(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】超伝導線材熱処理用ボビン、および超伝導線材の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 13/00 20060101AFI20241114BHJP
H01B 12/04 20060101ALI20241114BHJP
H01F 6/06 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
H01B13/00 E
H01B13/00 563Z
H01B12/04
H01F6/06 140
H01F6/06 150
(21)【出願番号】P 2020139801
(22)【出願日】2020-08-21
【審査請求日】2023-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 孝明
(72)【発明者】
【氏名】児玉 一宗
【審査官】鈴木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-106828(JP,A)
【文献】特開2017-046987(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 12/00-12/16
H01B 13/00
H01F 6/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状に配置され各々が軸方向に沿った端部を有する一または複数の巻き枠と、
対向する一対の前記端部に設けられ一対の前記端部の距離である端部間距離を調節する周長調整機構と、を備え、
前記周長調整機構は、
処理対象となる超伝導線材の熱処理温度未満の融点を有する周長調整部材を含み、
前記周長調整部材が熱処理の際に変形することによって熱処理前の前記端部間距離よりも熱処理後の前記端部間距離を大きくする機能を有する
ことを特徴とする超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項2】
前記巻き枠は、略半円筒状に形成され、熱処理時に開口部を下方に向ける上側巻き枠と、略半円筒状に形成され、熱処理時に開口部を上方に向ける下側巻き枠と、を含み、
前記周長調整機構は、前記上側巻き枠と前記下側巻き枠との2箇所の対向箇所にそれぞれ設けられ、
熱処理中に前記上側巻き枠を支持する支持台と、
前記上側巻き枠と前記下側巻き枠との相対的位置関係を必要に応じて固定する位置関係固定部材と、をさらに備える
ことを特徴とする請求項1に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項3】
前記周長調整機構は、前記端部間距離を所定範囲内に規制する規制部材をさらに備える
ことを特徴とする請求項2に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項4】
前記下側巻き枠の内周側に装着される錘をさらに備える
ことを特徴とする請求項2または3に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項5】
前記融点は、前記熱処理温度よりも50℃以上低い
ことを特徴とする請求項1ないし4の何れか一項に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項6】
前記周長調整部材は、Al-Cu系合金、Al-Si系合金、Al-Mg系合金、またはAl-Zn-Mg系合金の何れかである
ことを特徴とする請求項1ないし5の何れか一項に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項7】
前記巻き枠と前記超伝導線材との間、または前記超伝導線材を巻回した際の層間に巻回され、前記巻き枠と前記超伝導線材との融着を防止し、または前記超伝導線材の巻き乱れを防止する、ガラスクロスまたはアルミナクロスであるクロス材をさらに備える
ことを特徴とする請求項1ないし6の何れか一項に記載の超伝導線材熱処理用ボビン。
【請求項8】
