(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-11
(45)【発行日】2024-11-19
(54)【発明の名称】携行型時計におけるタイムレート変化の補償
(51)【国際特許分類】
G04D 7/00 20060101AFI20241112BHJP
【FI】
G04D7/00 Z
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022197713
(22)【出願日】2022-12-12
【審査請求日】2022-12-12
(32)【優先日】2021-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】507276380
【氏名又は名称】オメガ・エス アー
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】レオナルド・テストーリ
【審査官】吉田 久
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-215323(JP,A)
【文献】特開2017-161509(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04D 1/00-99/00
G04B 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐水性の携行型時計(1)の温度に応じてタイムレートを補償する方法であって、
前記携行型時計(1)の耐水性のケース(2)は、発振器(4)を備えるムーブメント(3)を収容し、
前記ケース(2)は、初期タイムレート設定後の工場出荷の際に理想気体の法則に実質的に従う定数Rの気体nモルが占める、内部体積Vを形成し、
前記ムーブメント(3)の圧力係数C
pは、前記気体の圧力Pに応じた前記ムーブメント(3)のタイムレートの比較的線形的な変化を定める、測定及び/又は計算によって、工場にて判断され、
前記ムーブメント(3)の湿度係数C
hの値は、前記ムーブメント(3)内における湿度Hに応じた前記ムーブメント(3)のタイムレートの最大の比較的線形的な変化を定める、測定及び/又は計算の後に、工場にて判断され、
前記発振器(4)の熱係数C
tの最適値C
toは、温度Tに応じた前記発振器(4)のタイムレートの比較的線形的な変化を定めるように計算され、
前記最適値C
toは、式、
C
to = -[C
p・(n・R)/V]-[(C
h・H)/T]
に従って圧力と湿度の偏差を補償するように意図されており、
前記携行型時計(1)は、アフターセールス用途のため又は工場にてケースを閉じるときに、前記ケース(2)内における、圧力P、及び/又は前記気体の性質とその定数R、及び/又は前記気体の量とそのモル数n、及び/又は温度T、を変えるように構成している補償手段(10)を備え、あるいは
工場における準備のために、前記発振器(4)が備える弾性戻し手段の熱係数は、酸化物層の厚みを変えること、及び/又は被覆の堆積、及び/又は局所的アブレーションによって、変えられ、かつ/又は前記携行型時計内の気体のモル数及び/又は前記携行型時計内の気体の性質が変えられ、かつ/又は前記ケース(2)の内部体積が変えられる
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記圧力P及び/又は前記モル数nは、前記ケース(2)を閉じる前に、圧力Pを変えること、及び/又は前記携行型時計(1)の温度Tを変えることによって、変えられる
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ムーブメント(3)の前記湿度係数C
hは、値0であるように判断され、
前記発振器(4)の前記熱係数C
tの最適値C
toは、式、
C
to = -[C
p・(n・R)/V]
によって計算される
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記補償手段(10)は、アフターセールス用途のために、アフターセールス技術者が前記ケース(2)の内部体積を変えることを可能にする耐水性の体積制御デバイス(5)、及び/又は少なくとも1つの気体注入又は放出用導管(6)、及び/又は制御された一時的な内部温度の上昇のための熱的デバイス(7)を備える
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記体積制御デバイス(5)は、前記ケース(2)にて動くことが可能であり外部におけるマイクロメトリック制御の作用の下でユーザーには提供されない特別な工具によってねじ回しをして所定の位置にロック可能である1つのピストンを備える
