(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】浸炭用鋼、浸炭鋼部品および浸炭鋼部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241113BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241113BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20241113BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20241113BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20241113BHJP
C21D 9/28 20060101ALN20241113BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20241113BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/00 302A
C22C38/60
C23C8/22
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C21D9/28 A
C21D8/06 A
(21)【出願番号】P 2020204375
(22)【出願日】2020-12-09
【審査請求日】2023-08-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
(72)【発明者】
【氏名】堀本 雅之
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-196360(JP,A)
【文献】特開昭62-196322(JP,A)
【文献】特開2021-155821(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104294178(CN,A)
【文献】特開2003-193128(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C23C 8/20- 8/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.06~0.25%、
Si:0.01~0.90%、
Mn:3.51~6.00%、
P :0.05%以下、
S :0.001~0.100%、
Cr:0.03~1.49%、
Al:0.001~0.050%、
N :0.0030~0.0250%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃)を表す下記指標Msが30℃以上であり、
浸炭された表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%であり、
浸炭された表面から深さ25μm位置の硬さが630HV以上である浸炭鋼部品。
Ms=219.2-1.3×Si-31.7×Mn-11.6×Cr
ただし、前記指標Msを表す式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
質量%で、
Ti:0.05%以下、
Nb:0.05%以下
Mo:0.25%、
V :0.15%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下および
B :0.005%以下、
の1種または2種以上を含有する請求項
1に記載の浸炭鋼部品。
【請求項3】
請求項
1又は請求項
2に記載の浸炭鋼部品の製造方法であって、
浸炭用鋼に対して、熱間鍛造による成型工程、650~750℃で30~640分の軟質化熱処理工程、及び切削加工工程を順次施して、鋼部品を得て、
前記浸炭鋼部品の表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%になるように、前記鋼部品を浸炭処理した後、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの冷却速度0.01~2℃/sで冷却する浸炭鋼部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭用鋼、浸炭鋼部品および浸炭鋼部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車、船舶、産業機械等に用いられる、ギヤ、シャフト、およびプーリー(CVT(Continuously Variable Transmission)に用いられるプーリー)等の機械部品は、高い曲げ疲労強度、およびピッチング強度が求められるため、浸炭焼入れが施された低合金鋼が使用されている。
浸炭焼入れは、他の表面硬化熱処理である高周波焼入れと比べると表層の硬さが高く、軟窒化と比べると深い硬化層を形成させることができるため、効果的に疲労特性を向上させることができる。
【0003】
一方で、鋼全体をオーステナイト域から焼入れてマルテンサイト変態させるために、部品がひずみ、変形するという欠点もある。これらの変形は、部品の疲労特性および組み立て精度を劣化させる場合がある。変形による悪影響を低減するために仕上げ加工を行うと、製造コストの増大につながる。
【0004】
浸炭時の変形による悪影響を低減する手段として、一定の変形が生じることを前提として部品を設計する手法がある。一定の変形が生じることを前提とした部品設計を行うためには、変形量が常に一定となるように、ばらつきを低減する必要がある。そこで、機械部品の浸炭時の変形量のばらつきを低減させるための種々の技術が開示されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、鋼材の焼入れ性が変形量と、変形量のばらつきと相関が有ることを見出し、合金元素量を最適化することで、変形を低位に安定させる技術が開示されている。
