(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】摺動部材およびそれを用いた圧縮機および冷凍装置
(51)【国際特許分類】
C23C 18/32 20060101AFI20241115BHJP
F04C 18/02 20060101ALI20241115BHJP
F04C 29/00 20060101ALI20241115BHJP
【FI】
C23C18/32
F04C18/02 311S
F04C29/00 D
(21)【出願番号】P 2023502187
(86)(22)【出願日】2022-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2022002821
(87)【国際公開番号】W WO2022181165
(87)【国際公開日】2022-09-01
【審査請求日】2023-05-18
(31)【優先権主張番号】P 2021026986
(32)【優先日】2021-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 貴規
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 敏
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 章史
(72)【発明者】
【氏名】森國 太朗
【審査官】相田 元
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-227596(JP,A)
【文献】特開2003-161259(JP,A)
【文献】特開2006-226210(JP,A)
【文献】特開2010-202900(JP,A)
【文献】国際公開第2016/147310(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00-20/08
F04C 18/02
F04C 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
少なくとも、ニッケルと、前記基材の成分と、リンおよび/またはホウ素と、から構成される混在層と、
前記混在層の上方に
、ニッケル
、並びに、リンおよび/またはホウ素を含有するニッケル皮膜層と、
を備えて
おり、
前記混在層は、前記ニッケル皮膜層の成分と、前記基材の成分とが、独立して存在するよう構成されている、
摺動部材。
【請求項2】
前記混在層は、
ニッケル皮膜層の成分が基材に浸入して形成されたものである、
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記混在層は、厚みを100nm以上で、かつ1000nm以下とした、
請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記ニッケル皮膜層は、リン濃度またはホウ素濃度を3wt%よりも高くした、
請求項1から3のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記ニッケル皮膜層が少なくとも2層以上であるときに、
混在層側のニッケル皮膜層のリン濃度またはホウ素濃度は、最表面側のニッケル皮膜層のリン濃度またはホウ素濃度よりも高い、
請求項1から3のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記混在層側のニッケル皮膜層は、リン濃度またはホウ素濃度を3wt%よりも高くした、
請求項5のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項7】
最表面側のニッケル皮膜層は、リン濃度またはホウ素濃度を3wt%以下とした、
請求項5または6に記載の摺動部材。
【請求項8】
ニッケル皮膜層は、無電解ニッケル-リン複合メッキ、または、無電解ニッケル-ホウ素複合メッキとした、
請求項1から7のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項9】
ニッケル皮膜層の皮膜は、膜厚を2μm以上とした、
請求項1から8のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項10】
基材は、HV50~200の硬さからなり、アルミニウムを主成分とする合金とした、
請求項1から9のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項11】
冷媒を圧縮する圧縮機構部と、
前記圧縮機構部を駆動する電動機構部と、
前記圧縮機構部および前記電動機構部を収容し、底部に潤滑油を貯留する貯油部を有した密閉容器と、
を備え、
請求項1から10のいずれか1項に記載の摺動部材を用いた摺動部が含まれている、
圧縮機。
【請求項12】
圧縮機構部は、固定スクロールと、旋回スクロールと、前記旋回スクロールを旋回駆動する回転軸と、を備え、
前記摺動部材は、少なくとも前記固定スクロール、前記旋回スクロールのどちらか一方に用いられる、
請求項11に記載の圧縮機。
【請求項13】
請求項11または12のいずれか1項に記載の圧縮機を用いた冷凍装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、摺動部材および圧縮機、並びに冷凍装置に関し、特に、圧縮機の摺動部に用いられる摺動部材と、当該摺動部材を備え、空気調和機、給湯器、冷蔵庫等の冷凍サイクル装置を用いた機器等に用いられる圧縮機と、当該圧縮機を備える冷凍装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1、2は、空気調和機等に用いられているスクロール圧縮機を開示する。このスクロール圧縮機は、固定スクロールの固定渦巻きラップと旋回スクロールの旋回渦巻きラップを互いに噛み合わせ、旋回スクロールを旋回運動させることで冷媒等の作動媒体を圧縮している。
【0003】
上記固定スクロールと旋回スクロールは、作動媒体を圧縮する時に摺動する摺動部材となるものである。それぞれの摺動部材が互いに同種の金属を用いる場合、どちらか一方の表面に陽極酸化被膜処理またはメッキ処理といった表面処理を施して、焼付きを防ぐという方法が採用されている。
【0004】
例えば、特許文献1は、固定スクロールと旋回スクロールにアルミニウムを主成分とする合金を用いて、少なくとも一方の表面に酸化アルミニウム(Al2O3)、炭化ケイ素(SiC)系硬質粒子を配合したニッケルメッキを行っている。また特許文献2は、同様にアルミニウムを主成分とする合金を用いて、少なくとも一方の表面に窒化ホウ素(BN)が膜中に分散されたニッケルメッキを行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】実開平3-99801号公報
【文献】特開2000-64970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、焼付きまたは異常摩耗を効果的に抑制または回避できる摺動部材と、それを用いて良好な運転効率または信頼性を実現できる圧縮機および冷凍装置とを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の摺動部材は、前記の課題を解決するために、基材と、少なくとも、ニッケルと、前記基材の成分と、リンおよび/またはホウ素と、から構成される混在層と、前記混在層の上方にニッケルを含有するニッケル皮膜層と、を備えている構成である。
【0008】
前記構成によれば、摺動部材に形成されるニッケル皮膜層は良好な耐剥離性を実現できるので、摺動部材の焼付きまたは摩耗を長期に亘って良好に抑制することができる。
