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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】CO2資化微生物のスクリーニング法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20241114BHJP
   C12N 15/01 20060101ALI20241114BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20241114BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20241114BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20241114BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241114BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N15/01 Z
C12N1/14 A
C12N1/14 E
C12N1/14 B
C12N15/10 200Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021046937
(22)【出願日】2021-03-22
(65)【公開番号】P2022146127
(43)【公開日】2022-10-05
【審査請求日】2023-02-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西田 洋一
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-119091(JP,A)
【文献】特開昭62-236479(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101412965(CN,A)
【文献】特開2002-017342(JP,A)
【文献】特開平03-067581(JP,A)
【文献】米国特許第06830899(US,B1)
【文献】国際公開第2004/085627(WO,A1)
【文献】特開2010-148433(JP,A)
【文献】特開2008-207154(JP,A)
【文献】特開昭59-78682(JP,A)
【文献】特開昭58-51890(JP,A)
【文献】ZHU, LW et al.,Collaborative regulation of CO2 transport and fixation during succinate production in Escherichia coli,Sci Rep,5,2015年12月02日,17321
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12N 1/00-21
C12P
C12Q
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を平板培地に播種する工程、
前記平板培地において前記微生物にランダム変異を誘発する工程、及び
高濃度の二酸化炭素の存在下で平板培地において前記微生物を培養後、増殖した微生物を選択する工程
を含み、前記高濃度の二酸化炭素の存在下50%v/v以上の濃度の二酸化炭素を含む密閉型培養器内である、二酸化炭素の資化能を有する微生物を作製する方法。
【請求項2】
前記微生物にランダム変異を誘発する工程が、前記高濃度の二酸化炭素の存在下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
二酸化炭素以外の炭素源を含まない培地において前記微生物を培養する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
酸素の非存在下で前記微生物を培養する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記平板培地に接種する工程において、平板培地の面積を一微生物の投影面積で割った時に得られる数より少ない微生物数で微生物を播種する、請求項に記載の方法。
【請求項6】
前記ランダム変異の誘発が、紫外(UV)線照射、ガンマ線照射、電離放射線照射、X線照射、及び化学変異原添加からなる群より選択される少なくとも1種により行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記選択した微生物を回収する工程、及び前記微生物を高濃度の二酸化炭素の存在下で再度培養する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記微生物が、真正細菌、古細菌、及び真菌からなる群より選択される少なくとも1つの微生物である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記微生物が大腸菌である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記微生物が、二酸化炭素の代謝に関与する遺伝子変異が導入された微生物である、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的の因子の資化能を有する微生物の作製に関する。より具体的には、本発明は、気中のCO2を細胞内に取込み炭素固定が行える細菌等の微生物の効率的な作製及び選別を行うための方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
大気中の温室効果ガス濃度上昇は地球温暖化の主要因と考えられており、特に直近二世紀で級数的に排出量が増加したCO2は主な排出抑制対象となっている。CO2の排出抑制と並行して気中に放出されるCO2の吸収(固定)も喫緊の課題となっている。これまで様々なCO2固定法が提案されてきた。大規模なもので深海底へCO2塊を沈積させる手法は、地盤の安定性に問題のある日本周辺では将来に不安を残す。他の化学的手法なども低コスト低エネルギーで運用できるものは少ない。また、他の高付加価値化成品に変換するなどCO2の価値を転換して社会に還元できるものが望ましい。
【0003】
近年合成バイオ技術の進歩により、大腸菌や酵母などの比較的安価・短時間に増殖できる菌体を用いて、様々な化合物を元に生物化学的に付加価値を高めることが可能になってきた(例えば、特許文献2及び非特許文献1)。しかし、現状ではCO2吸収及び高付加価値化成品に変換にできる菌体は開発途上である。
【0004】
菌体に新たな性質を付与する方法として、特定の遺伝子をターゲットとした進化分子工学的手法(例えば、非特許文献2~3)と、菌体のゲノム全体を対象として薬剤や紫外線により変異を誘発する方法とがある(例えば、特許文献1及び3)。進化分子工学的手法では、特定の酵素等の分子を対象として1つの遺伝子にランダム変異を導入し、酵素の機能が望みの方向へ改善(0.01~1%)する変異を同定する。しかし、このような変異が生じることは稀である。また、生体内の反応経路に関与する複数の酵素に本手法を適用し、その酵素の多くを望みの方向に改善させる必要があるが、本手法により多くの生体内の反応を協調的に改変することは極めて困難である。
【0005】
一方、一気に菌全体を進化させる手法である菌体に変異誘発を行う方法においても、一度の試行で菌のゲノム全体に満遍なく変異を導入することはできるが、上記と同じ理由で多くの生体内の反応(酵素)が協調的に進化する確率は極めて稀であり、目的の機能を持つ改変体が生じる確率は低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-139507号公報
【文献】米国特許出願公開US2010/112647A1
【文献】米国特許出願公開US2016/160250A1
【非特許文献】
【0007】
【文献】Zhu LW, et al. (2015) Sci. Rep., 5, 17321.
