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特許7586835ミトコンドリア標的化及び抗癌治療のためのアルキルTPP化合物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】ミトコンドリア標的化及び抗癌治療のためのアルキルTPP化合物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/66 20060101AFI20241112BHJP
   A61K 31/65 20060101ALI20241112BHJP
   A61K 31/7052 20060101ALI20241112BHJP
   A61K 31/167 20060101ALI20241112BHJP
   A61K 31/4741 20060101ALI20241112BHJP
   A61K 31/375 20060101ALI20241112BHJP
   A61K 31/7004 20060101ALI20241112BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241112BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241112BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20241112BHJP
【FI】
A61K31/66
A61K31/65
A61K31/7052
A61K31/167
A61K31/4741
A61K31/375
A61K31/7004
A61P35/00
A61P43/00 121
A61P35/04
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021561710
(86)(22)【出願日】2020-04-16
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-06-27
(86)【国際出願番号】 US2020028414
(87)【国際公開番号】W WO2020214754
(87)【国際公開日】2020-10-22
【審査請求日】2023-03-24
(31)【優先権主張番号】62/834,932
(32)【優先日】2019-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】62/842,893
(32)【優先日】2019-05-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】519333480
【氏名又は名称】ルネラ・バイオテック・インコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】リサンティ,マイケル・ピイ
(72)【発明者】
【氏名】ソッジャ,フェデリカ
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/019975(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第3124027(EP,A1)
【文献】Fedor F. Severin et al.,"Penetrating cation/fatty acid anion pair as a mitochondria-targeted protonophore",Proceedings of the National Academy of Sciences,2010年,Vol.107, No.2,p.663-668,DOI: 10.1073/pnas.0910216107
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
9~18個の炭素原子を含む飽和直鎖型アルキル鎖を有するアルキルトリフェニルホスホニウム(A‐TPP)化合物と、ドキシサイクリン、アジスロマイシン、ニクロサミド及び塩化ベルベリンよりなる群から選択されるOXPHOS阻害剤化合物とを含む、癌療法用組成物。
【請求項2】
前記A‐TPP化合物はドデシルTPP(d‐TPP)を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ビタミンC及び2‐デオキシ‐グルコースよりなる群から選択される解糖阻害剤化合物を更に含む、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記解糖阻害剤化合物はビタミンCを含む、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記解糖阻害剤化合物は2‐デオキシ‐グルコースを含む、請求項3に記載の組成物。
【請求項6】
前記OXPHOS阻害剤化合物はドキシサイクリンを含む、請求項に記載の組成物。
【請求項7】
OXPHOS阻害剤化合物はニクロサミドを含む、請求項に記載の組成物。
【請求項8】
前記OXPHOS阻害剤化合物は塩化ベルベリンを含む、請求項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2019年4月16日出願の米国仮特許出願第62/834,932号、及び2019年5月3日出願の米国仮特許出願第62/842,893号の利益を主張するものであり、これらはいずれも、参照によりその全体が本出願に援用される。
【0002】
本開示は、ドデシルTPP等のアルキルトリフェニルホスホニウム化合物を用いて、ミトコンドリア機能を阻害し、癌、特に癌幹細胞を根絶することに関する。
【背景技術】
【0003】
研究者は、新たな抗癌治療の開発に努力している。従来の癌療法(例えば放射線照射、シクロホスファミド等のアルキル化剤、5‐フルオロウラシル等の代謝拮抗剤)は、細胞成長及びDNA複製に関与する細胞機序を妨害することによって、急速に成長する癌細胞を選択的に検出して根絶することを試みるものであった。他の癌療法は、急速に成長する癌細胞に対して突然変異腫瘍抗原を選択的に結合させる免疫療法(例えばモノクローナル抗体)を使用している。残念ながら、これらの療法の後に、同一部位又は1つ以上の異なる部位において腫瘍が再発することが多く、これは全ての癌細胞が根絶されたわけではないことを示している。再発は、不十分な化学療法投与量、及び/又は療法に対して耐性を有する癌クローンの出現が原因である可能性がある。従って新規の癌治療戦略が必要である。
【0004】
突然変異分析の進歩により、癌の進行中に発生する遺伝子突然変異の詳細な研究が可能になった。ゲノムのランドスケープの知識があるにもかかわらず、現代の腫瘍学では、癌のサブタイプ全体にわたって一次ドライバの突然変異を特定するのが困難であった。この厳しい現実は、各患者の腫瘍が一意のものであり、単一の腫瘍が複数の異なるクローン細胞を含む可能性があることによるように思われる。従って必要となるのは、異なる複数の種類の癌の間の共通性に重点を置いた新たなアプローチである。腫瘍細胞と正常な細胞との間の代謝の差異を標的とすることは、新規の癌治療戦略として有望である。ヒト乳癌試料からの転写プロファイリングデータの分析により、ミトコンドリア生合成及び/又はミトコンドリア翻訳に関連する、95を超えるmRNA転写物の上昇が明らかになった。更に、95の上方制御されたmRNAのうちの35以上が、ミトコンドリアリボソームタンパク質(mitochondrial ribosomal protein:MRP)をコードする。また同様に、ヒト乳癌幹細胞のプロテオミクス分析により、複数のミトリボソームタンパク質、及びミトコンドリア生合成に関連する他のタンパク質の、有意な過剰発現が明らかになった。
【0005】
ミトコンドリアは、細胞の要件を満たし、かつ細胞微小環境に適応するための、定常的な分裂、伸長、及び互いとの接続による管状ネットワーク又は断片化された顆粒の形成において、非常に動的な細胞小器官である。ミトコンドリアの融合と分裂とのバランスは、ミトコンドリアの形態、存在量、機能、及び空間分布を決定し、従って、ATP産生、マイトファジー、アポトーシス、及びカルシウムの恒常性といった、ミトコンドリア依存性の多くの生物学的プロセスに影響を及ぼす。そして、ミトコンドリアのダイナミクスは、ミトコンドリア代謝、呼吸、及び酸化ストレスによって調節できる。従って、分裂活性と融合活性との不均衡が、癌を含む複数の病的状態に悪影響を及ぼすことは、驚くに値しない。癌細胞は多くの場合、断片化されたミトコンドリアを呈し、分裂の増強又は分裂の減少は多くの場合、癌に関連しているが、ミトコンドリアのダイナミクスが腫瘍形成にどのように影響するかについての包括的機序の理解が、依然として必要とされている。
【0006】