【0009】
また、本開示の圧縮機および冷凍装置は、前記の課題を解決するために、冷媒を圧縮する圧縮機構部と、前記圧縮機構部を駆動する電動機構部と、前記圧縮機構部および前記電動機構部を収容し、底部に潤滑油を貯留する貯油部を有した密閉容器と、を備え、前記構成の摺動部材を用いた摺動部が含まれている構成である。
【0010】
前記構成によれば、摺動部材が、良好な耐剥離性を有するニッケル皮膜層を備えているので、表面処理の剥離に伴って生じる焼付きまたは摩耗を有効に抑制または回避することができ、より一層良好な長期信頼性を実現することができる。
【0011】
本発明の上記目的、他の目的、特徴、及び利点は、添付図面参照の下、以下の好適な実施態様の詳細な説明から明らかにされる。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、焼付きまたは異常摩耗を効果的に抑制または回避できる摺動部材と、それを用いて良好な運転効率または信頼性を実現できる圧縮機および冷凍装置とを提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施の形態1におけるスクロール圧縮機の縦断面図である。
【
図2】
図2は、実施の形態1におけるスクロール圧縮機の固定スクロールの基材界面近傍の模式的拡大断面模式図である。
【
図3】
図3A,
図3Bは、実施の形態1における代表的な実施例において、スクロール圧縮機の固定スクロールの基材界面近傍の断面EDS元素マッピング図である。
【
図4】
図4A,
図4Bは、代表的な比較例において、リン濃度が低いニッケル皮膜層を用いた場合の基材界面近傍の断面EDS元素マッピング図である。
【
図5】
図5は、リン濃度と混在層の厚さの関係を示す相関図である。
【
図6】
図6は、実施の形態2におけるスクロール圧縮機の固定スクロールの基材界面近傍の拡大断面模式図である。
【
図7】
図7A,
図7Bは、実施の形態2におけるスクロール圧縮機の固定スクロールの基材界面近傍の断面EDS元素マッピング図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(本開示の基礎となった知見等)
本願発明者らが本開示に想到するに至った当時、スクロール圧縮機は、特許文献1または特許文献2にあるように、基材をアルミニウム合金とした固定スクロールと旋回スクロールの少なくともどちらか一方の表面に硬質皮膜処理を施して、焼付きを防止するようにしている。
【0015】
しかしながら、アルミニウムのような軟質基材上にニッケルメッキのような硬質皮膜を形成した場合、アルミニウム基材と硬質皮膜との硬さの差、即ち機械的強度の差が著しく大きい。そのため、摩擦摺動によって界面に対し平行方向のせん断力が作用した際に、界面での硬質皮膜の剥離、または、界面直下で基材を伴う破壊(むしれ等)が生じ、摺動面間にアルミニウム基材が露出する可能性があった。
【0016】
また、硬質皮膜が剥離してアルミニウム基材同士が摺動すれば、アルミニウムは活性な金属なため、異常摩耗または凝着による焼付きが発生するおそれがある。そのため、長期に亘って信頼性を確保することが困難になるという課題があった。
【0017】
本願発明者らはこのような課題を見出し、これらを解決するために、本開示の主題を構成するに至った。
【0018】
そこで本開示は、硬質であるニッケル皮膜層の密着強度、耐剥離性を向上させることで、長期に亘って焼付きまたは摩耗を抑制できる摺動部材を提供する。また、本開示の摺動部材を用いることで、摺動部における硬質皮膜の剥離に伴って生じる焼付きまたは摩耗を回避し、これにより、長期に亘って高い信頼性を有する圧縮機および冷凍装置を提供する。
【0019】
以下、図面を参照しながら、実施の形態を詳細に説明する。但し、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明、または、実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が必要以上に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。
【0020】
なお、添付図面および以下の説明は、当業者が本開示を十分に理解するために提供されるのであって、これらにより特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図していない。
【0021】
(実施の形態1)
以下、
図1~
図3Bを用いて、実施の形態1を説明する。
【0022】
[1-1.構成]
本実施の形態に係るスクロール圧縮機は、
図1に示すように、密閉容器1内に、冷媒を圧縮する圧縮機構部10と、圧縮機構部10を駆動する電動機構部20とを配置して構成されている。
【0023】
密閉容器1は、胴部1a、下蓋1b、上蓋1cを備えている。胴部1aは、上下方向に沿って延びる円筒状に形成されている。下蓋1bは、胴部1aの下部開口を塞ぐ蓋部材である。上蓋1cは、胴部1aの上部開口を塞ぐ蓋部材である。下蓋1bおよび上蓋1cは、いずれも外側中央部に向かって湾曲しており、
図1に示す構成例では、胴部1aの下部開口または上部開口の内側にはめ込まれるようなボウル形状を有している。
【0024】
密閉容器1は、冷媒吸込管2と冷媒吐出管3とを備えている。冷媒吸込管2は、圧縮機構部10に冷媒を導入する。冷媒吐出管3は、圧縮機構部10にて圧縮された冷媒を密閉容器1の外に吐出する。密閉容器1の上部(上蓋1c)には、冷媒吐出管3とともにインジェクションパイプ19が接続されている。
【0025】
圧縮機構部10は、固定スクロール11と、旋回スクロール12と、旋回スクロール12を旋回駆動する回転軸13とを有している。電動機構部20は、密閉容器1に固定されたステータ21と、ステータ21の内側に配置されたロータ22とを備える。ロータ22には回転軸13が固定される。
【0026】
回転軸13の上端には、回転軸13に対して偏心した偏心軸13aが形成されている。偏心軸13aには、偏心軸13aの上面に開口する凹部によってオイル溜まり12eを形成している。
【0027】
固定スクロール11および旋回スクロール12の下方には、固定スクロール11および旋回スクロール12を支持する主軸受30が設けられている。主軸受30には、回転軸13を軸支する軸受部31と、ボス収容部32とが形成されている。主軸受30は、密閉容器1に溶接または焼き嵌め等によって固定される。回転軸13の下端部13bは、密閉容器1の下部に配置された副軸受18に軸支されている。
【0028】
固定スクロール11は、固定スクロール鏡板11a、固定渦巻きラップ11b、外周壁部11c等を備える。固定スクロール鏡板11aは円板状であり、固定渦巻きラップ11bは固定スクロール鏡板11aに立設した渦巻状である。外周壁部11cは、固定渦巻きラップ11bの周囲を取り囲むように立設している。固定スクロール鏡板11aの略中心部に吐出ポート14が形成されている。
【0029】
旋回スクロール12は、旋回スクロール鏡板12a、旋回渦巻きラップ12b、ボス部12c等を備える。旋回スクロール鏡板12aは円板状であり、旋回渦巻きラップ12bは旋回スクロール鏡板12aのラップ側端面に立設した渦巻状である。ボス部12cは、旋回スクロール鏡板12aの反ラップ側端面に形成した円筒状である。
【0030】
固定スクロール11の固定渦巻きラップ11bと旋回スクロール12の旋回渦巻きラップ12bとは相互に噛み合わされる。これにより、固定渦巻きラップ11bと旋回渦巻きラップ12bとの間に複数の圧縮室15が形成される。ボス部12cは、旋回スクロール鏡板12aの略中央に形成される。偏心軸13aはボス部12cに挿入され、ボス部12cはボス収容部32に収容される。
