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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】有軌道台車システム
(51)【国際特許分類】
   B61B 3/02 20060101AFI20241114BHJP
【FI】
B61B3/02 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2024013320
(22)【出願日】2024-01-31
(62)【分割の表示】P 2020083557の分割
【原出願日】2020-05-12
(65)【公開番号】P2024032924
(43)【公開日】2024-03-12
【審査請求日】2024-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000006297
【氏名又は名称】村田機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118784
【弁理士】
【氏名又は名称】桂川 直己
(72)【発明者】
【氏名】杉垣 彰教
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】山下 顕
【審査官】諸星 圭祐
(56)【参考文献】
【文献】特許第7449489(JP,B2)
【文献】米国特許出願公開第2019/0339167(US,A1)
【文献】特許第6689479(JP,B1)
【文献】特開2017-109650(JP,A)
【文献】特開2006-315813(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B61B 3/02
B61K 9/12
G01H 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道と、当該軌道に沿って走行する台車と、を備えた有軌道台車システムであって、
前記軌道に対して位置固定に設けられ、振動及び音響の少なくとも一方を測定する測定部と、
前記測定部により測定された測定データに基づいて、前記軌道における前記測定部の設置位置に対応する測定地点を通過した台車の状態を診断する診断装置と、
前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである学習用部分データに含まれる学習用特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
複数の台車に対して前記測定部が測定した測定データに基づく学習用特徴量の集合である学習用データセットを用いて、前記台車の状態の診断に関する学習モデルを形成する学習制御部と、
前記測定部により測定された測定データから、前記学習用部分データを切り出す学習用部分データ切出部と、
を備え、
前記測定データが時間軸方向で様々にオフセットされながら、基準となる参照データと、切出しの対象となる測定データと、の相関が求められ、
前記相関が最大となるように前記測定データが時間軸方向でオフセットされた状態で、前記参照データを基準として定められる時間区間で、前記測定データから前記部分データが切り出されることを特徴とする有軌道台車システム。
【請求項2】
軌道と、当該軌道に沿って走行する台車と、を備えた有軌道台車システムであって、
前記軌道に対して位置固定に設けられ、振動及び音響の少なくとも一方を測定する測定部と、
前記測定部により測定された測定データに基づいて、前記軌道における前記測定部の設置位置に対応する測定地点を通過した台車の状態を診断する診断装置と、
前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである学習用部分データに含まれる学習用特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
複数の台車に対して前記測定部が測定した測定データに基づく学習用特徴量の集合である学習用データセットを用いて、前記台車の状態の診断に関する学習モデルを形成する学習制御部と、
を備え、
前記特徴量抽出部は、前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである診断用部分データに含まれる診断用特徴量を抽出し、
前記診断装置は、前記学習制御部による学習済みの前記学習モデルに基づいて、前記特徴量抽出部により抽出された前記診断用特徴量に対応する機械学習評価値を算出し、
前記測定部により測定された測定データから、前記診断用部分データを切り出す診断用部分データ切出部を備え、
前記測定データが時間軸方向で様々にオフセットされながら、基準となる参照データと、切出しの対象となる測定データと、の相関が求められ、
前記相関が最大となるように前記測定データが時間軸方向でオフセットされた状態で、前記参照データを基準として定められる時間区間で、前記測定データから前記部分データが切り出されることを特徴とする有軌道台車システム。
【請求項3】
