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特許7588084ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤および方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤および方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/11 20060101AFI20241114BHJP
   A61K 8/33 20060101ALI20241114BHJP
   A61K 8/34 20060101ALI20241114BHJP
   A61K 8/37 20060101ALI20241114BHJP
   A61K 31/045 20060101ALI20241114BHJP
   A61K 31/216 20060101ALI20241114BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20241114BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61K31/11
A61K8/33
A61K8/34
A61K8/37
A61K31/045
A61K31/216
A61P17/00
A61Q19/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021551463
(86)(22)【出願日】2020-10-01
(86)【国際出願番号】 JP2020037462
(87)【国際公開番号】W WO2021066109
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2019183872
(32)【優先日】2019-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】中西 忍
(72)【発明者】
【氏名】傳田 光洋
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-043050(JP,A)
【文献】GUNASEELAN S. et al.,Linalool prevents oxidative stress activated protein kinases in single UVB-exposed human skin cells,PLoS ONE,2017年,12(5),e0176699,Abstract
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K8/00-8/99
A61K31/00-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノネナールマスキング剤を含む、ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤
ここで、前記ノネナールマスキング剤は、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物を含む
【請求項2】
前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、請求項に記載の薬剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の薬剤を含む、ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための組成物。
【請求項4】
ノネナールマスキング剤を含む化粧品を皮膚に適用することによりノネナールによる皮膚ダメージを抑制する美容方法
ここで、前記ノネナールマスキング剤は、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物を含み、
前記美容方法は美容を目的とする方法であり医師や医療従事者による治療ではない
【請求項5】
前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、請求項に記載の美容方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ノネナール等の不飽和アルデヒドは加齢臭として知られており、このような加齢臭をマスクする物質として様々な物質が開発されている(特許文献1、2)。また、ノネナール等のカルボニル化誘導物質は、皮膚黄色化を誘発することも知られている(特許文献3)。
【0003】
一方、好ましい香りにより、ストレス等が軽減され間接的に皮膚状態が良好になることも知られている。例えば、ローズ油等を含むフレグランス製品には真皮細胞と表皮細胞におけるIGF-1産生を促進する作用があるオキシトシンを分泌させる作用があることが報告されている(特許文献4)。
【0004】
