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特許7587145冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置
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  • 特許-冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置
(51)【国際特許分類】
   B21B 27/10 20060101AFI20241113BHJP
   B21B 45/02 20060101ALI20241113BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20241113BHJP
   G01B 11/06 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
B21B27/10 B
B21B45/02 310
B21B1/22 L
G01B11/06 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021039225
(22)【出願日】2021-03-11
(65)【公開番号】P2022139023
(43)【公開日】2022-09-26
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】志村 眞弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 剛
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼▲濱▼ 義久
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-205432(JP,A)
【文献】特表2002-542037(JP,A)
【文献】特開2018-075584(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第02130623(EP,A1)
【文献】特開2020-168646(JP,A)
【文献】特開2018-089651(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 27/10
B21B 45/02
B21B 1/22
G01B 11/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光物質を含む圧延油を圧延機の入側から鋼板及び作業ロールに供給する工程、
前記圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡を用いて前記鋼板の表面に存在する圧延油からの蛍光強度を測定する工程、
測定された蛍光強度と、予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて前記鋼板上の油膜厚さhの分布を算出する工程、
前記油膜厚さhと、下記式1:
b=0.5×√(Rroll 2+Rstrip 2) ・・・式1
(式中、Rroll及びRstripはそれぞれ圧延に供する作業ロール及び鋼板の表面の算術平均粗さである)で定義される境界潤滑閾値hbとに基づいて、前記蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対し、h<hbとなる面積の割合を接触率αとして算出する工程、
前記接触率αと前記鋼板に固有の境界摩擦係数μbから下記式2:
μ=α×μb ・・・式2
により算出される前記鋼板と前記作業ロールとの間の摩擦係数μを所定の範囲内に制御する制御工程
を含むことを特徴とする、冷間圧延における圧延潤滑方法。
【請求項2】
前記制御工程が前記圧延油の供給量又は濃度を調整することにより行われることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記蛍光顕微鏡が前記圧延機の出側の鋼板と同じ速度で走行することを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置に関する。
【背景技術】
【0002】
冷間圧延においては、圧延操業の安定化、製品の形状品質及び表面品質の向上、焼付き及びスリップの防止、並びに作業ロールの長寿命化等を目的として、鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数を適切な範囲に維持するために、一般的に圧延機内の圧延スタンドの入側において鋼板及び作業ロールに潤滑油(圧延油)が供給されている。
【0003】
一方で、鋼板や作業ロールの表面粗さ、温度等の要因によってロールバイト(鋼板と作業ロールが接触している加工域)への圧延油の導入量が変化することが知られている。このような圧延油の導入量変化は、鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数の変動に繋がり、ひいては鋼板と作業ロール間での荷重変動によるゲージハンチング(板厚変動)やチャタリング(圧延機の異常振動)などの問題を引き起こす原因となる場合がある。したがって、鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数を適切な範囲に制御して、当該摩擦係数の変動を抑制することが安定な圧延操業を実現する上で重要である。鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数を適切な範囲に制御するためには、圧延油が量的に適切に鋼板及び作業ロールに供給されているか否かを検出する必要がある。
