(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】グラフェンの成長方法、及びグラフェンデバイスの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/184 20170101AFI20241113BHJP
【FI】
C01B32/184
(21)【出願番号】P 2023572988
(86)(22)【出願日】2023-10-19
(86)【国際出願番号】 JP2023037901
【審査請求日】2023-12-04
(31)【優先権主張番号】P 2023026252
(32)【優先日】2023-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023063503
(32)【優先日】2023-04-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(研究成果最適展開支援プログラム産学共同(育成型))、「ナノカーボン光源を搭載した万能型分析チップ開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業(探索加速型(探索研究))、「ナノカーボン赤外光源による高時空間赤外分光分析技術開発と革新的な赤外分析手法の創出」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】牧 英之
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-058631(JP,A)
【文献】特開2015-057817(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0206934(US,A1)
【文献】特開2017-179419(JP,A)
【文献】国際公開第2012/118023(WO,A1)
【文献】特開2012-212877(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/182-32/198
G02B 6/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に、固溶限界を超える量の炭素を含む炭素含有金属薄膜を、前記炭素含有金属薄膜に対する前記炭素の含有量がモル比で
66%以上98%以下となるように単層で形成し、
前記炭素含有金属薄膜を、有機分子を使った炭素原料ガスの導入なしに熱処理してグラフェンを生成するとともに前記炭素含有金属薄膜に含まれる金属を分離し、
分離された前記金属を前記熱処理の終了後に除去する、
グラフェンの成長方法。
【請求項2】
前記炭素原料ガスを導入しない前記熱処理により多層グラフェンを生成するとともに、前記金属を析出させ、
前記多層グラフェンの生成完了後に、析出した前記金属を除去する、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項3】
前記熱処理は、真空中または減圧下で、前記炭素原料ガスの導入なしに、不活性ガスまたは還元ガスの雰囲気中で行われる、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項4】
前記炭素含有金属薄膜を真空中または減圧下で、不活性ガスまたは還元ガスの雰囲気中で加熱してグラフェンを生成するとともに、前記炭素含有金属薄膜に含まれる前記金属を析出させ、
前記熱処理の終了後に、析出した前記金属をエッチングで除去する、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項5】
前記エッチングの温度は前記熱処理の温度よりも低い、
請求項4に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項6】
前記炭素含有金属薄膜を、前記金属と固体炭素のターゲットを用いて物理気相成長法で形成する、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項7】
前記炭素含有金属薄膜の上層または下層に、グラフェン成長に影響しない第2の金属、半導体、または絶縁体の薄膜が設けられている、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項8】
前記基板には、前記炭素含有金属薄膜の形成前にあらかじめ光デバイスまたは熱デバイスまたは電子デバイスまたは機械デバイスが形成されている、
請求項1に記載のグラフェンの成長方法。
【請求項9】
基板の上に固溶限界を超える量の炭素を含む炭素含有金属薄膜を、前記炭素含有金属薄膜に対する前記炭素の含有量がモル比で
66%以上98%以下となるように単層で形成し、
前記炭素含有金属薄膜を、有機分子を使った炭素原料ガスの導入なしに熱処理してグラフェンを生成するとともに前記炭素含有金属薄膜に含まれる金属を分離し、
前記熱処理の終了後に、分離された前記金属を除去してグラフェン層を形成し、
前記グラフェン層を用いて光デバイス、熱デバイス、電子デバイス、または機械デバイスを形成する、
グラフェンデバイスの製造方法。
【請求項10】
分離された前記金属を、前記熱処理よりも低い温度で除去する、
請求項9に記載のグラフェンデバイスの製造方法。
【請求項11】
前記炭素含有金属薄膜の形成の前に、前記基板の上にあらかじめ別の光デバイス、別の熱デバイス、別の電子デバイス、または別の機械デバイスを形成しておき、
前記別の光デバイス、前記別の熱デバイス、前記別の電子デバイス、または前記別の機械デバイスの上に絶縁層を形成し、
前記絶縁層の上に、前記炭素含有金属薄膜を形成する、
請求項9に記載のグラフェンデバイスの製造方法。
【請求項12】
前記グラフェン層の下方の前記基板の一部を除去して中空を形成し、前記中空を架橋する架橋グラフェンを形成し、
前記架橋グラフェンを用いて前記光デバイス、前記熱デバイス、前記電子デバイス、または前記機械デバイスを作製する、
