(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】起立着座動作支援装置および起立着座動作支援方法
(51)【国際特許分類】
A61G 5/14 20060101AFI20241114BHJP
A61G 7/10 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61G5/14
A61G7/10
(21)【出願番号】P 2019191604
(22)【出願日】2019-10-19
【審査請求日】2022-05-25
【審判番号】
【審判請求日】2023-11-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1)刊行物名 国際会議IECON2018予稿集 発行日 2018年10月21日 発行所 IEEE Industrial Electronics Society 2)刊行物名 国際会議IECON2019予稿集 発行日 2019年10月14日 発行所 IEEE Industrial Electronics Society
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 地域産学連携バリュープログラム「安定余裕理論と動作誘引手法による自発的動作に寄り添う起立支援」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】中後 大輔
【合議体】
【審判長】平城 俊雅
【審判官】小川 恭司
【審判官】内田 博之
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-209548(JP,A)
【文献】特開昭63-145654(JP,A)
【文献】特開2016-64124(JP,A)
【文献】特開2017-185185(JP,A)
【文献】特開2010-167076(JP,A)
【文献】国際公開第2016/042703(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61G 1/00 - 7/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する装置であって、
前記起立動作は、
体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する第1の動作と、
身体重心位置を第1の動作の終了時点の足裏の上から前方に移動し、体幹を上方に持ち上げる第2の動作と、
身体重心位置を第2の動作の終了時点の位置から後方に移動し、体幹を伸展させ体勢を整える第3の動作、
で構成され、
前記装置は、第1の動作、第2の動作、第3の動作の順に誘導する支援動作を行う機構を備え、
前記支援動作は、
第1の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第1の動作の全体所要時間の20~30%に設定され、かつ、
第2の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第2の動作の全体所要時間の20~30%に設定された、
ことを特徴とする起立着座動作支援装置。
【請求項2】
起立姿勢から着座姿勢へ移行するユーザの着座動作を支援する装置であって、
前記着座動作は、
体幹を屈曲させ体勢を崩す第4の動作と、
体幹を下方に下げる第5の動作と、
体幹を後傾させながら身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する第6の動作、
で構成され、
前記装置は、第4の動作、第5の動作、第6の動作の順に誘導する支援動作を行う機構を備え、
前記支援動作は、
第4の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第4の動作の全体所要時間の20~30%に設定されたことを特徴とする起立着座動作支援装置。
【請求項3】
前記装置における支援動作を行う機構は、
装置に搭載された台座面を水平方向及び上下方向に移動し得る機構を備え、
ユーザの腕部が前記台座面に当接することによって、ユーザの動作を支援することを特徴とする請求項1又は2の起立着座動作支援装置。
【請求項4】
前記装置における支援動作を行う機構は、2つの把持部と、各把持部を可動させる可動部と、該可動部を制御する制御部を備え、
前記把持部は、それぞれをユーザが左右の手で掴むか、又は、左右の腕部を載せる形状を呈し、前記把持部の動作によって、ユーザの動作を支援することを特徴とする請求項1又は2の起立着座動作支援装置。
【請求項5】
起立着座動作支援装置が、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する方法であって、
