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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-15
(45)【発行日】2024-11-25
(54)【発明の名称】燃料電池用セパレータ及び燃料電池
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241118BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20241118BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20241118BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20241118BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/44
C22C38/54
H01M8/021
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021070706
(22)【出願日】2021-04-19
(65)【公開番号】P2022165345
(43)【公開日】2022-10-31
【審査請求日】2024-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】関向 晃太郎
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
(72)【発明者】
【氏名】河野 崇
(72)【発明者】
【氏名】石川 雄三
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/010746(WO,A1)
【文献】特開2000-256808(JP,A)
【文献】国際公開第2017/170066(WO,A1)
【文献】特開2000-328200(JP,A)
【文献】特開2020-164929(JP,A)
【文献】国際公開第2021/215203(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
H01M 8/021
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、C:0.060~0.080%、Si:0.3~0.7%、Mn:0.7~1.2%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:7.0~9.0%、Cr:20.0~22.0%、Mo:0.5%以下、Cu:0.1~0.5%、Al:0.02%以下、N:0.100~0.160%を含み、残部がFe及び不純物からなり、下記式(1)で表されるA値が-2~5.5であるオーステナイト系ステンレス鋼板から構成される燃料電池用セパレータ。
A=3(Cr+Mo)+4.5Si-2.8Ni-1.4(Mn+Cu)-84(C+N)-19.8 (1)
式中、Cr、Mo、Si、Ni、Mn、Cu、C及びNは、各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼板が、質量基準で、B:0.001~0.004%を更に含む、請求項1に記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
前記オーステナイト系ステンレス鋼板が、質量基準で、Ca:0.0001~0.10%、Mg:0.0001~0.1%、REM:0.0001~0.10%から選択される1種以上を更に含む、請求項1又は2に記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項4】
前記オーステナイト系ステンレス鋼板が、質量基準で、Ti:0.001~1.0%、Nb:0.001~1.0%、V:0.001~1.0%、Zr:0.001~1.0%から選択される1種以上を更に含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の燃料電池用セパレータを備える燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータ及び燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、発電効率が高く、有害な排出ガスがほとんどないことから、家庭用、自動車用、モバイル機器用などの各種用途のエネルギー源として用いられている。燃料電池は、電解質の種類によって分類することができ、例えば、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、固体高分子形燃料電池(PEFC)などが知られている。これらの中でも、固体高分子形燃料電池は、80℃程度の低温で作動させることができるため、他の燃料電池と比べて取り扱いが容易であり、また、出力密度が高いなどの利点を有する。
【0003】
固体高分子形燃料電池では、通常、プロトン導電性を有する高分子膜が電解質として用いられる。電解質の両側には燃料極及び酸素極となる一対の電極を貼り合わせて一体化することで電極接合体が形成される。電極接合体はセパレータで挟持することで単セルとなる。固体高分子形燃料電池は、この単セルを直列に接続したセルスタックを備える。そして、水素や炭化水素などの燃料ガスを燃料極に供給するとともに、酸素や空気などの酸化剤ガスを酸素極に供給することにより、ガスと電解質と電極との3相界面において電気化学反応を進行させることで電気を取り出すことができる。
【0004】
