(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】圧電薄膜、圧電薄膜素子及び圧電トランスデューサ
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20241114BHJP
H10N 30/079 20230101ALI20241114BHJP
H10N 30/87 20230101ALI20241114BHJP
H10N 30/20 20230101ALI20241114BHJP
H10N 30/093 20230101ALI20241114BHJP
H10N 30/50 20230101ALI20241114BHJP
H10N 30/30 20230101ALI20241114BHJP
C01G 29/00 20060101ALI20241114BHJP
C01G 49/00 20060101ALI20241114BHJP
C23C 14/08 20060101ALI20241114BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20241114BHJP
H02N 2/00 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/079
H10N30/87
H10N30/20
H10N30/093
H10N30/50
H10N30/30
C01G29/00
C01G49/00 A
C23C14/08 K
C23C14/34
H02N2/00
(21)【出願番号】P 2021037452
(22)【出願日】2021-03-09
【審査請求日】2024-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】森下 純平
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-093307(JP,A)
【文献】特開2019-114594(JP,A)
【文献】特開2015-180590(JP,A)
【文献】特開2020-113649(JP,A)
【文献】YAZAWA,Keisuke et al,Composition dependence of crystal structure and electrical properties for epitaxial films of Bi(Zn1/2Ti1/2)O3-BiFeO3 solid solution system,Journal of the Ceramic Society of Japan,Vol. 118, No. 8,2010年,p. 659 - 663
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/853
H10N 30/079
H10N 30/87
H10N 30/20
H10N 30/093
H10N 30/50
H10N 30/30
C01G 29/00
C01G 49/00
C23C 14/08
C23C 14/34
H02N 2/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一圧電層と、前記第一圧電層に直接重なる第二圧電層と、を備える圧電薄膜であって、
前記第一圧電層が、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1を含み、
前記第二圧電層が、ペロブスカイト型酸化物の正方晶2を含み、
前記正方晶1の(001)面は、前記圧電薄膜の表面の法線方向において配向しており、
前記正方晶2の(001)面は、前記圧電薄膜の表面の法線方向において配向しており、
前記正方晶1の(001)面の間隔は、c1であり、
前記正方晶1の(100)面の間隔は、a1であり、
前記正方晶2の(001)面の間隔は、c2であり、
前記正方晶2の(100)面の間隔は、a2であり、
c2/a2は、c1/a1よりも大きく、
c1/a1は、1.015以上1.050以下であ
り、
前記正方晶1の(001)面の回折X線のピーク強度は、I
1
であり、
前記正方晶2の(001)面の回折X線のピーク強度は、I
2
であり、
I
2
/(I
1
+I
2
)は、0.91以上0.99以下であり、
前記正方晶1は、下記化学式1で表され、
下記化学式1中のE
A
は、Na、K及びAgからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、
下記化学式1中のE
B
は、Mg、Al、Zr、Ti、Ni及びZnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、
下記化学式1中のx1は、0.10以上0.90以下であり、
下記化学式1中のy1は、0.05以上0.85以下であり、
下記化学式1中のz1は、0.05以上0.85以下であり、
x1+y1+z1は、1.00であり、
下記化学式1中のαは、0.00以上1.00未満であり、
前記正方晶2は、下記化学式2で表され、
下記化学式2中のE
A
は、Na、K及びAgからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、
下記化学式2中のE
B
は、Mg、Al、Zr、Ti、Ni及びZnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、
下記化学式2中のx2は、0.10以上0.85以下であり、
下記化学式2中のy2は、0.10以上0.85以下であり、
下記化学式2中のz2は、0.05以上0.80以下であり、
x2+y2+z2は、1.00であり、
下記化学式2中のαは、0.00以上1.00未満である、
圧電薄膜。
x1(Bi
1-α
E
A
α
)E
B
O
3
‐y1BiFeO
3
‐z1Bi(Fe
0.5
Ti
0.5
)O
3
(1)
x2(Bi
1-α
E
A
α
)E
B
O
3
‐y2BiFeO
3
‐z2Bi(Fe
0.5
Ti
0.5
)O
3
(2)
【請求項2】
c2/a2は、1.051以上1.250以下である、
請求項1に記載の圧電薄膜。
【請求項3】
前記第一圧電層の厚みは、10nm以上300nm以下である、
請求項1
又は2に記載の圧電薄膜。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか一項に記載の圧電薄膜を備える、
圧電薄膜素子。
【請求項5】
単結晶基板と、
前記単結晶基板に重なる電極層と、
前記電極層に重なる前記圧電薄膜と、
を備え、
第一中間層が、前記単結晶基板と前記電極層との間に配置されており、
前記第一中間層が、ZrO
2及びY
2O
3を含む、
請求項
4に記載の圧電薄膜素子。
【請求項6】
電極層と、
前記電極層に重なる前記圧電薄膜と、
を備え、
第二中間層が、前記電極層と前記圧電薄膜との間に配置されており、
前記第二中間層が、SrRuO
3及びLaNiO
3のうち少なくともいずれかを含む、
請求項
4又は5に記載の圧電薄膜素子。
【請求項7】
電極層と、
前記電極層に重なる前記圧電薄膜と、
を備え、
前記電極層は、白金の結晶を含み、
前記白金の結晶の(002)面は、前記電極層の表面の法線方向において配向しており、
前記白金の結晶の(200)面は、前記電極層の表面の面内方向において配向している、
請求項
4~6のいずれか一項に記載の圧電薄膜素子。
【請求項8】
請求項
4~7のいずれか一項に記載の圧電薄膜素子を備える、
圧電トランスデューサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電薄膜、圧電薄膜素子及び圧電トランスデューサに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体(piezoelectric material)は、種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工される。例えば、圧電アクチュエータは、圧電体に電圧を加えて圧電体を変形させる逆圧電効果により、電圧を力に変換する。また圧電センサは、圧電体に圧力を加えて圧電体を変形させる圧電効果により、力を電圧に変換する。これらの圧電素子は、様々な電子機器に搭載される。
【0003】
近年の市場では、電子機器の小型化及び性能の向上が要求されるため、圧電薄膜を用いた圧電素子(圧電薄膜素子)が盛んに研究されている。しかしながら、圧電体が薄いほど、圧電効果及び逆圧電効果が得られ難いため、薄膜の状態において優れた圧電性を有する圧電体の開発が期待されている。
【0004】
従来、圧電体として、ペロブスカイト(perоvskite)型強誘電体であるジルコン酸チタン酸鉛(いわゆるPZT)が多用されてきた。しかしながら、PZTは、人体や環境を害する鉛(Pb)を含むため、PZTの代替として、無鉛(Lead‐free)の圧電体の開発が期待されている。例えば、下記非特許文献1には、無鉛の圧電体の一例として、BiFeO3が記載されている。BiFeO3は、無鉛の圧電体の中でも比較的優れた圧電性を有し、圧電薄膜素子への応用が特に期待されている。下記特許文献1には、従来のBiFeO3よりも圧電性に優れた圧電体として、Bi(Co,Fe)O3からなり、正方晶(tetragonal crystal)及び菱面体晶(rhombohedral crystal)が混在する圧電体が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】K.Ujimoto et al, Direct piezoelectric properties of (100) and (111) BiFeO3 epitaxial thin films, APPLIED PHYSICS LETTERS. 100, 102901 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(-e31,f)2/ε0εrは、圧電薄膜の圧電性を示す圧電性能指数である。-e31,fは圧電定数の一種であり、-e31,fの単位はC/m2である。ε0は真空の誘電率であり、ε0の単位は、F/mである。εrは圧電薄膜の比誘電率であり、εrの単位はない。(-e31,f)2/ε0εrの単位は、Paである。大きい圧電性能指数を有する圧電薄膜は、圧電トランスデューサ(センサー)等の圧電薄膜素子に適している。しかし、正方晶及び菱面体晶が混在する従来の圧電体は、圧電性に優れるものの、比較的高い比誘電率を有するため、十分に大きい圧電性能指数を有していない。したがって従来の圧電体は圧電トランスデューサ(センサー)等の圧電薄膜素子に充分には適していない。
【0008】
本発明の一側面の目的は、大きい圧電性能指数を有する圧電薄膜、当該圧電薄膜を備える圧電薄膜素子及び圧電トランスデューサを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面に係る圧電薄膜は、第一圧電層と、第一圧電層に直接重なる第二圧電層と、を備える圧電薄膜であって、第一圧電層が、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1を含み、第二圧電層が、ペロブスカイト型酸化物の正方晶2を含み、正方晶1の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において配向しており、正方晶2の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において配向しており、正方晶1の(001)面の間隔は、c1であり、正方晶1の(100)面の間隔は、a1であり、正方晶2の(001)面の間隔は、c2であり、正方晶2の(100)面の間隔は、a2であり、c2/a2は、c1/a1よりも大きく、c1/a1は、1.015以上1.050以下である。
【0010】
c2/a2は、1.051以上1.250以下であってよい。
【0011】
正方晶1の(001)面の回折X線のピーク強度は、I1であり、正方晶2の(001)面の回折X線のピーク強度は、I2であり、I2/(I1+I2)は、0.90以上1.00未満であってよい。
【0012】
ペロブスカイト酸化物は、ビスマス、鉄、元素EB及び酸素を含んでよく、元素EBは、マグネシウム、アルミニウム、ジルコニウム、チタン、ニッケル及び亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよい。
【0013】
正方晶1は、下記化学式1で表されてよく、下記化学式1中のEAは、Na、K及びAgからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよく、下記化学式1中のEBは、Mg、Al、Zr、Ti、Ni及びZnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよく、下記化学式1中のx1は、0.10以上0.90以下であってよく、下記化学式1中のy1は、0.05以上0.85以下であってよく、下記化学式1中のz1は、0.05以上0.85以下であってよく、x1+y1+z1は、1.00であってよく、下記化学式1中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。