特許文献2には、連続鋳造時の電磁撹拌条件を最適化することで、等軸晶率とC濃度のばらつきを低減することで、中空部品に成型後に浸炭した際の変形量を一定とする技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平2-277744号公報
【文献】特開2003-320439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の技術は、鋼材の焼入れ性を一定の範囲内に収めることで変形を低位に安定化させるというものであるが、その効果は主に変形量を低減することである。特許文献1において、発明例の変形量のばらつきは、クロム鋼(SCr420)を用いた比較例のばらつきと同程度であることから、変形量のばらつきを低減する効果は小さい。
【0008】
また、特許文献2に記載の技術は、連続鋳造時の電磁撹拌条件を最適化することで、中空の軸状部品に成型後に浸炭した際の変形量を一定とすることができる。しかし、部品の形状の制約があり、中空の軸状以外の形状の部品の変形量を一定にすることについては言及されていない。
【0009】
また、浸炭用鋼は、浸炭処理前に、目的とする形状の浸炭鋼部品を得る目的で切削加工が施される。そのため、浸炭用鋼は、被削性を高めて、通常の加工設備で切削加工が可能となるように、軟質化熱処理により十分に硬さが低下することが要求される。
【0010】
そこで、本発明の課題は、軟質化熱処理後に十分に硬さが低下し、かつ浸炭処理後の浸炭鋼部品の変形量のばらつきを低減させ、その効果を複雑な形状の部品であっても発揮する浸炭用鋼、それを用いた浸炭鋼部品および浸炭鋼部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
課題を解決するための手段は、次の態様を含む。
<1>
質量%で、
C :0.06~0.25%、
Si:0.01~0.90%、
Mn:3.51~6.00%、
P :0.05%以下、
S :0.001~0.100%、
Cr:0.03~1.49%、
Al:0.001~0.050%、
N :0.0030~0.0250%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
浸炭処理した場合、浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃)を表す下記指標Msが30℃以上である浸炭用鋼。
Ms=219.2-1.3×Si-31.7×Mn-11.6×Cr
ただし、前記指標Msを表す式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
<2>
質量%で、
Ti:0.05%以下、
Nb:0.05%以下
Mo:0.25%以下、
V :0.15%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下および
B :0.005%以下、
の1種または2種以上を含有する<1>に記載の浸炭用鋼。
<3>
質量%で、
C :0.06~0.25%、
Si:0.01~0.90%、
Mn:3.51~6.00%、
P :0.05%以下、
S :0.001~0.100%、
Cr:0.03~1.49%、
Al:0.001~0.050%、
N :0.0030~0.0250%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃)を表す下記指標Msが30℃以上であり、
浸炭された表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%であり、
浸炭された表面から深さ25μm位置の硬さが630HV以上である浸炭鋼部品。
Ms=219.2-1.3×Si-31.7×Mn-11.6×Cr
ただし、前記指標Msを表す式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
<4>
質量%で、
Ti:0.05%以下、
Nb:0.05%以下
Mo:0.25%、
V :0.15%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下および
B :0.005%以下、
の1種または2種以上を含有する<3>に記載の浸炭鋼部品。
<5>
<3>又は<4>に記載の浸炭鋼部品の製造方法であって、
浸炭用鋼に対して、熱間鍛造による成型工程、650~750℃で30~640分の軟質化熱処理工程、及び切削加工工程を順次施して、鋼部品を得て、
前記浸炭鋼部品の表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%になるように、前記鋼部品を浸炭処理した後、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの冷却速度0.01~2℃/sで冷却する浸炭鋼部品の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,軟質化熱処理後に十分に硬さが低下し、かつ浸炭処理後の浸炭鋼部品の変形量のばらつきを低減させ、その効果を複雑な形状の部品であっても発揮する浸炭用鋼、それを用いた浸炭鋼部品および浸炭鋼部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例で作製した、回転曲げ疲労試験片および変形量測定用試験片を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一例である実施形態について詳しく説明する。
各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
化学組成の各元素の含有量を「元素量」と表記することがある。例えば、Cの含有量は、C量と表記することがある。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