セパレータには、単セルの間を隔てる隔壁としての機能に加え、発生した電子を運ぶ導体やガスの流路としての機能が求められることから、グラファイトなどのカーボンやチタン合金などがセパレータの素材として用いられてきた。しかしながら、カーボンを素材とするセパレータは、衝撃によって破損し易く、コンパクト化が困難であり、流路を形成するための加工コストも高いという欠点がある。また、チタン合金を素材とするセパレータは、コストが高いという欠点がある。特に、コストの問題は、燃料電池の普及に対する最大の障害となり得る。そこで、セパレータの素材としてステンレス鋼を用いることが検討されている。
【0005】
一方、電解質として用いられる高分子膜は、水を含有した状態でプロトン導電性を有する。高分子膜のプロトン導電性を維持するために、燃料ガスや酸化剤ガスは、加湿水によって加湿した後に電極に一般に供給される。また、酸素極では電気化学反応によって水が生成する。このように、固体高分子形燃料電池の内部には、水が常に存在しており、水は電気浸透や拡散によって両電極間を移動する。そのため、セパレータの素材としてステンレス鋼を用いると、固体高分子形燃料電池を長期間運転した場合に、ステンレス鋼から加湿水や生成水に金属イオンが溶出してステンレス鋼が腐食する可能性がある。溶出した金属イオンは、高分子膜の官能基(例えば、スルホン酸基)のプロトンとイオン交換する。その結果、高分子膜のプロトン導電性が阻害されてしまい、電池の内部抵抗が増加して電圧が低下するなどの電池性能の低下を招くことがある。また、溶出した金属イオンは、燃料極で還元されて金属イオンとして析出したり、水酸化物や酸化物となって酸素極に析出したりする恐れもある。これらの電極に金属などが析出すると、電極面積が減少して電気化学反応を阻害するため、電池性能が低下してしまう。
【0006】
そこで、燃料電池に使用可能な耐食性に優れるステンレス鋼として、特許文献1には、Crを16質量%以上含有するステンレス鋼の表面に、硫酸ナトリウムを含有する電解液中でアノード電解処理を施して得た皮膜であって、X線光電子分光分析による強度比〔(OO/OH)/(Cr/Fe)〕が1.0以上である皮膜を備える燃料電池用ステンレス鋼が提案されている。
また、特許文献2には、質量基準で、C:0.02~0.14%、Mn:0.5~1.75%、Mo:2.35~10%、Ni:5.15~25%、Cr:23%以下を含有し、かつ、Cr、MoおよびNiが
10-0.3×([Cr%]+3×[Mo%]+0.05×[Ni%])≦4
となるよう含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする固体高分子型燃料電池用ステンレス鋼が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4811529号公報
【文献】特許第4276325号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、燃料電池のコスト削減の要求に伴い、セパレータの素材として用いられるステンレス鋼の製造性(熱間加工性)及び加工性を向上させることが望まれている。しかしながら、燃料電池に用いられる従来のステンレス鋼は、その製造性及び加工性が十分であるとはいえない。
また、ステンレス鋼からの金属イオンの溶出は、加湿水や生成水に含まれるフッ化物イオン(F-)や塩化物イオン(Cl-)の濃度によって影響を受ける。例えば、電極の触媒層に含まれる成分(例えば、亜硫酸、有機酸、アンモニアなど)、電極の触媒層や電解質が熱劣化することで生成した成分(例えば、フッ酸、硫酸など)が、加湿水や生成水に溶け込むと、金属イオンの溶出が加速すると考えられる。燃料電池に用いられる従来のステンレス鋼は、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下での耐食性について十分に検討がなされておらず、耐食性が十分であるとはいえない。
【0009】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、製造性及び加工性が良好な材料を素材とし、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下でも耐食性が良好な燃料電池用セパレータ、及びこの燃料電池用セパレータを備える燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、燃料電池用セパレータの素材としてオーステナイト系ステンレス鋼板に着目して鋭意研究を行った。オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性を向上させるためには、凝固状態においてP及びSの固溶度が高いδフェライト相(以下、「δ相」という)の含有量を増やすことが望ましいが、δ相の含有量が多くなるとオーステナイト相(以下、「γ相」という)との強度差によって割れが発生し易くなる。そのため、δ相の含有量を適切な範囲に制御する必要があるが、高価なNiの含有量を低減すると、δ相の含有量が増加する。したがって、δ相とγ相とのバランスを確保するためには、γ生成元素(Mn、Cu、Nなど)の添加が必要になる。しかし、MnやCuの含有量を増やすと、耐食性が低下し、また、Nの含有量を増やすと、硬さが上昇して加工性が低下する。これらの点に鑑み、本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼板の組成の最適化を行った結果、特定の組成とすることにより、上記の問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、質量基準で、C:0.060~0.080%、Si:0.3~0.7%、Mn:0.7~1.2%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:7.0~9.0%、Cr:20.0~22.0%、Mo:0.5%以下、Cu:0.1~0.5%、Al:0.02%以下、N:0.100~0.160%を含み、残部がFe及び不純物からなり、下記式(1)で表されるA値が-2~5.5であるオーステナイト系ステンレス鋼板から構成される燃料電池用セパレータである。