請求項9に記載のグラフェンデバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェンの成長方法と、光デバイスや熱デバイスにグラフェンを適用したグラフェンデバイスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チップ上に光デバイスを集積する光集積デバイスでは、シリコンや酸化シリコンなどの半導体または絶縁体の基板上に、主として化合物半導体材料を用いた光半導体デバイスが集積されてきた。近年では、化合物半導体だけではなく、グラフェンなどのナノカーボン材料を用いたチップ上の集積光デバイスも報告されている。
【0003】
シリコンチップ上の集積光デバイスとしては、シリコン光導波路にマイクロヒータを設けた光スイッチなどのシリコンフォトニクス光集積素子が注目されている。このマイクロヒータに、従来は、チタンなどの金属ヒータが主に用いられてきた。金属のマイクロヒータに代わって、単層、または数層から数百層の多層のグラフェン(以下、単層と多層のグラフェンを合わせて「グラフェン」と呼ぶ)で形成されたマイクロヒータを備えたシリコンフォトニクス素子も近年、報告されている。
【0004】
シリコンフォトニクスチップ上にグラフェンを形成する場合、粘着テープで機械剥離したグラフェンや、化学気相成長法(CVD法)で金属単結晶上などに成長したグラフェンを、チップ上に転写する方法が用いられてきた。転写法は、すでに作製されているグラフェンを様々なチップ上に転写できることから、グラフェン集積光デバイスでも広く用いられてきた。しかし、ナノメートルオーダーの薄いグラフェンをチップ上に転写するためコストが高く、実用化するうえで量産が難しい。
【0005】
基板上に直接グラフェンを形成する技術として、固体の炭素層と金属層の多層膜を用いたグラフェンの成長方法がある(たとえば、特許文献1参照)。この方法では、固体炭素源となる純粋な炭素層の上下に、触媒となる純粋な金属膜を形成した多層構造の積層体を形成し、この積層体を熱処理することで、基板上にグラフェン薄膜を形成する。また、金属の溶媒に炭素の溶質を固溶させた固溶体層を形成し、固溶体を加熱したまま金属を除去することで炭素を析出させてグラフェンを生成する方法が知られている(たとえば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2019/176705号明細書
【文献】特許第5152945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1のように固体の炭素層と金属層が積層された多層構造では、固体の炭素源の下層と上層に触媒となる金属層を形成するため、工程が増えてプロセスのコストが高い。多層構造に含まれている金属層のトータルの厚みが厚く、炭素層よりも金属層のモル数が多くなる。光デバイスや熱デバイスが形成されている基板の上にグラフェンを形成するときに、基板と接する金属層から金属元素が熱拡散して、下層のデバイスにダメージを与えるおそれがある。特許文献2のように炭素の固溶体を用いる方法では、含有される炭素量に固溶限界がある。金属層の表面に炭素の薄膜を形成し、この積層体を固溶温度まで加熱して固溶体層を形成しているが、金属層に固溶する炭素は通常は数パーセントである。また、形成されるグラフェン層の層数に限界があり、厚いグラフェン層を形成するのが難しい。固溶体で金属が支配的なため、金属元素の熱拡散により下層のデバイスにダメージを与えるおそれがある。上記以外に、シリコンカーバイドの加熱によるグラフェン形成方法もあるが、一般には1200℃から1500℃程度の非常に高い温度での処理が必要であり、光デバイスや熱デバイスが形成されている基板上でのグラフェンの成長には適用できない。また、シリコンカーバイド単結晶基板を使う必要があるため、材質がシリコンカーバイドに限定されており、一般的なデバイスで使われるシリコンや酸化シリコンなどの絶縁体や半導体を使ったデバイス上にグラフェンを作製することが出来ない。
【0008】
本発明は、基板への影響を抑制しつつ、簡単な工程で基板の上に多層のグラフェン層を成長するグラフェンの成長方法を提供することを一つの目的とする。また、あらかじめ作製したデバイスへの影響や損傷が少ないグラフェン成長方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの側面において、グラフェンの成長方法は、
基板の上に、固溶限界を超える量の炭素を含む炭素含有金属薄膜を、前記炭素含有金属薄膜に対する前記炭素の含有量がモル比で3%以上98%以下となるように単層で形成し、
前記炭素含有金属薄膜を、有機分子を使った炭素原料ガスの導入なしに熱処理してグラフェンを生成するとともに、前記炭素含有金属薄膜に含まれる金属を分離し、
分離された前記金属を前記熱処理の終了後に除去する。
【発明の効果】
【0010】
基板やデバイスへの影響を抑制しつつ、簡単な工程で基板の上に多層のグラフェン層を成長することができる。また、あらかじめ作製したデバイスへの影響や損傷が少ないグラフェン成長方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】実施形態のグラフェン成長方法のフローチャートである。
【
図3】実施形態のグラフェンデバイスの製造工程図である。
【
図4】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で3%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図5】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で10%のときのグラフェンの顕微鏡像(とラマンスペクトルを示す図)である。
【