【文献】Zhang X, et al. (2009) Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol.106, pp.20180-20185.
【文献】Donnelly MI, et al. (1998) Appl. Biochem. Biotech. Vol.70-72, pp.187-198.
【文献】Gleizer S, et al. (2019) Cell Vol.179, pp.1255-1263.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、従来の手法では、菌体について生体内の複数の生化学反応特性を協調的に変化させ、一定の性質を持つように改変することは困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、定向性進化圧下で菌体に薬剤や紫外線による変異誘発を行うことにより、効率的に目的の機能を有する変異した菌体を作製できることを見い出した。また、このとき可能な限り多数の菌体から選別を行うことで目的の変異体が得やすくなることも見い出した。本発明は主に上記の知見に基づいて完成された。
【0010】
本発明は、一態様において、微生物にランダム変異を誘発する工程、及び高濃度の第一因子の存在下で前記微生物を培養後、増殖した微生物を選択する工程を含む、第一因子の資化能を有する微生物を作製する方法を提供する。一実施形態において、微生物にランダム変異を誘発する工程は、高濃度の第一因子の存在下で行われる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る方法により、目的の因子の資化能を有する微生物を効率的かつ簡便に作製することができ、コスト削減及び時間削減に資する。また本方法により作製される微生物は、様々な高付加価値分子生産のプラットフォーム菌となり得る。したがって、本発明は、地球温暖化などの環境の改善、高付加価値分子生産菌の開発などの分野に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明を適用した高濃度CO2雰囲気の定向性進化圧下で紫外線などの変異誘発を行いながらCO2資化菌体をスクリーニングする場合の手順及び器具を示した概念図である。
図2】実施例1において使用した器具及び装置の構成並びに動作(上段)とその写真(下段)を示す。
図3】実施例1において得られたコロニーの位置(上段)と実験結果の写真(下段)を示す。
図4】実施例2の実験手順を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、本発明を詳細に説明する。
本発明は、目的の因子(特に炭素源又は窒素源)の資化能を有する微生物の作製に関する。例えば、特定の炭素源又は窒素源を資化することができる微生物は、その炭素源又は窒素源を吸収することができ、また好ましい場合にはその炭素源又は窒素源を有用分子(高付加価値分子)として固定することができる。
【0014】
一態様において、本発明は、
微生物にランダム変異を誘発する工程、及び
高濃度の第一因子の存在下で前記微生物を培養後、増殖した微生物を選択する工程
を含む、第一因子の資化能を有する微生物を作製する方法を提供する。
【0015】
本明細書において、微生物は、真正細菌、古細菌、及び真菌からなる群より選択される少なくとも1つの微生物である。その培養方法及び操作方法が公知である微生物を使用することが好ましい。使用可能な微生物として、限定されるものではないが、以下が挙げられる:
真正細菌:
グラム陰性細菌:エッシェリヒア属(Escherichia)、例えば大腸菌(Escherichia coli)等
グラム陽性細菌:バチルス属(Bacillus)、例えば枯草菌(Bacillus subtilis)等
