(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】ディスプレイ表示方法および表示装置
(51)【国際特許分類】
B60K 35/232 20240101AFI20241114BHJP
G09G 5/00 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
B60K35/232
G09G5/00 550C
G09G5/00 510G
(21)【出願番号】P 2021028230
(22)【出願日】2021-02-25
【審査請求日】2023-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080768
【氏名又は名称】村田 実
(74)【代理人】
【識別番号】100166327
【氏名又は名称】舟瀬 芳孝
(74)【代理人】
【識別番号】100106644
【氏名又は名称】戸塚 清貴
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 健二
(72)【発明者】
【氏名】武田 雄策
(72)【発明者】
【氏名】太田 浩司
(72)【発明者】
【氏名】久保 賢太
【審査官】稲本 遥
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-094189(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0329143(US,A1)
【文献】特開2018-001906(JP,A)
【文献】特開2019-077394(JP,A)
【文献】特開平06-115381(JP,A)
【文献】特開平08-197981(JP,A)
【文献】特開2016-203850(JP,A)
【文献】特開2021-000961(JP,A)
【文献】特開2017-226292(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0234458(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 35/00-37/20
G09G 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フロントウインドガラス前方に運転者に対する提示情報を投影するようにしたディスプレイ表示方法であって、
車速を検出するステップと、
運転者が前記提示情報を注視したときの運転者の眼球状態を検出するステップと、
前記検出された運転者の眼球状態に基づいて、運転者が該提示情報を注視しているときの注視距離を推定するステップと、
前記推定された運転者の注視距離と検出された車速との関係に基づいて、運転者が前記提示情報を知覚しやすくなるよう
に、車速が大きいときは小さいときに比して該提示情報が表示される位置が前方位置となるように該提示情報が表示される前後位置を変更するステップと、
を備えていることを特徴とするディスプレイ表示方法。
【請求項2】
請求項1において、
車速が複数の領域に分けられて、該複数の領域毎に、前記
提示情報が表示される位置が前後方向に相違される、ことを特徴とするディスプレイ表示方法。
【請求項3】
請求項1
または請求項2において、
車速があらかじめ設定した所定車速範囲のときは、前記提示情報の表示が基準の表示態様とされ、
車速が前記所定車速範囲外のときは、前記表示態様の変更によって前記提示情報が前記基準の表示態様に比してより目立つように表示される、
ことを特徴とするディスプレイ表示方法。
【請求項4】
フロントウインドガラス前方に運転者に対する提示情報を投影するHUD(ヘッドアップディスプレイ)と、
車速を検出する車速検出手段と、
運転者が前記提示情報を注視したときの運転者の眼球状態を検出する眼球状態検出手段と、
前記眼球状態検出手段で検出された運転者の眼球状態に基づいて、運転者が該提示情報を注視しているときの注視距離を推定する推定手段と、
前記推定された運転者の注視距離と検出された車速との関係に基づいて前記HUDを制御して、運転者が前記提示情報を知覚しやすくなるように、
車速が大きいときは小さいときに比して、該提示情報が表示される位置が前方位置となるように該提示情報の表示位置の変更を行う制御手段と、
を備えていることを特徴とするディスプレイ表示装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記制御手段は、車速を複数の領域に分けて、該複数の領域毎に、前記
提示情報が表示される位置が前後方向に相違するように制御する、ことを特徴とするディスプレイ表示装置。
【請求項6】
請求項4において、