請求項2に記載の有軌道台車システムであって、
前記測定部により測定された測定データから、前記学習用部分データを切り出す学習用部分データ切出部を備えることを特徴とする有軌道台車システム。
【請求項4】
請求項1からまでの何れか一項に記載の有軌道台車システムであって、
前記軌道は、建屋の天井、又は地上に設置された架台から吊り下げて設けられたものであり、
前記台車は、前記軌道に沿って走行する天井搬送車であることを特徴とする有軌道台車システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有軌道台車システムにおいて台車の状態を診断する構成に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、有軌道台車システムにおいては、故障の可能性を考慮して、台車の状態が様々な方法で診断されている。特許文献1は、走行台車の走行車輪の劣化検出方法を開示する。
【0003】
特許文献1が開示する走行台車は、駆動輪ユニットを備える。駆動輪ユニットは、走行車輪、減速機及び走行モータ等の構成を備える。走行モータは、エンコーダを有する。このエンコーダにより走行車輪の回転数が検出される。走行モータから出力トルクの信号とエンコーダ信号とが取り出され、エンコーダ信号と、走行台車に備えられたリニアセンサの信号との差分により、スリップ速度が求められる。走行モータの出力トルクとスリップ速度とが、走行トルクとスリップ速度の空間(例えば、2次元平面)における、所定の異常領域を通過したことに基づいて、走行車輪の劣化が検出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6337528号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1の技術は、走行車輪の劣化を検出するために、対象となる天井走行車の全てに対してエンコーダ及びリニアセンサを設けなければならず、この点で改善の余地があった。
【0006】
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その目的は、台車側に特別のセンサを設けずに、台車の状態の診断を行う有軌道台車システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0007】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0008】
本発明の第1の観点によれば、以下の構成の有軌道台車システムが提供される。即ち、この有軌道台車システムは、軌道と、当該軌道に沿って走行する台車と、を備える。前記有軌道台車システムは、測定部と、診断装置と、特徴量抽出部と、学習制御部と、学習用部分データ切出部と、を備える。前記測定部は、前記軌道に対して位置固定に設けられ、振動及び音響の少なくとも一方を測定する。前記診断装置は、前記測定部により測定された測定データに基づいて、前記軌道における前記測定部の設置位置に対応する測定地点を通過した台車の状態を診断する。前記特徴量抽出部は、前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである学習用部分データに含まれる学習用特徴量を抽出する。前記学習制御部は、複数の台車に対して前記測定部が測定した測定データに基づく学習用特徴量の集合である学習用データセットを用いて、前記台車の状態の診断に関する学習モデルを形成する。前記学習用部分データ切出部は、前記測定部により測定された測定データから、前記学習用部分データを切り出す。前記測定データが時間軸方向で様々にオフセットされながら、基準となる参照データと、切出しの対象となる測定データと、の相関が求められる。前記相関が最大となるように前記測定データが時間軸方向でオフセットされた状態で、前記参照データを基準として定められる時間区間で、前記測定データから前記部分データが切り出される。
【0009】
これにより、台車側に特別のセンサを設けなくても、台車の状態を診断することができる。測定部を各走行台車に設けなくても良いため、コストを低減することができる。学習用部分データ及び学習モデルを良好に取得することができる。部分データ(学習用部分データ)を正確に取得することができる。
【0010】
本発明の第2の観点によれば、以下の構成の有軌道台車システムが提供される。即ち、この有軌道台車システムは、軌道と、当該軌道に沿って走行する台車と、を備える。前記有軌道台車システムは、測定部と、診断装置と、特徴量抽出部と、学習制御部と、を備える。前記測定部は、前記軌道に対して位置固定に設けられ、振動及び音響の少なくとも一方を測定する。前記診断装置は、前記測定部により測定された測定データに基づいて、前記軌道における前記測定部の設置位置に対応する測定地点を通過した台車の状態を診断する。前記特徴量抽出部は、前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである学習用部分データに含まれる学習用特徴量を抽出する。