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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】偏心揺動型減速装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 1/32 20060101AFI20241114BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20241114BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20241114BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20241114BHJP
【FI】
F16H1/32 A
C23C14/06 F
C23C16/27
C21D1/06 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020194048
(22)【出願日】2020-11-24
(65)【公開番号】P2022082891
(43)【公開日】2022-06-03
【審査請求日】2023-04-13
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100116274
【弁理士】
【氏名又は名称】富所 輝観夫
(72)【発明者】
【氏名】田村 光拡
(72)【発明者】
【氏名】山中 悌二郎
【審査官】小川 克久
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-155265(JP,A)
【文献】特開2014-145442(JP,A)
【文献】特開2008-169939(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
C23C 14/06
C23C 16/27
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
揺動歯車と、
前記揺動歯車を揺動させる偏心体を有する偏心体軸と、
前記揺動歯車と前記偏心体の間に配置される偏心軸受と、を備え、
前記偏心軸受の転動体が前記偏心体の外周面を転動する偏心揺動型減速装置であって、
前記偏心体と前記偏心体軸とは一体的に設けられ、
前記偏心体軸は、表面硬化層と、前記表面硬化層の内側に設けられ前記表面硬化層よりも低硬度の母材領域と、を備え、
前記偏心体軸は、径方向に突き出る突起部を備え、
前記突起部は、2.0mm以下の軸方向寸法を持つ第1薄肉箇所を備え、
前記表面硬化層の深さは、100μm以下となり、
前記第1薄肉箇所には前記表面硬化層及び前記母材領域が設けられる偏心揺動型減速装置。
【請求項2】
前記突起部は、前記偏心体の軸方向端部に一体的に設けられ、前記転動体の軸方向移動を規制する請求項1に記載の偏心揺動型減速装置。
【請求項3】
前記偏心体軸は、筒状部を備え、
前記表面硬化層及び前記母材領域は、前記筒状部に設けられ、
前記筒状部は、2.0mm以下の径方向寸法を持つ第2薄肉箇所を備え、
前記表面硬化層及び前記母材領域は、前記第2薄肉箇所に設けられる請求項1または2に記載の偏心揺動型減速装置。
【請求項4】
前記偏心軸受は、前記揺動歯車の内周面に配置され、
前記内周面には、前記表面硬化層とは別の表面処理が施される請求項1からのいずれか1項に記載の偏心揺動型減速装置。
【請求項5】
前記表面硬化層は、前記偏心体軸の外周面全体に設けられる請求項1からのいずれか1項に記載の偏心揺動型減速装置。
【請求項6】
揺動歯車と、
前記揺動歯車を揺動させる偏心体を有する偏心体軸と、
前記揺動歯車と前記偏心体の間に配置される偏心軸受と、を備え、
前記偏心軸受の転動体が前記偏心体の外周面を転動する偏心揺動型減速装置であって、
前記偏心体と前記偏心体軸とは一体的に設けられ、
前記偏心体軸は、表面に設けられる窒化処理層と、前記窒化処理層よりも低硬度の母材領域と、を備え、
前記偏心体軸は、径方向に突き出る突起部を備え、
前記突起部は、2.0mm以下の軸方向寸法を持つ第1薄肉箇所を備え、
前記第1薄肉箇所には前記窒化処理層及び前記母材領域が設けられる偏心揺動型減速装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、偏心揺動型減速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、揺動歯車と、揺動歯車を揺動させる偏心体軸と、偏心体軸の偏心体と揺動歯車との間に配置される偏心軸受とを備える偏心揺動型減速装置を開示する。この偏心軸受の転動体は、偏心体の外周面によって構成される転動面を直接に転動している。