【0004】
これに関連して、油や潤滑剤などの検出に関する従来技術が幾つか知られている。例えば、特許文献1では、製造品中の油または潤滑剤の汚染を検出する方法であって、前記製品用の加工機械中に含有される油または潤滑剤に蛍光タガントを添加するステップと、赤外検出装置を通過して前記製品を運搬するステップと、前記製品が前記検出装置を通過する時に、前記検出装置から赤外線を前記製品に照射するステップと、前記照射された製品から放出される赤外線を検出するステップとを含む方法が記載されている。
【0005】
特許文献2では、例えば、光量の少ない状況で部品を用いる場合に、部品に滑性を与えかつ部品の位置を決定できるようにするために、対象物に液体として適用され、乾燥して固体コーティングを形成する蛍光滑剤が提案されている。
【0006】
特許文献3では、水性ベース成分及び場合により潤滑成分を含有する金属塑性加工用の塗布型水性潤滑皮膜形成剤において、水性蛍光染料を更に含有することを特徴とする潤滑皮膜形成剤が記載されている。さらに、特許文献3では、このような潤滑皮膜形成剤によれば、塗布前後において蛍光材料の均一分散性が担保されると共に、塑性加工前後においても皮膜中の蛍光材料の均一分散性が担保されるため、単に紫外線を照射し発光を測定するだけで、潤滑皮膜の密着性等を加工現場で簡便に調査できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-161530号公報
【文献】特開2003-313577号公報
【文献】特開2007-277468号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~3では、蛍光物質を用いてそれが含まれる油や潤滑皮膜等の検出を行うことが提案されているものの、検出される油等の定量的な測定や分析は十分にはなされておらず、また、提案される技術的事項を鋼板の圧延潤滑プロセスにおいて適用することについても何ら教示も示唆もされていない。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、新規な構成により、改善された圧延潤滑を実現することができる冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する本発明は下記のとおりである。
(1)蛍光物質を含む圧延油を圧延機の入側から鋼板及び作業ロールに供給する工程、
前記圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡を用いて前記鋼板の表面に存在する圧延油からの蛍光強度を測定する工程、
測定された蛍光強度と、予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて前記鋼板上の油膜厚さhの分布を算出する工程、
前記油膜厚さhと、下記式1:
b=0.5×√(Rroll 2+Rstrip 2) ・・・式1
(式中、Rroll及びRstripはそれぞれ圧延に供する作業ロール及び鋼板の表面の算術平均粗さである)で定義される境界潤滑閾値hbとに基づいて、前記蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対し、h<hbとなる面積の割合を接触率αとして算出する工程、
前記接触率αと前記鋼板に固有の境界摩擦係数μbから下記式2:
μ=α×μb ・・・式2
により算出される前記鋼板と前記作業ロールとの間の摩擦係数μを所定の範囲内に制御する制御工程
を含むことを特徴とする、冷間圧延における圧延潤滑方法。
(2)前記制御工程が前記圧延油の供給量又は濃度を調整することにより行われることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)前記蛍光顕微鏡が前記圧延機の出側の鋼板と同じ速度で走行することを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)鋼板を圧延するための作業ロールを備えた圧延機、
前記圧延機の入側に配置され、蛍光物質を含む圧延油を前記鋼板及び作業ロールに供給するための供給装置、
前記圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡、並びに
前記蛍光顕微鏡からの信号に基づいて前記供給装置からの圧延油の供給を制御するための制御装置
を備えたことを特徴とする、冷間圧延における圧延潤滑装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明の冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置によれば、圧延後の鋼板上に存在する圧延油に含まれる蛍光物質から放出される蛍光強度を測定することにより、ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することができる。ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することで、これらの間の摩擦係数を決定することができる。したがって、本発明の冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置によれば、当該摩擦係数が所定の範囲内に制御されるように圧延油の供給を調整することができ、それにより、冷間圧延において、焼付きやスリップ、さらにはゲージハンチングやチャタリング等の圧延不良を引き起こすことなく、安定な圧延操業を実現することが可能となる。加えて、冷間圧延に供される鋼種が変更され、通常であれば安定な圧延操業を実現するための調整に時間を要し、歩留まりの低下を招くような状況下であっても、圧延油の供給制御を行わない従来の冷間圧延の場合と比較して、歩留まりの低下を抑制しつつより早期に安定な圧延操業を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑装置を示す模式図である。