しかしながら、これまでに、ノネナール等の悪臭物質が皮膚にどのような影響を及ぼし、そして皮膚へ悪影響がある場合、それをどのように抑制するかについては十分に解明されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-286423号公報
【文献】特開平11-286428号公報
【文献】特開2012-32287号公報
【文献】特開2011-98898号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Takeuchi et. al., The Journal of General Physiology. Vol. 133 No. 6, pp583-601
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ノネナールが皮膚細胞の増殖を抑制すること及び皮膚菲薄化といった皮膚ダメージを与えることを発見した。かかる発見に基づき、多種多様な素材について鋭意検討を重ね、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドをはじめとするノネナールマスキング剤が、皮膚ダメージ抑制作用を示すことを見出し、本発明を為すに至った。
【0009】
本願は下記の発明を包含する:
(1)ノネナールマスキング剤であって、ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬剤。
(2)皮膚ダメージ抑制剤であって、ノネナールマスキング剤を含む薬剤。
(3)前記ノネナールマスキング剤が、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物である、(1)又は(2)に記載の薬剤。
(4)前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、(1)~(3)のいずれか1項に記載の薬剤。
(5)(1)~(4)のいずれか1項に記載の薬剤を含む組成物。
(6)ノネナールによる皮膚ダメージをノネナールマスキング剤を投与することにより抑制する美容方法。
(7)前記ノネナールマスキング剤が、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物である、(6)に記載の美容方法。
(8)前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、(6)又は(7)に記載の美容方法。
(9)ノネナールによる皮膚ダメージを抑制する必要がある対象において、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物を投与することによりノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための方法。
(10)前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、(9)に記載の方法。
(11)ノネナールによる皮膚ダメージを治療するための、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物。
(12)前記皮膚ダメージが皮膚菲薄化である、(11)に記載の化合物。
(13)ノネナールによる皮膚ダメージを抑制するための薬物の製造におけるベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物の応用。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ノネナールによる皮膚ダメージに有効な剤および方法が提供される。ノネナールによる皮膚ダメージが抑制されれば、皮膚の老化抑制に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実験1-2の結果であり、各種悪臭物質を添加した場合の細胞生存率(%)を、対照(control)の結果を100.0とした相対値で示す (対照対各悪臭物質での両側t検定,****P<0.001)。
図2図2は、実験2の結果であり、各濃度のノネナールを添加した場合の細胞生存率(%)を、対照(control)の結果を100.0とした相対値で示す(対照対各濃度のノネナールでの両側t検定,****P<0.001)。
図3図3は、実験3-2の結果であり、様々な濃度の各種評価対象物質を添加した場合の細胞生存率(%)を、対照の結果を100.0とした相対値で示す(対照対各評価対象物質での両側t検定,**P<0.01,***P<0.001)。
図4図4は、実験3-3の結果であり、各種評価対象物質と各濃度のノネナールを添加した場合の細胞生存率(%)を、対照の結果を100.0とした相対値で示す(対照対ノネナール添加、ノネナール添加対各評価対象物質での両側t検定,*P<0.05,**P<0.01,***P<0.001)。
