(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】SiC基板及びSiC複合基板
(51)【国際特許分類】
C30B 29/36 20060101AFI20241113BHJP
C30B 1/02 20060101ALN20241113BHJP
H01L 21/205 20060101ALN20241113BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B1/02
H01L21/205
(21)【出願番号】P 2023514848
(86)(22)【出願日】2022-10-19
(86)【国際出願番号】 JP2022039004
(87)【国際公開番号】W WO2023068309
(87)【国際公開日】2023-04-27
【審査請求日】2023-03-02
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2021/039155
(32)【優先日】2021-10-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】浦田 勇輝
(72)【発明者】
【氏名】松島 潔
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-228295(JP,A)
【文献】特表2004-533720(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/36
C30B 1/02
H01L 21/205
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二軸配向SiC層を備えたSiC基板であって、前記二軸配向SiC層の表面をフォトルミネッセンス(PL)で解析して、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度Iを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、
(i)前記グラフが極大点及び極小点を繰り返す形状を有し、ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも高いPL強度Iを与える点として定義され、かつ、極小点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも低いPL強度Iを与える点として定義され、
(ii)ある極大点P
MにおけるPL強度Iの極大値をMとし、該極大点P
Mよりも前記横軸方向の距離が長く、かつ、該極大点P
Mと最も近い位置にある極小点P
mにおけるPL強度Iの極小値をmとしたとき、M/mの比が1.05以上であり、
(iii)前記極大点P
Mと前記極小点P
mとの前記[11-20]方向の距離Lが15~150μmであ
り、
前記二軸配向SiC層が、ホウ素を1.0×10
16
~1.0×10
17
atoms/cm
3
の濃度で含む、SiC基板。
【請求項2】
前記距離Lが50~150μmである、請求項1に記載のSiC基板。
【請求項3】
二軸配向SiC層を備えたSiC基板であって、前記二軸配向SiC層の表面をフォトルミネッセンス(PL)で解析して得られた画像において、前記画像の[11-20]方向についてプレヴィットフィルタにより処理し、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度I
Fを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、
(i)前記グラフが複数の極大点を繰り返す形状を有し、ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度I
Fの各々よりも高いPL強度I
Fを与える点として定義され、
(ii)ある極大点P
M1と、該極大点P
M1よりも前記横軸方向の距離が長く、かつ、該極大点P
M1と最も近い位置にある極大点P
M2との前記[11-20]方向の距離L
Fが30~300μmであ
り、
前記二軸配向SiC層が、ホウ素を1.0×10
16
~1.0×10
17
atoms/cm
3
の濃度で含む、SiC基板。
【請求項4】
前記二軸配向SiC層が、c軸方向及びa軸方向に配向しており、前記二軸配向SiC層に対して、基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ(μm)を横軸とし、かつ、貫通らせん転位(TSD)密度(cm
-2)を縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、前記グラフが、前記深さが減少するにつれて一定の傾きaで前記TSD密度が減少し、かつ、前記傾きaの絶対値が5.0cm
-2/μm以上となるTSD傾斜領域を含
み、
基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さとは、前記二軸配向SiC層表面の(0001)面から前記二軸配向SiC層裏面方向への深さを意味する、請求項1又は3に記載のSiC基板。
【請求項5】
前記傾きaの絶対値が5.0~25cm
-2/μmである、請求項4に記載のSiC基板。
【請求項6】
SiC単結晶基板と、前記SiC単結晶基板上の請求項1又は3に記載のSiC基板とを備えた、SiC複合基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SiC基板及びSiC複合基板に関する。
【背景技術】
【0002】
SiC(炭化珪素)が、大電圧及び大電力を低損失で制御できるワイドバンドギャップ材料として注目を集めている。特に近年、SiC材料を用いたパワー半導体デバイス(SiCパワーデバイス)は、Si半導体を用いたものよりも、小型化、低消費電力化及び高効率化に優れるため、様々な用途における利用が期待されている。例えば、SiCパワーデバイスを採用することで、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)向けのコンバータ、インバータ、車載充電器等を小型化して効率を高めることができる。
【0003】
SiCパワーデバイスを高耐圧用途で利用するには、大電流に対応するためにSiCウエハー内の欠陥を極限まで低減し、デバイス特性の低下を抑制する必要がある。この点、ウエハー内の欠陥、特に耐圧劣化の原因になるとされる貫通らせん転位(TSD)を低減する方法として、溶液成長法が知られている。例えば、特許文献1(特開2014-043369号公報)には、SiC種結晶の(0001)面に、SiC単結晶からなり高さ70nmを超えるマクロステップを形成し、第2の種結晶を得る工程と、Si及びCを含む反応雰囲気下で第2の種結晶の(0001)面にSiC単結晶を結晶成長させ、第2の種結晶における貫通らせん転位上にマクロステップを進展させる工程とを備えるSiC単結晶の製造方法が開示されている。この製造方法によれば、貫通らせん転位の少ないSiC単結晶が得られることが記載されている。しかしながら、溶液成長法によりSiC基板を作製した場合、表面荒れによる溶媒インクルージョンや異種多形等のマクロ欠陥が発生しやすい等の問題がある。