ことを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記気体注入又は放出用導管(6)は、ユーザーには提供されない特別な工具によって所定の位置にロックすることができる
ことを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記熱的デバイス(7)は、光エネルギーを変換する手段、及び/又はエネルギーを蓄積する手段を備える
ことを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記発振器(4)の前記弾性戻し手段は、ケイ素及び/又は酸化ケイ素によって作られ、
工場における準備中に、前記ケイ素及び/又は酸化ケイ素の層の厚みを変えることによって、前記弾性戻し手段の前記熱係数を変える
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記発振器(4)の前記弾性戻し手段は、「LIGA」法によって薄い弾性ストリップ状となるように作られ、
工場における準備中に、前記発振器(4)が備える前記弾性戻し手段の熱係数は、被覆を堆積させること、及び/又は局所的なアブレーションによって変えられる
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記発振器(4)の前記弾性戻し手段は、延伸法又は圧延法によって薄い弾性ストリップ状となるように作られ、
工場における準備中に、前記発振器(4)が備える前記弾性戻し手段の熱係数は、被覆を堆積させること、及び/又は局所的なアブレーションによって変えられる
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項11】
工場における準備中に、前記携行型時計のタイムレートが温度に依存しないように計算によって定められる圧力下で前記ケース(2)を閉じること、あるいは前記携行型時計のタイムレートが温度に依存しないように計算によって定められる温度にて前記ケース(2)を閉じてその後に前記ケース(2)を徐冷することによって、前記携行型時計内の気体のモル数を変える
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項12】
工場における準備中に、前記携行型時計のタイムレートが温度の影響を受けないように前記熱係数C
tを適切に調整するように、前記定数Rの値が異なる新しい気体又は混合気体によって前記携行型時計が収容する気体を完全又は部分的に交換することによって、携行型時計が収容する気体の性質を変える
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記ケース(2)は、前記気体の前記交換の後に密閉されて、特別な工具を持っていないユーザーによる作用を防ぐ
ことを特徴とする請求項12に記載の方法。
【請求項14】
工場における準備中に、外部からのマイクロメトリック制御の作用下で、ユーザーには提供されない特別な工具によってねじ回しをして所定の位置にロック可能な少なくとも1つのピストンの移動量を調整することによって、前記ケース(2)の内部体積を変える
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項15】
工場における準備中に、前記ケース(2)内に収容される気体又は混合気体を乾燥させて湿度Hを低下させる
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項16】
工場における準備中に、前記ケース内にデシケーターを挿入して、残留湿度Hを固着させる
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項17】
耐水性の携行型時計(1)であって、
前記携行型時計(1)の耐水性のケース(2)は、発振器(4)を備えるムーブメント(3)を収容し、
前記携行型時計(1)は、補償手段(10)を備え、
前記補償手段(10)は、制御された一時的な内部温度の上昇のための熱的デバイス(7)を備え
る
ことを特徴とする携行型時計(1)。
【請求項18】
前記補償手段(10)は、アフターセールス技術者が前記ケース(2)の内部体積を変えられるようにする耐水性の体積制御デバイス(5)、及び/又は少なくとも1つの耐水性の気体注入又は放出用導管(6)をさらに備え
、前記体積制御デバイス(5)、及び/又は前記少なくとも1つの耐水性の気体注入又は放出用導管(6)のそれぞれは、ユーザーには提供されない特別な工具によって所定の位置にロック可能である
