のいずれか一項に記載の網膜色素上皮細胞シートの使用。
【請求項21】
前記眼疾患が、加齢性黄斑変性、色素性網膜炎、糖尿病性網膜症、網膜剥離、網膜中心動脈閉塞、網膜中心静脈閉塞、網膜萎縮、網膜色素上皮剥離、ブドウ膜炎、及び変性近視から選択される、請求項20に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願は、2019年2月28日に提出された出願番号がCN201910149326.3であり、発明の名称が「網膜色素上皮細胞シート及びその作製方法」である中国特許出願の優先権を主張する。前記中国特許出願に開示された内容を完全にここに引用して本願の一部として扱う。
【0002】
本開示は、組織工学及び再生医療の分野、特に網膜色素上皮細胞を分離する方法、及び網膜色素上皮細胞シートを作製する方法に関する。本開示は、また、本開示の方法によって分離された網膜色素上皮細胞シート、及び関連する疾患の治療における当該細胞シートの使用に関する。
【背景技術】
【0003】
網膜変性疾患などの網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失に関連する眼疾患について、網膜色素細胞移植は重要な治療法の1つである。しかし、移植用の高活性網膜色素上皮細胞を大量に入手できる方法は、この分野での緊急の課題である。
【0004】
従来の網膜色素上皮細胞を分離及び培養する方法は、主にトリプシン消化の化学法を使用するが、その欠点の1つは、網膜色素層から大量の活性網膜色素上皮細胞を効果的に得ることができないことである。一方、酵素消化の時間は制御しにくく、時間が短すぎると、組織が完全に消化されず、十分な細胞が得られなく、時間が長すぎると、細胞の活性が低下し、高活性細胞を得ることができなくなる。ただし、移植応用では、網膜色素上皮細胞の量と質が細胞移植の効果を決定する重要な要素である。したがって、比較的大量で、均質で、且つ高活性の網膜色素上皮細胞を得るために、細胞分離及び培養方法を改善することが特に重要である。
【0005】
さらに、網膜色素上皮細胞を移植する場合、細胞を直接注入すると多数の細胞が失われ、治療効率が低くなる。一方、細胞と組織工学足場材料と組み合わせた後の移植は、細胞が失われる問題を解決したが、足場材料は生体内でさまざまな程度の炎症を引き起こす可能性があり、且つ足場材料の分解プロセス及び分解生成物が局所組織に病変を引き起こす可能性がある。したがって、当技術分野では、網膜色素上皮細胞及び関連製品の適用が依然として必要とされている。
【発明の概要】
【0006】
一態様では、本開示は、
網膜色素上皮細胞を得るための方法であり、
a.後眼房のゴブレット組織を提供するステップ、
b.網膜組織を取り除き、色素上皮層組織を分離するステップ、
c.前記色素上皮層組織を切り刻み、機械的手段で分散させた後、ウシ胎児血清でプレコーティングされたマルチウェルプレートに広げるステップ、
d.前記マルチウェルプレートを十分な時間でインキュベートし、網膜色素上皮細胞が分散された組織ブロックから遊走するようにするステップ、を含み、
組織又は細胞を酵素で消化するステップを含まない、網膜色素上皮細胞を分離する方法に関する。
【0007】
ある実施形態では、ステップcで使用されるマルチウェルプレートは、高濃度のウシ胎児血清でプレコーティングされている。例えば、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも95又は100%の濃度のウシ胎児血清を使用してマルチウェルプレートをプレコーティングし、本開示の網膜色素上皮細胞を分離する方法で使用することができる。
【0008】
ある実施形態では、前記マルチウェルプレートのプレコーティング時間は、例えば、6時間以上であってもよい。例えば、プレコーティング時間は6-48時間、又は12-24時間にすることができる。
【0009】
マルチウェルプレートは、細胞を培養する一般的な条件下でプレコーティングすることができる。例えば、前記マルチウェルプレートのプレコーティングは、約37℃の温度及び5%のCO2で実施することができる。例えば、インキュベーターで行う。
【0010】