A=3(Cr+Mo)+4.5Si-2.8Ni-1.4(Mn+Cu)-84(C+N)-19.8 (1)
式中、Cr、Mo、Si、Ni、Mn、Cu、C及びNは、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0012】
また、本発明は、上記の燃料電池用セパレータを備える燃料電池である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、製造性及び加工性が良好な材料を素材とし、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下でも耐食性が良好な燃料電池用セパレータ、及びこの燃料電池用セパレータを備える燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0015】
本発明の実施形態に係る燃料電池用セパレータは、オーステナイト系ステンレス鋼板から構成される。
燃料電池用セパレータの構造は、特に限定されず、当該技術分野において公知の構造とすることができる。例えば、燃料電池用セパレータは、燃料ガスや酸化剤ガスが流通可能な流路(溝)を有することができる。
【0016】
燃料電池用セパレータの素材であるオーステナイト系ステンレス鋼板は、C:0.060~0.080%、Si:0.3~0.7%、Mn:0.7~1.2%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:7.0~9.0%、Cr:20.0~22.0%、Mo:0.5%以下、Cu:0.1~0.5%、Al:0.02%以下、N:0.100~0.160%を含み、残部がFe及び不純物からなる。
ここで、本明細書において「不純物」とは 、オーステナイト系ステンレス鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0017】
また、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板は、B:0.001~0.004%を更に含むことができる。
また、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Ca:0.0001~0.10%、Mg:0.0001~0.1%、REM:0.0001~0.10%から選択される1種以上を更に含むことができる。
さらに、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Ti:0.001~1.0%、Nb:0.001~1.0%、V:0.001~1.0%、Zr:0.001~1.0%から選択される1種以上を更に含むことができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0018】
<C:0.060~0.080%>
Cの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の耐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.080%、好ましくは0.078%、より好ましくは0.075%に制御される。一方、Cの含有量は少なすぎると、精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、0.060%、好ましくは0.065%、より好ましくは0.070%に制御される。
なお、本明細書において「耐食性」とは、燃料電池のセパレータ環境下、特に、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下における耐食性のことを意味する。当該環境におけるフッ化物イオン及び塩化物イオンの濃度は、特に限定されないが、それらの典型的な濃度はそれぞれ3ppm及び20ppmである。
【0019】
<Si:0.3~0.7%>
Siの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下してしまう。そのため、Siの含有量の上限値は、0.7%、好ましくは0.68%、より好ましくは0.65%に制御される。一方、Siの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の耐酸化性が低下する恐れがある。そのため、Siの含有量の下限値は、0.3%、好ましくは0.32%、より好ましくは0.35%に制御される。
【0020】
<Mn:0.7~1.2%>
Mnは、オーステナイト相(γ相)生成元素である。Mnの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の耐食性が低下してしまう。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.2%、好ましくは1.18%、より好ましくは1.15%に制御される。一方、Mnの含有量は少なすぎると、γ相が少なくなるため、δ相とγ相との適切なバランスを確保し難くなり、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性が低下する。そのため、Mnの含有量の下限値は、0.7%、好ましくは0.75%、より好ましくは0.8%に制御される。
【0021】
<P:0.035%以下>
Pの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下してしまう。そのため、Pの含有量の上限値は、0.035%、好ましくは0.034%、より好ましくは0.033%に制御される。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.010%である。
【0022】
<S:0.030%以下>
Sの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性が低下してしまう。そのため、Sの含有量の上限値は、0.030%、好ましくは0.025%、より好ましくは0.020%に制御される。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%、更に好ましくは0.0005%である。
