(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】薬剤を担持した骨修復材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/06 20060101AFI20241113BHJP
A61L 27/56 20060101ALI20241113BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20241113BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20241113BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20241113BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20241113BHJP
A61K 31/734 20060101ALI20241113BHJP
A61K 31/663 20060101ALI20241113BHJP
A61P 19/00 20060101ALI20241113BHJP
A61L 27/28 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
A61L27/06
A61L27/56
A61L27/54
A61L27/58
A61L27/40
A61L27/22
A61K31/734
A61K31/663
A61P19/00
A61L27/28
(21)【出願番号】P 2020053488
(22)【出願日】2020-03-25
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098969
【氏名又は名称】矢野 正行
(72)【発明者】
【氏名】明田 浩司
(72)【発明者】
【氏名】山口 誠二
(72)【発明者】
【氏名】松下 富春
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-144342(JP,A)
【文献】特表2017-522373(JP,A)
【文献】BMC Musculoskeletal Disorders,2012年,Vol.13:42,p.1-9
【文献】Journal of Materials Science: Materials in Medicine,1994年,Vol.5,p.819-823
【文献】Journal of Biomedical Materials Reseach Part A,2008年,Vol.86, No.1,p.220-227
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00-27/60
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン金属またはチタン合金からなる基材と、その基材表面にあってナノ多孔構造を有する酸化チタン及び/又はチタン酸カルシウムの層と、同層と一体化した融点30-95℃の
ゼラチンからなる生分解性高分子膜と、同膜に含まれ及び/又は固着された薬剤とを備え、
前記層と前記高分子膜とは、前記層中に前記高分子膜中の高分子が浸潤することにより一体化しており、前記層が10mN以上のひっかき抵抗を有することを特徴とする薬剤担持骨修復材料。
【請求項2】
前記ナノ多孔構造が、直径10-1000nmの気孔を有する、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項3】
前記チタン酸カルシウム層中のカルシウムの一部が、ナトリウム、カリウム、ストロンチウム、マグネシウム、亜鉛、リチウム、ヨウ素及びガリウムのイオンから選択される1つ以上のイオンと置換された、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項4】
前記層が、0.3~10μmの厚さを有する、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項5】
前記高分子膜が、1~20μmの厚さを有する、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項6】
前記薬剤が、ビスフォスフォネート、並びにアルギン酸塩及びその誘導体から選択される1つあるいは2つ以上の組み合わせである、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項7】
