(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】電子分光装置および分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2273 20180101AFI20241112BHJP
G01N 23/2276 20180101ALI20241112BHJP
【FI】
G01N23/2273
G01N23/2276
(21)【出願番号】P 2022097319
(22)【出願日】2022-06-16
【審査請求日】2023-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100161540
【氏名又は名称】吉田 良伸
(72)【発明者】
【氏名】内田 達也
(72)【発明者】
【氏名】下島 輝高
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-204425(JP,A)
【文献】特開2002-340827(JP,A)
【文献】特開平07-072102(JP,A)
【文献】特開2002-323463(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料から放出された電子をエネルギー分光する分光器と、
前記分光器でエネルギー分光された電子のエネルギー分散方向に並んで配置された複数の検出部を備えた検出器と、
処理部と、
を含み、
前記処理部は、
前記分光器において第1エネルギーステップでエネルギーを掃引し、前記分光器でエネルギー分光された電子を前記複数の検出部で検出して得られた、複数の第1スペクトルを取得する処理と、
前記複数の第1スペクトルの各々において、測定点を補完する処理と、
測定点が補完された前記複数の第1スペクトル
を積算または平均して、前記第1エネルギーステップよりも小さい第2エネルギーステップの第2スペクトルを生成する処理と、
を行
い、
前記処理部は、前記分光器において前記第1エネルギーステップでエネルギーを掃引して、前記検出部ごとに前記第1エネルギーステップの前記第1スペクトルを取得し、
前記処理部は、前記複数の第1スペクトルの各々の測定エネルギーが一致しないように、前記第1エネルギーステップを設定する、電子分光装置。
【請求項2】
請求項
1において、
前記処理部は、
エネルギー分解能の指定を受け付ける処理と、
前記エネルギー分解能に基づいて、前記第1エネルギーステップを設定する処理と、
を行う、電子分光装置。
【請求項3】
請求項
2において、
前記処理部は、
前記エネルギー分解能に基づいて隣り合う前記検出部間の測定エネルギー差と前記第1エネルギーステップの比を設定し、
前記比に基づいて、前記第1エネルギーステップを設定する、電子分光装置。
【請求項4】
請求項
3において、
前記処理部は、前記比を1よりも小さい値に設定する、電子分光装置。
【請求項5】
試料から放出された電子をエネルギー分光する分光器と、
前記分光器でエネルギー分光された電子のエネルギー分散方向に並んで配置された複数の検出部を備えた検出器と、
を含む、電子分光装置を用いた分析方法であって、
前記分光器において第1エネルギーステップでエネルギーを掃引し、前記分光器でエネルギー分光された電子を前記複数の検出部で検出して、複数の第1スペクトルを取得する工程と、
前記複数の第1スペクトルの各々において、測定点を補完する工程と、
測定点が補完された前記複数の第1スペクトル
を積算または平均して、前記第1エネルギーステップよりも小さい第2エネルギーステップの第2スペクトルを生成する工程と、
を含
み、
前記複数の第1スペクトルを取得する工程では、
前記分光器において前記第1エネルギーステップでエネルギーを掃引して、前記検出部ごとに前記第1エネルギーステップの前記第1スペクトルを取得し、
前記複数の第1スペクトルの各々の測定エネルギーが一致しないように、前記第1エネルギーステップを設定する、分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子分光装置および分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線光電子分光装置やオージェ電子分光装置などの電子分光装置では、分光器で電子をエネルギー分光することによって、特定のエネルギーを持つ電子のみを検出することができる。測定エネルギーの選択は、分光器が備える電子レンズを制御することによって行われる。測定エネルギーを掃引させながら測定を繰り返すことで、エネルギースペクトルを収集できる。
【0003】
電子分光装置に搭載される検出器として、特許文献1には、分光器でエネルギー分光された電子のエネルギー分散方向に複数のチャンネルトロンが配列された検出器が開示されている。このような電子分光装置では、一般的に、スペクトルを収集する場合、分光器で分光された電子を、特定の1つのチャンネルトロンで検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、特定の1つのチャンネルトロンで電子を検出する場合、スペクトルを収集するためには、測定エネルギーを掃引させながら繰り返し何度も測定を行わなければならないため、スペクトルの収集に時間がかかってしまう。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る電子分光装置の一態様は、
試料から放出された電子をエネルギー分光する分光器と、
前記分光器でエネルギー分光された電子のエネルギー分散方向に並んで配置された複数の検出部を備えた検出器と、
処理部と、
を含み、
前記処理部は、
前記分光器において第1エネルギーステップでエネルギーを掃引し、前記分光器でエネルギー分光された電子を前記複数の検出部で検出して得られた、複数の第1スペクトルを取得する処理と、
前記複数の第1スペクトルの各々において、測定点を補完する処理と、
測定点が補完された前記複数の第1スペクトルを積算または平均して、前記第1エネルギーステップよりも小さい第2エネルギーステップの第2スペクトルを生成する処理と、
を行い、
前記処理部は、前記分光器において前記第1エネルギーステップでエネルギーを掃引して、前記検出部ごとに前記第1エネルギーステップの前記第1スペクトルを取得し、
前記処理部は、前記複数の第1スペクトルの各々の測定エネルギーが一致しないように、前記第1エネルギーステップを設定する。
【0007】
このような電子分光装置では、例えば特定の1つの検出部で電子を検出する場合と比べて、測定回数を低減できる。したがって、このような電子分光装置では、スペクトルを収集するための測定時間を短くできる。
【0008】
本発明に係る分析方法の一態様は、