前記学習制御部は、複数の台車に対して前記測定部が測定した測定データに基づく学習用特徴量の集合である学習用データセットを用いて、前記台車の状態の診断に関する学習モデルを形成する。前記特徴量抽出部は、前記測定部により測定された測定データのうち前記台車が前記測定地点を通過する際のデータに相当する部分データである診断用部分データに含まれる診断用特徴量を抽出する。前記診断装置は、前記学習制御部による学習済みの前記学習モデルに基づいて、前記特徴量抽出部により抽出された前記診断用特徴量に対応する機械学習評価値を算出する。前記有軌道台車システムは、診断用部分データ切出部を備える。前記診断用部分データ切出部は、前記測定部により測定された測定データから、前記診断用部分データを切り出す。前記測定データが時間軸方向で様々にオフセットされながら、基準となる参照データと、切出しの対象となる測定データと、の相関が求められる。前記相関が最大となるように前記測定データが時間軸方向でオフセットされた状態で、前記参照データを基準として定められる時間区間で、前記測定データから前記部分データが切り出される。
【0011】
これにより、台車側に特別のセンサを設けなくても、台車の状態を診断することができる。測定部を各走行台車に設けなくても良いため、コストを低減することができる。学習モデルを良好に取得することができる。機械学習評価値を用いて、前記台車の状態の診断を良好に行うことができる。診断用部分データを良好に取得することができる。部分データ(診断用部分データ)を正確に取得することができる。
【0012】
前記の有軌道台車システムにおいては、以下の構成とすることが好ましい。即ち、この有軌道台車システムは、学習用部分データ切出部を備える。前記学習用部分データ切出部は、前記測定部により測定された測定データから、前記学習用部分データを切り出す。
【0013】
これにより、学習用部分データを良好に取得することができる。
【0022】
前記の有軌道台車システムにおいては、以下の構成とすることが好ましい。即ち、前記軌道は、建屋の天井、又は地上に設置された架台から吊り下げて設けられたものである。前記台車は、前記軌道に沿って走行する天井搬送車である。
【0023】
天井搬送車は高所に設置されるので、一般に、そのメンテナンス作業が困難である。しかし、この構成によれば、天井搬送車を軌道から降ろすことなくその状態を確認することができ、メンテナンス作業の煩雑さを緩和することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施形態に係る有軌道台車システムの構成を示す概略図。
図2】有軌道台車システムが備える走行レールを示す図。
図3】診断装置の構成を示すブロック図。
図4】学習用データセットを取得するために有軌道台車システムにおいて行われる処理についてのフローチャート。
図5】機械学習を行う処理についてのフローチャート。
図6】状態判別部が判定を行うために有軌道台車システムにおいて行われる処理についてのフローチャート。
図7】走行台車の稼動時間と評価値との関係を示すグラフ。
図8】検出信号のオフセット処理について説明するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る有軌道台車システム3の構成を示す概略図である。図2は、有軌道台車システム3に備えられた走行レール9を示す図である。図3は、診断装置17の構成を示すブロック図である。
【0026】
図1に示す有軌道台車システム3は、例えば、半導体製造工場に設置される自動搬送システムである。有軌道台車システム3は、FOUP等の搬送対象物5を搬送することができる。FOUPは、Front Opening Unified Podの略称である。
【0027】
有軌道台車システム3は、複数の走行台車7と、走行レール(軌道)9と、を備える。
【0028】
走行台車7は、走行レール9に沿って走行する有軌道台車である。本実施形態では、走行台車7として、OHTと呼ばれる天井搬送車が用いられている。OHTとは、Overhead Hoist Transferの略称である。しかし、走行台車7はこれに限定されない。本実施形態の有軌道台車システム3では、実質的に同一の構成を有する複数の走行台車7が同時に走行する。これにより、搬送の効率を高めることができる。
【0029】
それぞれの走行台車7は、図1に示すように、台車制御部11を有する。台車制御部11は、CPU、ROM、RAM、HDD等を有する公知のコンピュータとして構成されている。
【0030】
台車制御部11は、走行台車7が備える多関節のロボットアーム或いはホイスト等の移載機構による搬送対象物5の移載動作、及び当該走行台車7が備える走行機構(非図示)による自動走行等を制御する。台車制御部11により制御される走行台車7は、他の走行台車7と適宜の間隔をあけた状態で、走行レール9に沿って走行する。
【0031】
図2に示すように、走行レール9は、有軌道台車システム3が用いられる半導体製造工場等の建屋13内に設けられている。具体的には、走行レール9は、建屋13の天井から吊り下げて設けられている。なお、走行レール9は、地上に設置された架台から吊り下げて設けられたものであっても良い。走行レール9は、例えば図1に示すような走行台車7の走行経路を案内可能な形状を有する。なお、走行レール9の形状は特に限定されない。