前記ビスフォスフォネートが、ミノドロン酸又はアレンドロン酸ナトリウムである、請求項6に記載の骨修復材料。
【請求項8】
前記酸化チタン及び/又はチタン酸カルシウム中のチタンは、前記基材中のチタンに由来する、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項9】
前記薬剤は、前記高分子膜中に均一に含まれている、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項10】
前記薬剤は、前記高分子膜の前記基材から遠い方の表面に固着されている、請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項11】
チタンまたはチタン合金からなる基材の表面に、ナノ多孔構造を有する酸化チタン及び/又はチタン酸カルシウムの層を形成する層形成工程と、融点30-95℃の
ゼラチンからなる生分解性高分子を含む水溶液に前記層を接触させ、且つ前記層中に前記高分子膜中の高分子を浸潤させることにより、前記高分子を膜化する膜形成工程とを備え、
前記溶液に予め薬剤を含ませておくか、又は前記層を前記溶液に接触させた後に前記高分子に薬剤を付着させることを特徴とする薬剤担持骨修復材料の製造方法。
【請求項12】
前記層形成工程が、カルシウムイオンを含まずナトリウムイオン及びカリウムイオンのうち1つ以上の陽イオンを含むアルカリ性の第1の水溶液に前記基材を浸漬する部分工程と、カルシウムイオンを含む第2の水溶液に前記基材を浸漬する部分工程と、前記基材を大気中で加熱する部分工程と、前記基材を温水又は酸水溶液からなる第3の水溶液に浸漬する部分工程とを備える、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
第2及び第3の水溶液がストロンチウム、マグネシウム、亜鉛、リチウム、ガリウム、ヨウ素などのイオンから選択される1つ以上のイオンを含む請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記膜形成工程が、前記高分子を含む水溶液に前記層を前記基材とともにディップコートする部分工程、又はスピンコートする部分工程を含む、請求項11に記載の製造方法。
【請求項15】
前記膜形成工程が、前記ディップコート又はスピンコートする部分工程を含み、同部分工程を繰り返す、請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
前記生分解性高分子を含む水溶液が、更に10~5000mMのカルシウムイオン又はリン酸イオンを含む、請求項11に記載の製造方法。
【請求項17】
膜化された前記高分子を化学架橋、加熱架橋、又は放射線電離架橋する架橋工程を更に備える請求項11に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、骨修復材料及びその製造方法に関する。この骨修復材料は、大腿骨、股関節、脊椎、歯根等のように大きな荷重の加わる部分における骨修復のために好適に利用され得る。
【背景技術】
【0002】
チタン金属またはチタン合金は、大きな破壊靱性を有し、生体親和性に優れるので大きな荷重の加わる部分における骨修復材料として整形外科や歯科の分野で広く使用されている。チタン金属またはチタン合金からなる基材の表面にナノスケールの凹凸を形成する表面処理法として、陽極酸化処理、水熱処理、化学-加熱処理が提案され、いずれも細胞親和性やアパタイト形成能、骨結合能の向上に効果があると報告されている(非特許文献1-3)。
【0003】
陽極酸化処理は電圧を制御することにより、ナノ多孔層やナノチューブを容易に金属表面に形成できるが、多孔体基材の内壁には静電遮蔽効果により均一に処理し難い。水熱処理は密閉性と強度に優れた特殊な装置を必要とし、粒状、針状結晶を成長させやすくナノ多孔層の形成が難しい。化学-加熱処理はナノ多孔層を容易に形成することができ、多孔体基材の内壁や3D造形技術により作製された複雑形状を有する表面にも均一な処理層を形成できる(特許文献1)。さらに、処理層を構成するチタン酸塩に様々な機能性イオンを含有させる処理法が提案されている(特許文献2)。
【0004】