x1(Bi1-αEA
α)EBO3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1)
【0014】
正方晶2は、下記化学式2で表されてよく、下記化学式2中のEAは、Na、K及びAgからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよく、下記化学式2中のEBは、Mg、Al、Zr、Ti、Ni及びZnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよく、下記化学式2中のx2は、0.10以上0.85以下であってよく、下記化学式2中のy2は、0.10以上0.85以下であってよく、下記化学式2中のz2は、0.05以上0.80以下であってよく、x2+y2+z2は、1.00であってよく、下記化学式2中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。
x2(Bi1-αEA
α)EBO3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2)
【0015】
第一圧電層の厚みは、10nm以上300nm以下であってよい。
【0016】
本発明の一側面に係る圧電薄膜素子は、上記圧電薄膜を含む。
【0017】
本発明の一側面に係る圧電薄膜素子は、単結晶基板と、単結晶基板に重なる電極層と、電極層に重なる圧電薄膜と、を備えてよく、第一中間層が、単結晶基板と電極層との間に配置されてよく、第一中間層が、ZrO2及びY2O3を含んでよい。
【0018】
本発明の一側面に係る圧電薄膜素子は、電極層と、電極層に重なる圧電薄膜と、を備えてよく、第二中間層が、電極層と圧電薄膜との間に配置されてよく、第二中間層が、SrRuO3及びLaNiO3のうち少なくともいずれかを含んでよい。
【0019】
本発明の一側面に係る圧電薄膜素子は、電極層と、電極層に重なる圧電薄膜と、を備えてよく、電極層は、白金の結晶を含んでよく、白金の結晶の(002)面は、電極層の表面の法線方向において配向してよく、白金の結晶の(200)面は、電極層の表面の面内方向において配向してよい。
【0020】
本発明の一側面に係る圧電トランスデューサは、上記圧電薄膜素子を含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明の一側面によれば、大きい圧電性能指数を有する圧電薄膜、当該圧電薄膜を備える圧電薄膜素子及び圧電トランスデューサが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1中の(a)は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子の模式的な断面図であり、
図1中の(b)は、
図1中の(a)に示す圧電薄膜素子の斜視分解図である。
【
図2】
図2は、ペロブスカイト型構造(ペロブスカイト型酸化物)の単位胞の斜視図であり、ペロブスカイト構造における各元素の配置を示す。
【
図3】
図3は、正方晶1及び正方晶2其々の単位胞の模式的な斜視図である。
【
図4】
図4は、本発明の他の一実施形態に係る圧電薄膜素子(超音波トランスデューサ)の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態の詳細が説明される。ただし、本発明は下記実施形態に限定されない。図面において、同一又は同等の要素は、同一の符号が付される。
図1中の(a)、
図1中の(b)及び
図4に示されるX軸,Y軸及びZ軸は、互いに直交する三つの座標軸である。三つの座標軸其々の方向は、
図1中の(a)、
図1中の(b)及び
図4に共通する。
【0024】
本実施形態に係る圧電薄膜素子は、圧電薄膜を備える。
図1中の(a)は、本実施形態に係る圧電薄膜素子10の断面を示す。この圧電薄膜素子10の断面は、圧電薄膜3の表面に垂直である。圧電薄膜素子10は、単結晶基板1と、単結晶基板1に重なる第一電極層2(下部電極層)と、第一電極層2に重なる圧電薄膜3と、圧電薄膜3に重なる第二電極層4(上部電極層)と、を有してよい。圧電薄膜素子10は第一中間層5を更に含んでよい。第一中間層5は単結晶基板1と第一電極層2との間に配置されてよく、第一電極層2は第一中間層5の表面に直接重なっていてよい。圧電薄膜素子10は第二中間層6を更に含んでよい。第二中間層6は第一電極層2と圧電薄膜3の間に配置されてよく、圧電薄膜3は第二中間層6の表面に直接重なっていてよい。単結晶基板1、第一中間層5、第一電極層2、第二中間層6、圧電薄膜3及び第二電極層4其々の厚みは均一であってよい。
図1中の(b)に示されるように、圧電薄膜3の表面の法線方向dnは、単結晶基板1の表面の法線方向D
Nと略平行であってよい。圧電薄膜3の表面の法線方向dnは、圧電薄膜3の厚み方向と言い換えられてよい。
図1中の(b)では、第一電極層、第一中間層、第二中間層及び第二電極層が省略されている。
【0025】
圧電薄膜素子10の変形例は、単結晶基板1を含まなくてよい。例えば、第一電極層2及び圧電薄膜3の形成後、単結晶基板1が除去されてよい。圧電薄膜素子10の変形例は、第二電極層4を含まなくてよい。例えば、第二電極層を備えない圧電薄膜素子が、製品として、電子機器の製造業者に供給された後、電子機器の製造過程において、第二電極層が圧電薄膜素子に付加されてよい。単結晶基板1が電極として機能する場合、圧電薄膜素子10の変形例は、第一電極層2を含まなくてよい。つまり圧電薄膜素子10の変形例は、単結晶基板1と、単結晶基板1に重なる圧電薄膜3と、を含んでよい。第一電極層2がない場合、圧電薄膜3は単結晶基板1に直接重なっていてよい。第一電極層2がない場合、圧電薄膜3は、第一中間層5及び第二中間層6のうち少なくとも一つの中間層を介して単結晶基板1に重なっていてもよい。
【0026】
圧電薄膜3は、第一電極層2に重なる第一圧電層3Aと、第一圧電層3Aに直接重なる第二圧電層3Bとを含む。圧電薄膜3は、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bのみからなっていてよい。第一圧電層3Aは、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1(第一正方晶)を含む。第二圧電層3Bは、ペロブスカイト型酸化物の正方晶2(第二正方晶)を含む。言うまでもなく、ペロブスカイト型酸化物とは、ペロブスカイト型構造を有する酸化物である。ペロブスカイト型酸化物は、第一圧電層3A及び第二圧電層3B其々の主成分である。第一圧電層3Aにおいてペロブスカイト型酸化物を構成する元素の含有率の合計は、99%モル以上100モル%以下であってよい。第二圧電層3Bにおいてペロブスカイト型酸化物を構成する元素の含有率の合計は、99%モル以上100モル%以下であってよい。第一圧電層3Aは、正方晶1のみからなっていてよい。第一圧電層3Aは、正方晶2を含まなくてよい。第一圧電層3Aは、微量の正方晶2を含んでもよい。第二圧電層3Bは、正方晶2のみからなっていてよい。第二圧電層3Bは、正方晶1を含まなくてよい。第二圧電層3Bは、微量の正方晶1を含んでもよい。第一圧電層3Aは、正方晶1に加えて、正方晶以外の微量の結晶を含んでよい。第二圧電層3Bも、正方晶2に加えて、正方晶以外の微量の結晶を含んでよい。例えば、正方晶以外の微量の結晶とは、立方晶及び菱面体晶からなる群より選ばれる少なくとも一種のペロブスカイト型酸化物の結晶であってよい。。正方晶1は、単結晶又は多結晶であってよい。正方晶2も、単結晶又は多結晶であってよい。正方晶1の組成は、正方晶2の組成と異なってよい。正方晶1の組成は、正方晶2の組成と同じであってもよい。
【0027】
ペロブスカイト型酸化物は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)及び酸素(O)を含んでよい。ペロブスカイト型酸化物は、鉄として、Fe2+(2価の鉄)及びFe3+(3価の鉄)の両方を含んでよい。ペロブスカイト型酸化物は、鉄として、Fe3+(3価の鉄)のみを含んでもよい。ペロブスカイト型酸化物は、Bi、Fe及びO加えて、更に元素EAを含んでよく、元素EAは、ナトリウム(Na)、カリウム(K)及び銀(Ag)からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよい。ペロブスカイト型酸化物は、EAとして複数種の元素を含んでよい。ペロブスカイト型酸化物は、Bi、Fe及びO加えて、更に元素EBを含んでよく、元素EBは、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、ニッケル(Ni)及び亜鉛(Zn)からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であってよい。ペロブスカイト型酸化物は、EBとして複数種の元素を含んでよい。ペロブスカイト型酸化物は、Bi、Fe、EA、EB及びOの全てを含んでよい。圧電薄膜3は、Bi、Fe、EA、EB及びO以外の他の元素を更に含んでもよい。圧電薄膜3は、Pbを含まなくてよい。圧電薄膜3は、Pbを含んでもよい。
【0028】
図2は、ペロブスカイト型酸化物の単位胞ucを示している。
図2中のa、b及びc其々は、ペロブスカイト構造の基本ベクトルである。単位胞ucのAサイトに位置する元素は、Bi又はE
Aであってよい。単位胞ucのBサイトに位置する元素は、Fe又はE
Bであってよい。Bサイトに位置するFeの一部が、2価の鉄(Fe
2+)であってよく、Bサイトに位置するFeの残部が、3価の鉄(Fe
3+)であってもよい。Bサイトに位置するFeは、3価の鉄(Fe
3+)のみであってよい。
【0029】
図3は、正方晶1の単位胞uc1及び正方晶2の単位胞uc2を示している。図示の便宜上、単位胞uc1及び単位胞uc2中のE
B及びO(酸素)は省略されているが、単位胞uc1及び単位胞uc2其々は、
図2中の単位胞ucと同様のペロブスカイト構造を有している。
【0030】
図3中のa1、b1及びc1其々は、正方晶1の基本ベクトルである。
図3中のベクトルa1は、
図2中のベクトルaに対応する。
図3中のベクトルb1は、
図2中のベクトルbに対応する。
図3中のベクトルc1は、
図2中のベクトルcに対応する。a1、b1及びc1は、互いに垂直である。ベクトルa1(a軸)の方位は、[100]である。ベクトルb1(b軸)の方位は、[010]である。ベクトルc1(c軸)の方位は、[001]である。ベクトルa1の長さa1は、正方晶1の(100)面の間隔(つまり[100]方向における格子定数)である。ベクトルb1の長さb1は、正方晶1の(010)面の間隔(つまり[010]方向における格子定数)である。ベクトルc1の長さc1は、正方晶1の(001)面の間隔(つまり[001]方向における格子定数)である。長さa1は、長さb1と等しい。長さc1は、長さa1よりも大きい。
【0031】
図3中のa2、b2及びc2其々は、正方晶2の基本ベクトルである。
図3中のベクトルa2は、
図2中のベクトルaに対応する。
図3中のベクトルb2は、
図2中のベクトルbに対応する。
図3中のベクトルc2は、
図2中のベクトルcに対応する。a2、b2及びc2は、互いに垂直である。ベクトルa2(a軸)の方位は、[100]である。ベクトルb2(b軸)の方位は、[010]である。ベクトルc2(c軸)の方位は、[001]である。ベクトルa2の長さa2は、正方晶2の(100)面の間隔(つまり[100]方向における格子定数)である。ベクトルb2の長さb2は、正方晶2の(010)面の間隔(つまり[010]方向における格子定数)である。ベクトルc2の長さc2は、正方晶2の(001)面の間隔(つまり[001]方向における格子定数)である。長さa2は、長さb2と等しい。長さc2は、長さa2よりも大きい。
【0032】
図1中の(b)及び
図3に示されるように、正方晶1(uc1)の(001)面は、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向している。正方晶2(uc2)の(001)面も、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向している。例えば、正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々が、圧電薄膜3の表面に略平行であってよく、正方晶1及び正方晶2其々[001]方向が、圧電薄膜3の表面の法線方向dnと略平行であってよい。正方晶1の(001)面は、単結晶基板1の表面の法線方向D
Nにおいて配向してよい。正方晶2の(001)面も、単結晶基板1の表面の法線方向D
Nにおいて配向してよい。換言すれば、正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々が、単結晶基板1の表面に略平行であってよく、正方晶1及び正方晶2其々[001]方向が、単結晶基板1の表面の法線方向D
Nと略平行であってよい。
【0033】
