(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】遷移金属含有化合物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 19/00 20060101AFI20241115BHJP
B01J 31/24 20060101ALI20241115BHJP
C07D 333/38 20060101ALI20241115BHJP
C07F 9/50 20060101ALN20241115BHJP
C07F 15/00 20060101ALN20241115BHJP
【FI】
C07F19/00 CSP
B01J31/24 Z
C07D333/38
C07F9/50
C07F15/00 C
(21)【出願番号】P 2018202429
(22)【出願日】2018-10-29
【審査請求日】2021-08-24
【審判番号】
【審判請求日】2023-02-10
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002826
【氏名又は名称】弁理士法人雄渾
(72)【発明者】
【氏名】桑原 純平
(72)【発明者】
【氏名】神原 貴樹
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 亮太
【合議体】
【審判長】阪野 誠司
【審判官】小石 真弓
【審判官】野田 定文
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-511339(JP,A)
【文献】REGISTRY(STN)[online],1991.11.22[検索日 2022.04.23],CAS登録番号 137498-57-8
【文献】REGISTRY(STN)[online],1991.11.22[検索日 2022.04.23],CAS登録番号 137498-69-2
【文献】REGISTRY(STN)[online],1984.11.16[検索日 2022.04.23],CAS登録番号 74426-90-7
【文献】Dalton Trans.,2005年,p1294-1300
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus(STN)、REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されることを特徴とする、遷移金属含有化合物。
【化1】
(式(1)中、Mはパラジウム又はニッケルであり、Aは環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子であり、Dは電子供与性の配位子であって、
炭素原子数3~30の環構造若しくは分岐構造の炭化水素基を含有し、かつ環構造若しくは分岐構造がリン原子に結合した構造、又は、N-ヘテロ環式カルベン構造であり、m、nはそれぞれ前記配位子の前記遷移金属に対する配位数であり、mは2~5の整数、nは1~2の整数を示し、かつ、m>nである。前記配位子Aは、下記式(2)で表される構造である。)
【化2】
【請求項2】
前記配位子Dは、下記式(3)で表される構造であることを特徴とする、請求項1に記載の遷移金属含有化合物。
【化3】
【請求項3】
下記式(4)で表されることを特徴とする、パラジウム含有化合物。
【化4】
【請求項4】
請求項1又は2に記載の遷移金属含有化合物の製造方法であって、環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子Aが配位した、パラジウム又はニッケルに対して、電子供与性の配位子Dを反応させることを特徴とする、遷移金属含有化合物の製造方法。
【請求項5】
下記式Ar
1-Ar
2で表されるクロスカップリング反応生成物の製造方法であって、下記式Ar
1-X及び式Ar
2-Yの化合物を反応させる際に、請求項1~3のいずれか1項に記載の化合物を触媒として使用することを特徴とする、クロスカップリング反応生成物の製造方法。
式:Ar
1-Ar
2
(式中:Ar
1及びAr
2は、無置換もしくは置換のアリール基、無置換もしくは置換のヘテロアリール基、無置換もしくは置換のアルケニル基、又は無置換もしくは置換のアルキニル基を表す。)
式:Ar
1-X
(式中、Ar
1は、前記の通りであり、Xは、ハロゲン、メタンスルホン酸基、トルエンスルホン酸基、トリフルオロメタンスルホン酸基、又はカルボン酸ハロゲン化物基である。)
式:Ar
2-Y
(式中、Ar
2は、前記の通りであり、Yは、水素、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、ホルミル基、カルボニル基、シアノ基、アミノ基、B(OR
1)
2、ZnX
1、AlR
2
2、SnR
3
3、MgX
2、又はSiR
4
3であり、ここで、X
1及びX
2はハロゲンであり、そしてR
1、R
2、R
3及びR
4はそれぞれ独立して水素又はアルキル基である。)
【請求項6】
下記式―(Ar
1-Ar
2)
O―で表されるクロスカップリング重合生成物の製造方法であって、下記式X-Ar
1-X及び式Y-Ar
2-Yの化合物を重合させる際に、請求項1~3のいずれか1項に記載の化合物を触媒として使用することを特徴とする、クロスカップリング重合生成物の製造方法。
式:―(Ar
1-Ar
2)
O―
(式中:Ar
1及びAr
2は、無置換もしくは置換のアリール基、無置換もしくは置換のヘテロアリール基、無置換もしくは置換のアルケニル基、又は無置換もしくは置換のアルキニル基を表す。oは(Ar
1-Ar
2)単位の繰り返し数を表し、1以上の整数である。)
式:X-Ar
1-X
(式中、Ar
1は、前記の通りであり、Xは、それぞれ独立してハロゲン、メタンスルホン酸基、トルエンスルホン酸基、トリフルオロメタンスルホン酸基、又はカルボン酸ハロゲン化物基である。)
式:Y-Ar
2-Y
(式中、Ar
2は、前記の通りであり、Yは、それぞれ独立して水素、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、ホルミル基、カルボニル基、シアノ基、アミノ基、B(OR
1)
2、ZnX
1、AlR
2
2、SnR
3
3、MgX
2、又はSiR
4
3であり、ここで、X
1及びX
2はハロゲンであり、そしてR
