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特許7588317グラフェン作製方法、及び光デバイスの作製方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】グラフェン作製方法、及び光デバイスの作製方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/184 20170101AFI20241115BHJP
   H01L 21/336 20060101ALI20241115BHJP
   H01L 29/786 20060101ALI20241115BHJP
   H10K 85/20 20230101ALI20241115BHJP
   H10K 85/10 20230101ALI20241115BHJP
   H10K 10/40 20230101ALI20241115BHJP
【FI】
C01B32/184
H01L29/78 618D
H01L29/78 618A
H10K85/20
H10K85/10
H10K10/40
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021537698
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2020028534
(87)【国際公開番号】W WO2021024818
(87)【国際公開日】2021-02-11
【審査請求日】2023-06-02
(31)【優先権主張番号】P 2019146779
(32)【優先日】2019-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】牧 英之
(72)【発明者】
【氏名】中川 鉄馬
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-095327(JP,A)
【文献】特開2012-246215(JP,A)
【文献】特開2011-168473(JP,A)
【文献】国際公開第2016/094322(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第1298084(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
H01L 29/786
H10K 85/20
H10K 85/10
H10K 10/40
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デバイス作製に用いる基板の上に第1の金属膜を形成し、
前記第1の金属膜の上に固体炭素源の薄膜を形成し、
前記固体炭素源の薄膜の上に第2の金属膜を形成し、
前記第1の金属膜、前記固体炭素源の薄膜、及び前記第2の金属膜がこの順で重ねられた積層体に熱処理を施して、前記基板の上にグラフェンを直接成長し、
前記基板と前記グラフェンとの間に前記第1の金属膜は残存せず、前記第2の金属膜は残存し、前記第2の金属膜から前記グラフェンの表面が露出するように前記熱処理を行うことを特徴とするグラフェン作製方法。
【請求項2】
デバイス作製に用いる基板の上に、第1の金属膜、固体炭素源の薄膜、及び第2の金属膜がこの順で重ねられた積層体のパターンを形成し、
前記積層体を熱処理することで前記固体炭素源をグラフェンに変えて、前記基板の上に前記パターンのグラフェン薄膜を形成し、
前記基板と前記グラフェンとの間に前記第1の金属膜は残存せず、前記第2の金属膜は残存し、前記第2の金属膜から前記グラフェンの表面が露出するように前記熱処理を行うことを特徴とするグラフェン作製方法。
【請求項3】
前記積層体のパターンを、リフトオフ法で形成することを特徴とする請求項2に記載のグラフェン作製方法。
【請求項4】
前記第1の金属膜と前記第2の金属膜を同じ材料で形成することを特徴とする請求項1または2に記載のグラフェン作製方法。
【請求項5】
前記第1の金属膜を、1分子層以上、100nm以下の厚さで形成することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のグラフェン作製方法。
【請求項6】
前記固体炭素源の薄膜を、アモルファスカーボンまたはポリマーで形成することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のグラフェン作製方法。
【請求項7】
