(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】神経細胞への分化誘導方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0775 20100101AFI20241113BHJP
C12N 5/0793 20100101ALI20241113BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
C12N5/0775 ZNA
C12N5/0793
C12N5/02
(21)【出願番号】P 2024527466
(86)(22)【出願日】2024-01-18
(86)【国際出願番号】 JP2024001296
【審査請求日】2024-05-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512292315
【氏名又は名称】株式会社バイオ未来工房
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100181847
【氏名又は名称】大島 かおり
(72)【発明者】
【氏名】石塚 保行
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-527250(JP,A)
【文献】特開2005-330206(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)60.0~90.0vol%の基礎培地と、
10.0~40.0vol%の生理食塩水と、
を含み、さらに、
1.0~100.0ng/mLのEGFと、
0.2~20.0ng/mLのFGF-2と、
0.2~20.0ng/mLのPDGFと、
0.5~8.0mMのリン酸アスコルビルマグネシウムと、
が添加されて構成される、幹細胞培養用培地で、間葉系幹細胞を1~10日間培養し、
b)その後、上記培養により得られた培養液のタンパク質成分を有機溶媒で沈殿させ、
c)沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させることにより得られる、
細胞産生タンパク質(CPPs)組成物を含む培地を用いて、3×10
3~2×10
4cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させる、神経細胞への分化誘導方法。
【請求項2】
前記CPPs組成物は、コラーゲンを含む、請求項1に記載の神経細胞への分化誘導方法。
【請求項3】
前記コラーゲンは、I型のコラーゲンおよび/またはプロコラーゲンを含む、請求項2に記載の神経細胞への分化誘導方法。
【請求項4】
前記CPPs組成物を含む培地が、TAT‐VHLをさらに含む、請求項1に記載の神経細胞への分化誘導方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞への分化誘導方法に関し、特に、所定の幹細胞培養用培地で間葉系幹細胞を培養することにより得られた細胞産生タンパク質組成物(CPPs組成物)により、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導する方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、体性幹細胞と呼ばれる、成体の組織から採取可能な幹細胞が注目を集めている。体性幹細胞は、成体の皮膚、骨髄、脂肪などに存在しており、試験管内で未分化な状態で増殖可能である。また、特定の組織の細胞への分化が可能である。
【0003】
ここで、組織再生の中でも、重要度の高いものの一つとして、神経再生が挙げられる。神経細胞は、発生初期に増殖、分布することにより神経系が構築されて以降は自己再生能に乏しく、一度傷害を受けた神経組織は修復されないと考えられている。そのため、幹細胞から分化させた神経細胞を移植することで、傷害を受けた神経組織を修復する技術が求められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、脂肪組織間質細胞が幼若な神経細胞のマーカーを発現するように分化誘導することが記載されており、脂肪組織間質細胞を脂肪組織から採取する段階と、脂肪組織間質細胞をdcAMPまたはホルスコリンを含む培地で培養する段階とを有する分化誘導の方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、フォン・ヒッペル・リンドー(VHL)蛋白質の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドであるVHLオリゴペプチド(配列番号1のアミノ酸配列:TLKERCLQVVRSLVK)に、細胞膜を容易に貫通する作用を有する融合蛋白TAT(配列番号2のアミノ酸配列:YGRKKRRQRRRD)を結合させて合成したペプチドであるTAT-VHL(157-171)を用いて、神経幹細胞を神経細胞へ分化させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-63088号公報
