IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立オートモティブシステムズ株式会社の特許一覧

特許7588218物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法
<>
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図1
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図2
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図3
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図4
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図5
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図6
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図7
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図8
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図9
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図10
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図11
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図12
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図13
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図14
  • 特許-物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-13
(45)【発行日】2024-11-21
(54)【発明の名称】物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法
(51)【国際特許分類】
   G01F 1/696 20060101AFI20241114BHJP
   G01F 1/72 20060101ALI20241114BHJP
   G01F 1/68 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
G01F1/696 Z
G01F1/72
G01F1/68 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023517072
(86)(22)【出願日】2022-02-10
(86)【国際出願番号】 JP2022005435
(87)【国際公開番号】W WO2022230300
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-09-11
(31)【優先権主張番号】P 2021074876
(32)【優先日】2021-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土井 良介
(72)【発明者】
【氏名】松本 昌大
【審査官】羽飼 知佳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/032617(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01F 1/68-1/699
G01F 1/72
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサと、該熱式流量センサの検出信号を処理する信号処理装置と、を備えた物理量検出装置であって、
前記信号処理装置は、
前記検出信号に基づいて前記空気の流れの順流または逆流を判定する方向判定部と、
前記検出信号に基づいて前記空気の流量増加または流量減少を判定する増減判定部と、
前記検出信号の補正に用いられる第1係数、第2係数、第3係数、および第4係数を格納する補正係数格納部と、
前記方向判定部と前記増減判定部の判定結果に基づいて前記第1係数、前記第2係数、前記第3係数、または前記第4係数を選択して補正係数とする補正係数選択部と、
前記補正係数を用いて前記検出信号を補正する信号補正部と、を備え、
前記補正係数選択部は、
前記順流かつ前記流量増加の場合に前記第1係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量増加の場合に前記第2係数を選択し、
前記順流かつ前記流量減少の場合に前記第3係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量減少の場合に前記第4係数を選択し、
前記検出信号の前回値と最新値を格納するメモリを有し、
前記信号補正部は、前記前回値と前記最新値との差分に基づく前記検出信号の微分値を用いて前記最新値を補正し、
前記方向判定部は、
前記空気の流れが前記順流と前記逆流とに交互に切り替わる前記空気の脈動時の前記空気の真の流量がゼロになるときの前記検出信号の値に基づく判定基準値が格納され、前記検出信号と前記判定基準値とに基づいて前記順流または前記逆流を判定し、
前記検出信号に対する平均化処理を実行し、前記判定基準値は、前記平均化処理で得られた前記検出信号に基づく前記空気の流量に応じて決定される、
ことを特徴とする物理量検出装置。
【請求項2】
前記熱式流量センサが配置された副通路を備え、
前記副通路は、前記物理量検出装置が設置される主通路から前記順流の前記空気を取り込む入口と、前記入口から取り込んだ前記空気を前記主通路へ排出する出口と、前記入口と前記熱式流量センサとの間の入口側通路と、前記熱式流量センサと前記出口との間の出口側通路とを有し、
前記入口側通路と前記出口側通路は、形状が相違することを特徴とする請求項1に記載の物理量検出装置。
【請求項3】
前記熱式流量センサは、前記空気の流れの方向に間隔をあけて配置された2つの温度検出部と、該2つの温度検出部の間に配置された加熱部と、を有することを特徴とする請求項1に記載の物理量検出装置。
【請求項4】
前記第1係数、前記第2係数、前記第3係数、および前記第4係数の少なくとも1つは、前記検出信号に基づく前記空気の流量に応じて決定されることを特徴とする請求項1に記載の物理量検出装置。
【請求項5】
空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサの検出信号を処理する信号処理装置であって、
前記検出信号に基づいて前記空気の流れの順流または逆流を判定する方向判定部と、
前記検出信号に基づいて前記空気の流量増加または流量減少を判定する増減判定部と、
前記検出信号の補正に用いられる第1係数、第2係数、第3係数、および第4係数を格納する補正係数格納部と、
前記方向判定部と前記増減判定部の判定結果に基づいて前記第1係数、前記第2係数、前記第3係数、または前記第4係数を選択して補正係数とする補正係数選択部と、
前記補正係数を用いて前記検出信号を補正する信号補正部と、を備え、
前記補正係数選択部は、
前記順流かつ前記流量増加の場合に前記第1係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量増加の場合に前記第2係数を選択し、
