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特許7587266ステアリング装置の保持状態判定装置、判定方法、およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】ステアリング装置の保持状態判定装置、判定方法、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20241113BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20241113BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20241113BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20241113BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021015705
(22)【出願日】2021-02-03
(65)【公開番号】P2022118891
(43)【公開日】2022-08-16
【審査請求日】2024-01-15
(73)【特許権者】
【識別番号】523207386
【氏名又は名称】NSKステアリング&コントロール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】南平 紘一
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】独国特許出願公開第102010033744(DE,A1)
【文献】特開2017-124648(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0257628(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0029021(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態判定装置であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得手段と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出手段と、
前記算出手段にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定手段と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得手段にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とする保持状態判定装置。
【請求項2】
前記着目する周波数は、5±3Hzの範囲のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の保持状態判定装置。
【請求項3】
前記所定の時間間隔は、前記着目する周波数の半周期にあたる時間であることを特徴とする請求項1または2に記載の保持状態判定装置。
【請求項4】
前記着目する周波数は、5Hzであり、
前記所定の範囲は、100msとする、ことを特徴とする請求項1に記載の保持状態判定装置。
【請求項5】
前記畳み込み積分にて用いられる重み関数は、前記第1の時刻から経過するほど、トルク値に対する重みが低くなるように定義されていることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の保持状態判定装置。
【請求項6】
前記算出手段は、
【数1】
により、前記特徴量を算出することを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の保持状態判定装置。
【請求項7】
前記算出手段にて算出された特徴量に対してフィルタリング処理を行う処理手段を更に有し、
前記判定手段は、前記処理手段にて処理が行われた特徴量を用いて、判定処理を行うことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の保持状態判定装置。
【請求項8】
前記フィルタリング処理にて用いられるLPF(Low Pass Filter)のカットオフ周波数は、前記着目する周波数の10分の1以下であることを特徴とする請求項7に記載の保持状態判定装置。
【請求項9】
ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態の判定方法であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とする判定方法。
【請求項10】
コンピュータに、
ステアリング装置が備えるステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を実行させ、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ステアリング装置の保持状態判定装置、判定方法、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステアリング装置のステアリングホイールをドライバが保持しているか否かを検出し、その検出結果に応じて車両等の制御を切り替えることが行われている。特に近年では、自動運転のレベルに対応して、様々な運転支援機能が搭載された車両が登場している。運転支援機能の例として、先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver-Assistance Systems)によるレーン維持機能や車線変更機能などが挙げられる。このような車両では、ドライバがステアリングホイールを保持しているか否かに応じて、提供可能な運転支援機能を切り替えたりしている。