前記起立着座動作支援装置は、体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する第1の動作と、身体重心位置を第1の動作の終了時点の足裏の上から前方に移動し、体幹を上方に持ち上げる第2の動作と、身体重心位置を第2の動作の終了時点の位置から後方に移動し、体幹を伸展させ体勢を整える第3の動作、を誘導する支援動作を行う機構を備え、
前記起立動作は、
第1の動作
を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第1の動作の全体所要時間の20~30%に設定され、第1の動作を誘導するステップと、
第2の動作
を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第2の動作の全体所要時間の20~30%に設定され、第2の動作を誘導するステップと、
第3の動作
を誘導するステップと、を有し、
前記起立着座動作支援装置は、前記第1の動作
を誘導するステップ、
前記第2の動作
を誘導するステップ、
前記第3の動作
を誘導するステップの順に
支援動作を行う
ことを特徴とする起立着座動作支援方法。
【請求項6】
起立着座動作支援装置が、起立姿勢から着座姿勢へ移行するユーザの着座動作を支援する方法であって、
前記起立着座動作支援装置は、体幹を屈曲させ体勢を崩す第4の動作と、
体幹を下方に下げる第5の動作と、体幹を後傾させながら身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する第6の動作、を誘導する支援動作を行う機構を備え、
前記着座動作は、
第4の動作
を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第4の動作の全体所要時間の20~30%に設定され、第4の動作を誘導するステップと、
第5の動作
を誘導するステップと、
第6の動作
を誘導するステップと、を有し
前記起立着座動作支援装置は、前記第4の動作
を誘導するステップ、
前記第5の動作
を誘導するステップ、
前記第6の動作
を誘導するステップの順に
支援動作を行う
ことを特徴とする起立着座動作支援方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下肢の衰え等により起立動作等に支障があるユーザの起立・着座動作を支援する装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢社会における大きな問題は、加齢に伴う身体機能の低下により、高齢者が日常生活を自立して営むことが困難になることである。身体機能の低下の中で、特に下肢の衰えによる起立障害は、高齢者の日常生活における自立を阻害する最大の要因になっている。身体機能が低下した高齢者は、下肢の衰えに伴って起立ができなくなることで、座ったきり(車椅子の生活)、寝たきりの状態に陥り、座ったきりや寝たきりの状態で下肢の体力を使わないことで、下肢の衰えがますます促進される、という悪循環に陥るケースが多い。
現在の日本では、日常生活で援助を必要とする高齢者は、5つの異なるケアレベルに分類される。ケアレベル1は軽度で、ケアレベル5は深刻な状態を表す。ケアレベル1または2の高齢者は、一般に、1人で立ったり、歩いたり、座ったりするのが困難であるが、支援があれば通常の日常生活を行うことができる。しかしながら、例えば、ある統計データでは、ケアレベル1の患者の10%以上が、その後の1年以内に高いケアレベルに割り当てられている。したがって、低レベルのケアのみを必要とする高齢患者の生活の質を改善できる起立支援装置や方法が望まれている。
【0003】
従来から、ユーザの体の一部を支えて、起立および着座を補助する保持部を備えた介助ロボットが知られている(特許文献1を参照)。特許文献1に開示された介助ロボットによれば、起立動作の支援において、ユーザ(被介助者)の重心位置が、被介助者の両足の裏の範囲内に存在するように設定することで、被介助者に違和感を与えることなく、起立させることができる。
また、特許文献1では、起立軌跡の複数の区間のうち、被介助者がトレーニングしたい身体部位に応じた区間において、保持部の速度が、被介助者にかかる負担に応じた速度となるように駆動部の速度を制御する構成についても開示されている。そして、特許文献1では、各区間の通過速度が遅い場合、早い場合と比較して、その姿勢を長く維持する必要があるため、被介助者の負荷が増大することが示唆されている。
しかしながら、上記特許文献1では、具体的な速度制御については、被介助者がトレーニングしたい身体部位に応じた区間において、保持部の速度が、被介助者にかかる負担に応じた速度となるように駆動部の速度を制御するとするのみで、具体的にどの区間において、どのような速度制御を行えば、被介護者にとって、最も安心感や誘引効果のある起立支援となるのかという点については、何ら言及されていない。
