(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】信号処理装置、信号処理方法および信号処理プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/17 20060101AFI20241114BHJP
【FI】
G01N21/17 630
(21)【出願番号】P 2021556177
(86)(22)【出願日】2020-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2020042459
(87)【国際公開番号】W WO2021095852
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2023-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2019206506
(32)【優先日】2019-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和1年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「仮想開口顕微鏡ハードウェア・信号画像処理ソフトウェア開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】安野 嘉晃
(72)【発明者】
【氏名】笈田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】及川 健介
【審査官】小野寺 麻美子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0375792(US,A1)
【文献】特開2013-140077(JP,A)
【文献】特表2016-504947(JP,A)
【文献】特表2002-504671(JP,A)
【文献】FINGLER, J. et al.,Volumetric microvascular imaging of human retina using optical coherence tomography with a novel motion contrast technique,OPTICS EXPRESS,2009年11月23日,Vol. 17, No. 24,pp.22190-22200
【文献】SHEMONSKI, N. D. et al.,Three-dimensional motion correction using speckle and phase for in vivo computed optical interferometric tomography,BIOMEDICAL OPTICS EXPRESS,2014年11月04日,Vol. 5, No. 12,pp.4131-4143,https://doi.org/10.1364/BOE.5.004131
【文献】SPAHR, H. et al.,Interferometric detection of 3D motion using computational subapertures in optical coherence tomography,OPTICS EXPRESS,2018年07月09日,Vol. 26, No. 15,https://doi.org/10.1364/OE.26.018803
【文献】YASUNO, Y. et al.,Non-iterative numerical method for laterally superresolving Fourier domain optical coherence tomography,OPTICS EXPRESS,2006年02月06日,Vol. 14, No. 3
【文献】OIKAWA, K. et al.,Bulk-phase-error correction for phase-sensitive signal processing of optical coherence tomography,BIOMEDICAL OPTICS EXPRESS,2020年09月25日,Vol. 11, No.10,https://doi.org/10.1364/BOE.396666
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/01
G01N 21/17 - G01N 21/61
A61B 3/00 - A61B 3/18
G06T 7/00 - G06T 7/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出部と、
バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、
前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー算出部と、を備える
信号処理装置。
【請求項2】
前記バルク位相エラー算出部は、
前記経路別位相エラーの経路間の平均値を前記バルク位相エラーとして算出する
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記バルク位相エラー算出部は、
前記平均値として、前記複数の経路それぞれの経路長に基づく重み係数を用いた前記経路別位相エラーの加重平均値を算出する
請求項2に記載の信号処理装置。
【請求項4】
前記複数の経路のそれぞれは、前記終点から所定の範囲内に含まれる
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記複数の経路のそれぞれは、第n(nは、1以上かつN-1以下の整数)サンプル点から第n+1サンプル点の区間である第n素片(Nは、2以上の整数)を含み、
前記第n+1サンプル点は、前記第nサンプル点から前記光干渉断層信号を取得した光学系の空間分解能以下の範囲内のサンプル点である
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記バルク位相エラー算出部には、
前記起点と前記終点の位置関係に対応付けて前記複数の経路を示す経路パターンを予め複数通り設定しておき、
バルク位相エラーの算出対象とする対象サンプル点を終点として、前記位置関係を満たす経路パターンで示される複数の経路を選択する
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の信号処理装置。
【請求項7】
前記バルク位相エラー算出部には、
前記平面における1つのサンプル点を基準点とし、
前記基準点に近接するサンプル点ほど優先されるように、バルク位相エラーを算出する順序を予め定めておき、
前記順序が第m回(mは、1以上の整数)のサンプル点を前記対象サンプル点とするとき、前記順序が第m-1回のサンプル点を起点として、前記位置関係を満たす経路パターンで示される前記複数の経路を選択する
請求項6に記載の信号処理装置。
【請求項8】
前記終点におけるバルク位相エラーを、前記終点と前記平面に射影された位置が共通する三次元空間内に配列されたサンプル点における前記光干渉断層信号の信号値の位相から減算する信号補正部を備える
請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の信号処理装置。
【請求項9】
信号処理装置における方法であって、
試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出過程と、
バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、
前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー算出過程と、を有する
信号処理方法。
【請求項10】
信号処理装置のコンピュータに、
試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出手順と、
バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、
前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー算出手順と、
を実行させるための信号処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号処理装置、信号処理方法および信号処理プログラムに関する。
本願は、2019年11月14日に日本に出願された特願2019-206506号について優先権を主張し、それらの内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
光干渉断層撮影(OCT:Optical Coherence Tomography)は、光の干渉性(コヒーレンス)を利用して試料(主に生体)の断層画像を取得する技術である。OCTによれば、試料の表面に限らず、その内部の構造を高い空間分解能で表す画像を取得することができる。OCT技術の発達により、より高速かつ分解能の高い画像の撮影が可能となり、その機能の高度化が図られている。例えば、非特許文献1には、フーリエ領域OCT(FD:Fourier Domain-OCT)におけるディジタルデフォーカス(digital defocus)について記載されている。
【0003】
