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  • 特許-乳癌の予後の判定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】乳癌の予後の判定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6886 20180101AFI20241113BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20241113BHJP
【FI】
C12Q1/6886 Z ZNA
C12N15/09 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020141720
(22)【出願日】2020-08-25
(65)【公開番号】P2022037531
(43)【公開日】2022-03-09
【審査請求日】2023-08-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人・日本医療研究開発機構、委託事業(革新的医療シーズ実用化研究事業) 課題名:TP53ステータス遺伝子発現プロファイル(TP53 signature)による乳がんの予後予測および治療効果予測法の開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石岡 千加史
(72)【発明者】
【氏名】高橋 信
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-167058(JP,A)
【文献】Oncotarget,2018年,vol. 9, no. 18,pp. 14193-14206
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記27種の全ての遺伝子群を指標とする、乳癌の予後の判定方法であって
ASPM(配列番号1)
BCL11A(配列番号2)
BF930764(配列番号3)
BIRC5(配列番号4)
C10orf3(配列番号5)
CCNB2(配列番号6)
CDC45L(配列番号7)
CDCA8(配列番号8)
CENPF(配列番号9)
FLJ10719(配列番号10)
FLJ11280(配列番号11)
FLJ14399(配列番号12)
HIS1(配列番号13)
HSPC150(配列番号14)
KIF2C(配列番号15)
LOC51161(配列番号16)
MGC7036(配列番号17)
MKNK2(配列番号18)
PKMYT1(配列番号19)
PLK(配列番号20)
PRC1(配列番号21)
PTP4A2(配列番号22)
RPS27L(配列番号23)
STMN1(配列番号24)
SULF2(配列番号25)
TGS(配列番号26)
UBE2C(配列番号27)
乳癌患者から採取された試料における下記遺伝子群A及び遺伝子群Bの発現値を測定する工程、及び
下記式により求められるTP53 signature scoreがカットオフ値未満である場合に予後が良好と判定する工程を含み:
TP53 signature score=[下記遺伝子群Aの発現値の対数の和]/[下記遺伝子群Bの発現値の対数の和]
遺伝子群A
ASPM(配列番号1)
BCL11A(配列番号2)
BF930764(配列番号3)
BIRC5(配列番号4)
C10orf3(配列番号5)
CCNB2(配列番号6)
CDC45L(配列番号7)
CDCA8(配列番号8)
CENPF(配列番号9)
FLJ10719(配列番号10)
HSPC150(配列番号14)
KIF2C(配列番号15)
PKMYT1(配列番号19)
PLK(配列番号20)
PRC1(配列番号21)
STMN1(配列番号24)
TGS(配列番号26)
UBE2C(配列番号27)
遺伝子群B
FLJ11280(配列番号11)
FLJ14399(配列番号12)
HIS1(配列番号13)
LOC51161(配列番号16)
MGC7036(配列番号17)
MKNK2(配列番号18)
PTP4A2(配列番号22)
RPS27L(配列番号23)
SULF2(配列番号25)
上記工程において「予後が良好と判定する」とは、無再発生存率が高いと判定することを意味する、方法。
【請求項2】
前記遺伝子群が、乳癌患者から採取した乳癌組織又は乳癌細胞から調製した試料に由来するものである、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳癌の予後の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳がんの独立予後因子としてTP53遺伝子の構造変異が知られているが、簡便で信頼性の高い診断方法がないため、これまで臨床導入されていない。本発明者らは網羅的遺伝子発現解析によって、TP53遺伝子の機能喪失型変異の有無を予測可能な遺伝子発現プロファイル(TP53 signature)を開発し、特許を取得した(特許文献1)。特許文献1に記載の方法では、TP53遺伝子変異型および野生型の遺伝子発現プロファイルとの相関係数を求めることにより腫瘍の TP53signatureステータスを判定する。相関係数を算出するためには、腫瘍の遺伝子発現データの標準化を行う必要があり、標準化を行うためには比較対象となる多数の乳がん症例の発現データが必要となる。比較対象となる多数の症例が必要となること、標準化のアルゴリズムが複雑であること、また標準化により過剰なデータ補正が起こりうる可能性があるため、かかる点を改善された診断法を検討した。その結果、TP53遺伝子変異型で発現上昇する遺伝子群の発現量の総和と発現低下する遺伝子群の発現量の総和の比を算出し、カットオフ値以上の場合にTP53 signature変異型、以下の場合にTP53 signature野生型と診断する方法を報告した(非特許文献1)。