【0023】
<Ni:7.0~9.0%>
Niは、Mnと同様にオーステナイト相(γ相)生成元素である。Niは高価であるため、含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Niの含有量の上限値は、9.0%、好ましくは8.9%、より好ましくは8.8%に制御される。一方、Niの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下する。そのため、Niの含有量の下限値は、7.0%、好ましくは7.5%、より好ましくは7.8%に制御される。
【0024】
<Cr:20.0~22.0%>
Crの含有量は多すぎると、金属間化合物(σ相)の生成が促進されるため、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下してしまう。そのため、Crの含有量の上限値は、22.0%、好ましくは21.8%、より好ましくは21.5%に制御される。一方、Crの含有量は少なすぎると、耐食性が十分に得られない。そのため、Crの含有量の下限値は、20.0%、好ましくは20.5%に制御される。
【0025】
<Mo:0.5%以下>
Moは高価であるため、Moの含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Moの含有量の上限値は、0.5%、好ましくは0.3%、より好ましくは0.15%に制御される。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%、更に好ましくは0.003%である。
【0026】
<Cu:0.1~0.5%>
Cuの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の耐食性が低下してしまう。そのため、Cuの含有量の上限値は、0.5%、好ましくは0.4%、より好ましくは0.3%に制御される。一方、Cuの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下してしまう。そのため、Cuの下限値は、0.1%、好ましくは0.12%、より好ましくは0.15%に制御される。
【0027】
<Al:0.02%以下>
Alの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Alの含有量の上限値は、0.02%、好ましくは0.018%、より好ましくは0.015%に制御される。一方、Alの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0002%、更に好ましくは0.0003%である。
【0028】
<N:0.100~0.160%>
Nの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工性が低下してしまう。そのため、Nの含有量の上限値は、0.160%に制御される。一方、Nの含有量は少なすぎると、γ相が少なくなるため、δ相とγ相との適切なバランスを確保し難くなり、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性が低下する。そのため、Nの含有量の下限値は、0.100%、好ましくは0.105%、より好ましくは0.110%に制御される。
【0029】
<B:0.001~0.004%>
Bの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の耐食性が低下してしまう。そのため、Bの含有量の上限値は、0.004%、好ましくは0.003%に制御される。一方、Bの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性が低下してしまう。そのため、Bの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.002%に制御される。
【0030】
<Ca:0.0001~0.10%>
Caは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Caによる効果を得る観点から、Caの含有量の下限値は、0.0001%、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.001%に制御される。また、Caの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Caの含有量の上限値は、0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%に制御される。
【0031】
<Mg:0.0001~0.1%>
Mgは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Mgによる効果を得る観点から、Mgの含有量の下限値は、0.0001%、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.001%に制御される。また、Mgの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Mgの含有量の上限値は、0.1%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%に制御される。
【0032】
<REM:0.0001~0.10%>