図5図5は、実験4において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(左上:対照)、ノネナールのみを添加した場合(左下:50μMノネナール)、又はノネナールおよび各種評価対象物質を添加した場合(中央および右:50μMノネナール+50μM各種評価対象物質)の結果を示す写真である。
図6図6は、実験4において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(対照:control)、ノネナールのみを添加した場合(nonenal)、又はノネナールおよび各種評価対象物質を添加した場合(nonenal+各種評価対象物質)の皮膚の厚さを、左図のような断面図における横方向の皮膚の長さ1μm当たりの皮膚部分の断面積(Area μm2/μm)として示す(右図)(対照対ノネナール添加、ノネナール添加対各評価対象物質での両側t検定,**P<0.01,***P<0.005)。
図7図7は、実験4において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(左上:対照)、ノネナールのみを添加した場合(左下:50μMノネナール)、又はノネナールおよび各種評価対象物質を添加した場合(中央および右:50μMノネナール+50μM各種評価対象物質)のBrdU陽性細胞を示す写真である。
図8図8は、実験4において作成した3D皮膚モデルに溶媒(エタノール)のみを添加した場合(対照:control)、ノネナールのみを添加した場合(nonenal)、又はノネナールおよび各種評価対象物質を添加した場合(nonenal+各種評価対象物質)のBrdU陽性細胞数を、図7に示す皮膚部分の断面図における横方向の長さ1mm当たりのBrdU陽性細胞数(cells/mm)として示すグラフである(対照対ノネナール添加、ノネナール添加対各評価対象物質でのDunnet検定,*P<0.05,**P<0.01)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ノネナール(2-ノネナール)は、以下の構造を有する不飽和アルデヒドであり、本明細書ではトランス体(t-2-ノネナール)を指す。
【化1】
【0013】
ノネナールは、加齢臭や皮膚黄色化に関係することが報告されている(特許文献1~3)ものの、皮膚にどのような作用を及ぼすのか十分な解明がされていなかった。しかしながら、本発明者らは、ノネナールが皮膚菲薄化をはじめとする皮膚ダメージを引き起こすことを発見した。更に、本発明者らは、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドといったノネナールマスキング剤が、ノネナールによる皮膚ダメージ抑制作用を示すことを見出した。本発明は、かかる発見に基づく。
【0014】
ノネナールマスキング剤とは、ノネナールによる臭いをマスクするノネナールマスキング作用がある物質を指す。ノネナールマスキング作用とは、ノネナールによる不快な臭いを覆い隠すことを指す。
【0015】
嗅覚は、嗅上皮の嗅覚細胞に存在する嗅覚受容体でにおい物質が受容されると、イオンチャネルの作用により電気信号に変換され、その信号が嗅神経から脳へと伝えられ、脳でにおいとして認識されるものである。イオンチャネルとして、嗅細胞の繊毛膜に存在する非選択的イオンチャネルである環状ヌクレオチドゲートイオンチャネル(cyclic nucleotide-gated ion (CNG) channels、以下CNGチャネルと称する)が作用し、ここにも様々なにおい分子が結合される(非特許文献1)。
【0016】
よって、本発明において、ノネナールマスキング作用とは、ノネナールに結合することやその他の手段によりノネナールのCNGチャネルへの結合を低減又は阻止すること、ノネナールが嗅覚受容体へ結合することにより発生される電気信号を低減又は阻止すること、等であってもよい。例えば、非特許文献1では、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、アニスアルデヒド等の物質はノネナールに対する電気信号低減率(current reduction rate (%))およびマスキングスコアが高いことが報告されている。よって、本発明のノネナールマスキング剤として、限定されないものの、非特許文献1に記載のような方法で測定されるノネナールに対する電気信号低減率やマスキングスコアが高い物質が使用できる。あるいは、ノネナールマスキング作用を有することが知られている、例えば、特許文献1、2等に記載されるような公知の物質を使用してもよく、臭気判定士や特定のパネリストを用いる各種官能試験といった方法、あるいは、ノネナールへの結合性や結合様式を調べるといった方法等によりノネナールマスキング作用が高い物質を探索して使用してもよい。
【0017】
本発明の皮膚ダメージ抑制剤は、上述のようなノネナールマスキング剤を有効成分として含有する。本発明の皮膚ダメージ抑制剤及びノネナールマスキング剤(以降これらを総称して「本発明の剤」という場合がある)は、上述の有効成分の何れか1種を単独で含有してもよく、2種類以上を任意の組み合わせ及び比率で含有してもよい。