【0032】
有軌道台車システム3は、学習システム1を備える。学習システム1は、図1に示すように、測定装置15と、診断装置17と、通知部45と、を備える。
【0033】
測定装置15は、走行台車7の走行に伴って発生する振動及び音響の少なくとも一方を測定することができる。本実施形態では、測定装置15は、センサ(測定部)21から構成されている。センサ21は、走行台車7の走行時における走行レール9の振動又は音響を検出し、当該センサ21の検出結果に応じた検出信号を診断装置17に出力する。この検出信号は、センサ21により測定された測定データに相当する。
【0034】
前述のように、本実施形態のセンサ21は、走行レール9の振動又は音響を検出する。本実施形態において、センサ21は走行レール9側に設けられており、走行台車7には設けられない。言い換えれば、センサ21は走行レール9に対して位置固定に設けられている。センサ21が振動を検出する振動センサである場合、当該センサは、例えば、加速度センサ、AE(Acoustic Emission)センサ、超音波センサ、又はショックパルスセンサ等から構成される。センサ21が音響を検出する音響センサである場合、当該センサは、例えばマイク等から構成される。以下、センサ21が配置される位置を測定地点P1と呼ぶことがある。測定地点P1は、図2に示すように、走行レール9における適宜の箇所に定められる。図示しないが、測定地点P1の近傍には、診断エリアと呼ばれる特別な領域が設定される。
【0035】
学習システム1には、位置センサ25が設けられている。位置センサ25は、測定地点P1を通過する走行台車7を検出する。位置センサ25は、走行レール9に対して位置固定に設けられている。
【0036】
位置センサ25は、走行レール9において、測定地点P1に相当する部分の近傍に配置されている。位置センサ25は、投受光部を有する光電センサから構成される。投受光部が投光した光が走行台車7の反射部等で反射されたことを当該投受光部で検出したとき、位置センサ25は台車検出信号を診断装置17に出力する。ただし、位置センサ25の構成はこれに限定されない。
【0037】
診断装置17は、センサ21により検出された検出信号に基づいて、走行レール9における測定地点P1を通過した走行台車7の状態を診断することができる。診断装置17は、センサ21及び位置センサ25のそれぞれに電気的に接続されている。
【0038】
診断装置17は、CPU、ROM、RAM、HDD等を有する公知のコンピュータとして構成されている。診断装置17は、ROM、RAM及びHDD等から構成された記憶部に記憶されたプログラムを実行することで、各種の処理(後述の診断を含む)を行う。
【0039】
通知部45は、液晶モニタ等のディスプレイ、ライト、ブザー等から構成される。通知部45は、診断装置17に対して電気的に接続される。通知部45は、情報の表示、音声及び/又は光による報知により、診断装置17が走行台車7の状態を診断した結果を作業者等に通知する。これにより、作業者等は、走行台車7の状態を速やかに知ることができる。
【0040】
図1及び図3に示すように、診断装置17は、AD変換部37と、データ切出部31と、データ変換部33と、分析部35と、を有する。
【0041】
AD変換部37は、センサ21が出力するアナログ信号をデジタル信号に変換する。AD変換部37は、変換後のデジタル信号をデータ切出部31に出力する。
【0042】
データ切出部31は、センサ21が出力する検出信号から、走行台車7の通過によって走行レール9の振動又は音響が発生するタイミングを含む所定の時間範囲の部分だけを取り出す。この時間範囲は、位置センサ25が台車検出信号を出力するタイミングを基準として定められる。以下では、このように切り出された検出信号を部分信号(部分データ)と呼ぶことがある。部分信号は、状況に応じて、学習に用いられたり、診断に用いられたりする。従って、データ切出部31は、学習用部分データ切出部及び診断用部分データ切出部として機能する。
【0043】
データ変換部33は、データ切出部31により切り出された部分信号を変換して、周波数スペクトルを取得する。データ変換部33は、特徴量抽出部39を有する。
【0044】
特徴量抽出部39は、データ切出部31により切り出された部分信号に含まれる周波数スペクトルを取得する。具体的に説明すると、特徴量抽出部39は、データ切出部31が出力する部分信号を対象として離散フーリエ変換処理を実行する。これにより、部分信号を、周波数と、当該周波数にて振動する信号の強度と、の関係として表す周波数スペクトルが得られる。本実施形態では、この周波数スペクトルが特徴量(学習用特徴量又は診断用特徴量)として用いられる。
【0045】