【0004】
一方、溶液成長法以外の方法として、化学気相成長法によりSiCエピタキシャル層を形成する手法が知られている。例えば、非特許文献1(Lixia Zhao et al. "Surface defects in 4H-SiC homoepitaxial layers" Nanotechnology and Precision Engineering 3 (2020) 229-234)には、化学気相成長法によりSiCエピタキシャル層を得て、この表面欠陥の形態や構造を調査したことが開示されており、一般的にはSiC基板のTSD密度が300~500cm-2となることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Lixia Zhao et al. "Surface defects in 4H-SiC homoepitaxial layers" Nanotechnology and Precision Engineering 3 (2020) 229-234
【文献】Toru Ujihara et al. “Conversion Mechanism of Threading Screw Dislocation during SiC Solution Growth” Materials Science Forum Vols. 717-720, pp. 351-354 (2012)
【発明の概要】
【0007】
しかしながら、非特許文献1の開示によれば、基板上の大部分のTSDがエピタキシャル層に伝播されるため、基板表面のTSD密度を300cm-2を大きく下回らせるのは難しい。したがって、SiC基板表面におけるTSD密度の更なる低減が望まれる。
【0008】
本発明者らは、今般、フォトルミネッセンス(PL)により解析した場合に所定の条件を満たす二軸配向SiC層が、表面のTSD密度が非常に小さいSiC基板をもたらすとの知見を得た。
【0009】
したがって、本発明の目的は、表面のTSD密度が非常に小さいSiC基板を提供することにある。
【0010】
本発明によれば、以下の態様が提供される。
[態様1]
二軸配向SiC層を備えたSiC基板であって、前記二軸配向SiC層の表面をフォトルミネッセンス(PL)で解析して、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度Iを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、
(i)前記グラフが極大点及び極小点を繰り返す形状を有し、ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも高いPL強度Iを与える点として定義され、かつ、極小点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも低いPL強度Iを与える点として定義され、
(ii)ある極大点PMにおけるPL強度Iの極大値をMとし、該極大点PMよりも前記横軸方向の距離が長く、かつ、該極大点PMと最も近い位置にある極小点PmにおけるPL強度Iの極小値をmとしたとき、M/mの比が1.05以上であり、
(iii)前記極大点PMと前記極小点Pmとの前記[11-20]方向の距離Lが15~150μmである、SiC基板。
[態様2]
前記距離Lが50~150μmである、態様1に記載のSiC基板。
[態様3]
二軸配向SiC層を備えたSiC基板であって、前記二軸配向SiC層の表面をフォトルミネッセンス(PL)で解析して得られた画像において、前記画像の[11-20]方向についてプレヴィットフィルタにより処理し、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度IFを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、
(i)前記グラフが複数の極大点を繰り返す形状を有し、ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度IFの各々よりも高いPL強度IFを与える点として定義され、
(ii)ある極大点PM1と、該極大点PM1よりも前記横軸方向の距離が長く、かつ、該極大点PM1と最も近い位置にある極大点PM2との前記[11-20]方向の距離LFが30~300μmである、SiC基板。
[態様4]
前記二軸配向SiC層が、c軸方向及びa軸方向に配向しており、前記二軸配向SiC層に対して、基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ(μm)を横軸とし、かつ、貫通らせん転位(TSD)密度(cm-2)を縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、前記グラフが、前記深さが減少するにつれて一定の傾きaで前記TSD密度が減少し、かつ、前記傾きaの絶対値が5.0cm-2/μm以上となるTSD傾斜領域を含む、態様1~3のいずれか一つに記載のSiC基板。
[態様5]
前記二軸配向SiC層が、ホウ素を1.0×1016~1.0×1017atoms/cm3の濃度で含む、態様1~4のいずれか一つに記載のSiC基板。
[態様6]
前記傾きaの絶対値が5.0~25cm-2/μmである、態様4に記載のSiC基板。
[態様7]
SiC単結晶基板と、前記SiC単結晶基板上の態様1~6のいずれか一つに記載のSiC基板とを備えた、SiC複合基板。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図3】エアロゾルデポジション(AD)装置の構成を示す模式断面図である。
【
図4】例1において得られた、二軸配向SiC層の(0001)面におけるフォトルミネッセンス(PL)イメージング像である。
【
図5】例1において得られた、二軸配向SiC層の(0001)面におけるPLイメージング像をもとに作成した、[11-20]方向の距離(μm)を横軸、及びPL強度Iを縦軸にプロットしたグラフである。
【
図6】例1において得られた、二軸配向SiC層の(0001)面におけるPLイメージング像を、プレヴィットフィルタにより処理して得られた画像である。
【
図7】例1において得られた、二軸配向SiC層の(0001)面におけるPLイメージング像を、プレヴィットフィルタにより処理して得られた画像をもとに作成した、[11-20]方向の距離(μm)を横軸、及びPL強度I
Fを縦軸にプロットしたグラフである。
【
図8】例1において得られた、二軸配向SiC層の(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ(μm)を横軸、及び貫通らせん転位(TSD)密度(cm
-2)を縦軸にプロットしたグラフである。
【
