(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】正方晶系薄膜構造体
(51)【国際特許分類】
H01F 10/14 20060101AFI20241114BHJP
H01F 1/06 20060101ALI20241114BHJP
G11B 5/65 20060101ALI20241114BHJP
G11B 5/73 20060101ALI20241114BHJP
G11B 5/64 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
H01F10/14 ZNM
H01F1/06 180
G11B5/65
G11B5/73
G11B5/64
(21)【出願番号】P 2021132412
(22)【出願日】2021-08-16
【審査請求日】2023-10-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西尾 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 啓太
(72)【発明者】
【氏名】高梨 弘毅
【審査官】右田 勝則
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-009753(JP,A)
【文献】特開2018-049880(JP,A)
【文献】特開2018-197179(JP,A)
【文献】特開2020-132976(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0372657(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0083065(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0342644(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2021/0277506(US,A1)
【文献】国際公開第2015/053006(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 10/14
H01F 1/06
G11B 5/65
G11B 5/73
G11B 5/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(100)面に対して所定のオフ角とされると共に、単原子層ステップ(11)が形成された主表面を有し、立方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における前記主表面上に形成され、スリット(21)が形成された、前記単原子層ステップに対応する幅を持ったL1
0型のFeNi規則合金にて構成されるFeNi規則合金薄膜(20)と、を有
し、
前記支持基板は、オフ方向における1μm当たりの前記単原子層ステップの数が6以上である、正方晶系薄膜構造体。
【請求項2】
(100)面に対して所定のオフ角とされると共に、単原子層ステップ(11)が形成された主表面を有し、立方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における前記主表面上に形成され、スリット(21)が形成された、前記単原子層ステップに対応する幅を持ったL1
0
型のFeNi規則合金にて構成されるFeNi規則合金薄膜(20)と、を有し、
前記支持基板における前記オフ角が0.1°以上かつ45°未満である、正方晶系薄膜構造体。
【請求項3】
(100)面に対して所定のオフ角とされた主表面を有し、立方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における前記主表面上に形成され、スリット(21)が形成された、L1
0
型のFeNi規則合金にて構成されるFeNi規則合金薄膜(20)と、を有し、
前記支持基板における前記オフ角が0.1°以上かつ45°未満である、正方晶系薄膜構造体。
【請求項4】
前記支持基板における前記オフ角が0.1°以上かつ45°未満である、請求項
1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項5】
前記支持基板における前記オフ角が0.1°以上かつ12.5°以下である、請求項
1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項6】
前記支持基板における前記オフ角が0.1°以上かつ0.5°以下である、請求項
1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項7】
前記支持基板は、SrTiO
3で構成されている、請求項1ないし6のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項8】