【0031】
固定スクロール11は、外周壁部11cで例えば複数本のボルト(図示せず)を用いて主軸受30に固定される。一方、旋回スクロール12は、オルダムリング等の自転拘束部材17を介して固定スクロール11に支持される。固定スクロール11と主軸受30との間には、自転拘束部材17が設けられる。自転拘束部材17は、旋回スクロール12の自転を拘束する。これにより、旋回スクロール12は、固定スクロール11に対して、自転しないで旋回運動をする。
【0032】
密閉容器1の底部には、潤滑油を貯留する貯油部4が形成されている。
図1に示す例では、下蓋1bの内部が貯油部4となっている。回転軸13の下端には容積型のオイルポンプ5を設けている。オイルポンプ5は、その吸い込み口が貯油部4内に存在するように配置される。オイルポンプ5は、回転軸13によって駆動され、密閉容器1の底部に設けられた貯油部4にある潤滑油を、圧力条件または運転速度等に関係なく、適切に吸い上げるので、オイル切れのおそれが回避される。
【0033】
回転軸13には、回転軸オイル供給孔13cが設けられる。回転軸オイル供給孔13cは、回転軸13の下端部13bから偏心軸13aに至るように形成される。オイルポンプ5で吸い上げた潤滑油は、回転軸13内に形成している回転軸オイル供給孔13cを通じて、副軸受18の軸受、軸受部31、ボス部12c内に供給される。
【0034】
冷媒吸込管2から吸入される冷媒は、吸入ポート15aから圧縮室15に導かれる。圧縮室15は、外周側から中央部に向かって容積を縮めながら移動する。圧縮室15で所定の圧力に到達した冷媒は、固定スクロール11の中央部に設けた吐出ポート14から吐出室6に吐出される。
【0035】
吐出ポート14には吐出リード弁(図示せず)が設けられる。圧縮室15で所定の圧力に到達した冷媒は、吐出リード弁を押し開いて吐出室6に吐出される。吐出室6に吐出された冷媒は、密閉容器1内の上部に導出され、冷媒吐出管3から吐出される。
【0036】
前記構成のスクロール圧縮機は、複数の摺動部を備えている。例えば、摺動部としては、固定スクロール11および旋回スクロール12、あるいは、回転軸13の偏心軸13aおよび偏心ブッシュ33等といった摺動部材の組合せが挙げられる。
【0037】
本実施の形態において、摺動部材となる固定スクロール11と旋回スクロール12は、例えば、いずれもHV50~200の硬さを有する非鉄材料の基材(
図1では固定スクロール11の基材11dを図示)で形成される。非鉄材料の基材としては、具体的には、例えば、アルミニウム合金(例えば、4000番系の各種のアルミニウム(Al)-ケイ素(Si)系合金)を挙げることができるが、特に限定されなない。当該アルミニウム合金の比重は2.6~2.8g/cm
3 であるがこれに限定されない。
【0038】
なお、硬さHVについては、JIS Z2244に規定されるビッカース硬さ試験―試験方法に基づいて多点測定した結果である。以降に記述している硬さHVについても同様である。JIS Z2244に規定される試験方法は、各国の国家規格または国際規格で代替できる。
【0039】
また、本実施の形態の固定スクロール11および旋回スクロール12には、それぞれ表面を硬質化する表面処理が形成される。例えば、旋回スクロール12がアルミニウム合金製であれば、当該旋回スクロール12の表面には、基材よりも硬い、例えばHV200~300の硬さを有する陽極酸化皮膜(アルマイト皮膜)が形成される。硬質化する表面処理は、これに限定されず、基材の材質に合わせて公知の方法が用いられる。
【0040】
一方の固定スクロール11の基材11dには、当該基材11dの表面に積層される混在層と、混在層の上に積層されるニッケル皮膜層と、を備える表面処理膜(硬質皮膜)が形成されている。なお、本開示では、ニッケル皮膜層のみを硬質皮膜(単層硬質皮膜)と見なしてもよいし、ニッケル皮膜層および下層の混在層とをまとめて硬質皮膜(複合硬質皮膜)と見なしてもよいし、複合硬質皮膜には、ニッケル皮膜層および混在層に加えて、必要に応じて公知の他の層を含んでもよい。
【0041】
複合硬質皮膜の代表的な一例を
図2に示す。
図2は、固定スクロール11の基材11d上に形成されている混在層41a、並びにニッケル皮膜層41bの拡大断面模式図である。混在層41aは、少なくとも、ニッケルと、基材11dの成分と、リン(あるいは、後述するように、リンおよび/またはホウ素)と、から構成されればよい。後述するように、ニッケル皮膜層41bの下層に形成される混在層41は、本開示によって初めて明らかになったものと考えられる。
【0042】
本実施の形態では、固定スクロール11の基材11dがアルミニウムなので、混在層41aは、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)と、ニッケル(Ni)と、リン(P)とから構成される。混在層41aの上方(表面側、以下同じ)に形成されるニッケル皮膜層41bは、ニッケルを主成分とする単層硬質皮膜が形成される。なお、ここでいう主成分とは、全成分中80wt%以上を意味する。また、本明細書における含有率または濃度には公知の不純物は含まれない(公知の不純物の含有は実質的に無視できる)。
【0043】
図2では、混在層41aを、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)で構成される「基材成分部位41c」と、ニッケル(Ni)および(P)で構成される「皮膜層成分部位41d」とが交互に配置されるように模式的に示している。この
図2の図示は、混在層41aを理解しやすくするための模式的な図示であり、本開示における混在層41aはこの図示に限定されない。
【0044】
混在層41aおよびニッケル皮膜層41bは、例えば無電解ニッケル-リンメッキ処理により形成することができる。なお、本明細書では、wt%(重量%)はmass%(質量%)に置き換えることができる。
【0045】
ニッケル皮膜層41bは、無電解ニッケル-リンメッキ処理により得られるものであれば、ニッケルおよびリンを含有する。当該ニッケル皮膜層41bに含有するリン濃度(リンの含有率)は8~10wt%であり、残りをニッケルがほぼ占める(ニッケルの含有率90~92wt%)。後述するように、本実施の形態における代表的な実施例では、ニッケル皮膜層41bの表面硬さはHV550~600であった。
【0046】
図3Aおよび
図3Bは、本実施の形態における代表的な実施例において、固定スクロール11の基材11dの界面近傍の断面EDS(エネルギー分散型X線分析;Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)元素マッピングの一例である。
【0047】
図3Aに示すEDS元素マッピング(ニッケル:Ni)から、向かって上方から順にやや薄い黒色部位(図中、ニッケル皮膜層41bが該当)、やや薄い黒色部位と濃い黒色部位が混在している領域(図中、混在層41aが該当)、その下方に濃い黒色部位(図中、11dが該当)が確認される。上方のやや薄い黒色部位にはニッケル(Ni)が存在し、下方の濃い黒色部位には、ニッケル以外の元素であるアルミニウム(Al)が主として存在している。
【0048】
図3Bに示すEDS元素マッピング(リン:P)から、向かって上方の明るいねずみ色で表される領域と、
図3Bのやや薄い黒色で表される領域がほぼ同じである。明るいねずみ色部位にはリン(P)が存在し、下方の黒色部位には同様にアルミニウム(Al)が主として存在している。
【0049】
図3Aおよび