【0004】
また、具体的な速度制御について関連する文献としては、人間の立ち上がり動作に関する運動戦略について開示された文献(非特許文献1を参照)や、起立動作において、膝関節の屈曲角度を変化させた時の体幹の前後運動速度と前傾角度の変化について開示された文献(非特許文献2を参照)、さらに、個人に適合した身体負荷の低減と残存機能の活用が期待できる起立動作支援システムについて開示された文献(非特許文献3を参照)が知られている。
一般に起立動作は、体幹を前傾させて、重心をお尻の上から自分の足の裏に移動させる動作(第1の動作)、体幹を上方に持ち上げる動作(第2の動作)、及び、体幹を伸展させ(胸を張って)体を直立させる動作(第3の動作)の3つの動作から成る。そして、上記非特許文献1~3では、起立動作の初期における素早い身体重心の移動が示唆されている。
しかしながら、被介護者に対する誘引効果や安心感を高めるためには、体幹を前傾させる第1の動作について素早い身体重心の移動を行うだけでは、不十分であるという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】「動作スピードを変化させた立ち上がり動作における運動戦略の検証」帯刀隆之 他 日本保健学会誌 Vol.12 No3 2009
【文献】「起立動作に必要な体幹の前傾角度と運動速度」百瀬公人 他 理学療法学Supplement 2005
【文献】「個人に適合した身体負荷の低減と残存機能の活用が可能な立ち上がり動作支援に関する研究」高井飛鳥 大阪府立大学 博士論文 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の如く、これまでの起立動作を支援する技術においては、動作の速度制御に関する検討が行われておらず、ユーザにとっての安心感や誘因効果のある起立支援の実現という視点で課題があり、そのため、装置が理想と考え誘導したい軌道に、ユーザが追従できないという問題があった。
【0008】
かかる状況に鑑みて、本発明は、ユーザに対する誘引効果や安心感を高め、ユーザを無意識的に目的とする軌道上に動作させ得る支援動作を行う起立着座動作支援装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明の起立着座動作支援装置は、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する装置であって、起立動作は、体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する第1の動作と、体幹を上方に持ち上げる第2の動作と、体幹を伸展させ体勢を整える第3の動作で構成され、装置は第1乃至第3の動作を誘導する支援動作を行う機構を備える。装置の支援動作は、第1の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第1の動作の時間軸の前半に設定され、かつ、第2の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第2の動作の時間軸の前半に設定される。
これにより、ユーザを無意識的に着座姿勢から起立姿勢へ目的とする軌道上に動作させる支援動作を行うことができる。
【0010】
ここで、支援動作における軌道は、熟練した理学療法士がユーザの動作を誘導する動きを倣った軌道であることが好ましいが、これに限定されるものではなく、ユーザの個々の体格、筋力、障害の程度などの状況に応じて、コンピュータのシミュレーションにより最適化された支援動作の軌道であってもよい。
また、移動速度のピークは、各動作の全体所要時間の20~30%に設定されることが好ましい。
【0011】
本発明の起立着座動作支援装置は、起立姿勢から着座姿勢へ移行するユーザの着座動作を支援する装置であって、着座動作は、体幹を屈曲させ体勢を崩す第4の動作と、体幹を下方に下げる第5の動作と、体幹を後傾させながら身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する第6の動作で構成され、装置は第4乃至第6の動作を誘導する支援動作を行う機構を備える。支援動作は、第4の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第4の動作の時間軸の前半に設定される。
これにより、ユーザを無意識的に起立姿勢から着座姿勢へ目的とする軌道上に動作させる支援動作を行うことができる。支援動作における軌道は、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する場合と同様に、熟練した理学療法士がユーザの動作を誘導する動きを倣った軌道であることが好ましい。また、移動速度のピークは、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する場合と同様に、動作の全体所要時間の20~30%に設定されたことが好ましい。
