(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】モータ制御装置及び電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
H02P 27/08 20060101AFI20241115BHJP
【FI】
H02P27/08
(21)【出願番号】P 2024554240
(86)(22)【出願日】2024-05-10
(86)【国際出願番号】 JP2024017489
【審査請求日】2024-09-11
(31)【優先権主張番号】P 2023087133
(32)【優先日】2023-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523207386
【氏名又は名称】NSKステアリング&コントロール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】吉田 圭太
(72)【発明者】
【氏名】澤田 英樹
【審査官】島倉 理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/098516(WO,A1)
【文献】特開2010-64544(JP,A)
【文献】特開2022-135662(JP,A)
【文献】特開2014-017924(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 27/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの発生トルクを制御するための基本q軸電流指令値を設定するトルク制御部と、
前記基本q軸電流指令値と前記モータの回転速度とに基づいて弱め界磁用の第1d軸電流指令値を設定するd軸電流指令値演算部と、
前記d軸電流指令値演算部の後段に設けられて、前記モータの駆動電流が前記モータの定格電流を超えないように前記第1d軸電流指令値に応じて前記基本q軸電流指令値を制限することにより第1q軸電流指令値を演算する第1電流制限部と、
前記第1電流制限部の後段に設けられて、バッテリの出力電流が所定の許容上限を超えないように前記第1d軸電流指令値と前記第1q軸電流指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値を演算する第2電流制限部と、
前記第2d軸電流指令値と前記第2q軸電流指令値とに基づいて第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値を演算する電圧指令値演算部と、
前記第1d軸電圧指令値と前記第1q軸電圧指令値とに基づくPWM制御のデューティ比の飽和を抑制するように前記第1d軸電圧指令値と前記第1q軸電圧指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値を演算する電圧制限部と、
前記第2d軸電圧指令値と前記第2q軸電圧指令値とに基づいて前記モータを駆動する駆動回路と、
を備えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記d軸電流指令値演算部は、前記第2d軸電流指令値の過去値に基づいて前記モータの駆動電流が前記モータの定格電流を超えないように前記基本q軸電流指令値を制限して得られたq軸電流指令値に応じて前記第1d軸電流指令値を演算することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記d軸電流指令値演算部は、前記第2d軸電流指令値の過去値に基づいて前記バッテリの出力電流が前記許容上限を超えないように前記基本q軸電流指令値を制限して得られたq軸電流指令値に応じて前記第1d軸電流指令値を演算することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記d軸電流指令値演算部は、前記モータの回転速度に基づいて前記第1d軸電流指令値の上限を制限することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記電圧制限部は、
前記モータの印加電圧の上限値である電圧上限値を設定する電圧上限値設定部と、
前記電圧上限値に応じた電圧制限ゲインを設定する電圧制限ゲイン設定部と、
を備え、前記電圧制限ゲインに応じて前記第1d軸電圧指令値と前記第1q軸電圧指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値を演算することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記電圧上限値設定部は、多相モータである前記モータの多相電圧指令値に三次高調波を重畳することによる電圧利用効率向上分、デッドタイムによる電圧降下、デッドタイム補償に起因するデューティ比対モータ端子電圧比の低下分の少なくとも1つに基づいて電圧上限値を設定する、ことを特徴とする請求項5に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記電圧制限部は、
前記第1d軸電圧指令値と第1遅延要素の出力との和に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた第1乗算結果と、前記第1q軸電圧指令値と第2遅延要素の出力との和に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた第2乗算結果を出力するとともに、前記第1乗算結果と前記第2乗算結果とをそれぞれ前記第1遅延要素及び前記第2遅延要素に入力する外乱電圧抑制部を備え、前記第1乗算結果を含んだ前記第2d軸電圧指令値と前記第2乗算結果を含んだ前記第2q軸電圧指令値と、を出力することを特徴とする請求項5に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記電圧制限ゲイン設定部は、前記電圧上限値と、前記第1d軸電圧指令値及び前記第1遅延要素の出力との前記和と、前記第1q軸電圧指令値及び前記第2遅延要素の出力との前記和と、に基づいて前記電圧制限ゲインを設定する、
ことを特徴とする請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項9】
前記電圧指令値演算部は、前記第2d軸電流指令値に対する前記モータの駆動電流のd軸電流の検出値の偏差の積分成分であるd軸積分成分と、前記第2q軸電流指令値に対する前記モータの駆動電流のq軸電流の検出値の偏差の積分成分であるq軸積分成分とをそれぞれ含んだ前記第1d軸電圧指令値と前記第1q軸電圧指令値を出力し、前記電圧制限ゲインに基づいて前記d軸積分成分と前記q軸積分成分を抑制することを特徴とする請求項7又は8に記載のモータ制御装置。
【請求項10】
前記第1d軸電圧指令値は、前記第2d軸電流指令値に基づくフィードフォワード制御により演算されたフィードフォワードd軸電圧指令値と、前記第2d軸電流指令値に対する前記モータの駆動電流のd軸電流の検出値の偏差に基づくフィードバック制御により演算されたフィードバックd軸電圧指令値と、を含み、
前記第1q軸電圧指令値は、前記第2q軸電流指令値に基づくフィードフォワード制御により演算されたフィードフォワードq軸電圧指令値と、前記第2q軸電流指令値に対する前記モータの駆動電流のq軸電流の検出値の偏差に基づくフィードバック制御により演算されたフィードバックq軸電圧指令値と、を含み、
前記外乱電圧抑制部は、
前記フィードバックd軸電圧指令値と前記第1遅延要素の出力との和に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた前記第1乗算結果と、前記フィードバックq軸電圧指令値と前記第2遅延要素の出力との和に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた前記第2乗算結果を出力するとともに、前記第1乗算結果と前記第2乗算結果とをそれぞれ前記第1遅延要素及び前記第2遅延要素に入力し、
