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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】損傷シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/23 20200101AFI20241112BHJP
   G01N 33/2045 20190101ALI20241112BHJP
【FI】
G06F30/23
G01N33/2045
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021107008
(22)【出願日】2021-06-28
(65)【公開番号】P2023005229
(43)【公開日】2023-01-18
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(74)【代理人】
【識別番号】100135703
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 英隆
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 瑛介
(72)【発明者】
【氏名】椿 翔太
【審査官】合田 幸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-104042(JP,A)
【文献】特開2006-015866(JP,A)
【文献】特開2018-055509(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0089826(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2021/0118530(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第109063275(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00 - 30/28
G01N 33/2045
IEEE Xplore
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
演算回路を用いて金属材料を含む強度特性の異なる複数の相で構成される複相材料の損傷挙動を評価するための損傷シミュレーション方法であって、演算回路が、
前記複相材料の組織観察結果に基づくミクロ解析対象のミクロ組織有限要素モデルを作成する工程と、
前記複相材料を構成する相毎に異なる強度特性および損傷クライテリアを設定し取得する工程と、
前記複相材料のマクロな領域を解析対象とするマクロ構造有限要素モデルを作成し、均質材であると仮定して前記マクロ構造有限要素モデルを用いて有限要素解析を実行し、評価対象領域の変形履歴を算出する工程と、
前記変形履歴を前記ミクロ組織有限要素モデルの各積分点に付与して均質化法に基づく有限要素解析により、前記ミクロ組織有限要素モデルの変形挙動を算出する工程と、
前記変形挙動と前記損傷クライテリアとを比較することで損傷判定を行う工程と、
前記損傷判定により、前記ミクロ組織有限要素モデル内で損傷発生と判定された積分点では応力を開放し、要素剛性をゼロまたは所定値まで下げる工程と、
を実行する、損傷シミュレーション方法。
【請求項2】
前記損傷クライテリアは、相当塑性ひずみおよび応力三軸度の関数である、請求項1に記載の損傷シミュレーション方法。
【請求項3】
前記損傷判定は、前記ミクロ組織有限要素モデルの特定の積分点における前記損傷挙動として算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度に基づいて算出される値が、前記損傷クライテリアより大きい場合、前記特定の積分点に関して損傷発生と判定する、請求項2に記載の損傷シミュレーション方法。
【請求項4】
前記所定値は、前記要素剛性の初期値の1/50以下である、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の損傷シミュレーション方法。
【請求項5】
前記複相材料は金属材料である、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の損傷シミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料を含む複相材料の損傷挙動を評価するための損傷シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の多くは、例えば製造過程の塑性加工時、該金属材料で形成された構造体を使用時に、大きな荷重を受けうる。大きな荷重を受けて、上記金属材料の破断ひずみ量を超える大きなひずみが発生した場合、金属材料は破断し、その結果、製造過程では製造不良となり、構造体として使用時にはその機能が失われる。よって、金属材料の破断特性を事前に把握すること、例えばあるひずみ発生下で材料が破断するかどうかを評価することは非常に重要である。
【0003】
一方、上記金属材料は、ミクロ組織レベルにおいて不均質であることから、このミクロ組織の形態を考慮して、マクロ的なスケールで優れた特性を発現させることが試みられている。例えば非特許文献1には、材料内部のミクロ組織形態とマクロな強度特性の関係性を解析するためのマルチスケールシミュレーションの実例が示されている。また非特許文献2には、連続体損傷力学を適用したミクロ組織の解析モデルを用いて、応力解析により材料のマイクロボイド発生挙動を直接評価することが提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】黒澤瑛介ら,「Dual-Phase鋼のマルチスケール強度解析」,日本材料学会学術講演会講演論文集,67巻,p293-294,2018年5月25日
【文献】米村繁ら,「メゾスケールでの変形と破壊の有限要素解析」,新日鐵住金技報,第410号(2018),page47-56
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属材料を含む複相材料は、その成分組成や製造条件の影響を受けて、内部に組織や強度の不均質性が発現する。当該不均質性は材料の力学特性に大きく影響する。非特許文献1では、DP鋼試料の実体の組織形態としてSEM観察画像に基づくミクロ組織モデルを用い、マクロ構造の機械的特性を予測する、マルチスケール強度解析を提案しているが、従来よりも優れた特性・品質を備えた材料の開発には、不均質な材料における、ミクロ組織レベルでの損傷発生および進展と、マクロ構造レベルの部材の変形とを関連付けて評価する必要があった。非特許文献2では、ミクロ組織レベルの損傷シミュレーションを実現しているものの、損傷形態毎に損傷モデルの設定が必要であり、解析が複雑であった。つまり、解析が容易であって、ミクロ組織レベルでの損傷発生および進展と、マクロ構造レベルの部材の変形とを関連付けた、マルチスケールシミュレーションはこれまで実現できていなかった。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、従来よりも解析が容易であって、不均質材料の巨視的な力学挙動と、ミクロ組織に関する力学挙動、損傷発生および進展の挙動とを考慮して評価する、損傷シミュレーション方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様1は、
演算回路を用いて金属材料を含む強度特性の異なる複数の相で構成される複相材料の損傷挙動を評価するための損傷シミュレーション方法であって、演算回路が、
前記複相材料の組織観察結果に基づくミクロ解析対象のミクロ組織有限要素モデルを作成する工程と、
前記複相材料を構成する相毎に異なる強度特性および損傷クライテリアを取得し設定する工程と、
前記複相材料のマクロな領域を解析対象とするマクロ構造有限要素モデルを作成し、均質材であると仮定して前記マクロ構造有限要素モデルを用いて有限要素解析を実行し、評価対象領域の変形履歴を算出する工程と、
前記変形履歴を前記ミクロ組織有限要素モデルの各積分点に付与して均質化法に基づく有限要素解析により、前記ミクロ組織有限要素モデルの変形挙動を算出する工程と、
前記変形挙動と前記損傷クライテリアとを比較することで損傷判定を行う工程と、
前記損傷判定により、前記ミクロ組織有限要素モデル内で損傷発生と判定された積分点では応力を開放し、要素剛性をゼロまたは所定値まで下げる工程と、
を実行する、金属材料を含む強度特性の異なる複数の相で構成される複相材料の損傷挙動を評価する損傷シミュレーション方法である。
【0008】
本発明の態様2は、
前記損傷クライテリアは、相当塑性ひずみおよび応力三軸度の関数である、態様1に記載の損傷シミュレーション方法である。
【0009】
本発明の態様3は、
前記損傷判定は、前記ミクロ組織有限要素モデルの特定の積分点における前記損傷挙動として算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度に基づいて算出される値が、前記損傷クライテリアより大きい場合、前記特定の積分点に関して損傷発生と判定する、態様2に記載の損傷シミュレーション方法である。