図6】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で20%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図7】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で30%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図8】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で66%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図9】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で83%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図10】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で90%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図11】炭素含有金属に対する炭素の含有量がモル比で98%のときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルを示す図である。
【
図12】作製したグラフェンデバイスの画像と模式図である。
【
図13A】作製した別のグラフェンデバイスの画像である。
【
図13B】作製したさらに別のグラフェンデバイスの画像である。
【
図14】作製したさらに別のグラフェンデバイスの画像である。
【
図15】架橋グラフェンデバイスの製造工程図である。
【
図16】作製した架橋グラフェンデバイスの電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下で、図面を参照しながら発明を実施するための形態を説明する。下記で述べる実施形態は、発明の技術思想を具体化するための例示であり、本発明を下記の構成や数値に限定するものではない。図面中、同一の機能を有する構成要素には、同一符号を付して、重複する記載を省略する場合がある。異なる実施形態や構成例の間での部分的な置換または組み合わせは可能である。各図面が示す各部材の大きさ、位置関係等は、発明の理解を容易にするために誇張して描かれている場合がある。位置関係で「上に」または「下に」というときは積層方向または成長方向の上下を指し、絶対的な方向ではない。
【0013】
実施形態では、基板上に十分な厚さのグラフェン層を直接成長する。基板にあらかじめ光デバイスや熱デバイスが形成されている場合でも、基板やデバイスへの影響を最小限に抑えて、任意のサイズ、形状のグラフェン層を所望の厚さに形成する。グラフェン層は発光素子の発光材料、受光素子の光吸収材料としてだけではなく、光デバイスや熱デバイスの動作や特性を制御するマイクロヒータとしても用いることができる。
【0014】
図1は、実施形態のグラフェンの成長工程図である。実施形態のグラフェンの成長方法は、転写を用いずに、また、炭化水素ガスなどの有機分子を使った炭素原料ガスの導入を必要とせずに、基板11の上に直接グラフェンを成長する。
図1の(A)で、基板11の上に炭素含有金属薄膜12を、単層で形成する。「単層」とは、複数の層を積層した多層構造ではないという意味であり、炭素含有金属薄膜12は所望の厚さに設計可能である。基板11は、SiO2基板、SiO2膜付きのSi基板、サファイア基板等である。単層の炭素含有金属薄膜12は、マグネトロンスパッタリング、電子ビーム蒸着、イオンプレーティングなどの物理気相成長法により形成される。金属と固体炭素のターゲットの組成比を調整することで、所望の炭素含有量で形成することができる。炭素含有金属薄膜12を、室温スパッタリングで形成してもよい。固体炭素と金属のターゲットを用いて物理気相成長法で形成される炭素含有金属薄膜12の炭素含有量は、炭素の固溶限界とは関係なく、固溶限界を超えた所望の炭素含有量を達成できる。炭素含有金属に対する炭素の含有量は、モル比で3%以上98%以下、好ましくは5%以上、98%以下、より好ましくは10%以上、98%以下で、高品質の多結晶グラフェンが得られる。
【0015】
炭素含有金属薄膜に含まれる金属として、Ni、Fe、Coなどの炭素固溶限が高い金属だけではなく、Pt、Cu、Irなど、炭素固溶限が低い金属を用いることができ、これらの金属にZnを添加してもよい。実施例ではNiを用いる。炭素含有金属薄膜12を用いて、少ない金属量で基板11の上に多層、多結晶のグラフェンを成長する。基板11は、シリコン、化合物半導体等の半導体基板であってもよいし、酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、フッ化カルシウムなどの絶縁性基板であってもよい。炭素含有金属薄膜12は、炭素と金属のターゲットを用いてコスパッタリングで形成してもよいし、炭素と金属を含む1つのターゲットを用いてスパッタリングで形成してもよい。スパッタリングは、任意の温度で行うことが可能で、室温で行っても良いし、基板加熱中で行っても良い。
【0016】
炭素含有金属薄膜12は、基板11の全面に形成されてもよいし、リソグラフィ技術や微細加工技術を用いて、基板11上の所定の領域に、所望の形状と大きさで形成されてもよい。基板11の一部の領域に炭素含有金属薄膜12を形成する場合は、後工程でグラフェンのエッチング加工なしに、成長したグラフェンをそのまま機能性材料として用いることができる。基板11の全面に炭素含有金属薄膜12を形成する場合は、グラフェンが生成された後にグラフェンを所望の形状に加工してもよい。
【0017】
図1の(B)で、炭素含有金属薄膜12が形成された基板11に、炭化水素ガスなどの有機分子を使った炭素原料ガスの導入なしに熱処理を施す。熱処理により、炭素含有金属薄膜12が変化する。すなわち、有機分子を含む炭素原料ガスを導入しなくても、炭素含有金属薄膜12から炭素が析出して基板11に吸着し、再結晶化により、2次元的なグラフェンの成長から3次元的な成長に移行する。この間、触媒として作用した金属は炭素含有金属薄膜12から析出して、グラフェン上に分離される。
【0018】
熱処理は、真空中や減圧下などの排気雰囲気、アルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガス、または水素などの還元ガスを含む雰囲気での加熱、またはこれらの組み合わせにより行われる。雰囲気に酸素を含むと、グラフェンが酸素と反応して損傷するので、酸素を含まない雰囲気下での熱処理が望ましい。メタンガス等の炭素原料ガスを導入して触媒金属と反応させる一般的なグラフェン成長法と異なり、熱処理に炭化水素ガスなどの有機分子を含む炭素原料ガスを導入しない。この熱処理により、炭素含有金属薄膜12が変化して多層グラフェンが生成される。これとともに、、金属は多層グラフェン上に粒状や粗い薄膜状で析出する。熱処理は、電気炉のような基板11の全体を加熱する機構を用いてもよい。