ことを特徴とする、請求項17に記載の携行型時計(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水性の携行型時計(例、腕時計、懐中時計)の温度に応じてタイムレートを補償する方法に関し、前記携行型時計のケースは、発振器を備えるムーブメントを収容し、前記ケースは、初期のタイムレート設定後の工場出荷の際に、理想気体の法則に実質的に従う定数Rの気体nモルが占める内部体積Vを形成する。
【0002】
本発明は、さらに、特にアフターセールスにおける操作の間に、この方法の実行に適した携行型時計に関する。
【0003】
本発明は、機械式又は電気機械式の携行型時計のタイムレート調整の分野に関する。
【背景技術】
【0004】
携行型時計のタイムレートは、多くのパラメーターの影響を受ける。例えば、携行型時計の空間的な位置、潤滑、摩耗、エネルギー源を形成するばねのワインド、摩擦、そして、当然、携行型時計が配置される環境の物理的パラメーターである。なお、これに限定されない。
【0005】
携行型時計の製造業者は、温度によるタイムレートの変化について、常に関心がある。発振器の弾性戻し手段は、特に、温度変化の影響を受けやすい。この弾性戻し手段が1つ又は複数のバランスばねを備える場合、各バランスばねの熱係数Ctによって、ムーブメントのタイムレートが温度に応じて変わる。例として、計算を単純化するために、熱係数Ctに応じてタイムレートが実質的に線形的に変わると考えることができる。
【0006】
ムーブメントの精度を改善するために、熱係数が0秒/日/Kとなることを目標とする。このようなパラメーターであれば、温度変化がムーブメントのタイムレートに影響を与えることはないはずである。同じムーブメントを搭載する製品の熱係数の典型的な分布は、ベル型よりも三角形のピークに近い対称的な曲線である。
【0007】
携行型時計の製造において、ムーブメントのタイムレートが、そのムーブメントが配置されている媒体の圧力に応じて変わることが知られている。これに対して、いくつかの説明をすることができる。例えば、取り込まれた空気の密度が変わると発振器の慣性(バランスと取り込まれた空気の慣性)が変わり、その結果、慣性も変わるということである。バランスと空気の場合は特定の場合であり、一般的には、慣性質量と、気体又は混合気体について言及される。様々な実験を行った結果、圧力が下がればタイムレートが上がることがわかった。
【0008】
したがって、媒体の温度、ユーザーの体温、温度に応じた携行型時計のケースの膨張又は収縮、その場所の圧力、高度、湿度のような、物理パラメーターの変化に応じて携行型時計のタイムレートを補償する必要がある。しかし、特に温度や圧力の変化に固有の問題に対処するための、単純な開発は行われていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、温度と圧力に基づく携行型時計のタイムレートの変化の補償に関する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような状況で、本発明は、請求項1に記載の、耐水性の携行型時計の温度に応じてタイムレートを補償する方法に関する。
【0011】
また、本発明は、特にアフターセールスの操作の間におけるこの方法の実行に適した携行型時計に関する。
【0012】
添付の図面を参照しながら以下の詳細な説明を読むことによって、本発明の目的、利点及び特徴が一層明確になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】3つの異なる携行型時計のムーブメントについての、x軸に圧力をhPaで、y軸にタイムレートを秒/日で示している、3つのグラフを重ね合わせている。
【
図2】同じ計時器用ムーブメントについての、x軸に時間を日で、y軸に圧力をhPaで示している、2つのグラフを重ね合わせており、一方は、理想気体の法則で計算したものを実線で、他方は、測定値を示している。
【
図3】耐水性のケースがムーブメントを収容している携行型時計を概略的に示している。このムーブメントは、補償手段を備える発振器を備え、この補償手段は、ケースの内部体積を変えるための耐水性の体積制御デバイスと、耐水性の気体注入又は放出用導管と、制御された一時的な内部温度の上昇のための熱的デバイスを備える。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、温度と圧力に基づく携行型時計のタイムレート変化の補償に関する。
【0015】
圧力下の容器内で行った実験において、圧力が大気圧(970hPa)から200hPaまで変化する場合における、x軸に圧力をhPaで、y軸にタイムレート変化を秒/日で示された、タイムレート変化が、比較的良い線形性を示した。
