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特許7589067線状体の異常診断方法及び線状体の異常診断装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-15
(45)【発行日】2024-11-25
(54)【発明の名称】線状体の異常診断方法及び線状体の異常診断装置
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20241118BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021030392
(22)【出願日】2021-02-26
(65)【公開番号】P2022131441
(43)【公開日】2022-09-07
【審査請求日】2024-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100137143
【弁理士】
【氏名又は名称】玉串 幸久
(72)【発明者】
【氏名】堀井 智紀
(72)【発明者】
【氏名】河村 睦
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-162096(JP,A)
【文献】特開2007-040713(JP,A)
【文献】特開昭54-155881(JP,A)
【文献】特開2011-247700(JP,A)
【文献】特開2020-165953(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0195728(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第106404319(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
G01H 1/00-17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状体の振動により変動する物理量を測定して、前記物理量の経時測定データを記録する工程と、
前記物理量が変動閾値を上回った場合には、前記物理量が前記変動閾値を上回った時刻である基準時刻の前の前記物理量を表す基準データと、前記基準時刻の後であって前記変動閾値を下回っている前記物理量を表す比較データと、を前記経時測定データから抽出する工程と、
前記基準データに基づいて、前記基準時刻の前における前記線状体の固有振動数である基準固有振動数又は前記基準時刻の前における前記線状体の張力である基準張力を算出するとともに、前記比較データに基づいて、前記基準時刻の後における前記線状体の固有振動数である比較固有振動数又は前記基準時刻の後における前記線状体の張力である比較張力を算出する工程と、
前記比較固有振動数と前記基準固有振動数との関係又は前記基準張力と前記比較張力との関係に基づいて、前記線状体に異常が生じているか否かを診断する工程と、を備え
前記基準張力及び前記比較張力を算出する工程は、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が所定の振動数閾値よりも大きいことを条件として実行され、
前記線状体に異常が生じているか否かを診断する工程では、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が前記振動数閾値以下である場合又は前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値以下である場合には、前記線状体に異常が生じていないと診断し、前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値よりも大きければ、前記線状体に異常が生じていると診断する、線状体の異常診断方法。
【請求項2】
前記比較データを前記経時測定データから抽出する工程では、前記基準時刻の後であって、前記物理量が所定の時間長に亘って前記変動閾値を下回っている状態での経時測定データを前記比較データとして抽出する、請求項1に記載の異常診断方法。
【請求項3】
前記経時測定データを記録する工程において、前記物理量を互いに離間した複数の測定位置で測定して、前記複数の測定位置それぞれについての経時測定データを記録し、
異常診断方法は、前記線状体に異常が生じているとの診断結果が得られた場合に、前記複数の測定位置それぞれについての前記経時測定データを比較して、前記線状体上の異常発生位置を決定する工程を更に備えている、請求項1又は2に記載の異常診断方法。
【請求項4】
線状体の振動により変動する物理量を測定する振動測定部と、
前記振動測定部によって測定された前記物理量の経時測定データを格納する記録部と、
前記振動測定部によって測定された前記物理量が変動閾値を上回ったか否かを判定する判定部と、
前記物理量が前記変動閾値を上回ったと前記判定部が判定した場合において、前記振動測定部によって測定された前記物理量が前記変動閾値を上回った時刻である基準時刻の前の前記物理量を表す基準データと、前記基準時刻の後であって前記変動閾値を下回っている前記物理量を表す比較データと、を、前記記録部に格納された経時測定データから抽出するデータ抽出部と、
前記基準データに基づいて、前記基準時刻の前における前記線状体の固有振動数である基準固有振動数又は前記基準時刻の前における前記線状体の張力である基準張力を算出するとともに、前記比較データに基づいて、前記基準時刻の後における前記線状体の固有振動数である比較固有振動数又は前記基準時刻の後における前記線状体の張力である比較張力を算出する算出部と、
前記比較固有振動数と前記基準固有振動数との関係又は前記基準張力と前記比較張力との関係に基づいて、前記線状体に異常が生じているか否かを診断する診断部と、を備え
前記算出部は、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が所定の振動数閾値よりも大きいことを条件として、前記基準張力と前記比較張力とを算出し、
前記診断部は、前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値よりも大きければ、前記線状体に異常が生じていると診断する、線状体の異常診断装置。
【請求項5】
前記データ抽出部は、前記基準時刻の後であって、前記物理量が所定の時間長に亘って前記変動閾値を下回っている状態での経時測定データを前記比較データとして抽出する、請求項に記載の異常診断装置。
【請求項6】
前記振動測定部が前記物理量を測定する測定位置から離れた位置で前記物理量を測定する他の振動測定部と、