【0012】
本発明の起立着座動作支援装置において、装置における支援動作を行う機構は、具体的には、装置に搭載された台座面を水平方向及び上下方向に移動し得る機構を備え、ユーザの腕部が台座面に当接することによって、ユーザの動作を支援する。
あるいは、装置における支援動作を行う機構は、2つの把持部と、各把持部を可動させる可動部と、該可動部を制御する制御部を備え、把持部は、それぞれをユーザが左右の手で掴むか、又は、左右の腕部を載せる形状を呈し、把持部の動作によって、ユーザの動作を支援する。
装置に搭載された台座面を水平方向及び上下方向に移動し得る機構としては、例えば、装置全体が床面上を水平方向に移動し得る機構と、装置に搭載された台座面を上下方向に移動し得る機構を備えることでもよいし、台座面自体が上下方向だけではなく水平方向にも移動し得る機構を備えることでもよい。
【0013】
次に、本発明の起立着座動作支援方法について説明する。
本発明の起立着座動作支援方法は、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する方法であって、起立動作は、体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する第1の動作と、体幹を上方に持ち上げる第2の動作と、体幹を伸展させ体勢を整える第3の動作で構成され、方法は第1乃至第3の動作を誘導する支援動作を行うステップを備える。
支援動作を行うステップでは、第1の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第1の動作の時間軸の前半に設定され、かつ、第2の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第2の動作の時間軸の前半に設定される。
【0014】
また、本発明の起立着座動作支援方法は、起立姿勢から着座姿勢へ移行するユーザの着座動作を支援する方法であって、着座動作は、体幹を屈曲させ体勢を崩す第4の動作と、体幹を下方に下げる第5の動作と、体幹を後傾させ身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する第6の動作で構成され、方法は第4乃至第6の動作を誘導する支援動作を行うステップを備える。
支援動作を行うステップでは、第4の動作を誘導する動作の軌道上の移動速度のピークが、第4の動作の時間軸の前半に設定される。
【0015】
本発明の起立着座動作支援方法において、上述の本発明の起立着座動作支援装置と同様、支援動作における軌道は、熟練した理学療法士がユーザの動作を誘導する動きを倣った軌道であることが好ましいが、これに限定されるものではなく、ユーザの個々の体格、筋力、障害の程度などの状況に応じて、コンピュータのシミュレーションにより最適化された支援動作の軌道であってもよい。また、移動速度のピークは、各動作の全体所要時間の20~30%に設定されることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の起立着座動作支援装置及び方法によれば、ユーザに対する誘引効果や安心感を高め、ユーザを無意識的に目的とする軌道上に動作させることができるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実施例1の起立着座動作支援装置の機能ブロック図
【
図2】実施例1の起立着座動作支援装置の使用イメージ図
【
図5】最小ジャーク軌道に基づく動きの試行状態を示すグラフ
【
図7】積極性因子と優しさ因子の負荷を示したグラフ
【
図8】起立着座動作支援装置における肘掛け部の動きを示すグラフ
【
図9】装置の第1の動作の支援動作における速度プロファイルを示すグラフ
【
図13】健常者を被験者とした場合の各パターンのアンケート結果を示すグラフ1
【
図14】健常者を被験者とした場合の各パターンのアンケート結果を示すグラフ2
【
図15】高齢者を被験者とした場合の起立動作支援イメージ図
【
図16】高齢者を被験者とした場合の起立動作中の重心の位置を示すグラフ
【
図17】実施例2の起立着座動作支援方法のフロー図
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0019】
図1は、実施例1の起立着座動作支援装置の機能ブロック図を示している。起立着座動作支援装置1は、誘導機構2を備えており、誘導機構2は台座部3及び可動部4を備えている。可動部4は、水平移動機構5と上下移動機構6を備えている。
【0020】
図2は、実施例1の起立着座動作支援装置の使用イメージ図を示している。