【0019】
レーザ光による加熱は局所的でパワーが強力であり、均一な加熱が困難なうえに、レーザ光による基板11損傷のおそれがある。特に、基板11の下層に光デバイスや熱デバイスが作り込んである場合は、レーザ光の照射によりデバイスが損傷するおそれがある。これに対し、電気炉による加熱は、基板11上の炭素含有金属薄膜12を均等に加熱することができ、高品質のグラフェンを成長することができる。電気炉として、たとえば赤外加熱炉を用いてもよい。
【0020】
熱処理温度は、たとえば800℃から1200℃の範囲で行われる。高温ほど多層グラフェンの品質が向上し、基板11上に形成されている光デバイスや熱デバイスの耐熱温度が向上する傾向にある。ただし、基板11に金属などの耐熱性の低い部分がある場合は、800℃程度の低温側の熱処理温度を選択することで、基板11へのダメージを回避することができる。
【0021】
熱処理の昇温速度は速い方が好ましく、赤外加熱炉のような高速熱処理炉を用いると、高品質な多層グラフェンが速やかに得られる。基板全体を赤外加熱炉などで加熱することから、低コストで生産性も高く、大面積で高品質なグラフェン層の形成が可能である。炭素含有金属薄膜12にZnが含有されている場合は、熱処理温度を下げることが可能であり、最低で400℃程度まで下げることができる。急峻な昇温ができる場合、熱処理時間は10分以内、または5分以内、または数分間程度でもよい。
【0022】
図1の(C)で、熱処理が進み、炭素含有金属薄膜12のほとんどがグラフェン層13に変化し、グラフェン層13上に金属粒子または金属薄膜片が分離される。金属粒子と金属薄膜片を合わせて、「金属粒子14」と呼ぶ。
【0023】
図1の(D)で、熱処理の終了後、あるいはグラフェン層13の生成完了後に、金属粒子14を除去する。たとえば、酸や塩化鉄などの金属を溶解する溶液を用いたウェットエッチング、または塩素などのエッチングガスによるドライエッチングで金属粒子14を除去する。エッチングガスを用いる場合、エッチング温度は、グラフェンを成長する熱処理温度よりも低くすることが出来る。これにより、エッチング温度よりも高い温度でグラフェンを成長できるため、基板11上に高品質なグラフェンが得られるとともに、十分な厚さのグラフェン層13を形成することができる。
【0024】
図2は、
図1のグラフェン成長方法のフローチャートである。まず、固溶限界を超える量の炭素を含有した単層の炭素含有金属薄膜12を基板11の上に形成する(S11)。このステップは、
図1の(A)に対応し、炭素含有金属薄膜12に対する炭素の含有量はモル比で3%以上98%以下の所望の割合に設定可能である。次に、炭化水素ガスなどの有機分子を含む炭素原料ガスの導入なしに、熱処理によりグラフェンを生成するとともに、金属を分離する(S12)。このステップは、
図1の(B)及び(C)に対応する。熱処理終了後に、分離された金属を除去する(S13)。このステップは、
図1の(D)に対応する。金属の除去により、所望の厚さのグラフェン層13が得られる(S14)。
【0025】
図1、及び
図2に示した方法により、所望の大きさ、形状のグラフェン層13を低コストで大量に成長することができる。単層の炭素含有金属薄膜12に含まれる金属の作用によって、次々と多層グラフェンが生成される。グラフェン生成に必要となる金属の量は、非常に少量でも作用する。そのため、金属薄膜に含有される炭素量は、炭素の固溶限界に関係なく含有させられることが大きな特徴である。そのことから、固溶限界を超える量の炭素をあらかじめ金属薄膜に含ませておいても、多層グラフェンが生成できる。従来の手法と異なり、固体炭素源と金属層を分離させて積層した多層構造を作製する必要がない。また、従来の固溶限界以下の炭素量に限定されたグラフェン成長と異なり、グラフェン成長に使用される金属の固溶限界を考慮せずに多層グラフェンを生成できる。さらに、炭化水素ガスを導入して触媒金属と反応させる一般的なグラフェン成長法と異なり、単層で形成された炭素含有金属薄膜12を熱処理するだけで、グラフェンを成長できる。
【0026】
すなわち、多層グラフェンの生成中(S12)は、炭化水素ガスなどの有機分子を含む炭素原料カスを導入することなく、真空中や減圧中、またはアルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガスや、水素などの還元ガスだけで熱処理される。有機分子を含む炭素原料ガスの導入が不要なだけではなく、従来技術のように、多層グラフェン生成中に金属を除去するエッチングガス(例えば塩素ガスなど)を導入する必要がないのも、利点である。
【0027】
上述したように、単層の炭素含有金属薄膜12は、熱処理によって、多層グラフェンと粒状または粗い薄膜状の金属に分離される(
図1の(C)参照)。この過程で、多層グラフェンは、酸や塩化鉄などのエッチング溶液や、塩素などのエッチングガスに対して耐性を持つ。金属が耐性をもっていない酸や塩化鉄などのエッチング溶液や、塩素などのエッチングガスによって、分離された金属だけを除去する。実施形態で用いられる金属、たとえば、Ni、Fe、Co、またはこれらの混合物は、多層グラフェンの形成後には、グラフェン層13の上に粒状や粗い薄膜状で分離されることから、エッチングにより容易に除去できる。
【0028】
分離された金属のエッチングは、熱処理の終了後に基板を室温に冷却して、室温で実施可能である。または、上述の多層グラフェン形成のための熱処理温度と比べて、低い温度の加熱下(熱処理温度よりも100℃以上低い温度)で行うことができる。従来方法と異なり、高温の熱処理中でエッチングを行う必要がなく、析出した不要な金属を、低温加熱下や室温や冷却下で容易に除去できる。
【0029】
