(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】アルミニウム材料又はマグネシウム材料の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/16 20060101AFI20241114BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
C23C8/16
C23C26/00 C
(21)【出願番号】P 2020016740
(22)【出願日】2020-02-04
【審査請求日】2023-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石崎 貴裕
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-023768(JP,A)
【文献】特開2014-125639(JP,A)
【文献】国際公開第2013/047365(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/135363(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/069841(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/225674(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第107974701(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00 - 12/02
24/00 - 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム材料からなる基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜を形成する表面処理方法において、
前記基材の表面の少なくとも一部に、純水からなる処理液を供給して前記基材を加湿状態にする加湿工程と、
前記加湿工程後の基材に水蒸気を接触させることで、基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜を形成する水蒸気処理工程と
、を含み、
前記水蒸気処理により形成される防食皮膜は、水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2
と、任意的に下記化2で示されるMg-Al系層状複水酸化物を含んでいることを特徴とする表面処理方法。
【化2】
(式中、陰イオンであるA
n-
は、水酸化物イオン(OH
-
)、炭酸イオン(CO
3
2-
)、硝酸イオン(NO
3
-
)、硫酸イオン(SO
4
2-
)、フッ素イオン(F
-
)、塩素イオン(Cl
-
)の少なくともいずれかである。)
【請求項2】
加湿工程は、純水からなる処理液に基材を浸漬する工程である請求項1記載の表面処理方法。
【請求項3】
加湿工程は、純水からなる処理液を基材に噴霧又は滴下する工程である請求項1記載の表面処理方法。
【請求項4】
水蒸気処理工程は、温度100℃~350℃の水蒸気を基材に接触させる処理である請求項1~請求項3のいずれかに記載の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の表面処理方法に関する。詳しくは、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の表面に水蒸気を接触させて防食皮膜を形成する方法であって、従来よりも短時間で耐食性に優れる防食皮膜を形成することができる表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材料及びマグネシウム材料は軽量であることから、自動車、航空機及びその他の工業分野一般において、各種部品の軽量化を目的して広く用いられ、その適用範囲が拡大している。特に、自動車分野や航空宇宙機器の分野においては、軽量化による燃費向上を目的として、鉄鋼材料に代替すべく、アルミニウム材料やマグネシウム材料からなる各種部材が多く利用されている。
【0003】