1、R
2、R
3及びR
4はそれぞれ独立して水素又はアルキル基である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属含有化合物及びその製造方法に関する。さらに詳しくは、クロスカップリング反応に使用することが可能な遷移金属含有化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素と炭素を直接結合させる反応は、医薬品や農薬の合成や、有機半導体等に用いられる共役ポリマーの重合において重要な役割を果たしている。その中でもクロスカップリング反応は、汎用性と実用性を兼ね備えた炭素骨格の構築手法として、生理活性物質や機能材料などのファインケミカルズ合成にも広く利用されている反応のひとつである。
【0003】
これまでに、クロスカップリング反応に用いられる触媒としては、多種多様な遷移金属含有化合物が研究、開発されてきており、例えば、特許文献1には、鉄を中心金属として有するクロスカップリング反応用触媒が開示されている。さらに、特許文献2及び3には、中心金属としてパラジウムを有するクロスカップリング反応用触媒が開示されている。
【0004】
また、一般に広く知られているクロスカップリング触媒であるパラジウム(0)-テトラキス(トリフェニルホスフィン)[Pd(PPh3)4]は、配位子であるトリフェニルホスフィンが空気中の酸素等と反応し、分解してしまうことが知られており、取り扱いが難しいという問題があった。
前記問題に対して、トリフルオロメチル基を有するトリフェニルホスフィンを配位子として用いることで、空気中の酸素等に非常に安定なパラジウム触媒(Superstable Pd)が得られることが開示されている(特許文献4及び非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2010/001640号
【文献】特開2017-160140号公報
【文献】特表2002-506836号公報
【文献】特表2014-511339号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Alexandra Jakab et al, A Robust and Efficient Catalyst Possessing an Electron‐Deficient Ligand for the Palladium‐Catalyzed Direct Arylation of Heteroarenes, European Journal of Organic Chemistry, 2015, p56-59
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献4及び非特許文献1に開示された、トリフルオロメチル基を有するトリフェニルホスフィンを有するパラジウム触媒は、空気中の酸素に対する安定性は優れているが、その安定性のためクロスカップリング反応に用いる際の触媒活性が低いという課題がある。
【0008】
そこで、本発明の課題は、空気に対する安定性に優れつつ、従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、鋭意検討した結果、電子吸引性の単座配位子と電子供与性の配位子が配位された遷移金属含有化合物において、電子吸引性の配位子が環構造又は分岐構造を含み、かつ、電子吸引性の配位子を電子供与性の配位子より多く配位させることで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の遷移金属含有化合物、パラジウム化合物、その製造方法及びクロスカップリング生成物の製造方法である。
【0010】
本発明の遷移金属含有化合物は、下記式(1)で表されることを特徴とする。
【化1】
(式(1)中、Mは第8族から第11族遷移金属から選択される少なくとも1つの遷移金属であり、Aは環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子であり、Dは電子供与性の配位子である。m、nはそれぞれ前記配位子の前記遷移金属に対する配位数であり、mは2~5の整数、nは1~2の整数を示し、かつ、m>nである。)
この特徴によれば、環構造又は分岐構造を有する配位子を備えることで、空気中の水分等が中心金属に近づくことを防ぐことができる。更に、電子吸引性の配位子を電子供与性の配位子より多く含むため、中心金属の電子密度を下げることができ、空気中の水分等との反応性を抑制することができる。よって、空気に対する安定性に優れつつ、従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物とすることができる。
【0011】
本発明の一実施態様によれば、前期遷移金属Mは第10族遷移金属であることを特徴とする。
この特徴によれば、よりクロスカップリング触媒性能に優れた遷移金属含有化合物とすることができる。
【0012】
本発明の一実施態様によれば、前期遷移金属Mはパラジウムであることを特徴とする。
この特徴によれば、よりクロスカップリング触媒性能に優れた遷移金属含有化合物とすることができる。
【0013】
本発明の一実施態様によれば、前記配位子Aは、置換基としてハロゲン原子、ハロゲン化アルキル基、ホルミル基、カルボニル基、オキシカルボニル基、カルボニルオキシ基、カルボキシル基、アミド基、イミド基、ニトロ基、シアノ基から選ばれる基を1種以上の含有することを特徴とする。
この特徴によれば、置換基の電気陰性度によって、中心金属の電子密度を制御することができ、空気に対する安定性と、クロスカップリング触媒性能のバランスを制御することができる。
【0014】
本発明の一実施態様によれば、前記配位子Aは、環構造として、シクロアルキル基、アリール基から選択される1種以上を有することを特徴とする。
この特徴によれば、シクロアルキル基、アリール基によって、遷移金属含有化合物の疎水性が高まり、空気中の水分から中心金属が攻撃されることを抑制することができる。
【0015】
本発明の一実施態様によれば、前記配位子Aは、下記式(2)で表される構造であることを特徴とする。
【化2】
この特徴によれば、より空気に対する安定性に優れ、従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物とすることができる。
【0016】