シアノバクテリア(藍色細菌):シネココッカス属(Synechococcus)、例えばシネココッカス・エロンガタス(Synechococcus elongatus)等
古細菌:放線菌、好熱性古細菌、例えばサーモコッカス・コダカレンシス(Thermococcus kodakarensis)、ピロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)等
真菌:酵母、例えばサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)等
【0016】
微生物は、天然に存在するものであってもよいし、単離されたものであってもよいし、市販の微生物株であってもよい。さらに、微生物は、遺伝子変異が導入された微生物であってもよく、特定の遺伝子が欠失若しくは破壊されている、又は特定の遺伝子が導入されている微生物を使用することができる。例えば、第一因子の代謝に関与する遺伝子変異が導入された微生物を使用することができ、これにより、ランダム変異を誘発する前に予め第一因子の資化に寄与すると考えられる変異を微生物に導入することができる。そのような遺伝子変異としては、例えば、ピルビン酸カルボキシラーゼ、ピルビン酸カルボキシキナーゼ、リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ(RuBisCO)などが挙げられる。
【0017】
本明細書において、第一因子とは、微生物への資化能の付与が望まれる因子である。そのような因子としては、限定されるものではないが、以下のものが挙げられる:
炭素源、例えば二酸化炭素、一酸化炭素、メタン、メタノール、酢酸、及びセルロース等、芳香族化合物(例として、ベンゼン環又はベンゼン環が2個以上縮合した環をもつ化合物である、ベンゼン、トルエン、キシレン、パラクレゾール、フェノール、エチルベンゼン、アニリン、フェニルアラニン、ベンジルアルコール、バニリン、フェニルプロピオン酸、ナフタレン、フェナントレン等)
窒素源、例えば窒素、アミノ酸等
【0018】
本発明では、上記のような炭素源及び窒素源からなる群より選択される少なくとも1種の因子を第一因子として使用することができる。また、必要に応じて、第一因子に加えて、異なる種類の因子を組み合わせて使用してもよい(例えば、第二因子、第三因子など)。
【0019】
「資化能を有する」とは、微生物が目的の因子を取り込み、その因子を利用してタンパク質、核酸、多糖及び脂質などの物質を合成する能力を有することを意味する。
【0020】
本発明に係る第一因子の資化能を有する微生物を作製する方法(以下、「本方法」ともいう)は、進化分子工学的手法と、微生物への変異誘発法を組み合わせて、定向性進化圧下で微生物に変異誘発を行い、目的の因子の資化能を有する微生物を作製する。したがって、本方法では、微生物へのランダム変異の誘発と高濃度の第一因子の存在下への微生物の配置をほぼ同時に行う。例えば、高濃度の第一因子の存在下において微生物にランダム変異を導入したり、あるいは微生物にランダム変異を導入した直後に高濃度の第一因子の存在下における微生物の培養を行う。
【0021】
好ましい実施形態では、上述したランダム変異を誘発する工程の前に、微生物を平板培地に播種する工程をさらに含む。好ましくは、OD600≒1.0~1.5で、播種する際の容量100μLとした場合に、105以上、106以上、107以上、より好ましくは108以上、109以上の微生物を平板培地に播種する。播種する微生物(菌体)量は、使用する平板プレートの大きさや菌体の大きさに依存する。平板培地の面積を一菌体の投影面積で割った時に得られる数以上の菌体数を播種した場合には、形成コロニーを分取することが困難となるため、そのような菌体数を上限として設定し得る。これにより、できる限り多くの微生物に対してランダム変異を誘発し、目的の因子の資化能を有する微生物クローンの選択が容易となる。平板培地は、その表面に微生物を塗布(播種)して培養することにより、1回の操作で多くの微生物を培養でき(すなわち選別対象母集団を大きくすることができ)、また生存可能な微生物がコロニーとして出現するため、視覚的に容易に微生物株を選択できるという利点がある。平板培地は、当技術分野で周知であり、当業者であれば容易に理解することができる。また斜面培地を本発明における平板培地として使用することも可能である。