アルミニウム材料及びマグネシウム材料を上述のような用途に供するに当たって懸念される事項として、耐食性が挙げられる。アルミニウムは空気中に放置すると自然酸化膜が生成され不動態化するが、この自然酸化皮膜の厚さは数ナノメートル程度あるので、極度の湿気、酸またはアルカリ環境化において腐食し易い。一方、マグネシウムは、非常に活性な金属であるため、使用環境中で表面が酸化等により腐食しやすい。そこで、従来から、これらの合金材の耐食性を向上させるための表面処理方法が検討されている。現在では、使用環境に応じ、陽極酸化処理、めっき処理、リン酸亜鉛処理、クロメート処理等の化成処理が知られている(例えば、特許文献1)。これら各種の化成処理では、H2SO4等の酸やアルカリ、Cr等の重金属イオンを含む処理液に、被処理材となる合金材を接触・浸漬して合金表面に防食皮膜を形成する。
【0004】
上記のような化成処理等の表面処理技術においては、特異な処理液の調達や廃液処理のためのコスト増大の問題や環境に対する負荷の問題があった。そこで、上記化成処理よりも環境負荷の小さい表面処理方法として、水蒸気を適用した表面処理技術が着目されている。本発明者等も、アルミニウム材料及びマグネシウム材料の耐食性向上のため、所定の温度範囲の水蒸気を合金表面に接触させる水蒸気処理を開示している(例えば、特許文献2、特許文献3)。この水蒸気処理は、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の表面に、各金属の水酸化物を主成分とする皮膜を形成し、皮膜の防食作用により耐食性を向上させる表面処理技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平9-112521号公報
【文献】国際公開第2017/135363号
【文献】特開2014-125639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アルミニウム材料及びマグネシウム材料に対する水蒸気処理は、従来の化成処理よりも廃液処理等の観点から安全性・環境適合性を有する上、比較的簡易に合金材へ防食皮膜形成による耐食性を付与することができる。また、水蒸気処理では、基材表面に水蒸気が直接反応することで皮膜が形成されるので、均一で密着性良好な皮膜を形成することができる。更に、基材の形状に対する追随性が高い皮膜を形成することができ、複雑形状を有する基材への表面処理としても有効である。
【0007】
もっとも、アルミニウム材料やマグネシウム材料の上記した適用範囲の拡大傾向を考慮すれば、水蒸気処理にも改善すべき点がある。水蒸気処理の改善点の一つとして、処理時間の短縮化が挙げられる。防食皮膜が形成された材料の耐食性は、皮膜の厚さによる影響が大きい。水蒸気処理でも耐食性を確保するためには、防食皮膜を厚く形成することが求められる。この点、水蒸気処理は、防食皮膜の形成に比較的時間を要する処理方法であり、当該処理を利用する製品には生産性の面で劣る面があった。そのため、水蒸気処理に対して、厚い防食皮膜を短時間で効率的に形成するための改良が望まれている。
【0008】
本発明は以上のような背景のもとになされたものであり、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材に対して、防食皮膜を短時間で効率的に形成できる表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行い、予め水を供給して加湿状態にした基材に対して水蒸気処理を施すことで、防食皮膜の被膜成長速度が大幅に上昇し、防食皮膜を短時間で効率的に形成できることを見出した。
【0010】
即ち、本発明は、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜を形成する表面処理方法において、前記基材の表面の少なくとも一部に、水分を供給する加湿工程と、前記加湿工程後の基材に水蒸気を接触させることで、基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜を形成する水蒸気処理工程と、を含むことを特徴とする表面処理方法である。以下、本発明に係る表面処理方法について、その処理工程の詳細を説明する。
【0011】
I.基材
本発明に係る表面処理方法の対象となるのは、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材である。本発明では基材の形状は特に限定されることはなく、板状、管状等あらゆる形状のものが適用できる。また、基材の寸法についても制限はない。アルミニウム材料及びマグネシウム材料の意義については、以下のとおりである。
【0012】
I-1.アルミニウム材料