試料から放出された電子をエネルギー分光する分光器と、
前記分光器でエネルギー分光された電子のエネルギー分散方向に並んで配置された複数の検出部を備えた検出器と、
を含む、電子分光装置を用いた分析方法であって、
前記分光器において第1エネルギーステップでエネルギーを掃引し、前記分光器でエネルギー分光された電子を前記複数の検出部で検出して、複数の第1スペクトルを取得する工程と、
前記複数の第1スペクトルの各々において、測定点を補完する工程と、
測定点が補完された前記複数の第1スペクトルを積算または平均して、前記第1エネルギーステップよりも小さい第2エネルギーステップの第2スペクトルを生成する工程と、
を含み、
前記複数の第1スペクトルを取得する工程では、
前記分光器において前記第1エネルギーステップでエネルギーを掃引して、前記検出部ごとに前記第1エネルギーステップの前記第1スペクトルを取得し、
前記複数の第1スペクトルの各々の測定エネルギーが一致しないように、前記第1エネルギーステップを設定する。
【0009】
このような分析方法では、例えば特定の1つの検出部で電子を検出する場合と比べて、測定回数を低減できる。したがって、このような分析方法では、スペクトルを収集するための測定時間を短くできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電子分光装置の構成を示す図。
【
図4】エネルギーステップΔE
1とエネルギー分解能の関係を説明するためのグラフ。
【
図5】7個のチャンネルトロンの測定エネルギーを示すグラフ。
【
図6】7個のチャンネルトロンの測定エネルギーを示すグラフ。
【
図7】ΔE
1=f(E
m)、ただし、f(E
m)=αE
mの場合を示すグラフ。
【
図8】ΔE
1=f(E
m)、ただし、f(E
m)=max(αE
m,β)の場合を示すグラフ。
【
図10】検出器の各チャンネルトロンの測定エネルギーを示す図。
【
図12】7個のスペクトルの各々において、測定点を補完する処理を説明するための図。
【
図13】測定点が線形補完された7個のスペクトルを積算した結果を示すグラフ。
【
図14】各スペクトルの測定エネルギーが一致しない場合を示す図。
【
図15】各スペクトルの測定エネルギーが一致している場合を示す図。
【
図16】実際に測定された測定点のSN比と補完された測定点のSN比を説明するための図。
【
図17】処理部の処理の一例を示すフローチャート。
【
図18】測定ステップが微分ステップのM倍のときのノイズレベルの計算結果を表すグラフ。
【
図19】M=1での測定時間で規格化したD
σmを示すグラフ。
【
図20】M=1での測定時間で規格化したD
σmを示すグラフ。
【
図21】微分時のエネルギーシフトがゼロ、および(1/2)・ΔEの場合を比較したグラフ。
【
図24】測定ステップを変化させたときの分解能関数を示す図。
【
図25】測定ステップを変化させたときの分解能関数を7点微分した結果を示すグラフ。
【
図26】測定開始エネルギーを+2eVずらしたときの分解能関数およびその微分の結果を示すグラフ。
【
図27】測定開始エネルギーを+4eVずらしたときの分解能関数およびその微分の結果を示すグラフ
【
図28】測定開始エネルギーを+6eVずらしたときの分解能関数およびその微分の結果を示すグラフ
【
図29】7個のスペクトルを積算した結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0012】
また、以下では、本発明に係る電子分光装置として、オージェ電子分光装置を例に挙げて説明するが、本発明に係る電子分光装置はこれに限定されない。例えば、本発明に係る電子分光装置は、X線光電子分光装置であってもよい。
【0013】
1. 電子分光装置
まず、本発明の一実施形態に係る電子分光装置について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る電子分光装置100の構成を示す図である。
【0014】
電子分光装置100は、オージェ電子分光法により試料の分析を行う装置である。オージェ電子分光法とは、電子線等により励起されて試料から放出されるオージェ電子のエネルギーを測定することによって、元素分析を行う手法である。
【0015】
電子分光装置100は、
図1に示すように、電子線照射装置10と、試料ステージ20と、分光器30と、検出器40と、照射制御装置50と、分光器制御装置52と、計数演算装置54と、処理部60と、を含む。
【0016】
電子線照射装置10は、電子線を試料Sに照射する。電子線照射装置10は、電子銃12と、電子レンズ14と、偏向器16と、を含む。
【0017】
電子銃12は、電子線を放出する。電子レンズ14は、電子銃12から放出された電子線を集束させる。偏向器16は、電子レンズ14で集束された電子線を偏向させる。偏向器16によって、所望の位置に電子線を照射できる。また、偏向器16によって、電子線で試料Sを走査できる。
【0018】
試料ステージ20は、試料Sを保持し、試料Sを移動させることができる。試料ステージ20は、例えば、試料Sを傾斜する機構(ゴニオメーター)を備えていてもよい。試料ステージ20によって試料Sを位置決めできる。
【0019】
分光器30は、電子線が試料Sに照射されることによって試料Sから発生するオージェ電子をエネルギー分光する。分光器30は、インプットレンズ32と、静電半球型アナライザー34と、を含む。
【0020】
インプットレンズ32は、入射した電子を集光して静電半球型アナライザー34に導く。インプットレンズ32は、電子を減速させることによってエネルギー分解能を可変にする。インプットレンズ32は、例えば、複数の静電レンズ33で構成されている。
【0021】
静電半球型アナライザー34は、内半球電極35aと、外半球電極35bと、を有している。静電半球型アナライザー34では、内半球電極35aと外半球電極35bとの間に電圧を印加することで、印加した電圧に応じたエネルギー範囲の電子を取り出すことがで
きる。
【0022】
検出器40は、分光器30でエネルギー分光された電子を検出する。
【0023】
図2は、検出器40を模式的に示す図である。検出器40は、複数のチャンネルトロン42(検出部の一例)を有している。
図2に示す例では、検出器40は、7個のチャンネルトロン42を有している。ここでは、検出器40が7個のチャンネルトロン42を有する場合について説明するが、チャンネルトロン42の数は、2以上であれば特に限定されない。チャンネルトロン42は、電子を検出し、増幅した信号を出力する検出器である。
【0024】
7個のチャンネルトロン42は、静電半球型アナライザー34の出射面、すなわち、エネルギー分散面において、エネルギー分散方向Aに並んでいる。そのため、7個のチャンネルトロン42は、互いに異なるエネルギーの電子を検出できる。したがって、検出器40では、異なるエネルギーの電子を同時に検出できる。