前記線状体に異常が生じていると前記診断部が診断した場合に、前記振動測定部から得られた前記経時測定データと前記他の振動測定部によって測定された前記物理量の経時測定データとを比較して、前記線状体上の異常発生位置を算出する位置算出部と、を更に備えている、請求項4又は5に記載の異常診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線状体に異常が生じたか否かを診断する異常診断方法及び異常診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アコースティック・エミッション法(以下、「AE法」と称する)を利用して、橋梁のケーブルなどの線状体に異常が生じたか否かを診断することが提案されている(非特許文献1を参照)。非特許文献1では、橋梁のケーブルに多数のアコースティック・エミッション・センサ(以下、「AEセンサ」と称する)が配置され、これらのAEセンサにより、ケーブルを伝播する弾性波が検出される。
【0003】
非特許文献1では、これらのAEセンサからの信号波形の特徴とAEセンサの配置位置との関係から、橋梁を通過する車両に由来する交通ノイズと、ケーブルの素線の破断により生じた弾性波と、が識別され得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】第八回学術セミナー 「持続的社会インフラストラクチャーをどう実現するか」 社会基盤構造物のAE連続モニタリング 日本フィジカルアコースティック(株) 湯山 茂徳著 平成23年3月 非破壊検査 第60巻3号(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1では、ケーブルの素線の破断により生じた弾性波を、橋梁を通過する車両に由来する交通ノイズから識別することは可能になるが、AEセンサが検出する弾性波の原因は、ケーブルの素線の破損及び橋梁を通過する車両に限られない。たとえば、雨、風、ケーブルの熱膨張及び熱収縮などの外的影響があった場合においても、交通ノイズとは異なる特徴の信号波形がAEセンサから出力され得る。しかし、このような外的影響を受けた場合に、ケーブルに異常が生じているとは限らない。
【0006】
本発明は、外的影響を受け得る線状体に異常が生じているか否かを診断できる異常診断方法及び異常診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の局面に係る線状体の異常診断方法は、線状体の振動により変動する物理量を測定して、前記物理量の経時測定データを記録する工程と、前記物理量が変動閾値を上回った場合には、前記物理量が前記変動閾値を上回った時刻である基準時刻の前の前記物理量を表す基準データと、前記基準時刻の後であって前記変動閾値を下回っている前記物理量を表す比較データと、を前記経時測定データから抽出する工程と、前記基準データに基づいて、前記基準時刻の前における前記線状体の固有振動数である基準固有振動数又は前記基準時刻の前における前記線状体の張力である基準張力を算出するとともに、前記比較データに基づいて、前記基準時刻の後における前記線状体の固有振動数である比較固有振動数又は前記基準時刻の後における前記線状体の張力である比較張力を算出する工程と、前記比較固有振動数と前記基準固有振動数との関係又は前記基準張力と前記比較張力との関係に基づいて、前記線状体に異常が生じているか否かを診断する工程と、を備えている。前記基準張力及び前記比較張力を算出する工程は、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が所定の振動数閾値よりも大きいことを条件として実行される。前記線状体に異常が生じているか否かを診断する工程では、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が前記振動数閾値以下である場合又は前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値以下である場合には、前記線状体に異常が生じていないと診断し、前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値よりも大きければ、前記線状体に異常が生じていると診断する。
【0008】
上述の構成によれば、線状体の振動加速度及び線状体に生じた弾性波の強さといった物理量は、線状体の振動の態様により変動する。このような物理量を測定するとともにこの物理量の経時測定データを記録することにより、線状体にどのような振動が生じているかが分かる。たとえば、線状体が大きな振幅で振動している場合には、大きな振動加速度及び強い弾性波が測定され得る。線状体が雨、風、熱膨張及び熱収縮などの外的影響などにより、経時測定データに、変動閾値を上回るほど大きな物理量が現れている場合には、線状体に異常が生じている可能性があるが、実際には、線状体に異常が生じていない場合もあり得る。線状体に異常が実際には生じてないにもかかわらず、線状体に異常が生じているとの誤診断がなされることを防ぐために、以下の処理が行われる。
【0009】
上述の物理量が変動閾値を上回った時刻である基準時刻の前の物理量を表す基準データが経時測定データから抽出され、抽出された基準データに基づいて、基準固有振動数が算出される。また、基準時刻の後の物理量を表す比較データが経時測定データから抽出され、抽出された比較データに基づいて、比較固有振動数が算出される。基準固有振動数からの比較固有振動数の変化が、振動数閾値を超えるほど大きくなければ、線状体に異常が生じている可能性は低い。すなわち、基準張力及び比較張力が算出されなくとも、基準固有振動数及び比較固有振動数から線状体に異常が生じている可能性が低いことが分かる。この場合、基準張力及び比較張力の算出が省略されるので、基準張力及び比較張力の算出のための労力が低減される。一方、基準固有振動数からの比較固有振動数の変化が、振動数閾値を超えるほど大きければ、線状体に異常(たとえば、線状体の一部が破断している場合など)が生じている可能性が高い。この場合には、基準時刻の前後において線状体の固有振動数及び張力が変わるので、基準張力と比較張力との間の変化量に基づく診断が行われる。基準張力と比較張力との間の変化量が所定の張力閾値よりも大きければ、基準時刻前後において線状体の張力に大きな変化が生じており、線状体に異常が生じている可能性が高い。この場合には、線状体に異常が生じているとの診断結果が得られる。
【0010】
上述の構成に関して、前記比較データを前記経時測定データから抽出する工程では、前記基準時刻の後であって、前記物理量が所定の時間長に亘って前記変動閾値を下回っている状態での経時測定データを前記比較データとして抽出してもよい。
【0011】
上述の構成によれば、変動閾値を上回るほど大きな物理量が現れている場合には、このような大きな物理量が現れている時間において、線状体の張力が外的因子の影響を受けている可能性がある。線状体の張力が外的因子の影響を受けていれば、線状体の線密度も、外的因子の影響を受け、ひいては、線状体の固有振動数も外的因子の影響を受ける。