アルミニウム材料とは、アルミニウム又はアルミニウムを主成分とするアルミニウム合金である。アルミニウム合金でアルミニウムと合金化する添加元素としては、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、リチウム(Li)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銀(Ag)、ジルコニウム(Zr)、クロム(Cr)の少なくとも1種以上の元素が挙げられる。本発明のアルミニウム合金の基材は、これらの添加元素を合計で0.1質量%以上50質量%未満含むアルミニウム合金が好ましい。
【0013】
具体的なアルミニウム合金としては、国際アルミニウム合金名で規定されている各種のアルミニウム合金が挙げられる。例えば、2000系合金のAl-Cu系合金、4000系合金のAl-Si系合金、5000系のAl-Mg系合金、6000系合金のAl-Mg-Si系合金、7000系合金のAl-Zn-Mg系合金またはAl-Zn-Mg-Cu系合金等の析出硬化型の各種アルミニウム合金が好適である。但し、これらのような規格化された合金系に限られることはなく、広範な組成の合金系が適用できる。
【0014】
I-2.マグネシウム材料
基材を構成するマグネシウム材料としては、マグネシウム又はマグネシウムを主成分とするマグネシウム合金である。マグネシウム合金でマグネシウムと合金化する添加元素としては、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マンガン(Mn)、ジルコニウム(Zr)、希土類元素(スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイド)等が挙げられる。実用化されたマグネシウム合金では、特に、アルミニウムを添加元素として含むものが多い。
【0015】
マグネシウム合金の添加元素の含有量は、アルミニウムに関しては、1質量%以上とすることが好ましく、15質量%以下とすることが好ましい。また、他の添加元素に関しては、亜鉛は、0質量%より多く5質量%以下が好ましい。また、カルシウムは、0質量%より多く5質量%以下が好ましく、マンガンは、0質量%より多く5質量%以下が好ましい。更に、ジルコニウムは、0質量%より多く5質量%以下が好ましく、希土類元素は0質量%より多く5質量%以下が好ましい。
【0016】
以上のようなマグネシウム合金の具体的な例として、ASTM規格が定める合金が適用できる。例えば、添加元素としてアルミニウムと亜鉛を添加したAZ合金(AZ31、AZ61、AZ91)、添加元素としてアルミニウムと亜鉛とカルシウムを添加したAZX合金(AZX311、AZX611、AZX612、AZX615、AZX6112、AZX711、AZX811、AZX911、AZX1001)、更に、添加元素としてアルミニウムとマンガンとカルシウムを添加したAMX合金(AMX301、AMX601、AMX701、AMX801、AMX901、AMX1001)等は本発明でも好適に適用できる。
【0017】
以上説明したアルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材について、本発明に係る表面処理方法に供する際、前処理として適宜に洗浄や乾燥をすることができる。また、組成に基づき時効硬化特性を有するアルミニウム合金又はマグネシウム合金については、表面処理前に溶体化熱処理と、必要に応じて時効熱処理を行っても良い。
【0018】
II.基材への水分供給(加湿工程)
本発明に係る表面処理方法は、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の水蒸気処理による従来の表面処理方法に対して、新たな前処理工程を含むものである。具体的には、水蒸気処理の前に、基材表面に水分を供給する加湿工程を追加するものである。本発明者等の検討から、水分供給された状態にある基材に水蒸気を接触させることで、防食皮膜の成長速度が大幅に向上し、短時間で均質な防食皮膜を形成することができる。このように水分が付与された基材における防食皮膜の成長が加速される要因については定かではない。但し、本発明者等は、その要因として、水分の供給により形成された基材表面上の水膜によるものと考察している。本発明では、水膜中へ基材由来の金属イオンの溶出が促進されており、この金属イオンと水蒸気由来の水酸化物イオンとの反応が早く生じ、皮膜成長が加速されていると考察している。
【0019】
基材表面に水分を供給する方法に関しては、特に限定されることはない。水分の供給方法としては、水を含む処理液に基材を浸漬する工程が挙げられる。このような浸漬による加湿工程は、基材の全体又は一部を処理液に浸漬した後に、基材を引き上げることで完了する。浸漬時間は特に定められない。基材の必要な領域を処理液に浸漬して直ちに引き上げても良いし、1秒以上3分程度浸漬してから引き揚げても良い。