前記電圧制限ゲイン設定部は、前記電圧上限値と、前記フィードバックd軸電圧指令値、前記第1遅延要素の出力及び前記フィードフォワードd軸電圧指令値の和と、前記フィードバックq軸電圧指令値、前記第2遅延要素の出力及び前記フィードフォワードq軸電圧指令値の和と、に基づいて前記電圧制限ゲインを設定し、
前記電圧制限部は、前記フィードフォワードd軸電圧指令値に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた第3乗算結果と前記第1乗算結果とを含んだ前記第2d軸電圧指令値を出力するとともに、前記フィードフォワードq軸電圧指令値に前記電圧制限ゲインを乗算して得られた第4乗算結果と前記第2乗算結果とを含んだ前記第2q軸電圧指令値を出力する、
ことを特徴とする請求項7又は8に記載のモータ制御装置。
【請求項11】
請求項1に記載のモータ制御装置と、
前記モータ制御装置により制御されるモータと、を備え、
前記モータによって車両の操舵系に操舵補助力を付与することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置及び電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動モータを制御するモータ制御装置は、制御出力に補正が必要な場合がある。例えば、電動パワーステアリングに搭載するモータ制御装置では、システム要件や顧客要求によって制御出力に補正を行っている。下記特許文献1には、モータのPWM制御のデューティ飽和(すなわち駆動回路に印加可能な最大電圧を電圧指令値が超える状態)を回避しつつd軸電流を任意の値に制限するモータ制御装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2020/095479号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1のモータ制御装置では、高負荷状態においてデューティ比が飽和したり、高回転速度域においてデューティ比が減少する等の問題が発生していた。
本発明は上記事情を鑑みてなされたものであり、モータ制御装置の制御出力の補正に伴う高負荷状態におけるデューティ比の飽和や高回転速度域におけるデューティ比の減少を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の一態様によるモータ制御装置は、モータの発生トルクを制御するための基本q軸電流指令値を設定するトルク制御部と、基本q軸電流指令値とモータの回転速度とに基づいて弱め界磁用の第1d軸電流指令値を設定するd軸電流指令値演算部と、d軸電流指令値演算部の後段に設けられて、モータの駆動電流がモータの定格電流を超えないように第1d軸電流指令値に応じて基本q軸電流指令値を制限することにより第1q軸電流指令値を演算する第1電流制限部と、第1電流制限部の後段に設けられて、バッテリの出力電流が所定の許容上限を超えないように第1d軸電流指令値と第1q軸電流指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値を演算する第2電流制限部と、第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値とに基づいて第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値を演算する電圧指令値演算部と、第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値とに基づくPWM制御のデューティ比の飽和を抑制するように第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値を演算する電圧制限部と、第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値とに基づいてモータを駆動する駆動回路と、を備える。
【0006】
本発明の他の一態様による電動パワーステアリング装置は、上記のモータ制御装置により制御されるモータにより、車両の操舵系に操舵補助力を付与する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、モータ制御装置の制御出力の補正に伴う高負荷状態におけるデューティ飽和や高回転速度域におけるデューティ比の減少を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態の電動パワーステアリング装置の一例の概要を示す構成図である。
【
図2】
図1に記載されるコントローラの機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図3】d軸電流指令値演算部の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図4】(a)は界磁電流制限部により設定されるd軸電流上限値の一例の設定例を示す図であり、(b)はd軸電流指令値の制限の一例のタイムチャートである。
【
図5】フィードバック(FB)制御部の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図6】電圧制限部の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図7】電圧上限値設定部の機能構成の一例を示すブロック図である。
【
図8】(a)及び(b)は第1判定ゲインの設定例の第1例及び第2例の模式図であり、(c)及び(d)は第2判定ゲインの設定例の第1例及び第2例の模式図である。
【
図9】実施形態のモータ制御方法の一例のフローチャートである。
【
図10】本発明のモータ制御装置を用いる直動テーブル装置の一例の概要を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の構成、配置等を下記のものに特定するものではない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0010】
(構成)
図1は、実施形態の電動パワーステアリング装置の一例の概要を示す構成図である。ステアリングホイール(操向ハンドル)1の操舵軸(ステアリングシャフト、ハンドル軸)2は減速機構を構成する減速ギア(ウォームギア)3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a、6bを経て、更にハブユニット7a、7bを介して操向車輪8L、8Rに連結されている。
【0011】
ピニオンラック機構5は、ユニバーサルジョイント4bから操舵力が伝達されるピニオンシャフトに連結されたピニオン5aと、このピニオン5aに噛合するラック5bとを有し、ピニオン5aに伝達された回転運動をラック5bで車幅方向の直進運動に変換する。
操舵軸2には操舵トルクThを検出するトルクセンサ10が設けられている。また、操舵軸2には、ステアリングホイール1の操舵角θhを検出する操舵角センサ14が設けられている。
【0012】
また、ステアリングホイール1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介して操舵軸2に連結されている。電動パワーステアリング(EPS:Electric Power Steering)装置を制御するコントローラ30には、バッテリ13から電力が供給されるとともに、イグニション(IGN)キー11を経てイグニションキー信号が入力される。
モータ20は、多相交流モータでありコントローラ30によるベクトル制御によって駆動される。本実施形態では、モータ20が3相交流モータである場合を例示する。
【0013】
コントローラ30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクThと、車速センサ12で検出された車速Vhと、操舵角センサ14で検出された操舵角θhに基づいてアシスト制御指令の電流指令値の演算を行い、電流指令値に補償等を施した電圧指令値Vrefによってモータ20に供給する電流を制御する電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)である。