特に癌細胞が腫瘍成長及び転移性播種に向かう際の、癌細胞の上昇した生体エネルギ及び生合成の需要をサポートするためには、完全で増強された代謝機能が必要である。当然のことながら、ミトコンドリア依存性代謝経路は、複数の燃料ソースからエネルギを抽出することによって、癌細胞のための生化学的プラットフォームを提供する。
【0007】
近年、エネルギ代謝及びミトコンドリア機能は、CSCの維持及び増殖に関与する特定のダイナミクスに関連付けられており、上記CSCは、腫瘍の開始、転移拡散、及び抗癌療法に対する耐性に関与する、腫瘍塊内の特徴的な細胞亜集団である。例えばCSCは、ミトコンドリアの質量の特異かつ独特な増加、並びにミトコンドリア生合成の強化、及びミトコンドリアタンパク質翻訳のより強い活性化を示す。これらの挙動は、ミトコンドリア機能への厳密な依存を示唆している。これらの観察結果と一致することであるが、上昇したミトコンドリア代謝機能及びOXPHOSが、複数の種類の腫瘍のCSCで検出されている。同様に、蛍光ミトコンドリア染料MitoTrackerが、CSCの濃縮及び精製に使用されている。この染料はCSC内に蓄積されて、インビトロでの足場非依存性成長の程度、及びインビボでの高い腫瘍開始能力に基づく、癌細胞亜集団の特性決定を可能にする。これに加えて、非対称細胞分裂中、若いミトコンドリアは、幹状の表現型を保持する娘細胞中でクラスター化するが、分化に関与する娘細胞は幹細胞性を喪失して、より老化したミトコンドリアを受け入れる。これは、幹細胞性をサポートするために、最も機能的に完全な、生存している未損傷のミトコンドリアを選択するというアイデアを更にサポートするものである。
【0008】
これらの観察結果に基づいて、CSC中のミトコンドリアを標的化することを目的とした新規の薬理学的アプローチが提案されており、またその一部は、前臨床及び臨床研究において良好に適用されている。例えば、オフターゲット効果としてミトコンドリアタンパク質翻訳を減少させる抗生物質であるドキシサイクリンは、CSCを選択的に標的とするその能力について、早期乳癌患者の臨床管理での転用が示唆されている。従って必要となるのは、ミトコンドリア機能を標的としてこれを阻害する癌治療化合物の候補の特定である。
【0009】
しかしながら、適応機序を腫瘍塊に採用することによってミトコンドリア機能の欠如を克服できるため、癌療法における抗ミトコンドリア剤単独での使用には一定の制限がある。これらの適応機序としては例えば、腫瘍細胞内及び周囲のニッチ内の内因性及び外因性因子の両方によって駆動される代謝可塑性の多方向プロセスにおいて、酸化的代謝から代替のエネルギ経路へとシフトする、CSCの能力が挙げられる。特にCSCでは、このような代謝の柔軟性の操作は、治療の観点から有利となり得る。従って必要なのは、これらの代謝シフトを防止するか、そうでなければ上記シフトを利用して癌細胞増殖を阻害する、治療アプローチである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本開示の目的は、ミトコンドリア機能を標的としてこれを阻害し、抗癌療法として機能できる、新規の治療化合物を特定及び説明することである。本開示の別の目的は、癌細胞の代謝シフトを防止する、及び/又は上記代謝シフトを利用して癌細胞の増殖を阻害し、CSCを根絶する、上記治療化合物を用いた新規の治療アプローチを特定及び説明することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
ミトコンドリア代謝の上昇は、腫瘍の開始、二次部位での播種、及び治療抵抗性に関与している癌幹細胞(cancer stem cell:CSC)の、際立った特徴である。ミトコンドリア障害剤を用いて、CSCの維持及び伝播を効率的に妨げ、新生物疾患のより良好な制御につなげることができる。トリフェニルホスホニウム(TPP)系のミトコンドリア標的化合物は、生細胞のミトコンドリア内に蓄積される、小さな、一般に無毒の、生物学的活性を有する分子であり、CSCの成長及び増殖を遮断するための抗癌療法の候補となる。
【0012】
本明細書で説明されるのは、ドデシルTPP(d‐TPP)等の新規のアルキルトリフェニルホスホニウム化合物(A‐TPP)の選択的ミトコンドリア阻害特性を利用した癌療法である。A‐TPP化合物はカチオンであり、通常は塩(例えばd‐TPP臭化物塩)として利用可能であることを理解されたい。本発明のアプローチの実施形態は、薬学的有効量のd‐TPP等のA‐TPP化合物を含む医薬組成物、及び癌を治療し、癌の成長を阻害し、CSCを根絶し、腫瘍再発を防止するか又はその可能性を低減し、転移を防止するか又はその可能性を低減する方法の形態を取ってよい。いくつかの実施形態では、d‐TPP等のA‐TPP化合物を第1の代謝阻害剤として、解糖及び/又はOXPHOSを妨害する第2の代謝阻害剤と組み合わせて使用してよい。このような組み合わせを抗癌療法として使用することによって、癌を治療し、癌の成長を阻害し、CSCを根絶し、腫瘍再発を防止するか又はその可能性を低減し、転移を防止するか又はその可能性を低減できる。
【0013】
本開示は、CSC伝播の阻害に関して、以下に記載の他のTPP誘導体化合物の2倍強力であるd‐TPPを含む、組成物及び治療戦略に関する。有利なことに、d‐TPPは癌細胞の大部分を標的とし、癌細胞の生存率を低下させるが、正常な線維芽細胞に対する影響は限定的である。癌細胞、特にCSCにおいて、ミトコンドリア膜電位は、正常な又は健康な細胞より高い可能性がある。従って、TPPベースの戦略を用いて、「正常な」ミトコンドリアと「悪性の」ミトコンドリアとを、主に健康体及び疾患状態におけるこれらの細胞小器官の固有の化学物理的特徴に基づいて区別できる。注目すべきことに、d‐TPP治療は、解糖経路の活性化へのエネルギ代謝のシフトを決定した。これは、d‐TPPによって誘発される抗ミトコンドリア効果に対する代償応答として促進されている可能性が極めて高い。この代謝シフトにより、d‐TPP治療後の解糖に対する癌細胞の厳密な依存性が明らかになった。CSCでは、このような代謝の柔軟性の操作は、治療の観点から有利となり得る。例えば、CSCを特定の代謝依存性に対して同期させることにより、複数のエネルギ経路間をシフトするCSCの能力を遮断することは、CSCの根絶への有用な戦略を表す可能性がある。結果として、本発明のアプローチは、残留するCSC集団を更に飢餓状態にするための第2の代謝阻害剤(解糖又はOXPHOS)の使用を伴う、「2ヒット(two‐hit)」治療戦略を含む。
【0014】
本発明のアプローチの「2ヒット」戦略の実施形態では、d‐TPP等のA‐TPP化合物を第1の代謝阻害剤として使用して、CSCミトコンドリアを障害し、癌細胞を解糖状態へとシフトさせる。これに続いて、癌細胞から生体エネルギ源を奪って、伝播、再発、及び転移を阻害する、第2の代謝阻害剤(解糖又はOXPHOS)を使用する。これらの代謝阻害剤は同時に投与しても順次投与してもよいことを理解されたい。例えば、d‐TPPを最初に投与して、解糖へのCSCの代謝シフトを引き起こしてよく、続いて第2の代謝阻害剤を投与してよい。
【0015】
癌細胞、特に乳癌細胞に対してd‐TPPが誘発する代謝的効果及び生物学的効果について以下に記載する。MCF‐7細胞での3D腫瘍様塊アッセイを用いて、d‐TPPを用いた治療が、懸濁液中の乳房CSCの伝播を用量依存的に阻害することを実証した。またこの結果は、d‐TPPが、MCF‐7細胞の生存率を低下させることにより、癌細胞の付着した「大部分(bulk)」を標的とすることを示している。Seahorse Xfe96を使用した代謝フラックスの分析は、d‐TPPがミトコンドリアの酸素消費率を強力に阻害すると同時に、細胞の代謝を解糖経路にシフトさせることを示している。
【0016】
この代謝シフトの後、解糖に対するCSCの依存性を用いて、追加の代謝ストレッサーによって、残留する解糖CSC集団を根絶できる。d‐TPPと第2の代謝阻害剤との実証的組み合わせを用いて、本発明のアプローチの「2ヒット」治療戦略を検証した。選択された第2の代謝阻害剤は、天然及び剛性化合物を含んでいたが、その一部は、FDA認可済みであり、解糖阻害剤(例えばビタミンC、2‐デオキシ‐グルコース即ち2DG)又はOXPHOS阻害剤(例えばドキシサイクリン、ニクロサミド、塩化ベルベリン)としての挙動を有することが知られている阻害剤である。「2ヒット」治療戦略の実施形態は、癌細胞のみに対して毒性を有するが正常な細胞に対しては毒性でないd‐TPPの濃度において、CSC伝播を効果的に低減した。毒性は、正常なヒト線維芽細胞(hTERT‐BJ1)及びニワトリ絨毛尿膜アッセイを用いて評価した。
【0017】
本明細書で開示されている結果は、d‐TPPが、正常な細胞において関連する望ましくないオフターゲット効果を誘発することなく、CSCの伝播を停止させ、癌細胞の大部分を標的とすることを実証している。これらの観察結果は、癌治療におけるTPP系誘導体の潜在能力を更に探求する道を開くものである。更に、TPP系化合物を、「正常な」ミトコンドリアと「悪性の」ミトコンドリアとを区別する潜在能力に関して調査する必要があり、これは、これらの細胞小器官における明確な生化学的及び代謝的変化が、特定の正常な表現型又は病理学的表現型に先行する可能性があることを示唆する。最後に、上記データは、エネルギ機構の操作が、癌細胞の幹細胞性を制御するための有用なツールとなることを確認する。