【0010】
本発明の態様4は、
前記所定値は、前記要素剛性の初期値の1/50以下である、態様1から態様3のいずれか一つに記載の損傷シミュレーション方法である。
【0011】
本発明の態様5は、
前記複相材料は金属材料である、態様1から態様4のいずれか一つに記載の損傷シミュレーション方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属材料を含む複相材料等の不均質材料で構成された構造体に荷重を作用させ変形させた際の巨視的な力学挙動と、ミクロ組織に関する力学挙動、損傷発生および進展の挙動とを考慮して評価する損傷シミュレーション方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本実施形態に係る評価システムのブロック図である。
図2図2は、本実施形態に係る金属材料の損傷挙動を数値解析評価するためのフローチャートである。
図3図3は、本実施形態に係る金属材料のミクロ組織を模擬したFEM解析モデルを作成する手順の一例を示す図である。
図4図4は、マクロひずみを取得するためのフローチャートである。
図5図5は、引張試験によって取得した二相鋼の応力-ひずみ曲線である。
図6図6は、図5の応力-ひずみ曲線の一部を拡大した図である。
図7図7は、図5の応力-ひずみ曲線の両対数グラフである。
図8図8は、第2の応力Δσを説明するための応力-ひずみ曲線である。
図9図9は、弾完全塑性体とみなせる硬質相の応力-ひずみ曲線である。
図10図10は、二相鋼の応力とひずみの関係を、縦軸をln(σ-Δσ)、横軸をln(1+ε/α)としてプロットした両対数グラフである。
図11図11は、マクロ構造有限要素モデルとミクロ組織有限要素モデルとの関係を示す模式図である。
図12A図12Aは、損傷を加味したマクロ構造有限要素モデルに対するFEM解析によって算出された応力-ひずみ曲線である。
図12B図12Bは、ミクロ組織有限要素モデルに対するFEM解析によって損傷したと判定された積分点の数の推移を示すグラフである。
図13A図13Aは、FEM解析において所定のマクロひずみを付与した際に算出されたミクロ組織有限要素モデルである。
図13B図13Bは、図13Aでのマクロひずみより大きなマクロひずみを付与した際に算出されたミクロ組織有限要素モデルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、金属材料を含む複相材料の損傷挙動の評価を行うことのできる方法を実現すべく鋭意研究を行った。その結果、本発明者らは、材料のミクロ組織形状に基づいて作成したミクロ組織のFEモデルに基づいて、マクロ構造のFEモデルを作成し、それらを互いに関連付けたFEM解析を行えばよいことを見出した。具体的には、本発明者らは、均質材であると仮定してマクロ構造のFEモデルを用いてFEM解析を行って変形履歴を算出し、当該変形履歴を付与してミクロ組織のFEモデルを用いてFEM解析を行った。そして、本発明者らは、ミクロ組織に対するFEM解析において、所定の基準に基づいて損傷の有無を判定し、損傷したと判定された部位のFEM解析の計算式を変更した。本発明者らは、このようにマクロ構造に関するFEM解析とミクロ組織に関するFEM解析とを関連付けることで、変形中のミクロ組織側の損傷発生と進展に伴うマクロ構造側の変形抵抗の低下をシミュレーションで再現できることを見出した。なお、本明細書では特に記載している場合を除き、「応力」とは真応力(σ)のことを指し、「ひずみ」とは真ひずみ(ε)のことを指す。また、以下では、前記金属材料を含む複相材料として、強度特性の異なる複数の相で構成される金属材料を例に説明するが、本実施形態に係る方法はこれに限定されず、後述する通り、種々の複相材料に適用することができる。
【0015】
本実施形態に係る複相材料(強度特性の異なる複数の相で構成される金属材料)の損傷挙動を評価するための損傷シミュレーション方法を実行するための一例である、評価システム1について説明する。図1は、本実施形態に係る評価システム1のブロック図である。評価システム1は、撮影装置10と、制御装置20と、を含む。撮影装置10は、撮影部11と、通信回路12とを備える。制御装置20は、演算回路21と、記憶装置22と、インタフェース装置(入出力装置23および通信回路24)と、を備える。
【0016】
撮影部11は、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)等であり、金属材料の少なくとも一部を部分的に拡大したミクロ組織画像を撮影することができる。撮影部11は、撮影したミクロ組織画像のデータを通信回路12を介して制御装置20に送信する。後述するように制御装置20の演算回路21は、受け取ったミクロ組織画像のデータを記憶装置22に保存する。
【0017】
制御装置20の演算回路21は、モデル作成処理、パラメータ設定処理、解析処理および損傷判定処理等を実行する。演算回路21は、プログラムを実行することにより所定の機能を実現するCPUまたはMPUのような汎用プロセッサを含む。演算回路21は、例えば、記憶装置22に格納された演算プログラム等を呼び出して実行することにより、モデル作成処理、パラメータ設定処理、解析処理および損傷判定処理等を実現できる。演算回路21は、ハードウェアとソフトウェアの協働により所定の機能を実現するものに限定されず、所定の機能を実現する専用に設計されたハードウェア回路でもよい。すなわち、演算回路21は、CPU、MPU以外にも、GPU、FPGA、DSP、ASIC等、種々のプロセッサで実現され得る。このような演算回路21は、例えば、半導体集積回路である信号処理回路で構成され得る。
【0018】
モデル作成処理は、撮影装置10で撮影された金属材料のミクロ組織画像から、FEM解析で使用するためのミクロ構造の解析対象のFEM解析モデルであるミクロ組織有限要素モデル(ミクロ組織FEモデル)を作成する。ミクロ組織有限要素モデルを作成するためのプログラム、パラメータ等は、例えば、記憶装置22に格納されており、必要に応じて演算回路21が読み出し、モデル作成に利用する。後述するように、演算回路21は、例えば、イメージベースモデリングにより、ミクロ組織有限要素モデルを作成することができる。イメージベースモデリングを行う場合、演算回路21は、ミクロ組織画像の少なくとも一部の領域に対して任意の画像処理フィルタを適用し、金属材料の当該領域のミクロ組織形状に基づいて形状データを形成する。そして、演算回路21は、後述するパラメータ設定処理において、設定されたミクロ組織有限要素モデルの各パラメータ(例えば、作成されるモデルの要素の種類、要素数、節点数等)に基づいて、上記領域を模擬したミクロ組織有限要素モデルを作成できる。作成されたミクロ組織有限要素モデルは、記憶装置22へと出力され、格納される。
【0019】
また、モデル作成処理は、ミクロ組織有限要素モデルが模擬している領域より大きな領域を模擬したマクロ構造有限要素モデル(マクロ構造FEモデル)を作成できる。マクロ構造有限要素モデルは、任意の大きさを有するモデルが形成されてもよく、当該モデルは、均質な材料として構成される。
【0020】
パラメータ設定処理は、各種のパラメータを設定する。パラメータには、例えば、演算回路21がモデル作成処理により作成するミクロ組織有限要素モデルおよびマクロ構造有限要素モデルの要素の種類、要素数および節点数が含まれてもよい。また、パラメータには、FEM解析によって解析したい金属材料の特性(金属材料のヤング率、降伏応力および耐力、加工硬化指数並びに結晶方位など)、解析処理によりFEM解析を実行する際の境界条件等が含まれてもよい。また、パラメータ設定処理は、パラメータの1つとして、後述する損傷判定処理にて損傷を判定するための基準である損傷クライテリアを設定できる。損傷クライテリアは、後述するように、FEM解析にて積分点毎に算出される相当塑性ひずみおよび応力三軸度を変数とする関数として設定され得る。損傷クライテリアは、金属材料を構成する相ごとに設定され得る。パラメータは、記憶装置22へと出力され、格納される。そして、必要に応じて、各構成要素は記憶装置22からパラメータを読み出し、使用する。
【0021】
解析処理は、作成されたミクロ組織有限要素モデルを用いて、金属材料に応力またはひずみが付与された際の形状変形のシミュレーションのためのFEM解析を行うことができる。また、解析処理は、作成されたマクロ構造有限要素モデルを用いて、金属材料に荷重が付与され又は変位が生じた際に金属材料に発生する応力またはひずみの履歴のシミュレーションのためのFEM解析を行うことができる。解析に使用するミクロ組織有限要素モデルまたはマクロ構造有限要素モデル、シミュレーションを行うためのプログラム、境界条件等は、例えば、記憶装置22に格納されており、解析に使用する。本実施形態に係る評価システム1の制御装置20の演算回路21は、解析処理により、ミクロ組織有限要素モデルに与えた応力またはひずみ別に、当該モデルの各要素の積分点における応力三軸度および相当塑性ひずみを算出し、出力することができる。また、演算回路21は、解析処理により、マクロ構造有限要素モデルに与えた荷重または変位別に、当該モデルの変形のシミュレーションを行い、当該モデルの変形履歴(マクロひずみの履歴)を算出し、出力することができる。なお、本実施形態では、マクロ構造有限要素モデルに対するFEM解析で算出されたマクロひずみが、ミクロ組織有限要素モデルに対するFEM解析の入力情報として用いられる。マクロひずみ並びに応力三軸度および相当塑性ひずみは、入出力装置23へと出力されて、入出力装置23で表示されてもよいし、記憶装置22に出力されて格納されてもよい。また、マクロひずみ並びに応力三軸度および相当塑性ひずみは、通信回路24へと出力され、別の制御装置へと伝達されてもよい。