前記制御手段は、車速があらかじめ設定した所定車速範囲のときは前記提示情報の表示が基準の表示態様となるように制御する一方、車速が前記所定車速範囲外のときは該提示情報が該基準の表示態様に比してより目立つ表示となるように制御する、ことを特徴とするディスプレイ表示装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HUD(ヘッドアップディスプレイ)を利用したディスプレイ表示方法および表示装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近の車両では、HUDを利用して、フロントウインドガラスの前方に運転者に対して提示する提示情報を投影するものが増加している。運転者は、HUDにより投影された提示情報を、虚像の形態で目視することになる。
【0003】
HUDを利用してフロントウインドガラスの前方に提示情報を表示することは、運転者は、遠い前方を目視している状態からHUDによる提示情報を注視する状態へと移行する際の視線移動が少なくてすみ、提示情報を運転者に明確かつすみやかに知覚させるという点で好ましいものである。
【0004】
ところで、車両の走行中(前進走行中)にあっては、フロントウインドガラスを通して目視される前方の景色が後方へと流れるオプティカルフローを生じることになる。オプティカルフローは、速度成分と方向成分とを有するベクトルとなり、運転者は目視せざるを得ないものである。
【0005】
特許文献1には、車室内のディスプレイを、車両走行時における運転者が視認するオプティカルフローが通る位置に設定して、ディスプレイで提供される必要情報がオプティカルフローに沿って表示されるようにした技術が開示されている。
【0006】
特許文献2には、自車両周辺に存在する対象物に関するシンボル画像を、オプティカルフローを考慮して運動させてHUDで表示する技術が開示されている。
【0007】
上記各特許文献共に、オプティカルフローが運転者の視覚刺激となって、運転者の焦点調整に影響を与えるという点についてはなんら認識されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-201253号公報
【文献】特表2011-70783号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
HUDによる提示情報を、フロントウインドガラスの前方所定距離に表示する場合、走行中に、提示情報が知覚しずらかったり、その周辺がぼやけたりするという問題が生じる、ということが判明した。このような場合でも、提示情報を比較的長い時間をかけて注視すれば、提示情報を明確に知覚できるようになるが、明確な知覚に至るまでの応答性が悪いものとなる。
【0010】
上述のような問題が生じる原因を追及したところ、走行中に生じるオプティカルフローが運転者の視覚を刺激して、運転者の焦点距離にかなりの変化を及ぼすためである、ということが判明した。具体的には、車速が大きいときは車速が小さいときに比して、運転者の焦点距離が遠方へと変化する、ということが判明した。すなわち、例えば停車時や低車速領域で提示情報を明確に知覚している状態であっても、車速が増大して高車速領域になった場合においては、オプティカルフローの影響によって焦点距離が低車速領域時よりも遠方になることから、提示情報を明確に知覚しずらいものとなり、またその周辺のぼやけ方もひどくなる、ということになっていた。
【0011】
本発明は以上のような事情を考慮してなされたもので、その目的は、HUDによって表示される映像を、車速の相違にかかわらず明確かつ応答よく運転者に知覚させることのできるようにしたディスプレイ表示方法および表示装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成するため、本発明表示方法にあっては次のような解決手法を採択してある。すなわち、請求項1に記載のように、
フロントウインドガラス前方に運転者に対する提示情報を投影するようにしたディスプレイ表示方法であって、
車速を検出するステップと、
運転者が前記提示情報を注視したときの運転者の眼球状態を検出するステップと、
前記検出された運転者の眼球状態に基づいて、運転者が該提示情報を注視しているときの注視距離を推定するステップと、
前記推定された運転者の注視距離と検出された車速との関係に基づいて、運転者が前記提示情報を知覚しやすくなるように、車速が大きいときは小さいときに比して該提示情報が表示される位置が前方位置となるように該提示情報が表示される前後位置を変更するステップと、
を備えているようにしてある。
【0013】