REMは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。REMによる効果を得る観点から、REMの含有量の下限値は、0.0001%、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.001%に制御される。また、REMは高価であるため、REMの含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、REMの含有量の上限値は、0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%に制御される。
【0033】
<Ti:0.001~1.0%>
Tiは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Tiによる効果を得る観点から、Tiの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Tiの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下してしまう。そのため、Tiの含有量の上限値は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%に制御される。
【0034】
<Nb:0.001~1.0%>
Nbは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Nbによる効果を得る観点から、Nbの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Nbの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下してしまう。そのため、Nb含有量の上限値は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%に制御される。
【0035】
<V:0.001~1.0%>
Vは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Vによる効果を得る観点から、Vの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Vの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下してしまう。そのため、V含有量の上限値は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%に制御される。
【0036】
<Zr:0.001~1.0%>
Zrは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。Zrによる効果を得る観点から、Zrの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Zrの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下してしまう。そのため、Zr含有量の上限値は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%に制御される。
【0037】
オーステナイト系ステンレス鋼板は、下記式(1)で表されるA値が-2~5.5、好ましくは-1.8~5.4、より好ましくは-1.5~5.3である。
A=3(Cr+Mo)+4.5Si-2.8Ni-1.4(Mn+Cu)-84(C+N)-19.8 (1)
式中、Cr、Mo、Si、Ni、Mn、Cu、C及びNは、各元素の含有量(質量%)を表す。
A値を上記の範囲に制御することにより、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造性と加工性とを両立させることができる。特に、A値を-2以上とすることにより、結晶粒界の酸化を抑制することができるため、酸化スケールが残り難くなる。また、A値を5.5以下とすることにより、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造時に耳切れを抑制するとともに、オーステナイト系ステンレス鋼板の加工時にセパレータ形状に加工可能な伸びを確保することができる。
【0038】
オーステナイト系ステンレス鋼板は冷延焼鈍板である。このオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記の組成を有するステンレス鋼を溶製すること以外は、当該技術分野において公知の方法を用いることによって製造することができる。具体的には、次のようにして製造することができる。まず、上記の組成を有するステンレス鋼を溶製して鍛造又は鋳造した後、熱間圧延を行って熱延板を得る。次に、熱延板に対して焼鈍、酸洗、冷間圧延を適宜行って冷延板を得る。次に、冷延板に対して焼鈍及び酸洗を適宜行って冷延焼鈍板を得る。
なお、各工程における条件については、ステンレス鋼の組成に応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。
【0039】
上記の特徴を有するオーステナイト系ステンレス鋼板は、製造性及び加工性だけでなく、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下における耐食性も良好であるため、燃料電池用セパレータの素材として用いるのに好適である。
【0040】
燃料電池用セパレータは、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板を素材として用い、プレス成形などの公知の方法によって所望の形状に成形することによって製造することができる。例えば、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板に対し、プレス成形を用いて、燃料ガスや酸化剤ガスが流通可能な流路(溝)を形成することにより、燃料電池用セパレータとすることができる。
【0041】
本発明の実施形態に係る燃料電池は、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板を素材として用いた燃料電池用セパレータを備える。