ペロブスカイト型酸化物の正方晶は、[001]方向において分極され易い。つまり[001]は、他の結晶方位に比べて、ペロブスカイト型酸化物の正方晶が分極され易い方位である。したがって、正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々が、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向することにより、圧電薄膜3は優れた圧電性を有することができる。同様の理由から、圧電薄膜3は、強誘電体(ferroelectric material)であってよい。以下に記載の結晶配向性とは、正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々が、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向していることを意味する。
【0034】
圧電薄膜3が、上記の結晶配向性を有することにより、圧電薄膜3は、大きい(-e31,f)2/ε0εr(圧電性能指数)を有することができる。上記の結晶配向性は薄膜に固有の特徴である。薄膜とは、気相成長法又は溶液法によって形成される結晶質の膜である。一方、圧電薄膜3と同じ組成を有する圧電体のバルクは上記の結晶配向性を有することは困難である。圧電体のバルクは、圧電体の必須元素を含む粉末の焼結体(セラミックス)であり、焼結体を構成する多数の結晶の構造及び配向性を制御することが困難であるからである。圧電体のバルクがFeを含むことに起因して、圧電体のバルクの比抵抗率は圧電薄膜3に比べて低い。その結果、リーク電流が圧電体のバルクにおいて発生し易い。したがって、高い電界の印加によって圧電体のバルクを分極させることは困難であり、圧電体のバルクが大きい圧電性能指数を有することは困難である。
【0035】
第二圧電層3Bに含まれる正方晶2のc2/a2は、第一圧電層3Aに含まれる正方晶1のc1/a1よりも大きい。つまり、正方晶2の異方性は、正方晶1の異方性よりも高い。
【0036】
c2/a2はc1/a1よりも大きいので、正方晶2の比誘電率は正方晶1の比誘電率よりも低い。しかしc2/a2はc1/a1よりも大きいので、正方晶2の結晶構造は正方晶1の結晶構造よりも強固であり、正方晶2中の原子は正方晶1中の原子よりも動き難い。したがって、正方晶2の分極反転は正方晶1の分極反転よりも起き難く、正方晶2自体の圧電性は正方晶1自体の圧電性に劣る。換言すれば、c1/a1はc2/a2よりも小さいので、正方晶1の比誘電率は正方晶2の比誘電率よりも高いが、正方晶1の結晶構造は正方晶2の結晶構造よりも柔らかく、正方晶1中の原子は正方晶2中の原子よりも動き易い。したがって、正方晶1の分極反転は正方晶2の分極反転よりも起き易く、正方晶1自体の圧電性は正方晶2自体の圧電性よりも優れている。
電界が圧電薄膜3へ印加される場合、第一圧電層3A中の正方晶1の分極反転が第二圧電層3B中の正方晶2の分極反転よりも先に起き易い。正方晶2の分極反転に先行する正方晶1の分極反転に因り、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bの界面において正方晶2の結晶構造が不安定になる。換言すれば、正方晶1の分極反転に因り、正方晶1及び正方晶2の界面において、正方晶2の分極が揺らぎ易い。例えば、第一圧電層3A中の正方晶1の分極反転に因り、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bの界面にいて、第一圧電層3Aの表面における電荷が第二圧電層3Bの表面における電荷と反発し、正方晶2の分極が揺らぐ。
上記のようなメカニズムに因り、正方晶1の分極反転が正方晶2の分極反転を誘発する。つまり、第二圧電層3Bの分極反転を促進するバッファー層として第一圧電層3Aを第一電極層2と第二圧電層3Bとの間に導入することにより、圧電薄膜3の全体において分極反転が起き易い。その結果、圧電薄膜3全体の圧電性(-e31,f)が、正方晶2自体の圧電性よりも高まり、大きい-e31,fと低い比誘電率(εr)が両立し、圧電薄膜3が大きい(-e31,f)2/ε0εr(圧電性能指数)を有することができる。
ただし、上記のメカニズムは仮説であり、本発明の技術的範囲は上記のメカニズムによって限定されるものではない。
【0037】
圧電薄膜3とは対照的に、圧電体のバルクでは、応力に起因する結晶構造の歪みが起き難い。したがって、圧電体のバルクを構成する大多数のペロブスカイト型酸化物は立方晶であり、圧電体のバルクがペロブスカイト型酸化物の正方晶に起因する圧電性を有することは困難である。
【0038】
c1/a1は、1.015以上1.050以下である。c1/a1が1.015以上1.050以下であることに因り、正方晶1の分極反転が正方晶2の分極反転よりも起き易く、正方晶1自体の圧電性が正方晶2自体の圧電性よりも優れ、圧電薄膜3の-e31,f及び圧電性能指数が大きい。c1/a1が上記の範囲外である場合、正方晶1の比誘電率が高過ぎたり、正方晶1自体の圧電性が劣化したりする。その結果、圧電薄膜3の圧電性能指数が減少する。c1は、例えば、4.010Å以上4.084Å以下であってよい。a1は、例えば、3.890Å以上3.950Å以下であってよい。
【0039】
c2/a2は、1.051以上1.250以下、又は1.051以上1.249以下であってよい。c2/a2が1.051以上である場合、正方晶2を含む第二圧電層3B及び圧電薄膜3其々の比誘電率が低下し易く、圧電薄膜3の圧電性能指数が増加し易い。c2/a2が1.250以下である場合、正方晶2の分極反転が起き易く、圧電薄膜3の圧電性能指数が増加し易い。c2は、例えば、4.155Å以上4.710Å以下であってよい。a2は、例えば、3.770Å以上3.950Å以下であってよい。
【0040】
圧電薄膜3の厚み方向に平行な圧電薄膜3の断面を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて原子レベルの分解能で観察することにより、c1及びc2の大小関係、並びにa1及びa2の大小関係が特定されてよい。
c1及びc2其々の具体値を高精度で特定するために、正方晶1の(001)面の回折X線のピークP1、及び正方晶2の(001)面の回折X線のピーク2が、圧電薄膜3の表面におけるOut-оf-plane測定(2θ‐θ法)によって測定されてよい。測定された一つのX線回折パターンは、ピークP1及びピーク2の両方を含んでいる。正方晶1の(001)面の回折X線のピークP1の回折角2θ1が、正方晶2の(001)面の回折X線のピークP2の回折角2θ2と近接し、ピークP1及びピークP2が重なり合ったピークP3が測定される場合、ピークP1がガウス関数g1で近似されてよく、ピークP2が別のガウス関数g2で近似されてよく、g1+g2とピークP3とのカーブフィッティングが行われてよい。カーブフィッティング後のg1がP1とみなされてよく、カーブフィッティング後のg2がP2とみなされてよい。
a1及びa2其々の具体値を高精度で特定するために、正方晶1の(100)面の回折X線のピークP1’及び正方晶2の(100)面の回折X線のピークP2’が、圧電薄膜3の表面におけるIn-plane測定(2θ‐θ法)によって測定されてよい。測定された一つのX線回折パターンは、ピークP1’及びピーク2’の両方を含んでいる。正方晶1の(100)面の回折X線のピークP1’の回折角2θ1’が、正方晶2の(100)面の回折X線のピークP2’の回折角2θ2’と近接し、ピークP1’及びピークP2’が重なり合ったピークP3’が測定される場合、ピークP1’がガウス関数G1で近似されてよく、ピークP2’が別のガウス関数G2で近似されてよく、G1+G2とピークP3’とのカーブフィッティングが行われてよい。カーブフィッティング後のG1がP1’とみなされてよく、カーブフィッティング後のG2がP2’とみなされてよい。
【0041】
I2/(I1+I2)は、0.90以上1.00未満、又は0.91以上0.99以下であってよい。I1は、正方晶1の(001)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I2は、正方晶2の(001)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I2/(I1+I2)の増加に伴い、-e31,fが減少し、比誘電率(εr)が減少する傾向がある。圧電薄膜3のI2/(I1+I2)が上記範囲内である場合、大きい(-e31,f)2と低い比誘電率(εr)が両立し易く、圧電薄膜3が大きい(-e31,f)2/ε0εr(圧電性能指数)を有し易い。I1及びI2其々の単位は、例えば、cps(cоunts per secоnd)であってよい。I1及びI2は、圧電薄膜3の表面におけるOut-оf-plane測定によって測定されてよい。I1及びI2其々がバックグラウンド強度に対して少なくとも3桁以上高くなるように、I1及びI2其々の測定条件が設定されてよい。
【0042】
I1は、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向している正方晶1の(001)面の総面積に比例してよく、I2は、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向している正方晶2の(001)面の総面積に比例してよい。換言すれば、I1は、圧電薄膜3に含まれる正方晶1の量に比例してよく、I2は、圧電薄膜3に含まれる正方晶2の量に比例してよい。したがって、I2/(I1+I2)は、正方晶1及び正方晶2の合計量に対する正方晶2の存在比であってよい。つまり、正方晶1及び正方晶2の合計量に対する正方晶2の存在比は、90%以上100%未満であってよい。
【0043】
正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々の配向の程度は、配向度によって定量化されてよい。正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々の配向度が大きいほど、圧電薄膜3は大きい圧電性能指数を有し易い。各結晶面の配向度は、各結晶面に由来する回折X線のピークに基づいて算出されてよい。各結晶面に由来する回折X線のピークは、圧電薄膜3の表面におけるOut‐оf‐Plane測定によって測定されてよい。
圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおける正方晶1の(001)面の配向度は、100×I1/ΣI1(hkl)と表されてよい。ΣI1(hkl)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶1の各結晶面の回折X線のピーク強度の総和である。ΣI1(hkl)は、例えば、I1(001)+I1(110)+I1(111)であってよい。I1(001)は、上述のI1である。つまりI1(001)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶1の(001)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I1(110)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶1の(110)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I1(111)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶1の(111)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。
正方晶2の(001)面の配向度は、100×I2/ΣI2(hkl)と表されてよい。ΣI2(hkl)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶2の各結晶面の回折X線のピーク強度の総和である。ΣI2(hkl)は、例えば、I2(001)+I2(110)+I2(111)であってよい。I2(001)は、上述のI2である。つまりI2(001)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶2の(001)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I2(110)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶2の(110)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。I2(111)は、圧電薄膜3の表面のOut‐оf‐Plane方向において測定される正方晶2の(111)面の回折X線のピーク強度(最大強度)である。
正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々の配向の程度は、ロットゲーリング(Lotgering)法に基づく配向度Fによって定量化されてもよい。上記のいずれの方法で配向度が算出される場合であっても、正方晶1の(001)面及び正方晶2の(001)面其々の配向度は、70%以上100%以下、好ましくは80%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下であってよい。換言すれば、正方晶1の(001)面は、正方晶1の他の結晶面に優先して、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向してよく、正方晶2の(001)面も、正方晶2の他の結晶面に優先して、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向してよい。