【0020】
また、加湿工程は、水を含む処理液を基材に噴霧又は滴下することでも実施可能である。これらの場合において、基材に処噴霧又は滴下する水分量は特に制限されない。例えば、水分を供給する領域1cm2当たりで50μL以上5mL以下程度の処理液を付着させれば良い。
【0021】
尚、これらの加湿工程では、基材の全面に水分を供給しても良いが、部分的な供給でも良く、片面又は両面のいずれへの供給でも良い。
【0022】
加湿工程で供給する水分である処理液は、水を必須的に含む。処理液としては、実質的に水のみからなるものでも良く、この場合には工業用水や水道水が使用できるが、純水の使用が好ましい。純水を使用する場合、電気伝導率が1mS/m以下のイオン交換水、蒸留水、超純水の使用が好ましい。
【0023】
また、加湿工程の処理液は、その後の水蒸気処理工程で基材に接触させる水蒸気の水蒸気源となる水又は適宜の塩を含む水溶液と同じものが使用できる。この場合の水溶液については、詳細は後述するが、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、フッ化物塩の少なくともいずれかを含む水溶液を利用することができる。特に、加湿工程として基材を処理液に浸漬する方法を採用するとき、処理液に基材を浸漬した後、処理液を加熱し水蒸気とすることで水蒸気処理を行うことが可能となる。この加湿工程の処理液と水蒸気源を共用する手法は、それらを別々に用意する場合よりも表面処理装置の構造を簡易にすることができる。
【0024】
但し、水蒸気源と同じ水又は水溶液を使用できるとしても、加湿工程で基材に供給する処理液は、蒸気状態であってはならない。処理液が蒸気となっていると、皮膜の形成が開始することとなり、本発明の目的を達成できない。即ち、加湿工程で基材に供給する処理液は、5℃以上95℃以下であることが好ましい。
【0025】
III.水蒸気処理工程
以上、上記のような水分の供給工程を経た基材に水蒸気を接触させる水蒸気処理を行うことで、基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜が形成される。この防食皮膜形成の水蒸気処理工程で基材に接触させる水蒸気の温度は、100℃以上350℃以下とすることが好ましい。水蒸気の温度が350℃を超えると、防食皮膜の多孔質化や割れが生じるおそれがある。水蒸気の温度が100℃未満であるとになると、防食皮膜が形成される速度が低下し、防食皮膜が十分に形成されない。水蒸気の温度は、130℃~250℃とするのがより好ましい。また、水蒸気処理の処理時間は、0.1時間以上とするのが好ましい。0.1時間未満では本発明の加湿処理を行っても十分な厚さの防食皮膜を形成することは困難である。上限については、特に制限する必要はないが、防食皮膜形成の時間短縮と生産性向上の目的を考慮すると、5時間以下が好ましく2時間以下とすることがより好ましい。
【0026】
基材に接触させる水蒸気は、水の加熱・気化により生成するが、水蒸気源として用いる水としては、工業用水や水道水が使用でき、純水の使用が好ましい。また、適宜の塩を含む水溶液も使用できる。純水を使用する場合、電気伝導率が1mS/m以下のイオン交換水、蒸留水、超純水の使用が好ましい。また、塩を含む水溶液としては、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、フッ化物塩の水溶液の蒸気を利用することができる。これらの塩はアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)の塩(炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム等)や、アルカリ土類金属(カルシウム、ストロンチウム、バリウム等)の塩(炭酸カルシウム、硝酸カルシウム等)の他、貴金属の塩、コモンメタルの塩等が適用できる。これらの塩を1種又は複数種を組み合わせた水溶液を使用することができる。
【0027】
水蒸気の圧力は、0.1~10MPaの範囲が好ましい。圧力は、より好ましくは0.2~5MPaとする。加圧水蒸気を適用すると、飽和蒸気と亜臨界水の2相平衡状態となり、防食皮膜の形成に対する反応性を促進させることが可能となる。処理時の水蒸気の圧力を一定に保持することで、均一な防食皮膜を形成することができる。
【0028】
水蒸気と基材とを接触させる方法については、特に限定されることはない。水蒸気処理は、所定の反応器・容器等の閉空間内の水蒸気に被処理材となる基材を暴露して処理を行っても良い。具体的手法として、容器に基材を水と共に配置し、温度・圧力を制御して発生した水蒸気雰囲気中に基材を曝露することで処理が可能である。また、水蒸気を処理材に直接的に噴射して処理を行っても良い。
