(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】摺動部品用ポリアミド樹脂組成物、及び摺動部品
(51)【国際特許分類】
C08L 77/00 20060101AFI20241113BHJP
C08K 5/00 20060101ALI20241113BHJP
C08L 23/26 20060101ALI20241113BHJP
C08L 15/00 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
C08L77/00
C08K5/00
C08L23/26
C08L15/00
(21)【出願番号】P 2021548804
(86)(22)【出願日】2020-09-11
(86)【国際出願番号】 JP2020034552
(87)【国際公開番号】W WO2021060031
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2023-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2019177711
(32)【優先日】2019-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】722014321
【氏名又は名称】東洋紡エムシー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩村 和樹
(72)【発明者】
【氏名】吉村 信宏
(72)【発明者】
【氏名】滝田 宗利
【審査官】佐藤 貴浩
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/098210(WO,A1)
【文献】特開2007-297581(JP,A)
【文献】特開2014-218574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00- 13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性ポリアミド樹脂(A)、前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する変性ポリオレフィン樹脂(B)および/または前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する熱可塑性エラストマー(C)、酸化防止剤(D)、離型剤(E)、及び固体潤滑剤(F)を含有し、
前記固体潤滑剤(F)は、フッ素系潤滑剤および/またはアクリル変性ポリオルガノシロキサンであり、
前記変性ポリオレフィン樹脂(B)および/または前記熱可塑性エラストマー(C)は、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に粒径5μm以下のドメインで分散している摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項2】
前記酸化防止剤(D)と前記離型剤(E)は、前記変性ポリオレフィン樹脂(B)と前記熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基の失活を抑制する化合物である請求項1に記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項3】
前記反応性官能基は、酸無水物基である請求項1又は2に記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項4】
前記酸化防止剤(D)は、ヒンダードフェノール系酸化防止剤である請求項1~3のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項5】
前記離型剤(E)は、高級脂肪酸エステル系化合物である請求項1~4のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項6】
前記熱可塑性エラストマー(C)は、スチレン系および/またはオレフィン系熱可塑性エラストマーである請求項1~5のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物から得られる摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアミド樹脂組成物に関し、詳しくは、摺動部品の成形に好適に用いられるポリアミド樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアミド樹脂は結晶性のため摺動性に優れる成形材料であるが、より優れた摺動特性を得るために、二硫化モリブデン、グラファイトおよびフッ素樹脂等の固形潤滑剤、各種の潤滑オイル、あるいはシリコーンオイル等の液体潤滑剤等を配合することが知られている。
【0003】
これらの摺動改良剤のうち、固体潤滑剤は大量に配合する必要があり、ベースとなるポリアミド樹脂の靭性を著しく低下させる欠点がある。液体潤滑剤は比較的少量で、効果の高い摺動性を付与できるが、多くの場合、ベースとなるポリアミド樹脂との相容性が悪く、成形品の表面が液体潤滑剤で汚染されやすく、用途が制限される欠点がある。
【0004】