図2に示す起立着座動作支援装置1の台座部3は、肘掛け部31及びハンドル32から構成される。また、可動部4は、自律歩行器50及び起立支援用マニピュレータ60から構成される。被介護者9は、肘掛け部31に肘を置き、ハンドル32を把持して、椅子10に着座した状態から起立動作を行う。
【0021】
自律歩行器50には、作動ホイール51、フロントキャスタ52a及びリアキャスタ52bが設けられている。
図2では、被介護者9から見て右側の作動ホイール51、フロントキャスタ52a及びリアキャスタ52bのみが図示されているが、左側にも同様の作動ホイール及びキャスタが設けられている。作動ホイール51には、アクチュエータ及び電動パーキングブレーキが設けられている(図示せず)。起立着座動作支援装置1は、起立動作だけではなく、着座動作や歩行動作に使用できる。フロントキャスタ52a及びリアキャスタ52bは、起立着座動作支援装置1を使用して歩行する際に、被介護者9がバランスを保ちつつ、その場で向きを変えることに役立つ。アクチュエータは、作動ホイール51を制御するための十分なパワーを有しているが、起立着座動作支援装置1を長時間停止させる場合には、エネルギー効率のよい機械式のブレーキ(図示せず)を用いることができる。
【0022】
図示しないが、起立支援用マニピュレータ60には、リニアDCモーター及びガススプリングが設けられており、上下移動機構6を構成している。具体的には、リニアDCモーターによって昇降し、ガススプリングにより補助される構造である。起立着座動作支援装置1は、40kg程度の重量物を持ち上げることが可能であり、被介護者を支援するのに十分な性能を有している。なお、起立着座動作支援装置1は、ガススプリングを用いることにより、小型のアクチュエータを使用することができ、装置を安価に作製することが可能である。ガススプリングは、電力が失われたときに起立着座動作支援装置1が突然動くことを防止できる。
【0023】
次に、起立着座動作支援装置を用いた起立動作の支援方法について説明する。
図3は、実施例1の起立着座動作支援方法のフロー図を示している。また、
図4は、人間の起立着座動作の説明図を示している。
図4に示すように、一般に、人間の起立動作は、着座姿勢Aから姿勢Bへ移行する動作、すなわち着座姿勢から体幹を前傾させて、重心をお尻の上から自分の足の裏に移動させる第1の動作と、姿勢Bから姿勢Cへ移行する動作、すなわち体幹を上方に持ち上げる第2の動作と、姿勢Cから起立姿勢Dへ移行する動作、すなわち体幹を伸展させ(胸を張って)体を直立させる第3の動作といった3つの動作から成る。
【0024】
起立着座動作支援装置1は、人間の起立動作を支援する場合には、まず、体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する動作(第1の動作)を誘導する支援動作を行う(ステップS01)。ここで、第1の動作を誘導する支援動作の軌道上の移動速度のピークは、第1の動作の時間軸の前半に設定し、支援動作を行う。より詳しくは、第1の動作の全体所要時間の25%が経過した時間にピークが位置するように設定して支援動作を行う。
次に、体幹を上方に持ち上げる動作(第2の動作)を誘導する支援動作を行う(ステップS02)。ここで、第2の動作を誘導する支援動作の軌道上の移動速度のピークは、第2の動作の時間軸の前半に設定し、より詳しくは、第2の動作の全体所要時間の25%が経過した時間にピークが位置するように設定し支援動作を行う。
最後に、体幹を伸展させ体勢を整える動作(第3の動作)を誘導する支援動作を行う(ステップS03)。
【0025】
上記の起立動作の支援動作を導くに至った実験について説明する。まず、単純な装置アーム(図示せず)を使用して、これらの特性が被介護者にどのように知覚されるかを評価する予備実験を行った。予備実験では、装置アームを様々な方法で動かし、被介護者の印象を意味微分法(SD法:semantic differential method)を用いて評価した。SD法は、ある刺激対象から連想される複数の対になる形容詞セットの双極的な評定尺度を用いて、結果から刺激対象の印象評定を行う方法であり、直接観測できない人間の感性のパラメータを定量化できるという利点がある。
図示しないが、予備実験の装置アームは、一次元の水平方向の動きを再現できるものであり、被験者は装置アームの上部を掴み、アイマスクを着用した。被験者は、装置アームの前に立ち、アームの動きを追跡した。被験者は22~24歳の23人の若い学生であり、各々実験を2回試行した。
【0026】
下記表1は、26組の双極的な形容詞を列挙したものである。被験者に対してアンケートを行い、表1に示す各単語を用いて評価することで運動を説明するように依頼した。一般に、SD法で使用されるアンケートのスケールは1~5または1~7であるが、ここでは、単語の「どちらにも該当しない」に集中しないようにすべく、1~6のスケールを使用した。
【0027】