【0029】
以上の水蒸気処理は、基材となるアルミニウム材料及びマグネシウム材料の種類によっては防食皮膜の形成に加えて、基材の硬度上昇(強度上昇)の効果も同時に付与することができる。この硬度上昇は、基材が後述する析出硬化型の合金であるときに、水蒸気の熱による時効硬化が生じることに起因する。
【0030】
以上で説明した加湿工程および水蒸気処理工程は、少なくとも1回行えばよく、繰り返し行っても良い。繰り返し行うことで、複数の皮膜の層からなる防食皮膜を形成することができる。さらに、各工程は異なる条件で行っても良い。繰り返しかつ異なる条件で行うことで、構成の異なる防食皮膜を多層に形成することができる。
【0031】
IV.水蒸気処理による防食皮膜の構成
上記した水蒸気処理によって、基材であるアルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材の表面の少なくとも一部に防食皮膜が形成される。防食皮膜の構成は、基材を構成する材料によって異なる。
【0032】
(a)アルミニウム材料の防食皮膜
基材がアルミニウム材料であるとき、水蒸気処理により形成された防食皮膜は水酸化酸化アルミニウムを必須的に含む。水酸化酸化アルミニウムとは、ベーマイトとも称されており、γ-AlO(OH)又は単にAlO(OH)と表記されるアルミニウム化合物である。水酸化酸化アルミニウムは、化学的安定性を有し高い防食効果を有する。防食皮膜の組成は、水酸化酸化アルミニウムを必須的に含み、それのみで構成されていても良い。但し、皮膜に水酸化酸化アルミニウム以外の物質が含まれていても良い。例えば、基材であるアルミニウム合金の添加元素や、その化合物(金属間化合物、酸化物、水酸化物等)を微量含んでいても良い。また、皮膜形成のために基材と接触する水蒸気中の成分由来の化合物(酸化物、水酸化物、水和物、塩類)も含まれる場合がある。
【0033】
また、従来技術においては、水蒸気処理によるアルミニウム材料の防食皮膜の成分として水酸化酸化アルミニウムに加えて、Al系の層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide:以下、場合によりLDHと称することがある。)が任意的に含まれることが述べられている。LDHとは、アルミニウム合金の添加元素に由来する2価金属(M)の水酸化物に、3価金属であるAlのイオンが2価金属サイトに置換した複水酸化物が積層構造を形成してなる化合物であり、下記の化学式で示される。
【0034】
【化1】
(式中、M1は2価の金属元素であり、コバルト(Co)、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、カドミウム(Cd)、カルシウム(Ca)のいずれかである。陽イオンM1
2+は2価の金属イオンである。陰イオンであるA
n-は、水酸化物イオン(OH
-)、炭酸イオン(CO
3
2-)、硝酸イオン(NO
3
-)、硫酸イオン(SO
4
2-)、フッ素イオン(F
-)、塩素イオン(Cl
-)の少なくともいずれかである。)
【0035】
化1で示した構造式において、式中の[M12+
1-xAl3+
x(OH)2]は複水酸化物基本層と称され、式中の[An-
x/n・yH2O]が中間層と称されることがある。Al系層状複水酸化物においては、正の電荷を持つ複水酸化物基本層の層間に、負の電荷を有する中間層が挟まれた積層構造を有し、防食皮膜中でかかる構造が維持されている。
【0036】
本発明によるアルミニウム材料の防食皮膜において、上記LDHは任意的に含まれるものであって必須の構成ではない。水蒸気処理による耐食性向上の作用は、皮膜中でのLDHの存在を必要条件とすることはなく、水酸化酸化アルミニウムの形成のみでも発揮されるものと考察されている。
【0037】
(b)マグネシウム材料の防食皮膜
マグネシウム材料からなる基材に水蒸気処理で防食皮膜を形成したとき、防食皮膜は水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)を必須的に含む。水酸化マグネシウムも化学的に安定であり、防食皮膜として有用である。防食皮膜は水酸化マグネシウムのみで構成されていても良い。防食皮膜は、水酸化マグネシウムを主成分とするが、この他に基材のマグネシウム合金に含有されるマグネシウム以外の各種添加元素、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸マグネシウム(MgCO3)、水酸化酸化マグネシウム(Mg5O(OH)8)等を不可避不純物として許容する。また、防食皮膜形成のために基材と接触する水蒸気中の成分由来の化合物(酸化物、水酸化物、水和物、塩類)も含まれる場合がある。