【0003】
この種の減速装置の偏心体軸は、大荷重を付与され易く、厳しい荷重条件下にある。よって、偏心体軸の疲労強度の向上を図るべく、その表面硬度の高硬度化が要求される。これを実現するための表面処理として、特許文献1の開示技術は、被処理材の焼入れを伴う浸炭処理を採用している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-158073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明者は、偏心揺動型減速装置に関して検討を進めた結果、次の新たな認識を得るに至った。近年、減速装置の小型化が要求されている。減速装置のサイズが非常に小さくなると、後述のように、表面熱処理の影響によって、偏心体軸の一部において靱性を確保し難くなる。つまり、減速装置の小型化が進むと、偏心体軸における表面硬度と靭性の両立が困難となる。この観点から対策を講じた技術は未だ提案されていない。
【0006】
本開示の目的の1つは、減速装置のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸における表面硬度と靭性の両立に適した技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の減速装置は、揺動歯車と、前記揺動歯車を揺動させる偏心体を有する偏心体軸と、前記揺動歯車と前記偏心体の間に配置される偏心軸受と、を備え、前記偏心軸受の転動体が前記偏心体の外周面を転動する偏心揺動型減速装置であって、前記偏心体軸は、表面硬化層と、前記表面硬化層の内側に設けられる母材領域と、を備え、前記表面硬化層の深さは、100μm以下となる。
【0008】
本開示の他の減速装置は、揺動歯車と、前記揺動歯車を揺動させる偏心体を有する偏心体軸と、前記揺動歯車と前記偏心体の間に配置される偏心軸受と、を備え、前記偏心軸受の転動体が前記偏心体の外周面を転動する偏心揺動型減速装置であって、前記偏心体軸は、表面に設けられる窒化処理層を備える。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、減速装置のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸における表面硬度と靱性の両立を容易化できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】参考形態の偏心体軸の一部を示す断面図である。
図2】第1実施形態の偏心体軸の一部を示す断面図である。
図3】第1実施形態の減速装置の側面断面図である。
図4図3の拡大図である。
図5】第1実施形態の偏心体軸の内部構造を模式的に示す断面図である。
図6】第1実施形態の偏心体軸の硬度分布の一例を示すグラフである。
図7】第2実施形態の偏心体軸の一部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態を説明する。実施形態、参考形態の説明では同一の構成要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。各図面では、説明の便宜のため、適宜、構成要素を省略、拡大、縮小する。図面は符号の向きに合わせて見るものとする。
【0012】
まず、実施形態に係る減速装置を想到するに至った背景から説明する。図1を参照する。偏心体軸24の高硬度化を実現するための表面処理を考える。通常サイズの減速装置では、この表面処理として、特許文献1の開示技術のように、焼入れを伴う浸炭処理が用いるのが当業者の技術常識であり、他の表面処理の十分な検討がなされていない。偏心体軸24の表面処理として浸炭処理を採用した場合、表面硬化層60の深さD1が深くなる。この表面硬化層60の深さD1は、例えば、1.0mm以上となる。このため、減速装置10のサイズが非常に小さくなると、偏心体軸24の厚みの薄い薄肉箇所52A、52B(後述する)において、その厚み方向Cの大部分又は全域が表面硬化層60となり易くなる。この結果、偏心体軸24の薄肉箇所52A、52Bにおいて、靱性の確保に寄与する母材領域58が残存し難くなり、薄肉箇所52A、52B全体として脆くなる。
【0013】