【0003】
しかしながら当該方法は、ER陽性患者群、Stage I患者群、リンパ節転移陰性患者群、Grade1患者群、年齢が50歳を超える患者群、Ki-67≧10%である患者群における診断精度に課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4370409
【非特許文献】
【0005】
【文献】Oncotarget 9: 14193-14206. 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、乳癌の予後の新たな判定方法を提供することを課題とする。また、本発明は、特に比較的再発リスクの低いで乳癌患者群において高い精度で予後を診断することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる状況の下、本発明者らは、TP53遺伝子の病的変異の有無により発現量に影響を受ける多種多様にある遺伝子のなかで、特定の遺伝子に着目することにより、非常に簡便な方法で、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。従って、本発明は以下の項を提供する:
項1.下記27種の全ての遺伝子群を指標とする、乳癌の予後の判定方法:
ASPM(配列番号1)
BCL11A(配列番号2)
BF930764(配列番号3)
BIRC5(配列番号4)
C10orf3(配列番号5)
CCNB2(配列番号6)
CDC45L(配列番号7)
CDCA8(配列番号8)
CENPF(配列番号9)
FLJ10719(配列番号10)
FLJ11280(配列番号11)
FLJ14399(配列番号12)
HIS1(配列番号13)
HSPC150(配列番号14)
KIF2C(配列番号15)
LOC51161(配列番号16)
MGC7036(配列番号17)
MKNK2(配列番号18)
PKMYT1(配列番号19)
PLK(配列番号20)
PRC1(配列番号21)
PTP4A2(配列番号22)
RPS27L(配列番号23)
STMN1(配列番号24)
SULF2(配列番号25)
TGS(配列番号26)
UBE2C(配列番号27)
項2.下記式により求められるTP53 signature scoreがカットオフ値未満である場合に予後が良好と判定する、項1に記載の方法:
TP53 signature score=[下記遺伝子群Aの発現値の対数の和]/[下記遺伝子群Bの発現値の対数の和]
遺伝子群A
ASPM(配列番号1)
BCL11A(配列番号2)
BF930764(配列番号3)
BIRC5(配列番号4)
C10orf3(配列番号5)
CCNB2(配列番号6)
CDC45L(配列番号7)
CDCA8(配列番号8)
CENPF(配列番号9)
FLJ10719(配列番号10)
HSPC150(配列番号14)
KIF2C(配列番号15)
PKMYT1(配列番号19)
PLK(配列番号20)
PRC1(配列番号21)
STMN1(配列番号24)
TGS(配列番号26)
UBE2C(配列番号27)
遺伝子群B
FLJ11280(配列番号11)
FLJ14399(配列番号12)
HIS1(配列番号13)
LOC51161(配列番号16)
MGC7036(配列番号17)
MKNK2(配列番号18)
PTP4A2(配列番号22)
RPS27L(配列番号23)
SULF2(配列番号25)
項3.前記遺伝子群が、乳癌患者から採取した乳癌組織又は乳癌細胞から調製したサンプルに由来するものである、項1又は2に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、乳癌の予後の新たな判定方法を提供することができる。また、本発明は、比較的再発リスクの低い患者群において高い精度で予後を診断することができる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】左上、Stage I-II乳癌216例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右上、Stage I-II乳癌216例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。左下、ER陽性の148例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右下、ER陽性の148例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。