図3Bに基づいて、固定スクロール11の基材11dの断面をSEM(走査型電子顕微鏡;Scanning Electron Microscope)またはTEM(透過型電子顕微鏡;Transmission Electron Microscope)などで観察しながら、EDS元素マッピングすることで、基材11d(主にアルミニウム)の上方に、ニッケル(Ni)と、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)と、リン(P)とから構成される混在層41aと、混在層41aの上方にニッケル(Ni)を主成分とするニッケル皮膜層41bと、が形成されていることを容易に認識可能である。
【0050】
さらに、ニッケル(Ni)、リン(P)が存在する領域にはアルミニウム(Al)はほとんど存在していない。このような結果から、混在層41aは、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケルとリン)と基材11dの成分(アルミニウム)とが化合物として構成されているのではなく、ニッケル(Ni)、リン(P)とアルミニウム(Al)とは個々に独立して構成されていることがわかる。
【0051】
また、このような結果から、ニッケル(Ni)とリン(P)とが、基材11d(アルミニウム合金)の界面11eから基材11dの内部に浸食して、あたかも根を張るような分布を呈している。なお、本実施例における混在層41aの厚みは、最大600nm程度であった。
【0052】
すなわち、前述した代表的な実施例から明らかなように、本開示に係る摺動部材には、ニッケル皮膜層の下層に、少なくとも、ニッケルと、アルミニウム(基材11dの成分)と、リンと、から構成される混在層が形成され、この混在層は、
図2に示すように、アルミニウム(基材11dの成分)で構成される「基材成分部位41c」と、ニッケル(Ni)および(P)で構成される「皮膜層成分部位41d」とが交互に配置されるような構成として模式化できることがわかる。
【0053】
なお、前記構成のスクロール圧縮機の具体的な構成は特に限定されず、公知の各種構成を好適に用いることができる。例えば、スクロール圧縮機が横置きであっても、旋回スクロール12の基材は鉄系であってもよい。また、スクロール圧縮機に限定されず、レシプロ圧縮機またはロータリー圧縮機などであってもよい。
【0054】
[1-2.動作]
以上のように構成されたスクロール圧縮機について、以下その動作、作用について説明する。
【0055】
前記構成のスクロール圧縮機は、固定スクロール11のアルミニウム合金からなる基材11dの表面に、基材11dよりも硬い表面処理膜を形成している。
【0056】
本実施の形態では、固定スクロール11の基材11dのニッケル皮膜層41bの表面硬さは、基材11dの硬さに比べて4~12倍である。ここで、基材の表面上に、直に硬質の表面処理膜を形成した場合では、すでに述べている通りアルミニウム基材と表面処理膜との硬さの差、すなわち機械的強度の違いが過大となる。そのため、摩擦摺動による界面に対し平行方向のせん断力が作用すると、界面にて硬質の表面処理膜の剥離、界面直下の基材を伴う「むしれ」といった破壊を生じさせる。これにより、硬質の表面処理膜が欠落し、摺動面間にアルミニウム基材が露出することがあった。
【0057】
本実施の形態では、基材表面に、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)と、ニッケル(Ni)と、リン(P)とから構成される混在層41aと、混在層41aに上方にニッケル(Ni)を主成分とするニッケル皮膜層41bを形成させる構成を採用している。
【0058】
これにより、摺動によるせん断力が作用しても、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケル、リン)が基材11d内に浸入して形成された混在層41aが、釘またはくさびのような働きをする、いわゆるアンカー効果を発揮する。そのため、基材11dと表面処理膜との硬さの差が大きい場合であっても、基材11dの界面11e付近での皮膜の剥離または破壊が回避、抑制され、十分な皮膜密着性を確保することができる。その結果、ニッケル皮膜層41bの耐摩耗性が十分に発揮されることで、圧縮機の長期信頼性を向上させることができる。
【0059】
本実施の形態では、基材11dのニッケル皮膜層41bの表面硬さは、基材11dの硬さに比べて4~12倍とした。本願発明者らによる、これまでの実験的な取組みから、ニッケル皮膜層41bの硬さは基材11dの6倍以上であれば、より一層顕著なアンカー効果が得られることが明らかとなっている。
【0060】
一方、相手側の旋回スクロール12の表面硬さは、固定スクロール11の表面硬さよりも低いので、圧縮機の運転中に、旋回スクロール12の表面は適度に摩耗して馴染む。すなわち、摺動表面の粗さの先端突起(山部)がトランケートされて平坦化することで、局所的な接触面圧が低減して摺動状態を緩和することができる。これにより、適度な摩耗以上に摩耗が進行することを顕著に抑制できる。
【0061】
また、本実施の形態では、無電解ニッケル-リンメッキ処理により形成されたもので、ニッケル皮膜層41bにおけるリン濃度を8~10wt%としている。
【0062】
ここで、本実施の形態における代表的な比較例として、リン濃度を2wt%未満とした無電解ニッケル-リンメッキ処理により形成されたニッケル皮膜層41bの基材界面近傍の断面EDS元素マッピングの一例を
図4Aおよび
図4Bに示す。
【0063】
図4Aに示すEDS元素マッピング(ニッケル:Ni)から、向かって上方からやや薄い黒色部位(図中、41bが該当)、その直下に濃い黒色部位(図中、11dが該当)がある。上方のやや薄い黒色部位にはニッケル(Ni)が存在し、下方の濃い黒色部位には、ニッケル以外の元素であるアルミニウム(Al)が主として存在している。
【0064】
図4Bに示すEDS元素マッピング(リン:P)から、明るいねずみ色で表される領域と、
図4Aのやや薄い黒色で表される領域がほぼ同じである。EDS元素マッピング(リン:P)から、上方の明るいねずみ色部位にはリン(P)が存在し、下方の黒色部位には同様にアルミニウム(Al)が主として存在している。
【0065】
図4Aおよび
図4Bから明らかなように、比較例では、前述した実施例のように、
図3Aおよび
図3Bに示されたような混在層41aは確認できず、基材11dの上方にニッケル(Ni)とリン(P)からなるニッケル皮膜層41bが直接的に形成されていることが認識できる。
【0066】
以上の結果から、本開示においては、無電解ニッケル-リンメッキ処理工程において形成されるニッケル皮膜層41bに関し、リン濃度が低いと、混在層41aが形成されないことを明確化された。
【0067】
本願発明者らによる、これまでの実験的な取組みから得られた、ニッケル皮膜層41b中のリン濃度と混在層41aの最大厚さの関係を
図5に示す。
【0068】
ニッケル皮膜層41b中のリン濃度を3wt%よりも高くすることで、混在層41aの最大厚さが100nm以上となる。これにより、摩擦摺動による界面11eに対し平行方向のせん断力が作用しても、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケル、リン)が基材11dに浸入して形成された混在層41aがアンカー効果を発揮する。よって、基材11dと表面処理膜との硬さの差が大きい場合であっても、界面11e付近での皮膜の剥離または破壊を回避、抑制し、十分な皮膜密着性を確保することができる。
【0069】