このような各種潤滑剤の配合による欠点を改善する方法として、変性スチレン系重合体と特定範囲の分子量の変性高密度ポリエチレンを配合する方法(特許文献1)、高粘度の結晶性ポリアミド樹脂を使用すると共に、変性ポリオレフィン樹脂を配合する方法などが提案されている(特許文献2)。
【0005】
かかるポリアミド樹脂組成物によって、上述のような欠点がなく、摺動特性に優れた成形品の提供が可能になったが、近年、成形品の軽量化、成形品形状の複雑化などの動向のため、成形性の向上、耐熱安定性の向上、及び摺動特性の向上など、より高いレベルの特性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平8-157714号公報
【文献】WO2008/075699号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、成形性、耐熱安定性、及び靭性に優れるとともに、耐摩耗性、及び摺動安定性に優れることが要求される摺動部品の成形に好適に用いられるポリアミド樹脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討した結果、成形性や耐熱性の向上のために添加する酸化防止剤及び離型剤が、摺動特性を向上させること、さらに固体潤滑剤をポリアミド樹脂組成物に添加して靭性を保持することによって摺動特性が向上することを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
[1]
結晶性ポリアミド樹脂(A)、前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する変性ポリオレフィン樹脂(B)および/または前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する熱可塑性エラストマー(C)、酸化防止剤(D)、離型剤(E)、及び固体潤滑剤(F)を含有し、
前記変性ポリオレフィン樹脂(B)および/または前記熱可塑性エラストマー(C)は、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に粒径5μm以下のドメインで分散している摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[2]
前記酸化防止剤(D)と前記離型剤(E)は、前記変性ポリオレフィン樹脂(B)と前記熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基の失活を抑制する化合物である、[1]に記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[3]
前記反応性官能基は、酸無水物基である、[1]又は[2]に記載のポリアミド樹脂組成物。
[4]
前記酸化防止剤(D)は、ヒンダードフェノール系酸化防止剤である、[1]~[3]のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[5]
前記離型剤(E)は、高級脂肪酸エステル系化合物である、[1]~[4]のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[6]
前記熱可塑性エラストマー(C)は、スチレン系および/またはオレフィン系熱可塑性エラストマーである、[1]~[5]のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[7]
前記固体潤滑剤(F)は、フッ素系潤滑剤および/またはアクリル変性ポリオルガノシロキサンである、[1]~[6]のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物。
[8]
[1]~[7]のいずれかに記載の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物から得られる摺動部品。
【発明の効果】
【0010】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、成形性、耐熱安定性、及び靭性に優れるのみならず、耐摩耗性の向上、及び摩擦係数の変化が少ないなどの摺動特性の更なる向上が認められる。また、本発明のポリアミド樹脂組成物は、低摩耗性と低摩擦性を両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例2で作製した評価サンプルの断面を微分干渉顕微鏡で観察した画像である。
【
図2】比較例10で作製した評価サンプルの断面を微分干渉顕微鏡で観察した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体的に説明する。本発明の摺動部品用ポリアミド樹脂組成物は、結晶性ポリアミド樹脂(A)、前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する変性ポリオレフィン樹脂(B)(以下、変性ポリオレフィン樹脂(B)ともいう。)および/または前記ポリアミド樹脂(A)の末端基および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する熱可塑性エラストマー(C)(以下、熱可塑性エラストマー(C)ともいう。)、酸化防止剤(D)、離型剤(E)、及び固体潤滑剤(F)を含有する。
【0013】
各成分の配合量は、結晶性ポリアミド樹脂(A)、変性ポリオレフィン樹脂(B)、熱可塑性エラストマー(C)、及び固体潤滑剤(F)の全樹脂成分の合計を100質量部とした時の質量部で表す。本発明のポリアミド樹脂組成物においては、配合量がそのままポリアミド樹脂組成物中の含有量となる。