【0025】
図3は、検出器40の機能を説明するための図である。
【0026】
図3に示すように、7個のチャンネルトロン42には、-3ch~+3chのチャンネル番号が割り当てられている。具体的には、静電半球型アナライザー34の内半球電極35aと外半球電極35b間の中心を通る電子を検出するチャンネルトロン42が、0chである。また、0chのチャンネルトロン42から、内半球電極35a側に向かって順に、-1chのチャンネルトロン42、-2chのチャンネルトロン42、-3chのチャンネルトロン42が配置されている。また、0chのチャンネルトロン42から、外半球電極35b側に向かって順に、+1chのチャンネルトロン42、+2chのチャンネルトロン42、+3chのチャンネルトロン42が配置されている。
【0027】
7個のチャンネルトロン42は、隣り合うチャンネル間の測定エネルギー差Dが同じになるように配列されている。そのため、例えば、0chのチャンネルトロン42における測定エネルギーをE0に設定した場合、-3chの測定エネルギーはE0-3Dであり、-2chの測定エネルギーはE0-2Dであり、-1chの測定エネルギーはE0-Dであり、+1chの測定エネルギーはE0+Dであり、+2chの測定エネルギーはE0+2Dであり、+3chの測定エネルギーはE0+3Dである。
【0028】
なお、上記では、検出器40が7個のチャンネルトロン42からなる場合について説明したが、検出器40の構成はこれに限定されない。例えば、検出器40として、マイクロチャンネルプレート、マルチアノード、CMOSカメラなどを用いてもよい。これらを用いる場合には、複数の画素をまとめて1つの画素とすることで、疑似的に所望の数のチャンネルを設けてもよい。
【0029】
照射制御装置50は、電子線照射装置10を制御する。照射制御装置50は、例えば、処理部60からの制御信号に基づいて、電子線が試料S上の所定の位置に照射されるように、電子線照射装置10を制御する。
【0030】
分光器制御装置52は、分光器30を制御する。分光器制御装置52は、処理部60からの制御信号に基づいて、インプットレンズ32における電子の減速率や、内半球電極35aと外半球電極35bとの間に印加される電圧を制御する。
【0031】
計数演算装置54は、各チャンネルトロン42で検出された電子を計数する。計数演算装置54は、各チャンネルトロン42で検出された電子の計数結果、すなわち電子の検出結果を処理部60に送る。処理部60は、各チャンネルトロン42で計数された電子の数
の情報を取得する。そのため、処理部60は、各チャンネルトロン42ごとにエネルギースペクトル(以下、単に「スペクトル」ともいう)を取得できる。すなわち、処理部60は、同時に、チャンネルトロン42の数に応じたスペクトルを取得できる。
【0032】
処理部60は、計数演算装置54から送られた検出器40における電子の検出結果に基づいて、オージェ電子分光スペクトルを生成する処理や、照射制御装置50および分光器制御装置52を制御する処理等の処理を行う。なお、処理部60の処理の詳細については後述する。
【0033】
処理部60は、例えば、CPU(Central Processing Unit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等の処理回路と、半導体メモリ等の記憶回路と、を含む。処理部60では、処理回路で記憶回路に記憶されたプログラムを実行することにより、各種計算処理、各種制御処理を行う。
【0034】
2. スペクトルの収集
2.1. エネルギー分解能の指定
電子分光装置100では、分光器30で測定エネルギーを掃引させながら測定を繰り返すことで、エネルギースペクトルを収集できる。以下、電子分光装置100におけるスペクトルの収集方法について説明する。
【0035】
まず、ユーザーが測定条件を設定する。ユーザーは、電子分光装置100の設定部(ユーザーインターフェイス等)を操作して、測定条件を設定する。処理部60は、設定された測定条件を受け付ける。設定された測定条件が処理部60の処理に反映される。
【0036】
測定条件は、モードの選択、開始エネルギー、終了エネルギー、およびエネルギー分解能を含む。モードは、CAE(Constant Analyzer Energy)モードとCRR(Constant Retarding Ratio)モードから選択される。モードの詳細については後述する。開始エネルギーは、測定を開始する測定エネルギーであり、終了エネルギーは、測定を終了する測定エネルギーである。すなわち、測定では、開始エネルギーから終了エネルギーまでの範囲のスペクトルを得ることができる。エネルギー分解能は、スペクトルの分解能であり、例えば、スペクトルに現れるピークの半値幅(半値全幅)で示される。例えば、試料を構成する元素を知るための元素分析であればエネルギー分解能を低く設定し、化学状態分析を行う場合にはエネルギー分解能を高く設定する。
【0037】
2.2. 測定時のエネルギーステップΔE
1の設定
処理部60は、エネルギー分解能に基づいて、測定時のエネルギーステップΔE
1を設定する。電子分光装置100では、エネルギーステップΔE
1でエネルギーを掃引して測定を行う。例えば、
図3に示す例では、1回目の測定において0chの測定エネルギーがE
0の場合、2回目の測定では0chの測定エネルギーはE
0+ΔE
1となり、3回目の測定では0chの測定エネルギーはE
0+2ΔE
1となる。したがって、各チャンネルトロン42ごとに得られるスペクトルの測定点の間隔は、エネルギーステップΔE
1となる。
【0038】
図4は、エネルギーステップΔE
1とエネルギー分解能の関係を説明するためのグラフである。
【0039】
エネルギー分解能は、例えば、半値全幅FWHMで表すことができる。
図4に示すグラフにおいて、2000eV付近でのエネルギー分解能は、FWHM=12eVである。
図4に示す最大値1.0の波形に対して、エネルギーステップΔE
1が十分に小さければ、測定結果として最大値1.0の波形が得られる。しかしながら、例えば、エネルギーステ
ップΔE
1が6eVの場合、測定結果として最大値1.0の波形が得られるとは限らない。
【0040】
例えば、エネルギーステップΔE1=6eVの場合に、測定エネルギーとして以下の2つのパターンが得られたものとする。
【0041】
パターン1:1970,1976,1982,1988,1994,2000,2006.2012,2018,2024,2030
パターン2:1973,1979,1985,1991,1947,2003,2009.2015,2021,2027,2033