【0003】
例えば、特許文献1では、ステアリングホイールに加わる操舵トルクに基づいて、ステアリングホイールの保持状態を検出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5444764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示す方法では、ステアリングホイールの保持状態を検出するために用いる特徴量を抽出する際に、周波数解析処理を行ってパワースペクトルを計算している。このような処理は一般的に処理負荷が高く、検出のために処理コストがかかる。処理負荷が高い場合には、例えば、検出に時間がかかり、制御の応答性に影響を与えてしまう。
【0006】
上記課題を鑑み、本願発明は、処理負荷を抑制した、ステアリングホイールの保持状態を検出するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本願発明は以下の構成を有する。すなわち、ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態判定装置であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得手段と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出手段と、
前記算出手段にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定手段と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得手段にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とする保持状態判定装置。
【0008】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態の判定方法であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とする判定方法。
【0009】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、プログラムであって、
コンピュータに、
ステアリング装置が備えるステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記着目する時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を実行させ、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とするプログラム。
【発明の効果】
【0010】
本願発明により、処理負荷を抑制して、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本願発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概要構成の例を示す構成図。
図2】本願発明の一実施形態に係る機能構成の例を示す図。
図3】本願発明に係る保持状態判定方法にて着目するデータを説明するための図。
図4】本願発明の一実施形態に係る重み関数の例を示す図。
図5】本実施形態に係る数式の展開を示す図。
図6】本願発明の一実施形態に係る判定処理のフローチャート。
図7】本願発明の一実施形態に係る判定処理に係るデータの例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本願発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本願発明を説明するための一実施形態であり、本願発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本願発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0013】
<第1の実施形態>
以下、本願発明の第1の実施形態について説明を行う。なお、以下に示す電動パワーステアリング装置の構成は一例であり、本願発明は、ステアリングシステム全般に適用可能である。また、本実施形態において、ステアリングホイールの「保持」とは、ステアリングホイールを片手または両手にて握っている状態や、ステアリングホイールに手を添えている状態などを含めるものとして説明する。しかし、その握っている位置や添えている位置を特に限定するものではない。
【0014】
[構成概要]
本実施形態に係る電動パワーステアリング装置の構成例を図1に示す。ステアリングホイール1は、ドライバが転舵操作を行うための転舵輪である。ステアリングホイール1の操舵軸2は、減速機構を構成する減速ギア(ウォームギア)3、ユニバーサルジョイント4a、4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a、6bを経て、更にハブユニット7a、7bを介して操向車輪8L、8Rに連結されている。
【0015】
操舵軸2は、トーションバー9を介して、ステアリングホイール1側の入力軸と、ピニオンラック機構5側の出力軸とが連結して構成される。ピニオンラック機構5は、ユニバーサルジョイント4bから操舵力が伝達されるピニオンシャフト(不図示)に連結されたピニオン5aと、ピニオン5aに噛合するラック5bとを有する。ピニオン5aに伝達された回転運動が、ラック5bで車幅方向の直進運動に変換される。
【0016】