【0044】
正方晶1及び正方晶2のうち一方又は両方は、Fe2+を含んでよい。正方晶1及び正方晶2のうち一方又は両方がFe2+を含む場合、圧電薄膜3は大きい圧電性能指数を有し易い。ただし、Fe2+に因り圧電薄膜3が大きい圧電性能指数を有し易い理由は、下記の理由に限定されない。
BiFeO3‐(Bi,K)TiO3系の圧電薄膜が、正方晶と菱面体晶との間のモルフォトロピック相境界(Morphotropic Phase Boundary,MPB)近傍の組成を有する場合、正方晶に由来する圧電性(-e31,f)は向上するが、誘電率(ε0εr)も増加するため、圧電性能指数は向上し難い。誘電率の増加を抑制するためには、圧電薄膜を正方晶のみから構成することによって、圧電薄膜の圧電性(強誘電性)を改善することが望ましい。圧電薄膜の正方晶性(tetragonality)は、エピタキシャル応力(格子不整合に因る圧縮応力)によって実現する。圧電薄膜の表面に平行なエピタキシャル応力により、圧電薄膜が、圧電薄膜の表面に平行な方向(つまり、a軸方向及びb軸方向)において圧縮され、圧電薄膜が歪むからである。しかしながら、圧電薄膜が厚いほど、圧電薄膜の正方晶性をエピタキシャル応力のみによって向上させることは困難である。圧電薄膜が厚いほど、エピタキシャル応力によって圧電薄膜の全体を歪ませることは困難であるからである。したがって、圧電薄膜内に生じるエピタキシャル応力が弱まる程に圧電薄膜が厚い場合であっても、圧電薄膜の正方晶構造を安定させることが望ましい。そこで、正方晶1及び正方晶2のうち一方又は両方において、ペロブスカイト型酸化物のBサイトに位置する元素(イオン)の電子配置が、BiCoO3を構成するCo3+のd6電子配置と同様になるように、BサイトのイオンがFe2+で置換されてよい。その結果、圧電薄膜3内に生じるエピタキシャル応力が弱まる程に圧電薄膜3が厚い場合であっても、圧電薄膜3の正方晶性が向上する。換言すれば、圧電薄膜3内に生じるエピタキシャル応力が弱まる程に圧電薄膜3が厚い場合であっても、第一圧電層3Aが正方晶1を含み易く、第二圧電層3Bが正方晶2を含み易い。
圧電体のバルク中に菱面体晶が形成されることが予想されるようなMPB近傍の組成系の場合も、Bサイトの一部がFe2+で置換された正方晶内のBO6八面体(又はBO5ピラミッド)の回転(c軸周りの回転)は起き得るが、擬立方晶(Pseudo cubic crystal)の形成に起因する分極回転は抑制される。換言すれば、Bサイトの一部がFe2+で置換されたペロブスカイト酸化物においては、MPBが存在し難く、正方晶のc軸の方向が変化する分極回転は起き難い。
以上のメカニズムにより正方晶1及び正方晶2のうち一方又は両方がFe2+を含む場合、圧電性(-e31,f)の向上と誘電率(ε0εr)の低下が両立し易く、圧電性能指数が増加し易い。
ただし、Fe2+に関する上記のメカニズムは仮説であり、本発明の技術的範囲はFe2+に関する上記のメカニズムによって限定されるものではない。
【0045】
圧電薄膜3とは対照的に、圧電体のバルクでは、応力に起因する結晶構造の歪みが起き難い。したがって、圧電体のバルクを構成する大多数のペロブスカイト型酸化物は立方晶であり、圧電体のバルクがペロブスカイト型酸化物の正方晶に起因する圧電性を有することは困難である。
【0046】
圧電薄膜3の厚みTpは、第一圧電層3Aの厚みTa及び第二圧電層3Bの厚みTbの合計に等してよい。第二圧電層3Bの厚みTbは、第一圧電層3Aの厚みTaよりも大きくてよい。圧電薄膜3の厚みTpは、500nm以上5000nm以下であってよい。第一圧電層3Aの厚みTaは、10nm以上300nm以下、又は80nm以上300nm以下であってよい。第二圧電層3Bの厚みTbは、490nm以上4700nm以下、又は420nm以上4700nm以下であってよい。第一圧電層3Aの厚みTaが10nm以上である場合、第一圧電層3A中の正方晶1の分極反転が第二圧電層3B中の正方晶2の分極反転を誘発し易い。その結果、圧電薄膜3が大きい圧電性能指数を有し易い。第一圧電層3Aの厚みTaが300nm以下である場合、圧電薄膜3の比誘電率が低下し易く、圧電薄膜3の圧電性能指数が増加し易い。圧電薄膜3の厚みTpが500nm以上であり、圧電薄膜3の厚い場合であっても、ペロブスカイト型酸化物のBサイトに位置するイオンがFe2+で置換されることにより、圧電薄膜3は大きい圧電性能指数を有し易い。圧電薄膜3の厚みTpを5000nm以下に調整することにより、エピタキシャル応力に依らずに正方晶1及び正方晶2が形成され易く、圧電薄膜3が大きい圧電性能指数を有し易い。Ta、Tb及びTpは、上記の範囲に限定されない。Ta、Tb及びTpの測定方法は限定されない。例えば、圧電薄膜3の厚みTpは、圧電薄膜3の法線方向dnに平行な圧電薄膜3の断面において、走査型電子顕微鏡(SEM)によって測定されてよい。組成の違い、又はc1/a1及びc2/a2の大小関係に基づいて、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bが圧電薄膜3の断面において識別されてよく、第一圧電層3Aの厚みTa及び第二圧電層3Bの厚みTbが、圧電薄膜3の断面においてSEMによって測定されてよい。圧電薄膜3の厚みTp、第一圧電層3Aの厚みTa、及び第二圧電層3Bの厚みTb其々は略均一であってよい。
【0047】
正方晶1は、下記化学式1で表されてよい。下記化学式1は、下記化学式1aと実質的に同じである。
x1(Bi1-αEA
α)EBO3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1)
(Bix1(1-α)+y1+z1EA
x1α)(EB
x1Fey1+0.5z1Ti0.5z1)O3±δ (1a)
【0048】
上記化学式1中のx1+y1+z1は、1.00であってよい。上記化学式1中のEAは、上述された元素である。上記化学式1中のEBは、上述された元素である。
【0049】
上記化学式1中の(Bi1-αEA
α)EBO3を構成するBiは、3価のBi(Bi3+)又は5価のBi(Bi5+)である。上記化学式1中の(Bi1-αEA
α)EBO3を構成するEAの価数(イオン価)の総和は、VAと表される。(Bi1-αEA
α)EBO3を構成するEBの価数(イオン価)の総和は、VBと表される。化学式1中の(Bi1-αEA
α)EBO3を構成するBi、EA及びEBの価数の総和は、3(1-α)+VAα+VB、又は5(1-α)+VAα+VBと表される。3(1-α)+VAα+VB、又は5(1-α)+VAα+VBは、Oの価数(イオン価)の総和(-6)とバランスする+6であってよい。3(1-α)+VAα、又は5(1-α)+VAαは、+3であってよい。VBは、+3であってよい。上記化学式1中の元素EBに相当する二種の元素が、元素EB1及び元素EB2と表される場合、上記化学式1は、下記化学式1’と実質的に同じである。下記化学式1’中のβは、0.00以上1.00以下であってよい。EB1の価数(イオン価)は、VB1と表される。EB2の価数(イオン価)は、VB2と表される。EBの価数(イオン価)の総和VBは、(1-β)VB1+βVB2と表される。(1-β)VB1+βVB2は、+3であってよい。
x1(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1’)
【0050】
上記化学式1a中のBix1(1-α)+y1+z1EA
x1αは、ペロブスカイト構造のAサイトに位置する元素に対応する。化学式1a中のEB
x1Fey1+0.5z1Ti0.5z1は、ペロブスカイト構造のBサイトに位置する元素に対応する。
【0051】
上記化学式1中のy1BiFeO3を構成するFe価数は3価であるが、上記化学式1中のz1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3を構成するFe価数は2価である。したがって、第一圧電層3Aの原料全体におけるBi、EA、EB、Fe及びTi其々のモル比が、上記化学式1におけるBi、EA、EB、Fe及びTiのモル比と一致するように、第一圧電層3Aの原料の組成を調整することによって、正方晶1がFe2+を含むことができる。
【0052】
上記化学式1中のx1は、0.10以上0.90以下、又は0.15以上0.85以下であってよい。x1が0.10以上0.90以下である場合、正方晶1が上記の結晶配向性を有し易く、c1/a1が上記の範囲内に収まり易い。
【0053】
上記化学式1中のy1は、0.05以上0.85以下、又は0.05以上0.80以下であってよい。y1が0.05以上0.85以下である場合、正方晶1が上記の結晶配向性を有し易く、c1/a1が上記の範囲内に収まり易い。
【0054】
上記化学式1中のz1は、0.05以上0.85以下、又は0.05以上0.80以下であってよい。z1が0.05以上0.85以下である場合、正方晶1が上記の結晶配向性を有し易く、c1/a1が上記の範囲内に収まり易い。
【0055】
上記化学式1中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。正方晶1が上記の結晶配向性を有し易く、c1/a1が上記の範囲内に収まり易いことから、αは0.50であってよい。上述の通り、上記化学式1’中のβは、0.00以上1.00以下、又は0.00より大きく1.00未満であってよい。正方晶1が上記の結晶配向性を有し易く、c1/a1が上記の範囲内に収まり易いことから、βは0.50であってよい。
【0056】
上記化学式1aにおけるδは、0以上であってよい。正方晶1の結晶構造(ペロブスカイト構造)が維持される限りにおいて、δは、0以外の値であってよい。例えば、δは、0より大きく1.0以下であってよい。δは、例えば、正方晶1におけるAサイト及びBサイト其々に位置する各イオンの価数から算出されてよい。各イオンの価数は、X線光電子分光(XPS)法により測定されてよい。
【0057】
正方晶1に含まれるBi及びEAのモル数の合計値は、[A]1と表されてよく、正方晶1に含まれるFe、Ti及びEBのモル数の合計値は、[B]1と表されてよく、[A]1/[B]1は1.0であってよい。正方晶1の結晶構造(ペロブスカイト構造)が維持される限りにおいて、[A]1/[B]1は1.0以外の値であってよい。つまり、[A]1/[B]1は1.0未満であってよく、[A]1/[B]1は1.0より大きくてもよい。
【0058】
正方晶2は、下記化学式2で表されてよい。下記化学式2は、下記化学式2aと実質的に同じである。
x2(Bi1-αEA
α)EBO3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2)
(Bix2(1-α)+y2+z2EA
x2α)(EB
x2Fey2+0.5z2Ti0.5z2)O3±δ (2a)
【0059】
上記化学式2中のx2+y2+z2は、1.00であってよい。上記化学式2中のEAは、上述された元素である。上記化学式2中のEBは、上述された元素である。上記化学式2中のEAは、上記化学式1中のEAと同じであってよく、異なってもよい。上記化学式2中のEBは、上記化学式1中のEBと同じであってよく、異なってもよい。上記化学式2中の各元素の価数は、上記化学式1中の各元素の価数と同じであってよい。上記化学式2中の元素EBに相当する二種の元素が、元素EB1及び元素EB2と表される場合、上記化学式2は、下記化学式2’と実質的に同じである。下記化学式2’中のβは、0.00以上1.00以下であってよい。
x2(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2’)
【0060】
上記化学式2a中のBix2(1-α)+y2+z2EA
x2αは、ペロブスカイト構造のAサイトに位置する元素に対応する。化学式2a中のEB
x2Fey2+0.5z2Ti0.5z2は、ペロブスカイト構造のBサイトに位置する元素に対応する。
【0061】
上記化学式2中のy2BiFeO3を構成するFe価数は3価であるが、上記化学式2中のz2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3を構成するFe価数は2価である。したがって、第二圧電層3Bの原料全体におけるBi、EA、EB、Fe及びTi其々のモル比が、上記化学式2におけるBi、EA、EB、Fe及びTiのモル比と一致するように、第二圧電層3Bの原料の組成を調整することによって、正方晶2がFe2+を含むことができる。
【0062】
上記化学式2中のx2は、0.10以上0.85以下、又は0.10以上0.80以下であってよい。x2が0.10以上0.85以下である場合、正方晶2が上記の結晶配向性を有し易く、c2/a2が上記の範囲内に収まり易い。
【0063】
上記化学式2中のy2は、0.10以上0.85以下であってよい。y2が0.10以上0.85以下である場合、正方晶2が上記の結晶配向性を有し易く、c2/a2が上記の範囲内に収まり易い。