本願発明者らの鋭意検討によれば、ニッケル皮膜層41bにおけるリン濃度が3wt%よりも高い場合には、当該ニッケル皮膜層41bは、相対的に硬くないものとなり、その耐久性も低い傾向にあるが、基材11dの界面との密着性が高くなる傾向にある。一方、ニッケル皮膜層41bのリン濃度が3wt%以下と低い場合には、当該ニッケル皮膜層41bは、相対的に硬いものとなり、その耐久性も高い傾向にあるが、基材11dの界面との密着力が低くなる傾向にある。
【0070】
本開示では、摺動部材(特に冷媒圧縮機用の摺動部材)に形成する無電解ニッケル-リンメッキにおいて、基材11dの密着力をより一層良好なものにできる最少のリン濃度を明らかにできたとともに、基材11dとニッケル皮膜層41bとの間に混在層41aが生じ、この混在層41aによりニッケル皮膜層41bの密着力を高くできることを、初めて明らかにしたものである。
【0071】
これにより、摺動部材に形成されたニッケル皮膜層41bは、基材11dに対して、より一層良好な密着性を実現できるとともに、ニッケル皮膜層41bそのものも優れた耐久性を保持できることになる。その結果、本開示に係る摺動部材は、長期に亘る信頼性が求められる圧縮機の分野で広く好適に活用することができる。
【0072】
混在層41aを形成するためには、前記の通り、少なくとも、ニッケル皮膜層41bにおけるリン濃度を3wt%以上とすればよいが、このような表面処理膜を形成するためには、例えば、無電解ニッケル-リンメッキ処理における建浴温度を、例えば80~100℃の範囲内とすることができる。
【0073】
建浴温度が80℃よりも低くなると、諸条件にもよるが、メッキ形成速度が遅くなり過ぎて、析出ムラ(メッキ膜(ニッケル皮膜層41b)が所々にしか形成されない現象)が発生したりする可能性がある。一方、建浴温度が100℃よりも高くなると、諸条件にもよるが、メッキ形成速度が速くなりすぎて、メッキ膜(ニッケル皮膜層41b)の膜厚にバラつきが大きくなる可能性があることに加え、混在層41bの厚さが1000nmを超えたり、混在層41bに占める基材11dの成分比率が著しく低下したりする可能性がある。
【0074】
このように、建浴温度によってメッキ形成速度が遅くなったり早くなったりすると、特に、良好な混在層41aの形成に影響を及ぼすおそれがある。その結果、得られる表面処理膜において、十分な耐剥離性を確保できなくなる可能性がある。
【0075】
特に、圧縮機のように、長期に亘る信頼性確保が求められる分野では、建浴温度を85~95℃の範囲内にすることもできる。諸条件にもよるが、建浴温度がこの範囲内であれば、より一層良好な混在層41aを形成しやすくなり、表面処理膜の耐剥離性をより一層良好なものとすることができる。
【0076】
なお、前記の建浴温度の好適な範囲は、前述した通り、主として、良好なメッキ形成速度を実現するために設定されるものである。したがって、本開示において、基材11dに表面処理膜(ニッケル皮膜層41bおよび混在層41aを備える膜)を形成するために、無電解ニッケル-リンメッキ処理における建浴温度は、必ずしも前記の範囲内に限定されるものではなく、諸条件に応じて前記の範囲外の建浴温度を採用することもできる。さらに、本開示においては、無電解ニッケル-リンメッキ処理における公知の他の条件を好適な範囲内に設定することもできる。
【0077】
このように、本開示においては、従来の無電解ニッケル-リンメッキ処理工程を踏襲した上で、ニッケル皮膜層41b内のリン濃度を所定の値(3wt%より高く)となるように調合して、当該ニッケル皮膜層41bを形成すれば、本開示に係る表面処理膜(混在層41aおよびニッケル皮膜層41bを備える複合硬質皮膜)を形成することができる。そのため、処理前の基材11dに対して、その表面を予め荒らす、例えばショットブラストなどの工程を追加する必要がなく、かつ、一般的な無電解ニッケル-リンメッキ処理を利用することができるので、安価に表面処理膜を形成することができるとともに、表面処理膜が形成された基材11d、すなわち本開示に係る摺動部材において、その量産性の観点でも非常に優れている。
【0078】
なお、本実施の形態(本開示)においては、混在層41aは、厚みを100nm以上で、かつ1000nm以下としてもよい。
【0079】
混在層41aの厚みが100nm未満では前記した如く十分なアンカー効果は得られ難い。一方、ニッケル皮膜層41bのリン濃度を上げれば必然的に混在層41aの厚みは厚くなる。しかしながら、リン濃度が15wt%以上になると、ニッケル皮膜層41bの硬さが低くなり、高い耐摩耗性を確保することが困難となる可能性がある。耐摩耗性確保の観点から、リン濃度は15wt%以下が望ましく、リン濃度が15wt%での混在層41aの厚みは約1000nmとなる。よって、混在層41aの厚みは1000nm以下が望ましい。
【0080】
また、本実施の形態では、摺動部材の基材をアルミニウム(Al)-ケイ素(Si)系合金としたが、基材の比重が3.0g/cm3 以下で、かつ、HV50~200の硬さを有する軟質の非鉄材料であっても、前述したアルミニウム-ケイ素系合金と同様の効果が得られる。
【0081】
例えば、アルミニウム合金であれば、アルミニウム(Al)を主成分とするアルミニウム(Al)-銅(Cu)-マグネシウム(Mg)系(2000番系など)、アルミニウム(Al)-マグネシウム(Mg)系(5000番系)、アルミニウム(Al)-マグネシウム(Mg)-ケイ素(Si)系(6000番系)、アルミニウム(Al)-亜鉛(Zn)-マグネシウム(Mg)系(7000番系)、リチウム(Li)添加系アルミニウム合金(8000番系など)においても、前述したアルミニウム-ケイ素系合金と同様の効果が得られる。
【0082】
また、マグネシウム(Mg)を主成分とするマグネシウム合金であれば、例えば、マグネシウム(Mg)-アルミニウム(Al)-亜鉛(Zn)系合金においても、前述したアルミニウム-ケイ素系合金と同様の効果が得られる。
【0083】
[1-3.効果等]
以上のように、本実施の形態において、摺動部材は、基材11dと、少なくとも、ニッケルと、前記基材11dの成分、本実施の形態ではアルミニウムと、リンと、から構成される混在層41aと、前記混在層41aの上方にニッケルを主成分とするニッケル皮膜層41bとからなる構成である。
【0084】
これにより、摺動部材は、硬質皮膜処理による焼付き防止性に加えて、十分な皮膜密着性も併せ持つことができる。これにより、基材11dと硬質皮膜(ニッケル皮膜層41b)との硬さの差を起因とする基材界面付近での破壊または皮膜の剥離を回避することが可能となる。
【0085】
なお、本開示においては、後述する実施の形態2も含めて、摺動部材は、基材11d、混在層41a、およびニッケル皮膜層41b以外の構成を含んでもよい。すなわち、本開示に係る摺動部材は、基材11d、混在層41aおよびニッケル皮膜層41bを備える構成であればよい。
【0086】
また、本実施の形態のように、前記混在層41aは、前記ニッケル皮膜層41bの成分と、前記基材11dの成分とは、独立して存在する構成とすることができる。
【0087】
これにより、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケル、リン)が基材11dに浸入して形成された混在層41aが、釘またはくさびのような働きをする、いわゆるアンカー効果を十分に発揮し、皮膜密着性を顕著に向上させることができる。
【0088】
また、本実施の形態のように、前記混在層41aは、厚みを100nm以上で、かつ1000nm以下とした構成とすることができる。
【0089】
これにより、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケル、リン)が基材11dに浸入して形成された混在層41aのアンカー効果と、ニッケル皮膜層41bの高い耐摩耗性を併せ持たせた摺動部材とすることができる。