【0022】
微生物の培養は、後述する点以外の点については通常の培養条件を用いればよく、例えば、培地として、グルコース、デンプン、スクロース等の炭素源、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、酵母エキス、ペプトン等の窒素源を含有し、好ましくは、リン酸カリウム、硝酸マグネシウム、塩化カルシウム等の無機塩類や微量金属類、アミノ酸類、ビタミン類等の微量成分を含有する培地を用いることができる。このような培地は、微生物の種類に応じて、当業者であれば適当なものを選択することができる。
【0023】
微生物は高濃度の第一因子の存在下におかれる。高濃度とは、通常その微生物が生育する環境における第一因子の濃度又は存在量と比較して高い濃度又は存在量を意味する。例えば、高濃度は、通常の生育環境における第一因子の濃度又は存在量よりも少なくとも1%、少なくとも3%、少なくとも5%、少なくとも8%、少なくとも10%、少なくとも15%、少なくとも20%、少なくとも25%、少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、またはそれ以上の濃度又は存在量である。第一因子が通常の生育環境に存在しない場合には、微量の第一因子であっても本発明における「高濃度」に該当する。
【0024】
第一因子として二酸化炭素を使用する場合、高濃度の第一因子は、例えば400ppm~5000ppmとすることができる。あるいは、第一因子として二酸化炭素を使用する場合、微生物を、0.5%(w/w)~99%(w/w)の濃度、例えば0.5%以上、1%以上、3%以上、好ましくは5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、より好ましくは50%以上の濃度の二酸化炭素を含む密閉型培養器内で培養する。
【0025】
第一因子が気体である場合には、例えば密閉容器内に高濃度の第一因子を導入し、その密閉容器内で微生物を培養する。第一因子が固体又は液体である場合には、培地に第一因子を添加する、培地に第一因子を含む溶液若しくは固体(培地、粉末、顆粒等)を散布若しくは積層する、又は培地上の微生物に第一因子を含む溶液を散布若しくは積層するなどにより、高濃度の第一因子の存在下で微生物を培養する。
【0026】
ここで、好ましくは、第一因子が、微生物により唯一の炭素源又は窒素源として使用されるように培地の成分を調製する。例えば、第一因子が炭素源である場合、第一因子以外の炭素源を含まない培地、又は第一因子以外の炭素源をわずかにしか含まない培地において微生物を培養する。このような培地を使用することによって、特に第一因子を資化して増殖することのできる微生物を単離することができ、またそのような微生物は効率的に第一因子を資化可能である。
【0027】
また、微生物が酸素を利用する微生物である場合には、酸素の非存在下又は低濃度の酸素の存在下で微生物を培養することが好ましい。これにより、第一因子を特に効率的に資化することできる微生物を作製することが容易となる。
【0028】