【0018】
本発明のアプローチでは、医薬組成物は、薬学的有効量のd‐TPP等のA‐TPP化合物(その薬学的に許容可能な塩を含む)と、上記化合物のための薬学的に許容可能なキャリア、希釈剤、又は賦形剤とを含んでよい。上記医薬組成物のいくつかの実施形態は、薬学的有効量の解糖阻害剤又はOXPHOS阻害剤等の第2の代謝阻害剤化合物も含んでよい。上記第2の代謝阻害剤化合物は、いくつかの実施形態では、別個の薬学的に許容可能なキャリア中にあってよい。本発明のアプローチによる化合物は、抗癌療法剤として使用できる。薬学的有効量の本発明のアプローチによる化合物は、当該技術分野で公知の手段によって被験者に投与できる。d‐TPPは、いくつかの実施形態では第2の代謝阻害剤化合物と同時投与できる。あるいはd‐TPPは、第2の代謝阻害剤に先行して、また任意に第2の代謝阻害剤の前及び第2の代謝阻害剤と共に、投与できる。本発明のアプローチの化合物を投与することによって、癌を治療し、CSCを根絶し、腫瘍再発を防止するか又はその可能性を低減し、転移を防止するか又はその可能性を低減することができる。いくつかの実施形態では、薬学的有効量のd‐TPPを投与することによって、癌を解糖状態へとシフトさせることができる。いくつかの実施形態では、薬学的有効量のd‐TPPを投与することによって、化学療法の効力を高めることができる。いくつかの実施形態では、薬学的有効量のd‐TPPを投与することによって、腫瘍再発及び転移、薬物耐性、並びに放射線療法耐性のうちの少なくとも1つについて、治療、防止、及び/又は可能性の低減を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、d‐TPPの構造(構造A)及びb‐TPPの構造(構造B)を示す。
図2図2は、様々な濃度のd‐TPP及びb‐TPPに曝露されたMCF‐7細胞に対する腫瘍様塊アッセイの結果を示す。
図3図3は、様々な濃度のd‐TPPに曝露されたMDA‐MB‐231細胞に対する腫瘍様塊アッセイの結果を示す。
図4A-4C】図4A~4Cは、様々な濃度のd‐TPPをMCF‐7乳癌細胞及びh‐TERT正常細胞に対して使用した細胞生存率試験の結果を比較している。図4Aは24時間後の結果を示し、図4Bは48時間後の結果を示し、図4Cは72時間後の結果を示す。
図5A-5B】図5A~5Bは、様々な濃度のd‐TPPを用いて治療されたMCF‐7細胞に関する酸素消費率を示す。
図6A-6B】図6A~6Bは、50nM~500nMの範囲内のd‐TPPの複数の濃度、及びビヒクルのみの対照に関する、ECARの結果を示す。
図7A-7E】図7A~7Eは、本発明のアプローチのいくつかの実施形態による、第2の阻害剤化合物と組み合わされた100nMのd‐TPPに対する腫瘍様塊アッセイの結果を示す。
図8A-8D】図8A~8Dは、xCELLigence分析の結果を示す。48時間のd‐TPP治療に関する結果が図8A、8Bに示されており、図8C、8Dは、72時間のd‐TPP治療に関する結果を示す。
図9図9は、様々な治療グループに関する、CAMアッセイから得られた腫瘍重量の結果を示す。
図10図10は、様々な治療グループに関する、CAMアッセイから得られた転移浸潤の結果を示す。
図11図11は、様々な治療グループに関する、CAMアッセイから得られた、胚の生存を示す。
図12図12は、様々な治療グループに関する、CAMアッセイから得られた生存率を示すカプランマイヤー曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下の記述は、本発明のアプローチの実施形態を、本発明のアプローチを実践できるようにするために十分に詳細に説明する。本発明のアプローチはこれらの具体的実施形態を参照して記述されるが、本発明のアプローチは異なる形態で具現化できることが理解されるものとし、また本記述を、いずれの添付の請求項を本明細書に記載される具体的実施形態に限定するものとして解釈してはならない。むしろこれらの実施形態は、本開示が徹底的かつ完全なものとなり、本発明のアプローチの範囲を当業者に十分に伝えるものとなるように、提供されている。
【0021】
本記述は、当該技術分野の通常の技能を有する者には理解されるはずの様々な用語を使用している。以下の説明は、誤解を避けるために行われるものである。用語「治療する(treat)」、「治療された(treated)」、「治療している(treating)」、及び「治療(treatment)」は、治療対象の状態、障害若しくは疾患、特に癌に関連する又はこれによって引き起こされる少なくとも1つの症状、減少又は改善を含む。特定の実施形態では、治療は、治療対象の癌に関連する又はこれによって引き起こされる少なくとも1つの症状を、本発明の化合物によって減少させる、及び/又は改善することを含む。いくつかの実施形態では、治療は、宿主の体内の特定の癌の、あるカテゴリの細胞、例えばCSCの死を引き起こすことを含み、これは、例えばこれらの細胞からエネルギ生成機序を奪うことによって、癌細胞の更なる伝播を防止すること、及び/又はCSC機能を阻害することにより、達成できる。例えば治療は、癌の1つ若しくは複数の症状の減少、又は癌の完全な根絶を含むことができる。
【0022】
用語「癌幹細胞」及び「CSC」は、動物宿主に移植されたときに自己複製、分化、及び腫瘍形成の能力を有する、腫瘍内の癌細胞の亜集団を指す。「大部分の(bulk)」癌細胞に比べて、CSCはミトコンドリア質量が大きく、ミトコンドリア生合成が強化され、ミトコンドリアタンパク質翻訳がより活性化されている。本明細書中で使用される場合、「循環腫瘍細胞(circulating tumor cell)」は、原発腫瘍から血管系又はリンパ管へと流れ、血液循環において身体中に運ばれる癌細胞である。CellSearch Circulating Tumor Cell Testを用いて、循環腫瘍細胞を検出できる。
【0023】
本明細書中で使用される場合、句「薬学的有効量(pharmaceutically effective amount)」は、タンパク質キナーゼ活性の調節、調整、若しくは阻害、例えばタンパク質キナーゼの活性の阻害、又は癌の治療といった治療的結果を達成するために、宿主に、又は宿主の細胞、組織、若しくは器官に投与する必要がある量を指す。当該技術分野の通常の技能を有する医師又は獣医師は、必要な医薬組成物の有効量を容易に決定及び処方できる。例えば医師又は獣医師は、医薬組成物中に含まれる本発明の化合物の用量を、所望の治療効果を得るために必要なレベル未満で開始して、所望の効果が達成されるまで投薬量を漸増させることができる。
【0024】
本明細書中で使用される場合、句「活性化合物(active compound)」は、本明細書に記載のA‐TPP化合物を指し、これは、その薬学的に許容可能な塩、又は同位体類似体を含む場合がある。句「活性化合物」はまた、解糖阻害剤又はOXPHOS阻害剤等の第2の阻害剤を含む実施形態では、第2の阻害剤化合物を含む場合がある。1つ以上の活性化合物は、当該技術分野の通常の技能を有する者には公知であるように、いずれの好適なアプローチによって被験者に投与できることを理解されたい。また、活性化合物の量及びその投与のタイミングは、治療対象の個々の被験者(複数の因子の中でも特に例えば年齢及び体重)、投与の方法、1つ以上の特定の活性化合物の薬物動態特性、並びに処方する医師の判断に左右され得ることを理解されたい。よって、被験者間のばらつきにより、本明細書に記載のいずれの投薬量は、初期ガイドラインとすることを目的としたものであり、医師は、該医師が被験者に関して適当であると考える治療を達成するために、化合物の用量を滴定できる。所望の治療の程度を考えて、医師は、被験者の年齢及び体重、既存の疾患の存在、並びに他の疾患の存在といった多様な因子のバランスを取ることができる。以下で更に詳細に説明されるように、医薬製剤は、限定するものではないが経口、静脈内、又はエアロゾル投与を含む、いずれの所望の投与経路のために調製できる。
【0025】
腫瘍間及び腫瘍内の不均質性は、腫瘍の進行及び療法の失敗を説明する主な要因の1つである。CSCは、腫瘍塊内での複数の細胞種の完全なレパートリーの生成に向けて階層的に分化した子孫を生み出す能力のために、上述のような不均質性を発生させ、これを推進する。その後、CSCを特定して選択的に標的化する薬理学的戦略が、治療の展望において最も有望ではあるが困難でもある複数のアプローチの中で実装されてきた。CSCの起源の説明のために、様々な理論が提案されている。いわゆる「代謝幹細胞性(metabo‐stemness)」モデルによると、特定の代謝表現型は、腫瘍の幹細胞性を決定できる。このモデルは、特定の代謝ダイナミクスが、非癌細胞又は分化した癌細胞からの幹細胞性の獲得を推進する可能性があることを示唆している。同様に、腫瘍代謝は、癌の新規の特性に含まれている。これらの観察結果に基づくと、癌の代謝を、CSCを選択的に標的化する機会とみなすことは、驚くに値しない。