本発明の一実施態様によれば、前記配位子Dは、環構造又は分岐構造を含むことを特徴とする。
この特徴によれば、クロスカップリング反応において、立体的な反発により還元的脱離の進行をより効率的に行うことができる。
【0017】
本発明の一実施態様によれば、前記配位子Dは、下記式(3)で表される構造であることを特徴とする。
【化3】
この特徴によれば、クロスカップリング反応において、立体的な反発により還元的脱離の進行をより効率的に行うことができる。
【0018】
本発明のパラジウム含有化合物は、下記式(4)で表されることを特徴とする。
【化4】
この特徴によれば、環構造又は分岐構造を有する配位子を備えることで、空気中の水分等が中心金属に近づくことを防ぐことができる。更に、電子吸引性配位子を電子供与性の配位子より多く含むため、中心金属の電子密度を下げることができ、空気中の水分等との反応性を抑制することができる。よって、空気に対する安定性に優れつつ、従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物とすることができる。
【0019】
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法は、環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子Aが配位した、第8族から第11族遷移金属から選択される少なくとも1つの遷移金属Mに対して、電子供与性の配位子Dを反応させることを特徴とする。
この特徴によれば、電子吸引性の配位子が配位した遷移金属に対して、効率的に電子供与性の配位子を配位させることができ、更に、電子吸引性の配位子が電子供与性の配位子より多く配位した状態で遷移金属含有化合物を単離することができる。
【0020】
本発明のAr1-Ar2で表されるクロスカップリング反応生成物の製造方法は、下記式Ar1-X及び式Ar2-Yの化合物を反応させる際に、前記遷移金属含有化合物又はパラジウム含有化合物を触媒として使用することを特徴とする。
式:Ar1-Ar2
(式中:Ar1及びAr2は、無置換もしくは置換のアリール基、無置換もしくは置換のヘテロアリール基、無置換もしくは置換のアルケニル基、又は無置換もしくは置換のアルキニル基を表す。)
式:Ar1-X
(式中、Ar1は、前記の通りであり、Xは、ハロゲン、メタンスルホン酸基、トルエンスルホン酸基、トリフルオロメタンスルホン酸基、又はカルボン酸ハロゲン化物基である。)
式:Ar2-Y
(式中、Ar2は、前記の通りであり、Yは、水素、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、ホルミル基、カルボニル基、シアノ基、アミノ基、B(OR1)2、ZnX1、AlR2
2、SnR3
3、MgX2、又はSiR4
3であり、ここで、X1及びX2はハロゲンであり、そしてR1、R2、R3及びR4はそれぞれ独立して水素又はアルキル基である。)
この特徴によれば、本発明の遷移金属含有化合物をクロスカップリング反応の触媒として用いることができるため、効率良くクロスカップリング反応を進行させることができる。
【0021】
本発明の、下記式―(Ar1-Ar2)o―で表されるクロスカップリング重合生成物の製造方法は、下記式X-Ar1-X及び式Y-Ar2-Yの化合物を重合させる際に、前記遷移金属含有化合物又はパラジウム含有化合物を触媒として使用することを特徴とする。
式:―(Ar1-Ar2)o―
(式中:Ar1及びAr2は、無置換もしくは置換のアリール基、無置換もしくは置換のヘテロアリール基、無置換もしくは置換のアルケニル基、又は無置換もしくは置換のアルキニル基を表す。oは(Ar1-Ar2)単位の繰り返し数を表し、1以上の整数である。)
式:X-Ar1-X
(式中、Ar1は、前記の通りであり、Xは、ハロゲン、メタンスルホン酸基、トルエンスルホン酸基、トリフルオロメタンスルホン酸基、又はカルボン酸ハロゲン化物基である。)
式:Y-Ar2-Y
(式中、Ar2は、前記の通りであり、Yは、水素、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、ホルミル基、カルボニル基、シアノ基、アミノ基、B(OR1)2、ZnX1、AlR2
2、SnR3
3、MgX2、又はSiR4
3であり、ここで、X1及びX2はハロゲンであり、そしてR1、R2、R3及びR4はそれぞれ独立して水素又はアルキル基である。)
この特徴によれば、本発明の遷移金属含有化合物をクロスカップリング重合の触媒として用いることができるため、効率良くクロスカップリング重合を進行させることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、空気に対する安定性に優れつつ、従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】式(4)で表されるパラジウム含有化合物のX線結晶構造解析図である。
【
図2】パラジウム化合物の加熱前後における色の変化を示した画像である。
【
図3】式(4)で表されるパラジウム含有化合物の加熱前後における
31P-NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明を実施するための最良の形態を含めて説明する。
[遷移金属含有化合物]
本発明の遷移金属含有化合物は、下記式(1)で表されることを特徴とする。
【化5】
【0025】
前記式(1)中、Mは第8族から第11族遷移金属から選択される少なくとも1つの遷移金属である。
第8族から第11族遷移金属から選択される少なくとも1つの遷移金属としては、第8族遷移金属(例えば、鉄(Fe)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os))、第9族遷移金属(例えば、コバルト(Co)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir))、第10族遷移金属(例えば、ニッケル(Ni)、パラジウム(Pd)、白金(Pt))、及び第11族遷移金属(例えば、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au))からなる群から選ばれる少なくとも1つの遷移金属である。その中でも、好ましくは第10族遷移金属であり、より好ましくは白金、パラジウムであり、更に好ましくはパラジウムである。