【0042】
パターン1の場合、測定結果として、最大値1.0、FWHM=12eVの波形が得られる。また、パターン2の場合、測定結果として、最大値0.8、FWHM=12eVの波形が得られる。なお、測定されていない点については、線形補完して、最大値およびFWHMを求めた。
【0043】
このように、エネルギーステップΔE1が同じであっても、測定エネルギーと、ピーク位置の関係によって、スペクトルの歪み具合がかわる。上記のように、エネルギーステップΔE1がFWHMの半分では、最大値が20%も変わるため、エネルギーステップΔE1を小さくしなければならない。
【0044】
ここで、チャンネル間の測定エネルギー差Dは、エネルギー分解能に比例する。そのため、エネルギー分解能からエネルギーステップΔE1を算出することと、チャンネル間の測定エネルギー差DからエネルギーステップΔE1を算出することは、本質的に同じである。したがって、ここでは、チャンネル間の測定エネルギー差DからエネルギーステップΔE1を算出する場合について説明する。
【0045】
図5および
図6は、7個のチャンネルトロンの測定エネルギーを示すグラフである。
図5および
図6において、低エネルギー側から高エネルギー側に向かって、-3ch、-2ch、-1ch、0ch、+1ch、+2ch、+3chの順で並んでいる。
【0046】
なお、
図5は、エネルギーステップΔE
1がチャンネル間の測定エネルギー差Dに等しい場合(ΔE
1=D)である。
図6は、エネルギーステップΔE
1がチャンネル間の測定エネルギー差Dの1/2である場合(ΔE
1=D/2)である。
【0047】
エネルギーステップΔE1は、チャンネル間の測定エネルギー差Dを用いて次式で表される。
【0048】
ΔE1=max(β,α・c・(Ep+γ・Em))
α=d・(1+0.5・d・c・γ)
β:エネルギーステップΔE1の下限
α:エネルギーステップΔE1の比例係数
c・(Ep+γ・Em):チャンネル間の測定エネルギー差D
c:分光器を通過する電子のエネルギーとチャンネル間の測定エネルギー差Dの比
Ep:CAEモードでのパスエネルギー(分光器を通過する電子のエネルギー)
γ:CRRモードでのインプットレンズの減速率
Em:測定エネルギー
d:チャンネル間の測定エネルギー差DとエネルギーステップΔE1の比
【0049】
なお、γは、CRRモードでのインプットレンズの減速率であり、例えば、インプット
レンズ通過後に電子のエネルギーが1/2になった場合、γ=1/2となる。また、例えば、
図5に示すΔE
1=Dの場合、比dはd=1となり、
図6に示すΔE
1=D/2の場合、比dはd=1/2となる。
【0050】
電子分光装置100では、CAEモードとCRRモードで測定可能である。
【0051】
CAEモードでは、試料Sから放出された電子のエネルギーに関わらず、電子が分光器30を通過するときのエネルギーが一定、すなわち、パスエネルギーが一定になる。CAEモードでは、内半球電極35aと外半球電極35bの間に印加する電位差を一定の値に保ち、インプットレンズ32の印加電圧を掃引する。CAEモードでは、エネルギー分解能はすべての測定エネルギー範囲で一定である。
【0052】
これに対して、CRRモードでは、測定する電子の運動エネルギーに応じて一定の比率で電子を減速する。CRRモードでは、内半球電極35aと外半球電極35bの間に印加する電位差をインプットレンズ32の印加電圧とともに掃引し、電子を一定の減速比で分光する。CRRモードでは、エネルギー分解能が測定エネルギーに比例する。
【0053】
CAEモードでは、γ=0である。したがって、CAEモードでは、エネルギーステップΔE1は次式(1)で表される。
【0054】
ΔE1=max(β,α・c・Ep) ・・・(1)
α=d
【0055】
CAEモードでは、βは固定値であり、α・c・Epも固定値である。そのため、エネルギーステップΔE1は固定される。
【0056】
CRRモードでは、Ep=0である。したがって、CRRモードでは、エネルギーステップΔE1は次式で表される。
【0057】
ΔE1=max(β,α・c・γ・Em) ・・・(2)
α=d・(1+0.5・d・c・γ)
【0058】
CRRモードでは、βは固定値、α・c・γ・Emは、測定エネルギーに比例する。そのため、エネルギーステップΔE1は次式(3)で表される。
【0059】
ΔE1=f(Em) ・・・(3)
f(Em)=max(αEm,β) ・・・(4)
ただし、式(4)のαはα=α・c・γであり、この式の右辺のαは式(2)のαである。
【0060】
図7は、ΔE
1=f(E
m)、ただし、f(E
m)=αE
mの場合を示すグラフである。
図8は、ΔE
1=f(E
m)、ただし、f(E
m)=max(αE
m,β)の場合を示すグラフである。
【0061】
図7に示すように、f(E
m)=αE
mとした場合、すなわち、エネルギーステップΔE
1をαとE
mの積とした場合、測定エネルギーE
mが小さい場合にはエネルギーステップΔE
1も小さくなり、測定エネルギーE
mが大きい場合にはエネルギーステップΔE
1も大きくなる。したがって、測定エネルギーE
mがゼロに近い値のときに、エネルギーステップΔE
1が非常に小さくなってしまう。
【0062】
したがって、
図8に示すように、f(E
m)=max(αE
m,β)とし、エネルギーステップΔE
1はαとE
mの積であるが、αとE
mの積がβよりも小さい場合には、ΔE
1=βとする。これにより、測定エネルギーE
mがゼロに近い値のときに、エネルギーステップΔE
1が非常に小さくなってしまうという問題を解決できる。
【0063】
CRRモードでは、測定エネルギーEmとエネルギー分解能が比例する。そのため、測定エネルギーEmとチャンネル間の測定エネルギー差Dも比例する。したがって、比dを設定したときに、チャンネル間の測定エネルギー差Dの補正項(1+0.5・d・c・γ)を用いてαを算出する。
【0064】
2.3. ΔE1を算出するためのテーブル
上記のΔE1を示す式において、c、Ep、γ、Emは、値が決まっている。これに対して、β、α、dについては、値を設定しなければならない。ここで、αは、式α=d・(1+0.5・d・c・γ)から算出できるため、ΔE1を算出するために確定すべきパラメーターは、β、dとなる。
【0065】
例えば、テーブルを準備しておくことで、β、dを決定する。
図9は、βおよびdのテーブルの一例を示す図である。
図9では、CRRモードにてγ=0.2、定性分析を行う場合のテーブルを示している。
【0066】
図9に示すテーブルでは、スペクトルのピーク強度の変化が5%程度になるようにβの値およびdの値を設定している。定量分析を行う場合には、βとdを小さくしてピーク強度の変化がSN比と同程度以下になるようにβの値およびdの値を設定することが望ましい。このように、測定目的に応じてβの値およびdの値を変えることで、測定目的に応じたエネルギーステップΔE