【文献】特開2005-330206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、神経細胞は原則として分裂・増殖しないため、移植等における治療のために、間葉系幹細胞から神経細胞を効率よく、安全に得る技術が望まれている。
また、一般的に、神経細胞分化誘導培地には、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させる強い作用があり、細胞毒性を示す成分は含まれていないものの、ウシ胎児血清(FBS)が使用されている。FBSは、異種動物由来成分で、抗原性と人畜共通ウイルス感染のリスクがあり、上記投与/移植先において使用することは難しい。
【0008】
上記事情に鑑み、本発明者により更なる検討が進められた結果、神経細胞分化誘導培地に代えて使用可能であり、かつ、間葉系幹細胞から調製可能である、神経細胞分化誘導成分を含む細胞産生タンパク質(cell producing proteins、CPPs)を用いた神経細胞への分化誘導方法を新規に知見し、本発明に至った。
【0009】
本発明は、上述した実情に鑑みてなされたものであり、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することを目的とする。より具体的には、間葉系幹細胞の培養液から得られた成分を用いて、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させることを可能にする、神経細胞への分化誘導方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の第1の態様は、
a)60.0~90.0vol%の基礎培地と、
10.0~40.0vol%の生理食塩水と、
を含み、さらに、
1.0~100.0ng/mLのEGFと、
0.2~20.0ng/mLのFGF-2と、
0.2~20.0ng/mLのPDGFと、
0.5~8.0mMのリン酸アスコルビルマグネシウムと、
が添加されて構成される、幹細胞培養用培地で、間葉系幹細胞を1~10日間培養し、
b)その後、上記培養により得られた培養液のタンパク質成分を有機溶媒で沈殿させ、
c)沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させることにより得られる、
細胞産生タンパク質(CPPs)組成物を含む培地を用いて、3×103~2×104cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させる、神経細胞への分化誘導方法である。
このような神経細胞への分化誘導方法によれば、神経細胞分化誘導培地を使用せずに、間葉系幹細胞から得られた成分を用いて、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することができる。
【0011】
上記態様においては、前記CPPs組成物は、コラーゲンを含み得る。
本願発明者は、CPPs組成物に含まれるコラーゲンが、幹細胞から神経細胞への分化誘導に寄与する特性を有することについても、新規に知見した。
また、上記コラーゲンは、I型のコラーゲンおよび/またはプロコラーゲンを含み得る。
【0012】
上記態様においては、
前記CPPs組成物を含む培地が、TAT‐VHLをさらに含むこととしてもよい。
このようにすることで、より高い効率で間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、神経細胞分化誘導培地を使用せずに、間葉系幹細胞から得られた成分を用いて、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明の第1の態様に係る神経細胞への分化誘導方法は、
a)60.0~90.0vol%の基礎培地と、
10.0~40.0vol%の生理食塩水と、
を含み、さらに、
1.0~100.0ng/mLのEGFと、
0.2~20.0ng/mLのFGF-2と、
0.2~20.0ng/mLのPDGFと、
0.5~8.0mMのリン酸アスコルビルマグネシウムと、