なお、操舵角センサ14は必須のものではなく、モータ20の回転軸の回転角度を検出する回転角度センサから得られる回転角度に、トルクセンサ10のトーションバーの捩れ角を加えて操舵角θhを算出してもよい。
また、操舵角θhに代えて、操向車輪8L、8Rの転舵角を用いてもよい。例えばラック5bの変位量を検出することにより転舵角を検出してもよい。
【0014】
コントローラ30は、例えば、プロセッサと、記憶装置等の周辺部品とを含むコンピュータを備えてよい。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit)、やMPU(Micro-Processing Unit)であってよい。
記憶装置は、半導体記憶装置、磁気記憶装置及び光学記憶装置のいずれかを備えてよい。記憶装置は、レジスタ、キャッシュメモリ、主記憶装置として使用されるROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等のメモリを含んでよい。
以下に説明するコントローラ30の機能は、例えばコントローラ30のプロセッサが、記憶装置に格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
【0015】
なお、コントローラ30を、以下に説明する各情報処理を実行するための専用のハードウエアにより形成してもよい。
例えば、コントローラ30は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えばコントローラ30はフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0016】
次に、コントローラ30が実行するモータ20の制御出力の制限機能の課題について説明する。モータ20の制御出力の制限機能は、(1)ステアリングホイールの操舵に対する操向車輪の転舵角の追従性能要求を満たすための弱め界磁電流量を算出すること、(2)システム電流上限、バッテリ電流上限を満たすこと、(3)デューティ飽和を防止することを目的として開発されてきた。
【0017】
しかしながら、上記特許文献1のモータ制御装置には、下記の課題1及び課題2が残されている。
(課題1)高負荷状態においてデューティ飽和を防止できないことがある。
(課題2)高回転速度域においてデューティ比の減少が発生することがある。
そこで、実施形態のモータ制御装置ではこれらの課題1及び課題2を解決することを目的とする。
【0018】
さらに、実施形態のモータ制御装置では課題1及び課題2に加えて、下記の課題3及び課題4を解決することを目的とする。
(課題3)後述するように、実施形態のモータ制御装置ではモータ電流のフィードバック制御において積分器を使用しているため、積分値が過剰に蓄積される虞がある。
(課題4)最近の高出力化要求に伴い、低いインダクタンスやイナーシャを持つモータの使用が普及している。このため、高速回転時の逆起電圧による過電流に対する対策手段が必要となる。
【0019】
本発明では、上記課題1~4に対して以下の方針に基づいて解決手段を構成する。
高負荷状態におけるデューティ飽和(課題1)は、モータ電流のフィードバック制御の定常偏差や過渡特性による誤差、電流制限を行っている位置が適切でないこと、電流次元においてデューティ次元の制限をかけようとしていること等が要因と考えられる。このため、電圧指令値の制限によってデューティ飽和の防止を実現する。
【0020】
高回転速度域におけるデューティ比の減少(課題2)は、q軸電流指令値の過剰な制限が要因と考えられる。このため、q軸電流指令値の制限方法を見直してq軸電流指令値を優先して制限する。
モータ電流のフィードバック制御における積分値の過剰な蓄積(課題3)に対しては、新たにアンチワインドアップ機能を追加する。
過電流対策(課題4)としては、高速回転時において可能な限り大きなd軸電流指令値を流すことにより弱め界磁によって逆起電圧を低減する。可能な限りd軸電流指令値を流すためにq軸電流指令値を優先して制限する。
【0021】
これらの対応方針を実現するために、本発明の発明者らはコントローラ30の各機能構成の再構築と配置変更を行った。
図2は、コントローラ30の機能構成の一例を示すブロック図である。コントローラ30は、トルク制御部40と、d軸電流指令値演算部41と、角加速度レギュレータ42と、第1電流制限部43と、第2電流制限部44と、フィードフォワード(FF)制御部45と、3相/2相変換部46と、フィードバック(FB)制御部47と、電圧制限部48と、2相/3相変換部49と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部50と、インバータ(INV)51と、を備える。
【0022】
トルク制御部40は、少なくとも操舵トルクThと車速Vhに基づいて、モータ20の発生トルクを制御するための電流指令値である基本q軸電流指令値Iqr0を演算する。
d軸電流指令値演算部41は、基本q軸電流指令値Iqr0と、モータ20の回転速度ωと、バッテリ13により供給される電源電圧VRと、に基づいて弱め界磁用の第1d軸電流指令値Idr1を設定する。
【0023】
図3は、d軸電流指令値演算部41の機能構成の一例を示すブロック図である。d軸電流指令値演算部41は、電流指令値設定部41aと、界磁電流指令値演算部41bと、界磁電流制限部41cと、を備える。
電流指令値設定部41aは、基本q軸電流指令値Iqr0と、回転速度ωと、電源電圧VRと、d軸電流指令値の過去値Idzとに基づいて、後段の界磁電流指令値演算部41bで基本d軸電流指令値Idr0の算出に用いるq軸電流指令値Iqtを設定する。
ここでは、基本d軸電流指令値Idr0が、モータ20の定格電流の条件とバッテリ13の許容上限電流の条件を満たすのに適したq軸電流指令値Iqtを設定する。
【0024】
なお、d軸電流指令値の過去値Idzとしては、後述するように第2電流制限部44が演算する第2d軸電流指令値Idr2の過去値(例えば前回の制御周期において演算した第2d軸電流指令値Idr2)を用いてよい。
以下の説明においてモータ20の定格電流の条件を「システム電流制限」と表記し、バッテリ13の許容上限電流の条件を「バッテリ電流制限」と表記することがある。
【0025】
システム電流制限に関して電流指令値設定部41aは、d軸電流指令値及びq軸電流指令値が、システム最大電流Imax(例えばモータの定格電流)以下となるように、次式(1)にしたがってq軸電流指令値に対する制限ゲインGq1を設定する。
なお、式(1)の演算過程では「0」割り防止の処理を行う。また、演算結果が1をこえないように、リミッタ処理(0~1)を施す。
【0026】
【0027】
バッテリ電流制限に関して電流指令値設定部41aは、バッテリ13から出力されるバッテリ電流Ibatが、所定の許容上限Ibatmax以下となるように、q軸電流指令値に対する制限ゲインGq2を設定する。電流指令値設定部41aは、d軸電流指令値のみで許容上限Ibatmaxを超えないように次式(2)にしたがってd軸電流指令値に対する制限ゲインGd1を設定する。なお、式(2)においても「0」割り防止処理、リミッタ処理を施す。
【0028】
【0029】
なお、定数Rはモータ20の各相巻線の抵抗値を示し、Plossは鉄損や摩擦等による損失を示す。電流指令値設定部41aは、上式(2)で設定した制限ゲインGd1に基づいて、次式(3)によりq軸電流指令値に対する制限ゲインGq2を設定する。なお、定数Ktはモータ20のトルク定数を示す。なお、式(3)においても「0」割り防止処理及びリミッタ処理を施す。
【0030】
【0031】
電流指令値設定部41aは、制限ゲインGq1、Gq2のうちいずれか小さい一方のゲインを基本q軸電流指令値Iqr0に乗算してq軸電流指令値Iqt=min(Gq1,Gq2)×Iqr0を演算する。
界磁電流指令値演算部41bは、電流指令値設定部41aが設定したq軸電流指令値Iqtと、回転速度ωと、電源電圧VRとに基づいて、次式(4)にしたがって弱め界磁用の界磁電流指令値である基本d軸電流指令値Idr0を算出する。なお、定数Lは、モータ1相当たりのインダクタンスを示し、定数Ψはモータにより定まる磁束鎖交数を示す。