【0018】
皮膚ダメージは、限定されないものの、ヒトを含む動物の皮膚の菲薄化及び/又は皮膚細胞増殖抑制によるものが挙げられる。本発明者らにより皮膚モデルにノネナールを添加すると菲薄化すること及び皮膚細胞増殖が抑制されることが示された。皮膚細胞増殖が抑制され及び/又は皮膚が菲薄化すると、しわ、しぼみ、たるみ、皮膚老化、弾力低下、皮膚機能の低下、疲労や外部刺激に対する耐性の低下などの悪影響がある。ノネナールによる皮膚ダメージが抑制されると、しわ、しぼみ、たるみ、皮膚老化等の予防・改善、並びに皮膚弾力、皮膚機能、耐性等の改善といった効果が期待される。
【0019】
本発明の皮膚ダメージ抑制剤は、ノネナールマスキング剤がノネナールマスキングを介して皮膚菲薄化等のダメージ及び/又は細胞増殖抑制等によるダメージを抑制していることが考えられる。その作用機序は解明されていないものの、ノネナールマスキング剤がノネナールに結合するなどといった手段によりノネナールのCNGチャネルへの結合を低減又は阻止する、あるいは、ノネナールが嗅覚受容体へ結合することにより発生される電気信号を低減又は阻止することに関連がある可能性が考えられる。
【0020】
一実施形態では、本発明の剤は、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物を有効成分として含有するあるいはかかる化合物からなる。
【0021】
ベンズアルデヒド(別名:ベンゼンカルバルデヒド)は、以下の構造を有する芳香族アルデヒドである。ベンズアルデヒドは、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、また、アーモンド、アンズ、モモの種子等の天然物に存在するためそれらの精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化2】
【0022】
ジヒドロミルセノール(別名:2,6-ジメチル-7-オクテン-2-オール)は、以下の構造を有する有機化合物である。は、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、天然物の精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化3】
【0023】
リナロールは、以下の構造を有するモノテルペンアルコールである。R体、S体、ラセミ体のいずれの形態であってもよい。リナロールは、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、ローズウッド、ネロリ、ラベンダー、ベルガモット、クラリセージ、コリアンダー等に存在するためそれらの精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化4】
【0024】
フェニルエチルアルコール(別名:2-フェニルエタノール、2-フェニルエチルアルコール、β-フェニルエチルアルコール)は、以下の構造を有する芳香族アルコールである。フェニルエチルアルコールは、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、バラ等に存在するためそれらの精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化5】
【0025】
ベンジルアセテートは、以下の構造を有するエステルである。ベンジルアセテートは、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、ジャスミン、イランイラン、クチナシ、その他多くの花等に存在するためそれらの精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化6】
【0026】
アニスアルデヒド(別名:p-アニスアルデヒド、4-メトキシベンズアルデヒド)は、以下の構造を有する有機化合物である。アニスアルデヒドは、人工的に合成してもよく、市販品を用いてもよく、アニス等に存在するためそれらの精油や抽出物としての形態で使用してもよい。
【化7】
【0027】
精油を用いる場合、上記植物体の花、葉、果皮、樹皮、根、種子等を乾燥させて水蒸気蒸留法、圧搾法、溶剤抽出法等の任意の方法により得られる精油を用いることができる。抽出物を用いる場合、抽出方法は特に限定されるものではないが、エタノール等の低級アルコール、ヘキサン等の有機溶媒、又はヘキサン/エタノールといったこれらの混合溶媒を用いた抽出法により得られる抽出物を用いることができる。精油・抽出操作により、有効成分を含む精油・抽出物を得ることができ、そのまま使用してもよいが、滅菌、洗浄、濾過、脱色、脱臭等の慣用の精製処理を加えてから使用してもよい。また、必要により濃縮又は希釈してから使用してもよい。
【0028】