【0026】
多様な種類の癌にわたるCSCは、非幹細胞癌集団と比較して増大したOXPHOS能力、上昇したミトコンドリア生合成、及びより高いミトコンドリア質量を含む、特有の代謝特徴を示す。これらの発見を裏付けるように、テロメラーゼ活性が高く(hTERThigh)、従って高い不死性という特徴を有する癌細胞は、hTERTlowである対応物と比較して増大したミトコンドリア質量を特異的に示す。これらの観察結果は、ミトコンドリア障害剤を用いてCSC集団を特異的に阻害できることを示唆しており、これは、CSCのミトコンドリアを選択的に標的化することを目的とした化学的戦略の特定への道を開くものである。
【0027】
ミトコンドリア阻害は、癌の再発及び転移の阻害、並びに癌細胞、特にCSCの根絶のための、効果的な戦略である。例えば抗生物質であるドキシサイクリンは、CSC活性を損なうミトコンドリア阻害剤としての挙動を示す。ドキシサイクリンを用いた長期治療は、ミトコンドリアの機能障害に応答して、CSCの解糖経路をオンにする。ビタミンC等の解糖阻害剤をドキシサイクリンと組み合わせて使用することにより、CSCを完全に根絶できる。ドキシサイクリンとビタミンCとの組み合わせは、癌患者の臨床管理のための安全なアプローチを示す。ドキシサイクリンは、生物学的活性を示す濃度において、管理が非常に容易な範囲の副作用を有すること、及びビタミンCは潜在的に副作用を有しないことが、十分に知られている。これに加えて、公開されている21件の研究のメタ分析、及び前臨床調査からのデータにより、ビタミンCの経口投与が、肺癌及び乳癌の癌リスク、全体的な死亡率、及び疾患特異的死亡率を低減することが実証されている。更に、細胞接種前に実施した、1週間にわたるアスコルビン酸塩の経口投与により、リンパ腫異種移植モデルにおいて腫瘍の進行が低減された。
【0028】
ドキシサイクリンに関するこれらの発見の臨床的検証は、本発明者らが計画した最近のパイロット研究において提供されている。この研究では、早期乳癌患者を、短期(14日間)の術前ドキシサイクリン投与のために登録した。特に、術後対術前の乳房腫瘍の試験片の分析により、対照と比較した場合の、ドキシサイクリンを投与された患者における幹細胞マーカーCD44及びALDHの選択的減少が示され、これは、ミトコンドリア標的化戦略を用いてCSC伝播を効果的に停止させることができることの臨床的エビデンスを提供している。それにもかかわらず、乳癌患者における、ビタミンCと併用されたドキシサイクリンの作用を調査するための追加の研究が必要である。
【0029】
トリフェニルホスホニウム(tri‐phenyl‐phosphonium:TPP)は、細胞ミトコンドリアを標的とする親油性カチオンの一例である。TPP部分は治療化合物と共有結合し、この結合した治療化合物をミトコンドリアへと送達できる。一般に、治療化合物はミトコンドリアにおいて、細胞内の他の部分よりも高い濃度を示すことになる。本発明者らは、TPP部分を保有する一部の化合物がミトコンドリア機能を阻害することにより、CSCの伝播を低減することを立証した。ミトコンドリア標的化シグナルとして作用するTPP部分は、共有結合によって、「カーゴ(cargo)」治療化合物分子に化学的に結合できる。カーゴ分子の固有の性質、及びそのTPP構造への結合は、生細胞のミトコンドリア中での治療化合物の蓄積に深く影響し、その後、その全体的な生物学的機能に影響を与える可能性がある。
【0030】
従って、TPPカチオンへの化合物の共有結合修飾は、プローブ及び造影剤をミトコンドリアに送達する方法である。TPPカチオンは、小分子をミトコンドリアへと輸送するための極めて効果的な化学的「ビヒクル(vehicle)」である。更に、TPPカチオンの化学的合成は容易に達成でき、ミトコンドリア中での蓄積の程度は、正荷電TPPカチオンとミトコンドリア内膜の負の膜電位との間の化学的引力によって上昇する。
【0031】
TPPの特定の化学的誘導体もミトコンドリアを標的とし、ミトコンドリア阻害活性を有するため、癌細胞の標的化及び根絶のために有用である。2018年11月21日に出願され、参照によりその全体が本出願に援用される、国際特許出願第PCT/US2018/062174号は、抗癌活性を有するTPP誘導体の例を記載している。例えば本発明者らは、TPP誘導体化合物2‐ブテン‐1,4‐ビス‐TPP(b‐TPP)が、ミトコンドリア代謝機能を障害し、これが乳房CSC活性の阻害につながることを実証した。
【0032】
本明細書に記載されているのは、飽和直鎖型アルキル鎖中に約9~約18個の炭素を有するA‐TPP化合物:
【0033】
【化1】
【0034】
(ここで「x」は8~17、好ましくは9~16、より好ましくは11~14である)の有利な特性を利用する、CSCを根絶するための統合代謝戦略を用いた新規の治療アプローチである。ある例示的実施形態では、xは11であり、以下の実施例で説明されるd‐TPPが得られる。
【0035】
本発明のアプローチの実証的実施形態では、化合物d‐TPPは、CSCのミトコンドリア機能を阻害する治療剤として利用される。アルキル鎖中に約9~約18個の炭素を有する他のA‐TPP化合物も、本発明のアプローチから逸脱することなく使用できることを理解されたい。ミトコンドリア標的化TPP部分を搬送する化合物であるd‐TPPのミトコンドリア阻害効果は、細胞生存率の用量依存的かつ時間依存的な低減をもたらす。
【0036】
これらの効果は、CSC活性の読み出し値として分析される3D腫瘍様塊の形成を低減する。代謝フラックス分析は、d‐TPPが、ミトコンドリアの基礎呼吸及びATP産生を強力に阻害することを示している。これらの効果の組み合わせにより、以下で説明されるようにd‐TPPの投与に応答して観察されるような、CSCの機能的能力の低下の理論的根拠が提供される。乳癌細胞は、d‐TPPに応答して、解糖表現型を優先的に示す。この代謝スイッチにより、CSCのサブセットがd‐TPPの抗ミトコンドリア効果に対処できるようになる。
【0037】
いくつかの実施形態では、本発明のアプローチは、d‐TPPとの第2の代謝阻害剤(解糖又はOXPHOS)との「2ヒット」の組み合わせによって、上記依存性を標的とすることにより、残留するCSC集団を更に飢餓状態にする。d‐TPP化合物は、第1のヒットとして作用する第1の代謝阻害剤として(具体的にはミトコンドリア障害剤として)使用され、それに続いて、第2のヒットとして作用する第2の代謝阻害剤(例えば解糖又はOXPHOS阻害剤)が使用される。
【0038】
この代償性解糖挙動の獲得にもかかわらず、d‐TPP治療は、解糖阻害剤及びOXPHOS阻害剤の作用に対するCSCの感受性を高めることによって、CSCを弱化させる。よって、d‐TPPのこれらの効果は、多様な併用療法を可能とする。本発明のアプローチでは、d‐TPPを1つ以上のこのような阻害剤と共に投与することによって、CSCを根絶するための「2ヒット」治療アプローチを提供できる。第2の代謝阻害剤の実証的な例としては、解糖阻害剤であるビタミンC及び2‐デオキシ‐D‐グルコース(2‐DG)、並びにOXPHOS阻害剤であるドキシサイクリン、アジスロマイシン、ニクロサミド、及び塩化ベルベリンが挙げられる。例えばテトラサイクリン、クロロテトラサイクリン、ミノサイクリン、チゲサイクリンを含むテラマイシンファミリー、又はエリスロマイシン、テリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシンを含むエリスロマイシンファミリーの、FDAに認可された他のメンバーである、エラバサイクリン、サレサイクリン、オマダサイクリンも、本発明のアプローチから逸脱することなく使用できる。本発明のアプローチの機能的検証を以下に提供するが、ここでは、MCF‐7細胞をd‐TPP及び第2の代謝阻害剤で同時に処置することによって、CSC活性のほぼ完全な喪失が得られた。
【0039】
上述のように、TPP部分のいくつかの誘導体は、癌の成長及び転移を阻害する潜在能力も有する。ATP枯渇アッセイをミトコンドリア機能不全の代替マーカーとして用いて、本発明者らは、2018年11月21日に出願され、参照によりその全体が本出願に援用される、国際特許出願第PCT/US2018/062174号において、いくつかのTPP誘導体を特定した。例えば2‐ブテン‐1,4‐ビス‐TPP(b‐TPP)は、CSCの伝播の阻害において相当な効力を示した(IC‐50~500nM)。ミトコンドリア中でのTPP誘導体の蓄積、並びに該化合物のミトコンドリア阻害及び抗癌効力は、特定の構造に大きく左右される。必要とされているのは、抗癌効力を有する更なるTPP誘導体化合物である。
【0040】