一方、ミノドロン酸やアレンドロン酸ナトリウムなどのビスフォスフォネートは熱に強く、生体内で分解されにくい特徴を有し、主に骨粗鬆症などの骨脆弱症疾患に対して臨床応用され骨密度増加の有効性が報告されている(非特許文献4-5)。骨修復材料周囲に早期に生体骨が形成され、しかも材料表面に早期にアパタイト層が形成されれば、骨修復材料と生体骨との間に早期に強い結合が得られ、骨粗鬆症患者においても長期間に亘って安定した骨結合が得られると期待される。これらの薬剤を徐放させるため、ゼラチン、コラーゲンなどの高分子膜に含ませ、架橋する方法が提案されている(特許文献3-4)。また、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウムは軟骨細胞や椎間板細胞の増殖を促進するが、基材表面への細胞の接着を阻害すると報告されている(非特許文献6、7)。従って、骨修復材料から一定距離離れた場所にアルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウムを担持できれば人工椎間板等への応用が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2009/147819号公報
【文献】WO2014/027612号公報
【文献】WO2011/096402号公報
【文献】WO2011/052089号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Tsutsumiら、Appl. Surf. Sci., vol.262, p34-38 (2012)
【文献】Park JWら、Biomaterials, vol. 28, p3306-3313 (2007)
【文献】Kokubo ら、J. Am. Ceram. Soc., vol.79, p1127-1129 (1996)
【文献】Fleischら、Endocrine reviews, vol.19, p80-100 (1998)
【文献】Garcia-Morenoら、Bone, vol.22, p233-239 (1998)
【文献】Hauselmannら、Ame. J. Physiol.-cell Physiol., vol.271, p742-752 (1996)
【文献】Rawleyら、Biomaterials, vol.20, p45-53 (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1、2に記載された工程のみで得られる材料は、分子量の大きい薬剤を含有していないし、含有させることもできない。
特許文献3、4に記載された方法で得られる材料は、基材と薬剤含有高分子膜との接着強度が弱い。
それ故、この発明の課題は、基材と高分子膜の密着強度が高く、薬剤を徐放し、基材の形状を殆ど変えず、且つアパタイト形成能に優れた安全性の高い骨修復材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その課題を解決するために、この発明の骨修復材料は、
チタン金属またはチタン合金からなる基材と、その基材表面にあってナノ多孔構造を有する酸化チタン及び/又はチタン酸カルシウムの層と、同層と一体化した生分解性高分子膜と、同膜に含まれ及び/又は固着された薬剤とを備え、10mN以上のひっかき抵抗を有することを特徴とする。
【0009】
基材の形状は、板状、棒状、筒状、中実、メッシュ、多孔体及びそれらの組み合わせのいずれでもよい。基材の形状がメッシュである場合の基材表面とは、メッシュを構成する各ワイヤーの外周面を指し、多孔体である場合の基材表面とは、各孔の内周面を指す。この明細書において、ナノ多孔構造とは、ナノサイズの気孔を複数、通常は多数有する構造をいう。生分解性とは、生体内環境で溶解する性質、水などの無機溶媒により溶解する性質、又は酵素などの有機的な要因により溶解する性質をいい、微生物の関与は必須ではない。薬剤とは、骨量の低下を抑制し、又は骨密度を増す作用を有するものであればよい。また、カルシウムイオンやリン酸イオンとともに作用して骨再生能を発揮するものでもよい。ひっかき抵抗とは、バネ定数200g/mmのスタイラスに前記層上で100μmの振幅を与え、100mN/minの荷重を印加しながら、スタイラスを10μm/secの速度で移動させたとき、前記層が有する臨界ひっかき強度をいう。
【0010】
この骨修復材料によれば、前記生分解性高分子膜が前記層と一体化していてしかも薬剤を含み及び/又は固着しているので、生体内で高分子膜が徐々に分解し、それに伴って薬剤を徐放し周囲の骨形成を促進する。そして、前記層がカルシウムあるいはリン酸イオンなどを徐放して、同時にアパタイト形成能を示して骨と結合することを可能にする。高分子膜が完全に分解した後も、生体内では難溶性の酸化チタンやチタン酸カルシウムが生体内でアパタイトを形成して骨と結合するので、長期間に亘り安定した骨結合が得られる。