インビトロで構築する過程において、本開示の方法は、組織を消化するパンクレアチンなどの酵素の使用を回避し、単に機械的分離方法を使用して、メラニン上皮組織を比較的穏やかな方法で眼から分離する。分離された組織ブロックは、細胞が組織ブロックから自律的に遊走するように、プレコーティングされた付着性培養皿で培養される。この方法は、従来の分離法で得られた細胞と比較して、酵素による組織細胞へのダメージを回避し、他の細胞の汚染を低減し、得られた網膜色素上皮細胞の活性と均質性が向上する。
【0011】
別の態様では、本開示は、
網膜色素上皮細胞シートを得るための方法であり、
a.請求項1-4のいずれか一項に記載の方法によって網膜色素上皮細胞を分離するステップ、
b.前記網膜色素上皮細胞の培養及び継代を行うステップ、
c.前記網膜色素上皮細胞を、血清を含む培地でプレコーティングされた温度感受性培養皿に接種するステップ、
d.前記温度感受性培養皿を一定期間培養した後、温度を下げることにより網膜色素上皮細胞を培養皿から離脱させるステップ、を含む、網膜色素上皮細胞シートを作製する方法に関する。
【0012】
細胞シート技術は、温度を変化させる物理的方法で、培養皿の底から増幅融合された細胞を分離し、シート状の細胞構造を得る技術である。従来のトリプシン消化による細胞収集法と比較して、この技術を使用して収集された細胞は、インビトロ培養プロセス中に分泌された細胞外基質、構築された細胞-基質接続、及び細胞間接続などの構造を保持している。
【0013】
上記の細胞シートを作製するある実施形態では、ステップbにおいて、前記網膜色素上皮細胞は、DMEM/F12培地及び高糖DMEM培地の混合培地を使用して培養される。
【0014】
ある実施形態では、前記混合培地中のDMEM/F12培地及び高糖DMEM培地の比率は、1:5から5:1の範囲である。例えば、DMEM/F12培地と高糖DMEM培地の比率は、1:4-4:1、1:3-3:1、1:2-3:1、1:1-3:1、1:1-2:1;2:1-4:1又は2:1-3:1にすることができる。ある実施形態では、DMEM/F12培地及び高糖DMEM培地の比率は、約1:4、約1:3、約1:2、約1:1、約2:1、約3:1、又は約4:1であってもよい。
【0015】
ある実施形態では、特定の比率の血清と他のサイトカイン及び添加剤が前記混合培地に添加される。例えば、10%血清を混合培地に添加することができ、及び/又はEGF、bFGF及びB27から選択されるサイトカインを添加することができる。
【0016】
ある実施形態では、十分な量の網膜色素上皮細胞を得るために網膜色素上皮細胞を培養及び継代し、細胞シートを作製する。例えば、ステップcでは、継代番号P2-P15の網膜色素上皮細胞を使用できる。ある実施形態では、ステップcで使用される網膜色素上皮細胞の継代数は、P3-P10である。
【0017】
ある実施形態では、網膜色素上皮細胞が温度感受性培養皿に接種されるとき、細胞密度を制御して、細胞シートをよりよく得ることができる。例えば、ステップcにおいて、前記網膜色素上皮細胞の接種密度は、1×106から1×107細胞/mlであってもよい、例えば、接種密度は、約5×106細胞/ml又は約6×106細胞/mlであってもよい。
【0018】
培養皿のサイズに応じて、さまざまな量の網膜色素上皮細胞を接種することができる。例えば、35mm培養皿の場合、上記の密度の網膜色素上皮細胞約2mlを接種することができ、60mm培養皿の場合、上記の密度の網膜色素上皮細胞約3mlを接種することができ、100mm培養皿の場合、上記の密度の網膜色素上皮細胞約5mlを接種することができる。
【0019】
ある実施形態では、前記温度感受性培養皿は、培養皿への細胞の付着を改善するために、接種前に血清含有培地でプレコーティングされる。ある実施形態では、前記温度感受性培養皿は、5%-30%、例えば10%-20%、例えば約10%の血清を含む培地でプレコーティングされている。細胞培養に使用されるのと同じ培地又は異なる培地で、温度感受性培養皿のプレコーティングを行うことができる。
【0020】
ある実施形態では、前記温度感受性培養皿のプレコーティング時間は、例えば、6時間以上であってもよい。例えば、プレコーティング時間は、6-48時間、例えば12-36時間、例えば12-24時間又は24-36時間であってもよい。
【0021】