円筒状に配置され各々が軸方向に沿った端部を有する一または複数の巻き枠と、対向する一対の前記端部に設けられ一対の前記端部の距離である端部間距離を調節する周長調整機構と、を備え、前記周長調整機構は、超伝導線材の熱処理温度未満の融点を有する周長調整部材を含み、前記周長調整部材が熱処理の際に変形することによって熱処理前の前記端部間距離よりも熱処理後の前記端部間距離を大きくする超伝導線材熱処理用ボビンに対して、二ホウ化マグネシウムを含有する前記超伝導線材の前駆体を巻回する過程と、
前記前駆体に対して前記熱処理温度の熱処理を施す過程と、を有する
ことを特徴とする超伝導線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導線材熱処理用ボビン、および超伝導線材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本技術分野の背景技術として、下記特許文献1の請求項1には、「スプールの上に耐火クッション層を配置することと、前記耐火クッション層上に超伝導ケーブルの第1層を巻くことと、前記スプール上の前記超伝導ケーブルを熱処理反応することと、前記スプールから前記超伝導ケーブルの第1層を解くことと、前記スプールと前記超伝導ケーブルの第1層との間に形成される間隙を調整するために1つ以上の調節機構を配置することと、を含む、超伝導物質の製造方法。」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記載された技術では、熱処理後の超伝導線材を適切に取り扱えない場合があった。
この発明は上述した事情に鑑みてなされたものであり、熱処理後の超伝導線材を適切に取り扱うことができる超伝導線材熱処理用ボビン、および超伝導線材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため本発明の超伝導線材熱処理用ボビンは、円筒状に配置され各々が軸方向に沿った端部を有する一または複数の巻き枠と、対向する一対の前記端部に設けられ一対の前記端部の距離である端部間距離を調節する周長調整機構と、を備え、前記周長調整機構は、処理対象となる超伝導線材の熱処理温度未満の融点を有する周長調整部材を含み、前記周長調整部材が熱処理の際に変形することによって熱処理前の前記端部間距離よりも熱処理後の前記端部間距離を大きくすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、熱処理後の超伝導線材を適切に取り扱うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】好適な第1実施形態による超伝導線材熱処理用ボビンの模式的な正面図である。
【
図2】熱処理前の左側の周長調整機構の模式図である。
【
図3】超伝導線材熱処理用ボビンの模式的な側面図である。
【
図4】熱処理中の左側の周長調整機構の模式図である。
【
図5】比較例および第1実施形態において、熱処理プロセス中の昇温および冷却に伴う周長の変化を示す図である。
【
図6】第2実施形態における熱処理前および熱処理中の左側の周長調整機構の模式図である。
【
図7】第3実施形態における超伝導線材熱処理用ボビンの模式図である。
【
図8】第4実施形態における超伝導線材熱処理用ボビンの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[実施形態の前提]
MRIなどで強力かつ安定的な磁場を必要とする場合、ほぼ減衰しない電流を超伝導コイルに通電することで所望の磁場を得ている。銅線で電磁石を作製する場合、銅線の断面積あたりの電流密度は数A/mm2程度であるが、超伝導コイルの場合は数百A/mm2程度の高い電流密度を設定することで、小さな体格のコイルで強力な磁場を発生させている。従来の超伝導コイルには主に低温超伝導線材であるNbTi線材が用いられているが、その動作温度は約4Kと低いため、主に液体ヘリウムによる冷却が必要である。そして、近年のヘリウムの受給逼迫に伴い、液体ヘリウムを必要としない高い温度で使用できるMgB2超伝導線材が開発されている。
【0009】