【0014】
結晶性ポリアミド樹脂(A)は、主鎖中にアミド結合(-NHCO-)を有する結晶性の重合体であれば特に限定されず、例えば、ポリアミド6(NY6)、ポリアミド66(NY66)、ポリアミド46(NY46)、ポリアミド11(NY11)、ポリアミド12(NY12)、ポリアミド610(NY610)、ポリアミド612(NY612)、ポリメタキシリレンアジパミド(MXD6)、ヘキサメチレンジアミン-テレフタル酸重合体(6T)、ヘキサメチレンジアミン-テレフタル酸およびアジピン酸重合体(66T)、ヘキサメチレンジアミン-テレフタル酸およびε-カプロラクタム共重合体(6T/6)、トリメチルヘキサメチレンジアミン-テレフタル酸重合体(TMD-T)、メタキシリレンジアミンとアジピン酸およびイソフタル酸共重合体(MXD-6/I)、トリヘキサメチレンジアミンとテレフタル酸およびε-カプロラクタム共重合体(TMD-T/6)、ジアミノジシクロヘキシレンメタン(CA)とイソフタル酸およびラウリルラクタム共重合体等が挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。これらのうち、ポリアミド6(NY6)、及びポリアミド66(NY66)を用いることが好ましい。
【0015】
結晶性ポリアミド樹脂(A)の相対粘度は特に限定されないが、96%硫酸溶液(ポリアミド樹脂濃度1g/dl、温度25℃)で測定されたもので、好ましくは2.0~5.0であり、より好ましくは2.0~3.5である。
【0016】
変性ポリオレフィン樹脂(B)は、ポリオレフィン樹脂を変性したものである。ポリオレフィン樹脂としては、例えば、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(1-ブテン)、ポリ(4-メチルペンテン)等が挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。これらのうち、高密度ポリエチレンを用いることが好ましい。
【0017】
変性ポリオレフィン樹脂(B)は、結晶性ポリアミド樹脂(A)との相容性を向上させるために、前記ポリアミド樹脂(A)の末端基(アミノ基又はカルボキシ基)および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する。前記反応性官能基としては、例えば、カルボキシ基、酸無水物基、エポキシ基、オキサゾリン基、アミノ基、イソシアネート基等が挙げられる。これらのうち、前記ポリアミド樹脂(A)との反応性が高いという観点から、酸無水物基が好ましい。
【0018】
前記反応性官能基の含有量は、変性ポリオレフィン樹脂(B)中に0.05~8質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1~5質量%である。前記反応性官能基を有する変性ポリオレフィン樹脂(B)の製造方法は特に限定されないが、ポリオレフィン樹脂を製造する工程で前記反応性官能基を持つ化合物を反応させる方法、ポリオレフィン樹脂のペレットと前記反応性官能基を持つ化合物等を混合し、押出機等で混錬して反応させる方法等が挙げられる。
【0019】
変性ポリオレフィン樹脂(B)の配合量は、変性ポリオレフィン樹脂(B)が前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に粒径5μm以下のドメインで分散できる量であれば特に限定されないが、通常は、全樹脂成分100質量%に対して、0.5~10質量%であり、好ましくは1~8質量%、より好ましくは2~6質量%である。
【0020】
熱可塑性エラストマー(C)は特に限定されず、例えば、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、ポリアミド系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、ポリウレタン系熱可塑性エラストマーなどが挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。
【0021】
スチレン系熱可塑性エラストマーは特に限定されず、例えば、スチレン/ブタジエン/スチレンブロック共重合体(SBS)、その水素添加物であるスチレン/エチレン・ブチレン/スチレンブロック共重合体(SEBS)、スチレン/ブタジエン共重合体(SBR)、その水素添加物であるスチレン/エチレン/ブチレン共重合体(HSBR)、スチレン/イソプレン/スチレンブロック共重合体(SIS)、その水素添加物であるスチレン/エチレン・プロピレン/スチレンブロック共重合体(SEPS)等が挙げられる。
【0022】
オレフィン系熱可塑性エラストマーは特に限定されず、例えば、エチレン/プロピレン/ジエンゴム(EPDM)、エチレン/プロピレンゴム(EPR)、ブチルゴム(IIR)等のゴム、動的架橋したオレフィン系熱可塑性エラストマー、柔軟性のあるエチレン系共重合体等が挙げられる。
【0023】
ポリアミド系熱可塑性エラストマーは特に限定されず、例えば、結晶性で溶融温度の高いポリアミドをハードセグメントとし、ガラス転移温度の低いポリエーテル又はポリエステルをソフトセグメントとするポリエーテルエステルアミド及びポリエステルアミド等が挙げられる。
【0024】