前記温度感受性培養皿は、細胞を培養する一般的な条件下でプレコーティングすることができる。例えば、前記温度感受性培養皿は、約37℃の温度と5%のCO2でプレコーティングすることができる。例えば、インキュベーターで行う。
【0022】
温度インテリジェント培養皿は、主に培養皿の基底部をポリN-イソプロピルアクリルアミド(poly N-isopropylacrylamide,PIPAAm)ポリマー材料で共有結合コーティングすることによって作られている。培養温度が約37℃になると、接種した細胞が壁に付着して増殖する。温度が約32℃を下回ると、コーティングでのポリマー材料が疎水性状態から親水性状態に変化し、細胞シートが付着状態から解離状態に変化し、酵素消化なしで完全な細胞シートを得ることができる。
【0023】
ステップdでは、さまざまな方法を使用して、前記温度感受性培養皿の温度を下げることができる。これにより、網膜色素上皮細胞が培養皿から分離され、細胞シートが形成される。ある実施形態では、ステップdにおいて、培地を除去し、前記温度感受性培養皿に予冷されたHBSS緩衝液、例えば4℃の予冷されたHBSS緩衝液を加えて温度を下げることによって、網膜色素上皮細胞を培養皿から離脱させる。
【0024】
一態様では、本開示は、本開示の方法によって作製された網膜色素上皮細胞シートに関する。本開示の分離法及び細胞シート作製方法によって得られた網膜色素上皮細胞シートは、インビトロ培養プロセス中に分泌された細胞外基質、構築された細胞-基質接続、及び細胞間接続構造を保持し、網膜色素上皮細胞は、高活性と均質性を有し、移植などの用途に適している。
【0025】
ある実施形態では、細胞シートは、作製プロセス中に培養皿に接触しない表面(上面)及び培養皿に接触する基底面(底面)を有し、前記底面は細胞コネキシンに富み、比較的粗い。粗い基底面は、より大きな摩擦力を提供し、応用中に細胞シートが塗布部位によりよく付着することに役に立つ。
【0026】
ある実施形態では、前記細胞シートは、フィブロネクチン及びインテグリンβ1に富む。
【0027】
ある実施形態では、前記細胞シート内の網膜色素上皮細胞は、血管新生因子及び免疫調節因子などの様々なサイトカインを分泌することができる。ある実施形態では、前記血管新生因子及び免疫調節因子には、肝細胞増殖因子(HGF)、インターロイキン-6(IL-6)、インターロイキン-8(IL-8)及び血管内皮増殖因子(VEGF)のうちの1つ又は複数を含む。
【0028】
一態様では、本開示は、本開示の網膜色素上皮細胞シートを前記被験者の眼に適用するステップを含む、必要としている被験者における網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失に関連する眼疾患を治療する方法に関する。
【0029】
ある実施形態では、前記眼疾患は、加齢性黄斑変性、色素性網膜炎、糖尿病性網膜症、網膜剥離、網膜中心動脈閉塞、網膜中心静脈閉塞、網膜萎縮、網膜色素上皮剥離、ブドウ膜炎、及び変性近視から選択されてもよい。
【0030】
別の様態では、本開示は、被験者における網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失に関連する眼疾患の治療における、本開示の網膜色素上皮細胞シートの使用に関する。
【0031】
さらに別の様態では、本開示は、被験者における網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失に関連する眼疾患を治療する医薬組成物の作製における本開示の網膜色素上皮細胞シートの使用に関する。
【0032】
上記の使用についてのある実施形態では、前記眼疾患は、加齢性黄斑変性、色素性網膜炎、糖尿病性網膜症、網膜剥離、網膜中心動脈閉塞、網膜中心静脈閉塞、網膜萎縮、網膜色素上皮剥離、ブドウ膜炎、及び変性近視から選択されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】
図1は、本開示の培養方法によって培養された網膜上皮細胞及び従来の培地を使用して培養された細胞の経時的な増殖の破線グラフを示している。
【
図2】
図2は、蛍光顕微法で培養細胞を対応する抗体で染色した結果を示している。
図2Aは上皮細胞の特異的マーカーCK19の染色結果を示し、
図2Bはネスチンの染色結果を示し、