遷移金属Mとして第8族から第11族遷移金属選に含まれる遷移金属を用いることで、炭素と炭素を直接結合させるクロスカップリング反応の触媒として好ましく用いることができる。
【0026】
さらに、本発明の遷移金属含有化合物は、前記遷移金属Mの酸化数がゼロの状態で単離されることが好ましい。
遷移金属Mの酸化数がゼロの状態で単離されることで、クロスカップリング反応に用いる際に、還元処理等の前処理を必要とすることなく、直接使用することができる。また、パラジウムを用いることで、クロスカップリング反応系中で、ゼロ価から2価へ、又は2価からゼロ価への酸化、還元をスムーズに行うことができ、クロスカップリング反応の効率を上げることができるため好ましい。
【0027】
前記式(1)中、Aは環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子である。
電子求引性の配位子としては、炭素原子より電気陰性度が大きい基を置換基として1個以上有する配位子であることが好ましい。炭素原子より電気陰性度が大きい基を有する置換基としては、特に限定されないが、例えば、ハロゲン原子、ハロゲン化アルキル基、ホルミル基(CHO)、カルボニル基(C=O)、オキシカルボニル基(O(C=O))、カルボニルオキシ基((C=O)O)、カルボキシル基(COOH)、アミド基(NHCO)、イミド基、ニトロ基(NO2)、シアノ基(CN)、アルコキシカルボニル基から選ばれる基が挙げられる。ハロゲン原子として、フッ素原子(F)、塩素原子(Cl)、臭素原子(Br)、ヨウ素原子(I)が挙げられ、ハロゲン化アルキル基としては、フルオロメチル基等のモノハロゲノアルキル基、ジフルオロメチル基等のジハロゲノアルキル基、トリフルオロメチル基等のトリハロゲノアルキル基等が挙げられ、トリフルオロメチル基が好ましい。
アルコキシカルボニル基としては、特に限定されないが、例えば、炭素原子数2~10のアルコキシカルボニル基が好ましく、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基等が好ましい。
配位子Aが、炭素原子より電気陰性度が大きい置換基を有することで、電子吸引性の配位子となり、中心金属の電子密度を下げることができ、空気中の水分等との反応性を抑制することができる。
【0028】
さらに、環構造としては、特に限定されないが、例えばシクロアルキル基、アリール基から選択される1種以上であることが好ましい。
シクロアルキル基としては、特に限定されないが、例えば、炭素原子数5~10のシクロアルキル基が好ましく、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基がより好ましい。
アリール基としては、特に限定されないが、例えば、炭素数5~30のアリール基が好ましく、縮合環や環が連結した構造のアリール基も好ましい。アリール基としては、1-ナフチル基、2-ナフチル基、アントラセニル基、ピレニル基等の単環式アリール基、フルオレニル基等の縮合環構造、ビフェニル基、ターフェニル基等の連結アリーレン構造等が挙げられる。
また、前記環構造は、前記炭素原子より電気陰性度が大きい基を置換基として有することが好ましい。前記置換基の置換位置は特に限定されないが、例えば、リンに結合したベンゼン環であれば、リン原子が結合した部位を1位とすると、3位及び5位に結合していることが好ましい。
配位子Aが環構造を有することで、遷移金属含有化合物の疎水性が高まり、空気中の水分から中心金属が攻撃されることを抑制することができる。
【0029】
分岐構造としては、特に限定されないが、例えば、炭素原子数3~30分岐アルキル基が好ましく、i-プロピル基、i-ブチル基、t-ブチル基、neo-ペンチル基等が好ましい。
さらに、分岐アルキル基は、前記環構造と同様に前記炭素原子より電気陰性度が大きい基を置換基以外の置換基(その他の置換基)を有することが好ましい。
配位子Aが分岐アルキル基等の分岐構造を有することで、遷移金属含有化合物の疎水性が高まり、空気中の水分から中心金属が攻撃されることを抑制することができる。
【0030】
さらに、配位子Aは中心金属に対して、単座で配位することが好ましい。単座で配位するとは、配位子の一原子のみが中心原子と結合することを意味する。
配位子Aは中心金属に対して、単座で配位することで、中心金属付近の立体障害を減らし、より多く配位子を配位させることができ、遷移金属含有化合物の構造安定化に寄与することができる。
【0031】
さらに、前記配位子Aは環構造又は分岐構造が、リン原子に結合した構造であることが好ましく、リン原子が中心金属と結合することが好ましい。環構造又は分岐構造が、リン原子に結合した構造とは、具体的には、トリ分岐アルキルホスフィン、トリアリールホスフィンが好ましく、トリフェニルホスフィン、ジアルキルフェニルホスフィン、ジフェニルアルキルホスフィン等の構造が好ましい。ここで、前記アルキルとは、上記分岐アルキル基でもよく、又は、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、ノルマルブチル基等の分岐していないアルキル基でもよい。
【0032】
更に、前記配位子Aは、下記式(2)で表される構造であることが好ましい。
【化6】
配位子Aを、式(2)で表される構造とすることで、空気に安定かつ従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物とすることができる。
【0033】
式(1)中、Dは電子供与性の配位子である。
電子供与性の配位子として、特に限定されないが、炭素原子数1~30の炭化水素基が好ましく、例えばアルキル基、シクロアルキル基、カルベン構造を有する構造であることが好ましい。
アルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、i-プロピル基、n-ブチル基、i-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられ、シクロアルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基等が挙げられ、カルベン構造を有する構造としては、N-ヘテロ環式カルベン(NHC)構造が挙げられる。
【0034】