本発明の方法では、微生物にランダム変異を誘発する。一実施形態では、高濃度の第一因子の存在下で微生物にランダム変異を誘発する。本発明において「ランダム変異の誘発」とは、微生物のゲノムに対してランダムに変異の導入が誘発される方法を行うことを意味し、微生物の特定の遺伝子に対する変異導入方法とは区別される。このようなランダム変異誘発方法は、当技術分野で公知であり、当業者であれば使用する微生物、培養方法などに応じて適切な方法を選択することができる。例えば、ランダム変異誘発方法として、紫外(UV)線照射、ガンマ線照射、電離放射線照射、X線照射、化学変異原(ニトロソアミン、N-エチル-N-ニトロソウレア(ENU)等)添加が知られており、これらの方法のうち1種を又は複数種を組み合わせて用いることができる。ランダム変異の導入効率のために望ましい照射強度及び照射時間について報告の多い紫外(UV)線照射、ガンマ線照射、電離放射線照射又はX線照射を使用することが好ましい。
【0029】
ランダム変異誘発後、高濃度の第一因子の存在下で微生物を培養する。培養期間は、使用する微生物の種類に応じて異なり、5時間~数カ月、例えば10~24時間など、適宜選択することができる。培養形式は、平板培地を使用する場合には、静置培養を行う。その他の培地を使用する場合には、静置培養、振盪培養等の各種培養条件を用いて培養を行うことができる。培養の最適条件に関しては、用いる微生物の種類により異なるため、上記培地及び培養方法は用いる微生物に適するものに適宜選択及び調製され、また、温度、pH等のその他の培養条件も適宜選択されて培養が行われることが好ましい。
【0030】
上述のように培養後、増殖した微生物を選択する。微生物の選択は、使用する微生物の種類に応じて、当業者であれば慣用的に行うことができる。例えば、平板培地を使用した場合には、培地上のコロニーの出現として、増殖した微生物を選択することが可能である。あるいは、培養液の変化、例えば濁り、変色などを観察することにより、微生物が増殖しているかどうかを確認することができる。
【0031】
本方法はさらに、選択した微生物を回収する工程、及び微生物を高濃度の第一因子の存在下で再度培養する工程を含んでもよい。培地から微生物を回収する方法は当技術分野で周知であり、任意の方法によって行うことができる。回収した微生物を、適当な培地を用いて、高濃度の第一因子の存在下で培養する。使用する培地は、上述したランダム変異誘発の場合と同じ培地であってもよいし、異なる培地であってもよい。例えば、ランダム変異誘発の際に平板培地を使用し、再度の培養時に液体培地を使用してもよい。好ましくは、微生物に適した培地を選択する。第一因子の濃度も、高濃度であれば、ランダム変異誘発の際に使用した濃度と同じであってもよいし、その濃度よりも高い若しくは低い濃度であってもよい。培養期間及び培養条件は、微生物の種類に応じて適宜選択される。このように高濃度の第一因子の存在下で培養することにより、微生物が第一因子の資化能を有することを確認することができる。
【0032】
上述のようにして選択された微生物は、高濃度の第一因子の存在下で生育でき、第一因子の資化能を有するものである。本方法では、定向性進化圧の加圧下で変異誘導を行い、より効率的に有効な変異の誘導を行うことができる。また、選択圧下での培養による増殖確認により、有効な変異を選択し易いという利点もある。したがって、本方法は、目的の因子の資化能を有する微生物を効率的かつ簡便に作製することができる。
【0033】
作製された微生物に対してさらに遺伝子工学的手法による改変を加え、高付加価値化合物を生産できる系を構築してもよい。これにより、取り込まれた第一因子を有用物質に変換することが可能となる。すなわち、本方法により作製される微生物は、様々な高付加価値分子生産のプラットフォーム菌となり得る。改変は、目的とする有用分子の種類に応じて異なるが、当業者であれば、慣用的な遺伝子工学的手法を使用して、微生物を改変することができる。例えば第一因子が二酸化炭素である場合には、本方法で作製されたCO2資化菌による温室効果ガスの効果的な削減と、高付加価値分子生産による経済的効果との両立が可能となる。
【0034】
本発明を適用した方法の一例を、図1を参照しながら説明する。図1は、微生物を平板培地に播種し、第一因子として高濃度の二酸化炭素の存在下で変異誘発する方法を示す。図1中の英文字は物質、器具及び装置を表し、数字は動作を表す。