【0064】
上記化学式2中のz2は、0.05以上0.80以下であってよい。z2が0.05以上0.80以下である場合、正方晶2が上記の結晶配向性を有し易く、c2/a2が上記の範囲内に収まり易い。
【0065】
上記化学式2中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。正方晶2が上記の結晶配向性を有し易く、c2/a2が上記の範囲内に収まり易いことから、αは0.50であってよい。上述の通り、上記化学式2’中のβは、0.00以上1.00以下、又は0.00より大きく1.00未満であってよい。正方晶2が上記の結晶配向性を有し易く、c2/a2が上記の範囲内に収まり易いことから、βは0.50であってよい。
【0066】
上記化学式2aにおけるδは、0以上であってよい。正方晶2の結晶構造(ペロブスカイト構造)が維持される限りにおいて、δは、0以外の値であってよい。例えば、δは、0より大きく1.0以下であってよい。δは、例えば、正方晶2におけるAサイト及びBサイト其々に位置する各イオンの価数から算出されてよい。各イオンの価数は、XPS法により測定されてよい。
【0067】
正方晶2に含まれるBi及びEAのモル数の合計値は、[A]2と表されてよく、正方晶2に含まれるFe、Ti及びEBのモル数の合計値は、[B]2と表されてよく、[A]2/[B]2は1.0であってよい。正方晶2の結晶構造(ペロブスカイト構造)が維持される限りにおいて、[A]2/[B]2は1.0以外の値であってよい。つまり、[A]2/[B]2は1.0未満であってよく、[A]2/[B]2は1.0より大きくてもよい。
【0068】
正方晶1は、下記化学式1wで表されてもよい。下記化学式1w中のEAは、上述された元素である。下記化学式1w中のEBは、上述された元素である。下記化学式1w中のw1は、0.30以上0.80以下であってよい。下記化学式1w中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。
(1-w1)Bi1-αEA
αEBO3‐w1BiFeO3 (1w)
【0069】
正方晶2は、下記化学式2wで表されてもよい。下記化学式2w中のEAは、上述された元素である。下記化学式2w中のEBは、上述された元素である。下記化学式2w中のw2は、0.30以上0.80以下であってよい。下記化学式2w中のαは、0.00以上1.00未満であってよい。下記化学式2w中のEAは、上記化学式1w中のEAと同じであってよく、異なってもよい。下記化学式2w中のEBは、上記化学式1w中のEBと同じであってよく、異なってもよい。
(1-w2)Bi1-αEA
αEBO3‐w2BiFeO3 (2w)
【0070】
圧電薄膜3はエピタキシャル膜であってよい。つまり、圧電薄膜3は、エピタキシャル成長によって形成されてよい。エピタキシャル成長により、異方性及び結晶配向性に優れた圧電薄膜3が形成され易い。
【0071】
圧電薄膜3の表面の面積は、例えば、1μm2以上500mm2以下であってよい。単結晶基板1、第一中間層5、第一電極層2、第二中間層6、及び第二電極層4其々の面積は、圧電薄膜3の面積と同じであってよい。
【0072】
圧電薄膜3の組成は、例えば、蛍光X線分析(XRF)法、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光法及び光電子分光(XPS)法によって分析されてよい。第一圧電層3A及び第二圧電層3B其々の組成及び厚みを特定する方法として、圧電薄膜3の組成が、XPS法により圧電薄膜3の厚み方向に沿って分析されてよい。例えば、圧電薄膜3の表面のイオンミリング又はスパッタリングにより、圧電薄膜3の厚みTpを均一に減少させながら、圧電薄膜3の表面の組成がXPS法により連続的に測定されてよい。圧電薄膜3の断面の組成が、圧電薄膜3の厚み方向に沿って分析されてもよい。圧電薄膜3の厚み方向に沿った圧電薄膜3の断面の組成分析には、走査型電子顕微鏡(SEM)又は走査型透過電子顕微鏡(STEM)に備わるエネルギー分散型X線分析(EDS)装置が用いられてよい。第一圧電層3A及び第二圧電層3B其々の結晶構造及び結晶配向性は、X線回折(XRD)法によって特定されてよい。上述された第一圧電層3A及び第二圧電層3B其々の結晶構造及び結晶配向性は、常温における結晶構造及び結晶配向性であってよい。
【0073】
圧電薄膜3の形成工程は、第一成膜工程と第一成膜工程に続く第二成膜工程を含む。第一成膜工程では、第一ターゲットを用いたパルスレーザー堆積(Pulsed-laser deposition; PLD)法により、第一圧電層3Aが形成される。第二成膜工程では、第二ターゲットを用いたPLD法により、第二圧電層3Bが第一圧電層3Aの表面に直接形成される。
第一ターゲットは、第一圧電層3Aの原料である。第一ターゲットは、第一圧電層3A(正方晶1)と共通する全ての元素から構成されてよい。第一ターゲットの組成は、第一ターゲットを構成する各元素のモル比が第一圧電層3A(正方晶1)を構成する各元素のモル比と一致するように調整されてよい。例えば、第一ターゲットを構成する各元素のモル比は、上記化学式1を構成する各元素のモル比と一致してよい。
第二ターゲットは、第二圧電層3Bの原料である。第二ターゲットは、第二圧電層3B(正方晶2)と共通する全ての元素から構成されてよい。第二ターゲットの組成は、第二ターゲットを構成する各元素のモル比が第二圧電層3B(正方晶2)を構成する各元素のモル比と一致するように調整されてよい。例えば、第二ターゲットを構成する各元素のモル比は、上記化学式2を構成する各元素のモル比と一致してよい。
【0074】
PLD法では、パルスレーザー光(例えば、エキシマレーザー)をターゲットに照射することにより、ターゲットを構成する元素がプラズマ化され、蒸発する。PLD法によれば、ターゲットを構成する各元素を一瞬で均一にプラズマ化することができる。その結果、各圧電層中の各元素のモル比が、各ターゲット中の各元素のモル比と略一致し易く、各圧電層中における元素の偏析が抑制され易い。またPLD法によれば、各圧電層がエピタキシャルに成長し易く、原子レベルで緻密である各圧電層が形成され易い。PLD法では、パルスレーザー光のパルス数(繰り返し周波数)を変えることにより、各圧電層の成長速度、各圧電層を構成する正方晶の異方性及び結晶配向性を制御することができる。パルスレーザー光の繰り返し周波数の減少に伴って、各圧電層の成長速度は減少し、各圧電層を構成する正方晶の異方性及び結晶配向性は高まる。
【0075】
第二成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f2は、第一成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f1よりも小さい。f2がf1よりも小さいことに因り、正方晶2のc2/c2が正方晶1のc1/c1よりも大きい圧電薄膜3を形成することができる。例えば、第一成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f1は、20Hzであってよい。f1を20Hzに調整することにより、第一圧電層3A中の正方晶1のc1/a1が1.015以上1.050以下に制御され易い。例えば、第二成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f2は、10Hzであってよい。f2を10Hzに調整することにより、第二圧電層3B中の正方晶2のc2/a2が1c1/c1よりも大きい値に制御され易い。
【0076】
第一ターゲット及び第二ターゲットは、以下の方法により、個別に作製されてよい。
【0077】
各ターゲットの出発原料として、例えば、Bi、EA、EB、Fe及びTi其々の酸化物が用いられてよい。出発原料として、酸化物に代えて、炭酸塩又はシュウ酸塩等のように、焼成により酸化物になる物質が用いられてもよい。これらの出発原料を100℃以上で十分に乾燥した後、Bi、EA、EB、Fe及びTi其々のモル比が、各圧電層中における各元素のモル比に一致するように、各出発原料が秤量される。第一成膜工程及び第二成膜工程において、ターゲット中のBiは他の元素に比べて揮発し易い。したがって、各ターゲット中のBiのモル比は、各圧電層中のBiのモル比よりも高い値に調整されてよい。EAとしてKを含む原料が用いられる場合、第一成膜工程及び第二成膜工程において、ターゲット中のKは他の元素に比べて揮発し易い。したがって、各ターゲット中のKのモル比は、各圧電層中のKのモル比よりも高い値に調整されてよい。
【0078】
秤量された出発原料は、有機溶媒又は水の中で十分に混合される。混合時間は、5時間以上20時間以下であってよい。混合手段は、例えば、ボールミルであってよい。混合後の出発原料を、十分乾燥した後、出発原料はプレス機で成形される。成形された出発原料を仮焼き(calcine)することより、仮焼物が得られる。仮焼きの温度は、750℃以上900℃以下であってよい。仮焼きの時間は、1時間以上3時間以下であってよい。仮焼物は、有機溶媒又は水の中で粉砕される。粉砕時間は、5時間以上30時間以下であってよい。粉砕手段は、ボールミルであってよい。粉砕された仮焼物の乾燥後、バインダー溶液が加えられた仮焼物を造粒することにより、仮焼物の粉が得られる。仮焼物の粉のプレス成形により、ブロック状の成形体が得られる。
【0079】
ブロック状の成形体を加熱することにより、成形体中のバインダーが揮発する。加熱温度は、400℃以上800℃以下であってよい。加熱時間は、2時間以上4時間以下であってよい。
【0080】
バインダーの揮発後、成形体が焼成(sinter)される。焼成温度は、800℃以上1100℃以下であってよい。焼成時間は、2時間以上4時間以下であってよい。焼成過程における成形体の昇温速度及び降温速度は、例えば50℃/時間以上300℃/時間以下であってよい。
【0081】
以上の工程により、第一ターゲット及び第二ターゲットが個別に作製される。各ターゲットに含まれる酸化物(ペロブスカイト型酸化物)の結晶粒(crystal grain)の平均粒径は、例えば、1μm以上20μm以下であってよい。各ターゲットはFe3+を含むが、各ターゲットは必ずしもFe2+を含まなくてよい。第一成膜工程において、第一ターゲットに由来するFe3+の一部を還元することにより、Fe2+を含む第一圧電層3Aを得ることができる。第二成膜工程において、第二ターゲットに由来するFe3+の一部を還元することにより、Fe2+を含む第二圧電層3Bを得ることができる。
【0082】
第一成膜工程では、真空雰囲気下において、第一ターゲットを構成する元素を蒸発させる。蒸発した元素が、第二中間層6、第一電極層2、又は単結晶基板1のいずれかの表面に付着及び堆積することにより、第一圧電層3Aが形成される。
第一成膜工程に続く第二成膜工程では、真空雰囲気下において、第二ターゲットを構成する元素を蒸発させる。蒸発した元素が、第一圧電層3Aの表面に付着及び堆積することにより、第二圧電層3Bが形成される。
【0083】
第一成膜工程では、真空チャンバー内における単結晶基板1及び第一電極層2を加熱しながら、第一圧電層3Aが形成されてよい。単結晶基板1及び第一電極層2の温度(成膜温度)は、例えば、450℃以上600℃以下であればよい。成膜温度が450℃以上であることにより、第一ターゲットに由来するFe3+の一部が還元され易く、Fe2+を含む第一圧電層3Aが形成され易い。成膜温度が450℃未満である場合、ターゲットに由来するFe3+が還元され難く、Fe2+を含む第一圧電層3Aが得られ難い。成膜温度が高いほど、単結晶基板1又は第一電極層2の表面の清浄度が改善され、第一圧電層3Aの結晶性が高まり、正方晶1の結晶面の配向度が高まり易い。成膜温度が高過ぎる場合、第一圧電層3Aを構成する各元素が過度に還元され、所望の組成を有する第一圧電層3Aが得られ難い。また成膜温度が高過ぎる場合、Bi又はKが第一圧電層3Aから脱離し易く、第一圧電層3Aの組成が制御され難い。
【0084】
真空チャンバー内の酸素分圧は、例えば、0.1Pa以上3.0Pa以下、好ましくは0.1Pa以上1.0Pa以下、より好ましくは0.1以上0.5Pa以下であってよい。酸素分圧が上記範囲内に維持されることにより、ターゲットに由来するFe3+の一部が還元され易く、Fe2+を含む第一圧電層3Aが形成され易い。酸素分圧が低過ぎる場合、ターゲットに由来する各元素が十分に酸化され難く、ペロブスカイト型酸化物が形成され難く、正方晶1の結晶面の配向度が低下し易い。酸素分圧が高過ぎる場合、ターゲットに由来するFe3+が還元され難く、Fe2+を含む第一圧電層3Aが得られ難い。また酸素分圧が高過ぎる場合、第一圧電層3Aの成長速度が低下し易く、正方晶1の結晶面の配向度が低下し易い。
【0085】
第一成膜工程では、パルスレーザー光の繰り返し周波数f1に加えて、第一ターゲットへのパルスレーザー光の照射回数(成膜時間)、及び単結晶基板1と第一ターゲットの間の距離等のパラメータが制御されてよい。第一ターゲットへのパルスレーザー光の照射回数(成膜時間)の増加に伴い、第一圧電層3Aの厚みは増加する傾向がある。単結晶基板1と第一ターゲットの間の距離の減少に伴い、第一圧電層3Aの厚み及び成長速度が増加する傾向がある。
【0086】