【0032】
【0033】
界磁電流制限部41cは、基本d軸電流指令値Idr0を弱め界磁電流の方向のみに制限することで、第1d軸電流指令値Idr1を演算する。
d軸電流指令値の制限値は、ステアリングホイールの操舵に対する転舵角の追従性能の要求と作動音のバランスを勘定して決定されるが、本実施形態では上記課題4(過電流対策)のために、可能な限り大きなd軸電流指令値を流す必要がある。
【0034】
そこで界磁電流制限部41cは、基本d軸電流指令値Idr0をd軸電流上限値IdUL以下に制限することにより第1d軸電流指令値Idr1を演算し、回転速度ωに応じてd軸電流上限値IdULを変更する。
図4(a)は、界磁電流制限部41cにより設定されるd軸電流上限値IdULの一例の設定例を示す図である。回転速度ωが閾値ωth未満の範囲ではd軸電流上限値IdULは比較的小さな第1制限値Id1に設定され、回転速度ωが閾値ωth以上の範囲では第1制限値Id1よりも大きな第2制限値Id2に設定される。
【0035】
例えば閾値ωthは、緊急回避等において発生しうると想定される最大操舵角速度をモータ20の回転速度に換算して設定してよい。これにより、通常操舵時おける作動音の静寂性と緊急回避等におけるステアリングホイールの操舵に対する転舵角の追従性能のバランスを図ることができる。
界磁電流制限部41cは、第1d軸電流指令値Idr1の時間変化を制限するレートリミッタを備えていてもよい。
【0036】
図4(b)は、第1d軸電流指令値Idr1の制限の一例のタイムチャートである。時点t1において基本d軸電流指令値Idr0が投入されると、第1d軸電流指令値Idr1はレートリミッタによって増加速度が制限されて漸増し、時点t2で第1制限値Id1に至る。
その後、モータ20の回転速度ωが上昇して時点t3で閾値ωthを超えると、d軸電流上限値IdULは第2制限値Id2に増加する。この結果、第1d軸電流指令値Idr1はレートリミッタによって増加速度が制限されて漸増し、時点t4で第2制限値Id2に至る。
【0037】
図2を参照する。角加速度レギュレータ42は、モータ20の回転速度ωに基づいてトルク変動を抑制するためのq軸電流指令値の補償値Δqを設定する。
第1電流制限部43は、基本q軸電流指令値Iqr0を補償値Δqで補償し、モータ20の駆動電流がシステム電流制限を超えないように補償後の基本q軸電流指令値(Iqr0+Δq)を制限することにより、第1q軸電流指令値Iqr1を演算する。
具体的には、次式(5)にしたがって制限ゲインGq3を設定する。なお、式(5)においても「0」割り防止処理及びリミッタ処理を施す。
【0038】
【0039】
第1電流制限部43は、基本q軸電流指令値(Iqr0+Δq)に制限ゲインGq3を乗算することにより、第1q軸電流指令値Iqr1=Gq3×(Iqr0+Δq)を演算する。
第2電流制限部44は、バッテリ電流Ibatがバッテリ電流制限を超えないように、第1d軸電流指令値Idr1と第1q軸電流指令値Iqr1をそれぞれ制限することにより第2d軸電流指令値Idr2と第2q軸電流指令値Iqr2を演算する。
具体的には、次式(6)及び(7)にしたがってd軸電流指令値に対する制限ゲインGd2とq軸電流指令値に対する制限ゲインGq4を設定する。なお、式(6)及び(7)においても「0」割り防止処理及びリミッタ処理を施す。
【0040】
【0041】
第2電流制限部44は、第1d軸電流指令値Idr1に制限ゲインGd2を乗算することにより第2d軸電流指令値Idr2=Gd2×Idr1を演算し、第1q軸電流指令値Iqr1に制限ゲインGq4を乗算することにより第2q軸電流指令値Iqr2=Gq4×Iqr1を演算する。
FF制御部45は、第2d軸電流指令値Idr2と第2q軸電流指令値Iqr2とにそれぞれ基づくフィードフォワード制御によって、モータ20に対する電圧指令値であるFFd軸電圧指令値Vdffと、FFq軸電圧指令値Vqffを演算する。
【0042】
例えばFF制御部45は、FFd軸電圧指令値Vdffと、FFq軸電圧指令値Vqffとして、d軸とq軸との間で互いに干渉する干渉電圧を打ち消すdq軸非干渉電圧指令値を演算してよい。
また例えばFF制御部45は、2自由度制御構成によるフィードフォワード出力をFFd軸電圧指令値Vdffと、FFq軸電圧指令値Vqffd軸として演算してもよい。
FFd軸電圧指令値Vdff及びFFq軸電圧指令値Vqffは、それぞれ特許請求の範囲に記載の「第1d軸電圧指令値」及び「第1q軸電圧指令値」の一例である。
【0043】
3相/2相変換部46は、モータ電流検出器21で検出されたモータ20の3相電流の検出値を、d軸電流id及びq軸電流iqに変換する。
FB制御部47は、第2d軸電流指令値Idr2に対するモータ20の駆動電流のd軸電流の検出値idの電流偏差ΔIdに基づくフィードバック制御によって、モータ20に対するd軸電圧指令値であるFBd軸電圧指令値Vdfbを演算する。
【0044】
またFB制御部47は、第2q軸電流指令値Iqr2に対するモータ20の駆動電流のq軸電流の検出値iqの電流偏差ΔIqに基づくフィードバック制御によって、モータ20に対するq軸電圧指令値であるFBq軸電圧指令値Vqfbを演算する。
FBd軸電圧指令値Vdfb及びFBq軸電圧指令値Vqfbは、それぞれ特許請求の範囲に記載の「第1d軸電圧指令値」及び「第1q軸電圧指令値」の一例である。
【0045】
FB制御部47は、電流偏差ΔId、ΔIqに基づく比例制御(P制御)、積分制御(I制御)又は微分制御(D制御)の少なくとも1つ又はこれらの組合せによって、FBd軸電圧指令値VdfbとFBq軸電圧指令値Vqfbを演算する。
図5は、比例積分微分(PID)制御によりFBd軸電圧指令値VdfbとFBq軸電圧指令値Vqfbを演算する場合のFB制御部47の機能構成の一例を示すブロック図である。
【0046】
FB制御部47は、減算器47aと、ゲイン乗算部47b、47d及び47fと、近似微分部47cと、積分器47eと、加算器47gを備える。
減算器47aは、第2d軸電流指令値Idr2に対するd軸電流の検出値idの電流偏差ΔId=(Idr2-id)と、第2q軸電流指令値Iqr2に対するq軸電流の検出値iqの電流偏差ΔIq=(Iqr2-iq)を算出する。
ゲイン乗算部47bは、電流偏差ΔIdと比例ゲインKpの乗算結果と、電流偏差ΔIqと比例ゲインKpの乗算結果を加算器47gへ出力する。
【0047】
近似微分部47cは、電流偏差ΔId、ΔIqの微分値を演算する。例えば近似微分部47cは、微分演算とローパスフィルタとを組み合わせた伝達関数s/(Ts+1)を電流偏差ΔId、ΔIqに乗算することにより微分値を演算してよい。ゲイン乗算部47dは、電流偏差ΔIdの微分値と微分ゲインKdの乗算結果と、電流偏差ΔIqの微分値と微分ゲインKdの乗算結果を加算器47gへ出力する。
【0048】
積分器47eは、電流偏差ΔId、ΔIqの積分値を演算する。ゲイン乗算部47fは、電流偏差ΔIdの積分値と積分ゲインKiの乗算結果と、電流偏差ΔIqの積分値と積分ゲインKiの乗算結果を加算器47gへ出力する。
加算器47gは、電流偏差ΔIdと比例ゲインKpの乗算結果と、電流偏差ΔIdの微分値と微分ゲインKdの乗算結果と、電流偏差ΔIdの積分値と積分ゲインKiの乗算結果の和を、FBd軸電圧指令値Vdfbとして出力する。
また加算器47gは、電流偏差ΔIqと比例ゲインKpの乗算結果と、電流偏差ΔIqの微分値と微分ゲインKdの乗算結果と、電流偏差ΔIqの積分値と積分ゲインKiの乗算結果の和を、FBq軸電圧指令値Vqfbとして出力する。
【0049】
積分器47eは、遅延要素47e1と、加算器47e2と、ゲイン乗算部47e3を備える。
遅延要素47e1は、積分器47eの出力である電流偏差ΔIdの積分成分と電流偏差ΔIqの積分成分とを遅延させてから加算器47e2に入力する。すなわち遅延要素47e1は、積分器47eの出力の過去値(前回値)を加算器47e2に入力する。
【0050】