前記FeNi規則合金薄膜には、前記スリットとして、前記FeNi規則合金薄膜の厚みの1/2以上の深さのものが形成されている、請求項1ないし7のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項9】
前記FeNi規則合金薄膜は、17nm以上の寸法のシングルバリアントを有している、請求項1ないし8のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、支持基板上に正方晶系薄膜を備えた正方晶系薄膜構造体に関し、例えば正方晶系薄膜として、FeNiNもしくはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜を備えるものに適用して好適である。
【背景技術】
【0002】
L10型の規則構造を有するFeNi(鉄-ニッケル)規則合金は、高い磁気異方性を有しており、レアアースや貴金属を全く使用しない磁石材料および磁気記録などの磁気デバイス材料として期待されている。STO(チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の支持基板上に、窒素プラズマ中のMBE(分子線エピタキシー法)により作製したFeNiN薄膜を脱窒素することで、L10型のFeNi規則合金薄膜を形成できる(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】K. Ito et al., "Epitaxial L10-FeNi films with high degree of order and large uniaxial magnetic anisotropy fabricated by denitriding FeNiN films", Applied Physics Letters. 116, 242404(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に開示されている製造方法を用いて、主表面が(100)面方位となっている支持基板に対してFeNiN薄膜を成膜すると、FeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できてしまうことが確認された。これは、(100)面での結晶構造が中心軸を中心とした4回対称になっているためであり、立方晶構造のそれぞれ辺に対してc軸が交差するようにFeNiNが成長するため、マルチバリアント状態になる。このときの各バリアントの寸法は~5nmとなっていた。
【0005】
結晶方位軸が直交するマリチバリアント状態であると、磁気特性、電気特性、光学特性などが優れた配向方向の特性と、悪い配向方向の特性とが平均化され、本来シングルバリアント状態で得られる特性を利用することができないなどの課題がある。例えば結晶磁気異方性定数Kuを例に挙げると、平均化された値になり、結晶磁気異方性が低下する。
【0006】
なお、ここでいう「バリアント」とは、支持基板上に正方晶系薄膜を成膜した際に、正方晶系薄膜の持つ結晶方位のことであり、「シングルバリアント」は結晶方位を1つの軸方向のみ持ち、「マルチバリアント」は結晶方位を複数の軸方向に持っていることを意味する。正方晶系薄膜の全域が「シングルバリアント」である必要はないが、「マルチバリアント」で尚かつ各バリアントの寸法が小さいと、優位となるバリアントが無いため、特性が平均化されることで良好な特性が得られなくなる。このため、より良好な特性を得るためには、シングルバリアントの寸法が大きく得られることが重要となる。
【0007】
本発明は上記点に鑑みて、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体は、(100)面に対して所定のオフ角とされると共に単原子層ステップ(11)が形成された主表面を有し、立方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、支持基板における主表面上に形成され、スリット(21)が形成された、単原子層ステップに対応する幅を持ったL10型のFeNi規則合金にて構成されるFeNi規則合金薄膜(20)と、を有している。また、支持基板は、オフ方向における1μm当たりの単原子層ステップの数が6以上になっている。
【0009】
このように、支持基板として主表面が(100)面に対してオフ角を有したオフ基板を用いて、支持基板上にFeNi規則合金薄膜を成膜することで、FeNi規則合金薄膜の結晶がシングルバリアントとなるようにできる。したがって、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体とすることが可能となる。
【0010】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】本発明の一実施形態にかかる正方晶系薄膜構造体の断面図である。
【
図1B】
図1Aに示す正方晶系薄膜構造体のうちの正方晶系薄膜の上面視を示した図である。
【