図9】非特許文献2に掲載される、溶液成長法で得られたSiC基板の基板表面のステップ-テラス構造を表す光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
SiC基板
本発明によるSiC基板は、二軸配向SiC層を備えたSiC基板である。この二軸配向SiC層は、その表面をフォトルミネッセンス(PL)で解析して、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度Iを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、例えば後述する
図5に示されるように、(i)極大点及び極小点を繰り返す特有の形状を有するものである。ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも高いPL強度Iを与える点として定義され、かつ、極小点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも低いPL強度Iを与える点として定義される。そして、このグラフは、以下の条件:
(ii)ある極大点P
MにおけるPL強度Iの極大値をMとし、その極大点P
Mよりも横軸方向の距離が長く、かつ、その極大点P
Mと最も近い位置にある極小点P
mにおけるPL強度Iの極小値をmとしたとき、M/mの比が1.05以上であること、及び
(iii)上記極大点P
Mと上記極小点P
mとの[11-20]方向の距離Lが15~150μmであること
を満たすものである。あるいは、二軸配向SiC層は、その表面をPLで解析して得られた画像において、その画像の[11-20]方向についてプレヴィット(Prewitt)フィルタにより処理し、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度I
Fを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、例えば後述する
図7に示されるように、(iv)複数の極大点を繰り返す形状を有するものである。ここで、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度I
Fの各々よりも高いPL強度I
Fを与える点として定義される。そして、このグラフは、以下の条件:
(v)ある極大点P
M1と、その極大点P
M1よりも横軸方向の距離が長く、かつ、その極大点P
M1と最も近い位置にある極大点P
M2との[11-20]方向の距離L
Fが30~300μmであること
を満たすものである。
【0013】
このように、二軸配向SiC層を備えたSiC基板をPLにより解析した場合に所定の条件を満たす二軸配向SiC層が、表面のTSD密度が非常に小さいSiC基板をもたらすことができる。また、そのようなSiC基板は、溶液成長法を経ずに作製できるため、基板表面のマクロ欠陥も発生しにくい。
【0014】
前述したように、従来のSiC基板は、例えば溶液成長法によりSiC基板を作製した場合、表面荒れによる溶媒インクルージョンや異種多形等のマクロ欠陥が発生しやすい等の問題がある。また、化学気相成長法によりSiCエピタキシャル層を形成する場合であっても、基板上の大部分のTSDがエピタキシャル層に伝播されるため、基板表面のTSD密度を300cm-2を大きく下回らせるのは難しいと考えられていた。この点、本発明のSiC基板によれば、上記問題を好都合に解消できる。
【0015】
本発明のSiC基板を構成する二軸配向SiC層は、その二軸配向SiC層の表面をPLで解析して、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度Iを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、ある極大点PMにおけるPL強度Iの極大値をMとし、その極大点PMよりも[11-20]方向の距離が長く、かつ、その極大点PMと最も近い位置にある極小点PmにおけるPL強度Iの極小値をmとしたとき、M/mの比が1.05以上である(以下、条件(ii)という)。このM/mの比は、その上限は特に制限されるものではないが、1.05~1.80であるのが好ましい。
【0016】
また、二軸配向SiC層の表面をPLで解析した上記グラフにおいて、極大点PMと極小点Pmとの[11-20]方向の距離Lは15~150μmであり(以下、条件(iii)という)、好ましくは50~150μm、より好ましくは50~120μm、さらに好ましくは50~100μmである。
【0017】
ところで、上記グラフは、例えば後述する
図5に示されるように、極大点及び極小点を含む波形が一定周期で繰り返される規則的なパターンを有するのが典型的である。このため、[11-20]方向に平行な所定の測定線分(例えば500μmの線分)に複数存在する極大点のうち少なくとも1つ(及びそれに対応する極小点)が上記条件(ii)及び(iii)を満たしていれば、当該SiC基板が上記条件(ii)及び(iii)を満たすものとする。もっとも、極大点のうち少なくとも2つ(及びそれに対応する極小点)が上記条件(ii)及び(iii)を満たしているのがより好ましく、さらに好ましくは極大点のうち少なくとも3つである。
【0018】
あるいは、本発明のSiC基板を構成する二軸配向SiC層は、その二軸配向SiC層の表面をPLで解析して得られた画像において、その画像の[11-20]方向についてプレヴィットフィルタにより処理し、[11-20]方向の距離(μm)を横軸とし、かつ、PL強度IFを縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、ある極大点PM1と、その極大点PM1よりも[11-20]方向の距離が長く、かつ、その極大点PM1と最も近い位置にある極大点PM2との[11-20]方向の距離LFが30~300μmであり(以下、条件(v)という)、好ましくは100~300μm、より好ましくは100~240μm、さらに好ましくは100~200μmである。
【0019】
ところで、プレヴィットフィルタにより処理して得られた上記グラフは、例えば後述する
図7に示されるように、複数の極大点を繰り返す。このため、[11-20]方向に平行な所定の測定線分(例えば500μmの線分)に複数存在する極大点のうち、上記条件(v)を満たす極大点の組合せ(P
M1及びP
M2)が少なくとも1つあれば、当該SiC基板が上記条件(v)を満たすものとする。もっとも、この組合せが少なくとも2つあるのがより好ましく、さらに好ましくは3つである。
【0020】