さらに、置換基として、アルキル基、アミノ基、アルコキシ基、ヒドロキシ基等の電子供与性基を有していてもよく、アルキル基としては、上記のアルキル基が挙げられ、アミノ基としては、例えば、N-メチルアミノ基、N-エチルアミノ基、N,N-ジメチルアミノ基、N,N-ジフェニルアミノ基等、アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基等が挙げられる。
【0035】
さらに、前記配位子Dは環構造又は分岐構造が、リン原子に結合した構造であることが好ましく、リン原子が中心金属と結合することが好ましい。環構造又は分岐構造が、リン原子に結合した構造とは、具体的には、トリアルキルホスフィン、トリフェニルホスフィン、ジアルキルフェニルホスフィン、ジフェニルアルキルホスフィン等の構造が好ましい。ここで、前記アルキルとは、上記分岐アルキル基でもよく、又は、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、ノルマルブチル基等の分岐していないアルキル基でもよい。
【0036】
更に本発明の前記配位子Dは、下記式(3)で表される構造であることが好ましい。
【化7】
配位子Dを、式(3)で表される構造とすることで、クロスカップリング反応において、立体的な反発により還元的脱離の進行をより効率的に行うことができる。
【0037】
式(1)中、m、nはそれぞれ前記配位子の前記遷移金属に対する配位数であり、mは2~5の整数、nは1~2の整数を示し、かつ、m>nであることを特徴とする。
式(1)中、m、nを上記範囲とすることで、電子吸引性の配位子を電子供与性の配位子より多く含むこととなり、中心金属の電子密度を下げることができる。よって、遷移金属含有化合物と空気中の水分等との反応性を抑制することができる。
【0038】
[パラジウム含有化合物]
更に、本発明のパラジウム含有化合物は、下記式(4)で表されることが好ましい。
【化8】
パラジウム含有化合物を、式(4)で表される構造であれば、環構造又は分岐構造を有する配位子を有することから、空気中の水分等が中心金属に近づくことを防ぐことができる。更に、電子吸引性配位子を電子供与性の配位子より多く含むため、中心金属の電子密度を下げることができ、空気中の水分等との反応性を抑制することができる。よって、空気に安定かつ従来のクロスカップリング触媒と同等又はそれ以上の触媒活性を有する遷移金属含有化合物とすることができる。
【0039】
[遷移金属含有化合物の製造方法]
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法は、環構造又は分岐構造を含む電子吸引性の単座配位子Aが配位した、第8族から第11族遷移金属から選択される少なくとも1つの遷移金属Mに対して、電子供与性の配位子Dを反応させることが好ましい。ここで、遷移金属M、配位子A及びの配位子Dは、上記遷移金属含有化合物で説明したものと同様のものである。
具体的には、下記式で表される反応式の方法で反応させることが好ましい。
【化9】
上記反応式の方法で反応させることにより、電子吸引性の配位子が配位した遷移金属に対して、効率的に電子供与性の配位子を配位させることができ、更に、電子吸引性の配位子が電子供与性の配位子より多く配位した状態で遷移金属含有化合物を単離することができる。
【0040】
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法は、溶媒中で反応させることが好ましい。反応溶媒としては、原料が溶解するものであれば、特に限定されないが、例えば、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、四塩炭等のハロゲン化アルキル系溶媒、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系溶媒、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のアミド系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド系溶媒、アセトニトリル等のニトリル系溶媒等が挙げられる。
【0041】
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法における反応温度としては、特に限定されないが、通常20℃~150℃である。反応温度として、下限値としては好ましくは40℃以上であり、より好ましくは60℃以上であり、更に好ましくは80℃以上である。上限値としては、好ましくは、120℃以下であり、より好ましくは100℃以下である。
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法における反応時間としては、特に限定されないが、
通常1時間~48時間である。反応時間として、下限値としては好ましくは4時間以上であり、より好ましくは8時間上であり、更に好ましくは12時間以上である。上限値としては、好ましくは、24時間以下であり、より好ましくは18時間以下である。
反応温度及び時間を上記範囲とすることで、原料を壊さず、効率的に遷移金属含有化合物を合成することができる。
【0042】
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法において、原料の配合量は特に限定されないが、電子吸引性の配位子が配位した原料化合物に対して、電子供与性の配位子Dをモル数において多く用いることが好ましい。具体的には、1モルの配位子Aが配位した遷移金属原料に対して、4倍モル用いることが好ましく、2倍モル用いることがより好ましい。
電子供与性の配位子Dをモル数において多く用いることで、より効率的に電子供与性の配位子Dを配位させることができる。
【0043】
さらに、本発明の遷移金属含有化合物の製造方法において、得られた遷移金属含有化合物は、常法に従って精製されることが好ましい。精製方法としては、エバポレータ等を用いて溶媒を減圧除去した後、残渣をメタノール等の溶媒で洗浄し、さらにトルエン等の溶媒を加えて加熱溶解させた後に、メタノール等を加え、冷却して沈殿させる方法が挙げられる。
冷却温度は特に限定されないが、0℃未満が好ましく、より好ましくは-20℃以下である。
【0044】
[クロスカップリング反応生成物の製造方法]