一般に、OCTによって得られた画像には、計測中の試料の動きや光が伝搬する大気や温度などの環境のゆらぎにより、バルク位相エラー(BPE:Bulk Phase Error)が生じる。バルク位相エラーは、複数回の深さ方向への信号取得(A-スキャン)の間で生ずる位相の揺らぎを指す。そのため、バルク位相エラーは、機能の高度化を阻む一因となりうる。非特許文献1に記載の手法は、バルク位相エラーが無視できるほど計測時間が短い一枚の断層画像(B-スキャン)を用いた近似的な手法に過ぎない。
非特許文献2には、三次元のOCT画像(三次元OCTボリューム)に対して位相差法を用いて位相補正を行ってディジタルリフォーカスを行う手法について記載されている。位相差法は、三次元OCTボリュームの正面における2方向((x,y)方向)の微分位相フィールドを計算し、微分位相フィールドを累積(cumulative summation)してバルク位相エラーを推定する手法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Yasuno et al., “Non-iterative numerical method for laterally superresolving Fourier domain optical coherence tomography,”OPTICS EXPRESS Vol.14, No. 3, p.1006-1020, February 6, 2006
【文献】Shemonski et al., “Three-dimensional motion correction using speckle and phase for in vivo computed optical interferometric tomography,”BIOMEDICAL OPTICS EXPRESS Vol.5, No.12, p.4131-4143, December 1, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、位相差法によれば、微分位相フィールドを積分する過程において誤差が累積するので、最終的に推定されるバルク位相エラーの精度が低下しがちであった。非特許文献2では、推定されたバルク位相エラーに対してスムージング処理を施して誤差を低減することを試みていた。この手法は、誤差の低減に対する理論的な根拠に乏しいため、むしろ推定精度の低下要因やバルク位相エラーの推定の失敗要因となることもあった。
【0006】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、本発明の課題は、バルク位相エラーの推定精度を向上することができる信号処理装置、信号処理方法および信号処理プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、本発明の一態様は、試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出部と、バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー算出部と、を備える信号処理装置である。
【0008】
(2)本発明の他の態様は、(1)の信号処理装置であって、前記バルク位相エラー算出部は、 前記経路別位相エラーの経路間の平均値を前記バルク位相エラーとして算出してもよい。
【0009】
(3)本発明の他の態様は、(2)の信号処理装置であって、前記バルク位相エラー算出部は、前記平均値として、前記複数の経路それぞれの経路長に基づく重み係数を用いた前記経路別位相エラーの加重平均値を算出してもよい。
【0010】
(4)本発明の他の態様は、(1)から(3)のいずれかの信号処理装置であって、前記複数の経路のそれぞれは、前記終点から所定の範囲内に含まれてもよい。
【0011】
(5)本発明の他の態様は、(1)から(4)のいずれかの信号処理装置であって、前記複数の経路のそれぞれは、第n(nは、1以上かつN-1以下の整数)サンプル点から第n+1サンプル点の区間である第n素片(Nは、2以上の整数)を含み、前記第n+1サンプル点は、前記第nサンプル点から前記光干渉断層信号を取得した光学系の空間分解能以下の範囲内のサンプル点であってもよい。
【0012】
(6)本発明の他の態様は、(1)から(5)のいずれかの信号処理装置であって、前記起点と前記終点の位置関係に対応付けて前記複数の経路を示す経路パターンを予め複数通り設定しておき、バルク位相エラーの算出対象とする対象サンプル点を終点として、前記位置関係を満たす経路パターンで示される複数の経路を選択してもよい。
【0013】
(7)本発明の他の態様は、(6)の信号処理装置であって、前記バルク位相エラー算出部には、前記平面における1つのサンプル点を基準点とし、前記基準点に近接するサンプル点ほど優先されるように、バルク位相エラーを算出する順序を予め定めておき、前記順序が第m回(mは、1以上の整数)のサンプル点を前記対象サンプル点とするとき、前記順序が第m-1回のサンプル点を起点として、前記位置関係を満たす経路パターンで示される前記複数の経路を選択してもよい。
【0014】
(8)本発明の他の態様は、(1)から(7)のいずれかの信号処理装置であって、前記終点におけるバルク位相エラーを、前記終点と前記平面に射影された位置が共通する三次元空間内に配列されたサンプル点における前記光干渉断層信号の信号値の位相から減算する信号補正部を備えてもよい。
【0015】
(9)本発明の他の態様は、信号処理装置における方法であって、試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出過程と、バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー算出過程と、を有する信号処理方法である。
【0016】
(10)本発明の他の態様は、試料の状態を表す光干渉断層信号の光の照射方向に交差する平面における位相勾配を前記平面に配列されたサンプル点ごとに算出する位相勾配算出手順と、バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの前記位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、前記経路別位相エラーを前記複数の経路間で合成して前記終点におけるバルク位相エラーを定めるバルク位相エラー手順と、を実行させるための信号処理プログラムである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、バルク位相エラーの推定精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態に係る光干渉断層計の一例を示す構成図である。
【
図2】本実施形態に係る信号処理装置の機能構成例を示すブロック図である。
【
図3】本実施形態に係るバルク位相エラーの演算処理の概要を示す説明図である。
【
図4】本実施形態に係る積分経路の例を示す説明図である。
【
図5A】本実施形態に係る経路パターンの第1例を示す図である。
【
図5B】本実施形態に係る経路パターンの第2例を示す図である。
【
図5C】本実施形態に係る経路パターンの第3例を示す図である。
【
図5D】本実施形態に係る経路パターンの第4例を示す図である。
【
図5E】本実施形態に係る経路パターンの第5例を示す図である。
【
図5F】本実施形態に係る経路パターンの第6例を示す図である。
【
図5G】本実施形態に係る経路パターンの第7例を示す図である。
【
図5H】本実施形態に係る経路パターンの第8例を示す図である。
【
図5I】本実施形態に係る経路パターンの第9例を示す図である。
【
図6A】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第1例を示す図である。
【
図6B】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第2例を示す図である。
【
図6C】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第3例を示す図である。
【
図6D】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第4例を示す図である。
【
図7A】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第5例を示す図である。
【
図7B】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第6例を示す図である。
【
図7C】本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの第7例を示す図である。
【
図8A】本実施形態に係るバルク位相エラーの繰り返し演算の初期状態の例を示す図である。
【
図8B】本実施形態に係るバルク位相エラーの繰り返し演算の1回目の例を示す図である。
【
図8C】本実施形態に係るバルク位相エラーの繰り返し演算の2回目の例を示す図である。
【
図9A】本実施形態に係るバルク位相エラーの繰り返し演算の3回目の例を示す図である。
【
図9B】本実施形態に係るバルク位相エラーの繰り返し演算の他の例を示す図である。
【
図10B】位相差法に基づくバルク位相エラーの例を示す図である。
【
図10C】本実施形態に係るバルク位相エラーの例を示す図である。
【
図10D】OCT画像のスペクトルの例を示す図である。