本発明者らは、相当なミトコンドリア阻害及び抗癌効力を有する別のTPP誘導体として、ドデシルTPPを特定した。d‐TPP化合物の代謝特性及び生物学的特性について、以下で説明する。更に、CSCの柔軟な細胞エネルギ機構を効率的に標的として癌を根絶する、組み合わせ戦略について、以下で説明する。以下に示されているd‐TPP構造は、3つのフェニル環及び飽和12炭素アルキル鎖を有する4級リン酸塩を含む有機リンカチオンである。
【0041】
【化2】
【0042】
カチオンとして、d‐TPPは臭化物塩等の塩であってよい。図1は、臭化物塩としてのd‐TPP(構造A)を、2‐ブテン‐1,4‐ビス‐TPP(構造B)と比較している。確認できるように、d‐TPPは1つのTPP部分しか有さず、疎水性長鎖アルキルを有する。一方B‐TPPは、ブテンによって結合された2つのTPP部分を有する。
【0043】
d‐TPP及びb‐TPPはいずれもCSC伝播を阻害するが、d‐TPPの方がはるかに強力である。腫瘍様塊形成アッセイを、上昇する複数の濃度のd‐TPP又はb‐TPPで処置したエストロゲン受容体(Estrogen Receptor:ER)陽性MCF‐7乳癌細胞におけるCSC伝播の読み出し値として使用した。結果を、同一濃度におけるd‐TPP及びb‐TPPのCSC伝播阻害活性を比較した図2に示す。図2に示されているように、d‐TPPによる処置は、試験した濃度のうち高い方から2つの濃度(500nM及び1μM)においてCSC伝播の80%の低減をもたらしており、またわずかではあるが有意な腫瘍様塊形成の低減(20%)は、d‐TPPに関して、極めて低い濃度(50nM及び100nM)において既に観察された。b‐TPPと比較すると、d‐TPPは、腫瘍様塊形成の阻害に関して2倍以上強力であった。
【0044】
d‐TPPの阻害効果をトリプルネガティブ乳癌細胞株MDA‐MB‐231でも試験した。CSC伝播に対する同様の阻害傾向が、トリプルネガティブ乳癌細胞株MDA‐MB‐231において観察された。MDA‐MB‐231細胞に対する腫瘍様塊形成アッセイの結果を図3に示す。確認できるように、d‐TPPは、50nMという、試験した最も低い濃度において、阻害効果を示し、また1μMにおいて80%に近い同等の阻害を達成した。
【0045】
本発明者らは過去の努力により、特定のTPP誘導体が癌細胞中のミトコンドリア機能を妨害して、その代謝活性を障害し、最終的に癌細胞の生存率の低下をもたらすことができることを示した。興味深いことに、特定のTPP化合物に関するこれらの作用は、癌細胞で選択的に誘発され、正常な(即ち健康な)細胞では誘発されない。癌細胞の細胞生存率を低下させるものの正常細胞の細胞生存率は低下させないd‐TPPの能力を実証するために、MCF‐7乳癌細胞及び正常ヒト線維芽細胞(hTERT‐BJ1)の両方の生存率を、上昇する複数の濃度のd‐TPP(50nMから1μMまで)に関して、様々な期間(24時間から72時間まで)にわたって評価した。結果を図4A~4Cにまとめる。具体的には、図4Aは24時間後の結果を示し、図4Bは48時間後の結果を示し、図4Cは72時間後の結果を示す。これらのデータは、d‐TPPがMCF‐7細胞の生存率を時間依存的かつ用量依存的に低下させることを示している。高濃度の化合物(例えば250nM、500nM、1μM)は、処置のわずか24時間後において明らかであるように、およそ30%の細胞生存率の早期低下を示した。処置の72時間後には、細胞生存率の低下は、上記高濃度(250nM、500nM、1μM)において80%近くであり、低濃度(50nM、100nM)においても、わずか(30%近く)ではあるが有意な阻害作用が検出された。一方、hTERT‐BJ1細胞の細胞生存率は、比較的高いd‐TPP濃度(250nM、500nM、1μM)でしか低下せず、低濃度(50nM、100nM)は毒性を示さなかった。これらの結果は、d‐TPPを特に低濃度で使用して、正常細胞ではなく癌を選択的に標的とすることができることを実証している。
【0046】
代謝フラックス分析は、d‐TPPがATP産生を遮断し、代謝の非柔軟性の獲得に向けて解糖を活性化することを示している。一部の癌細胞は、エネルギ源をOXPHOSから解糖に切り替える能力を有する。局所的な利用可能性に応じて燃料源を柔軟にシフトする、本来備わっているものと思われるこの能力は、異常な細胞増殖、生存、及び遠隔部位での播種のための必要条件である。癌細胞のエネルギ機構のこのような柔軟性を損なうことを目的とした薬理学的及び/又は代謝的アプローチは、腫瘍の進行に悪影響を及ぼすことになる。
【0047】
癌細胞の代謝に対するd‐TPP治療の効果を理解するために、本発明者らは、Seahorse XFe96を用いた代謝フラックス分析を実施した。図5A、5Bは、様々な濃度のd‐TPPで処置したMCF‐7細胞に関する酸素消費率(oxygen consumption rate:OCR)の結果を示す。基礎呼吸、プロトンのリーク、ATP産生関連呼吸、最大呼吸、及び予備呼吸容量について、図5Aは、OCR(pmol/分/SRB)を経時的に示し、図5Bは、OCRをビヒクルに対する倍率変化として示す。50nMのd‐TPPでの処置後、MCF‐7細胞においてOCRの劇的な低下が観察された。OCRの低下は、d‐TPP濃度が50nMから500nMへと上昇するに従って大きくなった。ミトコンドリア基礎呼吸は、およそ250nMのIC50(CSC活性を半分にするために必要な薬物と同一濃度)で減少し、同様にATPレベルも用量依存的に枯渇した。
【0048】
解糖に関してははっきりと反対の傾向が観察され、d‐TPPで処置したMCF‐7細胞でのECAR(extracellular acidification rate:細胞外酸性化率)の分析によって示されるように、有意に用量依存的に増加した。ECARの結果を図6A、6Bに示す。図6Aでは、ECAR(mpH/分/SRB)が、50nM~500nMの範囲のd‐TPP濃度及び対照(ビヒクルのみ)に関して経時的に示されている。図6Bは、解糖、解糖予備、及び解糖予備能について、ECARをビヒクルに対する倍率変化として示す。確認できるように、MCF‐7細胞の解糖は、d‐TPP治療によって用量依存的に増加した。まとめると、これらのデータは、d‐TPPがミトコンドリア機能を障害した後、酸化的リン酸化からATPを生成するMCF‐7細胞の能力を損なうことを示している。このようなストレスの多い代謝環境に対処するために、癌細胞は解糖表現型へのシフトを余儀なくされる。この代謝シフトの後、癌細胞は、その高いエネルギ需要を満たすためにグルコースに強く依存する。このシナリオでは、d‐TPP治療によって誘発される抗ミトコンドリア効果は、絶対的で柔軟性のない解糖への依存に対する機能的な代謝シンクロナイザーとして作用する。
【0049】
ミトコンドリアATP産生を阻害してCSCを解糖状態へとシフトさせるd‐TPPの能力は、多様な潜在的治療戦略、特に治療用の組み合わせへの扉を開くものである。例えばd‐TPPを、解糖又はOXPHOSを阻害する化合物と組み合わせることができる。このような併用療法のタイミングにより、d‐TPPの効果をまず発生させた後で解糖及び/又はOXPHOS阻害効果を発生させることができる。あるいは、d‐TPPを第2の代謝阻害剤化合物と同時投与してよい。一例として、d‐TPPとビタミンCとの組み合わせは、CSCの代謝の脆弱性を標的とする代謝「2ヒット」戦略を提供する。初めにd‐TPPがATP産生を阻害して、CSCを解糖プロファイルへとシフトさせる。次にビタミンCが解糖を阻害し、CSCを代謝の選択肢がない状態のままとする。例えば2‐デオキシ‐グルコース、ドキシサイクリン、ニクロサミド、及び塩化ベルベリンを含む他の阻害剤を、d‐TPPと併用してもよい。
【0050】
この2ヒット療法アプローチの有効性を実証するために、腫瘍様塊形成アッセイと、癌のみに選択的に毒性を有するものの正常細胞に対して毒性を有しない薬物の用量である100nMの濃度のd‐TPPとを用いて、更なる評価を実施した。図7A~7Eは、様々な阻害剤化合物と組み合わせた100nMのd‐TPPに関する腫瘍様塊アッセイの結果を示す。図7A、7Bから開始して、天然解糖阻害剤であるビタミンC、及び合成解糖阻害剤である2‐デオキシ‐グルコース(2‐DG)をd‐TPPと共に含めた。図7A、7Bで確認できるように、ビタミンC及び2‐DGは、CSC活性に対するd‐TPPの阻害効果を強化できた。特にビタミンCを用いた処置は、100nMのd‐TPPと併用した場合に、250μMにおいて50%超、500μMにおいて70%超だけ、CSCの伝播を阻害した。これとは別に、ビタミンCのIC50は、MCF‐7CSCの伝播に関して1mMであった。確認できるように、d‐TPPはビタミンCに対するCSCの感受性を4倍近く上昇させた。
【0051】
2‐DGの阻害活性は10mMの濃度で既に観察され、これはd‐TPP単独での阻害活性の2倍の上昇をもたらした。阻害効果は20mMにおいて更に劇的なものであり、CSC活性を略完全に抑制し、残留腫瘍様塊形成能力が10%未満となった。
【0052】