図2を参照する。この対策として、本実施形態の減速装置では、偏心体軸24の高硬度化を実現するため、表面硬化層60の深さを浅くできる窒化処理、コーティング処理等の表面処理を採用している。通常サイズの減速装置では、偏心体軸24の表面処理として、検討の対象とならない表面処理を、サイズの非常に小さい減速装置に用いられる偏心体軸24に採用していることになる。これらの表面処理を採用した場合、表面硬化層60の深さD1は、100μm以下にすることができる。つまり、これらの表面処理を採用した場合、焼入れを伴う表面熱処理を採用した場合よりも、表面硬化層60の深さD1を大幅に浅くすることができる。
【0014】
この結果、減速装置10のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸24の薄肉箇所52A、52Bにおいて母材領域58を残したままにし易くできる。別の観点から捉えると、偏心体軸24に設けられる表面処理層56として窒化処理層62を用いることで、偏心体軸24の薄肉箇所52A、52Bにおいて母材領域58を残したままにし易くできる。これにより、減速装置10のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸24の薄肉箇所52A、52Bにおける靱性を確保し易くなる。また、偏心体軸24は、表面硬化層60を備えるため、偏心体軸24において必要な表面硬度を容易に確保できる。特に、偏心体軸24の転動面36において所要の疲労強度の確保に必要な表面硬度を容易に確保できる。以上が相まって、減速装置10のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸24において表面硬度と靭性の両立を容易化できる。
【0015】
これは、母材領域58と表面硬化層60を備える偏心体軸24において、表面硬化層60の深さを100μm以下にすることで得られる効果と捉えることができる。この他にも、これは、偏心体軸24において表面処理層56として窒化処理層62を用いることで得られる効果とも捉えることができる。
【0016】
以下、第1実施形態の詳細を説明する。図3を参照する。本実施形態の減速装置10は、揺動歯車12を揺動させることで揺動歯車12及び噛合歯車14の一方を自転させ、その自転成分を出力部材16から出力する偏心揺動型減速装置である。噛合歯車14は、揺動歯車12と噛み合う歯車である。揺動歯車12及び噛合歯車14の一方は外歯歯車18であり、他方は外歯歯車18の外周側に配置される内歯歯車20である。本実施形態の減速装置10は、外歯歯車18を揺動歯車12とする外歯揺動タイプである。
【0017】
減速装置10は、主に、前述の揺動歯車12及び噛合歯車14の他に、揺動歯車12を揺動させる偏心体22A、22Bを有する偏心体軸24と、揺動歯車12と偏心体22A、22Bの間に配置される偏心軸受26と、揺動歯車12の外周側に配置されるケーシング28と、を備える。この他に、外歯揺動タイプの減速装置10は、揺動歯車12に対して軸方向側部に配置されるキャリヤ30を備える。
【0018】
本明細書では、偏心体軸24の回転中心線C2に沿った方向を軸方向Aという。また、その回転中心線C2を円中心とする円の半径方向及び円周方向に関して、単に「径方向」、「周方向」という。本実施形態の減速装置10は偏心体軸24に特徴があるが、先に周辺構造から説明する。
【0019】
偏心体軸24は、駆動装置(不図示)から伝達される回転動力によって回転可能である。駆動装置は、例えば、モータ、ギヤモータ、エンジン等である。本実施形態の減速装置10は、内歯歯車20の中心部に偏心体軸24が設けられるセンタークランクタイプである。
【0020】
偏心体軸24は、偏心体22A、22Bの他に、駆動装置から回転動力が伝達される軸体32を備える。偏心体22A、22Bは、軸体32と一体的に回転可能である。本実施形態の偏心体22A、22Bは、軸体32と同じ部材の一部として軸体32に一体的に設けられるが、その軸体32とは別体に設けられてもよい。
【0021】
偏心体22A、22Bの軸心C1は、偏心体軸24の回転中心線C2に対して偏心している。偏心体22A、22Bは、その回転中心線C2周りに回転することで揺動歯車12を揺動させることが可能である。本実施形態の減速装置10は複数(詳しくは二つ)の偏心体22A、22Bを備える。複数の偏心体22A、22Bは、軸方向一方側(図中左側)に配置される第1偏心体22Aと、軸方向他方側(図中右側)に配置される第2偏心体22Bとを含む。以下、説明の便宜から、軸方向一方側(図中左側)を反入力側といい、軸方向他方側(図中右側)を入力側という。隣り合う偏心体22A、22Bの偏心方向の位相はずれており、本実施形態では180°ずれている。偏心体22A、22Bの個数は特に限定されない。
【0022】
揺動歯車12は、複数の偏心体22A、22Bのそれぞれに対応して個別に設けられ、偏心軸受26を介して対応する偏心体22A、22Bに回転自在に支持される。