【0012】
外的因子の影響を受ける前の基準固有振動数又は基準張力との比較対象としては、外的因子の影響が低減された状態で算出された比較固有振動数又は比較張力が好ましい。このため、基準時刻の後であって、物理量が所定の時間長に亘って変動閾値を下回っている状態での経時測定データが比較データとして抽出される。たとえば、線状体が強風に曝されている場合には、この間、物理量が変動閾値を周期的に上回った状態となり得るが、強風が止めば、物理量は、変動閾値を所定の期間に亘って下回った状態となる。基準時刻後であって、物理量を所定の期間に亘って下回った状態となっている経時測定データが比較データとして抽出されるので、比較固有振動数又は比較張力は、外的因子の影響が低減された状態の比較データに基づいて算出され得る。
【0019】
上述の構成に関して、前記経時測定データを記録する工程において、前記物理量を互いに離間した複数の測定位置で測定して、前記複数の測定位置それぞれについての経時測定データを記録してもよい。異常診断方法は、前記線状体に異常が生じているとの診断結果が得られた場合に、前記複数の測定位置それぞれについての前記経時測定データを比較して、前記線状体上の異常発生位置を決定する工程を更に備えていてもよい。
【0020】
上述の構成によれば、経時測定データは、測定位置が線状体上の異常発生位置からどのくらい離れているかに影響される。すなわち、経時測定データ中に特徴(たとえば、ピーク値)が現れる時刻は、線状体に異常が生じた異常発生位置が測定位置から離れていればいるほど遅くなる。したがって、複数の測定位置それぞれについての経時測定データを比較することにより、経時測定データ中に特徴が現れる時刻の差に係る情報を得ることができる。この時刻差と振動の伝播速度との関係から、異常位置が複数の測定位置に対してどのような位置関係を有しているかが分かり、異常発生位置を決定することができる。
【0021】
本発明の他の局面に係る線状体の異常診断装置は、線状体の振動により変動する物理量を測定する振動測定部と、前記振動測定部によって測定された前記物理量の経時測定データを格納する記録部と、前記振動測定部によって測定された前記物理量が変動閾値を上回ったか否かを判定する判定部と、前記物理量が前記変動閾値を上回ったと前記判定部が判定した場合において、前記振動測定部によって測定された前記物理量が前記変動閾値を上回った時刻である基準時刻の前の前記物理量を表す基準データと、前記基準時刻の後であって前記変動閾値を下回っている前記物理量を表す比較データと、を、前記記録部に格納された経時測定データから抽出するデータ抽出部と、前記基準データに基づいて、前記基準時刻の前における前記線状体の固有振動数である基準固有振動数又は前記基準時刻の前における前記線状体の張力である基準張力を算出するとともに、前記比較データに基づいて、前記基準時刻の後における前記線状体の固有振動数である比較固有振動数又は前記基準時刻の後における前記線状体の張力である比較張力を算出する算出部と、前記比較固有振動数と前記基準固有振動数との関係又は前記基準張力と前記比較張力との関係に基づいて、前記線状体に異常が生じているか否かを診断する診断部と、を備えていてもよい。前記算出部は、前記基準固有振動数と前記比較固有振動数との間の変化量が所定の振動数閾値よりも大きいことを条件として、前記基準張力と前記比較張力とを算出する。前記診断部は、前記基準張力と前記比較張力との間の変化量が所定の張力閾値よりも大きければ、前記線状体に異常が生じていると診断する。
【0022】
上述の構成において、前記データ抽出部は、前記基準時刻の後であって、前記物理量が所定の時間長に亘って前記変動閾値を下回っている状態での経時測定データを前記比較データとして抽出してもよい。
【0026】
上述の構成において、異常診断装置は、前記振動測定部が前記物理量を測定する測定位置から離れた位置で前記物理量を測定する他の振動測定部と、前記線状体に異常が生じていると前記診断部が診断した場合に、前記振動測定部から得られた前記経時測定データと前記他の振動測定部によって測定された前記物理量の経時測定データとを比較して、前記線状体上の異常発生位置を算出する位置算出部と、を更に備えていてもよい。
【発明の効果】
【0027】
上述の異常診断方法及び異常診断装置は、外的影響を受け得る線状体に異常が生じているか否かを診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】第1実施形態の異常診断装置の概略図である。
図2】異常診断のための事前準備の手順を表す概略的なフローチャートである。
図3】異常診断方法の概略的なフローチャートである。
図4】異常診断装置の記録部に格納され得る振動の加速度の経時測定データである。
図5】経時測定データに対するFFT解析の結果である。
図6】記録部に格納され得る経時測定データである。
図7】第2実施形態の異常診断装置の概略図である。
図8】経時測定データに対するFFT解析の結果である。
図9】ケーブルの張力を算定するための算定処理を表す概略的なフローチャートである。
図10】ケーブルの張力の算定に用いられる目的関数上での探索処理を概念的に表す図である。
図11】第3実施形態の異常診断方法を表す概略的なフローチャートである。
図12】第4実施形態の異常診断装置の概略図である。
図13】異常診断装置の位置算出部の処理(異常発生位置を特定するための処理)を概念的に表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<第1実施形態>
図1は、異常診断装置100の概略図である。図1を参照して、異常診断装置100を説明する。
【0030】
異常診断装置100は、振動測定部110と、演算装置120と、を備えている。
【0031】
振動測定部110は、両端が自由支持されたケーブル130に取り付けられており、ケーブル130の振動により変動する物理量を測定するように構成されている。本実施形態では、振動測定部110は、振動により変動する物理量として、ケーブル130に生じた振動の加速度を測定する。この場合、振動測定部110として、1Hz以上のサンプリング周波数でケーブル130に生じた振動を測定するように構成された加速度センサが用いられ得る。
【0032】
演算装置120は、無線式又は有線式に振動測定部110に接続されて、振動測定部110から振動の加速度を表す振動信号を受け取り、振動信号から得られた振動データに対して所定の処理を実行するように構成されている。演算装置120は、パーソナルコンピュータであってもよいし、データ格納機能及びデータ処理機能を有する他の装置であってもよい。
【0033】
演算装置120は、記録部121と、判定部122と、データ抽出部123と、算出部129と、診断部125と、を含んでいる。