図2】左上、Stage Iの115例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右上、Stage Iの115例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。左下、リンパ節転移陰性の154例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右下、リンパ節転移陰性の154例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。
図3】左上、グレード1の55例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右上、グレード1の55例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。左下、年齢51歳以上の149例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右下、年齢51歳以上の149例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。
図4】左、Ki-67が10%以上の152例を対象としたTP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。右、Ki-67が10%以上の152例を対象としたTP53 signature’野生型群(wt群)及びTP53 signature’変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、特定の遺伝子群を指標とする、乳癌の予後の判定方法に関する。本発明において、用語「遺伝子」には、特に言及しない限り、タンパク質、tRNA、rRNA等の一次構造を規定している構造遺伝子だけでなく、プロモーター、オペレーター等の特定の制御機能を有する核酸上の領域も包含される。従って、本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。また、「構造遺伝子」には、元のDNA配列にサイレント変異が施されたサイレントDNAも包含される。また、本発明においては、遺伝子発現に干渉するsiRNA等の核酸分子も「遺伝子」に包含される。
【0011】
本明細書中において、「核酸」は、ヌクレオチド、オリゴヌクレオチド及びポリヌクレオチドと同義であって、DNA、RNA、DNA-RNAハイブリッドのいずれであってもよい。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する核酸分子といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する核酸分子(またはヌクレオチド、オリゴヌクレオチド及びポリヌクレオチド)も包括的に意味するものとする。また、これらの核酸分子は環状でも直鎖状であってもよく、また合成及び生物由来のいずれであってもよい。
【0012】
乳癌の予後の判定方法
本発明は、下記27種の全ての遺伝子群を指標とする、乳癌の予後の判定方法を提供する:ASPM(配列番号1)、BCL11A(配列番号2)、BF930764(配列番号3)、BIRC5(配列番号4)、C10orf3(配列番号5)、CCNB2(配列番号6)、CDC45L(配列番号7)、CDCA8(配列番号8)、CENPF(配列番号9)、FLJ10719(配列番号10)、FLJ11280(配列番号11)、FLJ14399(配列番号12)、HIS1(配列番号13)、HSPC150(配列番号14)、KIF2C(配列番号15)、LOC51161(配列番号16)、MGC7036(配列番号17)、MKNK2(配列番号18)、PKMYT1(配列番号19)、PLK(配列番号20)、PRC1(配列番号21)、PTP4A2(配列番号22)、RPS27L(配列番号23)、STMN1(配列番号24)、SULF2(配列番号25)、TGS(配列番号26)、UBE2C(配列番号27)。
【0013】
本発明の典型的な実施形態においては、乳癌患者から採取された試料における上記各遺伝子の発現量を測定する。かかる生体試料としては乳癌患者の腫瘍細胞由来の核酸を含むものであれば特に限定されないが、例えば、当該乳癌患者から採取した乳癌腫瘍組織、乳癌腫瘍細胞等が挙げられる。また、例えば、当該乳癌患者から採取した乳房組織、乳頭からの分泌液、血液、血清、血漿等が挙げられる。これらの試料からDNAを抽出する方法も特に限定されず、公知の方法を用いて、または公知の方法に基づき行うことができる。各遺伝子の発現量は、各遺伝子のmRNA、タンパク質等を測定することにより得ることができ、例えば、後述する実施例のようにmRNA測定により得ることができる。mRNA量の測定法は特に限定されないが、例えば、RT-quantitativePCR法、RNA-Seq法等を用いることができる。タンパク質の測定法は特に限定されないが、例えば、ELISA、タンパク質アレイ等を用いることができる。また、上記発現量はレポーター遺伝子アッセイを用いて測定することもできる。