【0023】
偏心軸受26は、揺動歯車12と偏心体22A、22Bとの間において周方向に間隔を空けて配置される複数の転動体34A、34Bを備える。複数の転動体34A、34Bは、第1偏心体22Aの外周面を転動する第1転動体34Aと、第2偏心体22Bの外周面を転動する第2転動体34Bとを含む。本実施形態の転動体34A、34Bはころである。これにより、転動体34A、34Bを球体にする場合と比べ、偏心軸受26の負荷容量の向上を図ることができる。
【0024】
本実施形態の偏心軸受26は、複数の転動体34A、34Bの相対位置を保持する専用のリテーナを備えていない。これにより、減速装置10の小型化を容易化できる。偏心軸受26は、専用の内輪を備えていない。この代わりに、偏心体22A、22Bの外周面が内輪を兼ねており、その外周面に転動体34A、34Bが転動する転動面36が設けられる。本実施形態の偏心軸受26は専用の外輪を備えていない。この代わりに、揺動歯車12を軸方向に貫通する貫通孔38の内周面が外輪を兼ねており、その内周面を転動体34A、34Bが転動する。
【0025】
噛合歯車14を構成する内歯歯車20は、ケーシング28と一体化される。ケーシング28は、揺動歯車12等の減速装置10の他の構成部品を収容する。本実施形態のケーシング28は、複数のケーシング部材28aを組み合わせて構成される。内歯歯車20は、そのうちの一つのケーシング部材28aによって構成される。
【0026】
本実施形態のキャリヤ30は、複数のキャリヤ部材30aを組み合わせて構成される。
【0027】
出力部材16は、揺動歯車12及び噛合歯車14の一方の自転成分と同期して回転することで、その自転成分を被駆動装置に出力する。出力部材16は、内歯揺動タイプの場合は外歯歯車18となり、外歯揺動タイプの場合はケーシング28及びキャリヤ30の一方となる。本実施形態ではキャリヤ30が出力部材16となる。キャリヤ30が出力部材16となる場合は揺動歯車12(外歯歯車18)が自転する。これに対して、ケーシング28が出力部材16となる場合は噛合歯車14(内歯歯車20)が自転する。
【0028】
減速装置10は、偏心体22A、22Bとは異なる箇所において偏心体軸24の外周側に配置される軸受40A、40Bを備える。軸受40A、40Bは、偏心体22A、22Bに対して反入力側においてキャリヤ30と偏心体軸24との間に配置される第1軸受40Aと、偏心体22A、22Bに対して入力側においてケーシング28と偏心体軸24との間に配置される第2軸受40Bとを含む。軸受40A、40Bは、玉軸受け等の転がり軸受である。軸受40A、40Bは、転動体の他に、専用の内輪及び外輪を備える。
【0029】
以上の減速装置10の動作を説明する。駆動装置から偏心体軸24に回転動力が伝達されると、偏心体軸24が回転中心線C2周りに回転し、その偏心体22A、22Bによって揺動歯車12が揺動する。揺動歯車12が揺動すると、揺動歯車12と噛合歯車14の噛合位置が順次に周方向にずれる。この結果、偏心体軸24が一回転する毎に、揺動歯車12と噛合歯車14の歯数差に相当する分、揺動歯車12及び噛合歯車14の一方が出力部材16とともに自転する。偏心体軸24の回転は、揺動歯車12と噛合歯車14の歯数差に応じた減速比で減速されたうえで出力部材16を介して被駆動装置に出力される。
【0030】
偏心体軸24の説明に移る。図4を参照する。偏心体軸24は、例えば、機械構造用合金鋼鋼材等の鋼材をはじめとする金属を素材とする。機械構造用合金鋼鋼材は、例えば、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM材)等である。
【0031】
偏心体軸24は、複数の偏心体22A、22Bの他に、偏心体22A、22Bの軸方向端部に一体的に設けられる突起部42を備える。突起部42は、偏心体22A、22Bと同じ部材の一部として、偏心体22A、22Bと一体的に設けられる。本実施形態の突起部42は、隣り合う偏心体22A、22Bに共通に設けられる。詳しくは、本実施形態の突起部42は、第1偏心体22Aの入力側(図中右側)の端部22Aaにおいて第1偏心体22Aと一体的に設けられる。また、本実施形態の突起部42は、第2偏心体22Bの反入力側(図中左側)の端部22Ba(図3参照)において第2偏心体22Bと一体的に設けられる。
【0032】
突起部42は、偏心体軸24の外周面において径方向外側に突き出るように設けられる。詳しくは、突起部42は、隣り合う偏心体22A、22Bそれぞれの外周面から径方向外側に突き出るように設けられる。本実施形態の突起部42は、全周に亘って連続的に設けられる鍔状をなす。この他にも、突起部42は周方向に間隔を空けて間欠的に設けられてもよい。