本発明の遷移金属含有化合物又はパラジウム含有化合物をクロスカップリング反応用触媒として用いて、下記反応式に従って、Ar
1-Ar
2で表されるクロスカップリング反応生成物を製造することが好ましい。
【化10】
【0045】
前記式中、Ar1及びAr2は、無置換もしくは置換のアリール基、無置換もしくは置換のヘテロアリール基、無置換もしくは置換のアルケニル基、又は無置換もしくは置換のアルキニル基である。
無置換もしくは置換のアリール基としては、特に限定されず、例えば、無置換の又は置換基を有する芳香族炭化水素基であり、縮合環や環が連結した構造も含まれる。具体的としては、フェニル基、1-ナフチル基、2-ナフチル基、アントラセニル基、ピレニル基等の単環式アリール基、フルオレニル基等の縮合環構造、ビフェニル基、ターフェニル基等の連結アリーレン構造等が挙げられ、フェニル基、フルオレニル基等が好ましい。
【0046】
置換基としては、反応に影響しない基であればよく、炭素原子数1~10のアルキル基、アミノ基、アルコキシ基等の電子供与性基、ニトロ基、カルボニル基、シアノ基、アルコキシカルボニル基等の電子吸引性基が挙げられる。
前記電子供与性基及び電子吸引性基としては、上記配位子A及び配位子Dにおいて例示したものと同様のものが挙げられる。
【0047】
無置換もしくは置換のヘテロアリール基とは、無置換の又は置換基を有し、少なくとも1つの環内に、窒素原子、酸素原子、又は硫黄原子から選ばれる少なくとも1つのヘテロ原子を有する、芳香族性の環式基であり、縮合環や環が連結した構造も含まれる。具体的には、ピロリル基、ピラゾリル基、イミダゾリル基、オキサゾリル基、イソキサゾリル基、チアゾリル基、チアジアゾリル基、イソチアゾリル基、フリル基、チエニル基、オキサジアゾリル基、2-オキサアゼピニル基、アゼピニル基、ピリジル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基、トリアジニル基、トリアゾリル基などの単環式へテロアリール基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾキサゾリル基、ベンゾチエニル基、ベンゾフリル基、キノリニル基、キノリニル-N-オキシド基、イソキノリニル基、ベンゾイミダゾリル基、ベンゾピラニル基、インドリジニル基、シンノリニル基、キノキサリニル基、インダゾリル基、ピロロピリジル基、フロピリジニル基(例えば、フロ[2,3-c]ピリジニル基、フロ[3,1-b]ピリジニル基、又はフロ[2,3-b]ピリジニル基)、ベンジイソチアゾリル基、ベンゾイソキサゾリル基、ベンゾジアジニル基、ベンゾチオピラニル基、ベンゾトリアゾリル基、ベンゾピラゾリル基、ナフチリジニル基、フタラジニル基、プリニル基、ピリドピリジル基、キナゾリニル基、チエノフリル基、チエノピリジル基、チエノチエニル基などの二環式ヘテロアリール基等の二環式アリール基等が挙げられる。置換基としては、上記の無置換もしくは置換のアリール基において挙げられたものと同様に、反応に影響しないものであればよい。
【0048】
無置換もしくは置換のアルケニル基とは、無置換の又は置換基を有し、2~12個の炭素原子及び少なくとも1個の二重結合を有する、直鎖、分枝又は環状の炭化水素基である。具体的としては、エテニル基(ビニル基)、1-プロペニル基、1-ブテニル基、1-ペンテニル基、1,3-ジペンテニル基、シクロヘキセニル基等が挙げられる。エテニル基が好ましい。置換基としては、上記の無置換もしくは置換のアリール基において挙げられたものと同様に、反応に影響しないものであればよい。
【0049】
無置換もしくは置換のアルキニル基、とは、無置換の又は置換基を有し、2~12個の炭素原子及び1個の三重結合を有する、直鎖又は分枝の炭化水素基である。アセチレンの一端の炭素上の水素が水素以外の基で置換された末端アルキニル基が好ましい。具体的としては、1-プロピニル、1-ブチニル等が挙げられる。1-プロピニルが好ましい。置換基としては、上記の無置換もしくは置換のアリール基において挙げられたものと同様に、反応に影響しないものであればよい。
【0050】
Ar1-Xで示される化合物は、上記クロスカップリング反応において求電子剤として作用する反応基質の一方である。ここで、Ar1は、上記で示した通りである。
また、X基は有機化学分野において脱離基として知られる基であり、具体的には、フッ素基(F)、塩素基(Cl)、臭素基(Br)、ヨウ素基(I)等のハロゲン基、メタンスルホン酸基(OMs)、トルエンスルホン酸基(OTs)、トリフルオロメタンスルホン酸基、カルボン酸臭化物((C=O)Br、カルボン酸ヨウ化物((C=O)I)等のカルボン酸ハロゲン化物基が挙げられる。中でも、ハロゲンが好ましく、臭素基又はヨウ素基が好ましい。
【0051】
Ar2-Yで示される化合物は、上記クロスカップリング反応において求核剤として作用する反応基質の一方である。ここで、Ar2は、上記で示した通りである。
Y基は、水素、アリール基、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、カルボニル基、ホルミル基、カルボニル基、シアノ基、アミノ基、B(OR1)2、ZnX1、AlR2
2、SnR3
3、MgX2、又はSiR4
3であり、ここで、X1及びX2は塩素基、臭素基、ヨウ素基等のハロゲンであり、そしてR1、R2、R3及びR4はそれぞれ独立して水素又はアルキル(炭素原子数が1~6のアルキルが好ましく、メチル、エチル、t-ブチルがより好ましい)である。アルコキシカルボニル基(例えば、エトキシカルボニル)、又はB(OR1)2(R1は水素である)が好ましい。
【0052】
[クロスカップリング重合生成物の製造方法]
本発明の遷移金属含有化合物又はパラジウム含有化合物をクロスカップリング反応用触媒として用いて、下記反応式に従って、-(Ar
1-Ar
2)
O-で表されるクロスカップリング重合生成物を製造することが好ましい。
【化11】
Ar
1、Ar
2、X、Yは、上記で示したものと同様である。但し、Ar
1、Ar
2がアルケニル基、又はアルキニル基である場合は、それぞれが隣り合って結合することはない。
【0053】
前記式中oは、(Ar1-Ar2)単位の繰り返し数を表し、好ましくは1以上の整数である。下限値としては、好ましくは2以上であり、より好ましくは5以上であり、さらに好ましくは10以上である。