1で測定ができる。
【0067】
βおよびdを設定するテーブルは、測定目的、エネルギー分解能、測定モード(CAEモード、CRRモード)に応じて、複数準備する。処理部60は、測定目的、エネルギー分解能、測定モードに応じてテーブルを参照し、βおよびdの値を設定し、エネルギーステップΔE1を算出する。
【0068】
2.3. 測定
電子分光装置100では、電子銃12から放出された電子線は、電子レンズ14によって集束されて試料S上に照射される。電子線が照射された試料Sからは、オージェ電子、二次電子等が放出される。
【0069】
試料Sから放出されたオージェ電子は、インプットレンズ32に入射し、静電レンズ33により減速され、静電半球型アナライザー34に入射する。入射したオージェ電子は、静電半球型アナライザー34でエネルギー分光され、静電半球型アナライザー34のエネルギー分散面においてエネルギー分散方向Aにエネルギー(運動エネルギー)に応じて分散される。
【0070】
エネルギーに応じて分散されたオージェ電子は、エネルギー分散方向Aに並んだ7個のチャンネルトロン42で検出される。7個のチャンネルトロン42で検出された電子は、チャンネルトロン42ごとに計数演算装置54で計数され、その計数結果が処理部60に送られる。
【0071】
スペクトルを収集する場合には、分光器30においてエネルギーステップΔE1でエネルギーを掃引しながら、分光された電子を7個のチャンネルトロン42で検出することを繰り返す。
【0072】
図10は、検出器40の各チャンネルトロン42の測定エネルギーを示す図である。
【0073】
例えば、1回目の測定n=1では、0chでエネルギーEAの電子が検出され、-1chでエネルギーEA-Dの電子が検出され、-2chでエネルギーEA-2Dの電子が検出され、-3chでエネルギーEA-3Dの電子が検出され、+1chでエネルギーEA+Dの電子が検出され、+2chでエネルギーEA+2Dの電子が検出され、+3chでエネルギーEA+3Dの電子が検出される。2回目の測定n=2では、0chでエネルギーEBの電子が検出され、-1chでエネルギーEB-Dの電子が検出され、-2chでエネルギーEB-2Dの電子が検出され、-3chでエネルギーEB-3Dの電子が検出され、+1chでエネルギーEB+Dの電子が検出され、+2chでエネルギーEB+2Dの電子が検出され、+3chでエネルギーEB+3Dの電子が検出される。ここで、エネルギーEBとエネルギーEAの差は、エネルギーステップΔE1である。すなわち、EB=EA+ΔE1である。また、3回目の測定n=3において0chで検出されるエネルギーECは、EC=EB+ΔE1=EA+Δ2E1である。また、4回目の測定n=4において0chで検出されるエネルギーEDは、ED=EC+ΔE1=EA+Δ3E1である。
【0074】
このようにして、分光器30においてエネルギーステップΔE1でエネルギーを掃引しながら繰り返し測定を行い、チャンネルごとにスペクトルを収集する。電子分光装置100では、7個のチャンネルに対応して7個のスペクトルを得ることができる。
【0075】
図11は、7個のスペクトルを示す図である。
図11は、チャンネルごとに、測定エネルギーと測定強度をプロットしたものである。
【0076】
電子分光装置100では、エネルギーステップΔE1で測定エネルギーを掃引しているため、各スペクトルは、離散的なデータとなる。1つのスペクトルのエネルギーステップ、すなわち、隣り合う測定点間の測定エネルギー差は、ΔE1である。なお、ここでは、CAEモードの例について説明したが、CRRモードではチャンネル間の測定エネルギー差DおよびエネルギーステップΔE1は、測定エネルギーに依存する。
【0077】
2.4. エネルギーステップΔE2の設定
電子分光装置100では、測定時のエネルギーステップΔE1とは別に、スペクトル生成時のエネルギーステップΔE2を設定する。これにより、測定時およびスペクトル生成時のそれぞれにおいて、最適なエネルギーステップを設定できる。
【0078】
電子分光装置100では、エネルギーステップΔE2は、エネルギーステップΔE1よりも小さく設定する(ΔE2<ΔE1)。例えば、エネルギーステップΔE2は、エネルギーステップΔE1の1/10以上1/2以下程度にする。すなわち、エネルギーステップΔE2は、(1/10)×ΔE1≦ΔE2≦(1/2)×ΔE1を満たす値とする。エネルギーステップΔE2をこのような範囲に設定することで、補完誤差とデータ量のバランスをとることができる。
【0079】
また、CRRモードでは、エネルギーステップΔE1は、測定エネルギーに応じて変化するが、CRRモードで測定された場合でも、エネルギーステップΔE2は、測定エネルギーによらず一定とすることもできる。
【0080】
2.5. 補完
図12は、7個のスペクトルの各々において、測定点を補完する処理を説明するための図である。
【0081】
7個のスペクトルの各々において、実際に測定された測定点間の測定点を計算により補完する。
図12に示す例では、実際に測定された測定点間を直線でつないで線形補完している。なお、測定点を補完する手法は特に限定されず、スプライン補完など線形補完以外の手法を用いて測定点を補完してもよい。線形補完することによって、各スペクトルのエネルギーステップを、エネルギーステップΔE
1からエネルギーステップΔE
2とすることができる。
図12に示す各スペクトルは、線形補完により測定点間を連続させたため、エネルギーステップΔE
2=0である。
【0082】
2.6. 積算
図13は、測定点が線形補完された7個のスペクトルを積算した結果を示すグラフである。
【0083】
図13に示すように、測定点が線形補完された7個のスペクトルを積算することで、1つのスペクトル(マルチスペクトル)を生成できる。
【0084】
図11に示すように、チャンネルトロン42には、検出感度のばらつきがある。
図13に示すように、測定点が線形補完された7個のスペクトルを積算することによって、検出感度のばらつきの影響を低減できる。したがって、電子分光装置100では、各チャンネルトロン42の検出感度のばらつきを補正しなくてもよい。
【0085】
上記では、測定点間を線形補完して連続させて、エネルギーステップΔE
2=0とした場合について説明したが、エネルギーステップΔE
2=0が計算できれば、エネルギーステップΔE
2がいかなる値であっても、同様の手法でマルチスペクトルを生成できる。例えば、
図13に示すスペクトルからエネルギーステップΔE
2に応じて測定点を抽出して、設定されたエネルギーステップΔE