加算器47e2は、電流偏差ΔIdと遅延要素47e1の出力の和と、ΔIqと遅延要素47e1の出力の和を出力する。具体的には、電流偏差ΔIdの積分成分の過去値に電流偏差ΔIdを追加した和を出力する。また、電流偏差ΔIqの積分成分の過去値に電流偏差ΔIqを追加した和を出力する。
ゲイン乗算部47e3は、電圧制限部48が設定した後述の電圧制限ゲインGvを加算器47e2の出力のそれぞれに乗算した乗算結果を、積分器47eの出力(すなわち電流偏差ΔId、ΔIqの積分成分)として算出し、ゲイン乗算部47fに出力するとともに遅延要素47e1に入力する。
【0051】
電圧制限ゲインGvを加算器47e2の出力に乗算することによって、積分器47eにおける積分値を減少させることができるので、積分値のアンチワインドアップ機能を実現できる。
例えば、後述するように電圧制限ゲインGvを値「1」よりも小さな値に設定することにより積分器47eによる積分値の蓄積を抑制できる。また例えば電圧制限ゲインGvを値「0」に設定することにより、積分器47eによる積分値を「0」にリセットできる。
【0052】
図2を参照する。電圧制限部48は、FFd軸電圧指令値Vdff、FBd軸電圧指令値Vdfb、FFq軸電圧指令値Vqff及びFBq軸電圧指令値Vqfbに基づくPWM制御のデューティ比の飽和を抑制するように、これら電圧指令値Vdff、Vdfb、Vqff及びVqfbを制限することにより、第2d軸電圧指令値Vdと第2q軸電圧指令値Vqを演算する。
【0053】
図6は、電圧制限部48の機能構成の一例を示すブロック図である。電圧制限部48は、電圧上限値設定部48aと、外乱電圧抑制部48bと、電圧制限ゲイン設定部48cと、リミッタ48dと、乗算器48eと、加算器48fを備える。
電圧上限値設定部48aは、デューティ飽和を発生させない電圧指令値の上限値である電圧上限値VDutyMaxを設定する。モータ20の力行時と回生時においてインバータ51のデッドタイムが上限値に作用する方向が異なるため、電圧上限値設定部48aは、次式(8)にしたがって力行時の電圧上限値VDutyMaxを設定し、次式(9)にしたがって回生時の電圧上限値VDutyMaxを設定する。
【0054】
【0055】
モータ20の3相電圧指令値に三次高調波を重畳することによる電圧利用効率が向上するため、電圧指令値の上限値を電源電圧VRの(2/√3)倍に増加できる。PWM制御のデューティ比の範囲0~100[%]は、印加電圧のマイナス側電圧の下限値からプラス側電圧の上限値までの範囲に対応する。このため、上式(8)及び(9)ではプラス及びマイナスの各々の片側の上限値に相当する係数(1/√3)を電源電圧VRに乗算している。
【0056】
また、インバータ51のデッドタイムDeadTimeによる減少分(2×DeadTime/PWMTime)を、モータ20が力行状態であるか回生状態であるか否かに応じて減算又は加算している。なお、PWMTimeはPWM制御部50のPWM周期を示す。デッドタイムDeadTimeは、設計値と実際値との間に乖離があることが多いため、適宜設定したデッドタイム補償値を力行状態であるか回生状態であるか否かに応じて減算又は加算してよい。
【0057】
また、デッドタイム補償に起因してデューティ比の変化に対するモータ20の端子電圧の変化の比率(傾き)が低下する。これを補償するために変換係数VRDutyConvFactorの逆数が上式(8)及び(9)の計算式に乗算されている。変換係数VRDutyConvFactorは、デューティ比への変換の際に電圧指令値を小さくする方向に作用するため、電圧上限値VDutyMaxを増加させることでその減少分を補償する。
また、定数DutyMaxRateは、後段の計算による量子化誤差と電流検出精度の確保のためのマージンを値「1」から減算して設定する(すなわち、DutyMaxRate=100[%]-量子化誤差-マージン)。
【0058】
図7は、電圧上限値設定部48aの機能構成の一例を示すブロック図である。電圧上限値設定部48aは、第1ゲイン設定部48a1と、第2ゲイン設定部48a2と、選択器48a3と、乗算器48a4、48a6及び48a7と、減算器48a5を備える。
第1ゲイン設定部48a1は、バッテリ電流Ibatに基づいてモータ20が力行状態であるか回生状態であるかを判定し、判定結果を示す第1判定ゲインG1を出力する。モータ20が力行状態である場合に第1判定ゲインG1は値「1」を有し、回生状態である場合に第1判定ゲインG1は値「-1」を有する。
【0059】
図8(a)は、第1判定ゲインG1の設定例の第1例の模式図である。例えば第1判定ゲインG1は、バッテリ電流Ibatが値「0」より小さい値I1以下の場合に値「-1」に設定され、バッテリ電流Ibatが値「0」以上の場合に値「1」に設定され、バッテリ電流Ibatが値I1から値「0」までの範囲では、バッテリ電流Ibatの増加にしたがって値「-1」から値「1」まで線形に漸増してもよく、非線形に漸増してよい。
【0060】
第1判定ゲインG1が値「1」に設定されるバッテリ電流Ibatにマージンを設けて「0」よりも小さな値I2に設定してもよい。
図8(b)は、第1判定ゲインG1の設定例の第2例の模式図である。第1判定ゲインG1の符号が誤って設定されるとデューティ飽和を招くためである。
例えば値I1よりも大きく値「0」未満の値I2を設定し、バッテリ電流Ibatが、値I2以上の場合に第1判定ゲインG1を値「1」に設定し、バッテリ電流Ibatが値I1から値I2までの範囲では、バッテリ電流Ibatの増加にしたがって値「-1」から値「1」まで第1判定ゲインG1を線形又は非線形に漸増してよい。
【0061】
図7を参照する。第2ゲイン設定部48a2は、後述の電圧制限ゲインGvに基づいてデューティ比が上限近くであるか否かを判定し、判定結果を示す第2判定ゲインG2を出力する。デューティ比が上限近くである場合に第2判定ゲインG2は値「1」を有し、デューティ比が上限近くでない場合に第2判定ゲインG2は値「-1」を有する。
【0062】
図8(c)は、第2判定ゲインG2の設定例の第1例の模式図である。例えば第2判定ゲインG2は、電圧制限ゲインGvが値「1」より小さい値Gv1以下の場合に値「-1」に設定され、電圧制限ゲインGvが値「1」以上の場合に値「1」に設定され、電圧制限ゲインGvが値Gv1から値「1」までの範囲では、電圧制限ゲインGvの増加にしたがって値「-1」から値「1」まで線形に漸増してもよく、非線形に漸増してよい。
【0063】
第2判定ゲインG2が値「1」に設定される電圧制限ゲインGvにマージンを設けて、「1」よりも小さな値Gv2に設定してもよい。
図8(d)は、第2判定ゲインG2の設定例の第2例の模式図である。第2判定ゲインG2の符号が誤って設定されるとデューティ飽和を招くためである。
例えば値Gv1よりも大きく値「1」未満の値Gv2を設定し、電圧制限ゲインGvが値Gv2以上の場合に第2判定ゲインG2を値「1」に設定し、電圧制限ゲインGvが値Gv1から値Gv2までの範囲では、電圧制限ゲインGvの増加にしたがって値「-1」から値「1」まで第2判定ゲインG2を線形に又は非線形に漸増してよい。
【0064】
図7を参照する。選択器48a3は、第1判定ゲインG1及び第2判定ゲインG2のうちいずれか大きい一方のゲインを乗算器48a4に出力する。乗算器48a4、48a6及び48a7並びに減算器48a5は、上式(8)及び(9)の計算式にしたがって電圧上限値VDutyMaxを算出する。
【0065】
図6を参照する。外乱電圧抑制部48bは、FB制御部47の後段に設けられて、逆起電圧やその他の外乱電圧がFBd軸電圧指令値VdfbやFBq軸電圧指令値Vqfbに及ぼす影響を抑制する電圧外乱オブザーバとして機能する。
外乱電圧抑制部48bは、遅延要素48b1と、加算器48b2と、フィルタ48b3と、乗算器48b4と、を備える。遅延要素48b1は、特許請求の範囲に記載の「第1遅延要素」及び「第2遅延要素」の一例である。
【0066】
遅延要素48b1は、外乱電圧抑制部48bから出力されるd軸電圧指令値(Gv×Vdobs)とq軸電圧指令値(Gv×Vqobs)を遅延させてから加算器48b2に入力する。すなわち遅延要素48b1は、d軸電圧指令値(Gv×Vdobs)とq軸電圧指令値(Gv×Vqobs)の過去値(前回値)を加算器48b2に入力する。