MgB2超伝導線材を用いた超伝導コイルの作製方法は大きく分けて2種類ある。一方は、ワインド・アンド・リアクト法と呼ばれる方法であり、超伝導線材の前駆体をコイル状に巻回した後に熱処理を施す方法である。他方は、リアクト・アンド・ワインド法と呼ばれる方法であり、熱処理済みの超伝導線材をコイル状に巻回する方法である。ここで、超伝導線材には許容曲げ半径が存在し、その曲げ半径よりも小さな曲率で超伝導線材を熱処理前または熱処理後に曲げると超伝導特性が低下してしまうため、許容曲げ半径は超伝導線材を用いた超伝導コイルの設計・作製の制約になっている。
【0010】
超伝導線材の加工単位長さは数kmに及ぶため、リアクト・アンド・ワインド法で用いるためにMgB2超伝導線材の前駆体を熱処理する際、超伝導線材は熱処理用のボビン状の巻き枠に巻回した状態で熱処理が施される。熱処理前の超伝導線材にも許容曲げ半径が存在することと、熱処理後の巻替え時に略直線状に線材が延ばされる際に不必要に曲げ歪を加えないために、熱処理時に用いられる巻き枠は直径1mを超える場合が多い。MgB2超伝導線材の熱処理温度は一般的には600℃~800°程度であるため、巻き枠の素材には、熱処理温度にも耐えられ、入手性にも優れたステンレス鋼が用いられることが多い。
【0011】
MgB2超伝導線材の製造方法としては、各種金属管にMg粉末とB粉末の混合紛を充填後、所望の線径・長さまで伸線加工した後に熱処理を施すPIT(Powder in Tube)法が一般的である。MgB2線材に使用される金属管は、Fe、Nb、Cu、Ni-Cu合金、ステンレス鋼などである。これらの金属、合金およびMgB2の熱膨張係数は、凡そ以下の通りである。
・Nb:7.1×10-6 ℃-1、
・MgB2:8.0×10-6 ℃-1、
・Fe:11.7×10-6 ℃-1、
・Ni-Cu合金:14×10-6 ℃-1、
・Cu:17.7×10-6 ℃-1、
・ステンレス鋼:16~19×10-6 ℃-1。
【0012】
ここで、熱処理前のMgB2線材の前駆体を、ステンレス鋼で作られた熱処理用の巻き枠に巻回して熱処理を施し、その後に室温まで冷却する場合を想定してみる。この場合、MgB2線材を熱処理温度から室温に冷却する過程において、巻き枠の熱収縮量と比較して、MgB2線材の熱収縮量が小さくなる。すると、巻き枠の周長よりもMgB2線材の(最内層の)1ターンあたりの長さが長くなり、巻き緩みが生じる。
【0013】
巻き枠に対する超伝導線材の巻回は複数層に亘るため、巻き緩みが生じると、線材の本来の上下関係が逆転する等、巻き乱れが生じる。本来外側にあるべき線材が他の線材の内側に潜り込むと、熱処理後に線材を他のボビンに巻き替える際に、線材の曲がりや折れが生じてしまう。一般的には熱処理時の巻き枠軸方向を水平方向とすることで、巻き乱れの影響を抑制できるが、巻き枠と線材の隙間が存在する限り、巻き乱れの影響をゼロにすることは困難である。
【0014】
そこで、上述した特許文献1の技術を応用し、超伝導線材の熱処理後に、巻き枠に調節機構を配置すること(例えば巻き枠と超伝導線材との間に楔型固定装置を挿入すること)が考えられる。しかし、巻き枠に調節機構を配置する作業を「どこで」実行するかが問題になる。超伝導線材の熱処理は加熱炉の中で行われる。そこで、巻き枠と超伝導線材を加熱炉の外に搬出して、調節機構を配置することが考えられる。しかし、一般的な加熱炉において熱処理対象物を炉内から取り出す際には、熱処理対象物を加熱位置から少なくとも鉛直方向、必要であれば水平方向にも移動させる必要がある。
【0015】
このように、熱処理後の超伝導線材が巻回された巻き枠を移動させると、移動させる際の振動により、超伝導線材の巻き乱れが発生する可能性がある。また、別の方法として、超伝導線材が巻回された巻き枠を移動する前に、加熱炉内に作業者が立ち入って、調節機構を配置することが考えられる。しかし、この方法では、加熱炉内に作業者が立ち入るための余分な空間を設ける必要が生じ、加熱炉が巨大になるため非効率的である。そこで、後述する好適な実施形態は、巻き枠と、その周囲に巻回した超伝導線材との間隙を、加熱炉内で調整可能にし、熱処理後の超伝導線材を適切に取り扱えるようにしている。
【0016】
[第1実施形態]
〈第1実施形態の構成〉
図1は、好適な第1実施形態による超伝導線材熱処理用ボビン100(以下、単にボビン100と称することがある)の模式的な正面図である。
ボビン100は略円筒状に形成されており、