図2CはRPE-65の染色結果を示している。
【
図3】
図3は、フローサイトメトリーにより、培養された細胞の分子発現の検出結果を示している。細胞のCD14、HLA-DR、CD44、CD34及びCD45の発現の検出結果を示している。
【
図4】
図4は、継代数P8の網膜色素上皮細胞集団の細胞周期の分析結果を示している。
【
図5】
図5は、Ki67染色で網膜色素上皮細胞の増殖を検出する結果を示している。
【
図6】
図6は、網膜色素上皮細胞シートの走査型電子顕微鏡イメージングを示している。
図6A:細胞シートの上面。
図6B:細胞シートの下面(基底面)。
【
図7】
図7は、網膜色素上皮細胞シートの免疫蛍光イメージング写真を示している。
図7A:フィブロネクチン。
図7B:インテグリンβ1。
【
図8】
図8は、ELISA法を使用して、網膜色素上皮細胞シートの培養上清中のサイトカイン発現を検出した結果を示している。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明は、特定の実施形態と参照して以下でさらに説明され、本発明の利点及び特徴は、説明とともにより明確になる。しかしながら、これらの実施形態は単なる例示であり、本発明の範囲に対するいかなる制限も構成しない。当業者は、本発明の技術的解決案の詳細及び形態が、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく変更又は置換できるが、これらの変更及び置換は、本発明の保護範囲内にあることを理解すべきである。
【実施例】
【0035】
実施例1.網膜色素上皮細胞の分離
既存の網膜色素上皮細胞作製方法は、材料を入手する過程で細胞に比較的大きな損傷を与え、得られた初代細胞は量が少なく質が悪い。本実施形態では、組織ブロックを機械的に破壊し、且つ組織ブロックを網膜色素上皮細胞が自律的に遊走するように培養する。この方法では、どうやって組織ブロックを壁に完全に付着させることが考慮すべき重要な要素の1つである。本実施形態の方法は、以下のステップを含む。
【0036】
マルチウェルプレートのプレコーティング:6ウェルプレートを100%ウシ胎児血清でプレコーティングし、各ウェルに1mlのウシ胎児血清を添加する。前記6ウェルプレートを37℃、5%CO2セルインキュベーターに入れてインキュベートする。
【0037】
組織の分離:後眼房のゴブレット組織を流産された胎児から分離し、後眼房のゴブレット組織を滅菌リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、プラムスライスに切断する。網膜組織を除去した後、色素上皮層組織を剥離する。剥離された組織を35mmの培養皿に入れ、少量の培地を加える。眼科用マイクロベンディングはさみで組織を繰り返し切断し、切断された組織に少量の培地を加える。
【0038】
組織の付着:プレコーティングされた6ウェルプレートを取り出し、コーティング溶液を吸引し捨てる。鋭利なピペットを使用して組織を分散させ、組織懸濁液をコーティングされた6ウェルプレートに接種する。6ウェルプレートをインキュベーターに入れ、37℃、5%CO2でインキュベートする。
【0039】
実施例2.網膜色素上皮細胞の培養
網膜色素上皮細胞の場合、従来の培養方法は、10%血清を添加したDMEM/F12培地を使用して培養を行い、その場合、細胞培養に時間がかかり、細胞純度がノーマルで活性が低いという問題がある。本実施例では、培地を改良した。
【0040】
従来のDMEM/F12培地の特徴は、微量元素と無機イオンを配合に添加して培地の栄養価を高めることであるが、高糖DMEM培地はより初代細胞培養に適して、インビトロでの細胞増殖を促進する。本実施形態では、DMEM/F12培地及び高糖DMEM培地の混合培地を細胞培養に使用し、前記混合培地は、60%のDMEM/F12培地、30%の高糖DMEM培地、及び10%の血清を含む。さらに、EGF(4ng/ml)、bFGF(4ng/ml)及びB27(2ml/100ml)がサプリメントとして添加された。
図1に示すように、この混合培地を使用することにより、網膜色素上皮細胞の増殖速度が加速され、細胞の増殖状態も従来のDMEM/F12培地で培養された細胞よりも良好であることがわかった。
【0041】