図1は、様々な伝統的な機械式ムーブメントに対して試行錯誤して行った測定の結果を示している。圧力に応じた、日ごとのタイムレートは、他の条件がすべて同じであれば、概して非常に線形的な経過を示し、各傾きは、上の曲線が(-0.0206)、中央の曲線が(-0.0161)、下の曲線が(-0.0145)である。
【0016】
図1に示している携行型時計とは異なるキャリバー径を有する携行型時計で実験したところ、約570mの高度差で1日1.95秒程度のタイムレートの変化を示した。
p(h) = 1013.25・(1-(0.0065・h/288.15)
5.255
の高度の式に基づいて、このキャリバー径の場合の高度に応じたタイムレート変化が、0.03秒/日/hPa程度であることがわかる。この値は、圧力係数C
pと呼ばれる。
【0017】
ここで、温度に応じた圧力変化については、理想気体の法則(P・V = n・R・T)が状況を表すために十分であることを仮定する。
【0018】
閉じられた携行型時計内において、形成される空気の体積は、与えられるものであり有限であるものと考えられる(漏れがゼロであると仮定する)。また、携行型時計の内部と外部の圧力差は、携行型時計を歪ませるほどのものではないと仮定する。携行型時計内において形成される体積は、変わらず、一定である。
【0019】
この実験から、これらの近似が比較的正しいことがわかった。
図2において、測定した圧力を、P = (n・R/V)・Tの理想気体の法則に基づく理論的圧力と比較している。測定結果と理論的な近似が比較的同等であることが観測された。また、実験によって、耐水性の携行型時計において、携行型時計の内部とその携行型時計の周囲の媒体との圧力差が大きくても、漏れが比較的少ないことがわかった。そこで、携行型時計が完全に耐水性であると仮定する。
【0020】
初期の仮定から、携行型時計からの漏れはゼロと考えられ、携行型時計ケースが歪むことはなく、収容される気体が変わらないことがわかった。したがって、パラメーターn、R及びVが一定であると結論づけることができる。このために、圧力は、温度に応じて線形的に変わる。
【0021】
本発明は、主に、温度と圧力の変化を補償することを提案するものである。これらの温度と圧力の変化の影響が打ち消し合う(ないし最小化する)ように反対に作用させるように組み合わせることを狙う。ユーザーにとっての最大の利点は、着用時の携行型時計の精度が向上することである。
【0022】
湿度の影響は、温度や圧力の影響と比べて小さい。稼働状態を想定すると、携行型時計の通常の範囲内であれば、気温や気圧の変化に応じた湿度レベルの変化はほとんどない。この変化を無視して、近似計算をすることができる。
【0023】
計算を単純にするために、以下のように仮定する。
- 携行型時計内の圧力は、温度に応じて実質的に線形的に変わる。
P = [(n・R)/V]・T
- 発振器、特にばねバランス、の熱係数Ctによって、ムーブメントのタイムレートが実質的に線形的に変わる。
m(T) = Ct・T
- ムーブメントのタイムレートは、気体の圧力に応じて実質的に線形的に変わる。
m(P) = Cp・P
【0024】
したがって、本発明は、耐水性のケース2が、発振器4を備えるムーブメント3を収容するような、耐水性の携行型時計1の温度に応じてタイムレートを補償する方法に関する。このケース2は、初期タイムレート設定後の工場出荷の際に、理想気体の法則に実質的に従う定数Rの気体nモルが占める内部体積Vを含む。定数R(すなわち、アボガドロ数)は既知である。それは、携行型時計内に入っている気体(ここでは概して空気)に依存する。モル数nは、携行型時計を閉じたときの状態(例えば、大気圧、温度、又は裏蓋の閉じとロック)に依存する。
【0025】
形成される体積Vは、ケースの形状に依存する。場合によっては、この点に影響を与えるために外側部品の設計を変えることができる。
【0026】
本発明によると、ムーブメント3のこの圧力係数Cpは、気体(場合によっては混合気体)の圧力Pに応じたムーブメント3のタイムレートについての比較的線形的な変化を定める、測定及び/又は計算によって、工場にて判断される。ムーブメントの圧力係数Cpは、実験的に測定することができ、また、理論的に計算することもできる。この圧力係数Cpは、各ムーブメントに依存する。
【0027】
同様に、ムーブメント3の湿度係数Chの値は、ムーブメント3内における湿度Hに応じたムーブメント3のタイムレートについての最大の比較的線形的な変化を定める、測定及び/又は計算の後に、工場にて判断される。すなわち、m(H) = Ch・Hである。線形的な変化とはならない場合は、タイムレート/湿度のグラフの最大の接線の最大傾き値を考える。
【0028】