【0054】
(クロスカップリング反応(重合)条件)
クロスカップリング反応(重合)は、上記反応式に示す通り一般に触媒的クロスカップリング反応として知られる手順に準じて行う。具体的には、Ar1-X又はX-Ar1-Xで示される化合物と、Ar2-Y又はY-Ar2-Yで示される化合物とを、本発明の遷移金属含有化合物の存在下で反応させる。更に、反応系中に酸又は塩基を存在させることもできる。酸としては、ピバリン酸等の有機酸、塩酸等も無機酸が挙げられる。塩基としては、トリエチルアミン、ピリジン、ナトリウムエトキシド等の有機塩基、又は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等の炭酸水素塩等の無機塩基が挙げられる。
【0055】
クロスカップリング反応(重合)に用いられる溶媒は、有機溶媒もしくは有機溶媒と水の混合物、更には水を用いることができる。
有機溶媒としては、例えば、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、四塩炭等のハロゲン化アルキル系溶媒、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒、酢酸メチル等のエステル系溶媒、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のアミド系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒、酢酸エチル、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド系溶媒、アセトニトリル等のニトリル系溶媒等が挙げられる。また、溶媒として、蒸留精製した水分の含有量が0.1質量%以下である有機溶媒を用いてもよい。
【0056】
クロスカップリング反応(重合)における反応温度としては、特に限定されないが、通常―80℃~150℃である。反応(重合)温度として、下限値としては好ましくは40℃以上であり、より好ましくは60℃以上であり、更に好ましくは80℃以上であり、特に好ましくは100℃以上である。
本発明の遷移金属含有化合物の製造方法における反応時間としては、特に限定されないが、
通常1時間~48時間である。反応時間として、下限値としては好ましくは2時間以上であり、より好ましくは3時間上であり、更に好ましくは4時間以上であり、特に好ましくは5時間以上である。
【0057】
クロスカップリング反応(重合)における、原料の配合量は特に限定されないが、求核剤として作用する反応基質(Ar1-X又はX-Ar1-Xで示される化合物)を基準として、求電子剤として作用する反応基質(Ar2-Y又はY-Ar2-Yで示される化合物)を等量で用いる、もしくは、過剰に用いることが好ましい。例えば、Ar1-X又はX-Ar1-Xで示される化合物1モルに対して、Ar2-Y又はY-Ar2-Yで示される化合物を1モル、好ましくは2モル以上用いることが好ましい。
【0058】
クロスカップリング反応(重合)における本発明の遷移金属含有化合物の使用量は特に限定されないが、例えば、求核剤として作用する反応基質を基準として、10-1~10-7モル%、10-2~10-6モル%、好ましくは10-3~10-5モル%で使用することができる。
【0059】
クロスカップリング反応(重合)は、不活性気体の雰囲気下で行なうことが好ましく、具体的には窒素、アルゴン、ヘリウムの雰囲気下で行なうことができる。
また、クロスカップリング反応(重合)は、常圧条件、又は加圧下の条件で行うことができる。
【0060】
クロスカップリング反応(重合)で得られた生成物は、通常の精製方法を用いて精製することができる。例えば、精製方法としては、エバポレータ等を用いて溶媒を減圧除去した後、残渣に、クロロホルムとN,N-ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウム水溶液等を添加し、所定時間攪拌した後に、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等を用いて分離精製を行うこと等が挙げられる。
【実施例】
【0061】
以下に、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらの実施例により本発明の技術範囲が限定されるものではない。遷移金属含有化合物及びクロスカップリング反応の生成物の確認は、各種分光学的分析の解析及び元素分析により行なった。具体的には、1H-NMR、31P-NMR、X線結晶構造解析の解析により行った。NMR測定では、アセトン-d6、CDCl3を内部標準として用いた。
【0062】
[ビス[トリ(3,5-ビストリフルオロメチル)フェニル]ホスフィン-[トリシクロヘキシル]ホスフィン-パラジウム(Pd(PCy
3){P(3,5-CF
3-Ph)
3}
2:(式(4))の合成]
【化12】
25mLシュレンク管にトリス[トリス(3,5-ビストリフルオロメチル)フェニル]ホスフィン-パラジウム(式(5):和光純薬工業株式会社製)(202mg,0.095mmol)を加え、窒素置換をした。このシュレンク管をグローブボックスに移動し、トリシクロヘキシルホスフィン(式(6):東京化成工業株式会社製)(54mg,0.19mmol)及びトルエン(10mL)を加えて100℃で一晩撹拌した.反応後、減圧乾燥により溶媒を除きメタノール(5mL)で二度洗浄した後に、トルエン(10mL)を加えて70℃に加熱することで溶解させた。その後、メタノール(10mL)を加え-20℃に冷却することで、橙色の結晶を収量110mg、収率67%で得た。得られた結晶は、
1H-NMR、
31P-NMR、X線結晶構造解析及び元素分析により、式(4)で示されるPd(PCy
3){P(3,5-CF
3-Ph)
3}
2であることを確認した。X線結晶構造解析によって得られたORTEP図を
図1に示す。
1H NMR (400 MHz, acetone-d6, room temperature): δ = 8.13 (s, 6H), 8.09 (br, 12H), 1.83 (d, 6H, J = 12 Hz), 1.73-1.64 (m, 3H), 1.53 (d, 9H, J = 11 Hz), 1.18 (d, 6H, J = 12 Hz), 1.06-0.91 (m, 9H).