【0038】
また、マグネシウム材料の防食皮膜は、水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)を必須としつつ、Mg-Al系層状複水酸化物(Mg-Al系の層状複水酸化物)を任意的に含んでも良い。Mg-Al系層状複水酸化物とは、下記の化2式で示される水酸化物である。
【0039】
【化2】
(式中、陰イオンであるA
n-は、水酸化物イオン(OH
-)、炭酸イオン(CO
3
2-)、硝酸イオン(NO
3
-)、硫酸イオン(SO
4
2-)、フッ素イオン(F
-)、塩素イオン(Cl
-)の少なくともいずれかである。)
【0040】
Mg-Al系層状複水酸化物は、基材(マグネシウム合金)から供給される金属イオン(マグネシウムイオン(Mg2+)及びアルミニウムイオン(Al3+))と、皮膜形成の際に基材と接触する水蒸気から供給される陰イオンで(An-)で構成される。
【0041】
本発明によるマグネシウム材料の防食皮膜において、上記のMg-Al系層状複水酸化物は任意的に含まれるものであって必須の構成ではない。水蒸気処理による耐食性向上の作用は、水酸化酸化マグネシウムの形成のみでも発揮させることができる。
【0042】
以上説明したアルミニウム材料及びマグネシウム材料における防食皮膜の構成は、例えば、X線回折分析法(XRD)により得られるプロファイルに基づいて検討することができる。また、各成分のピーク強度によって、その存在量を推定することもできる。
【0043】
本発明に係る表面処理方法で形成する防食皮膜の厚さについては、10μm~100μmであるものが好ましい。10μm未満の皮膜では基材の防食効果に乏しく、100μmを超えると、応力や熱衝撃により皮膜に割れ、剥離が生じることがあり、却って耐食性が劣る場合があるからである。下限値である5μmという皮膜厚さは、従来の表面処理方法では長時間を要するが、本発明では短時間の処理で達成可能である。
【発明の効果】
【0044】
以上説明したように、本発明は、アルミニウム材料又はマグネシウム材料からなる基材に対して防食皮膜を従来よりも短時間で厚く均質に形成することが可能であって、耐食性を向上させ、生産性に優れた表面処理方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【
図2】実施例1のアルミニウム合金からなる基材表面に形成された防食被膜の表面形態を示すSEM写真。
【
図3】実施例1及び比較例1の防食皮膜が形成されたアルミニウム合金基材の表面に対するXRDのプロファイル。
【
図4】実施例1及び比較例1の防食皮膜が形成されたアルミニウム合金基材の分極曲線。
【
図5】実施例3、4及び比較例2、4のマグネシウム合金基材に形成された防食被膜の表面形態を示すSEM写真。
【
図6】実施例4及び比較例4の防食皮膜が形成されたマグネシウム合金基材の断面を示すSEM写真
【
図7】実施例3、4及び比較例3、4の防食皮膜が形成されたマグネシウム合金基材の表面に対するXRDのプロファイル。
【
図8】実施例2及び比較例2の防食皮膜が形成されたマグネシウム合金基材の分極曲線。
【
図9】実施例4及び比較例4の防食皮膜が形成されたマグネシウム合金基材の分極曲線。
【発明を実施するための形態】
【0046】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について、実施例を比較例と共に説明する。本実施形態では、アルミニウム材料(アルミニウム合金)である7000系アルミニウム合金のAl-5.6質量%Zn-2.6質量%Mg-Cu合金(7075合金)からなる基材について表面処理を行って防食皮膜を形成した。
【0047】
実施例1:アルミニウム合金の板材(70×30mm、厚さ3.0mm)を基材(試料)として用意し、洗浄し乾燥した。そして、基材の表面に処理液として純水を基材全面に1cm2当たり500μL噴霧した。
【0048】
次に、水分供給した基材に水蒸気を接触させる水蒸気処理を行い、基材表面に防食皮膜を形成した。水蒸気処理は、
図1に示す蒸気養生装置を用いた。
図1の蒸気養生装置は、横型のオートクレーブであり、下部に水蒸気源となる純水(20ml)が注入されている。装置上部には試料(基材)を複数吊り下げできるようになっている。水蒸気処理にあたっては、上記の基材を水分供給後に速やかに蒸気養生装置にセットして処理を開始した。水蒸気処理は、温度200℃、処理時間を6時間とし、圧力1.0MPaとして温度及び圧力を保持して処理した(実施例1)。