デバイス作製に用いる基板の上に、第1の金属膜、固体炭素源の薄膜、及び第2の金属膜がこの順で重ねられた積層体のパターンを形成し、
前記積層体を熱処理することで、前記固体炭素源をグラフェンに変えて、前記基板上に前記パターンのグラフェン薄膜を形成し、
前記グラフェン薄膜と電気的に接続される電極を形成し、
前記基板と前記グラフェンとの間に前記第1の金属膜は残存せず、前記第2の金属膜は残存し、前記第2の金属膜から前記グラフェンの表面が露出するように前記熱処理を行うことを特徴とする光デバイスの作製方法。
【請求項8】
前記グラフェン薄膜は、発光素子の発光層、または受光素子の光吸収層であることをと特徴とする請求項7に記載の光デバイスの作製方法。
【請求項9】
前記グラフェン薄膜を前記基板上の所定の位置にアレイ状に配置し、
前記グラフェン薄膜の各々に前記電極を設けて光デバイスのアレイを作製する、
ことを特徴とする請求項7または8に記載の光デバイスの作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン作製方法、及び光デバイスの作製方法に関し、特に、基板上へのグラフェンの直接成長とその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノカーボン材料であるグラフェンを用いた発光素子として、黒体放射発光素子が知られている(たとえば、特許文献1参照)。グラフェンによる黒体放射は、通信波長帯を含む近赤外、及び赤外領域でプランク則に従うブロードな発光スペクトルを示す。
【0003】
一般にグラフェンは、シリコン、絶縁体等のデバイス作製用の基板に直接成長するのが難しく、化学気相成長法(CVD:Chemical Vapor Deposition)等によって単結晶金属上に成長した後に、機械的剥離でデバイス作製用の基板に転写している。
【0004】
機械的剥離法は、粘着テープを用いて、高配向熱分解黒鉛からグラフェンを機械的に剥離し、所望の基板に転写するという簡便な手法であるが、グラフェンの転写位置や層数の制御が難しく、大きさも高々十ミクロン程度である。また、グラフェンの転写時にグラフェンにシワや欠陥が生じ、実用化、集積化には不向きである。
【0005】
近年、CVD法をもとに、炭素源としてアモルファスカーボン(a-C)やポリマー等の固体炭素源を用い、触媒としてNi等の金属を用いて、グラフェンを絶縁性基板やシリコン基板の上に直接成長する方法が報告されている(たとえば、非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6155012号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Wei Xiong, et al. "Single-Step Formation of Graphene on Dielectric Surface", Advanced Materials, 25, 630 (2013)
【文献】W. Xiong, et al. "Solid-state graphene formation via a nickel carbide intermediate phase", RSC Advances, 5, 99037 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
CVD法により絶縁基板、シリコン基板などにグラフェンを直接成長する公知の手法では、グラフェンが基板からはがれやすい。特に、デバイスに加工する際にグラフェンが剥離して損傷しやすく、所望のデバイス構成が得られないという問題がある。また、ほとんどの場合、熱処理で生成される金属触媒と炭素の化合物(カーバイド)が、基板の表面全体に残留する。発光素子の場合は、設計された発光領域の外でも赤外発光が生じる、金属触媒やカーバイドを通じて電流がリークするなどの問題が生じ、光デバイス性能に影響する。
【0009】
本発明は、デバイスの作製に利用される基板上に、密着性良く安定してグラフェンを直接成長することができるグラフェンの作製方法とその応用を提供することを目的とする。また、容易かつ正確にグラフェンのパターンを形成することのできるグラフェンの作製法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様において、グラフェン作製方法は、
デバイス作製に用いる基板の上に第1の金属膜を形成し、
前記第1の金属膜の上に固体炭素源の薄膜を形成し、
前記固体炭素源の薄膜の上に第2の金属膜を形成し、