図2】露光時間0.5秒において実験的に求めた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係を示すグラフである。
図3】作業ロールと鋼板表面の合成粗さを模式的に示した図である。
図4】蛍光顕微鏡からの信号に基づいて算出された境界潤滑領域の面積を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<冷間圧延における圧延潤滑方法>
本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑方法は、
蛍光物質を含む圧延油を圧延機の入側から鋼板及び作業ロールに供給する工程、
前記圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡を用いて前記鋼板の表面に存在する圧延油からの蛍光強度を測定する工程、
測定された蛍光強度と、予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて前記鋼板上の油膜厚さhの分布を算出する工程、
前記油膜厚さhと、下記式1:
b=0.5×√(Rroll 2+Rstrip 2) ・・・式1
(式中、Rroll及びRstripはそれぞれ圧延に供する作業ロール及び鋼板の表面の算術平均粗さである)で定義される境界潤滑閾値hbとに基づいて、前記蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対し、h<hbとなる面積の割合を接触率αとして算出する工程、
前記接触率αと前記鋼板に固有の境界摩擦係数μbから下記式2:
μ=α×μb ・・・式2
により算出される前記鋼板と前記作業ロールとの間の摩擦係数μを所定の範囲内に制御する制御工程
を含むことを特徴としている。
【0014】
先に述べたとおり、冷間圧延においては、鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数を適切な範囲に維持するために、一般的に圧延機内の圧延スタンドの入側において鋼板及び作業ロールに圧延油が供給されている。これに関連して、例えば、圧延油の供給量が少ないと、摩擦係数が大きくなり、鋼板と作業ロールが直接接触していわゆる焼付きが生じたり、圧延荷重の増大に繋がったりすることがある。一方で、圧延油の供給量が多いと、摩擦係数が小さくなり、作業ロールに対して鋼板が滑る現象、いわゆるスリップが発生したり、チャタリング(圧延機の異常振動)が発生したりすることがある。圧延油の過不足によって生じるこれらの現象のいずれも鋼板表面の疵や品質低下の原因となり得ることから、ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数を所望の範囲内に制御して安定な圧延操業を実現するためには、圧延油の供給量を適切に調整することが重要となる。
【0015】
しかしながら、先に述べたとおり、鋼板や作業ロールの表面粗さ、温度等の要因によってロールバイトへの圧延油の導入量が変化することが知られており、適切な圧延油の供給量を決定すること自体が一般に容易ではない。一方で、ロールバイトへの圧延油の導入量が変化すると、鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数の変動に繋がり、ひいては鋼板と作業ロール間での荷重変動によるゲージハンチングやチャタリングなどの問題を引き起こす原因となる場合もある。
【0016】
そこで、本発明者らは、外部からのエネルギーを光に変換する物質である蛍光物質に着目し、これを鋼板及び作業ロールに供給される圧延油に含ませ、当該蛍光物質から放出される蛍光強度(輝度)を圧延油の供給制御に利用することについて検討を行った。その結果として、本発明者らは、圧延後の鋼板上に存在する圧延油に含まれる蛍光物質から放出される蛍光強度を測定することにより、ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することができることを見出した。ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することで、これらの間の摩擦係数を決定することができる。したがって、当該摩擦係数が所定の範囲内に制御されるように圧延油の供給を調整することができ、それにより、冷間圧延において、焼付きやスリップ、さらにはゲージハンチングやチャタリング等の圧延不良を引き起こすことなく、安定な圧延操業を実現することが可能となる。加えて、冷間圧延に供される鋼種が変更され、通常であれば安定な圧延操業を実現するための調整に時間を要し、歩留まりの低下を招くような状況下であっても、圧延油の供給制御を行わない従来の冷間圧延の場合と比較して、歩留まりの低下を抑制しつつより早期に安定な圧延操業を実現することが可能となる。
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑方法についてより詳しく説明するが、これらの説明は、本発明の好ましい実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0018】