「~」の前後に記載される数値に「超え」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
【0015】
<浸炭用鋼>
本実施形態に係る浸炭用鋼(以下、単に「浸炭用鋼」とも称する)は、所定の化学成分を有し、浸炭処理した場合、浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃)を表す下記指標Msが30℃以上である浸炭用鋼である。
Ms=219.2-1.3×Si-31.7×Mn-11.6×Cr
ただし、前記指標Msを表す式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0016】
本実施形態に係る浸炭用鋼は、軟質化熱処理後に十分に硬さが低下し、かつ浸炭処理後の浸炭鋼部品の変形量のばらつきを低減させ、その効果を複雑な形状の部品であっても発揮することができる。
本実施形態に係わる浸炭用鋼は、次の知見により見出された。
【0017】
本発明者らは、鋼の化学成分と、浸炭処理後の冷却条件を種々に変更し、浸炭処理後の変形量のばらつきに差が生じる条件について調査した。その結果、下記(a)及び(b)の知見を得た。
(a)鋼部品の形状が複雑なほど、変形は大きくなりやすい。この原因は、複雑な形状の部品では、部位ごとの冷速の差が大きくなるためである。
(b)冷速の差が生じる大きな原因のひとつは、鋼部品を浸炭処理後に冷却する際に部品ごとの冷却速度がばらつくことである。このばらつきは、浸炭後に油中へと焼入れる場合には油の沸騰状態が位置によって異なることに起因し、ヘリウム、窒素等の高圧ガスで急冷する場合には、ノズルと各部品との位置関係が一定でないことに起因する。
【0018】
上記の知見に基づき、本発明者らは、浸炭温度からの冷却を、従来の油冷やガス冷却ではなく、真空中、大気中、または雰囲気ガス中で、大気中の放冷、または大気中のファン風冷相当の冷速で行うことで、部品内の温度差を小さくすることで変形を抑制できると考えた。以降では、一般的な浸炭処理で行われる油冷、高圧ガスによる冷却、またはそれらと同等以上の速度で冷却を行う処理を急冷と記載し、大気中の放冷、大気中のファン風冷、またはそれらと同等以下の速度で冷却を行う処理を緩冷と記載する。そこで、浸炭処理後の冷却を緩冷としてもマルテンサイト変態が生じるように合金成分量を増加させた鋼を用いて、これらの鋼を浸炭鋼部品として適用するための条件についてさらに検討した。その結果、下記(c)及び(d)の知見を得た。
(c)多量のMnを加えることで、浸炭相当の温度からの冷却を緩冷としてもマルテンサイト変態を生じさせることができることが知られている。ところが、このような鋼を熱間鍛造とそれに続く切削加工により成形しようとすると、熱間鍛造後の組織がマルテンサイトになるため、被削性が劣化する。
(d)熱間鍛造後の組織を軟質化するためには、熱間鍛造後に、フェライト域での軟質化熱処理を施せばよい。ただし、鋼材成分や軟質化熱処理条件によっては、その後に真空浸炭した後の浸炭層の硬さがばらつくことがある。
(e)真空浸炭時の硬さのばらつきは、軟質化熱処理中にセメンタイトへ合金元素が濃化することで安定化し、その後の真空浸炭中に完全に溶け切らないことによる。軟質化熱処理中のセメンタイトの安定化を抑制するためには、炭化物形成能の大きな合金元素の含有量を適切に制御する必要がある。
【0019】
加えて、Mn量を増やし、Cr量を低減することで、軟質化熱処理後の鋼材の硬さが十分に低下し、被削性を高めることができる。
【0020】
以上の知見により、本実施形態に係る浸炭用鋼は、軟質化熱処理後に十分に硬さが低下し、かつ浸炭処理後の浸炭鋼部品の変形量のばらつきを低減させ、その効果を複雑な形状の部品であっても発揮することができることが見出された。
また、本実施形態に係る浸炭用鋼は、浸炭処理後の浸炭鋼部品の変形量のばらつきを大きく低減できるため、一定量の変形を前提とした設計を行うことで、完成品の寸法精度を高めたり、仕上げ加工を省略したりできる。
加えて、本実施形態に係る浸炭用鋼は、軟質化熱処理後に十分に硬さが低下するため、被削性が高く、得られる浸炭鋼部品の形状自由度が向上する。
そして、本実施形態に係る浸炭用鋼から得られる浸炭鋼部品は、自動車、産業機械および建設機械などの機械部品として用いるのに好適となる。
【0021】
以下、本実施形態に係る浸炭用鋼について詳細に説明する。
【0022】
[化学組成(必須元素)]
本実施形態に係る浸炭用鋼の化学組成は、次の元素を含有する。
【0023】
C:0.06~0.25%
Cは浸炭処理後の冷却で生じるマルテンサイトの硬さを高める。浸炭層のC量は浸炭条件で決まるため、芯部のC量は浸炭層のC量に大きくは影響しない。したがって、芯部のC量を上げても浸炭層の残留オーステナイトの生成は促進されない。一方、C量が高すぎれば、軟質化熱処理によっても硬さが十分に低下せず、切削抵抗が上昇して被削性が低下する。したがって、C量は0.06~0.25%である。
C量の好ましい下限は0.08%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.12%である。
C量の好ましい上限は0.23%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0024】
Si:0.01~0.90%
Siは固溶強化によってマルテンサイトの硬さを高め、疲労特性を高める。一方、Si量が高すぎると、冷却中の雰囲気によっては表層に酸化物が形成され被削性が劣化する。したがって、Si量は0.01~0.90%である。
Si量の好ましい下限は、0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Si量の好ましい上限は0.50%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0025】