ターゲットの組成及びパルスレーザー光の繰り返し周波数を除いて、第二成膜工程は上述された第一成膜工程と略同様の方法で実施されてよい。
【0087】
第一成膜工程及び第二成膜工程により圧電薄膜3が形成された後、圧電薄膜3のアニール処理(加熱処理)が行われてよい。アニール処理における圧電薄膜3の温度(アニール温度)は、例えば、300℃以上1000℃以下、600℃以上1000℃以下、又は850℃以上1000℃以下であってよい。圧電薄膜3のアニール処理により、圧電薄膜3の圧電性が更に向上する傾向がある。特に850℃以上1000℃以下でのアニール処理により、圧電薄膜3の圧電性が向上し易い。ただし、アニール処理は必須でない。アニール処理は、窒素ガス(N2)等の還元的雰囲気下で実施されてよい。還元的雰囲気下でのアニール処理により、アニール処理に伴う圧電薄膜3中のFe2+の酸化(Fe3+の生成)が抑制され、圧電薄膜3中のFe2+が維持され易い。
【0088】
上述された圧電薄膜3の形成過程と、続く降温過程においては、圧縮応力が圧電薄膜3内に生じる。圧縮応力により、圧電薄膜3が、圧電薄膜3の表面に略平行な方向(a軸方向及びb軸方向)において圧縮される。その結果、正方晶1及び正方晶2が形成され易い。圧縮応力は、例えば、単結晶基板1と圧電薄膜3(第一圧電層3A)との間の格子不整合、又は単結晶基板1と圧電薄膜3(第一圧電層3A)との間の熱膨張係数の差に起因する。
【0089】
単結晶基板1は、例えば、Siの単結晶からなる基板、又はGaAs等の化合物半導体の単結晶からなる基板であってよい。単結晶基板1は、酸化物の単結晶からなる基板であってもよい。酸化物の単結晶は、例えば、MgO又はペロブスカイト型酸化物(例えばSrTiO3)であってよい。単結晶基板1の厚みは、例えば、10μm以上1000μm以下であってよい。単結晶基板1が導電性を有する場合、単結晶基板1が電極として機能するので、第一電極層2はなくてもよい。例えば、導電性を有する単結晶基板1は、ニオブ(Nb)がドープされたSrTiO3の単結晶であってよい。
【0090】
単結晶基板1の結晶方位は、単結晶基板1の表面の法線方向DNと等しくてよい。つまり、単結晶基板1の表面は、単結晶基板1の結晶面と平行であってよい。単結晶基板1は一軸配向基板であってよい。例えば、Si等の単結晶基板1の(100)面が、単結晶基板1の表面と平行であってよい。つまり、Si等の単結晶基板1の[100]方向が、単結晶基板1の表面の法線方向DNと平行であってよい。
【0091】
Si等の単結晶基板1の(100)面が単結晶基板1の表面と平行である場合、正方晶1及び正方晶2其々の(001)面が、圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて配向し易い。
【0092】
上述の通り、第一中間層5が、単結晶基板1と第一電極層2との間に配置されていてよい。第一中間層5は、例えば、チタン(Ti)、クロム(Cr)、酸化チタン(TiO2)、酸化ケイ素(SiO2)、及び酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる群より選ばれる少なくとも一種を含んでよい。第一中間層5を介することにより、第一電極層2が単結晶基板1に密着し易い。第一中間層5は、結晶質であってよい。第一中間層5の結晶面が、単結晶基板1の表面の法線方向DNにおいて配向していてよい。単結晶基板1の結晶面と第一中間層5の結晶面の両方が、単結晶基板1の表面の法線方向DNにおいて配向してよい。第一中間層5の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。
【0093】
第一中間層5は、ZrO2及び希土類元素の酸化物を含んでよい。第一中間層5が、ZrO2及び希土類元素の酸化物を含むことにより、白金の結晶からなる第一電極層2が第一中間層5の表面に形成され易く、白金の結晶の(002)面が、第一電極層2の表面の法線方向において配向し易く、白金の結晶の(200)面が、第一電極層2の表面の面内方向において配向し易い。希土類元素は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)からなる群より選ばれる少なくとも一種であってよい。
【0094】
第一中間層5は、ZrO2及びY2O3を含んでよい。例えば、第一中間層5は、イットリア安定化ジルコニア(Y2O3が添加されたZrO2)からなっていてよい。第一中間層5は、ZrO2からなる第一層と、Y2O3からなる第二層とを有してよい。ZrO2からなる第一層は、単結晶基板1の表面に直接積層されてよい。Y2O3からなる第二層は、第一層の表面に直接積層されてよい。第一電極層2は、Y2O3からなる第二層の表面に直接積層されてよい。第一中間層5がZrO2及びY2O3を含む場合、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bが、エピタキシャルに成長し易く、正方晶1及び正方晶2其々の(001)面が圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて優先的に配向し易い。また第一中間層5がZrO2及びY2O3を含む場合、白金の結晶からなる第一電極層2が第一中間層5の表面に形成され易く、白金の結晶の(002)面が、第一電極層2の表面の法線方向において配向し易く、白金の結晶の(200)面が、第一電極層2の表面の面内方向において配向し易い。
【0095】
第一電極層2は、例えば、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、金(Au)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、及びニッケル(Ni)からなる群より選ばれる少なくとも一種の金属からなっていてよい。第一電極層2は、例えば、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)、ニッケル酸ランタン(LaNiO3)、又はコバルト酸ランタンストロンチウム((La,Sr)CoO3)等の導電性金属酸化物からなっていてもよい。第一電極層2は、結晶質であってよい。第一電極層2の結晶面が、単結晶基板1の法線方向DNにおいて配向していてよい。第一電極層2の結晶面は、単結晶基板1の表面と略平行であってよい。単結晶基板1の結晶面と第一電極層2の結晶面の両方が、単結晶基板1の法線方向DNにおいて配向していてよい。単結晶基板1の法線方向DNにおいて配向する第一電極層2の結晶面が、正方晶1及び正方晶2其々の(001)面と略平行であってよい。第一電極層2の厚みは、例えば、1nm以上1.0μm以下であってよい。第一電極層2の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法の場合、第一電極層2の結晶性を高めるために、第一電極層2の加熱処理(アニーリング)が行われてよい。
【0096】
第一電極層2は、白金の結晶を含んでよい。第一電極層2が、白金の結晶のみからなっていてよい。白金の結晶は、面心立方格子構造(fcc構造)を有する立方晶である。白金の結晶の(002)面が、第一電極層2の表面の法線方向において配向していてよく、白金の結晶の(200)面が、第一電極層2の表面の面内方向において配向していてよい。換言すれば、白金の結晶の(002)面が、第一電極層2の表面に略平行であってよく、白金の結晶の(200)面が、第一電極層2の表面に略垂直であってよい。第一電極層2を構成する白金の結晶の(002)面及び(200)面が上記の配向性を有する場合、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bが、第一電極層2の表面においてエピタキシャルに成長し易く、正方晶1及び正方晶2の(001)面が圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて優先的に配向し易い。第一電極層2の表面は、圧電薄膜3の表面に略平行であってよい。つまり、第一電極層2の表面の法線方向は、圧電薄膜3の表面の法線方向dnと略平行であってよい。
【0097】
上述の通り、第二中間層6が、第一電極層2と圧電薄膜3との間に配置されていてよい。第二中間層6は、例えば、SrRuO3、LaNiO3及び(La,Sr)CoO3からなる群より選ばれる少なくとも一種を含んでよい。(La,Sr)CoO3は、例えば、La0.5Sr0.5CoO3であってよい。第二中間層6は、結晶質であってよい。例えば、第二中間層6は、例えば、SrRuO3の結晶を含む層、LaNiO3の結晶を含む層、及び(La,Sr)CoO3の結晶を含む層なる群より選ばれる少なくとも二種のバッファー層から構成される積層体であってもよい。SrRuO3、LaNiO3及び(La,Sr)CoO3のいずれもペロブスカイト構造を有する。したがって、第二中間層6が、SrRuO3、LaNiO3及び(La,Sr)CoO3からなる群より選ばれる少なくとも一種を含む場合、第一圧電層3A及び第二圧電層3Bがエピタキシャルに成長し易く、正方晶1及び正方晶2其々の(001)面が圧電薄膜3の表面の法線方向dnにおいて優先的に配向し易い。また、第二中間層6を介することにより、圧電薄膜3(第一圧電層3A)が第一電極層2に密着し易い。第二中間層6の結晶面が、単結晶基板1の表面の法線方向DNにおいて配向していてよい。単結晶基板1の結晶面と第二中間層6の結晶面の両方が、単結晶基板1の表面の法線方向DNにおいて配向してよい。第二中間層6の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。
【0098】
第二電極層4は、例えば、例えば、Pt、Pd、Rh、Au、Ru、Ir、Mo、Ti、Ta、及びNiからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属からなっていてよい。第二電極層4は、例えば、LaNiO3、SrRuO3及び(La,Sr)CoO3からなる群より選ばれる少なくとも一種の導電性金属酸化物からなっていてよい。第二電極層4は、結晶質であってよい。第二電極層4の結晶面が、単結晶基板1の法線方向DNにおいて配向していてよい。第二電極層4の結晶面は、単結晶基板1の表面と略平行であってよい。単結晶基板1の法線方向DNにおいて配向する第二電極層4の結晶面が、正方晶1及び正方晶2其々の(001)面と略平行であってよい。第二電極層4の厚みは、例えば、1nm以上1.0μm以下であってよい。第二電極層4の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法であってよい。印刷法、スピンコート法、又はゾルゲル法の場合、第二電極層4の結晶性を高めるために、第二電極層4の加熱処理(アニーリング)が行われてもよい。
【0099】
第三中間層が、圧電薄膜3と第二電極層4との間に配置されていてよい。第三中間層を介することにより、第二電極層4が圧電薄膜3(第二圧電層3B)に密着し易い。第三中間層の組成、結晶構造及び形成方法は、第二中間層と同じであってよい。
【0100】
圧電薄膜素子10の表面の少なくとも一部又は全体は、保護膜によって被覆されていてよい。保護膜による被覆により、圧電薄膜素子10の耐久性(耐湿性等)が向上する。
【0101】
本実施形態に係る圧電薄膜素子の用途は、多様である。例えば、圧電薄膜素子は、圧電トランスデューサに用いられてよい。つまり、本実施形態に係る圧電トランスデューサは、上述された圧電薄膜素子を含んでよい。圧電トランスデューサは、例えば、超音波センサ等の超音波トランスデューサであってよい。圧電薄膜素子は、例えば、ハーベスタ(振動発電素子)であってもよい。本実施形態に係る圧電薄膜素子は、大きい(-e31,f)2/ε0εrを有する圧電薄膜を含むので、超音波トランスデューサ又はハーベスタに適している。圧電薄膜素子は、圧電アクチュエータであってもよい。圧電アクチュエータは、ヘッドアセンブリ、ヘッドスタックアセンブリ、又はハードディスクドライブに用いられてもよい。圧電アクチュエータは、プリンタヘッド、又はインクジェットプリンタ装置に用いられてもよい。圧電アクチュエータは、圧電スイッチであってもよい。圧電アクチュエータは、ハプティクス(haptics)に用いられてもよい。つまり、圧電アクチュエータは、皮膚感覚(触覚)によるフィードバックが求められる様々なデバイスに用いられてよい。皮膚感覚によるフィードバックが求められるデバイスとは、例えば、ウェアラブルデバイス、タッチパッド、ディスプレイ、又はゲームコントローラであってよい。圧電薄膜素子は、圧電センサであってもよい。例えば、圧電センサは、圧電マイクロフォン、ジャイロセンサ、圧力センサ、脈波センサ、又はショックセンサであってよい。圧電薄膜素子は、フィルタ(SAWフィルタ又はBAWフィルタ)、発振子又は音響多層膜であってもよい。圧電薄膜素子は、微小電気機械システム(Micro Electro Mechanical Systems; MEMS)の一部又は全体であってもよい。例えば、圧電薄膜素子は、圧電微小機械超音波トランスデューサ(Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducers; PMUT)であってよい。例えば、圧電微小機械超音波トランスデューサを応用した製品は、生体認証センサ若しくは医療/ヘルスケア用センサ(指紋センサ若しくは超音波式血管認証センサ等)、又はToF(Time of Flight)センサであってよい。