加算器48b2は、d軸電圧指令値(Gv×Vdobs)の過去値にFBd軸電圧指令値Vdfbを加えた和を出力する。また、q軸電圧指令値(Gv×Vqobs)の過去値にFBq軸電圧指令値Vqfbを加えた和を出力する。
【0067】
フィルタ48b3は、ノイズ低減のためのフィルタ処理を加算器48b2の出力に施して得られるd軸電圧指令値Vdobsとq軸電圧指令値Vqobsを、電圧外乱オブザーバの出力として演算する。
具体的には、d軸電圧指令値(Gv×Vdobs)の過去値とFBd軸電圧指令値Vdfbの和にフィルタ処理を施してd軸電圧指令値Vdobsを演算する。また、q軸電圧指令値(Gv×Vqobs)の過去値とFBq軸電圧指令値Vqfbの和にフィルタ処理を施してq軸電圧指令値Vqobsを演算する。例えばフィルタ48b3は、ローパスフィルタであってよい。
【0068】
電圧制限ゲイン設定部48cは、電圧外乱オブザーバの出力Vdobs及びVqobsと、FFd軸電圧指令値Vdffと、FFq軸電圧指令値Vqffと、電圧上限値VDutyMaxとに基づいて、電圧指令値を電圧上限値VDutyMax以下に制限するための電圧制限ゲインGvを設定する。
具体的には電圧制限ゲイン設定部48cは、d軸電圧指令値とq軸電圧指令値の合成ベクトルと電圧上限値VDutyMaxとの比により電圧制限ゲインGvを演算する(次式(10))。リミッタ48dは、電圧制限ゲインGvの上限値を「1」に制限し、下限値を「0」に制限する。
【0069】
【0070】
外乱電圧抑制部48bの乗算器48b4は、電圧外乱オブザーバの出力Vdobs及びVqobsにそれぞれ電圧制限ゲインGvを乗算し、乗算結果(Gv×Vdobs)及び(Gv×Vqobs)を遅延要素48b1に入力するとともに加算器48fに出力する。
乗算器48eは、FFd軸電圧指令値VdffとFFq軸電圧指令値Vqffにそれぞれ電圧制限ゲインGvを乗算し、乗算結果(Gv×Vdff)及び(Gv×Vqff)を加算器48fに出力する。
【0071】
加算器48fは、乗算結果(Gv×Vdobs)と(Gv×Vdff)の和を第2d軸電圧指令値Vd=Gv×(Vdobs+Vdff)として算出し、乗算結果(Gv×Vqobs)と(Gv×Vqff)の和を第2q軸電圧指令値Vq=Gv×(Vqobs+Vqff)として算出する。
このように、電圧制限ゲインGvを乗算して電圧指令値を制限することにより、第2d軸電圧指令値Vd及び第2q軸電圧指令値Vqに基づくPWM制御においてデューティ比が100%に飽和するのを抑制できる。
【0072】
図2を参照する。2相/3相変換部49は、第2d軸電圧指令値Vd及び第2q軸電圧指令値Vqを3相電圧指令値に変換する。
3相電圧指令値は、PWM制御部50に入力され、更にインバータ51を介してモータ20がPWM駆動される。モータ20の駆動電流はモータ電流検出器21で検出され、3相/2相変換部46によりd軸電流id及びq軸電流iqに変換されて、FB制御部47の減算器47aにフィードバックされる。
【0073】
(作用)
d軸電流指令値演算部41は、上式(4)に基づいて基本d軸電流指令値Idr0を演算する。式中の定数RやLにはノミナル値が設定されるため、物理パラメータのばらつきや温度変化等による誤差が生じる。また、モータ20の回転速度ωの検出値も遅れやノイズ等による誤差が生じる。このため、d軸電流指令値の制限によってデューティ飽和を完全に防止することは難しい。
そこで本実施形態では、デューティ飽和の抑制は後段の電圧制限部48で行い、d軸電流指令値演算部41では最適なd軸電流指令値の算出を試みることにした。
【0074】
このように本実施形態では、d軸電流指令値演算部41ではデューティ飽和を考慮しないが、上式(4)によるd軸電流指令値をそのまま使用するとd軸電流指令値が過剰に算出されてしまう虞がある。このため、上式(4)に基づいて各入力パラメータがd軸電流指令値に対してどう影響するかを検討する。d軸電流指令値がマイナス方向に増加する(弱め界磁制御を強くする)ためには、上式(4)から、モータの回転速度ωが高くなるか、電源電圧VRが低下するか、q軸電流指令値Iqtが大きくなればよいことが分かる。
【0075】
次に、基本d軸電流指令値Idr0を算出するときに使用するq軸電流指令値Iqtと、電圧指令値の算出に実際に使用する第2q軸電流指令値Iqr2が乖離した場合の影響を検討する。
第2q軸電流指令値Iqr2が大きくなる側に乖離すると、d軸電流指令値が不足するためデューティ飽和が発生する。この事象が起こる要因としては、角加速度レギュレータ42の出力Δqが基本q軸電流指令値Iqr0に加算された場合が考えられる。しかし、角加速度レギュレータの出力Δqは変化が急峻であるのに対し、d軸電流指令値はレートリミッタ等で制限されるため、急激な変化に追従できないと推察される。よって、第2q軸電流指令値Iqr2が大きくなる側に乖離する時間は短くその影響も限定的である。このため、第2q軸電流指令値Iqr2が大きくなる側に乖離する場合は考慮しない。
【0076】
第2q軸電流指令値Iqr2が小さくなる側に乖離すると、基本d軸電流指令値Idr0が過剰となり、デューティ比を上限まで使うことができなくなる。要因としては後段でq軸電流指令値が制限される場合が考えられる。後段におけるq軸電流指令値の制限は、上式(5)の制限ゲインGq3によるシステム電流制限と、上式(7)の制限ゲインGq4によるバッテリ電流制限である。
したがって、電流指令値設定部41aにおいてこれらの制限がかかった場合のq軸電流指令値Iqtを上式(1)及び(3)によって算出して、基本d軸電流指令値Idr0の算出に用いることにより最適なq軸電流指令値を算出する。
【0077】
また、電圧制限部48では、電圧制限をかけるための電圧制限ゲインGvを算出し、電圧指令値に乗算している。この電圧制限ゲインGvを、電圧外乱オブザーバとして機能する外乱電圧抑制部48bにおいて電圧指令値に乗算すると、電圧外乱オブザーバを構成する積分器の上限値を制限できるため、実質的にアンチワインドアップ機能として働く。
【0078】
なお、電圧制限部48では、d軸電圧指令値とq軸電圧指令とに同じ値のゲイン(電圧制限ゲインGv)を乗算して制限している。これは電圧外乱オブザーバが積分器で構成されているため、q軸を優先して制限するとd軸電圧指令値とq軸電圧指令値の合成ベクトルが上限値で制限されても、d軸電圧指令値が上限値まで上がり続け、それに合わせてq軸電圧指令値が急激に制限されてしまい出力の急変を招く虞があるためである。
【0079】
また、電圧上限値設定部48aによる電圧上限値VDutyMaxの設定に関して、デッドタイムは、力行時はデューティを小さく、回生時にはデューティを大きくするように作用する。
上式(8)は力行時における電圧上限値VDutyMaxの算出式であり、回生時の作用方向の切り替えを考慮しないとデューティ比の上限に乖離が発生する虞がある。このため本実施形態では、力行と回生とを判定し、デッドタイムによる減少分の符号を切り替える。
【0080】
しかしながら、単純に符号を切り替えてしまうとデューティ比の急変が生じてしまうため、過電流や作動音が生じる虞がある。そこで、回生の条件判定としてバッテリ電流Ibatを使用するとともに、デューティの条件判定として電圧制限ゲインGvを使用し、これらに基づいて判定ゲインG1、G2を算出する。ただし、これらの条件判定のどちらが満足するかは分からないため、判定ゲインG1及びG2の最大値に基づいて符号を切り替えることで、これら2つの判定ゲインG1及びG2の間のフェード切り替えを実現する。
【0081】
また、FB制御部47は、積分器47eにおける積分値のアンチワインドアップ機能を備える。一般的にアンチワインドアップ機能の目的は、積分器を含む制御器の出力が何らかの理由により制限された場合に、過剰に積分値が溜まってしまうのを防ぐことである。
アンチワインドアップ機能の一般的な構成では、制限される前後の出力の差分値に何らかの処理を加えてフィードバックし、積分値の上限を制限している。