前記第1の金属膜、前記固体炭素源の薄膜、及び前記第2の金属膜がこの順で重ねられた積層体に熱処理を施して、前記基板の上にグラフェンを直接成長する。
【0011】
本発明の第2の態様において、グラフェン作製方法は、
デバイス作製に用いる基板の上に、第1の金属膜、固体炭素源の薄膜、及び第2の金属膜がこの順で重ねられた積層体のパターンを形成し、
前記積層体を熱処理することで前記固体炭素源をグラフェンに変えて、前記基板の上に前記パターンのグラフェン薄膜を形成する。
【0012】
好ましくは、前記積層体のパターンはリフトオフ法で形成される。
【0013】
前記基板の上に、前記パターンのグラフェン薄膜と電気的に接続される電極を形成してデバイスが作製される。
【発明の効果】
【0014】
デバイス作製に用いる基板の上に、密着性良く安定してグラフェンを直接成長することができる。基板上に直接成長されたグラフェンは、発光素子、光検出器、光変調器などの光デバイスへの応用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】第1実施形態のグラフェン生成の基本工程図である。
図1B】第1実施形態のグラフェン生成の基本工程図である。
図1C】第1実施形態のグラフェン生成の基本工程図である。
図1D】第1実施形態のグラフェン生成の基本工程図である。
図2A図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2B図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2C図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2D図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2E図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2F図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図2G図1Aの固体炭素源を含むパターンの形成工程図である。
図3】第1実施形態の方法で作製したグラフェンの光学顕微鏡像である。
図4】ラマンマッピングのためのサンプル表面の光学顕微鏡像である。
図5A図4のサンプルのDバンドのラマン画像である。
図5B図4のサンプルのGバンドのラマン画像である。
図5C図4のサンプルの2Dバンドのラマン画像である。
図6】基板上に直接成長したグラフェンを用いた発光素子の模式図である。
図7】炭素固体源から基板へ直接成長したグラフェンの発光素子の光学顕微鏡像である。
図8図7のグラフェンの発光素子の赤外発光を示す赤外カメラ像である。
図9A】第2実施形態のグラフェンの作製工程図である。
図9B】第2実施形態のグラフェンの作製工程図である。
図9C】第2実施形態のグラフェンの作製工程図である。
図9D】第2実施形態のグラフェンの作製工程図である。
図10】第2実施形態の方法で作製したグラフェンの光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<第1実施形態>
図1A図1Dは、第1実施形態のグラフェンの作製工程図である。グラフェンは、炭素原子が網目のように六角形に結びついたシート状の物質であり、フラーレン、カーボンナノチューブ、グラファイトなどの炭素同素体の基本要素である。
【0017】
第1実施形態では、絶縁体、シリコン、化合物半導体、酸化物半導体等、デバイスの作製に用いられる基板の表面の所望の位置に、所望のパターンで、グラフェンを直接成長する。グラフェン成長の材料として、固体炭素源を用いる。固体炭素源を触媒金属と共にアニールすると、固体炭素源に含まれる炭素原子が触媒金属に固溶、再結晶化することで、グラフェンが生成される。
【0018】
このとき、あらかじめ固体炭素源を所定のパターンに形成しておくことで、そのパターンどおりのグラフェン膜を得ることができる。固体炭素源のパターンを作製する際に、基板と固体炭素源の間に、薄い金属膜を挿入することで、固体炭素源と基板との付着力を増強し、たとえば、リフトオフ法によって、固体炭素源のパターンを安定的に形成する。固体炭素源のパターン形成の詳細を説明する前に、グラフェン生成の基本プロセスを説明する。
【0019】
図1Aで、シリコン酸化膜等の絶縁膜12で覆われたシリコンの基板11の上に、目的とするグラフェンパターンの基礎となる積層体のパターン21を作製する。積層体のパターン21は、固体炭素源を含む。以下で説明する実施形態では、固体炭素源としてアモルファスカーボン(a-C)の薄膜を用いるが、炭化ケイ素(SiC)、ポリマー材料など、炭素を含有し、かつ薄膜形成が可能なその他の材料を用いてもよい。また、表面に絶縁膜12を有するシリコンの基板11に替えて、ゲルマニウム、化合物半導体、酸化物半導体、絶縁体などの基板を用いてもよい。