温度Tに応じた発振器4のタイムレートについての比較的線形的な変化を定める、発振器4の熱係数Ctの最適値Ctoを計算する。この最適値Ctoは、式、
Cto = -[Cp・(n・R)/V]-[(Ch・H)/T]
に従って圧力と湿度の偏差を補償するように意図されている。
【0029】
実際に、(ムーブメントではなく)携行型時計の精度を高めるために、
m(T)+m(P)+m(H) = 0
の関係を確立することができる。これから、上記の値Ctoが得られる。実際に、Ctoは、圧力、温度及び湿度に寄与することができるタイムレート偏差の合計がゼロとなる最適値である。そうでなければ、Ctoは、このタイムレート偏差の合計が最小となる値である。
【0030】
Cto = -[Cp・(n・R)/V]-[Ch・H/T]
【0031】
本実施形態においては、熱係数と圧力係数が一定であり、温度に応じて線形的にタイムレートが変わると考えた。これらのパラメーターが温度に応じて非線形的な法則に従う場合、同様のモデルを構築することができる。
【0032】
相対湿度が温度に応じて変わり、携行型時計のタイムレートが湿度の変化に応じて(Chを介して)変わることを考えると、この理論モデルには、湿度パラメーターが組み込まれている。しかし、このパラメーターは、タイムレートに対する湿度の影響が温度の影響よりもかなり小さい温度領域においては無視できる。単純化された計算において、ムーブメント3の湿度係数Chは、値ゼロに判断される。(ムーブメントではなく)携行型時計の精度を高めるために、
m(T)+m(P) = 0
である単純化された関係を確立することができ、これから、発振器4の熱係数Ctの最適値Ctoが、理想気体の法則に従って、式、
Cto = -[Cp・(n・R)/V]
に従って計算される。
【0033】
この方法を、初期の工場での設定を行うか、アフターセールス操作を行うかに応じて、異なるように実行することができる。アフターセールスの場合、雰囲気が制御されたチャンバーがあることは難しかったり不可能であったりするが、エンドユーザーが所有することができない特殊な工具を使ってアフターセールス技術者が設定を行えるようにすることが必要である。工場での設定においては出荷の際には、広い範囲に対応することができる。なぜなら、制御された雰囲気や制御された温度において配置する手段や、アフターセールスに特化して設計された手段を組み合わせることができるからである。
【0034】
このように、本発明によれば、
- アフターセールスのアプリケーションの場合又は工場にてケースを閉じたときに、携行型時計1は、前記ケース2内における、圧力P、及び/又は気体の性質とその定数R、及び/又は気体の量とそのモル数n、及び/又は温度Tを変えるように構成している補償手段10を備え、あるいは
- 工場における準備の場合、発振器4が備える弾性戻し手段の熱係数は、酸化物層の厚みを変えること、及び/又は被覆を堆積させること、及び/又は局所的なアブレーション、及び/又は携行型時計内の気体のモル数を変えること、及び/又は携行型時計内の気体の性質を変えること、及び/又はケース2の内部体積を変えること、によって変える。
【0035】
具体的には、ケース2を閉じる前に、圧力P及び/又はモル数nを、圧力P、及び/又は携行型時計1の温度Tを変えることによって変える。
【0036】
式、
Ct = -[Cp・(n・R)/V]
は、発振器4の熱係数Ctが、携行型時計1のケース2内の環境(存在する定数Rの気体、携行型時計内の体積V、携行型時計内のモル数n)によって圧力係数Cpとリンクしていることを表している。携行型時計を温度の影響を受けないようにする(又は鈍感にする)ために、以下のパラメーターに対して単独又は組み合わせてはたらきかけることができる。
- 発振器4の熱係数Ct
- 存在する気体又は混合気体の性質にリンクしている定数R
- 携行型時計1のケース2内において形成される体積V
- 存在する気体の量n
【0037】
第1の実施形態は、発振器4の熱係数にはたらきかける。この発振器4がばねバランスである特定の場合(これに限定されない)において、ケイ素及び/又はケイ素酸化物製のバランスばねを作るときに、ばね仕掛けバランスアセンブリーの熱係数Ctは、特に、このバランスばねを覆う酸化物層の厚みに応じて、調整することができる。
【0038】
圧力に応じたムーブメントのタイムレート変化が、Cp = -0.015秒/日/hPaで変わることを考える。筐体が一般的なものである携行型時計の外側部品を考えると、実験的に、定数(n・R)/Vが約3.3hPa/Kであることが得られる。これは、理想気体の法則を元に携行型時計ヘッド内の圧力と温度の測定に基づいて計算した。
【0039】
