(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】軽度認知障害治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4709 20060101AFI20241113BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20241113BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20241113BHJP
G01N 33/49 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
A61K31/4709
A61P25/28
G01N33/15 Z
G01N33/49
(21)【出願番号】P 2022521858
(86)(22)【出願日】2021-05-06
(86)【国際出願番号】 JP2021017368
(87)【国際公開番号】W WO2021230131
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2020083163
(32)【優先日】2020-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100104802
【氏名又は名称】清水 尚人
(74)【代理人】
【識別番号】100186772
【氏名又は名称】入佐 大心
(72)【発明者】
【氏名】川上 大輔
(72)【発明者】
【氏名】猪原 匡史
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 聡
【審査官】梅田 隆志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/187075(WO,A1)
【文献】MAKI, T., et al.,Annals of Clinical and Translational Neurology,2014年,Vol.1, No.8,pp.519-533.
【文献】LIU, Y., et al.,Cardiovascular Drug Reviews,2001年,Vol.19, No.4,pp.369-386.
【文献】FU, C.H. J., et al.,Journal of Chromatography B: Biomedical Sciences and Applications,1999年,Vol.728, No.2,pp.251-262.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 1/00-43/00
G01N 33/00-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物であって、
対象者に投与して軽度認知障害または認知症を治療するための当該有効成分の第2用量を決定するために、その決定に先行して初期用量で当該有効成分が当該対象者に投与された後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールの存在比が基準レベルより高い場合、またはOPC-13015の存在比が基準レベルより低い場合に、初期用量より多い用量で、またはシロスタゾールの医薬上許容される用量の上限で第2用量が決定される、軽度認知障害または認知症の治療剤
[上記中、シロスタゾールまたはOPC-13015の存在比の基準レベルは、下記のa~cのいずれかである:
a)認知機能障害が改善されていることが既知の認知機能障害改善群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比、
b)認知機能障害が悪化している、もしくは維持していることが既知の認知機能障害維持/悪化群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比、
c)認知機能障害が改善されていることが既知の認知機能障害改善群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比と、認知機能障害が悪化している、もしくは維持されていることが既知の認知機能障害維持/悪化群の両群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比との間の範囲内において決定された、カットオフ値。]、または
当該初期用量で当該対象者に投与後、決定された当該第2用量で当該有効成分が当該対象者に投与される、軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項2】
当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量が測定される、請求項1に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項3】
当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中における、測定されたシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比が算出される、請求項2に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項4】
前記有効成分の初期用量が50mgで1日2回であり、第2用量が100mgで1日2回または150mgで1日2回である、請求項1に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項5】
当該対象者からのサンプリングが、当該有効成分の初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内に行われる、請求項2~4のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項6】
前記サンプルが血漿である、請求項2に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項7】
前記サンプルが、有機溶媒を用いた除タンパク法により前処理されている、請求項6に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項8】
前記存在量または存在比が、LC、ELISA法、およびLC-MSからなる群から選択される方法により測定される、請求項2~7のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項9】
前記認知症がアルツハイマー型認知症である、請求項1に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項10】
前記軽度認知障害が見当識の低下である、請求項1に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項11】
前記剤が経口投与型製剤である、請求項1に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項12】
対象者が、間欠性跛行症または脳卒中と診断されていない、請求項1~11のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【請求項13】
次の1~3の手段を含む、軽度認知障害または認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する装置:
1.シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物を初期用量で投与された対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量、またはそれらに加えてOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量を測定する手段、
2.シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比を算出する手段、
3.上記存在比に基づき、上記対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールの存在比が基準レベルより高い場合、またはOPC-13015の存在比が基準レベルより低い場合に、上記初期用量より多い用量で、またはシロスタゾールの医薬上許容される用量の上限でシロスタゾールの第2用量を決定する手段であって、シロスタゾールまたはOPC-13015の存在比の上記基準レベルが下記のa~cのいずれかである、手段:
a)認知機能障害が改善されていることが既知の認知機能障害改善群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比、
b)認知機能障害が悪化している、または維持していることが既知の認知機能障害維持/悪化群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比、
c)認知機能障害が改善されていることが既知の認知機能障害改善群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比と、認知機能障害が悪化している、もしくは維持されていることが既知の認知機能障害維持/悪化群の両群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比との間の範囲内において決定された、カットオフ値。
【請求項14】
当該対象者由来のサンプルが、当該有効成分の初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内にサンプリングされたものである、請求項13に記載の
装置。
【請求項15】
前記サンプルが血漿である、請求項13に記載の
装置。
【請求項16】
前記サンプルは、有機溶媒を用いた除タンパク法により前処理されている、請求項15に記載の
装置。
【請求項17】
前記存在量または存在比が、LC、ELISA法、およびLC-MSからなる群から選択される方法により測定される、請求項13に記載の
装置。
【請求項18】
前記認知症がアルツハイマー型認知症である、請求項13に記載の
装置。
【請求項19】
前記軽度認知障害が見当識の低下である、請求項13に記載の
装置。
【請求項20】
請求項1~12のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤;および
当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量を測定するための分析装置を含む、軽度認知障害または認知症の治療システム。
【請求項21】
さらに、検体前処理装置を含む、請求項20に記載の軽度認知障害または認知症の治療システム。
【請求項22】
前記分析装置が、LC、LC-MS、LC-MS/MS、およびELISA分析装置からなる群から選択される装置である、請求項20または21に記載の軽度認知障害または認知症の治療システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本出願は、2020年5月11日に日本国特許庁に出願された日本国出願番号第2020-83163号の利益を主張するものである。当該日本国出願は、その出願書類(明細書、特許請求の範囲、図面、要約書)の全体が本明細書に明示されているかのように全ての目的で参照により本明細書に援用される。
本発明は、認知障害治療剤の技術分野に属する。本発明は、シロスタゾールを有効成分として含有する軽度認知障害治療剤に関するものである。詳しくは、本発明は、シロスタゾールを有効成分として含有する軽度認知障害治療剤であって、当該シロスタゾールの用法用量に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軽度認知障害(Mild cognitive impairment;MCI)は、認知症の一歩手前の状態である。認知症における物忘れのような記憶障害が出るものの症状はまだ軽く、正常な状態と認知症の中間に位置する疾患である。MCIでは、蓄積する有害タンパク質の種類に関わらず、初期においては軽度の認知機能の障害が観察されるが、この時点では脳神経組織の不可逆的な変性はまだ生じていないことが多い。
MCIの状態かどうかは、臨床的には、次のような事項などから診断される。
・記憶障害の訴えが本人または家族から認められているか
・客観的に1つ以上の認知機能(記憶や見当識など)の障害が認められるか
・日常生活動作は正常であるか
・認知症ではないか
【0003】
一方、認知症には、脳の異常部位の違いなどによりいくつかの種類があり、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体病型認知症、パーキンソン病に伴う認知症などが知られている。これら認知症は、病理的にも不可逆的な神経変性が多く認められる。
代表的な認知症はアルツハイマー型であり、認知症の約5割から7割を占める(非特許文献1)。そして、アルツハイマー型認知症になる一歩手前のMCIの段階でも、アルツハイマー型認知症と同様にアルツハイマー病の原因である脳内アミロイドベータの蓄積が認められている。そのため、当該MCIを放置すると、数年でアルツハイマー型認知症を発症すると考えられる。
アルツハイマー型認知症を完治することは難しいが、一方、アルツハイマー病によるMCIは、適切な治療介入ができれば、認知症の発症を遅らせることが可能である。
【0004】
MCIか否かをスクリーニングする検査方法としては、例えば、MOCA(Montreal Cognitive Assessment)が知られている。MOCAは、視空間・遂行機能、命名、記憶、注意力、復唱、語想起、抽象概念、遅延再生、見当識からなる検査方法である。MOCAでは、25点以下がMCIであり、感度80~100%、特異度50~87%である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Blennow K, de Leon MJ, Zetterberg H. : Alzheimer's disease. Lancet. 2006 Jul 29; 368(9533): 387-403
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、軽度認知障害から認知症へ進行するのを予防又は遅らせる方法および治療剤を提供することを主な課題とする。また軽度認知障害の患者における認知機能の改善に有効な方法および治療剤を提供することも課題として挙げることができる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討した結果、MCIの治療において、シロスタゾールによる治療効果をモニタリングし、認知機能を改善できる新たな方法を構築し、これにより上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに到った。