上記解決手法によれば、車速に応じて、知覚しやすくなるように提示情報の表示位置が変更されることから、運転者は、車速の相違にかかわらず常に提示情報を明確かつ応答よく知覚することができる。以上に加えて、車速が大きいときは車速が小さいときに比して焦点距離が遠方へと変化するのに対応して、提示情報の表示位置を適切に変更して、車速の相違にかかわらず提示情報を明確かつ応答よく知覚することができる。また、運転者毎の視覚特性の相違や、運転者の体格や運転席への着座位置の相違(運転者の眼の位置の相違)等に対応して、車速の相違にかかわらず提示情報を明確かつ応答よく知覚させることができる。
【0014】
上記表示方法を前提とした好ましい態様は、次のとおりである。
【0015】
【0016】
車速が複数の領域に分けられて、該複数の領域毎に、前記提示情報が表示される位置が前後方向に相違される、ようにしてある(請求項2対応)。この場合、提示情報の前後位置の変更を極力少なくする上で好ましいものとなる。
【0017】
【0018】
車速があらかじめ設定した所定車速範囲のときは、前記提示情報の表示が基準の表示態様とされ、
車速が前記所定車速範囲外のときは、前記表示態様の変更によって前記提示情報が前記基準の表示態様に比してより目立つように表示される、
ようにしてある(請求項3対応)。この場合、車速に応じた焦点距離の変化を、提示情報が目立ちやすくなる表示態様へと変更することにより補償して、車速の相違にかかわらず提示情報を明確かつ応答よく知覚させることができる。なお、上記提示情報を常時目立ちやすくする表示位置とすることも考えられるが、この場合は、運転者が提示情報に対してわずらわしさを感じることにもなりかねないので、このわずらわしさを運転者に対して極力感じさせないようにする上でも好ましいものとなる。
【0019】
前記目的を達成するため、本発明表示装置にあっては次のような解決手法を採択してある。すなわち、請求項4に記載のように、
フロントウインドガラス前方に運転者に対する提示情報を投影するHUD(ヘッドアップディスプレイ)と、
車速を検出する車速検出手段と、
運転者が前記提示情報を注視したときの運転者の眼球状態を検出する眼球状態検出手段と、
前記眼球状態検出手段で検出された運転者の眼球状態に基づいて、運転者が該提示情報を注視しているときの注視距離を推定する推定手段と、
前記推定された運転者の注視距離と検出された車速との関係に基づいて前記HUDを制御して、運転者が前記提示情報を知覚しやすくなるように、車速が大きいときは小さいときに比して、該提示情報が表示される位置が前方位置となるように該提示情報の表示位置の変更を行う制御手段と、
を備えているようにしてある。上記解決手法によれば、請求項1に対応した表示方法を実行するための表示装置が提供される。
【0020】
上記表示装置を前提とした好ましい態様は、次のとおりである。
【0021】
【0022】
前記制御手段は、車速を複数の領域に分けて、該複数の領域毎に、前記提示情報が表示される位置が前後方向に相違するように制御する、ようにしてある(請求項5対応)。この場合、請求項2に対応した表示方法を実行するための表示装置が提供される。
【0023】
【0024】
前記制御手段は、車速があらかじめ設定した所定車速範囲のときは前記提示情報の表示が基準の表示態様となるように制御する一方、車速が前記所定車速範囲外のときは該提示情報が該基準の表示態様に比してより目立つ表示となるように制御する、ようにしてある(請求項6対応)。この場合、請求項3に対応した表示方法を実行するための表示装置が提供される。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、HUDによって表示される映像を、車速の相違にかかわらず明確かつ応答よく運転者に知覚させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の一実施形態を示すもので、フロントウインドガラス前方に提示情報としての虚像を投影している状況を示す簡略側面図。
【
図2】眼球の水平輻輳角の変化に応じて焦点距離が変化する状況を示す図。
【
図4】車速に応じて水平輻輳角が変化する状況を示すデータ。
【
図5】車速に応じて回旋角が変化する状況を示すデータ。
【
図6】低車速時にホロプター面の上部が手前に変化する状況を示す図。
【
図7】高車速時にホロプター面の上部が遠方に変化する状況を示す図。
【
図8】回旋に応じたホロプター面の変化を示す側面図。
【
図9】回旋に応じたホロプター面の変化を示す平面図。
【
図10】水平輻輳角と前後距離との関係を示す平面図。
【