【0033】
突起部42は、突起部42と一体的に設けられる偏心体22A、22Bを転動する転動体34A、34Bの軸方向側面に当接することにより、その転動体34A、34Bの軸方向Aの移動を規制している。本実施形態でいえば、突起部42は、突起部42と一体的に設けられる第1偏心体22Aを転動する第1転動体34Aに当接することにより、第1転動体34Aの軸方向Aの移動を規制している。これとともに、突起部42は、突起部42と一体的に設けられる第2偏心体22Bを転動する第2転動体34Bに当接することにより、第2転動体34Bの軸方向Aの移動を規制している。
【0034】
なお、転動体34A、34Bに対して突起部42とは軸方向反対側には、偏心体22A、22Bとは別体の規制部材44が配置される。規制部材44は、ワッシャ、止め輪等である。転動体34A、34Bの突起部42とは軸方向反対側への移動は規制部材44によって規制される。
【0035】
偏心体軸24は、偏心体軸24の軸方向側面に開口する中空部46と、中空部46によって形成される筒状部48と、を備える。中空部46は、軸方向Aに延びる孔によって構成される。本実施形態の中空部46は、偏心体軸24を軸方向Aに貫通する貫通孔によって構成される。この他にも、中空部46は、偏心体軸24を軸方向Aに貫通しない有底孔によって構成されてもよい。
【0036】
偏心体軸24は、偏心体軸24の外周部に設けられる複数の肩部50A~50Dを備える。肩部50A~50Dは、偏心体軸24の外周部において軸方向に隣り合う部分の間に外径差を付ける段部によって構成される。肩部50A~50Dは、第1偏心体22Aの反入力側の側面に設けられる第1肩部50Aと、第2偏心体22Bの入力側の側面に設けられる第2肩部50Bとを含む。この他に、肩部50A~50Dは、第1転動体34Aと軸方向Aに対向する第3肩部50Cと、第2転動体34Bと軸方向Aに対向する第4肩部50Dとを含む。第3肩部50Cの全体は、突起部42の反入力側の側面によって構成され、第4肩部50Dの一部は、突起部42の入力側の側面によって構成される。
【0037】
偏心体軸24は、軸方向寸法及び径方向寸法の何れか一方に関して、他の箇所より小さい薄肉箇所52A、52Bを備える。薄肉箇所52A、52Bは、軸方向寸法に関して他の箇所より小さい第1薄肉箇所52Aと、径方向寸法に関して他の箇所より小さい第2薄肉箇所52Bとを含む。
【0038】
第1薄肉箇所52Aは、偏心体軸24の突起部42に設けられる。第1薄肉箇所52Aは、本実施形態において、突起部42の径方向全域に設けられる。第1薄肉箇所52Aは、軸方向寸法(厚み)に関して径方向に向かって同等となる第1等厚部分52Aaを備える。
【0039】
第2薄肉箇所52Bは、偏心体軸24の筒状部48に設けられる。第2薄肉箇所52Bは、偏心体軸24の筒状部48における軸方向Aの両側に個別に設けられる。第2薄肉箇所52Bの外周面には軸受40A、40Bを配置するための軸受配置面54が設けられる。第2薄肉箇所52Bは、径方向寸法(厚み)に関して軸方向Aに向かって同等となる第2等厚部分52Baを備える。
【0040】
図2図5図6を参照する。これらの図ではハッチングを省略する。図2は、偏心体軸24の第1薄肉箇所52Aの拡大図でもある。偏心体軸24は、表面処理層56と、表面処理層56の内側に設けられる母材領域58とを備える。ここでの「内側」とは、表面硬化層60に対して偏心体軸24(偏心体22A、22B)の表面とは反対側をいう。表面処理層56は、母材領域58よりも表面側に設けられるとも捉えることができる。
【0041】
表面処理層56は、表面処理の対象となる被処理材において表面処理によって硬化した領域であり、母材領域58よりも高硬度である。表面処理層56は、いわゆる全硬化層深さ分の層であるとも捉えることができる。本実施形態では、表面処理層56を設けるための表面処理として窒化処理が用いられる。表面処理層56は、被処理材において窒化処理によって硬化した窒化処理層62(窒化層)によって構成されるとも捉えることができる。偏心体軸24は、偏心体軸24の表面に設けられる窒化処理層62を備えるとも捉えることができる。
【0042】
窒化処理は、例えば、イオン窒化、ガス窒化、塩浴窒化等によって実現される。窒化処理は、窒素系ガス(例えば、窒素ガス、アンモニア等)の雰囲気中で被処理材を加熱し、被処理材の内部に窒素を拡散させることで行われる。窒化処理は、被処理材の変態点温度未満の温度域、つまり、焼入れを伴わない温度域に被処理材を加熱することで行われる。窒化処理によって得られる窒化処理層62は、マルテンサイト組織等の焼入れ組織を含まないミクロ組織によって構成される。窒化処理層62は、図示はしないが、表面側の化合物層と、化合物層よりも内側の拡散層とを備える。化合物層は、母材領域58の主元素(鉄)と窒素の化合物からなる層である。拡散層は、被処理材の母相組織中に窒素が拡散した層であり、母材領域58と共通の母相組織を持つ。