【0090】
また、ニッケル皮膜層41bは、無電解ニッケル-リン複合メッキとした構成とすることができる。この構成においては、ニッケル皮膜層41bは、リン濃度を3wt%よりも高くした構成とすることができる。
【0091】
これにより、ニッケル皮膜層41b内のリン濃度を所定の値(3wt%より高く)になるように調合した従来の無電解ニッケル-リンメッキ処理工程を踏襲することで、本実施の形態のような、ニッケル皮膜層41bと混在層41aとからなる表面処理膜を形成することができる。そのため、基材11dの表面を予め荒らすなどの工程を追加する必要がなく、優れた量産性を実現できる。
【0092】
また、ニッケル皮膜層41bの皮膜は、膜厚を2μm以上とした構成とすることができる。
【0093】
これにより、ニッケル皮膜層41bの成分(ニッケル、リン)が基材11dに浸入して形成された混在層41aのアンカー効果を十分に発揮させ、長期信頼性の高い摺動部材とすることができる。用途または運転条件、運転時間等の諸条件に応じて適切な膜厚を選択することも可能である。
【0094】
また、基材は、HV50~200の硬さを有し、アルミニウムを主成分とする合金とした構成とすることができる。これにより、高耐摩耗性と高耐剥離性を併せ持つ軽量な摺動部材とすることができる。
【0095】
一方、上記摺動部材を用いて構成した圧縮機は、冷媒を圧縮する圧縮機構部と、前記圧縮機構部を駆動する電動機構部と、前記圧縮機構部および前記電動機構部を収容し、底部に潤滑油を貯留する貯油部を有した密閉容器と、を備え、前記構成の摺動部材を用いた摺動部が含まれている構成、すなわち、摺動部分の少なくともいずれかに前記構成の摺動部材を配した構成とすることができる。
【0096】
これにより、高い自己耐摩耗性と皮膜密着性を併せ持つ摺動部材を擁することによって、圧縮機の摺動部における摩耗または剥離に起因する性能低下または動作不良などを回避、抑制することができる。これにより、当該圧縮機を、長期に亘って、高い性能を維持した状態で安定的に稼働させることができる。
【0097】
そして、この圧縮機を搭載して冷凍装置を構成すれば、冷凍装置の高効率化に加え、信頼性を顕著に向上させることができる。なお、本開示に係る冷凍装置の具体的な構成は限定されず、本開示に係る圧縮機を含む公知の冷媒回路(冷凍サイクル)を備える構成であればよい。冷凍装置の具体的な構成も特に限定されず、空気調和機、給湯器、冷蔵庫等の公知の冷凍装置であればよい。
【0098】
また、圧縮機構部は、固定スクロールと、旋回スクロールと、前記旋回スクロールを旋回駆動する回転軸とを備え、摺動部材は、少なくとも前記固定スクロール、前記旋回スクロールのどちらか一方に用いられる構成、すなわち、前記工程スクロールおよび前記旋回スクロールの少なくともいずれか一方の摺動部が、前記構成の摺動部材を含む構成とすることができる。
【0099】
これにより、高い自己耐摩耗性と皮膜密着性を併せ持つ摺動部材を擁することによって、スクロール圧縮機の長期信頼性を向上できる。さらに、固定スクロールまたは旋回スクロールの基材に比重の軽いアルミニウムなどを使用することで、顕著な軽量化を図ることができる。それゆえ、軽量化が望まれる分野、例えば車載式等への展開が可能なスクロール圧縮機を提供することができる。
【0100】
加えて、旋回スクロールを軽量化すれば、圧縮機構部に作用する遠心力が低減して、運転中の圧縮機の振動を抑制することができる。そのため、高速回転による冷凍能力の増加を図ることができる。さらに、回転軸に作用するラジアル荷重が低くなるので、回転軸の直径を小さくする設計変更が可能となる。これにより、入力損失低減による高効率化、または、圧縮機の小型化を図った商品力の高いスクロール圧縮機を提供することができる。
【0101】
また、本発明の圧縮機には、R134a、R32、R410A、R407C、イソブタン、プロパン、二酸化炭素、又は、炭素間に二重結合を有する冷媒などの作動媒体を用いる構成とすることができる。
【0102】
これにより、圧縮機に配設された摺動部材は、いずれの冷媒に暴露されても変質、変形することを有効に抑制、回避できる。これにより、当該圧縮機は、長期に亘って高い自己耐摩耗性と皮膜密着性を安定的に発揮することができる。
【0103】
加えて、圧縮機に配設された摺動部材は、摺動の過程で生じた冷媒が分解して生成された物質(例えば、炭素間に二重結合を有する冷媒に見られるフッ化物など)に曝されても変質、変形することを有効に抑制できる。これにより、当該圧縮機は、長期に亘って高い自己耐摩耗性と皮膜密着性を安定的に発揮することができる。
【0104】
(実施の形態2)
以下、
図6~
図7Bを用いて、実施の形態2を説明する。適宜、
図1~
図5を参照する。また、
図1から
図5で説明した構成と同一構成には同一符号を付して説明を一部省略する。
【0105】
[2-1.構成]
本実施の形態において、摺動部材となる固定スクロール11と旋回スクロール12は、例えば、いずれも基材を、HV50~200の硬さを有する非鉄材料の基材で形成される。非鉄材料の基材としては、具体的には、アルミニウム合金(例えば、4000番系の各種のアルミニウム(Al)-ケイ素(Si)系合金)を挙げることができるが、特に限定されない。当該アルミニウム合金の比重は2.6~2.8g/cm3 であるがこれに限定されない。
【0106】
また、本実施の形態の固定スクロール11および旋回スクロール12には、それぞれ表面を硬質化する表面処理が形成される。例えば、旋回スクロール12がアルミニウム合金製であれば、当該旋回スクロール12の表面には、基材11dよりも硬い、例えばHV200~300の硬さを有する陽極酸化皮膜(アルマイト皮膜)が形成されている。硬質化する表面処理は、これに限定されず、基材11dの材質に合わせて公知の方法が用いられる。
【0107】
一方の固定スクロール11の基材11dには、前記実施の形態1と同様に、当該基材11dの表面に積層される混在層と、混在層の上に積層されるニッケル皮膜層と、を備える表面処理膜が形成されている。本実施の形態における表面処理膜の代表的な一例を
図6に示す。
図6は、固定スクロール11の基材11d上に形成されている混在層51a、並びに第一のニッケル皮膜層51bおよび第二のニッケル皮膜層51cの拡大断面模式図である。
【0108】
本実施の形態では、固定スクロール11の基材11dがアルミニウムなので、混在層51aは、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)と、ニッケル(Ni)と、リン(P)とから構成される。混在層41aの上方には第一のニッケル皮膜層51bが形成され、当該第一のニッケル皮膜層51bのさらに上方(最表面側)には、第二のニッケル皮膜層51が形成される。
【0109】
第一のニッケル皮膜層51bおよび第二のニッケル皮膜層51cは、いずれもニッケルを主成分とする単層硬質皮膜である。これらニッケル皮膜層51b,51cは、複層ニッケル皮膜層51dを構成している。なお、複層ニッケル皮膜層51dは3層以上で構成されてもよいし、各層の成分(ニッケル濃度またはリン濃度等)に違いがあってもよい。
【0110】
図6でも、前記実施の形態1で参照した
図2と同様に、混在層51aを、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)で構成される「基材成分部位51e」と、ニッケル(Ni)および(P)で構成される「皮膜層成分部位51f」とが交互に配置されるように模式的に示している。この
図6の図示は、