が添加されて構成される、幹細胞培養用培地で、間葉系幹細胞を1~10日間培養し、
b)その後、上記培養により得られた培養液のタンパク質成分を有機溶媒で沈殿させ、
c)沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させることにより得られる、
細胞産生タンパク質(CPPs)組成物を含む培地を用いて、3×103~2×104cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させることを特徴とする。
【0016】
上記幹細胞培養用培地を用いて培養された間葉系幹細胞から、後述する細胞産生タンパク質(CPPs)組成物が得られることを、本発明者は新規に知見した。
基礎培地としては、IMDM、DMEM、α‐MEMを使用することができる。上記幹細胞培養用培地の組成において、生理食塩水を加える目的は、上記基礎培地中のCa濃度を10~40%に下げることを目的とする。そのため、使用する基礎培地のCa濃度が40~50μg/mLである場合には生理食塩水で希釈する必要はない。
【0017】
上記幹細胞培養用培地に添加される添加因子に関し、EGFは上皮成長因子(Epidermal Growth Factor)、FGF-2は線維芽細胞増殖因子2(fibroblast growth factor 2)、PDGFは血小板由来成長因子(Platelet-Derived Growth Factor)である。上記添加因子は、一般的には、細胞を増殖させるため等の目的で基礎培地への添加因子としてそれぞれ使用されるものである。
上記本発明の第1の態様に係る幹細胞培養用培地において、
EGFを1~10ng/mL、
FGF‐2を0.5~5.0ng/mL、
PDGFを0.5~5.0ng/mL、
の範囲で添加すると、より効率よくCPPs組成物を産生することができる。
【0018】
また、上記幹細胞培養用培地において、
0.1~10.0μg/mLトランスフェリン、および/または
0.2~20.0μg/mLインスリン、および/または
0.1~3.0ng/mL亜セレン酸ナトリウム
をさらに添加することは、細胞の増殖性能を高める観点から好適である。
【0019】
幹細胞培養用培地の具体的は調製方法としては、例えば、
500mL入りのIMDMから50mLから200mLを除去し、等量の生理食塩水を添加して、500mLとし、これに抗生物質を5mL加え、
さらに、
EGFを1~10ng/mL、
FGF‐2を0.5~5.0ng/mL、
PDGFを0.5~5.0ng/mL、
トランスフェリンを0.1~10.0μg/mL、
インスリンを0.2~20.0μg/mL、
亜セレン酸ナトリウムを0.1~3.0ng/mL、
リン酸L-アスコルビルマグネシウムを0.5~8.0mM、
の範囲で添加して作製することができる。
【0020】
(細胞産生タンパク質(CPPs)組成物)
上記CPPs組成物は、
間葉系幹細胞を上記幹細胞培養用培地で1~10日間培養し、
その後、有機溶媒で上記培養により得られた培養液のタンパク質成分を沈殿させ、
沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させる、
ことにより得られる、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導するための、CPPs組成物であることを特徴とする。
【0021】
CPPs組成物は、I型プロコラーゲンとヒアルロン酸と、を含み、前記I型プロコラーゲンにはカルシウムが結合していることとしてもよい。
CPPs組成物には、例えば、I型プロコラーゲンは30~100μg/mL含まれ、ヒアルロン酸は49~140μg/mL含まれる。I型プロコラーゲンとカルシウムの結合割合は、例えば、30~45%、好適には、35~42%である。
【0022】
上記第1の態様において、CPPs組成物の作成に使用される間葉系幹細胞としては、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来幹細胞(ASC)、末梢血由来間葉系幹細胞、臍帯Wharton's Jelly(ウォートンジェリー)由来間葉系幹細胞、臍帯血間葉系幹細胞、歯髄由来間葉系幹細胞等を使用することができる。基礎培地としては、IMDM、DMEM、α‐MEMを使用することができる。培養期間は、1~10日間であり、好適には、3~4日である。
【0023】