【0028】
装置アームの動きのどの特性が被介護者に影響するかを調べるために、既に明らかとなっている典型的な特性を含む、装置アームの動きの様々な候補パターンを設計した。生理学的には、人間の自発的な腕の動きを分析し、特徴的な速度プロファイルを備えた最小ジャーク軌道モデルによって近似できることが実証されているため、当該軌道モデルを使用して支援動作を設計した。
【0029】
最小ジャーク軌道モデルでは、人間の1次元運動は下記式1を最小化する軌道として表される。ここで、tfは運動の最終時間であり、d3x(t)/dt3はジャークと呼ばれる加速度の差である。x(t)がオイラーポアソン方程式の解である場合、Cjは極値である。
【0030】
【0031】
境界条件は、下記式2と仮定する。ここで、xfは移動距離、tfはこの運動に必要な時間である。x0は開始位置であり、t0は運動が開始する時間である。
【0032】
【0033】
上記式1に上記式2を適用すると、x(t)は下記式3及び式4で表される。
【0034】
【0035】
【0036】
上記式3及び式4では、x
f及びt
fの2つのパラメータのみがモーションの導出に必要である。そこで、典型的な人間の動きに近い、追従する装置の動きを設計した。
図5は、最小ジャーク軌道モデルに基づく動きの試行状態を示すグラフである。また、下記表2は、軌道モデルのパラメータを表したものである。
予備実験では、移動距離をx
f=0.5mとし、所要時間をt
f=0.7、0.9、又は1.4秒として設定した。さらに、速度がピーク値に達する時間をシフトした。
図5及び表2に示すように、各運動パターンについて、25%、33%、50%、67%及び75%の相対時間s=t/t
fで発生するピーク速度を設定する。
【0037】
【0038】
本予備実験では、因子分析に分析ソフトウェア(IBM製SPSS Statistics 22)を使用した。バリマックス回転は、被験者から与えられた印象に適用される。下記表3は、それぞれの双極性の形容詞セットの因子負荷を示している。
【0039】
【0040】
図6は、予備実験分析のスクリープロットを示している。
図6に示すように、画面プロットから因子負荷を2つの因子に分類できる。因子は個別に解釈される。因子負荷が絶対値で0.6ポイント以上である双極性の形容詞のペアは、上記表3に太字で示されている。
因子1については、「強い」、「勇敢な」(「臆病な」の対義語)、「頼もしい」、「支配的な」、「すばやい」(「のろい」の対義語)、「敏感な」、「鋭い」、「速い」、「刺激的な」(「退屈な」の対義語)、「はっきりした」、「派手な」、「積極的な」、「危険な」、および「激しい」(「穏やかな」の対義語)という言葉は、積極性の印象を与える、他の因子よりも高い因子負荷がある。そこで、因子1を積極性要因として定義した。
因子2については、「好きな」、「良い」(「悪い」の対義語)、「気持ちのいい」、「親しみやすい」、「好意的な」、「安心な」(「不安な」の対義語)、および「愉快な」という言葉は、優しさの印象を与える、高い因子負荷がある。そこで、因子2を優しさ因子として定義した。
【0041】
図7は、積極性因子と優しさ因子の負荷を示したグラフである。統計的な有意性を検証するために、因子スコアのすべての組み合わせに対して5%レベルでt検定を適用した。
図7(1)に示すように、積極性因子については、装置の動きのパターンAのスコアが高く、パターンCのスコアが低かった。パターンAの最大速度は1.2m/sで、パターンCの最大速度は0.6m/sであった。これは、高速のパターンの場合、積極性因子が増加する傾向があることを意味する。さらに、パターンX1(XはA、B、又はC)のスコアが高く、パターンX5のスコアは低かった。パターンX1の場合、最大速度は25%の相対時間で発生し、パターンX5の場合は75%で発生した。これは、より早く最大速度に達するパターンがより積極的に認識されることを意味している。
【0042】
図7(2)に示すように、優しさ因子については、積極性因子の傾向とは逆であった。パターンCのスコアは高く、パターンAのスコアは低かった。これは、装置の動きの速度が遅い場合、優しさ因子が増加する傾向があることを意味している。さらに、パターンX5のスコアは高く、パターンX1のスコアは低かった。これは、後で最大速度に達するパターンがより優しいと認識されることを意味している。
以上の結果から、装置の動きは様々な印象(積極性や優しさなど)を被介護者に伝えることができる。起立着座動作支援装置1は、状況に応じた動きのパターンを使用する必要がある。
【0043】