2のマルチスペクトルを生成してもよい。また、例えば、測定点が補完された7個のスペクトルの各々において、エネルギーステップΔE
2となるように測定点を抽出した後に、測定点が抽出された7個のスペクトルを積算して、エネルギーステップΔE
2のマルチスペクトルを生成してもよい。
【0086】
なお、ここでは、測定点が補完された7個のスペクトルを積算して1つのマルチスペクトルを生成する場合について説明したが、測定点が補完された7個のスペクトルを平均して1つのマルチスペクトルを生成してもよい。
【0087】
2.7. 補完計算と比d
図12に示す7個のスペクトルを積算する際に、各スペクトルの測定エネルギーが一致しないことが望ましい。
【0088】
図14は、7個のスペクトルの測定エネルギーが一致しない場合を示す図である。
図15は、各スペクトルの測定エネルギーが一致している場合を示す図である。
【0089】
図15に示すように、各スペクトルの測定エネルギーが一致している場合、実際に測定された測定点がなく補完された測定点のみのエネルギー範囲Rが広い。
【0090】
これに対して、
図14に示すように、各スペクトルの測定エネルギーが一致していない場合、実際に測定された測定点がばらけるため、補完された測定点のみのエネルギー範囲Rを狭くできる。
【0091】
ここで、補完された測定点の強度のSN比は、実際に測定された測定点のSN比とは異なる。
図16は、実際に測定された測定点のSN比と補完された測定点のSN比を説明す
るための図である。
【0092】
実際に測定された測定点における強度I1がポアソン分布に従う場合、強度I1のSN比はI11/2である。同様に、強度I2のSN比はI21/2である。線形補完によりI3を計算すると、α=(E3-E1)/(E2-E1)として、I3=(1-α)I1+αI2である。したがって、強度I3のSN比は、以下のように表される。
【0093】
【0094】
内挿では、0≦α≦1であり、補完された測定点の強度値のSN比は、ポアソン分布に従う場合の強度値のSN比以上となる。このように、補完することによってSN比が変わるため、この影響が特定の測定エネルギーに集中しないように、エネルギーステップΔE1を設定する。
【0095】
ここで、比dを変更すると、エネルギーステップΔE
1が変わる。したがって、比dを、各スペクトルの測定エネルギーができるだけ一致しないように設定する。例えば、比dを1よりも小さい値とする。比d=1の場合、すなわち、
図15に示すように、エネルギーステップΔE
1とチャンネル間の測定エネルギー差Dが等しい場合、各スペクトルの測定エネルギーが一致してしまう。これに対して、比dを1よりも小さい値とすることによって、比dが1の場合と比べて、一致する測定エネルギーの数を減らすことができ、補完された測定点のみのエネルギー範囲Rを狭くできる。
【0096】
また、例えば、チャンネルトロン42の数をNCとした場合、比dをd=NC/(NC+1)と設定する。これにより、各スペクトルの測定エネルギーを一致させないことができる。なお、比dは、上記に限定されず、比dを、d=NC/(NC+NN)などとしてもよい。ただし、NNは、NCの1以外の約数の倍数ではない自然数である。
【0097】
3. 処理
図17は、処理部60の処理の一例を示すフローチャートである。
【0098】
処理部60は、まず、測定条件を設定する(S100)。
【0099】
処理部60は、ユーザーによる、モードの選択、開始エネルギー、終了エネルギー、およびエネルギー分解能の指定を受け付ける。
【0100】
処理部60は、指定されたエネルギー分解能に基づいて、エネルギーステップΔE1を設定する。例えば、処理部60は、測定モードおよびエネルギー分解能ごとに準備された、βとdのテーブルから、指定された測定モードおよびエネルギー分解能に対応するβとdの値を取得する。処理部60は、CAEモードでは、上述した式(1)からエネルギーステップΔE1を算出し、CRRモードでは、上述した式(3)からエネルギーステップΔE1を算出する。
【0101】
なお、上述したように、エネルギーステップΔE1は、各スペクトルの測定エネルギーが一致しないように設定されることが好ましい。
【0102】
次に、処理部60は、分光器30においてエネルギーステップΔE
1でエネルギーを掃
引し、分光器30でエネルギー分光された電子を7個のチャンネルトロン42で検出して得られた7個のスペクトルを取得する(S102)。処理部60は、分光器制御装置52を介して分光器30に、処理S100で設定したエネルギーステップΔE
1でエネルギーを掃引させ、チャンネルトロン42ごとに計数された電子の計数結果を、計数演算装置54から取得する。これにより、
図11に示すように、7個のスペクトルを取得できる。
【0103】
次に、処理部60は、エネルギーステップΔE2を設定する(S104)。処理部60は、エネルギーステップΔE2をエネルギーステップΔE1よりも小さく設定する(ΔE2<ΔE1)。処理部60は、例えば、生成されたスペクトルの表示や、スペクトルの解析に最適なエネルギーステップにエネルギーステップΔE2を設定する。
【0104】
次に、処理部60は、7個のスペクトルの各々において、補完計算を行うことによって測定点を補完する(S106)。処理部60は、例えば、線形補完により測定点を補完する。これにより、
図12に示すように、7個のスペクトルの各々において、測定点を補完することができる。
【0105】
次に、処理部60は、測定点が補完された7個のスペクトルを積算して、1つのスペクトル(マルチスペクトル)を生成する(S108)。これにより、
図13に示すように、マルチスペクトルを生成できる。
【0106】
処理部60は、生成されたマルチスペクトルを表示部に表示させ、処理を終了する。なお、処理部60は、生成されたマルチスペクトルを微分して微分スペクトルを生成し、生成した微分スペクトルを表示部に表示させてもよい。
【0107】
4. エネルギーステップΔE1について
測定時のエネルギーステップΔE1が大きくなるほど、測定時間を短くでき、ノイズを小さくできる。しかしながら、測定時のエネルギーステップΔE1が大きくなるほど、スペクトルのピークが歪む。このように、ノイズとスペクトルのピークの歪みがトレードオフの関係にある。
【0108】
以下では、エネルギーステップΔE1とエネルギーステップΔE2の比を変化させたときの、ノイズおよびスペクトルのピークの歪みについて説明する。ここでは、チャンネルトロンの数を7として説明する。
【0109】
(1)エネルギーステップとノイズの関係について
オージェ電子分光法では、バックグラウンドの影響を低減するために、微分されたスペクトルが用いられる。
【0110】
nを自然数としたとき、(2n+1)点による微分は次式で表される。
【0111】
【0112】