次に図7C~7Eは、d‐TPPと組み合わされた、FDAに認可された2つの化合物、即ちドキシサイクリン及びニクロサミド、並びに天然化合物である塩化ベルベリンに関する結果を示す。これらの化合物はそれぞれ、OXPHOS阻害剤としての挙動を示すことが知られている。この挙動は、d‐TPP治療で弱化した癌細胞において、追加の代謝ストレッサーによって、残留するCSC集団の根絶を支援できるという理解に基づくものである。ドキシサイクリンは、ミトコンドリアの生合成及び機能を障害することが知られている。図7Cに示されているように、低用量の抗生物質ドキシサイクリン(例えば10μM)は、CSC活性に対するd‐TPPの効力を倍加するのに十分であった。この効果は、30μMのドキシサイクリンの存在下で強化された。図7Dに示されているように、OXPHOSを阻害する抗サナダムシ薬であるニクロサミドは、CSC活性に対するd‐TPPの効力を、250nMにおいて略2倍、500nMにおいて略3倍上昇させた。図7Eは、d‐TPPと組み合わされた、天然化合物でありOXPHOS阻害剤である塩化ベルベリンの結果を示す。塩化ベルベリンは、Coptidis rhizoma(Coptis chinensis Franch)及びPhellodendri cortex(Phellodendron amurense Ruprecht)から抽出される主要なアルカロイドであり、抗マラリア、抗炎症、及び抗生物活性が知られている。塩化ベルベリンの作用は1μMにおいて既に明らかであり、60%の減少をもたらした。試験した最高濃度(10μM)では、塩化ベルベリンはCSCの形成を80%超阻害し、d‐TPPの効力を略5倍に高めた。
【0053】
これらの結果は、d‐TPP等のミトコンドリア障害剤が、細胞のエネルギ機構の正常な機能を損なうことによって、CSCが代替的な燃料及び代謝経路を使用する可能性に影響を及ぼすことを実証している。この効果は、CSCの生物学及び伝播、並びに癌細胞の生存率及び増殖に対して、悪影響を及ぼす。この悪影響により、CSCは、化学療法、光線療法、放射線療法を含む他の癌療法に対して、より脆弱になる。d‐TPPで処置されたCSCは、他の化学療法剤、放射線、及び光線療法に対する感受性が高くなる。薬学的有効量のd‐TPP
【0054】
xCELLigenceシステムを用いて、付着MCF‐7細胞の細胞増殖に対するd‐TPPの作用の薬物動態を分析した。xCELLigenceシステムは、大きさが細胞数に依存する電気インピーダンスを測定することによって、細胞の健康状態及び挙動のリアルタイムのラベルフリーモニタリングを評価する。リアルタイム細胞分析を、50nM、100nM、250nMの濃度のd‐TPPによる48時間及び72時間の処置に関して実施した。対照はビヒクルのみのものであった。xCELLigence分析の結果を図8A~8Dに示す。48時間のd‐TPP治療に関する結果が図8A、8Bに示されており、図8C、8Dは、72時間のd‐TPP治療に関する結果を示す。確認できるように、MCF‐7細胞に対するd‐TPPの効果は、用量依存的かつ時間依存的であり、試験した最低用量(50nMのd‐TPP)で72時間の処置後に細胞数が減少する傾向があった。より高い用量(100nM)では、主な細胞増殖抑制効果が検出された。細胞毒性は、250nMのd‐TPP濃度において存在した。
【0055】
効力及び毒性の両方の更なる評価を、Inovotion(ラトロンシュ、フランス)から入手可能なCAMモデルを用いて、ニワトリ胚でMDA‐MB‐231細胞株から開始されたヒト乳房腫瘍に対して実施した。このCAMアッセイは、d‐TPPが腫瘍の成長及び転移の両方を阻害することを示した。例えば25μMの濃度において、d‐TPP治療は、腫瘍成長の~40%の阻害、及び転移の~75%の阻害につながった。CAMアッセイに関して、受精卵を37.5℃、相対湿度50%で9日間インキュベートした。卵殻を通して気室内へと穿孔した小さな孔を通して、移植片を各卵に滴下し、CAMの上方の卵殻に1cmの窓を開けた。この移植プロセスを、試験グループの卵それぞれに対して使用した。この移植プロセスは侵襲的な外科的作業であるため、腫瘍移植後数時間以内にある程度の死が発生することが予想される。本明細書で報告されるデータについては、試験グループあたり少なくとも10個の卵に対して移植が成功した。
【0056】
MDA‐MB‐231腫瘍細胞株を、10%のFBS及び1%のペニシリン/ストレプトマイシンを補充したDMEM培地で培養した。9日間のインキュベーション期間の後、細胞をトリプシンで剥離し、完全培地で洗浄し、移植培地中に懸濁した。1.10個の細胞の接種物を各卵のCAMに加えた後、卵を複数の試験グループにランダムに分けた。腫瘍は移植の1日以内に検出可能であった。陰性対照グループはPBS中の0.125%のDMSOであり、6.25μM、25.0mM、62.5mMの濃度のd‐TPPグループを評価した。グループ内の卵それぞれに対して1日あたり8回処置した。処置の8日後、腫瘍成長を定量的に評価した。(腫瘍を有する)CAMの上部を取り出してPBS緩衝液で洗浄した後、48時間の固定のためにPFA中に直接移した。次に腫瘍を正常なCAM組織から注意深く切り離し、重量を測定した。腫瘍重量(mg)の平均値を図9に示す。この鶏卵の評価に関連する全ての定量的データについて、(各グループ間の事後検定を含む)一元配置分散分析を、専用のコンピュータソフトウェアであるPrism(登録商標)(GraphPad Software)を用いて実施した。全ての分析について、グループ間の統計的差異は、以下の意味を有するアスタリスクの存在によってグラフ上で可視化されている:アスタリスクなしはp>0.05を意味し;*は0.5≧p>0.01を意味し;**は0.01≧p>0.001を意味し;***は0.001≧pを意味する。図9で確認できるように、d‐TPPは、陰性対照と比較して、中程度の用量(25.0μM)及び高用量(62.5μM)において腫瘍成長を有意に阻害した。上述の評価と一致するように、d‐TPPの腫瘍成長阻害効果は用量依存的であった。
【0057】
転移性浸潤も定量的に評価した。下部CAMの1cmの部分を回収して、グループあたり8個の試料(n=8)において、転移細胞数を評価した。市販のキットを用いてゲノムDNAを抽出し、ヒトAlu配列に特異的なプライマを用いるqPCRによって分析した。各試料に関するCq、平均Cq、及び各グループに関する転移の相対量の計算は、Bio‐Rad(登録商標)CFX Maestroソフトウェアで直接管理した。Real‐Time PCR Data Markup Language(RDML)データ標準(http://www.rdml.org)によると、Cqは、増幅曲線の曲率が最大となるサイクル(フラクショナルPCRサイクル)として定義される。Cqは、qPCR曲線が直線である指数関数的増幅期で取得される。qPCRの基本的な結果は以下の通りである:Cq値が低いほど、標的遺伝子の初期複製数が多い。PCR効率が100%である場合、2つの反応の間での1サイクルの差異は、Cq値が高い方の反応に比べて、Cq値が低い方の反応の遺伝子の複製が2倍多いことを意味する。図10は、下部CAMにおけるAlu配列に関するqPCRで測定された転移性浸潤の結果を示す。陰性対照と比較して、中程度の用量のd‐TPPでの処置後に、転移の退行を確認できる。高用量で処置したグループに関しては、統計的評価は、グループ内で生存している3個の試料のみを用いて実施され、これは統計分析に影響を及ぼした。
【0058】
d‐TPP処置の胚の耐容性も定量的に評価した。移植後及び処置中に、胚の生存率を毎日検査した。死亡した胚の数も最終日に計数して、処置によって誘発された胚毒性を評価した。図11は、本明細書に記載の各グループにおける、生存している胚と死亡した胚とのパーセンテージを示し、図12は、(移植日から回収日までの)生存率を示すカプランマイヤー曲線である。d‐TPPが中程度の用量及び低用量において毒性を示さなかったことを確認できる(ただし予想された通り、陰性対照において多少の死亡は発生した)。しかしながら、用量が高いほど死亡は多くなった。投薬レジメンの確立のためには毒性の分析が必要であることは、当該技術分野の通常の技能を有する者には理解されるはずである。しかしながら、上記結果は、d‐TPPの腫瘍成長阻害及び転移阻害効果が、毒性閾値をはるかに下回る濃度においても存在することを実証している。
【0059】
ここで提示されているデータは、代謝「2ヒット」アプローチの使用を更に検証するものであり、上記アプローチは、癌の代謝を操作して、CSCの代謝の柔軟性を、より効率的なCSC抑制を可能とするために使用される絶対的な代謝の非柔軟性へと変化させるものである。このような代謝シフトの安全な推進因子として作用するd‐TPPの潜在能力は、癌の生物学及びエネルギ学におけるこの化合物の役割を更に調査するための道を開くものであるが、従来の化学療法に対する付加物としての、他の代謝阻害剤と組み合わせてのTPP系化合物の使用をサポートするためには、更なる研究が必要である。約9~約18個の炭素を含む飽和直鎖型アルキル鎖を有する他のA‐TPP化合物についても同様の効果が予想されることを理解されたい。