また、上記第1の態様において、「タンパク質成分を有機溶媒で沈殿」させる工程の後の「沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させる」工程においては、有機溶媒で沈殿させたタンパク質成分をpH1の塩酸(例えば、1N HCl)に懸濁して、vortex(例えば、約10分間)し、その後、(例えば、1.2N NaOHを用いて)中和することにより、ウイルス不活化処理を合わせて行うこととしてもよい。その場合には、中和した溶液を遠心分離し、得られた上清をCPPs組成物とする。
【0024】
(間葉系幹細胞の神経細胞への分化誘導方法)
上記CPPs組成物を用いて、所定の条件で培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導できることを、本発明者は新規に知見した。
本願発明に係る分化誘導方法は、CPPs組成物を含む培地を用いて、3×103~2×104cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させることを特徴とする。5×103~1×104cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養すると、より分化誘導効率が高いので好適である。
このような神経細胞への分化誘導方法によれば、神経細胞分化誘導培地を使用せずに、間葉系幹細胞から得られた成分を用いて、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することができる。
CPPs組成物は、タンパク質濃度として80~120μg/mLであるものを、培地:CPPs組成物=1:1/8~1、すなわち、培地に対して12.5~50.0vol%含まれることが好ましい。
また、上記第1の態様において、前記間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪、末梢血、臍帯、臍帯血、または歯髄由来であることとしてもよい。
【0025】
上記第1の態様においては、
前記CPPs組成物は、コラーゲンを含み得る。
また、前記コラーゲンは、I型のコラーゲンおよび/またはプロコラーゲンを含み得る。
I型のコラーゲンとは、皮膚や骨に多く存在するコラーゲンであり、α1(I)鎖2本(α1鎖コラーゲン)とα2(I)鎖1本(α2鎖コラーゲン)からなるヘテロ三量体である。
プロコラーゲン(コラーゲン前駆体)とは、コラーゲンの合成過程における前駆体であり、ペプチド鎖のN末端とC末端にプロコラーゲンペプチドを有しているものである。
これまで、培養容器への細胞の接着性を高めるために、培養容器のコーティング等にアテロコラーゲン(テロペプチドが切断されたコラーゲン)が使用されることはあったが、コラーゲンを分化誘導因子として使用することはなかった。
このように、コラーゲンが、所定の条件で、幹細胞の神経細胞分化誘導に寄与する、分化誘導因子としての特性を有することについては知られておらず、当該特性は、本願発明者が新規に知見したものである。また、CPPs組成物に含まれるコラーゲンは、CPPs組成物の生成工程においてテロペプチドを切断するような処理(例えば、ペプシン処理)を行っていないことから、CPPs組成物に含まれるコラーゲンは、matureコラーゲン(ネイティブコラーゲン/トポコラーゲン)およびプロコラーゲンである可能性が高いと考えられる。
【0026】
上記第1の態様においては、
前記CPPs組成物を含む培地が、TAT‐VHLをさらに含むこととしてもよい。
TAT‐VHLは、特開2005-330206号公報に記載の通り、フォン・ヒッペル・リンドー(VHL)蛋白質の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドであるVHLオリゴペプチド(配列番号1のアミノ酸配列:TLKERCLQVVRSLVK)に、細胞膜を容易に貫通する作用を有する融合蛋白TAT(配列番号2のアミノ酸配列:YGRKKRRQRRRD)を結合させて合成したペプチドである。
CPPs組成物にTAT‐VHLを組み合わせて使用することで、より高い効率で間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することができる。
TAT‐VHLは、CPPs組成物を含む培地中に0.34~3.40ng/mLで含まれることが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
(実施例1)幹細胞培養用培地およびCPPs組成物の調製
500mL入りの幹細胞増殖用BSCM-PL2培地(バイオ未来工房社製)に、抗生物質としてAntibiotic-Antimycotic Mixed Stock Solution(ナカライテスク社製、製品番号:02892‐54)を5mL加え、CPPs組成物を作成するための幹細胞培養用培地を準備した。