【0014】
本発明において、予後の指標とする各遺伝子としては、以下に示すようにGenbank AccessionNo.が付与されている公知のものが挙げられる。また、より具体的には、各遺伝子のcDNA配列の塩基配列としては、配列番号1~27で示すものが挙げられる。各遺伝子について、名称、典型的な実施形態におけるGenbank AccessionNo.及び配列番号の対応関係を以下の表に示す。
【0015】
【表1】
【0016】
好ましい実施形態において、本発明の方法によれば、上記27個の遺伝子を2つの群に分け、各遺伝子の発現量から下記式で表されるTP53 signature scoreを算出し、当該スコアがカットオフ値未満である場合に予後が良好と判定することができる:
TP53 signature score=[下記遺伝子群Aの発現値の対数の和]/[下記遺伝子群Bの発現値の対数の和]
遺伝子群A:
ASPM、BCL11A、BF930764、BIRC5、C10orf3、CCNB2、CDC45L、CDCA8、CENPF、FLJ10719、HSPC150、KIF2C、PKMYT1、PLK、PRC1、STMN1、TGS、UBE2C
遺伝子群B:
FLJ11280、FLJ14399、HIS1、LOC51161、MGC7036、MKNK2、PTP4A2、RPS27L、SULF2。
【0017】
かかる実施形態において、発現値の対数としては、例えば、logn[発現値]を上げることができる。ここで、nは予め設定された値であり、例えば、8≦n≦12の範囲内、好ましくは9≦n≦11の範囲内で設定することができ、典型的にはn=10である。
また、かかる実施形態において、カットオフ値Tとしては、例えば、1.50≦T≦1.80の範囲、好ましくは1.60≦T≦1.70の範囲、より好ましくは1.65≦T≦1.70の範囲で設定することができる。本発明の典型的な実施形態においては、カットオフ値Tを1.67とすることができる。
【0018】
また、本発明の好ましい実施形態において、上記TP53 signature scoreがカットオフ値以上である場合に予後が不良と判定することができる。
【0019】
本発明によれば、上記のような極めて簡素化された計算式に基づく方法、従って、非常に簡便な方法で乳癌患者の予後を予測することができる。本発明の典型的な実施形態において、対象となる乳癌患者としては、Stage I-IIの乳癌患者等が挙げられる。また、本発明の方法によれば、従来の方法で予後の予測が難しかった、ER陽性患者群、Stage I患者群、リンパ節転移陰性患者群、Grade1患者群、年齢が50歳を超える患者群、Ki-67≧10%である患者群に対し、精度良く予後の予測ができる。
【0020】
ER(エストロゲン受容体)陽性患者とは、乳がん組織の抗ER抗体を用いた免疫組織化学法により染色性が認められる患者を意味する。ER陽性である患者は、ER陰性である患者と比較すると予後良好の患者群であり、相対的に再発例が少ない。しかしながら、一定頻度での再発は認められるため、当該患者について予後の予測ができる方法が熱望されていた。Stage I患者とは、臨床・病理 乳癌取り扱い規約(日本乳癌学会)またはUnion for International Cancer Control(UICC:国際対がん連合)TNM分類に記載の基準においてStage Iと判断される患者を意味する。Stage Iの患者も、再発リスクは比較的低いものの、一定頻度で再発が認められる。しかしながら再発リスクの低い患者群において予後を予測することは困難であり、当該患者について予後の予測ができる方法が望まれていた。リンパ節転移陰性患者とは、CT、MRI、超音波等の画像診断で乳癌の所属リンパ節に腫大が認められない患者または所属リンパ節の病理診断においてリンパ節転移が認められなかった患者を意味する。リンパ節転移陰性患者も、再発リスクは比較的低いものの、一定頻度で再発が認められるため当該患者について予後の予測ができる方法が望まれていた。Grade1患者とは、Nottingham組織学的グレード分類、Blackらの分類やLe Doussalらの分類,および「乳癌取扱い規約」の核グレード分類などに記載の基準においてGrade1と判断される患者を意味する。Grade1の患者も、再発リスクは比較的低いものの、一定頻度で再発が認められる。しかしながら再発リスクの低い患者群において予後を予測することは困難であり、当該患者について予後の予測ができる方法が望まれていた。また、年齢が50歳を超える患者も、50歳以下の患者と比較すると予後良好の患者群であり、相対的に再発例が少ない。しかしながら、一定頻度での再発は認められるため、であるため当該患者について予後の予測ができる方法が望まれていた。群、Ki-67≧10%とは、乳癌組織に対してKI67(MKI67)タンパクに対する抗体を用いた免疫組織化学法によって評価細胞数に対する陽性細胞数の割合が10%以上である患者を意味する。Ki-67≧10%である患者は、相対的に再発リスクの高い患者群であるため当該患者について予後の予測ができる方法が望まれていた。