操舵軸2には、トーションバー9に対して加えられる操舵トルクTdctを検出するトルクセンサ10が設けられている。また、操舵軸2には、操舵軸2のステアリングホイール1側(入力軸側)の軸周りの回転角を示す操舵角θを検出する操舵角センサ14が設けられている。また、操舵軸2には、操舵軸2のピニオンラック機構5側(出力軸側)の軸周りの回転角を示す出力軸角θを検出する出力軸角センサ15が設けられている。つまり、操舵角センサ14はトーションバー9に対する入力軸側の回転角を操舵角θとして検出し、出力軸角センサ15はトーションバー9に対する出力軸側の回転角を出力軸角θとして検出する。トルクセンサ10は、操舵角θと出力軸角θの差によって生じるトーションバー9のねじれに基づき、操舵トルクTdctを検出する。
【0017】
なお、操舵角センサ14と出力軸角センサ15は、一体となって構成されたセンサであってもよい。また、図1では、説明を容易にするために、操舵軸2とトルクセンサ10を分けて示しているが、これらが一体となった構成であってもよい。トルクセンサ10の構成は特に限定するものではなく、例えば、トーションバー9のねじれからトルクを検出するスリーブタイプやリングタイプなどが用いられてよい。また、上記の構成では、操舵トルクTdctは、操舵角θと出力軸角θの差によって生じるトーションバー9のねじれに基づいて検出されているが、これに限定するものではない。例えば、トーションバー9のステアリングホイール1側の角度信号と、ピニオンラック機構5側の角度信号の差を用いて、トルク値を検出してもよい。以下の説明において、操舵軸2のステアリングホイール1側を上流側、ピニオンラック機構5側を下流側とも称する。
【0018】
トルクセンサ10にて検出される操舵トルクTdctには、ドライバによるステアリングホイール1に対する操作に基づくドライバトルクの他、下流側からの入力(外乱等)により生じたトルクが含まれる。操舵トルクTdctに基づくアシスト指令値を、下流側の入力に起因する振動を抑制するように補正する。ここでの抑制方法は特に限定するものではなく、任意の手法が用いられてよい。
【0019】
ステアリングホイール1に対する操舵力を補助する操舵補助モータ20が減速ギア3を介して操舵軸2に連結されている。電動パワーステアリング(EPS:Electric Power Steering)装置を制御するコントローラであるEPS-ECU(Electronic Control Unit)30には、バッテリ13から電力が供給されるとともに、イグニッション(IGN)キー11を経てイグニッションキー信号が入力される。なお、操舵軸2に対して操舵補助力を付与する手段は、モータに限るものではなく、様々な種類のアクチュエータを利用可能であってよい。
【0020】
EPS-ECU30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTdct、および車速センサ12で検出された車速Vに基づいてアシスト指令値としての電流指令値の演算を行う。さらに、EPS-ECU30は、操舵トルクTdctに基づく電流指令値と、運転支援機能に基づく電流指令値とに応じた出力電圧Vによって操舵補助モータ20に供給する電力を制御する。操舵補助モータ20は、EPS-ECU30からの出力電圧Vに基づき、減速ギア3を動作させ、ステアリングホイール1に対するアシスト制御を行う。
【0021】
本実施形態に係る電動パワーステアリング装置は、例えば、自動運転(AD:Autonomous Driving)やADASにより走行制御が可能な車両(不図示)に搭載可能である。運転支援機能としては、ADAS機能によるレーン維持機能や車線変更機能などが挙げられるが、その種類は特に限定するものではない。本実施形態に係る電動パワーステアリング装置が備えるステアリングホイール1の保持状態に応じて、運転支援機能にて提供される内容を切り替え可能である。EPS-ECU30は、車両にて提供される運転支援機能に応じた電流指令値の演算も行う。
【0022】
EPS-ECU30は、例えば、プロセッサと、記憶装置等の周辺部品とを含むコンピュータを備えてよい。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit)やMPU(Micro-Processing Unit)であってよい。記憶装置は、半導体記憶装置、磁気記憶装置及び光学記憶装置のいずれかを備えてよい。記憶装置は、レジスタ、キャッシュメモリ、主記憶装置として使用されるROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等のメモリを含んでよい。以下に説明するEPS-ECU30の機能は、例えばEPS-ECU30のプロセッサが、記憶装置に格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
【0023】
なお、EPS-ECU30は、以下に説明する各情報処理を実行するための専用のハードウエアにより形成されてもよい。例えば、EPS-ECU30は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えば、EPS-ECU30は、フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0024】
[機能構成]
図2は、本実施形態に係る保持状態判定装置として機能するEPS-ECU30における機能構成の例を示すブロック図である。ここでは、本実施形態に係る機能のみを示すが、EPS-ECU30は他の機能を実現するための構成を更に備えていてよい。例えば、アシスト指令値を算出するための部位や、ADAS機能などの運転支援機能のための部位が更に備えられてよい。
【0025】
EPS-ECU30は、トルク取得部201、特徴量算出部202、フィルタ処理部203、保持判定部204、情報記憶部205、および出力部206を含んで構成される。トルク取得部201は、トルクセンサ10により検出された操舵トルクTdctを取得する。ここで取得された操舵トルクTdctは、情報記憶部205に渡され、適時記憶される。特徴量算出部202は、情報記憶部205に記憶された操舵トルクTdctの情報を取得し、特徴量を算出する。ここでの特徴量の算出方法については後述する。