ただし、N(E)はエネルギーEでの電子の強度、D(E)はエネルギーEでの電子の強度の微分、ΔEはエネルギーステップである。n=3とすると7点微分となり、次式が得られる。
【0113】
【0114】
測定の開始エネルギーをE0とすると、電子の強度は、以下のようになる。
【0115】
【0116】
これを、以下のように表す。
【0117】
【0118】
微分も同様に表す。
【0119】
【0120】
任意の整数mにて、Nmの7点微分は次式で表される。
【0121】
【0122】
スペクトル強度は、ポアソン分布に従うため、Nmのノイズレベルσmは以下のように表される。
【0123】
【0124】
Nmは信号成分Smとノイズ成分σmの和で表される。
【0125】
【0126】
そのため、Nmの7点微分は以下のようになる。
【0127】
【0128】
だたし、DsmはDmの信号成分、DσmはDmのノイズ成分である。
【0129】
以下では、Sm-3~Sm+3の強度はほぼ等しいと仮定する。σm-3~σm+3を確率変数としてみた場合、σm-3~σm+3の分散は、ほぼ等しいとみなすことができる。
【0130】
以下では、スペクトル測定時のエネルギーステップΔE1を測定ステップと呼び、Savitzky-Golay法による微分計算時のエネルギーステップΔE(ΔE2)を微分ステップと呼ぶ。
【0131】
まず、ΔE1/ΔE2=1、すなわち、測定ステップと微分ステップが等しい場合のノイズレベルを求める。
【0132】
各測定エネルギーでのノイズ成分は独立(確率変数が独立)である。そのため、強度Nmのノイズ成分σmは以下のようになる。
【0133】
【0134】
上記式からエネルギーステップΔEが大きいほどノイズレベルが小さくなることがわかる。ただし、微分計算するためのエネルギー幅はΔEに比例するため、微分計算時のエネルギー幅とノイズレベルにはトレードオフの関係がある。
【0135】
次に、ΔE1/ΔE2=2、すなわち、測定ステップが微分ステップの2倍のときのノイズレベルを求める。
【0136】
測定ステップが微分ステップの2倍になる場合、測定ステップを2・ΔEとし、微分ステップをΔEとすればよい。
【0137】
Savitzky-Golay法による微分計算を行うため、測定ステップ2・ΔEのスペクトルを直線補完によりステップ変換を行う。
【0138】
【0139】
これに対して、直線補完は以下のようになる。
【0140】
【0141】
このときのDσmはmが偶数のときと奇数のときで異なる。
【0142】
mが偶数(m modulo2=0)のときは、Dσmは次式のようになる。
【0143】
【0144】
mが奇数(m modulo2=1)のときは、Dσmは次式のようになる。
【0145】
【0146】
自然数Mに対してΔE1/ΔE2=M、すなわち、測定ステップが微分ステップのM倍のとき、ノイズレベルの計算結果のみを以下に示す。
【0147】
【0148】
図18は、測定ステップが微分ステップのM倍のときのノイズレベルの計算結果を表すグラフである。なお、
図18に示すグラフでは、ノイズレベルをM=1でのD
σmを1として規格化している。
【0149】
上記のノイズレベルの計算結果を示す表およびグラフでは、測定ステップが異なるため、測定時間も異なる。測定ステップが大きくなるほど、各測定エネルギーでの測定時間を長くすることで、M=1での測定時間と同じ測定時間になるように規格化する。
【0150】
測定ステップがM倍のとき、測定時間もM倍となり、スペクトル強度もM倍となる。そのため、SN比はM1/2倍向上する。
【0151】
図19は、M=1での測定時間で規格化したD
σmを示すグラフである。
図19に示すグラフから測定ステップを大きくするとノイズ成分が小さくなることがわかる。例えば、測定ステップを4倍にすると、ノイズ成分は約1/2になる。
【0152】
測定ステップと微分ステップが異なる場合、N(E)の内挿を行ってから微分計算を行った。ここでは、測定時のエネルギーと微分時のエネルギーを0以上ΔE以下でシフトさせる。
【0153】
測定時のエネルギーE0、E0+ΔE、E0+2・ΔE、・・・における電子のカウン
ト数N0、N1、N2、・・・は、以下のように表される。
【0154】
【0155】
微分時のエネルギーを(1/2)・ΔEだけシフトした場合、以下のように内挿する。
【0156】
【0157】
また、エネルギーを(fn/fd)・ΔEだけシフトした場合、以下の計算式で内挿する。
【0158】
【0159】
測定時のエネルギーをシフトすると、隣り合ったエネルギーステップでノイズ成分の独立成分と従属成分が変化する。よって、微分時のDσmも変化する。
【0160】
図20は、M=1での測定時間で規格化したD
σmである。ただし、微分時のエネルギ
ーを(1/2)・ΔEだけシフトしてからD
σmを計算した。
【0161】
図21は、微分時のエネルギーシフトがゼロ、および(1/2)・ΔEの場合を比較したグラフである。なお、各項目の左側の棒がシフトがゼロの場合であり、右側の棒がシフトが(1/2)・ΔEの場合である。
【0162】
微分時のエネルギーをシフトするか否かに関わらす、Mを大きくするほどノイズレベルが小さくなることがわかる。また、微分時のエネルギーをシフトしてから内挿した場合であっても、ノイズレベルの変動量は数十パーセントであり、ノイズレベルが2倍以上変化しない。
【0163】
この特徴はシフトがゼロの場合、およびシフトが(1/2)・ΔEの場合だけでなく、0以上ΔE以下のいかなるシフトでも同様と考えられる。
【0164】
電子分光装置で取得したスペクトルは、多チャンネルの信号を積算して1つのスペクトルとする。ただし、多チャンネルの検出器で同時に取得できる電子のエネルギーは異なるため、各チャンネルの信号のエネルギー変換を行う。エネルギー変換後の信号強度は内挿によって計算する。
【0165】
ここで、Dσmに対して、Mごとに剰計(m modulo M)の平均を計算する。さらに、Dσmに対して、Mごとにシフトがゼロの場合、および(1/2)・ΔEの場合の平均を計算する。
【0166】
図22は、D
σmを平均した結果を示すグラフである。
図22に示すグラフでは、測定ステップが微分ステップの整数倍のときのノイズレベルの概算を示している。
図22に示すグラフから、測定ステップを大きくしたときのノイズレベルの変化を見積もることができる。
【0167】
測定ステップと微分ステップが異なる場合であってもスペクトル生成時のノイズレベルの概算は見積り済みである。見積もった結果からは、測定ステップが大きくなるほど、ノイズレベルが小さくなることがわかる。
【0168】
(2)エネルギーステップとスペクトルの歪みについて
次に、測定ステップとスペクトルのピークの歪みの関係について説明する。
【0169】