前記順流かつ前記流量減少の場合に前記第3係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量減少の場合に前記第4係数を選択し、
前記検出信号の前回値と最新値を格納するメモリを有し、
前記信号補正部は、前記前回値と前記最新値との差分に基づく前記検出信号の微分値を用いて前記最新値を補正し、
前記方向判定部は、
前記空気の流れが前記順流と前記逆流とに交互に切り替わる前記空気の脈動時の前記空気の真の流量がゼロになるときの前記検出信号の値に基づく判定基準値が格納され、前記検出信号と前記判定基準値とに基づいて前記順流または前記逆流を判定し、
前記検出信号に対する平均化処理を実行し、前記判定基準値は、前記平均化処理で得られた前記検出信号に基づく前記空気の流量に応じて決定される、
ことを特徴とする信号処理装置。
【請求項6】
空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサの検出信号を処理する信号処理方法であって、
前記検出信号に基づいて前記空気の流れの順流または逆流を判定し、
前記検出信号に基づいて前記空気の流量増加または流量減少を判定し、
前記順流または前記逆流と前記流量増加または前記流量減少の判定結果に基づいて第1係数、第2係数、第3係数、または第4係数を選択して補正係数とし、
前記補正係数を用いて前記検出信号を補正し、
前記補正係数の選択において、
前記順流かつ前記流量増加の場合に前記第1係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量増加の場合に前記第2係数を選択し、
前記順流かつ前記流量減少の場合に前記第3係数を選択し、
前記逆流かつ前記流量減少の場合に前記第4係数を選択し、
前記検出信号の前回値と最新値を格納し、
前記前回値と前記最新値との差分に基づく前記検出信号の微分値を用いて前記最新値を補正し、
前記空気の流れが前記順流と前記逆流とに交互に切り替わる前記空気の脈動時の前記空気の真の流量がゼロになるときの前記検出信号の値に基づく判定基準値を格納し、前記検出信号と前記判定基準値とに基づいて前記順流または前記逆流を判定し、
前記検出信号に対する平均化処理を実行し、前記判定基準値は、前記平均化処理で得られた前記検出信号に基づく前記空気の流量に応じて決定される、
ことを特徴とする信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から自動車のエンジンに吸入される空気流量の検出に適した熱式空気流量計が知られている。このような熱式空気流量計は、たとえば、発熱抵抗体と、加熱駆動回路と、感温抵抗体と、を備えている(特許文献1、要約、請求項1等)。
【0003】
前記発熱抵抗体は、流体を加熱する。前記加熱駆動回路は、前記発熱抵抗体に電流を流すことで、前記発熱抵抗体を加熱制御する。前記感温抵抗体は、前記発熱抵抗体の上流と下流にそれぞれ配置され、前記発熱抵抗体で加熱された流体の温度を検出する。前記熱式空気流量計は、前記感温抵抗体の上下流の温度差に基づいて、流体の流量を検出する。
【0004】
この特許文献1に記載された熱式空気流量計は、さらに、流量補正量演算手段と、流量補正手段とを備えることを特徴としている(請求項1等)。前記流量補正量演算手段は、検出流量の変化量と、前記検出流量に応じて設定された流量補正係数と、に基づいて、流量補正量を演算する。前記流量補正手段は、前記流量補正量に基づいて前記検出流量を補正する。
【0005】
この従来の熱式空気流量計によれば、空気脈動が大きいエンジンシステムでも正確に空気流量が検出できる。また、検出素子の信頼性を損なうことなく、応答性が速く、且つ検出波形の歪の少ない流量を得ることができる(特許文献1、第0014段落)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-261750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
たとえば、自動車のエンジンに可変バルブ機構が採用されることなどにより、エンジンに吸入される空気は、逆流域を含む吸入空気の脈動が生じやすくなる。上記従来の熱式空気流量計は、上記のような優れた効果を奏することができる反面、空気の流れの方向が、順流から逆流へ、逆流から順流へと繰り返し変化するような逆流域を含む空気の脈動時の空気流量の検出精度向上に改善の余地がある。
【0008】
本開示は、逆流域を含む空気の脈動時に、熱式流量センサによる空気流量の検出精度を向上させることが可能な物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一態様は、空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサと、該熱式流量センサの検出信号を処理する信号処理装置と、を備えた物理量検出装置であって、前記信号処理装置は、前記検出信号に基づいて前記空気の流れの順流または逆流を判定する方向判定部と、前記検出信号に基づいて前記空気の流量増加または流量減少を判定する増減判定部と、前記検出信号の補正に用いられる第1係数、第2係数、第3係数、および第4係数を格納する補正係数格納部と、前記方向判定部と前記増減判定部の判定結果に基づいて前記第1係数、前記第2係数、前記第3係数、または前記第4係数を選択して補正係数とする補正係数選択部と、前記補正係数を用いて前記検出信号を補正する信号補正部と、を備え、前記補正係数選択部は、前記順流かつ前記流量増加の場合に前記第1係数を選択し、前記逆流かつ前記流量増加の場合に前記第2係数を選択し、前記順流かつ前記流量減少の場合に前記第3係数を選択し、前記逆流かつ前記流量減少の場合に前記第4係数を選択することを特徴とする物理量検出装置である。
【発明の効果】
【0010】
本開示の上記一態様によれば、逆流域を含む空気の脈動時に、熱式流量センサによる空気流量の検出精度を向上させることが可能な物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本開示に係る物理量検出装置と信号処理装置の実施形態を示すシステム図。
図2図1のエンジンシステムの主通路に設けられた物理量検出装置の背面図。
図3図2の物理量検出装置の左側面図。
図4図2の物理量検出装置の右側面図。
図5図2の物理量検出装置のカバーを取り外した状態を示す背面図。
図6図5のVI-VI線に沿う物理量検出装置の断面図。
図7図6の物理量検出装置の熱式流量センサを拡大した模式的な平面図。
図8図6の熱式流量センサの検出信号を処理する信号処理装置の機能ブロック図。
図9図8の信号処理装置による信号処理の流れを示すブロック線図。
図10図9に示す差分ΔSと検出信号DSとの関係の一例を表すグラフ。
図11】縦軸を空気の流量、横軸を時間とする流量波形のグラフ。
図12】物理量検出装置および信号処理装置の変形例1を示すブロック線図。
図13】物理量検出装置および信号処理装置の変形例2を示すブロック線図。
図14】縦軸を空気の流量、横軸を時間とする流量波形のグラフ。
図15】物理量検出装置および信号処理装置の変形例3を示すブロック線図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本開示に係る物理量検出装置、信号処理装置、および信号処理方法の実施形態を説明する。
【0013】
図1は、本開示に係る流量検出装置の一実施形態を示すシステム図である。図1に示す物理量検出装置100は、本開示に係る流量検出装置の一実施形態であり、たとえば、電子燃料噴射方式のエンジンシステム1に使用される。エンジンシステム1は、たとえば、エンジン10と、物理量検出装置100と、スロットルバルブ25と、スロットル角度センサ26と、アイドルエアコントロールバルブ27と、酸素センサ28と、制御装置4とを備えている。