図13】運転者毎に提示情報の表示位置の前後調整量を決定するためのフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1は、提示情報をフロントウインドガラスの前方に投影するための構成例を示すものである。図中、1はフロントウインドガラス、2はインストルメントパネル、Eは運転席に着座している運転者の眼である。インストルメントパネル2内には、HUD(ヘッドアップディスプレイ)10が装備されている。インストルメントパネル2の上面には、HUD10の直上方位置において開口部2aが形成されている。
【0028】
HUD10からの画像つまり提示情報が、開口部2aを通して、フロントウインドガラス1の内面に投影されるようになっており、この投影部位が符号11で示される。運転者(の眼E)は、投影部位11を通して前方を目視したときに、HUD10からの画像を、フロントウインドガラス1の前方に表示された虚像20の形態でもって視認することになる。
【0029】
HUD10によって虚像20として運転者に提示される提示情報としては、例えば自車両の車速、ACC(オートクルーズコントロール)の設定車速、自車両の左右側方から接近してくる他車両の存在を報知する警報、現在走行している道路の各種情報(例えば制限速度)、ナビゲーション装置における曲がり方向とそこまでの距離等の表示が行われる。HUD10は、例えばその投影焦点距離の調整や反射ミラーの角度調整等によって虚像20の上下位置および前後方向位置を変更可能である。また、HUD10は、虚像20の輝度(明るさ)、大きさ、色、模様等が変更可能である。
【0030】
運転者(の眼E)から上記虚像20までの距離は、2.5m程度に設定された基準距離となるように設定されている。この基準距離は、実施形態では、多用されることの多い中車速領域で運転者が遠方を見ている状態から虚像20を注視したときに、虚像20に焦点が合うまでの時間が極力短くなり、かつ運転者が虚像20を見ている状態から遠方を注視したときに遠方に焦点が合うまでの時間が極力短くなるような距離として設定されている。そして、本実施形態では、車速に応じた虚像20の表示態様の変更を、上記基準距離を変更(補正)することによって行うようにしてある。
【0031】
図2は、左右の眼球の間の距離と焦点距離との関係を示す。いま、距離L2に存在すものを見ている状態から、より近い距離L1に存在するものを見る状態へと変化したときは、寄り眼となって、平面視において左右の眼球の間隔が小さくなり、焦点距離が小さくなる。このときの左右の眼球の焦点位置に対する視線方向がなす角度となる水平輻輳角は大きくなる方向へと変化する。逆に、距離L2よりも遠くの距離L3に存在するものを見るときは、離れ眼となって、平面視において左右の眼球の間隔が大きくなり、焦点距離が大きくなる。このときの左右の眼球の焦点位置に対する視線方向がなす角度となる水平輻輳角は小さくなる方向へと変化する。
【0032】
図3は、眼球の回旋を示す。内回旋は、正面視において、左右の眼球がそれぞれ耳から鼻に向けて回旋する状況である。また、外回旋は、正面視において、左右の眼球がそれぞれ鼻にから耳に向けて回旋する状況である。この回旋運動(回旋輻輳)は、周辺知覚軸の傾きに影響を与えて、主として注視点の周辺のぼやけ方に影響を与える他、奥行き感にも少なからず影響を与える。
【0033】
ここで、運転者がフロントウインドガラス1を通して静止している提示情報としての虚像20を注視している場合を考える。自車両が停止しているとき、運転者は、虚像20を静止画として注視している状態である。一方、自車両が走行しているときは、前方の景色が後方へと流れるオプティカルフローを生じる。このオプティカルフローは、虚像20の周辺にも生じることから、運転者は、虚像20を動画として注視している状態となる。
【0034】
上記オプティカルフローによって運転者の視覚刺激が行われて、運転者の眼球状態が、静止画を見ている状態とは異なる状態へと変化する。
図4は、車速に応じて水平輻輳角が変化することを示すデータである。また、
図5は、車速に応じて回旋が生じることを示すデータである。各データは、複数の被験者について、シミュレーション装置を利用して、車速0から180km/kの間の複数の車速領域でもって、取得されたものである。シミュレーションは、次のように行った。まず、前方風景と虚像20に対応した虚像とを擬似的にディスプレイに表示する。また、ディスプレイに対向するように着座された被験者の頭部を、固定具で固定した状態とする。この状態で、被験者に上記虚像を注視させる。複数の車速領域に応じた前方風景の流れつまりオプティカルフローを生成し、このときの被験者車の眼球状態をアイカメラで撮影して、上記データを取得した。勿論、車速0のときは、前方風景は変化せず、オプティカルフローは生じていないものとされる。
【0035】