【0060】
活性化合物として、約9~約18個の炭素を含む飽和直鎖型アルキル鎖を有するA‐TPP化合物、例えばd‐TPPは、CSC及び循環腫瘍細胞を含む癌細胞を標的とすることによって、癌を治療及び根絶し、腫瘍再発を防止するか又はその可能性を低減し、転移を防止するか又はその可能性を低減するための、治療剤として使用できる。またd‐TPPは、癌細胞を解糖状態へとシフトさせ、化学療法、放射線療法、及び光線療法に対して癌細胞を感作し、ドキシサイクリン等の他の医薬品に対する癌細胞の耐性を低減するための、活性化合物として使用できる。
【0061】
活性化合物に関して、実証的な第2の阻害剤化合物は当該技術分野において様々な形態で入手可能である。d‐TPP等のA‐TPP化合物の場合、上記活性化合物は固体又は液体として経口投与できる。いくつかの実施形態では、d‐TPPは、溶液、懸濁液、又はエマルジョンとして、筋肉内投与、静脈内投与、又は吸入投与できる。いくつかの実施形態では、d‐TPP(疑いを避けるために明記するが、その塩を含む)は、リポソーム懸濁液として、吸入投与、静脈内投与、又は筋肉内投与できる。吸入によって投与される場合、活性化合物又はその塩は、例えば約0.001、0.01、0.1、又は0.5マイクロメートル~約5、10、20マイクロメートル又はそれ以上、また任意に約1~約2マイクロメートルであるいずれの望ましい粒径を有する、複数の固体粒子又は液滴の形態とすることができる。投与の特定の形態は変化する場合があること、並びに本開示の範囲外のパラメーター(例えば製造、輸送、保管、貯蔵寿命等)が、d‐TPPの一般的な形態及び濃度の決定因子となる場合があることを理解されたい。
【0062】
本発明のアプローチの医薬組成物は、活性化合物としてのd‐TPP(その塩を含む)を、いずれの薬学的に許容可能なキャリア中に含む。溶液が望ましい場合、水は、水溶性化合物又はその塩にとって選択されるキャリアとなり得る。水溶性に関しては、グリセロール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、又はこれらの混合物といった有機ビヒクルが好適となり得る。更に、水溶性を向上させる方法を、本発明のアプローチから逸脱することなく使用できる。後者の場合、有機ビヒクルは相当な量の水を含むことができる。そしていずれの場合においても、溶液を、当該技術分野で公知の好適な手段、例えば0.22マイクロメートルのフィルタを通したろ過によって、滅菌できる。滅菌後、溶液を、脱パイロジェンガラスバイアル等の適切な容器に分注できる。この分注は任意に無菌的な方法で実施される。その後、滅菌された閉鎖器具をバイアル上に配置でき、また必要に応じてバイアルの内容物を凍結乾燥できる。解糖阻害剤又はOXPHOS阻害剤等の第2の阻害剤化合物を含む実施形態は、当該技術分野で利用可能な上記第2の阻害剤の形態を同時投与できる。本発明のアプローチは、特に明記されていない限り、ある特定の投与形態に限定されることを意図したものではない。
【0063】
1つ以上の活性化合物に加えて、本発明のアプローチの医薬製剤は、当該技術分野で公知の他の添加剤を含有できる。例えばいくつかの実施形態は、酸(例えば塩酸)及び塩基又は緩衝液(例えば酢酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、リン酸ナトリウム)といった、pH調整剤を含んでよい。いくつかの実施形態は、メチルパラベン、プロピルパラベン、ベンジルアルコールといった抗菌防腐剤を含んでよい。抗菌防腐剤は多くの場合、製剤を複数回投与用に設計されたバイアルに入れるときに含まれる。本明細書に記載の医薬製剤は、当該技術分野で公知の技法を用いて凍結乾燥できる。
【0064】
活性化合物の経口投与を伴う実施形態では、医薬組成物は、カプセル、錠剤、丸剤、粉剤、溶液、懸濁液等の形態を取ることができる。クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム等の様々な賦形剤を含む錠剤は、ポリビニルピロリドン、スクロース、ゼラチン、アカシアといった結合剤と合わせた、デンプン(例えばジャガイモ又はタピオカデンプン)及び特定の複合ケイ酸塩といった様々な崩壊剤と共に使用できる。更に、ステアリン酸マグネシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、タルクといった潤滑剤を、打錠を目的として含めてよい。同様のタイプの固体組成物を、軟質及び硬質充填ゼラチンカプセル中の充填剤として利用してよい。これに関連する材料には、乳糖、及び高分子量ポリエチレングリコールも含まれる。水性懸濁液及び/又はエリキシルが経口投与に望ましい場合、本開示の主題の化合物を、様々な甘味剤、香味剤、着色剤、乳化剤、及び/又は懸濁剤、並びに水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、及びこれらの様々な同様の組み合わせといった希釈剤と、組み合わせることができる。d‐TPPを第2の阻害剤化合物と共に含む実施形態では、第2の阻害剤化合物は、d‐TPP化合物の形態に限定されることなく、別個の形態で投与できる。
【0065】
本明細書中で提供される更なる実施形態としては、本明細書中で開示されている活性化合物のリポソーム製剤が挙げられる。リポソーム懸濁液を形成するための技術は、当該技術分野で公知である。化合物が水溶性の塩である場合、従来のリポソーム技術を用いて、これを脂質小胞に組み込むことができる。このような場合、活性化合物の水溶性により、活性化合物を、リポソームの親水性の中心又はコアに実質的に納めることができる。利用される脂質層は、いずれの従来の組成のものとすることができ、またコレステロールを含むことも、コレステロールを含まないものとすることもできる。関心対象の活性化合物が非水溶性である場合、ここでも従来のリポソーム形成技術を利用して、塩を、リポソームの構造を形成する疎水性脂質二重層の中に実質的に納めることができる。いずれの場合においても、製造されるリポソームは、標準的な超音波処理及び均質化技法を使用した場合と同様に、サイズを小さくすることができる。本明細書中で開示されている活性化合物を含むリポソーム製剤を凍結乾燥して凍結乾燥物を製造でき、これを、水等の薬学的に許容可能なキャリアで再構成して、リポソーム懸濁液を再生成できる。
【0066】
医薬組成物に関して、本明細書に記載の活性化合物の薬学的有効量は、医療従事者によって決定され、また患者の状態、サイズ及び年齢、並びに送達経路に左右される。ある比限定的な実施形態では、約0.1~約200mg/kgの投薬量が治療的効力を有し、この重量比は、塩が使用される場合を含む活性化合物の重量の、被験者の体重に対する比である。いくつかの実施形態では、投薬量は、最高約1~5、10、20、30、又は40μMの活性化合物の血清濃度を提供するために必要な、活性化合物の量とすることができる。いくつかの実施形態では約1mg/kg~約10mg/kg、またいくつかの実施形態では約10mg/kg~約50mg/kgの投薬量を、経口投与のために使用できる。典型的には、約0.5mg/kg~5mg/kgの投薬量を、筋肉内注射のために使用できる。いくつかの実施形態では、投薬量は、静脈内又は経口投与に関して、約1μmol/kg~約50μmol/kg、又は任意に約22μmol/kg~約33μmol/kgの化合物とすることができる。経口剤形は、例えば錠剤又は他の固体剤形あたり5mg~50、100、200、又は500mgを含む、いずれの適切な量の活性材料を含むことができる。
【0067】
以下のいくつかの段落では、上述の実験及びデータ生成に使用される材料及び方法を記載する。d‐TPP臭化物塩、ドキシサイクリン、アスコルビン酸、2‐デオキシ‐D‐グルコース(2‐DG)、塩化ベルベリン、ニクロサミドは、Sigma Aldrichから供給された。細胞培養培地に溶解されるアスコルビン酸及び2‐デオキシ‐D‐グルコース(2‐DG)を除いて、全ての化合物をDMSOに溶解した。
【0068】
本明細書中で参照される細胞培養物に関して、MCF7及びMDA‐MB‐231乳癌細胞はATCCから得られた。ヒト不死化線維芽細胞(hTERT‐BJ1)は、Clontech, Inc.から供給された。細胞を、37℃の、5%COを含む加湿雰囲気下で、10%のFBS(fetal bovine serum:ウシ胎児血清)、2mMのGlutaMAX、及び1%Pen‐Strepを補充したダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s modified Eagle’s medium:DMEM)中で培養した。
【0069】