分析部35は、データ変換部33から入力される多数の周波数スペクトルを機械学習することにより、学習モデルを形成する。本実施形態において、学習モデルは、周波数スペクトルを入力して評価値を出力する関数である。学習モデルが形成されると、分析部35は、この学習モデルを用いて、任意の走行台車7についてデータ変換部33から入力される周波数スペクトルから、評価値を計算する。この評価値は、機械学習によるものであるので、機械学習評価値と呼ぶことができる。学習モデルから得られた評価値が、当該走行台車7の状態の診断に用いられる。
【0046】
分析部35は、機械学習部(学習制御部)41と、状態判別部(診断部)43と、を有する。
【0047】
機械学習部41は、複数の走行台車7に対応する部分信号の周波数スペクトルを一群の学習データとして用いて、走行台車7の状態の診断に関する学習モデルを形成する。本実施形態では、学習モデルとして、公知の1クラスSVM(One Class SVM)が用いられる。SVMは、Support Vector Machineの略称である。本実施形態では、1クラスSVMの教師なし学習により、外れ値検知(言い換えれば、異常検知)が行われる。
【0048】
以下、学習モデルの構築について詳細に説明する。図4及び図5は、機械学習部41が学習モデルを形成するための、学習システム1における処理についてのフローチャートである。
【0049】
先ず、学習システム1は、機械学習部41が学習モデルを形成するためのデータを、図4に示す処理によって収集する。
【0050】
最初に、走行レール9に沿って走行する走行台車7について、走行に起因する振動又は音響についての検出信号が、センサ21により取得される(ステップS101)。ここで、走行レール9の測定地点を通過する走行台車7は、何れも、正常な走行台車7である。以下では、正常な走行台車7を測定することにより得られたデータを、正常データと呼ぶことがある。
【0051】
次に、診断装置17のデータ切出部31が、センサ21により取得された検出信号から、一部の信号を切り出す(ステップS102)。こうして、上述の部分信号が得られる。部分信号が検出信号から切り出される時間範囲は、走行台車7が測定地点P1を通過するのを位置センサ25が検知するタイミングを基準として、当該タイミングの所定時間前から、当該タイミングの所定時間後までである。
【0052】
次に、診断装置17のデータ変換部33において、特徴量抽出部39が、データ切出部31からの部分信号に対して離散フーリエ変換処理を実行し、周波数スペクトルを抽出する(ステップS103)。本実施形態において、学習モデルに入力される特徴量は、この周波数スペクトルである。厳密に言えば、特徴量は、周波数スペクトルに含まれる周波数成分毎の信号の強さである。周波数スペクトルに対しては、適宜スムージングが行われる。スムージングの手法は様々であるが、例えばガウシアンフィルタを畳み込み積分する方法を挙げることができる。
【0053】
次に、診断装置17が有する図略の記憶部が、特徴量抽出部39が取得した周波数スペクトルを、学習用データセットを構成する学習用データとして記憶する(ステップS104)。
【0054】
ステップS101~ステップS104の処理は、測定地点P1に走行台車7を十分な回数だけ通過させ、多数(例えば、数千個)の周波数スペクトルが得られるまで反復される(ステップS105)。同一の条件で周波数スペクトルを取得するために、データの収集のために走行台車7が測定地点P1を通過する走行速度は、所定のデータ取得用速度で一定となるように制御される。
【0055】
走行レール9に設定された測定地点P1は、1台だけでなく複数の走行台車7が通過可能である。本実施形態では、1台の正常な走行台車7につき例えば数百個程度の周波数スペクトルが得られたら、別の個体である正常な走行台車7に交代させて(ステップS106)、周波数スペクトルの収集を同程度の数だけ得る作業が行われる。
【0056】
以上の処理により、学習用データセットが得られる。本実施形態では、学習用データセットは、実質的には多数の周波数スペクトルの集合である。この学習用データセットは診断装置17の記憶部に記憶される。なお、この記憶部に記憶された学習用データセットは、適宜変更(更新)が可能である。
【0057】
ステップS106の台車交代作業があるため、図4の処理で得られる学習用データセットには、複数の走行台車7(互いに異なる個体)から得られた周波数スペクトルが含まれる。このような学習用データセットを用いて機械学習を行うことで、走行台車7の個体特有の特徴を過剰に学習するのを抑制することができる。何台の走行台車7から周波数スペクトルを収集するかは、2台以上であれば任意であるが、走行台車7の個体差が目立たなくなるようなある程度大きい数とすることが好ましい。
【0058】
この学習用データセットには、異常な走行台車7から得られた周波数スペクトルは含まれておらず、全ての周波数スペクトルが、正常な走行台車7から得られたものである。
【0059】
続いて、学習システム1は、得られた学習用データセットを用いて、図5に示す処理により、機械学習部41による機械学習を行う。図5の処理は、機械学習の訓練フェーズに相当する。
【0060】