Mn:3.51~6.00%
Mnは、浸炭処理後の冷却を放冷相当としても組織をマルテンサイト化させるために重要な元素である。Mnはさらに、鋼材中でMnSを形成して、軟質化熱処理後の鋼材の被削性を高める効果も有する。一方、Mn量が高すぎれば、浸炭時のC濃度を適切に制御しても残留オーステナイトが多量に生成し、硬さが低下し疲労特性も劣化する。
したがって、Mn量は3.51~6.00%である。
Mn量の好ましい下限は3.80%であり、さらに好ましくは4.00%である。
Mn量の好ましい上限は5.80%であり、さらに好ましくは5.65%である。
【0026】
P:0.05%以下
Pは、不純物である。Pは結晶粒界に偏析し、粒界脆化割れを引き起こす。したがって、P量はなるべく低い方が好ましい。
したがって、P量の上限は0.05%以下である。好ましいP量の上限は0.02%以下である。
なお、P量の下限は、0%がよいが(つまり含まないことがよいが)、脱Pコストを低減する観点から、0%超え(又は0.0001%以上)であることがよい。
【0027】
S:0.001~0.100%
Sは、鋼中でMnと結合してMnSを形成し、鋼の被削性を高める。一方、S量が高すぎれば、粗大なMnSが形成され、鋼の疲労強度が低下する。したがって、S量は0.001~0.100%である。
S量の好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
S量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0028】
Cr:0.03~1.49%
Crは、浸炭処理後の冷却を放冷相当としても組織をマルテンサイト化させる効果を持つ。一方、Crは炭素との親和力が非常に高いため、Crを含む鋼材を軟質化熱処理すると、セメンタイト中にCrが濃化する。Crが濃化したセメンタイトは、非常に安定になり、その後に浸炭した場合に溶解に時間を要する場合がある。特に浸炭処理の種類が真空浸炭である場合は、セメンタイトが溶解しがたく、条件によっては、処理後までセメンタイトが残存する場合がある。また、セメンタイトが溶解したとしても、一度濃化したCrはセメンタイトが溶解した後も不均一な分布のままであるため、冷却後の組織や特性にばらつきが生じる原因となりえる。
加えて、Cr量が多いと、焼戻し軟化抵抗が高くなるため、軟質化熱処理後の鋼材の硬さが十分に低下し難く、被削性を十分に高めることができない。
したがって、Cr量は0.03~1.49%である。
Crの好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.30%である。
Crの好ましい上限は1.00%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.45%である。
【0029】
Al:0.001~0.050%
Alは、Nと結合してAlNを形成し、そのピンニング効果により粗大粒の生成を抑制する。また、Alは鋼の製造時に脱酸のために用いられる。一方、Al量が高すぎれば、粗大な酸化物が形成されやすくなり、疲労特性が劣化する。したがって、Al量は0.001~0.050%である。
Al量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al量の好ましい上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0030】
N:0.0030~0.0250%
Nは、Alと結合してAlNを形成し、そのピンニング効果により粗大粒の生成を抑制する。一方、N量が高すぎれば、鋼材中に気泡が生成される。気泡が欠陥となるため気泡の発生は抑制される方が好ましい。したがって、N量は0.0030~0.0250%である。N量の好ましい下限は0.0050である。N量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0180%であり、さらに好ましくは0.0170%である。
【0031】
本実施形態に係る浸炭用鋼の化学組成において、残部は、Feおよび不純物からなる。
ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の浸炭用鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0032】
[化学組成(任意元素)]
本実施形態に係る浸炭用鋼は、任意元素を含んでもよい。なお、任意元素の含有量の下限は0%である。
【0033】
本実施形態に係る浸炭用鋼において、任意元素のうち、Ti、Nb、Mo、V、Cu及びNiからなる群は、疲労特性を高め得る効果があり、浸炭用鋼は、これら元素の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0034】
Ti:0.050%以下
Tiは、Nと結合してTiNを形成し、熱間鍛造時、浸炭時の結晶粒の粗大化を抑制することで、疲労特性を高め得る。しかしながらTi量が高すぎれば、浸炭中に芯部でTiCが生成して固溶C量が低下する。固溶C量が低下すると硬さと疲労特性が劣化し得る。したがって、Tiを含有させる場合、Ti量は0.050%以下である。
Ti量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Ti量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0035】
Nb:0.050%以下
Nbは、Nと結合してNbNを形成し、熱間鍛造時、浸炭時の結晶粒の粗大化を抑制することで、疲労特性を高め得る。しかしながらNb量が高すぎれば,浸炭中に芯部でNbCが生成して固溶C量が低下する。固溶C量が低下すると硬さと疲労特性が劣化し得る。したがって、Nbを含有させる場合、Nb量は0.050%以下である。