実施形態のグラフェンの成長方法は、2原子層から数千原子層までの多層で多結晶のグラフェンを形成することができる。グラフェンの層数は、単層で形成された炭素含有金属薄膜12の厚さを変えることで、制御可能である。また、炭素含有金属薄膜12の熱処理の温度を制御することで多層グラフェンの層数を制御可能である。これにより、プロセスコストを低減し、簡便な工程で多層グラフェンが生成される。実施形態の手法は、グラフェン成長用の膜として固溶限界を超えた炭素を含む含有金属薄膜を単層で形成する手法であるが、炭素含有金属薄膜12の上層または下層に、グラフェン成長に影響しない金属、半導体、絶縁体などの薄膜が存在する場合も、グラフェン成長用の膜として固溶限界を超えた炭素含有金属薄膜12が形成されていれば、本発明の手法の範囲内に含まれる。
【0030】
図3は、実施形態のグラフェンデバイスの製造工程図である。以下では、上述したグラフェン層を適用したデバイスを「グラフェンデバイス」と呼ぶ。グラフェンデバイスは、基板11上にあらかじめ形成されている光デバイス、熱デバイス、電子デバイス、機械的デバイスなどに、上述したグラフェン層13を適用したデバイスも含む。光デバイスは、たとえば基板上に形成されたシリコンフォトニクスデバイスや、基板上に形成されたあらゆる光デバイスまたはフォトニック構造を含む。光デバイスとしては、シリコンフォトニクスでの光導波路、光スイッチ、光共振器、光フィルタ、光変調器、干渉素子、位相変調器、偏光素子、分光素子、透明導電膜や、基板上に形成された発光素子、受光素子など、基板上に形成されたどのような光デバイスやフォトニック構造でも良い。熱デバイスは、グラフェンを熱源として用いた素子であればどのような素子でも良い。たとえば、グラフェンを用いたマイクロヒータ素子、熱光学効果を用いた光デバイス、局所的な加熱を利用した電子デバイス・光デバイス・機械デバイスなどの各種基板上の素子、熱による放射を利用した光源、熱を利用したボロメータなどの受光素子、マイクロチャネル熱交換器など、グラフェンへの通電加熱や、グラフェンへの温度変化による現象を利用した熱デバイスに適用することが出来る。また、基板上に形成された微小な電気機械システム:MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)や、カンチレバーなどの機械的特性を利用したデバイスなど、基板上に形成された微小な機械デバイスにも適用できる。また、微小デバイスに限らず、マクロな光学材料(透明な窓材や透明導電膜)や、マクロなサイズの電気伝導層や電極、板材の反射防止技術や、防汚技術など、グラフェンを用いたガラス材料などの表面改質や機能付与技術としても使うことが出来る。
【0031】
以下では、一例として、シリコンチップ上の光デバイスにグラフェン層13を適用したグラフェンデバイスの作製方法を述べるが、本発明は以下の例に限定されない。用いる基板はシリコン基板に限定されず、表面酸化したシリコン基板、SOI(silicon on insulator)基板、石英基板、酸化シリコン基板、酸化アルミ基板、酸化マグネシウム基板、フッ化カルシウム基板など、半導体や絶縁体やガラス材料の基板を用いることができる。
【0032】
光デバイスにグラフェン層13を適用した構成を例にとって述べるが、以下で述べるグラフェンデバイスの製造方法は、チップ上の多層グラフェンをマイクロヒータとして用いた熱デバイス、光デバイスと熱デバイスを組み合わせた光・熱デバイスなどにも適用可能である。熱デバイスの延長として、大電流を流すことができる通電用のチップ上の電気配線も含まれる。通電用の電気配線は、現在の技術では金属配線を用いているが、大きな電流を流すと、発熱やエレクトロマイグレーションによって断線する。一方、グラフェンを用いることで、大電流を流した際に発生する熱に対しても、耐熱性の良い電気配線を提供できる。実施形態のグラフェンデバイスの製造方法を用いることで、従来の多層グラフェン電気配線よりも、簡便で耐熱性の高い電気配線が作成可能である。
【0033】
一つの構成例として、シリコンチップ上に集積された光デバイスを考えた場合、多層グラフェンを用いて発光素子、受光素子などの光デバイスを作製できるほか、多層グラフェンをマイクロヒータとして用いることにより、光スイッチ、光強度変調素子、位相変調素子など、様々な修正された光・熱デバイスを作製することができる。これらの素子をチップ上に作成する場合、従来手法では、あらかじめ形成したシリコンチップ上の光デバイスに対して、粘着テープを用いて機械剥離されたグラフェンや、CVD法により金属単結晶上などに成長したグラフェンを、チップ上に転写していた。これに対し、実施形態では、転写を用いないでダイレクトにチップ上の光素子に多層グラフェンを形成する。従来よりも簡便な方法で、正確に光素子上に多層グラフェンを形成できることから、高品質、低コストの多層グラフェン光デバイスを作製できる。
【0034】
図3の(A)で、あらかじめ基板11Aに、光デバイスの少なくとも一部を構成する光導波路113を形成する。光導波路113は、たとえばSOI基板の酸化膜110上に形成されたシリコン薄膜をエッチング加工して形成されており、シリコンフォトニクス素子を構成する。光導波路113はシリコン細線導波路として描かれているが、リブ型導波路やフォトニック結晶など、シリコンフォトニクス素子で導波路のタイプは問わない。光デバイスへの通電等のために必要な電極などの金属部分は、グラフェン層の形成後に作製する。光導波路113を覆って絶縁層114を形成する。酸化膜110は下部クラッド、絶縁層114は上部クラッドとして機能する。この例では、光導波路113は、たとえば、リング共振器型やマッハツェンダ(МZ)型の光スイッチや光変調器を形成することができる。
【0035】
光導波路113が形成された基板11Aの上に、グラフェン層13を形成する。グラフェン層13は、
図1と
図2を参照して説明した方法で形成され、固溶限界を超える炭素を含む単層の炭素含有金属薄膜12を熱処理することで生成される。炭素含有金属薄膜12は、リソグラフィ法などにより、正確な位置に、正確な形状で形成可能なので、光導波路113の上方の必要な個所にだけ形成されてもよい。あるいは、基板11Aの全面に炭素含有金属薄膜12を形成して、最終的にグラフェン層が得られてから、基板11Aの必要な領域にグラフェン層13が残るように加工されてもよい。
【0036】