【
図10E】位相差法に基づくバルク位相エラーを用いて補正されたOCT画像のスペクトルの例を示す図である。
【
図10F】本実施形態に係るバルク位相エラーを用いて補正されたOCT画像のスペクトルの例を示す図である。
【
図11A】空間スペクトルのx方向平均値の例を示す図である。
【
図11B】空間スペクトルのy方向平均値の例を示す図である。
【
図11C】空間スペクトルのx方向標準偏差の例を示す図である。
【
図11D】空間スペクトルのy方向標準偏差の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態に係る光干渉断層計1の一例を示す構成図である。
光干渉断層計1は、OCTを用いて試料の状態を観測するための観測システムを構成する。
光干渉断層計1は、試料Smに光を照射し、試料Smから反射した反射光と、参照鏡40(後述)で反射された参照光とを干渉させて生じた干渉光を取得し、取得した干渉光から試料Smの表面とその内部の状態を示す画像を生成する装置である。
試料Smとする観測対象の物体は、例えば、人間もしくは動物の生体、非生物のいずれでもよい。生体は、眼底、血管、歯牙、皮下組織などでありうる。非生物は、電子部品、機械部品など人工的な構造体、石材、鉱物などの天然の構造体、特定の形状を有しない物質のいずれでもよい。
【0020】
光干渉断層計1は、光源10、ビームスプリッタ20、コリメータ30a、30b、50a、50b、参照鏡40、ガルバノミラー60a、60b、分光器70、および信号処理装置100を含んで構成される。これらの構成部材のうち、ビームスプリッタ20、コリメータ30a、30b、50a、50b、参照鏡40、ガルバノミラー60a、60b、および分光器70は、干渉計と呼ばれる光学系を構成する。
図1に例示される干渉計は、光ファイバFを備えるマイケルソン干渉計である。より具体的には、光源10と分光器70、コリメータ30aとコリメータ50aは、それぞれ光ファイバFを用いてビームスプリッタに接続されている。光ファイバFは、光源10から照射される光の波長帯を含む伝送帯域を有する。
【0021】
光干渉断層計1は、例えば、フーリエドメインOCT(FD-OCT:Fourier-Domain OCT)である。FD-OCTは、例えば、スペクトラルドメインOCT(SD-OCT:Spectral-DomainOCT)、波長掃引OCT(Swept-Source OCT)等のいずれであってもよいが、これには限られない。光干渉断層計1は、例えば、タイムドメインOCT(Time-Domain OCT:TD-OCT)であってもよい。光干渉断層計1がTD-OCTである場合には、参照鏡40の位置は固定されず、光源10から参照鏡40までの光路長を可変とする駆動機構を備える。
【0022】
光源10は、例えば、近赤外の波長(例えば、800~1000nm)を有するプローブ光を照射する。光源10は、例えば、超短波パルスレーザ、SLD(スーパールミネセントダイオード;Superluminescent Diode)などの波長掃引光源である。光源10から照射された光は、光ファイバF内部で導光され、ビームスプリッタ20に入射する。
【0023】
ビームスプリッタ20は、入射した光をコリメータ30aに向けて導光される光(以下、参照光)と、コリメータ50aに向けて導光される光(以下、測定光)に分離する。ビームスプリッタ20は、例えば、キューブビームスプリッタなどである。
【0024】
コリメータ30aは、ビームスプリッタ20から導光される参照光を平行光に変化させ、平行光をコリメータ30bに向けて出射する。
コリメータ30bは、コリメータ30aから入射される平行光を集光し、集光した参照光を参照鏡40に向けて出射する。なお、コリメータ30bは、参照鏡40で反射した参照光を入射し、平行光に変化させ、平行光をコリメータ30aに向けて出射する。
コリメータ30aは、コリメータ30bから入射した平行光を集光し、ビームスプリッタ20に向けて導光する。
【0025】
他方、コリメータ50aは、ビームスプリッタ20から導光される測定光を平行光に変化させ、平行光をガルバノミラー60aに向けて出射する。ガルバノミラー60a、60bの表面において、コリメータ50aから入射される平行光は、それぞれ反射され、コリメータ50bに向けて出射される。コリメータ50bは、コリメータ50aからガルバノミラー60a、60bを経由して入射された平行光を集光し、集光した測定光を試料Smに照射する。試料Smに照射される測定光は、試料Smの反射面において反射されコリメータ50bに入射される。反射面は、例えば、試料Smと試料Smの周囲環境(例えば、大気)との境界面に限られず、試料Sm内部における屈折率が異なる材質間もしくは組織間の境界面となりうる。以下、試料Smの反射面において反射され、コリメータ50bに入射される光を反射光と呼ぶ。
【0026】
コリメータ50bは、入射された反射光をガルバノミラー60bに向けて出射する。ガルバノミラー60b、60aそれぞれの表面において、それぞれ反射され、コリメータ50aに向けて出射される。コリメータ50aは、コリメータ50aからガルバノミラー60a、60bを経由して入射された平行光を集光し、集光した反射光をビームスプリッタ20に向けて導光する。
ビームスプリッタ20は、参照鏡40で反射された参照光と試料Smで反射された反射光とを、光ファイバFを経由して分光器70に導光する。
【0027】
分光器70は、その内部に回折格子と受光素子を備える。回折格子は、ビームスプリッタ20から導光された参照光と反射光を分光する。分光した参照光と反射光は、互いに干渉し、干渉した干渉光となる。受光素子は、干渉光を検出し、検出した干渉光に基づく信号(以下、検出信号)を生成する。受光素子は、所定の撮像面に複数の画素を二次元配置して構成される。受光素子は、生成した検出信号を信号処理装置100に出力する。
【0028】
信号処理装置100は、分光器70から入力された検出信号に基づいて試料Smの状態を表すOCT信号を取得する。信号処理装置100は、観測点を所定の順序に従って順次変更し、個々の観測点において、または所定の単位をなす複数の観測点ごとに一括して取得された検出信号を、観測点間で順次累積して所定の領域内のOCT信号を生成する。信号処理装置100は、サンプル点ごとの補正後の信号値を画素ごとの輝度値に変換し、個々のサンプル点にそれぞれ対応する画素ごとの輝度値を示す画像データを生成する。
本実施形態において、信号処理装置100は、取得したOCT信号に対して画像データを生成する前に次の処理を行う。信号処理装置100は、所定の平面に配列されたサンプル点ごとにOCT信号の位相勾配を算出する。信号処理装置100は、バルク位相エラーを決定済みのサンプル点を起点とし、バルク位相エラーが未決定のサンプル点を終点と定め、起点からある1つの終点までの複数の経路を設定する。そして信号処理装置100は、設定した経路ごとに、その経路上のサンプル点ごとの位相勾配を起点から終点までそれぞれの経路に沿って積分してバルク位相エラー(以下、経路別位相エラー)を算出する。信号処理装置100は、経路別位相誤差を設定した経路間で合成し、終点におけるバルク位相エラーを定める。信号処理装置100は、その平面における終点とするサンプル点のそれぞれについてバルク位相エラーを定める処理を実行する。バルク位相エラーとは、試料の動きや光が伝搬する大気や温度のゆらぎを原因としてOCT信号の位相に含まれるエラーを意味する。
信号処理装置100は、OCT信号を示すサンプル点ごとの信号値の位相からバルク位相エラーを差し引いて、その信号値の位相を補正する。
【0029】
次に、本実施形態に係る信号処理装置100の機能構成例について説明する。
図2は、本実施形態に係る信号処理装置100の機能構成例を示すブロック図である。
信号処理装置100は、制御部110と記憶部180を含んで構成される。制御部110は、例えば、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサが予め記憶部180に記憶させておいたプログラムを読み出し、読み出したプログラムに記述された指令で指示される処理を行って、その機能を奏する。本願では、プログラムに記述された指令で指示される処理を行うことを、プログラムを実行する、プログラムの実行、などと呼ぶことがある。制御部110の一部または全部は、LSI(Large Scale Integration)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等のハードウェアもしくは専用のハードウェアで構成されてもよい。
【0030】
制御部110は、光学系制御部120、検出信号取得部130、位相勾配算出部140、バルク位相エラー算出部150、信号補正部160、および画像処理部170を含んで構成される。
【0031】
光学系制御部120は、ガルバノミラー60a、60bの位置を可変にする駆動機構を駆動させ、試料Smの観測点であるサンプル点を走査する。試料Smのサンプル点は、試料Smの深さ方向と、その方向に交差する方向に交差する方向(例えば、垂直方向)のそれぞれについて走査される。以下の説明では、試料の深さ方向を、三次元直交座標系におけるz方向と呼び、z方向と相互に直交する第1方向、第2方向をそれぞれx方向、y方向と呼ぶことがある。試料の深さ方向への信号取得は、A-スキャン(A-scan)と呼ばれ、その方向に交差する方向(例えば、x方向またはy方向)への信号取得は、B-スキャン(B-scan)と呼ばれることがある。