【0014】
物理量検出装置100は、たとえば、主通路22である吸気ボディの通路壁に設けられた取り付け孔から主通路22の内部に挿入され、主通路22の通路壁に固定された状態で使用される。物理量検出装置100は、エアクリーナ21を通して主通路22に取り込まれて、主通路22の中心線22aに平行な第1方向D1に沿って流れる被計測気体2としての空気の一部を取り込む。
【0015】
物理量検出装置100は、取り込んだ空気の物理量を検出して制御装置4へ出力する。物理量検出装置100は、主通路22の通路壁から主通路22の中心線22aへ向けて主通路22の径方向に突出している。すなわち、主通路22における物理量検出装置100の突出方向は、たとえば、主通路22の中心線22aに平行な第1方向D1に直交する第2方向D2である。
【0016】
制御装置4は、たとえば、エンジン10を制御する電子制御装置(Electronic Control
Unit:ECU)である。ECUは、たとえば、一以上のマイクロコントローラよって構
成され、図示を省略する中央処理装置(Central Processing Unit:CPU)、ROMや
フラッシュメモリなどの記憶装置、その記憶装置に記憶された各種のコンピュータプログラムおよびデータ、タイマー、周辺機器との通信を行う入出力部を含む。
【0017】
スロットルバルブ25は、たとえば、被計測気体2の流れの方向において、吸気マニホールド24の上流側に配置されたスロットルボディ23に内蔵されている。制御装置4は、たとえば、アクセルペダルの操作量に基づいてスロットルバルブ25の開度を変化させ、エンジン10のシリンダ11内の燃焼室へ流入する吸入空気の流量を制御する。スロットル角度センサ26は、スロットルバルブ25の開度を計測して制御装置4へ出力する。アイドルエアコントロールバルブ27は、スロットルバルブ25をバイパスする空気量を制御する。
【0018】
エンジン10は、たとえば、シリンダ11と、ピストン12と、点火プラグ13と、燃料噴射弁14と、吸気弁15と、排気弁16と、回転角度センサ17と、を備えている。エンジン10のピストン12の動作に基づいてエアクリーナ21を通して取り込まれた吸入空気は、主通路22を流れ、スロットルボディ23においてスロットルバルブ25により流量が制御される。スロットルボディ23を通過した吸入空気は、吸気マニホールド24を通過し、さらに吸気ポートに設けられた燃料噴射弁14を通過して、吸気弁15を介してシリンダ11内の燃焼室へ流入する。
【0019】
制御装置4は、物理量検出装置100から入力された被計測気体2としての吸入空気の物理量に基づいて燃料噴射弁14を制御して、吸入空気へ燃料を噴射させる。これにより、吸気マニホールド24を通過した吸入空気は、燃料噴射弁14から噴射された燃料と混合され、混合気の状態で燃焼室へ導かれる。制御装置4は、点火プラグ13の火花着火により燃焼室内の混合気を爆発的に燃焼させ、エンジン10に機械エネルギを発生させる。
【0020】
回転角度センサ17は、ピストン12、吸気弁15、および排気弁16の位置や状態、さらにエンジン10の回転速度に関する情報を検出して制御装置4へ出力する。燃焼により発生したガスは、シリンダ11の燃焼室から排気弁16を介して排気管へ排出され、排気ガス3として排気管から車外へ排出される。酸素センサ28は、排気管に設けられ、排気管を流れる排気ガス3の酸素濃度を計測して制御装置4へ出力する。
【0021】
制御装置4は、物理量検出装置100によって検出された主通路22を流れる被計測気体2としての吸入空気の物理量、たとえば、流量、温度、湿度、圧力などに基づいて、エンジンシステム1の各部を制御する。具体的には、制御装置4がアクセルペダルの操作量に基づいてスロットルバルブ25の開度を制御すると、主通路22を流れる被計測気体2としての吸入空気の流量が変化する。制御装置4は、たとえば物理量検出装置100によって検出された被計測気体2の流量に基づいて、燃料噴射弁14から噴射する燃料の供給量を制御する。これにより、エンジン10が発生する機械エネルギが制御される。
【0022】
制御装置4は、物理量検出装置100の出力である吸入空気の物理量と、回転角度センサ17の出力に基づいて計測されたエンジン10の回転速度とに基づいて、燃料噴射量や点火時期を演算する。これらの演算結果に基づいて、制御装置4は、燃料噴射弁14による燃料噴射量や、点火プラグ13の点火時期を制御する。
【0023】
制御装置4は、実際には、さらに被計測気体2の温度、スロットルバルブ25の開度の変化状態、エンジン10の回転速度の変化状態、排気ガス3の空燃比の状態に基づいて、燃料供給量や点火時期をきめ細かく制御している。制御装置4は、さらにエンジン10のアイドル運転状態において、スロットルバルブ25をバイパスする空気量をアイドルエアコントロールバルブ27により制御し、アイドル運転状態でのエンジン10の回転速度を制御する。
【0024】
エンジン10の主要な制御量である燃料供給量や点火時期は、いずれも物理量検出装置100の出力を主パラメータとして演算される。したがって、物理量検出装置100の測定精度の向上や、経時変化の抑制、信頼性の向上が、車両の制御精度の向上や信頼性の確保に関して重要である。
【0025】
特に近年、車両の省燃費に関する要望が非常に高く、また排気ガス浄化に関する要望が非常に高い。これらの要望に応えるには、物理量検出装置100により検出される吸入空気の物理量の検出精度の向上が極めて重要である。また、物理量検出装置100が高い信頼性を維持していることも大切である。
【0026】
物理量検出装置100が搭載される車両は、温度や湿度の変化が大きい環境で使用される。物理量検出装置100は、その使用環境における温度や湿度の変化への対応や、塵埃や汚染物質などへの対応も、考慮されていることが望ましい。
【0027】
また、物理量検出装置100は、内燃機関からの発熱の影響を受ける吸気管に装着される。このため、内燃機関の発熱が吸気管を介して物理量検出装置100に伝わる。物理量検出装置100は、被計測気体2と熱伝達を行うことにより被計測気体2の流量を検出するので、外部からの熱の影響をできるだけ抑制することが重要である。
【0028】
図2は、図1のエンジンシステム1の主通路22に設けられた物理量検出装置100の背面図である。図3は、図2の物理量検出装置100の左側面図である。図4は、図2の物理量検出装置100の右側面図である。
【0029】
以下では、主通路22における物理量検出装置100の突出方向(第2方向D2)に平行なX軸、主通路22の中心線22aの方向(第1方向D1)に平行なY軸、および、X軸とY軸に直交するZ軸からなる直交座標系を用いて、物理量検出装置100の各部を説明する場合がある。また、以下の説明では、エアクリーナ21を通して主通路22に取り込まれた空気は、順流時において、主通路22の中心線22a(Y軸)に平行な第1方向D1に沿って、主通路22の上流側から下流側(Y軸正方向)へ流れるものとする。
【0030】
物理量検出装置100は、たとえば、ハウジング110とカバー120とを備えている。ハウジング110は、たとえば、合成樹脂材料を射出成型することによって製造される。カバー120は、たとえば、金属や合成樹脂を素材とする板状の部材である。カバー120は、たとえば、合成樹脂材料の成形品を使用することができる。ハウジング110とカバー120は、主通路22内に配置される物理量検出装置100の筐体を構成する。
【0031】
ハウジング110は、たとえば、フランジ111と、コネクタ112と、計測部113とを有している。フランジ111は、第2方向D2における平面視でおおむね矩形の板状の形状を有し、対角線上の角部に一対の固定部111aを有している。固定部111aは、中央部にフランジ111を貫通して、固定ねじを挿通させる貫通孔111b(図6参照)を有している。