腫瘍様塊アッセイを以下のように実施した。MCF‐7又はMDA‐MB‐231細胞の単一細胞懸濁液を、酵素分解(1×トリプシンEDTA、Sigma Aldrich)、及び手動分解(25ゲージ針)を用いて調製した。次に細胞を、処理の存在下で、(2‐ヒドロキシエチルメタクリレート)(ポリHEMA、Sigma Aldrich)でコーティングされた培養皿中の、非付着条件下の腫瘍様塊培地(DMEM‐F12/B27/20‐ng/ml EGF/PenStrep)に、500細胞/cmの密度で播種した。細胞を5日間成長させ、加湿インキュベータ内で、37℃、大気圧、5%(v/v)二酸化炭素/空気に維持した。5日間の培養後、50μm超の球体を、接眼レンズの目盛りを用いて計数し、球体を形成した播種された細胞のパーセンテージを計算した。これをパーセンテージ腫瘍様塊形成と呼ぶ。腫瘍様塊アッセイは三重に実施され、これを独立して3回繰り返した。
【0070】
代謝フラックス分析のための細胞外酸性化率(ECAR)及びリアルタイム酸素消費率(OCR)アッセイを、Seahorse Extracellular Flux(XFe‐96)アナライザ(Seahorse Bioscience)を用いて実施した。簡潔に述べると、ウェル1個あたり15,000個のMCF‐7細胞を、XFe‐96ウェル細胞培養プレートに播種し、一晩インキュベートして付着させた。続いて細胞を24時間にわたって、上昇する複数の濃度のd‐TPP(50nM÷500nM)で処置した。ビヒクルのみ(DMSO)の対照細胞を並行して処理した。次に細胞を、予熱したXFアッセイ培地(又はOCR測定については、10mMのグルコース、1mMのピルビン酸塩、2mMのL‐グルタミンを補充して、pHを7.4に調整したXFアッセイ培地))で洗浄した。そして細胞を、1時間にわたって、非COインキュベータ内で、37℃のXFアッセイ175μL/ウェル中に維持した。インキュベーション時間の間、80mMのグルコースを5μL、オリゴマイシンを9μM、及び(ECAR測定については)1Mの2‐デオキシグルコース、又は(OCR測定については)10μMのオリゴマイシン、9μMのFCCP、10μMのロテノン、10μMのアンチマイシンAを、XFアッセイ培地に入れて、XFe‐96センサカートリッジの注入ポートに装入した。タンパク質含有量で測定値を正規化した後、データセットをXFe‐96ソフトウェアで分析した(SRB)。全ての実験は独立して3回繰り返された。
【0071】
細胞タンパク質含有量の測定値に基づいて、MCF‐7及びhTERT‐BJ1細胞において細胞生存率をスルホローダミンB(sulforhodamine B:SRB)アッセイで評価した。24、48、又は72時間にわたるd‐TPP(50nM÷1μM)での処置後、細胞を低温室内において、10%のトリクロロ酢酸(trichloroacetic acid:TCA)で1時間にわたって固定し、室温で一晩乾燥させた。次に細胞をSRBと共に15分間インキュベートし、1%の酢酸で2回洗浄し、少なくとも1時間にわたって風乾した。最後にタンパク質結合色素を10mMのTris pH8.8溶液に溶解し、プレートリーダーを用いて540nmで読み取った。
【0072】
xCELLigenceリアルタイム細胞分析(real‐time cell analysis:RTCA)システムは、ACEA Biosciences Inc.から供給された。xCELLigence RTCAシステムは、細胞指数(Cell Index:CI)値として表現される電気インピーダンスを測定することによる付着細胞の生物学的状態のリアルタイムモニタリングのための有用なアプローチを提供する。5000個のMCF‐7細胞を16ウェルプレート(Eプレート)に播種した。播種の24時間後、細胞を、ビヒクル、又は上昇する複数の濃度のd‐TPP(50nM~250nM)で、更に48時間又は72時間にわたって処置した。RTCAは、細胞によって誘発された電気インピーダンスの値を測定することによって実施され、上記値は、96時間にわたって15分毎に自動的に記録された。このアプローチにより、細胞応答の開始及び動態の定量化が可能になる。実験は、各条件について四重の試料を用いて、独立して3回繰り返された。
【0073】
特に明記されていない限り、本明細書中で開示されているデータは、実験1回につき3回以上の技術的複製を伴う3回以上の独立した実験にわたって得られる、平均±平均の標準誤差(SEM)として表される。t検定を用いて統計的有意性を測定した。p≦0.05を有意とみなした。
【0074】
本発明のアプローチの実施形態の以上の説明において使用される用語法は、単に特定の実施形態の説明のみを目的としたものであり、限定を意図したものではない。本記載及び添付の特許請求の範囲で使用される場合、単数形「ある(a、an)」及び「上記、前記(the)」は、文脈からそうでないことが明示される場合を除いて、複数形も同様に含むことを意図している。本発明のアプローチは、以下の「発明を実施するための形態」の考察から明らかとなるように、多数の代替例、修正例、及び同等物を包含する。
【0075】
用語「第1の(first)」、「第2の(second)」、「第3の(third)」、「a)」、「b)」、「c)」等は、本明細書中では、本発明のアプローチの様々な要素を説明するために使用される場合があり、特許請求の範囲はこれらの用語によって限定されるものではないことが理解されるだろう。これらの用語は、本発明のアプローチのある要素を別の要素と区別するためだけに使用される。従って、以下で説明される第1の要素(first element)は、本発明のアプローチの教示から逸脱することなく、ある要素の態様(an element aspect)と呼ぶこともでき、また同様に第3の要素と呼ぶことも可能である。従って用語「第1の」、「第2の」、「第3の」、「a)」、「b)」、「c)」等は、関連付けられている要素に対して、順序又は他の階層関係を与えることを意図したものではなく、単に識別を目的として使用されている。操作(又はステップ)の順序は、特許請求の範囲で提示される順番に限定されない。
【0076】
特に定義されていない限り、本明細書中で使用される(技術用語及び科学用語を含む)全ての用語は、当業者が一般に理解する意味と同一の意味を有する。更に、一般に使用される辞書で定義されているような用語は、本出願及び関連分野の文脈における上記用語の意味と一致する意味を有するものとして解釈されるものとし、本明細書中で明白に定義されていない限り、理想的な意味又は過度に形式的な意味で解釈してはならないことが理解されるだろう。本明細書中で言及される全ての刊行物、特許出願、特許、及び他の参考文献は、参照によりその全体が本出願に援用される。用語法に矛盾が生じた場合、本明細書が支配的なものとなる。
【0077】
また、本明細書中で使用される場合、「及び/又は(and/or)」は、関連して列挙された項目のうちの1つ以上の、いずれのあらゆる可能な組み合わせ、及び二者択一(「又は(or)」)と解釈される場合には組み合わせの欠如を指し、またこれらを包含する。
【0078】
文脈からそうでないことが明示される場合を除いて、本明細書に記載の本発明のアプローチの様々な特徴をいずれの組み合わせで使用できることが、具体的に意図されている。更に、本発明のアプローチは、いくつかの実施形態において、実証的な実施形態に関して説明されたいずれの特徴又は特徴の組み合わせを排除又は省略できることも考慮している。
【0079】
本明細書中で使用される場合、移行句「本質的に…からなる(consisting essentially of)」(及びその文法的変化型)は、記載されている材料又はステップと、特許請求の範囲の「基本的な新規の1つ以上の特徴に実質的に影響しないもの(those that do not materially affect the basic and novel characteristic(s))」とを包含するものとして解釈されたい。従って、本明細書中で使用される場合、用語「本質的に…からなる」は、「…を含む、備える(comprising)」と同等として解釈してはならない。
【0080】
例えば量又は濃度等といった測定可能な数値に言及する際に本明細書中で使用される用語「約(about)」は、明記された量の、±20%、±10%、±5%、±1%、±0.5%、又はわずか±0.1%の変動を包含することを意図したものである。測定可能な値に関して本明細書中で提供される範囲は、その範囲内の他のいずれの範囲及び/又は個々の値を含んでよい。
【0081】
このように、本発明のアプローチの特定の実施形態を説明したが、以下で請求されるような本発明の精神又は範囲から逸脱することなく、これらの実施形態の多数の明らかな変形形態が可能であるため、添付の特許請求の範囲は、以上の説明に記載された特定の詳細によって限定されることはないことを理解されたい。
図1
図2
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図4A
図4B
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