【0032】
検出信号取得部130は、分光器70から検出信号を逐次に取得する。検出信号取得部130は、取得した検出信号に基づいて試料Smの深さ方向の測定光の反射された光(反射光)の分布を信号値として試料Smが存在する三次元空間において所定の間隔で配列されたサンプル点ごとに算出する。試料Smの深さ方向は、測定光の入射方向(z方向)に相当する。算出される屈折率分布は、反射光の強度分布に相当する。検出信号取得部130は、z方向に交差する面(例えば、x-y平面)に沿った信号取得により変更される観測点ごとに反射光の強度分布を算出する処理を繰り返す。これにより、検出信号取得部130は、観測可能とする三次元領域(以下、観測可能領域)内の反射光の分布を表すデータ(以下、OCT信号)を取得することができる。OCT信号は、観測可能領域において一定の間隔で分布したサンプル点ごとの信号値を示す。OCT信号は、観測可能領域における試料Smの状態を表す三次元のデータであり、OCTボリューム(OCT volume)、三次元OCT信号(
図3)などとも呼ばれる。検出信号取得部130は、取得したOCT信号を記憶部180に記憶する。z方向に交差する面は、必ずしもz方向に直交していなくてもよく、z方向と平行でなければよい。また、z方向に交差する二次元の面において、個々のサンプル点は、必ずしも、直交格子の各格子点上に配置されていなくてもよい。個々のサンプル点は、例えば、斜め格子の各格子点上に配置されてもよいし、非周期的に配置されてもよい。なお、隣接するサンプル点の間隔は、光学系の空間分解能以下とする。言い換えれば、隣接するサンプル点間において試料の構造に起因する位相の成分(試料位相:sample phase)に有意差が生じない。後述するように、位相勾配の要素として隣接するサンプル点間での信号値の位相差を算出することにより、試料位相の成分が相殺され、バルク位相エラーの成分が残される。
上記の説明では、対象とするサンプル点の変更を伴う信号取得もしくは複数のサンプル点に対する一括した信号取得に対して「スキャン」と呼称しているが、必ずしも光学系を構成する部材(例えば、コリメータ50b、試料Smの支持台)または検出器の駆動による走査を伴わない場合も含まれうる。その場合には、信号取得に係る機能を検出信号取得部130が担い、光学系制御部120において省略される。例えば、OCTの方式としてFD-OCTを用いてx-y平面上のある1点においてA-スキャンを行う際、検出信号取得部130は、試料Smの深さにより異なる周波数成分を有する反射光に基づく干渉光を検出信号として検出する。検出信号取得部130は、検出信号をフーリエ変換して周波数ごとの変換係数を算出し、周波数に対応付けられた深さの変換係数をその深さにおける信号値として定めることができる。さらに、x方向またはy方向への駆動による走査を要しない場合には、光学系制御部120が省略されうる。
【0033】
位相勾配算出部140は、記憶部180からOCT信号を読み取り、読み取ったOCT信号が示すサンプル点ごとの信号値に対して公知の手法を用いて位相アンラップ(phase unwrapping)を行い、その信号値の位相を調整して調整済の位相(unwrapped phase)を算出する。位相アンラップは、-πからπの値域に制限された位相について空間的な連続性を担保するように、その制限を解除する処理である。位相勾配算出部140は、サンプル点ごとの調整済の位相に基づいて、所定の二次元平面上に配列されるサンプル点ごとに位相勾配を算出する(
図3:位相勾配解析S01)。位相勾配は、その二次元平面に平行で互いに直交する第1の方向(例えば、x方向)と第2の方向(例えば、y方向)のそれぞれに対する偏微分を要素として含む二次元のベクトルである。二次元平面は、z方向に交差する面であれば、z方向に直交する面であっても、直交しない面であってもよい。また、二次元平面は、三次元の観測可能領域内の任意の点から射影可能とする平面であれば観測可能領域を横断する平面であってもよいし、仮想的な平面であってもよい。二次元平面は、例えば、三次元の観測可能領域内に配列されたサンプル点は、その二次元平面に垂直な第3の方向(例えば、z方向)に射影した点と対応付けられる。z方向に交差する二次元平面内のサンプル点ごとに位相勾配を算出するのは、バルク位相エラーがz方向には依存せず、主にその二次元平面内の座標に依存するためである。なお、以下の説明では二次元平面上に射影されたサンプル点が分布している領域を二次元領域と呼ぶことがある。
位相勾配算出部140は、二次元領域におけるサンプル点ごとに算出した位相勾配を示すデータを位相勾配データ(
図3:二次元位相勾配Pg01)として記憶部180に記憶する。
【0034】
バルク位相エラー算出部150は、記憶部180から位相勾配データを読み取り、読み取った位相勾配データが示すサンプル点ごとの位相勾配に基づいて、以下に説明する処理を行って、二次元領域に配列されたそれぞれのサンプル点におけるバルク位相エラーを算出する。
バルク位相エラー算出部150は、バルク位相エラーを決定済のサンプル点の1つまたは複数個のそれぞれを起点とし、起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点の1つである終点までの複数の経路を設定する。バルク位相エラー算出部150は、設定した経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの位相勾配を、それぞれの経路に沿って起点から終点まで積分(
図3:経路積分による位相推定S02)して終点における積分値を経路別位相エラーとして算出する。そして、バルク位相エラー算出部150は、経路ごとに算出した経路別位相エラーを設定した複数の経路間で合成して算出される合成値を終点におけるバルク位相エラー(
図3:バルク位相エラーBp01)として定める。但し、バルク位相エラー算出部150は、二次元平面上のサンプル点のうちの1点を基準点(例えば、二次元領域の原点)とし、基準点におけるバルク位相エラーを予め所定の基準値(例えば、0)として予め定めておく。バルク位相エラー算出部150は、定めたサンプル点ごとのバルク位相エラーを示すバルク位相エラーデータを記憶部180に記憶する。
【0035】
信号補正部160は、記憶部180からバルク位相エラーデータとOCT信号を読み出す。信号補正部160は、読み出したバルク位相エラーデータが示すサンプル点ごとのバルク位相エラーに基づいて、OCT信号が示すサンプル点ごとの信号値の位相を補正する処理を行う。
信号補正部160は、バルク位相エラーデータが示す二次元領域上のサンプル点(以下、二次元サンプル点)の位置と、二次元平面に射影された点の位置が共通する観測可能領域内のサンプル点(以下、三次元サンプル点)を対応する三次元サンプル点として特定する。特定される三次元サンプル点の数は、1つの二次元サンプル点に対して複数となりうる。信号補正部160は、特定した三次元サンプル点における信号値の位相を、対応する二次元サンプル点のバルク位相エラーを減算することにより補正する。信号補正部160は、三次元サンプル点ごとに位相を補正した信号値に対して、さらに公知の補正処理(例えば、再焦点化(リフォーカシング(refocusing))、スペックル抑圧など)を行ってもよい。信号補正部160は、補正処理により得られた三次元サンプル点ごとの信号値を示す補正OCT信号を記憶部180に記憶する。
【0036】
画像処理部170は、記憶部180から補正OCT信号を読み出し、三次元サンプル点ごとの信号値を所定の変換関数を用いて輝度値に変換する。変換される輝度値は、画素ごとのビット深度で表現可能な値域内の値をとる。観察対象の二次元平面(以下、観察対象平面)におけるサンプル点ごとの輝度値を画素ごとの輝度値として有する画像データを生成する。本願では、サンプル点を画素と呼ぶことがある。
【0037】
画像処理部170は、操作入力部(図示せず)から入力された操作信号に基づいて観測可能領域の少なくとも一部を横切る断面を観察対象の二次元平面として定めてもよい。操作信号により、観察対象平面の要件として、例えば、試料表面からの深度、試料表面に対する観察方向などが指示される。
操作入力部は、例えば、ボタン、つまみ、ダイヤル、マウス、ジョイスティックなど、ユーザの操作を受け付け、受け付けた操作に応じた操作信号を生成する部材を含んで構成されてもよい。操作入力部は、他の機器(例えば、リモートコントローラ等の携帯機器)から操作信号を無線または有線で受信する入力インタフェースであってもよい。
画像処理部170は、生成した画像データを表示部(図示せず)に出力し、画像データに基づくOCT画像を表示させてもよい。表示部は、例えば、液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display)、有機エレクトロルミネッセンスディスプレイ(OLED:Organic Electroluminescence Display)などのいずれであってもよい。
画像処理部170は、生成した画像データを記憶部180に記憶してもよいし、通信部(図示せず)を経由して、他の機器に無線または有線で送信してもよい。
【0038】
記憶部180は、上記のプログラムの他、制御部110が実行する処理に用いられる各種のデータ、制御部110が取得した各種のデータを記憶する。
記憶部180は、例えば、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、HDD(Hard Disk Drive)などの不揮発性の(非一時的)記憶媒体を含んで構成される。記憶部180は、例えば、RAM(Random Access Memory)、レジスタなどの揮発性の記憶媒体を含んで構成される。