【0035】
図1の具体的な構成は以下の通りである:
a:変異誘発を行う微生物を含む溶液
b:変異誘発を行う微生物を播種した平板培地
c:微生物内の遺伝子に変異を誘発する能力を有する紫外線(UV)等の電磁波を照射する装置
d:CO2濃度調整を行うことができ、かつ温湿度調整も行うことができる培養器
e:培養器外に取り出した平板培地。コロニー出現が確認されたらこれを採取する。
f.e.上で確認されたコロニーをクローン化し、かつ定向性進化圧下で生育できるものか再確認するために播種を行う平板培地
g.f.の平板培地で高濃度CO2雰囲気下で採取したコロニーが生育するか確かめるためのCO2濃度調整を行うことができ、かつ温湿度調整も行うことができる培養器
【0036】
図1に示した具体的な動作は以下の通りである:
0:変異導入を行う微生物を含む溶液a.から適量採取し、平板培地上に均等に播種する。
1:播種後の平板培地b.を、装置c.から電磁波を照射し、高濃度CO2雰囲気下で十分時間培養したのちに取り出し、コロニーの有無を確認する。
2:コロニーが確認された場合、コロニー菌体をクローン化するために再度播種を行う。
3:高濃度CO2雰囲気の定向性進化圧下で生じたコロニーを採取し、同様の環境下で生育するか再度確認を行うとともに、単一クローン化を行う。
【実施例
【0037】
以下、図面を参照して本発明の実施形態の具体例について説明する。ただし、これらの実施例は本発明を実現するための一例に過ぎず、本発明を限定するものではないことに注意すべきである。
【0038】
<実施例1>
本実施例では、微生物として大腸菌を使用し、大腸菌懸濁液を塗布した寒天培地に変異誘発原としてUV照射を行い、高濃度二酸化炭素雰囲気下で嫌気的(無酸素)に培養を行うことにより、二酸化炭素資化能を有する微生物を取得した。
【0039】
大腸菌として、BL21(DE3)pLysSコンピテントセル(L1195, プロメガ)を使用した。プラスミドpET21a(69740, Novagen)に二酸化炭素固定酵素(ピルビン酸カルボキシキナーゼ)及び二酸化炭素トランスポーター(bicA)の遺伝子配列をT7プロモータ―配列と適宜組合せ配置したものを組み入れ、そのプラスミドを用いてBL21(DE3)pLysSコンピテントセル(L1195, プロメガ)の形質転換を行った。大腸菌懸濁液はOD600≒1.2として、100マイクロリットル(大腸菌108菌体に相当)を寒天培地を敷き詰めたマイクロプレート型シャーレに満遍なく塗布した。寒天培地の組成は、SOC培地に通常成分として含まれ、大腸菌の好気呼吸で優先的に消費されると考えられているグルコースをSOC培地から除外したものを用いた。
【0040】
図2に、本実施例において用いた器具及び装置の構成並びに動作(上段)とその写真(下段)を示す。上段の構成と下段の写真は器具及び装置の位置が対応している。図中の英文字は物質、器具及び装置を表し、数字は動作を表す。
【0041】
図2の具体的な構成は以下の通りである:
a:平板ゲル状培地(変異導入を行う菌体を含む溶液を塗布する)
b:散布用棒(スプレッダー)(溶液を塗布するために用いた)
c:UV照射装置(変異を誘発する)
d:架台(UV照射距離を調整するために使用した)
【0042】
図2に示した具体的な動作は以下の通りである:
0:平板ゲル状培地に菌体溶液を塗布する。
1:UV照射を行うために平板ゲル状培地を照射装置の下に設置する。
2:平板ゲル状培地に照射装置からUV光を照射する。高濃度の二酸化炭素を含む密閉容器に格納し、培養を行う。
【0043】