【0020】
例えば、Ga,As,In,P等を含むIII-V族化合物半導体基板、Zn,Ti,In,Ga,O等を含む金属酸化物半導体基板、SiO2,Al23,MgO,Hf23,GaN,AlNなどの絶縁基板など、デバイスの作製に利用される任意の基板を用いることができる。
【0021】
固体炭素源を含む積層体のパターン21は、固体炭素源の薄膜14と、固体炭素源の薄膜14の表面に形成された金属触媒層15と、固体炭素源の薄膜14と絶縁膜12の間に挿入された薄い金属膜13とを有する。
【0022】
この積層体のパターン21の特徴は、固体炭素源の薄膜14と基板11上の絶縁膜12の間に、薄い金属膜13が挿入されていることである。金属膜13は、主として固体炭素源の薄膜14と基板(または絶縁膜12)との間の密着性を高める働きをするが、グラフェンの成長に寄与させてもよい。その場合は、グラフェンの成長に適した触媒金属で金属膜13を形成してもよい。
【0023】
所望のパターンのグラフェンは、主として固体炭素源の薄膜14と金属触媒層15の反応によって形成される。固体炭素源を含むパターン21の具体的な形成方法は、図2A図2Gを参照して後述する。
【0024】
図1Bで、固体炭素源を含むパターン21を、1000~1100℃の高温で、不活性ガス雰囲気下で数分間、アニールする。この熱処理は、たとえば、急速の赤外線照射により、短時間、かつ正確に制御された温度で加熱を行うRTA(Rapid Thermal Annealing)により行ってもよい。RTAにより、固体炭素源の薄膜14はグラフェン17に変化する。
【0025】
RTAに先立つ図1Aの段階で、固体炭素源の薄膜14は、基板11上の必要な箇所にだけ存在するようにパターニングされている。したがって、基板11上の望ましくない箇所に金属触媒と炭素の化合物(カーバイド)が形成される状態を回避できる。また、基板11の全面に形成されたグラフェンを後工程でエッチング等により加工する必要がない。
【0026】
図1Cで、熱処理後に残留した金属触媒層15を除去する。残存する金属触媒層15は、たとえば、酸処理によって除去される。これにより、図1Dで、基板11上に、所望のパターン、所望の大きさのグラフェン17の薄膜を得ることができる。この方法は、グラフェン自体のエッチングや、金属膜13のエッチングを含まない。
【0027】
図2A図2Gは、図1Aの固体炭素源を含むパターン21の形成工程図である。図2Aで、デバイス作製のための所望の基板を準備する。この例では、表面に絶縁膜12が形成されたシリコンの基板11を用いる。基板11が、光インターコネクトやシリコンフォトニクスに用いられる基板である場合、基板11に直接形成されるグラフェン17のパターンを用いて、光電子デバイスを容易に集積化することができる。
【0028】
図2Bで、基板の全面にレジスト膜22を形成する。レジスト膜22はポジ型でもネガ型でもよいが、一例として、ポジ型のレジスト膜22を、スピンコーティングにより均一な厚さに形成する。
【0029】
図2Cで、光または電子線を照射して、レジスト膜22の表面に所定のパターンで露光または電子線描画を行う(リソグラフィ工程)。
【0030】
図2Dで、露光されたレジスト膜22を現像する。ポジ型レジストを用いた場合、露光された部分が現像液に溶解して、開口24のパターンを持つレジストマスク23が形成される。
【0031】
図2Eで、全面に、膜厚が0.1nm~100nm、より好ましくは厚さ0.1nm~50nm程度の薄い金属膜13を形成する。金属膜13の厚さは、熱処理により得られるグラフェンを安定してデバイス作製用の基板上に保持できる厚さであり、少なくとも1分子層あれば、密着性が得られる。金属膜13が100nmを超えて厚くなると、熱処理後に、グラフェンと基板の間に金属カーバイド等の炭素化合物の層が残る可能性が高い。
【0032】
金属膜13が100nm以下、より好ましくは50nm以下であれば、熱処理により昇華した炭素が金属膜13に固溶してグラフェンを形成する。この場合、基板上に炭素化合物の層が残る蓋然性は低い。金属カーバイドが生成される場合であっても、粒子状の金属カーバイドが基板上に散在または局在するにとどまる。
【0033】