最初に、診断装置17の分析部35において、機械学習部41が、走行台車7の異常を判別するための判別式のパラメータを、適宜初期化する(ステップS201)。本実施形態では、判別式は以下のように表される。
【数1】
【0061】
上記の数式において、f(x)が判別式であり、本実施形態の学習モデルに相当する。判別式fへの入力であるxは、入力される周波数スペクトルを表すN次元のベクトルである。本実施形態では、Nは、周波数スペクトルを複数の周波数成分のそれぞれの信号の強さで表す場合に、その周波数成分の数を意味する。判別式fの出力は、評価値と呼ばれるスカラ値であり、詳細は後述する。
【0062】
K(xi,x)は、1クラスSVMの公知のカーネル関数である。カーネル関数は、周波数スペクトルが外れ値になる程原点の近くになるような、高次元空間への写像関数である。1クラスSVMでは、この高次元空間への写像において、原点からの距離が最大となる超平面を定める。この超平面が、外れ値を判定する基準となる。本実施形態では、カーネル関数としてガウシアンカーネルが用いられているが、カーネル関数はこれに限定されない。
【0063】
αi、xi、ρは、機械学習の対象となるパラメータである。本実施形態で、学習モデルの形成とは、αi、xi、ρの最適値を得て判別式を確定することに相当する。ステップS201では、このパラメータが初期化される。初期化に用いられる値(パラメータの初期値)は、例えば乱数値とすることができる。上記以外のパラメータであるσは、ハイパーパラメータと呼ばれ、設計者により適宜定められる。
【0064】
次に、機械学習部41は、学習用データセットに含まれている周波数スペクトルを1つ取り出し、N次元のベクトルxの形で判別式fに代入して、値f(x)を求める(ステップS202)。そして、得られた値f(x)が0に近くなるように、αi、xi、ρを調整する(ステップS203)。ステップS202及びステップS203の処理は、学習用データセットの全ての周波数スペクトルについて反復される(ステップS204)。これにより、1エポック分の学習が完了する。エポックとは、学習用データセットに含まれる学習用データを1回学習することを示している。
【0065】
ステップS202~ステップS204の処理は、更に適宜の回数だけ繰り返される(ステップS205)。これにより、複数エポック分の学習が実現する。1つの学習用データセットについて適切な回数だけ学習が繰り返して行われることで、性能の良い学習モデルが得られる。
【0066】
図5の処理によりパラメータαi、xi、ρの値が得られ、当該パラメータの値は診断装置17の記憶部に記憶される。このパラメータαi、xi、ρの値が代入された上述の判別式fは、学習済モデルを表している。従って、得られたパラメータαi、xi、ρの値そのものが実質的に学習済モデルであると考えることもできる。
【0067】
1クラスSVMを用いた外れ値検出では、f(x)の値が0又はプラスであればxは外れ値でないことを意味する。f(x)の値がマイナスであればxは外れ値であることを意味し、f(x)の値が小さい程、値の外れの度合いが大きいことを示す。本実施形態の状態判別部43は、走行台車7に異常が生じているときの周波数スペクトルが、正常なときの周波数スペクトルに対して外れ値の関係にあることを利用して、走行台車7の正常/異常の診断を行う。
【0068】
実際に診断を行う場合、図6に示す処理が行われる。図6の処理は、機械学習の推論フェーズに相当する。
【0069】
最初に、走行台車7の走行に起因する振動又は音響がセンサ21により取得される(ステップS301)。このとき、走行台車7は、上述のデータ取得用速度と同じ速度で測定地点P1を通過するように制御される。この検出信号から部分信号が切り出される(ステップS302)。以下では、この部分信号を診断用部分信号と呼ぶことがある。更に、この診断用部分信号から周波数スペクトルが抽出される(ステップS303)。
【0070】
ステップS301~ステップS303の処理は、図4のステップS101~ステップS103と実質的に同様である。ただし、図6の場合、測定地点P1を通過する走行台車7に異常が生じているか否かは不明である。
【0071】
次に、状態判別部43は、ステップS303で得られた周波数スペクトルを判別式に入力して、評価値を算出する(ステップS304)。このとき、判別式のパラメータαi、xi、ρとしては、図5の処理により求められたパラメータが用いられる。従って、ステップS304で用いられる判別式は、学習済みの学習モデルと同義である。
【0072】
次に、状態判別部43は、算出された評価値が閾値v1未満であるか否かを判断する(ステップS305)。図7には、同一の走行台車7を稼動させ続けたときの評価値の推移がグラフで示されている。このグラフは、学習モデル(判別式)において図5の訓練フェーズを完了させた後、走行台車7の耐久試験を実際に行うこと等により得ることができる。
【0073】
本実施形態では、閾値v1は、図7のグラフで示すように、走行台車7がまもなく故障することが想定される値に設定されている。
【0074】