【0039】
(位相勾配)
次に、位相勾配の算出例について説明する。位相勾配算出部140は、三次元サンプル点(x,y,z)ごとの調整済の位相φ(x,y,z)に基づいて、二次元領域に配列される二次元サンプル点(x,y)ごとに位相勾配(Bx,By)を算出する。
図3に示す例では、三次元サンプル点(x,y,z)は直方体の観測可能領域内に、x方向、y方向、z方向にそれぞれ所定の間隔で分布している。x方向、y方向、z方向は、互いに直交し、観測可能領域の外縁をなす各辺の方向に相当する。二次元領域は、x方向とy方向に平行な二次元のx-y平面である。三次元サンプル点(x,y,z)を二次元領域上に射影した二次元サンプル点(x,y)の座標は、三次元サンプル点(x,y,z)のうち、z方向の座標値を無視して得ることができる。言い換えれば、二次元サンプル点(x,y)に対応する三次元サンプル点(x,y,z)は、その座標が、二次元サンプル点(x,y)のx座標値、y座標値とそれぞれ共通なx座標値、y座標値で示されるサンプル点である。
【0040】
位相勾配算出部140は、例えば、式(1)に示すように三次元サンプル点(x,y,z)における信号値のスペクトルA(x,y,z)とx方向に隣接する三次元サンプル点(x+Δx,y,z)における信号値のスペクトルの複素共役A*(x+Δx,y,z)との乗算値の観測領域内のz方向にわたる総和の偏角を、対応する二次元サンプル点(x,y)における位相勾配のx方向成分Bx(x,y)として算出する。
【0041】
【0042】
位相勾配算出部140は、対応する二次元サンプル点(x,y)における位相勾配のy方向成分By(x,y)についても、式(2)に示すように三次元サンプル点(x,y,z)における信号値のスペクトルA(x,y,z)とy方向に隣接する三次元サンプル点(x,y+Δy,z)における信号値のスペクトルの複素共役A*(x,y+Δy,z)に基づいて算出することができる。
【0043】
【0044】
式(1)、(2)において、Δx、Δyは、それぞれx、y方向への三次元サンプル点の間隔を示すとともに、二次元サンプル点の間隔を示す。arg(…)は、複素数…の偏角を示す。
式(1)、(2)に示すように、x-y平面に直交するz方向に分布するサンプル点間の乗算値に対する偏角を求めることで、個々の二次元サンプル点間に生ずるランダムな試料位相の残差が累積されない反面、バルク位相エラーが累積される。そのため、試料位相の残差に起因する誤差を低減することができる。また、強度が高いサンプル点が、ノイズの影響が顕著となりがちな強度が低いサンプル点よりも重視して位相勾配が算出されるため、ノイズの影響が低減される。二次元サンプル点ごとに算出された位相勾配Bは、上記のようにバルク位相エラーの算出に用いられる。
【0045】
なお、後述するように積分経路は、必ずしもx方向またはy方向に平行な部分だけに限らず、x方向とy方向の両者に交差する方向をとる部分を含みうる。その場合には、位相勾配算出部140は、式(3)に基づいて、その部分のサンプル点(x,y)における、次のサンプル点(x+Δx、y+Δy)と位相勾配Bxy(x,y)を算出することができる。
【0046】
【0047】
(経路積分)
次に、位相勾配の経路積分の例について説明する。
バルク位相エラー算出部150には、位相エラーの決定対象とする二次元サンプル点(以下、位相決定対象画素とも呼ぶ)ごとに、個々の位相決定対象画素を終点とする複数の積分経路を予め設定しておく。個々の積分経路の起点は、位相エラーを決定済の二次元サンプル点(以下、位相決定済画素とも呼ぶ)とする。但し、起点は、終点から所定の範囲内に所在する二次元サンプル点とする。これにより、積分経路の数が制限され過大にならない。
【0048】
バルク位相エラー算出部150は、例えば、式(4)に示すように経路Pt上のサンプル点(x,y)ごとの位相勾配Bを、それぞれの経路Ptの起点Opから終点Dpまで経路積分を行って得られる終点における積分値を経路別位相エラーφe,Ptとして算出する。
【0049】
【0050】
式(4)において、B(x,y)は、位相勾配を示し、サンプル点(x,y)におけるx方向成分Bx(x,y)とy方向成分By(x,y)を要素として含む二次元のベクトルである。n(x,y)は、経路Ptの接線方向の方向ベクトルを示す。より具体的には、方向ベクトルn(x,y)として、サンプル点(x,y)を起点とし、経路Pt上に隣接するサンプル点を終点とするベクトルが利用可能である。・は、ベクトルの内積を示す。
そして、バルク位相エラー算出部150は、経路Ptについて算出された経路別位相エラーφe,Ptを、終点Dpが共通な経路間で合成し、その終点Dpにおけるバルク位相エラーφeを算出する。
【0051】
次に、二次元平面上に設定される積分経路の例について説明する。
図4は、本実施形態に係る積分経路の例を示す説明図である。
図4に示す例では、起点とする位相決定済画素Op00と終点とする位相決定対象画素Dp11に対して、4つの経路Pt01-Pt04が設定されている。位相決定済画素Op00、位相決定対象画素Dp11の二次元平面上の座標は、それぞれ(0,0)、(1,1)である。終点は、起点に対してx座標とy座標の双方に交差する斜め方向に隣接している。x座標、y座標が、それぞれ間隔Δx、Δyが1となるように正規化されている。経路Pt01-Pt04は、それぞれ1つのサンプル点を起点とし、x方向またはy方向に隣接するサンプル点を終点とする素片を順次接続して形成される。個々の素片を示すベクトルが式(4)に示す方向ベクトルとして経路別位相エラーの算出に用いられる。この例では、個々の素片の長さ(以下、素片長)が1であるため、バルク位相エラー算出部150は、それぞれの経路Pt01-Pt04を形成する素片の数を経路の長さ(以下、経路長)として定めることができる。経路Pt01、Pt02、Pt03、Pt04の経路長は、それぞれ2、2、4、4となる。
【0052】
従って、バルク位相エラー算出部150は、位相決定対象画素Dp11における経路Pt01、Pt02、Pt03、Pt04に係る経路別位相エラーφe,Pt01、φe,Pt02、φe,Pt03、φe,Pt04を、それぞれBx(0,0)+By(1,0)、By(0,0)+Bx(0,1)、Bx(0,0)+Bx(1,0)+By(2,0)-Bx(2,1)、By(0,0)+By(0,1)+Bx(0,2)-By(1,2)と算出することができる。
【0053】
そして、バルク位相エラー算出部150は、経路別位相エラーを経路間で合成したバルク位相エラーとして、例えば、経路間の単純平均値を算出する。
図4に示す例では、バルク位相エラーを算出する過程で、経路別位相エラーの総和を経路数である4を除算して正規化する処理が含まれる。
【0054】
但し、経路長に応じて位相勾配に重畳される誤差の影響が異なりうる。そこで、バルク位相エラー算出部150は、経路ごとの重み係数として経路長に依存する値を用いて、経路別位相エラーの加重平均値をバルク位相エラーとして算出してもよい。
例えば、バルク位相エラー算出部150は、経路ごとの重み係数として、a
p(aは、0より大きく1より小さい実数、pは、経路長)に比例し、経路間の総和が1に正規化された実数を用いることができる。その場合、
図4に示す例では、経路別位相エラーφ
e,Pt01、φ
e,Pt02、φ
e,Pt03、φ
e,Pt04に対する重み係数は、それぞれa
2/2(a
2+a
4)、a
2/2(a
2+a
4)、a
4/2(a
2+a
4)、a
4/2(a
2+a
4)となる。
バルク位相エラー算出部150は、経路ごとの重み係数として、経路長pに反比例し、経路間の総和が1に正規化された値を用いてもよい。その場合、
図4に示す例では、経路別位相エラーφ
e,Pt01、φ
e,Pt02、φ
e,Pt03、φ
e,Pt04に対する重み係数は、それぞれ1/3、1/3、1/6、1/6となる。これらの手法によれば、経路長が大きい経路の経路別位相エラーのバルク位相エラーへの寄与を小さくすることができる。
【0055】
また、バルク位相エラー算出部150は、式(5)を用いて終点(x0,y0)におけるバルク位相エラーφb
(t)(x0,y0)を算出してもよい。式(5)において、φe,Pt(x0,y0)は、経路Ptに対する経路別位相エラーを示す。式(5)は、大きさが1であり、経路別位相エラーを偏角とする単位ベクトルの経路間の総和である総和ベクトルを算出し、算出した総和ベクトルの偏角をバルク位相エラーφb
(t)(x0,y0)として定めることを示す。
【0056】
【0057】
なお、位相決定済画素と位相決定対象画素との位置関係に応じて、種々の積分経路が設定可能である。以下の説明では、位相決定済画素と位相決定対象画素との位置関係に対応する複数の積分経路の組を経路パターンと呼ぶ。
図4に例示される経路パターンを経路パターンPn00と呼ぶ。
図5A-
図5Iは、本実施形態に係る経路パターンのその他の例を示す図である。但し、
図5A-
図5Iのそれぞれに示す経路パターンPn01-Pn09は、いずれも終点が位相決定対象画素Dp11であり、起点とする位相決定済画素の位置は、位相決定対象画素Dp11に対してx軸の負方向とy軸の負方向の一方または両方に隣接する。起点とする位相決定済画素の数は、1個に限られず、2個以上となりうる。経路パターンPn00-Pn02では、起点とする位相決定済画素の数は1個である。これに対し、経路パターンPn03-Pn05では、起点とする位相決定済画素の数は2個である。経路パターンPn06-Pn09では、起点とする位相決定済画素の数は3個である。