図2】(a)は、STOの結晶構造の斜視図、(b)、(c)は、それぞれ、STO(100)およびオフ角を設けたSTOについてオフ角を設ける前の主表面の法線方向から見たときの図、(d)は、b軸方向から見た結晶構造の単位格子を示した図、(e)は、(c)からオフ角を付ける前の主面で結晶構造を区切って、Sr-O面が最表面である場合の、オフ角を設ける前の主表面の法線方向から見たときの図である。
【
図3A】比較例にかかる正方晶系薄膜構造体の断面図である。
【
図3B】
図3Aに示す正方晶系薄膜構造体のうちの正方晶系薄膜の上面視を示した図である。
【
図4】STO(100)とFeNiN(100)との整合の様子を模式的に示した図である。
【
図5】比較例1~3および実施例1、2についての測定条件および測定結果をまとめた図表である。
【
図6A】実施例1の主表面のAFM(原子間力顕微鏡)像である。
【
図6C】実施例2のFeNi規則合金薄膜の断面のTEM(透過電子顕微鏡)像である。
【
図7】オフ角と保磁力Hcとの関係を示したグラフである。
【
図8】FeNi規則合金薄膜のバリアントサイズを調べる際に用いた断面TEM像である。
【
図9A】
図8中の領域AにおけるTEM電子線回折結果を示した図である。
【
図9B】
図8中の領域BにおけるTEM電子線回折結果を
図9Aと同じスケールで示した図である。
【
図9C】
図8中の領域CにおけるTEM電子線回折結果を
図9Aと同じスケールで示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0013】
(第1実施形態)
第1実施形態にかかる正方晶系薄膜構造体について、
図1Aおよび
図1Bを参照して説明する。なお、
図1Aおよび
図1Bにおいて、図中に示した矢印はc軸の方向を示している。
【0014】
図1Aに示すように、本実施形態の正方晶系薄膜構造体は、支持基板10上にL1
0型の規則構造を有するL1
0型のFeNi規則合金薄膜20を形成したもので構成されている。
【0015】
支持基板10は、立方晶系に属する結晶構造を有し、FeNi規則合金薄膜20と接する側の主表面が(100)面方位に対して所定のオフ角を有したオフ基板とされており、主表面にはオフ角に基づく単原子層ステップ11が存在している。例えば、支持基板10としては、STO(100)に対して[010]方向にオフ角を有したオフ基板を用いることができる。支持基板10をオフ基板で構成することで、STOの主表面での結晶構造の対称性を低下させること、つまり4回対称では無くなるようにすることができる。このため、FeNi規則合金薄膜20を形成する際の前駆体となるFe、Ni、Nを含む金属、例えばFeNiNを成長させる際に、FeNiNと整合する方向が1方向となるようにできる。つまり、STO(100)の表面上にFeNiNを成長させる際には整合する方向が2方向となるが、STO(100)に対してオフ角を有した主表面上にFeNiNを成長させることで、そのうちの一方について整合し易くなるようにできる。これにより、マルチバリアントで成長することが抑制され、各単原子層ステップ11の間にシングルバリアントで成長するようにできる。
【0016】
なお、STOの後に記載した(100)は、STOの面方位が(100)であることを意味している。本実施形態の場合、支持基板10について、主表面がSTO(100)に対してオフ角を有したものとしているが、これは主表面が(100)面方位に対してオフ角を有していることを意味している。また、以下では支持基板10の主表面の法線ベクトルを(100)面に投影したベクトルの方向をオフ方向と呼ぶ。
【0017】
図2中の(a)に示すように、STOは立方晶構造を有している。このため、STO(100)の結晶構造を上面視すると、
図2中の(b)に示す構造になる。これに対して、本実施形態の支持基板10については、主表面がSTO(100)に対してオフ角を有した状態になっているため、主表面に対する法線方向から支持基板10を構成するSTOを見ると、
図2中の(c)に示す構造になる。つまり、
図2中の(c)に示すように、STOの結晶中の各層の原子が完全には重ならない状態となる。ここで、例えば
図2(d)に示すように、オフ角をつける前の主表面で結晶構造を区切って、Sr-O面が最表面であるとすると、
図2中の(e)に示すようにSrに注目すると単原子層ステップが形成され、
図2中の(b)のようなSTO(100)の場合には立方晶格子定数が0.3905nmとなるが、
図2中の(e)の構造だと、オフ方向において結晶の格子定数が実効的に伸びた状態になる。
【0018】
支持基板10として使用されるオフ基板のオフ角については、角度が付いていれば大きさは任意であるが、STOの主表面での結晶構造の対称性を低下させる程度のオフ角となるように、0.1°以上かつ45°未満、好ましくは12.5°以下にしている。このようにオフ角を設定することで、FeNiNのa軸と整合し得る2つの方向のうちの一方について、より整合させやすくでき、その方向においてシングルバリアントを作成し易くなる。
【0019】