図1はその軸方向から見た状態を表している。ボビン100は、上側巻き枠1(巻き枠)と、下側巻き枠2(巻き枠)と、一対の周長調整機構3と、を備えている。以下、上側巻き枠1および下側巻き枠2を総称して「巻き枠1,2」と称することがある。上側巻き枠1は、金属板(例えばステンレス板)を略半円筒状に湾曲させ、開口部を下方に向けた物である。また、下側巻き枠2は、上側巻き枠1と同種の金属板を略半円筒状に湾曲させ、開口部を上方に向けた物である。周長調整機構3は、上側巻き枠1の下端部と、下側巻き枠2の上端部とを結合する。
【0017】
超伝導線材8の前駆体81は、ボビン100の外周に沿って巻回される。ボビン100の断面形状は、円形に近いほど、超伝導線材8または前駆体81の巻回および取り外しが容易になる。一方、周長調整機構3の付近においては、巻き枠1,2を平板状に形成するほうが、巻き枠1,2の作成が容易になる。すなわち、後者の場合には、巻き枠1,2および周長調整機構3を組み合わせたボビン100の断面形状は、略楕円状またはレーストラック形状になる。
【0018】
ボビン100の外周側の空間を外周側空間51と呼び、内周側の空間を内周側空間52と呼ぶ。内周側空間52において、巻き枠1,2には、複数の梁(図示せず)が装着されており、これら梁によって巻き枠1,2の形状が維持されている。また、ボビン100は、支持台10(
図3参照)によって回転自在に軸支される。ボビン100が回転することにより、ボビン100に前駆体81を巻回し、またはボビン100から超伝導線材8を取り外すことができる。
【0019】
図2は、熱処理前の左側の周長調整機構3の模式図である。
図1と同様に、
図2もボビン100の軸方向から見た状態を表している。
周長調整機構3は、熱処理の前後で形状が異なるため、熱処理前の周長調整機構3を熱処理前周長調整機構31と呼び、熱処理後の周長調整機構3を熱処理後周長調整機構32(
図4参照)と呼ぶことがある。
図2に示す範囲において、巻き枠1,2の外周側空間51に露出している部分は、略平板状に形成されている。そのため、軸方向から見た当該部分の巻き枠1,2の形状は略直線状になっている。
【0020】
上側巻き枠1の端部1aには、内周側空間52に向かって突出する上側係合部12が形成されている。上側係合部12は、上側巻き枠1の端部1aから略直角に折れ曲がった部分と、さらに上方に向かって略直角に折れ曲がった部分とを有し、全体として溝状に形成されている。また、上側係合部12には、断面略矩形状に形成された周長調整部材4が載置されている。また、下側巻き枠2の端部2aには、内周側空間52に向かって突出する下側係合部22が形成されている。
【0021】
下側係合部22は、下側巻き枠2の端部2aから略直角に折れ曲がった部分と、さらに上方に向かって略直角に折れ曲がった部分と、さらに上側係合部12および周長調整部材4の周辺を囲うようにクランク状に折れ曲がった部分と、を有している。このクランク状に折れ曲がった部分は、溶融した周長調整部材4が退避する退避領域14を形成している。周長調整機構3は、以上述べた上側係合部12、下側係合部22および周長調整部材4を含む。なお、上述した例においては、退避領域14は、溶融前の周長調整部材4の上方に位置しているが、退避領域14は、溶融前の周長調整部材4の下方または側方に位置するように周長調整機構3を形成してもよい。
【0022】
熱処理前周長調整機構31においては、巻き枠1,2の端部1a,2aが近接し、両者間の距離である端部間距離LTは狭くなっている。これによって、ボビン100の周長は、上側巻き枠1の周長と、下側巻き枠2の周長との合計に略等しくなる。ここで、周長固定ボルト9(位置関係固定部材、
図3参照)を巻き枠1,2に貫通させ、巻き枠1,2の位置関係を固定しておくと好ましい。次に、ボビン100を回転させながら、ボビン100の外周に超伝導線材8の前駆体81を巻回してゆくとよい。なお、
図1における右側の周長調整機構3の詳細については図示を省略するが、右側の周長調整機構3は、
図2に示す左側の周長調整機構3に対して、対称形を成すように構成されている。
【0023】
図3は、超伝導線材熱処理用ボビン100の模式的な側面図である。なお、
図3においては、ボビン100を支持する支持台10も図示している。
ボビン軸方向53は図中の左右方向になる。