燃料電池の構造は、特に限定されず、当該技術分野において公知の構造を適用することができる。典型的な燃料電池は、高分子膜と、高分子膜の両面に配置される電極(燃料極及び酸素極)と、電極の両面に配置される燃料電池用セパレータとから構成される単セルを含む。燃料電池は、この単セルを直列に接続したセルスタックを備える。
【0042】
上記のような構造を有する燃料電池では、燃料電池用セパレータと燃料極との間の流路に水素や炭化水素などの燃料ガスを流すことにより、燃料極に燃料ガスが供給される。また、燃料電池用セパレータと酸素極との間の流路には酸素や空気などの酸化剤ガスを流すことにより、酸素極に酸化剤が供給される。これらのガスを各電極に供給することにより、電気化学反応が生じ、燃料極と酸素極との間に直流電流が発生する。
【実施例
【0043】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0044】
表1に示す組成を有するステンレス鋼30kgを真空溶解で溶製し、厚さ30mmの板に鍛造した後、1230℃で2時間加熱し、厚さ4mmに熱間圧延して熱延板を得た。次に、熱延板を焼鈍して酸洗して熱延焼鈍板を得た後、熱延焼鈍板を冷間圧延して冷延板を得た。次に、冷延板を焼鈍した後、水冷し、酸洗を行うことによって冷延焼鈍板(オーステナイト系ステンレス鋼板)を得た。なお、比較例9は、高価なNi及びMoを多く含むSUS316Lに相当する鋼種である。
【0045】
【表1】
【0046】
上記で得られた冷延焼鈍板、並びにその中間材である熱延板及び熱延焼鈍板に対して以下の評価を行った。
【0047】
<製造性>
製造性は、熱延板の最大耳切れ長さの測定、及び熱延焼鈍板の表面における酸化スケールの観察を行うことによって評価した。
熱延板の最大耳切れ長さは、熱延板の耳切れ長さを測定し、その最大値を最大耳切れ長さとした。
また、熱延焼鈍板の表面における酸化スケールは、熱延焼鈍板の表面を厚さ方向に20μm削った後に、その表面における黒色の酸化スケールの有無を評価した。
製造性の評価において、最大耳切れ長さが3mm以下であり且つ酸化スケールが観察されなかったものを合格(〇)とし、最大耳切れ長さが3mm超過及び/又は酸化スケールが観察されたものを不合格(×)とした。
【0048】
<加工性>
加工性は、厚さ0.3mmに冷間圧延し、焼鈍、水冷及び酸洗を行うことによって得られた冷延焼鈍板を用いて評価を行った。加工性は、JIS Z2241:2011に規定される引張試験方法に準拠して行った。具体的には、冷延焼鈍板の幅方向中央部から13B号試験片を切り出し、引張速度20mm/分にて引張試験を行い、伸び(%)を測定した。この評価において、セパレータ形状に加工可能な50%の伸びが達成できたものを合格(〇)とし、当該伸びが50%未満であったものを不合格(×)とした。
【0049】
<耐食性>
耐食性は、厚さ1.0mmに冷間圧延し、焼鈍、水冷及び酸洗を行うことによって得られた冷延焼鈍板を用いて評価を行った。冷延焼鈍板は、幅方向中央部から30mm×30mmの試験片を切り出した後、中央に直径6.5mmの穴をあけた。次に、この試験片に対して#600の湿式研磨を行った後、ASTM G78に規格化されている樹脂製のすきま形成材を試験片の両面に配置し、ボルト及びナットを用いて1.0N・mのトルクで締め付け、すきま腐食試験片を得た。次に、3ppmのフッ化物イオン及び20ppmの塩化物イオンを含む90℃の硫酸溶液(pH3)中に、すきま腐食試験片を浸漬し、0.9V vs.SHEで6時間電解し、総電気量を測定した。この評価において、電気量が2C以下であれば溶出金属イオンが少ないと考えられるため、合格(〇)とし、電気量が2C超過であったものを不合格(×)とした。
【0050】
上記の各評価結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
表2に示されるように、実施例1~4のオーステナイト系ステンレス鋼板は、所定の組成及びA値を満たしているため、製造性、加工性及び耐食性の全てが良好であった。
一方、比較例1及び2のオーステナイト系ステンレス鋼板は、A値が範囲外であったため、製造性が十分でなかった。比較例3のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Cuの含有量が低すぎたため、加工性が十分でなかった。比較例4のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Cr及びNの含有量が高すぎたため、加工性が十分でなかった。比較例5のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Crの含有量が低すぎたため、耐食性が十分でなかった。比較例6のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Ni、Cr、Al及びNの含有量だけでなくA値も高すぎたため、製造性及び加工性が十分でなかった。比較例7のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Mn及びNiの含有量が高すぎるとともにCrの含有量が低すぎる上、A値も高すぎたため、製造性及び耐食性が十分でなかった。比較例8のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Ni及びCrの含有量が低すぎるとともにNの含有量が高すぎたため、加工性及び耐食性が十分でなかった。比較例9のオーステナイト系ステンレス鋼板は、製造性、加工性及び耐食性の全てが良好であるものの、高価なNi及びMoを多く含むため製造コストがかかる。
【0053】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、製造性及び加工性が良好な材料を素材とし、フッ化物イオンや塩化物イオンを含む環境下でも耐食性が良好な燃料電池用セパレータ、及びこの燃料電池用セパレータを備える燃料電池を提供することができる。