【0011】
この発明の骨修復材料を製造する適切な方法は、ナノ多孔構造を有する酸化チタン及び/又はチタン酸カルシウムの層を形成する層形成工程と、生分解性高分子を含む溶液に前記層を接触させることにより、前記高分子を膜化する膜形成工程とを備え、前記溶液に予め薬剤を含ませておくか又は前記層を前記溶液に接触させた後に前記高分子に薬剤を付着させることを特徴とする。
【0012】
前記層形成工程は、次の3つの部分工程からなっていてよく、その場合、前記生分解性高分子を含む溶液は後述の第4の水溶液となる。3つの部分工程は、例えばカルシウムイオンを含まずナトリウムイオン及びカリウムイオンのうち1つ以上の陽イオンを含むアルカリ性の第1の水溶液に、チタンまたはチタン合金からなる基材を浸漬する部分工程と、カルシウムイオンを含む第2の水溶液に基材を浸漬する部分工程と、基材を大気中で加熱する部分工程と、温水及び/又は酸水溶液からなる第3の水溶液に基材を浸漬する工程からなる。
【0013】
第1の水溶液に浸けることにより、基材中のチタンと水溶液が反応して基材表面にナノ多孔構造を有するチタン酸水素ナトリウムあるいはチタン酸水素カリウムの層が基材表面に形成される。次いで第2の水溶液に浸けると、チタン酸水素ナトリウムあるいはチタン酸水素カリウム層中のナトリウムあるいはカリウムイオンが、水溶液中のカルシウムイオンと交換される。これを大気中で加熱することにより、脱水して機械的及び化学的に安定な無水のチタン酸カルシウム層となり、表面層の引っかき抵抗が著しく向上する。その後、温水あるいは酸水溶液からなる第3の水溶液に浸けると、チタン酸塩層中のカルシウムイオンの一部がヒドロニウムイオンに交換されて、表面がアパタイト形成能を発揮する程度に活性化される。そのアパタイト形成能は、全表面にアパタイトを形成するのに7日で足りるという高いものである。
【0014】
前記層形成工程は、チタンまたはチタン合金からなる基材を強酸又は強アルカリの水溶液に接触させる部分工程と、次いで加熱する部分工程からなっていてもよい。これにより正電荷又は負電荷を帯びたナノ多孔質の酸化チタンの層が基材表面に形成され、前記と同様にアパタイト形成能を発揮する程度に活性化される。
前記層形成工程が、第1から第3の水溶液に基材を浸漬する少なくとも3つの部分工程からなる場合と、強酸又は強アルカリに接触させる部分工程からなる場合とのいずれにしても、層中のチタンは基材に由来するものである。従って、基材と層とは連続しているとともに、層の気孔率は基材から離れるに伴って増している。
【0015】
膜形成工程は通常、薬剤及び生分解性高分子を含む第4の水溶液に前記層を接触させる部分工程を備える。これにより、薬剤及び生分解高分子が前記層のナノ多孔構造内に速やかに浸潤する。接触させる手段は、ディップコートやスピンコートであってよい。第4の水溶液との接触後、大気中で乾燥させることにより基材の表面においてナノ多孔構造を有する層と一体化した薬剤含有高分子膜が形成される。薬剤は膜内でほぼ均一に分布している。膜の厚さは、第4の水溶液の濃度、及びディップコートやスピンコートの条件、例えば回数などを調整することにより制御可能である。
【0016】
第2、第3の水溶液にストロンチウム、マグネシウム、亜鉛、リチウム、ガリウム、ヨウ素などのイオンから選択される1つ以上のイオンを含めることで、チタン酸カルシウム中のカルシウムの一部をこれらのイオンと置換することができる。こうして得られた骨修復材料は、薬剤を全て溶出した後も前記イオンを溶出して周囲の骨形成を促進したり、抗菌性を発揮したりする。
【0017】
膜形成工程を、薬剤を含まない生分解性高分子溶液に前記層を接触させる部分工程と、薬剤を含む溶液に接触させる部分工程とに分けることにより、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウムなどの薬剤を含む高分子膜と基材との間に薬剤を含まない高分子膜を形成することができる。こうして得られた骨修復材料は、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウムなどの薬剤を酸化チタン/チタン酸カルシウム層から適度に離れた場所に溶出するので軟骨細胞や椎間板細胞の増殖を促進し、かつ前記層に細胞が接着するのを薬剤が妨げることはない。