図3においては、位置関係を分かりやすくするために、上側巻き枠1と下側巻き枠2とがボビン軸方向53に対して若干ずれた位置関係になっているが、これは本質的なものではない。ボビン100を回転しつつ超伝導線材8の前駆体81を巻回してゆく際、巻き枠1,2が支持台10によって支持される。
【0024】
そして、前駆体81の巻回が終了すると、上側巻き枠1が鉛直方向上側に、下側巻き枠2が鉛直方向下側となるように両者が配置され、
図3に示すように、上側巻き枠1が支持台10によって支持される。その後、周長固定ボルト9を取り外し、巻き枠1,2の位置関係を維持しつつ、前駆体81を、ボビン100および支持台10とともに加熱炉に搬入し、熱処理に供するとよい。ここで、巻き枠1,2および支持台10は、超伝導線材8および前駆体81の熱処理温度に耐えられる金属材料で構成されている。一方、周長調整部材4は、熱処理温度よりも低い温度で溶融する金属材料で構成されている。
【0025】
図4は、熱処理中の左側の周長調整機構3の模式図であり、
図2と同様に、ボビン100の軸方向から見た状態を表している。
熱処理中においては、周長固定ボルト9(
図3参照)が外されているため、下側巻き枠2の重量によって下側係合部22は下方向きに付勢される。そして、熱処理中において、周長調整部材4は溶融するため、下側係合部22は下方向に移動し、溶融した周長調整部材4は下側係合部22によって押し出され、下側係合部22の端部よりも上方に移動する。そして、熱処理が終了し、ボビン100の温度が下がると、周長調整部材4は図示の状態のまま凝固し、周長調整機構3は熱処理後周長調整機構32になる。なお、図示を省略するが、周長調整部材4の周囲には、これが流出することを防ぐ壁部材が設けられている。これにより、周長調整部材4は、溶解した場合においても、周長調整機構3から流出することはない。
【0026】
〈比較例〉
ここで、第1実施形態の動作の特徴を明確にするため、比較例について説明する。
比較例の構成について図示は省略するが、比較例において、上記第1実施形態のボビン100に対応するボビンは、単に円筒状に形成された金属板(例えばステンレス板)である。それ以外の構成は、上述の第1実施形態のものと同様である。
【0027】
図5は、比較例および第1実施形態において、熱処理プロセス中の昇温および冷却に伴う周長の変化を示す図である。
図中のグラフC1が比較例におけるグラフである。グラフC1において、横軸は温度であり、縦軸は比較例によるボビン(図示せず)、超伝導線材8または前駆体81の周長である。T0は例えば20℃程度の室温であり、T2は、超伝導線材8の処理温度(例えば600℃~800°)である。特性71は、比較例におけるボビンの周長を示す。ボビンを室温T0から熱処理温度T2まで加熱してゆくと、ボビンは各構成要素の金属が有する熱膨張係数に従って膨張する。その後、ボビンを室温T0まで冷却すると、ボビンの周長は加熱前の値に戻る。
【0028】
また、グラフC1における特性72は、超伝導線材8またはその前駆体81の周長を示す。前駆体81の温度を室温T0から熱処理温度T2まで加熱してゆくと、該前駆体を構成する材料の平均的な熱膨張係数に従って、前駆体は膨張してゆく。その際、一部の材料は焼きなまされ、一部の材料は化学反応により熱処理前と異なる特性を持つ。そのため、超伝導線材8が冷却される際、超伝導線材8は熱膨張係数が低いように振る舞う。これにより、超伝導線材8の温度が室温T0に戻った際、周長は体験している温度に従って、元の周長よりも長くなる。なお、実際にはボビン、超伝導線材8および前駆体81の熱膨張係数は温度によって変化するが、説明の簡略化のため、熱膨張係数は一定の値にしている。
【0029】
比較例のボビンは、一般的にはステンレス鋼で作製されるため、前駆体81の昇温による伸び率よりも、ボビンの伸び率のほうが大きくなる。従って、昇温中の前駆体81に対し、引っ張り応力や、引っ張り歪の印加を防ぐ場合は、比較例のボビンに前駆体81を巻回する際に、ある程度の余裕を持たせて巻回するとよい。これにより、熱処理後のボビンおよび超伝導線材8には、図示のように周長差L1が生じる。ここで、周長差L1が大きい場合には、巻回された超伝導線材8の隣接するターン間でその前後が入れ替わる等の現象が生じ、巻き乱れが生じる。
【0030】
〈第1実施形態の動作〉
次に、第1実施形態の動作を説明する。