具体的に説明すると、図7のグラフでは、走行台車7はt2のタイミングで故障し、稼動不能になる。この場合、t2よりも少し前の例えばt1のタイミングで、何らかの警告を発生させることが好ましい。そこで、正常と異常の判別境界となる閾値v1は、走行台車7に明らかな故障が認められるような状態に相当する評価値(以下、故障時評価値v2という。)に対して、ある程度のマージンを見込んだ値となるように定められる。閾値v1及び故障時評価値v2は負の値である。故障時評価値v2は、上記の耐久試験の結果等を参考に定めることができる。閾値v1は、故障時評価値v2よりも、上記のマージンの分だけ大きくなる。このマージンの大きさは、有軌道台車システム3の稼動継続の重要性、及び、部品交換コスト等を考慮して、適宜定められる。
【0075】
ステップS305の判断で、評価値が閾値v1以下である場合、状態判別部43は、走行台車7の状態が異常であると判別する(ステップS306)。この場合、状態判別部43は、判別結果(走行台車7の状態が異常であること)を通知部45に送信する(ステップS307)。この結果、通知部45において、例えば、「走行台車7の状態が異常であること」、及び「走行台車7に対して交換用走行台車又は部品の用意が必要であること」のうち、一方又は両方が通知される。残りの稼動可能時間の長さは、評価値が故障時評価値v2以下になることが予想されるタイミングまでの時間の長さである。残りの稼動可能時間の長さは、例えば、図7のグラフと、現在の評価値と、により推定することができる。
【0076】
ステップS305の判断で、評価値が閾値v1以上である場合、状態判別部43は、走行台車7の状態が正常であると判別する(ステップS308)。
【0077】
判別結果が正常/異常の何れであっても、処理はステップS301に戻り、走行台車7の通過に応じて再び診断が行われる。
【0078】
なお、通知部45による通知は、走行台車7の部品又は交換用走行台車の準備が必要になる旨の情報を含むことが好ましい。この場合、適切な準備を作業者等に促すことができる。
【0079】
以上に説明したように、本実施形態の有軌道台車システム3は、走行レール9と、当該走行レール9に沿って走行する走行台車7と、を備える。有軌道台車システム3は、センサ21と、診断装置17と、を備える。センサ21は、走行レール9に対して位置固定に設けられ、振動又は音響を測定する。診断装置17は、センサ21により測定された測定データに基づいて、走行レール9におけるセンサ21の設置位置に対応する測定地点P1を通過した走行台車7の状態を診断する。
【0080】
これにより、走行台車7側に特別のセンサを設けなくても、走行台車7の状態を診断することができる。センサ21を各走行台車7に設けなくても良いため、コストを低減することができる。
【0081】
本実施形態の有軌道台車システム3は、特徴量抽出部39と、機械学習部41と、を備える。特徴量抽出部39は、センサ21により検出された検出信号のうち走行台車7が測定地点P1を通過する際の検出信号に相当する部分信号である学習用部分信号に含まれる周波数スペクトルを抽出する。機械学習部41は、複数の走行台車7に対してセンサ21が測定した検出信号に基づく周波数スペクトルの集合である学習用データセットを用いて、走行台車7の状態の診断に関する学習モデルを形成する。
【0082】
これにより、学習モデルを良好に取得することができる。
【0083】
本実施形態の有軌道台車システム3は、データ切出部31を備える。データ切出部31は、センサ21により検出された検出信号から、学習用部分信号を切り出す。
【0084】
これにより、学習用部分信号を良好に取得することができる。
【0085】
本実施形態の有軌道台車システム3において、特徴量抽出部39は、センサ21により検出された検出信号のうち走行台車7が測定地点P1を通過する際の検出信号に相当する部分信号である診断用部分信号に含まれる周波数スペクトルを抽出する。診断装置17は、機械学習部41による学習済みの学習モデルに基づいて、特徴量抽出部39により抽出された周波数スペクトルに対応する評価値を算出する。
【0086】
これにより、評価値を用いて、走行台車7の状態の診断を良好に行うことができる。
【0087】
本実施形態の有軌道台車システム3は、データ切出部31を備える。データ切出部31は、センサ21により検出された検出信号から、診断用部分信号を切り出す。
【0088】
これにより、診断用部分信号を良好に取得することができる。
【0089】
本実施形態の有軌道台車システム3は、位置センサ25を備える。位置センサ25は、走行レール9に対して位置固定に設けられ、測定地点P1を通過する走行台車7を検出する。データ切出部31は、位置センサ25が走行台車7を検出するタイミングに基づいて、部分信号(学習用部分信号及び診断用部分信号)を切り出す。
【0090】
これにより、部分信号をより良好に取得することができる。
【0091】
本実施形態の有軌道台車システム3において、走行レール9は、建屋13の天井から吊り下げて設けられたものである。走行台車7は、走行レール9に沿って走行する天井搬送車である。
【0092】