【0034】
記録部121は、振動測定部110から出力された振動信号が表す加速度の経時変化のデータ(すなわち、ケーブル130に生じた振動の加速度の経時変化のデータ)を格納するように構成されている。記録部121に格納されたデータを、以下の説明では、「経時測定データ」と称する。
【0035】
判定部122は、ケーブル130に生じた振動の加速度の経時変化のデータに基づいて、ケーブル130の異常に対する診断処理を実行すべきか否かを判定する部分である。データ抽出部123及び算出部129は、ケーブル130に異常に対する診断処理のための所定の演算処理を行う部分である。診断部125は、データ抽出部123及び算出部129による演算処理結果に基づいて、ケーブル130に異常が生じたか否かを診断する部分である。
【0036】
異常診断装置100によるケーブル130の異常診断のために行われる事前準備を、図2を参照して説明する。
【0037】
振動測定部110が、ケーブル130上に設置される(ステップS110)。ケーブル130上における振動測定部110の設置位置は、振動測定部110がケーブル130に生じた振動の加速度を測定できれば特に限定されない。
【0038】
ケーブル130上への振動測定部110の設置後に、ケーブル130に生じうる振動の加速度が観測される(ステップS120)。詳細には、外的因子(たとえば、強風)がない状態で、ケーブル130に生じた振動の加速度の経時変化のデータが記録部121に格納される。あるいは、衝撃をケーブル130に与え、ケーブル130に生じた振動の加速度の経時変化のデータが記録部121に格納される。この結果、外的因子がない場合においてケーブル130に生じうる振動の加速度の経時変化を表す経時測定データが、記録部121に格納される。
【0039】
ステップS120において得られた経時測定データに基づいて、変動閾値が決定される(ステップS130)。詳細には、変動閾値は、ステップS120において得られた経時測定データにおける最大の振動の加速度よりも大きく、且つ、ケーブル130を破損させ得る加速度よりも小さな値に決定される。決定された変動閾値は、たとえば、判定部122が実行する判定処理プログラムに組み込まれ、判定部122の判定処理に利用される。なお、本実施形態では、加速度の向きに応じて、正の変動閾値と負の変動閾値とが設定される。
【0040】
図2に示す事前準備の後、ケーブル130に異常が生じているか否かを診断する診断処理が実行される。図3を参照して、診断処理を説明する。図3は、診断処理の概略的なフローチャートである。
【0041】
振動測定部110は、ケーブル130への設置後、ケーブル130に生じた振動の加速度を表す振動信号を常時出力している。振動信号は、振動測定部110から記録部121及び判定部122へ出力されている。記録部121は、振動信号の受信時刻と振動信号が表す振動の加速度とを関連付けて、振動の加速度のデータ(すなわち、経時測定データ)として格納する(ステップS210)。この間、判定部122は、受信した振動信号が表す振動の加速度を、事前準備において設定された変動閾値と比較する(ステップS220)。変動閾値を超えるほど大きな振動が測定されていなければ(ステップS220:No)、ステップS210及びステップS220の処理が繰り返される。
【0042】
変動閾値を超えるほど大きな振動の加速度が検出された場合の処理を、図4を参照して説明する。図4は、変動閾値を超えるほど大きな振動の加速度が検出された場合に記録部121に格納され得る経時測定データである。
【0043】
図4では、時刻t1において、正の変動閾値よりも大きな加速度が検出されている。この時刻t1を、以下の説明では、「基準時刻t1」と称する。この基準時刻t1を基準にして、異常診断のための演算処理が実行される。基準時刻t1は、判定部122により決定される。詳細には、判定部122は、振動測定部110からの振動の加速度のデータが、変動閾値よりも大きいか否かを判定し、変動閾値よりも大きな加速度が生じたときの時刻を基準時刻t1として記憶する(ステップS220:Yes)。
【0044】
判定部122は、基準時刻t1の情報をデータ抽出部123に伝達する(ステップS230)。なお、基準時刻t1の後においても、記録部121は、経時測定データを格納し続けている(ステップS240)。
【0045】
判定部122が、データ抽出部123に基準時刻t1の情報を伝達すると、データ抽出部123は、基準時刻t1の後の経時測定データにおいて、以下の抽出条件を満たすデータを抽出する(ステップS250)。
【0046】
(抽出条件)
基準時刻t1の後において、振動の加速度が正負の変動閾値の範囲内に所定の時間長に亘って収まっていること(すなわち、振動の加速度の大きさが正負の変動閾値の絶対値を下回っている状態が所定の時間長に亘って継続していること)。
【0047】
この抽出条件は、車両の衝突などの外的因子がケーブル130の固有振動数に及ぼす影響を抑制するために設定されている。すなわち、外的因子が作用してケーブル130の張力が変われば、ケーブル130の線密度が変わり得る。ケーブル130の固有振動数は、ケーブル130の線密度の変化に影響されるので、ケーブル130の線密度を変化させるほど外的因子の影響が強ければ、ケーブル130の固有振動数も外的因子の影響を受ける。このため、上述の抽出条件を設定し、外的因子の影響が低減された状態のデータを抽出している。なお、上述の抽出条件における「所定の時間長」は、固有振動数を演算するためのFFT解析を行うのに十分な長さに設定されている。
【0048】
図4の経時測定データでは、基準時刻t1の後において正負の変動閾値の範囲に収まる最初のピークが現れる時刻t2以降の経時測定データは、上述の抽出条件を満たしている。このため、データ抽出部123は、時刻t2を始点として所定の時間長内にあるデータを抽出する。時刻t2を始点として所定の時間長内にあるデータを、以下の説明では、「比較データ」と称する。
【0049】
比較データの抽出の後、データ抽出部123は、比較データとの比較対象とされる基準データを経時測定データから抽出する(ステップS250)。本実施形態では、データ抽出部123は、基準時刻t1の直前における振動の加速度のピーク値が得られた時刻t3から遡って所定の時間長の経時測定データを基準データとして抽出する。
【0050】
データ抽出部123によって抽出された比較データ及び基準データは、算出部129へ出力される。算出部129は、比較データ及び基準データに対して、たとえば、FFT解析を実行し、ケーブル130の固有振動数を算出する(ステップS260)。詳細には、算出部129は、比較データに対してFFT解析を実行し、基準時刻t1の後におけるケーブル130の固有振動数を算出する。また、算出部129は、基準データに対してFFT解析を実行し、基準時刻t1の前におけるケーブル130の固有振動数を算出する。比較データから得られるケーブル130の固有振動数を、以下の説明では、「比較固有振動数」と称する。また、基準データから得られるケーブル130の固有振動数を、以下の説明では、「基準固有振動数」と称する。