図5において、グラフC2は、第1実施形態におけるグラフである。グラフC2において、横軸、縦軸等の意義はグラフC1のものと同様である。また、図中の温度T1(融点)は、周長調整部材4(
図2参照)の融点である。また、グラフC2における特性72は、超伝導線材8またはその前駆体81の周長を示し、その形状はグラフC1に示したものと同様である。また、特性74は、第1実施形態におけるボビン100の周長を示す。
【0031】
ボビン100を室温T0から加熱した際、温度T1において、周長調整部材4が融解する。これにより、周長調整機構3は、重力によって伸び、
図2に示す状態から、
図4に示す状態に変化する。但し、下側巻き枠2は、必ずしも完全に下がりきるわけではなく、ボビン100の周長と、超伝導線材8の周長とが一致するまで下がる。その後、超伝導線材8およびボビン100が熱処理温度T2に達し、再び冷却される。超伝導線材8およびボビン100の温度が温度T1よりも高い状態では、両者の周長は同一のまま変化する。
【0032】
その後、ボビン100の温度が温度T1未満になると、周長調整部材4が凝固し、巻き枠1,2の位置関係が固定される。その後、超伝導線材8およびボビン100が冷却されてゆくと、両者は各々の熱膨張係数に応じて収縮してゆく。これにより、温度が室温T0に戻った際のボビン100および超伝導線材8には、図示のように周長差L3が生じる。周長差L3は、グラフC1の周長差L1と比較すると、長さL2だけ短くなっている。
【0033】
本実施形態のボビン100は、室温T0近くまで冷却した後に、加熱炉から搬出される。その際、加熱炉の形態によっては炉内でボビン100を鉛直方向または水平方向に移動させる必要が生じる。この移動に伴う振動により、超伝導線材8に巻き乱れ等が発生する可能性がある。
【0034】
しかし、本実施形態のボビン100によれば、比較例の周長差L1と比較して短い周長差L3を実現できるため、移動に伴う振動等が発生した場合においても、比較例のボビンと比較して、超伝導線材8の巻き乱れ等を抑制できる。なお、加熱炉内に十分な空間がある場合には、炉内での移動の前に、周長固定ボルト9(
図3参照)を用いて巻き枠1,2の位置関係を固定することが望ましい。
【0035】
また、種々の制約により、炉内における巻き枠1,2の固定が困難な場合は、ボビン100を加熱炉から搬出した後に巻き枠1,2を固定してもよい。本実施形態によるボビン100の熱処理後の外周形状は、周長調整機構3による伸びがあるため、一般的には真円形状ではなく、一部が直線状で両端が半円状であるレーストラック形状、または略楕円形状になる。従って、ボビン100に巻回された超伝導線材8は、線材長手方向の位置に応じて、(例えば直線状、円弧上、直線状…のように)熱処理時の曲げ半径が、周期的に分布している。
【0036】
従って、熱処理後の超伝導線材8が有する機械特性、特に超伝導特性が劣化しない可逆曲げ歪の値も、線材長手方向に従って周期的に分布している。従って、超伝導線材8の機械特性等の評価に用いる短尺線材試料をサンプリングする際には、直線状または円弧状の何れの位置からサンプリングしたものかを留意しつつ評価することが好ましい。
【0037】
図5のグラフC2において、熱処理後の周長差L3を小さくするためには、温度T1と熱処理温度T2との差をなるべく大きくすることが好ましい。特に、比較例の周長差L1と本実施形態の周長差L3との間に充分な差が生じさせるためには、温度T1と熱処理温度T2との差を50℃以上にすることが好ましい。また、温度T1と熱処理温度T2との差を100℃以上にすると、超伝導線材8の巻き乱れを一層抑制できるため、さらに好ましい。
【0038】
また、周長調整部材4には、様々な金属その他の材料を適用することができる。例えば、周長調整部材4の材料は、Al-Cu系合金、Al-Si系合金、Al-Mg系合金、Al-Zn-Mg系合金から選択することが可能である。これらの金属であれば入手性が良く、その融点の温度T1は、凡そ480℃~650℃から選択可能になる。
【0039】
〈具体例〉
次に、本実施形態をMgB
2線材に適用した具体例を説明する。
実用的なMgB
2超伝導線材は、その線径は約1.5mm前後であり、熱処理温度T2は600℃~800℃程度、熱処理の再に用いるボビン100の直径は1m程度であり、その周長は3m程度である。