Nb量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Nb量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0036】
Mo:0.25%以下
Moは、浸炭処理後の冷却速度を遅くしても組織をマルテンサイト化させる効果を有する。一方、Moはセメンタイトを安定化させるため、Mo量が多すぎる鋼材を軟質化熱処理すると、その後の真空浸炭時にセメンタイトが残存し疲労特性が劣化する場合がある。Moは高価であり、多量に含有させると製造コストの上昇を招く。したがって、Moを含有させる場合、Mo量は0.25%以下である。
Mo量好ましい下限は0.05%である。
Mo量の好ましい上限は0.20%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0037】
V:0.15%以下
Vは、浸炭処理後の冷却速度を遅くしても組織をマルテンサイト化させる効果を有する。一方、Vはセメンタイトを安定化させるため、V量が多すぎる鋼材を軟質化熱処理すると、その後の真空浸炭時にセメンタイトが残存し疲労特性が劣化する場合がある。したがって、Vを含有させる場合、V量は0.15%以下である。
V量の好ましい下限は0.05%である。
V量の好ましい上限は0.13%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0038】
Cu:0.50%以下
Cuは、浸炭処理後の冷却速度を遅くしても組織をマルテンサイト化させる効果を有する。一方、Cu量が過度に多くなると、熱間鍛造時に鋼の粒界に偏析して熱間割れを誘起する。したがって、Cuを含有させる場合、Cu量は0.50%以下である。
Cu量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Cu量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0039】
Ni:0.50%以下
Niは、浸炭処理後の冷却速度を遅くしても組織をマルテンサイト化させる効果を有する。一方、Niは高価であり、多量に含有させると製造コストの上昇を招く。したがって、Niを含有させる場合、Ni量は0.50%以下である。
Ni量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Ni量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0040】
本実施形態に係る浸炭用鋼において、任意元素のうち、Bは、疲労特性を高め得る効果があり、浸炭用鋼は、Bを含有してもよい。
【0041】
B:0.0050%以下
Bは粒界を安定化させることで、浸炭処理後の冷却速度を遅くしても組織をマルテンサイト化させる効果を有する。一方、B量が過度に多くなると、他の元素と粗大な炭ホウ化物を形成することで、疲労特性を劣化させる。したがって、B量は0.0050%以下である。上記効果を安定して得るためのB量の好ましい下限は0.0005%である。B量の好ましい上限は0.0040%以下である。
【0042】
[浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃):30℃以上]
本実施形態に係る浸炭用鋼は、浸炭処理した場合、浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃)を表す指標Msが30℃以上である。
Ms点(℃)を表す指標Msの詳細については、後述する本実施形態に係る浸炭鋼部品で説明する。
ここで、浸炭処理した場合とは、浸炭鋼部品の表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%になるように、鋼を浸炭処理した後、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの冷却速度0.01~2℃/sで冷却した場合を意味する。
【0043】
[軟質化熱処理された表面から深さ8.75μm位置の硬さ:400HV以下]
本実施形態に係る浸炭用鋼は、軟質化熱処理した場合、軟質化熱処理された表面から深さ8.75位置の硬さ(以下、「軟質化熱処理後の鋼材の硬さ」ともいう)が、400HV以下が好ましい。
軟質化熱処理後の鋼材の硬さが400HV以下であれば、通常の加工設備で切削加工が可能である。
軟質化熱処理後の鋼材の硬さは350HV以下がより好ましい。ただし、強度確保の観点から、軟質化熱処理後の鋼材の硬さの下限は、例えば、120HV以上である。
【0044】
ここで、軟質化熱処理後の鋼材の硬さは、熱間鍛造により成型した浸炭用鋼(つまり、浸炭鋼部品粗形材)に軟質化熱処理し、かつ浸炭処理前の鋼材の硬さである。
そして、軟質化熱処理した場合とは、650~750℃で30~640分の熱処理した場合を意味する。
【0045】
なお、軟質化熱処理後の鋼材の硬さは、ビッカース硬さであり、後述する実施例で説明する方法により測定される。
【0046】
<浸炭鋼部品>
本実施形態に係る浸炭鋼部品(以下、単に「浸炭鋼部品」とも称する)は、浸炭の影響の及ばない、表面から深さ3mm位置よりも深い位置での化学組成が上記本実施形態に係る浸炭用鋼の化学組成を有し、下記特性を満たす。そして、浸炭鋼部品は、浸炭処理を行うがその後の急冷処理を施さない部品である。
(1)浸炭された表面から深さ25μm位置(以下「表層部」とも称する)のMs点(℃)を表す指標Msが30℃以上である。
(2)浸炭された表面から深さ25μm位置(以下「表層部」とも称する)のC量が質量%で0.40~0.70%である。
(3)浸炭された表面から深さ25μm位置(以下「表層部」とも称する)の硬さが630HV以上である。
【0047】
以下、本実施形態に係る浸炭鋼部品について詳細に説明する。
【0048】
[浸炭された表面から深さ25μm位置のMs点(℃):30℃以上]