本発明として、例えば、以下の態様を挙げることができる。
【0008】
[1]シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物であって、対象者に投与して軽度認知障害または認知症を治療するための当該有効成分の第2用量を決定するために、その決定に先行して初期用量で当該有効成分が当該対象者に投与される、または当該初期用量で当該対象者に投与後、当該第2用量で当該有効成分が当該対象者に投与される、軽度認知障害または認知症の治療剤。
[2]当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量が測定される、上記[1]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[3]当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中における、測定されたシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比が算出される、上記[2]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[4]当該有効成分の第2用量が、シロスタゾールまたはOPC-13015の前記存在比に基づき、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で決定される、上記[3]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[5]当該有効成分の第2用量が、認知機能障害が改善されている、または維持していることが既知の認知機能障害改善/維持群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の前記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定される、上記[4]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[6]当該有効成分の第2用量が、認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の前記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定される、上記[4]または[5]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[7]前記有効成分の初期用量が50mgで1日2回であり、第2用量が100mgで1日2回または150mgで1日2回である、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[8]当該対象者からのサンプリングが、当該有効成分の初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内に行われる、上記[2]~[7]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[9]前記サンプルが血漿である、上記[2]~[8]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[10]前記サンプルが、有機溶媒を用いた除タンパク法により前処理されている、上記[9]に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[11]前記存在量または存在比が、LC、ELISA法、およびLC-MSからなる群から選択される方法により測定される、上記[2]~[10]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[12]前記認知症がアルツハイマー型認知症である、上記[1]~[11]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[13]前記軽度認知障害が見当識の低下である、上記[1]~[11]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[14]前記剤が経口投与型製剤である、上記[1]~[13]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
[15]対象者が、間欠性跛行症または脳卒中と診断されていない、上記[1]~[14]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤。
【0009】
[16]次の1~3の工程を含む、軽度認知障害または認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する方法:
1.シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物を初期用量で投与された対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量、またはそれらに加えてOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量を測定する工程、
2.シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比を算出する工程、
3.上記存在比に基づき、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内でシロスタゾールの第2用量を決定する工程。
[17]さらに、認知機能障害が改善されている、または維持されていることが既知の認知機能障害改善/維持群における、シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比と、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比、またはOPC-13015の存在比とを比較する工程を含む、上記[16]に記載の方法。
[18]さらに、認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群における、シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比と、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比、またはOPC-13015の存在比とを比較する工程を含む、上記[16]または[17]に記載の方法。
[19]当該対象者由来のサンプルが、当該有効成分の初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内にサンプリングされたものである、上記[16]~[18]のいずれか一項に記載の方法。
[20]前記サンプルが血漿である、上記[16]~[19]のいずれか一項に記載の方法。
[21]前記サンプルは、有機溶媒を用いた除タンパク法により前処理されている、上記[20]に記載の方法。
[22]前記存在量または存在比が、LC、ELISA法、およびLC-MSからなる群から選択される方法により測定される、上記[16]~[21]のいずれか一項に記載の方法。
[23]前記認知症がアルツハイマー型認知症である、上記[16]~[22]のいずれか一項に記載の方法。
[24]前記軽度認知障害が見当識の低下である、上記[16]~[22]のいずれか一項に記載の方法。