ただし、オフ角が大きくなりすぎると単原子層ステップ11の数が多くなると共に、単原子層ステップ11の間隔が狭くなる。これを考慮してオフ角を設定するのがより好ましい。
【0020】
単原子層ステップ11の間隔は、FeNi規則合金薄膜20の形成幅に関係する。L10型のFeNi規則合金の単磁区サイズは50~200nmであり、その単磁区サイズ以下では磁区ドメインを作りにくく、多磁区状態になりにくい。すなわち、単原子層ステップ11の間隔が狭い方が磁区ドメインを作りにくく、多磁区になりにくい。また、L10型のFeNi規則合金の単磁区サイズより大きいと、磁化した方向が反対方向を向いた磁区を発生させて多磁区状態が形成されやすくなってしまうため、それができない条件とするのが一番保磁力Hcを高くすることが知られている。すなわち、単原子層ステップ11の間隔が単磁区サイズよりも大きくないことが好ましい。ただし、単原子層ステップ11の間隔が単磁区サイズより小さすぎると、熱揺らぎによって磁化反転が発生し易くなり、反って保磁力Hcが小さくなってしまう。このため、L10型のFeNi規則合金の前駆物質となるFeNiNはこのサイズとなるように、単原子層ステップ11の間隔が単磁区サイズの50~200nm程度以下となり、かつ、小さくなり過ぎないように、所定範囲当たりの平均ステップ数が所定範囲の数となるようにしている。
【0021】
平均ステップ数については、例えば1μm当たりのステップ数の平均値として表され、オフ角を0.1°以上にすると6程度になる。1μm当たりのステップ数が6の場合、単原子層ステップ11の間隔が167nmになるため、単磁区サイズとなる。したがって、単原子層ステップ11の間隔が単磁区サイズ以下となるように、1μm当たりの平均ステップ数が6以上、つまりオフ角を0.1°以上にするのが好ましい。また、単原子層ステップ11の間隔が単磁区サイズよりも小さくなりすぎないように、平均ステップ数が20、つまりオフ角を0.5°以下にするのが好ましい。
【0022】
FeNi規則合金薄膜20は、L10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金によって構成されている。支持基板10の主表面上にL10型のFeNi規則合金薄膜20を備えれば、正方晶系薄膜構造体はFeNi超格子を含むFeNi規則合金構造体となる。このようなFeNi規則合金構造体は、磁石材料および磁気記録、磁気センサ等のデバイス材料に適用可能であり、高い保磁力を有した磁性特性に優れたものとなる。
【0023】
FeNi規則合金薄膜20は、
図1Aおよび
図1Bに示すように、支持基板10の主表面に接した一軸の面内配向を有した薄膜である。具体的には、FeNi規則合金薄膜20は、主に、支持基板10の主表面に形成された単原子層ステップ11の間に形成されており、各単原子層ステップ11と対応する位置にスリット21が形成されたものとなっている。スリット21は、各単原子層ステップ11と対応する位置に形成されているが、単原子層ステップ11と完全に一致する位置に形成されているとは限らず、すべての単原子層ステップ11と対応して形成されていない場合もある。スリット21は、各単原子層ステップ11からオフ方向と同方向もしくは反対方向にずれて形成されている場合もあるが、単原子層ステップ11のレイアウトに対応したレイアウトで形成される。また、スリット21は、FeNi規則合金薄膜20を厚み方向に貫通して設けられる場合もあるが、FeNi規則合金薄膜20の厚みの1/2以上の深さで形成される。
【0024】
そして、支持基板10のオフ方向に対して直交する方向をc軸として、c軸方向が平行になるようにしてスリット21で区画されたFeNi規則合金薄膜20の各部が並んでいる。
【0025】
このFeNi規則合金薄膜20は、支持基板10の主表面上に、Fe、Ni、Nを元素として含む材料の薄膜、例えばFeNiNを成膜したのち、脱窒素処理を実施することによって製造される。FeNiNの場合、FeNiN(100)ではa軸での格子定数が0.4002nmとなっており、FeNiN(001)ではc軸での格子定数が0.3713nmとなっている。FeNiNの薄膜を形成する場合、支持基板10に対して窒化プラズマ中においてFeNiを蒸着する手法や、Fe層とNi層を交互に蒸着したのち窒化処理を行う手法などによってFeNiNの薄膜を得ることができる。
【0026】
また、FeNi規則合金薄膜20をFeNiNから形成する場合、支持基板10にオフ角を設けているため、FeNiN(100)との格子不整合が減少する。具体的には、支持基板10にオフ角を設けていない場合には、STO(100)とFeNiN(100)との格子不整合が2.484%になるが、例えば支持基板10に[010]方向にオフ角0.25°を設けると、STOとFeNiN(100)との格子不整合が2.483%に減少する。一方、支持基板10にオフ角を設けていない場合には、STO(100)とFeNiN(001)との格子不整合が4.917%になるが、支持基板10にオフ角0.25°を設けると、STOとFeNiN(001)との格子不整合が4.918%に増加する。このため、FeNiNのc軸が単原子層ステップ11に平行、つまりオフ方向に直交する方向になりやすくなる。