【0102】
図4は、上記の圧電薄膜3を含む超音波トランスデューサ10aの模式的な断面を示す。この超音波トランスデューサ10aの断面は、圧電薄膜3の表面に垂直である。超音波トランスデューサ10aは、基板1a及び1bと、基板1a及び1bの上に設置された第一電極層2と、第一電極層2に重なる圧電薄膜3と、圧電薄膜3に重なる第二電極層4と、を含んでよい。圧電薄膜3は、第一電極層2に重なる第一圧電層3Aと、第一圧電層3Aに重なる第二圧電層3Bと、を含む。圧電薄膜3の下方には、音響用の空洞1cが設けられていてよい。圧電薄膜3の撓み又は振動により、超音波信号が発信又は受信される。第一中間層が基板1a及び1bと第一電極層2の間に介在してよい。第二中間層が第一電極層2と圧電薄膜3の間に介在してよい。
【0103】
本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。例えば、圧電薄膜3は、第一電極層2に重なる第二圧電層3Bと、第二圧電層3Bに直接重なる第一圧電層3Aとを含んでもよい。
【実施例】
【0104】
以下の実施例及び比較例により、本発明が詳細に説明される。本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【0105】
(実施例1)
実施例1の圧電薄膜素子の作製には、Siからなる単結晶基板が用いられた。Siの(100)面は、単結晶基板の表面と平行であった。単結晶基板は、20mm×20mmの正方形であった。単結晶基板の厚みは、500μmであった。
【0106】
真空チャンバー内で、ZrO2及びY2O3からなる結晶質の第一中間層が、単結晶基板の表面全体に形成された。第一中間層は、スパッタリング法により形成された。第一中間層の厚みは、30nmであった。
【0107】
真空チャンバー内で、Ptの結晶からなる第一電極層が、第一中間層の表面全体に形成された。第一電極層は、スパッタリング法により形成された。第一電極層の厚みは、200nmであった。第一電極層の形成過程における単結晶基板の温度は、500℃に維持した。
【0108】
第一電極層の表面におけるOut-оf-Plane測定により、第一電極層のXRDパターンが測定された。第一電極層の表面におけるIn-Plane測定により、第一電極層のXRDパターンが測定された。これらのXRDパターンの測定には、株式会社リガク製のX線回折装置(SmartLab)が用いられた。各XRDパターン中の各ピーク強度がバックグラウンド強度に対して少なくとも3桁以上高くなるように、測定条件が設定された。Out-оf-Plane測定により、Ptの結晶の(002)面の回折X線のピークが検出された。つまり、Ptの結晶の(002)面が、第一電極層の表面の法線方向において配向した。In-Plane測定により、Ptの結晶の(200)面の回折X線のピークが検出された。つまり、Ptの結晶の(200)面が、第一電極層の表面の面内方向において配向していた。
【0109】
真空チャンバー内で上述の第一成膜工程(PLD法)を実施することにより、第一圧電層が第一電極層の表面全体に形成された。第一成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f1は、20Hzに調整された。第一圧電層の厚みTaは、下記表2に示される値に調整された。
【0110】
第一成膜工程に用いた第一ターゲットの組成は、下記化学式1Aで表される。第一ターゲットの組成が化学式1’で表される場合、下記化学式1’中のEAはKであり、下記化学式1’中のEB1はTiであり、下記化学式1’中のEB2は無く、下記化学式1’中のαは0.5であり、下記化学式1’中のβはゼロであった。実施例1の場合、下記化学式1A中のx1、y1及びz1は、下記表1に示す値であった。
x1(Bi0.5K0.5)TiO3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1A)
x1(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1’)
【0111】
第一成膜工程後、真空チャンバー内で上述の第二成膜工程(PLD法)を実施することにより、第二圧電層が第一圧電層の表面全体に形成された。第二成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f2は、10Hzに調整された。第二圧電層の厚みTbは、下記表2に示される値に調整された。
【0112】
第二成膜工程に用いた第二ターゲットの組成は、下記化学式2Aで表される。第二ターゲットの組成が化学式2’で表される場合、下記化学式2’中のEAはKであり、下記化学式2’中のEB1はTiであり、下記化学式2’中のEB2は無く、下記化学式2’中のαは0.5であり、下記化学式2’中のβはゼロであった。実施例1の場合、下記化学式2A中のx2、y2及びz2は、下記表1に示す値であった。
x2(Bi0.5K0.5)TiO3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2A)
x2(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2’)
【0113】
上記の第一成膜工程及び第二成膜工程により、第一圧電層及び第二圧電層からなる圧電薄膜が形成された。圧電薄膜の厚みTpは、下記表2に示される値であった。第一成膜工程及び第二成膜工程における単結晶基板の温度(成膜温度)は、500℃に維持した。第一成膜工程及び第二成膜工程における真空チャンバー内の酸素分圧は、1Paに維持された。
【0114】
圧電薄膜3の表面のスパッタリングにより、圧電薄膜3の厚みTpを均一に減少させながら、圧電薄膜3の表面の組成が、XPS法により、圧電薄膜3の厚み方向に沿って連続的に分析された。分析の結果は、第一圧電層の組成は第一ターゲットの組成と一致し、第二圧電層の組成は第二ターゲットの組成と一致することを示していた。
【0115】
上記のX線回折装置を用いた圧電薄膜の表面におけるOut-оf-Plane測定により、圧電薄膜のXRDパターンが測定された。さらに圧電薄膜の表面におけるIn-Plane測定により、圧電薄膜の別のXRDパターンが測定された。各XRDパターン中の各ピーク強度がバックグラウンド強度に対して少なくとも3桁以上高くなるように、測定条件が設定された。各XRDパターンの測定装置及び測定条件は、上記の条件と同様であった。圧電薄膜の厚み方向に平行な圧電薄膜の断面が、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて原子レベルの分解能で観察された。
【0116】
X線回折装置及びSTEMを用いた上記分析の結果は、圧電薄膜が以下の特徴を有することを示していた。
【0117】
第一圧電層は、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1からなっていた。
正方晶1の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において優先的に配向していた。つまり、圧電薄膜の表面の法線方向における正方晶1の(001)面の配向度は、90%以上であった。上述の通り、正方晶1の(001)面の配向度は、100×I1(001)/(I1(001)+I1(110)+I1(111))と表される。
正方晶1のc1/a1は、下記表2に示される値であった。
第二圧電層は、ペロブスカイト型酸化物の正方晶2からなっていた。
正方晶2の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向におい優先的にて配向していた。つまり、圧電薄膜の表面の法線方向における正方晶2の(001)面の配向度は、90%以上であった。上述の通り、正方晶2の(001)面の配向度は、100×I2(001)/(I2(001)+I2(110)+I2(111))と表される。
正方晶2のc2/a2は、下記表2に示される値であった。
I2/(I1+I2)は、下記表2に示される値であった。I2/(I1+I2)の定義は、上述の通りである。
【0118】
上述の方法で、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる圧電薄膜と、から構成される積層体が作製された。この積層体を用いて更に以下の工程が実施された。
【0119】
真空チャンバー内で、Ptからなる第二電極層が、圧電薄膜の表面全体に形成された。第二電極層は、スパッタリング法により形成された。第二電極層の形成過程における単結晶基板の温度は500℃に維持した。第二電極層の厚みは、200nmであった。
【0120】
以上の工程により、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる圧電薄膜と、圧電薄膜に重なる第二電極層と、から構成される積層体が作製された。続くフォトリソグラフィにより、単結晶基板上の積層構造のパターニングが行われた。パターニング後、積層体がダイシングにより切断された。
【0121】
以上の工程により、短冊状の実施例1の圧電薄膜素子を得た。圧電薄膜素子は、単結晶基板と、単結晶基板に重なる第一中間層と、第一中間層に重なる第一電極層と、第一電極層に重なる圧電薄膜と、圧電薄膜に重なる第二電極層と、から構成されていた。圧電薄膜の可動部分の面積は、20mm×1.0mmであった。
【0122】
<圧電性の評価>
以下の方法により、圧電薄膜の圧電性が評価された。
【0123】
[残留分極の測定]
圧電薄膜の分極のヒステリシスが測定された。測定には、原子間顕微鏡(AFM)と強誘電体評価システムとを組み合わせた装置を用いた。原子間顕微鏡は、セイコーインスツル株式会社製のSPA‐400であった。強誘電体評価システムは、株式会社東陽テクニカ製のFCEであった。ヒステリシスの測定における交流電圧の周波数は5Hzであった。測定において圧電薄膜に印加される電圧の最大値は20Vであった。圧電薄膜の残留分極Prは、下記表2に示される。残留分極Prは、単位は、μC/cm2である。
【0124】
[比誘電率の算出]
圧電薄膜素子の静電容量Cが測定された。静電容量Cの測定の詳細は以下の通りであった。
測定装置:Hewlett Packard株式会社製のImpedance Gain‐Phase Analyzer 4194A
周波数:10kHz
電界:0.1V/μm
【0125】
下記数式Aに基づき、静電容量Cの測定値から、比誘電率εrが算出された。実施例1のεrは、下記表2に示される。
C=ε0×εr×(S/d) (A)
数式A中のε0は、真空の誘電率(8.854×10-12Fm-1)である。数式A中のSは、圧電薄膜の表面の面積である。Sは、圧電薄膜に重なる第一電極層の面積と言い換えられる。数式A中のdは、圧電薄膜の厚みである。
【0126】
[圧電定数-e
31,fの測定]
圧電薄膜の圧電定数-e
31,fを測定するために、圧電薄膜素子として、長方形状の試料(カンチレバー)が作製された。試料の寸法は、幅3mm×長さ15mmであった。寸法を除いて試料は上記の実施例1の圧電薄膜素子と同じであった。測定には、自作の評価システムが用いられた。試料の一端は固定され、試料の他方の一端は自由端であった。試料中の圧電薄膜に電圧を印加しながら、試料の自由端の変位量がレーザーで測定された。そして、下記数式Bから圧電定数-e
31,fが算出された。なお、数式B中のE
sは単結晶基板のヤング率である。h
sは、単結晶基板の厚みである。Lは試料(カンチレバー)の長さである。ν
sは、単結晶基板のポアソン比である。δ
outは、測定された変位量に基づく出力変位である。V
inは、圧電薄膜に印加された電圧である。圧電定数-e
31,fの測定における交流電界(交流電圧)の周波数は、100Hzであった。圧電薄膜に印加された電圧の最大値は、50Vであった。-e
31,fの単位はC/m
2である。実施例1の-e
31,fは、下記表2に示される。実施例1の(-e
31,f)
2/ε
0ε
r(圧電性能指数)は、下記表2に示される。
【数1】
【0127】
(実施例2~6及び比較例1~3)
実施例2~6及び比較例1~3其々の第一ターゲットの組成は、実施例1の第一ターゲットの組成と異なっていた。実施例2~6及び比較例1~3其々の第一ターゲットの組成は、下記化学式1’で表される。実施例2~6及び比較例1~3其々の化学式1’中のEA、EB1及びEB2は、下記表1に示される。実施例2~6及び比較例1~3其々の化学式1’中のα、β、x1、y1及びz1は下記表1に示される。
x1(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y1BiFeO3‐z1Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (1’)
【0128】