従って本発明の方法はかかる要望に答えるものであり、非常に有用である。従って、本発明は、ER陽性の患者における乳癌の予後の判定方法、Stage Iの乳癌患者における乳癌の予後の判定方法、リンパ節転移陰性の患者における乳癌の予後の判定方法、Grade1の乳癌患者における乳癌の予後の判定方法、年齢が50歳を超える患者における乳癌の予後の判定方法、Ki-67≧10%である患者における乳癌の予後の判定方法を提供する。上記のように、本発明の方法は、ER陽性患者群、Stage I患者群、リンパ節転移陰性患者群、Grade1患者群、年齢が50歳を超える患者群といった、比較的再発リスクの低い患者群において高い精度で予後を診断することができる。再発リスクの低い患者群において予後を予測することは困難であったため、本発明はかかる予測困難であった患者群の予後を予測し得るため、有効である。
【0021】
また、前述のように、本発明によれば、乳癌患者の予後を予測することができる。一般的に癌では、細胞増殖能の高い(細胞が増えやすい)ほうが予後不良となりやすい傾向がある。従って、本発明の方法によって予後が不良と判定された患者の癌細胞は比較的細胞増殖能の高いことが予想される。一方、抗がん剤は、一般的に、細胞増殖時におこるDNAの複製を阻害したり、細胞分裂に働くタンパク質を抑制したりすることで、細胞死を引き起こす。従って、細胞増殖能の高い細胞の方が抗がん剤が効きやすいという性質を有する。従って、本発明の方法によれば、特に細胞増殖又は細胞分裂に関する作用点を有する抗がん剤による治療に対する乳癌患者の感受性を判定することもできる。具体的な方法は、乳癌患者の予後予測方法に準じて行うことができ、例えば、TP53 signature scoreがカットオフ値以上である場合に当該乳癌患者は上記抗がん剤治療に対し感受性であると判定することができる。また、例えば、TP53 signature scoreがカットオフ値未満である場合に当該乳癌患者は、上記抗がん剤治療に対する感受性が低いと判定することができる。
TP53 signature scoreがカットオフ値以上である場合には、病状の進行が早く一般的には予後不良となるが、化学療法、特に細胞増殖又は細胞分裂に関する作用点を有する抗がん剤を用いた治療を行った場合、カットオフ値未満の場合と比較して有意に病理学的完全寛解(pathological complete response;pCR)が得られる率が高くなることが期待できる。したがって、TP53 signature scoreがカットオフ値以上である場合には、pCRを得るために積極的に術前化学療法を行う治療戦略を選択することが可能となる。一方でTP53 signature scoreがカットオフ値未満である場合には、術前化学療法を行わず、早期に手術を行う治療戦略を選択することが可能である。
【0022】
本発明において、乳癌の治療としては、手術療法、薬物療法、放射線療法等が挙げられる。本発明において乳癌に対する薬物療法は特に限定されず、ホルモン療法、化学療法、分子標的薬を用いた治療法、これらの組合せ等が挙げられる。ホルモン療法に用いる薬剤は、特に限定されず、例えば、タモキシフェン、トレミフェン、フルベストラント、ラロキシフェン等の抗エストロゲン剤、アナストロゾール、レトロゾール、エグゼメスタン等のアロマターゼ阻害剤等が挙げられる。化学療法に用いる薬剤は、特に限定されず、例えば、ドキソルビシン、シクロホスファミド、パクリタキセル、ドセタキセル等が挙げられる。分子標的薬も特に限定されず、例えば、トラスツズマブ、ペルツズマブ、ラパチニブ等の抗HER2剤、パルボシクリブ、アベマシクリブ等のCDK4/6阻害剤、オラパリブ等のPARP阻害剤、アテゾリズマブ等の免疫チェックポイント阻害剤が挙げられる。
【0023】
本発明において、「27種の全ての遺伝子群を指標とする、乳癌の予後の判定方法」には、上記27遺伝子のみを指標とするものだけでなく、本発明の効果が得られる範囲で(結論が変わらない範囲で)、27遺伝子に1又は数遺伝子(例えば、1遺伝子、2遺伝子、3遺伝子、4遺伝子)加えた遺伝子群を指標とする方法も包含される。
【0024】
本発明によれば、上記27遺伝子を指標とすることにより、ANAPC7(配列番号28)、PTTG1(配列番号29)、CENPE(配列番号30)、MUTYH(配列番号31)、MGC45866(配列番号32)、MAPRE1(配列番号33)、TMSNB(配列番号34)、TTC12(配列番号35)、HCAP-G(配列番号36)、CEAL1(配列番号37)、FLJ33962(配列番号38)、GMNN(配列番号39)、ENST00000332343(配列番号40)、HEC(配列番号41)、GMPR2(配列番号42)、TncRNA(配列番号43)、SMOC2(配列番号44)、DNAJC9(配列番号45)、RAD54B(配列番号46)、CKS2(配列番号47)、I_960269(配列番号48)、BAG1(配列番号49)、AL137566(配列番号50)、BRRN1(配列番号51)、CDC2(配列番号52)、ZF(配列番号53)、THC1577090(配列番号54)、CDKN2C(配列番号55)、I_1842252(配列番号56)、SDOS(配列番号57)、SNAPC2(配列番号58)、EVI2A(配列番号59)、V4b(配列番号60)、BC007934(配列番号61)、ECT2(配列番号62)、RAD21(配列番号63)、MCM7(配列番号64)、AK097469(配列番号65)、MGC39900(配列番号66)、FLJ21439(配列番号67)、STATIP1(配列番号68)、DKFZp434L142(配列番号69)、及び、PLAT(配列番号70)を指標とせずに乳癌の予後の判定をすることができる。