【0051】
算出部129は、FFT解析を行うことにより、例えば、図5(a)及び図5(b)に示す解析結果を得ることができる。図5(a)は、基準データから得られた解析結果を表している。図5(b)は、比較データから得られた解析結果を表している。
【0052】
図5(a)及び図5(b)において、振動の加速度について6つのピーク値が現れている。算出部129は、これらのピーク値が現れた周波数(すなわち、固有振動数)に対して、小さい方から順に1~6の次数i(以下、「モード次数i」と称する)が付されている。算出部129は、モード次数iと固有振動数とを関連付けた算出結果を診断部125に出力する。
【0053】
診断部125は、比較固有振動数を基準固有振動数と比較する(図3のステップS270)。詳細には、診断部125は、モード次数iごとに、基準固有振動数と比較固有振動数との差を算出する。この結果、診断部125は、図5に示すような差Δf~Δfのデータを得ることができる。診断部125は、これらの差Δf~Δfの平方和を、基準時刻t1の前後におけるケーブル130の固有振動数の変化量として取り扱い、所定の振動数閾値と比較する。差Δf~Δfの平方和が、所定の振動数閾値よりも大きければ(図3のステップS270:Yes)、診断部125は、ケーブル130に異常が生じていると判定する(図3のステップS280)。逆に、差Δf~Δfの平方和が、所定の振動数閾値よりも小さければ(図3のステップS270:No)、図3のステップS210~ステップS270の処理が再度実行される。なお、振動数閾値は、基準固有振動数及び比較固有振動数の算出に用いられるFFT解析の精度を考慮して設定される。
【0054】
ステップS270において算出された比較固有振動数は、上述の抽出条件の下で抽出された比較データに基づいて算出されているので、外的因子の影響を低減しつつ算出されている。すなわち、比較データとして抽出される振動の加速度は、正負の変動閾値の範囲内に所定の時間長に亘って収まっているので、比較固有振動数の算出のベースとなる比較データから外的因子の影響が低減されている。このため、基準固有振動数と比較固有振動数との間の変化は、ケーブル130自体の変化を表す指標となり得る。たとえば、ケーブル130の素線が破断した場合には、比較固有振動数は、基準固有振動数からある程度大きく変化する。一方、ケーブル130が破損していなければ、比較固有振動数は、基準固有振動数からあまり変化しない。よって、比較固有振動数を、基準固有振動数と比較することにより、ケーブル130に実際には異常が生じていない場合において、ケーブル130に異常が生じたと診断してしまう誤診断のリスクが低減される。
【0055】
図4に示される経時測定データは、ケーブル130の振動の加速度が短期間だけ強くなったことを表している。このような経時測定データは、たとえば、車両がケーブル130に衝突した場合に得られる。しかしながら、ケーブル130の振動の加速度がある程度の時間長に亘って大きくなることも考えられる。たとえば、ケーブル130が強風に曝されている場合には、強風が止むまで、強い振動がケーブル130に生じうる。このような場合には、図6に示す経時測定データが得られる。
【0056】
図6に示す経時測定データでは、基準時刻t1からケーブル130の振動の加速度が正負の変動閾値の範囲に収まり始めた時刻t4までの期間において、振動の加速度は、周期的に正負の変動閾値を超えている。少なくともこの期間においては、ケーブル130は、強風(あるいは、ケーブル130に強い振動を生じさせる他の外的因子)に曝されていると推定される。
【0057】
上述の抽出条件にしたがって比較データが抽出されれば、基準時刻t1から時刻t4までの期間における経時測定データは、比較データに含まれない。この場合、比較データから得られる比較固有振動数は、外的因子の影響を受けることなく算出され得る。したがって、比較固有振動数は、基準時刻t1の後におけるケーブル130の固有振動数を精度よく表す。このような比較固有振動数を、基準固有振動数と比較することにより、ケーブル130に異常が生じているか否かを精度よく診断することができる。
【0058】
<第2実施形態>
第1実施形態では、基準固有振動数及び比較固有振動数の比較に基づいて、ケーブル130に異常が生じているか否かが診断されている。しかしながら、基準固有振動数及び比較固有振動数は、ケーブル130に付帯設備(たとえば、ダンパ)が接続されている場合には、付帯設備の影響を受ける指標である。したがって、ケーブル130に付帯設備が接続されている場合には、付帯設備の影響を排除する演算処理を更に行うことが好ましい。第2実施形態では、付帯設備の影響を排除するための処理が説明される。
【0059】
第2実施形態では、演算装置120の算出部129は、基準固有振動数及び比較固有振動数を算出するだけでなく、ケーブル130の張力を算出するように構成されている。詳細には、算出部129は、ケーブル130の固有振動数と、ケーブル130の張力と、ケーブル130に接続されたダンパ140の特性と、の関係式に基づいて、ケーブル130の張力を算出する。ケーブル130の固有振動数と、ケーブル130の張力と、ダンパ140の特性と、の関係式は、以下のように導出され得る。
【0060】
(ケーブルの固有振動数、ケーブルの張力及びダンパの特性の関係式の導出)
図7では、振動測定部110は、ダンパ140が接続されたケーブル130上に設けられている。ダンパ140は、ケーブル130の左端から距離lだけ離れ、ケーブル130の右端から距離lだけ離れた位置に設けられている。以下の説明において、ケーブル130の左端からダンパ140までのケーブル130のスパンを、「スパン131」と称する。また、ダンパ140からケーブル130の右端までのケーブル130のスパンを「スパン132」と称する。
【0061】
図7に示すケーブル130は、両端を単純支持された一次元梁としてモデル化可能であり、ケーブル130の時間tにおける位置xの撓みy(x、t)に関する運動方程式は、以下のように表され得る。
【0062】
【数1】
【0063】
上述の数式における撓みy(x、t)は、以下の数式によって変数分離可能である。
【0064】
【数2】
【0065】
以下の数式は、変数分離された撓みy(x、t)を上述の運動方程式に代入することによって得られたX(x)の一般解を表している。
【0066】
【数3】
【0067】
スパン131における梁のモード形状X(x)及びスパン132におけるモード形状X(x)は、以下の数式で表される。
【0068】
【数4】
【0069】