【0026】
フィルタ処理部203は、特徴量算出部202にて算出された特徴量に対して、ローパスフィルタ(LPF:Low Pass Filter)やバンドパスフィルタ(BPF:Band Pass Filter)を用いてフィルタ処理を行う。フィルタ処理の詳細については後述する。保持判定部204は、特徴量算出部202にて算出された特徴量を用いて、ドライバによりステアリングホイール1が保持されているか否かを判定する。ここでの判定方法については後述する。
【0027】
情報記憶部205は、本実施形態に係る判定方法にて用いられる各種情報や検出データを記憶する。また、情報記憶部205は、各部位からの要求に応じて各種情報を提供する。出力部206は、保持判定部204の判定結果を他の部位(例えば、ADAS機能を司るADAS―ECU(不図示)など)へ提供する。
【0028】
[保持状態判定のためのデータ]
図3は、本実施形態に係る保持状態判定処理にて着目するデータを説明するための図である。図3(a)~(c)の横軸は時間[分]を示し、それぞれ対応している。
【0029】
図3(a)は、ドライバによるステアリングホイール1の保持状態を示すデータである。縦軸はハンズオン/ハンズオフを示す。縦軸の上側の値がハンズオフ(ステアリングホイール1の非保持)を示し、下側の値がハンズオン(ステアリングホイール1の保持)を示している。図3(b)は、トルクセンサ10にて検出される操舵トルクTdctの値(以下、トルク値とも称する)を示す。縦軸はトルク値[Nm]を示し、位置中心を基準値0とし、時計回りの回転方向を負の値、反時計回りの回転方向を正の値として示す。図3(c)は、トルクセンサ10にて検出される操舵トルクTdctの値から周波数解析により導出されたスペクトログラムを示す図である。縦軸は周波数[Hz]を示し、色の濃さにて信号の強度を示す。
【0030】
本願発明者は、図3に示すような各データからハンズオン/ハンズオフのそれぞれの状態における調査、研究を行った。その結果、ハンズオフ時には、周波数が5Hz周辺の帯域において相対的に信号強度が低下することを特定した。そこで、本実施形態では、この周波数帯域に着目したステアリングホイール1の保持状態の判定方法を説明する。
【0031】
本実施形態では、5Hz周辺の周波数帯域を対象とし、ハンズオン/ハンズオフの状態を判定するための特徴量を算出する。本実施形態では、ある時刻k(第1の時刻)のハンズオン/ハンズオフの状態を判定するために、ある時刻kを含む所定の範囲の時刻n(第2の時刻)におけるトルク値unと、時刻nから所定の時間間隔前におけるトルク値un―Nを用いる。ここでの所定の時間間隔は、上記周波数帯域を考慮して設定する。具体的には、電動パワーステアリング装置の制御周期Tsが1msで5Hzを周波数帯域の着目する周波数(設計周波数)とした場合、所定の時間間隔を1/5Hz×2=100ms(サンプリング間隔数N=100)とする。このような時間間隔設定を行うことで、サンプリング定理により、折り返し周波数を含む5Hz周辺の変化を捉えることができる。なお、所定の時間間隔の設定は、本実施形態では制御周期Tsの100倍(N=100)とするが、電動パワーステアリング装置の制御周期Tsは時間間隔に対して10倍以上の範囲とすることが望ましい。サンプリング周期を10倍以上に設定することで、入力信号とほぼ同じ形状の波形を扱うことが可能となる。
【0032】
また、本実施形態では、着目する周波数として5Hzを例に挙げて説明するが、これに限定するものではない。5±3Hzの周波数帯域を対象として、本実施形態に係る保持状態判定方法を適用することができる。この着目する周波数に対応して、上記の所定の時間間隔の設定が変動する。例えば、制御周期Tsが1ms、6.25Hzを着目する周波数とした場合、所定の時間間隔は1/6.25Hz×2=80ms(サンプリング間隔数N=80)となる。また、制御周期Tsを2ms、5Hzを設計周波数とした場合は、時間間隔は100ms、サンプリング間隔数Nは50となる。
【0033】
さらに本実施形態では、現在時刻からの時間差に応じて重みを変動させる。具体的には、過去のトルク値に対しては重みを小さくするようにする。このようにすることで、現在の操舵状況に応じた判定とすることができる。図4は、本実施形態に係る重みを説明するためのグラフ図である。現在時刻をkとした場合、過去に遡ることに伴って重みを低くする。そして、サンプリング時刻n=k-N+1以前の値については重みを0とする。なお、図4に示す重みは一例であり、他の関数(例えば、曲線にて示される重み関数)を用いてもよい。
【0034】
図4に示すような重み関数を用いた畳み込み関数として、本実施形態では以下の式(1)を用いる。これにより、時刻nからの後退差分に応じて、特徴量の確度を向上させることができる。
【0035】
【数1】
【0036】
式(1)は下記の式(2)に置き換えることができる。図5は、式(1)から式(2)に変換する際の式の展開を示す図である。
【0037】
【数2】
【0038】
さらに本実施形態では、算出処理において値を扱いやすくするために、式(2)に対して自乗及び常用対数を適用した以下の式(3)を用いて、特徴量yの算出処理を行う。
【0039】
【数3】
【0040】
特徴量yの算出処理は式(3)に限られない。例えば、特徴量yを式(1)または式(2)の絶対値処理によって算出してもよい。また、式(1)および式(2)の総和の範囲として、時刻kから着目する周波数の半周期に相当する時間、全てのサンプリング時刻に対して総和をとるようにしているが、これに限定されない。例えば、総和の範囲は、現在時刻から着目する周波数の四分の一周期に相当する時間としてもよい。このようにすることで、演算時間や記憶するデータ量を少なくすることができ、処理コストを抑制することができる。また、全てのサンプリング時刻のトルク値を用いるのではなく、例えば、一つ置きのサンプリング時刻のトルク値を用いるようにしてもよい。