図1は、本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑装置を示す模式図である。図1を参照すると、本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑装置10は、鋼板1を圧延するための作業ロール2を備えた圧延機4、圧延機4の入側に配置され、蛍光物質を含む圧延油を鋼板1及び作業ロール2に供給するための供給装置5、圧延機4の出側に配置された蛍光顕微鏡6、並びに蛍光顕微鏡6からの信号に基づいて供給装置5からの圧延油の供給を制御するための制御装置7を備えており、当該制御装置7は、供給装置5及び蛍光顕微鏡6と電気的に接続されている。なお、圧延機4は、図1に示すように作業ロール2を支持するためのバックアップロール3をさらに備えていてもよい。図1では、理解を容易にするため、圧延機4として1つの圧延スタンドのみから構成される圧延機を示しているが、圧延機4はこのような圧延機には必ずしも限定されず、複数の圧延スタンドから構成されるタンデム形式の圧延機であってもよい。また、圧延機4が複数の圧延スタンドから構成される場合には、供給装置5及び蛍光顕微鏡6は、それぞれ各圧延スタンドの入側及び出側に配置されていてもよいし、又は一部の圧延スタンドの入側及び出側のみに配置されていてもよい。
【0019】
図1を参照してより具体的に説明すると、冷間圧延における圧延潤滑装置10を用いた圧延潤滑方法では、まず、蛍光物質を含む圧延油が供給装置5によって圧延機4の入側から鋼板1及び作業ロール2に供給される。次いで、鋼板1が圧延されて圧延機4の出側に通板され、当該圧延機4の出側に配置された蛍光顕微鏡6を用いて鋼板1の表面に存在する圧延油からの蛍光強度が測定される。ここで、蛍光強度は、同じ露光時間で測定した場合には、油膜厚さが大きくなるにつれてその値が大きくなることから、蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係を検量線や関係式の形式にて実験的に予め求めておくことができる。このようにして実験的に予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係と、実際の冷間圧延プロセスにおいて測定された蛍光強度とに基づいて、制御装置7により鋼板1上の油膜厚さhの分布が算出される。
【0020】
次に、得られた油膜厚さhの分布を、制御装置7において、後で詳しく説明される境界潤滑閾値hbと比較する。ここで、圧延した鋼板1上には圧延油が比較的多く存在する流体潤滑と呼ばれる領域と、圧延油が全く存在しないか又は十分には存在しない境界潤滑と呼ばれる領域があり、それらの境界が境界潤滑閾値hbとなる。したがって、油膜厚さhの分布を境界潤滑閾値hbと比較することにより、h<hbとなる面積を圧延油が全く存在しないか又は十分には存在しない境界潤滑領域の面積、すなわち鋼板1と作業ロール2が接触する面積とみなしてその値を算出することができる。このようにして得られた境界潤滑領域の面積を蛍光顕微鏡6によって撮影される全体面積に対する割合に換算することで、鋼板1と作業ロール2の接触率αが算出される。
【0021】
一方、鋼板1は固有の境界摩擦係数μbを有することから、先に求めた接触率αと当該境界摩擦係数μbから、制御装置7によりロールバイト内部の鋼板1と作業ロール2との間の摩擦係数μが算出される。最後に、算出された摩擦係数μが、所定の範囲内にあるか否かが制御装置7において判断される。そして、算出された摩擦係数μが小さい場合には、制御装置7により供給装置5からの圧延油の供給量を減らすなどして摩擦係数μが大きくなるように制御される。一方で、算出された摩擦係数μが大きい場合には、制御装置7により供給装置5からの圧延油の供給量を増やすなどして摩擦係数μが小さくなるように制御される。このような圧延油の供給制御を行うことで、冷間圧延において、焼付きやスリップ、さらにはゲージハンチングやチャタリング等の圧延不良を引き起こすことなく、安定な圧延操業を実現することが可能となり、また、このような圧延油の供給制御を行わない従来の冷間圧延の場合と比較して、歩留まりの低下を抑制しつつより早期に安定な圧延操業を実現することが可能となる。以下、本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑方法の各工程についてより詳しく説明する。
【0022】
[圧延油の供給工程]
本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑方法では、まず、蛍光物質を含む圧延油が圧延機の入側から鋼板及び作業ロールに供給される。蛍光物質を含む圧延油を使用することで、圧延後の鋼板上に存在する圧延油中の当該蛍光物質から放出される蛍光強度に基づいてロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することができる。
【0023】
[蛍光物質]
上記の蛍光物質は、外部からのエネルギーを光に変換することができる当業者に公知の任意の物質であってよく、特に限定されないが、例えば、CdTe/CdSe、CdS(Se)/CdTe、CdS(Se)/ZnTe、CuInS(Se)/ZnS(Se)、Cu(GaIn)S(Se)/ZnS(Se)、ZnTe/CdS(Se)、GaSb/GaAs、GaAs/GaSb、Ge/Si、Si/Ge、PbSe/PbTe、PbTe/PbSe、CdTe、CdSe、ZnTe、CuInS、CuGaS、Cu(Ga、In)S、CuGaSnS(Se)、CuGaS(Se)、CuSnS(Se)、ZnS、CuInSe、CuGaSe、ZnSe、ZnTe、GaSb、GaAs、Ge、Si、PbSe、PbTe、PbTe、及びPbSeからなる群より選択される少なくとも1種を含むことができる。