【0022】
損傷判定処理は、FEM解析で算出された各積分点に関する相当塑性ひずみおよび応力三軸度と、設定されている損傷クライテリアとに基づいて、当該積分点が損傷したか否かを判定することができる。演算回路21は、ある積分点が損傷したと判定すると、解析処理にてさらに応力またはひずみを付与してFEM解析を行う際、当該積分点が損傷したことを考慮して、応力またはひずみによるミクロ組織有限要素モデルの変形のシミュレーションを行う。より具体的には、演算回路21は、FEM解析を行う際、当該積分点に関する計算式の一部を変更して、応力またはひずみによるミクロ組織有限要素モデル変形のシミュレーションを行う(詳細は後述する)。
【0023】
記憶装置22は、種々の情報を記憶できる記憶媒体である。記憶装置22は、例えば、DRAMやSRAM、フラッシュメモリ等のメモリ、HDD、SSD、その他の記憶デバイスまたはそれらを適宜組み合わせて実現される。記憶装置22は、撮影装置10で撮影された画像、モデル作成処理で作成されたミクロ組織有限要素モデルおよびマクロ構造有限要素モデルを格納することができる。また、記憶装置22は、パラメータ設定処理で設定された、解析に使用する材料特性や境界条件等のパラメータ、および解析処理で算出し出力された解析結果のデータ等を格納することができる。さらに、必要に応じて、記憶装置22は、演算回路21、入出力装置23、通信回路24等の各構成要素へと格納している情報を送信することができる。各構成要素は、記憶装置22を介さずに各構成要素間で直接、情報を送受信してもよい。
【0024】
入出力装置23は、ユーザからの情報の入力のための入力装置、およびユーザへの情報の出力のための出力装置としての機能を有する。入出力装置23は、1つ以上のヒューマン・マシン・インタフェースを備える。ヒューマン・マシン・インタフェースの例としては、キーボード、ポインティングデバイス(マウス、トラックボール等)、タッチパッド等の入力装置、ディスプレイ、スピーカ等の出力装置、タッチパネル等の入出力装置が挙げられる。入出力装置23は、例えば、金属材料のミクロ組織画像、ミクロ組織有限要素モデル、マクロ構造有限要素モデル、解析に使用する材料特性や境界条件等のパラメータ等、任意の情報を表示することができる。
【0025】
通信回路24は、有線または無線により装置またはシステムと通信回線を介して接続するためのインタフェース装置である。インタフェース装置は、例えば、USB(登録商標)またはイーサネット(登録商標)等の有線通信規格に準拠した通信を行うことが可能である。また、インタフェース装置は、例えばWi-Fi(登録商標)、Bluetooth(登録商標)、携帯電話回線等の無線通信規格に準拠した通信を行うことが可能である。
【0026】
なお、評価システム1は、少なくとも制御装置20を有していればよい。例えば、演算回路21、は、インタフェース装置(入出力装置23および通信回路24)を介して別途撮影されたミクロ組織画像を受け取って各種処理を実行してもよい。
【0027】
本実施形態に係る複相材料の損傷挙動を評価する方法について、図2の金属材料の損傷挙動評価のフロー図を例に説明する。図2は、金属材料の損傷挙動を数値解析評価するためのフローチャートである。
【0028】
[ステップ100:複相材料のミクロ組織画像の取得]
まず図2のステップ100(S100)の通り、演算回路21は、複相材料のミクロ組織画像を取得する。演算回路21は、例えば、記憶装置22に格納されたミクロ組織画像を読み出すことで取得してもよいし、通信回路24を介して他の装置またはシステムから取得してもよい。
【0029】
ミクロ組織画像は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)、光学顕微鏡(OM)、電子線後方散乱回折(EBSD)、コンピュータ断層撮影(CT)、超音波探傷検査(UT)等で観察した画像を用いればよい。上記観察のために、ミクロ組織を構成する構成相の種類によっては、エッチング等の前処理をあらかじめ行ってもよい。上記ミクロ組織画像のサイズ、倍率等は、評価領域、評価位置等に応じて適宜設定すればよい。
【0030】
上記では、金属材料のミクロ組織画像を取得する方法として、金属組織のミクロ組織を観察して画像を取得する方法を示したが、これに限定されず、金属組織のミクロ組織の観察を行わずに、模擬形状モデルを形成し、この模擬形状モデルを基に、ミクロ組織有限要素モデルを作成してもよい。
【0031】
対象とする複相材料は、金属材料を含むものであればよい。対象とする金属材料の種類、強度レベル等は問わない。金属材料として、鉄鋼に限らず、アルミニウム系、チタン系、銅系、マグネシウム系の純金属または合金が挙げられる。金属材料が鉄鋼である場合、ミクロ組織の種類、組織形状、相分率は限定されない。ミクロ組織を構成する構成相として、例えば、フェライト、マルテンサイト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト、MA(Martensite-Austenite constituent、「島状マルテンサイト」ともいう)のうちの1以上を含み、その他セメンタイト等の析出物を含みうる。前記組織形状は、結晶の形状をいい、例えば枝状、粒状、針状等が挙げられる。前記鉄鋼の成分組成も限定されない。前記金属材料の製造方法も限定されず、所望のミクロ組織が得られるように、例えば熱間圧延条件、熱処理条件等の製造条件が適宜設定されうる。複数の金属材料を評価、例えば複数の金属材料間で対比する場合は、例えばミクロ組織の構成相の種類、組織形状、相分率のうちの1以上が異なる複数の金属材料を用意することが挙げられる。
【0032】
対象とする複相材料は、金属材料以外に、セラミックスを含んでいてもよい。セラミックスとして、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、マグネシア、酸化セリウム、酸化亜鉛、チタン酸バリウム系、ヘキサフェライト、ムライトなどの金属酸化物、窒化ケイ素、窒化チタン、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、炭化チタン、炭化タングステン、炭化ホウ素、ホウ化チタンなどの非酸化物セラミックスが挙げられる。
【0033】
対象とする複相材料は、例えば、金属材料で構成されて、ミクロ組織を構成する構成相の種類、組織形状、相分率のうちの1以上が異なる複数の鉄鋼で構成された材料の他、鉄鋼と、鉄鋼以外のアルミニウム系等の非鉄金属で構成された材料、金属種の異なる非鉄金属で構成された材料、金属材料とセラミックスで構成された材料が挙げられる。
【0034】
簡便に説明するため、以下に記載する損傷シミュレーション方法では、複相材料としてミクロ組織を構成する構成相の種類が異なる金属材料、具体的には、軟質相としてフェライトおよび硬質相としてマルテンサイトから構成される二相鋼を、金属材料のミクロ組織損傷挙動を評価する対象としている。
【0035】
[ステップ110:ミクロ解析対象の有限要素モデルを作成する工程]
図2のステップ110(S110)の通り、演算回路21は、モデル作成処理を実行して、FEM解析で使用するためのミクロ構造の解析対象のFEM解析モデルであるミクロ組織有限要素モデルとしてメッシュモデルを作成する。当該解析モデルは、例えば、金属材料の取得したミクロ組織画像を用いてイメージベースモデリングにより作成できる。モデル作成方法の一例を図3に記載する。図3Aは、取得されたミクロ組織画像を示す。演算回路21は、このようなミクロ組織画像の画素の濃度または輝度に対して所定の閾値を設定し、任意の画素位置の濃度等が当該閾値を超えるか否かによって当該画素一の値を設定する二値化処理を行うことで二値画像を作成する。図3Bは、図3Aのミクロ組織画像から作成された二値画像である。これにより、マルテンサイト相を抽出し、それ以外の相と分離することができる。
【0036】
次に、演算回路21は、二値画像からマルテンサイト相に対応する領域の輪郭を取得する。当該輪郭は、例えば、エッジを検出する画像処理フィルタ(例えば、ソーベルフィルタ、ラプラシアンフィルタ等)を用いることで取得できる。図3Cは、二値画像から取得されたマルテンサイト相(硬質相)に対応する領域の輪郭を表す。
【0037】
次に、演算回路21は、上記の輪郭から、マルテンサイト相に対応する領域の形状データと、フェライト相(軟質相)に対応する領域の形状データとを作成する。図3Dは、マルテンサイト層に対応する領域Mと、フェライト相に対応する領域Fとを作成した形状データである。その後、演算回路21は、当該形状データを所定の条件に基づいて設定されるメッシュに分割した2次元のメッシュモデルを作成する。本実施形態に係るメッシュモデルは、四辺形要素のメッシュに分割している。図3Eには、右上の一部の領域を部分的に拡大し。メッシュの形状を例示した。四辺形要素は長方形である必要はない。また、四辺形であることも必須ではなく、三角形以上の多角形であればよい。