携行型時計が温度変化の影響を受けにくいように、発振器の熱係数が、0.05秒/日/Kであることを目標にすることが必要であるだろう。この値は、式、
Ct = -[Cp・(n・R)/V]
に基づいて計算される(0.015・3.3 = 0.05)。
【0040】
ばねバランスの熱係数の目標を0秒/日/Kとは異なる値とすることによって、ムーブメントにおけるクロノメーター的測定に悪い影響を与えてしまう。例えば、8℃と38℃にて段階があるクロノメーターとしての検定に合格する場合、これらの高温の段階と低温の段階の間では、ムーブメントの熱係数によって、1.5秒/日程度のタイムレート差が発生する。しかし、このムーブメントが前の例における携行型時計内に収容される場合(Cp = -0.015、(n・R)/V = 3.3)、タイムレートは実際上温度変化の影響を受けなくなる。
【0041】
特に、発振器4の弾性戻し手段は、ケイ素及び/又は酸化ケイ素によって作られ、工場における準備中に、この弾性戻し手段の熱係数は、酸化ケイ素層の厚みを変えることによって変えられる。
【0042】
特に、発振器4の弾性戻し手段は、「LIGA」法によって薄い弾性ストリップ状となるように作られ、工場における準備中に、発振器4が備えるこの弾性戻し手段の熱係数が、被覆を堆積させること及び/又は局所的なアブレーションによって変えられる。
【0043】
特に、発振器4の弾性戻し手段は、延伸法又は圧延法によって薄い弾性ストリップ状となるように作られ、工場における準備中に、発振器4が備えるこの弾性戻し手段の熱係数が、被覆を堆積させること及び/又は局所的なアブレーションによって変えられる。
【0044】
第2の実施形態は、携行型時計内の気体の量を変える。実際に、携行型時計内において気体のモル数が変われば、CtとCpを補償することができる。先の2つの定数の間のリンクは、式、
Ct = -[Cp・(n・R)/V]
で表される。例えば、Ct = 0.055秒/日/K、Cp = -0.015秒/日/hPa、(n・R)/V = 3.3hPa/Kであれば、携行型時計内における空気の分子数は、1.1(0.055/(0.015・3.3) = 1.1)倍にすべきである。
【0045】
携行型時計内における分子数を変えるためには、以下の2つの手法がある。
- 1つの手法は、所定の気圧の環境にて携行型時計を閉じるものである。大気圧が970hPaの場合、ケースを閉じるときに1067hPa(970・1.1)として、携行型時計のタイムレートが温度に影響されないようにする必要がある。
- 別の手法は、所与の携行型時計の温度で携行型時計を閉じるものである。環境温度が23℃(約296K)である場合、携行型時計を約53℃(約329K = 296・1.1)に加熱する必要がある。
【0046】
温度と圧力は理想気体の法則によってリンクしており、このために、この2つのパラメーターを、気圧の変化、高度や温度の変化にリンクされたエラーを防ぐために、確実にモニターする必要がある。
【0047】
ケースを閉じる前に圧力を変えることは、特にアフターセールスのときに店舗に適切な設備がない場合に、比較的複雑である。ケースを閉じる前に携行型時計の温度を変えることは、例えば開かれた携行型時計を加熱プレートや冷却プレート上に置くことで、比較的容易に実行することができると考えられる。これを実行することの主な問題点は、CtとCpが、逆の符号のときにしか互いに打ち消し合うことができないことである。また、Ctに5%の変化があれば、このことは約20℃に対応する。このため、Ctを補償するために必要な温度に到達することは、潜在的に難しいことが予想される。
【0048】
具体的には、工場における準備中に、携行型時計のタイムレートが温度に依存しないように計算によって定めた圧力にてケース2を閉じることによって、あるいは携行型時計のタイムレートが温度に依存しないように計算によって定めた温度にてケース2を閉じてケース2を閉じた後に徐冷することによって、携行型時計1内の気体のモル数を変える。
【0049】
第3の実施形態は、携行型時計内の気体の組成を変える。別の気体で飽和した媒体の中にて携行型時計1を閉じることなどによって携行型時計1内の気体の組成を変えることによって、式、
Ct = -[Cp・(n・R)/V]
の定数Rが変わる。例えば、Ct = 0.02秒/日/K、Cp = -0.015秒/日/hPa、定数(n・R)/V = 3.3hPa/Kであるときに、携行型時計内の空気(R = 287J/kg/K)を、例えば、二酸化硫黄(R = 130J/kg/K)に、置き換えることができる。この場合、90%に補償される(0.015・3.3・130/287 = 0.0224)。一般論として、適切な気体又は混合気体を選択することで(接触する材料に影響を与えずにRを変える)、理論的には、携行型時計内の温度の影響を最小限に抑えることができる。気体を変えることによるCpに対する影響は、無視できるほど小さいと想定する。また、Ctにはある程度の変動性があることを考えると、このことは、携行型時計ごとに固有の混合気体が必要であることを意味する。また、裏部を閉じるときは毎回制御された雰囲気において行う必要があるという短所もある。最後に、この手法は、理論的には、CtとCpが逆の符号である場合にのみ現実的なものとある。