本発明の剤は、上記の有効成分を、1種又は2種以上の他の成分、例えば賦形剤、担体及び/又は希釈剤等と組み合わせた組成物とすることもできる。組成物の組成や形態は任意であり、有効成分や用途等の条件に応じて適切に選択すればよい。当該組成物は、その剤形に応じ、賦形剤、担体及び/又は希釈剤等及び他の成分と適宜組み合わせた処方で、常法を用いて製造することができる。
【0029】
例えば、本発明の剤は、皮膚菲薄化の予防・改善、しわ、しぼみ、たるみ、皮膚老化等の予防・改善、皮膚弾力、皮膚機能、耐性等の改善等を目的として、化粧料、医薬部外品、医薬品、機能性食品等の組成物に配合しうる。化粧料に配合する場合、日焼け止め、化粧水、美容液、美容クリーム、アフターケアローション等、皮膚に適用される任意の化粧料に配合することができる。皮膚に直接適用することができる皮膚外用剤に配合することが好ましい。本発明の剤は、その効果を損なわない範囲で、化粧品や医薬品等の組成物に用いられる任意配合成分を、必要に応じて適宜配合することができる。前記任意配合成分としては、例えば、油分、界面活性剤、粉末、色材、水、アルコール類、増粘剤、キレート剤、シリコーン類、酸化防止剤、紫外線吸収剤、保湿剤、香料、各種薬効成分、防腐剤、pH調整剤、中和剤などが挙げられる。例えば、ノネナールマスキング作用や皮膚ダメージ抑制を促進する他の薬効成分などが含まれていてもよい。
【0030】
本発明を化粧品、医薬品、医薬部外品等の皮膚外用剤に適用する場合、本発明の剤又は組成物におけるノネナールマスキング剤は、本発明のノネナールマスキング作用を損なわない限り限定されず、種類、目的、形態、利用方法などに応じて、適宜決めることができる。例えば、化粧料全量中に、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒドからなる群より選択される1又は複数の化合物等のノネナールマスキング剤を、例えば、0.0001~0.001重量%、0.001~0.005重量%、0.005~0.01重量%、0.01~0.02重量%、0.02~0.05重量%、0.05~0.1重量%、0.1~1.0重量%、1.0~10重量%、10~50重量%、50~100重量%等任意の割合で配合できる。
【0031】
しかしながら、本発明の剤や組成物の採り得る形態は、上述の剤型や形態に限定されるものではない。
【0032】
また、本発明は、ノネナールによる皮膚ダメージを本発明の剤又は組成物を投与することにより抑制する方法も提供する。本発明の方法は、美容を目的とする方法であり、医師や医療従事者による治療ではないことがある。
【0033】
本発明の剤又は組成物を投与する対象は,ノネナールによる皮膚ダメージが客観的又は主観的に認められる対象であっても,ノネナールによる皮膚ダメージを予防したいと希望する対象であってもよい。例えば,ノネナール量が多い、肌色黄色化、菲薄化、細胞増殖の低下がみられる、加齢臭を有する、等と判断された対象であってもよく、あるいは,加齢臭やノネナールによる皮膚ダメージ,例えば,皮膚菲薄化、しわ、しぼみ、たるみ、皮膚弾力低下等を気にしている対象であってもよい。
【0034】
また、本発明は、ノネナールマスキング作用を指標とした、皮膚ダメージ抑制剤のスクリーニング方法も提供する。本発明のスクリーニング方法は、候補薬剤のノネナールマスキング作用を測定する工程、候補薬剤のノネナールマスキング作用に基づき、皮膚ダメージ抑制剤を選択する工程、を含んでもよい。本発明の方法により,候補薬剤が抗光老化効果を有するか否かについてのスクリーニングが可能となり,製品開発や新たな肌ケアの提案が可能になる。
【実施例
【0035】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0036】
実験1:悪臭物質の評価
実験1-1:悪臭物質の調製
悪臭を有する物質として下記の公知物質を使用した。
【0037】
【表1】
【0038】
実験1-2:悪臭物質による皮膚への作用
実験1-1にて調製した悪臭物質の皮膚に対する作用を確認するために、以下の実験を行った。
ヒト表皮細胞(4000個)をHumedia-KG2(クラボウ)培地にて3日間37℃で培養後、実験1の物質を培地に50μMとなるように添加した。対照には溶媒であるエタノールを同量添加した。添加後24時間37℃で培養し、添加後の細胞数を計数した。対照の細胞数に対する物質を添加した際の細胞数の割合(%)を以下の式により計算し、生存率を求めた。
【数1】
【0039】
結果を図1に示す。図1に示すように他の悪臭物質に比べてノネナールを使用すると細胞生存率が有意に減少し、皮膚細胞に対し毒性があることが示された。
【0040】
実験2:ノネナール濃度の違いによる細胞毒性の評価
次に、実験1で毒性が見られたノネナールを様々な濃度(0μM、5μM、10μM、25μM、50μM)で用いること以外は実験1-2と同様の方法で細胞生存率を求めることで、ノネナールによる細胞毒性の濃度依存性を調べた。
結果を図2に示す。図2に示すようにノネナールの濃度が高いほど細胞生存率が有意に減少し、ノネナールの細胞毒性は濃度に依存することが示された。
【0041】