31P{1H} NMR (162 MHz, acetone-d6, room temperature): δ24.9, 42.2. Elemental analysis: Found: C 45.40%, H 3.18%, N 0.23%, F 36.46%; Calcd. for C
66H
51F
36P
3Pd: C 45.89%, H 2.98%, F 39.59%.
【0063】
[安定化試験]
上記で得られた式(4)で表される化合物について、空気中の酸素に対する安定性を評価した。また、比較としてビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(Pd(PCy
3)
2)を用いて同様の評価を行った。
評価方法としては、10mLサンプル瓶にそれぞれのパラジウム化合物を加え、大気圧下、空気中において、ホットスターラーで100℃に加熱し様子の変化を確認した。5分経過した時点でPd(PCy
3)
2は深緑色から黒色へ変化したが、式(4)で表される化合物については変化が見られなかった。
図2にパラジウム化合物の色の変化を示す。
次に、構造の変化を確認するために、
31P-NMR測定を行ったが、式(4)で表される化合物については、加熱前後でNMRスペクトルに変化は見られなかった。加熱前後でNMRスペクトルの結果を
図3に示す。一方、加熱後に黒色に変化したPd(PCy
3)
2は、トルエン-d
8やアセトン-d
6等の重溶媒に溶解しないため、分解していると判断した。
上記の結果より、式(4)で表される化合物は、Pd(PCy
3)
2に比べて空気に対する安定性に優れていることが確認できた。
【0064】
[クロスカップリング反応]
上記で得られた式(4)で表される化合物を用いて、下記反応式で示されるクロスカップリング反応を行った。また、参考例として、Pd(OAc)
2/PCy
3HBF
4、ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム(Pd(PCy
3)
2)のパラジウム化合物を用いて、同様の評価を行った。
【化13】
【0065】
[5-(4-メトキシフェニル)チオフェン-2-カルボニトリル(5-(4-Methoxyphenyl)thiophene-2-carbonitrile(式(9))の合成]
25mLシュレンク管にパラジウム含有化合物(0.01mmol)と炭酸カリウム(103.7mg,0.75mmol)をはかりとり窒素置換をした。そこへピバリン酸(pivalic acid:17.5μL,0.15mmol)、4-ブロモアニソール(8)(4-bromoanisole:62μL,0.50mmol)、2-シアノチオフェン(7)(2-cyanothiophene:93μL,1.0mmol)、トルエン(1.7mL)を加え、所定の温度で6時間撹拌した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除き、クロロホルム(10mL)とN,N-ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウム(sodium N,N-diethyldithiocarbamate)水溶液(44mM,10mL)を加えて4時間撹拌した。その後、分液操作によってクロロホルム層を分取し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 ヘキサン:酢酸エチル=30:1)による分離精製を行なうことで、淡黄色の固体として目的物を得た。1H-NMRにて基質の4-ブロモアニソールが消費される量を定量した結果を表1に示す。消費した4-ブロモアニソールは、ほぼ全て目的化合物になっていることを確認している。
1H NMR (400 MHz, CDCl3, room temperature): δ3.85 (s, 3H), 6.95 (d, 2H, J = 9.2 Hz), 7.16 (d, 1H, J = 4.0 Hz), 7.53 (d, 2H, J = 9.2 Hz), 7.56 (d, 1H, J = 4.0 Hz).
【0066】
【0067】
表1の結果より、本発明のパラジウム含有化合物は、従来からクロスカップリング反応用触媒として用いられているパラジウム化合物(参考例1、2)と比べて、同等の反応性を示すことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の遷移金属含有化合物は、空気中の酸素に対して安定なため、実験室や製造現場等において、ハンドリング良く使用することができる。
また、本発明の遷移金属含有化合物は、クロスカップリング反応に用いることができる新規な触媒として、有用である。