【0032】
物理量検出装置100は、たとえば、以下の手順によって主通路22の通路壁に固定される。まず、物理量検出装置100の計測部113を、主通路22の通路壁に設けられた取り付け孔から主通路22内に挿入して、フランジ111を主通路22の通路壁に当接させる。次に、物理量検出装置100のフランジ111の貫通孔111bに挿通させた固定ねじを、主通路22の通路壁のねじ穴に螺入して締結する。これにより、図1に示すように、物理量検出装置100が主通路22に固定される。
【0033】
コネクタ112は、フランジ111から突出し、主通路22の外部に配置され、たとえば、図示を省略するコネクタおよびケーブルを介して制御装置4に接続される。図4に示すように、コネクタ112の内部には、複数の外部端子112aと補正用端子112bが設けられている。外部端子112aは、たとえば、物理量検出装置100の計測結果である流量、温度、湿度などの物理量の出力端子と、物理量検出装置100を動作させる直流電力を供給するための電源端子とを含む。
【0034】
補正用端子112bは、物理量検出装置100の製造後に物理量の計測を行い、それぞれの物理量検出装置100に対する補正値を求め、物理量検出装置100の内部のメモリに補正値を記憶するのに使用する。その後の物理量検出装置100による物理量の計測では、上記メモリに記憶された補正値に基づく補正データが使用され、補正用端子112bは使用されない。
【0035】
計測部113は、主通路22の通路壁に固定されるフランジ111から主通路22の中心線22aに向けて、中心線22aに直交する主通路22の径方向(第2方向D2)に突出するように延びている。計測部113は、おおむね直方体形状の扁平な角形の形状を有している。
【0036】
計測部113は、主通路22における計測部113の突出方向(第2方向D2)に長さを有し、主通路22における空気の主流れ方向(第1方向D1)に幅を有している。また、計測部113は、突出方向(第2方向D2、X軸方向)および幅方向(第1方向D1、Y軸方向)に直交する方向(Z軸方向)に厚さを有している。このように、計測部113が主通路22を流れる吸入空気の主流れ方向に沿う扁平な形状を有することで、吸入空気に対する流体抵抗を低減することができる。
【0037】
計測部113は、正面113a、背面113b、上流側の側面113c、下流側の側面113d、および下面113eを有している。正面113aと背面113bは、計測部113の他の面よりも面積が大きく、計測部113の突出方向(第2方向D2)および主通路22の中心線22aの方向(第1方向D1)におおむね平行である。上流側の側面113cと下流側の側面113dは、正面113aと背面113bよりも面積が小さい細長い形状を有し、主通路22の中心線22aの方向(第1方向D1)におおむね直交している。下面113eは、計測部113の他の面よりも面積が小さく、主通路22の中心線22aの方向(第1方向D1)におおむね平行で計測部113の突出方向(第2方向D2)におおむね直交している。
【0038】
計測部113は、上流側の側面113cに後述する副通路の入口114を有し、下流側の側面113dに副通路の出口116を有している。また、計測部113は、下流側の側面113dに副通路の異物排出口115を有してもよい。副通路の入口114、出口116、および、異物排出口115は、計測部113の突出方向(第2方向D2)における中央よりも先端側の計測部113の先端部に設けられている。これにより、主通路22の内壁面から離れた主通路22の中央部付近の空気を入口114から取り込むことができる。そのため、物理量検出装置100は、エンジン10の熱の影響による計測精度の低下を抑制できる。
【0039】
図5は、図2の物理量検出装置100のカバー120を取り外した状態を示す背面図である。図6は、図5のVI-VI線に沿う物理量検出装置100の断面図である。本実施形態の物理量検出装置100は、たとえば、副通路130と、回路基板140と、チップパッケージ150とを備えている。
【0040】
図4に示すコネクタ112の外部端子112aは、たとえば、図6に示すボンディングワイヤ143を介して回路基板140のパッドに接続されている。回路基板140は、たとえば、ボンディングワイヤ143が接続される面に、保護回路144が実装されている。保護回路144は、回路内の電圧を安定させ、ノイズを除去する。これらボンディングワイヤ143および保護回路144は、図示を省略する封止材によって覆われて封止される。封止材としては、たとえば、シリコーンゲルや、シリコーン系封止材よりも剛性が高いエポキシ系封止材を使用することができる。
【0041】
ハウジング110は、図5に示すように、計測部113の背面113b側に、凹状の副通路溝117と、凹状の回路室118とを有している。副通路溝117は、開口部が図2に示すカバー120によって閉鎖されることで、カバー120との間に副通路130を形成する。
【0042】
副通路130は、たとえば、入口114と、入口側通路131と、出口側通路132と、出口116と、異物排出通路133と、異物排出口115と、を有している。副通路130は、たとえば、主通路22を流れる空気の一部を、第1方向D1の上流側へ向けて開口する入口114から取り込み、入口側通路131、出口側通路132、および異物排出通路133に迂回させ、第1方向D1の下流側へ向けて開口する出口116および異物排出口115から主通路22へ戻す。
【0043】
副通路溝117は、たとえば、第1副通路溝117aと、第2副通路溝117bと、第3副通路溝117cと、を有している。第1副通路溝117aは、図5に示すように、計測部113の上流側の側面113cに開口する入口114から第1方向D1へ延び、さらに第1方向D1から第2方向D2へ湾曲して、第2方向D2に沿って計測部113の基端部のフランジ111へ向けて湾曲して延びている。
【0044】
この第1副通路溝117aとカバー120との間に、副通路130の入口側通路131が形成される。入口側通路131の上流端は、入口114に接続されている。入口側通路131は、たとえば、入口114から第1方向D1に延びる入口側上流部131aと、その入口側上流部131aから第1方向D1に直交する第2方向D2に延びて下流端に熱式流量センサ151が配置された入口側下流部131bと、を有している。
【0045】
また、第3副通路溝117cは、第1副通路溝117aから分岐して、計測部113の下流側の側面113dに開口する異物排出口115まで、第1方向D1に沿って延びている。この第3副通路溝117cとカバー120との間に、入口側上流部131aから異物排出口115へ向けて第1方向D1に延びる異物排出通路133が形成される。異物排出通路133は、入口114から取り込んだ空気の一部を、入口114から取り込まれた塵埃などの異物とともに、異物排出口115から主通路22へ戻す。異物排出口115は、出口116から出口側下流部132bの下流端を越えて第2方向D2に離れた位置に第1方向D1の下流側へ向けて開口している。
【0046】
また、第2副通路溝117bは、第1副通路溝117aの下流端から第2方向D2の反対方向へ折り返すようにU字状にカーブし、さらに第2方向D2に沿って計測部113の先端部の出口116へ向けて延びている。この第2副通路溝117bとカバー120との間に、副通路130の出口側通路132が形成される。出口側通路132は、たとえば、出口側上流部132aと、出口側下流部132bと、を有している。
【0047】