【0025】
乳癌の予後の判定キット
本発明は、前記表1中の任意の遺伝子群の少なくとも一部の塩基配列からなる核酸を含む、本発明の方法に用いるためのキットを提供する。本発明のキットは、上記各遺伝子の発現量を測定する方法、手段等に応じて、適当な構成をとることができる。例えば、本発明のキットに含まれる表1中の任意の遺伝子の少なくとも一部の塩基配列からなる核酸の長さは数十塩基対とすることができ、それらの具体的な部分(塩基配列)は、例えば、表1に記載のデータベース(Genbank)等の各種のデータベースから容易に入手できる情報に基づき、当業者が適宜、調製することが出来る。又、それらは各遺伝子の発現量を測定する方法に応じて、DNAチップ又はノーザンブロッティングにおけるプロ-ブ、PCRにおけるプライマー等の形態で使用することが出来る。さらに、必要に応じて、ポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドは放射性物質、蛍光物質、色素等の適当な標識物質によって標識されていてもよい。
【0026】
上記キットは、任意選択で、他の要素又は成分、例えば、各種試薬、酵素、緩衝液、反応プレート(容器)等を含んでいてもよい。
【実施例
【0027】
Stage I-II乳癌216例を対象としたTP53 signatureの予後予測
Stage I-IIの乳癌216例より外科的に切除された乳癌腫瘍組織のホルマリン固定パラフィン包埋組織(FFPE検体)を用いてtotal RNAを抽出し、nCounter(NanoString)を用いた遺伝子発現解析を行った。
【0028】
TP53 signatureを構成する27遺伝子(遺伝子群A:ASPM、BCL11A、BF930764、BIRC5、C10orf3、CCNB2、CDC45L、CDCA8、CENPF、FLJ10719、HSPC150、KIF2C、PKMYT1、PLK、PRC1、STMN1、TGS、UBE2C、遺伝子群B:FLJ11280、FLJ14399、HIS1、LOC51161、MGC7036、MKNK2、PTP4A2、RPS27L、SULF2)の発現値を測定し、得られた発現値のlog10の値からTP53 signature scoreを算出した。すなわち、本実施例では、TP53 signature scoreを以下のように算出した:
TP53 signature score=[下記遺伝子群Aの発現値のlog10の和]/[下記遺伝子群Bの発現値のlog10の和]
【0029】
そして、216例のうちTP53 signature score 1.67以上をTP53 signature変異型、1.67未満をTP53 signature野生型と分類した。
【0030】
その結果、TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ99例、117例であった。図1、左上に、TP53 signature野生型群(wt群)及びTP53 signature変異型(mt群)のそれぞれの無再発生存率及び生存期間をまとめたグラフを示す。図1、左上に示すように、TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.0044)。本実施例において、TP53 signatureを指標とする上記方法を、単に「実施例の方法」と示すことがある。
【0031】
乳癌に関する臨床病理学的患者背景因子およびTP53 signatureを対象として無再発生存期間に関するcox比例ハザードモデルを用いた単変量解析を行った結果、Stage、リンパ節転移の有無およびTP53 signatureが有意に無再発生存期間と関連した。Ki-67は無再発生存期間と関連する傾向を認めた。単変量解析にて無再発生存期間と関連性を認めた因子のみを用いてcox比例ハザードモデルを用いた多変量解析を行った結果、TP53 signatureのみや有意に無再発生存期間と関連した(ハザード比3.44, P=0.047)。以上の結果より、TP53 signatureが無再発生存期間に関する予測因子であることが明らかとなった。
【0032】
【表2】
【0033】