【0010】
[25]上記[1]~[15]のいずれか一項に記載の軽度認知障害または認知症の治療剤;および
当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量を測定するための分析装置を含む、軽度認知障害または認知症の治療システム。
[26]さらに、検体前処理装置を含む、上記[25]に記載の軽度認知障害または認知症の治療システム。
[27]前記分析装置が、LC、LC-MS、LC-MS/MS、およびELISA分析装置からなる群から選択される装置である、上記[25]または[26]に記載の軽度認知障害または認知症の治療システム。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、軽度認知障害または認知症の治療において、認知症への進行に対する予防、または進行を遅らせることが可能となる。また軽度認知障害の患者における認知機能の改善も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】シロスタゾールまたはその代謝物の血漿中濃度比と認知機能の改善との関係性を表す。上段左図はシロスタゾールの結果を、上段右図はOPC-13015の結果を、下段図はOPC-13213+OPC-13217の結果を、それぞれ表す。各図において、縦軸は、シロスタゾール、OPC-13015、およびOPC-13213+OPC-13217の各血漿中濃度の合計(Total)に対する各化合物の血漿中濃度の割合を示す。
【
図2】シロスタゾールまたはその代謝物の血漿中濃度比と認知機能の改善との関係性を表す。左図はシロスタゾールの結果を、右図はOPC-13015の結果を、それぞれ表す。各図において、縦軸は、シロスタゾールおよびOPC-13015の各血漿中濃度の合計(Total)に対する各化合物の血漿中濃度の割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳述する。
1 用語の定義
本明細書において、「シロスタゾール」は、6-[4-(1-シクロヘキシル-1H-テトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロキノリン-2(1H)-オンの一般名であって、下記化1の構造を有し、日本では大塚製薬株式会社から抗血小板剤として「プレタール(登録商標)」の商品名で販売されている。
【0014】
【0015】
承認されているシロスタゾール医薬品の用法用量は、成人には通常、シロスタゾールとして1回100mgの1日2回経口投与である。この用法用量は、年齢・症状により適宜増減することができる。シロスタゾールは、高い血小板凝集抑制作用を有するほか、ホスホジエステラーゼ阻害作用、抗潰瘍作用、降圧作用、消炎作用などを有することから、抗血栓剤、脳循環改善剤、消炎剤、抗潰瘍剤、降圧剤、抗喘息剤、さらにホスホジエステラーゼ阻害剤として広く用いられている。
また、シロスタゾールは、アルツハイマー型認知症の進行を予防あるいは認知機能の改善に有効であることが明らかにされている(Ihara M,et al;PLoS One.2014;9(2):e89516)。
【0016】
本明細書において、「OPC-13015」、「OPC-13213」、および「OPC-13217」、「OPC-13326」は、それぞれ、下記化2の構造を有する、シロスタゾールの代謝物である。OPC-13015の一般名は、6-[4-(1-シクロヘキシル-1H-テトラゾール-5-イル)ブトキシ]-2(1H)-キノリノンであり、OPC-13213の一般名は、3,4-ジヒドロ-6-[4-[1-(trans-4-ヒドロキシシクロヘキシル)-1H-テトラゾール-5-イル)ブトキシ]-2(1H)-キノリノンであり、OPC-13217の一般名は、3,4-ジヒドロ-6-[4-[1-(cis-4-ヒドロキシシクロヘキシル)-1H-テトラゾール-5-イル)ブトキシ]-2(1H)-キノリノンである。
【0017】
【0018】
シロスタゾールは体内で吸収されると肝臓で代謝されるが、その代謝物の主なものとして、上記化2に記載された、4つの化合物が挙げられる(P.N.V.Tata,et al.;J.Pharm.Biomed.Anal.;18(1998)441-451)。このうち、OPC-13015は、3,4-デヒドロシロスタゾールであり、OPC-13213とOPC-13217は、4’-ヒドロキシシロスタゾールである。
【0019】
本発明において「軽度認知障害」(MCI)とは、前記の通り、認知症の前段階の状態であり、主に記憶障害を伴う疾患をいう。MCIか否かは、例えば、前記MOCA、臨床的認知症尺度(CDR:Clinical Dementia Rateing)、ミニメンタルステート検査(MMSE;Mini-Mental State Examination)、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、時計描画検査(CDT:Clock Drawing Test)、Mini-Cog、ABC認知症スケール(ABC-DS:ABC Dementia Scale)といった認知機能のスクリーニング心理検査により判断することができる。
【0020】
上記の中、MOCAによれば、25点以下の場合に軽度認知障害(MCI)であると判断しうる。MMSEは、時間の見当識、場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形模写の計11項目から構成される30点満点の認知機能検査である。MMSEは23点以下が認知症疑いである(感度81%、特異度89%)。27点以下は軽度認知障害(MCI)が疑われる(感度45~60%、特異度65~90%)。22~26点が軽度認知障害の疑いがあるレベルであるが、20点を超えると自立を保てるレベル(認知症ではない)であり、20点以下は認知症疑いのレベルとされる。また14点を下回ると後見人制度が必要なレベルであり、その間の14~20点は保佐・補助が必要なレベルとされている。
【0021】
CDRは、記憶、見当識、判断力と問題解決、社会適応、家族状況および趣味・関心、介護状況の6項目について、5段階で重症度を評価する。それらを総合して、健康(CDR:0)、認知症の疑い(CDR:0.5)、軽度認知症(CDR:1)、中等度認知症(CDR:2)、高度認知症(CDR:3)のいずれかに評定される。
HDS-Rは年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性の9項目からなる30点満点の認知機能検査である。
【0022】
「認知症」としては、例えば、アルツハイマー型認知症(AD)、血管性(脳血管性)認知症(VD)、レビー小体型認知症(DLB)、前頭側頭葉変性症(FTLD)、前頭側頭型認知症(FTD)、意味性認知症(SD)、進行性失語症(PA)、パーキンソン病に伴う認知症を挙げることができる。この中、代表的にはアルツハイマー型認知症(AD)が挙げられる。
【0023】
本発明に係る「治療剤」は、軽度認知障害または認知症を治療するものであるが、かかる治療には、例えば予防や改善なども含まれる。それ故、当該「治療剤」には「予防剤」や「改善剤」等の概念も含まれる。
【0024】
なお、本明細書中で引用されている全ての文献の全ての内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【0025】
1 本発明に係る、軽度認知障害または認知症の治療剤