上述した比較例においては、これらの条件の下で熱処理を施した場合、熱処理前後における周長差L1(
図5参照)は、熱処理前の周長の0.16%程度になる。従って、周長が3mである場合、周長差L1は、その0.16%すなわち約4.8mmになる。
【0040】
この4.8mmの伸びを左右で2.4mmずつ消費すると考えると、下側巻き枠2の下方に位置する超伝導線材8の鉛直方向位置が約2.4mm下がり得ることになる。この2.4mmは、典型的な線径1.5mmよりも充分に広いため、巻き乱れが発生し得る状況になる。一方、本実施形態によれば、熱処理前後における周長差L3(
図5参照)は、比較例の2/3程度に抑制できた。すなわち、周長3mのボビン100における超伝導線材8の鉛直方向位置の自由度は1.6程度に収まり、線径線径1.5mmの線材が巻き乱れることはなかった。
【0041】
[第2実施形態]
次に、好適な第2実施形態について説明する。なお、以下の説明において、上述した第1実施形態の各部に対応する部分には同一の符号を付し、その説明を省略する場合がある。
図6は、第2実施形態における熱処理前および熱処理中の左側の周長調整機構3の模式図である。
図6の上側の熱処理前周長調整機構31に示すように、本実施形態のボビン100においては、上側巻き枠1の内周側に、周長調整距離決め冶具5(規制部材)が固定されている。これにより、下側係合部22が周長調整距離決め冶具5に係止され、巻き枠1,2の距離が図示の距離よりも短くならない。なお、右側の周長調整機構3は、
図6に示す左側の周長調整機構3に対して、対称形を成すように構成されている。上述した以外の本実施形態の構成は、第1実施形態のもの(
図1~4参照)と同様である。
【0042】
熱処理に伴う周長調整機構3の伸長距離は、熱処理前および熱処理中の巻き枠1,2の相対距離、すなわち端部間距離LTの差に等しい。本実施形態においては、周長調整距離決め冶具5を設けたことにより、この相対距離を一定の値に定めることができる。これにより、熱処理中の超伝導線材8または前駆体81に対しては、ほとんど自重による張力のみが印加され、下側巻き枠2の質量による張力が印加されにくくなり、超伝導線材8の性能低下等を抑制することができる。
【0043】
[第3実施形態]
次に、好適な第3実施形態について説明する。なお、以下の説明において、上述した他の実施形態の各部に対応する部分には同一の符号を付し、その説明を省略する場合がある。
図7は、第3実施形態における超伝導線材熱処理用ボビン100の模式図である。本実施形態においては、下側巻き枠2の内周側に、加熱処理の前に錘6が装着される。上述した以外の本実施形態の構成は、第1または第2実施形態のもの(
図1~6参照)と同様である。
【0044】
本実施形態によれば、錘6を装着することで、熱処理中の下側巻き枠2の鉛直下方への移動が確実になる。これにより、下側巻き枠2を自重のみによって移動させた場合と比べ、周長調整機構3による周長差L3(
図5参照)の精度が高くなる。なお、ボビン100の取り扱いを容易にするため、錘6は、超伝導線材8の熱処理後に取り外せるようにしておくことが好ましい。
【0045】
[第4実施形態]
次に、好適な第4実施形態について説明する。なお、以下の説明において、上述した他の実施形態の各部に対応する部分には同一の符号を付し、その説明を省略する場合がある。
図8は、第4実施形態における超伝導線材熱処理用ボビン100の模式図である。本実施形態においては、巻き枠1,2の外周側の外側にクロス材7が巻回され、超伝導線材8はさらにその外側に巻回されている。クロス材7はガラスクロスやアルミナクロスから選択することが可能である。上述した以外の本実施形態の構成は、第3実施形態のもの(
図7参照)と同様である。
【0046】
巻き枠1,2の材料および超伝導線材8の組合せによっては、熱処理温度T2において巻き枠1,2と超伝導線材8とが融着する可能性が生じる。本実施形態においては、巻き枠1,2と超伝導線材8との間にクロス材7が挿入されるため、巻き枠1,2と超伝導線材8との融着を防止することができる。さらに、超伝導線材8の層間にクロス材7を巻回してもよい。これにより、特に超伝導線材8の線径が細い場合に、層間の巻き乱れを防止することが可能となる。