介護の専門家が推奨する起立動作は、前述したように第1~第3の動作の3つの支援動作に分けることができ、かかる3つの支援動作を実現するには、次の条件を満たしている必要がある。まず、第1の動作の支援動作では、被介護者は上半身を前に傾けて、重心が足の上にくるようにするための支援動作を行う。第2の動作の支援動作では、患者は動きの方向を前方から上方にスムーズに変更するための支援動作を行う。これらの条件は、被介護者が各動作で必要な運動を行う必要があることを意味している。したがって、起立着座動作支援装置は、被介護者の各動作の誘導で必要な支援動作を被介護者に対して行う必要があり、装置の意図した動きは、積極性の因子に基づいて設計する。
【0044】
図8は、起立着座動作支援装置における台座部の肘掛け部の動きを示すグラフである。
図8に示す起立動作を示すグラフは、介護の専門家が推奨する起立動作の支援動作であり、前述した第1~第3の動作の支援動作で構成される。
図8に示すグラフの動作を、本実施例におけるリファレンス軌道とする。介護の専門家が推奨する第1~第3の動作の支援動作では、運動パターン全体の約50%の時間で移動速度のピークが発生する。なお、支援動作の速度プロファイルは、最小ジャーク軌道モデルを用いて近似している。
【0045】
図9は、起立着座動作支援装置の第1の動作の支援動作における速度プロファイルを示すグラフである。ここでは予備実験の結果を考慮して、ピーク速度の相対時間をシフトしている。
図9における各パターンの違いは、速度プロファイルのみによるものである。なお、各パターンは、
図8に示す同一のリファレンス軌道に従ったものである。
各運動パターンについて、ピーク速度は25%(パターン1A)、50%(元のパターン1B)、および75%(パターン1C)で発生するように設定されている。パターン1Aはより強い積極性因子を持ち、パターン1Cはより強い優しさ因子を持つ。したがって、パターン1Aは、第1段階で患者を順方向に効果的に誘導することができる。これは、起立支援を理解していない被介護者にとって役立つものである。一方、パターン1Cは、患者に穏やかな印象を与えると予想される。これは、装置支援を好まない被介護者に役立つといえる。
【0046】
下記表4は、起立動作の速度プロファイルを表している。各パターンの違いは、速度プロファイルのみによるものであり、各パターンは同一のリファレンス軌道に従ったものである。したがって、各パターンに必要な時間は異なるが、開始位置と終了位置は同じである。
【0047】
【0048】
起立着座動作支援装置の有効性を検証するために、次のような実験を行った。被験者は、22~45歳の健康な12人であり、高齢者の体験を模倣するために動きを制限する特別な機器を着用した(図示せず)。
被験者は、起立着座動作支援装置1の支援動作を受けて9回起立動作を行った。各実験では、上記表4からランダムに異なる起立動作パターンが使用された。被験者は、各実験でどのパターンが使用されたかを知らなかった。被験者らは、起立着座動作支援装置1がどのように支援動作をするのかについての情報を伝えられず知らない状態で実験が行われた。被験者らは、起立着座動作支援装置1が使用中にどのように動いたかを判断し、立ち方を決定しなければならなかった。立っているときに被験者が基準姿勢を採用したことを確認するために、被験者の体の重心の位置を測定した。
【0049】
実験の結果、被験者は起立着座動作支援装置1の支援動作を受けて、一部のパターンを除いて上手く起立することができた。被験者は、一部のパターン、1C-2X(XはA、B又はC)に対して不適切な姿勢をとった。この場合、被験者は上半身を前に傾けることができなかったため、第1の動作の支援動作では重心が足の上ではなく臀部にあり、その結果、起立着座動作支援装置1だけが前方に移動した。
図10~12は、起立動作中の重心の位置を示すグラフである。具体的には、
図10(1)はパターン1A-2A、
図10(2)はパターン1A-2B、
図10(3)はパターン1A-2C、
図11(1)はパターン1B-2A、
図11(2)はパターン1B-2B、
図11(3)はパターン1B-2C、
図12(1)はパターン1C-2A、
図12(2)はパターン1C-2B、
図12(3)はパターン1C-2Cの場合を示している。なお、実線は起立動作中の重心の位置を示し、破線はリファレンス軌道を示している。
パターン1A-2Xの場合、重心は十分に前方に移動した。パターン1C-2Xの場合、被験者は上半身を傾けなかった。これは、積極的な支援方法が被験者を基準姿勢に導くのに優れていることを意味している。パターン1X-2Aの場合、重心は最終的な基準位置を達成するために十分に持ち上げられた。ただし、第1の動作の支援動作で体の傾きが十分でない場合は、このパターンで持ち上げ動作が失敗することがあった。
【0050】
図13及び
図14は、健常者を被験者とした場合の各パターンのアンケート結果を示すグラフであり、
図13(1)は「立ち易い-立ち難い」、
図13(2)は「好き-嫌い」、
図14(1)は「安定-不安定」、
図14(2)は「協力的-非協力的」についてのアンケート結果を示している。
図13及び