出口側上流部132aは、たとえば、入口側下流部131bから第2方向D2の反対方向、すなわち計測部113の突出方向における先端部へ向けて折り返すようにU字状に湾曲している。出口側下流部132bは、たとえば、出口側上流部132aの下流端から出口116へ向けて第2方向D2に延びて、下流端に減衰室134が設けられている。さらに、出口側下流部132bの下流端は、たとえば、出口116を越えて第2方向D2へ延び、減衰室134に凹状部134aを形成している。
【0048】
図7は、図6に示す熱式流量センサ151を拡大した模式的な平面図である。熱式流量センサ151は、熱式流量センサ151において、被計測気体2である空気の流れの方向(X軸方向)に間隔をあけて配置された2つの温度検出部151aと、その2つの温度検出部151aの間に配置された加熱部151bと、を有する。また、熱式流量センサ151は、たとえば、加熱部151bと2つの温度検出部151aとの間に配置された加熱温度検出部151cをさらに備えている。
【0049】
温度検出部151a、加熱部151b、および加熱温度検出部151cは、たとえば、シリコン基板などの半導体基板の表面に形成された保護膜151fに設けられている。保護膜151fは、たとえば、二酸化ケイ素や窒化ケイ素などの電気絶縁性を有する複数層の薄膜である。保護膜151fに温度検出部151a、加熱部151b、および加熱温度検出部151cが形成された領域では、シリコン基板に空洞部が形成され、保護膜151fはシリコン基板の空洞部に臨むダイヤフラムを形成している。
【0050】
一対の温度検出部151aおよび加熱部151bは、たとえば、被計測気体2の流れの方向(X軸方向)に直交する方向(Y軸方向)に沿って往復するように蛇行させた配線によって形成されている。また、加熱温度検出部151cは、たとえば、加熱部151bの周囲に加熱部151bの三方を囲むように設けられ、温度検出部151aと加熱部151bとの間に配置されている。温度検出部151a、加熱部151b、および加熱温度検出部151cの素材としては、たとえば、不純物をドープした多結晶シリコンや単結晶シリコンなどの半導体材料、または、白金、モリブデン、タングステン、ニッケル合金などの金属材料を用いることができる。
【0051】
熱式流量センサ151には、たとえば、複数の配線151dが接続されている。より具体的には、熱式流量センサ151の一対の温度検出部151aは、一方の温度検出部151aの両端と、他方の温度検出部151aの両端に、それぞれ配線151dが接続されている。また、加熱温度検出部151cの一端にも、配線151dが接続されている。各々の配線151dは、たとえば、被計測気体2の流れの方向(X軸方向)に沿って延びている。また、加熱部151bの一端と他端は、たとえば、それぞれ端子151eに接続されている。配線151dの素材としては、たとえば、温度検出部151a、加熱部151b、および加熱温度検出部151cと同様の素材を用いることができる。
【0052】
前述のように、物理量検出装置100は、たとえば、主通路22である吸気ボディの通路壁に固定された状態で使用される。物理量検出装置100は、たとえば、エアクリーナ21を通して取り込まれて主通路22を流れる被計測気体2である吸入空気を、ハウジング110の計測部113に設けられた入口114から副通路130に取り込む。副通路130に取り込まれた被計測気体2は、副通路130に突出するチップパッケージ150の先端部の凹溝を通過する際に、図7に示す熱式流量センサ151に沿って流れる。
【0053】
被計測気体2が熱式流量センサ151を通過すると、加熱部151bによって加熱された気体が、一対の温度検出部151aのうち、被計測気体2の下流側の温度検出部151aへ移動する。これにより、一対の温度検出部151aによって検出される温度に差が生じる。熱式流量センサは、この一対の温度検出部151aによって検出される温度差に基づいて、被計測気体2である空気の流量および空気の流れの順流または逆流を検出することができる。
【0054】
また、図5に示すように、回路基板140には、熱式流量センサ151を含むチップパッケージ150の他に、温度センサ160、圧力センサ170、および湿度センサ180の少なくとも一つが実装されている。各センサの接続端子は、たとえば、封止材141によって封止されている。本実施形態において、回路基板140には、温度センサ160、圧力センサ170、および湿度センサ180が実装されているが、いずれかのセンサを省略することも可能である。
【0055】
図2および図3に示す温度検出通路190は、計測部113の上流側の側面113cに入口を有し、計測部113の正面113aと背面113bの双方に出口を有している。温度検出通路190は、主通路22を流れる空気を、計測部113の上流側の側面113cに開口する入口から取り込んで、計測部113の正面113aおよび背面113bに開口する出口から主通路22へ排出する。このような構成により、温度センサ160の放熱性を向上させることができる。
【0056】
圧力センサ170は、たとえば、回路基板140に実装されて回路室118内に配置されている。回路室118は、フランジ111の近傍でU字状にカーブする副通路130の出口側上流部132aに連通している。これにより、回路室118に配置された圧力センサ170によって、副通路130を流れる気体の圧力を測定することが可能になる。
【0057】
湿度センサ180は、たとえば、回路基板140に実装され、回路室118よりも計測部113の先端側の区画された領域に配置されている。湿度センサ180は、たとえば、主通路22から副通路130に取り込まれた気体の湿度を検出する。
【0058】
図8は、熱式流量センサ151の検出信号を処理する信号処理装置200の機能ブロック図である。信号処理装置200は、たとえば、CPU、メモリ、タイマー、および入出力部を備えたマイクロコントローラである。信号処理装置200は、たとえば、物理量検出装置100の回路基板140またはチップパッケージ150に搭載されている。なお、信号処理装置200は、たとえば、物理量検出装置100に接続された制御装置4の一部によって構成されていてもよい。
【0059】
信号処理装置200は、方向判定部210と、増減判定部220と、補正係数格納部230と、補正係数選択部240と、信号補正部250と、を備えている。図8に示す信号処理装置200の各部は、たとえば、メモリに保持されたプログラムをCPUによって実行することで実現される信号処理装置200の各機能を表している。以下、図9を参照して、本実施形態の信号処理装置200の動作を説明する。
【0060】
図9は、信号処理装置200による信号処理の流れを示すブロック線図である。熱式流量センサ151から信号処理装置200へ空気流量の検出信号DSが入力されると、方向判定部210は、検出信号DSに基づいて空気の流れの順流または逆流を判定する(ブロックB1)。また、増減判定部220は、検出信号DSに基づいて空気の流量増加または流量減少を判定する(ブロックB2)。より具体的には、増減判定部220は、たとえば、図9に示す低域通過フィルタLPFの機能を有している。
【0061】
増減判定部220は、たとえば、検出信号DSを入力とする低域通過フィルタLPFの出力LSと、低域通過フィルタLPFの入力である検出信号DSとの差分ΔSに基づいて、熱式流量センサ151を通過する空気の流量増加または流量減少を判定する(ブロックB2)。より詳細には、増減判定部220は、上記差分ΔSがゼロより小(ΔS<0)であるか、または、ゼロ以上(ΔS≧0)であるかに基づいて、空気の流量増加または流量減少を判定する(ブロックB2)。
【0062】
図10は、図9に示す差分ΔSと、熱式流量センサ151の検出信号DSとの関係の一例を表すグラフである。なお、図10は、信号処理装置200の演算周期を5[kHz]とし、図9に示す低域通過フィルタLPFのKH1_Uの値を0.33とし、コンピュータシミュレーションによって得られたグラフである。
【0063】