【0058】
図5Aに例示する経路パターンPn01は、3つの経路Pt11-Pt13を有する。経路Pt11-Pt13は、それぞれ位相決定済画素Op01を起点とする。経路Pt11、Pt12、Pt13の経路長は、それぞれ3、1、3となる。
図5Bに例示する経路パターンPn02は、3つの経路Pt21-Pt23を有する。経路Pt21-Pt23は、それぞれ位相決定済画素Op10を起点とする。経路Pt21、Pt22、Pt23の経路長は、それぞれ3、1、3となる。
図5Cに例示する経路パターンPn03は、2つの経路Pt31、Pt32を有する。経路Pt31、Pt32は、それぞれ位相決定済画素Op01、Op02を起点とする。経路Pt31、Pt32の経路長は、それぞれ1、3となる。
【0059】
図5Dに例示する経路パターンPn04は、2つの経路Pt41、Pt42を有する。経路Pt41、Pt42は、それぞれ位相決定済画素Op10、Op20を起点とする。経路Pt41、Pt42の経路長は、それぞれ1、3となる。
図5Eに例示する経路パターンPn05は、4つの経路Pt51-Pt54を有する。経路Pt51、Pt52、Pt53、Pt54は、それぞれ位相決定済画素Op01、Op10、Op01、Op10を起点とする。経路Pt51、Pt52、Pt53、Pt54の経路長は、それぞれ1、1、3、3となる。
図5Fに例示する経路パターンPn06は、3つの経路Pt61-Pt63を有する。経路Pt61、Pt62、Pt63は、それぞれ位相決定済画素Op00、Op01、Op02を起点とする。経路Pt61、Pt62、Pt63の経路長は、それぞれ2、1、2となる。
【0060】
図5Gに例示する経路パターンPn07は、3つの経路Pt71-Pt73を有する。経路Pt71、Pt72、Pt73は、それぞれ位相決定済画素Op00、Op10、Op20を起点とする。経路Pt71、Pt72、Pt73の経路長は、それぞれ2、1、2となる。
図5Hに例示する経路パターンPn08は、4つの経路Pt81-Pt84を有する。経路Pt81、Pt82、Pt83、Pt84は、それぞれ位相決定済画素Op01、Op10、Op01、Op20を起点とする。経路Pt81、Pt82、Pt83、Pt84の経路長は、それぞれ1、1、3、2となる。
図5Iに例示する経路パターンPn09は、4つの経路Pt91-Pt94を有する。経路Pt91、Pt92、Pt93、Pt94は、それぞれ位相決定済画素Op01、Op02、Op10、Op10を起点とする。経路Pt91、Pt92、Pt93、Pt94の経路長は、それぞれ1、3、1、3となる。
【0061】
図4、
図5A-
図5Iは、終点のx座標とy座標の双方が、それぞれ起点のx座標とy座標以上となる経路のみを有し、起点の数が1以上3以下である経路パターンPn00-Pn09を例にしたが、これには限られない。終点のx座標が起点のx座標未満または終点のy座標が起点のy座標未満となる経路を有する経路パターンが設定されてもよいし、より起点の数が多い経路パターンが設定されてもよい。
図6A-
図6D、
図7A-
図7Cは、本実施形態に係る経路パターンの起点と終点のセットの例を示す。
図6A-
図6D、
図7A-
図7Cは、終点を中心とする3サンプル×3サンプルのx-y平面内の領域に設定可能とする全てのセットを示す。但し、あるセットと起点の分布が終点を通るx軸またはy軸に対して対称なセットと、終点を中心として回転対称なセットについては、共通のセットとみなし、図示が省略されている。ここで、起点、終点は、それぞれ斜線、網掛けで示されている。また、経路の図示が省略されている。
【0062】
図6A-
図6Dは、起点の数がそれぞれ1-4となるセットを示す。起点の数が1、2、3、4個である場合、それぞれ2通り、4通り、8通り、12通りのセットが設定可能である。
図7A-
図7Cは、起点の数がそれぞれ5-7となるセットを示す。起点の数が5、6、7個である場合、それぞれ8通り、4通り、2通りのセットが設定可能である。
【0063】
なお、
図4-
図7Cは、起点は、終点からx方向とy方向の一方または双方(斜め方向)に隣接する位相決定済画像である場合である場合を例にしたが、終点から所定の範囲内であれば、これには限られない。例えば、起点は、終点から2サンプル以内の位相決定済画素であってもよい。
また、
図4、
図5A-
図5Iに例示されるように、複数の積分経路がいずれも終点から所定の経路設定範囲(例えば、
図8B、
図8C、
図9:経路設定範囲Pa)内に含まれ、その一部または全部が所定の範囲外とならないように設定されることで、積分経路が過大となることが抑えられる。
【0064】
図4、
図5A-
図5Iは、積分経路が、あるサンプル点からx方向またはy方向に隣接するサンプル点からなる素片(リンク)を、起点から終点に至るまで順次連接して形成される場合を例にしたが、これには限られない。個々の素片の起点は、その素片の終点から光学系の空間分解能の範囲内に配置されたサンプル点であればよい。素片は、例えば、x方向とy方向の双方に交差する斜め方向に隣接する2個のサンプル点を結ぶ区間であってもよいし、互いに隣接せずに1以上のサンプル点を跨いだ(スキップ)2個のサンプル点を結ぶ区間であってもよい。また、積分経路の途中のサンプル点、つまり、起点と終点を除く積分経路上のサンプル点は、バルク位相エラーを既に定めたサンプル点であってもよいし、バルク位相エラーが未決定のサンプル点であってもよい。但し、位相勾配算出部140は、素片としてとりうる終点の位置ごとに、二次元領域内の各サンプル点について、そのサンプル点を素片の起点として終点との間のOCT信号の位相差を位相勾配として算出しておく。
【0065】
(繰り返し演算)
バルク位相エラー算出部150には、予め複数の経路パターン(例えば、経路パターンPn00-Pn09)を設定しておいてもよい。バルク位相エラー算出部150は、二次元領域内のサンプル点ごとに、そのサンプル点を終点として、起点として既にバルク位相エラーを定めたサンプル点との位置関係と対応関係を満たす経路パターンを、予め設定された経路パターンから選択する。バルク位相エラー算出部150は、選択した経路バターンで示される複数の経路のそれぞれを積分経路として上記の手法で終点におけるバルク位相エラーを算出する。そして、バルク位相エラー算出部150は、バルク位相エラーの算出する対象サンプル点を、バルク位相エラーを未決定の他のサンプル点に変更する。バルク位相エラー算出部150は、バルク位相エラーの算出と対象サンプル点の変更を、二次元領域内の全てのサンプル点についてバルク位相エラーが決定されるまで繰り返せばよい。対象サンプル点は、上記の位相決定対象画素に相当する。
【0066】
そこで、バルク位相エラー算出部150には、二次元領域内の1つのサンプル点を基準点とし、基準点に近接するサンプル点ほど優先されるようにバルク位相エラーを算出する演算順序(イテレーション)を予め定めておいてもよい。また、バルク位相エラー算出部150は、演算順序が第m回(mは、1以上の整数)のサンプル点を終点とする対象サンプル点とするとき、演算順序が第m-1回のサンプル点を起点として、その終点と起点が示す位置関係に対応する経路パターンを選択してもよい。ここで、基準点を、演算順序が第0回のサンプル点とし、そのバルク位相エラーを所定の基準値と設定しておく。また、同一の演算順序となるサンプル点は、必ずしも1個ではなく、2個以上となりうる。同一の演算順序となるサンプル点は、2個以上となりうるが、第m回の2個以上のサンプル点の間では、バルク位相エラーの演算順序は、予め定めた順序でもよいし、ランダムに定めてもよい。
【0067】
図8A-
図8C、
図9Aに示す例では、バルク位相エラー算出部150には、二次元領域の原点(0,0)を基準点Op00とし、原点からx方向とy方向に挟まれる斜め方向の距離の順に演算順序を設定しておく。同一の演算順序のサンプル点は、斜め方向に直交する線上に分布する。
図8Bに示すように、演算順序が第1回のサンプル点は、(1,0)、(0,1)にそれぞれ所在するサンプル点が対象サンプル点Dp10、Dp01として設定される。このとき、バルク位相エラー算出部150は、対象サンプル点Dp10、Dp01のそれぞれについて、経路パターンPn01、Pn02を選択することができる。但し、バルク位相エラー算出部150は、選択した経路パターンPn01、Pn02のうち、経路Pt11、Pt21は、それぞれサンプル点が配列された二次元領域の範囲外を通過するため、無効な経路として棄却し、残りの有効な経路をバルク位相エラーの算出に用いる。経路別位相エラーを有効な経路間で合成する際に用いる重み係数は、有効な経路の数もしくは有効な経路の経路長に基づいて予め定めておいてもよい。
【0068】
図8Cに示すように、演算順序が第2回のサンプル点は、(1,1)、(2,0)、(1,0)にそれぞれ所在するサンプル点を対象サンプル点Dp11、Dp20、Dp02として設定される。このとき、バルク位相エラー算出部150は、対象サンプル点Dp10、Dp01のそれぞれについて、経路パターンPn05、Pn01、Pn02を選択することができる。但し、バルク位相エラー算出部150は、選択した経路パターンPn01、Pn02のうち、経路Pt11、Pt21は、それぞれサンプル点が配列された二次元領域の範囲外を通過するため、無効な経路として棄却し、残りの有効な経路をバルク位相エラーの算出に用いる。