【0043】
図6は、偏心体軸24の表面からの深さとビッカース硬度との関係を示す。図6では、偏心体軸24の表面から深さ方向Bに向かった複数箇所で測定したビッカース硬度をプロットしている。ここでの深さ方向Bとは、偏心体軸24の表面に垂直な方向をいう。図2では、偏心体軸24の表面上のある位置を基準とした深さ方向Bを図示する。ビッカース硬度は、JIS Z2244に準拠した方法により測定される。
【0044】
表面処理層56は、偏心体軸24の表面から深さ方向Bに向かって連続する範囲に設けられる表面硬化層60を備える。表面硬化層60は、表面処理層56の少なくとも一部の深さ方向範囲に設けられる。
【0045】
表面処理層を設けるための表面処理は、大別すると、表面処理層56と母材領域58の界面をミクロ組織の観察によって判別できない表面処理(以下、第1表面処理という)がある。この他に、表面処理層56と母材領域58の界面をミクロ組織の観察によって判別できる表面処理(第2表面処理)がある。第1表面処理は、例えば、本実施形態のような窒化処理をいう。第2表面処理は、例えば、後述するコーティング処理をいう。
【0046】
本明細書において、表面処理層56と母材領域58の界面を判別できない場合、表面硬化層60は、深さ方向Bにおいて最も硬度が高い位置から100HVまでの深さ方向範囲の層によって構成されると定義する(図6参照)。これは、例えば、前述の窒化処理等の第1表面処理によって得られる表面硬化層60のことを意味する。この場合、表面硬化層60は、表面処理層56の表面から一部の深さ方向範囲によって構成される。図2図5では、説明の便宜のため、表面硬化層60と表面処理層56の他の部位との境界を実線で示すが、実際は、その境界には明確な界面は現れない。
【0047】
これに対して、表面処理層56と母材領域58の界面を判別できる場合、表面硬化層60は、表面処理層56の全体によって構成されると定義する。これは、例えば、前述のコーティング処理等の第2表面処理によって得られる表面硬化層60のことを意味する。
【0048】
母材領域58は、被処理材において表面処理によって硬化していない領域であり、被処理材そのものの硬度を持つ領域である。母材領域58は、深さ方向Bに向かって硬度が大きく増減しない領域である。隣り合う測定点のうち、表面側の測定点でのビッカース硬度から、深さ方向Aに隣り合う測定点でのビッカース硬度への変化量を硬度変化量という。このとき、母材領域58は、例えば、深さ方向Bに向かって硬度変化量が負の値から0以上の値に切り替わる箇所から始まる。母材領域58は、例えば、ビッカース硬度の最大値と最小値の差分が50以下となり、硬度変化量が-50以上+50以下となる。
【0049】
表面硬化層60は、偏心体22A、22Bの転動面36に少なくとも設けられる。本実施形態の表面硬化層60は、偏心体22A、22Bの転動面36を含む範囲で偏心体軸24の外周面全体に設けられる。この条件を満たすうえで、表面硬化層60は、偏心体軸24の外周面以外の箇所には設けられていなくともよい。表面硬化層60は、偏心体軸24の外周面全体にのみ設けられていてもよいということである。ここでの「外周面以外の箇所」には、偏心体軸24の軸方向側面64A、64B、中空部46の内周面が含まれる。この偏心体軸24の軸方向側面64A、64Bは、偏心体軸24の軸方向Aで最も外側にある最外側面64Aの他に、肩部50A~50Dの表面64Bが含まれる。本実施形態では、ここで説明した「外周面以外の箇所」にも表面硬化層60が設けられる。つまり、表面硬化層60は、偏心体軸24の軸方向側面64A、64Bや、中空部46の内周面にも設けられるということである。
【0050】
前段落において説明した内容は、表面硬化層60の文言を窒化処理層62に置き換えた内容に関しても同様にあてはまる。例えば、窒化処理層62も、偏心体22A、22Bの転動面36に少なくとも設けられるということである。
【0051】
減速装置10のサイズを小型化しつつ、表面硬度と靱性の両立を図るうえで、表面硬化層60の深さ方向Bでの寸法である深さD1を100μm以下にしている。これを実現する表面処理として、本実施形態では、前述の通り、窒化処理を採用している。この他にも、後述のように、コーティング処理を採用してもよいし、この条件を満たすことができる他の表面処理を採用してもよい。