図10に示すように、差分ΔSに基づく流量がゼロより小(<0)である場合に、検出信号DSに基づく流量は減少し、差分ΔSに基づく流量がゼロ以上(≧0)である場合に、検出信号DSに基づく流量は増加している。したがって、増減判定部220は、上記差分ΔSがゼロより小(ΔS<0)である場合に、空気の流量減少を判定し、上記差分ΔSがゼロ以上(ΔS≧0)である場合に、空気の流量増加を判定することができる(ブロックB2)。
【0064】
ここで、補正係数格納部230には、熱式流量センサ151の検出信号DSの補正に用いられる第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、および第4係数G4が格納されている。補正係数選択部240は、方向判定部210と増減判定部220の判定結果に基づいて、第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、または、第4係数G4を選択して補正係数CFとする(ブロックB1,B2)。以下、図11を参照して、第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、および第4係数G4について説明する。
【0065】
図11は、縦軸を空気の流量、横軸を時間とする流量波形のグラフである。図11において、主通路22を流れる空気の真の流量波形Ftを破線で示し、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdを一点鎖線で示し、検出信号DSを補正した補正信号CSに基づく流量波形Fcを実線で示している。前述の第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、および第4係数G4は、たとえば、次のように決定することができる。
【0066】
図11に示す真の流量波形Ftのように、空気の流量がサイン波状に変化して、順流と逆流を交互に所定の周期で繰り返すように脈動する既知の空気の流れの中に、物理量検出装置100を配置する。そして、真の流量波形Ftと、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdとの比較に基づいて、流量波形Fdを真の流量波形Ftに近づけるため補正係数としての上記第1係数G1から第4係数G4を決定する。なお、これらの各係数は、たとえば、物理量検出装置100のコンピュータモデルを用いたコンピュータシミュレーションによって決定してもよい。
【0067】
より具体的には、前述のように、熱式流量センサ151は、物理量検出装置100の副通路130に設置される。また、副通路130は、物理量検出装置100が設置される主通路22を流れる順流の空気を取り込む入口114と、その入口114から取り込んだ空気を主通路22へ排出する出口116とを有している。しかし、副通路130は、前述のように、入口114と熱式流量センサ151との間の入口側通路131の形状と、出口116と熱式流量センサ151との間の出口側通路132との形状が相違している。
【0068】
そのため、主通路22を流れる空気の順流時と逆流時に物理量検出装置100を通過する空気の流量が等しくても、副通路130では、入口114から出口116へ流れる順流時の空気の流量と、出口116から入口114へ流れる逆流時の空気の流量とが相違する。これは、入口側通路131の形状と、出口側通路132の形状とが、異なることに起因する。すなわち、副通路130に配置された熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdは、主通路22を流れる空気が順流である場合と逆流である場合とで非対称になる。
【0069】
したがって、主通路22における空気の順流時と逆流時に、熱式流量センサ151によって、より高精度に空気の流量を検出するために、検出信号DSに基づく流量波形Fdを、第1象限から第4象限に場合分けする。第1象限は、空気の流れが順流であり、かつ、空気の流量が増加している場合である。第2象限は、空気の流れが順流であり、かつ、流量が減少している場合である。第3象限は、空気の流れが逆流であり、かつ、流量が増加している場合である。第4象限は、空気の流れが逆流であり、かつ、流量が減少している場合である。
【0070】
換言すると、第1象限は、流量が正で流量波形の微分値が正の場合、すなわち、順流域における流量の立ち上がり、または、順流域における流速の増大期である。第2象限は、流量が正の値で流量波形の微分値が負の場合、すなわち、順流域における流量の立ち下がり、または、順流域における流速の減少期である。第3象限は、流量が負で流量波形の微分値が負の場合、すなわち、逆流域における流量の立ち上がり、または、逆流域における流速の増大期である。第4象限は、流量が負で流量波形の微分値が正の場合、すなわち、逆流域における流量の立ち下がり、または、逆流域における流速の減少期である。
【0071】
これら熱式流量センサ151の検出信号DSの第1象限、第2象限、第3象限、および第4象限に対し、それぞれ、第1係数G1、第3係数G3、第2係数G2、および第4係数G4が定められ、補正係数格納部230に格納されている。これらの係数のうちの一つが、補正係数選択部240によって補正係数CFとして選択される。
【0072】
補正係数選択部240は、方向判定部210の判定結果が順流(ブロックB1:≧0)であり、かつ、増減判定部220の判定結果が流量増加(ブロックB2:≧0)の場合、すなわち、上記第1象限において、第1係数G1を補正係数CFとして選択する。また、補正係数選択部240は、方向判定部210の判定結果が逆流(ブロックB1:<0)であり、かつ、増減判定部220の判定結果が流量増加(ブロックB2:≧0)の場合、すなわち、上記第3象限において、第2係数G2を選択する。
【0073】
また、補正係数選択部240は、方向判定部210の判定結果が順流(ブロックB1:≧0)であり、かつ、増減判定部220の判定結果が流量減少(ブロックB2:<0)の場合、すなわち、上記第2象限において、第3係数G3を補正係数CFとして選択する。また、補正係数選択部240は、方向判定部210の判定結果が逆流(ブロックB1:<0)であり、かつ、増減判定部220の判定結果が流量減少(ブロックB2:<0)の場合、すなわち、上記第4象限において、第4係数G4を選択する。
【0074】
信号補正部250は、補正係数CFを用いて検出信号を補正する。より具体的には、信号補正部250は、たとえば、図9に示すように、検出信号DSを入力とする低域通過フィルタLPFの出力LSと、検出信号DSとの差分ΔSに、補正係数CFを乗じることで、補正量CAを算出する。信号補正部250は、算出した補正量CAと検出信号DSとを加算することで検出信号DSを補正した補正信号CSを出力する。
【0075】
これにより、信号処理装置200は、図11に示すように、真の流量波形Ftに対して減衰した熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdを補正し、真の流量波形Ftに高精度に合致させた補正信号CSに基づく流量波形Fcを出力する。
【0076】
以下、本実施形態の物理量検出装置100、信号処理装置200、および信号処理方法の作用を説明する。
【0077】
自動車に搭載されるエンジンシステム1では、たとえば、可変バルブ機構が採用されることなどにより、主通路22を通過してエンジン10に吸入される空気は、逆流域を含む吸入空気の脈動が生じやすくなる。主通路22に設置された物理量検出装置100に組み込まれた熱式流量センサ151は、主通路22を通る被計測気体2としての吸入空気の流量を検知する。
【0078】