図9Aに示すように、演算順序が第3回のサンプル点として、(2,1)、(1,2)にそれぞれ所在するサンプル点を対象サンプル点Dp21、Dp12として設定される。但し、
図9Aに示す例では、演算順序が第3回のサンプル点に、二次元領域において基準点Op00から最も遠い対象サンプル点Dp22も含まれる。このとき、バルク位相エラー算出部150は、対象サンプル点Dp21、Dp12、Dp22のそれぞれについて、経路パターンPn05、Pn05、Pn00を選択することができる。但し、バルク位相エラー算出部150は、対象サンプル点Dp21、Dp12、Dp22のそれぞれについて選択した経路パターンPn05、Pn05、Pn00のうち、経路Pt54、Pt53、Pt03、Pt04は、それぞれサンプル点が配列された二次元領域の範囲外を通過するため、無効な経路として棄却し、残りの有効な経路をバルク位相エラーの算出に用いる。
【0069】
二次元領域内のサンプル点間の演算順序は、
図8A-
図8C、
図9Aに示す例には限られない。例えば、基準点とするサンプル点を二次元領域の中心とし、演算順序を基準点の周囲のサンプルのうち、基準点からの距離が小さいサンプルほど高くなるよう定めてもよい。そして、バルク位相エラー算出部150は、演算順序が第m回(mは、1以上の整数)のサンプル点を終点とする対象サンプル点とするとき、演算順序が第m-1回のサンプル点を起点として、その終点と起点が示す位置関係に対応する経路パターンを選択してもよい。
【0070】
図9Bは、一例として演算順序を示す経路Sqが基準点を中心とする右回りの渦巻状に設定されているサンプル点Aにおけるバルク位相エラーを算出する際、。バルク位相エラー算出部150は、サンプル点Aを中心とする3×3点の領域を経路設定範囲P
Aとして設定する。経路設定範囲P
A内の位相決定済画素は基準点だけであるため、バルク位相エラー算出部150は、
図5Bに例示される経路パターンを選択する。サンプル点Bにおけるバルク位相エラーを算出する際、バルク位相エラー算出部150は、サンプル点Bを中心とする3×3点の領域を経路設定範囲P
Bとして設定する。経路設定範囲P
B内の位相決定済画素は、サンプル点Bの真上、左上、左、左下の計4個であるため、バルク位相エラー算出部150は、
図6Dの第1行左端に例示される経路パターンを選択する。
【0071】
このように、基準点からの距離が近接するほど優先されるようにサンプルごとの演算順序を定め、直前の演算順序を起点とする経路積分が実行されるので、二次元領域内において最後にバルク位相エラーを算出するまでの演算回数が減少する。そのため、二次元領域全体として、誤差の累積が抑制される。
なお、対象サンプル点を終点とし、バルク位相エラーを決定済みのサンプル点を起点とする経路パターンは、その位置関係に応じて複数通り存在しうる。その場合には、バルク位相エラー算出部150には、複数通りの経路パターンのうちいずれか1通りを予め定めておいてもよいし、複数の通りの経路パターンから1通りをランダムに選択してもよい。
【0072】
二次元領域内のサンプル点間の演算順序は、これには限られない。例えば、バルク位相エラー算出部150は、各行におけるバルク位相エラーの算出処理(以下、ライン処理)として、位相決定済画素が二次元領域の終端のサンプル点に達するまで、位相決定済画素ごとに
図5Aに示す経路パターンを用いてバルク位相エラーを算出し、位相決定済画素をx軸方向に隣接するサンプル点に変更する処理を繰り返す。その後、バルク位相エラー算出部150は、
図5Bに示す経路パターンを用いて、y軸方向に隣接する次の行の始端のサンプル点におけるバルク位相エラーを算出する。そして、バルク位相エラー算出部150は、バルク位相の決定対象とする行が二次元領域の終端に達するまでライン処理を繰り返してもよい。
【0073】
(位相の補正例)
次に、算出されたバルク位相エラーによるOCT信号の位相の補正例について説明する。
図10A-
図10Fは、本実施形態に係るOCT信号の位相の補正例を示す図である。
図10Aは、OCT信号に基づくOCT画像の一例を示す。
図10Aに示すOCT画像は、観測可能領域の一部をなす観察対象平面の状態を示す。このOCT画像は、バルク位相エラーがまだ補償されていない生のOCT信号に基づく。
図10Dは、
図10Aに係るOCT信号を空間周波数領域に変換して得られるスペクトルを示す。縦軸、横軸は、それぞれx方向、y方向の空間周波数を示し、中心が原点を示す。スペクトルの強度は、濃淡で表されている。明るい部分ほど強度が高く、暗い部分ほど強度が低いことを示す。強度は原点に対して非対称であり、最も強度が高い周波数帯域の中心は原点からx方向に変位している。また、強度が高い部分の広がりが比較的大きい。
【0074】
図10Bは、従来の位相差法を用いて算出されたバルク位相エラーの例を示す。位相は、濃淡で表されている。明るい部分ほど位相がπに近似し、暗い部分ほど位相が-πに近似することを示す。バルク位相エラーは、x方向に対しては比較的規則的に変化するが、y方向の変化がx方向よりも不規則となる。
図10Eは、
図10Bに示すバルク位相エラーを用いて補正されたスペクトルを示す。スペクトルの強度はx方向に対しては、原点を通るy軸に対して対称となり、x方向の広がりが緩和する。しかしながら、スペクトル強度のy方向の広がりが却って拡大している。このことは、y方向に対する補正が不適切なことを示す。
【0075】
図10Cは、本実施形態に係る信号処理装置100が算出したバルク位相エラーの例を示す。位相は、濃淡で表されている。このバルク位相エラーは、
図8A-
図8C、
図9を用いて説明した手法を用いて算出されたものである。バルク位相エラーは、x方向、y方向の両者に対して規則的に変化し、比較的滑らかな縞模様を示す。
図10Fは、
図10Cに示すバルク位相エラーを用いて補正されたOCT信号のスペクトルを示す。
信号補正部160は、式(6)を用いてOCT信号を補正することにより、OCT信号に含まれるバルク位相エラーを除去することができる。式(6)は、三次元サンプル点(x,y,z)における信号値のスペクトルA(x,y,z)の位相からバルク位相エラーφ
b
(t)(x,y)を差し引いて、補正後の信号値のスペクトルA’(x,y,z)を算出することを示す。スペクトルの強度はx方向、y方向ともに原点に対して対称となり、広がりが緩和する。このことは、本実施形態により従来の位相差法よりも位相エラーに生じる方向依存性を緩和し、より適切なスペクトルの補正を実現できることを示す。
【0076】
【0077】
次に、試料ごとのOCT信号の別の補正例について説明する。
図11A、
図11B、
図11C、
図11Dは、4種類の試料に対して観測されたx方向の空間周波数f
xの平均値、y方向の空間周波数f
yの平均値、空間周波数f
xの標準偏差、空間周波数f
yの標準偏差の例をそれぞれ示す。これらの平均値、標準偏差は、補正前の原データ、単純積分(simple integration)により算出されたバルク位相エラーで補正した場合、本実施形態における提案法により算出されたバルク位相エラーで補正した場合のそれぞれについて算出した。Sm01、Sm03は、それぞれニワトリの胸筋(chicken breast muscle)の異なる部位を試料とした場合を示す。Sm02、Sm04は、それぞれブタの心臓組織(porcine heart tissue)の異なる部位を試料とした場合を示す。Avgは、Sm01-Sm04間の平均値を示す。
【0078】
図11A、
図11Bは、原データについては、試料間で平均値が著しくばらつき、単純積分、提案法について、平均値はほぼ0となり、原データよりも有意に低減することを示す。空間周波数f
yの平均値については、提案法よりも単純積分の方がむしろ、ばらつきが抑えられる。
他方、
図11Cは単純積分により空間周波数f
xの標準偏差が原データよりも少なくなるが、
図11Dは単純積分により空間周波数f
yの標準偏差が原データよりも増加する。このことは、x方向よりもy方向にスペクトルが広がることを示す。これに対し、提案法によれば原データとの間で空間周波数f
x、f
yの標準偏差の有意な変化が認められない。このことは、提案法によれば特定方向へのスペクトルの偏りをもたらさずにバルク位相エラーを補正できることを示す。
【0079】
なお、信号補正部160は、補正後のOCT信号に対して、再焦点化してもよい(ディジタルリフォーカス、digital refocusing)。再焦点化において、信号補正部160は、次の各ステップの処理を実行する。
(ステップS11)信号補正部160は、補正後の二次元領域のOCT信号(例えば、正面OCT信号、en face OCT slice)に対して二次元離散フーリエ変換(DFT:Discrete Fourier Transform)を行って、空間周波数領域における複素スペクトル(complex spatial frequency spectrum)を算出する。
(ステップS12)信号補正部160は、複素スペクトルを構成する空間周波数(fx,fy)ごとの変換係数に、その空間周波数に対する位相フィルタH-1(fx,fy)を乗算することにより、乗算により得られる乗算値を含むフィルタ処理後のスペクトルを算出する。位相フィルタH-1(fx,fy)の例を、式(7)に示す。
【0080】
【0081】