【0038】
本実施形態におけるFEM解析モデルとして、上記のメッシュモデルは、4節点アイソパラメトリック要素を設定して、総要素数が40,279、総節点数が40,507の2Dモデルで作成する。そして、当該2Dモデルを画像の奥行き方向へ1層分拡張し、8節点アイソパラメトリック要素により総要素数が40,279、総節点数が81,014の3Dモデルを作成し、当該3Dモデルを用いてFEM解析を行う。モデルの条件は上記に限定されるものではなく、例えば、要素の種類に関して、構成節点数が異なる要素を使用してもよい。また、総要素数や総節点数が異なる3Dモデルを作成して、FEM解析を行ってもよい。また、3Dモデルではなく、2Dモデルを作成してFEM解析モデルとして使用してもよい。
【0039】
[ステップ120:材料特性の取得、損傷クライテリアの決定]
図2のステップ120(S120)の通り、演算回路21は、パラメータ設定処理により、FEM解析を行うために金属材料を構成する各相に関する各材料の特性を取得し、パラメータとして設定する。ここで、取得する材料特性とは、例えば、フェライト相とマルテンサイト相それぞれのヤング率、降伏応力および耐力、加工硬化指数並びに結晶方位などである。また、演算回路21は、金属材料を構成する各相の材料に関する応力-ひずみ曲線(本実施形態においては、フェライトに関する応力-ひずみ曲線とマルテンサイトに関する応力-ひずみ曲線)をそれぞれ材料特性として取得する。これにより、演算回路21が解析処理にて、後述するFEM解析を行った際、ミクロ組織有限要素モデルに与える応力またはひずみに対して、当該モデルを構成する各相の形状および特性に基づいて、各積分点に与えられる応力またはひずみが算出される。
【0040】
演算回路21は、パラメータ設定処理により、ミクロ組織有限要素モデルを用いたFEM解析を行う際の境界条件を設定することができる。本実施形態において、演算回路21は、ミクロ組織有限要素モデルが周期的に配置されていると仮定して、擾乱変位成分に対して周期境界条件を与える。これにより、後述するように、演算回路21は、いわゆる均質化法に基づいて、マクロ構造有限要素モデルに対するFEM解析を行うことで算出されたマクロひずみの履歴を入力情報として、ミクロ組織有限要素モデルに対するFEM解析を行うことができる。
【0041】
また、演算回路21は、パラメータ設定処理により、ミクロ組織有限要素モデルを用いたFEM解析において応力またはひずみを付与した際に、当該モデルの各要素に損傷が発生したか否かを判定するための基準である損傷クライテリアを設定する。損傷クライテリアを設定することにより、演算回路21は、損傷クライテリアと、後述するFEM解析により算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度とに基づいて、ミクロ組織有限要素モデルの各要素の損傷の有無を判定できる。それにより、演算回路21は、金属材料に一定以上の応力またはひずみが付与された際に生じる金属材料の局所的な損傷を加味したFEM解析を行うことができる。損傷クライテリアは、例えば、式(1)、(2)で表すことができる。
=εp(η+A) (1)
>fcr (2)
【0042】
ここで、fは、損傷を判定する際のパラメータである。fcrは、損傷を判定するための基準値であり、任意の定数である。εpは、相当塑性ひずみである。ηは、応力三軸度である。Aは、任意の定数である。fcrおよびAは、金属材料を構成する各相毎に異なる値を設定され得る。構成相毎に設定することで、演算回路は、構成相別にFEM解析モデルを作成する必要がなく、FEM解析モデルを簡易にすることができる。fcrおよびAは、経験的に値を定められてもよいし、実験データに基づいて定められてもよい。
【0043】
損傷クライテリアは、εpおよびηを変数とする式(3)で表される関数と表現され得る。
cr=εp(η+A) (3)
当該関数は、横軸が応力三軸度η、縦軸が相当塑性ひずみεpであるグラフ上で、所定の曲線(より具体的には、εp=fcr/(η+A)となる反比例状の曲線)で表すことができる。したがって、演算回路21は、ある積分点の応力三軸度ηおよび相当塑性ひずみεpを当該グラフ上にプロットした際、当該曲線で表されるηとεpとの組み合わせよりも、ηまたはεpの少なくとも一方が大きい値を取る場合、当該積分点が損傷していると判定してもよい。損傷クライテリアは、上記のように反比例状に表される関数に限定されず、例えば、任意の一次関数として設定されてもよい。
【0044】
実験データに基づいて損傷クライテリアを定める場合、例えば、損傷クライテリアは次のように定められ得る。任意の試験片の組織画像に基づいてFEM解析モデルを作成し、当該試験片に対して引張試験を行い、演算回路21は、当該FEM解析モデルに対して当該引張試験と同等の応力またはひずみの履歴を付与してFEM解析を行う。引張試験の実施中、演算回路21は、任意のタイミングで試験片の組織画像を取得し、当該タイミングで試験片に生じているひずみと関連付ける。そして、組織画像を確認してマイクロボイドが発生している場合、演算回路21は、当該組織画像に関連付けられているひずみをFEM解析モデルに付与した際のFEM解析結果から、組織画像においてマイクロボイドが発生した位置に対応する積分点の相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出する。演算回路21は、相当塑性ひずみおよび応力三軸度を取得すると、グラフ上にプロットする。演算回路21は、複数のマイクロボイドに関する相当塑性ひずみと応力三軸度との組み合わせをグラフ上にプロットすることで、プロットした点が式(1)、(2)を満たすfcrおよびAを定め、それにより損傷クライテリアを定めることができる。
【0045】
演算回路21は、式(2)に示すように、相当塑性ひずみ、応力三軸度および任意の定数に基づいて算出されるパラメータfがある基準値fcrより大きい場合、損傷が発生したと判定できる。相当塑性ひずみおよび応力三軸度は、後述する解析処理にて算出される。パラメータ設定処理においてパラメータを設定するための材料特性の取得および損傷クライテリアの設定の詳細は、後述する。
【0046】
[ステップ130:マクロひずみの取得]
図2のステップ130(S130)の通り、演算回路21は、ミクロ組織有限要素モデルに対してFEM解析を行う際に与えるマクロひずみを取得する。例えば、演算回路21は、次に説明するステップ131~133を行うことで、マクロ構造有限要素モデルを作成し、当該モデルに対してFEM解析を行ってマクロひずみを算出し、取得する。
図4は、マクロひずみを取得するためのフローチャートである。また、演算回路21は、あらかじめ算出して記憶装置22に格納していたマクロひずみを読み出すことで取得してもよいし、通信回路24を介してマクロひずみを取得してもよい。
【0047】
[ステップ131:マクロ構造有限要素モデルの作成]
図4のステップ131(S131)の通り、演算回路21は、モデル作成処理を実行して、FEM解析で使用するため、マクロ構造の解析対象のFEM解析モデルであるマクロ構造有限要素モデルとしてメッシュモデルを作成する。当該メッシュモデルは、任意の大きさを有してよい。
【0048】
[ステップ132:均質材料としての強度特性取得]
図4のステップ132(S132)の通り、演算回路21は、パラメータ設定処理を実行して、FEM解析を行うためにマクロ構造有限要素モデルに関する金属材料の特性を取得し、パラメータとして設定する。ここで、取得する材料特性とは、例えば、当該金属材料のヤング率、ポアソン比、応力-ひずみ曲線、降伏応力および耐力、加工硬化指数並びに結晶方位などである。当該パラメータは、実験により取得することができる。例えば、金属材料に関する応力-ひずみ曲線および降伏応力は、当該材料で構成されている試験片に対して引張試験を行うことで取得することができる。またヤング率とポアソン比は、引張試験、共振法、超音波法等によって取得することができる。金属材料は、ミクロな構造では、金属材料を構成する各相に分離され得るため、演算回路21は、ミクロな構造では各相に関するパラメータを設定するが、マクロな構造では相構造に関係なく一様な材料としてパラメータを設定する。
【0049】
[ステップ133:マクロ構造有限要素モデルを用いたFEM解析の実行(ひずみの算出)]
図4のステップ133(S133)の通り、演算回路21は、解析処理により、作成したマクロ構造有限要素モデルを用いてFEM解析を実行する。FEM解析では、作成したマクロ構造有限要素モデルに対して所定の荷重または変位を与えることで、金属材料に発生する応力またはひずみの履歴をシミュレーションにより解析することができる。例えば、解析処理は、マクロ構造有限要素モデルに対して一軸引張に相当する荷重または変位条件を与え、マクロ構造有限要素モデルの変形のシミュレーションを行い、マクロ構造有限要素モデルの変形履歴(マクロひずみの履歴)を算出する。算出された変形履歴は、例えば、記憶装置22に出力され、格納される。なお、マクロ構造有限要素モデルに対して与える変形場は、一軸引張に限定されず、引張、圧縮およびせん断変形が同時に生じる複合的な変形場であってもよい。
【0050】