しかし、図11に示すように、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdは、特にエンジン10の高回転時に生じる吸入空気の高周波の脈動時に、吸入空気の真の流量波形Ftに対する応答遅延が発生して減衰する。その結果、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量は、吸入空気の真の流量に対する誤差を生じる。前述の特許文献1に記載された従来の熱式空気流量計は、空気脈動が大きいエンジンシステムでも正確に空気流量が検出できるが、逆流域を含む吸入空気の脈動時の流量の検出精度向上に改善の余地がある。
【0079】
これに対し、本実施形態の物理量検出装置100は、空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサ151と、その熱式流量センサ151の検出信号DSを処理する信号処理装置200と、を備えている。信号処理装置200は、方向判定部210と、増減判定部220と、補正係数格納部230と、補正係数選択部240と、信号補正部250と、を備えている。方向判定部210は、熱式流量センサ151の検出信号に基づいて空気の流れの順流または逆流を判定する。増減判定部220は、熱式流量センサ151の検出信号に基づいて空気の流量増加または流量減少を判定する。補正係数格納部230は、熱式流量センサ151の検出信号DSの補正に用いられる第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、および第4係数G4を格納する。補正係数選択部240は、方向判定部210と増減判定部220の判定結果に基づいて第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、または第4係数G4を選択して補正係数CFとする。信号補正部250は、補正係数CFを用いて検出信号DSを補正する。補正係数選択部240は、空気の流れが順流かつ流量増加の場合に第1係数G1を選択し、逆流かつ流量増加の場合に第2係数G2を選択し、順流かつ流量減少の場合に第3係数G3を選択し、逆流かつ流量減少の場合に第4係数G4を選択する。
【0080】
このような構成により、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200は、前述のように、熱式流量センサ151の検出信号DSを補正し、逆流域を含む真の流量波形Ftに高精度に合致させた流量波形Fcを出力することができる。そのため、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、従来の熱式空気流量計よりも、逆流域を含む吸入空気の脈動時における空気流量の検出精度を向上させることができる。したがって、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、たとえば、可変バルブ機構が採用されたエンジン10の高回転時に生じる吸入空気の高周波の脈動時に、被計測気体2としての吸入空気の流量を高精度に検出することができる。その結果、制御装置4によってエンジン10を高精度に制御することが可能になる。
【0081】
また、本実施形態の物理量検出装置100は、図5および図6に示すように、熱式流量センサ151が配置された副通路130を備えている。この副通路130は、物理量検出装置100が設置される主通路22から順流の空気を取り込む入口114と、入口114から取り込んだ空気を主通路22へ排出する出口116とを有している。また、副通路130は、入口114と熱式流量センサ151との間の入口側通路131と、熱式流量センサ151と出口116との間の出口側通路132と、を有している。これら入口側通路131と出口側通路132は、形状が相違している。
【0082】
このような構成により、本実施形態の物理量検出装置100では、副通路130を入口114から出口116へ流れる順流時の空気に対する圧力損失係数と、副通路130を出口116から入口114へ流れる逆流時の空気に対する圧力損失係数とが相違する。そのため、副通路130を流れる空気は、順流時と逆流時で空気の流量や流速が非対称になる。しかし、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、前述のように、補正係数選択部240によって、空気の順流または逆流と、流量増加または流量減少との組み合わせに応じて、第1係数G1から第4係数G4の中の一つを補正係数CFとして選択することができる。そのため、補正係数選択部240によって選択された補正係数CFを用い、信号補正部250によって熱式流量センサ151の検出信号DSを補正することができる。したがって、物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、信号補正部250による補正後の流量波形Fcを、逆流域を含む真の流量波形Ftに高精度に合致させることができる。
【0083】
また、本実施形態の物理量検出装置100において、熱式流量センサ151は、図7に示すように、被計測気体2である空気の流れの方向に間隔をあけて配置された2つの温度検出部151aと、その2つの温度検出部151aの間に配置された加熱部151bと、を有する。
【0084】
このような構成により、加熱部151bの発熱によって2つの温度検出部151aの間に温度分布が生じ、その温度分布が被計測気体2としての空気の流れの方向によって変化する。熱式流量センサ151は、その温度分布の変化を、2つの温度検出部151aによって検出することで、空気の順流と逆流を検知することができる。しかし、このような構成の熱式流量センサ151は、空気の流量増加時と流量減少時とで、流量の応答性が異なる。本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、このような熱式流量センサ151を使用しても、空気の順流または逆流と、流量増加または流量減少との組み合わせに応じて、第1係数G1から第4係数G4の中の一つを補正係数CFとして選択することができる。したがって、物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、信号補正部250による補正後の流量波形Fcを、逆流域を含む真の流量波形Fcに高精度に合致させることができる。
【0085】
また、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200は、前述のように、熱式流量センサ151の検出信号DSを入力とする低域通過フィルタLPFの出力LSと、検出信号DSとの差分ΔSを用いて、検出信号DSを補正する。すなわち、信号処理装置200は、たとえば、熱式流量センサ151の検出信号DSの前回値と最新値を格納するメモリを有している。信号補正部250は、たとえば、検出信号DSの前回値と最新値との差分に基づく検出信号DSの微分値を用いて最新値を補正する。
【0086】
この構成により、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200は、検出信号DSの前回値と最新値との差分を格納するメモリの1つの記憶領域を使用して、空気の流量増加と流量減少を検出し、その単位時間当たりの変化量に応じた補正を行うことができる。これにより、補正演算に必要なメモリを最小化することができ、コスト低減と演算遅延の最小化を実現することができる。
【0087】
すなわち、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200は、空気の脈動周波数の値を直接求め、それに応じた補正量を与えるのではなく、脈動波形の立ち上がりと立ち下がりを検出し、その単位時間当たりの変化量に応じた補正を行う。そして、本実施形態の物理量検出装置100および信号処理装置200は、この立ち上がりと立ち下がりの検出を行うために、メモリの1つの記憶領域のみを使用して、前回値との差分を算出する。これにより、補正演算に必要なメモリを最小化することができ、コストと演算遅延の最小化を実現することができる。