MnおよびCrの量が多い鋼を浸炭処理すると、クロム鋼(SCr420等)の一般的な肌焼鋼を浸炭した場合よりも多量の残留オーステナイトが生成し、硬さが低下する。残留オーステナイトの生成を抑制するためには、鋼を浸炭処理して、表層部(つまり浸炭層)のC量が0.70%になった場合でも、表層部(つまり浸炭層)のMs点(℃)を表す指標Msが30℃以上であればよい。
表層部のMs点(℃)を表す指標Msは、50℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましい。ただし、表層部のMs点(℃)を表す指標Msの上限は、初析フェライトの生成を抑制する観点から、例えば、300℃以下とする。
なお、Ms点(℃)を表す指標Msは、浸炭された表面から深さ25μm位置のC量が0.70%である場合の鋼のMs点と定義する。
【0049】
Ms=219.2-1.3×Si-31.7×Mn-11.6×Cr
ただし、前記指標Msを表す式中、各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0050】
なお、表層部(浸炭された表面から深さ25μm位置)のMs点(℃)を表す指標Msは、後述する実施例で説明する方法により算出される。
【0051】
[浸炭された表面から深さ25μm位置のC量:0.40~0.70%]
表層部のMs点を大きく下げずに組織をマルテンサイト化できる鋼であっても、その鋼を、一般的な肌焼部品と同程度の表層部のC量になるように浸炭処理すると、残留オーステナイトの生成量が多くなり硬さが低下する場合がある。
浸炭用鋼の表層部を十分に硬化させるためには、表層部のC量を0.70%以下にする必要がある。一方、表層部のC量が低すぎると、マルテンサイトの硬さが低下し疲労特性が劣化するため、表層部のC量は0.40%以上にする必要がある。
表層部C量の下限は0.45%以上にすることが好ましく、0.50%以上とすることがより好ましく、0.55%以上とすることがさらに好ましい。
表層部C量の上限は、0.65%以下にすることが好ましく、0.62%以下にすることがより好ましい。
【0052】
なお、表層部(浸炭された表面から深さ25μm位置)のC量は、後述する実施例で説明する方法により測定される。
【0053】
[浸炭された表面から深さ25μm位置の硬さ:630HV以上]
浸炭鋼部品に高い疲労特性を付与するためには、表層部の硬さを630HV以上にする必要がある。表層部の硬さの下限は650HV以上が好ましい。
表層部の硬さの上限は特に限定されないが、鋼を浸炭した場合に得られる硬さは通常1000HV以下である。また、部品に摺動が生じる際に相手材が摩耗する可能性を考慮する場合は、硬さの上限を900HV以下、850HV以下または800HV以下としてもよい。
【0054】
なお、表層部(浸炭された表面から深さ25μm位置)の硬さは、ビッカース硬さであり、後述する実施例で説明する方法により測定される。
【0055】
表層部(浸炭された表面から深さ25μm位置)の組織は、マルテンサイトが主体で、残留オーステナイトと酸化物や炭化物等の非金属介在物と不完全焼入れ組織が混合した組織である。表層の硬さが規定を満たしていれば、混合組織の比率に制限は無いが、高い表層の硬さを得るためには、同深さの断面上の面積率が残留オーステナイトは30%未満、非金属介在物は5%未満、不完全焼入れ組織は15%未満である。不完全焼入れ組織とは、ベイナイトとパーライトの混合組織である。
【0056】
[製造方法]
本実施形態に係る浸炭用鋼および浸炭鋼部品の製造方法の一例を説明する。
【0057】
本実施形態に係る浸炭鋼部品は、浸炭用鋼に対して、熱間鍛造による成型工程、650~750℃で30~640分の軟質化熱処理工程、及び切削加工工程を順次施して、鋼部品を得て、浸炭鋼部品の表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%になるように、鋼部品を浸炭処理した後、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの冷却速度0.01~2℃/sで冷却して製造する。具体的には、次の通りである。
【0058】
本実施形態に係る浸炭鋼部品の製造方法は、例えば、鋼素材準備工程と、成型工程と、軟質化熱処理工程、切削加工工程と、浸炭処理工程とを含み、必要に応じて組織を調整するための熱処理工程も含む。以下、それぞれの工程を説明する。
【0059】
[鋼素材準備工程]
上記本実施形態に係る浸炭用鋼の化学組成を満たす溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、一般的な連続鋳造法により鋳片(スラブ、又はブルーム)にする。又は、溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットにする。鋳片又はインゴットを熱間加工して、ビレットを製造する。熱間加工は、熱間圧延でもよいし、熱間鍛造でもよい。さらに、ビレットを一般的な条件で加熱、圧延、冷却して棒鋼を製造する。製造された棒鋼を浸炭鋼部品の鋼素材とする。
【0060】
[成型工程]
製造された棒鋼を熱間鍛造で浸炭鋼部品粗形材に成型する。熱間鍛造の加熱温度が低すぎれば、鍛造装置に過度の負荷が掛かる。一方、加熱温度が高すぎれば、スケールロスが大きい。したがって、好ましい加熱温度は1000~1300℃である。
熱間鍛造の好ましい仕上げ温度は900℃以上である。仕上げ温度が低すぎれば、金型への負担が大きくなるためである。一方、仕上げ温度の好ましい上限は、1250℃である。続く機械加工を容易に行うために、熱間鍛造後の冷却速度を徐冷として、硬さを下げてもよい。
【0061】
[軟質化熱処理工程]
浸炭鋼部品粗形材に対して、熱処理を行い軟質化させる。具体的には、熱間鍛造後の粗形材を650~750℃で30~640分加熱することで十分な被削性が得られる程度に硬さを低下させることができる。加熱後の冷却はどのような方法で行ってもよく、大気中の放冷でもよいし、水冷でもよい。