天井搬送車は高所に設置されるので、一般的に、そのメンテナンス作業が煩雑である。しかし、本実施形態によれば、天井搬送車である走行台車7を走行レール9から降ろすことなくその状態を確認することができ、メンテナンス作業の煩雑さを緩和することができる。
【0093】
次に、データ切出部31による切出しに関する変形例について説明する。
【0094】
上記の実施形態では、位置センサ25が台車検出信号を出力するタイミングを基準として、検出信号から部分信号が切り出される範囲が定められている。しかし、この構成では、例えば走行台車7の車輪の取付位置の個体差によって、走行台車7が測定地点P1を通過する場合に走行レール9に振動又は音響が生じるタイミングにズレが生じ、これが判別結果の精度を低下させる懸念がある。そこで、本変形例では、切出しの対象となる検出信号を時間軸の方向で調整する補正が行われる。
【0095】
変形例の学習システム1では、学習用データセットのためのデータを収集する前に、データ切出部31によるデータの切出し区間を定めるための基準となるリファレンス信号(参照データ)を、診断装置17の記憶部に予め記憶しておく。このリファレンス信号は、走行台車7に測定地点P1を通過させ、そのときのAD変換部37の出力結果に基づいて得ることができる。このときの走行台車7としては正常な状態の走行台車7が用いられ、当該走行台車7は、上述のデータ取得用速度で測定地点P1を通過する。
【0096】
その後、図4の処理が開始される。図8のグラフには、センサ21が振動センサである場合の、ステップS101で得られた検出信号の波形と、前記リファレンス信号の波形と、の関係が例示されている。ただし、図8では、便宜上、検出信号を簡略化して表している。データ切出部31は、得られた検出信号53を時間軸方向で様々にオフセットしながらリファレンス信号51との相関を計算することで、相関が最大となるオフセットの方向及び量を探索する。データ切出部31は、検出信号53のリファレンス信号51に対する相関が最も大きくなるように、検出信号53を時間軸方向でオフセットする。
【0097】
本変形例では、データ切出部31が検出信号を切り出す時間区間は、位置センサ25が台車検出信号を出力するタイミングではなく、リファレンス信号を基準として定められる。データ切出部31は、この時間区間で検出信号を切り出して、部分信号を得る。
【0098】
検出信号のオフセットは、図4の処理だけでなく、図6の処理においても同様に行われる。本変形例では、センサ21が取得する波形のタイミングのズレを解消する処理により、学習モデルによる診断の精度を高めることができる。
【0099】
以上に説明したように、本変形例の有軌道台車システム3において、データ切出部31は、検出信号53を時間軸方向で様々にオフセットしながら、基準となるリファレンス信号51と、切出しの対象となる検出信号53と、の相関を求める。データ切出部31は、相関が最大となるように検出信号53を時間軸方向でオフセットした状態で、リファレンス信号51を基準として定められる時間区間で、検出信号53から部分信号を切り出す。
【0100】
これにより、タイミングのズレを解消した形で部分信号を取得することができる。
【0101】
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0102】
上記の実施形態では、機械学習部41と状態判別部43とは、1つの診断装置17に備えられているが、異なる装置に備えられても良い。例えば、図3の機械学習部41だけを取り出して、診断装置17とは別の装置にすることができる。以下では、機械学習部41を有する、診断装置17とは異なるコンピュータを訓練装置と呼ぶ。この例では、学習モデルが形成される場所が、走行台車7の状態の診断が行われる場所と相違することになる。診断装置17でのデータ収集により得られた学習用データセットが、訓練装置に提供される。訓練装置で形成された学習モデルのデータ(実質的には、上記の判別式のパラメータ)が、診断装置17に提供される。装置間のデータの提供は、例えば公知の通信により行うことができる。
【0103】
状態判別部43は、評価値について単位時間当たりの減少量が大きい状態が連続的に続いたとき(例えば、図7のt3のタイミング)、走行台車7の状態が異常に近づいていると判別することもできる。この判別結果は、評価値が閾値v1未満になった場合と同様に、通知部45を用いて通知することができる。
【0104】
上述の教示を考慮すれば、本発明が多くの変更形態及び変形形態をとり得ることは明らかである。従って、本発明が、添付の特許請求の範囲内において、本明細書に記載された以外の方法で実施され得ることを理解されたい。
【符号の説明】
【0105】
3 有軌道台車システム
7 走行台車(台車)
9 走行レール(軌道)
13 建屋
17 診断装置
21 センサ(測定部)
25 位置センサ
31 データ切出部(学習用部分データ切出部、診断用部分データ切出部)
39 特徴量抽出部
41 機械学習部(学習制御部)
51 リファレンス信号(参照データ)
53 検出信号(測定データ)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8