ケーブル130の両端が単純支持されていることを表す境界条件が、以下の「数5」及び「数6」によって表される。「数5」は、ケーブル130の左端の境界条件を表している。「数6」は、ケーブル130の右端の境界条件を表している。
【0070】
【数5】
【0071】
【数6】
【0072】
図7に示されているケーブル130では、ダンパ140の設置位置において、以下の境界条件が成立する。
【0073】
(ダンパ140の設置位置における境界条件)
・ケーブル130の撓み、撓み角及び曲率は連続である。
・鉛直方向において力が釣り合っている。
【0074】
以下の数式は、上述の境界条件を数式化したものである。
【0075】
【数7】
【0076】
図7に示されるダンパ140の特性は、バネとダッシュポッドで表され得るので、上述の数式中の「k」は、以下の数式により表され得る。
【0077】
【数8】
【0078】
上述の「数4」に、上述の境界条件の式(すなわち、「数5」~「数7」)を代入することにより、以下の関係式が得られる。なお、以下の関係式において「L」は、ケーブル130の全長を表している。
【0079】
【数9】
【0080】
上述の「数9」は、双曲線関数を指数関数に書き換えて、以下の2つの数式で表され得る。
【0081】
【数10】
【0082】
上述の「数10」中の「α」,「β」について、モード次数iにおける「α」,「β」は、上述の「数3」に基づいて、以下の数式で表され得る。なお、以下の数式において、「f」は、モード次数iにおけるケーブル130の固有振動数を表している。
【0083】
【数11】
【0084】
上述の「数10」の上段の式は、モード次数iごとに成立するので、当該上段の式に基づいて、以下の関係式が得られる。
【0085】
【数12】
【0086】
上述の「数12」に、「数11」の「α」の式を代入することにより、以下の関係式が得られる。
【0087】
【数13】
【0088】
「数13」の固有振動数fは、複素数である。一方、算出部129が算出する基準固有振動数及び比較固有振動数は、実数であり、上述の「数13」の固有振動数fの実部に相当する。したがって、算出部129は、以下の関係式を利用して、張力Tを算出する。
【0089】
【数14】
【0090】
(固有振動数の算出処理)
上述の「数14」において、左辺の「f」は、モード次数iの固有振動数であるので、算出部129は、モード次数iの情報とモード次数iにおける固有振動数の情報とを関連付けるための処理を行う。たとえば、算出部129が、FFT解析を行った結果、図8に示されるような解析結果が得られた場合には、算出部129は、以下の処理を行う。
【0091】
FFT解析により、振動の加速度のピーク値が現れる固有振動数が分かる。図8では、算出部129は、ピーク値が現れた固有振動数に対して、固有振動数が小さい順からモード次数1~9を付している。なお、モード次数3,6,9が割り振られた振動の強度は、他のモード次数が割り振られた振動の強度よりも小さくなっており、短いスパン131の固有振動数であることが分かる。しかしながら、上述の「数14」がケーブル130の張力Tの算出に用いられる場合には、算出部129は、スパン131,132とは無関係にモード次数を付すことができる。
【0092】
算出部129は、基準データ及び比較データそれぞれについて、FFT解析を行い、モード次数とこれに対応する固有振動数とを算出する。基準データ及び比較データそれぞれの算出結果(モード次数i及びこれに対応する固有振動数f)に基づいて、算出部129は、張力Tを算出するための演算処理を行う。
【0093】
(張力の算出処理)
算出部129は、経時測定データに対するFFT解析により得られた固有振動数と、上述の「数14」から算出された固有振動数と、の残差平方和に基づいて、ケーブル130の張力Tを算出する。詳細には、算出部129は、以下に示される目的関数Fを用いて、ケーブル130の張力Tを算出する。
【0094】
【数15】
【0095】
算出部129は、上述の目的関数Fが最小となるときの張力をケーブル130に作用している張力Tとして決定する。算出部129がどのように張力Tを決定するかを、図9及び図10を参照して以下に説明する。
【0096】
図10の横軸は、ケーブル130に作用している張力T、ケーブル130の曲げ剛性EI、ダンパ140のバネ定数k又はダンパ140の減衰定数cを表している。図10は、二次元座標で描かれているが、目的関数Fを用いた演算は、五次元座標(残差平方和、張力T、曲げ剛性EI、バネ定数k及び減衰定数cの5つ)上で行われる。
【0097】
算出部129は、図9に示すように、N通りの初期値を、張力T、曲げ剛性EI、バネ定数k及び減衰定数cに対して設定する(図9のステップS310)。図10には、1~6通り目の初期値が表されている。
【0098】
算出部129は、これらの初期値それぞれについて、張力T、曲げ剛性EI、バネ定数k及び減衰定数cそれぞれの初期値を上述の目的関数F(数15)に代入する。また、算出部129は、経時測定データに対するFFT解析により得られた基準固有振動数又は比較固有振動数も上述の目的関数F(数15)に代入する。この結果、設定された6通りの初期値それぞれについて、目的関数Fの値(すなわち、平方残差和)が算出される。
【0099】
その後、算出部129は、張力T、曲げ剛性EI、バネ定数k及び減衰定数cの値を変えて、目的関数Fが極小となる条件を探索する。この探索処理において目的関数Fに代入される張力T、曲げ剛性EI、バネ定数k及び減衰定数cの値を、以下の説明では、「張力候補値」、「曲げ剛性候補値」、「バネ定数候補値」及び「減衰定数候補値」と称する。
【0100】
上述の探索処理では、算出部129は、張力候補値、曲げ剛性候補値、バネ定数候補値及び減衰定数候補値のうち少なくとも1つを変更して、目的関数Fの値(残差平方和)を算出する。算出部129は、この目的関数Fの値を、前回得られた目的関数Fの値よりも小さいか否かを判定する。算出部129は、残差平方和の減少の程度に基づいて、算定値の組み合わせを新たに設定することを繰り返し、目的関数Fの極小値を探索する。
【0101】
図10には、4つの極小値(以下の説明において、「第1極小値」、「第2極小値」、「第3極小値」及び「第4極小値」と称される)が示されている。図10において、1通り目の初期値及び2通り目の初期値から探索が開始されると、第1極小値を得ることができる。3通り目の初期値から探索が開始されると、第2極小値を得ることができる。4通り目の初期値及び5通り目の初期値から探索が開始されると、第3極小値を得ることができる。6通り目の初期値から探索が開始されると、第4極小値を得ることができる。
【0102】