【0049】
比較例1:比較例として、乾燥後の基材について、水分供給をせずにそのまま水蒸気処理を行った。水蒸気処理の条件は、実施例1と同様とした。
【0050】
以上の工程で製造した本実施形態及び比較例の基材について、各種評価を行った。
【0051】
[SEMによる防食皮膜の表面形態の観察]
走査型電子顕微鏡(SEM)による防食皮膜の表面形態を観察した。
図2は、実施例1及び比較例1のアルミニウム合金基材の水蒸気処理後に形成された防食被膜の表面形態を示すSEM写真(×30000)である。
図1より、実施例1の水分供給後に水蒸気処理して形成された防食皮膜は、水分供給のない比較例1の防食皮膜と比較して、同じ処理時間でありながら、均質で緻密に基材表面を被覆していることが確認できる。
【0052】
[X線回折法(XRD)による分析]
次に、実施例1及び比較例1の防食皮膜が形成された基材の表面に対してX線回折法(XRD)による分析を行った。X線回折法(XRD)は、得られたプロファイル(X線回折パターン)に基づいて、防食皮膜の構成を特定することができる。XRDは、X線源をCu-Kαとして、電圧40kV、電流30mAで測定した。
【0053】
図3は、本実施形態及び比較例の防食皮膜が形成された基材の表面に対するXRDのプロファイルである。
図3より、いずれの基材についても表面に水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))及びAl系層状複水酸化物を含む防食皮膜が形成されていることが確認できる。しかし、実施例1の防食皮膜は、比較例1の防食皮膜と比較して、水酸化酸化アルミニウム及びAl系層状複水酸化物のピーク強度が強くなっている。つまり、水蒸気処理の時間は同じでも、水蒸気処理前に水分供給した実施例1では、比較例1よりも厚い防食皮膜が形成されていることが確認された。
【0054】
[分極測定]
次に、実施例1及び比較例1の防食皮膜が形成された基材について分極曲線の測定を行い、その耐食性を評価した。分極測定は、5wt%のNaCl水溶液を電解液とし、測定前に溶液を窒素でバブリングした後、ポテンショ/ガルバノスタット(VersaSTAT4、Princeton Applied Research製)を使用して分極曲線を測定した。
【0055】
図4は、本実施形態及び比較例の防食皮膜が形成された基材の分極曲線である。
図4には、防食皮膜形成の無いアルミニウム合金(7075合金)基材の分極曲線も比較のために記載している。
図4より、水蒸気処理により防食皮膜形成した実施例1は、防食皮膜の無い基材と比較して腐食電流密度の大幅な低下が見られ、防食皮膜による耐食性向上の効果が確認される。そして、実施例1と比較例1とを対比すると、実施例1では腐食電流密度が低下すると共に、腐食電位が貴化することが分かる。この結果から、水蒸気処理前の水分供給をした実施例1は、水分供給のない比較例1に対して耐食性が向上していることがわかる。この耐食性の向上は、水分供給により厚い被膜形成がされたためであると考えられる。
【0056】
第2実施形態:本実施形態では、マグネシウム材料(合金)として、AZ31合金(Mg-3%Al-1%Zn)からなる基材を使用して、表面処理を行い基材表面に防食皮膜を形成した。
【0057】
マグネシウム合金の板材(70×30mm、厚さ3.0mm)を基材(試料)として用意して洗浄及び乾燥をした。その後、基材の表面に処理液として純水を1cm2当たり100μL滴下した。
【0058】
次に、水分供給した基材に水蒸気を接触させて水蒸気処理を行い、基材表面に防食皮膜形成を行った。水蒸気処理は、第1実施形態と同様、
図1の蒸気養生装置を用いた。水蒸気処理は、温度140℃、処理時間を1時間(実施例2)、処理時間を3時間(実施例3)及び5時間(実施例4)とし、圧力1MPaとして温度及び圧力を保持して処理した。
【0059】
比較例2~4:比較例として、乾燥後の基材について、水分供給をせずにそのまま水蒸気処理を行った。水蒸気処理の条件は、水蒸気の温度を140℃とし、処理時間を1時間(比較例2)、3時間(比較例3)および5時間(比較例4)とした。
【0060】
以上の工程で製造した本実施形態及び比較例の基材について、各種評価を行った。
【0061】
[SEMによる防食皮膜の表面形態の観察]
図5は、マグネシウム合金基材の表面に各水蒸気処理時間で形成された防食被膜の表面形態を示すSEM写真(×5000)である。