このように、演算回路21は、マクロ構造有限要素モデルを作成し、当該モデルを用いてマクロひずみを算出して取得することができる。本実施形態において、演算回路21はマクロひずみの算出をミクロ組織有限要素モデルの材料特性の取得および損傷クライテリアの決定(すなわちステップ120)後に行っているがこれに限定されない。例えば、演算回路21は、ミクロ組織画像を取得する(すなわちステップ100)前に、マクロひずみを算出してもよい。また、後述するように演算回路21は、マクロひずみの履歴を与えることで、マクロひずみごとにミクロ組織有限要素モデルにおけるFEM解析を行う。したがって、マクロひずみは、ミクロ組織有限要素モデルのFEM解析を行う際に算出されていればよい。例えば、演算回路21は、まずステップ131とステップ132を実行し、必要に応じて適宜ステップ133を実行してもよい。すなわち、演算回路21は、後述するステップ160の実行後かつ後述するステップ140の実行前にステップ133を実行し、当該タイミングにおけるステップ140で使用するマクロひずみを算出してもよい。
【0051】
[ステップ140:ミクロ組織有限要素モデルを用いたFEM解析の実行(相当塑性ひずみおよび応力三軸度の算出)]
図2のステップ140(S140)の通り、演算回路21は、解析処理により、作成したミクロ組織有限要素モデルを用いてFEM解析を実行する。上記するように、ミクロ組織有限要素モデルのFEM解析に関する境界条件として、当該モデルが周期的に配置されていると仮定して、擾乱変位成分に対して周期境界条件を与えている。したがって、演算回路21は、FEM解析では、作成したミクロ組織有限要素モデルに対して、ステップ130で取得したマクロひずみの履歴をマクロひずみ増分として与える。それによって、演算回路21は、いわゆる均質化法に基づいて、金属材料にマクロひずみ増分が加えられた際にどのような挙動を示すかシミュレーションを行うことができる。演算回路21は、解析処理により、ミクロ組織有限要素モデルの各要素に与えたマクロひずみ別に、ミクロ組織有限要素モデルの変形挙動として各要素における相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出することができる。算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度は、記憶装置22に出力され、格納され得る。ミクロ組織有限要素モデルの各要素には、解析時の積分を行うための積分点が予め設定されている。相当塑性ひずみおよび応力三軸度は、積分点に与えられたひずみ別に算出される。なお、ミクロ組織有限要素モデルの各要素の積分点以外に、例えば積分点について算出された解から計算される要素解または節点解を用いて相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出してもよい。
【0052】
[ステップ150:ミクロ組織有限要素モデルの各積分点における損傷判定]
図2のステップ150(S150)の通り、演算回路21は、損傷判定処理により、ミクロ組織有限要素モデルの各積分点に損傷(すなわち、マイクロボイド)が生じたか判定する。損傷判定処理は、ステップ120で設定された損傷クライテリアと、ステップ140で実行されたFEM解析によって算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度とに基づいて、損傷の有無を判定する。損傷判定処理は、ステップ140において、相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出する毎に、損傷の有無を判定する。損傷判定処理の詳細は、後述する。
【0053】
[ステップ160:FEM解析の続行可否の判定]
図2のステップ160(S160)の通り、演算回路21は、FEM解析を続行するか否か判定する。具体的には、演算回路21は、損傷判定処理により、ミクロ組織有限要素モデルの変形が所定の変形率まで到達したか否かを判定する。ミクロ組織有限要素モデルの変形が所定の変形率に至っていない場合、演算回路21は、ミクロ組織有限要素モデルに与えるマクロひずみを変更してFEM解析(S140)をさらに実行する(S160:Yes)。そして、当該マクロひずみが与えられた際のミクロ組織有限要素モデルにおける相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出する。ミクロ組織有限要素モデルの変形が所定の変形率まで到達した場合、演算回路21は、解析処理によるFEM解析を終了する(S160:No)。また、ミクロ組織有限要素モデルにおいて損傷したと判定された要素は、当該要素における要素剛性を低下させるため、損傷したと判定された要素が増加することで、マイクロボイドによる損傷が進展し、ミクロ組織有限要素モデルの変形抵抗が低下する。演算回路21は、変形抵抗が所定の値以下に低下すると、解析処理によるFEM解析を終了してもよい。
【0054】
上記のように本実施形態に係る損傷シミュレーション方法は、金属材料のマクロ構造を模擬した有限要素モデルを用いてFEM解析を行い、マクロひずみの履歴を算出することができる。また、損傷シミュレーション方法は、金属材料のミクロ組織を模擬した有限要素モデルおよび算出されたマクロひずみの履歴を用いてFEM解析を行い、相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出することが可能である。そして、損傷シミュレーション方法は、算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度に基づいて損傷の有無の判定を行うことで、引張変形によるミクロ組織での損傷発生と損傷の進展に伴う、マクロ構造における引張方向の変形抵抗の低下を再現することができる。また、損傷シミュレーション方法は、ミクロ構造側では、金属材料のマクロな変形の進行に伴い、ミクロ組織の損傷が発生し、ミクロ組織の損傷が連結して進展していく挙動を同時に解析することができる。
【0055】
(各構成相の応力-ひずみ曲線等の取得)
パラメータ設定処理にて設定される、FEM解析を行うための材料特性の設定処理について説明する。金属材料を構成する各相に関する各材料に関する応力-ひずみ曲線は、例えば、当該材料で構成されている試験片に対して引張試験を行うことで、取得され得る。また、各材料に関する応力-ひずみ曲線および降伏応力は、例えば、以下に記載するような解析手法によって取得され得る。なお、各材料に関する応力-ひずみ曲線および降伏応力の取得方法は、当該手法に限定されず、例えばSwift則の式等、所定の式に基づいて定めて取得してもよいし、あらかじめ記憶装置22に記憶させておいた曲線等を用いてもよい。
【0056】
まず、演算回路21は、図3Aに示すようなミクロ組織画像から金属材料を構成する各相(図3Aにおいては、フェライト相およびマルテンサイト相)の面積分率を取得する。演算回路21は、例えば、ステップ110に記載した方法で金属材料のミクロ組織画像を各相に分離できるため、それぞれの面積分率を取得することができる。次に、演算回路21は、面積分率に基づいて、各相の体積分率を算出する。例えば、2つの構成相のうち、より小さい面積分率を有する構成相(構成相A)が、二相鋼内に均一に分散している、と仮定すると、演算回路21は、構成相Aの面積分率SAを3/2乗して、構成相Aの体積分率VAに換算できる。他方の構成相(構成相B)の体積分率VBは、100%から構成相Aの体積分率VAを引いて求められ得る。
【0057】
演算回路21は、図3Aの例では、フェライト相の面積分率が85%、マルテンサイト相の面積分率が15%と取得できる。演算回路21は、より小さい面積分率を有するマルテンサイト相の面積分率(15%)を3/2乗(すなわち、0.153/2)してマルテンサイト相の体積分率(約6%)を求める。演算回路21は、全体(100%)からマルテンサイト相の体積分率(6%)を引いてフェライト相の体積分率を算出できる。例えば、マルテンサイト相の体積分率が6%であれば、フェライト相の体積分率は、100%-6%=94%である。
【0058】
次に、演算回路21は、対象となる二相鋼に関する応力-ひずみ曲線を取得する。当該応力-ひずみ曲線は、例えば、二相鋼から引張試験用の供試材を作製して、一軸引張試験を行うことで取得され得る。一軸引張試験の試験方法および供試材の形状は特に限定されないが、例えばJIS Z2241:2011を参照することができる。図5は、二相鋼の応力-ひずみ曲線の実測データの一例である。
【0059】
次に演算回路21は、取得した応力-ひずみ曲線の実測データから、二相鋼の降伏応力σyDPを求める。図6は、図5の応力-ひずみ曲線のうち弾性域と塑性域との境界線近傍を拡大した図である。応力-ひずみ曲線は、弾性域において直線性を有しているが二相鋼が塑性変形し始めると(つまり、塑性域に入ると)、応力-ひずみ曲線は直線性を失う。直線性を失ったときの応力値を二相鋼の降伏応力σyDPとする。図6の例では、σyDP=220MPaである。
【0060】
軟質相と硬質相で構成される二相鋼では、軟質相、すなわち本実施形態ではフェライト相が先に塑性変形し始めて、その後に硬質相、すなわち本実施形態ではマルテンサイト相が塑性変形し始めると考えられる。つまり、二相鋼の降伏応力σyDPは、フェライト相の降伏応力σySPにのみ依存すると考えられる。よって、フェライト相の降伏応力は、二相鋼の降伏応力σyDPおよびフェライト相の体積分率から、以下の式(4)のように求めることができる。