基板11Aに光導波路113で形成された光デバイスは、電極等の金属部分を含まないので、基板11Aの全体を電気炉に入れて熱処理することで、炭素含有金属薄膜12からグラフェンを生成することができる。この熱処理に有機分子を含む炭素原料ガスの導入が不要であることは、上述したとおりである。単層の炭素含有金属薄膜12に含まれる金属量は少量である。基板11Aに直接、純粋金属膜や、金属が支配的な固溶体が接触する従来法と異なり、光導波路113で形成される下層の光デバイスへのダメージが少ない。電気炉内で、少量の金属の作用により、下層の光デバイスへの影響を最小限にして、多層グラフェンの生成が速やかに進行する。グラフェン生成のための熱処理により、基板11Aに形成されている光スイッチなどの光デバイスは熱耐性を備える。
【0037】
多層グラフェンの生成が終了したら、析出した金属をエッチング除去する。上述したように、熱処理中に金属をエッチング除去する必要がないので、工程が簡素化される。熱処理後に、グラフェン層13の上に析出した金属をドライエッチングまたはウェットエッチングで除去して、
図3の(A)の構成が得られる。
【0038】
図3の(B)で、グラフェン層13に接続される電極16と17を形成して、グラフェンデバイス10が得られる。熱に弱い金属電極の形成は、グラフェン層13の形成後に行うことが好ましい。上記の工程は典型的な手法であるが、グラフェン層13を形成した後に、光導波路や、共振器などの光デバイス、光源や受光素子などのフォトニック構造を追加することも可能である。
【0039】
図3のグラフェンデバイスの製造方法は、あらかじめ基板11に光デバイスや熱デバイス構造を作製したのちに、その直上または近傍に多層のグラフェン層13を作製できるのが特徴である。グラフェン層13の直下に光デバイスや熱デバイスが存在し、グラフェンとデバイスが互いに近い距離に配置され、光デバイスや熱デバイスの性能が向上する。従来の大面積のグラフェン成長手法では、グラフェン成長に用いる金属拡散の影響を避けられないため、グラフェンを成長し、所望の形状に加工した後に、光デバイスや熱デバイス構造を作製していた。これに対し、
図3に示す実施形態の方法では、シリコンフォトニクス技術で光デバイスや熱デバイスが形成された集積基板の所望の箇所に、簡単な手法で必要なグラフェン層13を形成することができる。デバイス設計の自由度が高くなり、コストも大幅に低減される。
【0040】
光デバイスや熱デバイスの上にグラフェン層13を生成できることは大きな特徴であるが、グラフェン層の下に光デバイスをあらかじめ設ける必要が無ければ、デバイスが形成されていない基板上にダイレクトにグラフェンを生成した後に電極等を形成して、光学的または熱的なグラフェンデバイスとしてもよい。実施形態の方法は、光デバイスや熱デバイスなどの大量生産手法としても有用である。
【0041】
実施形態の方法は、グラフェンの転写が不要な新しい製造プロセスである。転写手法と比べると、機械的な強度が低い構造体に対しても、容易に多層グラフェンを形成することができる。例えば、半導体材料で作製した微小の梁構造など、機械強度が弱い微小デバイスや、微小な凸構造または凹構造を有する微小デバイスに対しても、容易に多層グラフェンを形成できる。
【0042】
実施形態の方法はチップ上に形成された発光素子、光共振器などの機能的な光デバイスだけではなく、光透過膜や透明導電膜にグラフェン層13を組み合わせたグラフェンデバイス、グラフェンの電極配線を有するグラフェン電子デバイス、MEMSデバイスにグラフェン層13を組み合わせたグラフェンデバイスなど、グラフェンを用いるデバイス全般に適用可能である。以下で、グラフェンの成長方法とグラフェンデバイスの製造方法の具体的な適用例を示す。
【0043】
<グラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトル>
図4から
図11は、炭素含有金属薄膜12の炭素含有量(モル比)を種々に変えて生成したグラフェンの顕微鏡像とそのラマンスペクトルを示す。
図4から
図11のグラフェンは、金属と固体炭素のターゲットの比率を除いて、同じ条件で作成されている。金属ターゲットとして、Niのターゲットを用いる。酸化膜付きのシリコン基板の上に、室温での電子ビーム蒸着により炭素含有金属薄膜12を形成する。「室温」とは、基板への加熱なしに成膜するという意味である。炭素含有金属薄膜12が形成された基板を電気炉に入れ、炭化水素ガスなどの有機分子を含む炭素原料ガスを導入することなく、約1000℃で1~3分程度、加熱する。加熱終了後に、金属粒子をウェットエッチングで除去する。金属と固体炭素のターゲットの比率、すなわち、ターゲット全体に対する固体炭素の割合は、成膜された単層の炭素含有金属薄膜中に含まれる炭素
割合とほぼ一致する。
【0044】
図4は、モル比で3%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)である。1580cm
-1付近にGバンドのピークが観察され、グラフェンが成長していることが確認される。また、2700cm
-1付近に、2Dバンドのピークが観察される。Gバンドのピークは、炭素原子の平面内運動に由来するピークである。2Dピークは、二次のフォノンの散乱であり、形成されたグラフェンの厚さに関係する。2Dピークが、単層グラフェンの一般的な2Dピークである2680cm
-1~2685cm
-1よりも高周波側に現れていることから、基板上に多層グラフェンが生成されていることがわかる。Dバンドのピークが1350cm
-1付近に観察されている。Gバンドと2Dバンドは、グラフェンに特有のピークであり、炭素含有金属膜の炭素含有量が3%の場合、多層グラフェンが確実に生成されていることがわかる。なお、モル比で5%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときも、3%の炭素を含む場合と同様にグラフェンが成長することは確認済みである。
【0045】
図5は、モル比で10%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)である。
図6は、モル比で20%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)、