【0024】
蛍光物質の粒子サイズは、圧延油の機能を阻害しない範囲内の任意の粒子サイズであってよく、特に限定されないが、一般的には1~100nm、例えば1~50nmであってよい。同様に、圧延油中の蛍光物質の濃度は、圧延油の機能を阻害しない範囲内で適切に選択すればよく、特に限定されないが、一般的には0.01~0.50mg/ml、例えば0.05~0.30mg/mlであってよい。上記の蛍光物質を含む圧延油は、任意の適切な供給装置、例えば供給ノズルを用いて圧延機の入側から鋼板及び作業ロールに供給される。圧延機が複数の圧延スタンドから構成されるタンデム形式の圧延機である場合には、各圧延スタンドの入側から圧延油を鋼板及び作業ロールに供給してもよいし、又は一部の圧延スタンドの入側からのみ圧延油を鋼板及び作業ロールに供給してもよい。
【0025】
例えば、圧延機が複数の圧延スタンドから構成されるタンデム形式の圧延機である場合には、各圧延スタンドによって圧下率が異なることがある。このような場合には、各圧延スタンドにおいて圧延荷重が異なり、圧延荷重負荷が大きな圧延スタンドにおいては、一般に圧延油が供給過多になる傾向がある。このような観点から、例えば、タンデム形式の圧延機の場合には、圧延荷重負荷が大きく、それゆえ適切な圧延油の供給制御が特に必要とされる一部の圧延スタンドにおいてのみ、本発明に係る圧延油の供給制御を行うようにしてもよい。
【0026】
[鋼板]
本発明の実施形態に係る圧延潤滑方法は、冷間圧延を実施することができる任意の化学組成及び特性を有する鋼板、例えば、極低炭素鋼(いわゆるIF鋼)や、軟質なフェライト相と硬質なマルテンサイト相の複合組織で構成されたDP鋼からなる鋼板など、化学組成や引張強度などの特性が異なる任意の鋼板に適用することができ、そしてこのような任意の化学組成を有する鋼板に対して同様の効果を達成することができる。また、鋼板の板厚は、冷間圧延に適した任意の板厚であってよく、特に限定されないが、一般的には1.0~4.0mm、例えば1.0~3.0mmであってよい。
【0027】
化学組成や引張強度などの特性が異なる鋼板を同じ圧延設備において冷間圧延する場合には、鋼種を切り替える際に、当該鋼種に応じて圧延油の適切な供給量などが変化することから、安定な圧延操業を実現するための調整に時間を要することがある。このような場合には、単に時間を要するだけでなく、その間に製造された製品を廃棄しなければならなくなることがあるため、歩留まりの低下を招く虞がある。しかしながら、本発明の実施形態に係る圧延潤滑方法によれば、鋼種が変更された場合でも、当該鋼種について予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係や、当該鋼種からなる鋼板表面の算術平均粗さ、さらには当該鋼板に固有の境界摩擦係数μbなどの情報から、ロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数μを素早くかつ比較的容易に算出することが可能である。したがって、本圧延潤滑方法によれば、冷間圧延を行う鋼種が変更された場合であっても、従来の冷間圧延の場合と比較して、歩留まりの低下を抑制しつつより早期に安定な圧延操業を実現することが可能となる。
【0028】
[蛍光強度の測定工程]
次に、鋼板は圧延されて圧延機の出側に通板され、当該圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡を用いて鋼板の表面に存在する圧延油からの蛍光強度が測定される。適切な露光時間を確保して十分な蛍光強度を得るためには、蛍光顕微鏡は、例えば、図1において蛍光顕微鏡6に関連して矢印で示すように、圧延機の出側の鋼板と同じ速度で走行することが好ましい。圧延機の出側の鋼板と同じ速度で走行することで、鋼板との相対速度をゼロにして撮影することができるため、測定位置において適切な露光時間を確保することが可能となる。このような走行速度は、一般的には2000m/分以下、例えば480~1800m/分(8~30m/秒)又は600~1200m/分(10~20m/秒)であってよい。また、露光時間は、蛍光顕微鏡の性能に応じて任意の適切な時間を選択すればよく、特に限定されないが、一般的には0.05~1.0秒、例えば0.1~0.5秒であってよい。なお、蛍光強度は、露光時間が長くなるにつれてその値が大きくなることから、圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡による露光時間は、後で説明される予め実験的に求められた蛍光強度と同じ露光時間とする必要がある。
【0029】
蛍光顕微鏡による測定は、鋼板の幅方向中央部に対して行うことが好ましい。鋼板の幅方向端部では圧延油が不規則な状態でまとわりついたりしている場合があり、安定な測定を行うことができない虞があるからである。また、複数の蛍光顕微鏡を圧延機の出側に配置して蛍光強度の測定を行ってもよい。蛍光顕微鏡によって観察することができる視野の大きさは一般的には数十μm×数十μm、例えば50μm×50μm程度である。このため、複数の蛍光顕微鏡によってロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態をモニタリングし、それらの測定結果を圧延油の供給制御に反映させることで、より精度の高い制御を実現することが可能となる。蛍光顕微鏡としては、当業者に公知の適切な蛍光顕微鏡を使用することができ、特に限定されないが、例えば、落射型蛍光顕微鏡や光電子増倍管等の検出器が取り付けられた共焦点レーザー顕微鏡等を使用することができる。
【0030】