【0027】
ここで、本実施形態の正方晶系薄膜構造体と従来のようにSTO(100)の主表面に正方晶系薄膜を形成する場合について比較して説明する。ここでは、STOで構成した支持基板10に対してFeNiN薄膜を形成した場合を例に挙げる。また、以下の説明では、STO(100)の主表面にFeNiN薄膜を形成する構造を比較構造という。
【0028】
図3Aに示すように、STO(100)に対してオフ角を有さない基板で構成された支持基板J10の上にFeNiN薄膜J20を形成した比較構造においては、
図3Bに示すように、FeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できてしまう。TEM観察などを行ったところ、各バリアントの寸法が~5nmと小さな微細化したものになっていた。
【0029】
図2中の(a)に示すように、STOは、立方晶の結晶構造を有している。このため、比較構造において支持基板J10に用いられているSTO(100)は、
図2中の(b)から判るように、中心軸を中心として90°回転するごとに同じ格子構造になる4回対称になる。これに対して、本実施形態の構造において支持基板10に用いられている主表面が(100)に対して[010]方向にオフ角を有した構造では、
図2中の(e)から判るように、中心軸を中心として180°回転するごとに同じ格子構造になる2回対称に近い状態になる。
【0030】
図4に示すように、支持基板J10としてSTO(100)を使用した比較構造においては、STO(100)における各軸とFeNiN(100)におけるa軸とが整合し、支持基板J10上にFeNiN(100)がエピタキシャル成長させられることになる。そして、STO(100)は立方晶であるため、互いに直交する各軸の原子配列および格子定数は同じになっている。
【0031】
したがって、立方晶で主表面が(100)面方位となる支持基板J10を使用してFeNiNを成長させる場合、FeNiNと整合する軸方向が2通り、つまり成長方向が二方向存在することになる。このため、
図3Aおよび
図3Bに示すように、FeNiN薄膜J20を構成するFeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できている。
【0032】
これに対して、支持基板10として(100)面に対して例えば[010]方向にオフ角を有したSTOのオフ基板を使用すると、FeNiNと整合するのが1軸だけに限定される。具体的には、STO(100)に対してオフ角12.5°を有した主表面では、FeNiN(100)との格子不整合がオフ角を有さない場合に2.480%であったものが0.050%に減少する。一方、FeNiN(001)との格子不整合は、オフ角を有さない場合に4.917%であったものがオフ角12.5°を有した場合には7.170%に増加する。したがって、支持基板10として(100)面に対してオフ角を有したSTOを使用してFeNiNを成長させる場合、FeNiNと整合する軸方向が1通り、つまり成長方向が一方向のみに限定される。このため、FeNiNのc軸が単方向に向いたシングルバリアントになり、それから脱窒素処理を行って得たL1
0型のFeNi規則合金で構成されたFeNi規則合金薄膜20も、
図1Aおよび
図1Bに示すようにc軸が単方向に向いたシングルバリアントになる。
【0033】
このように、支持基板10として主表面が(100)面に対してオフ角を有したオフ基板を用いて、支持基板10上にFeNi規則合金薄膜20を成膜することで、FeNi規則合金薄膜20の結晶がシングルバリアントとなるようにできる。したがって、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体とすることが可能となる。なお、FeNi規則合金薄膜20の全域においてシングルバリアントである必要は無く、寸法が大きなシングルバリアント、例えば17nm以上、好ましくは30nm以上のものが得られていることが好ましい。つまり、部分的に他のバリアントの部分があっても良いが、その部分の寸法よりもシングルバリアントの部分の寸法の方が十分に大きくなっていることが好ましい。
【実施例】
【0034】
次に、
図3Aおよび
図3Cに示す比較構造についてFeNi膜の成膜条件を変更した比較例1~3と、支持基板10として(100)面に対して[010]方向にオフ角を有した主表面のSTOを用いてFeNi膜の成膜条件を変更した実施例1、2について検討を行った。