本発明に係る、軽度認知障害または認知症の治療剤(以下、「本発明治療剤」という。)は、シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物であって、対象者に投与して軽度認知障害または認知症を治療するための当該有効成分の第2用量を決定するために、その決定に先行して初期用量で当該有効成分が当該対象者に投与される、または当該初期用量で当該対象者に投与後、当該第2用量で当該有効成分が当該対象者に投与されるものである。
【0026】
本発明治療剤は、経口投与型製剤が好ましく、錠剤、カプセル剤、散剤などの固形の経口投与型製剤がより好ましく、以下では特に断らない限り、経口投与型製剤について詳述する。
本発明に係る「対象者」は、通常、ヒトであって、軽度認知障害または認知症を患っている者であるが、軽度認知障害または認知症を患っていない者であってもよい。また、ヒト以外の哺乳類であってもよく、具体的には例えば、霊長類(サル、マーモセット)、齧歯類(マウス、ラット、モルモット等)、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマが挙げられる。
【0027】
本発明治療剤におけるシロスタゾールは、フリー体であることが好ましいが、シロスタゾールの塩であってもよい。かかる塩としては、医薬上許容される塩であれば特に制限されないが、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩などの無機酸塩、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トリフルオロ酢酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、マンデル酸塩、グルタル酸塩、リンゴ酸塩、安息香酸塩、フタル酸塩、アスコルビン酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。当該塩には、水和物や溶媒和物も含まれる。
以下では、シロスタゾールの塩を含めて、単にシロスタゾールともいう。
【0028】
1.1 初期用量
本発明に係る初期用量は、対象者に投与して軽度認知障害または認知症を治療するための当該有効成分の第2用量(後述)を決定するために、その決定に先行して投与されるシロスタゾールの用量である。
当該初期用量は、通常の医師の診断結果に基づき、場合により適当な心理検査の結果を踏まえて、医師が決定することができる。具体的には、例えば、シロスタゾール50mgまたは100mgを1日1回または2回程度が適当である。対象者の症状等によっては、これより高用量であっても低用量であってもよく、投与回数が多くても少なくてもよい。
【0029】
1.2 第2用量
本発明に係る第2用量は、シロスタゾールの初期用量投与後の結果を踏まえて決定されるシロスタゾールの投与用量である。当該第2用量の決定は、通常、対象者にシロスタゾールの初期用量を投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量を測定する工程を含むことにより行われる。具体的には、当該第2用量は、対象者にシロスタゾールの初期用量を投与後、当該対象者由来のサンプル中における、測定されたシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比を算出し、そのシロスタゾールまたはOPC-13015の存在比に基づき、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で決定される。
【0030】
また、当該第2用量は、認知機能障害が改善されている、または維持されていることが既知の認知機能障害改善/維持群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の上記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定することもできる。
【0031】
また、当該第2用量は、上記の基準レベルに加えて、または独立して、認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の上記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定することもできる。
【0032】
加えて、当該第2用量は、上記の基準レベルに加えて、または独立して、認知機能障害が改善されている、もしくは維持されていることが既知の認知機能障害改善/維持群、および認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群の両群におけるシロスタゾールもしくはOPC-13015の値からカットオフ値を決定し、その値を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定することもできる。
【0033】
当該第2用量は、通常、初期用量より多いが、副作用や効果などの観点から場合により同量または少量でもよい。具体的には、第2用量としては、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールやOPC-13015等の存在量などによって異なるが、例えば、50mg、100mg、150mg、200mg、250mg、300mgで1日1回~3回程度を挙げることができる。
【0034】
対象者からのサンプリングは、シロスタゾールの初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内に、好ましくは30分~2時間の範囲内に行うのが適当であるが、必要に応じてこれより短い時間または長い時間にも行うことができる。
【0035】
対象者からのサンプルは、生体内のシロスタゾールやOPC-13015等の存在量が測定できるものであれば特に制限されないが、血漿、血清が適当であり、血漿が好ましい。サンプルが血漿の場合、「存在量」は、通常、血漿中濃度である。
【0036】
当該サンプルが血液サンプルである場合は、遠心分離等の方法により血球成分を分離除去した血漿サンプルとすることができる。当該血漿サンプルは、除タンパク法を用いた前処理により、タンパク質が除去されていることが好ましい。当該除タンパク法としては、タンパク質の変性による不溶化を利用した方法や物理的な除去等が挙げられる。
【0037】
当該タンパク質の変性による不溶化を利用した方法としては、例えば、有機溶媒を用いる方法、酸を用いる方法、熱変性を用いる方法(加熱、冷却等)が挙げられる。これらの中でも、有機溶媒を用いる方法が好ましい。
【0038】
当該有機溶媒としては水と混和可能な極性溶媒が適当であり、例えば、メタノール、エタノール、アセトニトリル、アセトンを挙げることができる。これらの中でも、メタノール、アセトニトリルが好ましい。
【0039】
このような除タンパクは、例えば、サンプル分注、試薬分注、攪拌、吸引ろ過、加温、遠心の各手段または方法を用いて行うことができる。
【0040】
当該サンプル中におけるシロスタゾールやOPC-13015等の存在量ないし存在比を測定するための適当な方法としては、例えば、LC(Liquid Chromatography:液体クロマトグラフ法)、LC-MS(Liquid Chromatography-Mass Spectrometry:液体クロマトグラフ‐質量分析法)、免疫学的分析法、ECL法(Electrochemiluminescence:電気化学発光法)を挙げることができる。
【0041】