式(7)において、frは、動径方向の空間周波数を示す。frは、x方向の空間fxとy方向の空間周波数fyの二乗和の平方根に相当する。λcは、入射光の中心波長を示す。z0は、焦点ずれ量(amount of defocus)を示す。焦点ずれ量z0は、一般に光学系に依存する。位相フィルタH-1(fx,fy)は、空間周波数が高いほど顕著に表れる位相のずれを補償することで、焦点ずれを緩和または除去することを可能にする。かかる位相のずれは、典型的には、「ぼけ」としてOCT画像に表れる。
(ステップS13)信号補正部160は、フィルタ処理後のスペクトルに対して二次元逆フーリエ変換(IDFT:Inverse Discrete Fourier Transform)を行ってフィルタ処理後のOCT信号を再焦点化したOCT信号として生成する。そして、信号補正部160は、再焦点化したOCT信号を画像処理部170に出力する。画像処理部170によれば、信号補正部160から入力されるOCT信号に基づき、より鮮明なOCT画像を取得することができる。
【0082】
以上に説明したように、本実施形態に係る信号処理装置100は、位相勾配算出部140とバルク位相エラー算出部150を備える。位相勾配算出部140は、試料の状態を表すOCT信号の位相勾配を所定の平面(例えば、二次元領域)に配列されたサンプル点ごとに算出する。バルク位相エラー算出部150は、バルク位相エラーが決定済のサンプル点である起点からバルク位相エラーが未決定のサンプル点である終点までの複数の経路のそれぞれについて、サンプル点ごとの位相勾配をそれぞれの経路に沿って積分して前記終点における経路別位相エラーを算出し、経路別位相エラーを複数の経路間で合成して終点におけるバルク位相エラーを定める。バルク位相エラー算出部150は、バルク位相エラーとして、例えば、経路別位相エラーの経路間の平均値を前記バルク位相エラーとして算出する。
この構成によれば、それぞれ経路によって異なりうる誤差のランダムな成分が、経路間で合成されることで相対的に低減する。そのため、経路によらない成分がバルク位相エラーとして、単純に位相勾配を累積するよりも正確に推定される。
【0083】
また、本実施形態において、バルク位相エラー算出部150は、経路間の平均値として、複数の経路それぞれの経路長に基づく重み係数を用いた経路別位相エラーの加重平均値を算出してもよい。
この構成によれば、経路長に依存した誤差の影響を考慮して、より正確にバルク位相エラーを算出することができる。例えば、経路長が大きい経路ほど重み係数を小さくすることで、経路長が大きいほど誤差の影響が強い場合、かかる経路の経路別位相エラーの寄与を小さくすることができる。逆に、経路長が大きい経路ほど重み係数を大きくすることで、経路長が大きいほど誤差の影響が弱い場合、かかる経路の経路別位相エラーの寄与を大きくすることができる。
【0084】
また、本実施形態において、バルク位相エラーの算出に用いられる複数の経路のそれぞれは、終点から所定の範囲内に含まれてもよい。
この構成によれば、複数の経路のそれぞれが所定の範囲内に限定されるため、バルク位相エラーの算出に係る経路数が過大になることが回避される。
【0085】
また、本実施形態において、バルク位相エラーの算出に用いられる複数の経路のそれぞれは、第n(nは、1以上かつN-1以下の整数)サンプル点から第n+1サンプル点の区間である第n素片(Nは、2以上の整数)を含み、第n+1サンプル点は、第nサンプル点からOCT信号を取得した光学系の空間分解能以下の範囲内のサンプル点であってもよい。
これにより、複数の経路のそれぞれは、OCT信号の信号値に有意差が生じない2つのサンプル点からなる1個または複数の素片を連接して形成されるため、算出されるバルク位相エラーからOCT信号の信号成分による寄与を抑制することができる。
【0086】
また、本実施形態において、バルク位相エラー算出部150には、起点と終点の位置関係に対応付けて複数の経路を示す経路パターンを予め複数通り設定しておき、バルク位相エラーの算出対象とする対象サンプル点を終点として、バルク位相エラーを決定済みのサンプル点を起点とする位置関係を満たす経路パターンで示される複数の経路を選択してもよい。
これにより、二次元領域内で対象サンプル点ごとに、バルク位相エラーを算出する際に用いる複数の経路を、バルク位相エラーの算出済のサンプル点との関係で、その都度探索するよりも効率的に選択することができる。
【0087】
また、本実施形態において、バルク位相エラー算出部150には、二次元平面(例えば、二次元領域)における1つのサンプル点を基準点とし、基準点に近接するサンプル点ほど優先されるように、バルク位相エラーを算出する順序を予め定めておき、定めた順序が第m回(mは、1以上の整数)のサンプル点を前記対象サンプル点とするとき、定めた順序が第m-1回のサンプル点を起点とする位置関係を満たす経路パターンで示される複数の経路を選択してもよい。
これにより、順次算出されるバルク位相エラーに累積される誤差の影響が、演算順序を任意とする場合よりも抑制されるため、二次元平面全体として、バルク位相エラーをより高い精度で算出することができる。
【0088】
また、本実施形態に係る信号処理装置100は、信号補正部160を備えてもよい。信号補正部160は、終点におけるバルク位相エラーを、終点と前記平面に射影された位置が共通する三次元空間内に配列されたサンプル点におけるOCT信号の信号値の位相から減算してもよい。
これにより、三次元のOCT信号に含まれるバルク位相エラーが補償されるため、バルク位相エラーによるスペクトルの偏りや広がりを低減し、より高品質の光干渉断層画像を得ることができる。
【0089】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な設計変更等をすることが可能である。
【0090】
例えば、上記の説明では、信号処理装置100が光干渉断層計1の一部である場合を例にしたが、これには限られない。信号処理装置100は、光干渉断層計1から独立し、光学系を備えない単一の機器であってもよい。その場合、信号処理装置100の制御部110において光学系制御部120が省略されてもよい。検出信号取得部130は、光学系に限られず、データ蓄積装置、PCなど、他の機器から有線または無線で、例えば、ネットワークを経由して検出信号またはOCT信号を取得してもよい。
【0091】
また、信号処理装置100は、上記の操作入力部と表示部を備えてもよいし、それらの一方または両方が省略されてもよい。
信号処理装置100の制御部110において画像処理部170が省略されてもよい。その場合、信号処理装置100の制御部110は、信号補正部160が生成した補正OCT信号を、データ蓄積装置、PC、画像処理装置など、他の機器に出力してもよい。出力先とする機器は、画像処理部170と同様の機能、つまり、信号処理装置100から入力される補正OCT信号に基づいて画像データを生成し、生成した画像データに基づくOCT画像を表示する機能を有してもよい。
【0092】
上記の例では、位相勾配もしくはバルク位相エラーの算出に係るサンプル点が配列された二次元領域がx-y平面に設定される場合を例にしたが、これには限られない。観測可能領域をなす三次元空間に配列された三次元サンプル点と、その三次元サンプル点を射影して得られる二次元サンプル点との対応関係を形成できる二次元平面に設定されればよい。かかる二次元平面は、例えば、y-z平面、z-x平面などであってもよい。かかる二次元平面がy-z平面である場合には、三次元サンプル点(x,y,z)は、二次元サンプル点(y,z)に対応付けられる。また、二次元領域として、OCT画像を構成する画素に対応するサンプル点が配列された観察対象平面が用いられてもよい。信号補正部160は、バルク位相エラーに基づくOCT信号の位相の補正を、個々の観察対象平面に対して実行してもよい。
【0093】
なお、上述した実施形態における信号処理装置100の一部、例えば、制御部110の全部または一部をコンピュータで実現するようにしてもよい。その場合、この制御機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することによって実現してもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、信号処理装置100に内蔵されたコンピュータシステムであって、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含んでもよい。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよく、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。
【0094】
また、上述した実施形態及び変形例における信号処理装置100の一部、または全部を、LSI(Large Scale Integration)等の集積回路として実現してもよい。信号処理装置100の各機能ブロックは個別にプロセッサ化してもよいし、一部、または全部を集積してプロセッサ化してもよい。また、集積回路化の手法はLSIに限らず専用回路、または汎用プロセッサで実現してもよい。また、半導体技術の進歩によりLSIに代替する集積回路化の技術が出現した場合、当該技術による集積回路を用いてもよい。
【符号の説明】
【0095】
1…光干渉断層計、10…光源、20…ビームスプリッタ、30a、30b、50a、50b…コリメータ、40…参照鏡、60a、60b…ガルバノミラー、70…分光器、100…信号処理装置、120…光学系制御部、130…検出信号取得部、140…位相勾配算出部、150…バルク位相エラー算出部、160…信号補正部、170…画像処理部