図2に示したように、平板ゲル状培地に菌体数108~109個となるよう散布用棒を用いて菌体溶液を満遍なく塗布した。UV照射を行うために平板ゲル状培地を照射装置であるハンディUVランプ(アズワン、SUV-4)の下に設置した。ハンディUVランプを用いて波長254nmの紫外光を10mJ/cm2となるように照射装置からゲル上面までの距離50mmで15秒間照射した(610μW/cm2, d=55mm (SUV-4))。UV照射を行った平板ゲル状培地を密閉容器に格納し、予めN2ラインからの気体とCO2ボンベからの気体を用いて水上置換法で50%v/v CO2, 50%v/v N2に調整した気体で充満し、37℃、18~20時間嫌気培養を行った。また、対照群としてUV照射を全く行っていない大腸菌懸濁液を塗布した平板ゲル状培地も同様に別の密閉容器に格納し、50%v/v CO2, 50%v/v N2に調整した気体で充満し、37℃、18~20時間嫌気培養を行った。
【0044】
培養の結果を図3に示す。図3は、得られたコロニーの位置(上段)と実験結果の写真(下段)を示す。上段の構成と下段の写真は器具及び生じた現象の位置が対応している。図3において、英数字a及びbは以下を表している:
a:変異導入を行った菌体を含む溶液を塗布した平板ゲル状培地(左:二酸化炭素固定酵素及び二酸化炭素トランスポーターを遺伝子工学的に導入した大腸菌に対して変異誘発を行った菌体を塗布した培地、右:野生型に対して変異誘発を行った菌体を塗布した培地)。
b:得られたコロニー(上段:丸印、下段:実際のコロニー位置を指し示した白矢印)。
【0045】
培養後、シャーレを観察するとUV非照射群からは全くコロニーが得られなかったのに対し、UV照射群からは複数点のコロニーが観察された(第一回試行:6コロニー、第二回試行:8コロニー)(図3)。これにより今回用いた高濃度CO2環境でのコロニー選択により環境に応じた変異が導入された菌体を選別することができた。
【0046】
<実施例2>
本実施例では、実施例1で得られたコロニーについて、変異導入後にコロニー選択を行った環境と同じ環境での培養が可能かどうか確認を行った。
【0047】
UV照射による変異誘導後、発生したコロニーについてコロニーが実際に嫌気条件/-グルコースで増殖するかどうかを確かめるために、各々のコロニーをニードルで微量採取してSOC(-グルコース)培地を用いて、試験管内をCO2置換した状態で18~20時間培養した。具体的な実験手順を図4に示す。
【0048】
図4の具体的な器具及び装置は以下の通りである:
a:グルコース成分を含まないSOC培地を入れた培養用チューブ
b:培養用チューブ内の酸素成分を排出するために二酸化炭素の下方置換法を行うためのチューブ
c:振盪培養用インキュベーター
【0049】
図4に示した具体的な動作は以下の通りである:
0:平板ゲル状培地に生じたコロニーを培養用チューブに移植した。
1:培養用チューブ内の酸素成分を排出するために二酸化炭素をゆっくりと注入した。
2:チューブ内に空気が入らないように固く密栓した。
3:振盪培養用インキュベーターで37℃、20時間振盪培養した。
【0050】
菌体の生育状態を濁度(OD600)計測を行って観察した。その結果、実施例1で生成した1~6のコロニーのうち3以外のコロニーについて、グルコース無し、嫌気条件下、気体条件二酸化炭素のみで生育することが確認された(表1)。
【0051】
【表1】
【0052】
以上の実施例より、UV照射による変異導入の直後に平板ゲル状培地に塗布すること、特定の培地/気体条件下で培養すること、の組合せにより、企図する環境に馴致した菌体クローンの取得に有効であることが確認された。特に無酸素・高二酸化炭素分圧下で生息する大腸菌の創生に効果があることが示された。
【0053】
また、実施例1で行った、(1)大腸菌108菌体に相当する溶液を塗布、(2)波長254nmの紫外光を10mJ/cm2、(3)50%v/v CO2, 50%v/v N2に調整した気体で培養、を行うことで数個レベルのコロニーに絞り込める系を確立することができた。
【0054】
本方法を繰り返すことで二酸化炭素を炭素源とするさらに資化効率の高い大腸菌が得られる可能性がある。
図1
図2
図3
図4