ポリエステル系熱可塑性エラストマーは特に限定されず、例えば、結晶性で溶融温度の高いポリエステルをハードセグメントとし、ガラス転移温度の低いポリエーテル又はポリエステルをソフトセグメントとするポリエーテルポリエステル及びポリエステルポリエステルのブロック共重合体等が挙げられる。
【0025】
ポリウレタン系熱可塑性エラストマーは特に限定されず、例えば、結晶性で溶融温度の高いポリエステルをハードセグメントとし、ガラス転移温度の低いポリエーテル又はポリエステルをソフトセグメントとするポリエーテルポリウレタン及びポリエステルポリウレタン等が挙げられる。
【0026】
これらの熱可塑性エラストマーの中で、靱性改良効果と弾性率のバランスの観点から、スチレン系および/またはオレフィン系熱可塑性エラストマーが好ましく、より好ましくはスチレン系熱可塑性エラストマーであり、更に好ましくはSEBSである。
【0027】
熱可塑性エラストマー(C)は、結晶性ポリアミド樹脂(A)との相容性を向上させるために、前記ポリアミド樹脂(A)の末端基(アミノ基又はカルボキシ基)および/または主鎖アミド基と反応しうる反応性官能基を有する。前記反応性官能基としては、例えば、カルボキシ基、酸無水物基、エポキシ基、オキサゾリン基、アミノ基、イソシアネート基等が挙げられる。これらのうち、前記ポリアミド樹脂(A)との反応性が高いという観点から、酸無水物基が好ましい。
【0028】
前記反応性官能基の含有量は、熱可塑性エラストマー(C)中に0.05~8質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1~5質量%である。前記反応性官能基を有する熱可塑性エラストマー(C)の製造方法は特に限定されないが、熱可塑性エラストマーを製造する工程で前記反応性官能基を持つ化合物を反応させる方法、熱可塑性エラストマーのペレットと前記反応性官能基を持つ化合物等を混合し、押出機等で混錬して反応させる方法等が挙げられる。
【0029】
熱可塑性エラストマー(C)の配合量は、熱可塑性エラストマー(C)が前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に粒径5μm以下のドメインで分散できる量であれば特に限定されないが、通常は、全樹脂成分100質量%に対して、0.1~10質量%であり、好ましくは1~7質量%である。
【0030】
酸化防止剤(D)は、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基の失活を抑制する化合物であるであることが好ましい。「反応性官能基の失活を抑制する」とは、「反応性官能基と反応しない」ことを意味する。すなわち、酸化防止剤(D)は、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)が、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に微分散することを阻害しない化合物である。
【0031】
酸化防止剤(D)は特に限定されず、例えば、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基が酸無水物基である場合、酸無水物基と反応する官能基を持たない、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、リン系酸化防止剤などの有機系酸化防止剤、及び熱安定剤などが挙げられ、好ましくはヒンダードフェノール系酸化防止剤である。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。酸無水物基と反応する官能基としては、例えば、アミノ基や水酸基などが挙げられる。なお、ヒンダードフェノール構造のフェノール性水酸基は、酸無水物基と反応する官能基には該当しない。アミン系酸化防止剤は、前記反応性官能基と反応して失活させるため好ましくない。
【0032】
酸化防止剤(D)の配合量は、全樹脂成分100質量部に対して、0.01~1質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~0.5質量部である。酸化防止剤(D)の配合量が前記範囲内であれば、ポリアミド樹脂組成物の摺動性と靱性の向上に寄与するだけでなく、ポリアミド樹脂組成物の量に応じた適切な処方量として、経時的な酸化劣化を防止することができる。
【0033】
離型剤(E)は、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基の失活を抑制する化合物であるであることが好ましい。「反応性官能基の失活を抑制する」とは、「反応性官能基と反応しない」ことを意味する。すなわち、離型剤(E)は、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)が、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に微分散することを阻害しない化合物である。
【0034】
離型剤(E)は特に限定されず、例えば、高級脂肪酸エステル系化合物、アマイド系化合物、ポリエチレンワックス、シリコーン、ポリエチレンオキシドなどが挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)とが有する前記反応性官能基が酸無水物基である場合、離型剤(E)は、高級脂肪酸エステル系化合物であることが好ましい。なお、高級脂肪酸とは、炭素数が10を超える脂肪酸であり、好ましくは炭素数が11~30の脂肪酸である。金属塩化合物は、前記反応性官能基と反応して失活させるため好ましくない。