図5は、その結果を示した図表である。図中、「形態」は、成膜方法に基づくFeNi膜の形態、「FeNi比」はFeNiN膜中に含まれるFeとNiとの比、「支持基板」は、支持基板10、J10として使用した基板の種類を示している。「平均ステップ」は、支持基板10、J10の1μm当たりの単原子層ステップの数の平均値であり、オフ角を有するオフ基板ではオフ方向、オフ角を有していない基板ではステップの並んでいる方向における1μm当たりの単原子層ステップ数を測定している。「スリット」は、FeNi膜中のスリット21の存在の有無を示している。「窒化脱窒素」は、FeNi膜の成膜の際に窒化処理や脱窒素処理を行っているか否かを示している。「設計膜厚」は、FeNi膜の平均膜厚である。「L1
0(TEM)」は、TEM画像解析によりL1
0型の構造が確認されたか否かを示している。「Hc[Oe]」や「Hc[kA/m]」は、異なる単位で保磁力を示したものである。「10KでのHc[Oe]」や「10KでのHc[kA/m]」は、熱揺らぎがほぼ無い極低温の保磁力として、10K(ケルビン)の保磁力を示したものである。
【0035】
比較例1では、窒素プラズマ中においてFeとNiを同時に蒸着することで、FeNiN膜を形成している。比較例2、3および実施例1、2では、FeとNiを原子層毎に交互に蒸着してFeNi膜を形成している。いずれの場合にも、FeNi比は、50:50であった。
【0036】
比較例1~3では、支持基板J10としてSTO(100)のオフ角の無い基板を用い、実施例1、2では、支持基板10としてSTO(100)に対してそれぞれ0.10°と0.25°のオフ角を設けたオフ基板を用いた。比較例1~3では、平均ステップ数が2であったのが、実施例1では平均ステップ数が6、実施例2では平均ステップ数が10であった。基板表面を完全に平坦面にするのは困難であるため、比較例1~3でも単原子層ステップが存在しているが、オフ角を有していないため、平均ステップ数は実施例1、2と比較して十分に少なくなっているし、ステップの形成位置もランダムであった。一方、実施例1、2に用いたオフ角を有するSTOについては、
図6Aおよび
図6Bに示すように概ね等間隔で単原子層ステップ11を有した状態となっていた。また、
図6Cに示すように、実施例1ではFeNi規則合金薄膜20に単原子層ステップ11と対応する位置にスリット21が形成されていることが確認されており、実施例2についても同様であった。
【0037】
比較例1については、FeNi膜にスリットが形成されておらず、比較例2、3および実施例1、2についてはスリットが形成されていた。例えば、実施例2については、
図7の断面TEM像に示されるように、FeNi膜で構成されるFeNi規則合金薄膜20に対して厚みの1/2以上の深さのスリット21が形成されていた。スリットの形成位置については、単原子層ステップの幅に対応していた。
【0038】
また、窒化処理や脱窒素処理については、比較例1では脱窒素処理のみを行い、比較例2ではいずれも行わず、比較例3、実施例1、2では、両方とも行った。設計膜厚については、比較例1のみFeNi膜の成膜の形態が異なっているため、10nmとなっているが、比較例2、3および実施例1、2では25nmとした。さらに、L10(TEM)については、比較例2のみL10型の構造が確認されなかったが、比較例1、3および実施例1、2についてはL10型の構造が確認された。
【0039】
保磁力Hc[Oe]については、比較例1が126[Oe]、比較例2が380[Oe]、保磁力Hc[kA/m]については、比較例1が10.0[kA/m]、比較例2が30.2[kA/m]と小さな値であった。つまり、STO(100)を支持基板J10として用いてFeNi膜を形成する場合に、脱窒素処理のみを行っただけの場合や窒化処理と脱窒素処理を共に行わなかった場合には、小さな保磁力Hcしか得られなかった。
【0040】
比較例3については、保磁力Hc[Oe]が2390[Oe]、保磁力Hc[kA/m]が190.2[kA/m]と大きな値であった。つまり、STO(100)を支持基板J10として用いてFeNi膜を形成しているものの、窒化処理および脱窒素処理を行っているため、大きな保磁力Hcが得られた。
【0041】
一方、実施例1については、保磁力Hc[Oe]が2420[Oe]、保磁力Hc[kA/m]が192.6[kA/m]であった。さらに、実施例2については、保磁力Hc[Oe]が2520[Oe]、保磁力Hc[kA/m]が200.5[kA/m]であった。保磁力Hcを高くできれば、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体になる。比較例3においても、窒化処理および脱窒素処理を行うことで、大きな保磁力Hcが得られているが、より大きな保磁力Hcが得られれば、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体にできる。そして、実施例1、2のように、支持基板10としてSTO(100)に対してオフ角を設けたオフ基板を用いると、オフ角を有さない基板を用いた場合よりも、更に大きな保磁力Hcを得ることができる。したがって、支持基板10としてSTO(100)に対してオフ角を設けたオフ基板を用いることで、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体とすることが可能になる。