二軸配向SiC層は、c軸方向及びa軸方向に配向しているのが好ましい。また、SiC基板が二軸配向SiC層で構成されるのが好ましい。二軸配向SiC層は、c軸及びa軸の二軸方向に配向している限り、SiC単結晶であってもよいし、モザイク結晶であってもよい。モザイク結晶とは、明瞭な粒界は有しないが、結晶の配向方位がc軸及びa軸の一方又は両方がわずかに異なる結晶の集まりになっているものをいう。配向の評価方法は、特に限定されるものではないが、例えばEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法やX線極点図等の公知の分析手法を用いることができる。例えば、EBSD法を用いる場合、二軸配向SiC層の表面(板面)又は板面と直交する断面の逆極点図マッピングを測定する。得られた逆極点図マッピングにおいて、(A)板面の略法線方向の特定方位(第1軸)に配向していること、(B)第1軸に直交する、略板面内方向の特定方位(第2軸)に配向していること、(C)第1軸からの傾斜角度が±10°以内に分布していること、及び(D)第2軸からの傾斜角度が±10°以内に分布していること、という4つの条件を満たすときに略法線方向と略板面方向の2軸に配向していると定義できる。言い換えると、上記4つの条件を満たしている場合に、c軸及びa軸の2軸に配向していると判断する。例えば板面の略法線方向がc軸に配向している場合、略板面内方向がc軸と直交する特定方位(例えばa軸)に配向していればよい。二軸配向SiC層は、略法線方向と略板面内方向の2軸に配向していればよいが、略法線方向がc軸に配向していることが好ましい。略法線方向及び/又は略板面内方向の傾斜角度分布は小さい方が二軸配向SiC層のモザイク性が小さくなり、ゼロに近づくほど単結晶に近くなる。このため、二軸配向SiC層の結晶性の観点では、傾斜角度分布は略法線方向及び略板面方向共に小さい方が好ましく、例えば±5°以下がより好ましく、±3°以下がさらに好ましい。
【0021】
c軸方向及びa軸方向に配向した二軸配向SiC層は、例えば後述する
図8に示されるように、基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ(μm)を横軸とし、かつ、TSD密度(cm
-2)を縦軸としてプロットしたグラフを得た場合に、そのグラフがTSD傾斜領域を少なくとも一部含むのが好ましい。このTSD傾斜領域が、表面のTSD密度が非常に小さいSiC基板の実現に効果的に寄与する。このTSD傾斜領域は、上記深さが減少するにつれて一定の傾きaでTSD密度が減少する領域である。傾きaの絶対値は5.0cm
-2/μm以上であり、好ましくは5.0~25cm
-2/μm、より好ましくは10~25cm
-2/μm、さらに好ましくは、15~25cm
-2/μmである。この傾きaは、例えば、上記グラフのTSD傾斜領域において、最小二乗法で近似直線を求めることで算出できる。「基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ」とは、SiC単結晶基板上の二軸配向SiC層において、二軸配向SiC層表面の(0001)面からSiC単結晶基板側の二軸配向SiC層裏面方向への深さを意味する。
【0022】
二軸配向SiC層は、ホウ素を1.0×1016~1.0×1017atoms/cm3の濃度で含むのが好ましく、より好ましくは1.0×1016~9.5×1016atoms/cm3。このように、ホウ素含有量を制御することで、上述したPLで得られるグラフにおいて、PL強度の分布を好ましく制御することができ、基板表面のTSD密度が低減したSiC基板を効果的に得ることができる。
【0023】
SiC複合基板
本発明のSiC基板は、SiC基板のみからなる自立基板であってもよいし、SiC複合基板の形態でもあってもよい。SiC複合基板は、SiC単結晶基板と、SiC単結晶基板上の上述したSiC基板とを備えたものでありうる。
【0024】
SiC単結晶基板は、典型的にはSiC単結晶で構成される層であり、結晶成長面を有する。SiC単結晶のポリタイプ、オフ角、及び極性は特に限定されるものではないが、ポリタイプは4H又は6Hが好ましく、オフ角は単結晶SiCの[0001]軸から0.1~12°であることが好ましく、極性はSi面であることが好ましい。ポリタイプは4H、オフ角は単結晶SiCの[0001]軸から1~5°、極性はSi面であることがより好ましい。
【0025】
上述のとおり、本発明のSiC基板は、二軸配向SiC層単独の自立基板の形態であってもよいし、SiC単結晶基板を伴ったSiC複合基板の形態であってもよい。したがって、必要に応じて、二軸配向SiC層は最終的にSiC単結晶基板から分離されてもよい。SiC単結晶基板の分離は、公知の手法により行えばよく、特に限定されない。例えば、ワイヤーソーによって二軸配向SiC層を分離する手法、放電加工によって二軸配向SiC層を分離する手法、レーザーを利用して二軸配向SiC層を分離する手法等が挙げられる。また、SiC単結晶基板上に二軸配向SiC層をエピタキシャル成長させる形態の場合、SiC単結晶基板を分離後、二軸配向SiC層を別の支持基板に設置してもよい。別の支持基板の材質は特に限定はないが、材料物性の観点から好適なものを選択すればよい。例えば熱伝導率の観点では、Cu等の金属基板、SiC、AlN等のセラミックス基板等が挙げられる。
【0026】
SiC複合基板の製造方法
本発明のSiC基板を備えるSiC複合基板は、(a)SiC単結晶基板上に所定の配向前駆体層を形成し、(b)SiC単結晶基板上で配向前駆体層を熱処理してその少なくともSiC単結晶基板近くの部分をSiC基板(二軸配向SiC層)に変換し、所望により(c)研削や研磨等の加工を施して二軸配向SiC層の表面を露出させることにより好ましく製造することができる。しかしながら、SiC複合基板の製造方法には限定がなく、二軸配向SiC層を備えたSiC基板をPLにより解析した場合に、上述したような特定の解析結果となるSiC基板を得ることができればよい。例えば、製造方法としては、CVDや昇華法のような気相法でもよいし、溶液法のような液相法でもよいし、粒成長を利用した固相法でもよい。PLにより得られたグラフにおけるPL強度の分布は、上記(b)の熱処理条件を制御することや、上記(a)の配向前駆体層形成の際に、ホウ素又はホウ素化合物(例えば炭化ホウ素等)の添加量を制御すること等により、制御することができる。このような製造方法によれば、二軸配向SiC層を備えたSiC基板をPLにより解析した場合に、上述したような特定の解析結果となるSiC基板を作製することができ、SiC基板ないしそれを用いたSiC複合基板の表面のTSD密度を有意に低減することができる。
【0027】
以下、SiC複合基板の好ましい製造方法を説明する。
図1はSiC複合基板10の縦断面図(SiC複合基板10の中心軸を含む面でSiC複合基板10を縦に切断したときの断面図)であり、
図2はSiC複合基板10の製造工程図である。
【0028】
図1に示すように、本実施形態のSiC複合基板10は、SiC単結晶基板20と、SiC単結晶基板上のSiC基板30(本発明のSiC基板に相当)とを備えている。
【0029】
(a)配向前駆体層の形成工程
図2(a)に示すように、配向前駆体層40は、後述の熱処理によりSiC基板(二軸配向SiC層)30となるものである。配向前駆体層40の形成工程では、SiC単結晶基板20の結晶成長面に配向前駆体層40を形成する。
【0030】