図2と同様に模式的な図示であり、本開示における混在層51aはこの図示に限定されない。
【0111】
第一のニッケル皮膜層51bおよび第二のニッケル皮膜層51cは、いずれも無電解ニッケル-リンメッキ処理により形成されている。本実施の形態では、第一のニッケル皮膜層51bはリン濃度(リンの含有率)が8~10wt%であり、残りをニッケルがほぼ占め(ニッケルの含有率90~92wt%)、第二のニッケル皮膜層51cはリン濃度が1~3wt%であり、残りをニッケルがほぼ占める(ニッケルの含有量97~99wt%)。この含有量には公知の不純物は含まれない。
【0112】
本実施の形態における代表的な実施例では、複層構造のメッキ皮膜層を安定的に形成させるために、基材11d表面に亜鉛皮膜を形成させるジンケート(zincate)処理を予め行った。この前処理工程で形成された亜鉛皮膜を、第一のニッケル皮膜層51b用の無電解メッキ液中でニッケルに置換させて、第一のニッケル皮膜層51b(メッキ皮膜)を形成した。続けて第二のニッケル皮膜層51c用の無電解メッキ液に浸漬させて第二のニッケル皮膜層51cを形成した。これにより、
図6に模式的に示すような、複層ニッケル皮膜層51dを作製(製造)した。
【0113】
作製した複層ニッケル皮膜層51dについて、JIS Z2244に基づいて、ハイジトロン社製のナノインデンテーション装置TI-950トライボインデンター(商品名)により硬さ測定を行った。第一のニッケル皮膜層51bの硬さはHV550~600、第二のニッケル皮膜層51cの硬さはHV650~700であった。
【0114】
一般的に、リン濃度が低くなるほど、ニッケル皮膜層の硬さは硬くなる傾向にあることは知られている。すなわち、リン濃度が異なるメッキ処理を複数回行うことで、段階的に各層の硬さを制御された複層構造のメッキ皮膜層を形成することが可能である。本実施の形態では二回メッキ処理を行い二層からなる複層ニッケル皮膜層51dとしたが、前記の通り、三層以上の複層ニッケル皮膜層としてもよい。
【0115】
図7Aおよび
図7Bは、本実施の形態における代表的な実施例において、固定スクロール11の基材11dの界面11e近傍の断面EDS元素マッピングの一例である。
【0116】
図7Aに示すEDS元素マッピング(ニッケル:Ni)から、向かって上方から順にやや薄い黒色部位(図中、51b、51cが該当)、その下方にやや薄い黒色部位と濃い黒色部位が混在している領域(図中、51aが該当)がある。やや薄い黒色部位にはニッケル(Ni)が存在し、一方の濃い黒色部位には、ニッケル以外の元素であるアルミニウム(Al)が主として存在している。
【0117】
図7Bに示すEDS元素マッピング(リン:P)から、明るいねずみ色で表される領域と、前記実施の形態1で説明した、比較例である
図4Aに示す、やや薄い黒色で表される領域がほぼ同じである。
【0118】
図7Bに示す、明るいねずみ色部位にはリン(P)が存在し、下方の黒色部位には同様にアルミニウム(Al)が主として存在している。また、上方のねずみ色部位(図中、51cが該当)は、下方のねずみ色部位(図中、51bが該当)に比べて色調が異なる。これはリン濃度の違いを表しており、上方の色調が濃い部位(図中、51cが該当)のリン濃度が、下方の部位(図中、51bが該当)に比べて低いことを示している。
【0119】
図7Aおよび
図7Bより、固定スクロール11の基材11dの断面をSEMまたはTEMなどで観察しながら、EDS元素マッピングすることで、基材11d(図示せず)の上方に、ニッケル(Ni)と、基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)、リン(P)から構成される混在層51aと、混在層51aの上方にニッケル(Ni)を主成分とする第一のニッケル皮膜層51b、並びに第二のニッケル皮膜層51cが形成されていることを容易に認識可能である。
【0120】
さらに、ニッケル(Ni)、リン(P)が存在する領域にはアルミニウム(Al)が存在していない。このことから、混在層51aは、第一のニッケル皮膜層51bおよび第二のニッケル皮膜層51cの成分(ニッケルとリン)と、基材11dの成分(アルミニウム)が化合物として構成されているのではなく、ニッケル(Ni)、リン(P)とアルミニウム(Al)とは個々に独立して構成されていることがわかる。
【0121】
また、このような結果から、ニッケル(Ni)とリン(P)が、基材11d(アルミニウム合金)の界面11eから基材11dの内部に浸食して、あたかも根を張るような分布を呈している。混在層51aの厚みは、図示していないが、最大600nm程度であった。
【0122】
すなわち、前述した代表的な実施例から明らかなように、本開示に係る摺動部材には、ニッケル皮膜層の下層に、少なくとも、ニッケルと、アルミニウム(基材11dの成分)と、リンと、から構成される混在層が形成され、この混在層は、
図6に示すように、アルミニウム(基材11dの成分)で構成される「基材成分部位51e」と、ニッケル(Ni)および(P)で構成される「皮膜層成分部位51f」とが交互に配置されるような構成として模式化できることがわかる。
【0123】
ここで、本実施の形態においても、混在層51aを形成するためには、前記実施の形態1の通り、少なくとも、第一のニッケル皮膜層51bにおけるリン濃度を3wt%以上、好ましくは前記の通り8~10wt%とすればよく、この場合も、前記実施の形態1と同様に、例えば、無電解ニッケル-リンメッキ処理における建浴温度を好適な範囲内に設定することができる。
【0124】
さらに、本実施の形態では、最表面(あるいは最外面)側となるニッケル皮膜すなわち第二のニッケル皮膜51cのリン濃度を1~3wt%と、基材11dに接する第一のニッケル皮膜51b(混在層51aに接するニッケル皮膜、最内面側のニッケル皮膜)よりも低く設定している。このような低リン濃度のニッケル皮膜を形成するには、無電解ニッケル-リンメッキ処理における建浴温度を60~100℃の範囲内とすることができる。
【0125】
建浴温度が60℃よりも低くなると、諸条件にもよるが、メッキ形成速度が遅くなり過ぎて、析出ムラ(メッキ膜(第二のニッケル皮膜層51c)が所々にしか形成されない現象)が発生したりする可能性がある。一方、建浴温度が100℃よりも高くなると、諸条件にもよるが、メッキ形成速度が速くなりすぎて、量産時の安定的な膜厚の管理が困難となる。また、第二のニッケル皮膜層51cが良好に形成されないと、その下層に位置する第一のニッケル皮膜層51bまたは混在層51aにも影響が生じるおそれもある。
【0126】
特に、圧縮機のように、長期に亘る信頼性確保が求められる分野では、最表面側となるニッケル皮膜を形成するための建浴温度を70~95℃の範囲内にすることもできる。諸条件にもよるが、建浴温度がこの範囲内であれば、複数のニッケル皮膜と混在層51aを備える表面処理膜の物性をより一層良好なものとすることができる。
【0127】
[2-2.動作]
以上のように構成されたスクロール圧縮機について、以下その動作、作用について説明する。
【0128】
前記構成のスクロール圧縮機は、固定スクロール11のアルミニウム合金からなる基材11dの表面に、基材11dよりも硬い表面処理膜を形成している。
【0129】
本実施の形態では、固定スクロール11の基材11dの第一のニッケル皮膜層51bの表面硬さは、基材11dの硬さに比べて4~12倍である。ここで、基材11dの表面上に、直に硬質の表面処理膜を形成した場合では、アルミニウム基材と表面処理膜との硬さの差、すなわち機械的強度の違いが過大となる。そのため、摩擦摺動による界面に対し平行方向のせん断力が作用すると、界面において硬質の表面処理膜の剥離、あるいは、界面直下の基材を伴う「むしれ」といった破壊を生じさせる。これにより、硬質の表面処理膜が欠落し、摺動面間にアルミニウム基材が露出することがあった。