実験3:ノネナールマスキング作用を有する物質の評価
実験3-1:評価対象物質の調製
下記のノネナールマスキング作用を有する又は有さない物質を評価対象物質として使用した。
【0042】
【表2】
【0043】
実験3-2:評価対象物質の細胞毒性
悪臭物質の代わりに様々な濃度(5μM、50μM、500μM)の評価対象物質を用いること以外は実験1-2と同様の方法で細胞生存率を求めることで、評価対象物質の細胞毒性を調べた。
結果を図3に示す。図3より、β-ダマスコンを除く上記評価対象物質は、細胞毒性を有さないことが確認された。
【0044】
実験3-3:評価対象物質のノネナールによる皮膚ダメージ抑制効果
5μMの評価対象物質および様々な濃度(5μM、50μM、500μM)のノネナールを用いること以外は実験1-2と同様の方法で細胞生存率を求めることで、評価対象物質のノネナールによる皮膚ダメージ抑制効果を調べた。
結果を図4に示す。図4より、ノネナールのみを添加すると濃度依存的に細胞生存率は減少したが、ノネナールマスキング作用を有する物質を添加すると、細胞生存率の減少が抑制された。一方、ノネナールマスキング作用を有さない物質を添加しても、このような細胞生存率の減少の抑制は見られなかった。
【0045】
実験4:3D皮膚モデルを用いたノネナールによる皮膚ダメージ抑制効果
実験4-1:3D皮膚モデルの作成
DPBSに50倍希釈したCellStart(Invitrogen Life Technologies)液でコーティングしたセルカルチャーインサート(φ12mm,多孔膜の平均孔径:0.4μm)にCnT Prime培地(CELLnTEC)溶液に希釈したヒト表皮細胞細胞(2.2×105個/500μl)を播種し,CnT Prime培地(CELLnTEC)溶液1mlをインサート下に加えて37℃で3日間培養した。その後、インサート上の培地をビタミンC(50μg/ml)が加えられたCnT-PR-3D培地(CELLnTEC)で500μl、インサート下の培地を1mlに置換し、37℃で1日間培養した。1日後、インサート上の培地を吸い取り、インサート下の培地をビタミンC(50μg/ml)が加えられたCnT-PR-3D培地(CELLnTEC)500μlに置換し、37℃で1日間培養した。この作業を8日間行うことで3D皮膚モデルを構築した。
【0046】
実験4-2:評価対象物質のノネナールによる皮膚ダメージ抑制効果の皮膚厚による評価
実験4-1で作成した皮膚モデルの皮膚モデル完成の3日前に50μMノネナールのみ、又は50μMノネナールおよび50μMの各種評価対象物質を添加し、そして対照には溶媒であるエタノールを同量添加し、3日間37℃で培養した。
結果を図5、6に示す。これらの図からわかるように、ノネナールを添加すると皮膚の菲薄化が見られるが、ノネナールマスキング作用を有する評価対象物質を添加すると皮膚の菲薄化が抑制されていた。一方、ノネナールマスキング作用を有さない物質を添加してもこのような皮膚の菲薄化の抑制は見られなかった。これらの結果は、実験2~3の結果と一致する。
【0047】
実験4-3:評価対象物質のノネナールによる皮膚ダメージ抑制効果の増殖細胞数による評価
実験4-1で作成した皮膚モデルの皮膚モデル完成の3日前に50μMノネナールのみ、又は50μMノネナールおよび50μMの各種評価対象物質を添加し、そして対照には溶媒であるエタノールを同量添加し、2日間37℃で培養し、BrdU一次抗体(Abcam社製、Ab6326)を50μMとなるように培地に添加してさらに1日間37℃で培養した。その後BrdU二次抗体(DAKO社製、#E0468)(1/5000希釈)により皮膚モデルを染色し、BrdU陽性細胞の数をカウントし、皮膚モデルの長さ(皮膚モデル横方向の全長)で割ることで1mmの長さ当たりのBrdU陽性細胞数(cells/mm)を算出した。
【0048】
結果を図7、8に示す。これらの図からわかるように、ノネナールを添加すると皮膚における増殖細胞数が減少し細胞増殖が抑制されていることがわかるが、ノネナールマスキング作用を有する評価対象物質を添加すると増殖細胞数の減少が抑制されていた。一方、ノネナールマスキング作用を有さない物質を添加してもこのような増殖細胞数の減少の抑制は見られなかった。これらの結果は、実験2~3の結果と一致する。
【0049】
以上の結果により、ノネナールには皮膚細胞増殖抑制による皮膚ダメージ及び/又は皮膚菲薄化といった皮膚ダメージを促進する作用があるが、ベンズアルデヒド、ジヒドロミルセノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ベンジルアセテート、およびアニスアルデヒド等のノネナールマスキング剤を使用すると、かかる皮膚ダメージを抑制できることが分かった。これらの物質は、皮膚ダメージを抑制し、ひいてはしわ、しぼみ、たるみ、皮膚老化等を予防・改善したり、皮膚弾力、皮膚機能、耐性等を改善すること等が期待される。
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図8