次に、間葉系幹細胞(MSC)に属する脂肪由来幹細胞(ASC)(Lonza社製、製品番号:PT‐2501)4×105cells/mLを、2%ヒト血清を含むBMCM‐PL1培地(バイオ未来工房社製)を用いてT‐75フラスコ(SARSTEDT社製、製品番号:83.3911.002)で90%コンフルエントになるまで培養し、トリプシン‐EDTA溶液(ナカライテスク社製、製品番号:32777‐44)で剥離した。その後、ハイパーフラスコ(コーニング社製)に2×106cells/mLで播種し、1%ヒト血清を含むBMCM-PL1培地(バイオ未来工房社製)560mLでコンフルエントになるまで再度培養した。
【0029】
その後、幹細胞増殖用BSCM-PL2培地(バイオ未来工房社製)に培地を交換して、5日間培養し、培地を全量回収して新たな幹細胞培養用培地培地560mLを加え、5日間さらに培養した。この培地の全量回収と添加を細胞が剥離するまで継続し、このようにして回収した培養上清について、遠心分離(3000rpm、5分間)を行って細胞残渣を除去した。その後、80%エタノールまたはアセトンによる有機溶媒沈殿法で、タンパク質画分を分離した。このタンパク質画分をPBS(-)(ナカライテスク社製、製品番号:07269‐84)に溶解させ、遠心分離(8000rpm、10分間)によって不溶画分を除去し、再度、80%エタノールまたはアセトンで沈殿させた。
【0030】
この沈殿を1N塩酸(ナカライテスク社製、製品番号:18320‐15)10mLで溶解し、室温、2,500rpmで10分間、vortexで撹拌し、1.2N苛性ソーダ(ナカライテスク社製、製品番号:31511‐05)で中和してウイルス不活化処理を行い、その後、遠心して不溶物を除去した。最後に、0.45μmのフィルター(Cytiva社製、製品番号:6900‐2504)を通して滅菌処理し、CPPs組成物を得た。
【0031】
(実施例2)神経細胞への分化誘導分析1(CPPs組成物)
CPPs組成物を含む培地を用いて、神経細胞への分化誘導性能を分析した。
間葉系幹細胞(MSC)に属する脂肪由来幹細胞(ASC)(Lonza社製、製品番号:PT‐5006)4×105cells/mLを、2%ヒト血清を含むBMCM‐PL1培地(バイオ未来工房社製)を用いてT‐75フラスコ(SARSTEDT社製、製品番号:83.3911.002)で90%コンフルエントになるまで培養し、トリプシン‐EDTA溶液(ナカライテスク社製、製品番号:32777‐44)で剥離した。
【0032】
上記ASCを5%FBS(cytiva製、製品番号:SH30910.03)を含むIMDM培地に懸濁して、24ウェルプレート(SARSTEDT社製、製品番号:83.3922)に1×104cells/mLで播種し、翌日、1μMのTAT‐VHLとCPPs組成物(タンパク質濃度として80~120μg/mL溶液):IMDM(1:1)に交換して3日間培養した。
【0033】
まず、以下の手順でNissl染色を行った。CPPs組成物を添加して上記のように3日培養した細胞に、10%中性ホルムアルデヒド液(ナカライテスク社製、製品番号:37152‐51)を添加し、10分間固定した後、水で洗浄した。次に、クリシルバイオレット液(武藤化学株式会社製、製品番号:41022)を滴下し、30分間放置後に水で洗浄し、撮影した。結果を
図1に示す。
対照としてIMDMで培養した細胞では染色箇所はみられなかった(
図1A)。これに対し、CPPs組成物を含む培地で培養した細胞は、矢印で示されるように、細胞質において顆粒状に青色で染色されている部分がみられた(ニッスル小体)(
図1B)。これにより、CPPs組成物を含む培地で培養することにより、間葉系幹細胞が神経細胞に分化誘導されたことが、形態的な観点から確認された。
【0034】
次に、以下の手順で抗βIII‐チューブリン抗体による染色を行った。Nissl染色で行った手順と同様にして固定した細胞に、1%ヒトアルブミン水溶液を添加してブロッキングし、水で洗浄した。その後、抗βIII‐チューブリン抗体Alexa Fluor 488(Merck Millipore、製品番号:AB15708A)と1時間冷蔵で反応させて、水で洗浄した後に蛍光顕微鏡(キーエンス製、BZ‐X800)で撮影した。
上記の方法で抗ニューロン特異的抗βIII‐チューブリン抗体‐Alexa Fluor 488で細胞質を染色した後に、5μg/mLのHoechst 33342(ThermoFisher社製、製品番号:H3570)水溶液を添加し、遮光下3~5分間インキュベートしてで核を染色した。水溶液を除去し、水洗して蛍光顕微鏡で撮影した。結果を
図2に示す。