金属膜13は固体炭素源を絶縁膜12に密着することのできる任意の金属材料で形成される。金属膜13をグラフェン成長の触媒としても利用する場合は、Ni,Cu,Pt,Fe,Ru,Ir,Ge,Co,Ag,Be,V,An,Ba,Hg,B,Zr,Nb,Ta,Te,Mn,Cr,Mo,Ti,Si,W,Na,K,Ca,Mg,Al,Be等を用いることができる。炭化物(カーバイド)や酸化物の状態のあるこれらの元素を含む物質は、カーボンと基板との接着に使用できる。作製したいグラフェンの層数により、炭素との親和性、炭素の固溶度等に応じて、適切な材料を選択すればよい。また、金属膜13を薄く形成することで、レジストマスク23の開口24の内壁や、レジストマスク23の側面に金属が付着することが抑制される。
【0034】
図2Fで、金属膜13の上に、アモルファスカーボン、ポリマー等の固体炭素源の薄膜14を形成する。アモルファスカーボンの薄膜14は、蒸着、スパッタリング等で形成される。ポリマーの薄膜を形成する場合は、真空蒸着、スピンコート法等を用いる。
【0035】
固体炭素源の薄膜14の上に、金属触媒層15を形成する。金属触媒層15は、蒸着、スパッタリング等で形成される。金属触媒層15の厚さは、一例として20~200nm程度である。作製したいグラフェンの厚さに応じ、炭素の固溶限界を超えない範囲で、膜厚を設定することができる。
【0036】
金属触媒層15は、金属膜13と同じ材料であってもよいし、異なる材料であってもよい。金属触媒層15として、カーボンが固溶する任意の金属を用いることができる。たとえば、Ni,Cu,Pt,Fe,Ru,Ir,Ge,Co,Ag,Be,V,An,Ba,Hg,B,Zr,Nb,Ta,Te,Mn、Cr,Mo,Ti,Si,W,Na,K,Ca,Mg,Al,Be等から、目的とするグラフェンの層数により、炭素との親和性、炭素の固溶度に応じて、適切な材料を選択することができる。
【0037】
図2Gで、リフトオフ法により、レジストマスク23を剥離する。リフトオフ処理において、レジストマスク23とともに、レジストマスク23の表面に堆積された金属膜13、固体炭素源の薄膜14、及び金属触媒層15も除去される。目的とするパターン形状の固体炭素源の薄膜14は、金属膜13によって基板11に固定されており、固体炭素源を含むパターン21を安定的に得ることができる。
【0038】
基板11上の絶縁膜12と固体炭素源の薄膜14の間に薄い金属膜13がない場合、リフトオフでレジストマスク23を剥離するときに、目的のパターン領域にある固体炭素源の薄膜14も基板11から分離してしまい、基板11上にグラフェンを成長することができなくなる。
【0039】
実施形態の手法は、固体炭素源のパターンを、設計どおりの大きさと形状で、基板11上に安定して形成することができる。基板上であらかじめパターニングされている固体炭素源からグラフェンを成長することで、転写法を用いずに、基板11上に所望のパターンのグラフェンを直接形成することができる。
【0040】
図3は、図2A図2Gの方法で形成した固体炭素源のパターン21を用いて、シリコンの基板11を覆う絶縁膜12上に成長したグラフェンの光学顕微鏡像である。固体炭素源としてアモルファスカーボンを用い、金属膜13と金属触媒層15にNiを用い、図1のプロセスでグラフェンを成長した。
【0041】
固体炭素源のパターン21を用いることで、様々な大きさ、及び形状のグラフェンが、基板の表面に直接成長している。グラフェンパターンの寸法と形状は、固体炭素源のパターン形成に用いられる露光装置または電子線描画装置の分解能に依存する。原理的には、数十ナノメートルのオーダーから、数センチメートルのオーダーまで、所望の形状のグラフェンの作製と集積化が可能になる。
【0042】
図4は、ラマンマッピングのためのサンプル表面の光学顕微鏡像である。図1の手順により、SiO2上に固体炭素源から直接グラフェンを成長した。グラフェンパターンの幅は約10μm、長さは約200μmである。
【0043】
図5Aは、図4のサンプルのDバンドのラマン画像、図5B図4のサンプルのGバンドのラマン画像、図5C図4のサンプルの2Dバンドのラマン画像である。Dバンド、Gバンド、及び2Dバンドは、一般的なグラフェンのラマン散乱スペクトルのピークが帰属するバンドである。
【0044】
図5AのDバンドは、結晶の乱れ、欠陥等のグラフェンの結晶構造に由来するバンドである。励起波長にも依存するが、1270cm-1~1450cm-1の波数(ラマンシフト)にピークが観察されると、グラフェンが多結晶または欠陥を含むことを示している。
【0045】