【0047】
[実施形態の効果]
以上のように好適な実施形態によれば、超伝導線材熱処理用ボビン100は、円筒状に配置され各々が軸方向に沿った端部1a,2aを有する一または複数の巻き枠1,2と、対向する一対の端部1a,2aに設けられ一対の端部1a,2aの距離である端部間距離LTを調節する周長調整機構3と、を備え、周長調整機構3は、処理対象となる超伝導線材8の熱処理温度T2未満の融点(T1)を有する周長調整部材4を含み、周長調整部材4が熱処理の際に変形することによって熱処理前の端部間距離LTよりも熱処理後の端部間距離LTを大きくする。
【0048】
また、別の観点において、好適な実施形態は、上述の超伝導線材熱処理用ボビン100に対して、二ホウ化マグネシウムを含有する超伝導線材8の前駆体81を巻回する過程と、前駆体81に対して熱処理温度T2の熱処理を施す過程と、を有する。これにより、熱処理後の周長差L3を小さくすることができ、熱処理後の超伝導線材8を適切に取り扱うことができる。
【0049】
また、巻き枠1,2は、略半円筒状に形成され、熱処理時に開口部を下方に向ける上側巻き枠1と、略半円筒状に形成され、熱処理時に開口部を上方に向ける下側巻き枠2と、を含み、周長調整機構3は、上側巻き枠1と下側巻き枠2との2箇所の対向箇所にそれぞれ設けられ、熱処理中に上側巻き枠1と下側巻き枠2とを支持する支持台10と、上側巻き枠1と下側巻き枠2との相対的位置関係を必要に応じて固定する位置関係固定部材(9)と、をさらに備えると、一層好ましい。このように、上側巻き枠1と、下側巻き枠2と、を備えることにより、下側巻き枠2の重量によって周長調整機構3を容易に動作させることができる。
【0050】
また、周長調整機構3は、端部間距離LTを所定範囲内に規制する規制部材(5)をさらに備えると、一層好ましい。これにより、下側巻き枠2の重量によって超伝導線材8に印加される力を軽減することができる。
【0051】
また、下側巻き枠2の内周側に装着される錘6をさらに備えると、一層好ましい。これによって周長調整機構3を容易に動作させることができる。
【0052】
また、融点(T1)は、熱処理温度T2よりも50℃以上低くすると一層好ましい。これによって、熱処理後を周長差L3を充分に短くすることができる。
【0053】
また、周長調整部材4は、Al-Cu系合金、Al-Si系合金、Al-Mg系合金、またはAl-Zn-Mg系合金の何れかであることが一層好ましい。これによって、熱処理温度T2よりも充分に低い融点(T1)を実現できる。
【0054】
また、巻き枠1,2と超伝導線材8との間、または超伝導線材8を巻回した際の層間に巻回され、巻き枠1,2と超伝導線材8との融着を防止し、または超伝導線材8の巻き乱れを防止する、ガラスクロスまたはアルミナクロスであるクロス材7をさらに備えると一層好ましい。これにより、巻き枠1,2と超伝導線材8との融着を抑制でき、あるいは超伝導線材8の巻き乱れを抑制できる。
【0055】
[変形例]
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。上述した実施形態は本発明を理解しやすく説明するために例示したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について削除し、もしくは他の構成の追加・置換をすることが可能である。上記実施形態に対して可能な変形は、例えば以下のようなものである。
【0056】
(1)上記各実施形態においては、2個の巻き枠、すなわち上側巻き枠1と下側巻き枠2とを適用した例を説明したが、巻き枠の数は1個であってもよい。すなわち、矩形金属板を略C字状に湾曲させ、対向する一対の端部に周長調整機構3を形成してもよい。
【0057】
(2)周長調整部材4は、金属に限られるものではなく、温度によって溶融または軟化するガラス、熱可塑性樹脂等であってもよい。
【符号の説明】
【0058】
1 上側巻き枠(巻き枠)
2 下側巻き枠(巻き枠)
1a,2a 端部
3 周長調整機構
4 周長調整部材
5 周長調整距離決め冶具(規制部材)
6 錘
7 クロス材
8 超伝導線材
9 周長固定ボルト(位置関係固定部材)
10 支持台
81 前駆体
100 超伝導線材熱処理用ボビン
LT 端部間距離
T1 温度(融点)
T2 熱処理温度