配向前駆体層40の形成方法は、公知の手法が採用可能である。配向前駆体層40の形成方法は、例えば、AD(エアロゾルデポジション)法、HPPD(超音速プラズマ粒子堆積法)法等の固相成膜法、スパッタリング法、蒸着法、昇華法、各種CVD(化学気相成長)法等の気相成膜法、溶液成長法等の液相成膜法が挙げられ、配向前駆体層40を直接SiC単結晶基板20上に形成する手法が使用可能である。CVD法としては、例えば熱CVD法、プラズマCVD法、ミストCVD法、MO(有機金属)CVD法等を用いることができる。また、配向前駆体層40として、予め昇華法や各種CVD法、焼結等で作製した多結晶体を使用し、SiC単結晶基板20上に載置する方法も用いることができる。あるいは、配向前駆体層40の成形体を予め作製し、この成形体をSiC単結晶基板20上に載置する手法であってもよい。このような配向前駆体層40は、テープ成形により作製されたテープ成形体でもよいし、一軸プレス等の加圧成形により作製された圧粉体でもよい。
【0031】
これらの配向前駆体層40を形成するにあたり、配向前駆体層40の原料にホウ素化合物が含まれるようにするのが好ましい。ホウ素化合物としては、特に限定されるものではないが、炭化ホウ素等が挙げられる。前述したように、最終的に得られる二軸配向SiC層中のホウ素の濃度は、ホウ素化合物の添加量を制御すること等により、制御することができる。
【0032】
なお、SiC単結晶基板20上に直接配向前駆体層40を形成する手法において、各種CVD法や昇華法、溶液成長法等を用いる場合、後述する熱処理工程を経ることなくSiC単結晶基板20上にエピタキシャル成長を生じ、SiC基板30が成膜される場合がある。しかし、配向前駆体層40は、形成時には配向していない状態、即ち非晶質や無配向の多結晶であり、後段の熱処理工程でSiC単結晶を種として配向させることが好ましい。このようにすることで、SiC基板30の表面に到達する結晶欠陥を効果的に低減することができる。この理由は定かではないが、一旦成膜された固相の配向前駆体層がSiC単結晶を種として結晶構造の再配列を生じることも結晶欠陥の消滅に効果があるのではないかと考えている。従って、各種CVD法や昇華法、溶液成長法等を用いる場合は、配向前駆体層40の形成工程においてエピタキシャル成長が生じない条件を選択することが好ましい。しかしながら、これだけではTSD密度を十分に低減するのは難しいため、焼成温度等の熱処理条件やホウ素添加量等を制御するのが好ましい。
【0033】
しかしながら、AD法、各種CVD法でSiC単結晶基板20上に直接配向前駆体層40を形成する手法、又は昇華法、各種CVD法、焼結等で別途作製した多結晶体をSiC単結晶基板20上に載置する手法が好ましい。これらの方法を用いることで配向前駆体層40を比較的短時間で形成することが可能となる。AD法は高真空のプロセスを必要とせず、成膜速度も相対的に速いため、特に好ましい。配向前駆体層40として、予め作製した多結晶体を用いる手法では、多結晶体とSiC単結晶基板20の密着性を高めるため、多結晶体の表面を十分に平滑にしておく等の工夫が必要である。このため、コスト的な観点では配向前駆体層40を直接形成する手法が好ましい。また、予め作製した成形体をSiC単結晶基板20上に載置する手法も簡易な手法として好ましいが、配向前駆体層40が粉末で構成されているため、後述する熱処理工程において焼結させるプロセスを必要とする。いずれの手法も公知の条件を用いることができるが、以下ではAD法又は熱CVD法によりSiC単結晶基板20上に直接配向前駆体層40を形成する方法、及び予め作製した成形体をSiC単結晶基板20上に載置する手法について述べる。
【0034】
AD法は、微粒子や微粒子原料をガスと混合してエアロゾル化し、このエアロゾルをノズルから高速噴射して基板に衝突させ、被膜を形成する技術であり、常温で被膜を形成できるという特徴を有している。このようなAD法で用いられる成膜装置(AD装置)の一例を
図3に示す。
図3に示されるAD装置50は、大気圧より低い気圧の雰囲気下で原料粉末を基板上に噴射するAD法に用いられる装置として構成されている。このAD装置50は、原料成分を含む原料粉末のエアロゾルを生成するエアロゾル生成部52と、原料粉末をSiC単結晶基板20に噴射して原料成分を含む膜を形成する成膜部60とを備えている。エアロゾル生成部52は、原料粉末を収容し図示しないガスボンベからのキャリアガスの供給を受けてエアロゾルを生成するエアロゾル生成室53と、生成したエアロゾルを成膜部60へ供給する原料供給管54と、エアロゾル生成室53及びその中のエアロゾルに10~100Hzの振動数で振動が付与する加振器55とを備えている。成膜部60は、SiC単結晶基板20にエアロゾルを噴射する成膜チャンバ62と、成膜チャンバ62の内部に配設されSiC単結晶基板20を固定する基板ホルダ64と、基板ホルダ64をX軸-Y軸方向に移動するX-Yステージ63とを備えている。また、成膜部60は、先端にスリット67が形成されエアロゾルをSiC単結晶基板20へ噴射する噴射ノズル66と、成膜チャンバ62を減圧する真空ポンプ68とを備えている。噴射ノズル66は、原料供給管54の先端に取り付けられている。
【0035】
AD法は、成膜条件によって膜中に気孔を生じる場合や、膜が圧粉体となることが知られている。例えば、原料粉末の基板への衝突速度や原料粉末の粒径、エアロゾル中の原料粉末の凝集状態、単位時間当たりの噴射量等に影響を受けやすい。原料粉末の基板への衝突速度に関しては、成膜チャンバ62と噴射ノズル66内の差圧や、噴射ノズルの開口面積等に影響を受ける。このため、緻密な配向前駆体層を得るには、これらのファクターを適切に制御することが必要である。
【0036】
熱CVD法では、成膜装置は市販品等の公知のものを利用することができる。原料ガスは特に限定されるものではないが、Siの供給源としては四塩化ケイ素(SiCl4)ガスやシラン(SiH4)ガス、Cの供給源としてはメタン(CH4)ガスやプロパン(C3H8)ガス等を用いることができる。成膜温度は1000~2200℃が好ましく、1100~2000℃がより好ましく、1200~1900℃がさらに好ましい。
【0037】
熱CVD法を用いてSiC単結晶基板20上に配向前駆体層40を成膜する場合、SiC単結晶基板20上にエピタキシャル成長を生じ、SiC基板30を形成する場合があることが知られている。しかし、配向前駆体層40は、その作製時には配向していない状態、即ち非晶質や無配向の多結晶であり、熱処理工程時にSiC単結晶を種結晶として結晶の再配列を生じさせることが好ましい。熱CVD法を用いてSiC単結晶上に非晶質や多結晶の層を形成するには、成膜温度やSi源、C源のガス流量及びそれらの比率、成膜圧力等が影響することが知られている。成膜温度の影響は大きく、非晶質又は多結晶層を形成する観点では成膜温度は低い方が好ましく、1700℃未満が好ましく、1500℃以下がより好ましく、1400℃以下がさらに好ましい。しかし、成膜温度が低すぎると成膜レート自体も低下するため、成膜レートの観点では成膜温度は高い方が好ましい。
【0038】