[油膜厚さ分布の算出工程]
次に、先の工程で測定された蛍光強度と、予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて鋼板上の油膜厚さhの分布が算出される。先に述べたとおり、蛍光強度は、同じ露光時間で測定した場合には、油膜厚さが大きくなるにつれてその値が大きくなることから、蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係を検量線や関係式の形式にて実験的に予め求めておくことができる。
【0031】
図2は、露光時間0.5秒において実験的に求めた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係を示すグラフである。図2では、鋼片上に厚さ0~2.4μmの油膜をそれぞれ形成した試料を蛍光顕微鏡によって露光時間0.5秒で測定した際に得られる蛍光強度がプロットされている。図2の結果から、露光時間を一定とした場合には、蛍光顕微鏡によって測定される蛍光強度は、油膜厚さが厚くなるにつれてその値が大きくなっており、すなわち蛍光強度は油膜厚さと一定の相関関係を示すことがわかる。そこで、実際の冷間圧延プロセスにおいて圧延機の出側に配置される蛍光顕微鏡と同じ露光時間で予め実験的に蛍光強度と油膜厚さの関係を検量線や関係式の形式にて求めておくことで、実際の冷間圧延プロセスにおいて測定された蛍光強度から、圧延後の鋼板上の油膜厚さhの分布を算出することが可能となる。
【0032】
[接触率αの算出工程]
次に、得られた油膜厚さhの分布を境界潤滑閾値hbと比較することにより接触率αが算出される。先に述べたとおり、圧延した鋼板上には圧延油が比較的多く存在する流体潤滑と呼ばれる領域と、圧延油が全く存在しないか又は十分には存在しない境界潤滑と呼ばれる領域があり、それらの境界が境界潤滑閾値hbとなる。
【0033】
冷間圧延プロセスでは、鋼板及び作業ロールは、それぞれある特定の表面粗さを有しているため、このような表面粗さに起因してロールバイトへの圧延油の導入量が影響を受けそして変化することが知られている。このような鋼板及び作業ロールの表面粗さを考慮に入れた場合には、ロールバイトに導入される圧延油の量は、流体力学的な動的効果よりはむしろ、鋼板及び作業ロール表面の凹部に捕捉される効果の方が大きくなり、ほぼその効果によって境界潤滑領域における境界潤滑閾値hbが決定されることになる。より具体的には、境界潤滑閾値hbは、下記式1:
b=0.5×√(Rroll 2+Rstrip 2) ・・・式1
(式中、Rroll及びRstripはそれぞれ圧延に供する作業ロール及び鋼板の表面の算術平均粗さである)で定義されるように、作業ロール及び鋼板表面の二乗平均粗さの合成粗さの1/2となる(例えば、小豆島 明,「表面粗さを考慮に入れた油膜厚みの解析と測定-冷間圧延における摩擦と潤滑の研究 V-」,Journal of the JSTP,vol.36,no.414(1995-7),pp.737-742を参照)。
【0034】
より詳しく説明すると、まず、作業ロールと鋼板の合成粗さは、√(Rroll 2+Rstrip 2)(式中、Rroll及びRstripはそれぞれ圧延に供する作業ロール及び鋼板の表面の算術平均粗さである)で表すことができ、図3はこれを模式的に示した図である。図3を参照すると、図3(a)に示す作業ロール2の表面の算術平均粗さRrollと鋼板1の表面の算術平均粗さRstripを、図3(b)に示すように、作業ロール2の表面を鏡面にすることにより鋼板1の表面に合成して、√(Rroll 2+Rstrip 2)で表される作業ロール2と鋼板1の合成粗さに換算することができる。流体潤滑と境界潤滑の境界である境界潤滑閾値hbは、このような合成粗さの凹部に捕捉される圧延油の量に依存することとなり、より具体的に当該合成粗さの1/2となる。
【0035】
本工程では、先の工程で算出された油膜厚さhの分布を上記の境界潤滑閾値hbと比較することにより、h<hbとなる面積については、圧延油が全く存在しないか又は十分には存在しない境界潤滑領域の面積、すなわち鋼板と作業ロールが接触する面積とみなしてその値を算出することができる。このようにして得られた境界潤滑領域の面積を蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対する割合に換算することで、鋼板と作業ロールの接触率αを算出することができる。全面積が境界潤滑領域である場合、すなわち全面積がh<hbである場合には、接触率αは1であり、一方で、全面積が流体潤滑領域である場合、すなわち全面積がh>hbである場合には、接触率αは0となる。
【0036】
図4は、蛍光顕微鏡からの信号に基づいて算出された境界潤滑領域の面積を示す図である。色の濃い領域は圧延油の量が少なく、境界摩擦領域となっている部分を示す。図4の全体面積は、蛍光顕微鏡によって撮影された全体面積に相当し、それゆえ図4の例の場合、画像処理により接触率αは0.654と算出することができる。
【0037】
[摩擦係数μの制御工程]
次に、得られた接触率αと鋼板に固有の境界摩擦係数μbから下記式2:
μ=α×μb ・・・式2
によりロールバイト内部の鋼板と作業ロールの間の摩擦係数μが算出される。ここで、境界摩擦係数μbは、鋼板に固有の摩擦係数でありバウデン試験などの摩擦試験により事前に測定することが可能である。例えば、一般鋼の場合、境界摩擦係数μbは約0.160~約0.200である。
【0038】