【0052】
表面硬化層60及び母材領域58は偏心体軸24の突起部42に設けられる。詳しくは、これらは突起部42の第1薄肉箇所52Aに設けられる。より詳しくは、軸方向Aを厚み方向Cとして、厚み方向Cの両側に一対の表面硬化層60が設けられ、一対の表面硬化層60の間に母材領域58が設けられる。この他にも、第1薄肉箇所52A(突起部42)の外周面52Abにも表面硬化層60が設けられる。偏心体22A、22Bの転動面36に対する表面処理(窒化処理)は突起部42にも及ぶとも捉えることができる。
【0053】
表面硬化層60及び母材領域58は偏心体軸24の筒状部48に設けられる。詳しくは、これらは筒状部48の第2薄肉箇所52Bに設けられる。より詳しくは、径方向を厚み方向Cとして、厚み方向Cの両側に一対の表面硬化層60が設けられ、一対の表面硬化層60の間に母材領域58が設けられる。この他にも、第2薄肉箇所52B(筒状部48)の軸方向側面52Bbにも表面硬化層60が設けられる。偏心体22A、22Bの転動面36に対する表面処理(窒化処理)は筒状部48にも及ぶと捉えることができる。
【0054】
減速装置10の小型化の観点から、本実施形態の第1薄肉箇所52Aの軸方向寸法L1は、2.0mm以下としている。同様の観点から、第1薄肉箇所52Aの軸方向寸法L1は、好ましくは1.5mm以下であり、更に好ましくは1.0mm以下である。この軸方向寸法L1は、第1薄肉箇所52Aの厚み寸法とも捉えることができる。ここで例示した寸法は、大きい寸法から小さい寸法にかけて順に、外歯歯車18の外接円の直径が45.0mm以下の場合、30.0mm以下の場合、25.0mm以下の場合を想定している。第1薄肉箇所52Aの軸方向寸法の下限値は、特に限定されないが、例えば、0.4mmである。この条件は、第1薄肉箇所52Aの第1等厚部分52Aaで満たされていればよい。
【0055】
減速装置10の小型化の観点から、本実施形態の第2薄肉箇所52Bの径方向寸法L2は、2.0mm以下としている。同様の観点から、第2薄肉箇所52Bの径方向寸法L2は、好ましくは1.5mm以下であり、更に好ましくは1.0mm以下である。この径方向寸法L2は、第2薄肉箇所52Bの厚み寸法とも捉えることができる。ここで例示した寸法は、大きい寸法から小さい寸法にかけて順に、外歯歯車18の外接円の直径が45.0mm以下の場合、30.0mm以下の場合、25.0mm以下の場合を想定している。第2薄肉箇所52Bの軸方向寸法L1の下限値は、特に限定されないが、例えば、0.4mmである。この条件は、第2薄肉箇所52Bの第2等厚部分52Baで満たされていればよい。ここまで説明した薄肉箇所52A、52Bと、外歯歯車18との寸法に関する条件は、外歯揺動タイプ及び内歯揺動タイプの何れの場合にも共通にあてはまる条件である。
【0056】
以上の減速装置10の効果を説明する。
【0057】
(A)偏心体軸24の表面硬化層60の深さは100μm以下となる。よって、前述の通り、減速装置10のサイズが非常に小さい場合でも、偏心体軸24において表面硬度と靱性の両立を容易化できる。
【0058】
(B)表面硬化層60及び母材領域58は、突起部42に設けられる。よって、突起部42の軸方向寸法L1が非常に小さい場合でも、偏心体軸24において表面硬度を確保しつつ、母材領域58によって突起部42の靱性を確保できる。
【0059】
(C)表面硬化層60及び母材領域58は、2.0mm以下の軸方向寸法L1を持つ第1薄肉箇所52Aに設けられる。よって、軸方向寸法L1が非常に小さい第1薄肉箇所52Aにおける靱性を母材領域58によって確保しつつ、偏心体軸24における表面硬度を確保できる。
【0060】
(D)表面硬化層60及び母材領域58は、筒状部48に設けられる。よって、筒状部48の径方向寸法L2が非常に小さい場合でも、偏心体軸24において表面硬度を確保しつつ、母材領域58によって筒状部48の靱性を確保できる。
【0061】
(E)表面硬化層60及び母材領域58は、2.0mm以下の径方向寸法L2を持つ第2薄肉箇所52Bに設けられる。よって、径方向寸法L2が非常に小さい第2薄肉箇所52Bにおける靱性を母材領域58によって確保しつつ、偏心体軸24における表面硬度を確保できる。
【0062】
(F)表面硬化層60は、偏心体軸24の外周面全体に設けられる。よって、偏心体軸24において表面硬度と靱性の両立を図るうえで、偏心体軸24の外周面に対する表面硬化防止処理を不要にできる。ひいては、表面処理作業の簡素化を図れる。ここでの表面硬化防止処理とは、窒化処理、コーティング処理を用いる場合はマスキングによって実現される。マスキングは、窒化処理の場合は窒素の侵入を妨げる防窒剤の塗布及び治具の利用等によって実現される。ここで説明した効果との関係からは、偏心体軸24の外周面全体の他にも、肩部50A~50Dの表面64B全体にも表面硬化層60が設けられてもよい。これにより、偏心体軸24の最外側面64Aを除く範囲で、その外周部の全域に対する表面硬化防止処理を不要にできる。