【0035】
離型剤(E)の配合量は、全樹脂成分100質量部に対して、0.05~1質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~0.8質量部である。離型剤(E)の配合量が前記範囲内であれば、ポリアミド樹脂組成物の摺動性と靱性の向上に寄与するだけでなく、適切な離型性が確保できる。
【0036】
酸化防止剤(D)と離型剤(E)は、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)が前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に微分散することを阻害しない。そのため、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)が、前記ポリアミド樹脂(A)と効率的に反応し、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に粒径5μm以下のドメインに微分散する。その結果、変性ポリオレフィン樹脂(B)による摺動性向上効果と、熱可塑性エラストマー(C)による靱性向上効果が効果的に作用し、本発明の特有な効果が発現すると考えられる。前記粒径は、好ましくは4μm以下であり、より好ましくは3.5μm以下である。前記粒径の下限値は特に限定されないが、流動性の観点から、好ましくは1μm以上であり、より好ましくは2μm以上である。
【0037】
固体潤滑剤(F)は、表面摩擦特性の向上に寄与すると共に、靭性低下を抑制する効果を有し、固体潤滑剤(F)をポリアミド樹脂組成物に添加することにより、本発明の特有な効果が発現すると考えられる。
【0038】
固体潤滑剤(F)は特に限定されないが、フッ素系潤滑剤、及びアクリル変性ポリオルガノシロキサンが好ましい。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。
【0039】
前記フッ素系潤滑剤としては、例えば、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、パーフルオロ-アルコキシ樹脂(PFA)、四フッ化エチレン-六フッ化プロピレン共重合樹脂(FEP)、四フッ化エチレン-エチレン共重合樹脂(ETFE)、フッ化ビニリデン樹脂(PVDF)、三フッ化塩化エチレン樹脂(PCTFE)等が挙げられる。これらのうち、耐熱性、摺動特性などの観点から、PTFEが好ましい。
【0040】
前記フッ素系潤滑剤の平均粒径は、好ましくは1~200μm、より好ましくは7~100μm、更に好ましくは10~50μmである。平均粒径が200μmを越えると、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中での前記フッ素系潤滑剤の分散性が悪くなり、成形体としての機械的強度が低下しやすくなる。一方、平均粒径が1μm未満になると、前記フッ素系潤滑剤の粒子が二次凝集を起こし易くなり、均一に混合することが困難となり、成形体としての機械的強度が低下しやすくなる。
【0041】
前記アクリル変性ポリオルガノシロキサンとしては、例えば、ポリオルガノシロキサンに、少なくとも(メタ)アクリル酸エステルをグラフト共重合させたものが挙げられる。特に、ポリオルガノシロキサンに、(メタ)アクリル酸エステル70質量%以上とその他の共重合可能な単量体30質量%以下との混合物を、質量比5/95~95/5の割合でグラフト共重合させたものが好ましい。
【0042】
前記(メタ)アクリル酸エステルとしては、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n-プロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸イソオクチル、アクリル酸n-オクチル、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、アクリル酸2-メトキシエチルなどのアクリル酸エステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n-プロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸n-へキシル、メタクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸n-ラウリル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸2-エトキシエチルなどのメタクリル酸エステルなどが挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。これらのうち、メタクリル酸メチルを少なくとも一成分として使用することが好ましい。
【0043】