図23は、分解能関数を示す図である。
図23に示す分解能関数は、2000eVにピークがあり、ΔE(半値全幅)が12eVである。なお、ここでは、便宜上、分解能関数をガウス分布で図示している。
【0170】
2000eV付近にてピークの最大強度の半分の強度を検知するためには、測定ステップを12eV(ΔE)以下にする必要がある。ただし、オージェ電子ピークの定性分析では、ピーク形状の情報も利用するため、測定ステップは、ΔEよりも極めて小さくする必要がある。
【0171】
図24は、測定ステップを変化させたときの分解能関数を示す図である。測定していないエネルギーについては内挿している。
図24では、測定ステップをΔE=1eVから12eVまで1eVずつ変化させたときの分解能関数を図示している。
図25は、測定ステップを変化させたときの分解能関数を7点微分した結果を示すグラフである。
【0172】
図26は、
図24に示す分解能関数の測定開始エネルギーを+2eVずらしたときの分
解能関数およびその微分結果を示すグラフである。
図27は、
図24に示す分解能関数の測定開始エネルギーを+4eVずらしたときの分解能関数およびその微分結果を示すグラフである。
図28は、
図24に示す分解能関数の測定開始エネルギーを+6eVずらしたときの分解能関数およびその微分結果を示すグラフである。
【0173】
図25~
図28に示すように、測定ステップが大きくなると、微分波形が歪んでいることがわかる。特に測定ステップが微分計算時のエネルギー幅を超えると、図示の例では6eVを超えると、微分波形の歪みが大きくなっている。測定開始エネルギーを変化させると、分解能関数の微分波形も変化する。
【0174】
図29は、7個のスペクトルを積算した結果を示している。
図29に示すように、7個のスペクトルを積算することで、波形がなめらかに連続する。ただし、測定ステップが大きくなるほど波形は歪む。
【0175】
図24~
図29に示す結果から、
図23に示す分解能関数に対しては、測定ステップが4eV以下でピークの波形が歪まないことがわかる。
【0176】
5. 効果
電子分光装置100では、処理部60は、分光器30において第1エネルギーステップΔE1(測定ステップ)でエネルギーを掃引し、分光器30でエネルギー分光された電子を複数のチャンネルトロン42で検出して得られた、複数の第1スペクトルを取得する処理と、複数の第1スペクトルの各々において測定点を補完する処理と、測定点が補完された複数の第1スペクトルに基づいて、第1エネルギーステップΔE1よりも小さい第2エネルギーステップΔE2の第2スペクトル(マルチスペクトル)を生成する処理と、を行う。そのため、電子分光装置100では、例えば、特定の1つのチャンネルトロンで電子を検出する場合と比べて、測定回数を低減できる。したがって、電子分光装置100では、スペクトルを収集するための測定時間を短くできる。
【0177】
電子分光装置100では、スペクトル生成時のエネルギーステップΔE2は、測定時のエネルギーステップΔE1と異なる。そのため、電子分光装置100では、測定時およびスペクトル生成時のそれぞれにおいて、最適なエネルギーステップを設定できる。したがて、電子分光装置100では、スペクトルの測定に最適なエネルギーステップと、生成されたスペクトルを表示する際や、スペクトルの解析に最適なエネルギーステップが異なる場合であっても、それぞれに最適なエネルギーステップを設定できる。
【0178】
電子分光装置100では、処理部60は、測定点が補完された複数の第1スペクトルを積算または平均して、第2スペクトルを生成する。このように、測定点が補完された第1スペクトルを積算または平均することによって、検出感度のばらつきの影響を低減できる。したがって、電子分光装置100では、各チャンネルトロン42の検出感度を補正しなくてもよい。
【0179】
電子分光装置100では、処理部60は、エネルギー分解能の指定を受け付ける処理と、エネルギー分解能に基づいてエネルギーステップΔE1を設定する処理と、を行う。そのため、電子分光装置100では、ユーザーがエネルギーステップΔE1を設定しなくてもよい。
【0180】
電子分光装置100では、処理部60は、エネルギー分解能に基づいて隣り合うチャンネルトロン42間の測定エネルギー差とエネルギーステップΔE1の比dを設定し、比dに基づいてエネルギーステップΔE1を設定する。比dに基づいてエネルギーステップΔE1を設定することによって、容易にエネルギーステップΔE1を設定できる。
【0181】
電子分光装置100では、処理部60は、複数の第1スペクトルの各々の測定エネルギーが一致しないようにエネルギーステップΔE
1を設定する。これにより、
図14および
図15に示す補完された測定点のみのエネルギー範囲Rを狭くできる。
【0182】
例えば、電子分光装置100では、処理部60は、比dを1よりも小さい値に設定する。比dを1よりも小さい値とすることによって、比dが1の場合と比べて、複数の第1スペクトルの各々において、一致する測定エネルギーの数を減らすことができる。これにより、
図14および
図15に示す補完された測定点のみのエネルギー範囲Rを狭くできる。
【0183】
電子分光装置100を用いた分析方法は、分光器30において第1エネルギーステップΔE1でエネルギーを掃引し、分光器30でエネルギー分光された電子を複数のチャンネルトロン42で検出して、複数の第1スペクトルを取得する工程と、複数の第1スペクトルの各々において測定点を補完する工程と、測定点が補完された複数の第1スペクトルに基づいて、エネルギーステップΔE1よりも小さい第2エネルギーステップΔE2の第2スペクトルを生成する工程と、を含む。このような分析方法では、例えば、特定の1つのチャンネルトロンで電子を検出する場合と比べて、測定回数を低減できる。したがって、電子分光装置100を用いた分析方法では、スペクトルを収集するための測定時間を短くできる。
【0184】
なお、上述した実施形態では、電子分光装置としてオージェ電子分光装置を説明したが、試料に照射する一次プローブは電子に限定されず、試料から電子を放出させるものであればよい。例えば、一次プローブをX線としてもよい。すなわち、本発明に係る電子分光装置は、X線光電子分光装置であってもよい。
【0185】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0186】
10…電子線照射装置、12…電子銃、14…電子レンズ、16…偏向器、20…試料ステージ、30…分光器、32…インプットレンズ、33…静電レンズ、34…静電半球型アナライザー、35a…内半球電極、35b…外半球電極、40…検出器、42…チャンネルトロン、50…照射制御装置、52…分光器制御装置、54…計数演算装置、60…処理部、100…電子分光装置