図7は、モル比で30%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)である。
図5~
図7のいずれにおいても、Gバンドと2Dバンドのピークが明確に観察される。
【0046】
図8は、モル比で66%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)、
図9は、モル比で83%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)、
図10は、モル比で90%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像(A)とラマンスペクトル(B)である。
図8~10でも、グラフェンに特有のGバンドと2Dバンドにピークが観察される。
【0047】
図11は、モル比で98%の炭素を含む炭素含有金属膜を形成したときのグラフェンの顕微鏡像とラマンスペクトルである。
図11においても、グラフェンに特有のGバンドと2Dバンドにピークが観察される。
【0048】
図4から
図11の結果から、モル比で3%以上98%以下、好ましくは5%以上98%以下、より好ましくは10%以上98%以下の炭素を含有する単層の炭素含有金属膜を形成し、炭化水素ガスなどの有機分子を用いた炭素原料ガスの導入なしに熱処理することで、所望の面積または形状の多層グラフェン層を生成することができる。
【0049】
<光干渉素子上のグラフェン発光素子>
図12は、光干渉素子上にグラフェン発光素子を形成したグラフェンデバイス10Aの画像と模式図である。
図12の(A)は、グラフェンデバイス10Aの光学顕微画像、
図12の(B)はグラフェンデバイス10Aの平面模式図、
図12の(C)はグラフェン発光素子からの発光を示す画像である。
【0050】
基板11としてSOI基板を用いる。SOIの表面のシリコン単結晶膜をKOHでエッチングして光干渉素子を形成し、光干渉素子の表面を酸化シリコンで覆う。この光干渉素子は台形の断面形状を有する。台形の上面の酸化シリコン膜の所定の場所に、グラフェン層13Aを形成し、グラフェン層13Aに一対の電極16と17を接続する。グラフェン層13Aは、単層の炭素含有金属薄膜12を形成して、有機分子を含む炭素原料ガスを導入することなく熱処理し、析出した金属を熱処理後に除去して得られる。ここでは、固体炭素とNiのモル比が90%:10%のターゲットを用いて、単層の炭素含有金属薄膜12を形成する。ウエハ全体を赤外加熱炉に入れ、炭素原料ガスの導入なしにアニールし、析出した金属粒子を除去してグラフェン層13Aを得た。
【0051】
グラフェン層13Aの両端に接続される電極16と17を形成する。電極16と17は、たとえばリフトオフ法で形成されたTi/Au電極である。電極16と17を介してグラフェン層13に通電することで、
図12の(C)に示すように、グラフェン層13Aからの発光が観察される。
【0052】
炭素含有金属薄膜12に含まれる金属量は少量であり、下層の光干渉素子への悪影響がほとんどないため、酸化シリコン膜の厚さを適切に設計して、光干渉素子の上方にグラフェン層13を成長することができる。グラフェン発光素子と、下層の光干渉素子の双方の性能を十分に引き出すことができる。
【0053】
<チップ上のグラフェンと光導波路を用いた光デバイス>
図13Aは、シリコンフォトニクス素子を有する基板11B上に形成されたグラフェン層13Bを含むグラフェンデバイス10Bの光学顕微鏡写真である。
図13Bは光導波路113にグラフェン層13Cを設けたグラフェンデバイス10Cの光学顕微画像である。SOI基板の表面のシリコン単結晶膜をエッチング加工して、シリコン細線により、光導波路113や光共振器を含むシリコンフォトニクス素子を形成する。このシリコンフォトニクス素子を覆って、グラフェンを形成することで、グラフェンデバイス10B及び10Cが得られる。グラフェン層13B及び13Cの両端に電極を接続すれば、グラフェン光デバイスが得られる。グラフェンデバイス10B及び10Cは、グラフェン層13B及び13Cへの通電が可能な素子となり、シリコンフォトニクスを用いた光デバイスとして機能する。例えば様々な光導波路や光共振器の上に設けたグラフェンへのオン・オフにより、光の進行方向を切り替える光スイッチ、導波路の屈折率を変化させて光の位相変調素子、グラフェンによって光透過率を変化させる光変調器などに適用できる。
【0054】
<カンチレバー上のグラフェン光素子>
図14は、カンチレバー構造に多層グラフェンを適用したグラフェンデバイス10Dの光学顕微画像である。シリコンや窒化シリコンで形成されたカンチレバーは、原子間力顕微鏡などで用いられており、微小な構造をもつ。カンチレバーの厚みは、数百nmから数μmと極めて薄く、機械剥離法などによる従来のグラフェン転写技術では、転写時にカンチレバーが破壊されてしまう。
【0055】
図14では、あらかじめ作製されたシリコンのカンチレバー構造上に、実施形態の方法で多層のグラフェン層13Dを形成した。すなわち、カンチレバー上の所望の箇所に単層の炭素含有金属薄膜12を形成し、有機分子を含む炭素原料ガスを導入することなく全体を熱処理してグラフェンを生成した後に、分離された金属をエッチング除去する。その結果、機械的に脆弱なカンチレバー構造に対しても、多層のグラフェン層13Dが形成される。このカンチレバー上の多層グラフェンを用いて、発光素子や受光素子などの様々な光デバイスや、マイクロヒータによる熱デバイスを作製することができる。グラフェンデバイス10Dも、転写が不要であり、大量生産が可能である。
【0056】
<架橋グラフェンデバイス>
図15は、実施形態の手法で成長したグラフェン層13を用いた架橋グラフェンデバイス20の製造工程図である。
図15の(A)で、基板11の上に、
図1及び2を参照して述べた手法で、多層、多結晶のグラフェン層13を形成する。一例として、基板11として、シリコン基板や酸化シリコンの基板を用いる。次に、
図15の(B)で、グラフェン層13の下部の基板11の一部を、液相または気相のエッチングで除去して、グラフェン層13の下方に中空115を形成する。これにより、中空115を架橋する架橋グラフェン13
SUSが得られる。
図15の(C)で、架橋グラフェン13