上記LC法としては、例えば、紫外可視吸光検出器等の吸光検出器や、蛍光検出器等の発光検出器等、各種の検出器を用い、クロマトグラムのピーク面積から存在量ないし存在比を定量する方法が挙げられる。
【0042】
上記LC-MS法としては、例えば、シングル質量分析(MS)検出器を用いたSIM法(Selected Ion Monitoring)や、タンデム質量分析(MS/MS等)検出器を用いたMRM法(Multiple Reaction Monitoring:多重反応モニタリング法)あるいはSRM法(Selected Reaction Monitoring:選択反応モニタリング法)を挙げることができる。この中、高感度分析の観点からは、MRM法(SRM法)が好ましい。
【0043】
上記免疫学的分析法としては、例えば、ELISA法(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay:エンザイムイムノアッセイ法)、FLISA法(Fluorescence Linked Immunosorbent Assay:蛍光イムノアッセイ法)、RIA法(Radioimmunoassay:ラジオイムノアッセイ法)等のイムノアッセイ法が挙げられる。この中、安全性等の観点からは、ELISA法、FLISA法が好ましい。
【0044】
当該サンプル中におけるシロスタゾールやOPC-13015等の存在量ないし存在比を測定するための適当な装置としては、上記各方法に対応して、例えば、LC(Liquid Chromatograph:液体クロマトグラフ)、LC-MS(Liquid Chromatograph-Mass Spectrometer:液体クロマトグラフ‐質量分析計)、LC-MS/MS、ELISA分析装置、ECL分析装置を挙げることができる。この中、LC-MS、LC-MS/MSが好ましい。
【0045】
1.3 用途
本発明治療剤は、軽度認知障害(MCI)または認知症の治療に用いることができる。軽度認知障害および認知症については前記の通りである。本発明治療剤は、特に軽度認知障害の治療に用いるのが好ましい。また、軽度認知障害の中でも見当識の低下や近時記憶の低下に対して用いることがより好ましい。
認知症の前段階である軽度認知障害を本発明治療剤により治療などすることにより、認知症への進行を防ぐことができる。
また、本発明治療剤は、例えば、間欠性跛行症または脳卒中と診断されていない対象者や、脳卒中に軽度認知障害を合併する対象者に用いることが好ましい。
【0046】
1.4 製剤
本発明治療剤は、市販されているシロスタゾール製剤をそのまま用いることができる。また、例えば、シロスタゾールをそのまま、または医薬上許容される無毒性かつ不活性な担体中に、0.01~99.5重量%の範囲内で、好ましくは0.5~90重量%の範囲内で配合することによって製造し用いることができる。
上記担体として、固形、半固形または液状の希釈剤、充填剤、その他の処方用の助剤を挙げることができる。これらを一種または二種以上併用することができる。
【0047】
本発明治療剤の剤形としては、例えば、固形または液状の用量単位で、末剤、カプセル剤、錠剤(口腔内速崩錠ODを含む。)、糖衣剤、顆粒剤、散剤、懸濁剤、液剤、シロップ剤、エリキシル剤、トローチ剤等の経口投与製剤、注射剤、点滴製剤、坐剤等の非経口投与製剤のいずれの形態をもとることができる。徐放性製剤であってもよい。注射剤は、用時調製の注射用キットないし点滴用キットであってもよい。
【0048】
末剤は、シロスタゾールを適当な細かさにすることにより製造することができる。
シロスタゾールを微粉末とした場合の平均粒子径は、通常、10μm以下であり、7μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましい。ここで「平均粒子径」とは、体積平均粒子径であって、レーザー回折法で測定したときに、小さい方からの累積分布が50%となる粒子径(D50、メディアン径)をいう。粉砕は、乾式粉砕ないし湿式粉砕のいずれでもよく、例えば、ジェットミル、ハンマーミル、回転ボールミル、振動ボールミル、シェーカーミル、ロッドミル、チューブミルなどを用いて行うことができる。
【0049】
散剤は、シロスタゾールを適当な細かさにし、次いで同様に細かくした医薬用担体、例えば、澱粉、マンニトールのような可食性炭水化物と混合することにより製造することができる。任意に風味剤、保存剤、分散剤、着色剤、香料等を添加することができる。
【0050】
カプセル剤は、まず上述のようにして粉末状となった末剤や散剤あるいは錠剤の項で述べるように顆粒化したものを、例えば、ゼラチンカプセルのようなカプセル外皮の中へ充填することにより製造することができる。滑沢剤や流動化剤、例えば、コロイド状のシリカ、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、固形のポリエチレングリコールを粉末状のものに混合し、その後充填操作を行うことにより製造することもできる。崩壊剤や可溶化剤、例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウムを添加すれば、カプセル剤が摂取されたときの医薬の有効性を改善することができる。また、シロスタゾールの微粉末を植物油、ポリエチレングリコール、グリセリン、界面活性剤中に懸濁分散し、これをゼラチンシートで包んで軟カプセル剤とすることもできる。
【0051】
錠剤は、賦形剤を加えて粉末混合物を作り、顆粒化もしくはスラグ化し、次いで崩壊剤または滑沢剤を加えた後、打錠することにより製造することができる。
粉末混合物は、適当に粉末化された物質を上述の希釈剤やベースと混合することにより製造することができる。必要に応じて、結合剤(例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ゼラチン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール)、溶解遅延化剤(例えば、パラフィン)、再吸収剤(例えば、四級塩)、吸着剤(例えばベントナイト、カオリン)等を添加することができる。
【0052】
粉末混合物は、まず結合剤、例えば、シロップ、澱粉糊、アラビアゴム、セルロース溶液または高分子物質溶液で湿らせ、攪拌混合し、これを乾燥、粉砕して顆粒とすることができる。このように粉末を顆粒化する代わりに、まず打錠機にかけた後、得られる不完全な形態のスラグを破砕して顆粒にすることも可能である。このようにして作られる顆粒に、滑沢剤としてステアリン酸、ステアリン酸塩、タルク、ミネラルオイル等を添加することにより、互いに付着することを防ぐことができる。
また、錠剤は、上述のように顆粒化やスラグ化の工程を経ることなく、シロスタゾールを流動性の不活性担体と混合した後に直接打錠することによっても製造することができる。
【0053】
こうして製造された錠剤にフィルムコーティングや糖衣を施すことができる。シェラックの密閉被膜からなる透明または半透明の保護被覆、糖や高分子材料の被覆およびワックスよりなる磨上被覆をも用いることができる。
【0054】
他の経口投与製剤、例えば、液剤、シロップ剤、トローチ剤、エリキシル剤もまたその一定量がシロスタゾールの一定量を含有するように用量単位形態にすることができる。
【0055】
シロップ剤は、シロスタゾール等を適当な香味水溶液に溶解して製造することができる。エリキシル剤は、非毒性のアルコール性担体を用いることにより製造することができる。
懸濁剤は、シロスタゾール等を非毒性担体中に分散させることにより製造することができる。必要に応じて、可溶化剤や乳化剤(例えば、エトキシ化されたイソステアリルアルコール類、ポリオキシエチレンソルビトールエステル類)、保存剤、風味付与剤(例えば、ペパーミント油、サッカリン)等を添加することができる。