σySP=σyDP÷{(フェライト相の体積分率(%))/100} (4)
【0061】
例えば、二相鋼の降伏応力σyDPが220MPa、フェライト相の体積分率が94%(0.94)の場合、フェライト相の降伏応力σySPは220÷(94(%)/100)=234MPaとなる。このようにして、フェライト相の降伏応力σySPを算出する。
【0062】
次に、演算回路21は、応力-ひずみ曲線の実測データから、応力とひずみとの関係を示すグラフ(例えば、縦軸が応力の自然対数、横軸がひずみの自然対数の両対数グラフ)を作成する。図7は、図5に示す応力-ひずみ曲線の両対数グラフである。そして、演算回路21は、応力-ひずみ曲線の塑性域内において、当該両対数グラフが直線となっている部分を決定する。当該直線部分を含む範囲を「範囲LA」とする。範囲LAは、フェライト相の応力-ひずみ曲線を示すSwift則の式(5)において、右辺の乗数(n乗)に従う範囲となる。
σ=σySP(1+ε/α) (5)
【0063】
ここで、σはフェライト相が負担している第1の応力である。σySPはフェライト相の降伏応力である。εはフェライト相のひずみである。αはフェライト相の固有定数である。nはフェライト相の加工硬化指数である。図7において実線が応力-ひずみ曲線の両対数グラフを示す。当該実線における直線部分(領域LAの範囲内にある部分)に沿って、近似直線(破線)を引くと、近似直線の傾きは、フェライト相の加工硬化指数nと相関性がある。
【0064】
なお、本明細書では、「直線部分」とは、応力-ひずみ曲線の両対数グラフにおいて、直線と見なせる部分の一部または全部のことである。範囲LAは、「直線と見なせる部分の一部または全部」を含む範囲であればよい。本明細書においてまた、「直線と見なせる部分」には、完全には直線ではないが、ほぼ直線となっている部分も含まれる。具体的には、応力-ひずみ曲線の両対数グラフ上に最小二乗法で近似直線を引いた際に、両対数グラフと近似直線との縦軸方向(応力の自然対数方向)の「ずれ」が、両対数グラフ上で1MPa相当の数値以下となる場合、「直線と見なせる部分」とする。
【0065】
二相鋼が受ける応力σは、フェライト相が負担している第1の応力σと、マルテンサイト相が負担している第2の応力Δσとに分けることができる。図8は、第2の応力Δσを説明するための応力-ひずみ曲線である。図8に示す応力-ひずみ曲線において、実線は二相鋼の応力-ひずみ曲線の実測データであり、破線はフェライト相の応力-ひずみ曲線のイメージである。フェライト相の応力-ひずみ曲線からは、フェライト相が負担している第1の応力σを読み取ることができる。この実線と破線の間の縦軸方向の離間距離が、マルテンサイト相が負担している第2の応力Δσに相当する。
【0066】
このことを踏まえて、両対数グラフ上で特定した範囲LAに対応する範囲C-LA(図8参照)を応力-ひずみ曲線上に規定し、その範囲における二相鋼の応力σを、第1の応力第1の応力σと第2の応力第2の応力Δσとに分ける手順を説明する。応力-ひずみ曲線上における対応する範囲を単に「範囲C-LA」と称することがある。
【0067】
図9は、弾完全塑性体とみなせるマルテンサイト相の応力-ひずみ曲線の模式図である。マルテンサイト相は弾完全塑性体とみなせるので、マルテンサイト相のみだった場合の応力-ひずみ曲線は図9のような形となる。したがって、範囲C-LA内における応力σHPは一定で、かつ降伏応力σyHPと等しくなる。また、マルテンサイト相が負担している第2の応力Δσは、応力σHPに体積分率を掛け算して求めた値に相当する。これらのことから、範囲C-LA内において、第2の応力Δσは一定となる(つまり、図8において、範囲C-LAの範囲内では実線と破線の間の縦軸方向の離間距離は一定)。また、第2の応力Δσは、マルテンサイト相の降伏応力σyHPに体積分率を掛け算した値に等しくなる。また、フェライト相が負担している第1の応力σは、フェライト相のみだった場合の応力σSPに体積分率を掛け算して求めた値に相当する。
【0068】
上記した内容は、以下の式(6)~(9)で表され得る。なお、フェライト相の体積分率は例えば94%(0.94)であり、マルテンサイト相の体積分率は例えば6%(0.06)である。
σ=σ+Δσ (6)
σHP=σyHP (7)
Δσ=σHP×(マルテンサイト相の体積分率)
=σyHP×(マルテンサイト相の体積分率) (8)
σ=σSP×(フェライト相の体積分率) (9)
【0069】
上述したように、フェライト相については、式(5)で表されるSwift則が適用できる。そして、式(5)を以下の手順(i)~(ii)で変形することで、フェライト相とマルテンサイト相の関係を1つの式で表すことができる。
手順(i)両辺の自然対数を取り、式変形をする。
lnσ=lnσySP(1+ε/α)
=ln(1+ε/α)+lnσySP
=n・ln(1+ε/α)+lnσySP (5-1)
手順(ii)式(6)を式(10)に変形して、式(5-1)に代入する
σ=σ-Δσ (10)
ln(σ-Δσ)=n・ln(1+ε/α)+lnσySP (5-2)
【0070】
式(5-2)を、縦軸をln(σ-Δσ)、横軸をln(1+ε/α)としてプロットすると、一次関数のグラフが作成され得る。当該グラフは、傾きがn、切片がlnσySPである。図10は、二相鋼の応力とひずみの関係を、縦軸をln(σ-Δσ)、横軸をln(1+ε/α)としてプロットした両対数グラフである。ここで、フェライト相の降伏応力σySPは上記のように求められ得るため(例えば234MPa)、切片lnσySP=ln234=5.45となるように、αの値が決定される。αの値が決まると、傾きnも一義的に決まる。図10では、傾きn=0.23である。
【0071】
得られたα、nの値を式(5-2)に代入すると、式中の変数は、二相鋼の応力σおよびひずみεと、第2の応力Δσの3つとなる。そして、二相鋼の応力σおよびひずみεは、二相鋼の引張試験の実測データから特定できるため、実質的には変数は第2の応力Δσのみとなる。したがって、演算回路21は、第2の応力Δσに適当な初期値(例えば200MPa)を設定し、二相鋼の引張試験の実測データから、有限要素法の逆解析を行うことで、Δσを求めることができる。なお、最終的に得られるΔσの値は、初期値に依存しないので、初期値にはどのような値を設定してもよい。
【0072】
演算回路21は、得られた第2の応力Δσを式(10)に代入することにより、第1の応力σを求められる。これにより、演算回路21は、応力-ひずみ曲線の応力σを、フェライト相が負担している第1の応力σとマルテンサイト相が負担している第2の応力Δσとに分けることができる。
【0073】
このように、変数が第2の応力Δσの1つとなるように処理することにより、演算回路21は、有限要素法の逆解析にかかる計算負荷を減らすことができる。演算回路21は、例えば、Swift則の式(5)におけるフェライト相の固有定数αおよび加工硬化指数nも、第2の応力Δσと同様に変数として取り扱ったまま、有限要素法の逆解析を行うことも可能である。しかしながら、複数の変数の組み合わせの中から、一義的にその組み合わせを決定することは容易ではない。したがって、第2の応力Δσのみを変数とすることにより、演算回路21は、比較的容易にΔσを逆解析で特定することができる。
【0074】
演算回路21は、式(8)を以下の式(11)ように変形し、上記のように求めた第2の応力Δσを代入することにより、マルテンサイト相の降伏応力σyHPを求めることができる。なお、上述しているとおり、マルテンサイト相の体積分率の値の6%は、一例であり、これに限定されない。
σyHP=Δσ/(マルテンサイト相の体積分率)
=Δσ/0.06 (11)
【0075】
次に、演算回路21は、上記のように求めたフェライト相の降伏応力σySP、加工硬化指数n、およびフェライト相の固有定数αを用いて、フェライト相の応力-ひずみ曲線を計算によって求める。フェライト相の応力-ひずみ曲線はSwift則の式(5)のσySP、α、nに、上記のようにして得られた値を代入することにより描くことができる。
【0076】
次に、演算回路21は、上記のようにして求めたマルテンサイト相の降伏応力σyHPを用いて、マルテンサイト相の応力-ひずみ曲線を計算によって求める。マルテンサイト相は弾完全塑性体とみなせるため、応力-ひずみ曲線は図9に示すような形の応力-ひずみ曲線となる。弾性域では、応力σはひずみεに比例し、塑性域では、応力σはひずみεの値にかかわらず一定となる。弾性域における応力とひずみは、以下の式(12)の関係を満たす。
応力=ヤング率×ひずみ (12)
【0077】
したがって、マルテンサイト相において、弾性域と組成域との境界となる点(降伏点YP)における応力(降伏応力σyHP)とひずみ(降伏ひずみεyHP)は、以下の式(13)により求めることができる。なお、マルテンサイト相のヤング率は、公知の値を用いることができ、例えば、200GPa程度である。
σyHP=マルテンサイト相のヤング率×εyHP (13)
【0078】
これらに基づいて、マルテンサイト相の応力-ひずみ曲線を作成すると、降伏点YPまでは、傾きが「マルテンサイト相のヤング率」である直線となり、降伏点YPを超えると、応力が「降伏応力σyHP」で一定となる、図9に示すグラフが得られる。
【0079】