実施例2~6及び比較例1~3其々の第二ターゲットの組成は、実施例1の第二ターゲットの組成と異なっていた。実施例2~6及び比較例1~3其々の第二ターゲットの組成は、下記化学式2’で表される。実施例2~6及び比較例1~3其々の化学式2’中のEA、EB1及びEB2は、下記表1に示される。実施例2~6及び比較例1~3其々の化学式2’中のα、β、x2、y2及びz2は下記表1に示される。実施例2~6及び比較例1~3のいずれの場合も、EA、EB1、EB2、α及びβは、上記化学式1(第一ターゲット)及び下記化学式2’(第二ターゲット)に共通する。
x2(Bi1-αEA
α)(EB1
1-βEB2
β)O3‐y2BiFeO3‐z2Bi(Fe0.5Ti0.5)O3 (2’)
【0129】
比較例1の場合、第一成膜工程におけるパルスレーザー光の繰り返し周波数f1は、10Hzに調整された。比較例1の第二ターゲットの組成は、比較例1の第一ターゲットの組成と同じであり、比較例1の圧電薄膜の組成は均一であった。。
【0130】
実施例2~6、比較例2及び3其々の第一圧電層の厚みTaは、下記表2に示す値に調整された。実施例2~6、比較例2及び3其々の第二圧電層の厚みTbは、下記表2に示す値に調整された。実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜の厚みTpは、下記表2に示す値であった。
【0131】
上記の事項を除いて実施例1と同様の方法で、実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜素子が作製された。
【0132】
実施例1と同様の方法により、実施例2~6及び比較例1~3其々の第一電極層のXRDパターンが測定された。実施例2~6及び比較例1~3のいずれの場合も、第一電極層を構成するPtの結晶の(002)面が、第一電極層の表面の法線方向において配向しており、Ptの結晶の(200)面が、第一電極層の表面の面内方向において配向していた。
【0133】
実施例1と同様の方法により、実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜の組成が分析された。実施例2~6、比較例2及び3のいずれの場合も、第一圧電層の組成は第一ターゲットの組成と一致し、第二圧電層の組成は第二ターゲットの組成と一致した。比較例1の場合、圧電薄膜の均一な組成は、第一ターゲット及び第二ターゲット其々の組成と一致した。
【0134】
実施例1と同様の方法により、X線回折装置及びSTEMを用いた実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜の分析が行われた。実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜は、以下の特徴を有していた。
実施例2~6及び比較例2のいずれの場合も、第一圧電層は、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1からなっていた。
実施例2~6及び比較例2のいずれの場合も、第二圧電層は、ペロブスカイト型酸化物の正方晶2からなっていた。
比較例1の場合、ペロブスカイト型酸化物の正方晶1、及びペロブスカイト型酸化物の正方晶2が、組成が均一である圧電薄膜中に共存していた。
実施例2~6、比較例1及び2のいずれの場合も、正方晶1の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において優先的に配向していた。
実施例2~6、比較例1及び2のいずれの場合も、正方晶2の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向におい優先的にて配向していた。
実施例2~6、比較例1及び2其々の正方晶1のc1/a1は、下記表2に示される値であった。
実施例2~6、比較例1及び2其々の正方晶2のc2/a2は、下記表2に示される値であった。
実施例2~6、比較例1及び2其々のI2/(I1+I2)は、下記表2に示される値であった。
【0135】
比較例3の圧電薄膜の分析においては、異方性(c/a)において異なる2種類の正方晶は検出されず、ペロブスカイト型酸化物からなる1種類の正方晶のみが特定された。つまり、比較例3の場合、第一圧電層の結晶構造に由来する回折X線と、第二圧電層の結晶構造に由来する回折X線を区別することは困難であり、結晶構造における第一圧電層及び第二圧電層の違いを特定することは困難であった。比較例3の正方晶の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において優先的に配向していた。比較例3の正方晶のc/aとしては、1つの値(1.037)のみが特定された。比較例3の分析結果は、第一圧電層を構成する正方晶1のc1/a1が、第二圧電層を構成する正方晶2のc2/a2と等しいことを示唆していた。
【0136】
実施例1と同様の方法で、実施例2~6及び比較例1~3其々の圧電薄膜の圧電性が評価された。
実施例2~6及び比較例1~3其々のPrは、下記表2に示される。
実施例2~6及び比較例1~3其々のεrは、下記表2に示される。
実施例2~6及び比較例1~3其々の-e31,fは、下記表2に示される。
実施例2~6及び比較例1~3其々の(-e31,f)2/ε0εrは、下記表2に示される。
【0137】
【0138】
【0139】
(比較例4)
下記表3に示されるように、比較例4の第一ターゲットの組成は実施例1の第一ターゲットの組成と同じであり、比較例4の第二ターゲットの組成は実施例1の第二ターゲットの組成と同じであった。
【0140】
比較例4の第一成膜工程及び第二成膜工程における真空チャンバー内の酸素分圧は、0.01Paに維持された。
【0141】
比較例4の第一圧電層の厚みTaは、下記表4に示す値に調整された。比較例4の第二圧電層の厚みTbは、下記表4に示す値に調整された。比較例4の圧電薄膜の厚みTpは、下記表4に示す値であった。
【0142】
上記の事項を除いて実施例1と同様の方法で、比較例4の圧電薄膜素子が作製された。
【0143】
実施例1と同様の方法により、比較例4の第一電極層のXRDパターンが測定された。比較例4の場合、第一電極層を構成するPtの結晶の(002)面が、第一電極層の表面の法線方向において配向しており、Ptの結晶の(200)面が、第一電極層の表面の面内方向において配向していた。
【0144】
実施例1と同様の方法により、比較例4の圧電薄膜の組成が分析された。比較例4の場合、圧電薄膜の組成は、酸素の含有量において、第一ターゲット及び第二ターゲット其々の組成と一致しなかった。
【0145】
実施例1と同様の方法により、X線回折装置及びSTEMを用いた比較例4の圧電薄膜の分析が行われた。比較例4の圧電薄膜は結晶性及び結晶配向性を有していなかったため、比較例3のc1/a1、c2/a2及びI2/(I1+I2)を特定することはできなかった。
【0146】
実施例1と同様の方法で、比較例4の圧電薄膜の圧電性が評価された。
比較例4のPrは、下記表4に示される。
比較例4のεrは、下記表4に示される。
比較例4の-e31,fは、下記表4に示される。
比較例4の(-e31,f)2/ε0εrは、下記表4に示される。
【0147】
【0148】
【0149】
(実施例7及び8)
下記表5に示されるように、実施例7及び8其々の第一ターゲットの組成は実施例1の第一ターゲットの組成と同じであり、実施例7及び8其々の第二ターゲットの組成は実施例1の第二ターゲットの組成と同じであった。
【0150】
実施例7及び8の場合、第二中間層が第一電極層の表面全体に形成され、第一圧電層が第二中間層の表面全体に形成された。
実施例7の第二中間層は、結晶質のSrRuO3からなっていた。実施例7の第二中間層の厚みは、50nmであった。下記表5中の「SRO」は、SrRuO3を意味する。
実施例8の第二中間層は、結晶質のLaNiO3からなっていた。実施例8の第二中間層の厚みは、50nmであった。下記表5中の「LNO」は、LaNiO3を意味する。
【0151】
実施例7及び8其々の第一圧電層の厚みTaは、下記表6に示す値に調整された。実施例7及び8其々の第二圧電層の厚みTbは、下記表6に示す値に調整された。実施例7及び8其々の圧電薄膜の厚みTpは、下記表6に示す値であった。
【0152】
上記の事項を除いて実施例1と同様の方法で、実施例7及び8其々の圧電薄膜素子が作製された。
【0153】
実施例1と同様の方法により、実施例7及び8其々の第一電極層のXRDパターンが測定された。実施例7及び8のいずれの場合も、第一電極層を構成するPtの結晶の(002)面が、第一電極層の表面の法線方向において配向しており、Ptの結晶の(200)面が、第一電極層の表面の面内方向において配向していた。
【0154】
実施例1と同様の方法により、実施例7及び8其々の圧電薄膜の組成が分析された。実施例7及び8のいずれの場合も、第一圧電層の組成は第一ターゲットの組成と一致し、第二圧電層の組成は第二ターゲットの組成と一致した。
【0155】
実施例1と同様の方法により、X線回折装置及びSTEMを用いた実施例7及び8其々の圧電薄膜の分析が行われた。実施例7及び8其々の圧電薄膜は、以下の特徴を有していた。
第一圧電層は、ペロブスカイト型の正方晶1からなっていた。
第二圧電層は、ペロブスカイト型の正方晶2からなっていた。
正方晶1の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において優先的に配向していた。
正方晶2の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向におい優先的にて配向していた。
実施例7及び8其々の正方晶1のc1/a1は、下記表6に示される値であった。
実施例7及び8其々の正方晶2のc2/a2は、下記表6に示される値であった。
実施例7及び8其々のI2/(I1+I2)は、下記表6に示される値であった。
【0156】
実施例1と同様の方法で、実施例7及び8其々の圧電薄膜の圧電性が評価された。
実施例7及び8其々のPrは、下記表6に示される。
実施例7及び8其々のεrは、下記表6に示される。
実施例7及び8其々の-e31,fは、下記表6に示される。
実施例7及び8其々の(-e31,f)2/ε0εrは、下記表6に示される。
【0157】
【0158】
【0159】
(実施例9)
下記表7に示されるように、実施例9の第一ターゲットの組成は実施例1の第一ターゲットの組成と同じであり、実施例9の第二ターゲットの組成は実施例1の第二ターゲットの組成と同じであった。
【0160】
実施例9の圧電薄膜素子の作製過程では、第一中間層が形成されなかった。実施例9の圧電薄膜素子の作製過程では、結晶質のSrRuO3からなる第一電極層が単結晶基板の表面全体に直接形成された。実施例9の第一電極層の厚みは、200nmであった。
【0161】
実施例9の第一圧電層の厚みTaは、下記表8に示す値に調整された。実施例9の第二圧電層の厚みTbは、下記表8に示す値に調整された。実施例9の圧電薄膜の厚みTpは、下記表8に示す値であった。
【0162】
上記の事項を除いて実施例1と同様の方法で、実施例9の圧電薄膜素子が作製された。
【0163】
実施例1と同様の方法により、実施例9の第一電極層のXRDパターンが測定された。実施例1と同様のIn-Plane測定により、実施例9の第一電極層の結晶の面内配向性が評価された。実施例9の場合、第一電極層の結晶面は、第一電極層の表面の面内方向において配向していなかった。つまり、実施例9の場合、第一電極層の結晶の面内配向性がなかった。
【0164】
実施例1と同様の方法により、実施例9の圧電薄膜の組成が分析された。実施例9の場合も、第一圧電層の組成は第一ターゲットの組成と一致し、第二圧電層の組成は第二ターゲットの組成と一致した。
【0165】
実施例1と同様の方法により、X線回折装置及びSTEMを用いた実施例9の圧電薄膜の分析が行われた。実施例9の圧電薄膜は、以下の特徴を有していた。
第一圧電層は、ペロブスカイト型の正方晶1からなっていた。
第二圧電層は、ペロブスカイト型の正方晶2からなっていた。
正方晶1の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向において優先的に配向していた。
正方晶2の(001)面は、圧電薄膜の表面の法線方向におい優先的にて配向していた。
実施例9の正方晶1のc1/a1は、下記表8に示される値であった。
実施例9の正方晶2のc2/a2は、下記表8に示される値であった。
実施例9のI2/(I1+I2)は、下記表8に示される値であった。
【0166】
実施例1と同様の方法で、実施例9の圧電薄膜の圧電性が評価された。
実施例9のPrは、下記表8に示される。
実施例9のεrは、下記表8に示される。
実施例9の-e31,fは、下記表8に示される。
実施例9の(-e31,f)2/ε0εrは、下記表8に示される。
【0167】
【0168】
【産業上の利用可能性】
【0169】
本発明の一側面に係る圧電薄膜は、例えば、圧電トランスデューサ、圧電アクチュエータ及び圧電センサに応用される。
【符号の説明】
【0170】
10…圧電薄膜素子、10a…超音波トランスデューサ、1…単結晶基板、2…第一電極層、3…圧電薄膜、3A…第一圧電層、3B…第二圧電層、4…第二電極層、5…第一中間層、6…第二中間層、DN…単結晶基板の表面の法線方向、dn…圧電薄膜の表面の法線方向、uc…ペロブスカイト構造の単位胞、uc1…正方晶1の単位胞、uc2…正方晶2の単位胞。