図4は、ある所定車速範囲での水平輻輳角を基準値0としてある。上記所定車速範囲よりも低速となる低速領域では、水平輻輳角が基準値0よりもプラスになって(大きくなって)、焦点距離がより手前に変化している状況を示す。また、上記所定車速範囲よりも高速となる高速領域では、水平輻輳角がマイナスになって(小さくなって)、焦点距離がより遠方に変化している状況を示す。
【0036】
図5は、上記所定車速範囲での回旋角を基準値0としてある。上記所定車速範囲よりも低速の低速領域では、回旋角が基準値0よりも内旋側になって、後述するように焦点距離がより手前に変化している状況を示す。また、上記所定車速範囲よりも高速の高速領域では、回旋角が基準値から外旋側になって、後述するように焦点距離がより遠方に変化している状況を示す。
【0037】
水平輻輳角の変化は、主として中心知覚の距離感(奥行き感)に大きな影響を与えると共に、周辺知覚のぼやけ方にも少なからず影響を与えることになる。また、回旋角の変化は、主として周辺知覚のぼやけ方に影響を与えると共に、距離感にも少なからず影響を与える。
【0038】
図6、
図7は、車両が停止している状態で、虚像20が中心に位置するホロプター面H1を想定したものである。ホロプター面H1は、注視点と等距離にあると知覚する面であり、既知のように、上方に向かうにつれて前方へ位置する一方、左右方向に離れるにしたがって後方(運転者側)に向けて湾曲した面とされる。前述したオプティカルフローによる視覚刺激により生じる回旋運動により、ホロプター面H1の傾きが変化する。具体的には、低車速時には、ホロプター面H1の上部が手前側(運転者に近づく方向)へと変化する。また、高車速時には、ホロプター面H1の上部が遠方側(運転者から離れる方向)へと変化する。
【0039】
図8、
図9は、内旋と外旋とがホロプター面に対する影響、つまり焦点距離への影響を示す。
図8中、実線は回旋なしのホロプター面、破線が内旋が生じたときのホロプター面、一点鎖線が外旋が生じたときのホロプター面を、それぞれ側面視で示す。
【0040】
図8に示すように、外旋が生じると、回旋なしの場合に比して、ホロプター面の前上がりの度合いが大きくなり、ホロプター面の上部(注視点よりも上方位置)においては前方へ向けて変化し、ホロプター面の下部(注視点よりも下方位置)においては若干手前に変化する。逆に、内旋が生じると、回旋なしの場合に比して、ホロプター面の上部(注視点よりも上方位置)においては手前へ向けて変化し、ホロプター面の下部(注視点よりも下方位置)においては若干遠方に変化する。
【0041】
一方、ホロプター面を水平視で示す
図9においては、回旋なしと内旋と外旋とで、ホロプター面は前後方向に殆ど変化しない。
【0042】
上述の説明から明かなように、オプティカルフローによる視覚刺激の影響として、低速走行時には眼球が内回旋することから、近距離面の方が知覚しやすく、また周辺のぼやけ方が小さいものとなる。逆に、高速走行時は、眼球が外回旋して遠距離面が知覚しやすく、また周辺のぼやけ方が小さいものとなる。
【0043】
このように、オプティカルフローによる視覚刺激の影響として生じる眼球の回旋と水平輻輳角の変化の両方の要素を考慮すれば、低速走行時には近距離面とする方が、知覚しやすいものとなり、かつ周辺のぼやけ方も小さいものとなる。また、高速走行時には遠距離面とする方が、知覚しやすいものとなり、かつ周辺のぼやけ方も小さいものとなる。
【0044】
以上のことから、虚像20の表示位置を、低速走行時には手前側(車両後方側)とし、高速走行時には遠方側(車両前方側)寄りとすることにより、運転者は、虚像20を明確に知覚しやしいものとなる。このことは、遠方を見ている状態から虚像20を注視する状態へ変化したときに、虚像20に焦点が合うまでの時間が短いものですむことになり、虚像20によって提示される提示情報を明確かつすみかに認識させる上で極めて好ましいものとなる。特に、提示情報が多くなると、虚像20の表示範囲(面積範囲)がかなり大きくなるが、車速に応じて虚像20を表示する前後方向距離を上述のように変更することによって、大きな表示範囲でもその全体にわたって明確かつすみやかに知覚させることが可能となる。
【0045】
図10は、オプティカルフローの影響を受けない静止画状態で固視点を目視している静止画注視時と、高速走行により生じるオプティカルフローの影響を受けて動画状態で固視点を注視している動画注視時の状況を左右に並べて示す。眼球から固視点までの前後距離は、静止画注視時と動画注視時とで同じ距離LAである。ただし。動画注視時には、距離LAよりも遠方となる輻輳距離LBの仮想注視点を注視することになる。つまり、仮想注視点までの輻輳距離LBと前後距離LAとの差分が、焦点距離が変化したことによる距離の変化量となる。したがって、この距離の変化量に応じて虚像20の表示位置を前後方向に変更(移動)させて、虚像20を仮想注視点の位置に表示させることにより、車速の相違にかかわらず虚像20を明確かつ応答よく知覚させることが可能となる。