算出部129は、探索処理で得られた複数の極小値の中から最も小さなものを見出す(図9のステップS330)。算出部129は、最も小さな残差平方和が得られたときの張力候補値、曲げ剛性候補値、バネ定数候補値、減衰定数候補値及び質量候補値の組を、目的関数Fの最適解として決定する。図10では、第3極小値が最も小さいので、算出部129は、第3極小値の算出に用いられた張力候補値、曲げ剛性候補値、バネ定数候補値及び減衰定数候補値の組が目的関数Fの最適解であると判定することができる。
【0103】
算出部129は、目的関数Fの最適解であると判定された張力候補値をケーブル130の張力Tとして算出する。算出部129は、基準固有振動数及び比較固有振動数ごとに上述の演算処理を行うので、基準固有振動数及び比較固有振動数それぞれに基づいて、張力Tを算出することができる。基準固有振動数に基づいて算出された張力Tは、基準時刻t1の前におけるケーブル130の張力を表している。また、比較固有振動数に基づいて算出された張力Tは、基準時刻t1の後におけるケーブル130の張力を表している。以下の説明では、基準固有振動数に基づいて算出された張力Tを、「基準張力」と称する。また、比較固有振動数に基づいて算出された張力Tを、「比較張力」と称する。
【0104】
基準張力及び比較張力は、算出部129から診断部125へ出力される。診断部125は、基準張力と比較張力との比較結果に基づいて、ケーブル130に異常が生じているか否かを判定する。たとえば、診断部125は、基準張力及び比較張力の差を算出し、この差が、張力用に設けられた所定の張力閾値よりも大きければ、ケーブル130に異常が生じていると判定してもよい。逆に、基準張力と比較張力との差が、張力閾値以下であれば、診断部125は、ケーブル130に異常は生じていないが、ダンパ140に異常が生じていると判断してもよい。
【0105】
算出部129における演算処理では、ダンパ140のバネ定数k及び減衰定数cとは別異にケーブル130に作用している張力Tの最適値が算出される。すなわち、算出部129における演算処理により張力Tの最適値からは、ダンパ140のバネ定数k及び減衰定数cの影響が除去されている。したがって、診断部125は、ダンパ140の影響をほとんど受けることなく、ケーブル130に異常が生じているか否かを診断することができる。
【0106】
なお、張力Tの算出について、様々な変更がなされてもよい。たとえば、上述の実施形態では、ダンパ140の特性kは、ダンパ140のバネ定数k及び減衰定数cを考慮して設定されているが、ダンパ140の特性kは、バネ定数k及び減衰定数cに加えて、ダンパ140の質量mを考慮して設定されてもよい。この場合、ダンパ140の特性kは、以下の数式で表され得る。
【0107】
【数16】
【0108】
上述の目的関数F中の「φ」は、ダンパ140の特性kの関数であるが、ダンパ140の質量mが考慮される場合には、上述の「数16」に基づいて得られたダンパ140の特性kが目的関数Fに代入される。
【0109】
ダンパ140がバネ要素を含まない場合には(たとえば、オイルダンパ)、ダンパ140の特性kは、以下の数式で特定され得る。この場合、以下の数式から得られたダンパ140の特性kが目的関数Fに代入される。
【0110】
【数17】
【0111】
なお、算出部129が張力Tの算出に用いる目的関数Fは、上述の「数15」に示されるものに限定されない。ダンパ140又は他の付帯設備の特性とは別異にケーブル130に生じた張力Tを算出し得る他の関数に基づいて構成された目的関数が、張力Tの算定に利用され得る。
【0112】
<第3実施形態>
第2実施形態では、張力Tの算出において、張力候補値、曲げ剛性候補値、バネ定数候補値及び減衰定数候補値が目的関数Fに繰り返し代入される探索処理が行われるので、演算装置120の演算負荷が高くなる。演算装置120の演算負荷を低減するために、図11に示す手順でケーブル130に対する異常診断が行われてもよい。
【0113】
図10に示す異常診断方法において、ステップS210~ステップS270までの処理は、第1実施形態の図3に示す処理と同じである。ステップS270において、基準時刻t1の前後における固有振動数の変化量が振動数閾値よりも大きいと診断部125が判断した場合には(ステップS270:Yes)、診断部125は、張力Tの算出を算出部129に指示する。算出部129は、診断部125からの指示に応じて、基準固有振動数と比較固有振動数とをモード次数iと関連付ける処理を行い、第2実施形態において説明された方法で基準張力及び比較張力を算出する(ステップS271)。算出された基準張力及び比較張力のデータは、算出部129から診断部125へ出力される。
【0114】
診断部125は、基準張力及び比較張力の差を算出し、この差が、張力用に設けられた所定の張力閾値よりも大きければ(ステップS272:Yes)、ケーブル130に異常が生じていると判定する(ステップS280)。逆に、基準張力と比較張力との差が、張力閾値以下であれば(ステップS272:No)、診断部125は、ダンパ140に異常が生じていると判定する(ステップS281)。
【0115】
第3実施形態の方法では、基準張力及び比較張力の算出処理の前に、基準時刻t1の前後の固有振動数の変化が振動数閾値よりも大きいか否かが判定される。基準時刻t1の前後の固有振動数の変化が振動数閾値よりも小さければ、ケーブル130及びダンパ140に異常が生じている可能性は低い。したがって、このような場合には、基準張力及び比較張力を算出する必要はない。
【0116】
一方、基準時刻t1の前後の固有振動数の変化が振動数閾値よりも大きければ、ケーブル130及びダンパ140のうち少なくとも一方に異常が生じている可能性がある。このような場合には、基準張力及び比較張力を算出し、ケーブル130及びダンパ140のいずれに異常が生じているか否かを判定する。
【0117】
上述のように、基準張力及び比較張力の算出処理の前に、基準時刻t1の前後の固有振動数の変化が振動数閾値よりも大きいか否かが判定されれば、基準張力及び比較張力の不要な算出処理を避けることが可能になる。したがって、演算装置120の演算負荷が軽減される。
【0118】
図11に示す手法では、基準張力と比較張力との差が、張力閾値以下であれば(ステップS272:No)、診断部125は、ダンパ140に異常が生じていると判定する(ステップS281)。代替的に、診断部125は、ダンパ140の特性値の変化量に基づいて、ダンパ140に異常が生じているか否かを判定してもよい。第2実施形態の張力算定方法では、張力Tだけでなく、ダンパ140の特性値(すなわち、バネ定数k及び減衰定数c)をも算出可能であるので、ダンパ140の特性値の変化量に基づくダンパ140の異常診断も可能である。
【0119】
<第4実施形態>
第1実施形態~第3実施形態の異常診断装置100は、ケーブル130に異常が生じているか否かを診断することができるが、異常が生じた位置を特定することはできない。第4実施形態では、図12を参照して、ケーブル130に対する異常診断機能に加えて、異常発生位置を特定する機能を有する異常診断装置100を説明する。