IMDMでは突起伸展は見られなかった(
図2A)。これに対し、CPPs組成物を含む培地で培養した細胞は、突起の伸展やネットワーク化が見られ、抗βIII‐チューブリン抗体‐Alexa Fluor 488による染色で緑色に染色された(
図2B)。これにより、CPPs組成物を含む培地で培養することにより、間葉系幹細胞が神経細胞に分化誘導されたことが、形状的な観点から確認された。
【0035】
次に、遺伝子解析として、上記のように培養した細胞のRNA抽出をMaxwell RSC simplyRNA(Promega、製品番号:AS1390)で行い、qPCRをStepOne PLUS(ThermoFisher)および以下のTaqMan primer(ThermoFisher)を用いて行い、神経前駆細胞、神経細胞、および神経幹細胞等に特異的に発現するとされる、以下の遺伝子発現を分析した:
Oct3/4:Hs00999632_g1、
Nestin:Hs04187831_g1、
MAP2:Hs00258900_m1。
IMDMで培養した細胞(対照)と、TAT‐VHL入りの培地で培養した細胞と、CPPs組成物入りの培地で培養した細胞との神経特異的な遺伝子の発現を比較した。結果を
図3に示す。グラフの縦軸はIMDMを基準にしたmRNA発現比である。
図3から、CPPs組成物で分化誘導した細胞のみ、神経細胞への分化誘導を評価するための指標の1つとされるネスチン(Nestin)の発現が大幅に高くなっていることがわかる。これにより、CPPs組成物を含む培地で培養することにより、間葉系幹細胞が神経細胞に分化誘導されたことが、遺伝子学的な観点から確認された。
以上の結果から、CPPs組成物を含む培地で培養した細胞が、神経細胞に分化誘導されたことがわかる。
【0036】
(実施例3)神経細胞への分化誘導分析2(CPPs組成物+TAT‐VHL)
CPPs組成物とTAT‐VHLとを含む培地を用いて、神経細胞への分化誘導性能を分析した。
間葉系幹細胞としては、実施例2と同様に、ロットの異なるASC(Lonza社製、製品番号:PT‐5006)を用いて、培地にTAT‐VHLを添加すること以外については、実施例2と同じ手順で分析を行った。
具体的には、上記ASCを5%FBS(cytiva製、製品番号:SH30910.03)を含むIMDM培地に懸濁して、24ウェルプレート(SARSTEDT社製、製品番号:83.3922)に1×10
4cells/mLで播種し、翌日、
(A)2μMのTAT‐VHL:IMDM(1:1)、
(B)1μMのTAT‐VHLとCPPs組成物(タンパク質濃度として80~120μg/mL溶液):IMDM(1:1)、
にそれぞれ交換して3日間培養した。IMDMのままのものを対照とした。結果を
図4に示す。
【0037】
実施例2と同様に、抗ニューロン特異的抗βIII‐チューブリン抗体‐Alexa Fluor 488で細胞質を染色し、Hoechst 33342で核を染色した。
図4に示されるように、TAT‐VHLのみ(
図4A)とCPPs組成物+TAT-VHL(
図4B)とを比較すると、明らかにCPPs組成物+TAT-VHL(B)で誘導した細胞のほうが、突起伸展が多く、突起が長く伸展していることがわかる。これにより、CPPs組成物に加えてTAT-VHLを含む培地で培養することにより、より効率的に、間葉系幹細胞が神経細胞に分化誘導されたことが、形状的な観点から確認された。
【0038】
次に、実施例2と同様に、遺伝子解析として、上記のように培養した細胞のRNA抽出を行い、qPCRを行って、神経前駆細胞、神経細胞、および神経幹細胞等に特異的に発現するとされる、以下の遺伝子発現を分析した:
Oct3/4:Hs00999632_g1、
Nestin:Hs04187831_g1、
MAP2:Hs00258900_m1。
結果を
図5に示す。グラフの縦軸はIMDMを基準にしたmRNA発現比である。
図5から、TAT-VHL、CPPs組成物、それぞれの単独よりも、CPPs組成物+TAT-VHLで分化誘導した細胞は、対照(IMDM)、TAT-VHL単独、CPPs組成物単独の培養と比較して、ネスチンとのMAP2の発現が大幅に高くなっていることがわかる。これにより、CPPs組成物に加えてTAT-VHLを含む培地で培養することにより、より効率的に、間葉系幹細胞が神経細胞に分化誘導されたことが、遺伝子学的な観点から確認された。
これらの結果から、TAT-VHL+CPPs組成物を含む培地で誘導した細胞は、より効率よく、神経細胞に分化誘導されたことがわかる。
【0039】
(実施例4)CPPs組成物の分析1