前記層と一体化した高分子膜を化学架橋、加熱架橋、放射線電離架橋により架橋強化することで、薬剤の徐放性能をさらに高めることができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、この発明によって得られる骨修復材料は、生体内に埋め込んだ場合、周囲の骨形成を促進し、速やかに生体骨と結合して骨欠損部を修復することができ、とくに骨粗鬆症骨の治療や椎間板の再建に役立つ。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】比較例5及び実施例1-3の試料の表面及び断面の電子顕微鏡写真を示す。
【
図2】実施例及び比較例の試料を擬似体液に7日間浸漬した後の試料表面の電子顕微鏡写真を示す。
【
図3】実施例の試料がリン酸緩衝生理食塩水中に溶出したミノドロナート一水和物濃度の経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
前記ナノ多孔構造を有する酸化チタン/チタン酸カルシウム層は、0.3~10μmの厚さを有することが好ましい。この厚さ範囲には前記高分子が酸化チタン/チタン酸カルシウムと混在する部分も含まれる。厚さが0.3μmに満たない場合は高分子膜との間に十分高い接着強度が得られない。厚さが10μmを超えると、酸化チタン/チタン酸カルシウム層が基材から剥離しやすくなる。チタン酸カルシウムに含まれるカルシウム濃度はアパタイト形成能を付与する点において0.1~10質量%であることが好ましい。通常、表面を加速電圧9kVでEDX分析した際のCaの質量%がこの濃度に相当する。
【0021】
前記ナノ多孔構造の気孔径は通常10-1000nmである。気孔径が10nmに満たなければ薬剤及び高分子膜が浸潤しにくくなり、1000nmより大きければナノ多孔構造の機械的強度が低下する。前記範囲の気孔径の気孔が存在する限り、10nm未満の気孔が併存していてもよい。
【0022】
第1の水溶液におけるナトリウムあるいはカリウムイオンの濃度は通常1~25Mの範囲であり、水溶液の温度は40~95℃であり、好ましくは5~10Mの範囲であり、60~95℃の範囲である。いずれも下限に満たない場合、水溶液中でナノ多孔構造を有するチタン酸水素ナトリウムあるいはチタン酸水素カリウムを形成する反応が進みにくくなる。
【0023】
第2の水溶液におけるカルシウムイオンの濃度は通常0.01~5000mMの範囲であり、好ましくは0.01~100mMである。下限に満たない場合、前記チタン酸水素ナトリウムあるいはチタン酸水素カリウムに好ましい濃度でカルシウムイオンを導入することが困難となる。上限を越える場合、アパタイト形成に不利な安定な化合物を表面に形成しやすくなる。
【0024】
基材を大気中で加熱するときの温度及び保持時間は通常、それぞれ400℃以上、0.5時間以上で、好ましくは600℃以上、1時間以上である。いずれも下限に満たない場合、前記酸化チタン/チタン酸カルシウム層のひっかき抵抗が乏しくなる。
【0025】
第3の水溶液に酸を含む水溶液を使用する場合の酸濃度はそれぞれ通常0.001~100mMであり、好ましくは0.01~100mMである。下限に満たない場合、冷水を用いた場合と同程度の効果しか得られず、上限を越える場合、アパタイト形成に不利な安定な化合物を表面に形成しやすくなる。
基材を浸漬するときの第3の水溶液の温度および浸漬時間は通常、それぞれ60℃以上、3時間以上であり、好ましくはそれぞれ80℃以上、24時間以上である。この第3の水溶液に酸溶液を使用した場合、水を使用した場合よりも短時間及び/又は低温で活性化される。浸漬温度及び浸漬時間が下限に満たない場合、十分に活性化されない。
【0026】
第4の水溶液に含まれる生分解性高分子はゼラチンであり、その融点は30~95℃である。従って、融点以上の温度の第4の水溶液に基材を浸漬することにより、基材表面に形成されたナノ多孔構造を有するチタン酸カルシウムの内壁に速やかに第4の水溶液が浸潤する。その後、乾燥時に水溶液の温度が高分子の融点未満に下がることで、高分子が凝固する。融点が下限に満たない場合は室温で乾燥させる際に第4の水溶液が基材表面を流動してしまい、高分子が凝固し難く、均一な膜を形成しない。
【0027】