図14に示すように、パターン1A-2Aの場合は、最も「立ち易い」、「好き」、「安定」かつ「協力的」であると評価されることが分かった。
【0051】
図15は、高齢者を被験者とした場合の起立動作支援イメージ図であり、(1-a)~(1-d)はパターン1A-2Aの場合、(2-a)~(2-d)はパターン1C-2Cの場合を示している。
図15(1-a)に示すように、高齢の女性の被介護者9が被験者となり、起立着座動作支援装置1による起立動作支援を受けながら、起立動作を行った。なお、補助者11は、安全性を確保するために被介護者9に付き添った者であり、起立動作支援は行っていない。
図15(1-a)及び(2-a)に示すように、パターン1A-2A及びパターン1C-2Cの何れの場合においても、着座した状態では差は見られないが、
図15(1-b)及び(2-b)に示すように、体幹を前傾させ身体重心位置を臀部の上から足裏の上に移動する動作(第1の動作)を行った状態では、パターン1C-2Cの場合よりもパターン1A-2Aの場合の方が、十分に前傾姿勢が取られていることが分かる。
図15(1-c)及び(2-c)に示すように、体幹を上方に持ち上げる動作(第2の動作)を行った状態では、パターン1A-2Aの場合では、十分な前傾姿勢が取られた上で体幹が上方に持ち上げられているが、パターン1C-2Cの場合では、パターン1A-2Aの場合と比較して後傾姿勢となっているために体幹がスムーズに上方に持ち上げられていないことが分かる。
また、
図15(1-d)及び(2-d)に示すように、体幹を伸展させ体勢を整える動作(第3の動作)においても、パターン1A-2Aの場合では、しっかりと体幹が伸展しているのに対し、パターン1C-2Cの場合では、やや後傾姿勢が継続し、十分に体幹が伸展していないことが分かる。
【0052】
図16は、高齢者を被験者とした場合の起立動作中の重心の位置を示すグラフであり、ケース1はパターン1A-2Aの場合、ケース2はパターン1C-2Cの場合を示している。
図16から、ケース2の場合はリファレンス軌道から大きく外れているが、ケース1の場合には、リファレンス軌道とほぼ一致していることが確認できた。
以上より、本実施例の起立着座動作支援方法を用いることにより、被介護者を無意識的に目的とする軌道上に動作させる支援動作を行えることがわかる。
【実施例2】
【0053】
本実施例では、起立着座動作支援装置を用いた着座動作の支援方法について説明する。
図4に示すように、一般に、人間の着座動作は、起立姿勢Dから姿勢Cへ移行する動作、すなわち体幹を屈曲させ体勢を崩す動作(第4の動作)と、姿勢Cから姿勢Bへ移行する動作、すなわち体幹を下方に下げる動作(第5の動作)と、姿勢Bから着座姿勢Aへ移行する動作、すなわち体幹を後傾させながら身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する動作(第6の動作)といった3つの動作から成る。
【0054】
図17は、実施例2の起立着座動作支援方法のフロー図を示している。
図17に示すように、着座動作の支援では、まず、体幹を屈曲させ体勢を崩す動作(第4の動作)を誘導する(ステップS11)。ここで、第4の動作を誘導する支援動作の軌道上の移動速度のピークは、第4の動作の時間軸の前半に設定し、支援動作を行う。より詳しくは、第4の動作の全体所要時間の25%が経過した時間にピークが位置するように設定して支援動作を行う。これにより、ユーザを無意識的に起立姿勢から着座姿勢へ目的とする軌道上に動作させる支援動作を行うことができる。
次に、体幹を下方に下げる動作(第5の動作)を誘導する支援動作を行う(ステップS12)。最後に、体幹を後傾させながら身体重心位置を足裏の上から臀部の上に移動する動作(第6の動作)を誘導する支援動作を行う(ステップS13)。
支援動作における軌道は、着座姿勢から起立姿勢へ移行するユーザの起立動作を支援する場合と同様に、熟練した理学療法士がユーザの動作を誘導する動きを倣った軌道となっている。
【0055】
(その他の実施例)
起立着座動作支援装置としては、2つの把持部と、各把持部を可動させる可動部と、該可動部を制御する制御部を備え、把持部が、それぞれをユーザが左右の手で掴むか、又は、左右の腕部を載せる形状を呈し、把持部の動作によって、ユーザの動作を支援するものでもよい。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、下肢の衰え等により起立着座動作に支障がある被介護者の起立着座動作を支援する装置として有用である。
【符号の説明】
【0057】
1 起立着座動作支援装置
2 誘導機構
3 台座部
4 可動部
5 水平移動機構
6 上下移動機構
9 被介護者
10 椅子
11 補助者
31 肘掛け部
32 ハンドル
50 自律歩行器
51 作動ホイール
52a フロントキャスタ
52b リアキャスタ
60 起立支援用マニピュレータ