CPPs組成物について、I型アテロコラーゲン(第一ファインケミカル社製、製品番号:Y‐1)とともに、10%ゲルのSDS-PAGEで泳動後、ニトロセルロース膜に転写させて、ウエスタンブロッティング(Western Blotting)を行った(羊土社、タンパク質実験ノート下改定第4版に準じて実施)。結果を
図6に示す。
図6のAはCBB染色(ナカライテスク社製、製品番号:04543‐51)の結果であり、
図6のBは抗Procollagen 1C-Terminal Propeptide(抗PICP)抗体(Cloud-Clone Crop社製、製品番号:PAA570Hu08)と反応させて得られた泳動パターンである。
図6のA(b)に示されるように、I型アテロコラーゲンは、CBB染色で約120kDa(質量)の2本鎖として示されたが、プロペプチドのC末端を標識する抗PICP抗体には反応せず、
図6のB(b)に示されるように、バンドは検出されなかった。
一方、
図6の(c)および(d)で示されるCPPs組成物は、約120~200kDaで少なくとも4つのバンド(4本鎖)が検出されている。この結果から、CPPs組成物のコラーゲンには、I型コラーゲンに加えて、I型プロコラーゲンが含まれていることが示された。なお、
図6のBの矢印はプロコラーゲンのバンドを示している。
【0040】
(実施例5)CPPs組成物の分析2
CPPs組成物に少量含まれるコラーゲンを分析するために、別途精製した。
実施例2で使用したASCをBSCM‐PL1培地にてT‐175フラスコで100%コンフルエントにまで増殖させ、その後、5mMのリン酸アスコルビルマグネシウムを添加した50mLの培地で4日間培養し、その培養上清を回収した。細胞が剥離するまで数回の培養を繰り返し、集めた培養上清から遠心で細胞破砕物等を除去し、塩析を行った。この塩析を8回繰り返して、コラーゲンを精製した。
図7に、CBB染色(ナカライテスク社製、製品番号:04543‐51)によるSDS-PAGEの結果を示す。観察されたバンドの位置から、(c)の精製コラーゲンにはα1鎖コラーゲンおよびα2鎖コラーゲンが比率2:1で含まれていることがわかる。このことから、CPPs組成物には、I型コラーゲンが含まれていることが、さらに確認された。
【0041】
(実施例6)神経細胞への分化誘導分析3(精製コラーゲン)
図7の(c)精製コラーゲン(0.1mg/mL)を含む培地を用いて、神経細胞への分化誘導性能を分析した。
間葉系幹細胞としては、実施例3と同様のASC(Lonza社製、製品番号:PT‐5006)を用いて、培地に精製コラーゲン(0.1mg/mL)を添加すること以外については、実施例3と同じ手順で分析を行った。
具体的には、上記ASCを5%FBS(cytiva製、製品番号:SH30910.03)を含むIMDM培地に懸濁して、24ウェルプレート(SARSTEDT社製、製品番号:83.3922)に1×10
4cells/mL/wellで播種し、翌日、
(A)IMDM、
(B)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDM、
(C)1μMのTAT‐VHL、
(D)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDM:2μMのTAT-VHL:IMDM(1:1)、
にそれぞれ交換して3日間培養した。IMDMのままのものを対照とした。結果を
図8~10に示す。
【0042】
上記(B)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDMで培養した細胞では、
図8において矢印で示されるように、細胞質において顆粒状に青色で染色されている部分がみられた(ニッスル小体)。これにより、CPPs組成物に含まれるコラーゲン成分は、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導する作用に寄与していることが、形態的な観点から確認された。
【0043】
実施例2と同様に、抗ニューロン特異的抗βIII‐チューブリン抗体‐Alexa Fluor 488で細胞質を染色し、Hoechst 33342で核を染色したものを
図9に示す。対照として(A)IMDMで培養した細胞(
図9A)と、(D)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDMで培養した細胞(
図9B)と、を比較すると、明らかに(B)の細胞のほうが、突起伸展があることがわかる。これにより、CPPs組成物に含まれるコラーゲン成分は、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導する作用に寄与していることが、形状的な観点から確認された。
【0044】