【0088】
以上のように、本実施形態の信号処理方法は、空気の流れの順流と逆流を検出可能な熱式流量センサ151の検出信号DSを処理する方法である。本実施形態の信号処理方法は、検出信号DSに基づいて空気の流れの順流または逆流を判定し、検出信号DSに基づいて空気の流量増加または流量減少を判定する。また、本実施形態の信号処理方法は、順流または逆流と流量増加または流量減少の判定結果に基づいて第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、または第4係数G4を選択して補正係数CFとし、その補正係数CFを用いて検出信号DSを補正する。本実施形態の信号処理方法は、補正係数CFの選択において、順流かつ流量増加の場合に第1係数G1を選択し、逆流かつ流量増加の場合に第2係数G2を選択し、順流かつ流量減少の場合に第3係数G3を選択し、逆流かつ流量減少の場合に第4係数G4を選択する。このような構成により、本実施形態の信号処理方法によれば、前述の物理量検出装置100および信号処理装置200と同様の効果を奏することができる。
【0089】
以上説明したように、本実施形態によれば、逆流域を含む空気の脈動時に、熱式流量センサ151による空気流量の検出精度を向上させることが可能な物理量検出装置100、信号処理装置200、および信号処理方法を提供することができる。なお、本開示に係る物理量検出装置および信号処理装置は、前述の実施形態に限定されない。以下、前述の実施形態に係る物理量検出装置100および信号処理装置200のいくつかの変形例について説明する。
【0090】
図12は、前述の実施形態に係る物理量検出装置100および信号処理装置200の変形例1を示すブロック線図である。なお、図12のブロック線図は、前述の実施形態の図9のブロック線図に対応する、本変形例に係る物理量検出装置100および信号処理装置200の信号処理の流れを示すブロック線図である。本変形例では、補正係数格納部230に格納される第1係数G1、第2係数G2、第3係数G3、および第4係数G4の少なくとも1つは、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく空気の流量に応じて決定される。
【0091】
このような構成により、本変形例の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、第1係数G1から第4係数G4の少なくとも1つに対し、空気流量に対する依存性を持たせ、空気の流れの状態に応じて、検出信号DSの最適な補正が可能になる。熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形の第1象限から第4象限に対して、第1係数G1から第4係数G4をそれぞれ最適な固定値に設定しても、十分に空気流量の検出精度向上に寄与する。しかし、空気の流れの順流域と逆流域のそれぞれにおいて、流量に応じて空気の流れの状態が変化し、その状態の変化が熱式流量センサ151の応答性に影響を与える場合がある。
【0092】
より具体的には、空気の流れの状態は、流量に応じて、たとえば、層流状態、遷移状態、乱流状態などに変化し、各々の状態で熱式流量センサ151から空気への熱伝達係数が変化して、熱式流量センサ151の応答性が変化することが考えられる。このような場合でも、本変形例の物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、第1係数G1から第4係数G4の少なくとも1つに対し、空気流量に対する依存性を持たせ、空気の流れの状態に応じて、検出信号DSの最適な補正が可能になる。
【0093】
図13は、前述の実施形態に係る物理量検出装置100および信号処理装置200の変形例2を示すブロック線図である。図14は、縦軸を空気の流量、横軸を時間とする流量波形のグラフである。なお、図13のブロック線図は、前述の実施形態の図9のブロック線図に対応する、本変形例に係る物理量検出装置100および信号処理装置200の信号処理の流れを示すブロック線図である。また、図14のグラフは、前述の実施形態の図11のグラフに対応している。
【0094】
本変形例に係る物理量検出装置100および信号処理装置200において、方向判定部210は、図13に示すように熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量Fdの判定基準値Koffが格納されている(ブロックB0)。この判定基準値Koffは、図14に示すように、たとえば、空気の流れが順流と逆流とに交互に切り替わる空気の脈動時の空気の真の流量Ftがゼロになるときの検出信号DSに基づく流量Fdを、ゼロにオフセットするように、検出信号DSの値に基づいて設定される。また、方向判定部210は、検出信号DSに基づく流量Fdと判定基準値Koffとに基づいて、空気の順流または前記逆流を判定する。すなわち、方向判定部210は、たとえば、検出信号DSに基づく流量Fdが判定基準値Koff以上であれば、順流であることを判定し、検出信号DSに基づく流量Fdが判定基準値Koffより小であれば、逆流であることを判定する。
【0095】
本変形例に係る物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、たとえば、図14に示すように、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく流量波形Fdに減衰が生じた場合でも、判定基準値Koffに基づいて、真の流量波形Ftの逆流域を検知することができる。
【0096】
図15は、前述の実施形態に係る物理量検出装置100および信号処理装置200の変形例3を示すブロック線図である。本変形例では、前述の変形例2の判定基準値Koffが、熱式流量センサ151の検出信号DSに基づく空気の流量に応じて決定される。すなわち、本変形例において、方向判定部210は、たとえば、検出信号DSに対する平均化処理(ブロックB01)を実行する。ここで、方向判定部210には、たとえば、検出信号DSに基づく流量と判定基準値Koffとの関係が規定されたマップが格納されている。方向判定部210は、たとえば、そのマップを用い、平均化処理(ブロックB01)で得られた検出信号DSに基づく流量に応じて、判定基準値Koffを出力する(ブロックB02)。
【0097】
本変形例に係る実施形態に係る物理量検出装置100および信号処理装置200によれば、変形例2と同様の効果を奏することができるだけでなく、前述のように、空気の流量に応じて変化する空気の流れの状態に合わせて判定基準値Koffを設定することができる。
【0098】
以上、図面を用いて本開示に係る信号処理装置の実施形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本開示に含まれるものである。
【符号の説明】
【0099】
2 被計測気体(空気)
22 主通路
100 物理量検出装置
114 入口
116 出口
130 副通路
131 入口側通路
132 出口側通路
151 熱式流量センサ
151a 温度検出部
151b 加熱部
200 信号処理装置
210 方向判定部
220 増減判定部
230 補正係数格納部
240 補正係数選択部
250 信号補正部
CF 補正係数
Ft 真の流量
DS 検出信号
G1 第1係数
G2 第2係数
G3 第3係数
G4 第4係数
Koff 判定基準値
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15