【0130】
本実施の形態のように、基材11dの表面に、当該基材11dの主成分であるアルミニウム(Al)と、ニッケル(Ni)と、リン(P)とから構成される混在層51aと、混在層51aの上方にニッケルを主成分とする第一のニッケル皮膜層51bと、を形成させる構成を採用している。
【0131】
これにより、摩擦摺動によるせん断力が作用しても、第一のニッケル皮膜層51bの成分(ニッケル、リン)が基材11dに浸入して形成された混在層51aが、釘またはくさびのような働きをする、いわゆるアンカー効果を発揮する。そのため、基材11dと表面処理膜との硬さの差が大きい場合であっても、基材11dの界面11e付近での剥離または破壊が回避、抑制され、十分な皮膜密着性を確保することができる。
【0132】
加えて、本実施の形態では、第二のニッケル皮膜層51cは、第一のニッケル皮膜層51bに比べてリン濃度を低く(1~3wt%)設定している。これにより、相手材と摺動する最表面の皮膜層の硬さ(HV)が非常に高くなるので、顕著に優れた自己耐摩耗性を確保することができる。
【0133】
一方、相手側の旋回スクロール12の表面硬さは、固定スクロール11の表面硬さよりも低いので、圧縮機の運転中に、旋回スクロール12の表面は適度に摩耗して馴染む。すなわち、摺動表面の粗さの先端突起(山部)がトランケートされて平坦化することで、局所的な接触面圧が低減して摺動状態を緩和することができる。これにより、適度な摩耗以上に摩耗が進行することを顕著に抑制できる。
【0134】
[2-3.効果等]
以上のように、本実施の形態において、摺動部材は、基材11dと、少なくとも、ニッケルと、前記基材11dの成分、本実施の形態ではアルミニウムと、リンと、から構成される混在層51aと、前記混在層51aの上方にニッケルを主成分とする、本実施の形態では第一のニッケル皮膜層51b、第二のニッケル皮膜層51cとからなる構成である。
【0135】
これにより、摺動部材は、基材と硬質皮膜の硬さの差を起因とする基材界面付近での破壊または皮膜の剥離を回避する十分な皮膜密着性を有することができる。
【0136】
また、ニッケル皮膜層は、主成分をニッケルとするものであるが、前記の通り、少なくとも2層以上である複層ニッケル皮膜層とすることができ、混在層側のニッケル皮膜層のリン濃度は、最表面側のニッケル皮膜層のリン濃度よりも高い構成とすることができる。
【0137】
さらに詳しくは、前記混在層側のニッケル皮膜層(本実施の形態では第一のニッケル皮膜層51b)は、リン濃度を3wt%よりも高くし、最表面側のニッケル皮膜層(本実施の形態では第二のニッケル皮膜層51c)は、リン濃度を3wt%以下とした構成とすることができる。
【0138】
これにより、摺動部材は、硬質皮膜処理による焼付き防止性に加えて、十分な皮膜密着性も併せ持つことができる。これにより、基材と硬質皮膜との硬さの差を起因とする基材界面付近での破壊または皮膜の剥離を回避することが可能となる。しかも、焼付き防止性および皮膜密着性に加えて、最表面側のニッケル皮膜層に十分な自己耐摩耗性も併せ持たせることができる。
【0139】
また、本実施の形態および前記実施の形態1では、ニッケル皮膜層はリンを配合した構成であるが、本願発明者のこれまでの取り組みによれば、本開示はリンの配合に限定されず、ホウ素が配合されてもよい。
【0140】
ホウ素を配合したニッケル皮膜層であっても、さらにリンおよびホウ素双方を配合したニッケル皮膜層でも、リンを配合したニッケル皮膜層と同様に、優れた密着強度と自己耐摩耗性を得ることができる。したがって、混在層には、ニッケルおよび基材の成分に加えて、リンおよびホウ素の少なくとも一方が含まれていればよい。
【0141】
なお、ニッケル皮膜層へのホウ素の配合については、無電解ニッケル-ホウ素(ボロン)複合メッキ等の公知の手法を用いることで、前述した実施の形態1または本実施の形態における、ニッケル皮膜層へのリンの配合と同様に実施することができる。したがって、リンの配合をホウ素に置き換えれば、当業者は、ホウ素を含有するニッケル皮膜層の構成および形成を容易に理解することができる。
【0142】
また、ニッケル皮膜層がリンではなくホウ素を含む場合、あるいは、リンおよびホウ素の双方を含む場合、前記実施の形態1または本実施の形態2で説明したリン濃度を、ホウ素濃度に置き換えることができる。
【0143】
また、ニッケル皮膜層がホウ素を含む場合、無電解ニッケル-ホウ素メッキ処理については、前記実施の形態1または本実施の形態2で説明した諸条件をそのまま適用することができる。代表的には、無電解ニッケル-ホウ素メッキ処理における建浴温度を80~100℃の範囲内に設定したり、85~95℃の範囲内に設定したりすることができる。あるいは、本実施の形態2のように、ニッケル皮膜を複数層形成する場合には、最表面側のニッケル皮膜を無電解ニッケル-ホウ素メッキ処理で形成する際に、建浴温度を60~100℃の範囲内に設定したり、70~95℃の範囲内に設定したりすることができる。これにより、混在層を含む表面処理膜を好適に形成することができる。
【0144】
また、ニッケル皮膜層は、ニッケル以外の成分を含有してもよいし、混在層は、ニッケルおよびリン、またはニッケルおよびホウ素以外の成分を含有してもよい。このような他の成分の含有量は特に限定されず、皮膜密着性および自己耐摩耗性に影響を及ぼさない範囲内であればよい。ニッケル皮膜層または混在層は、技術常識的に不可避的不純物を含有し得るが、このような不可避的不純物は、ニッケル皮膜層および混在層の成分としては無視できる。したがって、他の成分の含有量の下限は不可避的不純物を超える量であればよい。
【0145】
なお、前述した各実施の形態では、本開示に係る摺動部材について、冷媒を作動媒体としてこれを圧縮する圧縮機で説明したが、冷媒ではない作動媒体を圧縮する圧縮機であってもよい。あるいは、本開示に係る摺動部材は、圧縮機だけでなく、車のエンジン等に用いても同様の効果を得ることが可能である。そのため、冷媒を作動媒体としない圧縮機に適用することもできる。
【0146】
このように、本開示に係る摺動部材は、基材界面付近での破壊または皮膜の剥離を抑制し、十分な皮膜密着性が確保できるので、摺動部を構成したときに長期に亘る信頼性を高めることができる。
【0147】
また、本開示に係る圧縮機は、前記の摺動部材を備えているため、信頼性及び効率が向上し、冷凍冷蔵庫または、温水暖房装置、空気調和装置、給湯器、または冷凍機などの冷凍サイクルを用いた冷凍装置に有用である。
【0148】
前述した説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、前述した説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0149】
本発明は、摺動部材の分野に広く好適に用いることができ、特に、冷媒圧縮機等の圧縮機の分野、あるいは、当該圧縮機を用いた冷凍サイクルの分野、さらには、圧縮機と同様の摺動部を有する分野に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0150】
1:密閉容器
4:貯油部
10:圧縮機構部
11:固定スクロール
11a:固定スクロール鏡板
11b:固定渦巻きラップ
11d:基材
12:旋回スクロール
12a:旋回スクロール鏡板
12b:旋回渦巻きラップ
13:回転軸
20:電動機構部
41a、51a:混在層
41b:ニッケル皮膜層
51b 第一のニッケル皮膜層
51c 第二のニッケル皮膜層
51d:複層ニッケル皮膜層(ニッケル皮膜層)