次に、実施例2と同様に、遺伝子解析として、上記のように培養した細胞のRNA抽出を行い、qPCRを行って、神経前駆細胞、神経細胞、および神経幹細胞等に特異的に発現するとされる、以下の遺伝子発現を分析した:
Sox2:Hs00415716_m1、
Oct3/4:Hs00999632_g1、
Nestin:Hs04187831_g1、
MAP2:Hs00258900_m1、
NF(Neurofilament):Hs00196245_m1。
結果を
図10に示す。縦軸はIMDMを基準にしたmRNA発現比である。
図10から、(B)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDMで培養した細胞は、ニューロフィラメント(NF)が(C)1μMのTAT‐VHLで培養した細胞と同等に発現されており、(D)50μg/mL精製コラーゲン入りIMDM:2μMのTAT-VHL:IMDM(1:1)で培養した細胞は、NFに加えて、ネスチンの発現が顕著に高いことがわかる。これにより、CPPs組成物に含まれるコラーゲン成分は、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導する作用に寄与していることが、遺伝子学的な観点から確認された。
これらの結果から、CPPs組成物に含まれるコラーゲン成分は、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導する作用に寄与していることがわかる。
【0045】
(実施例7)神経細胞への分化誘導分析4(骨髄由来幹細胞)
骨髄由来幹細胞(BM‐MSC)(Lonza社製、製品番号:PT‐2501)4×10
5cells/mLを、2%ヒト血清を含むBMCM‐PL1培地(バイオ未来工房社製)を用いてT‐75フラスコ(SARSTEDT社製、製品番号:83.3911.002)で90%コンフルエントになるまで培養し、トリプシン‐EDTA溶液(ナカライテスク社製、製品番号:32777‐44)で剥離した。
この細胞を用いて、BM‐MSCを5%FBS(cytiva製、カタログNo.SH30910.03)を含むIMDM培地に懸濁し、24ウェルプレート(SARSTEDT社製、製品番号:83.3922)に1×10
4cells/mL/wellで播種し、翌日、培地(A)~(D):
(A)IMDM
(B)1μMのTAT‐VHL:IMDM(1:1)、
(C)CPPs組成物:IMDM(1:1)、
(D)2μMのTAT‐VHL:CPPs組成物1:1)
にそれぞれ交換して3日間培養した。IMDMのままのものを対照とした。
実施例2と同様に、抗ニューロン特異的抗βIII‐チューブリン抗体‐Alexa Fluor 488で細胞質を染色し、Hoechst 33342で核を染色したものを
図11に示す。グラフの縦軸はIMDMを基準にしたmRNA発現比である。
図11に示されるように、培地(A)では染色が薄く(
図11A)、培地(B)ではあまり突起伸展が認められなかった(
図11B)。これに対し、培地(C)では突起伸展がみられ(
図11C)、さらに、培地(D)では突起伸展がより顕著にみられた(
図11D)。
この結果からCPPs組成物を用いて培養することにより、骨髄由来幹細胞からも神経細胞に分化誘導できることが認められた。また、CPPs組成物にTAT‐VHLを組み合わせて使用することで、より高い効率で間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導できることが認められた。
【0046】
このような本願発明に係る培養方法によれば、神経細胞分化誘導培地を使用せずに、間葉系幹細胞から得られた成分、さらには、自己細胞由来の成分を用いて、間葉系幹細胞を神経細胞に分化誘導することができる。
【要約】
a)60.0~90.0vol%の基礎培地と、
10.0~40.0vol%の生理食塩水と、
を含み、さらに、
1.0~100.0ng/mLのEGFと、
0.2~20.0ng/mLのFGF-2と、
0.2~20.0ng/mLのPDGFと、
0.5~8.0mMのリン酸アスコルビルマグネシウムと、
が添加されて構成される、幹細胞培養用培地で、間葉系幹細胞を1~10日間培養し、
b)その後、上記培養により得られた培養液のタンパク質成分を有機溶媒で沈殿させ、
c)沈殿部分を分取して生理食塩水または基礎培地に溶解させることにより得られる、
細胞産生タンパク質(CPPs)組成物を含む培地を用いて、3×103~2×104cells/mLで播種した間葉系幹細胞を1~3日間培養することにより、間葉系幹細胞を神経細胞に分化させる、神経細胞への分化誘導方法を提供する。
【配列表】