配向前駆体層40として予め作製した成形体を用いる場合、配向前駆体の原料粉末を成形して作製することができる。例えば、プレス成形を用いる場合、配向前駆体層40は、プレス成形体である。プレス成形体は、配向前駆体の原料粉末を公知の手法に基づきプレス成形することで作製可能であり、例えば、原料粉末を金型に入れ、好ましくは100~400kgf/cm2、より好ましくは150~300kgf/cm2の圧力でプレスすることにより作製すればよい。また、成形方法に特に限定はなく、プレス成形の他、テープ成形、押出し成形、鋳込み成形、ドクターブレード法及びこれらの任意の組合せを用いることができる。例えば、テープ成形を用いる場合、原料粉末にバインダー、可塑剤、分散剤、分散媒等の添加物を適宜加えてスラリー化し、このスラリーをスリット状の細い吐出口を通過させることにより、シート状に吐出及び成形するのが好ましい。シート状に成形した成形体の厚さに限定はないが、ハンドリングの観点では5~500μmであるのが好ましい。また、厚い配向前駆体層が必要な場合はこのシート成形体を多数枚積み重ねて、所望の厚さとして使用すればよい。これらの成形体はその後のSiC単結晶基板20上での熱処理によりSiC単結晶基板20近くの部分が、SiC基板30となるものである。このような手法では、後述する熱処理工程において成形体を焼結させる必要がある。成形体が焼結し、多結晶体としてSiC単結晶基板20と一体となる工程を経たのちに、SiC基板30を形成することが好ましい。成形体が焼結した状態を経ない場合、SiC単結晶を種としたエピタキシャル成長が十分に生じない場合がある。このため、成形体はSiC原料の他に、焼結助剤等の添加物を含んでいてもよい。
【0039】
(b)熱処理工程
図2(b)に示すように、熱処理工程では、SiC単結晶基板20上に配向前駆体層40が積層又は載置された積層体を熱処理することによりSiC基板30を生成させる。熱処理方法は、SiC単結晶基板20を種としたエピタキシャル成長が生じるかぎり特に限定されず、管状炉やホットプレート等、公知の熱処理炉で実施することができる。また、これらの常圧(プレスレス)での熱処理だけでなく、ホットプレスやHIP等の加圧熱処理や、常圧熱処理と加圧熱処理の組み合わせも用いることができる。熱処理の雰囲気は真空、窒素、及び不活性ガス雰囲気から選択することができる。熱処理温度は、好ましくは1700~2700℃である。温度を高くすることで、SiC単結晶基板20を種結晶として配向前駆体層40がc軸及びa軸に配向しながら成長しやすくなる。したがって、熱処理温度は、好ましくは1700℃以上、より好ましくは1850℃以上、さらに好ましくは2000℃以上、特に好ましくは2200℃以上である。一方、温度が過度に高いと、SiCの一部が昇華により失われたり、SiCが塑性変形して反り等の不具合が生じたりする可能性がある。したがって、熱処理温度は、好ましくは2700℃以下、より好ましくは2500℃以下である。しかしながら、熱処理条件は、二軸配向SiC層表面のPLにより得られたグラフにおけるPL強度の分布に影響を与えるため、その条件(例えば熱処理温度や保持時間)を適宜制御するのが好ましい。このような観点から、熱処理温度は、好ましくは2000~2700℃、より好ましくは2200~2600℃、さらに好ましくは2400~2500℃である。また、その保持時間は2~30時間が好ましく、より好ましくは4~20時間である。また、熱処理温度や保持時間はエピタキシャル成長で生じるSiC基板30の厚さにも関係しており、適宜調整できる。
【0040】
但し、配向前駆体層40として予め作製した成形体を用いる場合、熱処理中に焼結させる必要があり、高温での常圧焼成やホットプレスやHIP又はそれらの組み合わせが好適である。例えば、ホットプレスを用いる場合、面圧は50kgf/cm2以上が好ましく、より好ましくは100kgf/cm2以上、さらに好ましくは200kgf/cm2以上であり、特に上限はない。また、焼成温度も焼結とエピタキシャル成長が生じる限り、特に限定はない。しかしながら、焼成条件は、二軸配向SiC層表面のPLにより得られたグラフにおけるPL強度の分布に影響を与えるため、その条件(例えば焼成温度や保持時間)を適宜制御するのが好ましい。このような観点から、焼成温度は、好ましくは1700~2700℃である。また、その保持時間は2~18時間が好ましい。焼成時の雰囲気は真空、窒素、不活性ガス雰囲気又は窒素と不活性ガスの混合ガスから選択することができる。原料となるSiC粉末は、α-SiC粉末及びβ-SiC粉末のいずれでもよいが、好ましくはβ-SiC粉末である。SiC粉末は、好ましくは0.01~100μmの平均粒径を有するSiC粒子で構成される。なお、平均粒径は走査型電子顕微鏡にて粉末を観察し、1次粒子100個分の定方向最大径を計測した平均値を指す。
【0041】
熱処理工程では、配向前駆体層40内の結晶はSiC単結晶基板20の結晶成長面からc軸及びa軸に配向しながら成長していくため、配向前駆体層40は、結晶成長面から徐々にSiC基板30に変わっていく。生成したSiC基板30を備えるSiC複合基板は、基板表面のTSD密度が低減されたものになる。この理由は不明だが、PL強度の分布が結晶成長時に発生するステップ-テラス構造を反映しており、TSDが結晶成長とともに積層欠陥に変換されたためと考えられる。
【0042】
(c)研削及び研磨工程
図2(c)に示すように、研削及び研磨工程では、熱処理工程後にSiC基板30上に残った配向前駆体層40を研削除去して、SiC基板30の表面を露出させ、露出した表面をダイヤモンド砥粒を用いて研磨加工し、所望によりCMP(化学機械研磨)仕上げを行う。こうすることにより、SiC複合基板10を得る。なお、SiC複合基板10のSiC単結晶基板20を除去したい場合は、例えばグラインダで所定の厚さまで平面研削し、次いでダイヤモンド砥粒を用いて研磨加工してもよい。
【0043】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。例えば、上述した実施形態では、SiC単結晶基板20上にSiC基板30を1層のみ設けたが、2層以上設けてもよい。具体的には、SiC複合基板10のSiC基板30に配向前駆体層40を積層し、熱処理及び研削をこの順に行うことにより、SiC基板30の上に2層目のSiC基板30を設けることができる。
【実施例】
【0044】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。なお、以下の例のみにより本発明が限定されるものではない。
【0045】
例1
(1)配向前駆体層の作製
市販の微細β-SiC粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)を90.8重量%、酸化イットリウム粉末(体積基準D50粒径:0.1μm)8.1重量%、二酸化ケイ素粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)1.1重量%を含む原料粉体を、SiCボールを使用してエタノール中で24時間ボールミル混合し、乾燥することで混合粉末を得た。市販のSiC単結晶基板(n型4H-SiC、直径100mm(4インチ)、Si面、(0001)面、オフ角4°、厚み0.35mm、オリフラなし)を用意し、