最後に、算出された摩擦係数μが、所定の範囲内、より詳しくは、スリップやチャタリング、さらには焼付きや圧延荷重の増大等の圧延不良を生じない安定な圧延操業を実現するための好ましい範囲内にあるか否かが判断される。摩擦係数μの好ましい範囲は、鋼板の化学組成や特性、さらには使用する圧延機などによっても変化するため、具体的には鋼種及び使用する圧延設備ごとに実際の圧延操業を実施する中で適切な摩擦係数μの範囲を決定する必要がある。したがって、任意の鋼板及び圧延機に適用できる摩擦係数μの好ましい範囲を規定することはできないものの、一般的には摩擦係数μは0.040~0.070の範囲内に制御することが好ましく、0.045~0.065の範囲内に制御することがより好ましい。例えば、算出された摩擦係数μが0.040よりも小さい場合には、スリップやチャタリングが発生するか又はその虞があるため、これらを防ぐために圧延機入側からの圧延油の供給量又は濃度を減らすなどして摩擦係数μが0.040以上となるように制御される。一方で、算出された摩擦係数μが0.070よりも大きい場合には、焼付きの発生や圧延荷重の増大が生じるか又はその虞があるため、これらを防ぐために圧延機入側からの圧延油の供給量又は濃度を増やすなどして摩擦係数μが0.070以下となるように制御される。
【0039】
<冷間圧延における圧延潤滑装置>
本発明の実施形態に係る冷間圧延における圧延潤滑装置は、
鋼板を圧延するための作業ロールを備えた圧延機、
前記圧延機の入側に配置され、蛍光物質を含む圧延油を前記鋼板及び作業ロールに供給するための供給装置、
前記圧延機の出側に配置された蛍光顕微鏡、並びに
前記蛍光顕微鏡からの信号に基づいて前記供給装置からの圧延油の供給を制御するための制御装置
を備えたことを特徴としている。
【0040】
[圧延機]
本発明の実施形態に係る圧延機は、鋼板を圧延するための作業ロールを備えた任意の圧延機であってよく、特に限定されないが、例えば、図1に示されるような1つの圧延スタンドのみから構成されるか、又は複数の圧延スタンドから構成されるタンデム形式の圧延機であってもよい。作業ロールは、任意の適切な直径を有することができ、特に限定されないが、一般的には300~1000mm、例えば400~600mmの直径を有するものであってよい。また、圧延機は、図1に示すように作業ロールを支持するためのバックアップロールを備えていてもよい。
【0041】
[供給装置]
本発明の実施形態によれば、圧延機の入側に供給装置が配置され、当該供給装置によって蛍光物質を含む圧延油が鋼板及び作業ロールに供給される。蛍光物質を含む圧延油を使用することで、圧延後の鋼板上に存在する圧延油中の当該蛍光物質から放出される蛍光強度に基づいてロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態を適切に評価することができる。このような供給装置としては、例えば、鋼板の幅方向に沿って1つ又は複数の供給ノズルを備えたものであってもよい。また、圧延機が複数の圧延スタンドから構成される場合には、供給装置は、各圧延スタンドの入側に配置してもよいし、又は一部の圧延スタンドの入側のみに配置してもよい。また、蛍光物質としては、圧延潤滑方法に関連して説明した物質を使用することができる。
【0042】
[蛍光顕微鏡]
本発明の実施形態によれば、圧延機の出側に蛍光顕微鏡が配置され、当該蛍光顕微鏡により圧延後の鋼板表面に存在する圧延油からの蛍光強度が測定される。蛍光顕微鏡としては、上記のとおり、当業者に公知の適切な蛍光顕微鏡を使用することができ、特に限定されないが、例えば、落射型蛍光顕微鏡や光電子増倍管等の検出器が取り付けられた共焦点レーザー顕微鏡等を使用することができる。
【0043】
圧延機入側の圧延油の供給装置が、鋼板の幅方向に沿って複数配置される場合には、蛍光顕微鏡もそれに対応して圧延機出側に複数配置してもよい。蛍光顕微鏡によって観察することができる視野の大きさは、上記のとおり、一般的には数十μm×数十μm、例えば50μm×50μm程度である。このため、複数の蛍光顕微鏡によってロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の接触状態をモニタリングし、それらの測定結果を圧延油の供給制御に反映させることで、より精度の高い制御を実現することが可能となる。また、圧延機が複数の圧延スタンドから構成される場合には、蛍光顕微鏡は、各圧延スタンドの出側に配置してもよいし、又は一部の圧延スタンドの出側のみに配置してもよい。1つの圧延スタンドだけでなく、複数又は全ての圧延スタンドの入側及び出側に供給装置と蛍光顕微鏡を配置することで、これら複数の圧延スタンドについて本発明の実施形態に係る圧延潤滑方法を実施することができるため、より安定な圧延操業を実現することが可能となる。
【0044】
圧延潤滑方法に関連して説明したとおり、適切な露光時間を確保して十分な蛍光強度を得るためには、蛍光顕微鏡は、圧延機の出側の鋼板と同じ速度で走行することが好ましい。したがって、蛍光顕微鏡のこのような走行を可能とするために、例えば、圧延機の出側、より具体的には圧延スタンドの出側の上方に長さ数メートル、例えば1~5m又は2~4mのレールを設け、当該レールに蛍光顕微鏡を設置することで、蛍光顕微鏡が圧延機出側の鋼板と同じ速度で走行するようにしてもよい。
【0045】
[制御装置]