図5より、比較例の防食皮膜は、その表面に微小な割れが多数発生しているため、耐食性が十分でないと考えられる。これに対して、本実施形態の防食皮膜は、同じ処理時間の比較例と比較して、均質で緻密に基材表面を被覆しており、安定的に皮膜形成されていることが確認できる。
【0062】
次に、防食皮膜が形成された基材を防食被膜に対して垂直に切断し、その断面を研磨後、SEMで観察して膜厚を測定した。
図6は、実施例4及び比較例4(水蒸気処理の処理時間:5時間)の防食皮膜が形成された基材の断面を示すSEM写真(×5000)である。
図6より、実施例4の防食皮膜(膜厚12.5μm)は、比較例4(膜厚8μm)に対して、同じ処理時間で厚いことが観察できる。この観察結果より、水分供給による加湿工程が水蒸気処理の際の皮膜形成速度を速めることが確認された。
【0063】
[X線回折法(XRD)による分析]
次に、本実施形態及び比較例の防食皮膜が形成された基材の表面に対してX線回折法(XRD)による分析を行った。
図7は、実施例3(処理時間3時間)、実施例4(処理時間5時間)及び比較例3(処理時間3時間)、比較例4(処理時間5時間)の防食皮膜が形成された基材のXRDのプロファイルである。
図7より、いずれも基材の表面に水酸化マグネシウム及びMg-Al系層状複水酸化物を含む防食皮膜が形成されていることが確認できた。実施例3、4においては、Mg-Al系層状複水酸化物のピーク強度が強くなっている。
【0064】
[分極測定]
次に、本実施形態および比較例に係る防食皮膜が形成された基材について分極曲線の測定を行い、その耐食性を評価した。
図8は、実施例2(処理時間1時間)及び比較例2(処理時間1時間)の防食皮膜が形成された基材の分極曲線である。また、
図9は、実施例4(処理時間5時間)及び比較例4(処理時間5時間)の防食皮膜が形成された基材の分極曲線である。
図8には、水蒸気処理のないマグネシウム合金(AZ31合金)基材の分極曲線も比較のために記載している。
図8より、水蒸気処理により防食皮膜形成を有する基材は、水蒸気処理を行っていない基材と比較して腐食電流密度の大幅な低下が見られ、防食皮膜による耐食性向上の効果が確認される。
【0065】
また、実施例2と比較例2とを対比すると、実施例2では腐食電流密度が低下すると共に、腐食電位が貴化することが分かる。実施例2及び比較例2は、1時間の水蒸気処理によって形成されたサンプルであるが、1時間という短時間であっても両者の差異は明確である。水蒸気処理前の水分供給の有用性が確認できる。
【0066】
図9を参照すると、5時間の水蒸気処理によって、実施例4及び比較例4の双方において腐食電流密度が低下しており、皮膜の成長により耐食性が向上したことが分かる。そして、水蒸気処理前に水分供給した実施例4は、水蒸気処理のみの比較例4に対して、腐食電流密度の更なる低下と腐食電位の貴化が見られより高い耐食性を有する皮膜が形成されたことが確認できる。
【0067】
第3実施形態:本実施形態では、アルミニウム合金基材を使用し、加湿工程における水分供給を、基材の処理液への浸漬によって行い、その後水蒸気処理行って防食皮膜を形成した。
【0068】
この実施形態では、
図1の蒸気養生装置について、試料の吊り下げ部にモータを備える回転機構を付加して試料を昇降可能な状態にした。そして、第1実施形態と同じくアルミニウム合金(7075合金)の基材を洗浄乾燥して装置にセットした。その後、基材を下降させて装置底部の処理液(純水)に基材全体を浸漬させた後、直ぐに上昇させて基材を引き上げて水蒸気処理を行った。水蒸気処理の条件は、第1実施形態と同様に温度200℃、処理時間を6時間とし、圧力1.0MPaとした。
【0069】
本実施形態による水蒸気処理後、皮膜形成された基材を取り出し、外観を観察したところ、基材表面は第1実施形態のアルミニウム合金基材と同様の外観を呈していた。XRD分析をしたところ、第1実施形態と同様に明瞭な水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))及びAl系層状複水酸化物の回折ピークが発現した。このことから、水分供給の態様として、処理液への基材の浸漬も有効であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
以上説明したように、本発明は、アルミニウム合金又はマグネシウム合金からなる基材に対して防食皮膜を従来よりも短時間で厚く均質に形成することが可能であって、、耐食性を向上させ、生産性に優れた表面処理方法として有用である。また、適用範囲が拡大傾向にある様々なアルミニウム材料製又はマグネシウム材料製の部材において、その表面処理方法としての適用が期待できる。