図3に示すAD装置50によりSiC単結晶基板上に混合粉末を噴射してAD膜(配向前駆体層)を形成した。
【0046】
AD成膜条件は以下のとおりとした。まずキャリアガスはN2とし、長辺5mm×短辺0.4mmのスリットが形成されたセラミックス製のノズルを用いて成膜した。ノズルのスキャン条件は、0.5mm/sのスキャン速度で、スリットの長辺に対して垂直且つ進む方向に105mm移動、スリットの長辺方向に5mm移動、スリットの長辺に対して垂直且つ戻る方向に105mm移動、スリットの長辺方向且つ初期位置とは反対方向に5mm移動、とのスキャンを繰り返し、スリットの長辺方向に初期位置から105mm移動した時点で、それまでとは逆方向にスキャンを行い、初期位置まで戻るサイクルを1サイクルとし、これを4000サイクル繰り返した。このようにして形成したAD膜の厚さは約400μmであった。
【0047】
(2)配向前駆体層の熱処理
配向前駆体層であるAD膜を形成したSiC単結晶基板をAD装置から取り出し、アルゴン雰囲気中で2400℃にて10時間アニールした。すなわち、配向前駆体層を熱処理して熱処理層とした。こうして、SiC単結晶基板上に熱処理層を形成したSiC複合基板を作製した。
【0048】
(3)研削及び研磨
(3-1)表面研磨
SiC単結晶基板上に熱処理層を形成したSiC複合基板の(0001)面(すなわち、熱処理層表面)を、ダイヤモンド砥粒(粒度3.0μm、1.0μm、0.5μm及び0.1μmのもの)を粒度が大きい順に用いて研磨加工し、目標の厚さ及び面状態にした。
【0049】
(3-2)裏面研磨
上記(3-1)の後、SiC単結晶基板上に熱処理層を形成したSiC複合基板の(000-1)面を、グラインダ(1000~6000番手のダイヤモンドホイール)で所定の厚さまで平面研削した。続いてダイヤモンド砥粒(粒度3.0μm、1.0μm、0.5μm及び0.1μmのもの)を粒度が大きい順に用いて研磨加工した。これにより、SiC単結晶基板を全て研削し、熱処理層のみから成る基板(SiC基板)を得た。
【0050】
(4)試料の切断加工
試料として、上記(3-1)又は(3-2)で得た、SiC複合基板又はSiC基板をダイヤモンドカッターで切断し、5mm×6mmのチップ状に加工した。
【0051】
(5)評価
(5-1)熱処理層の二軸配向性
EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法を用いて、以下に示す条件により、上記(3-1)及び(3-2)にて作製した熱処理層の表面(板面)及び板面と直交する断面の逆極点図マッピングを測定したところ、傾斜角度分布は略法線方向及び略板面方向ともに0.01°以下であったため、熱処理層はc軸とa軸に配向した二軸配向SiC層であると判断した。
【0052】
<EBSD測定条件>
・加速電圧:15kv
・スポット強度:70
・ワーキングディスタンス:22.5mm
・ステップサイズ:0.5μm
・試料傾斜角:70°
・測定プログラム:Aztec(version 3.3)
【0053】
(5-2)二軸配向SiC層のフォトルミネッセンス(PL)測定
上記(1)~(4)にて作製した熱処理層(二軸配向SiC層)をチップ状に加工した試料を評価サンプルとし、評価サンプル表面のPLイメージング像を取得した。このとき、
図4に示すように、取得したPLイメージング像において任意の3.0mm×2.2mmの領域を切り出した。この領域の任意の位置に、[11-20]方向に平行な500μmの線分(
図4では左下の線分で示した部分)を引いた。
図5に示すように、その線分領域において、[11-20]方向の距離(μm)を横軸に、PL強度Iを縦軸にプロットしたグラフを作成した。このグラフは極大点及び極小点を繰り返す形状を有していた。そして、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも高いPL強度Iを与える点であり、かつ、極小点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度Iの各々よりも低いPL強度Iを与える点であることを確認した。また、この
図5より、ある極大点P
MにおけるPL強度Iの極大値をMとし、この極大点P
Mよりも横軸方向の距離が長く、この極大点P
Mと最も近い位置にある極小点P
mにおけるPL強度Iの極小値をmとしたときの、M/mを算出した。さらに、極大点P
Mと極小点P
mとの[11-20]方向の距離Lを測定した。結果は表1に示されるとおりであった。このときの測定条件は以下に示すとおりであった。なお、
図4より、熱処理層表面のステップ-テラス構造はステップ幅が100~200μm程度と広いことが分かった。
【0054】
<PL測定条件>
・励起波長:313nm
・検出波長:750nm以上
・測定温度:室温
・検出器:CCDカメラ(Roper Scientific)
【0055】
また、上記PLイメージング像における任意の3.0mm×2.2mmの領域を切り出して得られた画像において、画像処理ソフト(製品名:WinROOF2015)を用いて、[11-20]方向について5×5のカーネルを用いたプレヴィットフィルタにより処理した。その結果を
図6に示す。フィルタ処理後の画像の任意の位置に、[11-20]方向に平行な500μmの線分(
図6では左下の線分で示した部分)を引いた。その線分領域において、[11-20]方向の距離(μm)を横軸に、PL強度I
Fを縦軸にプロットしたグラフを作成した。そのグラフを
図7に示す。このグラフは複数の極大点を繰り返す形状を有していた。そして、極大点は、その左右における1番目に近い点、2番目に近い点及び3番目に近い点からなる合計6点のPL強度I
Fの各々よりも高いPL強度I
Fを与える点であることを確認した。また、この画像より、ある極大点P
M1と、この極大点P
M1よりも横軸方向の距離が長く、かつ、この極大点P
M1と最も近い位置にある極大点P
M2との[11-20]方向の距離L
Fを測定した。結果は表1に示されるとおりであった。
【0056】
(5-3)二軸配向SiC層のホウ素濃度
上記(1)~(4)にて作製した熱処理層(二軸配向SiC層)をチップ状に加工した試料を評価サンプルとし、二次イオン質量分析法(SIMS)により二軸配向SiC層内部のホウ素濃度の定量を行った。評価サンプルの基板表面である(0001)面から10μmの深さまでのホウ素濃度を測定したところ、ホウ素濃度は二軸配向SiC層の深さによらずほぼ一定であり、そのホウ素濃度は表1に示されるとおりであった。なお、本例においては、ホウ素化合物を添加していないにも関わらず二軸配向SiC層にホウ素が検出されているが、これは不可避不純物としてのホウ素が検出されているに過ぎない。このときの分析条件は以下に示すとおりであった。
【0057】
<SIMS分析条件>
・一次イオン種:O2
+
・一次加速電圧:11.0kV
・検出領域:直径30μm
・検出深さ:10μm
【0058】
(5-4)熱処理層(二軸配向SiC層)の貫通らせん転位(TSD)密度
上記(1)~(3-1)により得られたSiC複合基板を上記(4)によりチップ状に加工した試料を評価サンプルとして、二軸配向SiC層のTSD密度(cm