前記その他の共重合可能な単量体としては、例えば、スチレン、ビニルトルエン、α-メチルスチレンなどのスチレン系化合物;アクリロニトリル、メタクリロニトリルなどの不飽和ニトリル;塩化ビニル、塩化ビニリデンなどのハロゲン化オレフィン;酢酸ビニル、プロピオン酸ビニルなどのビニルエステル;アクリルアミド、メタクリルアミド、N-メチロールアクリルアミドなどの不飽和アミド;アクリル酸、メタクリル酸、無水マレイン酸などの不飽和カルボン酸などの二重結合を1個有する単量体;エチレングリコールジメタクリレート、プロピレングリコールジメタクリレート、1,4-ブタンジオールジメタクリレート、アリルメタクリレート、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレートなどの多不飽和単量体などが挙げられる。これらは1種用いてもよく、2種以上をブレンドして用いてもよい。
【0044】
前記アクリル変性ポリオルガノシロキサンの平均粒径は、好ましくは1~500μm、より好ましくは10~400μm、更に好ましくは30~350μmである。平均粒径が500μmを越えると、前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中での前記アクリル変性ポリオルガノシロキサンの分散性が悪くなり、成形体としての機械的強度が低下しやすくなる。一方、平均粒径が1μm未満になると、前記アクリル変性ポリオルガノシロキサンの粒子が二次凝集を起こし易くなり、均一に混合することが困難となり、成形体としての機械的強度が低下しやすくなる。
【0045】
固体潤滑剤(F)の配合量は、全樹脂成分100質量%に対して0.1~20質量%であることが好ましく、より好ましくは0.5~10質量%である。0.1質量%以上であれば、耐摩耗性、摺動安定性、及び表面潤滑性が効果的に改善する。一方、20質量%以下であれば、ポリアミド樹脂組成物の機械的物性、特に靭性が効果的に改善する。
【0046】
本発明のポリアミド樹脂組成物には、変性ポリオレフィン樹脂(B)と熱可塑性エラストマー(C)が前記ポリアミド樹脂(A)のマトリックス中に微分散することを阻害しない範囲であれば、上述した(A)~(F)成分の他に、従来のポリアミド樹脂組成物に配合される、耐候性改良剤であるカーボンブラック、銅酸化物、ハロゲン化アルカリ金属、光又は熱安定剤、結晶核剤、帯電防止剤、顔料、染料、カップリング剤等の添加剤を配合してもよい。さらに、ポリアミド樹脂組成物の靭性を損なわない範囲で充填材を配合することにより、成形品の強度、剛性を大幅に向上させることができる。充填材としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、金属繊維、アラミド繊維、アスベスト、チタン酸カリウムウィスカ、ワラストナイト、ガラスフレーク、ガラスビーズ、タルク、マイカ、クレー、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、酸化チタン、酸化アルミニウムなどが挙げられる。本発明のポリアミド樹脂組成物は、上述した(A)~(F)成分の合計で、70質量%以上を占めることが好ましく、80質量%以上を占めることがより好ましく、90質量%以上を占めることが更に好ましい。
【0047】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、例えば、各成分を単軸押出機、二軸押出機、加圧ニーダー等の混練装置を用いて混練することにより製造される。混練装置は、好ましくは二軸押出機である。一実施様態として、前記(A)~(F)成分、及び用途によっては顔料等を混合し、二軸押出機に投入する。二軸押出機で均一に混練することにより摺動性に優れるポリアミド樹脂組成物を製造することができる。二軸押出機の混練温度は、好ましくは220~300℃であり、混練時間は、好ましくは2~15分程度である。
【0048】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、摺動性が求められる電気・電子部品、自動車部品、建築部品、及び工業用部品などの摺動部品の原料として幅広く利用することができる。摺動部品としては、具体的に、ベアリング、ギア、ドアチェッカー、チェーンガイド部品などが挙げられる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の各例において得られたポリアミド樹脂成形品の各物性は、下記の試験方法に基づいて測定した。
【0050】
実施例及び比較例で使用した原材料は以下のとおりである。
結晶性ポリアミド樹脂(A)として、(A1)~(A3)を用いた。
(A1)ポリアミド66(RV=3.4):EPR34W(上海神馬塑料科技術有限公司製)、融点265℃
(A2)ポリアミド66(RV=2.8):Vydyne 21FSR(Ascend社製)、融点265℃
(A3)ポリアミド66(RV=2.4):EPR24(上海神馬塑料科技術有限公司製)、融点265℃
【0051】
変性ポリオレフィン樹脂(B)として、(B1)及び(B2)を用いた。
(B1)無水マレイン酸変性ポリエチレン:モディックDH0200(三菱化学(株)製)
(B2)未変性ポリエチレン:ハイゼックス 6203B(プライムポリマー株式会社製)
【0052】
熱可塑性エラストマー(C)として、(C1)及び(C2)を用いた。
(C1)無水マレイン酸変性SEBS:タフテック M-1943(旭化成株式会社製)
(C2)未変性SEBS:タフテック H-1221(旭化成株式会社製)
【0053】
酸化防止剤(D)として、(D1)及び(D2)を用いた。
(D1)ヒンダードフェノール系酸化防止剤:トリエチレングリコール-ビス-3-(3-t-ブチル-4-ヒドロキシ-5-メチルフェニル)プロピオネート(SONGWON社製、SONGNOX2450)
(D2)アミン系酸化防止剤:ノンフレックスDCD(精工化学株式会社製)