図5BのGバンドは1580cm-1付近にある。Gバンドのピークは、炭素原子の6員環の面内伸縮振動に起因するピークであり、グラフェンの存在やグラフェンの層数を表わす指標として用いられる。層数が多いほど、低周波側(波数が少ない側)にシフトする。
【0046】
図5Cの2Dバンドは、グラフェンの構成に由来するピークであり、2つのフォノンによる二次のラマン散乱を表わす。2Dバンドのピークも、グラフェンの存在やグラフェンの層数の特定に用いられる。
【0047】
図5A~5Cに示すように、二次元平面の同じ位置で、グラフェンに特徴的なラマンピークであるDバンド、Gバンド、及び2Dバンドのそれぞれが測定されている。このマッピング結果から、図4のパターンが、基板上に直接形成されたグラフェンのパターンであることが確認される。
【0048】
図6は、実施形態の光デバイスの一例である発光素子10の模式図である。発光素子10は、基板11を覆う絶縁膜12の上に直接成長したグラフェン17の薄膜を利用して作製される。所定のパターンに形成されたグラフェン17の薄膜と電気的に接続される電極31と電極32が、設けられている。電極31と電極32は、たとえば蒸着により、クロム(Cr)とパラジウム(Pd)をそれぞれ1nm~200nmの厚さで、この順に成膜することで形成される。一例として、Crを5nm、Pdを145nm成膜する。電極31と電極32は、発光素子10を搭載するチップにワイヤーボンディングされており(ボンディングワイヤの図示は省略)、電源と接続されている。
【0049】
発光素子10の表面に保護膜またはキャップ層を形成してもよい。保護膜を設けることで、酸素との反応によるグラフェンの損傷を防ぐことができ、発光素子10を大気中で動作させることができる。
【0050】
グラフェン17の薄膜は、図3の光学顕微鏡像で示したように、基板上の所定の位置に任意の形状で、固体炭素源から直接形成されるので、発光素子10をアレイ状に配置するこが容易である。発光素子10のアレイでは、リフトオフ法で得られた固体炭素源のパターンから、グラフェン17の各パターンが安定して形成されている。蒸着用のメタルマスクを用いて、グラフェン17の各薄膜パターンに対応する電極パターンを、一度に形成することができる。この手法は、グラフェンの転写等が不要なので、工程が簡単で、かつ工程数を低減できる。
【0051】
図7は、炭素固体源から直接成長したグラフェンを用いた発光素子の光学顕微鏡像である。電極を通して見える横長の影が、基板上のグラフェン17のパターンである。グラフェン17のパターンの幅が10μm、グラフェン17とオーバーラップして配置される一対の電極間の距離は10μmであり、基板上に10μm×10μmの発光面が形成されている。
【0052】
図8は、図7のグラフェン発光素子の赤外発光を示す赤外カメラ像である。発光素子の電極間に電圧を印加すると、グラフェン17に電流が流れ込み、ジュール熱による熱放射が起きて、発光する。ここでは、17Vの電圧を印加し、5秒の積算で観察した。基板上に直接形成されたグラフェンのパターンのうち、一対の電極で挟まれた領域が明るく発光しているのがわかる。
【0053】
一般に、トランジスタ、センサ等の電子デバイスへの応用においては、移動度の高いグラフェンはチャネル材料として利用される。高速で消費電力の小さい電子デバイスを作製するためには、高品質なグラフェンが必要とされ、多結晶性に起因するDバンドのピークはない方が望ましい。だからといって、実施形態のグラフェンの直接成長を、電子デバイスへの適用に妨げるものではなく、基板上に所望のパターンで直接形成されるグラファイトを利用して、トランジスタ等を形成してもよい。
【0054】
一方、実施形態の発光素子10への応用においては、図5AのようにDバンドのラマンピークが観察されるグラフェンを用いても、図8のように明るい発光が得られる。このグラフェンは、発光素子だけでなく、光検出器、光変調器等に用いることができる。
【0055】
グラフェンは広い波長域で、特に赤外光を吸収する。グラフェンを光吸収層として用いた光検出素子をアレイ状に並べ、素子の各々にバイアスを印加して光吸収により生じたキャリアを引き出すことで、赤外線センサを構成することができる。
【0056】
グラフェンはまた、ナノ材料特有の小さな熱容量と、基板への熱の大きな逸脱により、従来の白熱電球と比べて107倍以上も高速な、100ps以下の緩和時間で変調が可能である。すなわち、グラフェンに印加する電圧のオン/オフを切り替えることで、高速の発光強度の変調が実現される。また、実施形態でデバイス基板に作製されたグラフェンは、微小な熱源としても利用可能である。グラフェンをヒーター等の熱源として熱光学効果を組み合わせることで、光変調器や光スイッチを作製することができる。