制御装置は、所定のプログラムに基づいて演算を行う電子回路やコンピュータを備えており、これに圧延機入側の供給装置と圧延機出側の蛍光顕微鏡が電気的に接続されている。本発明の実施形態に係る圧延潤滑装置においては、当該制御装置は、蛍光顕微鏡からの信号と、予め求められた蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて圧延後の鋼板上の油膜厚さhの分布を算出するとともに、当該油膜厚さhと境界潤滑閾値hbとを比較することにより境界潤滑領域の面積を算出し、それを蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対する割合に換算してロールバイト内部の鋼板と作業ロールの接触率αを算出する。次いで、制御装置は、得られた接触率αからロールバイト内部の鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数μを算出し、最後に、算出された摩擦係数μが所定の範囲内にあるか否かを判断して、摩擦係数μが所定の範囲内にない場合には、供給装置からの圧延油の供給量を調整する。
【0046】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0047】
以下の実施例では、本発明に係る冷間圧延における圧延潤滑方法及び圧延潤滑装置を用いて異なる鋼種の冷間圧延を実施し、鋼種を変更した際に安定した圧延操業を実現するまでに要する時間を調べた。
【0048】
[実施例]
5つの圧延スタンドを備えたタンデム形式の圧延機を使用したこと以外は図1に示す圧延潤滑装置と同じ圧延潤滑装置を使用した冷間圧延において、鋼種を引張強度が440MPa級の極低炭素鋼(IF鋼)の鋼板から引張強度が590MPa級の複合組織鋼(DP鋼)の鋼板に変更する試験を行った。一般的に圧延荷重負荷が大きく、これを下げるために圧延油が供給過多になりがちな第3圧延スタンド(上流側から3番目の圧延スタンド)に関する圧延油の供給量を調整するために、供給ノズル及び蛍光顕微鏡をそれぞれ第3圧延スタンドの入側及び出側に配置した。
【0049】
供給ノズルから供給される圧延油は、蛍光物質としてNN-LABS社製のCuInS/ZnSを0.2mg/mlの濃度で含むものを使用した。蛍光顕微鏡は、鋼板の幅方向中央部を撮影することができるように、第3圧延スタンド出側の上方に設けられた約2mのレール上に設置し、レール上2mの距離だけ第3圧延スタンド出側の鋼板と同じ速度で走行して鋼板との相対速度をゼロにして撮影できるようにした。蛍光顕微鏡による露光時間は0.2秒とした。また、第3圧延スタンドの作業ロールの直径は460mmであり、440MPa級IF鋼及び590MPa級DP鋼の両鋼板において、第3圧延スタンドの入側板厚は1.5mm、出側板厚は1.2mm、板幅は1000mmであった。また、圧延速度は600m/分(10m/秒)とした。
【0050】
590MPa級DP鋼についてスリップやチャタリング等の圧延不良が発生しない適切な摩擦係数μの範囲を事前の実機試験で調べたところ、その範囲は0.040~0.070であった。一方で、590MPa級DP鋼に固有の境界摩擦係数μbをバウデン試験機により事前に測定した結果、当該DP鋼の境界摩擦係数μbは0.180であった。これらの事前の試験結果を考慮すると、摩擦係数μを0.040~0.070の範囲内に制御するのに必要な接触率の範囲は、式2から逆算すると、α=μ/μb≒0.222~0.389となることがわかる。一方、作業ロール表面の平均粗さRrollと鋼板表面の平均表面粗さRstripを測定すると、それぞれ0.318及び0.278であった。したがって、境界潤滑閾値hbは式1から0.211と算出された。これら事前に得られたデータ等を下表1に纏める。
【0051】
【表1】
【0052】
これらの事前の実験等で得られたデータを前提として、冷間圧延プロセスを440MPa級IF鋼の鋼板から590MPa級DP鋼の鋼板に変更し、その際の第3圧延スタンド出側に配置した蛍光顕微鏡から得られた蛍光強度と、図2に示されるような蛍光強度と圧延油の油膜厚さの関係とに基づいて、第3圧延スタンド出側における鋼板上の油膜厚さhの分布を算出した。次いで、当該油膜厚さhが境界潤滑閾値hb=0.211よりも小さくなる面積を算出し、それを蛍光顕微鏡によって撮影される全体面積に対する割合(接触率α)に換算した。次いで、当該接触率αから式2により算出される鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数μが0.040~0.070の範囲内に制御されるように、言い換えると、接触率αが0.222~0.389の範囲内に制御されるように圧延油の供給量を調整した。
【0053】
その結果、440MPa級IF鋼を590MPa級DP鋼に変更した場合でも、約7秒の非常に短い時間で接触率αが0.222~0.389の範囲内に制御され、すなわち約7秒の非常に短い時間で鋼板と作業ロールとの間の摩擦係数μが0.040~0.070の範囲内に制御され、スリップやチャタリング等の圧延不良が発生しない安定な圧延操業を実現することができた。したがって、安定な圧延操業の実現までに要した製品の長さ(廃棄すべき鋼板の長さ)を約70m(10m/秒×約7秒=約70m)程度に抑えることができ、以下で説明する比較例の場合と比較して歩留まりを大きく改善することができた。
【0054】
[比較例]
鋼種を440MPa級IF鋼から590MPa級DP鋼に変更する際に、蛍光顕微鏡を用いた本発明に係る圧延潤滑方法は適用せずに、スリップやチャタリング等の圧延不良の発生の状態を目視で観察しながら圧延油の供給量を調整した。その結果、これらの圧延不良が発生しない安定な圧延操業を実現するのに約20秒の時間を要した。したがって、安定な圧延操業の実現までに要した製品の長さ(廃棄すべき鋼板の長さ)は約200m(10m/秒×約20秒=約200m)となり、本発明に係る実施例の場合と比較して廃棄すべき鋼板の長さが約3倍近くとなった。
【符号の説明】
【0055】
1 鋼板
2 作業ロール
3 バックアップロール
4 圧延機
5 供給装置
6 蛍光顕微鏡
7 制御装置
10 冷間圧延における圧延潤滑装置
図1
図2
図3
図4