【0042】
また、
図5に示した比較例3および実施例1、2に基づいてオフ角の大きさと保磁力Hc[Oe]との関係をプロットすると、
図7に示すグラフが得られる。この図に示すように、オフ角が大きくなるほど保磁力Hcが大きくなるという傾向がある。これは、オフ角が大きくなるほどSTOの主表面での結晶構造の対称性が低下し、4回対称では無くなるためと考えられる。さらにステップ間隔が単磁区サイズに近づいていく効果も働いていると考えられる。したがって、オフ角を大きくすることで、高い保磁力Hcが得られる正方晶系薄膜構造体にできる。
【0043】
ただし、上記したように、オフ角が大きすぎると、単原子層ステップ11の数が多くなり、単原子層ステップ11の間隔が狭くなる。このため、STOの主表面での結晶構造の対称性を低下させつつ、ある程度のFeNi規則合金薄膜20の形成幅を確保するために、オフ角を45°未満、好ましくは12.5°以下にすると良い。より好ましくは、0.5°以下にするとより好ましい。
【0044】
また、
図8に示す断面TEM像を用いて、FeNi規則合金薄膜20のバリアントサイズについて調べた。具体的には、収束イオンビーム(FIB)加工により、薄片化した断面試料について、STO[001]方向から高分解能TEM観察を行った。スキャン範囲を17nmとし、そのスキャン範囲で得られたTEM像をフーリエ変換(FFT)解析したところ、L1
0-FeNi(001)回折スポット、つまりFeNiがc軸の配向していることを示すスポットを確認した。
【0045】
図9A~
図9Cは、それぞれ、
図8中の領域A~CにおけるTEM電子線回折を行ったときの結果を示した図である。領域A~Cは、それぞれ17×17nmの範囲となっている。
【0046】
各図中において、格子状に並ぶ明るい点が基本反射のパターン、格子の1つの正方形状に並ぶ基本反射回折スポットパターンの中心に位置する白抜き矢印の先端の白点が超格子反射の回折スポットパターンを示している。この超格子反射の回折スポットパターンが現れている場合は、L10-FeNiのc軸が紙面に対して垂直になっていることを示している。
【0047】
また、
図9A中において、黒塗り矢印で示した隣り合う基本反射回折スポットパターンの間に位置する白点はc軸が面内に横たわっている状態、つまり図中の左右方向を積層方向としてFeNiの結晶の積層構造が配置されていて、その方向にc軸が位置している状態を表している。
図8中の領域Aについては、L1
0-FeNiのc軸が紙面に対して垂直になっている超格子反射回折スポットのパターンだけでなく、図中の左右方向にもc軸があることが示されている。このことは、2つの方向に配向していることを意味しており、領域Aについてはマルチバリアントになっていることが判る。一方、
図8中の領域B、Cについては、L1
0-FeNiのc軸が紙面に対して垂直になっている超格子反射の回折スポットパターンだけが現れている。このことは、1つの方向に配向していることを意味しており、領域B、Cについてはシングルバリアントになっていることが判る。
【0048】
このように、超格子反射の回折スポットのパターンが17×17nm以上にわたって現れており、少なくともこの回折スポットパターンを作る17nm以上の寸法のシングルバリアントが得られている。具体的に測定すると、シングルバリアントの寸法が30nm以上となっていた。このような大きな寸法でシングルバリアントが得られていることからも、上記したような大きな値の保磁力Hcが得られていると考えられる。
【0049】
以上説明したように、FeNi規則合金薄膜20を構成するFeNiの一部がマルチバリアントになっていても、より広い範囲においてシングルバリアントが得られている。したがって、支持基板10として主表面が(100)面に対してオフ角を有したオフ基板を用いて、支持基板10上にFeNi規則合金薄膜20を成膜することで、FeNi規則合金薄膜20の結晶がシングルバリアントとなるようにできると言える。
【0050】
(他の実施形態)
本開示は、上記した実施形態に準拠して記述されたが、当該実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、磁性材料に限定されるものではなく、様々な組み合わせや形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本開示の範疇や思想範囲に入るものである。
【0051】
例えば、上記実施形態では、支持基板10を構成する立方晶系に属する結晶構造体として、STO(100)に対して所定のオフ角を有したオフ基板を例に挙げたが、他の材質で支持基板10を構成しても良い。例えば、LAO(100)、MgO(100)などの金属酸化物に対して所定のオフ角を有したオフ基板を支持基板10として使用しても良い。オフ角方向も[010]方向に限定されるものではなく、例えば[010]方向から面内に30°回転させる方向など対称性を下げる方向であればよい。
【符号の説明】
【0052】
10 支持基板
20 FeNi規則合金薄膜