以上のように、演算回路21は、フェライト相の応力-ひずみ曲線、およびマルテンサイト相の応力-ひずみ曲線を取得することができる。上記するように、当該手法は、フェライト相およびマルテンサイト相で構成される二相鋼に限定されず、任意の軟質相および硬質相によって構成される二相鋼に用いることができる。
【0080】
(FEM解析および損傷判定による処理)
解析処理にて実行されるFEM解析および損傷判定処理によって行われる損傷判定および損傷判定における処理について説明する。FEM解析で用いられるミクロ要素剛性方程式は、以下の式(14)で表される。ここでx(xは、xの上部にドット符号)は、各節点における特性変位、F(Fは、Fの上部にドット符号)は、各節点に対する節点荷重を表す。
【0081】
【数1】
【0082】
式(14)に関して、[K]、{x}、{F}は、それぞれ以下の式(15)~(17)で表される。
【0083】
【数2】
【0084】
【数3】
【0085】
【数4】
【0086】
ここで[B]は、変位速度-変形速度を関連付けるマトリクスである。[B]は、変位速度-速度勾配を関連付けるマトリクスである。[Cep]は、ミクロ弾塑性構成則マトリクス、[σ]は、幾何学的非線形に起因する応力マトリクスである。これらは、3次元問題では具体的には次の式(18)~(21)で表される。
【0087】
【数5】
【0088】
【数6】
【0089】
【数7】
【0090】
【数8】
【0091】
ここでNは、節点iに関する形状関数を示す。式(17)の右辺内の{j}は、j成分のみが1であり、かつ他成分がゼロの列ベクトルである。式(21)の右辺内のIは、3×3の単位行列である。式(15)は、弾塑性剛性マトリクスであり、式(17)で与えられる6つの変形モードに対応する荷重速度ベクトルを別途計算できれば、通常のFEMソルバー(すなわちソフトウェア)を用いてミクロ構造の特性変位速度の算出が可能となる。なお、式(14)を解く際の幾何学的境界条件として、周期境界条件を与える必要があり、MPC(多点拘束)機能が必要である。式(15)で表される弾塑性剛性マトリクスおよび式(17)で表される荷重速度ベクトルを算出する際は、全ての既知の諸量(時刻tにおける諸量)を用いて、静的陽解法によって特性変位速度を求めることとする。
【0092】
上記しているように解析処理は、マクロ構造有限要素モデルに対してFEM解析を実行することで取得したマクロひずみの履歴をマクロひずみ増分としてミクロ組織有限要素モデルに与えることで、金属材料の変形挙動のシミュレーションを行う。例えば、解析処理は、一軸引張相当のマクロひずみ増分の6成分をミクロ組織有限要素モデルに与える。引張方向を11方向、11方向に直交する方向を22方向および33方向とすると、解析処理は、11成分:22成分:33成分:12成分:23成分:31成分=1:-0.5:-0.5:0:0:0となるような比率のひずみ増分を全積分点に与えてもよい。なお、12成分、23成分および31成分は、せん断成分を意味する。比率は上記に限定されない。例えば、解析処理は、マクロ構造有限要素モデルに対して与える変形場を、一軸引張ではなく多軸ひずみ場とする場合、上記した比率とは異なる比率のひずみ増分を全積分点に与えてFEM解析を実行することができる。
【0093】
上記しているように損傷判定処理にてある積分点にて損傷が発生したと判定した場合、解析処理は、要素剛性の計算式を変更して、FEM解析を行う。例えば、解析処理は、式(15)における[σ]を全成分ゼロにし、[Cep]の値を初期値の1/100の値に変更する。これにより、解析処理は、損傷が発生したと判定された積分点に関して、応力を開放し、要素剛性を1/100に低下させた状態で、FEM解析を実行することができる。これにより、解析処理は、各積分点における損傷の発生を加味したFEM解析を行うことができる。変更後の[Cep]の値は、上記数値に限定されず、任意の値、例えば初期値の1/50以下にすることができる。より具体的には、[Cep]の値は1/50、1/200、1/500、1/1000、ゼロ等に変更され得る。
【0094】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。すなわち、以下では軟質相であるフェライト相と硬質相であるマルテンサイト相の二相で構成される二相鋼を用いた実施例を示しているが、これに限定されない。また、以下ではマクロ構造有限要素モデルに対して与える変形場を、一軸引張により与えているがこれに限定されない。また、以下で損傷の有無を判定するための基準としてある関数で表される損傷クライテリアを与えているが、これに限定されない。
【0095】
本実施例では、複相材料として、フェライト相とマルテンサイト相の二相で構成される二相鋼を対象とし、この二相鋼に基づいて作成した有限要素モデルに基づいて、金属材料の損傷の評価を下記の通り行った。
【0096】
1.複相材料(金属材料)の準備
二相鋼として、C:0.063質量%、Si:0.50質量%、およびMn:1.46質量%(実績)を含む鋼を溶製し、インゴットを得てから鍛造し、熱処理を施して、マルテンサイトとフェライトの二相鋼を用意した。上記二相鋼を用いて、下記の手順によりミクロ組織を模擬したFEM解析用モデルを作成した。
【0097】
2.金属材料のミクロ組織画像の取得
上記材料を、顕微鏡観察面がおおよそ10mm×10mm程度のサイズに切り出し、ナイタールでエッチングしてから、走査型電子顕微鏡にて倍率1000倍で顕微鏡写真を撮影し、ミクロ組織の画像を取得した。上記材料の顕微鏡写真を図3Aに示す。図3Aにおいて、白色部分は硬質相であるマルテンサイト相を示し、グレー部分は軟質相であるフェライト相を示す。なお図3Aにおいて、該顕微鏡写真の画像解析を行ったところ、硬質相であるマルテンサイトの面積分率は約15%であった。
【0098】
3.ミクロ組織有限要素モデルの作成
次に、評価システム1の演算回路21にモデル作成処理を実行させて、FEM解析に使用するミクロ組織有限要素モデルを作成するために上記材料のミクロ組織の画像を模したメッシュモデルを作成した。メッシュモデルは、上述のステップ110と同様の方法で作成され得る。本実施例では、ステップ110に記載したモデルと同様、メッシュモデルは、4節点アイソパラメトリック要素を設定して、総要素数が40,279、総節点数が40,507の2Dモデルで作成されている。演算回路21にモデル作成処理を実行させることで、当該2Dモデルに対して、画像の奥行き方向へ1層分拡張し、8節点アイソパラメトリック要素により総要素数が40,279、総節点数が81,014の3Dモデルを作成した。
【0099】
なお、作成された2Dのメッシュモデルは、硬質相であるマルテンサイトに対応する領域の面積分率が、約15%となるように作成されている。同様に、3Dのメッシュモデルは、硬質相であるマルテンサイトに対応する領域の体積分率が、約15%となるように作成されている。
【0100】
4.材料特性の取得および損傷クライテリアを設定
次に、評価システム1の演算回路21にパラメータ設定処理を実行させて、金属材料を構成する各相に関する各材料特性を取得した。各相のヤング率およびポアソン比は、公知の値を用い、フェライト相のヤング率を206GPa、ポアソン比を0.3とし、マルテンサイト相のヤング率を206GPa、ポアソン比を0.3として設定した。また、応力-ひずみ曲線として、Swift則の式(22)で表現される曲線データを与えた。フェライト相およびマルテンサイト相に関する応力とひずみとの関係は、次の式(22)で表すことができる。ここで、σは、相当塑性ひずみがεとなった際の各相の降伏応力(後続降伏応力)である。σは、各相の初期降伏応力(相当塑性ひずみが零の際の降伏応力)である。εは、相当塑性ひずみである。aは、各相に固有の定数である。nは、各相の加工硬化指数である。上記手法により、各相に関するパラメータを算出し、パラメータ設定処理により材料特性として入力した。本実施例において、フェライト相に関する各パラメータは、σ=230MPa、a=7×10-3、n=0.23と算出された。マルテンサイト相に関する各パラメータは、σ=2100MPa、a=1×10-5、n=0.015と算出された。
σ=σ(1+ε/a) (22)
【0101】
また、演算回路21にパラメータ設定処理を実行させて金属材料を構成する各相に関して損傷クライテリアを設定した。式(1)、(2)に基づいて、フェライト相に関しては式(23)を満たした場合、マルテンサイト相に関しては式(24)を満たした場合、当該積分点に関する組織が損傷したと判定するように損傷クライテリアを設定した。ここで、εpは、相当塑性ひずみである。ηは、応力三軸度である。εpおよびηは、後述するFEM解析によって算出された各積分点に関する相当塑性ひずみおよび応力三軸度が入力される。
εp(η+4.5)>5 (23)
εp(η+1.4)>2.2 (24)
【0102】
5.マクロ構造有限要素モデルの作成
次に、演算回路21にモデル作成処理を実行させて、マクロ構造有限要素モデルを作成した。図11は、マクロ構造有限要素モデルとミクロ組織有限要素モデルとの関係を示す模式図である。図11(a)は、マクロ構造有限要素モデルの模式図である。図11(b)は、ミクロ組織有限要素モデルを周期的に配置した模式図である。図11(c)は、ミクロ組織有限要素モデルの一例である。図11(b)に示す模式図は、図11(c)に示すミクロ組織有限要素モデルが周期的に配置されて、構成されている様子を示す。また、図11(b)は、図11(a)の一部の領域に対応し、マクロ構造有限要素モデルの一部の領域とミクロ組織有限要素モデルを周期的に配置した領域とが対応していることを示す。