次に、上記216例を対象として、非特許文献1に記載の方法で診断を行った。具体的には、TP53遺伝子変異型で発現上昇する遺伝子群(遺伝子群C:ANAPC、ASPM、BCL11A、BF930764、BIRC5、C10orf3、CCNB2、CDC45L、CDCA8、CENPE、CENPF、FLJ10719、HSPC150、KIF2C、MAPRE1、MGC45866、MUTYH、PKMYT1、PLK、PRC1、STMN1、TGS、UBE2C、遺伝子群D:FLJ11280、FLJ14399、HIS1、LOC51161、MGC7036、MKNK2、PTP4A2、RPS27L、SULF2)の発現量の総和と発現低下する遺伝子群の発現量の総和の比([上記遺伝子群Cの発現値の和]/[上記遺伝子群Dの発現値の和])を算出した。本明細書において[上記遺伝子群Cの発現値の和]/[上記遺伝子群Dの発現値の和]をTP53 signature’と示す。当該方法では、上記の遺伝子群Cと遺伝子群Dとの発現量の総和の比がカットオフ値が0.78以上の場合にTP53 signature’変異型、以下の場合にTP53 signature’野生型と診断した。本実施例において、TP53 signature’を指標とする上記方法を、単に「Oncotarget診断法」と示すことがある。図1、右上に示すように、TP53 signature’変異型も野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であったが(P=0.033)、前述のように、TP53 signatureとする実施例の方法(図1、左上、P=0.0044)と比較すると予後の予測性は不良であった。
【0034】
次に、Stage I-II乳癌216例のうち、ER陽性の148例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ53例、108例であった。結果を図1、左下に示す。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.0239)。これに対し、ER陽性の148例を対象としてOncotarget診断法を行った結果、TP53 signature’変異型と野生型とで予後(無再発生存期間)に有意差はなかった(図1、右下、P=0.073)
【0035】
Stage I-II乳癌216例のうち、Stage Iの115例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。結果を図2、左上に示す。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ48例、67例であった。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.0239)。これに対し、Stage Iの115例を対象としてOncotarget診断法を行った結果、TP53 signature’変異型と野生型とで予後(無再発生存期間)に有意差はなかった(図2、右上、P=0.44)。
【0036】
Stage I-II乳癌216例のうち、リンパ節転移陰性の154例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ66例、88例であった。結果を図2、左下に示す。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.018)。これに対し、リンパ節転移陰性の154例を対象としてOncotarget診断法を行った結果、TP53 signature’変異型と野生型とで予後(無再発生存期間)に有意差はなかった(図2、右下、P=0.17)。
【0037】
Stage I-II乳癌216例のうち、グレード1の55例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ11例、44例であった。結果を図3、左上に示す。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.0002)。これに対し、グレード1の55例を対象としてOncotarget診断法を行った結果、TP53 signature’変異型と野生型とで予後(無再発生存期間)に有意差はなかった(図3、右上、P=0.091)。
【0038】
Stage I-II乳癌216例のうち、年齢51歳以上の149例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ74例、75例であった。結果を図3、左下に示す。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.018)。
【0039】
Stage I-II乳癌216例のうち、Ki-67が10%以上の152例を対象としてTP53 signature変異型群と野生型群の無再発生存期間を比較した。TP53 signature変異型、野生型はそれぞれ92例、60例であった。結果を図4、左に示す。TP53 signature変異型は野生型と比較して有意に予後(無再発生存期間)が不良であった(P=0.017)。これに対し、Ki-67が10%以上の152例を対象としてOncotarget診断法を行った結果、TP53 signature’変異型と野生型とで予後(無再発生存期間)に有意差はなかった(図4、右、P=0.059)。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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