【0057】
情報通信量の急速な増大を背景に、次世代通信の基盤技術として光インターコネクトやシリコンフォトニクスが大きな期待を集めている。実施形態のグラフェン成長技術は、発光素子、受光素子、光変調器などの光デバイスを容易に集積化でき、光通信の分野への適用に好適である。実施形態のグラフェン成長技術は、光デバイスだけでなく、電子デバイスに適用されてもよい。
【0058】
<第2実施形態>
第2実施形態では、大面積のグラフェンを任意の基板上に形成する。密着性の高い安定したグラフェンの作製法は、パターン化されていない大面積のグラフェンの作製にも適用可能である。
【0059】
図9A図9Dは第2実施形態のグラフェンの作製工程図である。第2実施形態では、絶縁体、シリコン、ゲルマニウム、化合物半導体、酸化物半導体など、デバイス作製に用いられる基板の表面に、グラフェンを直接成長する。第1実施形態と同様に、デバイス作製のためのグラフェンの転写は不要である。
【0060】
図9Aで、シリコン酸化膜等の絶縁膜42で覆われた基板41の全面に、薄い金属膜43、固体炭素源の薄膜44、及び金属触媒層45を、この順で形成する。以下で説明する実施形態では、固体炭素源としてアモルファスカーボン(a-C)の薄膜を用いるが、炭化ケイ素(SiC)、ポリマー材料など、炭素を含有し、かつ薄膜形成が可能なその他の材料を用いてもよい。基板41としては、デバイス作製に利用することのできるどのような基板を用いてもよい。
【0061】
金属膜13は、主として固体炭素源の薄膜44と基板41(または絶縁膜42)との間の密着性を高める働きをするが、グラフェンの成長に寄与させてもよい。その場合は、グラフェンの成長に適した触媒金属で金属膜43を形成してもよい。
【0062】
図9Bで、金属膜43、固体炭素源の薄膜44、及び金属触媒層45の積層を有する基板全体を、1000~1100℃の高温で、不活性ガス雰囲気下で数分間、アニールする。この熱処理により、固体炭素源から昇華した炭素が金属触媒層45に固溶し、また、一部、金属膜43にも固溶し、グラフェンが生成される。
【0063】
図9Cで、グラフェン47の表面に残留した金属触媒層45を除去する。残存する金属触媒層15は、酸処理等によって除去される。これにより、図9Dで、基板41の全面に、グラフェン47を得ることができる。大面積のグラフェン47は、基板41(または絶縁膜42)に密着保持されており、その後の工程で、エッチング等の加工を受けても、剥がれにくい。
【0064】
図10は、図9の方法で作製された大面積グラフェンの光学顕微像である。シリコン基板上に、厚さ5nmのNi膜を蒸着で成膜し、厚さ5nmのアモルファスカーボンの薄膜を蒸着で形成し、厚さ20nmのNi膜を蒸着で形成し、アルゴン雰囲気中でアニールを行っている。シリコン基板の全面に、グラフェン膜が安定して形成されている。
【0065】
本発明により、以下の効果が得られる。
(1)炭素固体源と基板の間に薄い金属膜を配置することで、炭素固体源と基板との付着力を強めることができる。後のリフトオフ処理で、不要な部分の固体炭素源と金属触媒層を除去する際に、目的のパターンを形成する固体炭素源が基板表面から分離することを防止できる。
(2)基板全体を覆う大面積のグラフェン膜を安定して形成できるだけでなく、あらかじめ設計した任意の大きさ、任意のパターンで、基板上の任意の位置に、グラフェンの薄膜を直接形成することができる。触媒金属のエッチング、グラフェンのエッチング、グラフェンの転写等の工程が不要である。
(3)基板上の好ましくない領域にカーバイド(炭素化合物)が残留することを防止できる。
(4)基板上の所望の位置に直接形成されるグラフェンを利用して作製される光デバイスは、アレイ化と集積化に適している。
【0066】
この出願は、2019年8月8日に出願された日本国特許出願第2019-146779号に基づきその優先権を主張するものであり、その全内容を含むものである。
【符号の説明】
【0067】
10 発光素子(光デバイス)
11、41 基板
12、42 絶縁膜
13、43 金属膜
14、44 固体炭素源の薄膜
15 金属触媒層
17、47 グラフェン
21 固体炭素源を含むパターン
23 レジストマスク
24 開口
31、32 電極
図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図2F
図2G
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8
図9A
図9B
図9C
図9D
図10