【0103】
6.均質材料としての材料特性の取得
次に、演算回路21にパラメータ設定処理を実行させて、マクロ構造有限要素モデルに対してFEM解析を実行するための材料特性を取得し、一様な材料特性としてパラメータを設定した。上述しているように、金属材料で構成されている試験片に対して一軸引張試験を行うことで、金属材料に関する応力-ひずみ曲線を取得した。また、当該一軸引張試験にて、金属材料の降伏応力を取得した。
【0104】
7.マクロ構造有限要素モデルに対するFEM解析の実行(マクロひずみの履歴の算出)
次に、演算回路に解析処理を実行させて、マクロ構造有限要素モデルを用いてFEM解析を実行した。当該FEM解析では、マクロ構造有限要素モデルに対して、一軸引張試験に相当する荷重または変位条件を与え、マクロ構造有限要素モデルの変形の挙動のシミュレーションを行い、マクロ構造有限要素モデルの変形の履歴を算出した。なお、一軸引張試験における引張方向は、図11(a)に矢印で示す方向と対応している。以下、当該引張方向を適宜「11方向」という。本実施例では、図11(a)に示すように、マクロ構造有限要素モデルの左右方向を11方向とし、引張方向に直交する方向を22方向および33方向としている。なお、本実施例では、図11(a)に示すように境界条件を設定した。具体的には、マクロ構造有限要素モデルの左下端部を完全拘束し、当該モデルの右端、および左下端部を除く左端を11方向に関して拘束した。当該境界条件の下、マクロ構造有限要素モデルに対して11方向に右端部を引っ張るような強制変位を与え、一軸引張試験相当のFEM解析を行うことで、任意の評価領域において所定のマクロひずみを算出した。本実施例では、11成分:22成分:33成分:12成分:23成分:31成分=1:-0.5:-0.5:0:0:0となるような比率のマクロひずみが算出された。そして、一軸引張において設定した荷重ごとに算出されたマクロひずみをマクロひずみの履歴として出力した。なお、以下において「マクロひずみ」とは、特別に記載した場合を除き、上記の11方向に関するひずみを意味する。なお、12成分、23成分および31成分は、せん断成分を意味する。
【0105】
8.境界条件の設定
次に、ミクロ組織有限要素モデルに与える境界条件を演算回路21にパラメータ設定処理を実行させて設定した。より具体的には、ミクロ組織有限要素モデルが周期的に配置されていると仮定して、擾乱変位成分に対して周期境界条件を与えた。
【0106】
9.ミクロ組織有限要素モデルに対するFEM解析の実行(相当塑性ひずみおよび応力三軸度の算出)
次に、演算回路21に解析処理を実行させて、作成したミクロ組織有限要素モデルを用いてFEM解析を実行させた。FEM解析では、得られたマクロひずみの履歴を境界値問題の入力情報としてミクロ組織有限要素モデルの全積分点に与えた。そして、マクロひずみの履歴に基づくマクロひずみ増分がミクロ組織有限要素モデルに与えられた際、擾乱変位成分に対する周期境界条件の下で、当該モデルがどのように変形するかシミュレーションにより変形挙動を解析した。それにより、マクロひずみごとに当該モデルの変形挙動として各位置における相当塑性ひずみおよび応力三軸度を算出し、出力した。本実施例では、各位置として、ミクロ組織有限要素モデルの各要素の積分点における値を用いた。
【0107】
10.ミクロ組織有限要素モデルの各積分点での損傷判定およびFEM解析の続行
次に、演算回路21に損傷判定処理を実行させて、あるマクロひずみ増分にてFEM解析を行った際に算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度に基づいて、各積分点に損傷が発生したか判定させた。損傷を判定するための損傷クライテリアは、上記しているように、式(1)および(2)で与えられる。本実施例では、式(23)、(24)に示すように、フェライト相に関してA=4.5、fcr=5として、マルテンサイト相に関してA=1.4、fcr=2.2として各積分点を構成する相に基づいて、損傷の有無を判定した。すなわち、ある積分点において算出された相当塑性ひずみおよび応力三軸度を式(1)、(2)に代入し、f≦fcrの場合、当該積分点に損傷が発生していないと判定する。f>fcrの場合、当該積分点に損傷が発生したと判定する。本実施例では、f=fcrとなった積分点に関して、損傷は発生していないと判定したが、これに限定されず、f=fcrのとなった積分点に関して、損傷が発生していると判定してもよい。ある積分点に関して損傷が発生したと判定した場合、演算回路21により、当該積分点の応力を開放し、要素剛性を初期値の1/100まで下げた。そして、マクロひずみ増分を増加させて、さらにFEM解析を実行した。
【0108】
ミクロ組織有限要素モデルのひずみが所定の変形率に達する、またはFEM解析による相当塑性ひずみおよび応力三軸度の算出ができなくなるほど、損傷が発生したと判定された積分点が増加すると、FEM解析を終了した。
【0109】
図12Aは、ミクロ組織有限要素モデルに対する上記FEM解析によって算出された応力およびひずみに関して、全積分点における体積平均を計算することで求めた、11方向成分の応力-ひずみ曲線を示す。図12Bは、ミクロ組織有限要素モデルに対するFEM解析において、付与されたひずみに応じて損傷クライテリアに基づいて損傷したと判定されたミクロ組織有限要素モデルの積分点の数の推移を示す。
【0110】
図12Bは、引張方向成分のマクロひずみが約27%を超えた付近から損傷したと判定された積分点の数が急激に増加していることを示す。また、図12Aは、同じく引張方向成分のマクロひずみが約27%を超えた付近から、変形に必要な応力が低下しているため、変形抵抗が低下していること示す。図12Aは、金属材料により構成される試験片に対して行った一軸引張試験により取得された応力-ひずみ曲線の実測データと同様の傾向を再現できている。
【0111】
図13Aは、当該FEM解析において、30%の引張方向成分のマクロひずみを付与した際にシミュレーションにより算出されたミクロ組織有限要素モデルである。図13Bは、当該FEM解析において、35%の引張方向成分のマクロひずみを付与した際にシミュレーションにより算出されたミクロ組織有限要素モデルである。図13A、13Bそれぞれにおいて、実線の円で囲った領域は、各ミクロ組織有限要素モデルにおいて発生しているマイクロボイドを示す。また、図13Bにおいて、破線の円で囲った領域は、30%のマクロひずみを付与した際に発生していたマイクロボイドが、マクロひずみを増加させることで成長し、複数のマイクロボイドが連結していることを示す。
【0112】
図12A図13Bに示されているように、本シミュレーション方法により得られた解析結果は、実験により得られたデータを再現できており、精度良く解析できている。このように、本発明によれば、引張変形中のミクロ組織側の損傷発生と進展に伴うマクロ構造側の引張方向の変形抵抗の低下をシミュレーションで再現可能である。また、ミクロ構造側では、マクロ変形の進行に伴ってミクロ組織の損傷が発生し、それらが連結して進展してく挙動を同時に解析することが可能である。したがって、マクロ構造に関する力学挙動と、ミクロ組織に関する力学挙動、損傷発生および損傷の進展の挙動とを考慮して評価するマルチスケールシミュレーションを実現することができる。
【0113】
当業者は、このようなシミュレーションを実行させることで、ミクロ組織の損傷発生および進展を加味した変形の進行に伴う材料の特性を予測し、複数の材料で比較して判断することができる。それにより、当業者は、どの材料が要求されている品質や材料特性を満足できるかを解析により予測することができる。また、当業者は、複数の材料のどれがより優れているかを解析により判断することができる。
【0114】
近年、金属材料の成分組成と製造プロセスが複雑となりつつあることに伴い、金属材料のミクロ組織のスケールでは、組織や強度の分布(不均質性)が不可避的に発現しやすく、該組織等の不均質性はマクロな強度特性に大きく影響する。更に、上記金属材料で形成の構造体に要求される強度特性は近年ますます厳しくなっている。しかし、本実施形態に係る方法によれば、上記組織等の不均質性の影響を正確に考慮して、実用スケールの構造体(部材)のマクロ強度特性を精度高く評価することができる。
【0115】
本開示の金属材料を含む複相材料の損傷挙動を評価するための損傷シミュレーション方法は、ハードウェア資源、例えば、プロセッサ、メモリ、と、ソフトウェア資源(コンピュータプログラム)との協働などによって実現される。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本実施形態に係る方法は、より厳しい強度特性の求められる、例えば建築物、船舶、海洋構造物、橋梁、タンク等の構造体を構成する金属材料の開発に有効に活用することができる。
【符号の説明】
【0117】
1 評価システム
10 撮影装置
11 撮影部
12 通信回路
20 制御装置
21 演算回路
22 記憶装置
23 入出力装置
24 通信回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図13A
図13B