【0120】
異常診断装置100は、追加的な振動測定部111を備えている。また、演算装置120には、位置算出部127が設けられている。位置算出部127は、ケーブル130に異常が生じているとの診断結果が得られた場合において、振動測定部110,111から得られた経時測定データを比較して異常発生位置を特定するように構成されている。
【0121】
振動測定部111は、振動測定部110から可能な限り離れた位置において、ケーブル130に取り付けられていることが好ましい。このため、第4実施形態では、これらの振動測定部110,111は、ケーブル130の両端の近くに設けられている。詳細には、振動測定部110による振動の測定位置は、ケーブル130の左端の近くに設定されており、振動測定部110による振動の測定位置は、ケーブル130の右端の近くに設定されている。振動測定部111は、振動測定部110と同じ構成を有しており、ケーブル130の振動の加速度を表す振動信号を出力するように構成されている。振動測定部111の振動信号により表される振動の加速度の経時測定データは、振動測定部110の振動信号により表される振動の加速度の経時測定データと同様に、記録部121に格納される。
【0122】
記録部121には、図12の位置Pにおいてケーブル130に異常が生じた場合には、図13(a)及び図13(b)に示すような経時測定データが格納される。図12に示す位置Pは、振動測定部111よりも振動測定部110の近くにある。この場合、ケーブル130の異常を表す信号波形(すなわち、強い振動を表す信号波形)は、振動測定部110の振動信号から得られた経時測定データよりも振動測定部110の振動信号から得られた経時測定データにおいて早い時刻に現れる。
【0123】
ケーブル130の異常を表す信号波形の時刻に基づいて、位置算出部127は、異常が生じた位置Pを特定する。詳細には、診断部125が、ケーブル130に異常が生じていると診断すると、位置算出部127は、振動測定部110,111から得られた経時測定データから、基準時刻t1の周囲における所定時間長のデータを抽出する。位置算出部127は、振動測定部110から得られたデータにおいて、正負の変動閾値の範囲を外れた部分を見出すとともに、当該部分における最大値が現れる時刻T1を決定する。同様に、位置算出部127は、振動測定部111から得られたデータにおいて、正負の変動閾値の範囲を外れた部分を見出すとともに、当該部分における最大値が現れる時刻T2を決定する。この処理により、位置算出部127は、時刻差(T1-T2)のデータを得ることができる。
【0124】
時刻差(T1-T2)と振動の伝播速度Vとの積が算出されれば、振動測定部110,111の設置位置間の中点Mの位置から当該積の分だけ離れた位置で異常が生じたことが分かる。なお、振動の伝播速度Vに関するデータは、ケーブル130に対する試験等により事前に取得可能である。
【0125】
位置算出部127は、時刻差(T1-T2)と振動の伝播速度Vとの積を算出する。異常が生じたことを表す信号波形が、振動測定部110に対応するデータに先に現れていれば、位置算出部127は、中点Mの位置から当該積の分だけ振動測定部110側に離れた位置で異常が生じていると診断することができる。逆に、異常が生じたことを表す信号波形が、振動測定部111に対応するデータに先に現れていれば、位置算出部127は、中点Mの位置から当該積の分だけ振動測定部111側に離れた位置で異常が生じていると診断することができる。
【0126】
第4実施形態では、振動測定部110,111が離れた位置に配置されている。この場合、ケーブル130上の異常は、振動測定部110,111の取付位置の間で生ずる可能性が高くなる。異常が、振動測定部110,111の取付位置の間で生じれば、中点Mの位置からいずれの方向にずれた位置で生じたかを判別しやすくなる。
【0127】
第1実施形態~第4実施形態の異常診断の技術では、ケーブル130により変動する物理量として、ケーブル130の振動の加速度が測定されている。代替的に、ケーブル130により変動する物理量として、ケーブル130に生じた弾性波の強さが検出されてもよい。たとえば、振動測定部110として、AEセンサ(アコースティックエミッションセンサ)が用いられれば、ケーブル130に生じた弾性波の強さを検出することが可能になる。
【0128】
ケーブル130が大きな振幅で振動すれば、ケーブル130における歪エネルギが大きくなる。ケーブル130の歪エネルギが大きくなればなるほど、強い弾性波がケーブル130を伝播するので、ケーブル130が大きな振幅で振動すれば、AEセンサは、強い弾性波を検出し得る。したがって、AEセンサにより測定された弾性波の強さも、ケーブル130の振動の態様を表す物理量となり得る。
【0129】
弾性波の強さが変動閾値を超えるほど大きければ、ケーブル130に異常が生じている可能性がある。この場合には、弾性波の強さが変動閾値を超えた基準時刻前後の弾性波の強さの経時測定データに対してFFT解析を実行し、基準固有振動数及び比較固有振動数を得ることができる。その後、第1実施形態の診断技術に従って、基準固有振動数と比較固有振動数との関係に基づいて、ケーブル130に異常が生じているか否かが診断されてもよい。あるいは、第2実施形態及び第3診断技術に従って、基準固有振動数と比較固有振動数とに基づいて、基準張力及び比較張力を算出してもよい。この場合には、基準張力と比較張力との関係に基づいて、ケーブル130に異常が生じているか否かが診断され得る。
【0130】
なお、振動測定部110が測定する物理量は、ケーブル130の振動の加速度及びケーブル130に生じた弾性波の強さに限られない。ケーブル130の振動により変動する物理量であって、基準固有振動数及び比較固有振動数を算出し得る経時測定データを生成し得るものであれば、第1実施形態~第4実施形態に基づく診断は可能である。
【0131】
第1実施形態~第4実施形態の異常診断の技術は、ケーブル130に異常が生じたか否かを診断するのに好適に利用可能であるが、ケーブル130以外の線状体に異常が生じたか否かを診断するのにも利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0132】
上述の実施形態に関連して説明された技術は、一次元梁としてモデル化可能な様々な線状体を有している構造体の異常診断に好適に利用される。
【符号の説明】
【0133】
100・・・・・異常診断装置
110・・・・・振動測定部
111・・・・・振動測定部
121・・・・・記録部
122・・・・・判定部
123・・・・・データ抽出部
124・・・・・振動数算出部
125・・・・・診断部
126・・・・・張力算出部
127・・・・・位置算出部
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