-2)を測定した。ニッケル製のるつぼに、評価サンプルをKOH結晶と共に入れ、500℃で10分間、電気炉でエッチング処理を行った。エッチング処理後の評価サンプルを洗浄し、その表面を光学顕微鏡にて観察し、ピットの形状から転位の種類を判断した。ここでは、貝殻型ピットを基底面転位、小型の六角形ピットを貫通刃状転位、中型ないし大型の六角形ピットをTSDとして、TSD密度を計測した。次いで、この評価サンプルの表面に対し、上記(3-1)と同様の手順で研磨し、上記同様にエッチング処理とTSD密度の計測を複数回繰り返し行い、複数の深さでのTSD密度を取得した。こうして、
図8に示すように、評価サンプルの基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さ(研磨厚み)(μm)を横軸とし、かつ、TSD密度(cm
-2)を縦軸としてプロットしたグラフを取得した。
図8において(0001)面から(000-1)面にかけてTSD密度が増大している領域(研磨厚みが約380~400μmまでの領域)、すなわち、(0001)面から任意の(000-1)面までの深さが減少するにつれて一定の傾きaでTSD密度が減少している領域をTSD傾斜領域とした。このTSD傾斜領域のグラフにおいて、最小二乗法で近似直線を求め、研磨厚みに対するTSD密度の傾きaの絶対値を求めた。また、研磨厚み50μmでの評価サンプルの(0001)面のTSD密度を、SiC基板表面のTSD密度とみなして測定した。結果は表1に示されるとおりであった。
【0059】
例2(比較)
上記(2)において、アニール温度を2200℃にしたこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0060】
例3
上記(1)において、原料粉体として、微細β-SiC粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)を85.8重量%、酸化イットリウム粉末(体積基準D50粒径:0.1μm)8.1重量%、二酸化ケイ素粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)1.1重量%、炭化ホウ素粉末(体積基準D50粒径:0.5μm)5.0重量%を含む粉体を使用したこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0061】
例4
上記(1)において、原料粉体として、微細β-SiC粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)を80.8重量%、酸化イットリウム粉末(体積基準D50粒径:0.1μm)8.1重量%、二酸化ケイ素粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)1.1重量%、炭化ホウ素粉末(体積基準D50粒径:0.5μm)10.0重量%を含む粉体を使用したこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0062】
例5
上記(1)において、原料粉体として、微細β-SiC粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)を70.8重量%、酸化イットリウム粉末(体積基準D50粒径:0.1μm)8.1重量%、二酸化ケイ素粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)1.1重量%、炭化ホウ素粉末(体積基準D50粒径:0.5μm)20.0重量%を含む粉体を使用したこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0063】
例6(比較)
上記(1)において、原料粉体として、微細β-SiC粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)を60.8重量%、酸化イットリウム粉末(体積基準D50粒径:0.1μm)8.1重量%、二酸化ケイ素粉末(体積基準D50粒径:0.7μm)1.1重量%、炭化ホウ素粉末(体積基準D50粒径:0.5μm)30.0重量%を含む粉体を使用したこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0064】
例7
上記(2)において、アニール温度を2350℃にしたこと以外は、例1と同様にしてSiC基板の作製及び評価を行った。得られたSiC基板の熱処理層は二軸配向SiC層であることが確認された。結果は表1に示されるとおりであった。
【0065】
【0066】
例1~7より、原因は定かでないが、PL強度の[11-20]方向の距離に対する分布は、アニール温度及びホウ素含有量で制御できることが分かった。また、例1、3~5及び7に示されるように、PLにより得られたグラフにおいて、M/mの比が1.05以上であり距離Lが15~150μmであること、又はPLにより得られた画像をプレヴィットフィルタで処理して得られたグラフにおいて、距離L
Fが30~300μmであることで、研磨厚み50μmでの評価サンプルの(0001)面のTSD密度、すなわち、二軸配向SiC層表面のTSD密度を低減できることが分かった。また、基板表面である(0001)面から任意の(000-1)面までの深さを横軸とし、かつ、TSD密度を縦軸としてプロットしたグラフにおいて、深さが減少するにつれて一定の傾きaでTSD密度が減少し、かつ、傾きaの絶対値が5.0cm
-2/μm以上となるTSD傾斜領域があるような二軸配向SiC層を備えたSiC基板は、二軸配向SiC層表面のTSD密度を効果的に低減できることが分かった。これは、PL強度の[11-20]方向の距離に対する分布が、結晶成長時に発生するステップ-テラス構造を反映しており、TSDが結晶成長とともに積層欠陥に変換されたためと考えられる。一方、例2及び6のように、焼成温度が低くM/mの比が1.05を下回った場合、距離Lが150μmを上回った場合、又は距離L
Fが300μmを上回った場合、TSD密度の傾きaの絶対値は著しく減少し、二軸配向SiC層表面のTSD密度が増大した。これは、ステップ-テラス構造が崩れ、TSDが積層欠陥に変換されなくなったためと考えられる。この点、
図4に示すように、本発明の一例を示すSiC基板の二軸配向SiC層表面におけるステップ-テラス構造はステップ幅が100~200μm程度と広いことが分かった。一方で、非特許文献2(Toru Ujihara et al. “Conversion Mechanism of Threading Screw Dislocation during SiC Solution Growth” Materials Science Forum Vols. 717-720, pp. 351-354 (2012))によると、
図9に示すように、溶液成長法により作製したSiC基板表面のステップ幅は20μm以下と非常に狭い。このようなステップ-テラス構造の違いが、SiC基板表面のTSD密度に影響すると考えられる。