【0062】
[切削加工工程]
軟質加熱処理後の浸炭鋼部品粗形材に対して、切削加工を実施して所定の浸炭鋼部品形状にする。切削加工に加えて研削加工を施してもよい。
【0063】
[浸炭処理工程]
切削加工された鋼部品に対して、浸炭処理を実施する。浸炭処理後は、所定の冷却速度で冷却する。
【0064】
浸炭処理は、浸炭鋼部品の表面から深さ25μm位置のC量が質量%で0.40~0.70%になるように実施する。
浸炭処理は、ガス浸炭でもよく、真空浸炭を用いてもよい。浸炭温度と時間はC量(浸炭された表面から深さ25μm位置のC量)が規定の範囲内に入り、後述する浸炭温度からの冷却速度が規定の範囲内に入りさえすれば、どのような処理であってもよい。
例えば、0.15%のCと5.0%のMnを含む本実施形態に係る浸炭鋼部品を得る場合、表層のカーボンポテンシャルを0.6としたガス浸炭を920℃で3時間行ってもよく、950℃でアセチレンを22分流した後に、148分の保持を行う真空浸炭を行ってもよい。
【0065】
浸炭処理後は、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの冷却速度0.01~2℃/sで、鋼部品を冷却する。
一般的な浸炭処理では、保持温度からの冷却は油冷又は強制風冷で焼入れる。このような焼入れ時の平均冷却速度は5℃/s以上であり、鋼部品中の温度勾配が大きくなり、変形量も大きくなる。鋼部品中の温度勾配を小さくし、変形量を小さくするためには冷却速度を2℃/s以下にする必要がある。一方、冷却速度が0.01℃/sよりも遅いと、不完全焼入れ組織が形成され硬さが低下し、疲労特性が劣化する。したがって、800℃から200℃までの冷却速度は0.01~2℃/sである必要がある。
冷却速度の下限は、0.05℃/s以上とすることが好ましく、0.10℃/s以上とすることがより好ましく、0.20℃/s以上とすることがより好ましい。
冷却速度の上限は、1.5℃/s以下とすることが好ましく、1.2℃/s以下とすることがより好ましく、1.0℃/s以下とすることがより好ましい。
ここで、平均冷却速度とは、鋼部品の表面温度が800℃から200℃に冷却されるまでに要した時間で、温度差である600℃を割った値である。
【0066】
[浸炭処理後工程]
浸炭処理後の鋼部品は、一般的な浸炭焼入れ部品と同じように、各種の後処理を施してもよい。具体的には、靭性を高めるために200℃以下の低温焼戻しを施してもよいし、残留オーステナイトを減らすためにサブゼロ処理をしてもよいし、硬さと圧縮の残留応力を高めるためにショットピーニング処理をしてもよく、複数の後処理を組み合わせて処理してもよい。
【実施例】
【0067】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本発明を制限するものではない。
【0068】
まず、真空溶解炉を用いて表1に示す化学組成を有する鋼B~O、Sの50kgのインゴット、および、A、P~Rの150kgのインゴットを製造した。各インゴットを1250℃に加熱したのち、直径φ35mmの棒鋼に熱間で鍛伸した。鍛伸後の棒鋼を軟化させるために700℃で2h加熱後に放冷する軟質化熱処理に供した。
【0069】
軟質化熱処理後の棒鋼の一部から、横断面(つまり、棒鋼の長さ方向に対し垂直な平面)が被検面となる試験片を作製した。試験片の被検面における、JIS Z 2244(2009)に基づくビッカース硬さを測定した。具体的には、次の通りである。試験力を9.8Nとし、試験片の被検面における棒鋼の表面から8.75mm深さの任意の5点で、ビッカース硬さの測定を行った。得られた5つのビッカース硬さの平均値を、軟化処理後の鋼材のビッカース硬さと定義した。軟質化熱処理後の鋼材のビッカース硬さが400HV以下の場合、軟質化熱処理後の鋼材のビッカース硬さが十分に低く、被削性が高いとみなした。
また、軟質化熱処理後の棒鋼の他の一部から、
図1に示す回転曲げ疲労試験片と、変形量測定用試験片を作製した。
なお、表1に示す化学組成において、「<0.01」及び「-」と表記があるものは、該当する元素を意図的に添加していない、又は不純物レベルで含むことを示す。
【0070】
作製した試験片は、鋼製のバスケットに針金で吊るした状態で浸炭処理に供した。この時、回転曲げ疲労試験片は軸方向が鉛直方向となるように試験片を縦吊りした。変形量測定用試験片の内、各試験番号の各3本はキー溝が鉛直上向きとなるように横吊りした(
図2(a))。各試験番号の各3本はキー溝が鉛直下向きとなるように横吊りした(
図2(b))。各試験番号の各3本はキー溝が延びる方向が鉛直方向となるように試験片を縦吊りした(
図2(c))。試験片の吊るし方の概要を
図2に示す。
【0071】
これらの試験片を、アセチレンを用いて、浸炭温度950℃で真空浸炭した。各試験番号の試験片の浸炭条件は、次の通りである。
試験番号1、2、5~11、13、14、17、26の試験片は、22分アセチレンを導入し、その後、真空状態で148分保持した。
試験番号3、4の試験片は、18分アセチレンを導入し、その後、真空状態で1528分保持した。
試験番号12、15、16の試験片は、16分アセチレンを導入し、その後、真空状態で154分保持した。
試験番号18~24の試験片は、53分アセチレンを導入し、その後、真空状態で127分保持した。
試験番号25の試験片は、10分アセチレンを導入し、その後、真空状態で170分保持した。
【0072】
そして、試験番号1~9、11~17、21~25の試験片は、浸炭処理後、炉から取り出し、窒素雰囲気下で50℃以下まで放冷した。このときの、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの平均冷却速度は、0.4℃/秒であった。
試験番号18~20の試験片は、浸炭処理して、炉から取り出した後、油中に投入し冷却した。このときの、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの平均冷却速度は、約10℃/秒であった。