【0082】
本実施形態では、FB制御部47の出力が電圧上限値を超えることは少なく、ほとんどの場合は後段に設けられた外乱電圧抑制部(電圧外乱オブザーバ)48bの出力が電圧上限値を超える。そのため、一般的なアンチワインドアップの構成をそのまま用いることはできない。
また、電圧指令値が電圧上限値によって制限されている状態であっても、FB制御部47の出力と外乱電圧抑制部48bの出力の比率は変化できることが好ましい(例えば、モータ20の回転速度ωが下がってトルクが上がる状況では、逆起電圧が下がりq軸電流が上がるので、FB制御部47の出力の比率が大きくなり外乱電圧抑制部48bの出力の比率が小さくなるのが好ましい)。
このため、本実施形態ではFB制御部47の積分器47eの積分値と、外乱電圧抑制部48bの電圧外乱オブザーバの出力Vdobs及びVqobとを同じ値のゲイン(電圧制限ゲインGv)を乗算して制限して、FB制御部47と外乱電圧抑制部48bとの間で負担を等分している。
【0083】
(動作)
図9は、実施形態のモータ制御方法の一例のフローチャートである。
ステップS1においてトルクセンサ10、車速センサ12及びモータ電流検出器21は、それぞれ操舵トルクTh、車速Vh及びモータ20の駆動電流を検出する。また、電圧センサ及び電流センサは、バッテリ13により供給される電源電圧VRとバッテリ電流Ibatを検出する。
【0084】
ステップS2においてトルク制御部40は、少なくとも操舵トルクThと車速Vhに基づいて基本q軸電流指令値Iqr0を演算する。
ステップS3においてd軸電流指令値演算部41は、基本q軸電流指令値Iqr0と電源電圧VRとモータ20の回転速度ωとに基づいて第1d軸電流指令値Idr1を設定する。
ステップS4において第1電流制限部43は、モータ20の定格電流に基づいて基本q軸電流指令値Iqr0を制限することにより第1q軸電流指令値Iqr1を演算する。
【0085】
ステップS5において第2電流制限部44は、バッテリ上限電流Ibatmaxに基づいて第1d軸電流指令値Idr1と第1q軸電流指令値Iqr1をそれぞれ制限することにより第2d軸電流指令値Idr2と第2q軸電流指令値Iqr2を演算する。
ステップS6においてFF制御部45は、FFd軸電圧指令値VdffとFFq軸電圧指令値Vqffを演算する。FB制御部47は、FBd軸電圧指令値VdfbとFBq軸電圧指令値Vqfbを演算する。
ステップS7において電圧上限値設定部48aは、電圧上限値VDutyMaxを設定する。
【0086】
ステップS8において電圧制限ゲイン設定部48cは、電圧上限値VDutyMaxに基づいて電圧制限ゲインGvを設定する。
ステップS9において電圧制限部48は、電圧制限ゲインGvによりFFd軸電圧指令値Vdff、FFq軸電圧指令値Vqff、FBd軸電圧指令値Vdfb及びFBq軸電圧指令値Vqfbを制限することにより第2d軸電圧指令値Vdと第2q軸電圧指令値Vqを演算する。
ステップS10においてPWM制御部50とインバータ51は、第2d軸電圧指令値Vdと第2q軸電圧指令値Vqに基づきモータ20を駆動する。その後に処理は終了する。
【0087】
(変形例)
本発明に係るモータ制御装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
例えば上記実施形態では、本発明に係るモータ制御装置の適用例として、これを備える電動パワーステアリング装置を例示して説明したが、本発明に係るモータ制御装置の適用範囲はこれに限定されず、モータ制御装置を用いる各種機械装置に適用可能である。
【0088】
図10は、本発明のモータ制御装置を用いる直動テーブル装置の一例の概要を示す構成図である。
直動テーブル装置は、送りねじ装置と、テーブル71と、2個のリニアガイド(直動案内装置)と、基台74を備えている。
送りねじ装置は、ねじ軸70とナット76とモータ77を有し、ねじ軸70がナット76に挿通されている。送りねじ装置の送りねじ機構は、ねじ軸70の螺旋溝とナット76の螺旋溝がボール(転動体)を介して点接触するボールねじである。ねじ軸70の軸方向一端にモータ77が結合されている。
【0089】
2個のリニアガイドは、それぞれ、案内レール72と2個のスライダ(移動体)73と複数の転動体を有する。リニアガイドにおいて、案内レール72およびスライダ73は、互いに対向する位置に、転動体の転動通路を形成する軌道面をそれぞれ有する。両軌道面は案内レール72の長手方向に延び、転動通路内を負荷状態で転動する転動体を介して、スライダ73が案内レール72に沿って直線移動する。
基台74上のテーブル71の移動方向Yと垂直な方向の両端に、各リニアガイドが配置され、2個のリニアガイドの間に送りねじ装置が配置されている。案内レール72とねじ軸70が、テーブル71の移動方向Yと平行に配置されている。
【0090】
この配置で、案内レール72が基台74に固定されている。ねじ軸70は、それぞれの軸方向両端部に転がり軸受が取り付けられ、転がり軸受の外輪にハウジング75が固定され、各ハウジング75が基台74に固定されている。これにより、ねじ軸70が、基台74に対して回転自在に支持されている。
テーブル71は、各リニアガイドの2個のスライダ73と送りねじ装置のナット76の上方に配置され、スライダ73に対しては直接、ナット76に対してはブラケットを介して固定されている。すなわち、各リニアガイドの2個のスライダ73及び送りねじ装置の76がテーブル71の一面に固定されている。
【0091】
この直動テーブルでは、モータ77を駆動して送りねじ装置を稼働させるとねじ軸70が回転し、ボールねじ機構によりナット76が直動する。これに伴い、テーブル71がリニアガイドに案内されながら直動する。
コントローラ78は、モータ77を駆動する電流指令値を設定し、上記の実施形態のコントローラ30と同様の処理により電流指令値から電圧制御指令値Vrefを演算して、モータ20に供給する電流を制御する。
【0092】
(実施形態の効果)
(1)モータ制御装置は、モータの発生トルクを制御するための基本q軸電流指令値を設定するトルク制御部と、基本q軸電流指令値とモータの回転速度とに基づいて弱め界磁用の第1d軸電流指令値を設定するd軸電流指令値演算部と、d軸電流指令値演算部の後段に設けられて、モータの駆動電流がモータの定格電流を超えないように第1d軸電流指令値に応じて基本q軸電流指令値を制限することにより第1q軸電流指令値を演算する第1電流制限部と、第1電流制限部の後段に設けられて、バッテリの出力電流が所定の許容上限を超えないように第1d軸電流指令値と第1q軸電流指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値を演算する第2電流制限部と、第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値とに基づいて第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値を演算する電圧指令値演算部と、第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値とに基づくPWM制御のデューティ比の飽和を抑制するように第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値を演算する電圧制限部と、第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値とに基づいてモータを駆動する駆動回路と、を備える。
これにより実施形態のモータ制御装置は、高負荷状態におけるデューティ比の飽和と高回転速度域におけるデューティ比の減少とを抑制できる。
【0093】
(2)d軸電流指令値演算部は、第2d軸電流指令値の過去値に基づいてモータの駆動電流がモータの定格電流を超えないように基本q軸電流指令値を制限して得られたq軸電流指令値に応じて第1d軸電流指令値を演算してもよい。
これにより、電圧指令値の演算のために使用されるq軸電流指令値をモータの定格電流に基づいて制限しても、第1d軸電流指令値を演算するために使用されるq軸電流指令値と、電圧指令値の演算のために使用されるq軸指令値との乖離を低減できる。この結果、過大な第1d軸電流指令値が演算されてデューティ比が上限より低く制限されるのを抑制できる。