第4の水溶液に含まれる薬剤は通常、ミノドロン酸、アレンドロン酸ナトリウムなどの骨粗鬆症に有効なビスフォスフォネート、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウムなどのアルギン酸塩及びその誘導体から選択される1つあるいは2つ以上の組み合わせである。さらにアパタイト形成能を高める目的でこの水溶液に10~5000mMのカルシウムあるいはリン酸イオンのいずれか含めることが好ましい。いずれも下限に満たない場合は含まないものに比べて高分子膜のアパタイト形成能を高めにくく、上限を超える場合は細胞毒性を示す懸念がある。また、両方を含めると第4の水溶液中でリン酸カルシウム粒子が析出し高分子膜が均一なアパタイト形成を示しにくくなる。
【0028】
アパタイト形成能を高めることを目的として第4の水溶液にカルシウム、リン酸以外のイオンや粒子を含有させてもよい。例えば、シリカゲル、チタニアゲル、酸化ニオブゲル、ジルコニアゲル、酸化タンタルゲルを含めてもよい。
【0029】
高分子膜の厚さは、通常1~20μmであり、好ましくは1~10μmである。この厚さ範囲には、前記酸化チタン/チタン酸カルシウムが高分子と混在する部分も含まれる。下限に満たない場合は十分な量の薬剤を担持することができず、上限を超える場合には膜が剥離しやすくなる。
【実施例】
【0030】
-実施例1-
10mm×10mm×1mmの大きさのTi-6Al-4V合金板を#400のダイヤモンドパッドを用いて研磨し、アセトン、2-プロパノール、越純水で各30分間越音波洗浄した後、5Mの水酸化ナトリウム水溶液5mlに95℃で24時間浸漬し、超純水で30秒間洗浄した。このチタン合金板を100mMの塩化カルシウム水溶液10mlに40℃で24時間浸漬した。次いで、前記合金板を電気炉中で常温から600℃まで5℃/minの速度で昇温し、大気中600℃で1時間保持して、炉内で放冷した。その後、80℃の温水に24時間浸漬し超純水により30秒間洗浄した(以下、「カルシウム-加熱処理」という。)。処理後の基材を5μMアレンドロン酸ナトリウムと100mMの(NH4)2HPO4を添加した10wt%ゼラチン水溶液に60℃で浸漬し、1cm/minの速度で引き上げること(以下、「ディップコート処理」という。)によって、骨修復材料の試料を得た。
【0031】
-実施例2-
実施例1のディップコート処理において、10wt%ゼラチン水溶液の代わりに20wt%ゼラチン水溶液を使用し、5μMアレンドロン酸ナトリウムと100mMの(NH4)2HPO4の代わりに5μMミノドロナート一水和物と100mMのCaCl2を添加したことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0032】
-実施例3-
実施例1のディップコート処理において、薬剤も添加剤も含まない10wt%ゼラチン水溶液に60℃で浸漬し、5cm/minの速度で引き上げた後、室温で乾燥させ、次いで2wt%アルギン酸ナトリウム水溶液に60℃で浸漬し、1cm/minの速度で引き上げた(以下、「積層処理」という。)ことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0033】
-実施例4-
実施例1のディップコート処理において、5μMアレンドロン酸ナトリウムと100mMの(NH4)2HPO4の代わりに50μMミノドロナート一水和物と15mMのCa(OH)2を添加したことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0034】
-実施例5-
実施例4において、ディップコート処理の後、1Pa以下の真空中で140℃で3日間加熱した(以下、「架橋処理」という。)ことを除く他は実施例4と同じ条件で試料を製造した。
【0035】
-実施例6-
実施例4のディップコート処理において、50μMミノドロナート一水和物の代わりに500μMミノドロナート一水和物を使用したことを除く他は実施例4と同じ条件で試料を製造した。
【0036】
-実施例7-
実施例4のディップコート処理において、15mMのCa(OH)2の代わりに100mMのCaCl2を使用したことを除く他は実施例4と同じ条件で試料を製造した。
【0037】
-実施例8-
実施例7のディップコート処理後、架橋処理をしたことを除く他は実施例7と同じ条件で試料を製造した。
【0038】
-実施例9-
実施例8において、前記合金板の代わりに前記合金板と同質で直径2.5mm×長さ10mmの丸棒を用いたことを除く他は実施例8と同じ条件で試料を製造した。
【0039】
-比較例1-