試験番号10の試験片は、浸炭処理して、炉から取り出した後、ファンで風をかけて冷却した。このときの、浸炭温度からの冷却中における800℃から200℃までの平均冷却速度は、約1.0℃/秒であった。
試験番号26の試験片は、浸炭処理して、炉から取り出した後、800℃に加熱した電気炉内に移し替えた。この時、試験片は小型のハンガーに吊るし、試験片の天地方向が浸炭時と同一になるようにした。炉内の雰囲気はAr雰囲気であった。試験片の温度が820℃になった後、炉温を0.005℃/秒で低下させるよう制御しながら200℃まで冷却を行った。試験片の温度が200℃になった時点で電気炉の電源を切り、そのまま炉内で冷却した。このときの、800℃から200℃までの平均冷却速度は、炉温の低下速度と同じく0.005℃/秒であった。
【0073】
[硬さ測定、炭素量測定、指標Ms算出]
浸炭処理後の回転曲げ疲労試験片の一部を用いて、表層部(浸炭された表面から深さ25μm位置)の、硬さ測定、C量測定、指標Ms算出を、次の通り行った。
まず、試験片のノッチ底の縦断面を被検面とするサンプルを作製し、樹脂に埋め込み研磨した。
被検面の内、ノッチ底付近の表面から深さ25μm位置における任意の5点で、JIS Z 2244(2009)に基づくビッカース硬さを測定した。試験力は2.9Nとした。得られた5つのビッカース硬さの平均値を、表層部のビッカース硬さと定義した。表層部のビッカース硬さが630HV以上の場合、表層部のビッカース硬さが十分に高いとみなした。
【0074】
次に、硬さ測定後の試験片を再度研磨した後に樹脂から割り出し、EPMAによる炭素量分析に供した。表面から深さ25μmの任意の位置を起点とし、表面と平行な方向にライン分析を行った。測定ステップは2μm、各測定点の測定時間は2.0秒、測定ライン長は50μmである。断面上における試験片の表面は厳密には弧状であるが、測定ライン長が弧の半径に対して十分に短いことから、試験片の表面を直線と見なし、測定ラインは直線とした。このようなライン分析を異なる位置で2回行い、その平均値を各試験番号の試験片における、表層部のC量とみなした。
【0075】
浸炭処理中の置換型合金元素の拡散距離は極めて短いため、表層部のSi量、Mn量およびCr量は、バルクの値と等しいとみなして、Ms点(℃)を表す指標Msを算出した。
【0076】
[回転曲げ疲労試験]
浸炭処理後の回転曲げ疲労試験片は、軸出しのために掴み部をφ12.4mmからφ12.0mmへと機械加工したのちに疲労試験に供した。
回転曲げ疲労試験は、JIS Z2274(1978)に準拠した室温(25℃)の大気雰囲気中において実施した。試験時の回転数3000rpmとして、繰り返し数1.0×107回まで破断しなかった試験片のうち、最も高い応力を、その試験番号の疲労強度(MPa)と定義した。疲労強度が500MPa以上である場合、疲労強度に優れると判断した。
【0077】
[変形量のばらつき調査]
試験番号1~26の内、表層部の硬さが高く、それゆえに疲労強度が十分に高い浸炭処理後の変形量測定用試験片(試験番号1~10、12、15、16、18~20の試験片)を用いて、浸炭処理時の変形量のばらつきを調査した。具体的には、接触型の粗さ計を用いて、試験片のキー溝の背面側の軸方向の断面曲線を測定した。測定範囲は、試験片の両方の端部から2.5mmを除いた95mmである。
得られた断面プロファイルは、測定誤差や表面疵等の影響除くために円弧で近似し、円弧の両端を結んだ直線と円弧との差が最大になる時の差をその試験片の曲り量と定義した。試験片の向きを同じ方向にしてバスケットに吊るした各3本の試験片の曲り量を平均したものを、その吊るし方向ごとの曲り量とした。3種類の吊るし方向ごとの曲り量の内、最大値と最小値の差の絶対値を変形量のばらつきとした。変形量のばらつきが20μm以下の場合、変形量のばらつきが十分に少ないとみなした。
【0078】
【0079】
【0080】
[試験結果]
試験番号1~10では、本発明の規定の範囲内である例であり、疲労強度が500MPa以上、変形量のばらつきが14μm以下であり、疲労強度を高めつつ、変形量のばらつきを低減できていることが分かる。また、軟質化熱処理後の鋼材の硬さが低く、被削性が高いこともわかる。
【0081】
これに対して、本発明の規定から外れた試験番号11~26の比較例では、目標とする性能が得られていないことがわかる。
【0082】
具体的には、試験番号11、13は、Mn量が多い、又は指標Msが低いため、残留オーステナイトが生成し、浸炭処理後に十分な表層部の硬さが得られず、疲労強度も低い。
試験番号12は、C量が多いため、軟質化熱処理後の鋼材の硬さが高く、被削性が低い。
試験番号14、17は、Mn量が少ないため、マルテンサイト変態が不完全で、十分な硬さが得られず、疲労強度も低い。
試験番号15、16は、Cr量が多く、軟質化熱処理後の鋼材の硬さが高く、被削性が低い。
試験番号18~20は、一般的なJIS鋼を一般的な浸炭条件で浸炭し、油冷したため、硬さと疲労強度は十分に高いが、変形量は浸炭時の吊るし方向によって大きく異なる。
試験番号21~23は、一般的なJIS鋼を浸炭した後に、窒素中で放冷したものである。しかし、化学成分が本発明の規定からはずれて、最適化していないため、浸炭処理後の冷却を放冷とすると、マルテンサイト変態が生じず、浸炭処理後に表層部の硬さが極めて低くなる。したがって、疲労強度も低い。
試験番号24は、化学組成が本発明の規定の範囲内であるが、表層部のC量が高い。このC量の値は一般的な浸炭鋼部品の表層部の炭素量に近い。本試験番号は多量の残留オーステナイトが生成し、浸炭処理後に十分な表層部の硬さが得られず、疲労強度も低い。
試験番号25は、化学組成が本発明の規定の範囲内であるが、表層部の炭素量が低く、硬さが低く、疲労強度も低い。
試験例26は、化学組成が本発明の規定の範囲内であるが、浸炭処理後の表層部の硬さが低く、疲労強度も低い。