【0041】
本実施形態では更に、上記の式(3)を用いた算出結果に対して、フィルタ処理を適用することで算出結果の変動やノイズ除去を行う。そして、そのフィルタ処理後の信号値を用いて、ハンズオン/ハンズオフの判定を行う。
【0042】
[処理フロー]
図6は、本実施形態に係るEPS-ECU30による処理のフローチャートである。上述したように、本処理フローは、例えば、記憶装置(不図示)に記憶されたプログラムをEPS-ECU30が備えるCPU(不図示)にて読み出して実行することにより実現される。
【0043】
S601にて、EPS-ECU30は、トルクセンサ10により検出された操舵トルクTdctを取得する。併せて、EPS-ECU30は、後段の処理に用いられる過去の操舵トルクTdctの値を情報記憶部205から取得する。なお、トルクセンサ10により検出された操舵トルクTdctは、情報記憶部205に適時記憶される。
【0044】
S602にて、EPS-ECU30は、S601にて取得した操舵トルクTdctの値を、上記の式(3)に適用することで、任意の時刻kにおける特徴量yを算出する。
【0045】
S603にて、EPS-ECU30は、S602にて算出された特徴量に対して、フィルタ処理を行う。本実施形態では、フィルタ処理にてLPFを用い、カットオフ周波数を0.5Hzとして設定する。ここでのカットオフ周波数は、着目する周波数(本実施形態では、5Hz)の10分の1よりも小さい値を設定することが好ましい。カットオフ周波数を10分の1に設定した場合、信号が20dB低減される(すなわち、1/10となる)。
【0046】
S604にて、EPS-ECU30は、S603にて算出された特徴量yと、閾値とを比較し、特徴量が閾値以上か否かを判定する。ここで用いられる閾値は予め規定され、情報記憶部205等にて記憶管理されている。特徴量yが閾値以上である場合(S604にてYES)、EPS-ECU30の処理はS605へ進み、特徴量yが閾値より小さい場合(S604にてNO)、EPS-ECU30の処理はS606へ進む。
【0047】
S605にて、EPS-ECU30は、ドライバによりステアリングホイール1が保持されている状態(ハンズオン)であると判定する。そして、EPS-ECU30の処理はS607へ進む。
【0048】
S606にて、EPS-ECU30は、ドライバによりステアリングホイール1が保持されていない状態(ハンズオフ)であると判定する。そして、EPS-ECU30の処理はS607へ進む。
【0049】
S607にて、EPS-ECU30は、S606またはS607による判定結果を出力する。ここでの出力先は、例えば、運転支援機能を提供するADAS-ECU(不図示)であってもよいし、履歴情報として記憶するために情報記憶部205であってもよい。そして、本処理フローを終了する。
【0050】
なお、図6に示す処理フローは、本実施形態に係る保持状態判定方法を適用するモードが起動している間や運転支援機能を提供する間にわたって、継続的に繰り返されてよい。
【0051】
[データ解析例]
図7は、本実施形態に係る保持状態判定方法を適用した際の判定結果の例を示す図である。図7(a)~(d)の横軸は時間[分]を示し、それぞれ対応している。
【0052】
図7(a)は、トルクセンサ10にて検出される操舵トルクTdctの値を示す。縦軸はトルク値[Nm]を示し、位置中心を基準値0とし、時計回りの回転方向を負の値、反時計回りの回転方向を正の値として示す。図7(b)は、トルクセンサ10にて検出される操舵トルクTdctの値から導出されたスペクトログラムを示す図である。縦軸は周波数[Hz]を示し、色の濃さにて信号の強度を示す。上述したように、本実施形態に係る保持状態判定方法ではパワースペクトルの解析処理は行わないが、ここでは、図7(a)に対応するスペクトログラムを例示する。
【0053】
図7(c)は、図7(a)に示すトルク値を上記の式(3)を用いて特徴量を算出した算出結果を示し、縦軸が特徴量に対応する。また、図7(c)において破線はハンズオン/ハンズオフを判定するための閾値を示す。
【0054】
図7(d)は、ハンズオン/ハンズオフの判定結果を示す図である。判定結果において、HighとLowの2値で示され、Highの値がハンズオフを示し、Lowの値がハンズオンを示す。図7(d)に示すグラフのうち、下側のグラフが真値(ステアリングホイール1の実際の保持状態)を示し、上側のグラフが本実施形態に係る判定結果を示す。図7(d)の上のグラフのHigh/Lowの切り替え位置は、図7(c)における特徴量と閾値の交点に対応する。
【0055】
以上、本実施形態により、処理負荷を抑制して、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。特に、パワースペクトルの解析処理が不要となり、処理負荷を低減することができる。更には、図7(d)に示すように、精度の高い(真値に近い)判定処理を実現することができる。
【0056】
<その他の実施形態>
また、電動パワーステアリング装置の構成は、図1に示した構成に限定するものではない。例えば、電動パワーステアリング装置は、ステアリングホイール1側と、ピニオンラック機構5側とが機械的に切り離されたステアバイワイヤ(SBW:Steer-By-Wire)機構により構成されていてもよい。
【0057】
また、本願発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0058】
また、操舵トルクを用いて特徴量を算出したが、操舵トルクと等価であるトーションバーの上流側角度と下流側角度の差を用いて特徴量を算出してもよい。