【0050】
具体的には、工場における準備中に、携行型時計のタイムレートを温度の影響をあまり受けないようにするための熱係数Ctの適切な調整に適合する、前記定数Rの別の値を有する新しい気体又は混合気体によって、気体を完全又は部分的に交換することによって、携行型時計内の気体の性質を変える。
【0051】
具体的には、この気体交換後にケース2が密閉されて、特別な工具を持っていないユーザーの何らかの行為を防ぐことができる。
【0052】
第4の実施形態は、携行型時計の内部の形状にはたらきかける。実際に、式、
Ct = -[Cp・(n・R)/V]
を、
V/(n・R) = -Cp/Ct
の形態で表すことができる。ここで、Cp = -0.015秒/日/hPa、Ct = 0.04秒/日/Kであるものとする。所与の実際上の場合において、(n・R)/V = 3.3hPa/Kであることがわかった。携行型時計のタイムレートへの影響を最小限にするため、携行型時計内の空気の体積を現在のものよりも1.24(3.3・0.015/0.04)倍大きいように補償する必要がある。このことは、Ctの値がムーブメントごとに異なるため、外側部品を各ムーブメントに適応させる必要があるということを意味する。また、体積がすでによく最適化されているため、携行型時計の設計に影響を与えずにこの方法を適用することは難しいと考えられる。ピストンのような可動機構に存在する移動量を用いてケースの内部体積を変える手法がある。
【0053】
したがって、アフターセールスのために特に設計されている代替的実施形態において、補償手段10は、アフターセールス技術者がケース2の内部体積を変えることを可能にする耐水性の体積制御デバイス5、及び/又は少なくとも1つの耐水性の気体注入又は放出用導管6、及び/又は制御された一時的な内部温度の上昇のための熱的デバイス7を備える。
【0054】
具体的には、この体積制御デバイス5は、ケース2にて動くことが可能な1つのピストンを備え、このピストンは、ユーザーには提供されない特別な工具によって、外部におけるマイクロメトリック制御の作用下で、ねじ回しをして所定の位置になることができる。
【0055】
具体的には、工場における準備中に、ケース2の内部体積は、ユーザーには提供されない特別な工具によってねじ回しをして所定の位置にロック可能な外部におけるマイクロメトリック制御の作用下で、少なくとも1つのピストンの移動量を調整することによって変えられる。
【0056】
具体的には、この耐水性の気体注入又は放出用導管6は、ユーザーには提供されない特別な工具によって所定の位置にロック可能である。
【0057】
具体的には、この熱的デバイス7は、光エネルギーを変換する手段、及び/又はエネルギーを蓄積する手段を備える。
【0058】
具体的には、工場における準備中に、ケース2内に収容された気体又は混合気体を乾燥させ、湿度Hを低下させる。
【0059】
具体的には、工場における準備中に、ケース内にデシケーターを挿入して、ケース内に残留する湿度Hを固着させる。
【0060】
最後に、いくつかの効果を同時に組み合わせて(Ct、Cp、ケースを閉じたときの状態、携行型時計内の体積を変える)、所望の目的を達成することも可能である。
【0061】
一般的には、温度が携行型時計に与える影響を最小化するためには、Ctのばらつきを最小にする必要があるように考えられる。
【0062】
本発明は、さらに、特にアフターセールスのサービスにおいて、この方法を実行するために適した携行型時計1に関する。この耐水性の携行型時計1は、発振器4を備えるムーブメント3を収容する耐水性のケース2を備える。この携行型時計1は、補償手段10を備え、この補償手段10はそれぞれ、ユーザーには提供されない特別な工具によってロックして所定の位置にすることができ、この補償手段は、アフターセールス技術者がケース2の内部体積を変えることを可能にする耐水性の体積制御デバイス5、及び/又は少なくとも1つの耐水性の気体注入又は放出用導管6、及び/又は制御された一時的な内部温度の上昇のための熱的デバイス7を備える。
【符号の説明】
【0063】
1 携行型時計
2 ケース
3 ムーブメント
4 発振器
5 体積制御デバイス
6 気体注入又は放出用導管
7 熱的デバイス
10 補償手段