必要であれば、経口投与のための用量単位処方をマイクロカプセル化することができる。当該処方はまた、被覆をしたり、高分子・ワックス等中に埋め込んだりすることにより作用時間の延長や持続放出をもたらすこともできる。
【0056】
非経口投与製剤は、皮下・筋肉または静脈内注射用とした液状用量単位形態、例えば、溶液や懸濁液の形態をとることができる。当該非経口投与製剤は、シロスタゾールの一定量を、注射の目的に適合する非毒性の液状担体、例えば、水性や油性の媒体に懸濁しまたは溶解し、次いで当該懸濁液または溶液を滅菌することにより製造することができる。注射液を等張にするために非毒性の塩や塩溶液を添加することができる。また、安定剤、保存剤、乳化剤等を添加することもできる。同様に点滴製剤とすることもできる。
【0057】
坐剤は、シロスタゾールを低融点の水に可溶または不溶の固体、例えば、ポリエチレングリコール、カカオ脂、半合成の油脂[例えば、ウイテプゾール(登録商標)]、高級エステル類(例えば、パルミチン酸ミリスチルエステル)またはそれらの混合物に溶解または懸濁させて製造することができる。
【0058】
本発明治療剤の投与方法としては、例えば、経口投与、静脈内投与、門脈内投与、皮下投与、点滴投与、局所投与(例、経粘膜投与、経鼻投与、吸入投与、経皮投与)を挙げることができる。投与回数は、有効成分の種類や用量、剤形、患者の状態等によって異なるが、例えば、1日1回~数回又は1日~数日間の間隔で投与することができる。
【0059】
2 本発明に係る、軽度認知障害または認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する方法
本発明に係る、軽度認知障害または認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する方法(以下、「本発明方法」という。)は、次の1~3の工程を含む。
1.シロスタゾールまたはその塩を有効成分として含有する組成物を初期用量で投与された対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾールおよびOPC-13015の存在量、またはそれらに加えてOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量を測定する工程、
2.シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比を算出する工程、
3.上記存在比に基づき、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内でシロスタゾールの第2用量を決定する工程。
【0060】
ここで、「軽度認知障害」、「認知症」、「初期用量」、「第2用量」など前記した用語の意義は、前記と同義である。
【0061】
本発明方法には、さらに、認知機能障害が改善されている、または維持されていることが既知の認知機能障害改善/維持群における、シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比と、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比、またはOPC-13015の存在比とを比較する工程を含むことができる。この工程を含むことにより、当該第2用量は、認知機能障害が改善されている、または維持されていることが既知の認知機能障害改善/維持群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の上記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定することができる。
【0062】
また、本発明方法には、さらに、認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群における、シロスタゾールおよびOPC-13015の存在量の合計に対するシロスタゾールもしくはOPC-13015の存在比、またはシロスタゾール、OPC-13015ならびにOPC-13213および/またはOPC-13217の存在量の合計に対するOPC-13015の存在比と、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比、またはOPC-13015の存在比とを比較する工程を含むことができる。この工程を含むことにより、当該第2用量は、上記の基準レベルに加えて、または独立して、認知機能障害が悪化していることが既知の認知機能障害悪化群におけるシロスタゾールまたはOPC-13015の上記存在比を基準レベルとして、当該対象者におけるシロスタゾールの存在比がその基準レベルより高い場合に、またはOPC-13015の存在比がその基準レベルより低い場合に、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で決定することもできる。
【0063】
シロスタゾールは、アルツハイマー型認知症の進行を予防あるいは認知機能の改善に有効であることや、MCIにも有効であることが知られていたものの、これまでは患者によらず、一定量のシロスタゾールを患者に投与していたため、認知症機能の改善程度には個人差が生じており、また、シロスタゾールの投与量が増加した場合、頭痛等の副作用が生じる可能性があったが、これらの工程を含むことにより、当該第2用量をより精度よく決定することができ、患者ごとに認知機能が改善するのに適切なシロスタゾール投与量を判定できる。
【0064】
工程1における対象者由来のサンプルは、シロスタゾールの初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内にサンプリングされたものであることが適当であり、好ましくは30分~2時間の範囲内にサンプリングされたものである。必要に応じてこれより短い時間または長い時間にサンプリングされたものでもよい。当該サンプルは、生体内のシロスタゾールやOPC-13015等の存在量が測定できるものであれば特に制限されないが、血漿、血清が適当であり、血漿が好ましい。サンプルが血漿の場合、「存在量」は、通常、血漿中濃度である。
【0065】
当該サンプルが血液サンプルである場合は、遠心分離等により血球成分を除去し、血漿サンプルとすることができる。当該血漿サンプルは、前処理がされていることが好ましい。当該前処理としては、本発明治療剤の説明において既述したものと同様のものが挙げられる。それらの中でメタノールやアセトニトリルなどの有機溶媒を用いた除タンパク法による前処理が好ましいことも、同様である。また、当該除タンパクについても同様に、サンプル分注、試薬分注、攪拌、吸引ろ過、加温、遠心などを用いて行うことができる。
【0066】
当該サンプル中におけるシロスタゾールやOPC-13015等の存在量ないし存在比を測定するための適当な方法は、上述と同様であり、例えば、LC法、LC-MS法(例えば、SIM法、MRM法(SRM法))、免疫学的分析法(例えば、ELISA法、FLISA法)、ECL法を挙げることができる。
【0067】
当該サンプル中におけるシロスタゾールやOPC-13015等の存在量ないし存在比を測定するための適当な装置としては、上記各方法に対応して、例えば、LC、LC-MS、LC-MS/MS、ELISA分析装置、ECL分析装置を挙げることができる。この中、LC-MS、LC-MS/MSが好ましい。
【0068】