【0054】
離型剤(E)として、(E1)~(E3)を用いた。
(E1)脂肪族エステル:リコルブ WE-40(クラリアントジャパン株式会社製)
(E2)ステアリン酸マグネシウム:N.P.1500-S(淡南化学工業株式会社製)
(E3)モンタン酸カルシウム:リコモント Cav102(クラリアントジャパン株式会社製)
【0055】
固体潤滑剤(F)として、(F1)~(F3)を用いた。
(F1)PTFE:KT-300M(株式会社喜多村製)、平均粒径15μm
(F2)アクリル変性ポリオルガノシロキサン:シャリーヌR-170S(日信化学工業株式会社製)、平均粒径30μm
(F3)シリコーンパウダー:KMP―590(信越シリコーン株式会社製)、平均粒径2μm
なお、平均粒径は以下の方法で測定した。微分干渉顕微鏡で各固体潤滑剤を観察し、写真撮影した。その顕微鏡写真中の粒子のうち10個の粒子を任意で選び、選んだ粒子の長径を測定し、その平均値を平均粒径とした。
【0056】
[実施例1~13、比較例1~15]
評価サンプルの製造は、表1及び表2に示したポリアミド樹脂組成物の配合割合で各原料を計量し、タンブラーで混合した後、二軸押出機に投入した。二軸押出機の設定温度は250℃~300℃、混錬時間は5~10分とした。得られたペレットを用いて、射出成形機で各種の評価サンプルを成形した。射出成形機のシリンダー温度は、250℃~290℃、金型温度は80℃とした。
【0057】
各種の評価、測定方法は以下の通りである。評価、測定結果を表1及び表2に示した。
1.ポリアミド樹脂の相対粘度(96%硫酸溶液法)
ウベローデ粘度管を用い、25℃において96質量%硫酸溶液で、ポリアミド樹脂濃度1g/dlで測定した。
【0058】
2.ポリアミド樹脂の融点
示差走査熱量計(セイコーインスツルメンツ株式会社、EXSTAR 6000)を用いて、昇温速度20℃/分で測定し、吸熱ピーク温度を求めた。
【0059】
3.引張強度、引張弾性率、引張伸度
ISO178に準じて測定した。
【0060】
4.耐衝撃性
ISO179-1に準じて測定した。
【0061】
5.摺動性
スラスト式磨耗試験機を用いて、二硫化モリブデン配合のグリースとケイ砂と火山灰の質量比率が1:1:1となるように混合して作成されたダストを、表面に一様に一定量塗布したポリアミド樹脂平板と、ポリオキシメチレン(POM)製の円筒成形品を接触させて30分間、負荷荷重30kgf/cm2、速度40mm/secの条件で連続的に摺動させた。その後、磨耗前後の重量差と摩擦試験時の収束した磨耗荷重の値から動摩擦係数を算出した。
【0062】
6.粒径
成形した評価サンプルを切り出し、ガラスナイフを装着したミクロトームを用いて断面を作成した。作成した断面を微分干渉顕微鏡で観察し、写真撮影した。その顕微鏡写真中の変性ポリオレフィン樹脂(B)及び熱可塑性エラストマー(C)のドメインにおいて、最も分散径が大きい10個のドメインを任意で選び、選んだドメインの長径を測定し、その平均値を粒径とした。
【0063】
【0064】
【0065】
実施例1~13は、シャルピー衝撃強度が6kJ/m2以上であり、かつ磨耗量と動摩擦係数が低く、靭性と摺動性を両立したポリアミド樹脂組成物が得られている。加えて、引張弾性率及び引張伸度を大きく損なっていない。比較例1~3は、靭性の不足から摺動時の脆性的な表面破壊をポリオレフィン樹脂のアロイのみでは抑制できておらず、磨耗量が大きくなっている。比較例4~7は、靭性は十分であるものの、引張弾性率が十分ではなく、ダストの材料表面へのめり込みが進み、やはり磨耗しやすく、ポリオレフィン樹脂の摺動改質効果が働きにくい。比較例8又は12は、未変性のポリオレフィン樹脂、又は未変性の熱可塑性エラストマーで処方されているため、微分散のドメインを形成しにくく、優れた物性が発現しにくい粒子径となるため適さない。比較例9~11は、それぞれアミン系酸化防止剤、又は脂肪酸金属塩を用いているため、ポリオレフィン樹脂や熱可塑性エラストマーの反応性官能基と反応し、反応性官能基を失活させる作用が生じるために、微分散のドメインを形成できない。比較例13は、固体潤滑剤が配合されているが、単純なシリコーンパウダーであるため、凝集物がポリアミド樹脂組成物中に形成されやすく、それによりシリコーンパウダーとポリアミド樹脂の界面において脆性破壊が起こりやすくなり、磨耗量が大きくなっている。比較例14及び15は、固体潤滑剤が配合されているが、ポリオレフィン樹脂又は熱可塑性エラストマーが配合されていないため、動摩擦係数が低いものの脆性破壊を抑制できず、磨耗量を低減できていない。
【0066】
図1は、実施例2の断面を微分干渉顕微鏡で観察した画像である。ポリアミド樹脂のマトリックス中にポリオレフィン樹脂および熱可塑性エラストマーが粒径5μm以下のドメインで均一に微分散している様子がわかる。一方、
図2は、比較例10の断面を微分干渉顕微鏡で観察した画像である。上記2つの改質材がポリアミド樹脂のマトリックス中に不均一に分散しており、微分散を形成できていない。加えて粗大なドメインで存在しており、磨耗時に応力が集中し、磨耗の起点となる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、優れた靭性と摺動特性を併せ持つ成形材料である。特に耐摩耗性、摺動安定性に優れることが要求される摺動部品用に好適であり、幅広い分野で使用することができるエンジニアリングプラスチックとして、産業界に大きく寄与すると期待できる。