【0046】
静止画注視時と動画注視時とにおける両眼の瞳孔間距離は2dで同じである。また、静止画注視時の水平輻輳角が2θAで示され、動画注視時の水平輻輳角が2θBで示される。
【0047】
静止画注視時における水平輻輳角2θAとの前後距離LAとの関係は、次式(1)で示される。同様に、動画注視時における水平輻輳角2θBと前後距離LBとの関係は、次式(2)で示される。そして、式(1)、式(2)から、式(3)を導くことができる。
【0048】
tanθA=d/LA ・・・(1)
tanθB=d/LB ・・・(2)
LB=LA・tanθA/tanθB ・・・(3)
【0049】
車速に応じた虚像20の前後方向の表示位置を変更する場合、車速を複数の車速域に分けて、段階的に表示位置の変更を行うのが好ましい。例えば、車速が30km/h~60km/hを基準車速領域として、この基準車速領域よりも低速な低車速領域と、基準車速領域よりも高速な高速領域との3つの車速領域に分けて表示位置の変更を行うことができる。より具体的には、虚像20の前後方向の表示位置を、例えば基準車速領域のときは標準体格の運転者の眼から基準距離に設定し、低車速領域では例えば「基準距離-α」(α>0)に設定し、高車速領域では例えば「基準距離+β」(β>0)に設定することができる。勿論、車速領域の数は、3つに限らず、2あるいは4以上とすることもできるが、3段階~5段階の範囲で変化させるのが好ましい。
【0050】
運転者毎の視覚特性の相違(つまりオプティカルフローの影響の度合いの相違)や、運転席に着座したときの運転者の眼の位置の相違等に応じて、虚像20の前後方向表示位置をより最適化することもできる。すなわち、
図10に示す仮想注視点までの距離LBは、両眼の瞳孔間の距離2dと水平輻輳角2θBが分かれば、上記式(2)から求めることができる。そして、運転者の両眼付近を撮影する車内カメラを利用して、運転者が虚像20を注視する毎に、距離2dを測定し、また両眼の瞳孔の視線方向を測定して水平輻輳角2θBを算出して、輻輳距離LBを算出(推定)することが可能である。この仮想注視点までの距離LBを、走行中に、運転者毎に車速の相違に応じてあらかじめ決定しておくことにより(データベース化)、運転者毎に、車速に応じた好ましい虚像20の前後方向の表示位置を設定することができる。上記データベースを最新の情報に基づいて更新することにより、運転者の視覚特性の変化や着座姿勢の変化等に追従したものとすることができる。
【0051】
図11は、虚像20の前後方向の表示位置変更の制御を行うための制御系統例が示される。図中Uは、マイクロコンピュータを利用して構成されたコントローラである。このコントローラUには、車速を検出する車速センサ30からの信号と、運転者の眼球およびその付近を撮影するカメラからの映像信号が入力される。また、コントローラUによって、HUD10が制御される。
【0052】
コントローラUは、画像生成部41と視線算出部42とを有する。画像生成部41は、図示略各種信号に基づいて、運転者に提示すべき提示情報を決定して、HUD10に出力する。HUD10は、コントローラUから受信した提示情報を虚像20として表示する。また、視線算出部42は、前述の
図10について説明したように、運転者毎に車速に応じた輻輳距離LBを決定するためのもので、両眼の瞳孔の視線方向に基づいて水平輻輳角2θBを決定(推定)するためのものである。なお、両眼の瞳孔間の距離2dは、車両の停止時に、基準距離の位置にある虚像20を運転者が注視したときにあらかじめ測定されて記憶されているが、視線方向検出毎に瞳孔間の距離2dを検出するようにしてもよい。
【0053】
上記コントローラUが行う制御例について、
図1、
図13のフローチャートを参照しつつ説明する。なお、以下の説明でQはステップを示す。
【0054】
まず、
図12のQ1において、車速Vが読み込まれる。次いで、Q2において、車速Vが、所定車速VAとVBとの所定車速範囲にあるか否かが判別される(VA<VB)。このQ2の判別でYESのときは、Q3において、虚像20の前後方向距離LTが、基準距離LBに設定される。この後、Q4において、虚像20が距離LTの位置に表示される。
【0055】
前記Q2の判別でNOのときは、Q5において、車速VがVA未満の低車速領域にあるか否かが判別される。このQ5の判別でYESのときは、Q6において、調整距離(補正距離)が「-△LS」(△LS>0)として決定される。この後、Q7において、基準距離LBに調整距離-△LSを加算して、虚像20の前後方向距離LTが算出される。この後は、Q4に移行される。Q5からQ7を経る処理は、虚像20の前後方向表示位置が、基準距離よりも短くなる方向(運転者に近づく方向)への調整となる。