SUSに接続される電極26と27を形成する。これにより架橋グラフェンデバイス20が得られる。
【0057】
グラフェンと基板11は、互いに互いを腐食または融合することがないので、基板11上に高品質なグラフェン層13が形成される。グラフェン層13の下方の基板11を部分的にエッチング除去することで、架橋グラフェン構造が得られる。形成するグラフェン層13の形状は、矩形をはじめ、蝶ネクタイ型の狭窄構造など、事前に基板11の上に炭素含有金属薄膜をパターニングできる形状であれば、どのような形状でも作製できる。また、後述するようにグラフェンに電極等の構造を形成した後に、電極等の構造がエッチングされないエッチング方法を用いて基板全体をエッチングすることで、電極等に支えられた架橋グラフェンを作製することも可能である。そのため、エッチングする工程は、グラフェンデバイス作製のどの工程に入れても良い。
【0058】
架橋グラフェン13SUSに接続される電極26、27や、その他の必要な構造を形成することで、架橋グラフェン13SUSを用いた赤外発光素子やMEMSなど、微小な光デバイス、熱デバイス、電子デバイス、または機械デバイスを作製することができる。上記では、中空115を形成するのに、シリコン基板または酸化シリコン基板をエッチング除去したが、グラフェン層13の下部の基板部分を液相や気相のエッチングで除去できれば、エッチングの手法や基板の種類は問わない。基板11をエッチングする場所は、リソグラフィ技術などによりマスクを形成することで、グラフェン層13を維持して基板11の一部分だけを除去できることから、グラフェンの両端が支持された架橋構造が容易に作製できる。また、電極等の構造をグラフェンに形成した後に全体をエッチングすることで、リソグラフィによるマスク形成を行わなくても、電極等の構造に支えられた架橋グラフェンを作ることが出来る。このように形成された架橋グラフェンデバイス20の他に、さらに別のデバイスを形成して複合的なデバイスを作製してもよい。たとえば、架橋グラフェン13SUSを形成する領域の他にグラフェン層13をそのまま残しておき、残したグラフェン層13を利用して光デバイス、熱デバイス、電子デバイス、機械デバイスなどを作製してもよい。
【0059】
図16は、作製した架橋グラフェンデバイス20の電子顕微鏡像である。この架橋グラフェンデバイス20は、マスクを形成するリソグラフィ工程を省略して、基板11上に成長したグラフェン層13に電極26と27を形成し、その後、全体をエッチングすることで作製されている。グラフェン層13を形成する際の炭素含有金属薄膜12の炭素含有量は90%であり、
図10に示した多層グラフェンが得られる。グラフェン層13に電極26と27を接続して、その後、グラフェン層13の下方の基板をエッチングすることで、架橋グラフェン13
SUSが電極26と27に支えられた状態で中空115上に浮いている。
【0060】
以上述べたように、実施形態のグラフェンの成長方法とグラフェンデバイスの製造方法は、固溶限界を超える炭素を含有する単層の炭素含有金属薄膜を用いるのが特徴である。また、形成した単層の炭素含有金属薄膜を、炭化水素ガスなどの有機分子を使った炭素原料ガスを導入することなく熱処理することで炭素含有量がモル比で3%以上98%以下の範囲で、多層グラフェンを安定して生成できるのが特徴である。この方法により、光デバイスだけでなく、熱デバイス、電子デバイス、機械デバイス等が作製可能であり、以下の効果が得られる。
(1)純粋炭素と純粋金属の多層構造が不要であり、作製プロセスが簡略化され、大幅にコストを低減できる。
(2)少量の金属で多層グラフェンを作製可能である。触媒作用をもつ金属の炭素固溶限界に制限されずに、かつ、有機分子を使った炭素原料ガスを導入せずに、十分な量の炭素で多層グラフェンが得られる。
(3)従来のグラフェンの直接成長法を光デバイスや熱デバイスに適用した場合、基板にあらかじめ形成されている光デバイスや熱デバイスが、多層膜中の金属層、あるいは金属が支配的な固溶体中の金属と直接触れ合ってしまう。この場合、熱処理により金属が光デバイスや熱デバイス中に拡散し、デバイスが損傷する。これに対し、実施形態の方法では固溶限界を超える量の炭素を含む単層の炭素含有金属薄膜を用いており、純粋な金属層が無い。光デバイスや熱デバイスへの損傷を抑制でき、あらかじめデバイスが形成されている基板上へのグラフェン形成に最適である。
(4)炭素含有金属薄膜に含まれる金属にZn元素を配合させることによって、グラフェンを生成する熱処理温度を下げることができる。
(5)あらかじめ炭素含有金属薄膜の形状を微細加工で加工しておけば、チップ上の一部の領域にグラフェン層を形成することができ、コストを低減できる。
(6)従来必要とされた転写が不要なため、機械的な強度が低い構造体に対しても容易に多層グラフェンを形成することができ、また、大量生産が可能になる。
【0061】
本発明はナノテクノロジーや材料の分野に限らず、光通信用のシリコンフォトニクス素子、発光素子、受光素子の製造にも適用可能である。
【0062】
この出願は、2023年2月22日に出願された日本国特許出願第2023-26252号、及び2023年4月10日に出願された日本国特許出願第2023-63503号に基づき、その優先権を主張するものであり、これらの日本国特許出願の全内容を含む。
【符号の説明】
【0063】
10、10A、10B、10C、10D グラフェンデバイス
11、11A、11B 基板
12 炭素含有金属薄膜
13、13A~13D グラフェン層
13SUS 架橋グラフェン
14 金属粒子
16、17、26、27 電極
20 架橋グラフェンデバイス
110 酸化膜
113 光導波路
114 絶縁層
115 中空
【要約】
基板への影響を抑制しつつ、簡単な工程で基板の上に多層のグラフェン層を成長する方法を提供する。グラフェンの成長方法は、基板の上に固溶限界を超える量の炭素を含む炭素含有金属薄膜を、前記炭素含有金属薄膜に対する前記炭素の含有量がモル比で3%以上98%以下となるように単層で形成し、前記炭素含有金属薄膜を、有機分子を使った炭素原料ガスの導入なしに熱処理してグラフェンを生成するとともに前記炭素含有金属薄膜に含まれる金属を分離し、分離された前記金属を前記熱処理の終了後に除去する。