実施例1のディップコート処理において、5μMアレンドロン酸ナトリウムと100mMの(NH4)2HPO4の代わりに100mMのCaCl2と100mMの(NH4)2HPO4を添加したゼラチン水溶液を使用した他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
-比較例2-
実施例1の合金板と同形同質の合金板を実施例1と同様にダイヤモンド研磨後、アセトン、プロパノール、超純水で順に超音波洗浄した後、50%に希釈した希王水に40℃で1時間浸漬し、次いで、10wt%ゼラチン水溶液に60℃で浸漬し、1cm/minの速度で引き上げることにより、試料を製造した。本例は特許文献3に対応する。
【0040】
-比較例3-
実施例1のカルシウム-加熱処理において、加熱処理及び温水処理を行わず、(以下、「カルシウム処理」という。)ディップコート処理において薬剤、添加剤を添加しなかった他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
-比較例4-
実施例9において、ディップコート処理を実施しなかった他は実施例9と同じ条件で試料を製造した。
-比較例5-
実施例1において、ディップコート処理を実施しなかった他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0041】
以上の実施例及び比較例の試料の製造条件をまとめて表1に記載する。
【表1】
【0042】
[電子顕微鏡観察]
比較例5の試料と実施例1-3の試料の断面を加速電圧15kVで電子顕微鏡観察したところ、
図1に示すようにいずれも10-800nmの気孔を有するナノ多孔構造を備えたチタン酸カルシウム層の内壁にゼラチンが浸潤し、チタン酸カルシウム層とゼラチン膜とが一体化した構造となっていることが明らかとなった。ゼラチン膜の厚みが実施例1において約1.8μm、実施例2、3において約4.0μmであることから、ディップコート処理におけるゼラチン濃度や引き上げ速度を調整することにより厚みの制御が可能であることが判った。さらに、ディップコート処理の後に積層処理を行うことで実施例3に見られるようにチタン酸カルシウム層の上端からゼラチン膜を介して約1.5μm上方にアルギン酸ナトリウムを担持することができた。
【0043】
[アパタイト形成能評価]
実施例及び比較例の試料を36.5℃に保たれたISO規格23317の擬似体液(SBF)に浸漬したところ、
図2及び表2に示すようにすべての実施例でSBF浸漬7日以内にアパタイトが表面全体すなわち全表面積の99%以上を覆うように析出した。したがって、これらの試料は生体内で高いアパタイト形成能を示すことが確かめられた。一方、カルシウムイオンとリン酸イオンを共に加えた第4の水溶液を用いてディップコート処理を施した比較例1の試料はSBF浸漬7日後も全表面積の50%未満にしかアパタイトを形成しなかった。
【0044】
【0045】
[ひっかき抵抗評価]
実施例の試料及び比較例1-3の試料のひっかき抵抗をスクラッチテスターにより測定したところ、表2に示すように実施例の試料のひっかき抵抗は50mN以上と高かったが、比較例2、比較例3はいずれも10mN以下の引っ掻き抵抗しか示さなかった。
【0046】
[薬剤の溶出性評価]
実施例4、5、7、8の試料を36.5℃に保たれたリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に様々な時間浸漬し、各溶液中に溶出するカルシウムイオンの濃度をICP発光分光分析装置により測定した。このカルシウムイオンは薬剤とともにゼラチン膜中に均一に含まれているので、ゼラチン膜の溶解に伴ってPBS中に溶出したカルシウムイオンの量は、溶出した薬剤と強い相関があると認められる。そこで、カルシウムイオン濃度からミノドロナート一水和物濃度を算出した。
【0047】
その結果を
図3に示す。図中、横軸目盛りは、上段が浸漬時間(hour)の平方根、下段が浸漬時間(day)を示す。図に示すように実施例4は1時間以内に0.85μMのミノドロナート一水和物を溶出し、その後7日までにさらに0.1μMを徐放した。架橋処理を施した実施例5は初期の溶出が大幅に抑えられ、かつその後の徐放量は増加した。実施例7、8においても同様に架橋処理による効果がみられた。
【0048】
[引き抜き破断力評価]
実施例9及び比較例4の試料をビーグル犬脊椎に埋入し、12あるいは24週後に引き抜いた際の引き抜き破断力を測定したところ、表3に示すように12週において比較例4の試料よりも実施例9の試料のほうが著しく強い引き抜き破断力を示した。
【0049】