【0063】
(第2実施形態)図7を参照する。第1実施形態において、表面処理層56は窒化処理層62によって構成される例を説明した。この他にも、表面処理層56は、コーティング処理によって得られるコーティング層66によって構成されてもよい。コーティング処理によって表面処理層56を得る場合、前述の通り、表面硬化層60は、表面処理層56(コーティング層66)の全体によって構成される。
【0064】
コーティング層66は、例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)等によって構成される。コーティング処理は、CVD(chemical vapor deposition)、PVD(physical vapor deposition)等によって実現され、被処理材を構成する母材領域58上にコーティング層を成膜することで実現される。これらを用いて実現する場合、コーティング層66の深さ、つまり、表面硬化層60の深さD1は、例えば、10μm以下にすることができる。
【0065】
この他の点においては、第1実施形態と同様であるため、その説明を省略する。本実施形態の減速装置10も、前述した(A)~(F)で説明した構成要素(図示せず)を備え、それらの説明に対応する効果を得られる。
【0066】
各構成要素の他の変形形態を説明する。減速装置10は、前述した外歯揺動タイプの他にも、内歯歯車20を揺動歯車12とする内歯揺動タイプでもよい。減速装置10は、前述したセンタークランクタイプの他に、内歯歯車20の中心軸線から径方向にオフセットした位置に複数の偏心体軸24が配置される振り分けタイプでもよい。
【0067】
偏心軸受26は、専用のリテーナ及び外輪の少なくとも一方を備えていてもよい。偏心軸受26の転動体34A、34Bはころに限定されず、球体等でもよい。
【0068】
偏心体軸24の突起部42は隣り合う突起部42に共通に設けられる例を説明した。この他にも、突起部42は、複数の偏心体22A、22Bのそれぞれに個別に設けられてもよい。また、偏心体軸24の突起部42は必須ではない。
【0069】
偏心体軸24の突起部42及び筒状部48のそれぞれに表面硬化層60及び母材領域58の両方が設けられる例を説明した。この他にも、偏心体軸24の突起部42のみに表面硬化層60及び母材領域58の両方を設けてもよいし、筒状部48のみに表面硬化層60及び母材領域58の両方を設けてもよい。
【0070】
表面硬化層60は、偏心体軸24の外周面全体に設けず、その一部に部分的に設けてもよい。この場合、表面硬化層60は、偏心体22A、22Bを含む一部に部分的に設けてもよい。
【0071】
突起部42の第1薄肉箇所52Aの軸方向寸法L1は2.0mm以下であり、筒状部48の第2薄肉箇所52Bの径方向寸法L2は2.0mm以下の例を説明した。これらの具体的な大きさはこれに限定されず、例えば、2.0mm超でもよい。
【0072】
以上の実施形態及び変形形態は例示である。これらを抽象化した技術的思想は、実施形態及び変形形態の内容に限定的に解釈されるべきではない。実施形態及び変形形態の内容は、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。前述の実施形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「実施形態」との表記を付して強調している。しかしながら、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。図面の断面に付したハッチングは、ハッチングを付した対象の材質を限定するものではない。以上の構成要素の任意の組み合わせも有効である。例えば、変形形態に対して実施形態及び他の変形形態の任意の説明事項を組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0073】
10…減速装置、12…揺動歯車、22A、22B…偏心体、24…偏心体軸、26…偏心軸受、34A、34B…転動体、40A…軸受、42…突起部、48…筒状部、52A…第1薄肉箇所、52B…第2薄肉箇所、58…母材領域、60…表面硬化層、62…窒化処理層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7