【0056】
前記Q5の判別でNOのときは、車速VがVBよりも高車速となる高車速領域のときである。このときは、Q8において、調整距離が「△LH」(△LH>0)として決定される。この後、Q9において、基準距離LBに調整距離△LHを加算して、虚像20の前後方向距離LTが算出される。この後は、Q4に移行される。Q5からQ9を経る処理は、虚像20の前後方向表示位置が、基準距離よりも長くなる方向(運転者から離れる方向)への調整となる。
【0057】
図13は、運転者毎に、車速に応じた最適な虚像20の表示位置を決定するための制御例であり、
図12における調整距離「-△LS」と「△LH」を決定する処理となる。すなわち、Q21において、運転者が、虚像20を注視しているか否かが判別される。このQ21の判別でNOのときは、そのままリターンされる。なお、このQ21での判別は、虚像20の注視を開始した初期段階であるか否かを判別するのが好ましい。
【0058】
上記Q21の判別でYESのときは、Q22において、車速Vが読み込まれる。次いで、Q23において、車内カメラ312によって検出された両眼の視線方向に基づいて水平輻輳角θX(
図10の2θB対応)が決定(推定)される。この後、Q24において、水平輻輳角θXから注視距離LX(
図10の輻輳距離LB対応)が決定される。この後、Q25において、注視距離LXから前記基準距離LBを差し引くことにより、調整距離△LXが算出される。
【0059】
Q25の後、Q26において、調整距離△LXが、車速(車速領域)と対応づけて記憶される。
【0060】
Q26の後、Q27において、車速に応じた調整距離△LXの記憶数が所定数(例えば5)以上であるか否かが判別される。このQ27の判別でNOのときは、データ数が不十分であるとして、Q21へ戻る。
【0061】
図27の判別でYESのときは、Q28において、車速(車速領域)に応じた
図12で用いた調整距離△LSと△LHとが、調整距離△LXに基づいて決定される(例えば所定数の調整距離△LXの相加平均値として決定)。なお、調整距離△LXがマイナスの値のときは、△LSはマイナスの値として決定され(
図12における「-△LS」として決定)、調整距離LXがプラスのときは、調整距離△LHがプラスの値として決定される。
【0062】
図13の例とは異なるが、複数の車速領域毎に、Q24で示す注視距離LXを所定数以上集積して、例えばその相加平均値を車速領域毎の虚像20の前後方向表示位置(前後方向距離)として決定するようにしてもよい。この場合、基準距離LBは、虚像20の前後方向表示位置を最終的に決定するまでの初期値として用いればよい。
【0063】
なお、虚像20の前後方向の表示位置の変更は、運転者が虚像20を注視していないタイミング(例えば数十m先の遠方を注視しているときや、サイドミラーを目視したとき等)で行うのが、表示位置変更に伴う違和感を運転者に与えないようにする上で好ましいものとなる。
【0064】
以上実施形態について説明したが、本発明は、実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載された範囲において適宜の変更が可能である。車速に応じて提示情報としての虚像20の表示態様の変更としては、前後方向の表示位置変更に代えて、あるいは加えて、虚像20がより目立つ方向への変更とすることができ、例えば表示を大きくする変更、表示の輝度(明るさ)を増大する変更、色づけする変更、模様の変更等を行うことができる。特に、虚像20の前後方向位置を変更しない場合は、車速が所定車速範囲から外れる低車速時および高車速時の両方共に、所定車速範囲よりも虚像20がより目立つ表示態様へと変更することができる。これにより、オプティカルフローの影響を受けて虚像20への焦点が前後方向にずれたとしても、虚像20が目立つ表示へと変更されることにより、運転者は虚像20およびその周辺付近を明確かつ応答よく知覚することが可能となる。勿論、本発明の目的は、明記されたものに限らず、実質的に好ましいあるいは利点として表現されたものを提供することをも暗黙的に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、ヘッドアップディスプレイによる提示情報の表示に関する技術として好ましいものである。
【符号の説明】
【0066】
1:フロントウインドガラス
2:インストルメントパネル
2a:開口部
10:ヘッドアップディスプレイ
11:投影位置(フロントウインドガラス位置)
20:虚像(表示された提示情報)
U:コントローラ(制御手段)
30:車速センサ
31:車内カメラ
41:画像生成部
42:視線算出部