実施例3.網膜色素上皮細胞の特徴づけ
インビトロで継代培養された網膜色素上皮細胞の形態学的同定を行った。インビトロで分離培養及び継代された細胞は、上皮細胞様の形態を維持し、ほとんどの細胞は単層及び多角形であった。一部の細胞は長い紡錘状である。初代分離された網膜色素上皮細胞はメラニン粒子を有し、且つ15世代以内に良好な付着率及び生細胞率を有する。細胞世代の増加に伴い、細胞は徐々にメラニン粒子を失った。
【0042】
また、培養された網膜色素上皮細胞のマーカーを蛍光染色で同定し、その結果を
図2に示す。この図の結果から、分離培養された細胞は、上皮細胞特異的マーカーCK19(
図2A)、ネスチン(幹細胞の特徴;
図2B)及びRPE-65(
図2C)を発現していることがわかった。
【0043】
さらに、分離された細胞集団の一部分のマーカー分子の発現を、フローサイトメトリーによって検出した。
図3の結果に示されているように、分離された細胞はCD44に対して強い陽性でしたが、CD14、CD34、CD45、及びHLA-DRは陰性でした。CD44陽性は、培養された網膜色素上皮細胞がインビトロで強い増殖、付着、及び遊走能力を持っていることを示す。CD14陰性は、培養された網膜色素上皮細胞が内皮細胞によって汚染されていないことを示す。CD34及びCD45陰性は、細胞集団が造血細胞を含まないことを示す。HLA-DR陰性は、培養された網膜色素上皮細胞がヒト白血球抗原を発現しないため、免疫原性が低いことを示す。上記の結果は、本開示の方法によって分離された網膜色素上皮細胞が、移植用途での使用に適していることを示す。
【0044】
細胞シートを作製する前に、培養された網膜色素上皮細胞の増殖状態を検出した。
図4は、継代数P8の網膜色素上皮細胞集団の細胞周期の各段階における細胞の比率を示している。なかでもS期(DNA合成期)の細胞比率は18.47±4.95%と比較的高く、当該集団の細胞が強い細胞増殖能を持っていることを示す。
【0045】
図5は、Ki67抗体で培養された細胞を染色した結果を示す。Ki67は、増殖周期中の細胞のマーカーである。この染色結果は、培養された網膜色素上皮細胞集団の多数の細胞が増殖周期にあり、細胞状態が活発であることを示している。
【0046】
実施例4.細胞シートの作製
網膜色素上皮細胞シートは、以下のステップで作製した。
温度感受性培養皿のプレコーティング:10%の血清を含む培地を使用し、温度感受性培養皿のプレコーティングを行う。35mm培養皿の場合は2mlの血清含有培地を添加し、60mm培養皿の場合は3mlの血清含有培地を添加し、100mm培養皿の場合は5mlの血清含有培地を添加する。培養皿を37℃、5%CO2インキュベーターに入れてプレコーティングする。プレコーティング時間は12-24時間である。
【0047】
細胞接種:培養された網膜色素上皮細胞を消化してカウントし、懸濁液中の細胞濃度が6x106細胞/mlになるように培地に再懸濁する。プレコーティングされた温度感受性培養皿を取り出し、コーティング溶液を廃棄し、細胞を温度感受性培養皿に接種する。35mm培養皿の場合は上記の細胞濃度の懸濁液2mlを添加し、60mm培養皿の場合は3mlの細胞懸濁液を添加し、100mm培養皿の場合は5mlの細胞懸濁液を添加する。培養皿を37℃、5%CO2のインキュベーターに置き、12-36時間の培養を行い、網膜色素上皮細胞を培養皿に付着させて増殖させる。
【0048】
シートの作製:温度感受性培養皿を取り出し、培養液を廃棄し、4℃に予冷されたHBSS緩衝液を加える。35mm培養皿の場合は2mlのHBSS緩衝液を添加し、60mm培養皿の場合は3mlのHBSS緩衝液を添加し、100mm培養皿の場合は5mlのHBSS緩衝液を添加する。約10分後、細胞が皿の端から剥がれ、細胞シートが形成される。続いて、完全に剥がした細胞シートを一般的な培養皿に移し、HBSS緩衝液を加えて膜を2-3回洗浄する。作製したシートを4℃で保存する。
【0049】
従来の網膜色素上皮細胞製品と比較して、シートの作製中に細胞を消化するための細胞消化酵素が使用されていないため、細胞活性が大幅に保持される。同時に、作製された細胞シートは、培養プロセス中に分泌された細胞外基質、構築された細胞-基質接続、及び細胞間接続構造が保持し、その後のシートの適用に有益な効果をもたらす。