本発明方法により、軽度認知障害や認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定するができるが、本発明方法は、軽度認知障害の中、見当識の低下や、脳卒中に軽度認知障害を合併する対象者を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する場合に用いることが好ましい。認知症については、本発明方法は、アルツハイマー型認知症を治療するためのシロスタゾールの第2用量を決定する場合に用いることが好ましい。
【0069】
3 本発明に係る、軽度認知障害または認知症の治療システム
本発明に係る、軽度認知障害または認知症の治療システム(以下、「本発明システム」という。)は、本発明治療剤および当該対象者に対する当該有効成分の初期用量投与後、当該対象者由来のサンプル中におけるシロスタゾール、OPC-13015、および/または他の代謝物の存在量を測定するための分析装置を含む。
【0070】
本発明システムには、さらに、検体前処理装置を含むことができる。かかる検体前処理装置としては、具体的には、例えば、サンプル分注装置、試薬分注装置、攪拌装置、吸引ろ過装置、加温装置、遠心装置を挙げることができる。また、これら全ての装置の機能、または少なくともいずれかの装置の機能を統合した検体前処理装置を挙げることができる。操作の簡便性や、生体試料からの感染リスクの低減の観点からは、サンプル分注、試薬分注、攪拌、吸引ろ過又は遠心、および加温の各機能を備えた全自動検体前処理装置が好ましい。
本発明システムにおける分析装置としては、例えば、LC、LC-MS、LC-MS/MS、ELISA分析装置、ECL分析装置を挙げることができる。この中、LC-MS、LC-MS/MSが好ましい。
【0071】
4 本発明に係る、軽度認知障害または認知症の患者に対する治療方法
本発明に係る、軽度認知障害または認知症の患者に対する治療方法(以下、「本発明方法」という。)は、シロスタゾールまたはその塩が初期用量投与された前記患者に対して、前記シロスタゾールまたはその塩を第2用量投与する工程を含む。
【0072】
ここで、「軽度認知障害」、「認知症」、「初期用量」、「第2用量」など前記した用語の意義は、前記と同義である。
【0073】
本発明方法は、さらに、シロスタゾールまたはその塩の初期用量と第2用量の総量が、シロスタゾールまたはその塩の1回あたりの経口投与量である100mgよりも多くしてもよい。本発明方法により、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で治療することができ、軽度認知障害または認知症の治療において、認知症への進行に対する予防、または進行を遅らせることや、認知機能の改善も期待できる。
【0074】
本発明方法は、さらに、シロスタゾールまたはその塩の初期用量と第2用量の総量が、1日あたり200mg以内であってもよい。本発明方法により、シロスタゾールの医薬上許容される用量の範囲内で初期用量より多い用量で治療することができ、軽度認知障害または認知症の治療において、認知症への進行に対する予防、または進行を遅らせることや、認知機能の改善も期待できる。
【0075】
本発明方法は、さらに、初期用量のシロスタゾールまたはその塩を患者に投与した後、第2用量を投与する前に、患者から生体試料を採取し、当該生体試料中におけるOPC-13015を検出する工程をさらに含めてもよい。さらに、初期用量のシロスタゾールまたはその塩を患者に投与した後、第2用量を投与する前に、患者から生体試料を採取し、当該生体試料中におけるOPC-13213を検出する工程をさらに含めてもよい。また、OPC-13015、および/またはOPC-13213を検出する時間は、初期用量を投与後、初期用量投与後、1時間~7時間の範囲内に行われてもよい。
【0076】
本発明方法は、さらに、シロスタゾールまたはその塩、OPC-13015、および/またはOPC-13213の相対量を測定することをさらに含む。また、本発明方法は、さらに、シロスタゾールまたはその塩、OPC-13015、および/またはOPC-13213の総量に基づいて、シロスタゾール、その塩、OPC-13015のいずれか1つの存在比を計算することをさらに含む。
【0077】
5 本発明に係る、軽度認知障害または認知症の患者におけるOPC-13015を検出する方法
本発明に係る、軽度認知障害または認知症の患者におけるOPC-13015を検出する方法は、軽度認知障害または認知症の患者から採取した生体試料における、シロスタゾールまたはその塩を検出する工程と、軽度認知障害または認知症の患者から採取した生体試料における、OPC-13015を検出する工程とからなる。
【0078】
ここで、「軽度認知障害」、「認知症」、「初期用量」、「第2用量」など前記した用語の意義は、前記と同義である。
【実施例】
【0079】
以下に試験例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。本発明は、以下に示した発明に何ら限定されるものではない。
【0080】
[試験例]MCIに対するシロスタゾールの効果
(1)被験者
軽度認知障害(MCI)を患っていると考えられるCDR0.5の13名。なお、シロスタゾールを投与する前のMOCAは、すべての被験者において25点以下であった。
【0081】
(2)実験方法
各被験者に対し、シロスタゾール服用前にMOCA心理検査を実施した。そして、各被験者は、50mg錠または100mg錠のシロスタゾール錠を1日2回、6カ月間服用した。6カ月後、各被験者に対し、再度MOCA心理検査を実施した。また、かかるMOCA心理検査とは別に、6カ月後、各被験者から血液を採取した。当該血液検体は、検体前処理装置(CLAM-2000、島津製作所社製)により前処理を行い、血漿検体とした。その後、各検体におけるシロスタゾールおよびその代謝物の血漿中濃度を超高速トリプル四重極型LC/MS/MSシステム(LCMS-8040、島津製作所社製)を用いて測定した。
【0082】
(3)評価方法
シロスタゾール服用前のMOCA心理検査の点数(投与前MOCA)と服用6カ月後のMOCA心理検査の点数(投与後MOCA)との差に対する、シロスタゾールおよびその代謝物の血漿中濃度比との関連性を評価した。
投与後MOCA-投与前MOCAが0以下の場合は、認知機能維持/悪化群に分類し、投与後MOCA-投与前MOCAが0より大きい場合は、認知機能改善群に分類した。
【0083】
(4)結果
(4-1)シロスタゾールの血漿中濃度、OPC-13015の血漿中濃度、およびOPC-13213+OPC-13217の各血漿中濃度の合計に対する各化合物の血漿中濃度比と、認知機能維持/悪化群および認知機能改善群との関係性を検討した。その結果を
図1に示す。図中、★印はt検定ないしマン・ホイットニー検定において、有意差p<0.05を示す。
【0084】
(4-2)シロスタゾールの血漿中濃度、およびOPC-13015の各血漿中濃度の合計に対する各化合物の血漿中濃度比と、認知機能維持/悪化群および認知機能改善群との関係性を検討した。その結果を
図2に示す。図中、★印はt検定ないしマン・ホイットニー検定において、有意差p<0.05を示す。
【0085】
(4-3)図に示す結果から明らかな通り、シロスタゾール投与後の被験者におけるシロスタゾールやOPC-13015、その他の代謝物の血漿中濃度を測定し、その合計濃度に対するシロスタゾールまたはOPC-13015の濃度割合を算出することにより、特定の被験者に対する第2のシロスタゾールの投与量を決定することができる。