【0059】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0060】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態判定装置であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得手段と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出手段と、
前記算出手段にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定手段と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得手段にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定される。
この構成によれば、処理負荷を抑制して、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。
【0061】
(2) 前記着目する周波数は、5±3Hzの範囲のいずれかであることを特徴とする(1)に記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、5Hz近辺の周波数帯域に着目して、ステアリングホイールの保持状態を判定することができる。
【0062】
(3) 前記所定の時間間隔は、前記着目する周波数の半周期にあたる時間であることを特徴とする(1)または(2)に記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、サンプリング定理を考慮して、着目する周波数における変化を精度良く特定することが可能となる。
【0063】
(4) 前記着目する周波数は、5Hzであり、
前記所定の時間間隔は、100msとする、ことを特徴とする(1)に記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、5Hzに着目して、ステアリングホイールの保持状態を判定することができる。
【0064】
(5) 前記畳み込み積分にて用いられる重み関数は、前記第1の時刻から経過するほど、トルク値に対する重みが低くなるように定義されていることを特徴とする(1)~(4)のいずれかに記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、着目する時刻を基準とした特徴量の確度を向上させることが可能となる。
【0065】
(6) 前記算出手段は、
【0066】
【数4】
【0067】
により、前記特徴量を算出することを特徴とする(1)~(5)のいずれかに記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、処理負荷を抑えた簡易な算出式を用いて、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。
【0068】
(7) 前記算出手段にて算出された特徴量に対してフィルタリング処理を行う処理手段を更に有し、
前記判定手段は、前記処理手段にて処理が行われた特徴量を用いて、判定処理を行うことを特徴とする(1)~(6)のいずれか一項に記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、変動成分やノイズを除去した特徴量を用いて、より精度の高い保持状態の判定が可能となる。
【0069】
(8) 前記フィルタリング処理にて用いられるLPF(Low Pass Filter)のカットオフ周波数は、前記着目する周波数の10分の1以下であることを特徴とする(7)に記載の保持状態判定装置。
この構成によれば、ノイズを除去した特徴量を用いて、より精度の高い保持状態の判定が可能となる。
【0070】
(9) ステアリング装置が備えるステアリングホイールの保持状態の判定方法であって、
前記ステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を有し、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とする判定方法。
この構成によれば、処理負荷を抑制して、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。
【0071】
(10) コンピュータに、
ステアリング装置が備えるステアリングホイールに対して負荷されるトルク値を取得する取得工程と、
前記トルク値において、着目する第1の時刻を含む所定の範囲の第2の時刻のトルク値と、前記第2の時刻よりも所定の時間間隔前におけるトルク値との差分を畳み込み積分することで特徴量を算出する算出工程と、
前記算出工程にて算出した特徴量に基づいて、前記第1の時刻における前記ステアリングホイールの保持状態を判定する判定工程と
を実行させ、
前記所定の時間間隔は、前記取得工程にて取得されるトルク値に対して着目する周波数に応じて設定されることを特徴とするプログラム。
この構成によれば、処理負荷を抑制して、ステアリングホイールの保持状態を検出することが可能となる。
【符号の説明】
【0072】
1 ステアリングホイール
2 操舵軸
3 減速ギア
4a,4b ユニバーサルジョイント
5 ピニオンラック機構
6a,6b タイロッド
7a,7b ハブユニット
8L,8R 操向車輪
9 トーションバー
10 トルクセンサ
11 イグニッション(ING)キー
12 車速センサ
13 バッテリ
14 操舵角センサ
20 操舵補助モータ
30 EPS(Electric Power Steering)-ECU(Electronic Control Unit))
201 トルク取得部
202 特徴量算出部
203 フィルタ処理部
204 保持判定部
205 情報記憶部
206 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7