【0050】
実施例5.網膜色素上皮細胞シートの構造的特徴づけ
本実施例では、走査型電子顕微鏡法と免疫蛍光イメージングを使用して、作製した網膜色素上皮細胞シートの構造を特徴付けた。
【0051】
走査型電子顕微鏡は、微細集束電子ビームによってサンプルの表面を走査するときに励起された物理信号を使用して、イメージングを変調し、作製された細胞シートの表面構造を観察することができる。実施例4に記載の方法によって網膜色素上皮細胞シートを作製し、且つイメージング分析のためにさらにを走査型電子顕微鏡サンプル作製した。
図6に示すように、走査型電子顕微鏡イメージングは、細胞シートの上面と下面の構造が大幅に異なることを示している。上面(
図6A)は、細胞が自然に沈下するため、形成された表面が滑らかである。下面(基底面、
図6B)は、温度感受性培養皿と接触し、細胞コネキシンに富み、表面が比較的粗くなる。その構造的特徴により、基底面はより大きな摩擦を提供することができ、細胞シートが適用中に適用部位によりよく付着するのに有益である。
【0052】
網膜色素上皮細胞シートにおけるフィブロネクチン及びインテグリンβ1の発現は、免疫蛍光によってさらに検出された。実施例4に記載の方法により作製された細胞シートを固定及び凍結切片化し、フルオレセイン標識フィブロネクチン及びインテグリンβ1抗体で染色し、免疫蛍光イメージング分析に供した。検出結果を
図7に示し、本開示の方法によって作製された細胞シートは、大量のフィブロネクチン(
図7A)及びインテグリンβ1(
図7B)を含む。
【0053】
フィブロネクチンは動物の組織や組織液に広く存在し、細胞の付着増殖を促進する機能があり、細胞の付着増殖は体の組織構造を維持・修復するために必要な条件である。インテグリンβ1はインテグリンファミリーの重要なメンバーであり、細胞と細胞の間及び細胞と細胞外基質(ECM)の間の相互接着、及び細胞とECMの間の双方向信号伝達を仲介するのに重要な役割を果たし、且つ組織修復と線維化形成と密接に関連している。前記結果は、本開示の方法によって作製された網膜色素上皮細胞シートが、単に細胞の蓄積によって形成されるのではなく、細胞外基質の接続によって形成される緻密組織性及び生物学的活性を有するシートであることを示している。さらに、当該細胞シートにおける高レベルのフィブロネクチン及びインテグリンβ1の発現は、当該細胞シートが組織修復の機能を有し、組織損傷修復を達成するために網膜色素上皮細胞の損傷又は缺失を伴う関連疾患に使用できることを示している。
【0054】
実施例6.網膜色素上皮細胞シートのサイトカイン分泌
本開示の網膜色素上皮細胞の機能をさらに特徴づけるために、当該網膜色素上皮細胞によって分泌される以下のサイトカインを検出した:肝細胞増殖因子(HGF);インターロイキン-6(IL-6)、インターロイキン-8(IL-8)及び血管内皮増殖因子(VEGF)。上記のサイトカインは、細胞の増殖と分化を促進し、血管新生プロセスを開始及び促進する機能を有し、組織修復において重要な役割を果たす。さらに、IL-6とIL-8は免疫応答の調節にも関与しており、免疫細胞の増殖と分化を促進することができる。
【0055】
細胞シートの作製中に培養上清を採取し、ELISA法により上清中のサイトカインを検出した。検出結果を
図8に示す。結果は、上記の4つのサイトカインがすべて上清で発現され、IL-6及びIL-8の発現レベルが高いことを示した。上記の結果は、本開示の細胞シートが血管新生因子及び免疫調節因子を含む様々なサイトカインを分泌できることを示し、当該細胞シートが高い生物学的活性及び機能を有し、局所血管新生及び組織修復プロセスを促進できることを証明する。さらに、IL-6及びIL-8の高い発現レベルは、細胞シートが使用中に免疫応答を促進し、細菌を阻害する機能を持っていることを示して、細胞シートがその生物学的機能をよりよく発揮するのに有益である。
【0056】
以上に本発明のある実施形態が記載されているが、当技術分野の当業者は、これらが単なる例であり、本発明の範囲が添付の特許請求の範囲によって定義されることを理解すべきである。当業者は、本発明の原理及び本質から逸脱することなく、これらの実施形態に様々な変更又は置換を行うことができるが、これらの変更及び置換はすべて本発明の保護範囲内にある。