【0094】
(3)d軸電流指令値演算部は、第2d軸電流指令値の過去値に基づいてバッテリの出力電流が許容上限を超えないように基本q軸電流指令値を制限して得られたq軸電流指令値に応じて第1d軸電流指令値を演算してもよい。
これにより、電圧指令値の演算のために使用されるq軸電流指令値をバッテリの上限電流に基づいて制限しても、第1d軸電流指令値を演算するために使用されるq軸電流指令値と、電圧指令値の演算のために使用されるq軸指令値との乖離を低減できる。この結果、過大な第1d軸電流指令値が演算されてデューティ比が上限より低く制限されるのを抑制できる。
【0095】
(4)d軸電流指令値演算部は、モータの回転速度に基づいて第1d軸電流指令値の上限を制限してもよい。
これにより作動音と過電流対策のバランスを図ることができる。
【0096】
(5)電圧制限部は、モータの印加電圧の上限値である電圧上限値を設定する電圧上限値設定部と、電圧上限値に応じた電圧制限ゲインを設定する電圧制限ゲイン設定部と、を備え、電圧制限ゲインに応じて第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値をそれぞれ制限することにより第2d軸電圧指令値と第2q軸電圧指令値を演算してよい。
これにより、高負荷状態におけるデューティ比の飽和を抑制できる。
【0097】
(6)電圧上限値設定部は、多相モータであるモータの多相電圧指令値に三次高調波を重畳することによる電圧利用効率向上分、デッドタイムによる電圧降下、デッドタイム補償に起因するデューティ比対モータ端子電圧比の低下分の少なくとも1つに基づいて電圧上限値を設定してよい。
これにより、電圧指令値を制限するための電圧上限値を適切に設定できる。
【0098】
(7)電圧制限部は、第1d軸電圧指令値と第1遅延要素の出力との和に電圧制限ゲインを乗算して得られた第1乗算結果と、第1q軸電圧指令値と第2遅延要素の出力との和に電圧制限ゲインを乗算して得られた第2乗算結果を出力するとともに、第1乗算結果と第2乗算結果とをそれぞれ第1遅延要素及び第2遅延要素に入力する外乱電圧抑制部を備え、第1乗算結果を含んだ第2d軸電圧指令値と第2乗算結果を含んだ第2q軸電圧指令値と、を出力してもよい。
これにより、電圧制限ゲインに基づいて電圧指令値を制限できる。また外乱電圧が第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値に及ぼす影響を抑制できる。
【0099】
(8)電圧制限ゲイン設定部は、電圧上限値と、第1d軸電圧指令値及び第1遅延要素の出力との和と、第1q軸電圧指令値及び第2遅延要素の出力との和と、に基づいて電圧制限ゲインを設定してよい。
これにより、d軸電圧指令値とq軸電圧指令値の合成ベクトルと電圧上限値との比によって電圧制限ゲインを演算できる。
【0100】
(9)電圧指令値演算部は、第2d軸電流指令値に対するモータの駆動電流のd軸電流の検出値の偏差の積分成分であるd軸積分成分と、第2q軸電流指令値に対するモータの駆動電流のq軸電流の検出値の偏差の積分成分であるq軸積分成分とをそれぞれ含んだ第1d軸電圧指令値と第1q軸電圧指令値を出力し、電圧制限ゲインに基づいてd軸積分成分とq軸積分成分を抑制してもよい。
これにより、積分制御により電圧指令値を演算する電圧指令値演算部において、積分値のアンチワインドアップ機能を実現できる。
【0101】
(10)第1d軸電圧指令値は、第2d軸電流指令値に基づくフィードフォワード制御により演算されたフィードフォワードd軸電圧指令値と、第2d軸電流指令値に対するモータの駆動電流のd軸電流の検出値の偏差に基づくフィードバック制御により演算されたフィードバックd軸電圧指令値と、を含んでもよい。また、第1q軸電圧指令値は、第2q軸電流指令値に基づくフィードフォワード制御により演算されたフィードフォワードq軸電圧指令値と、第2q軸電流指令値に対するモータの駆動電流のq軸電流の検出値の偏差に基づくフィードバック制御により演算されたフィードバックq軸電圧指令値と、を含んでもよい。
【0102】
外乱電圧抑制部は、フィードバックd軸電圧指令値と第1遅延要素の出力との和に電圧制限ゲインを乗算して得られた第1乗算結果と、フィードバックq軸電圧指令値と第2遅延要素の出力との和に電圧制限ゲインを乗算して得られた第2乗算結果を出力するとともに、第1乗算結果と第2乗算結果とをそれぞれ第1遅延要素及び第2遅延要素に入力してよい。
【0103】
電圧制限ゲイン設定部は、電圧上限値と、フィードバックd軸電圧指令値、第1遅延要素の出力及びフィードフォワードd軸電圧指令値の和と、フィードバックq軸電圧指令値、第2遅延要素の出力及びフィードフォワードq軸電圧指令値の和と、に基づいて電圧制限ゲインを設定してもよい。
【0104】
電圧制限部は、フィードフォワードd軸電圧指令値に電圧制限ゲインを乗算して得られた第3乗算結果と第1乗算結果とを含んだ第2d軸電圧指令値を出力するとともに、フィードフォワードq軸電圧指令値に電圧制限ゲインを乗算して得られた第4乗算結果と第2乗算結果とを含んだ第2q軸電圧指令値を出力してもよい。
【0105】
これにより、フィードフォワード制御による応答性の向上と、フィードバック制御による外乱の影響の抑制とを図ることができる。また、電圧制限ゲインに基づいて電圧指令値を制限できる。また、外乱電圧がフィードバックd軸電圧指令値とフィードバックq軸電圧指令値に及ぼす影響を抑制できる。また、d軸電圧指令値とq軸電圧指令値の合成ベクトルと電圧上限値との比によって電圧制限ゲインを演算できる。
【符号の説明】
【0106】
1…ステアリングホイール、2…操舵軸、3…減速ギア、4a、4b…ユニバーサルジョイント、5…ピニオンラック機構、5a…ピニオン、5b…ラック、6a、6b…タイロッド、7a、7b…ハブユニット、8L、8R…操向車輪、10…トルクセンサ、11…イグニションキー、12…車速センサ、13…バッテリ、14…操舵角センサ、20、77…モータ、21…モータ電流検出器、30…コントローラ、40…トルク制御部、41…d軸電流指令値演算部、41a…電流指令値設定部、41b…界磁電流指令値演算部、41c…界磁電流制限部、42…角加速度レギュレータ、43…第1電流制限部、44…第2電流制限部、45…フィードフォワード制御部、46…3相/2相変換部、47…フィードバック制御部、47a、48a5…減算器、47b、47d、47e3、47f…ゲイン乗算部、47c…近似微分部、47e…積分器、47e1、48b1…遅延要素、47e2、47g、48b2、48f…加算器、48…電圧制限部、48a…電圧上限値設定部、48a1…第1ゲイン設定部、48a2…第2ゲイン設定部、48a3…選択器、48a4、48a6、48a7、48b4、48e…乗算器、48b…外乱電圧抑制部、48b3…フィルタ、48c…電圧制限ゲイン設定部、48d…リミッタ、49…2相/3相変換部、50…PWM制御部、51…インバータ、70…ねじ軸、71…テーブル、72…案内レール、73…スライダ、74…基台、75…ハウジング、76…ナット
【要約】
高負荷状態におけるデューティ比の飽和や高回転速度域におけるデューティ比の減少を抑制する。モータ制御装置は、弱め界磁用の第1d軸電流指令値を設定するd軸電流指令値演算部(41)と、d軸電流指令値演算部(41)の後段に設けられてモータ定格電流の条件を満たすように基本q軸電流指令値を制限して第1q軸電流指令値を演算する第1電流制限部(43)と、第1電流制限部(43)の後段に設けられてバッテリ許容上限電流を満たすように超えないように第1d軸電流指令値と第1q軸電流指令値を制限して第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値を演算する第2電流制限部(44)と、第2d軸電流指令値と第2q軸電流指令値とに基づいて電圧指令値を演算する電圧指令値演算部(45、47)と、電圧指令値を制限してデューティ比の飽和を抑制する電圧制限部(48)を備える。